以下を参照としてリンクしてみる。
2019年10月22日火曜日
2019年10月20日日曜日
付記として
「ヒッチコックの『めまい』(一九五八)がそうであるように、『シャイニング』のなかにおいてわれわれは、超自然的な幽霊の可能性が抑えられているときにのみ、<リアルな>幽霊に遭遇することになる……あるいはこういってもいい。われわれはそのときにのみ、<リアルなもの>の幽霊に遭遇することになるのである。」(『わが人生の幽霊たち うつ病、憑在論、失われた未来』マーク・フィッシャー著/五井健太郎訳 ele-kingbooks)
梅雨や台風といった、普段の季節の巡りによって引き起こされる災難が、普段通りやり過ごせる日常的な出来事ではなく、非日常的な災害になってしまうことが普通な、日常的な事態になりつつあることが、ここ数年の繰り返しで身に染みてくるようにった。3.11での大地震のようなものでなくとも、まるで映画『日本沈没』での、引き裂かれた大地に呑み込まれる由美かおるとそれに手をさしのべる男優の誰かが演じたような場面が、実際のあちこちで再現されたことが報道されるにつれ、もはや逃れうる主人公はいないのではないかと、我が事のような想像が押し寄せてくる。群馬にある実家の藤岡市も、今回の台風で、一番最初に河川氾濫の警報が出た、利根川水系の神流川と烏川という河川に挟まれている。烏川の堤防からは、500メートルもないだろう。ネットでの災害情報を調べて、雨のピークはもうすぐ終わるから、今回は避難しなくて大丈夫だ、と東京から伝えた私の判断に従うことになったのだが、役所からの避難勧告、町会長の一軒一軒まわっての避難通告との連絡、そしてテレビで堤防氾濫、決壊のニュースが流れるたびに、本当に大丈夫なのか、気が気でなかった。ほぼ歩けない80歳すぎの母を大雨のなか移動させ避難所で過ごさせるのは、最終的な手段とした方がいい、だから、ぎりぎりセーフの判断をつらぬき通し、あとは腹をくくる、というのが私の考えだった。実家に前もって行っておくことも考えていたのだが、前回の台風で、東京の中野区の団地も風で窓ガラスが割れるのではないか、というくらいだったので、妻子を残しては動けない。「川が氾濫したことがないのなら、大丈夫に決まってるでしょ。ぎゃあぎゃあ騒いで」と、九州で子供の頃を過ごしていた女房は、台風なれしていない、経験知がないのんきな関東人と馬鹿にしてくるのだった。「これまでの経験知が役にたたなくなるというのが最近起きていることの経験知だろ」そう言いながら、私が女房に対し本心にあったのはむしろ経済のことだった。女房は日常的な循環なように、不景気のあと景気がくる、と金の扱いを考えている。いま不動産は高いから、マンションが安くなってから、と。そうなったときは、おそらく金の価値自体が変わっている、これまでの経験値を超えて。結局その判断は、世間体じゃないか、自分の歳を考えろ、そのうち子供も家を出る年ごろになる、ある金で、必要なものを買っておけ、とりあえず、車が20年近くたってメンテナンスが余分になるから、現金一括で新車に変えよう、レンタカーだのカーシェアだの、現物ではなくシステムへの信用など、俺はまったく信仰していない……。
<交換様式Dのこのような規定は、ちょうどラカンが分析家のディスクールを「資本主義からの出口」(AE521)と評したことに対応するだろう。簡単に素描しておこう。現代ラカン派では、分析家のディスクールは、エディプスコンプレックスのような既存の知(S2)の専制を脱し、主体の自体愛的な享楽(身体の出来事)が刻まれたひとつきりのシニフィアン(S1)を析出させることであると考えられている(これが、S2とS1のあいだにおかれた遮蔽線の意味である)。そして、このシニフィアンこそが新たな主体化の核となり、己の人生を非エディプス的なかたちで、特異的=単独的なかたちで新たに生き直すことを可能にする(松本卓也2015)。それは、人々を画一的な「すべて」にしようとするエディプス的な力に抗して、「すべて」の側に与せず、「すべてではない」(すなわち、決して「すべて」を構成しない)生のあり方を発明し、それを生きることにつながるであろう。>(「大学のディスクールと分析家のディスクール」前掲書)
梅雨や台風といった、普段の季節の巡りによって引き起こされる災難が、普段通りやり過ごせる日常的な出来事ではなく、非日常的な災害になってしまうことが普通な、日常的な事態になりつつあることが、ここ数年の繰り返しで身に染みてくるようにった。3.11での大地震のようなものでなくとも、まるで映画『日本沈没』での、引き裂かれた大地に呑み込まれる由美かおるとそれに手をさしのべる男優の誰かが演じたような場面が、実際のあちこちで再現されたことが報道されるにつれ、もはや逃れうる主人公はいないのではないかと、我が事のような想像が押し寄せてくる。群馬にある実家の藤岡市も、今回の台風で、一番最初に河川氾濫の警報が出た、利根川水系の神流川と烏川という河川に挟まれている。烏川の堤防からは、500メートルもないだろう。ネットでの災害情報を調べて、雨のピークはもうすぐ終わるから、今回は避難しなくて大丈夫だ、と東京から伝えた私の判断に従うことになったのだが、役所からの避難勧告、町会長の一軒一軒まわっての避難通告との連絡、そしてテレビで堤防氾濫、決壊のニュースが流れるたびに、本当に大丈夫なのか、気が気でなかった。ほぼ歩けない80歳すぎの母を大雨のなか移動させ避難所で過ごさせるのは、最終的な手段とした方がいい、だから、ぎりぎりセーフの判断をつらぬき通し、あとは腹をくくる、というのが私の考えだった。実家に前もって行っておくことも考えていたのだが、前回の台風で、東京の中野区の団地も風で窓ガラスが割れるのではないか、というくらいだったので、妻子を残しては動けない。「川が氾濫したことがないのなら、大丈夫に決まってるでしょ。ぎゃあぎゃあ騒いで」と、九州で子供の頃を過ごしていた女房は、台風なれしていない、経験知がないのんきな関東人と馬鹿にしてくるのだった。「これまでの経験知が役にたたなくなるというのが最近起きていることの経験知だろ」そう言いながら、私が女房に対し本心にあったのはむしろ経済のことだった。女房は日常的な循環なように、不景気のあと景気がくる、と金の扱いを考えている。いま不動産は高いから、マンションが安くなってから、と。そうなったときは、おそらく金の価値自体が変わっている、これまでの経験値を超えて。結局その判断は、世間体じゃないか、自分の歳を考えろ、そのうち子供も家を出る年ごろになる、ある金で、必要なものを買っておけ、とりあえず、車が20年近くたってメンテナンスが余分になるから、現金一括で新車に変えよう、レンタカーだのカーシェアだの、現物ではなくシステムへの信用など、俺はまったく信仰していない……。
資本主義の循環性というよりは、破局性をめぐって、宮崎氏の映画『Tourism』、河中氏の評論『中上健次論』を論じたのだったが、以後読んでみた本、松本卓也著『享楽社会論――現代ラカン派の展開』(人文書院)、マキシム・クロンブ著『ゾンビの小哲学』(人文書院)、そして冒頭引用の著作等から、その論点が、文化的な世界的同時性にもなっているようだと知れてくる。とくに冒頭引用のイギリスの文化批評の著者は、2017年に自殺してしまったらしいが、ブレグジットの下地になっていくようなアンダーグランドな世界の視点が興味深い。音楽マニアな宮崎監督の背景にも、そうした情念が通底しているような気がする。そして松本氏のラカン論には、私が河中氏の論理の矛盾点と指摘した箇所と重なるような認識が提示されている。それは、柄谷行人氏の四つの交換様式論とラカンの理論との交差として指摘されている。とりあえず、結論的な部分だけ引用して終えよう(その是非は、私はまだ判断できていない)。
<交換様式Dのこのような規定は、ちょうどラカンが分析家のディスクールを「資本主義からの出口」(AE521)と評したことに対応するだろう。簡単に素描しておこう。現代ラカン派では、分析家のディスクールは、エディプスコンプレックスのような既存の知(S2)の専制を脱し、主体の自体愛的な享楽(身体の出来事)が刻まれたひとつきりのシニフィアン(S1)を析出させることであると考えられている(これが、S2とS1のあいだにおかれた遮蔽線の意味である)。そして、このシニフィアンこそが新たな主体化の核となり、己の人生を非エディプス的なかたちで、特異的=単独的なかたちで新たに生き直すことを可能にする(松本卓也2015)。それは、人々を画一的な「すべて」にしようとするエディプス的な力に抗して、「すべて」の側に与せず、「すべてではない」(すなわち、決して「すべて」を構成しない)生のあり方を発明し、それを生きることにつながるであろう。>(「大学のディスクールと分析家のディスクール」前掲書)
2019年9月29日日曜日
河中郁男著『中上健次論』(鳥影社)と。
中上健次の論にはとどまらない中上健次論である。
河中氏は、戦後の私たちが、「汝、平和を守るべし」という戦死者の声を定言命法として受けいれ、支配されてきたという。それが問題であるのは、様々な死者の声、むしろ沈黙する死者たちを抑圧してしまう構造が定着してしまうからだ。中上健次が、大江健三郎に代表される「戦後の枠組み」に抵抗を見せ始める継起は、兄の、小説中では「郁男」の自殺をめぐる真実を思考しはじめることによってである。父子との、母子との、姉・兄弟といった家族関係に潜む内的な現実を探る試行錯誤は、作家においてだけではなく、それを追う読み手にとっても、いわば量子論的読解を強いる。運動と位置を、同時に観察しうる視点はありえなくなる。まず何がみたいのか、「観点」を決定しなくてはならい。作家は「秋幸」を観測地点という抽象設定に変える。そこで見えてきたのは、資本という変化、運動である。『地の果て至上の時』が書かれた1980年、その変化は決定的となる。「汝、享楽せよ」、戦後を動かしてきた「定言命法」とはこれではないか? この資本の現実は、内面の「真実」など問題としない。犯した、殺した、という「事実」をそのまま受け入れることでしか始まらない。しかしその先は、どうなるのか? 私たちが突き付けられているのは、そういうことである。
<こうした三つの段階を改めて考え直してみると、こうした三つの段階が、我々の言う「幻想の村」=「方法としての村」であるどこにもない「村」である「原始共同体」=「異物」から逆照射された歴史的連鎖であると考えてみたくなるのだ。
「原始共同体」=「幻想の村」は、歴史的過程が、マルクスの第一段階/第二段階/第三段階が、むしろ折り重なって社会を構成する在り方を、可視化する「異物」なのだ。>(第3巻p94)
まず第1巻は、作品を読む行為としての批評的枠組みの問題、とくには単線的なものへと抑圧してきたと河中氏には理解される、戦後の文芸・思想史上にみられる系譜を洗い出す作業を前提必要とし、第2巻は、具体的な問題読解を例示して批判してみせる必要から書き出される。第3巻は、『地の果て至上の時』で、これまでの批評的読解では把握しきれない外へと到達してしまった中上氏のその後の作品を、河中氏の方法意識のもとで試みられる読解として提示してみせたものである、と大概には要約できるだろう。つまりは、第3巻までの長さは、根底からのやり直し、土台の構築作業から入る必要にかられたところからくる必然である。
この必然に対する応答を、私の知見の範囲では、まったく知らない。ネットで検索してみても、無視されているのではないか? 第1巻で標的にされる浅田彰氏、第2巻では渡部直己氏がやり玉にあげられる。前者とは、同じ京都大学出で年齢も近い。後者は、代表的な中上論を上梓している批評家の筆頭といえるだろうが、最近さわがれたパワ・セクハラだかにはとりあえず応答しても、文学自体には応答しないらしい。大澤真幸氏や東浩紀氏といった現在形の論客も射程に入っているが、そもそも河中氏のこの中上論を読んでいるのか? 論じるに値しないと判断しているのか? それとも、大見えを切っているような文体に対する、触らぬ神に祟りなし、という対応だろうか? 私の知る限りでは、新聞広告が二回打たれているが、その二回目で、柄谷行人氏が、ふまえなければならない中上論の決定版、とのようなコピーを書いている。その柄谷氏自身は、本論で、徹底的に批判(否定)されているのである。マルクスを読めていないどころか、マルクス自身がそうやってはいけないと予め釘をさしておいた『資本論』の形而上学的読解をおこなってしまっているのだと。
しかし、その柄谷氏の説いた、「(近代)文学は終わった」という認識パラダイムを受け入れるなら、これらの無視、文学的応答のなさは、もっとも至極な対応ではあろう。文学という理念(規範)が失効したポスト・モダン的な状況では、生活という世俗の営み(スノビズム)があるだけなのだから。真面目に応答する面倒や不利益を考慮するなら、無視して日々の繰り返しに時間を費やした方がいいという、賢明さが最善になるだろうからである。そして私自身は、このパラダイムを受け入れている。文学的営みは、じいちゃん・ばあちゃんが「俳句」や「短歌」を公民館で創作している趣味と同じ社会的営みになっているだろう。あるいは少し高尚なものとして、「朝日カルチャーセンター」での生涯教育。もはや、なんら社会的影響力はない。私が、このブログで、河中氏への応答をつづるのは、まったく個人的な必要性と義務による。それは、文学的応答の職務も倫理・義務もなくしてしまった職業作家たちの事態と同じである。
この必然に対する応答を、私の知見の範囲では、まったく知らない。ネットで検索してみても、無視されているのではないか? 第1巻で標的にされる浅田彰氏、第2巻では渡部直己氏がやり玉にあげられる。前者とは、同じ京都大学出で年齢も近い。後者は、代表的な中上論を上梓している批評家の筆頭といえるだろうが、最近さわがれたパワ・セクハラだかにはとりあえず応答しても、文学自体には応答しないらしい。大澤真幸氏や東浩紀氏といった現在形の論客も射程に入っているが、そもそも河中氏のこの中上論を読んでいるのか? 論じるに値しないと判断しているのか? それとも、大見えを切っているような文体に対する、触らぬ神に祟りなし、という対応だろうか? 私の知る限りでは、新聞広告が二回打たれているが、その二回目で、柄谷行人氏が、ふまえなければならない中上論の決定版、とのようなコピーを書いている。その柄谷氏自身は、本論で、徹底的に批判(否定)されているのである。マルクスを読めていないどころか、マルクス自身がそうやってはいけないと予め釘をさしておいた『資本論』の形而上学的読解をおこなってしまっているのだと。
