2014年5月21日水曜日

植物とこころ

「私は、植物とは感情のやり取りをする間柄ではないが、植物が生を宿していることを尊重する気持ちには、揺るぎがない。人はしばしば「生きている」ということと、「感情のやり取りができる」ということとを、直接イコールで結びがちなようだ。しかしそれは違う。生きていることと、感情のやり取りができることとの間には、かなりの飛躍がある。このあたり、文化的な問題もたくさんあるし、それこそ人間の脳死問題と直結する鍵でもある。「感情移入できる」ことと「生きていること」がイコールだという発想は、非常に危険だ。裏返せば、これは「感情移入できない」=「話が合わない」ものは、人間であろうと生きていないのと同じ、ということにもなりかねないからである。つまるところ、民族紛争や宗教対立はこれと同じではあるまいか。」

「現在多くの医学系研究者が探している条件、つまりはほ乳類でも体細胞の分化全能性を引き出すことのできる条件が、今後発見されると、医学水準は急激に変化することだろう。…(略)…そのうえ、これら全能性のある幹細胞研究に先んじれば、将来の医療ビジネスでも、戦略的に研究を進めることができる、というわけだろう。いっぽう日本では、ゲノムプロジェクトに政府・民間企業が消極的であったため、アイデアでは先んじていたのに、あっという間に取り残されたばかりか、クローン人間に対する感情的嫌悪感から、この胚性幹細胞の研究までもが、よりによって一時的に禁止されたりもした。願わくは、この措置が、国家戦略の誤算ではなかったことを祈りたい」

「きっと将来は、こうした幹細胞の利用により、ヒトのいのちの見方は、植物のいのちを見る見方に変わらざるを、少なくとも近づかざるを得なくなるはずである。病気や怪我の治療は格段に容易になるだろう。事故で手足を失った人も、自分の体の一部に分化全能性を発揮させることで、自分の手足を取り戻すことができるようになるかもしれない。これを喜ばない人はいないと思う。一方、体の修復が容易、あるいはいつでもやり直しがきくということから、美容のための整形は体の隅々にまで及び、盆栽の剪定なみに気軽に行なわれるようになるかもしれない。いや、それどころかソメイヨシノのように美しい個体は、クローンで増やされる時代も来るかもしれない。それを不気味と思うかどうかは、植物的な生命感をヒト社会にも受け入れることができるかどうか、という一点にかかっている。」(塚谷裕一著『植物のこころ』 岩波新書)

植木屋だからということもあって、15年前に書かれた上引用の植物の本を読んでいると、「スタップ細胞はあります!」と泣き叫んだ女性の背景に、どんな社会的・時代的圧力がかかっているかがうかがえてくる。その万能細胞の発見発表のまえに、製薬会社関連の株売買があって政治家がからんでいたのではないかという疑いや、東大・京大の派閥支配の学者社会の中で早稲田理工の女子が犠牲になったという意見、まして「国家戦略」にまでなる分野だそうだから、追い越され遅れた日本の巻き返しの焦りとアメリカとの思惑との間で、陰謀まがいの政治的やり取りもがあったのかもしれない。真相の全体を知っている当事者は、おそらく誰もいまい、とオレオレ詐欺組織の実態と同様なのだと推察するが、この植物学者の塚本氏の話を読むかぎり、「スタップ細胞」というか、万能細胞がある、というのは「いのち」にの在り方にとって前提的らしい。その潜在能力、才能のスイッチを入れる、発現・発芽・させる人為的条件が発見・発明されたかはわからないが。

去年小学4年のサッカー・トレーニングセンター選抜試験では落ちた一希が、先月の5学年試験ではゴールキーパー候補として合格した。テスト前、所属チームでやっていると申告したフォワードとキーパーのうち、どちらかを選んでとテスト・コーチからいわれて、一度フィールド・プレーヤーとして落ちたものだから、キーパーでなら受かるかもしれないと、そう自身で判断したそうだ。もぐりこんでしまえば、いわばみなとの一緒の練習が中心だから、コーチからも「足先がやわらかくてドリブルがうまいね」とほめられて、フィールドプレーヤーとして調子づいている。周りの上手な子たちを抜きはじめたので、試合でも状況とは関係なく余分なドリブルで仕掛けては失敗する。「試してみたかった」というが、それならまあいいだろう。個人能力や技術に落差の大きいチーム内では、なかなか素早いプレスの中での対応技術がみにつかなかった。環境に必要がないので、いくらコーチングしても、理解できなかったのだ。日本で英語の勉強しても、その生活的な必要がないので、なんでそんなことまでするの、と、モチベーション的なレベルでまずつまずいてしまうのと似ている。一希と一緒にテストを受けたもう一人の子も、前評判は他チームのコーチの間でもよかったのだが、その必要ないところで安泰してしまった必死さのうかがえないプレーで落選してしまったのだろう。一希もテスト中、強いチームの子たちの早く強いプレスの連続にびびったプレーをしていたけれど、自分は受かってみんなと一緒にやってみたいんだという真剣さがひしひしと伝わってくるプレーだった。しかしいまは、というか、たった二回センターの練習に参加しただけで、はやその状況に適応し、そこでの必要な技術を発揮している。もう一人の子も、なんとかもぐりこめれば、一希以上に素早く適応し、自らの才能を発現・発芽させてただろうに。つまり必要なのは、その潜在性を発揮させる環境条件にあるのだ、ということだ。

しかし、人間には「こころ」があるのではなかろうか? もしその子が、プレスのかかった練習環境にある強いチームに入って、コーチからの厳しい指摘も受けながら、たとえそこでの技術を身につけたとしても、内心にはどこか歪みを生じさせないだろうか? 発育にあわない、早すぎた習得は、なんでこんなことまでするのか、という疑問を自身に納得理解させる暇を与えない。いわば詰め込み教育である。トレセン試験中、かつて同じチームメイトで、いまは上手になりたいと強いチームに移籍していった子は、「俺トレセン落ちたらサッカーやめるよ」と、言っていたという。それは、本末転倒した事態ではないだろうか? トレセンの練習中でも、すでに二段階上の地域トレセンにも選ばれている強豪チームのキーパーの子は、「俺キーパーしたくなかったんだよ」、ともらしていたという。サッカーやりたいからと入部して、すぐにキーパー専門として育てられる、というのは、その子の「こころ」に、やはり何か歪みを発生させないのだろうか?

