2020年10月18日日曜日

引っ越しをめぐる(2)――石川義正著『政治的動物』(3)

非純粋ドア

団地からの引っ越し探し中に、石川義正氏の著作(『政治的動物』・『錯乱の日本文学』)を読むことになったので、その「建築/小説」をめぐって考察された文章を参考に、自分が何をやっているのか、文脈づけてみたくなった。 
まず、石川氏の、時代的な認識を要約してみよう。 
……
第二次世界大戦からバブル期にいたる半世紀にもみたない持家中心の社会システムは、1990年代以降の若い世代にとっては、まったくリアリティーが感じられなくなる。が、親元を離れた彼らの居住様式とは、「眠る」「休む」「養う」「育む」などの諸機能を発見した大正期の堀口捨巳による住宅建築、かつての民家には不可欠であった「接客」や「生産」といった機能を排除していく前提となった田園都市という日本の都市中間層のライフスタイル(天皇制のもとでのリベラル)が、より解体的な分離と散乱へ引き継がれていったものだった。いわばnLDK様式とは、実家の個室としての延長としてのワンルームマンション(n)、キッチン(K)としてのコンビニ、ダイニング(D)としてのファミレス、リビング(L)としてのネットゲームになっていったのである。その過程において、介護対象たる後期高齢者となった彼らの親たちは、ボケ老人となって持家に取り残されている。
……
たしかに、以上は、現在親になっていてもおかしくない年齢くらいの世代にとっては、そうかもしれない。が、父親である私の引っ越しの動機は、個室をもてない子供が、食卓の下に布団を敷いて寝ているのを毎朝みて、不憫にもおもったからであった。息子にとって、団地の2LDKの間取りとは、ほぼリビングしかないような世界であり、そこに、なにもかもがある、のが自明視されてきた世界である。私自身は、たしかに、石川氏の指摘の範囲におさまるのだが、それしかを生まれたときから経験していない世代への移行にあっては、意味が変わってきてしまっているのではないか。そしてその子たちの大半が、2LDKでさえ住んで結婚し子育てをする、という前提さえもてないかもしれない。ちなみに私は、団地に引っ越す前、子どもが小学校にあがるまえまでは、大家さんの敷地内にある2Kのアパートに住んでいた。学生中は六畳一間トイレ共同のアパートだったが、植木職人になった3年目くらいの30歳くらいのときに、移ったのである。二階建てで、一階の真ん中の部屋だった。隣は、発達障害と診断された子供をもつ30代の夫婦、もう隣は、老夫婦だった。息子の世話は、老人ホームへ移ることになる大家さんと、隣の老夫婦がよく面倒をみてくれた。駅前開発で立ち退いてからも、息子は夫婦喧嘩で家が荒れるたびに老夫婦が新しくかりた2kのより窮屈となったアパートへと飛んでいった。かつての長屋住まいみたいなものだった。そして団地にうつり、子供が中学生を卒業するくらいになると、息子の同級生たちも、もう少し広い家へと引っ越していった。私たちは、最後のようなものだ。

高校生になって、はじめて個室(n)をもつ。それはもはや、子供部屋、ではないとおもう。彼らには、子ども部屋に引きこもった私のような近代的な自我=内面みたいなものはないのではないのか? 少なくとも都会では、川の字になって、親と寝ていた子は多かったろう。私は、江戸時代に逆戻りでもしたのか、と感じられた。しかし、私たちのように、子どもを世話してくれる近所の手助けを得られなかった若い夫婦たちは、子を虐待してしまうことに追い込まれもしているだろう。親元が近い地元が東京の人たちは、回避しやすいかもしれない。おそらくそこが、江戸時代という比喩が当てはまらないところだろう。

私は、風雨がしのげる寝床があれば十分だ、と考えるものだ。持家幻想はない。若い人のなかには、無理してローンを組んで、東京の建売住宅に住まう人も多いだろう。今回、私たちが引っ越すのも、そんな建売住宅の2階建て借家だ。かつて、持家を構えていた親世代の土地が分割分譲され、そこに、細長い3階建ての家がたつ。3LDKくらいだ。が、そこに実際暮らしてみると、隣家の声は筒抜けで、三階まで子供を起こしにいったり、2階のベランダへ洗濯を干しにいったりするのも大変になり、ならばとそこは他人へと貸し、持ち主は、フラットなマンション住まいや、より郊外の広い敷地の家へと移っていったのかもしれない。そんな借家の空き家も、競争率があるのに、いまはなかなか住み手がつかなくなってきているようだ。都心近くだと、そんな3LDKでも、20万前後はするだろう。とても、若い世帯には借りられるものではないし、それくらい払うのなら、毎月払いやすい金額でのローンを組んだほうがいい、ということになる。が、では、どんな家が、間取りが、考えがいいというのだ? おそらく、いま、需要側は手詰まりなのだが、供給側は、相変わらず、3階の掘っ立て小屋を作っている。高給取りは、ある意味、持家幻想を抱擁できた親世代を反復しえて、ゆえに、引きこもりや家庭内暴力といった子どもたちが派生し、ひと昔前の事象をなお再生産していっているだろう。

なおブルジョワの夢を再帰させてくる女房の繰り言と、スマホや不動産屋からとりよせた物件情報をみるにつけ、これは、土地を買って自分でデザインして作ってもらったほうが安くていい物ができるんじゃないか、とおもいはじめた。団地からまっすぐ50メートルほどいったところに、売り出し中の土地があって、私はさっそくデザインしてみた。道路には面しているが、奥行きのある真四角な土地ではない。平行線のない台形みたいな感じだ。奥の一角だけが直角をひとつもっているが、あとは、みな斜めの線になる。おそらく、30坪ほどで、狭い。デザイナー建築だと、三角形とかのも工作するようになるみたいだが、原則的に木造建築は、辺と辺は直角でないと、構造的というより施工的な不備がでやすいのではないか、と素人的におもう。四角と四角の連結でも、屋根雨漏りとかの施工技術が困難になるのではないか、と考えられるが、真四角では無理な土地なので、¬型の第一案をねん出してみる。長い辺は東側を、短い辺が南側を向いている。駐車場におく自動車が目隠しがわりだが開放的に。一階にはトレイ・風呂・脱衣所・リビング(しかおけないだろう)。玄関ではなく、奥側のリビングの方から階段をのぼらせて、そのまま廊下をつくり、そこに、ベランダ・テラスを隣接させて洗濯干し場とし、廊下の突き当りの道路側が子どもの部屋。折り返した廊下があたる長い辺の2階にもう一部屋。で、もし一階のリビングの先にも3畳ほどでも部屋が確保できれば、そこが私の隠れ書斎だ。まだ部屋が必要とあらば、長い辺にもう一階つけたして三階にしよう。……屋根の形が未定のままのその第一案をみて、また女房がぎゃあぎゃあいいだす。ので、やる気がなくなる。が、思考実験として、いまでも続けている。がまた、土地の形と、そこに何人で誰が暮らすか、と前提されてくれば、もう自動的に形態はできてくるようなもので、あとは、みてくれと、細かい細部への日常的な想像力で、使い勝手を少しでもよくしていくしかない、と、機械的な作業になってくるだけのような気がしてくる。
たしかに、かつて重用だった客間、という発想がでてこないことからも、持家nLDK思想の延長のままだ。しかし、リビングや個室をはぶいて応接間というわけにもいかない。だいたい、そんな偉そうな客などこないだろうし、呼びたくもない。身内や友人くらいだから、リビングでの対応で十分だ。となると、ここには、どんな思想が欠けているのか? 

