2009年1月28日水曜日

韓流と民衆


「民主主義は、それ自身の活動の不変性にのみ依存する。思考の権威を行使することに慣れている人々にとっては、ここには恐怖を引き起こす原因が、したがって憎悪を引き起こす原因がある。しかし、知性の平等な力を<とるに足らない人々>と共有することのできる人々においては、逆に、勇気を、したがって喜びを引き起こすことができる。」(『民主主義への憎悪』ジャック・ランシエール著/松葉祥一訳 インスクリプト刊)

去年4月、職人仲間で韓国はソウルへいくというので、その予備知識のためにもと、韓国の歴史ドラマをみはじめてからおよそ一年。周2本のDVD観賞をこなすことで、ようやく3本の作品を見終えることができた。子供が寝静まった夜半に起きるのは大変でもあったが、私も韓流にはまったのだろう。『朱蒙』『薯童謡』『商道』の3ドラマ……といえば、どれもイ・ビョンフン氏が演出や監督に関わった作品である。他にも歴史ものの第一回目とうをみたものもあったのだが、俳優同じでも演技やセリフが臭く、なぜか結局この演劇界出身で大手テレビ局に所属していたというベテラン監督のものに見入ることになったのだった。
何故私は面白く見ることになったのだろう? 子供のころ、よく親といっしょにNHKの大河ドラマを見ていたが(最近は見ていない―)、面白く感じるそこになにか違いがあるような気がする。記憶にある印象だけで敢えて言ってみれば、日本のドラマが人間心理劇的な展開であるのに、韓国のそれらは神話原型的な反復であるということだ。ぺ・ヨンジュン出演の『太王四神記』の高句麗王はやたらと哲学的な物思いにふけはじめるが、それも近代的な心理劇を超えている。つまり個人の話にはならないのだ。イ・ビョンフン氏は平田オリザ氏との共同演劇の試みの際に、「韓国側が書いた台詞の中にドラマチックで詩的な表現が多かったんですね。反対に日本の場面を見ると、言葉も少なく、内容も詩的ではなく、ひじょうにリアルで日常的な内容が多かった。」と発言しているが(日韓交流通信)、この「詩」と「日常」という言葉の対比にも、私が感じる違いが重なっているのかもしれない。だとしたら、なぜ近代の個人(日常)心理を捨象した、そんな時代錯誤な前提、神話的に定型化された詩的誇張のほうこそが説得的な迫力をもって私を捉えたのだろう?



これらドラマの人間の価値判断の下敷きにあるのは、いわば封建的な主従(位階)の役割である。『薯童謡』ではこの役割と戦っていく男女の恋愛劇がストーリに設定されているけれども、革命(破壊)的なものではない(その点他のドラマの男女間と同様)、体制の筋を守りながらの闘争が前提である。「私には王子のいうことは理解できないが、王子に従っていく」という『朱蒙』の忠臣たち。「自分が王になったら何をするかばかり考えていた王子は無能な怠け者にみえた。そして自分は、どうしたら王になれるかばかり考えていた。」とその世襲(正統)の現実に圧しつぶされていく『薯童謡』での百済の暴君。より近代に近い『商道』の世界は、下克上の隙もないほどの官僚社会に覆われているが、役人としての公務をも兼務することになった商人の苦境を救うのは、王との直接的な主従関係からくる信頼である。そしてその彼が信条として手放さないのは、「商売とは金ではなく人を残すことだ」という師匠の言葉であり、ゆえに利益主義的に価値を目的化させた商い組織ではなく、官僚(目的)組織下では無能だと解雇されそうな、酒好き女好きの「とるに足りない人々」を再編し再起していくのだ。このような封建主従的なドラマの下地は、職人世界にいる私をして親近感を抱かせ、確かに私はこんな世界の中でこういう人物たちと一緒に仕事をしているなあと思わせるのだった。とすれば、封建主従的な人間関係と、人間を越えた神話的な定型世界との、どのような折り合いが私の心を揺さぶるのか? そしてもしこの感動が私の属する時代遅れな特殊性(職人世界)に限定されるわけでもなく、韓流としての<われわれ>をも考慮可能な一般性を孕んでいるとするのなら、私<たち>を動かしているものの正体とはどのようなものなのだろうか?

