2017年11月23日木曜日

相撲界の混乱から

「政治は、まとをはずさぬ正確な計算にもとづいて、単語のエネルギーを巧みに利用しつつ、ことばが社会におよぼす魔力を操作する。かくて天皇という語は、明治憲法発布にさき立つ一時期、類似の意味をもったさまざまな表現方法と激しくせりあうなかで生き残り、当時、この語の中にこめられた語感の印象は、おそらくまだ不安定で、後世からはとうてい思いもおよばないほど、みずみずしかったのである。明治維新黎明期、すなわち憲法発布以前のほぼ二十年間に残された様々な資料から、天皇を指す表現をことごとくひろいあげても、ここではあまり意味がないので、試みに、次のような一群の語を例示しておきたい。
 
 皇上 聖上 聖主 聖躬 至尊 主上 」(亀井孝「天皇制の言語学的考察」田中克彦著『言語学の戦後』所収 三元社)

モンゴル会で起きた事件をきっかけに、日本の相撲界が揺れている。
日本の相撲界や、他の運動部などでも、顧問や部員間での暴力沙汰は今でも取りさだされるけれど、それは残骸なように珍しくなったからで、戦後平和教育が、軍隊的な遺制を取り除くよう洗脳・戦略されてきたからだとは、このブログでも言及してきた。(例;中学部活動問題の中身」)

しかし、その若い世代へ行くほどのやわな現状にいらだつ反動的な勢力も根強いわけで、現政権自体が、なんとか敗戦後のその9条体制と呼べるようなものを変えたいわけだ。しかも、若い父親・母親自身に、敗戦という現実の影響・教訓が忘却されはじめているので、むしろそうした若い民衆のほうから、強い姿勢を求める、憧れる傾向があることが、今回の衆院選アベくん支持の結果に反映されたことの一つでもある。
で、その若い父親、サッカー小学生チームのパパコーチを引き受けてほしいと期待されている親から、次のような素朴な質問が投げかけられてくる。

<私は○○には、サッカーを上手くなることよりも、真剣に取り組むことを望んでいます。下手でもいいので、できる限り走り続ける、練習をちゃんとする、挨拶をする、等です。真剣にやるのであれば、本望でないですが、野球でもいいと思っています。そんな中、1年程見せていただいた中、落○やコーチという立場に関しての感想は、
・真剣さについては、落○チーム(低学年)は、足りないと感じています。でも、他のチームは知らないので低学年特有の事象なのかもしれません。
・コーチがやる気スイッチを押す必要があるのかもしれないですが、それはどこから、コーチの仕事なのでしょうか?試合の時も空を見ている子、走らない子のスイッチを探すこともやるのでしょうか?
・そもそも、人数が足りないのは人口が減っているからで、チームを維持するために、緩くなりすぎていないのでしょうか?所属人数が問題なのであれば、他チームと完全統合してはだめなのでしょうか?>

私も、息子の一希には、この「真剣さ」を学んで欲しいとおもっていた。が、いざパパコーチとして間近に<子どもー大人>と接していると、その実践の内実、方法と思想的理論に、素朴にそのまま「真剣にやれ!」と怒鳴ってすますわけにいかない複雑さが潜んでいることに気づいてきたのだった。(例;「ユーロ・サッカーから――世界とコーチング」・「暴力(教育)と歴史・「見えること、見えないこと、見たいこと

とりあえず、サッカーやスポーツ、ひいては教育ということに限っての話なら、日本の近代化過程での暴力的文化土壌を考察した元巨人軍投手の桑田氏への言及ブログ(今回、貴乃花親方が、桑田みたいな立場なのか? 日本相撲界の土壌を変えるための陰謀めいた…)、そして日本の学級社会の特殊性や体罰の歴史に関する引用ブログ、があるが、もうひとつ、若いパパコーチには、次のセルジオ越後の言葉を紹介しておきたくなる。

