2009年8月31日月曜日

昆虫と平和、選挙から。


「自然の花、自然の森に対する人間の本能的美意識は、昆虫や動物より劣っているので、その人間のもつ美学は文化的に形成されるほかはないこととなる。いわゆるそれに足る教養を身につけて、はじめて理解でき、観賞できるものである。」(中尾佐助著『花と木の文化史』岩波新書)


いつもは8時を過ぎれば子供と一緒に寝かしつけられるのだが、明日は台風で仕事が休みなのも確実なので、9時過ぎまで選挙特集のテレビ番組をころころチャンネルを変えながらみていた。どこか私の普段とは違う様子に息子も感づいたのか、「早くママと寝なさい、昨日の絵本のつづきはママに読んでもらって」というと、素直に女房と寝床についていった。いつもは駄々をこねるのだが…。まあ、今日は以前のアパートで隣室だった知り合いの老夫婦と生き物のバーゲン(?)に連れていってもらって、アトラスオオカブトなどという大そうな昆虫を買ってもらったことを諭されて、まいってしまったということもあるかもしれない。「外国のカブトムシは買ってはいけない、といったよね?」と雨の夜の中を迎えにいった帰り道の自動車の中で、私は息子に言ったのだ。一希もそれを了解して子供たちの間で吹聴していたのだった。「外国のジャングルからカブトムシがいなくなったら、それを食べている生き物が暮らせなくなって、その世界が壊れちゃうんだよね。」「うん、バランスがね」と一希が相槌をうち、そんな言葉をなんで知っているんだと驚きながら、「(ジャングル大帝)レオはそんな人間と戦ったんだよね。いっちゃんが外国のカブトムシを買ったら、泥棒はまたカブトムシを盗んでくる、だけど買わなかったら、売れなくてお金をもらえないから、もう泥棒をしなくなるんだよ。平和が守られるんだよ。コナン君に叱られたルパン三世も、最後には冠を王女さまに返したよね?(とつい最近一希がTUTAYAから借りた「コナンvsルパン三世」のアニメのことを思い出す。)いっちゃんは戦争に反対なんでしょ? 自分が欲しいからって、カブトムシをゲットして平和を壊していいの?」気まずそうに一希はうつむきはじめる。「戦争に反対するのは難しいんだよ。まずは、自分との戦いに勝たなくちゃだめだよ。」「じゃあ、」と一希は質問する。「このカブトムシはどうするの? 外国に返すの?」「それはせっかく、オータンとバータンが買ってくれたんだから、大事に飼いなさい。昆虫を捕まえて飼うことは悪いことじゃない。そうやって、平和を学んでいくんだから。だけどこんどからは、オータンとバータンはもう歳とってパワーがなくなってるんだから、いっちゃんがもう外国のカブトムシはいらない、ぼくは自分で日本のカブトムシをゲットしてくるよ、っていわなくちゃだめだよ」……しかし、私も子どものころ、カブトやクワガタなどの昆虫を追いかけてすごした時期があるが、もうその頃の生き生きとした感覚がわからない。自分は、そこから何を学んできたのだろうか?

帰宅後、テレビをつけると、早々と民主党の300議席を超える圧勝が出口調査で予測されている。東京は中野区にいる私は、民主党のながつま氏が当選確実なのは明白だったので、小選挙区は無記名、比例で社民党にいれ、裁判官4人に×をいれてきた。前日投票者数が前回の1.5倍、午前10時での投票率は前回より低い、と速報されていたので、自公が票を確実にしようと前日投票作戦にで、で投票率がひくいとなれば互角にもっていかれるのか、とも思いもしたが、結局は投票率も過去最高の70%近くになったようだ。私は民主党の小沢氏がどのような表情、言動をするのかな、と見てみたかったのでテレビをつけっぱなしにしていたのだが、堂々と質問者(マスコミ)を批判している。そんなレベルで政治を語るな、と。なんだか日本サッカー代表試合後の中田英寿氏へのインタビューみたいだな、とおもった。つまり、つきあいで濁すのではなく、本質的なのだ。田中角栄の系譜を踏むものとして日本という共同体を保守的に引き受けながら、そのずるずるべったりの共同体的心性を切断してみせる個人主義的な筋が、この場(選挙に負けてたら負け犬の遠吠えにしかならない…)に及んでこそ発揮されたのだろう。この個人によって、既得権益圏がどこまで崩されるのか、民主党に投票した国民の大半は、自戒=自壊の念をもって支援しなくてはならない、というのが投票責任だ、と私はおもう。いわば、欧米の要人との人脈(後ろ盾)から庶民の国益を損なわせてきた政治経済的構造とは、外国のカブトムシをゲット(購入)していばっている子どもたちを巻き込んだ資本主義構造と同様で、ならば、自分個人で日本のカブトムシをゲットしたよ! と言える強さがなくてはならない、ということだ。小沢氏自身は、これから外国のカブトムシ(要人)を後釜に控えていた日本のカブトムシ(官僚等)をいくつもゲットしていくことになるだろう。で、私は?

何はともあれ、国政選挙とは国家主義を前提、基づいたものである。それは、庶民個人には直接には関係ない。そんなもの当てに出来ない、というのが生活の現実である。むろん、だからといって選挙(代表)政治にシニシズム(皮肉)になるのは無謀怠慢だ。政権が変わるだけで、身の危険が遠ざかるのかもしれないのだから。そしてもともと庶民とは、物事を一義的に受けとめない適当さと賢さで現実を乗り越えていく、その実践だけで生き残ってきたものなのだ、とおもう。で、私はどのように?

友人の美術家と建築家の立ち上げているウェブサイトで、こんな幼児教育(子育て)の動画をアップ(リンク)してくれた。それは、どこかの民法テレビで放映されたものがYou-tubeに投稿されたものらしいが、プロゴルファーの横峰さくら氏の伯父が経営する、鹿児島県に実在する幼稚園の模様である。「全ての子どもは天才」、とサブタイトルだったかにあるように、逆立ち歩きから読み書きそろばん、絶対音感による楽譜なしの演奏、とまで、自発的に全ての子どもたちができるようになってしまうという現実(本能)。横峰氏によれば、子どもに「やる気」さえおこさせればこうなってしまう当たり前のことだ、という。スパルタでやっているのではない、と。私も自分の子どもをみていてそう思う。私は将棋の勝負ですでに三回負けたといっていい。子どもが女房の言うことを聞かず虐待しだすのは、端的に遊び足りないからなのだ。その幼稚園でも、登園してまずやることは20分間の徒競走。それで満足(映像では「疲れ」と言っていたが…)し、次の書き取りの自習で、3歳児でも黙々と勉強できるのだそうだ。まったくうらやましい限りである。逆にいえば、そこまでして一緒に遊んでやらなければ、子供は満足せず暴力的に不満をぶちまけるのだ。(少子化で兄弟がいなければ、だからどうなることか? ということだ。)つまりその「やる気」が、大人のものと一致しているときにはじめて、子供の天才を持続させることができる、ということにもなる。それは、どんな社会だろうか? 私が連想するのは、自爆テロ要員に養育されていくという子供たちのことである。あるいは子供兵士は、射撃がうまいかもしれない…。6歳にして能力の頂点に立つ現実とは、親子世襲制の、あるいはかつての社会主義の英才教育――たぶん横峰氏の指摘するような他の子供と競わせ褒め(認め)ていく政策がとられたはずだ――のようなものになるのが大人社会の実際で、その天才(本能)が真実であるとしても善であるかはわからないのではないか?