万能細胞が開発されて、つまり、われわれの身体の潜在能力を発現させる適応条件が解明されて実現されるとき、それが早すぎた適応としてわれわれに「こころ」の歪みをも抱え込まさせるともかぎらない。それは社会に対し、歪んだ判断をも根付かせてゆく。いやそもそも、植物にも「こころ」があるとしたら? その「こころ」は、学者が植物のいのちの在り方、継続の仕方から解釈する「生命観」ではなく、われわれにはうかがい知れない「こころ」である。

2014年4月21日月曜日

9条と論理

「一つ目の特徴として、通常の学問では、論理、整合性が高い方、理屈が通っている方が論争に勝つんですが、神学論争では常に論理的に弱い方、無茶なことを言う方が勝ちます。その勝ち方というのは狡猾で、軍隊が介入して弾圧を加えるとか、政治的圧力を加えるという形で問題を解決するんです。つまり、神学は非常に強く政治と結びついています。/ 二つ目の特徴は、神学的思考は積み重ね方式ではないということです。実は、神学的な論争というのは全く進歩がない。そもそも論理的に正しい方が負ける傾向が強いという、でたらめな傾向があるわけですから。しかし、それでちょうどいいわけです。勝った方は、ちょっと後ろめたいことをして勝ったと思っていて、負けた方は、政治的に負けただけで、われわれの方が正しい、筋は通っていると思っていますから、両方合わせると大体バランスがとれる。」(佐藤優著『サバイバル宗教』 文春新書)

上引用の佐藤氏の発言は、私の教養を塗り替えるものである。私は、坂口安吾の、日本の禅坊主が宣教師との論争に負けてキリスト教徒に改宗していくものも多かった、つまり非論理な禅問答と論理を通してくる宣教師との有態の話を聞いて、そういうものか、納得できるな、と思っていたのである。もちろん、論理の訓練を受けている者が、それに従って行動してくるとは限らない。また、佐藤氏の発言の範疇は、「神学論争」において、ということだから、より広範な文化・社会的問題にはあてはまらないところもあるのかもしれない。が、その論争が政治的に、あるいは戦争で解決されてくる、というのだから、神学問題を超えてくる行動規範になるだろう。それがどんな範囲程度になるのか、私には推定できないが。
が、博学的に教養豊な小室直樹氏によれば、欧米人にとっての論理とは、有言実行のことだから、言ったことは必ずやる、という態度と一緒ということである。となればつまり、論争で負けたと認めたのならその通り実行する、というのが欧米人の道理、ということになるのだが、むろん、佐藤氏のこの発言では、神学論争に負けた方が、負けを認めたと言ったのか、負けを暗黙に認めざるを得ないので認めず、負けてないと戦い始めるのか、は不明である。佐藤氏と小室氏の論理をつじつまあわせれば、論理的には(頭の中では)負けを認めても、負けと言わず(論理明言せず)、戦争をはじめる、ということになる。
となれば、政治的・武力的にも劣勢な者(国)は、論理的に勝っても戦争になってやばいが、論争に負けても屈従的になるからまずい、という二律背反的な事態になる。どっちをとるか? となったら、個人では前者ですむかもしれないが、庶民を巻き込む国の問題となったら、屈従的でも生き延びるほうを選ばざるをえまい。――が、そんな背反態度に追い込まれるのは、その二項対立的な論理にはまってしまうからだろう。

『これからどうする』(岩波書店)での柄谷行人氏の発言、態度表明は、そうした論理のワナからメタレベル的に立とうとするものだろう。地政学的にみて、日本はアメリカの論理(言い分)をたててそっちにつくと中国との関係がまずくなり、中国の言い分をたてればアメリカとの関係が悪くなるのはわかりきっている、だから、日本国憲法9条の理念を高々と掲げて実行していこう、どちらにもつかない論理を公にだしていこう、というのがそのメタ論理である。(ロシア・カードという3項目が使えなくなれば、なおさら2項対立のバイアスは強くなるだろう。)それが空想的でないのは、みんなの前で武力放棄と戦争する国家主権を放棄してみせれば、そんな丸腰の国を襲うのは卑怯になるので、手出しはできない、ということを想像してみればいい、という。たしかに、密室の中で、凶器をもった相手に「殺すなら殺してみろ!」と脅しても本当に殺されるかもしれないが、公衆の前にでてそう叫んだなら、無暗に手は出せなくなるだろう。が、戦後自衛隊をもち、高度成長をなしとげた日本が今更になってそんなことをしても、本気でそれを周りに信じさせるのは容易ではないのではないか? いやもっと一般的にいって、個人間の丸腰ならともかく、国との関係となったら、たとえば、弱い丸腰のような国が一方的に強国に攻撃されても見捨ててきたのが世界、現代史なのではないか? 私には、柄谷氏の態度というかアイデアが、単に理念的な話だったら有効であるとはおもえない。ただ私は、プラグマティックな意味で、それは有効にもなりうるかもしれないとはおもう。つまり、小室氏が、リンカーンの奴隷解放宣言とが決して理念的に掲げられたのではなく、もう南部に負ける、という土壇場を形勢逆転し、イギリスに参戦させないために打ってでた大博打なのだ、と言ってみせるような。それなら、日本が9条を主体的に持ちなおしてみせることに、実践的な有効性が折り返されてくるかもしれない、とおもう。どのようなタイミングかはわからないが。しかし、公に宣言したならば、有言実行しなくてはならないのが、今の論理世界である、というのが小室氏のさらなる教示であった。日本人はその論理(言ったこと)の厳しさがわかっていないと。

9条をノーベル賞に、という運動があるようだ。私は、類として、その運動というか、運動を発案した主婦の反応を面白いとおもうが、すでにノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領のその後や、オリンピックが東京に選ばれたこと自体が東アジアで戦争をおこすなという世界政治的なメッセージだったのにそれを知らずに、東京誘致決まった直後に靖国参拝してみせる阿部総理の行動をみていると、既成の左翼運動に絡みこまれたようなその一主婦のはじめた運動は、頓挫させられてしまうのが実際なのではないか、とおもう。ゆえになおさら、それがその現実を超えていく類としての伝染性、思想的な共有制ではなく、類としての共感性に期待したくなる。フロイトが、戦争は生理的にいやなのだ、それでいいのだ、と期待したように。

それにしても、柄谷氏は、かつて石原慎太郎氏との対談で、自衛権は自然権だから憲法を超えているのだと発言し、それ(武力)を肯定する石原氏の態度と意気投合していたときがあった。どう理論的に連なって、9条宣言になったのだろうか? 前掲書の佐藤氏は、「評論家の柄谷行人さんも、「日本人が物事を真面目に考えれば必ず京都学派になってしまう」ということを、ぼそぼそと、あまり理論的に精緻にはしない形で言っています。」と述べたりしているが、状況に対する直観的な実践としてそう発言したのだろうか?