<子どもの習い事で、武道の人気が高まっているらしい。どうも補欠がないことと、「礼に始まり礼で終わる」精神で、礼儀が身につけられる。やはり補欠に悩む親は、個人競技をさせたいのだろう。それ自体はよいと思うが、ただ気になるのは、礼儀が身につくからという理由。本当にそうだろうか?
 サッカーでも、試合前にハーフウェーラインまで行き、対戦相手に大声で「お願いします」とおじぎする。試合後はベンチに挨拶に行く。しかし、大人に指示されたから礼をしているだけで、なぜそれをやっているのか本質を理解していない。だから、しまいには誰もいない後援会のテントに向かって礼をする。
 僕はこの光景に驚いた。そもそも、一体相手に何をお願いするというのだろうか?
 ブラジルでは対戦相手に挨拶するところを見たことがない。日本でも、Jリーグでは誰もやっていない。Jリーグどころか、W杯もオリンピックでもやっていない。なのに、大人たちは「礼儀」として教える。
 挨拶する子どもも「なぜやるのか」を考えることはしない。それは想像力に欠け、こなし上手になっているだけだと思う。大人に怒られないように、顔色をうかがいながら行動しているだけ。したがって、武道をやれば礼儀が身につくかどうかは、甚だ疑問だ。
 プロの場合は対戦相手ではなく、サポーターに向かって礼をする。大人になってもやらないことを、なぜ学校では強制的に教えるのだろうか。大声で挨拶するように教えるけれども、社会に出て大声で挨拶したら「うるさい」って言われるよ。(笑)。大人になっても使えるものを教えないと、ますます部活動は軍隊のように感じる。そんなうわべの礼儀よりも、大人と子どもが触れあう社会教育のほうが重要だと思う。
 僕の恩師は「社会」だと思っている。大勢の大人と子どもが集まってプレーして育ったから、誰がサッカーを教えてくれたかわからない。親以外の大人も、多くのことを教えてくれた。>(セルジオ越後著『補欠廃止論』 ポプラ新書)

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日本で起きたモンゴル会での暴力事件のことを、もう少し、深く、ディープ・ヒストリー的に考えてみよう。

エマニュエル・トッドの家族人類学によれば、ユーラシア大陸の中央あたりから父権的な
共同体家族が文明として発祥し、それが周辺へと伝播していき、より周辺の亜周辺的なところに近づいてゆくほど、より原初的な核家族形態が残っている、ということになる。中国の文明も、とくに秦の始皇帝時代には、そのユーラシア的な騎馬民族の軍事組織にも転用される共同体家族の影響がみられる、ということになるだろう。もちろん、ヨーロッパという周辺地域に、中央集権的な家族・組織形態を伝播させたのが、モンゴル帝国である。そこでは、父権的な指示系統、教育が強いのかもしれない。日本でも、それは武家政権の成立過程とともに、伝播が実地してゆく。モンゴル帝国は上陸支配には失敗したが。封建制とは、文明的な共同体家族と、原初的な核家族とのせめぎ合いの周辺的事態である。そしてその封建制から民主主義が派生してきた。友愛とは、任侠である。しかし日本では、その近代の骨格を導入するに際し、伝統(封建)的なものは恥ずべき不適格、これからの時代に不適応なものとして捨象されてきた。とくに、二次大戦への敗戦は、アメリカの占領政策ともあいまって、より徹底的にその武人的な組織性は排除されていった。日本では、学校という近代的な教育制度、その勉強だけ教えればいいという形は、農村社会の在り方から受容されず変形され、体育や家庭科技術などどいった、総合的な子どもの面倒見、という体制になったため、そこで戦後、部活動という学校の余剰的場所が派生し、武人的な封建思想が残存された。民主主義のモデルたるヨーロッパ近代では、実はなお封建精神は、具体的な決闘の残存としても継承されている。それは青年時代の秘密結社的な性格をもつ。フェイスブックとは、ハーバード大学のそんな結社から排除されたものがそのノウハウを盗んでネット上に実装されたものだとは知られている。日本の町内会の青年部なども、なおその伝統をひきずっているとは言えるかもしれない。がとなれば、この封建的な暴力性は、原初的な核家族性を起源にもっているのかもしれない、となる。アフリカの部族では、今なおこの13歳頃からの若い青年団体が、狩りをしながら新しい土地を探し求める冒険をする。それがまた、大人社会へ向けての通過儀礼である。秘密結社の卒業には、勇気だめしのテスト(決闘)があるが、バンジー・ジャンプなどもその一例である。が、この若者の遊動性は、反抗期と結びつけられ、それがある種のホルモンの分泌を伴っていることが解明されてきている。ということは、サルからヒトへと、森から追い立てられた人類が、世界環境で生き延びていくために、身体的に発揮された脳力が、この新天地への冒険を恐れない青年期の<反抗=暴力>というホルモン作用だったのかもしれない、ということになる。ひいては、その核家族的な遊動的性質が、文明・定住的な共同体家族の父権的な暴力性へと換骨奪胎されていき、民主主義(封建制)とは、その中途半端な過渡的な半端形態、ということになる。もちろん、時間軸だけで考え、実践を組織する必要はない。文明は、めざすべき理念でもない。が、それが自然適応のための身体(ホルモン)と結びついているとしたら、リベラル理念で、戦後平和教育、9条体制で抑えようとしも無理が出てくる、ということになる。青年期の通過儀礼的な結社の実質を、近代化の過程で糞真面目に排除してしまってきたことが、とくに日本では現今の若者の犯罪事件を惹起させてきているようにもみえる。暴力との付き合い方が、私たちにはわからなくなってしまったものとして。それが、<真剣さ>をいざパパコーチとしてサッカークラブに導入する際の、実践的混乱として現象する。

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