(1) 風雨がしのげれば十分だという思想、あるいはランボーのいう「ところかまわずしけ込め」という覚悟、そのホームレスなホームを突き詰めていない、ということ。私が植木職人になっているのも、新宿で家賃2万のアパート(いまも崩れたままのこっている)の裏に、そこに植木屋があったから、ということだ。 

(2) 長屋住まいや団地の話をだしたのも、このブログで言及した、中谷礼仁氏の「納戸」の反復=古層の露呈、みたいな歴史の構造性のことが念頭にあったからである。住んでいるうちに、でてきてしまう、というか、やってしまっていることがある。その身体的な予期とデザインとの関連性を突き詰めていない、ということ。いわば、人間、あるいは民族というような文化的な風雨をどうしのぐか、ということだ。この視点は、石川氏の著作では、赤瀬川源平を論じた箇所において重なってくるのだろう。――<そこには匿名の人びとの慣習によって徐々に形成されてきた時間制が折り重なって堆積している。…(略)…しかし現代の都市の生活様式は民衆の基盤となる村落的あるいは共同体的な規範ではなく、むしろ断片化した共同体の廃墟なのだ。超芸術はこの生活様式の廃墟を、芸術とその外部の短絡を可能にした不在の表象とみなすのである。>(「芸術・大逆・システム」『政治的動物』)

石川氏は、その赤瀬川の「短絡」と、柄谷行人の「単独―普遍」という回路の「短絡」とを結びつけて考察している。私はこの「短絡」と、大澤真幸氏や佐藤優氏からも指摘されていたそこを、「量子のもつれ」として理解できないか、と考えている。非局所性としての「単独―普遍」である。

2020年10月9日金曜日

『政治的動物』石川義正著を読む(2)――中上健次をめぐり


まず、中上健次の『地の果て 至上の時』における特権的な場面、浜村龍造の縊死をまえに「違う」と叫んだ秋幸の言葉を、どう石川氏が理解しているかをみてみよう。

<中上はおそらくこの「事物の氾濫、アナーキー」を天皇制によって規定されない個別、普遍に包括しえない悪無限とみなしているはずだ。ここでの中上の解釈は決定的にジジェクと分かれる。ジジェクがいうような「主体化」に抵抗する残滓は、主体「という」不可能性の具現化であり、そこにおいて「シニフィアンの欠如のシニフィアンに転換する」ためには、「「すこしぐらい」と言う」主体にあらかじめ無としての国家が刻印されていなければ不可能なはずだからである。だが、無としての国家が刻印されていない主体に革命は不可能である、というのも見誤りようのない現実だろう。「事実の氾濫」はけっして革命たりえない。
 にもかかわらず、そうした悪無限をあえて革命たらしめようと試みた者として、『地の果て 至上の時』における秋幸こそがそうみなされるべきである。浜村龍造の使嗾によって展開された「路地跡」での不法占拠は新たな革命――アイデンティティーの抗争といってもいいものだった。だが、その闘争は龍造という父との癒着を通してしか持続しえない。眼前で縊死している龍造を前にして秋幸が「違う」と叫んだきり言葉をのみ込んだのは、このとき「父の名」の不死を目撃したからにほかならない。>(「精神は(動物の)骨である」『政治的動物』)

この引用を解説すると――中上が例にあげていた「事物の氾濫(アナーキー)」とは、高速ではバックしてはダメかという運転試験問題に対し、「すこしぐらい」はいいのが現実なのではと本気でテスト中に悩んで解答できず、免許をとることができない青年、のような存在(アイデンテンティティ)の限りない連鎖「等々(etc)」のことである。ラカンのいう「すべてではない」女性性の延長に論理的に想定されるような「悪無限(ヘーゲル)」、ということだろう。が、その論理、あるいは体現する人物たちとの連帯=革命という秋幸の試みは、龍造という資本家である父のバックがあってしか、現実的な実践とはならない。龍造の金をもって、「路地跡」を「すこしぐらい」と占拠するヨシ兄たちに接触し、警察がそこにむやみに介入できないのも、龍造がかつて番頭をしていた佐倉の私有地になっているからである。が、秋幸が刑務所から出所してこの小説がはじまったとされるころ、つまり、1980年5月、材木価格は下落しはじめた。外国産のものが入ってくるようになったからである。グローバリズムが、はじまったのだ。龍造は、投資に失敗した。石川氏は、そこに、自殺の背景をみている。この材木価格を示す折れ線グラフの呈示とともになされた指摘ははっとさせられる。作品内イメージとしては、成金成功の絶頂において死んでいったようにおもえるからである。が、秋幸は、この世俗の現実の向こうに、死なない父、つまり国家という論理階層の現実をみだしたのだ、というのが石川氏の見立てであろう。

秋幸は、自らを「私生児」として自称していた。がたとえば、津島裕子は母子家庭で育った主人公のことを、「非嫡出子」と呼んだ。

<だが、私生児という概念が、正確には家父長との関係においてそう規定されるのに対して、非嫡出子は「第三の父、記号としての父、あるいは、父の名」つまり国家の法との関係においてそう呼ばれる。…(略)…中上に対する「黙市」の優位は、父の名を構造として剔出し、相対化する母親の視点を確保した点にある。>(「動物保護区の平和」上掲書)

つまり秋幸は、遅ればせながら、自らと父との関係を、情動的ではなく、論理的に理解しはじめた、その確認として「違う」と叫んだということになるだろう。
しかし、龍造は、ゆえに「父の名」は、死なない。トランプとは、「成功した浜村龍造である」と石川氏は指摘してみせる。あぶれた白人労働者等々の支持をかきあつめて「グローバル資本主義への抵抗の根拠」をつくろうとする。「革命」の続行だ。ジジェクは初の<女性>大統領になったかもしれぬヒラリーではなく、トランプを支持する。しかしその全体主義は、すべてではない、のが論理的な要請である。家父長的な存在に誘引され「個別に汚染された普遍は、包摂ではなく排除として機能する。それはすべてを包摂する全体ではなく、全体を形成するための例外をつねに必要とするのだ。トランプが公約したメキシコ国境の長大な壁の建設がその象徴である」。同時に、「個別としてのマジョリティーは、その「政治体自身が生き延びるために、亡霊的で否認された、公共領域から排除されたありとあらゆるメカニズムに頼らざるをえない。」トランプには、ネオナチのような「白人至上主義的な地下組織」が陰に陽に影響力を発揮している。

トランプ自身はどうも、投資に失敗し、莫大な借金を抱え込んだので、大統領選に打ってでて知名度をあげてまた民間で出直そうと企んでいたが、図らずも当選してしまった者のようなので、成功者といえるのかどうかわからない。大統領をやめて、借金を返済できるくらい稼いでから、そう呼ぶにふさわしいというものだろう。落選したり、順当に引退してからも、借金かえせず、ホームレスになってしまうかもしれない。自殺においこまれるかもしれない。大統領になった者がそこまでとは、とおもうが、潜在論理としては、龍造と同じ位置にあるともいえる。世俗的には、死(失敗)を、延期しているということだろう。

<しかし秋幸は「残りの者」という彼自身の夢想を護るために龍造に加担し、その走狗のように山林の売買を渋る地主を脅し、ヨシ兄に金を渡す。秋幸が「違う」と叫んで絶句したのは、革命から死へと逃亡した龍造の最終的な裏切りに対してなのだ。龍造の革命はそもそも敗北を予定されていたのかもしれない。勝利したのは市場とういう「父の名」である。>(「「路地」の残り者たち」)

しかし「父の名」とは、「国家の法」なのではなかったか? 勝利したのが資本(市場)かもしれないというのはいいとして、それもまた「父の名」であるとするのは、どういうことなのかな? と私は戸惑う。1979年に国家覇権が弱体し、1980年代から資本のグローバリズム化がはじまる。そしてまた、バブル崩壊後の1994年に国家主権が台頭しはじめ、2016年のトランプ出現にいたる、とされる「決定的な断絶」の時期区分。いいかえれば、浜村龍造の死と再生、ゾンビの復活みたいな話になっているということだろう。ならば、そこには循環構造があるということであって、「父の名」として同定していくような固定的な構造の見方ではとらえきれないものがある、ということではないのか? 世俗現象の、直観的な理解としては了解できる。父の座を、「資本」や「国家」が交代的にやってきて占め、飴と鞭を交互にふりまわす……。が、石川氏の見立てでは、「交互(循環)」なのではなく、あくまで、「国家」の体制的な構造の内での優位―下位といった浮沈の現象ということになるのだろう。だから、近代文学(小説)の死もまた、延期されている、ということだろう。「小説を書くこと――それは資本の流れが最後には国家の信用によって価値を確定(決済)しなければならないことに似ている。」