2014年3月16日日曜日

Jリーグ、浦和レッズ問題から死後の世界


 「慌てふためいたJリーグは無観客試合の処分を下し、非難轟々の浦和はすべての装飾品の掲出を禁止した。これで何かの解決になるのだろうか。本当の問題はどこにあるのか。

 これから「JAPANESE」とか「日本人」という言葉を使う時は、みんなビクビクするだろう。問題が必要以上に大きくなり、社会主義国の言葉狩りのようになってしまうのではないか、そんな心配も生まれる。いずれにせよ、この一件は損以外の何ものでもないね。」(【セルジオ越後コラム】浦和レッズへの処分に思う、これで何の解決になるのか

Jリーグは浦和レッズ対鳥栖戦で、レッズ側のホーム応援団席入り口に掲げられた「Japanese only」という横断幕が問題となって、リーグ協会側は、レッズおよびそれを実行したサポーターを処分した。それを受けて、浦和レッズ経営側は、今後のスタジアムでのすべての横断幕や旗の持ち込みを禁止する対応を打ち出した。私は去年のブログで、レッズの応援の面白さをとりあげながら、そこに伺える危うさを指摘した(「一緒くたの最中から」2012.9)。同時に、ナショナリズムに回収しきれない新しき力は、その危うさを「綱渡りしながら抽出してくる、生きてみせてみる」、「日の丸とゲバラが同列に置かれる一般大衆の近傍から出てくるのではないか」、と希望を述べた。
今回の事件に、私はさらにその思いを強くした。ゆえに、レッズのよきサポーターには、これまで以上に、旗を掲げて頑張ってもらいたい。そう、浦和管理者側の禁止などに逆らって、である。私がこれまでこのブログ上で発言してきた論理からすれば、この事件は、かつで日本でおこったであろう、そして近未来に起きるであろう歴史の縮図になってしまうのである。
たしかに、事件の出現は、「日の丸とゲバラ」を理論的に区別して自覚的に振る舞えない大衆(サポーター)の甘えが、最近の日本経済の衰退と裏腹に出てきた強がりという政治的風潮におされて、でるべくして露呈した、というところなのかもしれない。が、問題の病巣は、そんな事を起こした一部の調子者にあるのではない。浦和経営側が、自粛的に、それこそ全てのサポーターを「一緒くた」にして全体主義的に反応してしまったことにあるのだ。さらに、おそらくは、サッカー(スポーツ)に政治をもちこまない、という世界普遍的な精神(理念)を、リーグ幹部側が、文字通り真に受けてびびってしまっているのではないか、ということにである。浦和経営側は、現場でもその場の空気とこれまでの慣習におされて事なかれ主義で時間をつぶし、世間で問題となるやこんどはその空気に順応して過剰反応する。リーグ側は、オリンピックでさえ実は政治的な場所なのだということは暗黙には周知の現実なのだから、日本から世界の公式見解に反したことが一面で出てしまったくらいで右往左往しているようでは、世界相手に交渉できるのか、その能力自体が疑われてくる。しかも、歴史現状は、あすこもかしこもそうとう国家エゴが露出したせめぎあいを呈しているではないか? こんな情勢下で、理念を鵜呑みにして振る舞うなど、世界を読み間違えている。だいじょうぶなのか? ニッポン! ――いやだからこそ、ニホンの、いやレッズのサポーターはしっかりしなくてはならないのではないだろうか? まずその時々の「空気」に流されてしまう日本的土壌に関し、理論武装しよう、そうでないと、旗を持って入場して怒られたら反論できないぞ。読むのは山本七平で十分ではないか? いやそれは古すぎるなら、宮台真司で大丈夫だ。日本ではなく、あくまで浦和を応援する、日の丸を裏返して振れば、それが<裏和レッズ>だ!
 
私は、こう想像してしまったのだ。阿部総理を支持する一部のネトウヨに過剰反応して(――近いうち、世界からその右よりに突き出た総理もろともつぶされる「空気」がやってくると予測されています、その世界潮流を鵜呑みにして)、すべての国民から気概ある言葉を自粛的に抑圧させようとする次なる「空気」がやってくる……気概ある言葉とは、「9条守れ!」という言葉ではない。その主張の裏にあるのは、すでに守っていない、解釈改憲で実行している現体制への寄りかかりである。それは、保田与重郎が戦後まもなく指摘したことだった。守っていないから戦争が起きる、のではなくて、むしろ、9条を守ることが、暴力を誘発してしまうということ、そのような構造の一部としてそれが組み込まれているしたら? ……

最近、私は、夫婦喧嘩(妻による夫への暴力)を告げられた友人のメールから急き立てられて、戦争による日本の破滅は避けがたいだろうと、『これからどうする』(岩波書店)で発言したという柄谷氏の柳田論をめぐる読解を書いた。要するに、この柳田論自体が、敗戦後論であり、ゆえに、それを前提に、どうふるまうか、ということなのだが……という以上のような話を、浦和レッズ問題にかこつけてわが女房にいうと、「だからどうだっていうの! そんなでっかい話きいたってどうにもならないでしょ!」とわめき返され、「ママがそれ以上いうと喧嘩になるからやめてよ」と仲介にはいった子供は、そのママの調子のままで勉強に突入させられ、「ぜんぜん楽しくないよ」とベソをかきながら音楽をやらされるのだった! 私は子供のいうとおり、もう暴力はふるえないので、早々と蒲団を敷いて寝る。そしてひとりごちる。「でかい話から細部におりるんだよ。でかい話とは、宇宙の理論ということだ。死後の世界ということだ。おまえがこのまま死んだら、俺や一希とはあの世であえなくなるんだぞ、その真実がわかってたら、あんな暴力沙汰で子供を教えるか? 今をどうすごせばいいとなるんだ? 考えてみろ……」

