2010年1月17日日曜日

初夢


「真の歴史的連続性は、不連続性の指示記号をおもちゃの国や亡霊の博物館(それらは今日では多くの場合、大学制度という単一の場所が引き受けている)に閉じこめておくことによってその影響から解き放たれることができると信じているような連続性ではなくて、それらと「駆け引き」をすることによって、それらを引き受けることを受諾し、こうして、それらを過去に戻してやるとともに未来へ伝達していくことができるようにするような連続性なのだ。さもないと、文字どおり死者をつくりだしては自分たちのファンタスマを幼児にゆだねようとしており、また幼児を自分たちのファンタスマにゆだねようとしている一部の大人たちの前には、過去の亡霊たちが生き返ってきて幼児たちをむさぼり食ってしまうか、それとも、幼児たちのほうが過去の指示記号どもを破壊してしまうことだろう。」(『幼児期と歴史』ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳 岩波書店)

夢に起こされて、夜半の布団の中で、さかのぼって思い出せたのは……私は、一希(イツキ)をだっこしながら、ガラス戸ごしに外をみている。実家の二階の、私の子供部屋からの光景だ。外は嵐のような雲と雨で、強い風が吹いている。その天気の下、家のまえの道路むこうの、地が一段と高い畑では、農家の人、母と娘らしき人が、黄金色に稔った稲の刈りいれをしている。二人のうちのどちらか、娘さんのほうだろうか、耕運機のような手押しの稲刈り機を押しながら歩いて刈っている。その横顔は、仕事で植木管理に入っている、中学校の主事さん、三十歳なかばすぎくらいの女性に似ている。刈られた稲穂は、こちらに背を向けて座って乗った母親のリアカーの上に積んでいくようだ。彼女たちの頭上の雨雲では、誰かの大きな目が開いて、じっと私をみていた。突然、激しい突風が吹いて、リアカーに積んであった稲の一束が、真横にまっすぐ飛ばされて、娘さんの上を過ぎていった。二人はこの雨じゃ作業は無理だとでも感じたように、娘さんがリアカーを引いて向こう奥の家のほうへ引っ込んでいった。雨雲に覗えたあの目もみえなくなった。私も、これはもう水が家の中に入り込んでくるのではないかと思い、一希を抱きながら階下へ降りた。玄関があけっぱなしになっていて、框のところまで浸水してきていた。水の入り込んだ土間には、錦鯉がたくさんいて、そのいく匹かは口先を框にのりあげて餌を求めるように、口をぱくぱくしている。庭先では、この二階家に改築まえの、幼少の頃のままの門扉があって、その鉄製の重い扉をガラガラとひくためのレールを敷いたコンクリートの盛り上がりを超えて、今にも水がどっとあふれて流れ込んできそうだった。ふと、玄関脇にある、格子風になった目隠しの壁の、その天井へんから、やせ細った腕のような、足のようなものが二本、紐に結ばれてぶらさがっているのに気づいた。日焼けのない白い肌は毛深かった。私は、兄が自殺したんだな、と思った。私は、奥の部屋にいる母を呼び出し、「テルアキ(…私の弟)にはみせないほうがいいから、二階につれていって」と、階段のところで遊んでいると感じられる一希のほうをみていった。玄関どなりの、襖の向こうの日本間に、兄の死体があるような気がした。――そして、目が覚めた。

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子供の頃からか、思春期になってからか、洪水や竜巻や熊から逃げる、という夢を周期的にか、たびたびみることになる。これもそのテーマの変奏だろう。ただ、以前はその襲ってくるものに巻き込まれて苦しみもがくか、あるいは本当に呑み込まれ寸前までいくのだったが(……おそらく、完全に併呑されてしまったときとは、発狂しているときだろう)、今回は、冷静に対処している。こんな自分ははじめてなのではないか? 夢の中では父親が不在なようだが、それは自分が父の役割になっているからで、それは子供の頃、私が弟(テルアキ)の父代わりなように遊んでいた、という<事実/記憶>感情と対応している。つまりいま実際の父親として、子供に接している感情が、子供の頃の弟に接していたときの感情と類比的なのだろう。そして雨(水)とは、あるいは自分を呑み込もうと襲ってくるものどもとは、無意識を、母親からの影響の強いそれを暗喩しているのだろう。つまり幼少の頃の家族関係に規定された枠組みのなかで、現在もが受容されている。この感受性の型は変わらず、身につけられるのは、その変奏だけなのだろうか? この正月に帰省したおり、兄の病状の悪化と、弟の労働条件を心配することがあった。母親は、こっちのことはかまうな、おまえは勝手に生き延びろ、のようなことをいってきたのだが、孫が生まれて、感情も変わってきているだろう。しかし田舎に帰るとは、私を呑み込もうとするあの無意識の世界へ退行していく、ということでもあるのである。私はそこから一希(テルアキ)を守りたい、ということはそれは、そこから逃げる、帰らない、ということなのだろうか? しかし……まず素材に取り上げられた稲刈りとは、最近、退屈を紛らす受動的な遊び場所の多い都会の同質社会に溶け込み始めた息子の一希を、自然という異質な世界に接っしさせてあげるために、知り合いの農作業に参加してみるのはどうかな、と考えはじめているからではないだろうか? つまり、田舎に帰るということ、その退行を対抗に変換できるのか、私は見極めようとしているのか? 女房は東京からでたくないというか、私の実家を嫌がっている、だから、その女房(母)に子供をあずけ避難させ(二階にいかせ)、私ひとりで狂気に立ち向かう、という無意識な覚悟=習性なのか?

夢のなかで、以前よりは強くなったような自分らしいが、目覚めたときに、「(無意識に呑み込まれないで)勝ったぞ、強くなったぞ」というような爽快感はなかった。しんとしている夜だけが、私を静かに冷たくしていくようだった。私は起き上がり、この夢を書き留めておくことでその夜に対処した。


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追記(1/18)……農作業という素材が、子供に異質な時間を出会わせたいという私の願望から呼び起こされてきたものだとしても、それをしているのがどうして<母―娘>であり、その娘が学校の主事さんなのか? と考えているところで、ふと思い起こした。私はその子供に希望する体験を、別に木登りする植木の仕事でもいいのだが、幼児には危険だから駄目だな、と思ってもいたのだった。そして夢をみていたときの気分では、その農作業は、植木屋の作業でもあったのだ、だから、学校で植木屋まがいの作業(葉っぱの掃除や低木の剪定)をする主事さんが、代用されてきたのだ。そしてそれが女性(娘)であるのは、私が幼少のころ、男三人兄弟のなかで、女の子がわりに母親の買い物への付き添いや食事の手伝いをしてきたこと、つまり私が娘であることの隠蔽としての変形(転移)なのだ。その娘(私)が、普段雨天なら中止する農(植木)作業をやっている、子供を抱いた私は感心してみていると同時に、自分がそれほどまでに強くなったような気がしている。そこに、横殴りの突風が現れる。私ははっと気づいたように、階下へといそぐ。……となれば、この行動のパターンが、階下でも繰り返されたことになる。庭先から玄関の中まで浸水していたのに、私はおろおろするどころか、そこに餌を求めるような何匹もの錦鯉を認めている。私は子供と一緒に、幾度も東京の庭園めぐりをしていて、そこの池に集う鯉を心たのしく眺めたりして、子供も餌をやったりしたものだ。そんな積極的な感情が、あの浸水状況のなかであったのである。「鯉だよ!」と子供を呼ぼうとしたのと、子供が階段で遊んでいると感じているのは、おそらく同時・同列的な事態なのだ。が、それは突然、天井からぶらさがった死体の一部への連想で断ち切られる。そして私は、はっとするように、隣の日本間で兄が死んでいることに感づくのだ。

つまり私の現在の幸福が、過去の亡霊によって待ったをかけられるのだ。私が、現在に負い目を感じているということだろうか? しかし、過去の亡霊とはなんだろう? 自殺しそうな兄の状況は、現在なのである。死んでもらったほうが私の楽になる、という願望が無意識にある、ということだろうか? ならば私は、夢で願望が充足されて、満足を覚えて目覚めるはずではないか? 目覚めたあとの感覚は、むしろ逆のことを暗示している。子供にはみせないほうがいいと母に指示する私は、いったいぜんたい、何に直面し、何を抑圧しようとしているのか? 私を目覚めさせた、まだ見ぬ兄の死体とは、なんなのだろうか? やはりそれは現在のもの、というより、それにかこつけた、思い出すことのできない過去の亡霊のような気がするのである。

