2015年8月20日木曜日

全国草サッカー大会、清水遠征から

岡小学校の校庭=サッカー場
「少年時代、風間は近所の神社や境内にある木々や石を世界のスター選手に見立ててフェイントでかわしたり、ドリブルで抜いたりした。そんな時間が大好きで、ボールさえあれば何時間でも飽きなかった。風間は当時の指導者たちからサッカーの技術そのものを教わった記憶はほとんどないというが、それよりももっと大事な考えることの大切を学んだという。何よりも遊び心に溢れていた堀田や小花の指導は子どもたちが自由な発想でボールを扱うことの大切さを説いていた。
「要するに当時の指導者は子どもが育んだ発想を潰さなかった。頭ごなしに叱り付けたら可能性は縮まってしまう。そういう知恵みたいなものや発想の柔軟性みたいなものはこのとき身に付けた。…(略)…指導者は子どもに考えさせることを覚えさせれば、あとは子ども自身が好きなものを見付けてやっていく。サッカーは一がわかれば、二、三、四ってわかっていく。でも最初の一がわからないと何もわからない。だけどその一を教えるのは難しい。当時の指導者たちが凄かったところは、それを何もないところから見出したところ。あの方たちは物事の本質や人間というものが本当によく見えていた。そんな部分はいまの自分の中にも生きていると思う。」(梅田明宏著『礎・清水FCと堀田哲爾が刻んだ日本サッカー五〇年史』 現代書館)

静岡は旧清水市を中心とした草サッカー大会への四泊五日の応援から帰って来た。息子の所属する新宿内藤チームの成績は、256参加チーム中39位というものだったらしい。結果よりも、親としては、一人ひとりが自分の持っている力を全部だしきって、チームとしては持っている以上の120%の力を発揮する子供たちの姿がみたい、「火事場の糞力」みたいな、とは、娘を送り出している父兄の一人と確認しあったことだった。が、なんかそうした頑張りには遠く、「ここまで来て、なにも変わらずに東京まで帰っていく可能性もありますよね」、とも話した方での成り行きだったような。実力相応というよりも、勝ちあがっていった最後2試合はPK戦。運よくここまでいったな、とりあえず、歴代の代表とくらべても3位、と結果は恥ずかしくはない。が、その中身だ。「イツキがベンチからまだまだだぞ!、 と声張り上げても、試合に出てる選手が誰も答えない。人をあげつらうような口ばかり達者で、頭でっかちで、簡単に見切ってあきらめてしまう、そういうのずる賢いっていうんですよ。」と娘を送り出している父兄は言う。「勝ち負けの結果よりも、一生懸命頑張れるチームになってほしいですよね。」と。

日本ではサッカー王国と呼ばれた現静岡市内の清水区にまで長い応援にでかけてみようと思った理由のひとつは、上記引用にもあるサッカー地区の歴史を、肌で感じることができるかな、それで何か見えることがあるかな、という動機だった。見えてきた、といってもいいのかもしれない。おそらくそれは、小学校単位でのクラブチームに残っているのだろう、指導者の姿だった。新宿が宿舎に到着してすぐの練習試合会場及び相手チームの、岡小サッカースポーツ少年団、そして最初の公式ミニカップリーグ戦の会場となったチームの飯田東小のクラブ、両者はいい結果を残しているわけではないけれども、引用した風間氏の指摘した精神が継承されているように見えた。岡小の少し高いだみ声をひびかせながらのコーチ、主審をする自分のもとにいま教えたい選手にビブスを着せて、フィールド中央から全体をみせながら語りかけるような愛情に満ちた姿、飯田小の試合前アップ練習では、コーチが自らキーパーをしながら、放たれたシュートをはじきながらその一球一球を語っていく様子……結果を残していくチームのほとんどは、スクールあがりのクラブチームだ。優勝した新座片山は、ちがうかもしれない。同じ宿舎になった一希は、その名物監督・鬼コーチを間近に見て、「見るからにこわかった」と言っている。食事も、他のチームの子らがふざけあいながらのなかで、一丸と黙々と食べていたそうだ。そこには、子供のひとりひとりの存在を肯定してくれる確固さとしての愛情がある。
新宿の代表チームに欠けているのは、まず技術以前に、それを身に付けていく前提として必要なその愛情、信念、自信だ。自分のやっているプレーに、自信がもててない、これでいいのかな、と不安のなかでやっている。私には、こうした症状は、応援にくるのがほぼすべて母親で、父親の影が薄い、そうした環境要因的なメンタリティーに起因しているようにみえる。それは以前から感じていたものなので、今大会は黙って観戦しているだけでなく、東京ではリーグ優勝を争うチームコーチ然として、声をだそうとおもっていた。女性のヒステリックな悲鳴ではなく、男性の声・トーンを耳にするだけで落ちついてくるだろうと。背番号10がゴール間近でシュートをはずす。メンタル的な問題ではない。ラストパスの角度や相手の体の入れ方からして難易度が高いのだ。が、次の瞬間、「俺はだめだな」というように肩を落とす仕草がみえる。「OKだ! それを続けろ! 次入るぞ!」と声をだす。すると、最終ラインに残っていたキャプテン、チームメイトをあげつらって不平不満ばかり口にだして若い監督からもしぼられているキャプテンがこちらに顔を向けて反応し、つぶやくように繰り返す。「つぎ、はいるぞ。」……10番は、父兄との懇親会のとき、「自分は決定力がないので、それをつけたい」と言っていた。試合中でも、母親があいつがあすこではずすから、とよくこぼしていた。母親のそんな愚痴をきいてすりこまれてしまったのだろう。そしてチーム全体がそんなふうに。だから、その結果のでなかった自分たちのプレーを、いい悪いではなく、ただ肯定していく声の抑揚に、キャプテンはたまげたのだ。そういうチームでも、それなりの賢さと技術があれば、それなりの結果は残せる。しかし、その先に進めるだろうか? なんとなくついていく自己愛的な技術ではなく、殻を破っていくような飛躍していく成長。その頑張りを続けていくためには、心がしっかりしていなくては、結局自分のそのときの限度に直面したとき、これは無理だなと賢く立ち回って、くじけてしまう、ということになっていることにも気付けない。

いま手倉森監督がひきいるオリンピック世代の日本代表、すごく大人しく、黙々と練習する真面目な選手がほとんどだそうだ。だから、監督は敢えて、ユース出ではなく、大学クラブ活動出の遠藤選手をキャプテンに据えたのだそうだ。それだけでは、チーム力が発揮されないだろうと。少年チームにも、似たような症状がつづいていないだろうか? スクールクラブの若いコーチは、なにか若手官僚のようにみえる。情熱的だが、考えている幅が小さくみえる。黙々と真面目に技術習得に集中する環境に欠けているのは、人に共感する、他人と力を広げていく作用だ。その感化する力を、テストの結果だけをめざしていたわけではなかったかつての熱血教師、堀田氏のような存在の雰囲気が、なお清水地区に残っているように感じられた。むろん、人格の大きさが、人々に影響を与えてしまうような世間的社会は、とくに政治の世界では、むしろ排除されてきた不可逆な歴史かもしれない。しかし、肯定的な感化作用を根底で欠如させた合理的な社会には、割り切った人間関係があるだけで、それしか知らず育った子供たちが、この不合理に満ちた世界で、やっていけるのだろうか?

