2009年3月21日土曜日

資本主義論理下の、フリーターと移民労働者


「「小さな差異」が単一の普遍世界の中に併存するポストモダンの精神に慣れてしまった日本の政治エリートには、新自由主義と保守主義の路線の違いが「小さな差異」にしか見えず、「大きな物語」をめぐる闘争であることに気づかなかったのだ。」(佐藤優著『テロリズムの罠 左巻』角川書店)




夕食時になると、今年6歳になる息子の一希は、「ご飯がこわいよう」と言って、食べることをボイコットするときがしばしばある。まだ口にしたときのないもの、新しいものに挑戦する意欲が弱いのは性格的なものがあるとしても、やはりお菓子やチョコレート、そしてアイスクリームを食べることに慣れているからそう駄々をこね始めるらしい。「もうお菓子をあげませんからね!」と女房にどなられても、私が帰宅し、パンツいっちょで食卓につき、風呂の湯がたまるあいだ、空腹しのぎにとコンビニで買ってきた一口ケーキやアイスのたぐいを食べていると、ものほしそうに近寄ってき、「ママにみつかったらどうなる?」というと、ネズミのようにさっとそれを手に取って食卓の下にもぐりこんで食べ始めるのだった。私としては、過度にご飯ぎらいになってしまうのは問題だけど、そうでないならおいしいとおもうものを精一杯食べさせてあげたいと思うのだ。それはテレビのニュースで、いわゆる幼児を虐殺された父親が、「もっとアイスクリームを食べたい時にたべさせてあげればよかった」と後悔している手紙を葬儀の時に読み上げているのをきいて、私のニヒリズムがそう反応させているのかもしれない。……「チョコレートやお菓子だけじゃなくて、ご飯も食べれない子どもたちが世界にはいっぱいいるんだよ」「もしパパが怪我や病気で仕事ができなくなって貧乏になったらどうするの?」そんな話を、一希は想像するのを拒否するように考えないふりをして逃げる。しかしこれは、一般的にいって、日本の文化進度からして、もどることのできない趣味や欲望になっているのではないだろうか? そして、それが知識=歴史物語にもなってしまっているのではないだろうか?

佐藤優氏は、派遣村に象徴されてきたような若者の現状を、国家保守的立場から批判的に擁護=理解している。――「現下日本で生じているニ○○万円以下の給与生活者が一○○○万人を超えるなどという事態は異常だ。この状態では、労働者が家庭をもって、子どもを産み、教育を授けることが、経済的理由から不可能になる。世代交代を視野に入れた場合、労働力の再生産ができなくなるということだ。これでは日本の資本主義システムが崩壊する」(『テロリズムの罠 右巻』)……しかし、それでも再生産できる人々がいる、あるいは日本に呼び込まれ、なお呼び込まれようとしているのではないだろうか? そしてそれが、資本主義の論理矛盾した力学なのではないだろうか? たとえば、私の知り合いの日系を中心とした南米からの人たちは、日本の若者なら結婚し出産などしないだろうという条件下で、しかもこの外国で、結婚し、子どもを産み育てている。むろん、六畳間に、3人、2DKだとしても、その2部屋に5・6人で暮らしながら。この日本で出会ったお互いが外国人どうしでも。それができるのも、つまりそんな相互扶助ができるのも、彼らの出自的な文化的進度が、その趣味的な感性が、その生活を可能にさせているのだ。そして資本主義とは、このそれぞれの「文化的進度」という時差を労働力として活用=消尽してしまうほどのものなのではないだろうか? それは論理的には「再生産」を可能にさせておかなくては存立できないとしても(日本での若者たちとの関係でのように――)、外国人(移民)にはそんなヒューマンな論理一貫性など求める必要もない(=使い捨てればよい)ほどの生産の稼動をめざしてしまうものなのではないだろうか? そしてそのことを、佐藤氏が引用している箇所でマルクスが示唆していることではないのか?……<他方において、いわゆる必要なる欲望の範囲は、その充足の仕方と同じく、それ自身歴史的な産物であって、したがって、大部分は一国の文化段階に依存している。なかんずく、また根本的に、自由なる労働者の階級が、いかなる条件の下に、したがたって、いかなる習慣と生活要求をもって構成されてきているかということに依存している。したがって、他の商品と反対に、労働力の価値規定は、一つの歴史的な、そして道徳的な要素を含んでいる。だが、一定の国にとって、一定の時代には、必要なる生活手段の平均範囲が与えられている。>(マルクス『資本論』・前掲書より孫引き引用)

