2017年11月18日土曜日

座間事件

「美登利はかの日を始めにして生れかはりし様の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束からやくそくはてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも耻かし気に顔のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌かつぱつさは再び見るにかたく成ける、人は怪しがりて病ひのせいかと危ぶむも有れども母親一人ほほ笑みては、今におきやんの本性は現れまする、これは中休みと子細わけありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順おとなしう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたとそしるもあり、表町はにはかに火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な夜なの弓張提燈ゆみはりでうちん、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そぞろ寒げに、折ふし供する三五郎の声のみ何時に変らず滑稽おどけては聞えぬ。」(樋口一葉「たけくらべ」 青空文庫)

秋葉原事件、川崎事件、相模原事件、とうと、このブログでもいくつかの世間を騒がした犯罪事件を考察してきた。
そして、最近の座間事件……、相模原事件の時の唖然さを超えて、単に、判断が停止した。内心の気味悪さから逃げるように、もう考えるのはやめようという気だった。が、ブログ「世に倦む日日」の言及にふれて、やはり私自身が黙って処してしまうことは自身に対する怠けと敗北という気がしてき、とくにはそのブログ上での「40代独身女性、自営業」の方のコメント、<明るい未来なんてあるとは到底思えない、殺伐とした毎日。精神的に弱って頼れるものを求める女性をおびきよせ、短期間に、次々と殺す。そしてその遺体に囲まれて生活する。「どうせろくな人生じゃないし」「どうせいずれつかまるだろうし」「ここまでやればどうせ死刑だろうし」という気持ちがこみ上げ、五感、自分を取り巻く現実が急速に現実味を失い、自分と関係なくなるような感覚を覚えました。この犯人はサイコパスだ、という分析もあるようですが、案外そうとも言えないのかもしれない、絶望し自暴自棄になった時にこの状況は思いのほか近くに存在するものなのかもしれない、と思いました。>――を読んで、自分がこの事件から逃げようと、隠そうとしてきたことを掘り返してみたくなった。

この事件から、私が最初に連想したのは、無邪気に戦場を観光として訪ね、テロリストによって首切られてしまった香田証生さんの事件である。人を簡単に信じて、あるいは、世界を甘く見て、現実にさらされてしまった。……しかし今回の事件の多くは、まだ中学生や高校生なのだった。これから、だまされながら、世間知を知って、大人になっていく年頃だ。いきなりだまされて、殺されてしまう。世間知を積む暇もない。だまされるだけなら、他の多くの家出少女たちが、暴力団まがいの組織につかまって、風俗産業へと突き出されているかもしれない。そこでの自殺率は断然と高いそうだ。実際、被疑者の白石氏は、女性をそうした業界へと派遣させる仕事をしていた。それゆえか、彼自身には27歳という年齢以上の世間知がついていたようにもうかがえる。私は、香田氏の件に触発されて描いた上リンクの絵本(『人を喰う話』)で、その27歳という、カントやドストエフスキーによって特権視された自然・文化的境界のことを問題にした。肉体(自然)的に大人になる13歳前後から、もう10年生きてみることが、啓蒙(文化)としての大人になる条件(ずれ)なのだと。それはまた、職人が技術を身に付け一人前になるには10年かかる、という世間知的洞察でもあると。だから、24歳でなくなった香田氏が、あと3年いきていたら、と嘆いたのだ。

そうして白石氏は、27歳になったのだ。首を斬られる方ではなく、斬ってみる方の日本人として。

座間の現場の上空には、アメリカの軍機が轟音をたてて飛んでいるのが日常である。死体を処理していたアパートは、さらに線路沿いにある。騒音というより、爆音の中の生活になるのだろうか? 私は、現場を知らない。死臭が漂っていたというのに、近所の人には、それが「変な匂い」、「生温かい匂い」として、日常的に過ぎていったのは異様である。もし、行方不明になった妹を追う兄の強さがなかったら、もっと毎日が過ごされていたということだ。死臭にも慣れなくては生きていけない場所、それはむろん、戦場である。前線の戦場である。この戦争への不感症……これを、座間という、米軍基地に隣接した特異的な場所、としてやり過ごしていいものだろうか?