2015年8月19日水曜日

価値について

「集団の中で価値観は重要だ。価値観を持たない者は何者でもない。それらはあなたをより強く確固たるものにする。私の価値観は、家族と子供の時プレーしていたベレスで植えつけられた。…(略)…子供の時に教えられた価値観というのは、サッカー選手になるかどうかとは関係なく、その後の人生の指針になる。成長した後で変えたり、正しい方向へ向かわせようとするのは難しい。だからこそ、小さい時から道徳を教えなくてはいけない。監督としてサッカーを教えるよりも大事なくらいだ。あなたが子どもたちに示す人生の価値観は、サッカーの実践よりも重要だ。」(『シメオネ超効果』 ディエゴ・シメオネ著 木村浩嗣訳)

夏休みに入って、一希のもとに、つまりこの2LDKの狭い団地部屋に、同じ地域クラブの子供たちではなく、新宿代表の、他の地区、もっと階層のエリート的な地区の子弟が頻繁に遊びにくるようになった。おそらく、気兼ねなく家に入れるのが、珍しいのだろう。同じ団地に住んでいる子の家には、いま父親がいるからだめだとかで立ち寄れなくなったりする。その父親も私と同じ地域クラブのパパコーチなのだが、ふとそうした親たちの仕草、たとえば、新しく買ったデジカメを子供が勝手にいじろうとすると叱ったり、といったところに、私との本当の、実際実践的な、身体的な価値の違いがあるのだな、と気づかされる。父親のパソコンを勝手に友達と使えることなどありえないだろう。だから、そんなパパコーチが、ひとりでドリブルばかりしてないで仲間にパスをだせ、チーム全員で戦って勝利を目指すんだ、と言っても、子供たちは説得力を感じないだろう。子供たちほど、その言っている内容ではなく、その行為が、本当に意味してしまうことに敏感である。サッカーでは、その分野の知識としてパスサッカーをやるようになっても、実際の生活態度において、言葉ではなく、行為が意味してきた価値観を学んでいってしまうだろう。今の風潮なら、私的所有を当然な前提とし、我が物にするよう頭を使う賢さや立ち回りだ。しかしなお小学六年生にすぎない子供たちは、その狭い個人利害、関心に基づいた自分たちへの対応、反応環境が好きではない、それよりこっちのほうが面白い、と我が家にやってくるのだろう。
 しかし、なんで私は、私的所有にこだわらないような感性=価値を体現してしまっているのだろう? 自身はやはり、プチブル出で、少年野球からは集団主義的な価値を教育されてきても、それは頭でっかちなだけになっただけであって、親からは個人主義的な価値を行為指示されてきたとおもう。ただ、進学時や、地元のエリート校に入って顕著に意識されてきたその風潮への違和感、おそらくは我が家にやってくる子供たちが感じるだろう羨望と蔑視の混在した気分に通じるだろうそこに、私は正直に立ち止まって引きこもったのだ。子供部屋に。そこで独学的に意識化したものは、偶然にも、上京して暮らした六畳一間だけの安アパート裏にあった植木職人の家に勤めることになって、実践的に体得されていくことになった。そこでは、子供のころは文字通り長屋住まいで過ごした職人たちがいた。彼らは、隣の家の醤油は我が家のもの、みたいな共同所有を前提にしてきた人たちであり、ゆえに、あとから世の当然となった私的所有が前提の社会から、自分たちが取り残されていることに半ば自覚的である。私は、自他の区別がつかない赤ん坊のようなところのあるそんな意識世界に批判的でもあるけれど、偽物な個人主義としか思えない今の世の風潮よりかは、マシな方向へ向けての前提としてなさねばならない価値の一面だろうと思っている。
それは、社会主義的ということだろうか? 資本主義が私的所有に基づくというのなら。私は、そうした外的な主義主張のことはわからない。ただ、この2LDK団地、林芙美子の作品では乞食村と言及されていたその跡地(追いだし地)に建てられた当時としてはモダンな建物の周辺で、女房の近所づきあいからはじまった生活クラブに入会しているのだから、外的にもそうに近い、ということになるのかもしれない。そしてその女房は、熊本で水俣病を起こした会社の社長の娘だったらしく、その家での価値に反抗し家出したような状態で、そのとき、NAMという左翼運動で知り合い、ということだから、内的に獲得してきている価値でも、外的な価値でも、そうに近くなっている、ということなのかもしれない。ただし、生活上の共同所有社会は、右翼ともいえるので、私の言動は、そう受け取られている向きもあるようだが、私自身は、そうした外的な事柄は理解しずらく、どうでもいい。
そんな偶然、この人生の価値運動は、だから運命的に続いている。一希には、とりあえず、引きこもれる子供部屋は、もうない。
私たちは、どこへゆくだろうか?

2015年7月8日水曜日

サッカースクールと学級崩壊、あるいは、ギリシャ債務問題

「松本より一足早く西ドイツ留学を果たした宇野勝は、1971(昭和四六)年二月に日本人で初めて西ドイツサッカー協会公認のデブロム・フットボール・レアラー(サッカー教員の免状)を取得した。帰国後、読売クラブを経て、1973(昭和四八)年から日本蹴球協会の技術職員となった。そのとき立場上、全清水の西ドイツ遠征の橋渡し役を務めているが、一〇戦全勝を果たした全清水の育成の方向性には早くから疑問を感じていた。
「僕は全清水が絶対に勝つと思っていた。たとえば西ドイツではこの年代では指導者が勝たそうなんて意識はなくて、将来どんな選手に育つかしか考えていない。ましてシステムやチーム戦術なんて教えていない。あくまで伸びる指導をする中で勝てればいいという方針だった。
 宇野の眼には、清水の指導方針はこれと正反対に映っていた。結果としてこの方針の違いがサッカー先進国とのその後の伸びしろの違いに繋がっていると感じていただけに、宇野はこの頃堀田とそのことでよく議論をしたという。」(梅田明宏著『礎・清水FCと堀田哲爾が刻んだ日本サッカー五〇年史』 現代書館)