私は、子供のころの、虫けらをみてのあの生き生きとした感覚を忘れてしまった。私の天才は、回復できないだろう。それは、大人として当然であると同時に、病人ということでもあり、かといって、健全(天才)になれる社会とが、いいものであるものかも想像しがたい。

《 おとなはふたたび子供になることはできず、もしできるとすれば子供じみるくらいがおちである。しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。…(中略)…ギリシャ人は正常な子供であった。彼らの芸術がわれわれにたいしてもつ魅力は、その芸術が生い育った未発展な社会段階と矛盾するものではない。魅力は、むしろ、こういう社会段階の結果なのである、それは、むしろ、芸術がそのもとで成立し、そのもとでだけ成立することのできた未熟な社会的諸条件が、ふたたびかえることは絶対にありえないということと、かたくむすびついていて、きりはなせないのである。(『経済学批判』武田隆夫他訳、岩波文庫p.328’ 傍点柄谷)

 ある意味で晩年のマルクスは、ギリシアがわれわれにとって「模範」である秘密を見出したといえる。国家を形成することが文明としての成熟であり、そこに達していない状態が「子供」であるとしよう。そのような子供は「到達できない模範としての意義」をもつ。…(中略)…マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。エンゲルスの「未来のアソシエーション」に関する、以下の断片的手稿は、マルクスの考えでもあるといってよい。…(略)…

エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。さらに、ギリシアがわれわれの「模範」になるとすれば、同じ理由からである。一方、ロシアであれ、中世ヨーロッパであれ、農業共同体を模範として回復する思想は、同時に被支配性・従属性を回復するものである。それは、いかに資本主義や国家に対して敵対的であろうと、結局、国家=資本を支えるイデオロギーとなるほかない。》(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)

と、なぜかまた柄谷氏の論考をここで思い出してしまった。私は、もっと生きてみよう。

2009年6月24日水曜日

サッカー日本代表の発言と思想ジャーナリズムの言説


『「止めて、蹴る」
当たり前のことだけど、それができない人はプロにも多い。
俺は、中学の時、この練習を徹底的にやらされた。当時は、「なんで、今さら」って思っていたし、基本なんてイヤでイヤで仕方がなかったけど、今、思えばそれが自分の技術の軸になっている。…(略)…基本は、上のレベルに行くほど忘れられがちだ。でも、上のレベルに行けば行くほど大事になる。相手のプレッシャーが速くなればなるほど、「止めて、蹴る」は、より一層難しくなるからね。』(遠藤保仁著『自然体』)

「好きな選手は誰になるんですか?」と、部活サッカー経験のある若い職人にきかれて、「加地とか遠藤になるかな」と、私が答えると、「そりゃずいぶん日本人的な選択ですね」といわれたことがある。なるほど、地味な彼らの名をだすことが「日本人」として形容受容される思考が、別に知識人でもない一般のサポーターにあるのだな、とその返答でおもった。別に好き嫌いというより、自分ではどんな選手になりそうか、自分にあった好みでは、と考えて答えたわけだけど、たしかにヨーロッパのクラブチームに高額で取引されるヒーロータイプの選手には本当は興味がもてないな、と再確認させられる。むしろ私は、そうしたエリートチームを、どうやっていびって嫌な試合をしててこずらせるか、勝ちにもっていくか、を考えていくゲリラ的趣向のほうが好きなのだろう。自分がしていた高校野球も、推薦ではいれた野球エリート高校よりも、進学普通高を選んだのには、そんな性向が働いたのを覚えている。となると、「日本人」とは、『太平記』で一番ポピュラーな人気者であった楠正成のような性向で、その文化的な趣味判断がなおサッカーサポーター世界の中でも生きている、ということだろうか? 遠藤選手などは、「職人」とも横断幕がはられたりしているようだ。そして実際、彼の意表をついた浮き球のスルーパスや、世界屈指のキーパーを食ったようなコロコロペナルティーキックなど、日本酒のような味がある、といおうか。弱いものが強い者をぎゃふんといわせてすっきりする、いわば判官びいきのような嗜好が背後にあるのだ。
その遠藤選手が、「今の代表は『すごくまとまりあがって確実に強くなっている』と前掲書で述べている。今回のワールドカップ出場を決めたカタール戦直後のインタビューでも、キャプテンの中沢選手が、「誰がキャプテンになってもおかしくない、突出した個人がいないことがいい方向にまとまっている、それがいまのチームのよさになっている」、というような発言をしている。私には、前回のジーコ路線、そして中田英寿選手のような個人がいた代表チーム時代との比較的発言、とおもわれてしまうが、サッカージャーナリズムの世界でも、岡田ジャパンがやはり組織的サッカーというチームワークを日本流ととらえ返して、前オシム監督のサッカーとも一線をかした鍛錬で戦っている、と宣伝しているところからも、やはり監督選手はじめ、自覚的な方法意識なのだろう、とおもう。そしてたしかに、日本サッカーのレベルは、前よりもは「確実に強く」なっているのだろう。しかし、遠藤選手が先の引用でつづけて、「しかし、W杯本番では、まとまっているチームが勝てるのかと言えば、そうではない。バラバラでも個々の能力が高ければ勝ててしまうのが、サッカーの面白いところだ」と付け加え、中沢選手の返答も、「強い個人がいないのがいいこと、というのではなくて、今のチームではそれがいいように機能している」と付言してもいたように、世界のレベルからみたら、「強い」とは正直いえないだろう。いわば進歩はしている、しかし強くはなっていない。だいたい、そんな素早く数十年の開きを埋めて強くなれるわけがない。ただW杯は予選リーグ戦を抜ければトーナメントだ。一発勝負は何が起こるかわからない。リーグ戦で十中八九負ける実力差があっても、勝てる確率を最初にだす集中力があれば、勝ちぬけていくチャンスはある。去年だったか、甲子園で普通高の佐賀商がエリート強敵チームを凌いで優勝したように、本人たちが掲げたW杯ベスト4は可能なのだとおもう。というか、それを目指すこと自体に空々しさを感じさせない、「伝統」というのが培われてきているのだ。野次馬評論家のように、欧米のチームと比較し、ないものねだりで日本を批判否定してみせるのは簡単であると同時に、何もみていず何も育てていないことになると私はおもう。私は、初出場したW杯で、足を骨折していた中山選手の倒れこむようなゴールを覚えている。あの一点が、アルファでありオメガであるくらい重要だったのだ。あそこで一点もとれないで日本に帰ってきていたら、負け癖のようなものがついてしまって、その現状からそうは簡単に脱出できなくなっていただろう。私が子どものころ、創立したばかりの少年野球クラブは、私が高学年になったときには地域でも一番上手な選手がそろっているチームになっていたけれど、なぜかいつも予選の決勝で負けて県大会に出場できなかった。が、その同じメンバーが中学にはいると、なぜかもう負ける気がしない。そして実際、予選負けなど決してしないし、県大会でも決勝へと自然なように進んでしまう。その野球部は、県でも一番の優勝数と大会出場数を誇るところだった。メンバーはほとんと小学校時代と同じなのにどうしてこうも気分が違うのか、それは不思議なことだった。が、それが「伝統」というものなのだ、と今にしておもう。中山選手の必死な一本が、世界で闘う伝統の一歩になったのだとおもう。

ところで日本の思想ジャーナリズム界でも、サッカー界の個人から集団へ、という重心の移行が表明顕著になってきている。それは政治経済的には、自己責任の小泉構造改革路線から、その新自由主義的なゆきすぎが日本の共同体を破壊してしまった、それではいけない、という反動路線が前面になってきているのと平行している。ちょうど日本サッカー代表がジーコにひきいられていたとき、「単独者」の連帯を説いた日本思想界のドンともいわれた人の最近のインタビューでは、こう言明されている。