しかし、その柄谷氏の説いた、「(近代)文学は終わった」という認識パラダイムを受け入れるなら、これらの無視、文学的応答のなさは、もっとも至極な対応ではあろう。文学という理念(規範)が失効したポスト・モダン的な状況では、生活という世俗の営み(スノビズム)があるだけなのだから。真面目に応答する面倒や不利益を考慮するなら、無視して日々の繰り返しに時間を費やした方がいいという、賢明さが最善になるだろうからである。そして私自身は、このパラダイムを受け入れている。文学的営みは、じいちゃん・ばあちゃんが「俳句」や「短歌」を公民館で創作している趣味と同じ社会的営みになっているだろう。あるいは少し高尚なものとして、「朝日カルチャーセンター」での生涯教育。もはや、なんら社会的影響力はない。私が、このブログで、河中氏への応答をつづるのは、まったく個人的な必要性と義務による。それは、文学的応答の職務も倫理・義務もなくしてしまった職業作家たちの事態と同じである。
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河中氏は、戦後の私たちが、「汝、平和を守るべし」という戦死者の声を定言命法として受けいれ、支配されてきたという。それが問題であるのは、様々な死者の声、むしろ沈黙する死者たちを抑圧してしまう構造が定着してしまうからだ。中上健次が、大江健三郎に代表される「戦後の枠組み」に抵抗を見せ始める継起は、兄の、小説中では「郁男」の自殺をめぐる真実を思考しはじめることによってである。父子との、母子との、姉・兄弟といった家族関係に潜む内的な現実を探る試行錯誤は、作家においてだけではなく、それを追う読み手にとっても、いわば量子論的読解を強いる。運動と位置を、同時に観察しうる視点はありえなくなる。まず何がみたいのか、「観点」を決定しなくてはならい。作家は「秋幸」を観測地点という抽象設定に変える。そこで見えてきたのは、資本という変化、運動である。『地の果て至上の時』が書かれた1980年、その変化は決定的となる。「汝、享楽せよ」、戦後を動かしてきた「定言命法」とはこれではないか? この資本の現実は、内面の「真実」など問題としない。犯した、殺した、という「事実」をそのまま受け入れることでしか始まらない。しかしその先は、どうなるのか? 私たちが突き付けられているのは、そういうことである。
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高1の息子がスマホを使うようにならなければ、私は、資本主義を身をもって理解することはなかったのではないか? あるいは、そうしたとき、河中氏の中上論を読まなければ、単なる知識・教養として通りすぎただけだったかもしれない。
<『枯木灘』で最も重要なことは、「秋幸」が「道徳的マゾヒスト」として在り、「龍造」が「淫らな父」として在るという事である。この二人の在り方が、中上が突きつけた現代の問題なのだ。
例えば、「道徳的マゾヒスト」である「秋幸」とは、リストカットする子供である。彼らは、自らを傷つけ、傷つけることによってしか自分の存在を確かめることができない。また、「淫らな父」とは、子供を取り巻く資本主義そのものである。それは、ゲームソフトとして、音楽のダウンロードとして子供たちに大いに楽しむことを命ずるのである。>(第1巻・p687)
<あるいは、「オウム真理教」の事件を考えてみればいい。彼らは社会全体に向かって攻撃を仕掛ける。そのことは、その攻撃性によって社会が何らかの変化をもたらすことを期待するもの、つまり革命行為ではなく、テロリズムでしかない。…(略)…それは、何も変えず、ただ非難されるだけなのであり、自らを苦しめるだけなのだ。あるいは、社会現象となっている「引きこもり」を考えてみてもいいだろう。彼らの自らの内部への「引きこもり」は、個人の内省が社会的な個人の根拠となるような意味で、社会的な生産行為の準備となるというわけでは必ずしもない。彼らは、極限まで自分自身の空虚な内面に立て籠もるだけなのだ。>(第2巻・p144)
息子の中学時の進学親子面談時、隣のクラスの子がリストカットし、面談が中止になった事があるが、「道徳的マゾヒスト」たる「秋幸」の土方労働は、「疲れ」で眠るため、ということなのだから、私がフリーターで肉体労働をしてきた一つの大きな理由と同じで、つまり自身リストカットする「道徳的マゾヒスト」=戦後民主主義者だった、ということだろう。「平和を守るべし」という社会的要請が内面化されていて、攻撃は自らに仕向けられてゆく。それは、私の高1の時にはじまった「引きこもり」の延長の裏返しであろうが、クラスに1・2名のその時から、息子の中学時代、一クラスに何人も「引きこもり」がおり、おおざっぱでならクラス30数名のうち3分の1近くがそう数えられる経験を持つ、と蔓延している。私が内的にも社会復帰できたのは、東京・新宿のアパートの裏にあった植木屋が、なお職人的なモラルを維持していた家族経営なところだったので、そこで人間的な面倒見と温かみが残っていたからである。が、3代目に移るにつれ、サラリーマン的なやり口の方が真っ当なような傾きがでてくる。タイムカードの導入、といった植木屋もでてきた。私の勤め先では、社長を退いた2代目親方が「荒くれ者」を維持しているので導入はされていない。が、傾向は、刑務所から戻ってきた「秋幸」の勤め先が日当から月給・給料制に変わっていったように、時代の変化を受けているのである。そして「秋幸」は、土方をやめてフリーターになり、正社員ではなくアルバイトとして、かつて高度成長期を「荒くれ者」として跋扈した「龍造」の林業会社へ通いはじめたわけである。この意識的な「フリー」な位置、いわば「余剰」としての「労働力」が、排除された「物自体」として「資本家」と対峙できる位置が、資本主義の現実を親近=透視させてくれたわけだ。しかし、バブル期をフリーターとして過ごした私自身は、息子へのスマホ導入、といったさらなる変化がなければ、その深刻さを軽視していただろう。
そのスマホか寝るかしかしないような息子が、先ほど、友達と遊びにいく約束があるから2千円くれ、という。「全員丸坊主だ」、という発想の出てくるまだ若いサッカー部コーチとの軋轢で部活をやめてる状態だ。「月末は俺も金ないよ。机の上の財布からとってけ。」「ちょうど2千円しか入ってないけど、いいの?」午後にマッサージに行くから鍵をもってけと言っていた私への気兼ね、確認だ。「いいよ」と私は答える。……こんな父子の日常会話自体に、そうとう深刻な現実が読み込めるのだ。
<『枯木灘』で最も重要なことは、「秋幸」が「道徳的マゾヒスト」として在り、「龍造」が「淫らな父」として在るという事である。この二人の在り方が、中上が突きつけた現代の問題なのだ。
例えば、「道徳的マゾヒスト」である「秋幸」とは、リストカットする子供である。彼らは、自らを傷つけ、傷つけることによってしか自分の存在を確かめることができない。また、「淫らな父」とは、子供を取り巻く資本主義そのものである。それは、ゲームソフトとして、音楽のダウンロードとして子供たちに大いに楽しむことを命ずるのである。>(第1巻・p687)
<あるいは、「オウム真理教」の事件を考えてみればいい。彼らは社会全体に向かって攻撃を仕掛ける。そのことは、その攻撃性によって社会が何らかの変化をもたらすことを期待するもの、つまり革命行為ではなく、テロリズムでしかない。…(略)…それは、何も変えず、ただ非難されるだけなのであり、自らを苦しめるだけなのだ。あるいは、社会現象となっている「引きこもり」を考えてみてもいいだろう。彼らの自らの内部への「引きこもり」は、個人の内省が社会的な個人の根拠となるような意味で、社会的な生産行為の準備となるというわけでは必ずしもない。彼らは、極限まで自分自身の空虚な内面に立て籠もるだけなのだ。>(第2巻・p144)
息子の中学時の進学親子面談時、隣のクラスの子がリストカットし、面談が中止になった事があるが、「道徳的マゾヒスト」たる「秋幸」の土方労働は、「疲れ」で眠るため、ということなのだから、私がフリーターで肉体労働をしてきた一つの大きな理由と同じで、つまり自身リストカットする「道徳的マゾヒスト」=戦後民主主義者だった、ということだろう。「平和を守るべし」という社会的要請が内面化されていて、攻撃は自らに仕向けられてゆく。それは、私の高1の時にはじまった「引きこもり」の延長の裏返しであろうが、クラスに1・2名のその時から、息子の中学時代、一クラスに何人も「引きこもり」がおり、おおざっぱでならクラス30数名のうち3分の1近くがそう数えられる経験を持つ、と蔓延している。私が内的にも社会復帰できたのは、東京・新宿のアパートの裏にあった植木屋が、なお職人的なモラルを維持していた家族経営なところだったので、そこで人間的な面倒見と温かみが残っていたからである。が、3代目に移るにつれ、サラリーマン的なやり口の方が真っ当なような傾きがでてくる。タイムカードの導入、といった植木屋もでてきた。私の勤め先では、社長を退いた2代目親方が「荒くれ者」を維持しているので導入はされていない。が、傾向は、刑務所から戻ってきた「秋幸」の勤め先が日当から月給・給料制に変わっていったように、時代の変化を受けているのである。そして「秋幸」は、土方をやめてフリーターになり、正社員ではなくアルバイトとして、かつて高度成長期を「荒くれ者」として跋扈した「龍造」の林業会社へ通いはじめたわけである。この意識的な「フリー」な位置、いわば「余剰」としての「労働力」が、排除された「物自体」として「資本家」と対峙できる位置が、資本主義の現実を親近=透視させてくれたわけだ。しかし、バブル期をフリーターとして過ごした私自身は、息子へのスマホ導入、といったさらなる変化がなければ、その深刻さを軽視していただろう。
そのスマホか寝るかしかしないような息子が、先ほど、友達と遊びにいく約束があるから2千円くれ、という。「全員丸坊主だ」、という発想の出てくるまだ若いサッカー部コーチとの軋轢で部活をやめてる状態だ。「月末は俺も金ないよ。机の上の財布からとってけ。」「ちょうど2千円しか入ってないけど、いいの?」午後にマッサージに行くから鍵をもってけと言っていた私への気兼ね、確認だ。「いいよ」と私は答える。……こんな父子の日常会話自体に、そうとう深刻な現実が読み込めるのだ。
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しかし、河中氏の資本主義理解、あるいは、中上健次の小説の読解に伴う資本論には、論理的に不透明な、曖昧な部分があるのでは、と私になお釈然としないところがある。それは、マルクスによる3つの時代区分に関わるものである。その時代区分とは、――<第一に「共同体」が力を持っている時代、第二に「人格的独立性」を中心とした時代、言い換えれば「近代」=「民主主義」の時代であり、第三に「資本主義」の時代である。こういった時代区分によって、マルクスは「言葉」=「理念」と「私」を基軸にして構成された「近代国家」の時代、つまり民主主義の時代が壊れた後、資本主義の時代が来ることを示したのである。「資本主義」が機能しなくなるとき、共産主義社会が到来するという共産主義革命の到来を予見した通俗「マルクス主義」よりも、こういった時代区分の方が現実的なものである。>とされるものだが、この3つの在り方に伴う河中氏の認識モデルに関してである。
<また、マルクスはここで重要なことを述べている。つまり、第三段階において、初めて第一段階のもの、「家父長的な状態」「封建的な状態」「古代的状態」といったものが崩壊するということである。何故なら、第三の段階は第二の段階を諸条件とするにしても、第一の段階は必要としないからである。つまり、「資本主義」は「共同体」を完全に破壊させる。>(第2巻p218)
⇔
<こうした三つの段階を改めて考え直してみると、こうした三つの段階が、我々の言う「幻想の村」=「方法としての村」であるどこにもない「村」である「原始共同体」=「異物」から逆照射された歴史的連鎖であると考えてみたくなるのだ。
「原始共同体」=「幻想の村」は、歴史的過程が、マルクスの第一段階/第二段階/第三段階が、むしろ折り重なって社会を構成する在り方を、可視化する「異物」なのだ。>(第3巻p94)
上2つの引用文章は、矛盾してないだろうか? 第三段階において、第一段階が破壊されるのだとしたら、それら3つの段階が「折り重なる」ということはあり得ない。中上健次が、『岬』・『枯木灘』・『地の果て―』という三部作において、この3段階の過程をたどってみせていることを指摘しながら、河中氏は、その過程が循環した、ひとサイクルが完結した趣旨の記述もする。ということならば、第三のあとで、第一もがまた再開される可能性が担保されていることになる。がどちらにせよ、「折り重なる」という空間的把握と、前段階の破壊を伴う不可逆さや過程(循環・サイクル)といった時間的把握はそのままでは相いれない。もしかして、河中氏は、現象として時間的にみえるものから、思考モデルとして抽出してくれば、3つの段階の重なり合いが理論化できる、と言っているのかもしれない。が、だとすれば、これは河中氏が否定する柄谷行人の「交換」モデル(「世界史の構造」)に近づいてくる。河中氏の「幻想の村」、マルクスの言う「原始共同体」とが、柄谷氏の説く「交換X」という仮説的なユートピアに近似してくる。だとしたら、カント批判からはじまった中上論が、またカント的に戻ってきてしまう、と言えないのか?