なかなか息子一希との決戦の日が来ない。雨のせいもあるが、運動会とう学校の行事等が重なって、組み合わせが成立しないのだ。そしてとうとう、夏休みがやってくる。強いクラブチームは、その長い休暇を利用して、合宿や全国規模の親善大会に参加する予定を組んでいる。一希の所属する新宿代表チームも、お盆中の一週間ほどかけて、清水市でのサッカー大会に出場する。去年はそういうクラブ事情があちこちで出てきたということが把握されていなかったので、組み合わせ後にそんな新しい流れが出てきたと知ることとなって、組み合わせ日程をやり直すはめになったから、今年は事前アンケートがとられた。そこで、私のいるクラブ内のコーチメールに、以下の日は参加不可能になる、という通知でよろしいですね、という確認メールが新ヘッドコーチからとどく。学校行事、クラブのイベントに重なるからダメ、ということに交じって、中心選手の四名が他のサッカースクールの合宿に参加するため全日本予選日程参加には不可、というものがあった。私は、中心選手だけがチームのメンバーなのではないのだから、試合成立に必要な人数がそろうなら、勝ち負けはともかく、参加するのが原則。しかし、これまでの経験から、夏休み初期の三連休ともなれば家族旅行とうでその人数もそろわない危うさ(試合棄権敗北)があるから、そんな理由で本当に通るのなら、それでもいいでしょう、と返答した。すると、ヤンキーあがりのコーチが、こんな「我見」など聞きたくない、「子供たち」が休むといっているのだから不参加でいいではないか、と応答し、ブラジル帰りのコーチがそのヤンキー・メールに一言も付け加えないで転送してくるという皮肉をきかした仕打ちをしてくる。私は、その二週間ほど前のコーチ会でも、すでに大人の間でも、四十歳前後以下の世代では、「ホーム」という共同主観が崩れているのを確認していたから、またか、との再認識に、怒る気も起きない。一希がクラブを卒業したら、パパコーチの私はコーチとして残るのか? という他のコーチからの問いかけに、「子供がいなくなってから2・3年はつきあう、というのが普通かな、とどこかのクラブのパパコーチが言っていたのを立ち聞きしたんですが、まあそれが、日本人の義理人情ですかね。」と答えた。それに、新宿区の副理事として審判部長を務めている前監督だけが、アハハとこたえた。他のものは? 「いやそんなことないですよ」と、怯えた様子……そこには、それならば自分も子供といっしょにすぐに逃げられないではないか、ということと、重鎮的に睨みを聞かしているような私からまだ解放されないのか、という二重の怯えが読み取れた。ブラジル帰りのコーチは、「もっと代表にいった息子についていってあげたらどうですかね」、ともいう。自分も長男のときにそうしたように。私にとっては、一希がいないあいだ、一希を慕って入部してきた同級生たちを、下手だから、しっかりしていないからという理由で試合にださず(大差になっても)、下級生のほうがうまいから、とバイアスがかかる実践から守ってやる、その一身で留守を守っているのだ。もちろん、一希とともにいなくなっていいのなら、喜んでそうするだけだ。そして、そういう平然とした個人主義が、地域(ホーム)を大切にする欧米や南米の個人と似て非なるものだということを、彼らは知っているのだろうか? あのコーチは、ブラジル社会で、何を見てきたのだろうか? 今でも連絡とりあう友達はいるのだろうか?

もし、地域組織とも学校行事とも所属クラブの事情とも関係ない、プライベートなサッカースクールの(合宿)ために、その地域ボランティア組織が運営するリーグ戦には不参加という理由が平然と通る、ということが容認されるならば、その意味は、論理的にどんな展開を予測させるだろうか? 形式的には、その理由は、子供が家族旅行で休むからその日の試合を組むのはやめにしてくれ、それでOK、ということと同じだ。トレセンでも、休んでよいのは、Jリーグのジュニアユースのテストにいくときだけ、とかに限定、念を押されている。そうしなければ、地域とは関係ない、ブランド力ある海外の著名チームの営むスクール等に子供たちが行って開催している練習が不成立になってしまう危うさがあるからだ。そして、現今は、学校よりも進学塾、という傾向と同じで、サッカーをさせる親たちが、目先の、小学生での上達・勝敗結果を見たいがために、年々そのバイアスは強くなっているだろう。そうした先を突き詰めるとどうなるか? 日本代表になった選手の小学生のときのホームチームはボカ・ジュニアーズ、だけどいまそのクラブは、採算がとれなくなったためにアルゼンチンに帰って日本にはありません、とかになるのだろうか? 著名なクラブやスクールを小学生のときから、プロ選手のように父・母が選んでくれるままに渡り歩いて、自分と最後まで戦ってくれた小学校の仲間はいない、それで、ホームという拠り所もなくして、ワールドカップという土壇場で強く戦える代表選手になれるのだろうか? ブランド力や資本力で地域に大店舗参入し、地元の店は閉じ、採算とれなくなるとよそへゆく、残るはさびれたシャッター街……「学校の勉強なんかできるのはあたりまえでしょ!」と女房は宿題をこなして喜んでいる一希を叱るが、ということは、学校よりも塾のほうが価値があるということを暗黙に訴え教えているということ、似たような勉強を二か所でしなくてはならないのならば、どちらかが余暇的に機能しなくては子供の神経・緊張はもたないだろう、だから、昔は塾のほうが余興だったが、今は学校のほうがそうになって、クラス授業が成り立たず、学級が崩壊しているのだ。目先・足先のうまさ、ドリブル、シザーズ、マルセイユ・ルーレット、ドリル、模試、テスト結果。……

わかって、「子供たちのために」、と言っているのだろうか? ……そんな暗黙には言ってはいけない事、あるいは禁じ手を平然とボランティア組織に提出していられる、そこまで共同主観(以心伝心の伝統意識)が崩壊しているとは。新宿区で組み合わせ日程をエクセルで組んでいる元パパコーチだって、もう引退させてくれ! と悲鳴をあげながらやっている。それは、平然とした個人主義者がシニックに見るように、そういうのが好きな権力志向の大人たちがやっているボランティアなどではない。むしろ暴力(権力)的なのだが、それでも、共同主観的にここまでの線まではいい、子供がやめたらぱっといなくなるのではなく2・3年はつきあわなくちゃ、という暗黙の共通理解があればこそやってやれる自発性なのだ。それを平然と踏みにじってOKとするならば、誰がそんな連中のためにやるか、となるのは当然である。日本サッカー協会の組織といえど、現場はそうした戦国時代の石垣みたいなもので、末端で支えているボランタリーな石が抜けてしまえば、一瞬にしてガラガラと崩れ落ちるだろう。一つの区やブロックが崩れたら、他にも伝染してゆくだろう。

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もちろんEUは、この伝染の現実性がわかっている。だから、ギリシャをうまくおさえこみたい。そしてもちろん、ギリシャ国民も、自分たちの借金なるものが、ドイツ資本を中心に仕組まれた高利貸しのサラ金要領だということを見抜いている。地元の店を、職場を、シャッター街化していったカラクリに自覚的である。だから、ならば、民主主義発祥の本場の力、ほんものの民主主義とはどういうものかおもいしらせてやる、とドイツ資本中心の、民主主義が建前のヨーロッパにし返しているのだ。民意の結果を表にださせたくなかったEUは、とりあえず国民投票妨害には失敗した。……とにかくも、わかっているもの同士の、腹の探り合い、駆引きが、成立している。おもしろいサッカーの試合のように。
で、日本人は、自分たちが国に預けている郵便貯金でも金融商品に気兼ねなく投資し、その采配にも民間資本が参入してもOK、と平然とした個人主義を受け入れている日本人は、わかっているのだろうか? これから陥れられる状況は、ギリシャと似てくるかもしれない。ある意味、それは生き延びるために不可避的なことかもしれない。しかし、根こそぎもっていかれるのではなく、自分たちの生活していけるぶんは親分に貢ぐのではなく、確保しなくてはならない。もちろん、黙っていても、もっていかれるだけだ。しかしそれには、わかっていなくてならない。そうでなくては、試合に、駆引きにもならない。ということを、わかって、「子供たちのために」、とあのコーチたちは言っているのだろうか?