日本国民を救っているのは、日本人なのだろうか? これまで、工場生産を、南米からの日系を中心とした人々が担ってきた。これから、福祉などの分野では、また人間的な再生産を考慮せずともよい移民労働者が導入されてくるのだろう(言い換えれば、そんな心配せずとも再生産してしまう、それができる、ゆえにもっと搾取しえる他の文化だ、ということだ)。またそれが、経済界からの要請だ。いや、日本の「文化的進度」(=「文化段階」)からの要請だ。そしてそこに、「道徳的な要素」がはらんでくる。息子の一希は、この「道徳」を、受肉化することができるだろうか? 具体的には、六畳一間で3人の相互扶助的生活がもはやできないかもしれない感性(慣習文化)下において、倫理的にふるまえるだろうか? 教育とが、まさにそこでこそ反復されなくてはならないのに、私はそれを、教えることはできるのだろうか?

*私がかつてJapan as No.1下にフリーターとして働いていた頃の拙文『「労働時間」をめぐって』は、その頃の労働運動の標語が当然の「賃上げ」から不況時の「職の確保」に変わってしまったが、その「運動」が<単に文化的な「限度」を受容しただけの、いわばその価値規定の確認におわっているのではないかという疑義>は、いまでも有効なのではないかと思える。

日本人がどこまでアトム化されてしまったかはわからない。国内にいる移民労働者のような助け合いや贈与の精神が希薄になって生活力が弱体化してしまったのは確かなようだし、またかつてこの「ダンス&パンセ」でも紹介した古物商長嶋氏の発言にもあるように、共通したものとは後退してもなくならない前提なのだ、というのも真実である気がする。かつて、「相対的な他者との関係の絶対性」という起点から、「単独(者)―普遍」という外部への回路を説いた思想があった。そしてアソシエートとは、この単独者たちの連合だと。その思想はある意味、外国人とかというより身近な隣人との関係への注視により、生活上的には日常的にすぐ隣で出会ってしまう日本人同志との自己批判的なつるみあいいがみあいに終結した。国家のことなど普段考慮にもない生活者と同じようにあまりに当たり前な様態として。それはその思想が、当たり前なことを重視したのだから、当たり前な話であった。ならば、いまなら、いやいまでも、ポストモダニズムと整理されるだろうこの思想の起点は、もはや無効になったということなのだろうか? しかし、ナイーブな日本人の私を、危ない外国人から外国の友人たちが守ってくれていたのは、まさに私がナイーブな誠実さを保っていたからで、それが彼らの相互扶助と贈与の精神に交感したからではないだろうか? そして世界に無知な私が、そんな世界に入っていったのは、国家路線を捨てたフリーターであったからで、私が香田証生氏のように、あの歌舞伎町の店でもみたアラブの刀で首を落とされていてもおかしくはない……いやさらに、私が昔気質の残る職人世界に残ってこれたのも、私が非国民的な日本人的ナイーブさを保持していたからではないか? 私は、そこからはじめなくてはならないのではないだろうか? やはりつまりは、あくまではじきだされた、非国民の、時代遅れな、錯誤した、個人として…<進め、進軍! ああ駄目だ俺は、時間がとまってしまった>とボナパルティズム下を片足で生きた、フランスの詩人ランボーのように…。

1 件のコメント:

  1.  最近読んだ中井久夫の本だと、この20年の日本経済は中国によって支えられてきたと書いていましたね。この10年くらいでは日本に直接来る中国人も、かなり多い。
     中井久夫はそして夕張市を挙げて、地方と中央の圧倒的な格差の出現(これもここ20年)は、中国人たちが日本という場所を使って脱出しようとする中国の現状を、日本が後追いしているのではないか、とも書いていました。

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