河中氏の柄谷批判は、その「交換」が、1対1の個人間をモデルにしそれで終わっている、というところにあった。そんな単独者同士の交換は、実際的にありえず、資本の交換は連鎖であり、たえざる過程にこそあるのであって、そこを抽出して終わる理論とは、マルクスがプルードンを批判していうように、「ばかげた願い」なのだと。
河中氏の立場は、個人(単独者)ではなく、「村」人(集団)から考える、庶民に寄り添った立場から考えたいという「願い」であり、ゆえに、インテリ批判として一貫してきたわけだ。その批判の用語が、カントやヘーゲルといった哲学から、ラカンといった批判対象者が引用する現代思想的なものであり、自身の正鵠な読解によって正すという中央突破的なやり口による。インテリ批判が、創作や詩、あるいは宮沢賢治に象徴されるような素材からだったなら、正確に読み取るという前提さえ難しくなるだろう。しかしそのことによって、3巻を読み終えてみると、すでにある俗説との差異が、わかりにくくなる。たとえば、「荒くれ者」から「資本家(文化人)」への「龍造」の変貌は、「資本(労働力)」として抽象設定された「秋幸」という立場からでなくとも、見えてくる現象である。ヤクザ映画では、そうした時代変化に翻弄される主人公は仰山でてくるだろうし、作家中上の前に出ていただろう。が、事後認識なのが通説のカラクリであって、その同時性の設定で洞察するのは、困難であったろう。いや事後の位置にある私自身が、その認識の深刻度を理解していなかったのだから、その論理上の差異と、その指摘は、決定的なことなのだ。が、すでにある通説に、河中氏の方法論が埋まってしまう印象を持つ。
<「村落共同体」は崩壊した。つまり「村」は、一万年かかってできあがった「村」は、徐々に「資本主義」に浸食されていった。このことは、一体どのようなことなのだろうか?>(第3巻p76)
通説的にも自明な現象への問いを、改めて問う深刻度。柄谷氏はこの「どのようなことなの」かという問いを、「世界史の構造」として提示してみせたわけだ。それは、「一万年」以上も前の、定住以前の世界を想定してみせることによってである。「交換」の段階は、「折り重なって」いるというのが柄谷氏の認識モデルである。が、それは一様にではない。第三段階では、商品交換が主流にはなるが、第一の贈与交換や、第二の略取・再分配の様式がなくなるわけではない、とされる。柄谷氏は、建築史家の中谷礼仁氏の著作から、古墳を迂回して建築された大阪の国道についての例を引用したりしているが、だからといって、古層が強度を失っていない、というのではないだろう。近所の東京は山手通りと早稲田通りの交差点は、かつて古墳であり、そこに浅間神社があり富士塚もあったが、山手通りを通す際の昭和2年に破壊され、旧道は直角に交わり直行するよう改造されている。さらに、家族人類学のエマニュエル・トッドによれば、「村」=「文明」の伝播は、核家族(双系)的な交換様式の残存が濃厚であった周縁地帯における価値、パリ盆地での自由・平等という民主主義的な政体によって頓挫し、とくには文明の辺境地であるアングロサクソン系の個人文化普及によって停滞している状態、となるだろう。この柄谷の空間的モデルと、トッドの歴史的時間モデルは類同している、と私は指摘した。
河中氏は、柄谷氏の『トランスクリティーク』を「無残な失敗」と酷評する。実際、本人がそう認識して次なる『世界史の構造』へと転回したのかは知らないが、私としては、あくまで『探究』の他者論、つまりは個人間の交換論の延長として、「世界史の構造」はある。いや河中氏自身が、<新しい意味での「個人」として成立しうる可能性を持った存在>として、「特殊部落民」を谷川雁の『日本の二重構造』の観点として読もうとするわけでもあるだろう。辛辣な口調とは裏腹に、氏の態度は微妙であり、曖昧=両義的である。
<だが、「右翼」であることには、様々な形があり、「右翼」は何度でも再来するということ、そして、「右翼」であることは、何よりも日本の庶民の情緒的、あるいは心的な構造の中に内在するものに根拠を持つものであり、現れる様々な変遷を辿ることによって、時代の変遷を、社会的変化を描くことができるということを示したように思われるのである。我々は、戦後というものを戦後的理念=「平和」、あるいは民主主義の理念とその批判的な受容、そして、その内在化といった観点の変遷から考えがちである。だが、そうした観点は、知識人の頭の中にしかないもので表層的なものでしかない。むしろ、生活する人間の情緒的なものに根ざした観念的世界がいかに時代の変化を蒙っていくのか、ということのほうがより根底的であり、中上が「右翼」を描くことによって示したのは、こうしたものである。…(略)…いずれにせよ、中上以前の「右翼」は、「個」に現れた形での「右翼」であった。ところが、『異族』の中の「右翼」とは、重層的な関係における、それぞれの位置での「右翼」であり、そのそれぞれの「右翼」の「天皇」や「国家」の現れ方であることに特徴がある。
それは何よりも、中上が「自己意識」に捉われた「個」を脱したということから生まれたものであった。それを我々は、<対象a>=「幻想の村」から、「プレ・モダン」/「モダン」/「ポスト・モダン」の重層性を描く方法として考えた。そうした重層的な位置から、それぞれ世界の捉え方を描いていくということが、中上が到達した地点であり、その完結はしなかったが、結実しかけた成果が『異族』という未完の超大作なのだ。>
第3巻を締める最後の文章は示唆的である。「個」を脱したとされる作家・中上は、「個」の力によって脱したのか? インテリよりか、庶民を凝視し、寄り添う立場を選択した。それは、個の意志によるのか? 量子の観測態度は、それが在ることの確信からの対応・発見であるとして、主体的な意志なのかどうか判然とできない。名づけようのない態度。とりあえずそれを、曖昧な態度、としておこう。しかし、この庶民の近傍に位置する態度は、災厄とともに、ということなのか? 「右翼」の再来としての。理念=規範をなくしたインテリの言動は、事実確認的というよりは、行為遂行的な、パフォーマティブな実践となった。柄谷・浅田らの「批評空間」以降、NAM実践の失敗後に思想ジャーナリズムを席捲したのは、佐藤優氏ということになるが、それは自身の言動がリアル・ポリティクスに影響がありうることを前提としたものだった。発言者の真意は不明だが、外交上の腹の探り合いのような言論が、言説的に仕組まれていくことがめざされた。が、総理を褒めたり貶めたりしながら、影響の真意がわからなくなってくると、佐藤氏は言論活動よりかは、エリート師弟への教育実践に比重を移すようになってきている。しかし、そうした対応どもが、河中氏の言う「戦後の枠組み」の延長での茶番にすぎないのだ。
ばかな息子はどこに行くか? それを見る私の眼は、父の目なのか? 個人のものなのか? かつて子であった私の思いか? 女房も含めた、家族の視点なのか? インテリとしてなのか? 職人としての社会階級的な立場からなのか? 馬鹿同士としてなのか? ……すべては、曖昧なまま推移する。明確にみようとする意欲が、私を曖昧にしてゆく。しかしそれが再来するとき、曖昧なままではすまなくなるだろう。そしてすでに、それは再来しているのだろう。部活をやめるやめないにしても、それは庶民が惹起させる再来的な襲撃なのだ。
河中氏の柄谷批判は、その「交換」が、1対1の個人間をモデルにしそれで終わっている、というところにあった。そんな単独者同士の交換は、実際的にありえず、資本の交換は連鎖であり、たえざる過程にこそあるのであって、そこを抽出して終わる理論とは、マルクスがプルードンを批判していうように、「ばかげた願い」なのだと。
河中氏の立場は、個人(単独者)ではなく、「村」人(集団)から考える、庶民に寄り添った立場から考えたいという「願い」であり、ゆえに、インテリ批判として一貫してきたわけだ。その批判の用語が、カントやヘーゲルといった哲学から、ラカンといった批判対象者が引用する現代思想的なものであり、自身の正鵠な読解によって正すという中央突破的なやり口による。インテリ批判が、創作や詩、あるいは宮沢賢治に象徴されるような素材からだったなら、正確に読み取るという前提さえ難しくなるだろう。しかしそのことによって、3巻を読み終えてみると、すでにある俗説との差異が、わかりにくくなる。たとえば、「荒くれ者」から「資本家(文化人)」への「龍造」の変貌は、「資本(労働力)」として抽象設定された「秋幸」という立場からでなくとも、見えてくる現象である。ヤクザ映画では、そうした時代変化に翻弄される主人公は仰山でてくるだろうし、作家中上の前に出ていただろう。が、事後認識なのが通説のカラクリであって、その同時性の設定で洞察するのは、困難であったろう。いや事後の位置にある私自身が、その認識の深刻度を理解していなかったのだから、その論理上の差異と、その指摘は、決定的なことなのだ。が、すでにある通説に、河中氏の方法論が埋まってしまう印象を持つ。
<「村落共同体」は崩壊した。つまり「村」は、一万年かかってできあがった「村」は、徐々に「資本主義」に浸食されていった。このことは、一体どのようなことなのだろうか?>(第3巻p76)
通説的にも自明な現象への問いを、改めて問う深刻度。柄谷氏はこの「どのようなことなの」かという問いを、「世界史の構造」として提示してみせたわけだ。それは、「一万年」以上も前の、定住以前の世界を想定してみせることによってである。「交換」の段階は、「折り重なって」いるというのが柄谷氏の認識モデルである。が、それは一様にではない。第三段階では、商品交換が主流にはなるが、第一の贈与交換や、第二の略取・再分配の様式がなくなるわけではない、とされる。柄谷氏は、建築史家の中谷礼仁氏の著作から、古墳を迂回して建築された大阪の国道についての例を引用したりしているが、だからといって、古層が強度を失っていない、というのではないだろう。近所の東京は山手通りと早稲田通りの交差点は、かつて古墳であり、そこに浅間神社があり富士塚もあったが、山手通りを通す際の昭和2年に破壊され、旧道は直角に交わり直行するよう改造されている。さらに、家族人類学のエマニュエル・トッドによれば、「村」=「文明」の伝播は、核家族(双系)的な交換様式の残存が濃厚であった周縁地帯における価値、パリ盆地での自由・平等という民主主義的な政体によって頓挫し、とくには文明の辺境地であるアングロサクソン系の個人文化普及によって停滞している状態、となるだろう。この柄谷の空間的モデルと、トッドの歴史的時間モデルは類同している、と私は指摘した。
河中氏は、柄谷氏の『トランスクリティーク』を「無残な失敗」と酷評する。実際、本人がそう認識して次なる『世界史の構造』へと転回したのかは知らないが、私としては、あくまで『探究』の他者論、つまりは個人間の交換論の延長として、「世界史の構造」はある。いや河中氏自身が、<新しい意味での「個人」として成立しうる可能性を持った存在>として、「特殊部落民」を谷川雁の『日本の二重構造』の観点として読もうとするわけでもあるだろう。辛辣な口調とは裏腹に、氏の態度は微妙であり、曖昧=両義的である。
<だが、「右翼」であることには、様々な形があり、「右翼」は何度でも再来するということ、そして、「右翼」であることは、何よりも日本の庶民の情緒的、あるいは心的な構造の中に内在するものに根拠を持つものであり、現れる様々な変遷を辿ることによって、時代の変遷を、社会的変化を描くことができるということを示したように思われるのである。我々は、戦後というものを戦後的理念=「平和」、あるいは民主主義の理念とその批判的な受容、そして、その内在化といった観点の変遷から考えがちである。だが、そうした観点は、知識人の頭の中にしかないもので表層的なものでしかない。むしろ、生活する人間の情緒的なものに根ざした観念的世界がいかに時代の変化を蒙っていくのか、ということのほうがより根底的であり、中上が「右翼」を描くことによって示したのは、こうしたものである。…(略)…いずれにせよ、中上以前の「右翼」は、「個」に現れた形での「右翼」であった。ところが、『異族』の中の「右翼」とは、重層的な関係における、それぞれの位置での「右翼」であり、そのそれぞれの「右翼」の「天皇」や「国家」の現れ方であることに特徴がある。