<われわれの見るところでは、一九六八年を頂点に一九八九年まで続いた世界革命は、集団としての社会心理を不可逆的に変容させてゆくプロセスであった。この革命は近代化の夢との訣別を決定的にした。すなわち、人間の解放と平等を求める近代の目標追及を終わらせたのではなく、資本主義世界経済を構成する国家がそうした目標の達成に向って着実に前進することを容易にし、保証する存在であるとは、もはや見なされなくなったということなのである。>(『転移す時代』I・ウォーラスティン編/丸山勝訳 藤原書店)
<現在でも、共産主義やマルチチュードの民主主義の希望を支えているのは、このヴィジョンである。それによれば、ますます非物質的になってきている資本主義的生産の形態、コミュニケーションの世界への集中化によって、今後新しいタイプの「生産者」の遊牧民(ノマド)が形成されることになる。またそれによって、帝国の障壁を爆砕するのに適した集団的知性、集団的思考力、感情、身体運動が形づくられることになる。〔しかし〕民主主義が意味するところを理解することは、このような信念を諦めることである。>(『民主主義への憎悪』 ランシーエル)

国家の能力に対する「市民の信認は消滅してしまっている」ような状況下では、「他の集団、他の共同社会(ゲイマインシャシュト)が示す優先順位が説得力を増してくるのは当然である」とウォーラスティンは認識している。革命的ではない<私>たちが新しき「他の集団」(マルチチュード)ではないだろうから、ならば、実質的な強度をもった制度としては破壊喪失されてしまったけれども、その形骸として痕跡する封建遺制(=ゲマインシャフト)へのノスタルジアに衝き動かされているのだろうか? おそらくポピュリズム(流行)として半分はそんな反動なのだろう。日本人にしてみれば、韓流の堰を切った『冬のソナタ』は懐かしくも神話風な学園物語だし、そして韓国人にしてみれば、歴史ドラマの主たる舞台は失われた風土、今の北朝鮮なのだから。韓国人には、自分たちが長いものに巻かれて捨ててきてしまった朝鮮人としての精神をなお固持している北側への負い目があると指摘されたりもする。つまりそのような自己(国家)への揺らぎが、日本人/韓国人両者の違いを超えて、より確からしい歴史体制(過去)を召還=償還しようとしているのかもしれない。しかしならば、この保守安定への希求には、反動といってすますわけにはいかない、人の営みとして正当な償いが潜在している、いやつきまとっているのではないだろうか?

ランシエールは、「民衆(「とるに足りない人々」・「分け前なき人々」)」という概念は、「構造的な意味において理解されなければなりません」と述べる。――<この語が意味するのは、労働に明け暮れ苦しみにあえぐ住民のことではありません。今日、除外された者と呼ばれている人々のことではありません。「分け前なき人々」とは、一般に、統治する資格をもたない人々によって形づくられる潜在的な全体を指します>と。いわば「民衆」というのは、表(ちまた)に現れる現象意識的なものではなく、目に見えない無意識的な構造として働くものなのだ、ということだ。この保守反動を批判するランシエールの著作『民主主義への憎悪』を去年の推薦3作品にあげた柄谷行人氏は、「平等主義」とは「各人の嫉妬」や「復古主義的な願望」ではなく、精神分析的な「抑圧されたものの回帰」なのだという。(『at14号』「権力論」)ゆえにこの強迫反復は、<人を強いる「力」、倫理的な至上命令として出てくるのだ>と。私には、この仮説の是非を判断することはできない。ただ韓流の歴史ものを三つばかり見た私の感想には、ノスタルジー(復古)には回収されない、もっと生き生きとした、「とるに足りない人々」と喜びを分かち合える生活観が介抱されてあるような気がするのである。それは、私に元気を与える。