私がこう付言したのは、このブログでもとりあげた河中郁男氏の『中上健次論』と比較したくなったからである。

<マルクスは、『経済学批判要綱』の中で、「貨幣」の作り出すものを「理念」と「私が私であること」の関係であると考えた。そして、「資本」は「超越的な理念」と「私」との同一性の関係によって構成される世界を崩壊させるのだ、と。
 『地の果て 至上の時』で起こっていることも同じことである。つまり「資本」が現れることによって「理念」=「父の名」と「私が私であること」の同一性の関係・位相関係が崩壊するのでる。>(河中郁男著『中上健次論』<第二巻> 父の名の否、あるいは資本の到来)

河中氏にとっては、近代文学(国家)は終わっており、それはあくまで、資本の循環構造の中で変貌している。秋幸も、龍造も、ゆえに「同一性」が崩壊されていて、自ら位相をずらしながら生き延びていこうとするしかないのである。二人のすれ違いは、そこにいるとおもってみると、もう相手は移動してそこにはおらず、ということをお互いがしているからなのだ。ラカン的には「普遍」「個別」「特殊」と言い得る階層を、二人はミスマッチなまま変貌していく、とされる。『地の果て』以降の時代もまた、その歴史過程(循環)として、把握されているだろう。秋幸や龍造のなかにも、いろいろな秋幸や龍造が現れるように、余剰として「現実界」においやられた「亡霊」たちのなかにも、いろいろな位相が蠢いているのだ。『地の果て』以後の中上は、その右翼的なとされる「亡霊」を、定点からではなく、さまざまな観点から観測提示してみせた、というのが河中氏の主張であろう。量子力学と同じで、それ(亡霊=素粒子)は、どんな観点で観測するのか、位置なのか運動量なのかをあらかじめ決めておかないと、現れてこない。粒子は、常態的には、あらゆる可能性をもって潜在し、蠢いているのである。

私には、この「亡霊」(現実界)をつかまえるのには、石川氏の切り口は、単線的ではなかろうか、と思われる。つまり、古典力学的に、収束したあとの物体としてのみ現実をみていることにしかならないのではないのか? おそらくネトウヨも、ひとからげにできはしないのだし、そうみなければ、国家的な固定的な差別構造が自身において浮沈するだけではないのか? そこでは、「仮死(の祭典)」(蓮見)があるだけである。たしかに、死んだふりとは、お祭り的に楽しいことでもあるだろう。しかし、中上がいうように、「切って血の出る物語」はある。トランプは、本当に、死ぬかもしれません。死の延期、ということ自体が、架空の論理なのではないか? 死を収束(終息)とみるのと同様に。 

石川氏は、ツイッターで、マスクをしていない人たちの主張は、古典力学的な、近代的均質空間に依拠している人たちなのだ、と説いている。私には、インテリのこじつけにしか聞こえない。こうしたひとからげが、問題だというのだ。たしかに、PCR検査に疑問符をつけた陰謀論を説く大橋氏のまわりでは、マスクをつけないことが「正義」であると言葉をかかげてデモ行進するような動きになってきているようだ。私はびっくりだが、だからといって、ひとからげにできるものではない。にもかかわらず、いまは、マスクする=左翼、マスクしない=右翼、みたいな話になっていて、石川氏の論の立て方もまた、その近代的なロジックをなぞっているということではないのか? スーパーマーケット(資本市場)に復活徘徊しはじめたゾンビたちは、みな一様な、国家論理優勢な亡霊なのだろうか?

中上健次は、マスクをつけて、街を徘徊するだろうか?

2020年10月4日日曜日

花粉、ウィルス、量子――新型ウィルスをめぐる(18)


「「ここにもあそこにもいる」状態の原子が、観測された瞬間に「ここにしかいない」状態へどのようにして変わるのか、その実際のプロセスについては誰も本当のところを知らない。ほとんどの物理学者は、それは「単に起きるだけだ」という実用主義的な見方で満足している。しかしその問題点として、不気味な出来事が起きる量子の世界と、物体が「分別よく」振る舞う日常のマクロの世界とを、都合のいいように独断的に区別しなければならない。電子を検出する測定装置は、マクロな世界に属しているはずだ。しかしその測定プロセスがどのようにして、なぜ、どんなときに起きるのかを、量子力学の創始者たちはけっして明らかにできなかった。」(『量子力学で生命の謎を解く』ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン著 水谷淳訳 SB Creative)

前回ブログで、新型コロナに対し、スウェーデンは集団免疫獲得を目指していたのではなく、ヨーロッパでの科学界が議論してきた結論に従ったまでだ、という指摘があったことに言及した。その出所がみつかったので、リンクしておこう。

現地日本人医師に聞く「スェーデン方式の真相」(スェーデン移住チャンネル)

その話の真偽や妥当性までは、私にはわからない。田中宇氏のジャーナリズム解読にも、そういう指摘はなかったように記憶する。現地の医師自身が、なんでなんでしょうね、と口ごもっている。科学に従わなかったのは、政治的陰謀なのか、単にパニックになってしまったのだか…。発生源とされる中国が大規模な都市閉鎖措置をしたのだから、他がパニックになってもおかしくはない。そして当の中国では、本当のところがどうのなのか、不確かなままだ。死者数もふくめ、そのまま信用はできない。アメリカに亡命した中国や香港の医師が、ウィルスの人工性や抗体などできない等、暴露しているが、それも本当の話なのかどうか信用できない。トランプがPCR陽性とでて、死のうが元気なまま戻ってこようが、もう科学的な探究どころではなく、政治的な茶番劇につきあわされている感じだが、笑えるどころではない。ワクチン無料だよ義務だよ、などという話にもなっていきそうなのだから、おそろしい話だ。しかもアメリカの製薬会社の開発のなかには、流通にのる家畜がタグ付けされるように人にもワクチン接種時に識別票を体内注入させ、免疫パスポートを導入していこう、というアイデアというより思想と一体となっている動きもあるという。皮膚にピッと検査機当てるだけでワクチン打って安全な人とそうでない人が即時に検出され、安全確認できた者だけが国境をまたげる。国保証のパスポートだけでは不十分で、世界認知の基準を作っていこうということになる。いったい、私たちは、どんな世界に住ませられるのか? そもそも、それは、科学というものに根拠を置いた思想なのか?

私は以前、コロナ状況は、花粉症の情勢と似ている、と書いた。花粉そのもので症状の出る人はそうはいないが、都市化にともなうディーゼル排気ガスと混然となることで、免疫反応を示す人たちが多くなっている現代病みたいだ、と。花粉とディーゼルとの関連性は、科学的に明確になっていることではないようだ。とくに、石原都政のときの、排ガス規制導入時に席捲した学説でもあるので、政治的な話なんではないか、という意見も多いようだ。そういう点でも、今回のウィルス騒動にも似ている。花粉やウィールス自体の「どのようにして、なぜ、どんなときに」症状が出てくるのかはわからないまま、「排ガス規制」や「人身管理(規制)」といった「実用主義」的な観点から、問題明確化は棚上げされたまま事態はすすんでいく。とくに医療分野では、ヨーロッパ系譜でのコッホ四原則にしたがった手間のかかる確認作業はどけて、「早期発見・早期治療」方針がアメリカで推進され、その立役者のひとりがロックフェラーだったので、政治経済活動的な陰謀説がからまって説かれたりもしている。が、アインシュタインをふくめた20世紀当初の、量子力学をめぐる科学界の議論にも、そういう事態があったらしい。量子論に対し、量子力学という名称があるのも、まわりくどい量子論は棚上げして、実用的な「量子力学」でいい、という話であるようにみえる。この発想から、原子爆弾の製造・実行へといってしまったわけだが、いまもって、この科学上の態度転換は、そのままで来ているようにみえる。アインシュタインは、しかしあくまで、「なんで」を問い続ける量子論にこだわったということだろう。それが、量子力学につきつけた思考実験、相互作用することになった粒子の「量子もつれ」が本当なら、光より速いものはないという相対性理論と矛盾するぞ、と問い詰めたわけだ。死後、それが本当に起きていることが実証実験され、その応用が、いまの量子コンピューターの開発につながっている。光よりも早く、というか、ペアになった粒子同士は、同時に、情報を処理しうるという量子の性質現象を生け捕りしようとしているのである。それが、なんでおきるのかは、問わないまま。日本の数学者の岡潔も、そういうふうに、なんでもありになってしまう数学世界に異論を唱えていたわけだ。それは、アインシュタインの光の根拠が、キリスト教という一神教な宗教と暗黙に結びついて、「神はサイコロをふらない」という信念にこだわっていたからだ、ということでもあるだろう(小室直樹著の『数学嫌いな人のための数学』(東洋経済)が科学と宗教との関連話で面白い)。しかし、そのこだわり、宗教的な信条が棚上げされると、できればいいじゃん、という話におちつき、今にいたっている、ということだろう。