柄谷 単独者というのは、共同体に背を向けて内部に閉じこもった個人という意味ではないですよ。しかし、そのように受けとられたように思います。文学にはそういうイメージがあるのです。それは必ずしも悪いことではないですよ。共同体のなかにべったりと生きている個人は単独者ではありえないから。共同体から一度離れた個人でなければ、他者と連帯できない。だから、そのような孤立の面を強調する傾向があったと思います。
 ただ、そういう考え方がだんだん通用しなくなった。それに気づいたのは、一九九○年代ですね。というのは、この時期に、それまであったさまざまな共同体、中間団体のようなものが一斉に解体されるか、牙を抜かれてしまったからです。総評から、創価学会、部落解放同盟にいたるまで。企業ももはや終身雇用の共同体ではなくなった。共同体は、各所で消滅していた。
 では、個人はどうなったか。共同体の消滅とともに、共同体に対して自立するような個人もいなくなる。まったく私的であるか、アトム(原子)化した個人だけが残った。こういう個人は、公共的な場には出てこない。もちろん、彼らは選挙に投票するでしょうし、2チャンネルに意見を書き込むでしょう。しかし、たとえば、街頭でのデモで意見を表明するようなことはしない。欧米だけでなく、隣の韓国でも、デモは多い。日本にはありません。イラク戦争の時でも、沖縄をのぞいて、デモはほとんどなかった。
 そこで、いろいろ考えたのですが、個人というものは、一定の集団の中で形成されるのだ、という、ある意味では当たり前の事柄に想定したのです。ただ、それがどういう集団であるかが大事です。……(略)……前にもいいましたが、一九九○年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。これに抵抗することは難しかった。実際、大学教授会は古くさい。国鉄はサービスがひどい。解放同盟は糾弾闘争で悪名高い。たしかに批判されるべき面がある。これを擁護するのは、難しいのです。
 しかし、中間勢力とは一般にこういうものだというべきです。たとえば、モンテスキューは、民主主義を保障する中間勢力を、貴族と教会に見出したわけですが、両方ともひどいものです。だから、フランス革命で、このような勢力がつぶされたのも当然です。こうした中間勢力を擁護するには難しい。だから、一斉に非難されると、つぶされてしまう。その結果、専制に抵抗する集団がなくなってしまう。……(略)……だから、アソシエーションを創ること。それがとくに日本では大事なんだと思います。個人(単独者)はその中で鍛えられるのです。日本ではもう共同体がないのだから、もうそれを恐れる必要がない。自発的に創ればよいわけです。多くの国ではそうはいかないですよ。部族が強いし、宗派も強い。エスニック組織も強い。それらが国家よりも強くなっている。ネーションができないほどです。逆に、日本では、もっと「社会」を強くする必要がありますね。そして、それは不可能ではない、と思います。(『柄谷行人 政治を語る』図書新聞)

ムラ社会を批判してきた柄谷氏は、もう日本にはムラ(共同体)はないのだから新しく作ればよい、という。ゆえに「伝統」とは言わない、それが生起するのは、「自然の狡知」であって、「抑圧されたものの回帰」という精神性をもった人間にとっては必要的な反復構造なんだ、と説くだろう。ムラの伝統と理解するのが右翼で、ムラの生起を自然現象とみるのが左翼で、そして後者には、そのムラ(人)の連帯を自然発生的とみなすアナーキズム(大衆路線)と、意志組織的に形成していこうとするマルクス主義(知識エリート路線)とに大別されるのかもしれない。「あなたはどちらが好きですか?」ときかれたら、私はエリートではなく、それをいじめるほうが性に合うだろうけど、右なのだか左なのだかはよくわからない。しかし、欧米の先進民主主義国と比較していうのならば、遠藤選手や中沢選手が留保したように、「社会(チーム)」を強くしていく、現状的には、「バラバラでも」勝ちにいく局面を打開していくのは「個人」であろうとおもう。そして、オシム前監督は、現岡田監督の戦術に、朝日新聞のインタビューで、こう付言していたとおもう――フォワードに背の小さな選手をもってくるのは無謀だ、ヨーロッパのバックの身長は2メートル以上ある、それは戦車にオートバイで闘っていくようなもので、無理なものは無理なんだ、と。サムライジャパンというのか、大和魂というのかは知らないが、かつての無謀な日本の軍隊のように、強迫反復的な作戦で一丸となって世界と戦う、というのはやめにする、ということは日本人として肝に命じていなければならないことだと思う。私の印象では、昨今の日本のサッカーおよび思想ジャーナリズムの世界には、現場で闘っている選手やオシム前監督のような冷静な分析力が欠けていて、現状にワンタッチでパス交換してしまうような安易な反応があるようにみえる。しかし遠藤選手や、これまた中沢選手もW杯決定後に発言していたことだが、「止めて、蹴る」という基本的な動作を守ることが大切だ。植木職人でならば、高木の上でも緊張にびびらず、低木を切っているのと同じ所作を繰り返すことができなければならない。思想でいえば、それはイデオロギー批判ということになる。プレッシャーの強い現場に出会うと、人は普段はきちんと植木に日の光を当てて育てているのに、そこでは日の光という言葉をあびせることでやりすごしてしまいがちなのだ。小さな問題ではそうはしないのに、大きな問題になると、言葉でごまかし、ごまかされてしまうということだ。知識人が共同体を壊せだの、創れだの、どこか得たいの知れない場所で言っていようと、それがきちんと言葉にすぎないものとして対処すること、……そういう認識を現在の日本サッカー代表選手が獲得していることは、評論家が日本の悪口をなんといおうと、列記としてわれわれが手に入れた確実さなのだ。

*関連エセーを、another worldの「広場」に投稿しました。

2009年6月6日土曜日

覚悟とゲーム、子育てから


「重要なのは、北朝鮮問題ではなく、そこのところの覚悟なんですね。私たちが核を持った新しい帝国主義の時代に入った場合の覚悟を持てるかどうかです。そのとき私たちも、世界全体を破滅させる能力を持つことになります。その責任に耐える覚悟を持たなくてはなりません。
そういう「究極のカード」を持つなかで、人類はどうやって生き残っていくか――これを考えるのが、私たちに課せられた使命だと思います。だからこそ、核の帝国主義時代を迎えるまえに、国家情報戦略の重要性がいっそう声高に叫ばれなければならないのです。」(『国家情報戦略』佐藤優・高永喆著 講談社α新書)

息子の一希がはじめての家出を敢行する。夕ご飯まえにおもちゃを片付けて、と母親からいわれていざこざになり、なおそのまま遊びつつけるので「もうイヤだから出てって」と叱られてこらえ涙を溢れだした。食卓に座ってビールを飲んでいた私は「こりゃでていくな」と思ったらほんとに立ち上がってドアを開けていった。「さがすのは無理だろうな」とおもっていると、しばらくして心配になった女房が探しにいくが、みつからない。おそらく行き先は、3キロほど都心にむかった知り合いの老夫婦のアパートだろう。外は雨だ。私は、最近補助車をはずしてあげたばかりの自転車でいっていないかと心配だった。まだよろよろしていて、坂道で転ぶのだ。近所はメイン道路へでる自動車の抜け道になっている。二回さがしにいってもみつからないので女房もその老夫婦のところへ電話をかける。と、ちょうどいまピンポンがなって到着したと。一度やったことは、二度も三度もでてくるだろうな、と私は思いながらも、腰の重かった自分のことを反省した。ただ、ひたすら座ってビールを飲んでいる間、苛立ちはつのるばかりだった。子供が積み木やそのほかのガラクタで作ったピタゴラスイッチ(ビー球を転がせる坂道装置)を、夕食を作っているときは褒めていたのに、飯ができあがると片付けてと叱り始めるのは不可解な論理展開ではないだろうか? そこには、飛躍があるのだから、説明もせずに叱るのは、子供をなお情緒的な反抗に慣習づけるだけだ。これじゃ論理力などいくら意識的に教育しても、まず無意識の生活としてご破産になるから無理だろう。しかしならば、父親は、母と子の感情的ないがみ合いに、どこでどう介入すべきなのか? とりあえず、二人の喧嘩を無視する、と重い腰をあげなかったのだが、二度それをつづけてはできないだろう。一希は無事着いたろうか? 親ライオンは子供を崖から突き落とすというが、ライオンが偉いのは、はいあがってこれなかった子供はそのまま死んでもかまわないと覚悟していることだ。子供は死を想像しにくいから、大人の言うことを間に受けてあっちの世界へ越境しやすいだろう。女房にそんな覚悟ができているわけもなく、もちろん自分の腰が重いのも、動物的な倫理からしたことではなく、知的判断不足と、ニヒリズムと、怠け癖からきていることだろう。とりあえず、子供の自転車には鍵をつけておこう。……
老夫婦のところへ歩いて(走って)行ったとわかったならば、今度は私が迎えにいかなくてはならない。外は雨だから、自動車でいくことになる。女房は精神的にまいって隣の部屋で寝込んでいる。腹が減った。このまま老夫婦のところへお邪魔すると、自分も子供といっしょに夕ご飯をご馳走になって帰ってくる、ということになりかねない。私が黙ったまま相変わらずビールを飲んでいると、やおら女房起き出して、夕飯を並べ始めた。
いざ老夫婦のアパートの前に立って、では息子とどう対応したらよいかと考える。叱るべきなのかなだめるべきなのか……子供の目をみてから決めることにする。一希は、老父の膝のなかに腰掛けている。向こうも、私の出方や本意をさぐっている目の表情だ。ゆえにお互いがさぐりあいになっているので、なんだか儀礼的なやりとりにはじまる。まあこれはいきなり叱ってはだめだろう……私は、核実験を再開した北朝鮮と世界との駆け引きのやり様を連想した。自分の子供と、カードゲームなどという駆け引きならぬ賭けごとなどできるものじゃない。本当に死んでしまったらどうなるのだ? 冗談が、本気になるのだ。北朝鮮も、本当にやることに追い込まれたら? 冗談(ゲーム)ではすまない。ならば、どうしたらいいのだろうか? 一希は、老父から、隣に座った私のところへ擦り寄ってくる。それを迎え入れながら叱りながら、という両義的な対応になってくる。しかしこれは、その場でのしのぎにしかならないだろう。……そんなことがあった日から数日後、一希は幼稚園から小鳥の図鑑を借りてきた。そして僕もインコを飼いたい、という。あっ、これだな、と私はおもう。兄弟がいないから、対等な逃げ口、相談になる相手がいないのだ。ペットを飼うことは、孤立から逃れる技術的な方策かもしれない。じゃあさっそく買いにいこうかな、と私がのると、女房が待ったをかける。いやだ、と。じゃあ今日は見に行くだけで、いっちゃんの誕生日のプレゼントにしよう、と仲介案をだすが、一希がいやだ、いますぐ、とごね出す。……なんともまあ、難しい外交である。