2009年1月5日月曜日

世界のあとさき


「このように隠然とした資本の理論に沿って考えると、世界が多極化に向かうことは、これまで高度成長の対象から外れていた中国やロシア、インド、ブラジルなど、大国だが先進国ではない諸国にとって、経済成長のチャンスがもたらされることになる。逆に、ロシアや中国、インドなどが「社会主義陣営」の中に組み込まれ、欧米資本が入りにくかった冷戦時代と同じ状態が続く限り、これらの大国には経済成長の機会も少ないということになる。
ビルダーバーグ会議に象徴される欧米資本家たちが世界の多極化を目指しているとしたら、それはアメリカだけが世界の経済成長を牽引する従来の経済体制から脱却し、他の大国が経済成長できる素地を作るためだろう。資本の理論が秘密主義にならざるを得ないので、世界システムに関する分析は仮説の連続になってしまうのだが、私はそのように考えている。」(田中宇著『非米同盟』文春新書)


元朝参り、田舎の神社に賽銭投げて、願い事は何だと息子の一希にきくと、「戦争がおきませんように」と答える。年末のテレビ番組の「ドラえもん」を二人で見ていても、その番組企画、スペースシャトルにのる若田光一さんに手紙を送ってお星様に願い事をとどけてもらおう、というのをきくと、自分も送りたい、と言い出す。どんなお願いをお星様にするのだ、ときくと、「世界のみんなに事件がおきないように。」と答える。私が新聞やテレビをみながら、外国の紛争や国内の幼児が巻き込まれる殺人事件について口にしているのを耳にすると、聞くのもいやなように逃げていくのが普段の一希なのだけど。「なんでママが子どもを殺すの?」「なんで戦争はおこるの?」と聞かれて、理由というよりもそれが起こったさいに記事としてわかっている事情を話してやるにしても、まったく腑に落ちてこないようだった。少なくとも、家庭に恵まれている子どもにとって、その両親からの愛情が考えていくための基礎公式になるからか、悟性的な計算(推論)では理解できない事態なのだろう。ただ子供たちにとって、嫌な事件だということが、なにか身を持って理解できてしまうことなのかもしれない。チェチェンでの戦争に際し、両親をロシア兵に殺された子どもは、その兵士もまた大統領の子供のような存在なのだから、悪いことをたくらんだ大統領だけを山に幽閉しておくだけでいいじゃない、と言っていた。自分のように子供が悲しむのだから、それ以上の悲しみを増したくはないと解決策を説くのである。

年初からして、経済危機を越えて、というよりそれを巻き込んで政治的にきなくさい臭いが立ち上がり始めた。私は、パレスチナの現実の複雑さを知らない。ただ子供と過ごす時間が、明日にはなくなるかもしれぬ貴重な時間のように思えてくる。そしてそれに溺れることが、国内の、身近に生起してくるもろもろの出来事によって批判されてくるのを感じる。「派遣切り!」と若者が包丁を振り回して捕まった事件の起きる少しまえ、女房と私と一希はその六本木ヒルズの森ビルにいたのだった。今年高校受験を迎えるはずのペルーの友人の息子は、日本の中学卒業と同時にペルーにもどることになるという。大手町の弁当屋に勤める彼の奥さんは、今年になって派遣会社が変更になって、時給が900円から800円になった、正月休みというのも一日もない、と言う。

しかし、日本という外国で生きる彼・彼女たちには、そんな中でも後ろ向きになるのではない前をみつめる姿勢=術が、生きる習性として身についているようにも感じる。子供の教育に対しても、ごく自然なように、姉がいるアメリカ、友人のいるフランスの高校へ、と選択肢を拡げて視野に入れてくる。私が彼らとつきあってためになるのは、暗さに甘えない元気と他の思考へのきっかけをもらえることだ。

