2016年10月17日月曜日

<家族システム>と<世界史の構造>――エマニュエル・トッド『家族システムの起源』ノート(1)

歴史人口学者と紹介されるエマニュエル・トッド氏の『家族システムの起源』(藤原書店/石崎晴己監訳)を読み始めている。

思い浮かんだことをメモしながら、気になったところを引用していく。まとまった感想は、あとで整理する。

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「『第三惑星』の中で、私がこの二つの純粋核家族類型を定義したのは、演繹の実施によってだった。自由と権威、平等と不平等という二対の価値を掛け合わせると、共同体家族(権威的にして平等主義)、直系家族(権威主義的にして不平等主義)、平等主義核家族(自由主義的にして平等主義的)、絶対核家族(自由主義的にしてかつ平等主義的でない)という四つの区分に至る、というわけである。だから二つの純粋核家族カテゴリーは、ある種のピタゴラス的幻想の痕跡を残しているのである。…(略)…というのも、完璧に一貫性のある類型体系を先験的に定義するのは、不可能でもあれば無用でもあるのだ。なぜ今になって、人間精神の力の中に世界の現実性を探し求めるピタゴラス派ないしデカルト主義の呪術的宇宙へと退行しなければならないのか。実を言えば、類型体系とは、図面なり図式のような具合に、データを展示する便宜を提供するにしても、それ自体ではいかなる科学的有用性も持たないものである。それにとって外部的な、一つないし複数の他の変数との関係の中に置かれるのでなければ、興味を引くものではないのだ。」

・そう前作を反省しているわけだが、このピタゴラス的、構造主義的4類型は、柄谷氏の『世界史の構造』における4象限と重ね合わせることができる。
<パリ>とは、もちろん近代の思想基礎になる革命の理念が立ち上がったとさるところとして、である。地理的にはパリ盆地とかより具体的に限定されてくるのだが、ここではより抽象化して図式的に短絡化している。またもちろんトッド氏は、構造的に世界を把握してみせることから、「伝播」的な時間軸を基軸に据え始めたわけだから、この4象限は定型的なものから、座標軸的なものとして読まなければならない。交点をゼロとして、たとえば日本は直系家族の中にあってもどのような座標位置にあるかが、より特定指示されうるかもしれない。トッド氏はこの著作の中では、15の家族類型を提出しているので、その類型のグラデーションから、日本をより統制的理念の方向へ近づけるには、どんなベクトル強度でネーションと国家の2方向を強化していけばいいかの、実践的度合(バランス)が座標空間として把握できる、ということになる。実際、トッド氏は、前回ブログでの引用著書で、そのように、日本では国家の再導入の検討、自衛軍隊の強化を提言し、アメリカやロシアとの関係強化を示唆している。

「ユーラシアでは、父兄原則の出現は農耕の出現より大幅に後になる。」
「しばらくの間、狩猟採集民の原初的社会形態、ということはすなわち人類の原初的社会形態は、双方的な親族の絆によって組織編成された現地バンドの中に組み込まれた、一時的同居を伴う核家族であった、としておこう。…(略)…
 定住化は、農耕への移行と同じとすることはできない。…(略)…
 流動的なバンドに組み込まれた核家族という当初の仮定にたつなら、定住化がどのように、凝縮した、複合的な家族形態の出現をもたらすことになるかを、構想することが可能になる。そうした家族形態の中で、現地集団の上位レベルが、安定性と重要性を次第に帯びて行ったわけである。しかし定住化はまた、場合によっては、少なくとも居住という意味では、純然たる核家族の絶対的自立化を容認するものであった。
 稠密化の過程にあるシステムの中では、居住先家族の選択について固定した選好が姿を現すと、想像することができる。それが父親の家族なら、父系原則の出現へとつながり、母親の家族なら、母系原則の出現へとつながることになるが、ただし後者は、後に見るように、より稀に起こることである。ひとたび原則が確定すると、父系性もしくは母系性は、その厳密さそのものによって、家庭集団の追加的稠密化を促進して行く。」

・トッドの論考は、「定住」以後を目指すもの、経験的に限定するものである。そこでは、バタイユ的な、またフロイト的な、それ以前を思考しようとする狂気は含まれない、というか除かれる。柄谷氏の構造には、定住以前のもの、核家族(ファミリーロマンス)の内的現実が古いものとして周辺にとどまっているという歴史的考察だけではない、仮説的な飛躍が導入されている。それは死への欲動として回帰してくる、とされる。この伝播と構造の関連は、論理的には明確ではない。真の問題設定として成立しうるのかも、明解ではない。

・トッドの思考の型は、フーコーを連想させる。日本を憧憬したバルトとともに。要するにフーコーも、理性的なヨーロッパなどと学問世界ではいっているが、本当は(古代的には)ヨーロッパも日本と同じサルのセクシュアリティーが、双系制が、核家族が基礎なんだ、と言っていたのではなかったろうか? 父親なんか強くない、と。そんなのは上っ面だと。

2016年10月16日日曜日

教養雑感

「現下の歴史的転換は、経済に関する転換である前に、その基盤において家族、人口、宗教、教育に関する転換です。大学の優先的課題の一つは、大学が提示する課題、資金を投入する研究の中に、人類の人類学的要素、宗教、教育、芸術などの変容の内部に経済史を組みこむような経済史へのアプローチを再導入することであろうと思われます。審美主義でこんなことを言うのではありません。われわれ人類に起こることの多次元的な性質を知ることが切迫した必要となってきているから言うのです。」(エマニュエル・トッド著/堀茂樹訳 『問題は英国ではない、EUなのだ』 文春新書)