それは何よりも、中上が「自己意識」に捉われた「個」を脱したということから生まれたものであった。それを我々は、<対象a>=「幻想の村」から、「プレ・モダン」/「モダン」/「ポスト・モダン」の重層性を描く方法として考えた。そうした重層的な位置から、それぞれ世界の捉え方を描いていくということが、中上が到達した地点であり、その完結はしなかったが、結実しかけた成果が『異族』という未完の超大作なのだ。>
第3巻を締める最後の文章は示唆的である。「個」を脱したとされる作家・中上は、「個」の力によって脱したのか? インテリよりか、庶民を凝視し、寄り添う立場を選択した。それは、個の意志によるのか? 量子の観測態度は、それが在ることの確信からの対応・発見であるとして、主体的な意志なのかどうか判然とできない。名づけようのない態度。とりあえずそれを、曖昧な態度、としておこう。しかし、この庶民の近傍に位置する態度は、災厄とともに、ということなのか? 「右翼」の再来としての。理念=規範をなくしたインテリの言動は、事実確認的というよりは、行為遂行的な、パフォーマティブな実践となった。柄谷・浅田らの「批評空間」以降、NAM実践の失敗後に思想ジャーナリズムを席捲したのは、佐藤優氏ということになるが、それは自身の言動がリアル・ポリティクスに影響がありうることを前提としたものだった。発言者の真意は不明だが、外交上の腹の探り合いのような言論が、言説的に仕組まれていくことがめざされた。が、総理を褒めたり貶めたりしながら、影響の真意がわからなくなってくると、佐藤氏は言論活動よりかは、エリート師弟への教育実践に比重を移すようになってきている。しかし、そうした対応どもが、河中氏の言う「戦後の枠組み」の延長での茶番にすぎないのだ。
ばかな息子はどこに行くか? それを見る私の眼は、父の目なのか? 個人のものなのか? かつて子であった私の思いか? 女房も含めた、家族の視点なのか? インテリとしてなのか? 職人としての社会階級的な立場からなのか? 馬鹿同士としてなのか? ……すべては、曖昧なまま推移する。明確にみようとする意欲が、私を曖昧にしてゆく。しかしそれが再来するとき、曖昧なままではすまなくなるだろう。そしてすでに、それは再来しているのだろう。部活をやめるやめないにしても、それは庶民が惹起させる再来的な襲撃なのだ。
2019年9月8日日曜日
宮崎大祐監督・映画『Tourism』を観る
吉祥寺のアップリンクへ、宮崎大祐監督の『Tourism』を見に行った。前作『大和(カリフォルニア)』の感想ブログを、その映画Facebook上で紹介してもらったこともあって、今作をまた私が何か<読み>得ることがでてくるのだろうかと、不安というより期待をもって、夜の上映に足を運んだ。厚木基地周辺・郊外の若者の生態を切り取ったような前作からのスピン・オフな感じで制作されたということだが、むしろ私には、前作に潜在していたテーマ(現実感)が焦点化されて浮き彫りされてきている、と感じられた。それは、前作が、アメリカとの政治的関係を象徴的に描いているとしたら、今作は、経済的な関係が、とくには、政治的な次元としては表象(象徴)されることもない、むしろシステムの表からは排除されているだろう潜在的な現実が前景化されている、と。
そのことはまず冒頭、シェアハウスしている若者、男一人に女二人という家の中で、幽霊がでるという会話から示唆される。経済力がましなもののアパートへの居候(いそうろう)というかつての形ではなく、家賃を分担した公平な形、しかもどうも、朝食も誰かメインな者が作ったものを皆で一緒に、ということではなく、テーブルは同じでも、それぞれが自分の朝食を用意して食べているらしい。彼・彼女たちが、正規の社員ではなく、アルバイトをして金銭を得ているということが、その後のドキュメンタリー的なインタビュー映像とうによって明らかにされる。男のレンタル本の仕分け作業でのスキルのこと、その熟練と習熟によってそこに居座るのではなくむしろ他への転職を考えるきっかけになっていくらしいこと、とくには、主人公のニーナの、雑巾を作っているような工場での単純労働の情景は生々しい。そのニーナには、幽霊がみえないのだった。相棒の彼女スミレには、貸家の廊下の奥だかに座っている男の姿が見え、気味悪がっている。同居の男は、なんとその幽霊と会話が成立し、名前まで知っているというのである。この冒頭のシチュエーションは、見ていて笑えるのだが、映画進展とともに、彼・彼女たちの社会的位置と対応した、深長な意味をもっていることが知れてき、同時に、この映画が、なんで言葉を覚えはじめたばかりなような子供の語りによってはじめられ、終わるのか、という映画全体の枠組みの必然性もが知れてくるのだ。
上映後、映画評論家の人と、今作では配給方面の仕事にまわったという男性との話があった。映画完成度、という理念的な前提をとれば、この対談での意見は正当であったろうとおもう。なんで子供の語りが必要なのか?旅をして成長するビルディングス・ロマンと不思議な国アリスの形式を使うのはいいが異文化との出会いが予定調和的一致になっていないか?スマホの紛失から一転して、郊外での生活感の描写から異世界巡りになるアイデアは面白いが、その置き忘れたスマホをズームしてとるのではなくもっとさらっとやったほうがよかったのでは?……しかし、短期間に即興的に撮影されたこの映画の不完全さ、亀裂の方から映像をみていくと、むしろそうした評価とは正反対の事態が見えてくる。
たとえば、子供の語りについて、配給役にまわったという男性は、「言葉を覚えたばかりくらいの年齢」みたいな印象、ということを述べていた。つまり、単なる子供の声ではなく、まだ赤ん坊の喃語発音が残響しているような、くぐもった声なのだ。ということは、まだ小学校にあがるまえの、5・6歳の男の子が想定されるだろう。その声が、映画の閉めで、5年後にニューヨークでニーナに会うことになる、と言う。ということは、この映画の時点では、0・1歳ということなのか? それとも、この映画はだいぶ昔の話で、子供が歳をとってから、すべてを回想して語るという未来設定の語りなのだろうか? ならば、普通なら、老人の語り声が選ばれるはずだ。しかしそうではない、常識的な現実(設定)を相手にしているのではない、というのは、この映画が、幽霊の、不可視な世界を顕在化させようとしている意図が感じられることから想定しうる。つまりこの子供は、フェアリー、妖精なのだ。しかし、この映画は、おとぎ話(フェアリー・テイル)ではない。現実を、リアルなものを手繰り寄せようとしているのである。
シンガポールのホテルで、スミレは、幽霊をみる。「ウィリアム」と、名前まで知らされている。観光地では、日本植民地化に抵抗した諸民族の死を悼む記念碑を見る場面がある。映像はモノクロになり、銃の音が響く。死者が、彼女たちを取り巻いているのだ。観光客としての彼女たちを。象徴的な世界では、観光客とは、第二の兵士と言われる。リュックを背負い、カメラを手にしている姿が、背嚢に銃という、兵士のイメージと重なり、事実、かつての戦場が、観光地になるからである。兵士は、国のために戦い、そのシンボル体系下において、父や母、家族のために戦う。その今は亡き父・母の、祖先の跡を追悼するかのように、かの地を訪れる。が、彼・彼女たちにとって、家族とは何か?
シェアハウスとが、居候とは違う、新しい形であるのは、そこに、もはや父・母がいないからなのである。自分の規範となるような父も、飯を作ってくれる母もいない。高度成長期の居候には、力関係や依存関係が、父―子、母―子の延長としての形が反映・反復されていただろう。が、もはや、そんなものはない。『大和(カルフォルニア)』では、戦後日本の規範たる、アメリカという不在なる父の痕跡があった。しかしこの映画では、白人の「ウィリアム」は死んでいるのだ。モデルとなる規範や理念が喪失されている世界で、彼女たちは、どうやって「成長」するというのか? 異文化に接して、大人になって帰っていく? そんなことは、もはや不可能なのだ。まして、彼女たちが持っているのは、カメラではない。リアルな映像自体がよそとつながったスマートフォンである。彼女たちは、自立して稼いだ金で観光地にやって来たのではなく、ネット上でのクジにあたってやってきたのである。「生活感」から遠く離れた地点に、彼・彼女たちの現実があるのだ。
この彼・彼女たちが表している現実条件とは何か? 資本主義、ということだ。もう、それしかない世界のなかで、私たちは生きている、生かされている。父の私が、高1になる息子に、何を言っても規範たりえない、なぜなら、資本が父だからである。その父は言いつづけるのだ。「汝、享楽せよ!」と。これは、ラカン派の精神分析上の言葉だ。私は最近、息子のスマホの安全フィルターを解除した。子供を管理しようとすることが意味(有効)のないばかりか、むしろ生きる力を奪ってしまう。ラカンがいうように、もはや父は、子供をなだめるだけだ。「飛び込んでいけ。あとは、偶然しかない。運よく、切り抜けてくれ。」そう、祈ることぐらいしかできないのだ。宝くじで得た金と、汗水流して稼いだ金と、私たちはいま、区別しうる内面(規範)の強さをもっているか? どっちも対等な価値をもっていると、平然としていられるだろう。いや、クジで当たって得た金のほうが、リアルに感じるだろう。私自身、バブル期に大卒したあとの建築現場掃除や配送の夜勤荷分けのバイトをしたあと、雑誌で仕事を探すことにあき、住んでいるアパートの裏にあった植木職人の家庭で30年近く働くようになり、こうして家族をもって過ごしていられるのも、運がよかっただけである。平準では、私の職種で子供をもった家庭を維持するのは難しいが、たまたまそこが昔気質の方針で、育てた師弟は大事にするポリシーを意識的に守っていこうとしていたところなので、そこまで給与があがりボーナスもでるからなのだ。しかし、だからといって、スキルを人一倍身につけた私が職人という意識になれるわけではなく、気分はあくまでフリーターなのである。いまある生は、まさに運の賜物、とは明白なくらいだ。が、逆にいえば、その運から漏れ落ちる人々が、必ずいる、ということが構造化されている、ということになるのだ。「資本論」を書いたマルクスにとって、「労働力」とは、必ず「余り(余剰人員)」が潜在しているという抽象的な現実である。余りだからこそ、フリーター(自由)なのであり、しかしゆえに、それは「絶対的貧困」に、死に隣接している地位なのだ。努力が、むくわれるわけでもなく、むしろ運によることが普通な世界……ニーナと同居している男は、それを倫理として受け止めようとしている。自分たちが、世のシステムから排除され、抑圧され、不可視化されてしまうことに、ゆえに代表制という政治のシンボリックな世界にも参加する機能から外れていることにも、抗うわけでもない。その政治的な不可能性を受け入れることから、シェアハウスのような倫理を模索しているようにみえる。宮崎監督は、シンガポールでも、バスを待つ外国からの出稼ぎ労働者の群れを映していた。あるいは、スマホをなくすことで神隠しにあったニーナを救ったイスラム教の家族の長男は、夜の屋上で地下活動的な演奏に彼女を連れていく。資本構造的には、それは戦争(国家)ではなく、テロに近い場所になる。抑圧されたものの噴出は、亡霊的だというのが資本主義を精神分析したラカン派の洞察である。その亡霊は、潜在した「現実界」の姿なのだ。スマホとは、その根拠を欠いた幻影のような世界に参加するために、究極的なモノとして開発された魔法の杖であろう。リアリズムな表現であるなら、食堂の椅子に置かれ、これから置き忘れようとしているスマホを、思わせぶりなように撮りはしない。が、ズームに露出されつづけることによって、それが日常的な道具というよりは、何か不気味なものに感じられてくる。それは、資本という見えない魔力こそを写し取ろうとしているのだ。
文学畑の私は、宮崎監督の前作『大和(カルフォルニア)』を、基地の作家村上龍を参照することで読解した。今回は、路地(被差別部落)の作家中上健次になった。というか、最近読んでびっくりした評論、河中郁男氏の『中上健次論』(鳥影社)の影響を受けてこの映画感想を書いている。(河中氏の中上論については、ブログで書評するつもりだ。)宮崎氏の前作は、基地という特殊が郊外という一般と対になって把握されていたとおもうが、今作では、むしろ排除された地として、特殊/一般の回路では把握されえない場所、よって幻影として、亡霊としてしか現れえない位相に移動しているのではないか、と思えてきた。たとえば、パンフレットでは、ロケの代役をすることになった中山雄太氏が、こう書きつけている。