2009年5月28日木曜日

責任と個人の狭間

「「参加はするが指揮は受けない」という議論に関連し、一つだけのべておきたい。イラクに派遣された自衛官は、本当に見殺しにされかねなかった。自衛官の人たちをどうやって法的に保護するのか、そのことを全然議論していなかった。…(略)…そういう状況下での自衛隊派遣であった。国連平和維持軍に参加する場合は、指揮権を国連にゆだねるので、国連の外交特権を得られる。ところが、イラクでは、国連平和維持軍ではなく有志連合軍である。さらに、「参加はするが、その指揮下には入らない」という小泉首相の当時の国会での答弁。現場から何千キロも離れた東京から防衛庁長官が指揮をするという。自衛隊は、法的な観点からも、指揮権の観点からも、ゲリラ部隊だった。
だから、自衛隊の人たちは殻に閉じこもったのである。事件を起こさないように、イラクの人びとを殺さないように。現場で、みずからが置かれた現実を即座に明確に判断したのは彼らである。」(伊勢崎賢治著『自衛隊の国際貢献は憲法九条で 国連平和維持軍を統括した男の結論』かもがわ出版)


私が団塊世代の職人さんにかわって、学校や福祉作業所などの公共施設関連への植木剪定作業にいかされはじめた頃は、ほとんど一人きりでの現場だった。直請けとしての民間の仕事が入れば、そちらを優先し、年間の公共管理仕事などは本来の仕事がないときに職人をその場しのぎにおくってやれるために保持しておくための現場で、ゆえにできるだけ一年かかるように引き伸ばしてやる、という経営上の計算からの処置だったろう。そして徒弟的には、職人肌でもない馬鹿な大学でにそうした半端仕事をひとりでやらしておけばいい、あんな仕事でもないものしか普段やっていない奴はいつでも軽蔑できる、そう言いくるめられるという職人としの立場上の優位を保持してみせるためでもあったろう。それゆえ私は、20メートルかそれ以上もあるケヤキやサクラの木にひとりしがみつき、木の下が家などの場合のロープを使っての吊るし切りなどのときには、なにせ地面まで降ろした枝に縛ってあるロープをほどいてくれる手元もいないわけだから、ロープ三・四本を体に巻きつけて、まるでシルベスタローン演じるランボーよろしく、鉄砲玉が数珠繋ぎのベルトになっているのを巻きつけているようにして機関銃ではなくチェンソーを樹上でふるっていたのだった。「あんなの一人でできるよな」と親方は冷たく言い放って送り出し、元請けの社長も、一人できたことに渋い顔をみせながら、「できないとはいわせません」と言い置いて現場から消えていくのだった。が、いまはどうだろう? 民間の仕事も減ってきたので、年間管理的な公共工事で細々と食いつないでいくのが主な仕事になってしまう。民間のように単価が競争的に値下げされるわけでもないし、普通の屋敷にはない巨木をこなせればむしろ一本あたりの儲けはでかいので、そうした作業を支障なくやってのける作業員がいれば一年の経費は稼いでいける。そこでかつて自分が他人にしてきたことをまったく忘れてしまったように、丁重な人扱いになってくるのだ。よくやってくれるからとビール券をもらい、先月は元請けの職人たちと寿司をご馳走になった。

「もう松の手入れの手伝いが終わったんなら引き上げてきていいんだぞ」と、樹齢何百年だかの名木指定になっている山寺のでかい松の大透かし剪定が終わってもなお手伝いを引き継いでいることを知った親方は携帯で指示をだしてくる。とりあえず日当がもらえればどちらでもいいとしても、本当にそんな喧嘩腰の段取りを元請けにぶつける覚悟ができているのかもわからないし、まあそちらの仕事がなくなってもよそ者の私があぶれるだけだからかまわないのかもしれないが、「いま二人怪我して人手がたりなくて忙しいみたいですけど」と元請けとの仲介の言葉をさしこむ。手間手伝いではなく請け負いの公共管理仕事は予定どおりの日取りからはじめられると念を押しながら。ところが今度は、その予定の日取りの一日前になって、すでに元請けが作業を開始していた小学校の管理のほうで、夏には耐震工事がはいって足場を組むからと、校舎まえのでかいケヤキの剪定をやってくれと予定外の陳情仕事がはいる。現場を任されている元請けの三代目の息子からは、クレーン車が直ってくれば自分たちでできるからと、小さいケヤキのほうからやってくれてかまわないとの話だったのだが、いざやる当日となって、元請けの職人たちが自分たちではできないと尻込みをはじめたのだろう。私が請け負いの現場に入ったと朝の電話連絡を社長にすると、深刻そうな渋い表情の声で応対し、翌日の連絡では電話を受けない。おそらく、元請けの職人たちではできないだろうと現場にいておまえはわかっているはずなのだから、自分でおまえのところの親方に話をつけてこっちに手伝い来れるよう予定の段取り変更を含めてうまくまとめろ、なんでそこまでやらなかったんだ、と暗黙の圧力を私にかけているのだろう。あるいは、やっと職人会社としての名誉がかかる寺社の作業がおわったとおもったらまた難題がでてきたので、精神的にまいってしまったのかもしれない。道理としては単に機械的に順番を踏んだ私にあり、現場の意気込みとしては三代目の息子に正当性があるとおもうけれど、それに応える職人を育てていない、その情けなさは社長本人にも身にしみてくるから、その感情は憎悪へと反転し、なおさらのとばっちりがあとで私にくるかもしれない。それが下請けの生殺与奪を握る元請け会社の権力の恣意性であり、その気まぐれ勝手さを逆に利用して、つまり仕事のなくなったときは元請けとの関係をつないいでいる職人個人のせいと建て前をつくろって本人をやすませることのできる下請けの親方の知恵になるだろう。それもこれも、職人との法的位置がグレーゾーンにあり、形式的には一人親方、法的には建築現場の日雇い人夫と同等、実質的には単なる被雇用者、という曖昧な存在だからである。ゆえに職人のなかには、実質的には雇用しているのに建て前としては一人親方扱いして年金も負担せず、との会社への不満から、個人的に仕事が入ったときは会社の仕事を休んで自分の仕事を優先させる者もでてくるのだが、アパートやマンション暮らしの個人では道具置き場もトラックもないから、勤め先の会社や知り合いの会社から道具をただで貸してもらって作業することになる。しかしそれもどこか道理のない変な話で、かといってならばきっちり独立してやれ、というのも庶民事情を無視した冷酷論理な話になってしまう気がする。だから立場の弱い職人が筋を通してできることは、現場にでて手を抜く、ということだろう。いくらビール券や寿司をご馳走になっても、こっちは命がかかっているのだからつりあわない。とはいえ、せこい会社は職人を急がせるだけでご馳走代などだしはしないから、こちらを気にかけてくれる社長にはやってやるか、という気にもなってくるのが人情だけれども。