つまり、さて世界はどうなるか、ではなく、さて私は世界をどうしようか、ということである。

2008年12月12日金曜日

金融危機と資本主義と<私>たち


「夜明け前が一番暗いというのは、今の難局が循環的なものだという考え方です。しかし今回の金融・経済の危機は、ひょっとしたら循環的ではなく、歴史の転換点かも知れない。金融や経済だけではなく、社会的、政治的、あるいは文化的な転換点かも知れないという思いがぼくにはあります。生き方や価値基準が問われているということですね。特に、金銭的利益以外の価値が問われている気がします。また政治的、外交的にはアメリカの覇権と基軸通貨としてのドルにどういう変化が起こるか、注意が必要でしょう。
循環的ではないと仮定すると、5年後、10年後の自分をイメージして、今を考えることが重要になるかもしれません。広い意味での投資感覚、みたいなことです。10年後のために、自分のどの部分、どの資質、どの技術に投資するのか、ということかな。滝に打たれるみたいな精神論じゃだめですね。ミもフタもなくスキルやキャリアが問われている傾向はより強まるので、投資という言葉をもっと広く捉えて、自分自身を含めた資産価値を高めないと。」(村上龍・朝日新聞朝刊2008/12/09「朝日ネクスト」全面広告より)

上の引用は、シティーバンクやらソニー銀行やらが集まって、円高株安で危機状態の今こそ投資をしてもらおうと金融機関共同の折込広告に掲載されたものである。お金の投資話ではなく、むしろ実存的な自己投企の話で作家の村上氏は返答しているのだが、私はこの態度を、イロニーの最終形態は真面目である、というものとして面白くおもう。また私自身、村上氏のように現状認識し、将来的なスタンスをとる。ゆえに、今日も一時、90円を割り込む円高が進んだようなので、円安のとき円に還元していた円利益でドルを買い替えして、98円で投資金額が回収でき100円になればこれまでの利益20万円が確保回収できるから、その時点でまた円を買い戻す、という戦術でいこうか、とかさっき考えたが、やめにした。理由は、はした金で面倒くさいことをしたくないし、日本バブル以後の為替チャート図をみてみても、来年そうそう1ドル=100円になるかもあやしそうだからだ。さらなるリスクを背負って投資し現時点での損失を回収しようとなんてケチな考えをおこすよりも、ほぼプラスマイナスがゼロになるあたりの相場なら、いったんはさらなる円高が進んでも、また戻ってくるだろう、そのとき解約、という時点では、まだシティーバンクはつぶれてはいないだろう……と。で、おろした金で買い物をしよう、それは、自己投資(=投企)のために。

といっても、いま41歳の私の10年後というのは……今日も、高い樹木、というか、他の造園会社がゴンドラユニックを使って変に手長ザルのようにしてしまった、つかまる枝のないケヤキをハシゴひとつでよじのぼっていく剪定作業をしてげっそりしているが(無事生還できてほっとする)、植木屋さんとしてまともに体が動くのは、55歳ぐらいまでだな、というのが感想である。だいたいそれくらいで、高木は無理だとやめる人がおおい。民間手入れ専門的な親方はべつ、低い木を選べるから。となると、もうこの歳では、専門のスキルで生きよう、というのは手遅れ、だろう。しかし私には、あとの世代に残しておきたいものがあるような気がするのだ。そして、40歳を前にして結婚し、息子もできた。私が知っているのは、この時代だけだ。知っているとは、予測する資格はある、ということを含む。逆に言えば、10年後の世界について、私は語る(参加する)資格を失うのである。それは、古典となった作品を、その当時の気持ちで読むことはできない、という誠実な態度(前提)と同等である。おおざっぱに言って、<私>たちは近代人であり、何百年か続いた資本主義システム下で自我や欲望を形成されてきたものなのだ。が、これからの子どもたちはどうなるのだろう? 息子の一希は時代(システム)の転換期にあたり、中年以後、新しいシステムに入っていく、ということになるだろう。