子を抱くのが母であるのなら、農(植木)作業をやる(見る)娘(私)は母であるということになる。そしてその母が、弟を父親代わりとして世話する父(私)でもあるのだ。つまり私は、母の役割と、父の感情をもって、実家に現れてきている、ということになる。「鯉だよ!」と子供を呼びそうになったときの私の役割と感情は、おそらくすでにその子が腕から離れひとりで遊んでいると感じていることからして、母ではなく、父親的なものだろう。ゆえに、「子供にはみせるな」と母(女房)を呼び出して指示するのだ。となると、これは近親相姦の匂いがする。母の愛を、他の兄弟をどけて私が獲得したことになる。実際、私は女の子がわりをすることによって、母の愛をひそかに受けていた記憶がある。お菓子などをこっそりひとりでもらったのだ。しかしそれは、あとから、のことだと想定する。次男として生まれた私は、長男とも末っ子ともちがう、親からの愛情を、面倒で省かれた孤独感を、記憶にはない幼少の頃、身にしみて育ったと推測する。その孤独感が、女になる、という戦略をあみだしたのではないか? そしてそれは結果的に、遅れてでも結婚し子供をもうけ(他の兄弟は独身のまま)、孫のできた(母)親を喜ばせてまた愛を取り戻す、と現在の人生でも繰り返えされている、ということになる。つまりこのあまりにフロイト的な原罪意識、勝ったものの負い目が、私を責めさいなみ目覚めさせるというのだろうか?

どうもこの推論は、心にしっくりこない。襖むこうに兄の死体があると感じた感覚が、兄の自殺(に暗喩される家庭のことども)を心配する目覚めているときの感情と、あまりに近いからである。だからそこから私が推測するのは、喚起された過去の亡霊に直面して私は目覚めたのではなく、過去の亡霊を裁ききれていない自分の現在に、夢の中で、正確には夢の最後にその現在が登場して、私はそのまま現(うつつ)の世界へと移行したのだ。実際、寝ても覚めても、私が育った過去と、私を育てている現在の問題に頭を悩まされているのだ。おそらく、解決への糸口は(以上のように)見えていると推測されても、実践のとっかかりはまだまだなのだ。それは端的には、女房という他人(現在)を、どううまく実家(過去)に接合するかの腕前にかかってくる、ということなのだ。そしてその現在(女房)にも、やっかいなことには、過去があるのである。――「またママとおばあちゃんは喧嘩するの?」と、正月休み後の週末三連休に、長女である女房の実家に着くや一希は祖母に問いただす。そんな子供の先制攻撃にか、<母―娘>のすさまじい喧嘩は正月早々はおきず、無事東京に戻れたことに女房はご機嫌になったようだ。しかし年末は……仕事納めで飲んで酔っ払って遅く帰り、布団に入ろうとする私に開口一番、「(あなたの)両親が(子供の入学祝いに)もうランドセル買ってるっていうのならばそっちには帰らない!」と、脈絡もなく言い出したのだった。なんでこんな時にそんな妄想を吐き出すんだとぶちきれた私は、真夜中にもかかわらずドアを蹴飛ばし隣近所にも聞こえただろう大声でわめきだし、わき腹にいっぱつ食らわせたような気がする。翌日から、女房がげえげえ吐いて寝込むので、俺のパンチのせいかとおもって「更年期障害か?」ときくと、「食いすぎだ」という。なんとこちらが納会で飲んでいるあいだの夜食に、牛肉を生のままたくさん食って、食あたりを起こしたというのである!

2009年12月18日金曜日

ハコからヒトへ、その正当性と危険性

「要するに、死ぬとはいうことは、有機体が複雑になったがゆえに生じた不完全さの結果であるというわけである。生物の中で最高の複雑さを身に付け、最も自然の摂理とかけ離れてしまった人間は、生死を超える完全な統合を、如来の力に頼るしかないのかもしれない。如来とは、真如から来たものという梵語で、真如とは、万物一切の本質で、不変の真理のことである。如来の力に頼るしかないということは、法然や親鸞に言わせれば、南無不可思議光と頼み参らすしかないということになってしまう。しかし、現代人に宗教を説き、信を求める時、この不可思議光が万物一切の本質であり、宇宙の真理であることを、どのように納得させ得るかが、問題なのである。」(青木新門著『納棺夫日記』文春文庫)

「ハコからヒトへ」をモットーのひとつに、民主党の行政刷新会議なるものが公開実演された。鳩山総理が、この国家官僚の公開さらし首のような、あくまで日本的な優しい革命的な事態を、どう受理していくかはわからないが、土建業にいることになるのかもしれない私としては、たとえ会議を運営した議員らの個別判断に、事後的には間違いが散見されることがわかってきたとしても、その熱意と趣旨には共感しうる。このモットーを正確に言い直すなら、ハコを作ってきたヒトから一生懸命なる社会的弱者に税金を使う、ということになろう。いわば、ヤクザもん的な連中よりは本当になぐられて立ち直れない被害者に、ともいえよう。ここには、偏見があると同時に真実がある、というよりむしろ、その偏見の中に真実があるのではないか、と私はおもう。自分でも、仕事は仲良く楽しくなどとほざいて苦労して覚えようともせず口先だけは達者な職人まがいのチンピラ作業員には、民主党路線を説きたくなる。ヒトや世の中を甘く見るなよ、おまえが先輩に楯突き口先でどうごまかそうと、客や第三者がカーテン越しにちゃんと見ている、「あんな人に庭の手入れをやって欲しくなかった。みんなあなたにしてもらいたかった」、「あれもこれもやっているあなたに言うのはなんだけど、あんな人に税金つぎ込んで公共事業やるよりも、五体不満足でも一生懸命生きようとしている障害者の福祉にお金を使うべきじゃないですか?」……馬鹿にそんな事実発言を突きつけて説法しても酒のつまみとして未消化排泄されるだけである。ほんとに仕事中、なんかいウンチをしにいけばいいのだ? しかしこうしたぐうたら作業員、体を使うことを嫌う現場の浮浪者のような者への説教の内には、暗黙的に、資本主義社会での生存競争が前提とされてくる。もしその浮浪者の抱く夢、仕事は業者の垣根を越えて仲良く楽しくと、物事に真剣ではなくテキトーな取り組みですませるというユートピアが前提であるのなら、彼のような者こそ人間的、他人おもいな心優しき人、という話になるだろう(――むろん、ここでは、競争社会などとは関係なく、真面目に取り組んでくれる人のほうこそを世間は評価(選択)する傾向がある、というような人間的事態は省く。また、そうした怠業者こそ、金と権力に巻かれやすい、という言行不一致な一般的な事態も省く)。そして実際、この怠け者の浮浪者には、その個人の人格を超えて、どうも国家(権力)以前的な非資本(金)主義社会的な遺伝子が家系されてきているのかもしれないのである。私がそう想像したくなるのは、彼のあまりな「言行不一致」、身体と頭の酩酊的な分裂、乖離、癒着…は、不可思議だからなのである。文字通り現社会のイデオロギーを、長いものに巻かれろ式に脳髄が従おうとしていても、体は言うことをきかずに未熟な不器用さにあがき、その頭と身体の分裂の苦痛は自棄酒をあおらせ、文字通りな酔っ払いの千鳥足となり、かと思うと次ぎには気持ちよく饒舌となった口先だけはその不恰好さを自身で裏切っているイデオロギーで自己正当化するに達者で、つまりは、言行不一致な乖離はユーフォリックな癒着に帰結する。この苦痛を快楽に変換してしまうマゾヒスティックな魔術は、目に見えているものだけではわからない、その一世代個人を超えた昔の残響や深層なりで補って理解したくなるのである。それがいつまでも未熟な足取りなのは、昔の伝統に足を絡め取られているからなのではないか、と。ではどれほどの昔なのか?