さて日本の政権争いでは、民主党の小沢氏が情勢を見極めて代表を辞任した。まだ秘書への疑い段階で、当人たちはそれを否認しているのだから、責任をとってというわけではない。マスコミを巻き込んだ現政権がわの国策操作に対抗して、という作術なのだろう。そしてここでの代表選挙パフォーマンスで、民主党への追い風がまた吹き始めたようだから、うまくいったことになるのかもしれない。小沢氏が法務大臣になるかも、という説もでてくるくらいだから、法務官僚を中心とした国家官僚は、小心翼翼状態かもしれない。私も気分的には民主党を支持したくなるが、もう時期を失ってしまったのではないか、という気がしてくる。ここでいう時期とは、鍛錬の期間のことだ。だいぶ小沢氏のもとでたくましくなったといえども、もう世界情勢は平和時ではない。個人が失敗から学んでいく、なんて悠長な暇がないのではないか? 昨日5/27日の朝日新聞の朝刊で、北朝鮮の核実験に対する自民党の元防衛相石破氏と、民主党「次の内閣」防衛相浅尾氏へのインタビューが並列されている。これも、大本営発表とか揶揄されるマスコミの操作された一記事なのかどうか知らないが、読むと、民主党がアホにみえる。精神年齢が二十歳大学生ぐらいの者の勉強の成果、という感じだ。――<確実なのは先にたたくということ。例えばオーストラリアが導入を計画している巡航ミサイルのトマホークのようなものを持つのも、一つの選択肢として考える。もちろん、そう結論づけるのは早い。だが、こうした議論を通じて、日本も本気だということが他国に伝われば、中国などの北朝鮮に対する対応も変わってくることもあり得る。(浅尾氏)>……そんなことは、あり得ないだろう。核であれミサイルであれ、それを持っているかどうか、が問題(現実)なのではない。それを本当に「使う」という本気さが現実(問題)なのだ。この本気さがない、頭だけの駆け引きなど、連戦練磨の外交現場で通じるわけがない。人間関係への洞察の欠如した優等生の「カード」ゲームなど、手練手管の政治家にふりまわされるのが落ちだろう。北朝鮮の態度が恐いのは、それがパフォーマンスではなく、本気だからだ。あるいは、本気にみえるからだ。どこまで本気であるかを知るには相当内通したインテリジェンス活動が必要なのかもしれない。が少なくとも、国際世論の言説において、イラクに戦争をしかけたアメリカはもちろん、北朝鮮もやることが本気だという迫力を所持してきているようにみえる。しかし日本には、そんな手順や功績もないだろう。見透かされて裏をかかれるのでは? ヨーロッパのサッカー界で日本人選手の道を切り開いた中田氏は、みせかけのフェイントは通用しない、自分でもほんとにこっちから相手を抜くと思っていて、突然やっぱりやめた、とまた本気で切り返すときにそれは成功する、という話をしている。民主党の人気若手と思える政治家たちは、この世界(外と)の現実が肌でわかっていないお坊ちゃんが多いのではないだろうか?

自己改革などできはしないのだ。官僚に支配された社会構造を変えてみせるという青写真はいいとしも、その意気込みのうちにそんな冷静さがなかったら、日本の社会は機能不全に陥ってしまうだろう。官僚のいない国家などはありえない。外との衝撃においてだけ、官僚社会の変革は内発的になりうる。人間は、受苦的存在である。ゆえに、まず内政ありき、ではない。諸外国との関係の持ちようが最初なのだ。その前線的な関係において、現場にだされる個人にできることは、できることとできないことをはっきりさせること。宮大工の田中文男氏も言うように、それがわかるのが一人前の職人である。わからないから、不必要な人工をかけ、無駄な人員を戦地へと送ることになる。「こんなことは、責任もってやれませんよ」と、立場の弱い現場の人間ができることは、まずそこを明確にさせたうえで、サボタージュすることぐらいだ。

2009年5月9日土曜日

デモとアパートと神


「うん。外国にはバルコニーのないマンションがたくさんあるが、日本にはバルコニーのないマンションはまずない、といっていい。じっさいかんがえてもみたまえ。バルコニーがなく、したがって床まであくガラス戸もなく、部屋には壁と高い窓しかないとしたら、日本人は部屋のなかを狭く暗く感じて、そんな家にはとうていすめないだろう。ガラス戸があり、バルコニーがあり、さらに戸外という自然がありみんなつながっている、という感触があってこそ日本のすまいなのだ」
「なるほど戸外の自然か。それが<神さま>か。その<神さま>がバルコニーからガラス戸をとおって家のなかにやってくる、というわけか?」(上田篤著『庭と日本人』新潮新書)


アメリカでは、豚インフルエンザに乗じたメキシコ移民への排斥圧力が増長することを牽制する、移民自身によるデモンストレーションが起きているという。日本では、現在国会で1947年以来の外国人登録制度という在留管理制度が全面的に改変される審議がなされていて、それに抗議するデモが近々おこなわれる予定である。暴行や拷問が歴然としてあるようなところからきている外国人たちは、日本のやさしいおまわりさんなど馬鹿にしているけれど、日常的についてまわる日本人の監視の目の厳しさへの怯え=誤解から、今回の人権グループや支援団体が組織するデモに、当事者自身らが大勢参加するとは思えないけれど、だからといって、彼らが日本で抗議の声をあげることはない、ということにはならないだろう。というか、声のあげ方が変わってきてしまうのではないか? メーデーに参加することになったイラン人は、デモをするというのならば「ピストルはどこにあるんだ?」と聞いてきたというし、逆に南米からの労働者はデモにでようといわれると、反政府活動者は拉致されて消されてしまうという歴史があるからか、泣いて嫌がるのだそうだ。日本でもバブルがはじけた頃、就職差別に抗議する女子大生たちのデモが自発的に組織されたし、最近では後期高齢者医療制度に反対する老人たちのデモというのもあった。もちろん、アイヌ人たちや中国残留孤児たちの権利や生活の充実を求めるデモもあった。しかし人権というのが多くの日本人には勉強しないとよくわからないように、デモというのも勉強しないと知りえない。これは、おかしなことなのだろうか? 民主的なデモでなくとも、たとえば、新宿の歌舞伎町界隈では、ブラジル人の少年たちが何色だかのチームを作って何色だかの日本の不良少年たちと小競り合いをしたこともあったし、暴走族で一番恐れられていたのは残留孤児たちの子供たちのドラゴンとかいうグループだった、というのもある。そしてこうした声のあげ方は、国境を越えた世界資本主義の趨勢として派生してきもするから、研究者が指摘するような一般的な事象でもあるだろう。

<つまり、こうした団地で暮らす日本人は、すでに何らかの経済的・社会的困難を抱えている、あるいは抱えていないにしろ、そのリスクを抱えた人たち――「住環境の悪化」にもかかわらず、「転出できない」層――が多い。そう考えると、外国人が集中する居住空間における問題は、日本人住民と外国人住民のあいだの「文化的差異」としてだけでなく、「社会的至近性」にも目を配って考える必要がある。>(森千香子著「郊外団地と「不可能なコミュニティー」」『現代思想』2007.6月号)

<スミスは、フランス郊外やアメリカ・ゲットーで脱工業化の進んだ一九七○年代以降に、地域コミュニティーの解体がさらに地域を荒廃させたことに注目し、「意味と感情の詰まった安定した共同体としての『場』から、脱出すべき『空間』への変化と捉えた。ここで言われる「場」を人間同士のつながりによって形成されるエリアスの「相互依存の編み合わせ」と考えるなら、場から空間への移行は、人間が自己統制を失い、暴力化する「脱文明化」の過程につながる。貧困層や福祉対象者の集中を加速させる公営団地での「場」の維持とは、このような問題を孕んでいる。>(森千香子著「「施設化」する公営団地」『現代思想』2006.12月号」)

