2026年9月19日土曜日

モロッコ


「男性は疎外について書き、女性は関係について書く。女性の小説はしばしば小さいとか、主観的だとか、個人的だとかいって攻撃される。ひとりの他者との関係を結びえないということは、他人を愛することができないということであり、この愛の不能から犯罪にすすむことはごく自然である。

 ポール・パウルズは彼の小説『天蓋』The Sheltering Sky を次のように終わらせている。「彼は殺人行為による以外にはだれとも関係をもてなかった」。」(アナイス・ニン著『未来の小説』 柄谷真佐子訳 晶文選書22

 

押し入れの天袋につっこんでいた、パソコン・ソフトの空き箱をひとまとめにしたダンボール箱をごそごそしていたら、VHSのビデオがでてきた。モロッコ、とタイトルしてある。なんでこんなところに、とびっくりしながら、さっそくデッキで再生してみる。始めの方は、上書きしたようで、いく子の40歳でのダンス公演「WELCOME TO TRICKSTER」のスタジオでの音合わせのような練習風景がまずでてきた。がそれがとぎれると、土色の小高い山の向こうの、地面に這いつくばるような土色の建物が重なり広がる街並みが映しだされた。

 

1992年1月、33歳のいく子は、モロッコを旅している。モスクワ、オルリー、カサブランカ、そしてパリの空港へとまわり帰国している。モロッコでは、フエズという、アナイス・ニンもいった中世都市の遺跡、世界遺産にもなっている迷宮のような路地道をあるいた。ビデオは、その時の模様を、一緒にいった旅行者が撮影したものが配布されたものであろう。三日かけて車で移動しながら、最後はサハラ砂漠へと向かったのだろう。帰国後、いく子は、結局自分は、観光案内の追体験をしてきたにすぎない、映画「シェルタリング・スカイ」をみてきたのだ、と述懐している。が、旅行をしてこなかった私には、そのビデオを見ているだけでも、めくるめくような迷路の感覚を覚え、これを実地で自分の目で見てくるだけでも、やはりなんらかの痕跡が自身の内に残るのではなかろうか、と思えてしまう。が、それをいらなくなった空き箱の山の中に放り込んでいるのだから、いく子にとっては、何かを断ち切りたい衝動の中にあったのであろうか。トルコ、モロッコ、そしてニューヨークへと、この年は立て続けに旅をした。傷心旅行なのだと、ニューヨークに滞在するダンスの先生のもとを訪ねるとき、友人へあてた手紙でもらしている。が、写真やビデオでは、そんな素振りや表情はまったく見えない。華やかな笑顔をふりまいているのだ。

しかし翌年、中上健次の熊野大学に参加し、新宮の路地道をあるき、シンポジウム主催者の柄谷行人への質疑応答でショックを受けたいく子は、さらなる煉獄に入っていく。「煉獄」というダンテの『神曲』からの引用は、いくこ自身がそれ以降の公演のなかで、「事件、あるいは出来事」と繰り返しタイトルした作品の中での言及である。このタイトルをもつ作品は三つあるのだが、ここでいう「事件」なり「出来事」とは、女が被るもの、のことだと言えるが、いく子はそれを、「関係」という言葉で説明するのだ。私は、この「関係」という意味がわからなかった。

 

葬儀のとき、喪主の挨拶として、私は、いく子にとって、脳出血で朦朧としながらも家にいる私のもとへと帰ってきてくれた、そのこと自体がダンスだったのだ、なんでおまえはダンスを続けないのだと問うた私自身が間違っていたのだ、と言った。そう間違いを認識していっても、ではそれがどういうことなのか、よくわからなかった。生前、小学生の息子に蹴りをいれたりするいく子に、たとえばピースと言っているオノ・ヨーコが息子を蹴とばしていたらその芸術は嘘になるだろうと、私が問い詰めたさい、「わからない」と声をだして本当に不可解な顔をした。その時の表情と私の間違いの認識は重なっていると直観できても、言語的にはわからない。

 

いく子の日記を読み返し、彼女が読んだものを読み、熊野大学にいく子を誘った和歌山のはるみさんとの間でやりとりしたアナイス・ニンの日記等を読み進めているうちに、ようやく、言語的にわかってきた。前回のブログで抜粋した(ダンス&パンセ: アナイス・ニンとボーヴォワール)、アナイスの、男は生活を断ち切った所で創作するが、女がそうすることはない、生活と連続しているのだという発言。この断ち切ったところには、「愛」は、「関係」はないのだという、冒頭で引用してみた『未来の小説』での言葉。

 

柄谷は、「切断」と、快刀乱麻してきた。その文体が、一時期、男たちに大きな影響をあたえた。またこの男なるものが、復活しようとしているのか? 熊野大学からNAMの創生に関わり、ベトナムで中上健次と会い飲み交わしたこともある団塊世代の男は、俺は全てを捨てて「転回」していくのだ、と豪語していた。その生活を捨てた「放浪」を永遠の青春のように矜持していた。早稲田の建築家の教授であった父の遺産である5階建てのコンクリート・アパートにずっと暮らしていたにもかかわらず。その男は、NAMのどさくさ解散の過程で、柄谷から「マルクスを侮辱するのか」と恫喝されて、右翼になっていった。しかし女たちは、家を捨て、墓も持とうとはしない。女の聖性は、ちがった領域で論理を持つのだ。そしてそれこそが、おそらく、宇宙の普遍へと通じている。

 

<アメノウズメのしぐさはおどりであって、それは、主張としては、支離滅裂であると評価されよう。そのように、夫は妻に、おまえの言うことは支離滅裂だなと断案をくだして、家庭の議論をうちきるということがあるだろう。その時、妻が、その支離滅裂なところにわたしの主張があるのよ、と反論したらどうだろう。垂直の推論の形からはなれたところにも、思想のありかを、私は認めたい。>(鶴見俊介著『アメノウズメ伝 神話からのびてくる道』 平凡社)

 

いく子がこの鶴見の著作を読むのは、モロッコから帰ってきた二か月後である。


 


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