いまの私はそれを、縄文時代、と答えたくなるのだ。いわば、国家権力が統一された弥生時代以前の、氏族社会の精神構造。その時系列が家という空間において残影されているのではないか、と。それが東国からあがった武士の精神や、トムクルーズが『ラストサムライ』でアメリカインディアンと照応させた、武士の最後としての薩摩藩士の意気に連綿としてゆく。いまはそれが、土建業のチンピラ作業員に家系されている、と。(――ちなみに、私の念頭にある私の後輩は、白川郷のさらに裏にある、古民家部落としての観光地にもなっている地域が両親の実家だ。東京に出てきた父親は染物職人、母親は行商をやっていて若くして亡くなっている。)そしてこの世界では、いまだに親分―子分の関係が葛藤され、若者への酒や女を通じた通過儀礼が強請され、性と暴力の放埓があり、むしろその仲間内の現実が、現今世代の空虚さへの不適応(不器用)を惹起させているのだ。いや日本のあちこちの地域で、中上建次の故郷新宮の「火祭り」のような、形式的な残存だけでは危険すぎてありえない、男の活力と連係が実質継承されていなくては担ぎあげられない祭り(御輿)が、神が生きている。

<もう少し厳密にいうならば、縄文人はおたまじゃくしを信仰の対象にしているのではない。おたまじゃくしのお腹には「月の子」が入っている。月の子こそ人間のいのち・魂なのであり、おたまじゃくしは月から月の子をこの世に運ぶために使わされたいわば「使者」。縄文人の信仰の対象は月なのである。…(略)…月が人間にも蝦蟇にも等しくいのち・魂をもたらし、生と死を司る地母神として考えられていることがわかる。…>(宮坂静生著『季語の誕生』岩波新書)

教養のない彼らが歌うのは月並みな歌謡曲かもしれない。が、教養としての季語に空疎化されない生き生きした生と死の世界になお隣接している。ならば、民主党の路線がつぶそうとし、救おうとしているのはどんな世界ということになるのだろうか? 空虚を読めない野暮な土建業のチンピラ作業員と、空虚を読めてしまう粋な製造業中心の真面目派遣労働者(コンベアー流れ作業は真面目でないと勤まらない)。お金ではなく、生き生きとしたものこそ回復しなければ人は生きていけないということが空虚(バブル)の最中にわかってきたことなのに、果たして民主党が救おうとしている後者から、何かが生まれてくるのだろうか?

<このことは、今日ではもはや経験は存在しないということを意味しているわけではない。しかし、それらの経験は、いまでは人間の外で遂行されている。しかも、奇妙なことに、人間はそれらの経験を安堵の念とともに眺めようとしているのだ。博物館や観光名所への訪問が、この観点からは、とりわけ示唆的である。この地上における最も偉大な驚異(たとえば、アルハンブラ宮殿にある「獅子の中庭」)を眼前にして、今日、人類の圧倒的多数はそれを〔じかに自分の目で〕経験することを拒絶している。〔自分の目で経験するのではなくて〕写真機がそれを経験してくれることのほうを好むのである。いうまでもなく、ここでは、この現実を嘆こうというのではない。ただ、心にとめておこうというにすぎない。なぜなら、おそらく、この外見のかぎりでは狂気じみてみえる拒絶の根底には、知恵のちいさな種が隠されているのではないかとかんがえられるからである。そして、その知恵の種のうちに、わたしたちは未来の経験のいまはまだ冬眠中の芽が胚胎しているのを占うことができるのである。>(『幼児期と歴史』ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳 岩波書店)

ユダヤ人のアウシュヴィッツでの経験を突き詰めていくことになるアガンベンは上の初期論文で、ナチスの追っ手に逃げ切れぬと自殺したベンヤミンの「来るべき哲学」の遺産を受け継ぐとして、いわば「空虚(非経験)」さを選択している今日的な人たちの知恵のほうにこそ、「未来」が胚胎しているのだと言う。言うならば、派遣社員(フリーター)に軍配をあげている。しかしそれは、弱者救済的な民主党的な路線というよりは、その方針に覗える偏見、チンピラに対する偏見を抉り出すことにおいてである。――<それゆえ、幼児も、生者の世界と死者の世界、通時態と共時態とが不連続であることの触知しうる証拠として、あらゆる瞬間に反対物に転化しうる不安定な指示記号として、中和されなければならない脅威であると同時に、一方の領域から他方の領域へと、両者のあいだの指示記号的差異を廃止することなく移行していくのを可能にしてくれる方便でもあるわけである。そして、亡霊の機能に幼児の機能が対応しているように、葬送儀礼には通過儀礼が対応しているのであって、通過儀礼もこれらの不安定な指示記号を安定した指示記号に変形するためにこそ執り行われるのである。>(前掲書)……アガンベンがこうして記号論的に構造化してみせたのは、チンピラ世界に覗える普遍(不変)的な有り様である。「空気(虚)=時代」を読めてしまった派遣社員に失われたのは、この不変なのだから、修復へとめざされるべきなのは、土建世界の風紀になるのである。しかしそれが普遍的な真実だとしても、もはやそんなものを経験(信仰)する気にならない、俺はいやだと逃げる新人類の知恵にこそ未来があり……これは、言葉遊びな、単なる堂々巡りな論理にすぎないのだろうか?

私は、そうではないのだと思う。信仰しえるような、新しき「葬送儀礼」や「通過儀礼」が世界システムとして実現されうる、その下地となってしまうような世界的な悲惨をわれわれ人類は経験する段階にはいってしまった、アウシュヴィッツの、広島や長崎の原爆の……むろん、沖縄での戦争体験もそのひとつだ。われわれはもう、そんな歴史(儀礼=反復)を経験したくない。ゆえに、私は、民主党の意図に即してかはわからないが、普天間基地移設問題の延期や、在日外国人とされるものへの参政権の付与政策を、支持する。宜野湾市の市長らが明白にしているように、アメリカ合衆国はすでに海兵隊のグアムへの移転計画を実施しているのに、もらえる金はもらっとくためにと騒ぎをおこし、みえみえの嘘をついている(http://www.city.ginowan.okinawa.jp/index.html)。こんな他人を馬鹿(差別)にした話はない。しかし、そうしたアメリカへの追随に利得がある勢力からのやらせなのか、それに呼応しているかのように、右翼まがいの団体が在日の朝鮮人学校を急襲している(http://corea-k.net/date/000.wmv)。このビデオをみてみると、彼らが自分の未熟練な不器用さを、自身では適応できないその社会通念の言葉で自己正当化し、ユーフォリックな癒着に陥っているようにみえる。それは幼児じみているが、人間のよちよち歩きとは似て非なるものの、チンピラ作業員の酔っ払いの千鳥足と同類である(実際映像には、ヘルメットを被った作業員らしきものが出てくる)。

小沢一郎氏は、地方からの陳情を受けて、国民の要望だとして、ガソリン等の暫定税率の維持を要請したようだ。「ハコ(コンクリート)からヒトへ」に逆行すること事態に、その反動の正当性と危険性もが胚胎されてくるのである。

2009年11月13日金曜日

金魚すくいと義

「副島 私は生活レベルで国民が生き残ることが何よりも大事だと思っています。アメリカ発の金融恐慌の下でも私たちは何としても生き延びなければならない。
佐藤 私もそこがいちばん大事で、国家に依存しないで生きる思想を国民それぞれが抱くことが必要だと思います。序章で副島さんがアメリカのリバータリアンについて述べた、「自分の生活は銃を持って自分で担保する」という話のように、われわれ日本人は銃を持たない形でそれをやっていく。極力、政府に依存しないという姿勢が大事ではないかと思います。だから、仲間を大切にする、仲間の中での掟を大切にするという方向を考えたほうがよく、あまり政治に期待しても意味がないと思います。」(『暴走する国家恐慌化する世界』副島隆彦×佐藤優著 日本文芸社)