で、花粉やウィルスというマクロな物質と、つまりこの世界と量子という原子以下のミクロな粒子との関連性は問いつめられないままだった。が、実は、植物の光合成や、鳥や魚の帰巣本能や、人の呼吸にも、量子現象が関与しているのではないか、ということを研究する分野が新しくできているらしい。それは、量子は波であることの数学(潜在)的現実を関数として数式化してみせたシュレーディンガーの「生命論」の継承でもあるらしいが。その「量子生物学」という分野は、冒頭にも引用したように、世の「実用主義的」な方策で棚上げされてきた問題に、より突っ込んだ「なんで」という疑問を提起し追求していく姿勢にあるようだ。もしかして、花粉と排ガス粒子との間で、ウィルスとなんらかの粒子との間で、量子的な現象が起きているのかもしれない。それは、顕微鏡でみえる話ではない。一粒の花粉が、排ガスにあるなんらかの物質と、「トンネル効果」という量子性質を通して交換(交感)しあっているかもしれないからである。大澤真幸によれば、その「偶然(サイコロ)」的な現象の意味は、ベンヤミンの歴史哲学と比例した、過去を変えられる革命性にあるのでは、となる(『量子の社会哲学』講談社)。しかし、だとしたら、もし生物学的、生体的に文字通りその意味を敷衍していくと、どうなるのか? 顕微鏡(観測装置)ではうかがい知れない変化が、過去を書き換えるように人体に症状されてくる、ということにならないか? 遺伝子組み換え食品の人体への影響も、短期的には目に見えず、つまり観測されず、統計(確率)的に意味ある症状が、理由は不明だがでているかも、という指摘されるにとどまっているのではないか? その技術と比例した、今回の新型コロナへの遺伝子組み換え的な新ワクチン技術の実施にも、量子的に観測されえない潜在的現実として、人体に影響しだす、とかならないのだろうか? 最近の学説には、ネアンデルタール人の遺伝子をもった人種にコロナ重症化のリスクがあるようだ、というのがあるらしい。このブログでも、ホモ・サピエンスにかわる新しい人種、つまり人体自体の変異が問われているのか、とも書いた覚えがあるが、本当に、世俗の勝利者によって抑圧され忘却された過去(遺伝子)が、物質の量子的性質によって読み替えられ、生態的な「革命」が起きようとしているのだろうか?

トランプが陽性になるより、とんでもない話になってきたような……。

2020年9月25日金曜日

新型ウィルスをめぐる(17)


今日9/25(金)の毎日新聞朝刊の社説「コロナ下の自殺」によると、自殺者数が7月から前年比で増加に転じ、8月は1849名で246人の増加、だそうだ。実際の数値は別にして、増加していくことは予想の現実だったわけだが、社説でも「心配」とあるように、憂慮すべきなのは、女性の自殺者の増加なのだ。8月前年比より「約40%増えて650人になった」というのである。%もびっくりだが、その数も驚きだ。このブログで、人口統計学者でもあるエマニュエル・トッドの考察に触れてきたものとしては、これは、驚異的な変化なのではないか、と感じる。トッドによれば、社会変化の兆しは、ソ連の崩壊時がそうであったように、働く年代の男性の自殺率の変化にまずあらわれる、とされてきた。そして近代社会としての前提として、女性の識字率の向上という変数が重ねられるのである。

日本のコロナ下での女性の自殺増加には、もちろん、女性の識字率や学歴が向上し、自らが働き、男との結婚を選ばず、あるいは結婚し子供を産んでも、離婚して母子家庭になっていく道を選んでいく女性たちの増加、という背景があるのかもしれない。孤立しがちな男性とちがい、女性はネットワークを築き自らのメンタルをもちこたえさせる、みたいな伝統文化的というより、身体自然的な能力によって説明されたりもしてきたわけであるが、この根底的な自然性もが、日本では破壊されているのかもしれない。社説では、「詳細な分析」が必要だと論説されるが、その現実の確認だけではなく、「真剣」な分析態度が大切になってくるだろう。

新総理になった菅が、手始めに打ち出したのが、女性の不妊治療への保険適用ということだった。的の周辺には矢がとんでいるともいえるが、これは、おそらく自民党の憲法改正案の実現の実質をにらんだ布石、その症候だろうから、実際には目指している的は現に日本にある現実や自然ではなく、党の理想の方なのだろう。せめて、男と結婚して子供を産む気のある女性たち、つまりは自民党を支持してくれる可能性のあると党人たちが期待している者たちだけでもまずは救っている仕草をみせよう、ということだ。精神障害の認定をもつ私の兄の話によると、自民党の憲法の改正のねらいとは、親や障害者の介護・面倒見は家族にまかせ、その理想家族の実現のために、障害者や老人への年金をカットしてく、その実行のために何条と何条を変更する憲法改正を目指している、という。そう言われると、たしかに、為政者の本当のねらいは、9条ではなくて、1条の天皇制を、象徴的なだけではなく、もじどおり国民的に実装されるよう、理想な家族像とされるものを、無理やり押し付けて実現していく、ということにあるのだろう、とおもえてきた。現実からして本来は、女性の労働条件改善や保育施設の拡充、母子家庭への補助等が実現されていかなくてはならないのに、安倍を継承するという菅および自民党政権は、自分たちが破壊してきた自然を修復するのではなく、もはやありえない近代的な一時期の核家族理念を、その見かけだけを、保全しようと暗躍している。

ところでその総理を引退した安倍が、このブログでも新型ウィルスをめぐって紹介した、大橋氏のYouTubeだかツイッターのフォロワーになっているという。大橋氏は、コロナ以前から世界の陰暴論を説いてきた人のようであり、このコロナもそうだろうと想定しているわけだから、そういう人物が大学というアカデミズムから胡散臭く排除されていくのは常套的であるとしても、その主張を、ついさっきまでの総理大臣は、どう受け取るのだろうか? 「いいね!」とおもっているんだろうか? おそらく、たぶん、そうなのだ。田中宇氏の見立てだと、安倍は、経済閉鎖をしてアメリカの世界一極支配を終わらせたいトランプからの命令を受けて、自分ではロックダウンだなどといえないので、小池にやらせた、ということになるのだが、世俗現象的には、とてもそんなふうには見えない。トランプにしろ、安倍にしろ、麻生にしろ、「コロナは風邪だ」と認識して経済活動を通常通り続行させたかったが、できなかった、という風にみえる。つまり、大統領も総理大臣も、自らが望む政策を続けられなかったのだから、それはなんでなのか、というのが、世俗現象からくる疑問である。そこから、一国の政府をこえた陰謀論的な見方がでてくるのは、その当否は別にして、論理的に理解できることだ。そしてその論理に、安倍くんが、「いいね!」とおもっているとしたら、どうなるのだ? おれも実は、被害者なんだよ、といいたいのだろうか? 田中宇氏によると、すでに中国よりに舵を切りはじめた日本政権は、トランプと友達になってしまった安倍ではアメリカにひきずりこまれてやりづらくなるから、それを見こんだ安倍は自ら降りた、となるのだが、これも、世俗現象しかみれない者には、すぐに信じられることではない。世界的な陰謀があったとして、安倍や麻生は駒にすぎず参加などさせてもらえないだろうが、なんとなくはわかるはずで、そのなんとなく巻き込まれていると感じているところから、コロナは風邪だと言っているに近い大橋氏の話をフォローしてみたくなったのだろうか。

しかし大橋氏は、疫学者というよりは教育者に近い人なのだろう。自分の仮説から、視聴者自らが自分の頭で考えてほしい、と言うのが一番の主張なのだ、ということだろう。で私自らの頭で考えて、コロナは「常在(日和見)ウィルス」と説く大橋氏にたいする批判に関し、いくつか付記してみる。