2015年6月9日火曜日

へんな現場

「副島 安倍晋三と麻生太郎はやはり難しい漢字が読めない。…(略)…
佐藤 そうすると、ある意味、大衆の代表なのですね。
副島 そうです。だからジョージ・ブッシュは、アメリカ財界人の愛すべき代表でした。財界人ボンクラ三代目たちと気持ちが通じているわけです。創業者と二代目までは知恵と才覚があって会社を大きくしたけど、ボンクラ三代目さんたちはボーッとしている。「ボクちゃんたちバカなの。でも、頑張っているから」という感じですね。
佐藤 日本でいえば、JC(日本青年会議所)の雰囲気ですね。」(副島隆彦×佐藤優『崩れゆく世界』 日本文芸社)

今期4月に入ってから、勤め先の植木屋さんが変だ。いや,なお変な症状をみせはじめた、といおうか。一つの会社のなかに、二つの会社があるようだ。三代目の息子が、まるきり別個に活動している。だから、親方・復帰した団塊世代職人・私、というグループと、息子(と、最近仕事中のケガで半年ほど労災手当を受けていた3年目になる40歳近くになる新人が復帰)グループに分かれている。役所仕事関連で、息子が何か大きなしくじりをして、それを親からとがめられてすねた、同時に、役所への書類手続等は息子が引き受けているから、敢えて手を引いてみせることで、会社(親)に圧力をかけているのかな、と推論しているのだが、本当の事情はわからない。団塊世代職人などは、そうした人聞きの悪いことは想像もしないので、ただ親方の段取り上そうなっているとしか感じず、息子とまるきりいっしょにやることがないことに、ホッとしている。とくに、息子が参入してくるまでは私が担当していた練馬の会社の仕事を、また私が担当することになり、その現場には、親方の知り合いづてからか、派遣の労働者が一名手伝いにくるのだが、その人たちも団塊世代になるだろういわゆる年増の日雇い労働者たちで、ために、年齢の近いこちらの団塊世代職人さんが教育係みたいになってくる。そのやりとりが面白く、職人さんも、「まるで漫才やってるみたいだね!」と自評するくらいで、生き生きとした感じを回復している。もしこの現場が三代目息子の取り仕切る場だったら、「この使えねえ奴!」と、地べたを這いずり回ってゴミ拾いする年増の人間を貶める中傷を平気で怒鳴り散らしているだろう。職人さんは聞くにもたえず、自分のことのように心を痛め、いたたまれなくなるだろう。
親方だったら、とりあえず、面と向かっては、渋い顔をしながらも、何も言わないだろう。怠けて平然としているような人だったならば、その人を替えてもらうか、断る手続きを会社に対してとるだろう。今回の相手会社名は「しんせん組」といい、派遣されてくる者たちは、生活保護をもらって労働している人たちのようだ。現場についた私が、「まだ相手からなんの連絡もこないんですけど」、と電話をかけると、その組の人は、「あいつらは、人種がちがうんだよ。連絡とれなくても、ずっとそこにいるだろう。夜中になっても、いつまでもな」と、口先では笑っているが暗黙にこちらを脅しているような微妙なニュアンスで伝えてくる。まるきりの差別。親方は、そういう世界があることを肌で知っていて、そこが、利益合理的な考えだけで動いているわけでもない、微妙な、グレーなゾーンであることに敏感である。そこの曖昧さが、社会の接着剤になっているようだということにも、意識的であるかもしれない。が、息子には、そうしたニュアンス、複雑さ、難しい事柄が理解できない。想像も及ばない。

先週の土曜日にも、こんなことがあった。私がトリマというエンジンの刈込機で生垣を刈りこんでいると、団塊職人さんが、やめろといいにくる。どうやら通り過がりの近所の人が、騒音の苦情を言いに来たらしい。私としては、真向いの隣人はもう起きて活動しているし、騒音もこの家だけだろうとよみ、朝も8時すぎたから、と機械を使いだしたのだった。玄関先に行ってみると、初老の、それなりに大きな会社の管理職はしていたのだろうという人が、「それはおまえたちの都合で言っているだけだろう。そんな権利は実際にはないんだよ。」と、建設会社に住民自治を盾にして、民主主義を代表するような答弁を、おまえたちバカに諭している、といった風で説いている。「うん、うん。だけど建設屋と植木屋はちがうんですよね」とか、あくまで穏やかな口調で、一歩も親方はゆずらない。このまま言い負かされると、土曜日はこのお宅で仕事ができず、午後になっても機械が使えない、という慣例になりかねない。しかしこの穏やかさ、板についた心棒強さは年の功で、若いころはまだそこまではいっていなかった。「土曜日にはこういう仕事をしないよう、やりくりを考えればいいだろう!」と、まるでこちらを子ども扱いでもするような発言を相手は繰り返す。家族でやっているような小さな会社に、そんな融通がきくような呑気さがあるわけがない。土曜日じゃなければ在宅していない、という家も多い。「すいません! 僕が時間まちがえました!」と、私が顔をだす。するとなぜか、その初老の男のトーンはだんだんと小さくなって、「いやこうして口をきつくしていったのは……」と、弁解じみたことを言い残して引き揚げていった。たぶん、眼鏡をかけたインテリ風の私のような顔がでてきたので、以外だったのだろう。バカに諭す、という感じではなくなってしまった。そしておそらく、親方は、その客の変化に、敏感だったろう。「機械を使うな、と言っただろう」と私を叱らずに、そのまま受け入れる。自分や団塊職人の顔ではだめだが、こいつの顔には自分たちにはない効果がある、社会がある、それは使える、と、再びなように確認しただろう。
息子だったら、「だから使うな、と言ったでしょ!」との非難になるだろう。普段は、機械でやる方が作業能率がいいから、と強要していることも忘れて。従業員は、自分での判断では手刈りの方がよい、とおもっているのだが、そういう強要習慣にかられて機械を選択してしまう、そういう立場があるのだ、ということを想像もできずに。

大塚家具で親子問題が起きたときにも、何か日本や世界の動きにある一つの潮流を象徴しているかもしれないな、と思ったものだ。何を価値とするのか、という問題。その価値の、利益に還元できない微妙さ、ニュアンス。それを実現、保守するための実践的方策、妥協、斬新、改革……事態は、表面的には、どちらの陣営がいいのか、一概にはいえない。内面的な論理で、本当は何を、どんな価値を志向しているかが重要で、それは目にみえない、しかも紆余曲折した複雑な動きをとるだろう。三代目たちの認識に、真面目な正当性があっとしても、その価値が理解できていないならば、とんでもない突っ走りがおきるだろう。親の世代たちが結果的には、見た目には追求していたことを、文字通り受け止めて学んで、それを成立させていた微妙なものを感じ取ることができない。言っていることはもっともでも、どこかおかしく、それを説明するのは難しい。
親方の奥さんが癌になるまえは、朝7時半の仕事開始まえに、みなで事務所でお茶を飲んだものだった。そこにあった価値を、それを感得することのない者に、どうやって説明するのだろう? そんな意味もないような慣習を改革するのはいい、しかしそのことでひきうけなくてはならない微妙なものに気づかないで、単に目に見える現場や金銭的な合理性だけで処理するのなら、その改革は、のちに人間や自然の落とし前をつけさせられることになるのだ。そういう感覚。真の価値は、逆襲してくる。その畏れ在る態度を、もっともな理屈で傲慢に振る舞う青年たちに、どう伝えられるだろうか?