祭りのときの金魚すくいで、息子の一希がとってくる金魚を、ようやくのこと、2週間以上生き延びさせることができるようになった。知り合いからもらったメダカをふくめ、五六回はすぐに死なせてしまった。そのたびに、死因をめぐって女房と言い合った。「この安物のブクブクが不良品なんじゃないのかな? ほんとに実験してから売ってるのか?」「そうじゃないわよ、水をかえるのがいけないのよ!」「金魚が弱ってきたからかえたんだろ、おまえがそんなこといってるからおそすぎなんだよ」「ちゃんとカルビ抜きいれてないんじゃないの? すぐにいれかえちゃだめなのよ!」「むしろカルビ抜きの液自体が不良品なんじゃないのか?」……で、いい加減女房のいうことをきくのはやめて、ブクブクの電源を外し、水草を新しくし、カルビ抜きもいれないで、バケツにいれた水道水を何日か置いておいたものを、2週間を越さないのをめどに、半分ずつ入れ替えていくことにした。そして、もう、二ヶ月近く、生きている。俺の観察したとおりだ、と思うと同時に、十月にはいって寒くなってきたので、金魚の活動が休眠期に近づいたせいもあるな、とおもう。その間、子供は興味がよそにうつっている。親のほうが、忘れていた、というか、思い出せない生き物への感動を、もう一度この歳になってとりかえそうとしている。生物だけではない、子供が適当に植木鉢に埋めた、ビワやイチョウなどの木の実が芽をだした植物にせっせと水をやってよくめでているのはこちらのほうだ。子供がいなかったら、この生き生きとした感覚がなんだったのか、私は思い出そうと努めることもなかったろう。

<司馬遷(紀元前一世紀ごろの人)の『史記』の中に「刺客列伝(しかくれつでん)」の巻がある。あの思想です。刺客になってよその国の王様の命を狙う、歴史上の男たちのことを書いている。ここに現れるのは、自分はつまらない人間だけれども、このつまらない人間である自分を、きちんとした立派な人物として扱ってくれたあなた様に、自分は、死ぬほどの恩義がある、と考えた人々だ。だから、自分は、あなたからの恩義に報いるために、たとえ、自分はどんな酷い殺され方をしてもかまわないから、隣の国の総理大臣や王様を殺しに行きます。これが、「義」なんです。今でいえば、暴力団員が、親分のために人殺しにいく思想ですね。このことを中国人は、今でもわかっています。…(略)…このことを日本人のほうが分かっていない。日本人の方が「義の思想」をわからなくなってしまっている。沖縄とか、東北の田舎に行けば、まだ、義の思想が、生き残っているかもしれない。義の思想というのは、それは、「恩義に報いる」という思想です。

 実は、私たち日本人の魂の土台のところに、義の思想ははっきりと残っています。…(略)…だから、私たち日本人は、「済みません、済みません」と使っている。朝から晩まで、すみません、すみません、申し訳ありません、の国民だ。何が、「済まない」のかといえば、それは、やはり、あなた様(眼の前の相手)から受けた恩義にたいして、十分お返しすることが、自分には出来ない、だから、済みません、であり、申し訳ありません、なのだ。ここまで来ると、日本人も、実は、中国人と共通の土台に立って「義の思想」を理解できて、かつ、それは、私たちの体の中を太く貫いている中心の思考、行動の原理である。これで、なんとか、私は、義の思想が分かった。…(略)…

なぜ日本人に義の思想が、消えてなくなったかというと、戦後に占領軍としてやってきたアメリカ軍(進駐軍)が、日本人のこの精神を、徹底的に嫌って、撲滅せよ、と判断したからです。戦争中の、神風(カミカゼ)特攻隊のように、死ぬ覚悟で向かってこられたら…(略)…それで、義の思想が、日本から消えてしまった。私は、その復活を志(こころざ)している、奇矯(ききょう)な人間です。日本一の知識人だと自分で思っています。>(副島隆彦の学問道場「1076」 「三国志の「義(ぎ)」の思想 から考える 日本人の思想」という私へのインタヴュー記事)

リーマンショックを当てた人として、佐藤優氏につづくようにジャーナリズム界の表に現れてきた、と門外漢には覗える、副島隆彦氏が上のように発言していたのを知ることは以外な気がした。より普遍(外=世界)的な趨勢に積極的に臨んでいく姿勢が、保守右翼的な立場を表明する佐藤氏との違いに私には見えていたわけだが、どうもそういうことでもないらしい。マルクス主義者を自称する柄谷氏が、佐藤氏の立場に近い宮崎学氏に対して、「(自分と)言わんとしていることは同じだが目的が違う」と解説していたが、ということはこの両者、というかジャーナリズムに強い影響で存在しているかもしれぬこれら四者には、その思想の根幹において共通的な立ち位置があった、ということだろうか? 柄谷氏が封建制を評価的にとらえ返し、その精神思想をより古代文明論的に遡及追考し、「しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。」という『経済学批判』のマルクスの言葉を引き合いにだしながら、<マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。…(略)…エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。>(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)――と敷衍し「未来のアソシエーション」を提起するのと、ヤクザ社会の歴史を価値転倒的に評価した宮崎氏が、土建業社に顕著だった<親方―子方>制度の人間的結びつきに基づいた「談合文化」を、この将来の日本人に創意反復すべき自治社会の範例なのだと喚起させるのは(『談合文化論 何がこの「社会」を支えるのか』祥伝社)、直視している現実との接点において同じ態度なのだ。つまりでは、何が失われ、何を回復したいというのか? それが、子供以上に親が熱中する、生き物に対する感覚、もはや実感として思い出すことはできないが、それが在った、と知的に追想しえる生き生きとした感覚なのである。副島氏が言う「義」も、人間的、というより人類学的な概念で敷衍すれば、「贈与」という問題系のことになろう。親が子に与える無償の愛に、子が恩義を感じるというのではない。むしろ子供は親のこと、親の勝手など知らないだろう。しかしむしろ、その勝手さ、子供の存在自体が人(親・大人・人間)に恩義を与えてくれ、そのことに返す代償さえありえないと感じるが、ありがとうと返礼の期待もなく感謝したくなる気持ち、子供のためなら自ら死ねるような真剣さ……それが、私(親)の憂鬱や絶望や空虚さを解消させてくれるわけでもない。がそんな心情的な躁鬱の循環とは別の、実感的には抑圧されてしまった生き生きとした感覚、それを反復させたいという知的な意欲(営み)が私の生を保たせるのだ。

平和な日常の空虚さに耐えかねて、生きる実感欲しさにあがくのは青春時に一般的な事象なのかもしれない。その空虚さを、子を持つ結婚生活で紛らせられてきたのは歴史的な特権で、現在の若者たちは、子を持つ結婚はおろか、その日暮らしのための職を持つことさえできないではないか、というのはゆえに人の根底に関わる深刻な問題だ。ただし、何が一般的な事柄かは、まさに時代とともにころころ変わる。景気がよくなれば、その具体的なという問題は解決されるのでもなく消滅する。が、親が子に贈与される恩義の問題は、不変=普遍的な事柄だ。ここを根拠にしなくては、生は生き生きとよみがえらない。青春(空虚)は一般的に繰り返されてしまう。ならば私は、どうして親を捨てるように家を出てきたのだろう? それを可能にさせた社会的条件とが、資本主義の自由(フリーター)という行使だったとしても、それが不可能な条件下であったとしても潜在的な可能性として既に常にあったはずのものだろう。親になっても、子であった私が忘れてならないのはそのことだ。<親―子>の、どんな関係が嫌だったのだろう? 一希も、言うことをきかない。

だから、私は「目的」において、「(談合)文化」を目指すものではない。運動部でで、職人の世界にいる私は、その卑小さの面のどうしょうもなさを身にしみている。それで、世界戦争に勝てるともおもわないし、日本が以前の大戦で敗北したのも、宮崎氏が評価する面が重なってくるものだと実感する。高倉健や寅さんでは駄目なのだ。人間(日本人)を変えようとする私の努力が、個人のあがきとして現実離れしてこようと、それでいいのだ。しかし繰り返すが、立ち位置は、仁義である。だから、急いた変革など期待しない。むしろ保守になるのだろう。ただそれを志向するというわけではない、ということだ。そこから、はじまるのだ、未来の個人とその共同体のほうへ、少しづつ。

2009年9月23日水曜日

環境と共同体

「差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手を劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。
 時の権力は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ、差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。
 他方、差別される側は、差別の理由を求めてさまよう。その理由をなくせば差別されなくなると考えるからだ。しかし、差別するための「理由」は、いくらでも付け足される。結果、自らの努力ではどうにもならない状況が作り出され、多くは無力感を植え付けられていく。」(『差別と日本人』 野中広務・辛淑玉著 角川書店)