・大橋氏は、集団免疫が日本ですでに成立していると説く京大の特任教授の上久保氏の説は、自分の説と重なるものだ、とも言っている。すでに抗体ができていれば、悪さするウィルスが体内にはいっても、常在的なものと変わらなくなる、ということだろう。似たような話は、スェーデンでもあったらしい(「スェーデン移住チャンネル」)。また、このスェーデン移住者の解説のなかにあったと記憶するのだが、確認できていないこととして、スェーデンがロックダウン的な処置をしなかったのは、ヨーロッパの科学者の間で、すでに何年もの議論から、パンデミックにロックダウンは意味がない、との結論に至っていたのだが、いざきてみると、その科学者の結論を実践していこうとしたのがスェーデンだけになっていた、別に「集団免疫」を獲得するのが目的ではなく、すでに出た科学的方針に従い、それに付随して集団的な免疫が成立してくるだろう、という話だった、と。となると、また、なんで科学の結論が実践できなかったのか? となるわけだが。科学者でなくとも、磯崎新氏などの建築家でも、次はパンデミックが世界のテーマになると、その展覧会企画をしていたのが実際のコロナでつぶれてしまったのだ、という話を浅田彰氏がどこかでしていたが、となると、ビル・ゲイツをはじめ、あるインテリの世界では予測されていたことが本当におきて、エリート・インテリから「それみたことか」とパニックになっていった、とみえなくもない。悟性尊重主義者と、理性狂信主義者との境がみえにくくなる。

*いくらなんでも「集団免疫」成立は早すぎるだろう、と私はおもっていたが、その上久保説によると、コロナの流行は去年11月からだという。そこから、流行りはじめたインフルエンザがなくなってしまったような統計から推論しているらしい。ちなみに、私の手伝いにいっている練馬区の造園屋でも、11月に従業員と、赤ん坊を含む家族十数人が同時に風邪みたいになって、「ナニコレ」と騒いでいた。私は大丈夫だったが。また「コロナ人為説」を説く台湾メディアでは、たしか10月に人民軍の生物兵器が漏れた、と推定していたようにおもう。

・新型コロナのウィルスは遺伝子的に同定されていて、それが不明だとする大橋説は虚偽だ――「常在ウィルス」という仮説にたてば、論理的にいって、その悪さする以前のウィルスが何かがわかっていないと、比較同定できない。そして世にコロナ状況が出現するまえのPCR検査のデータなどないのだから、同定できる、ということはありえないだろう、となる。だから大橋氏も、コロナにかかるまえとあと、あるいは、かけた人とかかった人のウィルス情報を比較しなければ、同じものかわからないだろう、と当たり前なことを言っている。しかも変異してしまえば、それを同じとみなすのかどうか、さらに、にたようなコロナ・ウィルスはたくさん存在しているから、どこまでを同一とみなし、どこから違うとするのか、形而上学的な議論が発生してしまうのである。「東京型」と「埼玉型」まであるというのだから、「歌舞伎町型」と「錦糸町型」もがあるのかもしれない。今日の私と、昨日の私は、細胞がいれかわってしまうのだから、同じではないともいえるが、それを同じと同定することは、実用的な効能においてである。症状のある人のでも、ない人のでも、同じと実用的に仮説してるわけだ。ほとんど量子論と同じだ。量子には、「トンネル効果」というものがある。電子ビームで絶縁体の壁を打つと、たいがいは跳ね返された位置に電子(粒子)が確認される率が高いが、ときおり、壁を突き抜けていっているものがある。が、それはそうみえるだけかもしれず、打った粒と、壁の向こうで現れた粒が、同じものなのかどうか、本当はわからないのである。量子は波として偏在(常在)もしているわけだから、壁の向こうにあった波がなぜかは知らぬが、ある確率でもって、粒として出現しているということかもしれないのである。が、実用的には、そんな形而上学的な話につきあっていても埒が明かないので、同じ電子として、それを制御して半導体とか製造しているわけだろう。ウィルスと量子とは別なので、比喩にしかならないが、ミクロなふるまいの現実と、マクロなふるまいの現実がちがう、というのも、なお科学的には不明な、実用的な仮説であるだろう(いまの私は、そう理解している。勉強中)。

*なお、「スェーデン移住チャンネル」によると、かの地では、PCR検査は、ウィルスを増殖させる感度設定の情報も公開して基準を設けて、たとえ陽性でも(大橋氏によれば、一粒の付着でも陽性とでる場合あるので)、その基準値以下であったならば、陽性でも感染者ではない、という処置までするようになったそうだ。

・マスクの効用について、日本開発のスパコン富岳だかが利用されてシミュレーションされているが、実験前提がおかしいだろう。咳して唾やその飛沫がどう拡散されているか、をみるのではなく、普通にしゃべっていてウィルス的な微粒子がどうふるまうかをみなくては、いま騒がれているマスクの効用などわからないではないか。咳でマスクするなど、以前から日本人はしているし、喉がかゆくなってたまにでるくらいのときでも、口元を手や袖でおさえるとか、エチケットはしていたのだから、これまでどおりで問題などない。コロナは空気感染する、という学説の確認のために、マスクして呼吸している人たちの間で、ウィルス的粒子がどうふるまうのか、をみてくれなくては、意味がないだろう。でおそらく、スパコンでもそんなことはできない。量子とまではいかなくとも、ウィルスは極小で、マスクするとは、50cmの穴があいた網で昆虫をつかまえようとしてるようなものだ、という喩えもある。つまり空気と同じように偏在しているわけだから、空気をマスクでつかまえられるとは、呼吸ができないということと、同じなんではないのか。

***** 

女性の自殺率の増加は、社会の底で私たちを支えていたかもしれぬ、自然・身体的な対応の基盤がなし崩しにされてしまっていることを暗示しているのかもしれない。大橋氏の講演会では、ほぼ誰もマスクをつけていないのだそうだが、どうも、会場へむかう電車や街のなかまではつけていたらしい。だとしたら、これもまた私には、マスクの着用とおなじ、おぞましい世界におもえる。自然や身体がどこかにいってしまって、イデオロギー的な対応のほうこそが全面にでてくる社会になっている、ということだ。マスクをつけない集会がこそこそやらざるをえない秘密結社のようになっていて、それを、元総理が「いいね!」する。マスク付ける付けないかがイデオロギー闘争になる。暑かったらはずし、ごほんといいそうだったら手が動き下をむく、こんな単純な生理的な反応さえが、意図的な世界に組み込まれて破壊されてしまっている、ということだ。

2020年9月22日火曜日

石川義正著『政治的動物』(河出書房新社)の読書感想


月に一度ほど、本屋にいって、いろいろと立ち読みするようにしているが、そのなかで手に取った一冊。タイトルにある「動物」という語から、現代思想的に連想するものがあるので、いかにもな切り口なのかなとおもったが、どうもそれ以上の射程があるらしくおもわれ、「植物」の知性についておもいめぐらしはじめた私の最近の思考を啓発してくれるかもしれないと購入した。 

一読して、私はこのブログでも書評した、河中郁男氏の『中上健次論』を想起した。時代転機を、中上の『地の果て至上の時』にみているともいえるからである。ただ、河中氏が、そこにいたるまでの文学・歴史を検証し、日本の言説界に形成されてきた批評的パラダイムに変更を迫る大上段な、「観点」の複眼化とでもいえるような論点を提出しているのに対し、石川氏は、むしろ『地の果て―』以降の文学をとりあげながら、最近までつづいた(る)のかもしれぬそのパラダイム形成の立役者といっていいだろう、柄谷行人の論理破綻を示しながら、パラダイム形成のもうひとりの重鎮、蓮見重彦の路線を継承させ、その小説的営みの方からこそ自らの批評を構成し直している、という違いがある、といえるだろう。だからどこか、党派的な切り口をかんぐらせるが、石川氏の論点は明確であり、説得力がある。中上よりもか津島裕子を、柄谷が思想立場的に自らとだぶらせている坂口安吾に金井美恵子を対置させたりするところに、ひところの時代的論説のいかにもな付置を惹起させながら、しかしそこに、論点立場として明白な文脈形成が仕組まれている。おおざっぱにいえば、柄谷の方向にカント的な理念や「父の名」をみる男性性をよみとり、蓮見のほうに、その論理的からくりにははまらない、資本と国家の歴史性を体感する女性的、いわば「動物」的な予感する力をみている、といえるだろうか。女を動物にたとえるとは、それこそが差別ではないか、と思われもするが、とりあげられる女性作家たち、津島裕子に連なる笙野頼子や川上弘実、そして多和田葉子ら当事者が、動物と同居することを超えて動物になっていくような作品を提示しているのだから(私自身が試みた多和田論も「イカ=タコ」への変身で中断しているのだが)、そう単純なPC観点ではすまないだろう。というか、石川氏の論点の要が、ラカンの「全てではない」という女性性をとらえようとした概念との重なりを、カントの「崇高」論における区別、「力学的崇高」と「数学的崇高」に読み込み、マッチョな柄谷論理の行く末を前者の概念で解析し、それとは他の理論的可能性を後者にみてとるところからはじめられるからである。この「全てではない」というラカンの概念は、河中氏も中上論で、戦後民主主義のゆきづまった論理をブレークスルーしていく観点なのではないかと示唆している。が、たとえばPC(ポリティカル・コレクトネス)という正義は、男に対し女、女に対し同性愛者、黒人、身障者、etc…と無限に差異化されうる。だから、誰が一番の正義的立場か、と決着をつけようとも、なお「全てではない」と、「数学的無限(崇高)」、ヘーゲル的には「悪無限」とされる論理へと陥っていく。しかし、石川氏の引用するカントールの定理でいえば、「実数は自然数よりも濃度が大きい」。