そしてまた逆に、デモという他人との関心の共有など発生するわけもないくらい、個人主義的なアトム化が進行してしまっている、ということもあるだろう。

<要約するに、日本近代から現代にいたるアパートの発展過程は、初期のアパートにあっては個室の外部にあり共用で使われていた玄関や下駄箱、トイレ、台所、洗面室、浴室などが、少しずつ各個室内に取り込まれていった過程そのものである。現代のマンションの端緒である《理念性》のアパートを代表し、東洋一と謳われた『同潤会江戸川アパート』においてさえ、浴室、トイレ、炊事場などは各個室の外部に設置された共用設備であった。しかしアパートやマンションはその後の発展過程において、これらの諸機能をひとつずつ個々の住戸内に収容していったのである。現在のマンションでは、生活に必要な機能や設備のほとんどすべてが各住戸に納められる。マンション全体ではなく、その部屋に住む家族の構成員のみが使う専用設備である。同じようにワンルーム・マンションやアパートにあっては、住人ただ一人だけが使う専用設備となった。もちろんそれらは生活環境改善の流れであり、空間性の質を追求してきた結果である。トイレひとつとっても、共用と専用では雲泥の差があることは言うまでもない。だがすでに見たように、戦後の木造賃貸アパートはその空間設備的な居住性の絶対的な貧しさにより外部へと開かざるを得ず、それゆえ懐かしい《家郷性》を孕むに至ったのではなかったか。しかしコイン・ランドリーなどを僅かな例外として必要な設備のほとんどを内部に納めるようになったワンルーム・マンションやアパートは、ある意味徹底的に自己完結的な空間であり、《家郷性》が孕まれる余地など寸分も見当たらないように見える。共同住宅とも呼ばれるアパートやマンションであるが、ワンルームはまさに、非・共同住宅とでも呼びたくなるような存在ではないか。>(近藤祐著『物語としのアパート』彩流社)

しかしそれでも、冒頭引用した上田篤氏の示唆するように、そのもはや長押もないようなワンルームのガラス戸は、床をなで神に開かれて、あるいは招き入れてしまっているのではないだろうか? それを、芥川龍之介のように、「神々の笑み」としてイロニカルに嫌悪=批判することもできるけれど、実践的には敗北ということではないのか? ボードレールの屋根裏は、交感の現場だった。日本の作家たちのウサギ小屋も、実は「因幡の白兎」を助けたオオクニヌシに通じていたのかもしれない。憑いてまわるストーカーを警察に訴えるのは民主的なことかもしれないが、警察(公)にちくることを村八分的に許容しない民の共同心性こそデモンストレーションではないのだろうか? そして渡来民(外国移民)こそがまた、国家にちくることをしないものではないのだろうか? 入国管理局は、メールでのちくり制度を設けてとりしまっているけれど、それは卑怯なことではないのか?

2009年5月1日金曜日

安全管理(保障)と全体主義


「東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はつきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちよこんと出てゐて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。しかも左のはうに、肩が傾いて心細く、船尾のはうからだんだん沈没しかけてゆく軍艦の姿に似てゐる。三年まへの冬、私は或る人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立つて、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のはうにちよつと傾いて、あの富士を忘れない。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはつきり見えるぢやねえか、めつぽふ寒いや、など呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思ひは、二度と繰りかへしたくない。 昭和十三年の初秋、思ひをあらたにする覚悟で、私は、かばんひとつさげて旅に出た。」(太宰治 『富嶽百景』)

「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しと為す。 」(弘法大師)


「職長・安全衛生責任者教育」講習会というものに出席するはめになった。ゼネコン的にいくつもの業者が入る現場で必要になってくる資格(教育)なので、私のような下働きの者には関係ないのだが、元請けとの付き合い上参加するということなのだろう。その元請けと仕事をやっている親方の息子がハネムーンなので、私が2日間仕事を休んで顔をだしてくる。「安全のことなど頭から忘れてください。」「昔の職人のように品質と工程そして原価の管理が顧客と相対してできるのならば、安全管理なんて当然そこにはいってくるのです。」「ゼネコンは口を開けば安全第一とかいっている。それじゃ身動きできませんね。」と本末転倒した現状を批判することから始めた講師によると、しかしこの教育を受講しないと、新たに設けられた「基幹技能者」とやらになるための、これまた資格講習の資格自体がとれないことになるのだという。おそらく1級管理および監理技能士の資格者数が多くなってきたので、また別に作って人員を搾りはじめたのかもしれないが、実際にはお金を搾り取っていることにしかならないだろう。北海道で開かれた洞爺湖サミットの工事では、発注者(おそらく国家になるのだろうが……)は施工者には「基幹技能士」を採用するようにとの注文をつけてきたのだそうで、となると北海道にはまだそんな資格保持者はひとりもおらず、それでは本州からの会社に仕事をもっていかれてしまうからと、急遽講習会を開いて80人ほどの基幹技能者をそろえたのだそうだ。「テキスト読んでるだけじゃだめなんだよ」と、どうも現場あがりから国家官僚の公益法人的な組織に取り入れられた現状批判的な講師の話はもっともだけど、しかしそれゆえに言っていることとやっていることの論理があっていないので、話が腑に落ちてこず、説得力がない。安全と仕事とは関係がない、と言いながら、ゼネコンが安全第一にこだわるのは事故が起きたら入札に呼ばれなくなるからだ、と言うことは、関係がある、ということではないのか? 民間が形式ばることに走り、国家がその実質を正そうとしている、という講義の構図は通念とは逆の現象におもうが、なんでそんなねじれたことが起きているのか、その知りたくなる肝心な論理と筋道がみえてこない。おそらく精力的な講師の個人的理由なのかな、とも思うのだが…。

最近発表された、アメリカのピューリッツァー賞は、ラスベガスの建築現場での労働災害事情(死亡率の増加)を追求した記事に与えられたようだ。ネットで検索して読んでみると、「職長」さんが死亡している。この記事を受けて当選前のオバマ氏やクリントン氏が議会で問題にして、建築会社のほうが安全対策をとったら、死亡者がゼロになったというのだから、ハード(設備)レベルでの対策が相当手抜きされていたのだろう。会社側の調査分析は事故増加の原因は不明なのだそうだが、現場の労働者はスピードが要求され同時にいくつもの現場が重なっていることをあげているようだ。日本では一応、高度成長期の後半期に安全衛生法とかなんとかが、国際労働機関の催促もあって制定され、ハードレベルでの対策を厳格にするようになったからか、一定の水準までさがって平衡状態になっている。といっても、その事故の内でも死亡の割合自体は以前とそう変わらないのだそうだ。つまり、それでも常に事故るときは死、と危険なのである。だからちょっと設備に手を抜けば、いいかえれば政治的な監視の目がゆるまると、ラスベガスの現場でのように歴然と死亡率があがってくるのだろう。もともと恐さ知らずというか、やせ我慢をひけらかす男気の世界の現場では、「えい、やっちまえ」という技術的確信ではなく見切りでやってしまう人たちのほうが多いだろう。いま私がやっている高所作業車を使っている松の手入れには、キャタピラ式のものを導入しているので運転専門のオペレーターをつけてもらっているのだが、「そんな人いらないですよ。金がもったいないですよ」とペアを組んで作業している職人は元請けの社長に言う。俺が運転できるから、と。私は唖然としてしまう。週に数日は二日酔いできて管を巻いているジジイの言うことを間に受ける社長がいるのか? しかも、車両式の操作簡単なゴンドラを枝の間に挟んで身動き不能にし、危険ランプと危険信号を鳴り響かせもしたのに。私は木に飛び移って脱出しようかと思ったくらいだったのだが、本人はもう仕出かしたことを忘れているのだ。そればかりか、最初に来たオペレーターは新人で、いまやってもらっている人がベテランだというのは一目瞭然なのだが、上手いのは若い方のだ、と頓珍漢なことを平気で言ってのける。一緒にゴンドラに乗ってみれば、経験のあるものはすぐにわかるのだ。若い奴は不安で迷っていた、最初に念頭に入れておくべき初期値(想定ごと、危険予知)が少なすぎるのだ、だからどこかぼけっとしている、緊張感と落ち着きが足りない、がベテランと乗ると、すぐに波長があってくる、だからこちらも無駄なことを考えずに剪定に専心できるのだ。が若造には、小手先でハンドルをくるくるさばいている運転を上手なものと思い込んで調子付くように、そう阿呆な判断しかできないのだろ。バカにつける薬はない。それ程危険でない仕事しかやっていないのにすでに入院通院の事故をおこしているのだが、それを単なる偶然不可避の事として未だに他人事のように認識している。酔いがまわると、「俺に掃除ばかりさせて木を切らせないからまだできないんだ。誰でもできる仕事なんだから俺にもやらせろ」と、実はやらせようとすると尻込みして逃げるくせに、本当にやらせたら8割の確率で死ぬか障害者になるだろう。その時は、現場の「職長・安全衛生責任者」として、私が会社経営者と同様に刑事責任を負うことになるのだろうか? そして、日本の「安全衛生教育」がやろうとしていることは、実はこうしたバカにどうにかして事故を起こさせないようにし事故率をより低くしていこう、というソフトレベルでの話しなのである、というか、はずなのである。それはもちろん、2日のテキスト講習で始末がつく問題ではない。競争率のある仕事なら、バカは単に淘汰されていくのだろうが、行くところのないものが来るような現場では、そうにはならない。私としては、徒弟的な教育をもう一度、とも思うのだが、しかしそれでもああなままなのだから、死んでも仕方がないか、確率(割合)だからな、と考えてしまうのである。しかし私は、そんなバカと一緒に死んだり、そのバカのおかげで刑務所に入るのが本望なのだろうか?