<そうした映像がSpecters and Tourism(亡霊と観光客たち)というタイトルのインスタレーションとしてマリーナベイサンズに展示されているのを見るのは不思議な気持ちだった。文字通り観客(Spektator)だった自分らが、再開発の波でビルごと消えた風景のなかで亡霊(Specter)となって、いつものようにニヤニヤとアヴァンギャルドな演奏を見ている。故郷をはなれて行き場を失ったTouristsとなった僕らに出来ることは見れるうちに見ておくこと、主にサイト・シーイング。>
宮崎監督がこの映画で撮ったシンガポールの場所のいくつかは、もう再開発で存在しない、というのである。中上健次は、資本開発されて亡くなっていった路地を小説としてだけでなく、8ミリでも映す活動をしていた。その路地の消滅について、河中氏はこう言う。
<つまり、「資本」という眼に見えないものが「土地」=「自然」を破壊しているのであり、「土地」を削っているのは、「資本」だと言えるのである。
「土地」=「自然」が崩壊することによって、生まれるのは「理性」の崩壊でもある。例えば、次のような現象はそういった「理性」の基盤であるものが壊れることによって、「理性」が抑圧してきたものが立ち現れるということである。…(略)…
この「理性」/「自然」が抑圧してきたものが「地霊」(丹鶴姫と呼ばれた女人の亡霊―引用者註)によって象徴されているものである。「現実界」から出現するのは、こうした「地霊」である。>
おそらく、宮崎氏が透視しようとしているのも、中上の路地(部落)のような現実であり、可視的な基地なのではなく、それが抑圧してきた不可視な基地、いわば潜在的な現実なのだ。だから、この作品は、亡霊の映画となろうとしたのであり、表象しえない、言い換えれば体系化しえない現実を仮にも統合的にするために、世俗の時間軸を超えた、妖精という語り手が必要となってきたのだ。この語り手は、歳をとらない世界、いわば構造的な世界としての一角、「現実界」からの使者なのだ。映画後の対談で指摘された、語りによる「メタレベル」、という階層はもう成立しない。子にとっての父、人にとっての神のような超越的な視点はもはやありえない。監督である宮崎氏自身が、これまで規範=理念としてきたアメリカ映画の形式を捨て、「スキゾ」的に撮れたら、と望んだという。理念=規範として抱いたアメリカはすでに資本の亡霊であり、この統合失調症的な映画をまとめているかのような妖精の語りは、自らもが見えない主人公として、この映像群の亀裂から顔をのぞかせていたのだ。つまり語り手は、映画の主人公=観光客(Spectator)=死者、でもあるのだ。
映画後の対談者の話によると、監督の次回作は、文字通り、「ゾンビ」なのだそうである。それは、いわゆる「想像界」のものではなく、「現実界」から立ち現れた亡霊であるだろう。
2019年8月15日木曜日
三島由紀夫をめぐって
私は三島賞候補になった倉数茂氏の『名もなき王国』を論じて、ゼロなどあるのか、すでに一があるのではないか、といった。そして三島賞をとった鹿島田真希氏の『ゼロの王国』を論じて、主人公(吉田青年=ムイシュキン)はこの女ではなく、あの女を追い求めているのだ、といった。しかもあの女とは前提的な理想像(イデア)ではなく、この女の経験の向こうに洞察されてくるのだと。
大澤真幸氏の『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)は、上のふたつの指摘を論理化しているかもしれない。
<「一だけがある」という主張は、「何もない」(つまり「0」)という命題と同じことに帰着する。「一」だけしかなければ、「一」をまさに「一」として構成する「他」が存在しないからである。
だから「一がある」とは言えない。しかし、「一がない」とも言えないのだ。どうしてか。われわれは確かに「一」を――自らに対して立ち現れる包括的な世界を「一」として――経験するのだが、そのように経験することが可能なのは、「一」が常に、「これには尽きない」という向こう側を、つまり「他」を含意するからだ。だからと言って、その「他」は「一」から独立の実体として存在しているわけでもない。それゆえ、「(「他」から区別された)一がある」と断定することもできない。…(略)…それは、決して積極的には現前しない(現前したときには「こちら側」の要素にすでに転じてしまっている)。つまり、向こう側はつまり「一」に対する「他」は不可能なものとして存在しているのである。>
橋本治氏の立論からすれば、大澤氏の論理は、女からの論理の拒絶=断絶を、もう一度男の論理の体系へ解消していく試み、として映るだろう。橋本氏は、あくまで現象の側だけ、にとどまる。真実(イデア)が向こう側にあろうがなかろうが、関係がないのだ。ニーチェがいうように、女は真実を欲していない。『豊饒の海』の結末で、聡子が清顕のことなど知らない、そんな人いなかったのでは、というのは、そんな事実など、自分には関係ないということであり、それも清顕が結局は女として自分を相手にしなかったからで、そんな過去は、女当人には存在していないに等しいのであり、そんなセリフ(関係)は、「現実にいくらでもあることなのだ」、と橋本氏は言うのである。
<「物語の中」に入り込んでしまった三島由紀夫の胸の中から、その「敗北の記憶」「挫折の記憶」は、いつまでたっても消え去らない。その「屈辱の記憶」を晴らすため、復讐さえも考える。…(略)…三島由紀夫には、それをする必要があった。しかし、「園子=恭子=聡子」として三島由紀夫の中で生かされた「女」は、それをされて喜ぶだろうか? 一方的な復讐と、一方的な贖罪。喜ぶ以前に、そんなことをされる必然を感じるだろうか? よく考えれば分かるはずである。だから、三島由紀夫はよく考えた。そして、それをしたことに対する「園子」の答えも考えられた――「私の記憶にあなたはいない」である。それをして、それはもう無意味だった――かくして三島由紀夫は、女の復讐によって死ぬのである。それが「考えられる唯一の答え」だと悟って、三島由紀夫の一切は崩壊する。>
しかし、三島が女の非論理に直面するのは、彼が実際には大奥のように主人が女である「女の世界」で生きてき、そこから出たからである。その決別を、橋本氏は『サド侯爵夫人』に読み、「≪嘘の中で生きるのは何でもないんだ」と言う女(『恋の帆影』第三幕のますみ)を捨てて、≪それを壊すのはいつも男だ≫(同前)と言われる「男」の世界の住人になった三島由紀夫は、「思想的な色彩」を強くする。」と、跡付けられる。しかし、そうして回帰していったはずの男たち、「友」は、「もう死んで」いた。「その世界の主と争うことの無意味を知」らされていた間、つまりは<女の平和>=戦後の「欺瞞」にいた間に、男たちは死んでいたのだ。敗戦当初、「戦後」を肯定していた三島だったが、その肯定のうちに、回帰すべく世界はなし崩しにされていたのだ。「『豊饒の海』の冒頭に置かれる「死者」の写真は、それを物語るのだ」と橋本氏は締めくくる。この読解の中では、無(女)と有(男)は、論理矛盾が解消されるよう体系化されるのでなく、断絶したままほうっておかれているだろう。で、それでいいのか?
おそらく、橋本氏の解答は、論理体系を前提にするものではないので、今の経験(時代)上ではわからない、というものだろう。三島の問題は、近代の問題であり、男の問題であり(漱石遺作の『明暗』なども、女から復讐される男の物語であるだろう…)、それが崩壊してきているのが事実だとしても、崩壊しきっているわけではない。そんな中で、世に出た女たちのスキャンダルな事件を受けて、とくには政治家になった女たちにいう、「少しは「全体のこと」を考えようよ。」と(『父権性の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』朝日新書)。……経験的な範疇、世俗現象にとどまるのが立論だとしても、「全体」という男の体系をいきなりもちだしていいのか? というか、そういう曖昧な態度の許容は、今ある、提示された事実の無考慮や誤認からくるのでないか、というのが私の意見、指摘である。同じ経験的な立場、演繹論理ではなく、帰納的な歴史実証を基礎にして思考を提示する立場として、ここで私はエマニュエル・トッドを介在させたい。
橋本氏は、江戸時代の識字率の高さを持ち上げたりし、それが、「日本」のイメージ、クールジャパンとかの政治的なキャンペーンとも重なってくる認識を前提しているが、トッドによれば、当時でさえ、スウェーデンやドイツでより高い地域があったと例示している(トッド・ノート(7)他)。というか、序列に意味があるわけではなく、封建制的なところ、父権性が伝播してきたがなお双系的な地盤が根強いところでは、母の影響力が強く、識字率もあがる、というところに歴史的な意味がでてくる、というのだ。そして歴史以前の、双系的現実が強いところ、文明伝播(父権性)が行き届いていない地域では、核家族的な原則、いわば民主主義的な自由と平等の傾向が強く残存していることになる。つまり、橋本氏が「近代」として認める原則、個人の台頭や女権の拡張、父権性の崩壊といった現象は、むしろ、文明の一時的停滞、伝播の頓挫過程、とも言えてくるのである。歴史が不可逆だとしても、構造的な循環、ここでは、文明の逆襲もが想定されるのだ。現今の、アメリカが退潮し、中国、ロシア等と、その非民主的な帝国的価値が勢力を復興してきているのは、その表れなのかもしれないのである。
という観点に立った場合、橋本氏の立論は、有効だろうか? 世俗的な現実性として、橋本氏の洞察は驚愕にあたいする。世界の無だと、男たちが大仰にとらえたところを、女がおまえのことなど知らない、忘れた、といっているだけだ、というのだから。倉数氏の『名もなき…』には、インテリを軽蔑していた風俗女が、インテリの命をかけた行為を目の当たりにして、理解を改めて男によりそう、というエピソードがあるが、もしかして、軽蔑された男はそのまま軽蔑され続ける方が「よくある話」なのかもしれない。三島由紀夫はそう悟ったのだ、と橋本氏は言う。そして、だから「美しい」のだと。――<自分の人生の無意味を無意味として明確に摘出するその行為が美しくなかったら、人は「美しい」という言葉を捨てなければならない。>この「美」の感性は、橋本氏が、三島は「空に北極星があるように「美という概念」が不動の形で存在している」と認識しているのだと、イデアの一般的理解を提示しているときの「美」とは違う。正直な姿は美しい、とでも言おうか。むろん、大澤氏の矛盾止揚した論理の「美」とも違う。近いのは、おそらく、村上春樹氏の、『納屋を焼く』、だ。
<世間というか、その汚れと無縁に生きることが可能であったエリート作家の悲劇ともいえる。建前と本音を、器用に使いわける、現代の日本人を、あまりにも知らなすぎた。
いや、知らなかったわけではない。見聞きする処世術の巧みさに苛立っていたことだろう。だが、それすら肌にしみこませたものではなく、あくまで思考するなかでのことだったのだ。>(小室直樹著『三島由紀夫が復活する』 毎日ワンズ)
<入定という言葉は知っていたが、現実にそれにあうのは初めての人が多かった。案山禅師のように入定と云っても、実は凍死に近い死に方であったならば、そこに当然の批判が出る。入定とは断食による宗教的自殺行為である。食を断ち水だけで何日間持つか、又、その苦痛に本人がどれだけ耐えられるかは興味深い問題であった。
身禄が入定を予告し、七合五勺の岩小屋に籠った瞬間、多くの人の眼は七合五勺の岩小屋に向けられた。>(新田次郎著『富士に死す』 文藝春秋)
小室氏によれば、富士山には、死の世界に旅立った三島を受け止めている不二山人が住んでいるという。江戸時代、その富士山で入定した食行身禄は、エリートではない。その自決を、江戸庶民は愚行や白痴とはみなかった。それは、時代遅れではなかったからで、三島のそれは、そうだったからか?