2015年5月19日火曜日

イスラム国の人質(8)――平和の論理


「栗田 二〇一三年夏にシリアのダマスカス郊外で化学兵器が使用された疑いが浮上し、フランスをはじめとする諸国が軍事介入を主張した際も、オバマ政権はイギリス議会での否決や国際的な反戦世論の高揚を考慮して逡巡し、最終的にロシアのプーチンの仲介に助けられるかたちで軍事介入を回避しました。日本のマスコミ等では批判的に語られましたが、中東への新たな軍事介入を思いとどまったことは評価に値するとおもいます。」(「罠はどこに仕掛けられたか」西谷修×栗田禎子『現代思想』3月臨時増刊号 青土社)

⇔ ⇔ ⇔

「手嶋 ところが明らかにシリアのアサド政権が「レッドライン」を越えたにもかかわらず、オバマ大統領は”伝家の宝刀”に手をかけようとしませんでした。…(略)…それどころか刀に手をかけるそぶりすら見せなかった。この「オバマの不決断」が中東に出口のない混迷をつくりだしてしまったのです。
佐藤 オバマの躊躇をじっと見据えていたのが”ロシアの半沢直樹”でした。プーチン大統領は、同盟関係のあるアサド大統領を説得して、化学兵器を国際機関に申告させることを約束させました。こうすれば、アメリカがシリアを攻撃する大義名分はなくなってしまう。外交の主導権を久々に超大国アメリカから奪って「倍返し」をしたわけです。」(手嶋龍一×佐藤優『賢者の戦略』 新潮新書)

上記二つの引用は、化学兵器を使用したというシリアの情勢に対し、相反する態度を表明している。上のほうは、単純だ。”平和”を願っている、ということだろう。もちろん、後者の識者だって、そうに決まっている。しかし、「だからこそ」、暴力(軍事介入)を導入しなくてはならない、と説く。後者によれば、イスラム国の出現に対しても、その侵攻はナチスと同じであるから、平和主義外交がそれを助長させ二次大戦の参事を招いてしまった歴史教訓を握持して、地上部隊を一気に導入して叩き潰すという戦術の法則をも無視したオバマ政権は、弱腰として批判されるべき態度となる。ナチスであれ、普通の国家であれ、自らが願う平和を獲得するために暴力を選択したのだから、その平和のための暴力という形において、二人の識者の「賢者の戦略」も変わらないだろう。そこに、実質的な、内容としての差異があったとしても、平和と暴力を結びつける論理の形、その矛盾した複雑さが、凡庸的な人にはわかりずらいということでは、同じだろうからである。それどころか、いつもそんな論理で戦争という歴史が繰り返されているようにみえるのだから、いつまでたっても理解できるようになることとは思われないのである。
 佐藤優氏の発言を掲載したネット上の「インテリジェンスの教室」でも、子供にどう説明すればいいのですか、という母親からの質問がある。それに佐藤氏は、テロに対する子供向けの他人の著作を紹介して、それを参考に、自分の頭でそういう世界の複雑さを考えられるようになるといい、という間接的な返答をしている。しかしまた一方で、実はそれは難しい話ではない、とも。

<佐藤: これはわからない話ではない。わかりやすい話なんです。自分たちは絶対に正しいと信じることを世界中に強制して、言うことを聞かないヤツは殺す、あるいは奴隷にする。こういうことを考えている人たちだ。そういうような人たちというのは、どの時代にも世の中には少しはいるものなんですが、そういうような人たちに大手を振って歩かせてはいけないということなんですよ。>(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42643)

そんな人たちの程度、内容的実質は問わないとして、やはり形だけみれば、まさに官僚要する国家とは、一般的にそのようなものであろう。国民とは、形式的には奴隷である。また冤罪による死刑という殺人がおこることをおもってみても、イスラム国も、普通とされる国家も、そこで変わるのか? 私たちがつまずくのは、そこに実質的な差がある、という複雑さによるのではない。単純な論理からくるのである。佐藤氏は、同じHP上で、広島市長の単純な平和希求の立場に、プーチン・ロシア側の現実的な評価を対置させる論評も行っているが、このいわゆる平和主義者と現実主義者の相違も、凡庸な私たちには理解するのが難しい。私達は、そういうどちらの立場もある、ということは知っている。無知なのではない。が、その相反する両者が、どうして「平和」という、争いのない静かな状態として一義的に明快であろう目的語に決着しるのか、その論理が腑に落ちないのである。

この論理を、解明的に納得できなければ、私たちは、この戦争に反対なのか、賛成なのか、平和を願っていいのか、駄目なのか、私たちが無力なのか、平和ぼけな能天気なのか、それすら自己確認できない。私自身、佐藤に質問した母親のように、わからない。佐藤氏が直接それに応えないのは(ネットの公開部分だけでは伺えないだけか?――)、答えられないからなのか、それとも、自分なりの答えをもっているのだが言うのがはばかられるからなのか?

おそらく私は、はばからずに、こう言いたいのだ。――「イスラム国がナチスだって? いいじゃないか、やらせれば。俺は死んでやる。」

平和とは、そういうもんなのではないか? 私はこう書いて思うのだが、凡庸な庶民は、実はみなそういう態度が心底にあるのではないだろうか? だから、いわゆる現実主義者の論理が、複雑な、不可解なものに感じられてくるのではないだろうか? 私達の平和の論理が明解なのは、私達が単純で平和ぼけなのではなくて、すでに人類が、諦めている、それくらいの争いの歴史、自然史を抱え込んでいて、それが無意識のうちに沈潜している、そこから、発せられるからではないだろうか? だから現実主義者とは、諦めの悪い奴、心の声は無意識的には聞こえているがゆえに、「だからこそ」、とひねくれた理屈を自身の心に向かって訴え自己催眠させないとやっていけない、そんなある意味、不幸な人々なのではないだろうか? 私が、諦めた非暴力を万人に強制させる、そんなイデオロギーとして言葉をだしているということではなくて、すでに、人類史が、その我々が意識できない自然史が、我々をしてすでに諦めの境地に達しさせている……そう、私には思われるのである。

もちろんそれでも、私は女房はなぐるし、子供が殺されたなら銃をかついで参戦するかもしれない。が、私はすでに、生まれるまえから、この世界の複雑な論理にもまれるまえから、平和を知っているし、おそらくはその実現の手だてにも気づいている。が、わかっちゃいるけどやめられない、その自己肯定のために、明解な論理の内側に、ひねくれた屁理屈が挿入されて、無意識と意識がこんがらがる、ゆえに理解できない、という感覚を覚えさせられる、ということではないか?

2015年5月17日日曜日

イスラム国の人質(7)

「ホッブズが自然状態について最初に指摘するのは、人間の平等である。ただし注意が必要である。これは、「人間には平等な権利がある」とか「人間は差別なく等しく扱われねばならない」といった意味で言われているのではない。そうではなくて、「人間など、どれもたいして変わらない」ということだ。
 確かに他の者よりも腕力の強い人間もいる。少し頭のいい奴もいる。しかしホッブズによれば、そうした違いも、数人が集まればなんとかなる程度の違いでしかない。どんなに腕力が強い人間であろうと、数人で立ち向かえば何とかなる。たとえば寝たきりであろうとも、誰かに依頼して、ある人物をやり込めることが可能だ。人間の能力の差異などは相対的なものに過ぎない。いわゆる「どんぐりの背比べ」ということにである。(國分功一郎著『近代政治哲学 自然・主権・行政』 ちくま新書)