<数学的崇高は力学的崇高に比べてあまり重視されてこなかった概念だが、もし悪無限が数学的崇高の呈示不可能性の彼方に実在するのならば、おそらくそれは吐き気そのものとしてそこにあるのではないのか。無限のさらに残余としてある吐き気。わたしたちはそれを「吐き気とは別のものが入り混じった不純な感情」として享楽するのではなく、ただの(just)――正しい(just)ではなく――かすかな吐き気として思考することは可能だろうかーーたとえそれがある種の人間性を放棄することにつながるとしても。>(石川前掲書)

つまり、女性性がかかえる「全てではない」無限の「彼方」に「実在」するかもしれぬ「動物」的な論理=倫理があるのではないか、ということだ。資本の全てを「享楽」化していくのとは別の回路としてのjustな「吐き気」。そして「その不可能にかぎりなく接近した営為として金井美恵子」がおり、蓮見重彦の『伯爵夫人』が分析されることになるのだ。

石川氏の文脈は明確であるようにおもう。哲学的な教養がしっかりしていない私には、カントやヘーゲルに立ち返ってそこにある概念を検討することはできないが、「崇高」という概念をキーとして出発したこの論考に、少し違った角度からの光をあてることはできるだろう。というのは、植木屋の私自身、「庭へ向けてのエセー」(現在ネット閲覧不可)という小論を20年前くらいに書いたさい、柄谷のいう「崇高」の理解に両義性を見だし、それを読みかえてみせることで論を成立させてみた経緯があるからである。

柄谷は庭園における「借景」という技術は、じつは「縮景」なのであり、それは「実無限」としての「崇高」なのだ、と説いた。その戦国時代の庭園技術は、グローバルに地球が閉じられることで成立した「世界交通(資本主義)」の実現(実無限)と平行した事態なのだと(「批評空間」1998、17号)。そして、その実現の地点に、中世的なものを「切断」するルネサンス的な力と、自治というものの意志を指摘してみせたのだ。しかしならば、まさに「戦国(ルネサンス)という「力学的」な地点には、世界資本主義に相乗していく方向と、死をおそれずそれに抵抗していくナショナルな美的方向性もが胚胎されているだろう。さらに、「縮景」のような小型に押さえ込んでいく力技には、ソニーのウォークマンにつらなるような、新たな、江戸的なとも形容しうる文化的な様式美や、切腹という死を恐れない=無意味化するようなスノビズムもが芽吹いている。そして最近の柄谷は、石川氏がその『憲法の無意識』に対し「ロジックが破綻」と告発するように、この江戸的な延長において、両義的な様相をみせる。憲法を擁護するとは、その天皇制(反ルネサンス)を肯定しているのか、9条を擁護するとは、その切腹倫理(自己犠牲=非自治)を肯定しているのか、よくわからなくなるからである。ならば、そこに落ち着いていく『世界史の構造』の認識とは何なのか、となる。石川氏によれば、「力学的崇高」を目指していくものであるかぎり、「交換X」という理念を担保する「帝国」という地盤はもはや存在しえず、「プロレタリアート」というような「「欠如のシニフィアン」も存在しない、となるだろう。「それらもまた国家と同じく個別的普遍にすぎないことが明白となったのが現代」だからである。

が、私としては、どうも柄谷の態度は両義(曖昧)なままなのだ。江戸や日本的なものを批判してきた経歴から、パックス・トクガワーナを肯定しているような「転向」のうちに、私にはなお理論的に不明瞭なもの、理解できないものを感じている。それは、「切腹」を肯定したくなる私自身の内にもあるものとして。

石川氏が柄谷にみる「力学的崇高」には、「安全な場所」にいるという「距離」をもった立場前提がある(河中氏の知識人批判の立論も、この「距離」感だったろう)。植木職人である私は、その前提を捨象することで、「庭園」というより、職人の庭を理解しようとした。その具体例が、富士信仰において築造された富士塚だった。つまり、富士山の縮景である。その築山は、観賞が前提ではなかった。富士山の実物の溶岩石を運んで組み、自ら登っていくという実践性(信仰)のために造られた。富士山は「安全な場所」でみられるものとしてではなく、身をもって危険をおかし征服すべき無限対象、死を恐れる自己自身を克服するという信仰そのものだった。もちろん、富士塚は、実際に行けなかったものたちへの代用であり、富士山自体もが、物見遊山的に受容された面もある。富士山の洞窟(胎内)にもぐって生まれ変わって変容する主体とが、立派な江戸っ子だった、という草本みたいなのも当時出ている。しかし、その滑稽本自体が、「安全な場所」ではない庶民の現場から発せられたユーモアであったろう。自己の卑小さを突き放し乗り越えていかせるメンタル・コントロール。そんな対応は、戦争に駆り出されて死んでいった職人(戦友)たちへの弔いの場として、私自身が手入れにはいる新宿区の戦後造られた富士塚の造景にもいえるのではないか、と読み込んだのだ(「朴石と富士講」)。つまり、柄谷の「崇高」を、ナショナリズムには回収しきれない、実践的な「信仰」として読み替えたのである。つまり、柄谷の両義性の一方の論理的可能性を切ったのだ。だから私自身は、憲法1条は変えるべき憲法改正論者だが、9条という切腹倫理は、ドストエフスキー的に(その『白痴』で切腹を擁護している)より徹底化すべきだ、という説である。そんな態度が、カント的に、あるいは哲学教養的に成立しうる論理文脈があるのかどうか私にはわからないが、気概としては、そんな感じになるのである。

だから、そういう観点に立つものとして、石川氏の論考を振り返り、柄谷と蓮見、どちらが「安全な場所」にいるのですか? と、問いたくなるのである。これは、論理的な話ではなく、具体的な、「身を以って」な話である。柄谷は、NAMのような実践をおこし、自らファルス的な滑稽さを実現してみせた。私には、これは、「安全な場所」から降りていった行動にみえる。東大総長にもなった蓮見はどうなのか? 批評ではなく、小説を書いて見せ、そこで東大総長にもなった男が「熟れたまんこ」と書いてみせることは、「安全な場所」から降りていく勇気ある実践だというのだろうか? 私には、こちらもまた「滑稽」な姿にみえる。そしてどちらかといえば、柄谷の文字通りな実践のほうに分がある。実際に木から落ちて死に損なった私からすれば、両者の差異は相対的なものにすぎないだろう。がもちろん、私はこの「安全な場所」ではない場所、「距離」のない場所、ということが、具体的であるとともに、理論抽象的な文脈に挿入されていることを知っている。

