2009年5月28日木曜日

責任と個人の狭間

「「参加はするが指揮は受けない」という議論に関連し、一つだけのべておきたい。イラクに派遣された自衛官は、本当に見殺しにされかねなかった。自衛官の人たちをどうやって法的に保護するのか、そのことを全然議論していなかった。…(略)…そういう状況下での自衛隊派遣であった。国連平和維持軍に参加する場合は、指揮権を国連にゆだねるので、国連の外交特権を得られる。ところが、イラクでは、国連平和維持軍ではなく有志連合軍である。さらに、「参加はするが、その指揮下には入らない」という小泉首相の当時の国会での答弁。現場から何千キロも離れた東京から防衛庁長官が指揮をするという。自衛隊は、法的な観点からも、指揮権の観点からも、ゲリラ部隊だった。
だから、自衛隊の人たちは殻に閉じこもったのである。事件を起こさないように、イラクの人びとを殺さないように。現場で、みずからが置かれた現実を即座に明確に判断したのは彼らである。」(伊勢崎賢治著『自衛隊の国際貢献は憲法九条で 国連平和維持軍を統括した男の結論』かもがわ出版)


私が団塊世代の職人さんにかわって、学校や福祉作業所などの公共施設関連への植木剪定作業にいかされはじめた頃は、ほとんど一人きりでの現場だった。直請けとしての民間の仕事が入れば、そちらを優先し、年間の公共管理仕事などは本来の仕事がないときに職人をその場しのぎにおくってやれるために保持しておくための現場で、ゆえにできるだけ一年かかるように引き伸ばしてやる、という経営上の計算からの処置だったろう。そして徒弟的には、職人肌でもない馬鹿な大学でにそうした半端仕事をひとりでやらしておけばいい、あんな仕事でもないものしか普段やっていない奴はいつでも軽蔑できる、そう言いくるめられるという職人としの立場上の優位を保持してみせるためでもあったろう。それゆえ私は、20メートルかそれ以上もあるケヤキやサクラの木にひとりしがみつき、木の下が家などの場合のロープを使っての吊るし切りなどのときには、なにせ地面まで降ろした枝に縛ってあるロープをほどいてくれる手元もいないわけだから、ロープ三・四本を体に巻きつけて、まるでシルベスタローン演じるランボーよろしく、鉄砲玉が数珠繋ぎのベルトになっているのを巻きつけているようにして機関銃ではなくチェンソーを樹上でふるっていたのだった。「あんなの一人でできるよな」と親方は冷たく言い放って送り出し、元請けの社長も、一人できたことに渋い顔をみせながら、「できないとはいわせません」と言い置いて現場から消えていくのだった。が、いまはどうだろう? 民間の仕事も減ってきたので、年間管理的な公共工事で細々と食いつないでいくのが主な仕事になってしまう。民間のように単価が競争的に値下げされるわけでもないし、普通の屋敷にはない巨木をこなせればむしろ一本あたりの儲けはでかいので、そうした作業を支障なくやってのける作業員がいれば一年の経費は稼いでいける。そこでかつて自分が他人にしてきたことをまったく忘れてしまったように、丁重な人扱いになってくるのだ。よくやってくれるからとビール券をもらい、先月は元請けの職人たちと寿司をご馳走になった。

「もう松の手入れの手伝いが終わったんなら引き上げてきていいんだぞ」と、樹齢何百年だかの名木指定になっている山寺のでかい松の大透かし剪定が終わってもなお手伝いを引き継いでいることを知った親方は携帯で指示をだしてくる。とりあえず日当がもらえればどちらでもいいとしても、本当にそんな喧嘩腰の段取りを元請けにぶつける覚悟ができているのかもわからないし、まあそちらの仕事がなくなってもよそ者の私があぶれるだけだからかまわないのかもしれないが、「いま二人怪我して人手がたりなくて忙しいみたいですけど」と元請けとの仲介の言葉をさしこむ。手間手伝いではなく請け負いの公共管理仕事は予定どおりの日取りからはじめられると念を押しながら。ところが今度は、その予定の日取りの一日前になって、すでに元請けが作業を開始していた小学校の管理のほうで、夏には耐震工事がはいって足場を組むからと、校舎まえのでかいケヤキの剪定をやってくれと予定外の陳情仕事がはいる。現場を任されている元請けの三代目の息子からは、クレーン車が直ってくれば自分たちでできるからと、小さいケヤキのほうからやってくれてかまわないとの話だったのだが、いざやる当日となって、元請けの職人たちが自分たちではできないと尻込みをはじめたのだろう。私が請け負いの現場に入ったと朝の電話連絡を社長にすると、深刻そうな渋い表情の声で応対し、翌日の連絡では電話を受けない。おそらく、元請けの職人たちではできないだろうと現場にいておまえはわかっているはずなのだから、自分でおまえのところの親方に話をつけてこっちに手伝い来れるよう予定の段取り変更を含めてうまくまとめろ、なんでそこまでやらなかったんだ、と暗黙の圧力を私にかけているのだろう。あるいは、やっと職人会社としての名誉がかかる寺社の作業がおわったとおもったらまた難題がでてきたので、精神的にまいってしまったのかもしれない。道理としては単に機械的に順番を踏んだ私にあり、現場の意気込みとしては三代目の息子に正当性があるとおもうけれど、それに応える職人を育てていない、その情けなさは社長本人にも身にしみてくるから、その感情は憎悪へと反転し、なおさらのとばっちりがあとで私にくるかもしれない。それが下請けの生殺与奪を握る元請け会社の権力の恣意性であり、その気まぐれ勝手さを逆に利用して、つまり仕事のなくなったときは元請けとの関係をつないいでいる職人個人のせいと建て前をつくろって本人をやすませることのできる下請けの親方の知恵になるだろう。それもこれも、職人との法的位置がグレーゾーンにあり、形式的には一人親方、法的には建築現場の日雇い人夫と同等、実質的には単なる被雇用者、という曖昧な存在だからである。ゆえに職人のなかには、実質的には雇用しているのに建て前としては一人親方扱いして年金も負担せず、との会社への不満から、個人的に仕事が入ったときは会社の仕事を休んで自分の仕事を優先させる者もでてくるのだが、アパートやマンション暮らしの個人では道具置き場もトラックもないから、勤め先の会社や知り合いの会社から道具をただで貸してもらって作業することになる。しかしそれもどこか道理のない変な話で、かといってならばきっちり独立してやれ、というのも庶民事情を無視した冷酷論理な話になってしまう気がする。だから立場の弱い職人が筋を通してできることは、現場にでて手を抜く、ということだろう。いくらビール券や寿司をご馳走になっても、こっちは命がかかっているのだからつりあわない。とはいえ、せこい会社は職人を急がせるだけでご馳走代などだしはしないから、こちらを気にかけてくれる社長にはやってやるか、という気にもなってくるのが人情だけれども。