<プレイヤーズ・ファースト>と、子供の自発性を重んじるサッカー・コーチのなかには、試合出場の機会も平等に振り分ける人がいる。実際にはそこまでするコーチはほとんどいないが、むしろ一人だけでもいることによって、その<大義>に誰も異議は唱えにくくなるので、その考えがイデオロギーとして現場を支配する。むろんそのコーチは、冒頭引用にあるホッブズ的認識として、人は誰も大差ないのだから、誰を出場させても同じだ、と考えてそう実践しているわけではない。人間(子供)は平等であるべきだ、という理念(やさしさ)によって、そう行おうとするのである。が、低学年ならば、子供たちの間にある差異をとりあえずカッコにいれて、機会均等、形式的平等を実践しても問題はないし、私もそうすべきとおもうが、やる気も含めた能力差が子供たちの目にも歴然としてきそれを自己意識化してくる中・高学年ともなると、ゆえに生じる偽善という観念が芽生えてくる。あいつ練習にもほとんどこないしやる気ないのに、なんで俺と交代して出るんだ? だから負けたじゃないか。なのに、なんでコーチは勝利をめざして一生懸命やれ、などというのか? 本気でそんなこと言っているのか? 嘘なんじゃないのか、と。むろん、そんなことを口にだせる子供たちはいない。だから、<プレイヤーズ・ファースト>という理念が、負け(現実破綻)の口実として、それを実践する者の責任を棚上げし、子供たちには自発性・自主性の強要として、抑圧的に、つまりはやりたいことと事実やってしまっていることとの乖離を発生させて機能するイデイロギーになるのである。

その実践的な可笑しさを、しかし日本サッカー協会側も気付いているのかもしれない。スポーツ雑誌『Number』874号「日本サッカーへの提言」では、元代表監督の岡田氏とJリーグの村井チェアマンが対談しているが、そこで岡田氏が育成レベルで主張される<ボトムアップ>理論を批判している。

<岡田 ええ、自由から自由は生まれません。以前高校サッカーで優勝したチームが選手にスタメンを決めさせていると話題になりましたが、その影響で、今は小学生でも自分たちで選手を決めるチームがあると聞きました。でもそれは無理でしょう? 根底に型があるからこそ、それを破る驚くような発想が生まれてくるわけです。>

岡田氏がそのような考えを強くしたのは、今回ワールドカップの優勝国が、ブラジルではなく、ドイツだったからかもしれな。個人の自由闊達な技でフィールドを切り開いていくと言われるブラジルサッカーではなく、型(頻繁に起こる状況に対するマニュアル的対応)の育成段階からの暗記習得というエリート養成で復帰してきたドイツ。バルセロナなどのジュニアユースの育成に体験・参加しはじめている若いコーチの間でも、指摘されてくることは、日本人がまだその対応の例題を知らないということ、長友や内田選手のレベルでも、個人のアイデアで対処しようとして複雑にやりすぎ、ために連携にミスが発生しやすく逆襲されてしまう、というものだ。彼らはおそらく、育成段階で、その時どうするかの基本例題を教わってこなかったのだろう、だからヨーロッパの選手なら絶対やってはいけないプレーを平気でやっている、と。私が受講したD級コーチ・ライセンスでも、子供たちに自由に判断させて、といっても、判断材料がなくてはだめですよね、その判断材料とは、算数の公式みたいなものですよ、と講義されていた。
しかし、岡田氏がなるほど型(公式)の暗記主義、という欧米に追い付き追い越せとやってきた日本で問題となってきた現実に敏感であったとしても、その型を学び型を破る、という発想は、あくまで日本的なような気がする。たとえば、前回チャンピオンズ・リーグの勝利者ドイツのバイエルン、そこを率いたもとバルサ監督のグラウディオラは、サイドバックが縦に走るという公式を破って、斜めに走らせるという新しい公式を打ち立てている。それはすぐに他のチームに模倣されて使われるようになった戦術だから、まさに公式と言ってもいいだろう。歴史の長い囲碁や将棋では、新しい定石を開発するなど至難の業だが、サッカーはなお余地があるのかもしれない。
そしてこんなとき、かつての日本主義者なら、公式違反だ、そんなのありえないぞ、とあわてふためいた、ということなのだろう。二次大戦中、植民地主義という公式を欧米が勝手に変更してこれからは違う、と戦略を変えてきたのに、その公式を一生懸命学んでまねて、今度はそれを、侵略した領地をもとにもどせだと、都合がいい、いやだ! と。グラウディオラは、「型を破る」つもりで、新しい公式を生み出したのだろうか? おそらく、そうではないだろう。単に、ゴールを、真実を追求しただけなのだ。

これは宮台真司氏が指摘してたことだとおもうが、公式は学べても、それを作っている動機は学べない、と。ヨーロッパでだけ、球を蹴って遊ぶという遊戯が変化・進化し、いまのサッカーという球技に発展した。日本の平安時代の蹴鞠をはじめ、アラブ世界でも、世界中で、似たような遊びはあったという。なのに、なんで、ヨーロッパだけが、フィールドの大きさ、そこで戦う人数、手を使うキーパーの発生、人員の配置……いまなお変化しつづけている。私の考えでは、それはおそらく、キリスト教からくるのだろう。この世界を神(ゴッド)が創ったのなら、でたらめにではなく、一つの真実によって創ったはずだ、ならば、その法則を探せ。ゴールに近づく、ゴッドに近づく真実の法則を追求せよ。つまり、サッカーも、技術ではなく、科学だということだ。

戦術の変化・変更だけなら、なおその動機など学べそうにおもえるかもしれない。が、へとへとになる競技で、交代選手が3名しか認めらていない、というのは、ほとんど不合理なようにおもえる。おそらく、人間の限界に達し、それを超えて出てくる神秘的な姿をみたい、ということなのだろう。だとしたら、それはバレエを観賞することにも似ている。そこで、これからは交代選手を2名にする、と本場が言い始めたらどうだろう? あるいは逆に、フィールドの選手は使徒の数と同じ12名とし、交代は1名とする、とか。そうなったら、私たち日本人の反応はどうだろう? え? なんで? それじゃサッカーじゃなくなるんじゃないの? とか。しかし、サッカー自体が、真実を追い求める上でのひとつの見かけ、にすぎないとしたら? 日本人が、ゴールへの気迫が足りない、決定力が弱い、とされるのも、もともとの動機のあるなしにかかわっているのかもしれない。そのゴールを決めたときの、ヨーロッパ選手の感激表現の有様、裸になってかけまわる……もう、われわれには不可解ではないか?

しかし、このキリスト教的な一神教の発想も、その血みどろの歴史から生まれた国際ルール的な公式も、もう一つの一神教との戦いで、その底が抜けそうになっている。前回ブログで引用した池内氏は、イスラム教内部での宗教改革が必要だ、その自発的な解決が達成されないと、新しい世界秩序の安定は難しいと、その内的・思想的要因に重きをおいて主張している。

民主主義という、形式的平等の押しつけはごめんだ。能力差は、格差はあるじゃないか。だから俺を交代させるな、試合にだせ、とやる気のある能力を持った子が主張しはじめたのかもしれない。が、人間に差があったとしても、たいしたことはない……その現実に根差した、ゆえに万人が万人を妬むことができる狼になるというホッブズ的認識が、民主主義という公式を生み出す道筋を導き出したのである。「型を学んで型を破る」という発想は、あくまでその民主主義という枠の中での、バリエーション、実務的な変更程度にすぎないだろう。が、あたらしい公式自体が必要なのだ。偽善を暴く子供たちの真実の声を受け止める包容力ある根幹のルールが。それが、真実追求の科学精神にあくまでもとづいて探究されるなら、もしかして、また同じことの繰り返しなのかもしれない。ならば、なんのために、というその目的、ゴールをゴッドに重ねることなく、万人が追求しえるコンセンサスが、まずは必要、ということなのかもしれない。しかし、その必要性が文化差異を超えて万人に了解されるまでには、もっと血みどろな歴史が経験されなくてはならないのだろうか?

