ダンス&パンセ

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2026年4月26日日曜日

「『共同幻想論』に挑む 家族人類学的考察」(鹿島茂著 筑摩書房)をめぐって

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高群逸枝の詩的直観、想像の宇宙世界へと読み入っていくにつけて、吉本隆明は『共同幻想論』において、何か高群について述べているのではないかと、学生時代に教養的には読んでいたそれを読みかえしてみてはいた。が、やはりよくわからない。そんなおり、鹿島茂著の「『共同幻想論』に挑む 家族人類学...
2026年4月18日土曜日

シュタイナー覚え書き

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  冥王まさ子経由で、シュタイナーを読んでいる。 シュタイナーと言えば、とんでも神秘主義、というようなイメージをもっていただけであり、実際読み始めていくと、いったいこの霊的とされる宇宙現象を、どう理解していけばいいのかと面食らう。コリン・ウィルソンの伝記『ルドルフ・シュタイナ...
2026年4月13日月曜日

仙台へ(2)

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スマホAIに、戦前、仙台市青葉区に、菅原自転車屋があったかきいてみた。すごい検索。 ーーーーー 第二次世界対戦前 仙台市青葉区に 菅原自転車屋さんはありましたか? 1 件のサイト 検索結果からは、第二次世界大戦前(1945年以前)の仙台市青葉区に「菅原自転車屋」が存在したかどうか...
2026年4月11日土曜日

仙台へ

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  先月、仙台市へ行く。 妻の母の実家と、私の母の実家とが、どれくらいの距離感で在ったのか、体感してみたくあった。   また、いく子は亡くなる 5 年ほどまえか、仙台にとどまっていた親族の葬儀に妹と出掛け、ひとり居残り、幼少の頃の思い出の地を歩き回ったようで、その軌跡を、...
2026年2月27日金曜日

「中道」――いく子「日記」から(2)

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 また、「中道」という言葉がでてきたので、追記。 一身にして二世を経る、とは福沢諭吉の言葉だけれど、いく子もその時空の落差に突き当たっている。漱石の「三四郎」での地方差(熊本)認識は、当事者性から見れば弱い、との記述も他の日どりでなされている。図式にすれば、熊本(地方封建)対...
2026年2月22日日曜日

「中道」--いく子の日記から

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今回の衆院選で、立憲民主と公明党がいっしょになって「中道」という仏教用語を引用した政党ができた。私自身は、この用語に関し、なんの知識もないが、妻の高校生の頃の日記を写していたら、この語をめぐる考察の文章に、でくわした。 おもしろいので、その箇所をブログでかきとめる。いく子は、...
2026年2月6日金曜日

津島佑子著『女という経験』(平凡社)を読む

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  瀬戸内晴美(寂聴)は、高群逸枝がアナーキストとして論陣をはっているころの、夫以外の男性との関係を追求した「日月ふたり」という作品を、昭和48年頃から『文芸展望』という雑誌に書いていた。瀬戸内の話によれば、高群亡きあとにあたる夫橋本憲三を取材するにあたって、その男の対応に嫌気が...
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木上の思考

菅原正樹
本名(鈴木正樹) 1967年生まれ。群馬県出身。高崎高校、早稲田大学第二文学部卒業。植木職人。(1級造園施工管理技師) 自著;『曖昧な時節の最中で』(近代文藝社)・『書かれるべきでない小説のためのエピローグ』(新風舎)、BCCKSより、知人書房として電子出版試作中。 *カニングハムは、「振り付けするとはダンサーがぶつからないようにすることだ」と言っている。盆栽に象徴される日本の植木の仕立ての技術とは、枝が交差し絡み、ぶつからないよう偶然を準備していくことにある。自然に気づかれないで、いかに生起してくるaccidentを馴化していくかの工夫なのだ。たとえ西洋のトピアリーのような造形をめざさないことに文化的な価値の規定を受けていようと、そこには特殊にとどまらない普遍的な対応がある。芥川が「筋のない話」として日本の私小説の困難な特異さと歴史的前衛性を洞察したことが、日本の植木職人の技術のなかにも潜在するのである。
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