< さらに、A局面、B局面というような景気の循環が、長期的持続のシステム(資本主義システム)の移行期とも偶然一致しています。そのことが、状況をいっそう悪化させているのです。
 実際、私はこの30年間で5世紀にわたって続いてきた資本主義システムが最終段階に入ったのだと考えています。これまでの景気循環における様々な局面と、現在の局面が根本的に違うのは、資本主義はもはや、物理・化学者のイリヤ・プリゴジンがいうところの“システムを作る”ことができない状態になっているという点です。あるシステムがそのような状態に陥ると、生物学的、科学的、社会的な変調をきたすことが多すぎて、均衡に戻ることができず、岐路に立たされることになるのです。
 そうなると状況は混沌として、それまで支配的だった力ではもはや世界を統御することができなくなり、“闘争”が始まります。それはシステムの支持者と反対者の闘争ではなく、むしろ次のシステムを決定するためのプレーヤー全員の闘争となるのです。“危機”という言葉はこうした場合にこそ使われるべきだと思います。今、私たちは“危機”的状況にあり、資本主義は終焉に向っているのです。……(中略)……
 10年経てばもう少し状況は見えてくるでしょう。30~40年後であれば新しいシステムはすでにできあがっているはずです。そのときのシステムは、平等で再配分ができるものではなく、今の資本主義よりもさらに暴力的な搾取のシステムとなっている可能性もあります。>(イマニュエル・ウォーラステイン発言・『クーリエ・ジャポン』2008/12月号)

<私>たちは、「資本主義(金融危機)」以後の世界(世代)へ向けて、どのような「自己投企」ができるのだろうか?

2008年11月16日日曜日

祝 Nヤンキース4連覇 <教育と伝統、あるいは個人と永遠>


「……世界で通用するサッカー選手になるためには、若い時からこの「言語技術」を学ばせることが大切なのではないか、と。…(略)…サッカーとは、論理的に思考することで、別の新しい可能性が開かれてくるスポーツです。
 1本のパスについて考えても、答えはひとつではありません。パスをするたびに、その都度、判断を変えていかなければなりません。全体の状況、相手との関係、自分の力量、得点差など、さまざまなデータをふまえたうえで、自分は何をするのか、という「論理」の流れを、的確につかんでいかなければならないのです。
「論理」に基づいた判断力とひらめきを養っていくためには、論理教育を実践することが大切です。こうした能力は、ピッチの外の場所で学んでいかなければならない、重要な基礎的能力なのだと私は考えました。(『「言語技術」が日本のサッカーを変える』田嶋幸三著 光文社新書)

4連覇で、とあるナイターリーグ優勝を果たした新宿の草野球チーム、ヤンキース。創立24年。人が足りないからと私が呼ばれてからも14年ほどになるだろうか。万年2位を脱却して初優勝したときもうれしかったが、今年はまた格別に記憶に残るシーズンになった。監督は白血病でたおれ、若手とベテランとの喧嘩内紛あり、それでもいがみあい話し合いのなかから、今までにない質の高いチームワークを発揮し、優勝決定戦となる最終試合、3-2とさよなら勝利をおさめたのだった。実力的には、野球経験者が多い他チームのほうが上手なのだが、それでもなぜか負けない。というか、草野球チームを持続しているところは、やはり色々な世代がまざってくるものなので、その時々の引き継ぎ、バトンタッチ(選手入れ替え)がうまくいかず、試合中にも歯車あわず自滅し、勝機を失って負け癖の悪循環にはまっていったのだった。我々はそのいく節かの編成時期を、野球経験のない監督および首脳陣の、ヤンキーな若者たちへの思いやりというか、言いたいことは言え、という方針、生き様によってうまくのりきってきたのだった。