2014年2月26日水曜日

サッカー<プレイヤーズ・ファースト>の自由

「ゲームで勝つことは簡単ではありません。集団の凝集性はチームの結果と循環すると考えられています。勝つとチームがまとまり、まとまるとチームの成績が上がるといった好循環を生みます。集団での練習が多いサッカーではチームの成績が、個々のやる気にも大きな影響を与えます。育成の指導者は「育てること」と「勝つこと」に真摯に向き合っていくしかありません。」 (中山雅雄著 「JFA news No.350」 2013.6月号)

「子供たちが決めたことですから」と、息子の一希にとって四年生最後の大会になる最後の試合で、あるコーチがいう。先発メンバーとその布陣のことだ。とりあえずは、暗黙の了解である3・4年担当のヘッドコーチである私は、前日の土曜日は仕事で試合はみることができなかった。11対0での勝利だったのだが、そうなることはやる前からわかっていた。だから、もう予選リーグでの突破はなくなり、次は勝利というよりチーム全体の底上げや、もう少しで動きがわかってきそうな子をどう起用するかといった育成中心の采配をしよう。強豪に勝っていくには、できる子ではなく、まだわかっていない子の水準をあげていくしかない。そして私が不在でもチーム力が維持されるように、ここは試合をみるのを休んで仕事にで、他のコーチにまかせようと考えたのだった。ところが、様子が変だ。大差で勝った試合でも、一希は喜んでいない。自身でも2点決めたという。話をきいていると、自分以外の4年生はみなディフェンスで、試合が決まった後半においてもそのままの選手起用だったという。3年生は本年度の3年大会で準優勝の経験もあり、図抜けた選手が4人いる。
<プレイヤーズ・ファースト>とかいうことが少年サッカーではうたわれることなので、そう3年担当のパパコーチからいわれると、いったんは黙らざるをえなくなる。しかし、様子をみていて、むしろ状況が正反対だということがわかりだした。そのコーチは、3年生の番長格の選手を利用して、自分のやりたいことをしているのである。おとなしい4年生はそのまま押し黙って、一希だけが「ちがう!」といって反抗していたのである。実際、サイドバックを任された4年生は私にこっそりといってきた。「俺はトップをやったことがないからやってみたい。」
そこで私は介入し、「子供たちの案」ではなく、前もって用意していたコーチの案を述べ立てた。「相手は3年生チームです。だから、まず3年生を全員前にだします。一希はキーパーをして他4年の中心選手がバックをする。布陣は、3年の〇〇君の役割の難易度を高くしてワンボランチにはいってもらい、4-1-3-2とします。トップ下は、まだ△君が未経験なのでそこにはいり、昨日トップをやった◇君はサイドハーフ、点取り屋の役目なのに昨日とっていない××君にはトップ、ハナコちゃんもトップにはいって点をとりにいくよ。」3年担当のコーチは面食らう。一希が前線にいないと、負ける可能性を心配しているのだ。しかし3年大会もみてきて今日やる相手とのやっとこさ勝ちの原因もわかっている私は、こう言ってやる。「前半で片が付きます。今日顔をだした4年の%君にはセンターバックを任せられるようにしたいので、前後半そのままでいきます。」……結果は、前半を6対0での勝ち差で折り返してくる。
が、問題はそれだけではないのだった。試合前アップの時から、子どもたちがやけにハイテンションで、騒ぎモードなのだ。昨日大差で勝ったことで、浮かれているのか? 私はベンチに入る前に、その心の準備のことを指摘し、静かに沈思する時間を作らせる。が、ゲームがはじまっても、どこかおかしい、まるで学級崩壊のようだ。点差が開いてくるから、なおさらだ。「きのうも、こんな感じだったのですか?」「そうです」と3年担当コーチがいい、「この状態で、強いチームを相手に戦いたかったのですけどね。」と2年担当コーチがいう。私は唖然としてしまった。彼らよりベンチ経験が1・2年多い私は、子どもが浮かれた状態でゲームにはいればどうなるかが目に見えていたし、そのことは、先輩コーチとも確認してきたことだった。しかし、この<池上方式>を信望する2年担当コーチは、一見古風なおっかなコーチを演じている私を暗黙に批判しているのである。私は、区連盟の理事をもしているチーム全体の監督が、その実践の可笑しさを感ずいていることに気付いていた。しかし、「子供優先」といわれると、この変な感じをどう訴えればいいのか、困ってしまう。日本のサッカー連盟自体が、理論的に<プレイヤーズ・ファースト>なるものを捉えられていないのである。

サッカーにとって、「自由」とは何か? 3年生の子供に自由に決めさせて、園庭のような状態を作ることなのか? そんなサッカーなら、20年以上まえの日本サッカーがそうだったではないか。教えてくれるコーチもろくにいないのだから、ボールを持てばゴールめがけてドリブル……ブラジル帰りのカズは、そんな日本サッカーチームのなかで、サイドから攻撃することの重要性を理解させようとしたが、困難だったという。そして今でも、バルサやレアルなどの少年指導のコーチが日本にスカウティングにきて、「サッカーは賢くやるもんだよ」と教えていく。そして日本の小学生年代をみていうには、「足元のボールコントロールなどの技術はいい。しかし、戦術的理解がない」……<コーチの指示作戦を理解すること>と<プレイヤーズ・ファースト>とは矛盾ではないのか? もちろん、このことは、<個>と<集団>の矛盾と、よくプロ選手の迷いどころとして紹介されもすることだろう。しかし、なんで子ども相手でもそんなことが、そんな矛盾が問題となるのか? それは、サッカーにとって、「自由」とは「矛盾」のことだからである。それが原理だからだ。
ならばサッカーにとって、「矛盾」とは何か? それは、「スペース」のことだ。スペースを空けて攻撃しなくてはならない、しかし同時に、そのスペースを埋めて守らなければならない。スペースを空けなくてはならない、埋めなくてはならない、攻めなくてはならない、守らなくてはならない――この二律背反的な矛盾を解決する仕方が、コーチによって異なり、その解き方にこそ独自性や創造性、個性や発想の自由があるのである。それは、数学的問題をとくのに、その解き方にその人の個性や独特性がうかがえてくるのと同じなのである。哲学では、それを弁証法という。