さて日本の政権争いでは、民主党の小沢氏が情勢を見極めて代表を辞任した。まだ秘書への疑い段階で、当人たちはそれを否認しているのだから、責任をとってというわけではない。マスコミを巻き込んだ現政権がわの国策操作に対抗して、という作術なのだろう。そしてここでの代表選挙パフォーマンスで、民主党への追い風がまた吹き始めたようだから、うまくいったことになるのかもしれない。小沢氏が法務大臣になるかも、という説もでてくるくらいだから、法務官僚を中心とした国家官僚は、小心翼翼状態かもしれない。私も気分的には民主党を支持したくなるが、もう時期を失ってしまったのではないか、という気がしてくる。ここでいう時期とは、鍛錬の期間のことだ。だいぶ小沢氏のもとでたくましくなったといえども、もう世界情勢は平和時ではない。個人が失敗から学んでいく、なんて悠長な暇がないのではないか? 昨日5/27日の朝日新聞の朝刊で、北朝鮮の核実験に対する自民党の元防衛相石破氏と、民主党「次の内閣」防衛相浅尾氏へのインタビューが並列されている。これも、大本営発表とか揶揄されるマスコミの操作された一記事なのかどうか知らないが、読むと、民主党がアホにみえる。精神年齢が二十歳大学生ぐらいの者の勉強の成果、という感じだ。――<確実なのは先にたたくということ。例えばオーストラリアが導入を計画している巡航ミサイルのトマホークのようなものを持つのも、一つの選択肢として考える。もちろん、そう結論づけるのは早い。だが、こうした議論を通じて、日本も本気だということが他国に伝われば、中国などの北朝鮮に対する対応も変わってくることもあり得る。(浅尾氏)>……そんなことは、あり得ないだろう。核であれミサイルであれ、それを持っているかどうか、が問題(現実)なのではない。それを本当に「使う」という本気さが現実(問題)なのだ。この本気さがない、頭だけの駆け引きなど、連戦練磨の外交現場で通じるわけがない。人間関係への洞察の欠如した優等生の「カード」ゲームなど、手練手管の政治家にふりまわされるのが落ちだろう。北朝鮮の態度が恐いのは、それがパフォーマンスではなく、本気だからだ。あるいは、本気にみえるからだ。どこまで本気であるかを知るには相当内通したインテリジェンス活動が必要なのかもしれない。が少なくとも、国際世論の言説において、イラクに戦争をしかけたアメリカはもちろん、北朝鮮もやることが本気だという迫力を所持してきているようにみえる。しかし日本には、そんな手順や功績もないだろう。見透かされて裏をかかれるのでは? ヨーロッパのサッカー界で日本人選手の道を切り開いた中田氏は、みせかけのフェイントは通用しない、自分でもほんとにこっちから相手を抜くと思っていて、突然やっぱりやめた、とまた本気で切り返すときにそれは成功する、という話をしている。民主党の人気若手と思える政治家たちは、この世界(外と)の現実が肌でわかっていないお坊ちゃんが多いのではないだろうか?

自己改革などできはしないのだ。官僚に支配された社会構造を変えてみせるという青写真はいいとしも、その意気込みのうちにそんな冷静さがなかったら、日本の社会は機能不全に陥ってしまうだろう。官僚のいない国家などはありえない。外との衝撃においてだけ、官僚社会の変革は内発的になりうる。人間は、受苦的存在である。ゆえに、まず内政ありき、ではない。諸外国との関係の持ちようが最初なのだ。その前線的な関係において、現場にだされる個人にできることは、できることとできないことをはっきりさせること。宮大工の田中文男氏も言うように、それがわかるのが一人前の職人である。わからないから、不必要な人工をかけ、無駄な人員を戦地へと送ることになる。「こんなことは、責任もってやれませんよ」と、立場の弱い現場の人間ができることは、まずそこを明確にさせたうえで、サボタージュすることぐらいだ。

2009年5月9日土曜日

デモとアパートと神


「うん。外国にはバルコニーのないマンションがたくさんあるが、日本にはバルコニーのないマンションはまずない、といっていい。じっさいかんがえてもみたまえ。バルコニーがなく、したがって床まであくガラス戸もなく、部屋には壁と高い窓しかないとしたら、日本人は部屋のなかを狭く暗く感じて、そんな家にはとうていすめないだろう。ガラス戸があり、バルコニーがあり、さらに戸外という自然がありみんなつながっている、という感触があってこそ日本のすまいなのだ」
「なるほど戸外の自然か。それが<神さま>か。その<神さま>がバルコニーからガラス戸をとおって家のなかにやってくる、というわけか?」(上田篤著『庭と日本人』新潮新書)


アメリカでは、豚インフルエンザに乗じたメキシコ移民への排斥圧力が増長することを牽制する、移民自身によるデモンストレーションが起きているという。日本では、現在国会で1947年以来の外国人登録制度という在留管理制度が全面的に改変される審議がなされていて、それに抗議するデモが近々おこなわれる予定である。暴行や拷問が歴然としてあるようなところからきている外国人たちは、日本のやさしいおまわりさんなど馬鹿にしているけれど、日常的についてまわる日本人の監視の目の厳しさへの怯え=誤解から、今回の人権グループや支援団体が組織するデモに、当事者自身らが大勢参加するとは思えないけれど、だからといって、彼らが日本で抗議の声をあげることはない、ということにはならないだろう。というか、声のあげ方が変わってきてしまうのではないか? メーデーに参加することになったイラン人は、デモをするというのならば「ピストルはどこにあるんだ?」と聞いてきたというし、逆に南米からの労働者はデモにでようといわれると、反政府活動者は拉致されて消されてしまうという歴史があるからか、泣いて嫌がるのだそうだ。日本でもバブルがはじけた頃、就職差別に抗議する女子大生たちのデモが自発的に組織されたし、最近では後期高齢者医療制度に反対する老人たちのデモというのもあった。もちろん、アイヌ人たちや中国残留孤児たちの権利や生活の充実を求めるデモもあった。しかし人権というのが多くの日本人には勉強しないとよくわからないように、デモというのも勉強しないと知りえない。これは、おかしなことなのだろうか? 民主的なデモでなくとも、たとえば、新宿の歌舞伎町界隈では、ブラジル人の少年たちが何色だかのチームを作って何色だかの日本の不良少年たちと小競り合いをしたこともあったし、暴走族で一番恐れられていたのは残留孤児たちの子供たちのドラゴンとかいうグループだった、というのもある。そしてこうした声のあげ方は、国境を越えた世界資本主義の趨勢として派生してきもするから、研究者が指摘するような一般的な事象でもあるだろう。

<つまり、こうした団地で暮らす日本人は、すでに何らかの経済的・社会的困難を抱えている、あるいは抱えていないにしろ、そのリスクを抱えた人たち――「住環境の悪化」にもかかわらず、「転出できない」層――が多い。そう考えると、外国人が集中する居住空間における問題は、日本人住民と外国人住民のあいだの「文化的差異」としてだけでなく、「社会的至近性」にも目を配って考える必要がある。>(森千香子著「郊外団地と「不可能なコミュニティー」」『現代思想』2007.6月号)

<スミスは、フランス郊外やアメリカ・ゲットーで脱工業化の進んだ一九七○年代以降に、地域コミュニティーの解体がさらに地域を荒廃させたことに注目し、「意味と感情の詰まった安定した共同体としての『場』から、脱出すべき『空間』への変化と捉えた。ここで言われる「場」を人間同士のつながりによって形成されるエリアスの「相互依存の編み合わせ」と考えるなら、場から空間への移行は、人間が自己統制を失い、暴力化する「脱文明化」の過程につながる。貧困層や福祉対象者の集中を加速させる公営団地での「場」の維持とは、このような問題を孕んでいる。>(森千香子著「「施設化」する公営団地」『現代思想』2006.12月号」)