私がNAMにいたとき、芸術系担当の岡崎乾二郎氏から、樹齢何百年以上だかのケヤキの木を伐採して新聞沙汰になった件で、PC的に揶揄されたことがある。新宿は大久保の都営団地をつくるのに、その大木が邪魔になったのだ。何度か切ろうとしたが、その都度住民の反対運動に囲まれて、作業が中断されていた。そこで、私が元請けから呼ばれたのだ。雨の日だった。普段なら作業もおわる、夕刻は6時を過ぎていた。たしか、秋も深まったころで、暗くなるのも早かった。すでに、樹木のまわりは、ユンボで穴をほり、根切りされていた。あとは、木に登り、ロープをかけ、それをまたユンボでひっぱって引き倒すだけの段取りまでいっていた。「俺、きのう上までいったんだけど、『降りろ』コールがあって、おろされたんだよ」と、この現場に長らくはいっていたのだろう太っちょの職人がいう。となると、昨日までは、地面があったわけだ。もう、ない。だから、ハシゴは使えない。しがみついていくだけだ。雨で、幹はすべるだろう。安全帯をつけられる木の太さではない。雨で住民がでてこないのを確かめると、詰所からでて、夕闇のなかを、木にちかづいた。ハシゴを穴の中におろし、また、穴から根の上の面にかけなおし、ケヤキの真下に立った。「どうやってのぼるの?」私は、一緒にきた太っちょにきいた。「このロープ、あの一番下の枝に投げられるかい?」彼の父親は、空師だった。高木専門の山師のことだ。だから、庭師には知らなないロープワークを知っている。何度か投げて成功して下枝をまわって落ちてきたロープで、いまならハイネスとかいう道具に似た座席をつくり、そこに座ってロープをひっぱっていけば自動的に座席があがっていく結びを作って私に手渡した。手の力だけではなかなかあがっていけないので、幹を足で蹴って登っていく。雨で、足がすべる。下枝までついてからは、とにかく、しがみついて枝の上に上体をだして、またがないといけない。今度は、手がすべり、何度か、ずりおちそうになる。下枝に立ってからも、できるだけ上を目指して、容易には手の届かない枝をつたっていく。…

木の上は、ほぼ誰も気づかない。間違って枝を落としてしまえば、通りをゆく人々にケガをさせ、殺してしまうかもしれない。安全柵など、言い訳的な役所処置にすぎない。鉄パイプで足場を組んでいく鳶職人の現場も、そうだろう。男気発揮するやんちゃな彼らも、内心はびくびくものであることを私は知っている。それを抑えるには、熟練したメンタル・コントロールが必要だ。誰も、気にも止めてくれないような場所で、人々の「安全な場所」を維持するよう強要されるのは、孤立した孤独であり、行き場のない悲しさにおそわれるときもでてくる。だから、私がイラク戦争に反戦するデモで、息子をのせたバギーに掲げた幟にはこう書いた。「自衛隊員を見殺しにするな!」

「安全な場所」などなくなったとき、人は、なにを選択すればよいのか? いやそもそも、動物たちには、安全な場所などあったのか? 植物は? どうふるまって、生命ある物たちは生存してきているのか? 私は、石川氏が多用するフーコーやデリダではなく、死刑執行人に恋したジュネのことをおもう。この作家には、どんな論理があったのだろう? ――「庭師は庭のなかで一番美しい薔薇である。」(ジュネ『葬儀』)

*石川氏の『政治的動物』は、以上のような立論をめぐる考察のほかに、資本主義と国家をめぐる河中氏の中上論との比較、そして、前回ブログにも書いたように、引っ越しの最中なので、家(建築)と文学をめぐる指摘などをより身に受けて考察してみたくなる。が、それはまたの機会とする。

2020年9月20日日曜日

引っ越しをめぐる


「庭師のあんたにゃこんな人足仕事は面白くねえだろうがな、俺たちゃ日がなこうやって、土と埃にまみれて嬶(かかあ)や子を養ってるんだ。……いかな植辰の若い衆でも見下げやがるとただじゃおかねえぞ、この野郎っ」
 頭は低く吐き捨てると、男たちの群れに戻って行った。何ひとつ、言葉を返せなかった。狸はもうとっくに姿を消している。
 ちゃらは独り、取り残された。
 石くれと木の根の残骸が剥き出しになった裸地にざらついた土埃が吹き上がる。ここに庭を造るためにいかほどの木々を抜き、どれほどの命を踏みつけたのだろう。人は自らだけに飽き足らず、生き物や木々にまで身分をつけて蔑視(さみ)するのだ。身分の低い木々は命ある物ですらない。…(略)…流行り病の死者は月光時だけで百人を超え、小石川の養成所や他の寺社に担ぎ込まれた数を合わせれば既に千人を超えるらしいと噂になっている。
 しかし正確な数はわからない。御広儀(おかみ)がその数を把握しようとしないからである。調べに乗り出せば伝染(うつ)るとでも思っているのだろうかと疑いたくなるほど疫病に対し弱腰で、遠巻きに見ているような気がする。」(朝井まかて『ちゃんちゃら』講談社文庫)

「ほんとに、この物件がいいとおもっているのかい?」と私は、女房にきいてみた。実見にたちあってくれた不動産屋の女性事務員は、いまは二階家のなかで、電気を消したり戸締りをしているのだろう。玄関前で挨拶をかわしながら、私が手にしていたマスクをつけようとすると、「いやしなくて私はぜんぜんオッケーですよ。暑くてたいへんでしょう」と彼女は案内してくれたのだった。その物件は、息子が通っていた小学校との隣地にあった。子供たちに教えていたサッカーの練習場が校庭でもあったので、その地帯を知らなかったわけではなかった。が、いざ格安だから買うといいだした女房と一緒に、その家というより敷地一帯をみてみると、いわくありげな気がしてきた。その家は、高台の墓地の崖下にあった。小学校の校庭自体が、南側を5メートルほどの高さのコンクリート擁壁で仕切られた下にあった。その地続きの一区画で、おそらくかつてあった何件かは、校庭に吸収されて花壇となり、また役所の管理下にはいって、金網に囲われているだけのものもあった。この区画へは、幹線道路へとあがっていく車道の中途から路地道にはいってこなくてはならないのだが、下は、暗渠だという。乗用車一台がぎりぎりで、百メートルほどいくと擁壁につきあたり、その突き当りには鬱蒼としげった庭木のなかに甍を広げた二階家が構えていた。売り出しになっているのは、その手前側の一軒家である。崖下から玄関敷地までの道路幅が、4メートルに満たないので、再建築不可物件だ。改装はできても、柱や壁といった構造物をいじったり、更地にして立て直すということはできないという法規制がつけられている。つまり、将来は朽ちるにまかせ空き地になることがめざされている、ということだろう。学校の校庭とともに、洪水がおきれば水没地帯となるのだ。

が私が気になった、というか気が付いたのは、そんな地理的環境ということではなかった。そこで暮らす、人間環境だった。この地域には、寺と墓地がおおいのは、江戸時代、火災の被害にあったりそれを避けるために、移設されてきたからである。となれば、墓を守るひとたちも連れてこられただろう。暗渠になった路地道は、早稲田通りへと続く坂道をよぎって、さらに家々の密集する間を細ぼっていって、江戸時代半ばからつづく火葬場の下をくぐり、関東大震災から逃れた下町からの人々で興されたという三ノ輪という界隈へと抜けていく。私が勤める植木屋もその一角にあった。おそらく暗渠は、目白の高台の下にあるそこから、染め物の産地としても残る妙正寺川へと注いでいるのだろう。植木屋に努めて間もない頃の酒の席で、親方は言っていたものだ。「いちばん狂暴なのは、火葬場の連中だよ。でも安心しろ、もういねえから。」

