2000年3月 「ガーベラは・と言った」(黄色バージョン、と呼んでおく。)を発表。
・VHSビデオを、カメラ屋にだしてデジタルデータ化をしてみたもの。DVDでみると、ノイズも除去されちて、けっこう、きれいに復元されている。が、また、著作権にひっかるかもしれない。
深谷正子先生の92年公演で発表したものを、改変し、ソロ演出でリバイバルしたものとなる。満身創痍なように、包帯のようなものをいくつも両脚に巻いてつま先で立ち尽くす演技ではじまるこの舞台で、いく子は何を、訴えたかったのだろう?
この「発表会」をめぐり、手紙がある。全文、引用する。
2000/6/30 <発表会は終わり、行くことあたわずの案内です。
3月のソロダンスの前から、先生から楽しみですね、と言われておりました。それは発表会は鍛えるゾと申し渡されていたのです。
テクニックのチェックだと。それはなるほどという教育指導で、私のこの時期に必要なものであることも納得できますし、ともかく来る日も来る日もテクニックと言われて練習したのでございますよ。江原は練習の好きな人で、それに裏付けられないものには怒って対応する。おかしいくらい。私はこれを全面的に首肯するわけではありませんが、それもよいと思います。少なくとも合理的です。
3月の舞台は当てましたよ。
そしてよいと言われたことで、方向修正がなされることになったことを話そうと思う。
自分なんか探究したってしょうがないというのが、私のソロダンスのみきわめでした。次の可能性としては柄谷行人「可能なるコミュニズム」を舞台において終わっています。そう気どったわけです。
ソロダンスが誰にも頼らず一人でやるというだけの意味なら、グループダンスより圧倒的に楽だ。一人でやれるかどうかには、多少のボーダーラインはあるけれどたいしたレベルの問題じゃない。それがクリアできれば、一人でやった方が楽。人との接触が段ちがいに少ないですから。人と争わずにすみますし、アツレキもケンカもない。
ケンカが好きなわけじゃないですが、それじゃあんまり簡単で予想がついちゃう。面白くないと思うわけです。何が起こるかわからないから、面白いと考えるわけです。
ソロダンスはやれた。そこには探究すべきことが少ないと思った。だからもうこの方法はとらない。
が、ガーベラは良いと言われたのです。
私はソロダンスが嫌いです。がいくつか波紋がありました。
私のことを踊ること。私小説的方法は嫌いだし、消したいんだ。だからソロダンスが嫌いなのだけど、これはソロダンスであるかどうかの問題ではないのかもしれません。
私はやみくもにやってきたら「私」を踊っていたのであるけれど、私なんか嫌いなんだということで、グループダンスまたは振付をするなど人を通せば私小説的傾向はカン和されるのではないか。が私は「私」に戻らなければならないことを要請されていたと思う。
洗練された美しく調和のとれた完璧な世界には居場所がなかったどころか、そこをのぞき見たことさえ友人たちは沈黙する。しょうがない。汗と涙と汚濁の中に立って全世界を敵にまわして闘ってやる。
またブーイングを出し、いやだわからないと言われるものをやらなければならない。私の友人=天使のためにと。(デモコレが最後。コレデ終ワリト思ッタンダ。)
ガーベラは、わからないとは言われなかったのです。
私小説的方法。
中上健次「化粧」(講談社学芸文庫)の後書きに柄谷行人が書いてます。
中上健次がリアリズム的な設定を捨てないことに注目すべき
中上健次は苦手なんだ。何が苦手かを言い当てられず私はつき合うはめになり、大阪アソシエに行く。旅行であり、大阪であり、そうでもしないと勉強しない私だからです。
私小説的方法、これでいいのだなと思う。現象学的還元。
「事件、あるいは出来事」
9月2日(土)。佐賀町エキスビットスペース(江東区のソーホー)で東京バーションの再演をかけます。
柄谷行人「倫理21」
カント的タイトル。この人は何故この本を書いたのだろうと思う。どん臭い。
これについてはインタビューがありますので、おってメイルします。
柄谷さんと沼先生(註―若い頃教わった法律の先生)はまったくよく似てると思います。原理的→柄谷使用 理念的→沼使用
自由について書かれています >
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