そしてまた逆に、デモという他人との関心の共有など発生するわけもないくらい、個人主義的なアトム化が進行してしまっている、ということもあるだろう。

<要約するに、日本近代から現代にいたるアパートの発展過程は、初期のアパートにあっては個室の外部にあり共用で使われていた玄関や下駄箱、トイレ、台所、洗面室、浴室などが、少しずつ各個室内に取り込まれていった過程そのものである。現代のマンションの端緒である《理念性》のアパートを代表し、東洋一と謳われた『同潤会江戸川アパート』においてさえ、浴室、トイレ、炊事場などは各個室の外部に設置された共用設備であった。しかしアパートやマンションはその後の発展過程において、これらの諸機能をひとつずつ個々の住戸内に収容していったのである。現在のマンションでは、生活に必要な機能や設備のほとんどすべてが各住戸に納められる。マンション全体ではなく、その部屋に住む家族の構成員のみが使う専用設備である。同じようにワンルーム・マンションやアパートにあっては、住人ただ一人だけが使う専用設備となった。もちろんそれらは生活環境改善の流れであり、空間性の質を追求してきた結果である。トイレひとつとっても、共用と専用では雲泥の差があることは言うまでもない。だがすでに見たように、戦後の木造賃貸アパートはその空間設備的な居住性の絶対的な貧しさにより外部へと開かざるを得ず、それゆえ懐かしい《家郷性》を孕むに至ったのではなかったか。しかしコイン・ランドリーなどを僅かな例外として必要な設備のほとんどを内部に納めるようになったワンルーム・マンションやアパートは、ある意味徹底的に自己完結的な空間であり、《家郷性》が孕まれる余地など寸分も見当たらないように見える。共同住宅とも呼ばれるアパートやマンションであるが、ワンルームはまさに、非・共同住宅とでも呼びたくなるような存在ではないか。>(近藤祐著『物語としのアパート』彩流社)

しかしそれでも、冒頭引用した上田篤氏の示唆するように、そのもはや長押もないようなワンルームのガラス戸は、床をなで神に開かれて、あるいは招き入れてしまっているのではないだろうか? それを、芥川龍之介のように、「神々の笑み」としてイロニカルに嫌悪=批判することもできるけれど、実践的には敗北ということではないのか? ボードレールの屋根裏は、交感の現場だった。日本の作家たちのウサギ小屋も、実は「因幡の白兎」を助けたオオクニヌシに通じていたのかもしれない。憑いてまわるストーカーを警察に訴えるのは民主的なことかもしれないが、警察(公)にちくることを村八分的に許容しない民の共同心性こそデモンストレーションではないのだろうか? そして渡来民(外国移民)こそがまた、国家にちくることをしないものではないのだろうか? 入国管理局は、メールでのちくり制度を設けてとりしまっているけれど、それは卑怯なことではないのか?

2009年5月1日金曜日

安全管理(保障)と全体主義


「東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はつきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちよこんと出てゐて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。しかも左のはうに、肩が傾いて心細く、船尾のはうからだんだん沈没しかけてゆく軍艦の姿に似てゐる。三年まへの冬、私は或る人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立つて、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のはうにちよつと傾いて、あの富士を忘れない。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはつきり見えるぢやねえか、めつぽふ寒いや、など呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思ひは、二度と繰りかへしたくない。 昭和十三年の初秋、思ひをあらたにする覚悟で、私は、かばんひとつさげて旅に出た。」(太宰治 『富嶽百景』)

「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しと為す。 」(弘法大師)


「職長・安全衛生責任者教育」講習会というものに出席するはめになった。ゼネコン的にいくつもの業者が入る現場で必要になってくる資格(教育)なので、私のような下働きの者には関係ないのだが、元請けとの付き合い上参加するということなのだろう。その元請けと仕事をやっている親方の息子がハネムーンなので、私が2日間仕事を休んで顔をだしてくる。「安全のことなど頭から忘れてください。」「昔の職人のように品質と工程そして原価の管理が顧客と相対してできるのならば、安全管理なんて当然そこにはいってくるのです。」「ゼネコンは口を開けば安全第一とかいっている。それじゃ身動きできませんね。」と本末転倒した現状を批判することから始めた講師によると、しかしこの教育を受講しないと、新たに設けられた「基幹技能者」とやらになるための、これまた資格講習の資格自体がとれないことになるのだという。おそらく1級管理および監理技能士の資格者数が多くなってきたので、また別に作って人員を搾りはじめたのかもしれないが、実際にはお金を搾り取っていることにしかならないだろう。北海道で開かれた洞爺湖サミットの工事では、発注者(おそらく国家になるのだろうが……)は施工者には「基幹技能士」を採用するようにとの注文をつけてきたのだそうで、となると北海道にはまだそんな資格保持者はひとりもおらず、それでは本州からの会社に仕事をもっていかれてしまうからと、急遽講習会を開いて80人ほどの基幹技能者をそろえたのだそうだ。「テキスト読んでるだけじゃだめなんだよ」と、どうも現場あがりから国家官僚の公益法人的な組織に取り入れられた現状批判的な講師の話はもっともだけど、しかしそれゆえに言っていることとやっていることの論理があっていないので、話が腑に落ちてこず、説得力がない。安全と仕事とは関係がない、と言いながら、ゼネコンが安全第一にこだわるのは事故が起きたら入札に呼ばれなくなるからだ、と言うことは、関係がある、ということではないのか? 民間が形式ばることに走り、国家がその実質を正そうとしている、という講義の構図は通念とは逆の現象におもうが、なんでそんなねじれたことが起きているのか、その知りたくなる肝心な論理と筋道がみえてこない。おそらく精力的な講師の個人的理由なのかな、とも思うのだが…。

最近発表された、アメリカのピューリッツァー賞は、ラスベガスの建築現場での労働災害事情(死亡率の増加)を追求した記事に与えられたようだ。ネットで検索して読んでみると、「職長」さんが死亡している。この記事を受けて当選前のオバマ氏やクリントン氏が議会で問題にして、建築会社のほうが安全対策をとったら、死亡者がゼロになったというのだから、ハード(設備)レベルでの対策が相当手抜きされていたのだろう。会社側の調査分析は事故増加の原因は不明なのだそうだが、現場の労働者はスピードが要求され同時にいくつもの現場が重なっていることをあげているようだ。日本では一応、高度成長期の後半期に安全衛生法とかなんとかが、国際労働機関の催促もあって制定され、ハードレベルでの対策を厳格にするようになったからか、一定の水準までさがって平衡状態になっている。といっても、その事故の内でも死亡の割合自体は以前とそう変わらないのだそうだ。つまり、それでも常に事故るときは死、と危険なのである。だからちょっと設備に手を抜けば、いいかえれば政治的な監視の目がゆるまると、ラスベガスの現場でのように歴然と死亡率があがってくるのだろう。もともと恐さ知らずというか、やせ我慢をひけらかす男気の世界の現場では、「えい、やっちまえ」という技術的確信ではなく見切りでやってしまう人たちのほうが多いだろう。いま私がやっている高所作業車を使っている松の手入れには、キャタピラ式のものを導入しているので運転専門のオペレーターをつけてもらっているのだが、「そんな人いらないですよ。金がもったいないですよ」とペアを組んで作業している職人は元請けの社長に言う。俺が運転できるから、と。私は唖然としてしまう。週に数日は二日酔いできて管を巻いているジジイの言うことを間に受ける社長がいるのか? しかも、車両式の操作簡単なゴンドラを枝の間に挟んで身動き不能にし、危険ランプと危険信号を鳴り響かせもしたのに。私は木に飛び移って脱出しようかと思ったくらいだったのだが、本人はもう仕出かしたことを忘れているのだ。そればかりか、最初に来たオペレーターは新人で、いまやってもらっている人がベテランだというのは一目瞭然なのだが、上手いのは若い方のだ、と頓珍漢なことを平気で言ってのける。一緒にゴンドラに乗ってみれば、経験のあるものはすぐにわかるのだ。若い奴は不安で迷っていた、最初に念頭に入れておくべき初期値(想定ごと、危険予知)が少なすぎるのだ、だからどこかぼけっとしている、緊張感と落ち着きが足りない、がベテランと乗ると、すぐに波長があってくる、だからこちらも無駄なことを考えずに剪定に専心できるのだ。が若造には、小手先でハンドルをくるくるさばいている運転を上手なものと思い込んで調子付くように、そう阿呆な判断しかできないのだろ。バカにつける薬はない。それ程危険でない仕事しかやっていないのにすでに入院通院の事故をおこしているのだが、それを単なる偶然不可避の事として未だに他人事のように認識している。酔いがまわると、「俺に掃除ばかりさせて木を切らせないからまだできないんだ。誰でもできる仕事なんだから俺にもやらせろ」と、実はやらせようとすると尻込みして逃げるくせに、本当にやらせたら8割の確率で死ぬか障害者になるだろう。その時は、現場の「職長・安全衛生責任者」として、私が会社経営者と同様に刑事責任を負うことになるのだろうか? そして、日本の「安全衛生教育」がやろうとしていることは、実はこうしたバカにどうにかして事故を起こさせないようにし事故率をより低くしていこう、というソフトレベルでの話しなのである、というか、はずなのである。それはもちろん、2日のテキスト講習で始末がつく問題ではない。競争率のある仕事なら、バカは単に淘汰されていくのだろうが、行くところのないものが来るような現場では、そうにはならない。私としては、徒弟的な教育をもう一度、とも思うのだが、しかしそれでもああなままなのだから、死んでも仕方がないか、確率(割合)だからな、と考えてしまうのである。しかし私は、そんなバカと一緒に死んだり、そのバカのおかげで刑務所に入るのが本望なのだろうか?