<若手の思い切りの良さと、ベテランのしぶとさ。西武が日本一を引き寄せた8回の逆転劇には、二段構えの攻めがあった。>(朝日新聞夕刊2008/11/10)

上の記者評は、われわれにも当てはまるかもしれない。たしかにジャイアンツの原監督は、若手をうまく育てたようだが、ライオンズの渡辺監督ひきいる首脳陣の下で育ったチームより、生きの良さ、ノリ=底力がないようにみえる。私にはやはり、原監督率いる巨人軍が、なお古い野球観、年上には問答無用との緊張感を選手にあたえているのではないかとおもう。そしてその体質が、試合での戦術にも継承されているのではないか? 日本シリーズで巨人軍のブレーキになったのは、李承燁だが、ペナントレースの後半から見ていて疑問におもったのは、首脳陣がこの強打者にやたらとバントのサインをだしていたことだ。7回ワンアウト、ランナー一・三塁、ストライクのセフティースクイズ、失敗。解説者はまさかサインではないとおもいますが、といっていたが、その後の試合で、ランナー一塁での送りバントのサインを何回もだしていたから、そのときも、一石二鳥をねらってはいるが実際には虻蜂取らず、意図の不明瞭な戦術をしかけたのだろう。日本シリーズ最終戦で、西武が意図明白な気迫で盗塁、バント、打った瞬間にホームへゴーと足を使ってきた逆転劇の戦術とは似て非なる野球。ランナーが一塁にでたら機械的に送りバント、では、守備側も恐くはないだろう。が、それが「勝つ野球だ」、という信念じみた考えが日本にはなお支配的なのである。今年の高校野球でも、たとえば横浜高校はそうだった。まあ、松坂世代とかと比べられてしまう伝統校では、今年のチームは粒が小さいからと、ベテラン監督がやってしまうのかもしれない。が、この「高校野球」の代名詞のような<犠牲バント>、日本の<野球道>を象徴させているようなもの、は、本当に、勝利へのこだわりなのだろうか?

野球とは、ベースボールとは、スポーツである。人はなぜスポーツをするのだろうか? そこに、身体的な快楽があるからだ。ならば野球ではそれはなんだろう? バッティングセンターが商売にもなるように、あのバットでカキーンと打つ快楽こそが本命なのではないだろうか? ならばその快楽を否定する犠牲バントとは、スポーツの否定であり、人間性の否定であるだろう。その作戦は、ボディーブロー的に、じわじわとその人のモチベーションを蝕んでいくにちがいない。そうやって、日本シリーズがはじまったときには、勝負強さで有名な李選手は気力の箍をはずされてしまったのだ、というのが私の考えである。というか、そのバント作戦や、初球から打っていく積極性の問題をめぐって、わがヤンキースでも試合後の飲み会で議論があり、私のスポーツ論は否認されたのだった。ただそれを間に受けたのは私だけで、以後ほかの若手選手は積極性に転じ、モチベーションをくじかれた私はあと一本のヒットが最後まで打てず、首位打者とMVPを逃してしまったのだった。