さて、今日はこれから子供たちのサッカーの試合だ。去年まで、どのチームとやっても10対0や20対0で負けつづけてきたチームが、リーグ戦となった今年度の全日本予選では6戦負けなしだ。リーグ優勝をかけて、残り三試合。このままいけば、息子の一希のいる新宿の代表チームとリーグ1位通過をかけた決定戦を行うことになるだろう。親子対決だ。
私が、息子や子供たちに伝えたいのはサッカーじゃない。好きでやっているサッカーをとおして見えてくる、世界のことだ。

*認識的に落とした、詰めきれなかった部分もあるので、イスラム国の人質(8)も予定。

2015年5月16日土曜日

イスラム国の人質(6)――引用文章


イスラム国にまつわるたくさんの出版物のなかから、目ぼしいとおもったものをいくつか読んでみた。池内恵氏の著作が一番説得力があるかな、と思われたので、その著作からの引用をノートし、そこに関連すると思われる、最近出版の他著作の言葉を参照列記した。
次の<イスラム国の人質(7)>>で、そうした引用から考えられることを書いていこうとおもう。

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「アジア・アフリカ会議でネルーや周恩来と並んで脚光を浴び、スエズ運河を国有化し、それに続く英・仏・イスラエルの侵攻に立ち向かったナセルには、アメリカでもソ連でもなく、資本主義でも社会主義でもない第三の道を提示してくれるのではないか、という漠然とした期待が寄せられていた。「非同盟」「第三世界との連帯」こそ日本の取るべき道だと考えた知識人も多かった。…(略)…このようなナセルに投影されていた「夢」がその後のナセルの敗北と死によって失われたことは、アラブ世界に思想的な危機状況をもたらした。思想的危機は「分極化」という形で顕著に現れた。言説空間が、一方でラディカルな現体制批判から急進的なマルクス主義へ向かう流れに、他方で宗教信仰への回帰現象や、そこから動員力を汲み取るイスラム主義へと向かう流れに、激しく分裂したのである。「アラブ統一」や「民族社会主義」のもとに一体性を感じることができた時代は終わり、混迷と対立の時代が到来した。」(池内恵著『現代アラブの社会思想――終末論とイスラーム主義』 講談社現代新書)

「人民闘争を謳うイデオロギーがアラブ世界に希望を与え得た期間は短い。それは「人民勢力」とみなされた世界のさまざまな運動と盛衰をともにした。
 まず、パレスチナでの闘争が挫折したことが大きい。一九六七年を画期として独自の活動を始めたパレスチナ解放運動は各国の政権に封じ込められ、活動の場を転々と移すことになった。アラブ諸国もイスラエルも、「人民勢力」を封じ込めるという点では一致していた。アサド政権のシリアも、影響下にある組織が国外で人民闘争を行うことが国益に適う限り支援したものの、自国内から世界革命が始まることを許すはずもない。」(池内・同上)

「現在、このような「アラブ現実主義」が現実の各国の政治を方向づけていることを、どう評価すればよいのだろうか。「アラブ現実主義」は、現政権の安定を最重要視し、国益を最大限追い求める。それが結果的には生活環境の向上や国防・治安といった面での国民の利益に寄与する、と主張する。
 しかし、「アラブ現実主義」は、思想的分極化の根源にある精神的な空白を満たすには至っていない。そして、国民を支配するという局面では現実主義が標榜されるものの、国民が主体となって現実主義の観点から国政に参与する機会はほとんど与えられていない現状は、「アラブ現実主義」を国民から遊離したものにしている。」(池内・同上)
⇔ ⇔ ⇔
「近代はさまざまな価値観を相対化してきた。これまで信じられてきたこの価値もあの価値も、どれも実は根拠薄弱であっていくらでも疑い得る、と。
 その果てにどうなったか? 近代はこれまで信じられてきた価値観に代わって、「生命ほど尊いものはない」という原理しか提出できなかった。この原理は正しい。しかし、それはあまりに「正しい」が故にだれも反論できない、そのような原理にすぎない。それは人を奮い立たせない。人を突き動かさない。そのため、国家や民族といった「伝統的」な価値への回帰が魅力をもつようになってしまった。
 だが、それだけではない。人は自分を奮い立たせるもの、自分を突き動かしてくれる力を欲する。なのに、世間で通用している原理にはそんな力はない。だから、突き動かされている人間をうらやましく思うようになる。たとえば、大義のために死ぬことを望む過激派や狂信者たち。人々は彼らを、恐ろしくもうらやましいと思うようになっている。…(略)…だれもそのことを認めはしない。しかし心の底でそのような気持ちに気づいている。
 筆者の知る限りでは、この衝撃的な指摘をまともに受け止めた論者はいない。ジュパンチッチの本は二〇〇〇年に出ている。出版が一年遅れていたら、このままの記述では出版が許されなかったかもしれない。そう、二〇〇一年には例の「テロ事件」があったからだ。」(國分功一郎著『暇と退屈の倫理学 増補新版』 太田出版)

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「実際、その先に自分の死が待っていることを承知の上で死を恐れずにムハンマドの風刺画を掲載し続けた「シャリル・エブド」の人々がなしたのは確かに自殺の試みではあったが、彼らのその自殺は「何もまして美しい振舞い」と呼ぶに値するものとなったか。…(略)…もしフーコーが存命だったならば、彼の関心をより強く引いたのはむしろシェリフとサイードのクアシ兄弟そしてアメディ・クリバリによる自殺の試みのほうでありその失敗だったに違いない。死を覚悟して彼らが実行した行動は風刺雑誌の人々のそれと同様、自殺の試みだったと言えるが、彼らもまた失敗したと言わざるを得ない。ただしその失敗は「シャルリ・エブド」の人々が陥ったのと同種の失敗ではまるでない。そもそもクリバリとクアシ兄弟には「軽率さ」など微塵もない。事務所の場所を厳密に特定できていなかったということを除けば彼らは綿密に計画を立て、また、女性を二名殺害してしまったということを除けば自己制御を以って逸脱なく計画を実行した。事件は彼らの構想通りに実現した。その意味では彼らは自殺に成功した。しかしその成功が失敗でもある、少なくとも失敗と表裏一体のものとしてある。けっして裕福とは言えない環境で育った三人の若者(クアシ兄弟はとりわけ悲惨な境遇で育ったがクリバリもパリ郊外貧困地区の出身である)が、成功が失敗でしかあり得ないことの初めからわかっている「自由な実践」をそれでもなお字義通り「決死の覚悟で」実現しようとしたのであり、だからこそ彼らの振舞いには誰にとっても胸を打つ何かがあるのだ。」(廣瀬純著「我々はいったいどうしたら自殺できるのか。」『現代思想』3月臨時増刊号「シャルリ・エブド襲撃/イスラム国人質事件の衝撃」所収)


「しかし全体としては、イスラーム主義過激派は行き詰まりに直面しているといえよう。現世を超越した宗教的理想を現世の政治秩序において実現しようとするところに、根本的なジレンマがある。権力を掌握した組織もそうでないものも、理想社会の現実形態をまだ示し得ていない。
 ウサマ・ビン・ラーディンの一派に代表される国際的テロリズム組織の台頭は、イスラーム世界の各国内におけるイスラーム主義の行き詰まりを背景としている。エジプトのジハード団やイスラーム集団、アルジェリアのイスラーム救国戦線といった組織の一部は、それぞれの国での闘争で劣勢に立たされ、アフガニスタンやパキスタンを経由してイギリス・オランダや北米に居を移している。これをイスラーム世界の中でも特に強い宗教意識を持つサウジアラビア人の財力が側面から支援する。異教徒であるアメリカ人の支配する国際秩序を拒絶しその破壊を図ることに、イスラーム主義過激派は新たな使命と存在意義を見出そうとしている。」(池内恵著『アラブ政治の今を読む』 中央公論社)