ソマリア沖の海賊対策として、自衛隊員が遠方の海域へと送られた。国際的なというか、世界的なヘゲモニー争いの社会での協調姿勢を示すことが、日本の経済生活の現状を保守維持させることはもちろん、対外的な安全保障への布石として位置づけられるがゆえの政治的選択なのだろう。これまで憲法9条的な原理性で行動してきたのならともかく、そうではないのだから、拒否することは困難だろう。が、問題なのは、その参加がゆえになんら原理的戦略性に裏付けられていない潮流への迎合(対応、後手策)にしかならないことだ。あくまで原理原則は9条で、それを守るために世界へ働きかける政治的な意思のとりあえずの戦略的妥協、と意識すらされることもないだろう。そしてそのなんだかはっきりしない対応のなかで、自衛隊員はより体を張った、命をかけさせられる任務を引き受けることになる。チョムスキーはベトナム戦争時よりも、生活上やむえず志願に追い込まれてイラクへと派遣される兵士のほうが気の毒だと言ったが、職業選択の自由としてその仕事に就いた自衛隊員も同じように気の毒だと私は思う。自由に選んだ自己責任ゆえに、身内以外の第三者の誰もその死に関心(責任)を感じないだろう。見殺しにされようとしているのだ。自ら民間の殺人組織に入って戦場へと行く人ならまだしも、その地域で行き場(就職先)のなかったような若者たちが入隊しているのではないだろうか? あのイラク戦争時、「自衛隊員を見殺しにするな!」と竹竿に旗を立ててデモ行進したことが私にはあったけれど、その情勢はより現実味を増しているように思える。しかし、行きどころもなく自衛隊に就いた人たちは現場に吹きだまってくる男らと同じくバカ者なんだろうか? あるいは派遣労働者としてさまよいはじめた若者たちとはどこか違うのだろうか? 「日本にはデモがない、そんなのは民主主義ではない、これでは世界からとりのこされてしまう」というような意見をいまだ日本のインテリたちは抱いているようだが、それはソマリアへ自衛隊を派遣しなくてはおいてけぼりにされる、と怯え憂える政治家・官僚の態度とパラレルだと私には思える。ないもの(理念)からあるもの(現状)を批判(否定)して反応する後手の態度。しかし実践的とは、あるもの(現状)からないもの(理念)へ向うにはどうすべきか、と考えることではないのだろうか? 古物商の長嶋氏が言ったように、それはある、共通するものは後退してもなくならない前提だ、その肯定の姿勢からはじめるべきではないのだろうか? ならばしかし、……やはり私はバカたちとともにやりはじめるというのが本筋なのだろうか?

「ほんとにくだらないよNPOなんて。」と、去年までは耐震偽造をチェックするNPOの理事長をやっていて、福田総理から内閣総理大臣賞をも授与されたそうな「職長・安全衛生責任者教育」講習会の講師は言う。この俺が言うんだから本当さ。その9割はくだらない、というか、圧力団体だよ、寄生虫みたいなさ。そして引きこもりを支援する団体批判から派遣村への批判へと飛ぶ。「ぜんぜん深刻そうにみえないね。」当人は茨城から下駄はいて東京にでてきたのだそうだ。「あれはパフォーマンスでしょ」とも。たしかに私が驚いたのは、支援されるほうよりも、支援するボランティアの人たちのほうがより多く集まった、ということだった。おそらく、既成の運動団体に所属するでもなくやってきた人は、自らもが半失業的な派遣者的立場の人だったのではあるまいか、だけれども、生活が貧窮しているというわけでもないので、支援される側ではなく支援する方の側から参加することで、なにかしらのメンタリティー的な支えを得ようとしたのではないだろうか? そういう意味ではやはり被支援者なのだが、自らが生活必要的にデモンストレーションしたのではない、それは言い換えれば、当事者になる勇気がない、バカになることができない、ということではないだろうか? 戦前から日本の社会運動に関して指摘されていることに、それが指導者の運動で、肝心な当事者がいない、というのが大半だ、ということである。私が現在参加している移民ネットワークでも、時折そういう現状認識が提示されたりする。分析的に換言すれば、他人に親切になりたいという思いによって、自分自身を受け入れることをしない、それを回避するための優等生的な自己回避になっているのではないだろうか? それはむろん、ないもの(他人)によってあるもの(自分)を批判(否認)しようとする日本のインテリゲンチャの思考と同型である。いつからこんなことになったのだろう? 私はつまびらかでないが、デモがないのならそのないことがあることから、それを対他(対外)的なコミュニケーション(安全保障)上しないのがバカだというのなら、バカの現状と現場からどうするかを考えるのが、ソフトレベル段階での「職長・安全衛生責任者」(インテリ指導層)の実践ということではないのか? またそれが、国家に対抗しえる現勢体(中間団体・仲間)の実質(当事者)を首肯している、ということではないのか? ……となると、私はやはりまわりのバカたちと一緒にやるということなのだろうか?

しかし私は想像するのだ、いわゆるファシズム体制が現前化してくるのならば、佐藤優氏のように方便的にか国家あるいは共同体を擁護する姿勢(思想)は具体的な局面・現場において空虚になってくるのではないか、と。いわゆる顔をみるのが嫌になるほどのバカたちが権力を握って、人々の目前で強気なバカをほざき、自分と対面してくるようになるのではないだろうか? そのときは、形式的にも国家を保持するなどとは言う気がなくなるだろう。ボナパルティズム下のランボー、そして戦時中の無頼派のように、思想的な後退になるとしても個人の高貴さに引きこもって沸々と春を準備する、植物の休眠や熊の冬眠という能動的なニヒリズムを生きることが貴重で基調な姿勢にならざるをえなくなってくるのではないだろうか? そう思い込む時期は早々だとしても、政権交代ひとつとして先手を打てなかった日本の安全管理(保障)上の世界環境(情勢)を見渡すと、雲行きがあやしいように見えるのである。

2009年4月19日日曜日

神さまと親心


「ある時イエスは、ある村に来てマルタという女の家に招かれました。彼女のほかにマリアという妹がいました。マリアは救い主の足もとに腰をおろして、彼のことばを一心に聞いていました。マルタはそれとは反対に、お客のもてなしのためにあれこれと忙しくしていました。マリアが何もしていないでいるのをマルタは怒り、イエスに、マリアも家事を手伝うように言ってくださいとお願いしました。しかしイエスはマルタに甘いことはおっしゃらずに、「あなたはたくさんのことに気を遣っている。だが必要なことは少ししかないのだよ。マリアはよいほうを選んだのだ」と言いました。(『聖書物語』絵F.ホフマン/文P.エーリスマン 日本基督教団出版局)