民主党主鳩山氏が首相になって、まず提示された政策は、温室効果ガス25%削減という、グローバルとされる問題実践。そしてひきつづき、新型インフルエンザの輸入ワクチンに関し副作用被害を国が肩代わりするという検討の提出。厚生省や国土交通省の新大臣になった党員が選挙時マニュフェストに沿った実行をすでに提起していたけれど、アメリカ行きまえに突如として声明されたこの2つの国際(対外)的な政策は、私を不安にさせてくる。「核の密約」問題を話題としてクリントン国務長官へ持っていった外務大臣の行動とともに。私は、ちょうど選挙投票日、友人へと送った以下のような自分のメール中の疑いを強くした。

<…朝日ジャーナルの特集で、たしか浅田彰が右から左に変わった女性運動家(名前失念してしまいましたが…)のことを、「コース(真実)」を追求していくスタンスではなく、アイデンティティーが問題になっているから、機会原因としてころころ変わっていくのが当然となってしまう、というようなことを言っていました。最近の言論情況では、貧困・労働現実運動に対する異議は相当抑圧されている趣があるので、以前だったら正当だった批判が声を小さくして言われているような現状だとおもいます。

だから、民主党が勝てば、記者クラブなどをつぶし既成の権力基盤が崩されることを既得権力メディア側も予測しているでしょうから、社内の左派的な言論に自由さをよりもたせてやることに舵をきって、既得権益を新しい政権下でも延命させようとするでしょう。つまり、より「真実」追究の正当的批判は抑圧されてくる可能性もあるとおもいます。現政権とアメリカとの密約問題をめぐる「真実」追求の鳩山代表の姿勢が、末端の「真実」隠蔽の動きと両立されてくるのだとおもいますが>

要は、大きな問題解決のために、小さな問題が隠蔽されていくという国家主義的な路線が前面に出てきたわけだ。アメリカのオバマ政権下では、すでにワシントンDC前での民衆の反乱に関する報道は国家権力をおもんぱかって自粛されているという(田中宇の国際ニュース解説)。選挙選択的な意味では、これ(国家主義)はしょうがないこととはいえ(…その党人を選んだのはわれわれだし、またとりあえず悪いことではない)、やはり個人として警戒感をもってしまう。ネットで軽く検索したみたところ、大概は「鳩山イニシアチブ」への肯定的な感覚で、この動きに疑義を感じている一般知識人は多くないらしい(目に触れたブログは《夜明けへの助走》「戦略性を欠いた環境政策は日本を追い込むだけ」)。

鳩山氏というより、小沢氏率いる民主党を支持してきた副島隆彦氏とその研究グループは、その『エコロジーという洗脳』(成甲書房)で、排出権取引(デリバティヴ)を伴う欧米の戦略に遅れてやってきた日本の猿真似官僚が、そのバブル破綻にもかかわらず環境税という人が息をすること(CO2)に税金をかけることを合作しているが、「この動きは、日本にも出来るべきである民主党政権の樹立を目指す政治家(国会議員)たちの動きとは別個独立のものである。」と書き付けていたわけだが、政権をとった鳩山民主党のこの出だしをどう評価しているのかは公開的なところではまだわからない。欧米の政財界側が喜びそうな手土産を高く掲げることで、向こうの気勢をくじいてから本題をはじめていくような戦略性ならまだよいのだが、もし文字通りなら……「日本政府は、自分ではお仲間だと思っていたヨーロッパ官僚たちに騙されて、たったひとり取り残された面子もあって、どうしてもこのあと、この排出権の取引相手の国を見つけなければならない。だから、おそらくブラジル、アルゼンチン、チリなどの南米諸国あるいは、東南アジアのどこかの小国に裏金の開発援助を払って、密かに根回しして、なんとか、「サザビーのオークション」のような国際的な公開の取引市場を作って、そこで、排出権のイカサマ的な売買をコソコソと、自由市場での公正な取引の振りをしてやるしかない。そういう状況に追い込まれているのである。愚かきわまりない、としか言いようがない。」(『エコロジーという洗脳』)――そんな可能性が現実味を帯びてきたのではないだろうか? さっそく財務省だかの官僚は、そんな政府の数値目標達成には「国民の負担」を強いることになる、と喜びの布石を打つ発言をしたのではなかったか?

いや、副島氏が区別するように、確かに官僚の思惑と政治家の政策は違うとしてみよう。しかし私が思い出したのは、ある「持続可能な社会」や「世界」を目指す実践を趣旨として運営されていたフェアトレードのカフェでの催しのことだ。私はそこにいなかったのだが、その平和を願うような会には、民主党系の議員もいたらしい。で、参加した私の友人はそこから帰ってきたあとで、こう憤慨していたのだ。「あんな奴らが政権とったら、俺がぶっつぶしてやる!(言葉は正確ではないかもしれないが…)」…私は何事があったのかとびっくりしたが、要は偉そうにふんぞり返って鼻持ちならない、ということだろう。そして私は、この東京大学でのNAM党員の感性のほうが正しいのだろうと思ったのである。あるいは、おそらくは幼児の遊び場と小学校の統廃合の反対運動で知り合った民主党区議を通してであろう、女房がアメリカ民主党議員アル・ゴアの『不都合な真実』の上映会とそのビデオ鑑賞を、私に熱心に勧めていたのである(私は結局見ないでいるのだが…)。つまりそうした草の根というか、なお現勢体にはなっていない運動、まさにゴアというアメリカ要人からの洗脳にも関わるような、政権がどっちに転んでもいいように上層階級から仕組まれた市民運動が、裏(下)で着々として進められていた、ということになるのではないか? と私は今さらのように思いおこし、勘ぐるのだ。つまり、そういうアメリカ(の世界戦略)側からの、これまでは目に見えなかった文脈に沿って、現政権が動き出したのではないか?

環境が問題なのは、どうしてだろうか? 温暖化とそれに伴う北極氷海の溶解やさんご礁の消滅など、が科学的真実というよりは政治的なプロパガンダだったということが科学的には明確になってきている、と言われるようになってきている。が、枢要なのは“科学”なのだろうか? 自分が育ってきた場所が喪失されていくことは客体的になりうるだろうか? 私は、「路地の消滅」にこだわった作家中上健次氏の視点で、北極海やさんご礁で暮らしてきた人々の実存を思うべきであるとおもう。科学医療で延命される客観(他人事

)的生命というより、尊厳死を導くかもしれない実存的な生命である。「滅びよ、」とゆえに中上氏は発言した。そして新しく創造したほうがいい、こんな共同体(世界)は、と。その尊厳と、共同体が根底から破壊されてゆくパレスチナへの連帯表明は併存する。そこはしかし、まさに人間が尊厳であることがもろに露呈されてくるような差別の場所なのだ。この世界的な経済危機のなかで、南米からきていた私の友人たちのほとんどが母国かそこに近い外国へと帰っていった。彼らの日本人社会(共同体)への恨みが、「誤解」であると私は認識している。がそれは、あくまで(統制的な)理念の高みからしかやってこないものかもしれない。つまり希望にすぎないかもしれない。ならば現実的な問いとは、文化という、人が世界で生きていく知恵のネットワーク(共同体)と差別とは、つまりこの両者の生活連関とは、区別できないものなのだろうか? ということだろう。それは、互恵や不可避の付随として存在するものなのだろうか? 環境の問題とを、私はそのように考えはじめる。

2009年8月31日月曜日

昆虫と平和、選挙から。


「自然の花、自然の森に対する人間の本能的美意識は、昆虫や動物より劣っているので、その人間のもつ美学は文化的に形成されるほかはないこととなる。いわゆるそれに足る教養を身につけて、はじめて理解でき、観賞できるものである。」(中尾佐助著『花と木の文化史』岩波新書)