ソマリア沖の海賊対策として、自衛隊員が遠方の海域へと送られた。国際的なというか、世界的なヘゲモニー争いの社会での協調姿勢を示すことが、日本の経済生活の現状を保守維持させることはもちろん、対外的な安全保障への布石として位置づけられるがゆえの政治的選択なのだろう。これまで憲法9条的な原理性で行動してきたのならともかく、そうではないのだから、拒否することは困難だろう。が、問題なのは、その参加がゆえになんら原理的戦略性に裏付けられていない潮流への迎合(対応、後手策)にしかならないことだ。あくまで原理原則は9条で、それを守るために世界へ働きかける政治的な意思のとりあえずの戦略的妥協、と意識すらされることもないだろう。そしてそのなんだかはっきりしない対応のなかで、自衛隊員はより体を張った、命をかけさせられる任務を引き受けることになる。チョムスキーはベトナム戦争時よりも、生活上やむえず志願に追い込まれてイラクへと派遣される兵士のほうが気の毒だと言ったが、職業選択の自由としてその仕事に就いた自衛隊員も同じように気の毒だと私は思う。自由に選んだ自己責任ゆえに、身内以外の第三者の誰もその死に関心(責任)を感じないだろう。見殺しにされようとしているのだ。自ら民間の殺人組織に入って戦場へと行く人ならまだしも、その地域で行き場(就職先)のなかったような若者たちが入隊しているのではないだろうか? あのイラク戦争時、「自衛隊員を見殺しにするな!」と竹竿に旗を立ててデモ行進したことが私にはあったけれど、その情勢はより現実味を増しているように思える。しかし、行きどころもなく自衛隊に就いた人たちは現場に吹きだまってくる男らと同じくバカ者なんだろうか? あるいは派遣労働者としてさまよいはじめた若者たちとはどこか違うのだろうか? 「日本にはデモがない、そんなのは民主主義ではない、これでは世界からとりのこされてしまう」というような意見をいまだ日本のインテリたちは抱いているようだが、それはソマリアへ自衛隊を派遣しなくてはおいてけぼりにされる、と怯え憂える政治家・官僚の態度とパラレルだと私には思える。ないもの(理念)からあるもの(現状)を批判(否定)して反応する後手の態度。しかし実践的とは、あるもの(現状)からないもの(理念)へ向うにはどうすべきか、と考えることではないのだろうか? 古物商の長嶋氏が言ったように、それはある、共通するものは後退してもなくならない前提だ、その肯定の姿勢からはじめるべきではないのだろうか? ならばしかし、……やはり私はバカたちとともにやりはじめるというのが本筋なのだろうか?

「ほんとにくだらないよNPOなんて。」と、去年までは耐震偽造をチェックするNPOの理事長をやっていて、福田総理から内閣総理大臣賞をも授与されたそうな「職長・安全衛生責任者教育」講習会の講師は言う。この俺が言うんだから本当さ。その9割はくだらない、というか、圧力団体だよ、寄生虫みたいなさ。そして引きこもりを支援する団体批判から派遣村への批判へと飛ぶ。「ぜんぜん深刻そうにみえないね。」当人は茨城から下駄はいて東京にでてきたのだそうだ。「あれはパフォーマンスでしょ」とも。たしかに私が驚いたのは、支援されるほうよりも、支援するボランティアの人たちのほうがより多く集まった、ということだった。おそらく、既成の運動団体に所属するでもなくやってきた人は、自らもが半失業的な派遣者的立場の人だったのではあるまいか、だけれども、生活が貧窮しているというわけでもないので、支援される側ではなく支援する方の側から参加することで、なにかしらのメンタリティー的な支えを得ようとしたのではないだろうか? そういう意味ではやはり被支援者なのだが、自らが生活必要的にデモンストレーションしたのではない、それは言い換えれば、当事者になる勇気がない、バカになることができない、ということではないだろうか? 戦前から日本の社会運動に関して指摘されていることに、それが指導者の運動で、肝心な当事者がいない、というのが大半だ、ということである。私が現在参加している移民ネットワークでも、時折そういう現状認識が提示されたりする。分析的に換言すれば、他人に親切になりたいという思いによって、自分自身を受け入れることをしない、それを回避するための優等生的な自己回避になっているのではないだろうか? それはむろん、ないもの(他人)によってあるもの(自分)を批判(否認)しようとする日本のインテリゲンチャの思考と同型である。いつからこんなことになったのだろう? 私はつまびらかでないが、デモがないのならそのないことがあることから、それを対他(対外)的なコミュニケーション(安全保障)上しないのがバカだというのなら、バカの現状と現場からどうするかを考えるのが、ソフトレベル段階での「職長・安全衛生責任者」(インテリ指導層)の実践ということではないのか? またそれが、国家に対抗しえる現勢体(中間団体・仲間)の実質(当事者)を首肯している、ということではないのか? ……となると、私はやはりまわりのバカたちと一緒にやるということなのだろうか?

しかし私は想像するのだ、いわゆるファシズム体制が現前化してくるのならば、佐藤優氏のように方便的にか国家あるいは共同体を擁護する姿勢(思想)は具体的な局面・現場において空虚になってくるのではないか、と。いわゆる顔をみるのが嫌になるほどのバカたちが権力を握って、人々の目前で強気なバカをほざき、自分と対面してくるようになるのではないだろうか? そのときは、形式的にも国家を保持するなどとは言う気がなくなるだろう。ボナパルティズム下のランボー、そして戦時中の無頼派のように、思想的な後退になるとしても個人の高貴さに引きこもって沸々と春を準備する、植物の休眠や熊の冬眠という能動的なニヒリズムを生きることが貴重で基調な姿勢にならざるをえなくなってくるのではないだろうか? そう思い込む時期は早々だとしても、政権交代ひとつとして先手を打てなかった日本の安全管理(保障)上の世界環境(情勢)を見渡すと、雲行きがあやしいように見えるのである。

2009年4月19日日曜日

神さまと親心


「ある時イエスは、ある村に来てマルタという女の家に招かれました。彼女のほかにマリアという妹がいました。マリアは救い主の足もとに腰をおろして、彼のことばを一心に聞いていました。マルタはそれとは反対に、お客のもてなしのためにあれこれと忙しくしていました。マリアが何もしていないでいるのをマルタは怒り、イエスに、マリアも家事を手伝うように言ってくださいとお願いしました。しかしイエスはマルタに甘いことはおっしゃらずに、「あなたはたくさんのことに気を遣っている。だが必要なことは少ししかないのだよ。マリアはよいほうを選んだのだ」と言いました。(『聖書物語』絵F.ホフマン/文P.エーリスマン 日本基督教団出版局)