一希がどういうわけか、“神さま”に興味をもちはじめた。東京MXテレビで再放送していた『鉄腕アトム』で、ウランちゃんが「神さまってなあに?」と追い求める物語があって、それに影響をされたのかもと思うのだが、それだけではないらしい。そういう年頃、ということかもあるのだろうが、しつこくきくのが、なんで「十字架に貼り付けにされたの?」ということだから、そのキリストのイメージに、なにか強烈な印象を持ったらしい。ウルトラマンでも、ウルトラの兄弟たちが貼り付けにされるシーンが引用されるが、子供が見た順序はウルトラマンのほうが先なのに、それを「ほらこれも十字架」と、イエスの方が先でそれが後の借用であることが理解されるほどに、その人間が貼り付けにされる、ということが不思議でならないらしいのだ。

そこで図書館から、キリスト教関係の絵本と、日本の『古事記』の子供向けの物語を借りて、読んでやることにした。まずは創世記のアダムとイブの物語からはいるのだが、まずそこからにして、不可思議な世界、おそらくはウルトラマンのような架空の物語としてではなく、人間としてリアルであるが不可解なイメージに面食らうようだ。夜の寝床で読み聞かせるのだが、目の玉を大きく見開きはじめて、眠くて頭をかきむしりながらも眠れなくなるらしい。男と女が裸であることに恥ずかしくなって神から追い出されて、男は仕事に女は子供を産むのに苦しむようになる、と。さらに兄弟殺しのカインとアベル、その子孫繁栄したノアの箱舟時の人類絶滅や、アブラハムの子供を生贄にする話になると、なんでと聞くのでその各々の場合の殺した理由を説明してやるのだが、おそらく人がなんで人を憎くなるのかが腑に落ちないのだろう。一希も喧嘩をするだろうというと頷きはするのだが。そしてそこまでの人間の前提状態というか、背景を見せてから、やっと新約の物語にはいっていく。ここでは、キリストが死人を蘇らせる奇跡=信仰と、その背景状況下にあっての、どう人が選択すべきかのイエスのたとえ話が中心となってくる。「隣人」とは誰か、という問い……見知らぬけが人を見て通り過ぎた味方と手当てをしてやった敵ではどちらの態度がいいのか? 悪いことをした人となんで付き合うのかと権力者側から詰問されてイエスが述べる、九十九匹と一匹の迷える羊の話……パパやママからとことこ離れて行って勝手に遊んでいる悪い子をそのままおいてけぼりにして、いい子についてきた兄弟だけを連れて家に帰ってしまうパパとママはいいと思うかい? 神殿で泥棒をしないでいる自分であることに感謝する神父に比し、収税人がそこで「目を上へあげることはできない」でいるのはどうして?……貧しい人からお金を取り立てる仕事をしている人は自分が悪いことをしていると知っているから顔向けできないんじゃないの? だけどその人が集めたお金はみんな神父さんがもらうのに、その神父さんが平気でいるのはいいことなの? そして、冒頭で引用したマリアの話。「なんで神さまはお手伝いしないの?」と息子はきいてくる。そんな質問があるのだな、と私はびっくりする。台所でママの手伝いをするとほめられるのだから当然か。「神さまは、食べることよりも大切なことがあるという考えなんだよ。だから、その話をきいているだけでお手伝いしない妹のほうに神の子は悪口を言わないのさ。じゃあ、いっちゃんには、アイスクリームより大切なものってあるかい?」と私は聞いてみる。一希はちょっと考えてから「カブトムシ!」と声をあげる。これも意外だが当然な返答なので面食らいながら、「この神様の子供が言っているのは、目に見えないもののことを言っているんだよ。アイスもカブトも目に見えるだろ?」と付け足してみると、またちょっと考えてから、「ともだち!」と言ってくる。なるほど、それは正解か、と思いながらも、「そうだね。だけどこの神の子は、人間と友達になるよりも、神さまと友達になるほうがもっと大切なことなんだ、と教えているんだよ。」

そこまで子供に読み聞かせながら、自分でもわけがわからなくなってくる。次ぎの絵は、マリアがひざまずき、香油を使って自らの髪の毛でイエスの足を洗ってやっているシーンだ。その一見してのイメージの不可解な強烈さに、眩暈がしてくる。「何しているとおもう?」と一希にきいても、わからない、と言う。「まわりの生徒たちは、この女の人に、そんな高い油を買うお金があるなら、その金を貧乏な人に配ってあげればいい、と言って女を責めるんだけど、いっちゃんはそれがいいとおもうかい?」と文を読んであげたあとできいてみる。そうおもう、と一希は答える。「だけど神さまの子はね、もうすぐ自分が殺されてしまうことを知っているんだ。もうみんなとバイバイしちゃうんだよ。だから、女の人が足を洗ってくれることを喜んで、みんなにこれでいいんだ、と言っているんだ。自分はもうすぐ死ぬんだよって。」……今年にはいって、草野球仲間の一人が自殺した。不動産屋の社長だ。まだ40代後半だ。二十歳ぐらいの長男を先頭に、最近板前見習いとかと結婚して九州のほうへ嫁いでいった長女、そしてなお幼い子供がいる。借金があったそうだ。心筋梗塞の病気を持っていたとはいえ、周りの人には突然の死とうつった。死ぬ前に、家族でラスベガスにいっている。社員への給料未払いの件もあったから、800万どこかから借り、支払い残りで賭けにでたのだろうと。それは、その人らしい決断だ。2・3年前から、高額の生命保険にはいっていたので、計画的だろう、と言われている。奥さんや子供たちは、そのことを知っていたのだろうか? 特に奥さんはどうだろう? 冗談だと思うのではなかろうか? 死を前提(計画)に生きていられることを。遺書はなかったと聞いているし、文を書くより直接行動で、つまり話してきかすほうの人だ。四十九日の法要にあたってお返しの手紙が奥さんから送付されてくる。……「故人の遺志により、賜りましたご供物料の一部を地域の精神障害者の支援施設である地域活動支援センター○に社会福祉基金として寄付させていただきました。」

誰とでも仲良くしようとする一希をみていて、親としては心配になってしまうことがある。公園や地域の集まりで他の子と遊んでいるとき、いや遊ぼうとするとき、よその子からピンタされたりするのだが、反抗するでもなく、またニコニコと懲りもせずに遊ぼうと誘い続けるのだ。私はそのとき、右の頬をぶたれたなら左の頬をさしだせ、というイエスの選択を思い出した。そして、自分と似ている、と。私は幼稚園の頃はガキ大将ではないけれど、いじめていた方だし、一希も多分にそうで、そこを親類からは活発なきかん子、と指摘されて、いい子にしてないと世の中わたっていけないぞ、みたいなことを言われているのだが、私の見方は正反対だ。引っ込み思案で、晩生(おくて)だ。昨日も、小学生の子供と交じってのサッカー教室での様子を、仕事の昼休みに弁当を食べながら見ていたけれど、その遠慮気味な動きが気がかりになる。私はある意味、自分の性格(子供らしさ)を、思春期の葛藤を通して、大人になってからもう一度選びなおした、あるいは獲得しようと努力している、ということを倫理・思想的な態度としている、と言えるかもしれない。それはそれでいいとしても、その私は、世の中を渡っているのかどうか、心もとないからだ。息子には、たくましく育って欲しい、とおもうのが親心である。クレーン車は危ない、と前回のブログで書くと、自分がここ数週間、高所作業車に乗っての手入れ仕事に借り出され、となるやすぐ新宿でクレーン車がひっくり返ってみせる。私には死を想像することは恐怖で、とても計画的になど生きられそうもないし、この書くことと事実(事件)との符号的な連鎖を運命的に意義づけようとする、「意味という病」に犯されたいともおもわない。しかし、親と子の類似、連続、伝承されていくもの、その無意識的な選択が自分たちを動かしている、いや取り付いているのではないか、つまり神はいるのか、と、人の親として気がかりになってくるのだ。「神はいるとおもうかい?」と一希にきくと、ちょっと考えてから、「いるとおもう」と答えてくる。