いつもは8時を過ぎれば子供と一緒に寝かしつけられるのだが、明日は台風で仕事が休みなのも確実なので、9時過ぎまで選挙特集のテレビ番組をころころチャンネルを変えながらみていた。どこか私の普段とは違う様子に息子も感づいたのか、「早くママと寝なさい、昨日の絵本のつづきはママに読んでもらって」というと、素直に女房と寝床についていった。いつもは駄々をこねるのだが…。まあ、今日は以前のアパートで隣室だった知り合いの老夫婦と生き物のバーゲン(?)に連れていってもらって、アトラスオオカブトなどという大そうな昆虫を買ってもらったことを諭されて、まいってしまったということもあるかもしれない。「外国のカブトムシは買ってはいけない、といったよね?」と雨の夜の中を迎えにいった帰り道の自動車の中で、私は息子に言ったのだ。一希もそれを了解して子供たちの間で吹聴していたのだった。「外国のジャングルからカブトムシがいなくなったら、それを食べている生き物が暮らせなくなって、その世界が壊れちゃうんだよね。」「うん、バランスがね」と一希が相槌をうち、そんな言葉をなんで知っているんだと驚きながら、「(ジャングル大帝)レオはそんな人間と戦ったんだよね。いっちゃんが外国のカブトムシを買ったら、泥棒はまたカブトムシを盗んでくる、だけど買わなかったら、売れなくてお金をもらえないから、もう泥棒をしなくなるんだよ。平和が守られるんだよ。コナン君に叱られたルパン三世も、最後には冠を王女さまに返したよね?(とつい最近一希がTUTAYAから借りた「コナンvsルパン三世」のアニメのことを思い出す。)いっちゃんは戦争に反対なんでしょ? 自分が欲しいからって、カブトムシをゲットして平和を壊していいの?」気まずそうに一希はうつむきはじめる。「戦争に反対するのは難しいんだよ。まずは、自分との戦いに勝たなくちゃだめだよ。」「じゃあ、」と一希は質問する。「このカブトムシはどうするの? 外国に返すの?」「それはせっかく、オータンとバータンが買ってくれたんだから、大事に飼いなさい。昆虫を捕まえて飼うことは悪いことじゃない。そうやって、平和を学んでいくんだから。だけどこんどからは、オータンとバータンはもう歳とってパワーがなくなってるんだから、いっちゃんがもう外国のカブトムシはいらない、ぼくは自分で日本のカブトムシをゲットしてくるよ、っていわなくちゃだめだよ」……しかし、私も子どものころ、カブトやクワガタなどの昆虫を追いかけてすごした時期があるが、もうその頃の生き生きとした感覚がわからない。自分は、そこから何を学んできたのだろうか?

帰宅後、テレビをつけると、早々と民主党の300議席を超える圧勝が出口調査で予測されている。東京は中野区にいる私は、民主党のながつま氏が当選確実なのは明白だったので、小選挙区は無記名、比例で社民党にいれ、裁判官4人に×をいれてきた。前日投票者数が前回の1.5倍、午前10時での投票率は前回より低い、と速報されていたので、自公が票を確実にしようと前日投票作戦にで、で投票率がひくいとなれば互角にもっていかれるのか、とも思いもしたが、結局は投票率も過去最高の70%近くになったようだ。私は民主党の小沢氏がどのような表情、言動をするのかな、と見てみたかったのでテレビをつけっぱなしにしていたのだが、堂々と質問者(マスコミ)を批判している。そんなレベルで政治を語るな、と。なんだか日本サッカー代表試合後の中田英寿氏へのインタビューみたいだな、とおもった。つまり、つきあいで濁すのではなく、本質的なのだ。田中角栄の系譜を踏むものとして日本という共同体を保守的に引き受けながら、そのずるずるべったりの共同体的心性を切断してみせる個人主義的な筋が、この場(選挙に負けてたら負け犬の遠吠えにしかならない…)に及んでこそ発揮されたのだろう。この個人によって、既得権益圏がどこまで崩されるのか、民主党に投票した国民の大半は、自戒=自壊の念をもって支援しなくてはならない、というのが投票責任だ、と私はおもう。いわば、欧米の要人との人脈(後ろ盾)から庶民の国益を損なわせてきた政治経済的構造とは、外国のカブトムシをゲット(購入)していばっている子どもたちを巻き込んだ資本主義構造と同様で、ならば、自分個人で日本のカブトムシをゲットしたよ! と言える強さがなくてはならない、ということだ。小沢氏自身は、これから外国のカブトムシ(要人)を後釜に控えていた日本のカブトムシ(官僚等)をいくつもゲットしていくことになるだろう。で、私は?

何はともあれ、国政選挙とは国家主義を前提、基づいたものである。それは、庶民個人には直接には関係ない。そんなもの当てに出来ない、というのが生活の現実である。むろん、だからといって選挙(代表)政治にシニシズム(皮肉)になるのは無謀怠慢だ。政権が変わるだけで、身の危険が遠ざかるのかもしれないのだから。そしてもともと庶民とは、物事を一義的に受けとめない適当さと賢さで現実を乗り越えていく、その実践だけで生き残ってきたものなのだ、とおもう。で、私はどのように?

友人の美術家と建築家の立ち上げているウェブサイトで、こんな幼児教育(子育て)の動画をアップ(リンク)してくれた。それは、どこかの民法テレビで放映されたものがYou-tubeに投稿されたものらしいが、プロゴルファーの横峰さくら氏の伯父が経営する、鹿児島県に実在する幼稚園の模様である。「全ての子どもは天才」、とサブタイトルだったかにあるように、逆立ち歩きから読み書きそろばん、絶対音感による楽譜なしの演奏、とまで、自発的に全ての子どもたちができるようになってしまうという現実(本能)。横峰氏によれば、子どもに「やる気」さえおこさせればこうなってしまう当たり前のことだ、という。スパルタでやっているのではない、と。私も自分の子どもをみていてそう思う。私は将棋の勝負ですでに三回負けたといっていい。子どもが女房の言うことを聞かず虐待しだすのは、端的に遊び足りないからなのだ。その幼稚園でも、登園してまずやることは20分間の徒競走。それで満足(映像では「疲れ」と言っていたが…)し、次の書き取りの自習で、3歳児でも黙々と勉強できるのだそうだ。まったくうらやましい限りである。逆にいえば、そこまでして一緒に遊んでやらなければ、子供は満足せず暴力的に不満をぶちまけるのだ。(少子化で兄弟がいなければ、だからどうなることか? ということだ。)つまりその「やる気」が、大人のものと一致しているときにはじめて、子供の天才を持続させることができる、ということにもなる。それは、どんな社会だろうか? 私が連想するのは、自爆テロ要員に養育されていくという子供たちのことである。あるいは子供兵士は、射撃がうまいかもしれない…。6歳にして能力の頂点に立つ現実とは、親子世襲制の、あるいはかつての社会主義の英才教育――たぶん横峰氏の指摘するような他の子供と競わせ褒め(認め)ていく政策がとられたはずだ――のようなものになるのが大人社会の実際で、その天才(本能)が真実であるとしても善であるかはわからないのではないか?

私は、子供のころの、虫けらをみてのあの生き生きとした感覚を忘れてしまった。私の天才は、回復できないだろう。それは、大人として当然であると同時に、病人ということでもあり、かといって、健全(天才)になれる社会とが、いいものであるものかも想像しがたい。

《 おとなはふたたび子供になることはできず、もしできるとすれば子供じみるくらいがおちである。しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。…(中略)…ギリシャ人は正常な子供であった。彼らの芸術がわれわれにたいしてもつ魅力は、その芸術が生い育った未発展な社会段階と矛盾するものではない。魅力は、むしろ、こういう社会段階の結果なのである、それは、むしろ、芸術がそのもとで成立し、そのもとでだけ成立することのできた未熟な社会的諸条件が、ふたたびかえることは絶対にありえないということと、かたくむすびついていて、きりはなせないのである。(『経済学批判』武田隆夫他訳、岩波文庫p.328’ 傍点柄谷)

 ある意味で晩年のマルクスは、ギリシアがわれわれにとって「模範」である秘密を見出したといえる。国家を形成することが文明としての成熟であり、そこに達していない状態が「子供」であるとしよう。そのような子供は「到達できない模範としての意義」をもつ。…(中略)…マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。エンゲルスの「未来のアソシエーション」に関する、以下の断片的手稿は、マルクスの考えでもあるといってよい。…(略)…

エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。さらに、ギリシアがわれわれの「模範」になるとすれば、同じ理由からである。一方、ロシアであれ、中世ヨーロッパであれ、農業共同体を模範として回復する思想は、同時に被支配性・従属性を回復するものである。それは、いかに資本主義や国家に対して敵対的であろうと、結局、国家=資本を支えるイデオロギーとなるほかない。》(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)