私には、人は、橋本氏やトッドのように歴史、時間的な存在としてだけではなく、やはり、大澤氏がみるような、空間的、論理形式的にも生存しているようにみえる。帝国の逆襲の向こう側に、時代に流されるだけではなく、違った世界を見てしまうのは、インテリ男特有の、夢想原理なのだろうか?
大澤真幸氏の『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)は、上のふたつの指摘を論理化しているかもしれない。
<「一だけがある」という主張は、「何もない」(つまり「0」)という命題と同じことに帰着する。「一」だけしかなければ、「一」をまさに「一」として構成する「他」が存在しないからである。
だから「一がある」とは言えない。しかし、「一がない」とも言えないのだ。どうしてか。われわれは確かに「一」を――自らに対して立ち現れる包括的な世界を「一」として――経験するのだが、そのように経験することが可能なのは、「一」が常に、「これには尽きない」という向こう側を、つまり「他」を含意するからだ。だからと言って、その「他」は「一」から独立の実体として存在しているわけでもない。それゆえ、「(「他」から区別された)一がある」と断定することもできない。…(略)…それは、決して積極的には現前しない(現前したときには「こちら側」の要素にすでに転じてしまっている)。つまり、向こう側はつまり「一」に対する「他」は不可能なものとして存在しているのである。>
あの女は、あくまでこの女の現象によって在る。あるいは、現象によってしかない。大澤氏の解析では、三島がそう感触していたのは、『金閣寺』での美女の名前が「有為子」とされることに示唆されているという。無為(ゼロ)ではなく、あくまで「美のイデアは現象(有為)」なのであると。逆に言えば、そのないものがあるとされるには、強引な行動によってこそその存在が確信される、という論理も発生させる。世の覆い(ヴェール)が在るからこそ、その向こう側のないものが在ることになるのだから、そのヴェールを押し続ける、極端には破壊する、という行為が、そのないものへの信仰の証明にもなるからだ。『金閣寺』の放火とはそのようなものであり、三島の割腹もそのような論理であった、というのが大澤氏の見立てである。そして燃やす対象はどんな建物でもよいのではなく、切り裂かれる肉体も、貧弱なものではよくない、という話にもなる、とされてくる。
大澤氏は、この三島の結末、最期作『豊穣の海』での主人公をないものとする虚無、それゆえにこその自身自らの破壊行為は、三島にとっては、抑圧されたものの回帰とそれへの反動だ、とみている。いわば、有為子となざした感触は、無意識的な筆記で、忘却されるべきものだった。しかし、「ない」と言ったのは、女自身からではなかったか。男が、そう認識したのではない。つまりそれは、男の論理体系にあるわけではない。たとえ、そう男の作家が書きつけたとしても、である。そういう立論によるのが、橋本治氏の、『「三島由紀夫」とは何だったのか』(新潮文庫)であろう。橋本治氏の立論からすれば、大澤氏の論理は、女からの論理の拒絶=断絶を、もう一度男の論理の体系へ解消していく試み、として映るだろう。橋本氏は、あくまで現象の側だけ、にとどまる。真実(イデア)が向こう側にあろうがなかろうが、関係がないのだ。ニーチェがいうように、女は真実を欲していない。『豊饒の海』の結末で、聡子が清顕のことなど知らない、そんな人いなかったのでは、というのは、そんな事実など、自分には関係ないということであり、それも清顕が結局は女として自分を相手にしなかったからで、そんな過去は、女当人には存在していないに等しいのであり、そんなセリフ(関係)は、「現実にいくらでもあることなのだ」、と橋本氏は言うのである。
<「物語の中」に入り込んでしまった三島由紀夫の胸の中から、その「敗北の記憶」「挫折の記憶」は、いつまでたっても消え去らない。その「屈辱の記憶」を晴らすため、復讐さえも考える。…(略)…三島由紀夫には、それをする必要があった。しかし、「園子=恭子=聡子」として三島由紀夫の中で生かされた「女」は、それをされて喜ぶだろうか? 一方的な復讐と、一方的な贖罪。喜ぶ以前に、そんなことをされる必然を感じるだろうか? よく考えれば分かるはずである。だから、三島由紀夫はよく考えた。そして、それをしたことに対する「園子」の答えも考えられた――「私の記憶にあなたはいない」である。それをして、それはもう無意味だった――かくして三島由紀夫は、女の復讐によって死ぬのである。それが「考えられる唯一の答え」だと悟って、三島由紀夫の一切は崩壊する。>
しかし、三島が女の非論理に直面するのは、彼が実際には大奥のように主人が女である「女の世界」で生きてき、そこから出たからである。その決別を、橋本氏は『サド侯爵夫人』に読み、「≪嘘の中で生きるのは何でもないんだ」と言う女(『恋の帆影』第三幕のますみ)を捨てて、≪それを壊すのはいつも男だ≫(同前)と言われる「男」の世界の住人になった三島由紀夫は、「思想的な色彩」を強くする。」と、跡付けられる。しかし、そうして回帰していったはずの男たち、「友」は、「もう死んで」いた。「その世界の主と争うことの無意味を知」らされていた間、つまりは<女の平和>=戦後の「欺瞞」にいた間に、男たちは死んでいたのだ。敗戦当初、「戦後」を肯定していた三島だったが、その肯定のうちに、回帰すべく世界はなし崩しにされていたのだ。「『豊饒の海』の冒頭に置かれる「死者」の写真は、それを物語るのだ」と橋本氏は締めくくる。この読解の中では、無(女)と有(男)は、論理矛盾が解消されるよう体系化されるのでなく、断絶したままほうっておかれているだろう。で、それでいいのか?
おそらく、橋本氏の解答は、論理体系を前提にするものではないので、今の経験(時代)上ではわからない、というものだろう。三島の問題は、近代の問題であり、男の問題であり(漱石遺作の『明暗』なども、女から復讐される男の物語であるだろう…)、それが崩壊してきているのが事実だとしても、崩壊しきっているわけではない。そんな中で、世に出た女たちのスキャンダルな事件を受けて、とくには政治家になった女たちにいう、「少しは「全体のこと」を考えようよ。」と(『父権性の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』朝日新書)。……経験的な範疇、世俗現象にとどまるのが立論だとしても、「全体」という男の体系をいきなりもちだしていいのか? というか、そういう曖昧な態度の許容は、今ある、提示された事実の無考慮や誤認からくるのでないか、というのが私の意見、指摘である。同じ経験的な立場、演繹論理ではなく、帰納的な歴史実証を基礎にして思考を提示する立場として、ここで私はエマニュエル・トッドを介在させたい。
橋本氏は、江戸時代の識字率の高さを持ち上げたりし、それが、「日本」のイメージ、クールジャパンとかの政治的なキャンペーンとも重なってくる認識を前提しているが、トッドによれば、当時でさえ、スウェーデンやドイツでより高い地域があったと例示している(トッド・ノート(7)他)。というか、序列に意味があるわけではなく、封建制的なところ、父権性が伝播してきたがなお双系的な地盤が根強いところでは、母の影響力が強く、識字率もあがる、というところに歴史的な意味がでてくる、というのだ。そして歴史以前の、双系的現実が強いところ、文明伝播(父権性)が行き届いていない地域では、核家族的な原則、いわば民主主義的な自由と平等の傾向が強く残存していることになる。つまり、橋本氏が「近代」として認める原則、個人の台頭や女権の拡張、父権性の崩壊といった現象は、むしろ、文明の一時的停滞、伝播の頓挫過程、とも言えてくるのである。歴史が不可逆だとしても、構造的な循環、ここでは、文明の逆襲もが想定されるのだ。現今の、アメリカが退潮し、中国、ロシア等と、その非民主的な帝国的価値が勢力を復興してきているのは、その表れなのかもしれないのである。
という観点に立った場合、橋本氏の立論は、有効だろうか? 世俗的な現実性として、橋本氏の洞察は驚愕にあたいする。世界の無だと、男たちが大仰にとらえたところを、女がおまえのことなど知らない、忘れた、といっているだけだ、というのだから。倉数氏の『名もなき…』には、インテリを軽蔑していた風俗女が、インテリの命をかけた行為を目の当たりにして、理解を改めて男によりそう、というエピソードがあるが、もしかして、軽蔑された男はそのまま軽蔑され続ける方が「よくある話」なのかもしれない。三島由紀夫はそう悟ったのだ、と橋本氏は言う。そして、だから「美しい」のだと。――<自分の人生の無意味を無意味として明確に摘出するその行為が美しくなかったら、人は「美しい」という言葉を捨てなければならない。>この「美」の感性は、橋本氏が、三島は「空に北極星があるように「美という概念」が不動の形で存在している」と認識しているのだと、イデアの一般的理解を提示しているときの「美」とは違う。正直な姿は美しい、とでも言おうか。むろん、大澤氏の矛盾止揚した論理の「美」とも違う。近いのは、おそらく、村上春樹氏の、『納屋を焼く』、だ。
三島は、「金閣寺」を焼いた。切腹する肉体は、鍛え抜かれた美しいものでなければならなかった。ありふれた、貧弱な姿ではいけないのだ、というのが、大澤氏も受け入れている「美」(イデア)の前提である。これを、「崇高」と置き換えてもいい。ナショナリズムの人員動員に匹敵する、対抗しうる人心掌握が、政治的に志向=思考されているからだ。が、村上氏は、いわばそれに否、というより、嫌みをみせつけているのだ。大仰に考えるなよ、と。が、大見えを切る立場、目立つのはいやなので、控えめをよそおい、ひそかな指摘だけをしている。柄谷行人氏は、それこそが「ロマンティッシュ・イロニー」であり、日本浪漫派なのであり、その思想は、三島よりも川端康成にこそ代表されるものなのだと指摘したわけだ。しかしその立場は逆に、エリートな、エスタブリッシュメントな立場ではなく、庶民の立場の代弁という趣向をもつ。村上氏が、オウム真理教の幹部エリートたる加害者ではなく、被害者のほうにこそ共感をよせる文章をつづるのも、その表れだ。そして村上氏が、一貫して標的としてきたのが、どうも三島であるらしいのは、色々指摘されてきた。おそらく、『納屋を焼く』も、『金閣寺』のパロディーなのだ。卑しき姿にだって、燃やす価値のある「美」はあり、人々はそこに魅せられる病を抱え込んでいる、抱え込んでしまっている。そしてそこにフォークナーが介在されるので、つまり、敗戦(南北戦争の南軍=日本軍)を、自分が、そして父たちが、いわば庶民的な民衆が、本当はどう受け止めて心情しているのか、その真実を、屈折した病を摘出し告発したいのである。庶民を真に理解しているのは三島じゃない、俺だ、ということだ。上から目線でものをいうのはよせ、と。しかし、「二度とあやまちはくりかえしませぬから」とおもうとき、私たちは、被害者から考えるのか、加害者から考えたほうがいいのか? というか、歴史的教訓は、被害者(民衆)もが加害者だった、ということにあり、それが実証されてきたことだ。被害者の側からでは、関係なかったのに、というウソにしかならない。つまりは、戦後の、ウソでもいい女の平和を肯定することにしかならない。「記憶にございません」、「ウソだろ」、と女を問い詰めてはいけないのか?(もちろん正解は、真実(有)を抱え込んだウソ(無)という在り方にこそあるので、そう女を問い詰めることこそが真実から遠ざかる、野暮になる。) 女として相手にされなかったから、きちんと戦争に参加できなかったから、ないことにする……黙って揶揄することが、有効な言説になる、とでもいうのか? 嫌みという、女の非論理な論理をとおしていればいい、ということになるのか?
<世間というか、その汚れと無縁に生きることが可能であったエリート作家の悲劇ともいえる。建前と本音を、器用に使いわける、現代の日本人を、あまりにも知らなすぎた。
いや、知らなかったわけではない。見聞きする処世術の巧みさに苛立っていたことだろう。だが、それすら肌にしみこませたものではなく、あくまで思考するなかでのことだったのだ。>(小室直樹著『三島由紀夫が復活する』 毎日ワンズ)
エリート三島の愚行とされるものは、公爵ムイシュキンが『白痴』と呼ばれるものと形式的には同等だ。この人のなかに、あの人を追い求めていったのだから。違うのは、三島が面食い、あくまできれいな表象を通すのに、ドストエフスキーは、むしろ不幸せな表象を通すことだろう。だから三島は卑しき天皇、人間宣言を認めず、ドストエフスキーやキルケゴールは、むしろ卑しき人間が神であったことに、恐れおののくのである。(村上春樹氏には、卑しき姿から超越的なものをみようとする感覚こそがないだろう。)その人間関係(経験)からあの表象(イデア)を見ようとする志向=思考は、エリートや、男たちの論理として片づけていいものなのだろうか? 鹿島田氏の作品は、男の論理を身につけた女の産物だとすませられるのだろうか?