2009年3月28日土曜日

草の根の意地と、安全管理


「「我々ロックフェラー財団がウーマンリブ運動に資金を提供したんだよ。我々が新聞やテレビで大いにこの運動を盛り上げたんだよ。その大きな理由は2つある。1つ目は女性が外に勤めに出ると所得税が取れるので税収が増える」後述しますが、連邦所得税の全額はロックフェラー家を始めとする国際金融資本家の懐に入るようになっています。ニコラスはそこまでは言っていませんが、所得税収が増えると彼らの懐が温かくなるという筋書きなのです。「2つ目は家庭が崩壊するので、子供の教育が母親から学校やテレビに移っていく。我々が子供をコントロールしやすくなる」とニコラスは、ロックフェラーが女性の権利向上を積極的に支援した理由を、アーロンに説明したのでした。」(菊川征司著『闇の世界金融の超不都合な真実』徳間書店)


WEC決勝戦で、決勝打を放ったイチローは、「無の境地でいきたかったんですけど」と断りながら、もし自分がこの延長戦ツーアウト2・3塁の場面でヒットを打ったら「俺もってるじゃん」との雑念を抱いていたという。そう色々なことを考えてしまう場合は打てないもんなんですが、と付け加えながら。そしてのちのインタビューでは、「神が降りてきましたね」と解説していたようだ。イチローが「持っている」もの、とは、新聞でのカッコつきで推察挿入された「運」という確率(数学)的な用語というより、まさに<憑き物>、先のブログで引用した芸術家の文章で紹介されるところの荻生徂徠のいう「鬼神」、つまりより宗教的な意味合いに近いものだろう。そんな超越論的な感覚が、技術(=理論)を磨いて(=統制して)いるのだ。神は光とともにあったと信じたアイシュタインが、自ら作った理論が神の居場所をなくしてしまったら、自分は間違っているかもしれないとまた新たに理論を練り直し始めるように。その厳格さだけが、確率をまぐれ(運)ではなく、必然=格律として人々を説得(=信じ)させるのだ。でそのイチローはまた、「日本のために勝った」とも言う。イチローの神は、国家的、あるいはわが同族=共同体的なものなのだろうか?

*原監督が優勝後のインタビューで、まさに「正々堂々」「潔く」という日本男児的な言葉使いをしていた、のには驚いた。ただそのイデオロギー的機能は逆説的に働いたようで、勝ちの意識に緊張しているよりは負けてもともと、みたいな余裕ある兄貴分の態度が、選手たちに安定感と自由な意識を与えた、ということになったのかもしれない。

「向こう30年、日本に手をだせないような勝ち方をしたい」と韓国戦に際し豪語するところからはじまった、一昨年のイチローのWBC参戦への決意は、なおさら韓国選手およびその同国ファンを奮い立たせる結果になったのだが、その驕りはオリンピックのメダル数を競うような、国別対抗的な意識、それを保証する経済進歩的な国力への後釜を無意識にもひきずって発言してしまったものなのだろうか? 野村監督のような管理野球を嫌い、日本シリーズで優勝できなかった一番の悔しさを「あんな野球に負けたくなかった」ともらす彼が、国家体制的な態度を引き受けているとは考えにくい。むしろ、前者の驕りと後者の嫌悪は地続きで、イチローは韓国のような国策(管理)的な野球体制では勝てないもの、を日本の野球文化にみてきた、ということではないのだろうか? かつて日本人にとって野球とは、そのベースボールの日本語訳どおり、貧しい子供たちが野原や空地で時間を忘れる、ブラジルでのサッカーのような社会的位置にあったのではないだろうか? 少年野球から甲子園そしてプロ野球への組織化といえども、そのリゾーム的な草の根の思いとネットワークが下地になっているのである。大リーグへと闘争=逃走した選手たちが、その文化形成での悪い面を批判してゆくけれど、この厚みをもった地層から自分たちが育ってきていることを自覚している。それが、自然的な熟成を飛び越えて、社会主義国のオリンピックでのメダル確保を目指させているような国策的な速度でおいつこうとしても、それは基本・原理的な態度として無理なのだ、俺たちに勝てるわけがないのだ、似て非なるものなのだ、……そうイチローは言いたかったのではないだろうか? いや、日本の選手たちが、韓国に勝ったからといって、日の丸をマウンドに立てる仕草をするとはおもわれない。優勝したイチローは日の丸を背中に羽織って駆け回るようなやんちゃさをみせるけれども、彼のいう日本とは、国家(=管理)とは亀裂を走らせるものだろう。私には、WBCの最後にみせたあの<センター返し>の一打は、「草の根の意地」に見えたのである。

しかしこの自然な歩みの厳密さと厳格さを合理化して(はしょって)、わかりやすい神がかりで人を操作=支配しようとするのが国家である。すでにオバマに政権が移ったアメリカでは、国民をなだめ動員する大掛かりな物語操作(イデオロギー)が発動されているようだ。いまだその後塵を拝している日本では、まさかイチローの言葉にあやかって「神風」の神話がでてくるともおもわれないが、しかしいまだ真剣み切実さの足りない能天気さに、「遅れたものが先になるだろう」ような両義的な可能性が残存している、ということなのかもしれない。イチローは資本家(企業)に管理されてWBCに出場できない大リーガー選手のことを「かわいそう」と思うという。アメリカの選手は、サッカー界と同様、お国(ボランタリー)のためというより個人(プロ)のため、という社会的位置にいる。イチローの発言はプロチーム(個人主義)としては後発国としての遅れを露呈させてくると同時に、そうは時代の流れに操作はされきれていない共同体的な心性を明かしているのだ。つまりここにも、草の根が残っている。国家官僚をはじめ、冒頭引用した国際的な金融資本家も、インテリ的な小手先の制度的操作で人々が管理できると信じているらしい。しかし女性が社会に進出し、子供がテレビを見るのは、そんな陰謀の結果ではないだろう。彼らのイスラエル建国がパレスチナの住民を思い通りに操作しきれずに終わってきているように、社会に進出した女性や子供が今後どう動くかは、地震のメカニズムに似た「スランプ(自然の巻き返し)」のしのぎ方によるだろう。ニーチェは、そこを「ロシア的泥酔」として、冬眠する熊のようにひたすら眠ってやり過ごすことを説いたのだが……。もちろん、それは何もしない平和ボケ的な昨今の日本人の態度とは似て非なるものだ。安全カラーコーンと安全バーで囲ってあるその外ならば、そこで何が起きているかも気にかけずに談笑して通り過ぎ、あるいはその現場の真下でクレーン車をものめずらしそうに親子で見学している人々のような態度とは。それならば、韓国での工事現場でのように、外見的な安全対策がなにも講じてないような町の人々のほうがニーチェの哲学に近いだろう。何もなければ、自分の目で、それがどんな危険をもった場所なのかが見えてきてしまうだろう、ならばそこは足早に駆け抜けたり近寄らないようにするだろう。実際、日本での安全管理など、事故が起こったときの言い訳作りのようなもので、それを信じて安心している通行人をみると、現場の人間はアホかと思ってしまうのである。動物的な本能が、つまり自然力が退化している……。「昨日撮ってもらった写真なんですけど」と現場代理人をやりはじめた親方の息子が事務デスクから携帯をかけてくる。「ノーヘルの人いるんですよ。それ使えませんから。」と役所への提出書類の不備を指摘してくる。それは私が年上の職人に、肥料まきの作業なんだから、タオルを頭に巻いた今の姿のままでいい、いちいち現場写真だからってヘルメットとりにいかなくていいですよ、と断って撮ったものだった。被写体が作業員ふうな若造ならともかく、面構えだけで職人とわかる人にそんな形式の強要は礼儀知らずだというのが私の意見である。そして実際、役人でもそんな常識や教養は持っていて、機械的な所作をするものは下っ端なのだけど。しかしともあれ、どんなレベルであっても、ロックフェラーのような資本家や国家官僚に負けないようにするとは、そうした形式化を排して動物的な本能を失わないと意志することがまず第一なのだ。この自然に近い厳密さ厳格さだけが、スランプを素早く脱出させるのである。王貞治はスランプのときの対処として、「ボール球を振らないよう気をつける」ことをあげていた。じたばたせず、じっとしていることに集中するのだ。それが冬の厳しさに準備した熊の冬眠であり、「ロシア的泥酔」というニヒリズムを脱する方策なのである。WBC中、試合の流れを止めてしまうような状態だったイチローは、こうもインタビューに答えていた。「普段と変わらない自分でいることが僕の支え。この支えを崩すと、タフな試合の中では、自分を支えきれなくなってしまう」と。不調の中でもイチローが動じずじっとしていなかったら、おそらく日本代表は優勝までいけなかっただろう。それは何もしないで待つ日本的諦念感とは似て非なるものであり、むしろそれが、リーダーシップという実践的態度につながっているのだ。