「また、イスラーム主義過激派の信仰に基づいた行動は、極めて大きな犠牲を許容しうる。実行部隊の個々人どころか組織全体が殲滅されることすら、宗教的な観点からは失敗を意味しないからである。神がみずからに絶対の真理を告げたと信じる立場からは、必ず別の者が後に続くと信じられる。状況を変え、後続の者を触発するためであれば、組織全体の消滅すら選択肢に入ってくる。…(略)…これが例えば共産ゲリラであれば、報復によって組織が一網打尽にされてしまうことが予想されるような行動は取り得ないだろう。あくまで闘争を勝ち抜いて現体制を転覆した後にみずからの手で政権を握ってこそ、目的が達せられると考えるからだ。世間の関心を引くために時に自殺的な作戦を遂行することがあっても、組織そのものの消滅は許容し得ない。一方、民主主義であるアメリカの許容しうる犠牲はいうまでもなく少ない。
 このような極端な「非対称性」により、「戦争」は制御不能に陥りかねない。従来の最低限の「戦争のルール」が無効になるだけでなく、戦場において互いの指揮官が交わすコミュニケーションが不全になることから、予想外のエスカレーションが進み得る。」(池内『アラブ政治…』)
⇔ ⇔ ⇔
「一月七日にかけてパリで起きた惨劇から「イラクとシャームのイスラーム国」による日本人人質二名の殺害にいたる事態の展開を前にして、いくつもの歴史的、地政学的コンテクストが衝突し、急速に化学変化を起こし、ドラスティックな融合の段階に入ったのではないかという思いを禁じえない。この渦中にいる誰もが自分が何をしているのか分からない、そんな状況が生まれつつあるのではないか。ちょうど一世紀前、第一次世界大戦の渦中にいた人々が、政治家、軍人、民間人の別なく、何のための戦争なのか、自分たちが何をしているのか、もはや不明の暗闇のなかで戦っていたように。」(鵜飼哲著「一月七日以前」『現代思想』3月臨時増刊「シャルリ・エブド襲撃/イスラム国人質事件の衝撃」所収)
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「……本源的生産要素の商品化の限界は、単純な物理的限界ではなく、歴史性・地理性を帯びている。言い換えれば、労働の背後にある人間の定義、土地の背後にある自然の定義、貨幣の背後にある聖性の定義のいずれもが歴史的・社会的に構築されている社会――「大転換」において市場は、その網の目にともかくも接合されなければならないわけであるが――の底は抜けてしまうことがありうるということこそ、私たちは恐れるべきなのである。」「近代に入り近世帝国が解体するとともに、人間、自然、聖性の定義がゆらぎ始め、その流動化は現在、臨界点に達しつつある。それが世界の<帝国>化の条件を構成しているということだ。」(山下範久著『現代帝国論 人類史の中のグローバリゼーション』 日本放送出版会)


「アラブ諸国の問題の根源は、単なる経済発展の後れというよりは、社会システムのあり方や、その改善に欠かせない良好なガヴァナンスの不在といった問題に関わっているという指摘である。この報告書は具体的に、「人権と政治参加などの自由」が制限され、その中でも特に「女性の権利獲得と社会参加」に立ち遅れていること、そして「教育と研究活動の不活発と不全」が著しく、「知」を獲得して利用する条件の整備において不備を抱えている、といった点を、アラブ諸国が人間開発の観点から低位にランクされている原因として特定している。この報告書の作成はUNDPアラブ地域局に参集したアラブ知識人によってなされたものであり、内部からの改革に向けた貴重な試みとして注目すべきだろう。…(略)…経済的には「中進国」の位置を占めるアラブ諸国の問題は、今現在「食べられない」ということではなく、生まれ育った社会において将来に希望を描けない状況にあるのではないだろうか。逆に、現在はより低い所得水準に置かれた国であっても、将来の発展を思い描くことさえできれば、はるかに心やすらかに暮らすことができるだろう。アラブ世界の問題とは、社会システムの硬直化に悩み、将来の凋落を予期する下位の中進国が抱える問題ということになるのではないだろうか。」(池内・同上)
⇔ ⇔ ⇔
「西谷  …私と二〇年来の付き合いがある知識人にフェティ・ベンスラマがいます。彼は「イスラームとは自分にとってお茶を飲むようなものだ」とかねてから言っていました。人々の生活習慣の基本的なベースとしてイスラームがあり、そのベースを捨てることはできない。それはある教義を選択し信じているというのとは違います。その彼は、今回の事件を受けて、イスラームがグローバル化する世界のなかで、人権や表現の自由といった価値観と連動するようにいかに改革しうるかを、イスラーム世界の宗教指導者に対して問うています。古いテクストに固執するのではなく、そのテクストを今の世界に適合的に解釈していく努力の必要性を語っています。イスラームの名のもとでテロが行われていることは、イスラーム社会の責任でもあるということです。これは西洋化を求めているのではなく、イスラーム内部に自己改革の可能性を見出そうという視点です。」(西谷修×栗田禎子「罠はどこに仕掛けられたか」『現代思想』前掲書)


「単純に、近年の社会意識や思想史の進展の中で、アラブ世界がテロリストを輩出してしまっていること、イスラーム教の教義の特定の解釈の進展によって、テロを助長し正当化する形の理論が形成されていること、それがアラブ世界において一定の信奉者を持ち、それを黙認する一定の人口が存在し、表立って反論できない世論が形成されているという事実を指摘しているだけである。アラブ世界に固有の理念やイデオロギーの展開がいかにしてテロを正当化するに至ったか、それを理解し克服することが、すなわちテロの「種」をなくすための作業である。…(略)…貧困がテロと関係があるとすれば、それは、できてしまった「種」を育てる「苗床」を提供したことにある。アル=カーイダに拠点を提供したアフガニスタンやソマリアは、まさに貧困が蔓延している地域である。…(略)…そしてテロが花を咲かせる「畑」とは、グローバル化した世界全域にほかならない。国際テロリズムはグローバル化に反対するどころか、グローバル化に乗じて資金を活用し、グローバル化によって提供される情報伝達や移動の手段を縦横に駆使してテロを実行する。アル=カーイダのような司令部のレベルでも、末端の実行犯のレベルでも、グローバル化に反対するなどという思想の形成やその表明はなされていない。何よりも重視されているのは、宗教的な規範理念に基づいた価値的・軍事的優位性の回復の希求であり、欧米や日本の反グローバル化論者がみずからの願望を投影して期待するような問題意識をそこに見出すことは困難である。」(池内・同上)

「戦闘員らは、金銭的な代償よりも、崇高なジハードの目的のために一身を犠牲にするつもりで、あるいはそのような高次の目的に関与することに魅力を感じて渡航している、という基本を押さえておく必要がある。少なくとも主観の上では、傭兵ではなく志願兵に近い。志願する目的の普遍的価値や手段の妥当性が、他者から見て承認し得ないものだとしても。そのような個々人の主観や個々人を包む集団の共同主観が前提にあることを認識しなければ、「イスラーム国」のような現象が生じてくる原因を探り、その解消のための適切な方策を考えることはできない。」(池内恵著『イスラーム国の衝撃』 文春新書)