もともと、私がこうした論考を、今年の問題意識の延長でつづるようになった最初には、東京の植木職人の朴石による庭の考察から、富士講という江戸時代一番栄えた庶民信仰のことに思いが及び始めたからである。<入定という言葉は知っていたが、現実にそれにあうのは初めての人が多かった。案山禅師のように入定と云っても、実は凍死に近い死に方であったならば、そこに当然の批判が出る。入定とは断食による宗教的自殺行為である。食を断ち水だけで何日間持つか、又、その苦痛に本人がどれだけ耐えられるかは興味深い問題であった。
身禄が入定を予告し、七合五勺の岩小屋に籠った瞬間、多くの人の眼は七合五勺の岩小屋に向けられた。>(新田次郎著『富士に死す』 文藝春秋)
小室氏によれば、富士山には、死の世界に旅立った三島を受け止めている不二山人が住んでいるという。江戸時代、その富士山で入定した食行身禄は、エリートではない。その自決を、江戸庶民は愚行や白痴とはみなかった。それは、時代遅れではなかったからで、三島のそれは、そうだったからか?
私には、人は、橋本氏やトッドのように歴史、時間的な存在としてだけではなく、やはり、大澤氏がみるような、空間的、論理形式的にも生存しているようにみえる。帝国の逆襲の向こう側に、時代に流されるだけではなく、違った世界を見てしまうのは、インテリ男特有の、夢想原理なのだろうか?
2019年8月11日日曜日
鹿島田真希著『ゼロの王国』から(2)
ドストエフスキーは、なぜ『白痴』という作品において、日本人の「切腹」という文化に言及したのだろうか? つまりは、現代のイエスとして造形されたムイシュキンという主人公と「切腹」とが、どんな関連にあるというのだろうか?
その中心的主題ともいうべき点を熟考するに、私は、日本の文化を解析してみせた、ルイス・ヴェネディクトの『菊と刀』における、日本人の「恩」と「恥」という表裏一体となった感覚についての記述が、有効ではないかと指摘する。その箇所は、鹿島田氏の『ゼロの王国』を論じた前回ブログ冒頭で引用した部分である。とくには、「並々ならぬ恩恵をほどこされて恥辱を感じる、なぜなら自分はそのようなことをしてもらうに値しないから。」――このように人間関係を要約する記述は、鹿島田氏が「白痴」から抽出してきた純粋な人間関係の原理性と重なる。ムイシュキン(吉田青年)と対面しだす者たちはみな、彼と対等に関係するには値しないと感じてしまう。とくに女性は、自分は彼にはふさわしくない、と思い詰めるようになる。恋人という特定の関係の枠でお互いがフェアであろうとするには、彼との関係で自分の不甲斐なさ、不完全性さが露呈してくるようになるからである。同性愛志向をもつでもない男同士でなら、そこまで思いつめるところまではいかない。それどころか、彼は、女をめぐる闘争から、自ら降りてしまう男であるので、競争相手にならない。ムイシュキンも吉田青年も、一度は女を他の男から奪うということになりながら、可笑しな関係に逆戻りする。彼とは対等になれない女の方は、私と同じように怒ってくれ、ののしるようになってくれ、そうすればお互いが不完全な存在同士としてフェアになれるのに、両青年は天然的にそうできないのだ。鹿島田氏は、その天然を、「自尊心から無縁な人物」「喜んで相手の奴隷となる人物」と言語化する。いいかえればそれは、奴隷となっても「恥」を感じないということ、自己愛的な自分がいない、ということだ。しかしそれは、彼らが逆に他人をして「恩」を与えつづける人物であり、「恥」をかかせつづける人物だということになる。奴隷のように自らを差し出して生きる人物。
ということは、彼らにあっては、経験が時間的に経験化、蓄積されていなかない、ということだ。洞察といっても、それは不純物の継起、歴史的な考察によっているというよりは、一瞬芸的に見抜く力なのである。この力の前では、過去は堆積されていくのではなく、更新されてしまう。つまりは、彼らはキルケゴール的な意味での反復を生きてしまう者なのである。いつも新しく、だから、白痴なのだ。『ゼロの王国』が、ユキと別れた吉田青年の、次なる恋愛関係の更新へといきそうな暗示で結末されていくのは、それゆえだ。が、ドストエフスキーによれば、そう更新できるのも、27歳ぐらいまで、ということになる。吉田青年は、その歳になるまでには、まだ数年ある。私は、この27歳という循環(経験知)を、カントの啓蒙思想から読んだ。自然(生理)の成長とはズレのある人間には、もう一循環の人為的な経験、職人が技術を習得するには10年かかると言われるように、文化的な社会人となるためには、もうひとサイクルな一節が必要になるのだと。この一節とは、三島由紀夫が『午後の曳航』で問題化したように、13年である。自然的には、そこで成人となり、儀礼がある。近代法でも、その自然性が反映されている。しかし形式的に大人社会に参加しえたとしても、市民として一人前になるには、もう一節が人間には必要なのだ。幼児のように記憶が更新されてしまう吉田青年が世間に適応できる限度は、精神病院に戻っていったムイシュキンが下地であるなら、それゆえ27歳になるだろう、ということだ。
しかしもちろん、神は切腹しない。ムイシュキンや吉田青年が切腹から遠い、恥を感じない人物として造形されているのは、逆に人間がどういう原理的な関係性に在るかをより明快にするためである。歴史を忘れ、大国(アメリカ)に隷属しても恥を感じていない(ふりをしている、ということにしかならない)民衆の政治性をあからさまにするためではない。いや、ドストエフスキーには、ロシアの政治性を分析しようとているコードは、作品に挿入されているかもしれない。私はそれを読めていないが、ポリフォニーという世俗的な形式性が、そう推論させるだろう。逆に、鹿島田氏の語り形式は、より端的に、以上の問題を焦点的に考察するに有効となっているだろう。
その中心的主題ともいうべき点を熟考するに、私は、日本の文化を解析してみせた、ルイス・ヴェネディクトの『菊と刀』における、日本人の「恩」と「恥」という表裏一体となった感覚についての記述が、有効ではないかと指摘する。その箇所は、鹿島田氏の『ゼロの王国』を論じた前回ブログ冒頭で引用した部分である。とくには、「並々ならぬ恩恵をほどこされて恥辱を感じる、なぜなら自分はそのようなことをしてもらうに値しないから。」――このように人間関係を要約する記述は、鹿島田氏が「白痴」から抽出してきた純粋な人間関係の原理性と重なる。ムイシュキン(吉田青年)と対面しだす者たちはみな、彼と対等に関係するには値しないと感じてしまう。とくに女性は、自分は彼にはふさわしくない、と思い詰めるようになる。恋人という特定の関係の枠でお互いがフェアであろうとするには、彼との関係で自分の不甲斐なさ、不完全性さが露呈してくるようになるからである。同性愛志向をもつでもない男同士でなら、そこまで思いつめるところまではいかない。それどころか、彼は、女をめぐる闘争から、自ら降りてしまう男であるので、競争相手にならない。ムイシュキンも吉田青年も、一度は女を他の男から奪うということになりながら、可笑しな関係に逆戻りする。彼とは対等になれない女の方は、私と同じように怒ってくれ、ののしるようになってくれ、そうすればお互いが不完全な存在同士としてフェアになれるのに、両青年は天然的にそうできないのだ。鹿島田氏は、その天然を、「自尊心から無縁な人物」「喜んで相手の奴隷となる人物」と言語化する。いいかえればそれは、奴隷となっても「恥」を感じないということ、自己愛的な自分がいない、ということだ。しかしそれは、彼らが逆に他人をして「恩」を与えつづける人物であり、「恥」をかかせつづける人物だということになる。奴隷のように自らを差し出して生きる人物。
しかし、彼らをめぐる関係がこじれてくるのは、そこからなのだ。なぜなら彼らは、この目前の女や男に卑屈になり、謙遜しているわけではないからである。ムイシュキンは、うらぶれたナスターシャは本当はこんな人ではないと、むしろ「あの」人を追い求めていく。彼女は一瞬その洞察にたじろぎ理解者を得たと恋するようになるが、そのことに耐えられなくなる。自分は彼が見てくれているあの自分に成れることはもうない、反復は不可能なのだと思い知らされて。吉田青年のエリやユキを見る見方にも、この人を超えたあの人があり、彼女たちは理解と拒絶という二律背反に葛藤することになる。「あの」とは完全性であり理想像であるが、それは仮説的・演繹的・理念的に前提としてあるとされているのではない。それならば、人間はそうあるべきだ、というイデオロギーと同様なものになるだろう。そうではなく、彼らは、まさにこの経験の表象から、とくには不幸な姿から、むしろ帰納的に「あの」存在性を洞察してくるのである。ニーチェは、イエスのことを、「洞察力をもった白痴」と呼んだ。彼らの無垢も、知性の産物なのだ。この不純さの中に、あの純粋な原石が宿っていると見抜くことが生きることなのである。
ということは、彼らにあっては、経験が時間的に経験化、蓄積されていなかない、ということだ。洞察といっても、それは不純物の継起、歴史的な考察によっているというよりは、一瞬芸的に見抜く力なのである。この力の前では、過去は堆積されていくのではなく、更新されてしまう。つまりは、彼らはキルケゴール的な意味での反復を生きてしまう者なのである。いつも新しく、だから、白痴なのだ。『ゼロの王国』が、ユキと別れた吉田青年の、次なる恋愛関係の更新へといきそうな暗示で結末されていくのは、それゆえだ。が、ドストエフスキーによれば、そう更新できるのも、27歳ぐらいまで、ということになる。吉田青年は、その歳になるまでには、まだ数年ある。私は、この27歳という循環(経験知)を、カントの啓蒙思想から読んだ。自然(生理)の成長とはズレのある人間には、もう一循環の人為的な経験、職人が技術を習得するには10年かかると言われるように、文化的な社会人となるためには、もうひとサイクルな一節が必要になるのだと。この一節とは、三島由紀夫が『午後の曳航』で問題化したように、13年である。自然的には、そこで成人となり、儀礼がある。近代法でも、その自然性が反映されている。しかし形式的に大人社会に参加しえたとしても、市民として一人前になるには、もう一節が人間には必要なのだ。幼児のように記憶が更新されてしまう吉田青年が世間に適応できる限度は、精神病院に戻っていったムイシュキンが下地であるなら、それゆえ27歳になるだろう、ということだ。
そうした彼ら――イエス、ムイシュキン、吉田青年――が、「切腹」に関わるとしたら、どこにおいてであろうか? むろん、「恥(恩)」を与える、という関係においてだ。より一般的にいえば、「贈与」ということになろう。マルセル・モースは、この関係に在るものを、他の部族社会の事例からとって「マナ」や「ハウ」と呼んだわけだ。わけはよくわからないが、負い目(恩義)を発生させてしまうので、そのモノを、霊的な力、とみたわけだ。そしてもともと、切腹は、この目に見えぬ霊的な力を、真実を白日の下にさらす、さらしたい、という狩猟民的な衝動からきている、と考察されている(千葉徳爾の民俗学など)。ヴェネディクトの指摘にあるように、「恥は身を切られるような感覚をともなう」「日本」がいまだ原始的であるといえるとしても、その原始性を人類は抱え込んでいるのだ。アウシュビッツや自然災害で生き延びた者が感じてしまう「恥辱」(レヴィナスやレベッカ・ソルニット)というのも指摘・考察されている。ドストエフスキーが、恥辱を与えた者の前で腹を切って見せるという日本人の仕草を引き出したのは、実はそれが特異ではなく、普遍的であると洞察したからである。極論的にいってみれば、生きることは、他人の間にあることであり、それだけで恥ずかしいことなのであり、死にたくもなることなのだ。この根源的な困難に、私たちは、どう立ち向かおうというのか?