<明るい未来なんてあるとは到底思えない、殺伐とした毎日。精神的に弱って頼れるものを求める女性をおびきよせ、短期間に、次々と殺す。そしてその遺体に囲まれて生活する。「どうせろくな人生じゃないし」「どうせいずれつかまるだろうし」「ここまでやればどうせ死刑だろうし」という気持ちがこみ上げ、五感、自分を取り巻く現実が急速に現実味を失い、自分と関係なくなるような感覚を覚えました。この犯人はサイコパスだ、という分析もあるようですが、案外そうとも言えないのかもしれない、絶望し自暴自棄になった時にこの状況は思いのほか近くに存在するものなのかもしれない、と思いました。>――この女性のコメントは、山城むつみ氏が小林秀雄の戦争洞察に読みこんでみせた次の引用と私には重なってくる。

<連中は何と異常で「無惨」な行為に走ったことかという視線で彼らを見ているとき、自分はそうはならないということが暗に前提されてしまっている。しかし、そう考えていられるのは、僕らがあくまで「ここ」にいて「ここ」の日常感覚が「そこ」においても延長し、「ここ」のモラルが「そこ」でも連続的に保持し得ると信じ切っているからにすぎない。もし「そこ」が「ここ」の座標を延長した空間にはないのだとしたら、――もし「そこ」が「ここ」とは連続していない、断層のある、別の空間に属しているのだとしたら、――そう信じ切っている僕らが何かの拍子で「そこ」に置かれたとき、強姦・虐殺・放火に走らないという保証はどこにもない。>(「山城むつみ『小林秀雄とその戦争の時』

白石氏にとって、あるいは、いまや若い世代にとってはとくに、この日常が、もはや<戦場>に近いものとして感受されているのではないか? というか、年寄世代は、徐々にこの今の世界に移ってきているので、「不感症」になっているということではないのか? 戦場では、だまされる、ということが一命に関わることに直結するかもしれず、だますことは、殺すことになってしまうのかもしれない。ツイッターなどの言葉のやりとりの速さは、考える暇を与えない。経験が世間知として積み立てられていくのではなく、反応としての対処だけが絶えず強迫される。それは、でかい脳みそを抱えたヒトにとっては、エントロピーを増大させる不快なことになっていく。知的にとどまる時間差(暇)は、身体・生理的に必要になってくるのだ。だから、被害者は素直にスマホを明け渡して捨て、加害者は仕事をやめ塹壕の中に引きこもる。外に飛び交う銃弾の下で、いかに死ねるかの知的探索にオタク化する。その関係は、戦犯的な、単独的な、休戦、戦争の放棄なのだ。殺された妹は、ラインで後を追う親身な兄に頼るよりも、まずは戦場から降りることを選択した。しかし世界が、日常が戦争なとき、どこに降りられる場所があるだろう? メディアを捨てることは、ただ目をふさぐことに等しくなる。ネットや携帯を知らないで過ごせた経験の積んでいる年寄世代の者たちのように、面倒くさい、と適当に処理することもおそらく敵わないのだ。

しかし、戦争は過ぎる。というか、もう私たちは、また敗けたのだ。まだ終ってはいないのかもしれない。が、勝ちはない。年寄たちが頑張れば、引き分けぐらいはあるかもしれない。だから、私は、息子をはじめとした若者にはこういいたいのだ(というか、教えているサッカーチームでは、たまに言うことだけど)。敗戦後のことを考えて生き延びよ、賢しらな自暴自棄になるな、人生も歴史もリーグ戦だ。当たって砕けろなどというトーナメント方式・思考は、敵からの侵略はモンゴル帝国とアメリカ帝国しか知らない島国根性な平和ボケだ。実際、俘虜の辱めを受けずという教訓を無視して、年寄たちは敗戦から復興してみせたではないか? 受験に失敗したら人生終わりだ、みたいなプレッシャーは事実じゃない。人生も、歴史も、リーグ戦だ。失敗をフィードバックして、次を考えろ。君たちはサッカーを通して、世界基準を身に付けろ。……
 
予想通りなアベ君支持の選挙結果を目の当たりにすると、「歴史の必然」という小林秀雄の言葉を連想する。しかしこの言葉には、もはや鋭い情感は失われている。ばかばかしく、茶番にしかならない。が、若い世代には、それが初めての現実になるのだ。つまり、猶予(モラトリアム・暇)をくれない戦争が。

参照ブログ:
秋葉原事件「小さな過去」、「犯罪に――

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