と、なぜかまた柄谷氏の論考をここで思い出してしまった。私は、もっと生きてみよう。

2009年6月24日水曜日

サッカー日本代表の発言と思想ジャーナリズムの言説


『「止めて、蹴る」
当たり前のことだけど、それができない人はプロにも多い。
俺は、中学の時、この練習を徹底的にやらされた。当時は、「なんで、今さら」って思っていたし、基本なんてイヤでイヤで仕方がなかったけど、今、思えばそれが自分の技術の軸になっている。…(略)…基本は、上のレベルに行くほど忘れられがちだ。でも、上のレベルに行けば行くほど大事になる。相手のプレッシャーが速くなればなるほど、「止めて、蹴る」は、より一層難しくなるからね。』(遠藤保仁著『自然体』)

「好きな選手は誰になるんですか?」と、部活サッカー経験のある若い職人にきかれて、「加地とか遠藤になるかな」と、私が答えると、「そりゃずいぶん日本人的な選択ですね」といわれたことがある。なるほど、地味な彼らの名をだすことが「日本人」として形容受容される思考が、別に知識人でもない一般のサポーターにあるのだな、とその返答でおもった。別に好き嫌いというより、自分ではどんな選手になりそうか、自分にあった好みでは、と考えて答えたわけだけど、たしかにヨーロッパのクラブチームに高額で取引されるヒーロータイプの選手には本当は興味がもてないな、と再確認させられる。むしろ私は、そうしたエリートチームを、どうやっていびって嫌な試合をしててこずらせるか、勝ちにもっていくか、を考えていくゲリラ的趣向のほうが好きなのだろう。自分がしていた高校野球も、推薦ではいれた野球エリート高校よりも、進学普通高を選んだのには、そんな性向が働いたのを覚えている。となると、「日本人」とは、『太平記』で一番ポピュラーな人気者であった楠正成のような性向で、その文化的な趣味判断がなおサッカーサポーター世界の中でも生きている、ということだろうか? 遠藤選手などは、「職人」とも横断幕がはられたりしているようだ。そして実際、彼の意表をついた浮き球のスルーパスや、世界屈指のキーパーを食ったようなコロコロペナルティーキックなど、日本酒のような味がある、といおうか。弱いものが強い者をぎゃふんといわせてすっきりする、いわば判官びいきのような嗜好が背後にあるのだ。
その遠藤選手が、「今の代表は『すごくまとまりあがって確実に強くなっている』と前掲書で述べている。今回のワールドカップ出場を決めたカタール戦直後のインタビューでも、キャプテンの中沢選手が、「誰がキャプテンになってもおかしくない、突出した個人がいないことがいい方向にまとまっている、それがいまのチームのよさになっている」、というような発言をしている。私には、前回のジーコ路線、そして中田英寿選手のような個人がいた代表チーム時代との比較的発言、とおもわれてしまうが、サッカージャーナリズムの世界でも、岡田ジャパンがやはり組織的サッカーというチームワークを日本流ととらえ返して、前オシム監督のサッカーとも一線をかした鍛錬で戦っている、と宣伝しているところからも、やはり監督選手はじめ、自覚的な方法意識なのだろう、とおもう。そしてたしかに、日本サッカーのレベルは、前よりもは「確実に強く」なっているのだろう。しかし、遠藤選手が先の引用でつづけて、「しかし、W杯本番では、まとまっているチームが勝てるのかと言えば、そうではない。バラバラでも個々の能力が高ければ勝ててしまうのが、サッカーの面白いところだ」と付け加え、中沢選手の返答も、「強い個人がいないのがいいこと、というのではなくて、今のチームではそれがいいように機能している」と付言してもいたように、世界のレベルからみたら、「強い」とは正直いえないだろう。いわば進歩はしている、しかし強くはなっていない。だいたい、そんな素早く数十年の開きを埋めて強くなれるわけがない。ただW杯は予選リーグ戦を抜ければトーナメントだ。一発勝負は何が起こるかわからない。リーグ戦で十中八九負ける実力差があっても、勝てる確率を最初にだす集中力があれば、勝ちぬけていくチャンスはある。去年だったか、甲子園で普通高の佐賀商がエリート強敵チームを凌いで優勝したように、本人たちが掲げたW杯ベスト4は可能なのだとおもう。というか、それを目指すこと自体に空々しさを感じさせない、「伝統」というのが培われてきているのだ。野次馬評論家のように、欧米のチームと比較し、ないものねだりで日本を批判否定してみせるのは簡単であると同時に、何もみていず何も育てていないことになると私はおもう。私は、初出場したW杯で、足を骨折していた中山選手の倒れこむようなゴールを覚えている。あの一点が、アルファでありオメガであるくらい重要だったのだ。あそこで一点もとれないで日本に帰ってきていたら、負け癖のようなものがついてしまって、その現状からそうは簡単に脱出できなくなっていただろう。私が子どものころ、創立したばかりの少年野球クラブは、私が高学年になったときには地域でも一番上手な選手がそろっているチームになっていたけれど、なぜかいつも予選の決勝で負けて県大会に出場できなかった。が、その同じメンバーが中学にはいると、なぜかもう負ける気がしない。そして実際、予選負けなど決してしないし、県大会でも決勝へと自然なように進んでしまう。その野球部は、県でも一番の優勝数と大会出場数を誇るところだった。メンバーはほとんと小学校時代と同じなのにどうしてこうも気分が違うのか、それは不思議なことだった。が、それが「伝統」というものなのだ、と今にしておもう。中山選手の必死な一本が、世界で闘う伝統の一歩になったのだとおもう。

ところで日本の思想ジャーナリズム界でも、サッカー界の個人から集団へ、という重心の移行が表明顕著になってきている。それは政治経済的には、自己責任の小泉構造改革路線から、その新自由主義的なゆきすぎが日本の共同体を破壊してしまった、それではいけない、という反動路線が前面になってきているのと平行している。ちょうど日本サッカー代表がジーコにひきいられていたとき、「単独者」の連帯を説いた日本思想界のドンともいわれた人の最近のインタビューでは、こう言明されている。

柄谷 単独者というのは、共同体に背を向けて内部に閉じこもった個人という意味ではないですよ。しかし、そのように受けとられたように思います。文学にはそういうイメージがあるのです。それは必ずしも悪いことではないですよ。共同体のなかにべったりと生きている個人は単独者ではありえないから。共同体から一度離れた個人でなければ、他者と連帯できない。だから、そのような孤立の面を強調する傾向があったと思います。
 ただ、そういう考え方がだんだん通用しなくなった。それに気づいたのは、一九九○年代ですね。というのは、この時期に、それまであったさまざまな共同体、中間団体のようなものが一斉に解体されるか、牙を抜かれてしまったからです。総評から、創価学会、部落解放同盟にいたるまで。企業ももはや終身雇用の共同体ではなくなった。共同体は、各所で消滅していた。
 では、個人はどうなったか。共同体の消滅とともに、共同体に対して自立するような個人もいなくなる。まったく私的であるか、アトム(原子)化した個人だけが残った。こういう個人は、公共的な場には出てこない。もちろん、彼らは選挙に投票するでしょうし、2チャンネルに意見を書き込むでしょう。しかし、たとえば、街頭でのデモで意見を表明するようなことはしない。欧米だけでなく、隣の韓国でも、デモは多い。日本にはありません。イラク戦争の時でも、沖縄をのぞいて、デモはほとんどなかった。
 そこで、いろいろ考えたのですが、個人というものは、一定の集団の中で形成されるのだ、という、ある意味では当たり前の事柄に想定したのです。ただ、それがどういう集団であるかが大事です。……(略)……前にもいいましたが、一九九○年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。これに抵抗することは難しかった。実際、大学教授会は古くさい。国鉄はサービスがひどい。解放同盟は糾弾闘争で悪名高い。たしかに批判されるべき面がある。これを擁護するのは、難しいのです。
 しかし、中間勢力とは一般にこういうものだというべきです。たとえば、モンテスキューは、民主主義を保障する中間勢力を、貴族と教会に見出したわけですが、両方ともひどいものです。だから、フランス革命で、このような勢力がつぶされたのも当然です。こうした中間勢力を擁護するには難しい。だから、一斉に非難されると、つぶされてしまう。その結果、専制に抵抗する集団がなくなってしまう。……(略)……だから、アソシエーションを創ること。それがとくに日本では大事なんだと思います。個人(単独者)はその中で鍛えられるのです。日本ではもう共同体がないのだから、もうそれを恐れる必要がない。自発的に創ればよいわけです。多くの国ではそうはいかないですよ。部族が強いし、宗派も強い。エスニック組織も強い。それらが国家よりも強くなっている。ネーションができないほどです。逆に、日本では、もっと「社会」を強くする必要がありますね。そして、それは不可能ではない、と思います。(『柄谷行人 政治を語る』図書新聞)