家の作りはおそらく、しっかりしていた。築40年はたつが、構造的には問題なさそうだった。玄関をはいれば階段、廊下にそってトレイと奥に風呂、反対側は台所とリビングで、そこに奥座敷がつづき、床の間があった。女房はしきりに、床をぜんぶはりかえてフローリングにするだの、二階のトイレをなくすだの、あなたにも本を置く部屋を作ってやるとかいってはしゃいでいる。二階の窓をあけると、隣家がみえた。突き当りの壁下の二階家とはべつに、その裏に、平屋がもう一軒あった。屋根は、相当むかしのスレートの類いで、たしかこの感じのアパートが、いま私が住んでいる団地から三ノ輪界隈へと坂をくだった途中、鬱蒼とした林の中に埋まるように立ち並んでいたはずだった。私が植木職人になって数年後に取り壊されてなくなったから、もう20年以上はたつだろう。現在も、都の管理の広大な空き地のままで、最近その一角が、工事部の資材置き場として使われはじめたようだ。若い頃、はじめて自転車でそこを素通りしたとき、まったくの異界に突入したような感じになった。真夏に通ると、いきなり涼しくなるのだが、気配が暗かった。その長い坂道の南側に広がる一帯のてっぺんに、当時としてはハイカラな構成をもつ団地が二棟建築されたわけだ。が、そこ自体、地元を知る人にとっては、いわくありな敷地なのだ。引っ越しすると、知り合いの職人は、「え、乞食山にいったの?」と聞き返した。大戦下、崖に穴をくり抜いて防空壕にしていたのだがそうだが、戦後しばらく、そこに住み着いた人たちがいたのだ。団地敷地内のそこは、いまでも土砂災害指定地域になっていて、補強工事の予定も視野にはいってきているときく。しかしそんな以前からも、三ノ輪界隈に住んでいた作家の林芙美子の一小説のなかで、「乞食部落」として言及されてあった。坂道の南側が「乞食部落」で、北側の妙正寺川沿いが、朝鮮人部落だったのだ。私の知り合いの不動産屋は、そこを紹介しなかった。テレビでもコマーシャルをうつ看板をかかげた駅前の不動産屋から、紹介されたのである。今回も、ちょうど暑中見舞いの営業ハガキがとどいて、手数料半額とあったそのハガキをもって、女房が再び出向いたのだ。団地の2LDKの間取りでは、息子が高校生にもなると、手狭になる。一人で眠りたいと、息子は毎晩、食卓の下に布団を敷いて寝ていた。引っ越しするのはいいだろう、しかし、初老をまえにした私が借金してまで家を買う必要があるのか? 毎月高い家賃を払うくらいなら、買ったほうが得なのだ、と女房はいう。頭金は、親が残した遺産があると。私自身としては、女房がもう年金をもらえる歳なのだから、その分の上乗せ金額の3LDK賃貸物件で十分だ。経済情勢、世界情勢も、一寸先は闇になった。コロナ禍で仕事がなくなり、家を手放す家族がではじめたというNHKの特集番組も放映された。日常物価がインフレになれば、そのなかで不動産を買う一般客などいなくなるから、物件は暴落するだろう。自分たちで住まなくなれば、売れば、貸せばいいと女房はいう。日本ではそんな家を買ってくれる、中産階級はいなくなるだろう。不利な環境にある物件は、廃墟となり、自然にかえっていくだろう。少子化で、日本人の買い手がいなくなれば、条件のいい場所は、国際的に生きのこった資産家なり投資家たちの間でまわされるだけだろう。無駄に動かないで、必要に応じて動けばいい。いまは、息子の部屋だけではないか……。

隣地を囲む金網と二階家との間に敷設された側溝を通って、家の南側の庭に行ってみる。庭といっても、木があるわけでもないどころか、足下は土ではなく、拾ってきたような平板が適当に並べられているだけだ。隣家の平屋の住人が、こちらとの境界に、自身で木製のフェンスを設置したのだろう。土台が、ブロック一段のみで、モルタルがもられっぱなしで敷きならしてあるわけではなく、目地もはいっていない。さわるとぐらぐらで、それを自身の家の庇の梁から何本かの垂木をフェンスの頂上へのばして釘打ちし、倒れるのを予防していた。それでも寄りかかったり、子どもが押しくっても、倒れてしまうだろう。境界杭がどこに埋設されているのか、地面をみても、わからなかった。

実見をおえて、不動産屋の女性事務員とわかれてから、もうひとつ学校側の校門へとつづく路地道の方からか入り直して、その崖下の一帯を覗いてみた。誰の所有物ともわからない砂利敷地に、軽自動車が一台とまっている。車の背後から、先ほどみた木製フェンスがたちあがり、フェンス沿いが、平屋の敷地へ入るための狭い通路になっていた。門はなく、花壇用の鉄さくで通路口がふさがれていて、雑草が踏まれることで道となっていた。インターフォンはない。どうやって、奥にある家の住人を呼ぶのか。学校側の金網側に、洗濯物がほされていた。この軽自動車も、平屋の住人のものだろう。現場の人間だな、私には、そうにおってきた。事務員が物件の戸締りをする音が伝わってきた。

団地の六階にある家へともどって、どうやって女房の気を変えさせられるのかを、私は思案していた。おもいつめたら、壁に突き当たるまでいってしまうのが性格だ。欲望は、何がなんでも手にいれる、みたいな性分だ。いい面もあれば、悪い面もある。そもそも、なんでまた、いわくありそうな物件に食指がのびるのだ。おもしろそうだからなのだろう。その感性はいいとしても、ほんとに、ついていけるのか? 植木屋の女房であっても、その階層に付き合いがあるわけではない。どうにか高台にある団地では、近所の生活クラブの奥さんたちとつきあっている。旦那が、いい企業に勤めている人がおおく、私には、そのクラブ運動の一面とは、そうした奥さん方の罪滅ぼし、良心の呵責なのではないかと思えている。つい最近辞任した安倍総理を病的に否定するのは、自分がその保守地盤にこそ属している現実への無意識的な否認の身振りにみえる。女房もまた、育ちとして、その身振りを共有している。そんな彼女が、あの物件の一角に、適応できるのか? 俺はそこで生きてきたようなものだからいいだろう……。考えているうちに、ふと、二人で最近レンタル屋から借りてみた映画のことをおもいだした。そこで、女房にいってみた。

「あの住宅地は、この間みた映画にそっくりだよね。更地になった空き地があって、そこを一角に三件が向き合っている。空き地の隣のほうに主人公夫婦は引っ越してきて、奥の家が犯罪人で、その隣は火事になって……俺の、実家もそうだよね。空き地があって、裏には元軍人の屑屋が掘っ立て小屋を作って住んでいた。結局はそこを実家が買い取ったわけだけど……」女房は、まだ私が何を言っているかわからないようだった。が、ちょうどそのときだったのだ、つけていたテレビで、黒沢清氏のヴェネツィア映画祭での銀獅子賞受賞(『スパイの妻』)のニュースが流れたのは。
「これだよ。この監督の『クリーピー』。あれは、日野市がモデルで、郊外の現実が問題になっているんだけど…」住宅が、敷地が人に作用して罪を犯させているというような視点。クリーピーな変態に夫婦がだまされ、はめられていくのは、すでに、現代の家族が虚偽意識にさいなまれ、実質的に空虚であるがゆえに催眠術にかけられやすくなっており、洗脳されやすい状態になっているからだ。クリーピー(変態)なのは、猟奇殺人を繰り返す隣人というよりは、普通にみえる現代の家族のほうこそなのだ。去年、カンヌで最高賞をとった是枝氏の『万引き家族』も同様だ。万引きで生き延びていた子供たちは、ほんとうの父母ではなく、にせものの犯罪者家族のほうにこそ、人間味をみ、心を通わせる。普通に潜む空虚。

私のこの説得で、女房は、その物件は「ババ」だったとあきらめた。そして、さらに高価な、高台の、新築物件に食指を伸ばすのだった。「植木屋の妻」はどうした? 持病の潰瘍性大腸炎を悪化させてまでこだわる妻の「欲望」はどこからくるのだ? そしてどこへ行くのだ「普通」? どこまで行くのだ「空虚」! 「空虚」! 「空虚」!

2020年9月7日月曜日

量子論を詠む

人のなかに落ちてつぶれゆく幼きころの自尊心はおそらく星のなりわいと同じ

ここに在る鉄粒の動きも波なれば我と汝は大海の宇宙

観測とは私が見る見ないでなく諸星団(もろほしだん)が見せているもの

我あらわれて何処にゆくとも知れずともあまねく在るとは心やすまる

確率とは気まま気まぐれの天気ではなく嫌気がさしてる出不精な魂

嫌ならばなんで泣く泣く産まれでるたゆたう海原波動の収束

ああもありこうもあるかも世界でもなみなみならぬ他ならぬこの

潜在と可能性とが重なるとも並ぶ世界にこの私はいない

人もみな土にかえるならば魂が死なずは物質と同じ粉々になろうと

粒子とて束ねた波の記憶あり我くだかれて宙に消えても

収束はこの一度だけバラバラになった私は破爪場で待つ

生を知り死を知らずんばと焦がれても生きると死ぬは同じ重なり