一希がどういうわけか、“神さま”に興味をもちはじめた。東京MXテレビで再放送していた『鉄腕アトム』で、ウランちゃんが「神さまってなあに?」と追い求める物語があって、それに影響をされたのかもと思うのだが、それだけではないらしい。そういう年頃、ということかもあるのだろうが、しつこくきくのが、なんで「十字架に貼り付けにされたの?」ということだから、そのキリストのイメージに、なにか強烈な印象を持ったらしい。ウルトラマンでも、ウルトラの兄弟たちが貼り付けにされるシーンが引用されるが、子供が見た順序はウルトラマンのほうが先なのに、それを「ほらこれも十字架」と、イエスの方が先でそれが後の借用であることが理解されるほどに、その人間が貼り付けにされる、ということが不思議でならないらしいのだ。

そこで図書館から、キリスト教関係の絵本と、日本の『古事記』の子供向けの物語を借りて、読んでやることにした。まずは創世記のアダムとイブの物語からはいるのだが、まずそこからにして、不可思議な世界、おそらくはウルトラマンのような架空の物語としてではなく、人間としてリアルであるが不可解なイメージに面食らうようだ。夜の寝床で読み聞かせるのだが、目の玉を大きく見開きはじめて、眠くて頭をかきむしりながらも眠れなくなるらしい。男と女が裸であることに恥ずかしくなって神から追い出されて、男は仕事に女は子供を産むのに苦しむようになる、と。さらに兄弟殺しのカインとアベル、その子孫繁栄したノアの箱舟時の人類絶滅や、アブラハムの子供を生贄にする話になると、なんでと聞くのでその各々の場合の殺した理由を説明してやるのだが、おそらく人がなんで人を憎くなるのかが腑に落ちないのだろう。一希も喧嘩をするだろうというと頷きはするのだが。そしてそこまでの人間の前提状態というか、背景を見せてから、やっと新約の物語にはいっていく。ここでは、キリストが死人を蘇らせる奇跡=信仰と、その背景状況下にあっての、どう人が選択すべきかのイエスのたとえ話が中心となってくる。「隣人」とは誰か、という問い……見知らぬけが人を見て通り過ぎた味方と手当てをしてやった敵ではどちらの態度がいいのか? 悪いことをした人となんで付き合うのかと権力者側から詰問されてイエスが述べる、九十九匹と一匹の迷える羊の話……パパやママからとことこ離れて行って勝手に遊んでいる悪い子をそのままおいてけぼりにして、いい子についてきた兄弟だけを連れて家に帰ってしまうパパとママはいいと思うかい? 神殿で泥棒をしないでいる自分であることに感謝する神父に比し、収税人がそこで「目を上へあげることはできない」でいるのはどうして?……貧しい人からお金を取り立てる仕事をしている人は自分が悪いことをしていると知っているから顔向けできないんじゃないの? だけどその人が集めたお金はみんな神父さんがもらうのに、その神父さんが平気でいるのはいいことなの? そして、冒頭で引用したマリアの話。「なんで神さまはお手伝いしないの?」と息子はきいてくる。そんな質問があるのだな、と私はびっくりする。台所でママの手伝いをするとほめられるのだから当然か。「神さまは、食べることよりも大切なことがあるという考えなんだよ。だから、その話をきいているだけでお手伝いしない妹のほうに神の子は悪口を言わないのさ。じゃあ、いっちゃんには、アイスクリームより大切なものってあるかい?」と私は聞いてみる。一希はちょっと考えてから「カブトムシ!」と声をあげる。これも意外だが当然な返答なので面食らいながら、「この神様の子供が言っているのは、目に見えないもののことを言っているんだよ。アイスもカブトも目に見えるだろ?」と付け足してみると、またちょっと考えてから、「ともだち!」と言ってくる。なるほど、それは正解か、と思いながらも、「そうだね。だけどこの神の子は、人間と友達になるよりも、神さまと友達になるほうがもっと大切なことなんだ、と教えているんだよ。」

そこまで子供に読み聞かせながら、自分でもわけがわからなくなってくる。次ぎの絵は、マリアがひざまずき、香油を使って自らの髪の毛でイエスの足を洗ってやっているシーンだ。その一見してのイメージの不可解な強烈さに、眩暈がしてくる。「何しているとおもう?」と一希にきいても、わからない、と言う。「まわりの生徒たちは、この女の人に、そんな高い油を買うお金があるなら、その金を貧乏な人に配ってあげればいい、と言って女を責めるんだけど、いっちゃんはそれがいいとおもうかい?」と文を読んであげたあとできいてみる。そうおもう、と一希は答える。「だけど神さまの子はね、もうすぐ自分が殺されてしまうことを知っているんだ。もうみんなとバイバイしちゃうんだよ。だから、女の人が足を洗ってくれることを喜んで、みんなにこれでいいんだ、と言っているんだ。自分はもうすぐ死ぬんだよって。」……今年にはいって、草野球仲間の一人が自殺した。不動産屋の社長だ。まだ40代後半だ。二十歳ぐらいの長男を先頭に、最近板前見習いとかと結婚して九州のほうへ嫁いでいった長女、そしてなお幼い子供がいる。借金があったそうだ。心筋梗塞の病気を持っていたとはいえ、周りの人には突然の死とうつった。死ぬ前に、家族でラスベガスにいっている。社員への給料未払いの件もあったから、800万どこかから借り、支払い残りで賭けにでたのだろうと。それは、その人らしい決断だ。2・3年前から、高額の生命保険にはいっていたので、計画的だろう、と言われている。奥さんや子供たちは、そのことを知っていたのだろうか? 特に奥さんはどうだろう? 冗談だと思うのではなかろうか? 死を前提(計画)に生きていられることを。遺書はなかったと聞いているし、文を書くより直接行動で、つまり話してきかすほうの人だ。四十九日の法要にあたってお返しの手紙が奥さんから送付されてくる。……「故人の遺志により、賜りましたご供物料の一部を地域の精神障害者の支援施設である地域活動支援センター○に社会福祉基金として寄付させていただきました。」

誰とでも仲良くしようとする一希をみていて、親としては心配になってしまうことがある。公園や地域の集まりで他の子と遊んでいるとき、いや遊ぼうとするとき、よその子からピンタされたりするのだが、反抗するでもなく、またニコニコと懲りもせずに遊ぼうと誘い続けるのだ。私はそのとき、右の頬をぶたれたなら左の頬をさしだせ、というイエスの選択を思い出した。そして、自分と似ている、と。私は幼稚園の頃はガキ大将ではないけれど、いじめていた方だし、一希も多分にそうで、そこを親類からは活発なきかん子、と指摘されて、いい子にしてないと世の中わたっていけないぞ、みたいなことを言われているのだが、私の見方は正反対だ。引っ込み思案で、晩生(おくて)だ。昨日も、小学生の子供と交じってのサッカー教室での様子を、仕事の昼休みに弁当を食べながら見ていたけれど、その遠慮気味な動きが気がかりになる。私はある意味、自分の性格(子供らしさ)を、思春期の葛藤を通して、大人になってからもう一度選びなおした、あるいは獲得しようと努力している、ということを倫理・思想的な態度としている、と言えるかもしれない。それはそれでいいとしても、その私は、世の中を渡っているのかどうか、心もとないからだ。息子には、たくましく育って欲しい、とおもうのが親心である。クレーン車は危ない、と前回のブログで書くと、自分がここ数週間、高所作業車に乗っての手入れ仕事に借り出され、となるやすぐ新宿でクレーン車がひっくり返ってみせる。私には死を想像することは恐怖で、とても計画的になど生きられそうもないし、この書くことと事実(事件)との符号的な連鎖を運命的に意義づけようとする、「意味という病」に犯されたいともおもわない。しかし、親と子の類似、連続、伝承されていくもの、その無意識的な選択が自分たちを動かしている、いや取り付いているのではないか、つまり神はいるのか、と、人の親として気がかりになってくるのだ。「神はいるとおもうかい?」と一希にきくと、ちょっと考えてから、「いるとおもう」と答えてくる。