「たとえばだよ、試合中、〇〇くんのスパイクの中に、石がはいっちゃったとしよう。もう痛くて走れない。さいわい、ボールは相手陣地深くにまでいって、バックをやっている自分にはなんとか靴をひっくり返す時間はありそうだ。しかし、またすぐにカウンターがくるかな。10秒以内には結びなおさないと。こんなとき、もし君が結べばいんだろ、と勝手な結び方でスパイクを履いていたらどうなる? すぐにほどけるかい? いや、ほどくことはできたけど、またすぐに結ばなくちゃならないとき、勝手な結び方で紐の長さの調整がすぐにできるかな? 君はあるタイムリミットのなかで、ほどかなくてはならない、結ばなくてはならない、この矛盾を解決する方法を考えださなくてはならなくなる。そう考えてみると、このリボン結びというものを発明した人は、すごくないかい。個人の発明を超えて、みんなに使われているのだからね。それは決して、勝手気ままな解決方法ではないよね。サッカーも、自由にやっていいよ、といわれるとき、それは決して勝手気ままにやっていいということではないんだよ。まず、矛盾がなんなのか、それを把握し、その矛盾に即した解決方法として、君の自由な発想を使わなくてはならない、ということなんだ。そしてそれは、社会においても同じだよ。日本人の方針を決めるおおもとのルールには、言論の自由、というものがある。しかしそれは、好き勝手なことを言っていい、という自由ではないよ。むしろ、その矛盾を解決するためには沈思黙考しなくてはならない、その沈黙の自由、生きていくに困難に直面する人間の条件が前提になっているんだよ。」

というわけで、日本のコーチ陣に、このサッカーの自由を理解させるのは、カズさん同様、困難なことであるだろう。それは結局、一神教的な、キリスト教的な原理性に関わる問題になってき、それを受容するかしないかには、政治的な問題もがかかわってくるのである。


2014年2月14日金曜日

詩情と個人 --映画・「ある精肉店の話」をみて

「彼らは『奥の細道』を記すために旅をしたわけではない。このときの旅の目的は、もちろん「物見遊山」ではなく、普通のサラリーマンの旅と同じなのである。しかも「藍のセールス」という、そのときどきの出来・不出来(現代とは違うから、その年の天候や施肥、藍玉製造の巧拙によって非常にばらつきがあった)、その年の景気に基づく需給、先方の信用度、先方の支払い能力に対応した延払いと自己の資金力との関係、それらを総合した形での価格の決定、そのための駆引等々は実に複雑なものであったらしい。それはある意味において、「そのときどきの状態に対応する感覚」すなわち「流行」を要請される。だが同時に彼は、これとは全く別の世界、それがどう変転しようと、それとは関係なき「一貫している詩の心」をもっていた。それは彼が十七歳のときの、埼玉と長野の間の小さな世界の中でのことではあっても、この態度が青年時代にすでに確立していたことは、日本全体の大転換に際しても、変転する世界情勢に対しても、常に同じ態度をとり得たことを示すであろう。われわれは将来に対処するため、近代化の犠牲として失ったこのことの重大さをもう一度考え、あらゆる方法でそれを回復せねばなるまい。もちろんそのことは栄一と同じ内容の「不易」へもどれということではない。栄一の「不易」の内容は芭蕉の「不易」の内容と同じではないように同じでなくていい。言いかえれば記すのが「漢詩」ではなく「英詩」でもよい。いわば「自分の詩的世界をつくり自らその中に居る能力」こそ人間のみが持つ「不易」なるものであろう。それは確かに人を「不倒」にしうるし、それがあれば変転する「流行」に対応しうる。」(山本七平著『渋沢栄一の思想と行動「近代の創造」』 PHP研究所)

東中野ポレポレ座で纐纈あや監督の映画『ある精肉店の話』をみた。この監督の前作で原発地開発をめぐる、瀬戸内海の小島の漁村民を撮ったものも見た記憶があるが、今回も「部落差別」という社会問題的な素材という捉え方を超えた、より普遍的、というよりはより「普通的」な領域へと鑑賞者を誘うので爽快だ。前作では漁師たちやその村の生活、住民という集団的な様相に隠れてよくみえなかった個人の顔が全面に出てきていて面白い。いや私はこの肉屋の精肉職人の顔にとても共感したのだった。年齢は私よりひとまわり上といえど、なんか眼鏡をかけた私の顔に似ている。太鼓作りの職人に様変わりしようとしている彼の弟の顔も実にいい。いいというか、いわば親近感を抱くのだ。いやどこかで見たような……と思い返してみると当たり前で、私のまわりの年上の職人たちは、みんなあんな感じの面構えをしているのだ。じゃあなんで、あのどこか目の座ったというか、腰が据わったというのか、肩肘の力が抜けたというのか、シニックじみた落ち着きをみせても生き生きした感じが抜けないところが、大阪の生野区の肉屋から東京の新宿区の植木屋の界隈にきても似てくるのか、と考えれば、おそらく、死の意識だろうと私は思う。植木屋さんが危ないときといえば、それは木の上にいるとき、と答えは明快だろうが、肉屋さんは、牛を屠場へ連れていくとき、そして屠場で一撃を加えて牛の頭を割る瞬間なのだそうだ。そう映画で知らされ、奥さんたちがその間は気がきでなくなる、牛があばれたら命がない、と聞けば、なるほどな、とおもえてくる。植木屋がシルキーや剪定ばさみで指を切ったりするのがよくあることなのだから、肉屋が包丁で牛をさばいているときに時折ははやるのだろうな、とかもかんぐってみたりする。
 死を無理やり意識させられて生活させられていると、いやでも肝がすわってくる。私は最近胃もたれがひどく、寝ている間も胃液が口腔にあふれてきて、子どもから臭いといわれたりもしたのだが、それは歳のせいで胃腸がよわってきたのだろうとおもっていたが、よくよく内省してみると、高所恐怖心をコントロールしているところからくるストレスなのだと気が付いた。小食にして摂食し胃の負担を減らしていく生活を心がけていたのに、なんでここ数日になっておかしくなったのだと、普段とかわっていたところはと考えれば、高木作業をしていて、たしかにその木上での体の中の感覚と、この胃もたれの感覚が続いている感じなのに気が付くのだ。もちろん、若いころはそんなことはなかったけれど、もう抑えが効かないのだろう。この映画でも、牛を屠場へと連れ歩く弟のほうが、「ふう、ふう」と大きく頬を膨らませて息をし、疲労と恐怖をその息のリズムで制御しようと内心の懸命さでもがいていて、「もう歳ですわ」ともらしたのだった。