しかしもちろん、神は切腹しない。ムイシュキンや吉田青年が切腹から遠い、恥を感じない人物として造形されているのは、逆に人間がどういう原理的な関係性に在るかをより明快にするためである。歴史を忘れ、大国(アメリカ)に隷属しても恥を感じていない(ふりをしている、ということにしかならない)民衆の政治性をあからさまにするためではない。いや、ドストエフスキーには、ロシアの政治性を分析しようとているコードは、作品に挿入されているかもしれない。私はそれを読めていないが、ポリフォニーという世俗的な形式性が、そう推論させるだろう。逆に、鹿島田氏の語り形式は、より端的に、以上の問題を焦点的に考察するに有効となっているだろう。
2019年7月21日日曜日
『ゼロの王国』(鹿島田真希著)から
「日常的な感謝の言い回しで、「気の毒」と同じように心苦しさを示すものはほかにもある。たとえば、個人経営の店主の常套句、「すみません」。その意味はこうである。「あなたから恩を受けましたが、現代の経済の仕組みの中では、恩返しをすることができません。このような立場にいることを心苦しく思います」。「すみません」は通常、「ありがとう」「感謝しています」、または「申し訳ありません」「お詫びします」などの意味で用いられる。…(略)…日本人の受け止め方によれば、「すみません」と同様の態度をもっと強く示している言葉としては、「かたじけない」がある。この言葉も、感謝の念を表しており、漢字では「辱」や「忝」を使って表す。いずれの漢字にも、「侮辱された」と「感謝している」の両方の意味がある。日本の国語辞典によれば、「かたじけない」という言葉は、次のように言っているのに等しいという。並々ならぬ恩恵をほどこされて恥辱を感じる、なぜなら自分はそのようなことをしてもらうに値しないから。このフレーズを使うと、恩を受ける際に感じた恥を率直に認めたことになる。ちなみに、後述するように日本では、恥は身を切られるような感覚をともなう」(『菊と刀』ルース・ベネディクト著/角田安正訳 光文社古典訳文庫)
鹿島田真希氏の『ゼロの王国』(講談社)は、ドストエフスキーの『白痴』を下敷きにしている。
『名もなき王国』のタイトルの由来は、作者の意図するところとしては、おそらく、作家の想像力、虚構の世界、つまりは小説だ、ということであろう。作品に即して言えば、無名作家の伯母(女性)の世界、ということだ。では、『ゼロの王国』とは何か? 一度読んだかぎりでは、それを示唆するような用語はこの作中には、私はみだせなかった。しかし、発表年代も近い鹿島田氏の作品に、『来たれ、野球部』(講談社)というのがある。そこから判断すると、この「ゼロの王国」というのも、非現実の世界、文学少女(少年)の想像力(妄想)でできあがった観念王国、ということらしい。そしてその王国の支配者(女子高生)は、飛び降り自殺することになり、その彼女を模倣する野球部のエース(少年)は、現実的な生きる力をもった幼馴染の同級生(少女)に救われる、目覚めさせられる、というのがその作品の趣旨であった。そして、この幼馴染同士の男女関係は、『ゼロの王国』の男女関係、いわば、ドストエフスキー『白痴』の、ムシシュキン公爵と彼をめぐる女性との関係をなぞっている。『ゼロの王国』では、ムイシュキン役は、宛名書きのバイトをこなす青年なのが、『来たれ、野球部』では、少女になっているわけだ。つまり、この男女交換可能性は、作者の追求が、より抽出度の高い人間関係の原点にある、ということを示唆しているだろう。私はこの抽象関係を、「ゼロ(原点)」と読んだのだった。いいかえれば、世俗的というよりは、純粋な人間関係とは何か、それが現実成立可能なのか、それで王国(世界)を作れるのか、という探究である。
ドストエフスキーの『白痴』を、『ゼロの王国』テーマと同様なものとして、全体(類)を愛する者が一人の人間(女性)を愛することができるのか、と集約してみることはできるだろう。しかし、その作品は、雑の一種たるポリフォニーと把握される。主人公が多様な価値をもってせめぎあっている、ということだけではない。それならば、『ゼロの王国』でも、まさに『白痴』のキャラクターをなぞるような配役がなされている。しかし『ゼロの王国』には、雑居感がない。類と個の愛の葛藤テーマを哲学的にしぼって、婚約者と結婚すべきかどうかを描写したキルケゴールの『あれか、これか』でも、雑居感は伴う。『ゼロの王国』の主人公たちは、肉のない書き割りのようだ。しかしこれは、小説的な技法が未熟だから、ということだろうか? 鹿島田氏の純粋な小説の語りの技法を、阿部和重氏は評価している。いくつも賞をとっているのだから、技量はあるに決まっているのだ。では、何がないのか? 文字通り、人格だ、と私は言おう。主人公の強度(血肉)は、そのキャラを、作者が本当に持ちえているのか、ということで決まる、というのは、論理的には前提として想定されもすることだろう。が、当然な前提にはなりえない。東氏の『クァンタム・ファミリー』でならば、「同一性検索障害」とでも形容される病気になるかもしれない。しかし東氏のこの作品自体は、一つの、いわば文学外的な専門知識を持ったものの、その専門的言語ゲームによる言葉遊び、コピーライターのような用語で構成が成立していっているようにみえる。つまり読書全体として感じられるのは、血肉あるキャラの多様性というよりは、一つの言語ゲームに習熟した一人格である。作品の辻褄があって構成が完結的になればなるほど、その感が強くなる。比べて、倉数氏の作品は、辻褄が完全にあってないぶん、全体の綻びから、むしろ文学としての雑さが「少しだけ」感触されてくるのだ。
鹿島田真希氏の『ゼロの王国』(講談社)は、ドストエフスキーの『白痴』を下敷きにしている。
もう文学作品をめったに読むことのなくなってしまっている私は、この作者のことも作品のことも知らなかったが、三島賞候補作にあがった倉数氏の『名もなき王国』についての私の感想を読んだ友人が、三島賞をとった作家に似たようなタイトルの作品があると教えてくれたのだった。私が倉数氏の作品を受けて読み始めていたのは、三島賞を受賞した東浩紀氏の『クォンタム・ファミリー』(河出文庫)であった。家族をめぐる考察について、確認してみようという気が起きたからである。そして男の著者二人は家庭をめぐって書き、女の作者は、家庭成立以前の、男女関係をめぐって書いた。この違いは、作品の形式性を露呈してくるので決定的だが、私の評価は、文学にはない。
『名もなき王国』のタイトルの由来は、作者の意図するところとしては、おそらく、作家の想像力、虚構の世界、つまりは小説だ、ということであろう。作品に即して言えば、無名作家の伯母(女性)の世界、ということだ。では、『ゼロの王国』とは何か? 一度読んだかぎりでは、それを示唆するような用語はこの作中には、私はみだせなかった。しかし、発表年代も近い鹿島田氏の作品に、『来たれ、野球部』(講談社)というのがある。そこから判断すると、この「ゼロの王国」というのも、非現実の世界、文学少女(少年)の想像力(妄想)でできあがった観念王国、ということらしい。そしてその王国の支配者(女子高生)は、飛び降り自殺することになり、その彼女を模倣する野球部のエース(少年)は、現実的な生きる力をもった幼馴染の同級生(少女)に救われる、目覚めさせられる、というのがその作品の趣旨であった。そして、この幼馴染同士の男女関係は、『ゼロの王国』の男女関係、いわば、ドストエフスキー『白痴』の、ムシシュキン公爵と彼をめぐる女性との関係をなぞっている。『ゼロの王国』では、ムイシュキン役は、宛名書きのバイトをこなす青年なのが、『来たれ、野球部』では、少女になっているわけだ。つまり、この男女交換可能性は、作者の追求が、より抽出度の高い人間関係の原点にある、ということを示唆しているだろう。私はこの抽象関係を、「ゼロ(原点)」と読んだのだった。いいかえれば、世俗的というよりは、純粋な人間関係とは何か、それが現実成立可能なのか、それで王国(世界)を作れるのか、という探究である。
しかし、この抽象度の高い純粋性ゆえに、小説としては、つまり文学評価としては、私は物足りなく感じたのだった。いわば、「雑」がない(絓秀実著『小説的強度』福武書店)。そういう意味で、家族を扱った倉数氏や東氏の方が、雑居的になって、小説としては面白いな、とブログでも示したように、文学的に評価したのだった(その男二者の差異と評価は置いておく)。鹿島田氏の作品の多くは、女性の「愚痴」と形容されもする語りが多いようだが、それはノイズというよりは、形式的な純粋性に落ちついているように私には感じられる。文学に引きこもる主人公を作中で自殺させたとしても、文学少女の作品だなあ、と思ってしまうのだ。が、私の評価は、文学にはない。私には、鹿島田氏の追求の方が、東氏のSF的な実験とされるものよりも、思考に刺激的なのだ。
ドストエフスキーの『白痴』を、『ゼロの王国』テーマと同様なものとして、全体(類)を愛する者が一人の人間(女性)を愛することができるのか、と集約してみることはできるだろう。しかし、その作品は、雑の一種たるポリフォニーと把握される。主人公が多様な価値をもってせめぎあっている、ということだけではない。それならば、『ゼロの王国』でも、まさに『白痴』のキャラクターをなぞるような配役がなされている。しかし『ゼロの王国』には、雑居感がない。類と個の愛の葛藤テーマを哲学的にしぼって、婚約者と結婚すべきかどうかを描写したキルケゴールの『あれか、これか』でも、雑居感は伴う。『ゼロの王国』の主人公たちは、肉のない書き割りのようだ。しかしこれは、小説的な技法が未熟だから、ということだろうか? 鹿島田氏の純粋な小説の語りの技法を、阿部和重氏は評価している。いくつも賞をとっているのだから、技量はあるに決まっているのだ。では、何がないのか? 文字通り、人格だ、と私は言おう。主人公の強度(血肉)は、そのキャラを、作者が本当に持ちえているのか、ということで決まる、というのは、論理的には前提として想定されもすることだろう。が、当然な前提にはなりえない。東氏の『クァンタム・ファミリー』でならば、「同一性検索障害」とでも形容される病気になるかもしれない。しかし東氏のこの作品自体は、一つの、いわば文学外的な専門知識を持ったものの、その専門的言語ゲームによる言葉遊び、コピーライターのような用語で構成が成立していっているようにみえる。つまり読書全体として感じられるのは、血肉あるキャラの多様性というよりは、一つの言語ゲームに習熟した一人格である。作品の辻褄があって構成が完結的になればなるほど、その感が強くなる。比べて、倉数氏の作品は、辻褄が完全にあってないぶん、全体の綻びから、むしろ文学としての雑さが「少しだけ」感触されてくるのだ。
なぜ、こういう事態になってくるのか?
私はこれを、鹿島田氏は女だから、と言おう。「全体」とが、男社会にあっての男の論理なのだから、女が全体(国家、家族、等類的概念)を想定しづらいのは論理的当然である。もちろん、男女を超えて人間自体が考える言葉をもつ生物なのだから、女性にあっても、一生懸命勉強すれば、その全体への論理を身につけることはできるだろう(男は一生懸命じゃなくても当然としてついてくる)。が、あらゆる領域・位相で、苦手なことを維持・保持するのは困難である。しかも、それ(全体)がいかがわしいのではないか、という疑いに目覚めた近代以降においてはなおさら。橋本治氏は、この「苦手(差別)」を、父権性とかと「社会(歴史)」に求めているが(『父権性の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』朝日新書)、私はこのブログでも幾度か指摘してきたように、生理(子を産む)ある身体のためだと認識している。鹿島田氏が、語りの文学技法に形式純粋しやすいのは、おそらく、子供という自分の分身であると同時に他者でもある、異物との雑居がないからだろう、とおもう。だから、公園に集う主婦の談義から、散文的な認識記述・描写の方に進むのではなく、わが身に引き戻された愚痴語りを方法化していくようになりやすいのだ。私にはその徹底の衝動が、面白い。アニメ『進撃の巨人』の第四期の予告編では、主人公ミカサの幼馴染を呼ぶ声が木魂する。その声は、もはや幼馴染の少年を呼ぶ少女のものではなく、また世界(全体)と戦う同士としてのものでもなく、ひとりの女であることの自覚の声であろう。おそらく、世界(全体)へという男性の観念性(の発揮たる戦争)を拒絶していく平和への追求には、全体に回収されきらない個別な関係が要請されてくるのは、論理的な必然だろう。しかし戦略が、困難な手続き、微妙さの持続、になるのは、小説を書くという現場においても大変だということは、絓秀実氏が『小説的強度』で考証してみせたとおりであろう。
が、私は文学の評価がしたいのではない。身体的に違う男女の関係(差異)を論理的な要請として、平和という帰結のために根拠づけ、その前提を円満的に維持していくのが、さらに困難な現実であるのは、どこの夫婦、男女関係でもみられることである。いや、男女という二項だけでなく、性はもっと多様でそれも遺伝子的に決定づけられている、という最近の意見もあるだろう。が私にはなお、そうした意見こそが、全体という男性論理の観念性に依拠しているもので、ありふれた決定的な差異を捨象していくもののように考えている。同様な権利を要求しているのだから。だから、それはいい。しかし、考えるべきことは、そこにあるのか? 次回はおそらく、三島賞をめぐる作品からではなく、その三島由紀夫を論じた橋本治氏の論考を軸に、書き留めておくだろう。
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