ムラ社会を批判してきた柄谷氏は、もう日本にはムラ(共同体)はないのだから新しく作ればよい、という。ゆえに「伝統」とは言わない、それが生起するのは、「自然の狡知」であって、「抑圧されたものの回帰」という精神性をもった人間にとっては必要的な反復構造なんだ、と説くだろう。ムラの伝統と理解するのが右翼で、ムラの生起を自然現象とみるのが左翼で、そして後者には、そのムラ(人)の連帯を自然発生的とみなすアナーキズム(大衆路線)と、意志組織的に形成していこうとするマルクス主義(知識エリート路線)とに大別されるのかもしれない。「あなたはどちらが好きですか?」ときかれたら、私はエリートではなく、それをいじめるほうが性に合うだろうけど、右なのだか左なのだかはよくわからない。しかし、欧米の先進民主主義国と比較していうのならば、遠藤選手や中沢選手が留保したように、「社会(チーム)」を強くしていく、現状的には、「バラバラでも」勝ちにいく局面を打開していくのは「個人」であろうとおもう。そして、オシム前監督は、現岡田監督の戦術に、朝日新聞のインタビューで、こう付言していたとおもう――フォワードに背の小さな選手をもってくるのは無謀だ、ヨーロッパのバックの身長は2メートル以上ある、それは戦車にオートバイで闘っていくようなもので、無理なものは無理なんだ、と。サムライジャパンというのか、大和魂というのかは知らないが、かつての無謀な日本の軍隊のように、強迫反復的な作戦で一丸となって世界と戦う、というのはやめにする、ということは日本人として肝に命じていなければならないことだと思う。私の印象では、昨今の日本のサッカーおよび思想ジャーナリズムの世界には、現場で闘っている選手やオシム前監督のような冷静な分析力が欠けていて、現状にワンタッチでパス交換してしまうような安易な反応があるようにみえる。しかし遠藤選手や、これまた中沢選手もW杯決定後に発言していたことだが、「止めて、蹴る」という基本的な動作を守ることが大切だ。植木職人でならば、高木の上でも緊張にびびらず、低木を切っているのと同じ所作を繰り返すことができなければならない。思想でいえば、それはイデオロギー批判ということになる。プレッシャーの強い現場に出会うと、人は普段はきちんと植木に日の光を当てて育てているのに、そこでは日の光という言葉をあびせることでやりすごしてしまいがちなのだ。小さな問題ではそうはしないのに、大きな問題になると、言葉でごまかし、ごまかされてしまうということだ。知識人が共同体を壊せだの、創れだの、どこか得たいの知れない場所で言っていようと、それがきちんと言葉にすぎないものとして対処すること、……そういう認識を現在の日本サッカー代表選手が獲得していることは、評論家が日本の悪口をなんといおうと、列記としてわれわれが手に入れた確実さなのだ。

*関連エセーを、another worldの「広場」に投稿しました。

2009年6月6日土曜日

覚悟とゲーム、子育てから


「重要なのは、北朝鮮問題ではなく、そこのところの覚悟なんですね。私たちが核を持った新しい帝国主義の時代に入った場合の覚悟を持てるかどうかです。そのとき私たちも、世界全体を破滅させる能力を持つことになります。その責任に耐える覚悟を持たなくてはなりません。
そういう「究極のカード」を持つなかで、人類はどうやって生き残っていくか――これを考えるのが、私たちに課せられた使命だと思います。だからこそ、核の帝国主義時代を迎えるまえに、国家情報戦略の重要性がいっそう声高に叫ばれなければならないのです。」(『国家情報戦略』佐藤優・高永喆著 講談社α新書)

息子の一希がはじめての家出を敢行する。夕ご飯まえにおもちゃを片付けて、と母親からいわれていざこざになり、なおそのまま遊びつつけるので「もうイヤだから出てって」と叱られてこらえ涙を溢れだした。食卓に座ってビールを飲んでいた私は「こりゃでていくな」と思ったらほんとに立ち上がってドアを開けていった。「さがすのは無理だろうな」とおもっていると、しばらくして心配になった女房が探しにいくが、みつからない。おそらく行き先は、3キロほど都心にむかった知り合いの老夫婦のアパートだろう。外は雨だ。私は、最近補助車をはずしてあげたばかりの自転車でいっていないかと心配だった。まだよろよろしていて、坂道で転ぶのだ。近所はメイン道路へでる自動車の抜け道になっている。二回さがしにいってもみつからないので女房もその老夫婦のところへ電話をかける。と、ちょうどいまピンポンがなって到着したと。一度やったことは、二度も三度もでてくるだろうな、と私は思いながらも、腰の重かった自分のことを反省した。ただ、ひたすら座ってビールを飲んでいる間、苛立ちはつのるばかりだった。子供が積み木やそのほかのガラクタで作ったピタゴラスイッチ(ビー球を転がせる坂道装置)を、夕食を作っているときは褒めていたのに、飯ができあがると片付けてと叱り始めるのは不可解な論理展開ではないだろうか? そこには、飛躍があるのだから、説明もせずに叱るのは、子供をなお情緒的な反抗に慣習づけるだけだ。これじゃ論理力などいくら意識的に教育しても、まず無意識の生活としてご破産になるから無理だろう。しかしならば、父親は、母と子の感情的ないがみ合いに、どこでどう介入すべきなのか? とりあえず、二人の喧嘩を無視する、と重い腰をあげなかったのだが、二度それをつづけてはできないだろう。一希は無事着いたろうか? 親ライオンは子供を崖から突き落とすというが、ライオンが偉いのは、はいあがってこれなかった子供はそのまま死んでもかまわないと覚悟していることだ。子供は死を想像しにくいから、大人の言うことを間に受けてあっちの世界へ越境しやすいだろう。女房にそんな覚悟ができているわけもなく、もちろん自分の腰が重いのも、動物的な倫理からしたことではなく、知的判断不足と、ニヒリズムと、怠け癖からきていることだろう。とりあえず、子供の自転車には鍵をつけておこう。……
老夫婦のところへ歩いて(走って)行ったとわかったならば、今度は私が迎えにいかなくてはならない。外は雨だから、自動車でいくことになる。女房は精神的にまいって隣の部屋で寝込んでいる。腹が減った。このまま老夫婦のところへお邪魔すると、自分も子供といっしょに夕ご飯をご馳走になって帰ってくる、ということになりかねない。私が黙ったまま相変わらずビールを飲んでいると、やおら女房起き出して、夕飯を並べ始めた。
いざ老夫婦のアパートの前に立って、では息子とどう対応したらよいかと考える。叱るべきなのかなだめるべきなのか……子供の目をみてから決めることにする。一希は、老父の膝のなかに腰掛けている。向こうも、私の出方や本意をさぐっている目の表情だ。ゆえにお互いがさぐりあいになっているので、なんだか儀礼的なやりとりにはじまる。まあこれはいきなり叱ってはだめだろう……私は、核実験を再開した北朝鮮と世界との駆け引きのやり様を連想した。自分の子供と、カードゲームなどという駆け引きならぬ賭けごとなどできるものじゃない。本当に死んでしまったらどうなるのだ? 冗談が、本気になるのだ。北朝鮮も、本当にやることに追い込まれたら? 冗談(ゲーム)ではすまない。ならば、どうしたらいいのだろうか? 一希は、老父から、隣に座った私のところへ擦り寄ってくる。それを迎え入れながら叱りながら、という両義的な対応になってくる。しかしこれは、その場でのしのぎにしかならないだろう。……そんなことがあった日から数日後、一希は幼稚園から小鳥の図鑑を借りてきた。そして僕もインコを飼いたい、という。あっ、これだな、と私はおもう。兄弟がいないから、対等な逃げ口、相談になる相手がいないのだ。ペットを飼うことは、孤立から逃れる技術的な方策かもしれない。じゃあさっそく買いにいこうかな、と私がのると、女房が待ったをかける。いやだ、と。じゃあ今日は見に行くだけで、いっちゃんの誕生日のプレゼントにしよう、と仲介案をだすが、一希がいやだ、いますぐ、とごね出す。……なんともまあ、難しい外交である。