でははたして、この世界的な危機のなかで、日本の政治家や官僚はどう行動しているだろうか? テポドンひとつにじたばたしはじめて、これから起こることのための言い訳作りのために、機械的な手続きをふんでいるだけなのではないだろうか? やたら動いているが、実はなにもしていない。北朝鮮が、人工衛星を運ぶロケットの破壊は「宣戦布告」とみなすと明白に挑発しているのに、なんでその挑発にのって動いてしまうのか? ほんとうに、戦争で答える覚悟があるというのか? それを受け入れさせる説得力=信仰を国民にみせているのか? むしろ、こんなあっけらかんとした挑発の裏には、なにかあるのではないかと勘ぐるのが普通ではないのだろうか? 北朝鮮の政府が、「正々堂々」と「潔く」戦いをのぞんでくるとは思われない。ほんとうは、誰が戦争をしたがっているのか? 本当に挑発(=結託)しているものが他にいるのではないか……われわれの本能は、厳しい冬を眠ってしのぐ熊のように目覚めているだろうか?

2009年3月21日土曜日

資本主義論理下の、フリーターと移民労働者


「「小さな差異」が単一の普遍世界の中に併存するポストモダンの精神に慣れてしまった日本の政治エリートには、新自由主義と保守主義の路線の違いが「小さな差異」にしか見えず、「大きな物語」をめぐる闘争であることに気づかなかったのだ。」(佐藤優著『テロリズムの罠 左巻』角川書店)




夕食時になると、今年6歳になる息子の一希は、「ご飯がこわいよう」と言って、食べることをボイコットするときがしばしばある。まだ口にしたときのないもの、新しいものに挑戦する意欲が弱いのは性格的なものがあるとしても、やはりお菓子やチョコレート、そしてアイスクリームを食べることに慣れているからそう駄々をこね始めるらしい。「もうお菓子をあげませんからね!」と女房にどなられても、私が帰宅し、パンツいっちょで食卓につき、風呂の湯がたまるあいだ、空腹しのぎにとコンビニで買ってきた一口ケーキやアイスのたぐいを食べていると、ものほしそうに近寄ってき、「ママにみつかったらどうなる?」というと、ネズミのようにさっとそれを手に取って食卓の下にもぐりこんで食べ始めるのだった。私としては、過度にご飯ぎらいになってしまうのは問題だけど、そうでないならおいしいとおもうものを精一杯食べさせてあげたいと思うのだ。それはテレビのニュースで、いわゆる幼児を虐殺された父親が、「もっとアイスクリームを食べたい時にたべさせてあげればよかった」と後悔している手紙を葬儀の時に読み上げているのをきいて、私のニヒリズムがそう反応させているのかもしれない。……「チョコレートやお菓子だけじゃなくて、ご飯も食べれない子どもたちが世界にはいっぱいいるんだよ」「もしパパが怪我や病気で仕事ができなくなって貧乏になったらどうするの?」そんな話を、一希は想像するのを拒否するように考えないふりをして逃げる。しかしこれは、一般的にいって、日本の文化進度からして、もどることのできない趣味や欲望になっているのではないだろうか? そして、それが知識=歴史物語にもなってしまっているのではないだろうか?

佐藤優氏は、派遣村に象徴されてきたような若者の現状を、国家保守的立場から批判的に擁護=理解している。――「現下日本で生じているニ○○万円以下の給与生活者が一○○○万人を超えるなどという事態は異常だ。この状態では、労働者が家庭をもって、子どもを産み、教育を授けることが、経済的理由から不可能になる。世代交代を視野に入れた場合、労働力の再生産ができなくなるということだ。これでは日本の資本主義システムが崩壊する」(『テロリズムの罠 右巻』)……しかし、それでも再生産できる人々がいる、あるいは日本に呼び込まれ、なお呼び込まれようとしているのではないだろうか? そしてそれが、資本主義の論理矛盾した力学なのではないだろうか? たとえば、私の知り合いの日系を中心とした南米からの人たちは、日本の若者なら結婚し出産などしないだろうという条件下で、しかもこの外国で、結婚し、子どもを産み育てている。むろん、六畳間に、3人、2DKだとしても、その2部屋に5・6人で暮らしながら。この日本で出会ったお互いが外国人どうしでも。それができるのも、つまりそんな相互扶助ができるのも、彼らの出自的な文化的進度が、その趣味的な感性が、その生活を可能にさせているのだ。そして資本主義とは、このそれぞれの「文化的進度」という時差を労働力として活用=消尽してしまうほどのものなのではないだろうか? それは論理的には「再生産」を可能にさせておかなくては存立できないとしても(日本での若者たちとの関係でのように――)、外国人(移民)にはそんなヒューマンな論理一貫性など求める必要もない(=使い捨てればよい)ほどの生産の稼動をめざしてしまうものなのではないだろうか? そしてそのことを、佐藤氏が引用している箇所でマルクスが示唆していることではないのか?……<他方において、いわゆる必要なる欲望の範囲は、その充足の仕方と同じく、それ自身歴史的な産物であって、したがって、大部分は一国の文化段階に依存している。なかんずく、また根本的に、自由なる労働者の階級が、いかなる条件の下に、したがたって、いかなる習慣と生活要求をもって構成されてきているかということに依存している。したがって、他の商品と反対に、労働力の価値規定は、一つの歴史的な、そして道徳的な要素を含んでいる。だが、一定の国にとって、一定の時代には、必要なる生活手段の平均範囲が与えられている。>(マルクス『資本論』・前掲書より孫引き引用)

日本国民を救っているのは、日本人なのだろうか? これまで、工場生産を、南米からの日系を中心とした人々が担ってきた。これから、福祉などの分野では、また人間的な再生産を考慮せずともよい移民労働者が導入されてくるのだろう(言い換えれば、そんな心配せずとも再生産してしまう、それができる、ゆえにもっと搾取しえる他の文化だ、ということだ)。またそれが、経済界からの要請だ。いや、日本の「文化的進度」(=「文化段階」)からの要請だ。そしてそこに、「道徳的な要素」がはらんでくる。息子の一希は、この「道徳」を、受肉化することができるだろうか? 具体的には、六畳一間で3人の相互扶助的生活がもはやできないかもしれない感性(慣習文化)下において、倫理的にふるまえるだろうか? 教育とが、まさにそこでこそ反復されなくてはならないのに、私はそれを、教えることはできるのだろうか?