しかし私がいいたいのは、そんな死の意識の話ではない。誰でもそうなるそこからたちあがる「個人」の顔のことである。この兄弟は、部落という地区で生まれたこと、またこの仕事にまつわる差別のために、単なる生活人ではすまなかった。解放運動に参加し、社会活動にも精力を注いだ。しかし弟が、ため置いた牛の皮で太鼓をつくる、その技術を残したいと小学校でボランティアの体験講習会を開いたのは、一般的な運動では解消しきれない強いおもい、個人的な特異性があったからだろう。兄のほうも、弟のように、何かを伝えたい、という。唯一残っていた近所の屠場がなくなり、この地区の肉屋も近代産業化の煽りをうけ先の見通しは暗いであろう。そんな時代が変転する中で、「もちろん肉屋はつづけますよ、だけどそれ以外にね」、と。その伝えたい何か、その思いを言葉にするのは容易なことではないだろう。しかし彼を支えてきたのは、むしろ「肉屋」以外の何か、言葉の核と化してきた「詩情」のようなものであろうと私は推察する。弟が、太鼓という楽器作りに、この生活を超越した音の伴う伝承に惹き付けられているのには道理がある。「はったりの世界」を生きている父親の後姿をみて、「俺はこの仕事を継がなあかんのやろ」と納得したその若い時から、打たれて強くなる鋼のように次第に固く鬱積していった心の髄。それが、人間の骨だ。魂の背骨なのだと私はおもう。そこから、手が生え足が生えるように言葉が生えるのだ。むろん、それを他人に通用するよう論理然と述べるには別の訓練が必要だろうが。

しかし、この心の骨なくしてどんな個人もない。船乗りが堂々とロシア皇帝に謁見し、漁師が変転する世界の中を自己主張し渉猟する。なんでかつてそんな個人を輩出していた日本が世界と戦争をはじめそれに負けたのか、その屈辱を考察した山本七平氏の冒頭引用の言葉には、その言葉以前の言葉の核(「詩情」)を、われわれ現代の日本人はもっているのだろうか、いつからどうしてなくなったのか、と問いかけている。つまり、無名世界のなかに、庶民生活者のなかに、個人はいるのか、と。

この映画は、ここにいるよ、と教えてくれる。

2014年1月6日月曜日

夢からの指針

宮台 重要な部分だけを繰り返させて頂きます。グローバル化の中で日本ないし日本国民たちが生き残るのに必要なエートスがあります。このエートスは、共同体ないし中間集団で育ち上がることで身につく心の習慣です。ただし心のクセという意味ではなく、何に価値コミットメントを抱くのかという共同体的な徳を中核にします。/ 日本の国民共同体が存続するために必要な徳、すなわち内から湧き上がる力は、恐らく代々継承されてきたものだけでは足りない。強度も種類も足りない。場合によって一部を取り替える必要もある。その場合、僕たちはどうしたら良いのか。…(略)…
関口 宮台先生から中間集団を育てるというお話がありました。私はそれに関連して、地方の政治を育てていく可能性、地方の政治を変えていかなければならないと考えております。/ 地方の政治が特に県会議員であったり、市議会議員であったり、結局国会議員の選挙の手足になってしまっております。やはりこういう状況でありますと、いつまでたっても本当に、地方分権だと、権限よこせと言っても、日本は変わらないなと私は思っております。/ そこで、ささやかですが、私は春の統一地方選挙に向けて、自分自身が立候補するわけじゃないんですが、政治文化を変えるために、言葉の力を信じて、戦っていこうと思っています。言葉の力を信じるというのは、私自身が小室先生の本の言葉に感銘を受けて突き動かされたというところから出発しています。ですから、先ほど、伝えるだけではだめだというお話がありましたけれども、その伝えたその先に人を動かしていけるようなその言葉を自分自身もしっかり言っていけるように、それに足る力を付けていきたいなと思っております。」(『小室直樹の世界 社会科学の復興をめざして』 橋爪大三郎編)

ここのとこ例年、年初めのブログは初夢を記述していたようにおもう。が今年は、そう書きたくなるような実存的な雰囲気のある夢をみなかった。精神が安定しているのだろう。今朝みた夢も、その雰囲気には、おぞましさはなかった。……場所はおそらく、小学生時代の通学路だ。暗い頭上の空に、UFOが現れて、白い光を射してくる。それに当たったものが、選ばれた者として、地球を脱出し、新しい星の世界へと運ばれていくようだ。どうも地球はもう終末が近いようだ。高校までの友達、皆から疎んじられていたが有名私立大学へ進学しいまは旅客機の機長になっているという友人が空に運ばれていった。選ばれた者は、白い光を呼び込む装置をもっているらしい。私はたまたまその装置を手にした。そして、白い光によってUFOの内部へと連れていかれた。そこで、中年の白人女性がなにか声をかけてきた。私は、「選ばれた者ではないのですが」と言った。しかしそれでもいいらしい。私はほっとして、UFOというより、すでに乗り合いバスのようになっている車内の広い窓から、外をみた。雪景色のなかの道路を、バスが走って行った。私の座る前には、息子の一希がいる。二人でこれから新しい星の世界へ向かうということに、私は冷静だった。故郷を去っていく感じと、故郷にいるという感じが同居していたようにおもう。だから、落ち着いていたのだな、と今おもう。バスからみる雪景色とは、正月に実家の群馬へと帰っていった伊香保温泉への鉄道・バス旅行の影響だろう。そして、UFOと選ばれた者たち、という主題は、私の今の読書傾向が反映されている。