蓮實 一方で、今おっしゃったように、大学に学部というものが存在するのは世界的にかなり特殊なことなのです。もちろん、ドイツには学部が残っていますが、フランスには学部は存在しないし、そもそもアメリカの大学には、学部など存在していない。ハーバード大に唯一あるのはArt & Sciences の学部だけです。つまり、リベラルアーツ教育が大学の主流であるのですが、それが日本では受け入れられておらず、「あの子、法学部受かったんですって」みたいなことがまかり通っている。十八、十九のガキが自分は法学部に入ったなどと思うなと、私は言いたい。たんなる学校秀才でしかない若い男女が真のエリートへと変貌するには、数年間の知的な放蕩生活が必要なのです。本来専門分野は大学に入ってから選択するものでしょう。…(略)…
渡部 その場合、やはりアメリカ式で四年間リベラルアーツをみっちりやらせて、その後二年間ぐらい専門をやるというビジョンですか。
蓮實 そうです。社会に出るまでにそのくらいの年齢的な余裕があるべきでしょう。日本のように二十一、二歳で就職するなんていう国は他にありません。しかも、就職にあたって大学の学部教育に対する信頼は企業の方にまったくありませんから、三年が終わったぐらいの段階で採ってしまう。すると何が起こるか。途方もないミスマッチです。だから何年か経って会社を辞める人の数がずいぶん増えている。大学を卒業してすぐ入った会社で、「自分の未来はこれだ」と思ったとしたら、そいつはバカでしょう。自分の未来はもっともっと先で決めなければいけないはずなのに。それで良い人も半分ぐらいはいるかもしれないけれども、残り半分はそんなことでやっていけるわけがない。
渡部 将来をもっとゆっくり決めるというのは理想的だと思うんですが、社会がどうしてもそれを受け入れる方向に行かない。そこはどうしたらいいんでしょうか。
蓮實 それは社会が悪い、大学も悪いし、やはり日本はつぶれると思ったらいいんじゃないでしょうか。」(「「文学部不要論」の凡庸さについてお話しさせて頂きます」『文学界』2016/9月号)

トッド氏の考察に注目したのは、今から十年以上まえ、ちょう柄谷氏がはじめたNAMが解散を決めたころだったようにおもう。アート系のプロジェクトの会合だか飲み会で、ディドロを研究していた仏文学者の、今年『脱原発の哲学』を上梓することになる田口君に、この人の思考は面白い、と紹及したことがある。統計的な実証的・経験的方法は信用がおけない、というのがそのときの返答だった。それはそうなのだとしても、トッド氏の思考は、近経的なアプローチというよりも、やはり演繹抽象的なマルクスの発想に近いように思えるのである。しかし、トッド氏は、経験・実証的にわかるところ、目に見えるところで抑えて論じる、という節度を維持している。家族関係が原理的にすべてを動かしていると言っているのではなく、経済や宗教、国家といったものが別原理で関わりながら世界を動かしているだろう、ということは経験的に明白なので、その明白さの限りにおいて関わりを述べるだけだ。だから冒頭引用箇所の次では、氏は、自分の「知的姿勢」は「体系的ではないにせよ」と解説している。柄谷氏の「世界史の構造」は、家族(互酬)、経済(商品・資本)、国家(収奪・再配分)との関連は体系的に演繹(仮説)されているのが前提(原理)である。またそこから、両者の決定的な相違、柄谷氏のいう「高次元」を認めるか否か、理念するかいなか、つまりは経験からの飛躍を志向するかいなか、の思想的な個人的態度の有無が生じてくるだろう。トッド氏はおそらく学問態度的には、それを認めない。

ところで、その柄谷氏が『世界史の構造』を出版したとき、私は、それをトッド氏の論考に引きつけて論じている。( http://www.geocities.jp/si_garden/kansekaiko.html

トッド氏にとって「教育」とは、家族関係の進展に影響を及ぼす関数的な「変数」ということになろう。家族の骨格は変わらなく進んでいくとしても、その進行度合いや一時的な歪曲などが、とくには「高等教育」の普及度合いによって知れてくる、とされる。とくには、女性の識字率や進学率の高騰と、逆に男のそれの低下、または、中産階級者の「自殺率」などだ。

そうした統計的変数は、まったくひとごとではないな、とおもわざるをえない。
私の父は大学出だが、母はそうでない。おそらく、女房のほうもそうなのではないだろうか? そして、女房自身は高卒である(妹は進学しているが)。そして今のところ、イツキが大学まで勉強したいと思えるような雰囲気はない。これは階級的には、低落になろう。社会的には、活力の減退を意味してくるかもしれない。蓮實氏と渡部氏の「文学界」での対談は、そんな減衰を追認しているような話になるのかもしれない。が、自殺への衝迫を鬱として抱えこみはじめている世の空気のなかにあって、蓮實氏の久しぶりに聞いた辛辣な饒舌は、何か活力を奮起させてくれる叱咤激励として機能していくところがあるのかもしれない。私には、鬱屈のなかでも必死に読書していた学生の頃の自分が、ふと我に返ったような感じになった。