*私がかつてJapan as No.1下にフリーターとして働いていた頃の拙文『「労働時間」をめぐって』は、その頃の労働運動の標語が当然の「賃上げ」から不況時の「職の確保」に変わってしまったが、その「運動」が<単に文化的な「限度」を受容しただけの、いわばその価値規定の確認におわっているのではないかという疑義>は、いまでも有効なのではないかと思える。

日本人がどこまでアトム化されてしまったかはわからない。国内にいる移民労働者のような助け合いや贈与の精神が希薄になって生活力が弱体化してしまったのは確かなようだし、またかつてこの「ダンス&パンセ」でも紹介した古物商長嶋氏の発言にもあるように、共通したものとは後退してもなくならない前提なのだ、というのも真実である気がする。かつて、「相対的な他者との関係の絶対性」という起点から、「単独(者)―普遍」という外部への回路を説いた思想があった。そしてアソシエートとは、この単独者たちの連合だと。その思想はある意味、外国人とかというより身近な隣人との関係への注視により、生活上的には日常的にすぐ隣で出会ってしまう日本人同志との自己批判的なつるみあいいがみあいに終結した。国家のことなど普段考慮にもない生活者と同じようにあまりに当たり前な様態として。それはその思想が、当たり前なことを重視したのだから、当たり前な話であった。ならば、いまなら、いやいまでも、ポストモダニズムと整理されるだろうこの思想の起点は、もはや無効になったということなのだろうか? しかし、ナイーブな日本人の私を、危ない外国人から外国の友人たちが守ってくれていたのは、まさに私がナイーブな誠実さを保っていたからで、それが彼らの相互扶助と贈与の精神に交感したからではないだろうか? そして世界に無知な私が、そんな世界に入っていったのは、国家路線を捨てたフリーターであったからで、私が香田証生氏のように、あの歌舞伎町の店でもみたアラブの刀で首を落とされていてもおかしくはない……いやさらに、私が昔気質の残る職人世界に残ってこれたのも、私が非国民的な日本人的ナイーブさを保持していたからではないか? 私は、そこからはじめなくてはならないのではないだろうか? やはりつまりは、あくまではじきだされた、非国民の、時代遅れな、錯誤した、個人として…<進め、進軍! ああ駄目だ俺は、時間がとまってしまった>とボナパルティズム下を片足で生きた、フランスの詩人ランボーのように…。

2009年3月14日土曜日

WBCアジア予選から、その世間事情


「…こうして予想外の要素の混入がなければ新しい技術の発見もありえないわけです。ここで徂徠は技術という技術は破綻することが宿命づけられているといっているのでしょうか。いや、その反対に徂徠は、このようにけっして一義的に絞り込めず予測もしえない事象の生起、因果の偶発性を、にもかかわらずけっして偶発的なものではないとみなす――信じる――こと、そうした「理論的信」こそが技術者の行動を正常に制御し技術の向上を促す原理となりうると述べているのです。不可能で制御しがたい偶発性(そう受容してしまう知覚の錯乱性)を、にもかかわらず必然として繋ぎ止めるために要請される存在それが鬼神です。つまりここでもわれわれは、それ(その因果性)を経験的には知覚しえないが、しかし、それがたしかに在ることを知っているという、パラドキシカルな認識に出会うことになる。」(岡崎乾二郎著「確率の技術/技術の格律」)


WBC、アジア予選、その決勝、韓国vs日本。以前にもこのテーマパークで言及した、原監督の日本野球道の戦術にがっくりした。むろん私が言っているのは、8回裏にセンターへヒット出塁したイチローを、二番の中嶋にバントで送らせる、というその典型的な作法についてである。見ているほうすら、スポーツの高揚感が萎縮させられる。

あの場面、ピッチャーをはじめとした野手は、相当な緊張感をもって守備体制に望むことになる。足の速いイチロー、その日2本の安打を放っている中嶋、つづくクリーンアップ、一点差。盗塁、エンドラン、バント、それらをいつやるか、相手方のだす徴候を斜視で推測しながら、一球一球心構えの割合整理をおこない守備位置を微妙にずらしたりもするだろう。遊撃手だったなら、まずはゲッツーに備えて二塁ベースよりに移動する定位置が基本となるが、それが盗塁と予測するならほぼそのままの位置でエンドランに備えながら重心を二塁側へ移しきらないように気を配り、エンドランとして予測するなら守備位置を少し深めにとって一塁走者が走るみかけの牽制だけではなく、ほんとうに走ってくるのか、バッターは本気で振ってくるのか、それを早く判断できるよう、ほぼ90度の視界を全的に把握すべく集中していなくてはならない、バントでくるならば、その打球が一塁側か三塁側かで次に走り出す方向が逆になる。要するには、心を分割する構えの複雑さに、隙やぶれ、迷いがでやすくなるので、エラーの確率もぐっとますのである。

が、バッターはなんと、はじめからバントの構えを見せて打席に立った。高校野球レベルでも、これは信じがたい話である。原監督は中嶋が打席に入る前、なにか耳元でいい、それをテレビ解説者は、おそらくイチローの走塁を気にすることなく自由に打て、そしてイチローも相手の隙をみて自由に単独スチールを狙わせていく作戦だろう、と発言した。それが、勝負事として、オーソドックスな推論である。がなんと、原監督が選んだのは、少年野球レベルの作戦で、バントはバントとして的確に成功させるために、つまりやりやすいように始めからその構えをとってやれ、という指示だったのだ。これは勝負事としては、はじめから相手に手の内をみせて、そして歩兵の自分は自己犠牲で殉死し次の大物に体制を整えてやり、やおらおでましになったこの大将が正々堂々と勝負をのぞむ……この背後にあるのは、負けてもよいとする潔さの美学である。私には、戦艦大和の玉砕作戦か、とおもえる。つまり、勝つ気がないのだ。韓国側は、まず信じがたかったのではなかろうか? これはダミーか? それともバスターでのヒットエンドランか? しかしあの速球投手にバスターなど成功させるのは困難である。一球目バント失敗。そしてまたなんと、バントの構え。ピッチャーは安心し、単にバントをやらせ(成功させ)てあげればいい、と開きなおれるだろう。0対0ならまだしも緊張はつづくが、1点差あるのだ。このバッターでは気分転換的にリラックスし、次のバッターでの勝負に集中力を組み立てていくだろう。案の定、次の3番バッターには、解説者でもホームランを警戒して投げないだろうといわれた配球、内角へのストレートで凡ゴロにし止める。……二次大戦中、日本軍のいつも同じの突撃攻撃に、信じがたいおもいをこえて「気味の悪さ」を感じたという、諸外国の将校の発言を私は思い出す。




原監督、あるいは彼をWBC日本代表の監督に選んだ野球界のお偉い人たちが理解できないのは、この相変わらずの頭の固さが、どれほどの迷惑(失望)を選手(兵士)やファン(人民)に与えているのか、ということだ。それは、数学的な緊張、確率の世界の現実、厳しさにこそ、スポーツをするものや見るものの快楽もが約束されている、という人間的な事態である。イチローでさえ、たとえ最初のうちにヒットを連続できたとしても、最終的には3割の確率に落ち着くのだ。それはサイコロをふればふるほど1の出る目の確立が6分の1になってくるのと同じだ。しかしこの一定の現実のなかで、なぜこの場面でヒットがでるのか、その驚きと快感は奇跡的な事実なのだ。そうやってこの緊張の中で打撃不振だったイチローがセンターへはじき返したのに、その緊張をとぎらせるように、様式化された典型的な方法が脈絡もなく導入される。まるで監督やそのお偉い人たちが部外者なように。が、その人たちが世間を支配しているのだ。私は桑田真澄氏の言葉を思い起こす。「たとえプロ野球の監督になって日本一になっても、なにも変わらないし、変えることはできないんですね。だから僕はもっと上を目指す。」……たしかに、WBCに見られる事態は、野球界をこえて心配すべき世間事情を予測させる。