つまり、神秘主義と現実政治、この二つの相反した読書興味がどう生成してきたのか、このブログを読み返してみないと私にはもうわからなくなってしまったが、きっかけはやはり、木から落ちて命拾いし、同時に、3.11からの大災害があったからだろう。そして、もし「現実政治」方向での関心を要約してみるのならば、冒頭引用での宮台氏のような問題意識になる。バブル期に青春を迎えた私世代の、経済的な豊かさが豪語されていたなかでの心の空虚さ、その状況をまずは整理し頭を落ち着かせていかせるための読書探究、整理できてから解決へむけての実践活動……その試みは、私にとっては柄谷行人氏のNAMへの参加ということだった。だから、最近になって小室直樹氏のような学術者を知り、柄谷氏の思考の原型がすでにそこにあるのを知って、おそらく立場は国家主義的なものへの容認の強度において実践的レベルで違いが明瞭になってくるだろうけれど、私にはその右寄りとされる小室氏の思想は受容しやすいものだった。どちらも、数学から経済、そして哲学・思想領域へと移動してきているところからしても、その両者の思考態度に原理的な親近性があるのは伺える。またもし、私が戦後のすごい思索者、私がおもうすごい思想家をあげるとするならば、もうひとり、渡辺京二氏となるだろう。渡辺氏への着眼は、近代主義者を実践的には志向することになるだろう柄谷(小室)氏に対するアンチテーゼ的な位置といおうか。前近代的なモチベーションの現実性を、NAM失敗後の私にしっかりと気づかせてくれたのは氏の論考である。(柄谷氏もNAM後、前近代的な封建精神を民主主義の核、最近の言葉で置き換えるなら、遊動民的な倫理としてクローズアップしてくるのだが…)

そんな私にとって、結婚とがNAMプロジェクトの延長だった。共同体をつくること。個的にバラバラバにされ、心理的にもスポイルされてきた私(たち)にとって、もはや性的動機は空虚だった。空々しく、関心はながつづきしない、読書のほうがいい…それはルソーの『エミール』によれば、そうやって童貞を人為的に世間風潮にあらがって延長(差延・教育)させていくことがヒューマニズム、隣人愛を涵養させていく方法なのだったが、おそらく実験的にはその結果、女性とまともに話もできない頭でっかちの男たちができあがってしまったのである。NAMでもその運動への批判的視点として、恋人や女友達がいないインテリの集まり、落ちこぼれの集まりではないかという内側からの指摘があったりした。つまり私(たち)は、それほどまでに落ちぶれてしまった、しかし、そこから、人間のはじまりからやりなおさねばならなかった、少なくとも私は、その墜落した地点から一からつくっていこうとおもい企てたのである。解散後、結婚していった私の友人たちも多い。彼らが果たして、それをNAMプロジェクトの延長として意識し考えているかどうかはわからない。子供がうまれる。どうなにを教育、養育していくのか? 教科書はなんだ? それら自体、作っていかなくてはならない……と考えさせられるだけでまさにNAMの延長になってくる。私(たち)の親から受けた教育上の価値は、反面教師としての消極的な道具にしかならない。積極的につくっていくためには?

しかし、親の意識や時の風潮がどうであれ、身体的に躾けられるのは、そんな戦後教育やその価値ではない。私の世渡りをへたくそにさせる義理堅さ、頑固さ、従う価値への筋へのこだわり、といった体=心の強度は、どうも群馬上州の環境的な要因に思えてならない。もちろん、群馬のエリート高校へ入学し、そのエリート予備軍の頭のいい立ち回りにショックと嫌悪を覚えたのだから、一概に地方ゆずりとはいえない。おそらく父親の子供への体罰的な反応、いわば義理人情に厚いという地方気質の極端さが、私の行動規範の一つになっていったのだろう。そして、私が意識的に何を子どもに教えようと、やはり、私の子への身体的反応が、一番に息子に感染していくように感じられる。

冒頭の宮台氏の言葉に応じた関口慶太氏は、私と同じその群馬の高々出で、また私と同じく藤岡市出身だそうだ。まあ、東大の法学部卒業なのだが。彼が小室氏を師事し、地元を意識する政治実践へと駆り立てているのも、その地方に涵養され残存している「エートス(内発的な力)」なのかもしれない。

2013年12月29日日曜日

少年サッカークラブの育成から

「人間は成人期に達するまで、変化する状態の中に、したがって「霊たちの世界」にいるが、そののちその霊魂(アニマ)の方面では、天界か地獄のどれかにいる。なぜならそのとき人間の心は一定の状態になり、めったに変化しないからである。」「他生に入って来たばかりの霊たちも可変的な状態、つまり「霊たちの世界」にいる。彼らの状態に応じて、ほんの短期間だけそこに留まる者もいれば、非常に長期間留まる者もいる。」(『霊界日記』エマヌエル・スェーデンボルグ著 高橋和夫訳 角川文庫ソフィア

