2018年6月20日水曜日

サッカー界だけがわかっていること――日大アメフト事件(2)

山内 ……そういうことからすると、鎖国をしていったときの動機は、やはりカトリックの国のスペインへの警戒心、いかにして日本を守るか、ということになるのでは。徳川三代将軍にとっての大きな関心事は、スペインがどういう出方をするかということであり、そのなかでの鎖国だったわけです。決して、外国に対して背を向けて国を閉ざしたということではないんです。
中村 フロイスの『日本史』などを読むと、やはりイエズス会というのは怖かったろうとおもうんです。当時の人たちには。
山内 いやあ、すごいですよ。イエズス会のガッツには本当にたじろぎます。(『江戸の構造改革』山内昌之・中村彰彦著 集英社)

サッカー・ワールドカップ、日本代表初戦、なんとか勝てたのはとりあえず喜ばしい。運がよかった、相手がこちらをなめてきたのか警戒しすぎたのかは知らないがやる気がみえない。実力で、勝者のメンタルをもって勝ち切った、というのではないだろう。駄目押しの決定機を、乾(あがっていたのか?)、大迫が逃し、最後の逃げ切りもおどおどと、という感じだ。選手たちが勘違いして、チャレンジ精神を失ったら、次の2戦は敗れるだろう。

がともかく、西野監督のこの大会へ向けてのチーム作りは成功し、初戦の采配は当たった。年功序列だ。香川、本田が得点にからんだ。しかしそんな日本的信頼作りの基層を押さえた上で、調子のいい選手からだすぞという選ばれた各選手への対等意識を掘り起こさせた。先発には本田ではなく香川、大島ではなく柴崎、牧野ではなく昌子、負傷した大迫の代わりは、武藤ではなく岡崎になる。日本人同士にあっては、文句の言いようもないオーソドックスな定石になる。そもそもが、そんなメンタル安定させるための選手選考でもあったろう。奇を衒わない落ち着いた考えだ。私は共感していた。

私のスポーツ経験と教養の内では、サッカー界だけが、よくわかっている。日本の、歴史と現実を。このブログでも、Jリーグをたちあげた平田竹男氏と桑田真澄氏の対談をとりあげ、サッカー界が野球の「軍国主義」を反面教師として取り組んできた、きていることを告白しているのを指摘した。おそらく、学徒出陣へのトラウマがあるのでは、と推論している。サッカー協会の中心は、早慶を中心とした大学出で、エリートなのだ。西野監督も、岡田武史元監督の早稲田の後輩だ。だから、その協会の実践は、頭でっかちになる。末端にいくほど、いわゆる日本の運動部活系の、根性主義のような地が強くでてくる。新宿区の少年連盟に参加している私の周りでも、「すぐヨーロッパの真似をするんだ」と、協会からの指導方針を批判する声をきく。
日本代表戦まえ、NHKで、「岡田武史とレジェンドたちが切るFIFAワールドカップ」という番組が放映されていたが、この会談の雰囲気をみよう。野球界でいえば、岡田元監督自身まだ若い方になるが、世代的には、川上哲治→長嶋・王ときた次の、江川・原世代のようなところだろう。それでも、そうした重鎮に、まだ現役選手で活動している松井選手のような者が、あんなフランクな感じで話し合いに加われるか? 野球部出身だったら、そんな年上の先輩には恐縮してピリピリ状態だろう。サッカー界がそうはならないのは、岡田元監督自身が野球部出身で、中学のとき、その部活のハードさについていけず、ふと隣で楽しそうにサッカーをやっているのをみて、転向した者なのだ。だから、NHKの会談で、楽しくだけでなく「勝つ」ためにやるんだ、ということを日本の文脈で強調するとき、その発言に実は説得力はでない。認識的には、この会談での岡田氏の発現に私はとても共感し同感だ。日本のサッカー界、とくに少年レベルでは、ゆえに「楽しむ」サッカーと結果至上の「勝ち」に固執するサッカーとに分裂している。指導者個人の内でも、どううまく実践していっていいのか、葛藤が発生してしまう。しかし、この「葛藤」自体の自覚が、他のスポーツ界にはないのだ。

そして、この「葛藤」は、楽しさと真剣さとのバランス、とかいった問題ではない。まずはそれをひとつとしていくための理論的な問題なのだ。世界でどう生きるか、という倫理の問題なのである。だから、日本が、なお頭でっかちになるのはやむをえない。それを自己嫌悪してみても、自虐史観だと自己批判してみても、前進にならない。

私は、まだ日本がヨーロッパから学ぶべきことがあるとしても、ワールドカップまでの4年間、最初の2年は外国人監督でも、本番とそれへ向けた最後の2年は、日本人監督にやってもらいたい。もうそこまで来ているし、それは鎖国ということでもない。日本人が世界でどう生きるのか、生きていけるのか、を試していく、試行錯誤な理論的実験なのだ。