少年サッカークラブの忘年会、父兄たちの間で、勝つことにこだわるチームにするのか、楽しむサッカーにするのか、その方向性が話題になる。私自身は、勝つことを目指すが、こだわらない、というもの。負けてもいいという前提から入るなら、子供の態度はなんでもありになってしまうし、目標を実現するためにどう個々人やチームが考え実践していくのか、その過程の方が大事だろう、と私には思えるからである。とくにサッカーでは、その過程に論理の力、という思考力が重要になってくるので、目的を持つことをはずせない、あくまで結果あっての過程になる。「楽しむ」という考えは私にはない。それは、何をもって「楽しい」とするかは人によりけりで、子どもをみてても、ふざけあってることが楽しむ主流になっている子もいれば、自分が試合にでていなくとも親友が活躍してチームが勝っていくことに一体感的な充実を楽しんでいる子もいる。
さらに、サッカーというゲームの本質上、あるいはリーグ戦という形式上、試合数をこなしていく中・上級生クラスともなれば、どういう試合展開になるかがやる前からほぼ読めてしまう。勝てないことがわかっているのに、勝つことにこだわるとは、単なる精神論になりかねない。こういう状態になるから、この子の成長にはこういう起用法がいいだろうと考える。うまい子、というよりも、どういう持ち味をもった子なのかを把握しておくことが重要になる。サッカーにも、野球のポジションとは違うが、相応に役割の違いがでてくるようだ。密集を気にしないタイプなのか、人ごみが嫌いでスペースに逃げたくなるタイプなのか、中央に寄って行く癖があるのか、後ろからの視界の確保でマイペースをつくっていくのか、自分の見たいものを本能的に見ていく・見分けていくタイプなのか、最前列でも最終ラインでもなく2列目や1.5列目付近からの視界確保や飛び出しのほうが力が発揮されるのか、サイドで張っていてぴんときたときだけいきなり動き始めるようなのか、右側が好きか左側がやりやすいのか、体の開き方やその向きにどんな癖があるか、判断は細かいのかおおざっぱなのか、状況におうじて行くのか好き嫌いで行くのか……コーチとしてチェックしてしまう部分はきりがない。相手事情や試合の重なりによって、どう子供たちの性向をポジショニングとして組み合わせていくか、かつその試合ではその性向を生け捕り的に生かそうとするのか、癖を修正させようとするのか、そのために結果へのリスクが予想されたらどうリスク管理を作っておくのか……と、また考えだすときりがない。試合をつくっていく、という前提だけでもこのような複雑さをはらんでくるのだから、上級生ともなれば勝ちにこだわっていくべきだという父兄の考えは、具体的にどういうやり方でということなのかよくわからなくなるし、逆に勝つことにこだわらず子供優先のプレーヤーズファーストでという方でも、いろいろなプレーヤー、相反する態度のプレーヤーをまとめる具体的処方箋をいだいているのか、考えていくレベルで発言しているのかが疑問になる。

とくに、子ども優先、というヨーロッパの思想には注意が必要だと私は考えている。大人は指図しないで子供に自由な発想でやらせようとすることと、幼少の頃からすでに専門的なポジションで育成しスカウティングや競争の激しいクラブチームの現状は、どう整合性がもたれているのか、日本にはいってきている主な情報だけでは理解できない。確かにたとえば、日本での野球だったなら、もう小学生にもなればピッチャーがやりたいとかキャッチャーがいいとか、どこのポジションについている誰のような選手になりたいとかと言える野球好きな子もいる。そうなれば、専門的にのびのび育てる、ということも見えてくる。野球のうまい子、といっても意味をもたない。ピッチャーとキャッチャーを比べてもしょうがない。同様に、サッカーのうまい子とが、ボールコントロールの秀でた子を意味するわけではなくなるだろう。前線の選手とボランチで育成されている選手とは比較できない。この場合、比較しない・できないとは、競争がなくみな平等的に扱われているということを意味してこない。すでにサッカーを知っているかどうか、その延長上でサッカーをやりたいのかどうかですでに子供たちが振り分けられていることを意味している。これは勉強でも同じだろう。ヨーロッパの多くの国では進学テストはないという。ならば楽か、というとそうでない。そんなことをしなくとも、すでに先生はその子の学力やモチベーションをしっているわけだから、進学して勉強するのか、職業学校に行くべきなのか、を振り分けていく、ということだ。もちろん、学力も動機も不十分でも、進学を希望するのは子供本人優先である。が、学校に入れても、授業についていけなければ進級も卒業もできない。そうした元での振り分けがなされた競争を前提にしている。だから、いい加減な動機の子が平等に扱われることはありえないのだ。しかし、この厳しさを、日本で真似しようとしても無理があるだろう。元での階級的な差別はなくても、尾のほうでの学歴差別や社会的評価の問題がでてくるからである。だから、親たちは勉強などしたくない子でも大学にまでいれなくてはならなくなる、そういうバイアスがかかってしまう。

と認識しているので、私はなんでサッカー部にいるのかよくわからない動機の子、あるいはまだその成長や自覚が不十分な子でも、注意はするが、深追いしない、そのきっかけが小学生では訪れず、中学や高校になってから、ということもあるかもしれない、と時間軸を大きくとる。大人になっても自覚できないかもしれない。そういう大人もいる、という情報は子供にあたえ、自分はどういう大人になりたいのか、と問うてみることだけができるだけ、と考えている。ゆえに、なおさら、日本の少年サッカークラブが、勝ちにこだわってはいけない、と結論するのだ。そしてそれで、世界で、勝てるわけがない。しかしその長いスパンでの自己認識だけが、自然成長的に、勝ちを目指しているその結果を呼び込んで来るのだと思っている。これは、逆説だろうか?

U-17日本代表監督の吉武氏の、ワールドカップ決勝トーナメント初戦でのスエェーデン戦敗退後の発言はおもしろい。見事なポゼッションサッカーが目標なのではない、それだけでは世界で勝てないかもしれない、しかし、10年に一人の天才があらわれたとき、そのサッカーはその天才を受け入れ生かすサッカーになるのではないのか、と言うのだ。実際、そのU-17の試合をテレビでみていておもったのは、バルセロナばりのサッカーをしていても、メッシがいない、ということだ。おそらくそこらへんが、メディアで決定力不足という日本の課題をこの世代は繰り返した、と評価された理由だろう。が、吉武氏は、あえて、そうしたメッシまがいの個の強い選手を選考から外して、凡庸に徹したのである。しかもそれは、将来のメッシを日本サッカーが受け入れられる土台を作っていくためなのである。なんと西洋的な論理、ロゴスに合致した発想だろう! と私は感心した。これはもうメシア願望(最後の審判)の下に自己の態度を構築していくキリスト教論理の受肉化である。中学の数学教師だったという吉武氏は、その数学の本質性をよく理解している人物なのだろう。論理(数学)とが、単なる辻褄合わせではなく、信仰なのだ、不合理な力なのだ、ということを理解しているのである。それをサッカーの原理性として根底にすえ実践してみせること。ここには、世界で生き抜いていく日本の子供たちの成長の鍵が秘められているとおもう。日本は凡庸でも、天才=普遍的な存在を受け入れる寛容さを準備する、教育する……昨今の総理大臣にこそ教えたくなるような方針である。