勝つことに直接的、即効的に役に立たないようにみえても、コミュニケーションをとる、というまわりくどい手続きは、持続的に勝つことには必要な前提条件であると私はおもう。草野球ヤンキースでは支離滅裂な自己主張が多いが、論理的な訓練(独学)をしてきた私が言葉の整理役、新監督からは「テクニカルアドバイザー」を要請されている。上下関係の厳しい典型的な野球部からの落ちこぼれ者も多いから、野球経験者の多い他チームとは違って雰囲気が明るいのだった。よそからは、前科者が集まる犯罪者チームと呼ばれたりもするのだが。しかし問答無用とばかりの、封建的、軍事的な指示系統の直截さ、目先の勝利への執着は、多様な情報や状況の変化といった現場にいあわす個々人の判断力を蝕むから、実践的には無謀な負け戦への習性を植えつけていることにしかならないのだ――ということを、野球バカだった私は、野球を卒業してからの独学で自己否定的に探求していったのである。冒頭で引用した田嶋幸三氏の著作は、日本のサッカー界の首脳陣がそのことに気づき、実践的な試みを制度化しようとしていることを報告している。私もその理念には賛成だ。この日本にあった前提的などうしようもなさに、まったく気づいていないのではないか、と勘ぐらせる相変わらずの野球界のほうが、致命的に遅れているだろう。国技国民スポーツとして偉そうにふんぞりかえっている(た)習性が抜けない限り、その身体化した癖・偏見を自己変革していかないかぎり、本当の強さは身につけようがないだろう。が、いかんせん、多様な文化間で勝負をするサッカーとちがって、世間の狭いベースボールはそれが検証しがたいのだった。が、台湾で選手兼指導者としての経歴もある渡辺監督のような内側からの改革者、人間性を否定しないところでチームを組み立てようとする世代の台頭が、日本の<野球道>をまっとうな道に変えていくにちがいない。もちろん、そのチームワークとは、仲良しクラブとはちがって、議論の上にのった均衡という緊張=バランスにおいて成立するものだから、反復するのは難しい。そして昨夜の納会では驚いたことに、入院先の病床から、前監督はそれを持続的な制度にしようと、キャプテンを通して指示していたのだった。

それは、30番という背番号を、次の監督が引き継いでくれ、ということだった。別段草野球なので、その番号を監督が背負う、とい規定はないので、新監督はいまのヤンキースを育てたのは前監督あってこそだったのだから、それを永久欠番として残したい、そして皆の意見も、その人情を支持したものだった。私も当初、背番号になどこだわる必要もないだろうから、新監督が気持ちを整理できないのなら(死別の話でもあるのだ)、監督だからといって30に、という形式にこだわる必要もないだろう、と考えていた。が、議論をよくきいていると、キャプテンと前監督の考えは、もっと深かったのだ。つまり、今年のようにして、世代ギャップを越えたチームワークで優勝したその実質を、伝統として作っていきたい、ということなのだ。別段その実質さえ継承されていけば背番号はどうでもいいのだが、危うい均衡の上で成立しているチーム内の関係をうまく来年も反復させていくには、30番という自分の背負った背番号を次の監督にも引き継いでもらう、それが一つの大きな方法だ、と思索したのである。いやそれは、野球経験もなく、人から疎んじられてきたような落伍者の男だったからこそ搾り出てきた知恵なのだ。それは人情を切断する厳しい選択を、実は各メンバーに強いるものなのである。個人の生命を超えて、<ヤンキース魂>という精神=実質が永遠であってほしい、そういう遺言なのである。勝つためには野球経験者をそろえて前面にだす、というかつての巨人軍路線のような考えではなく、全員で野球をする楽しさで勝つ、その一見矛盾した困難な実現を世代間という教育過程を通して反復=創造していくために、次の監督もその哲学を引き受けてくれ、俺の30番を背負ってくれ、という願いでもあるのだ。この覚悟=思想を、本当の意味で理解するのは難しい。「テクニカルアドバイザー」の私はそう新監督に解説したけれど、その個人間の情けを越えた言葉の真の意味、つまり真実性という真剣さはまさに前監督への想いゆえに、曇らされ、伝わらなかったことだろう。

されど野球、草野球である。町場のほんの小さな集団にも、教育と伝統、個人と永遠とも言いえる思想的な営みが、いまも繰り広げられているのである。

*ところで、ちなみに、私は高校の野球部にはいったばかりのころ、前橋工業高にいた現西武監督渡辺氏のピッチングを、バットボーイをしながら目の前でみたことがある。そして度肝を抜かれてカルチャーショックを受けたのだった。ちょうどその練習試合、遊撃手の先輩が怪我をして、なんと監督は私に交替を命じたのだった。私の白いユニホームと先輩の高名入りユニホームをおどおどしながら取り替え着替えていたら、「まだ終わってないのか!」と監督の怒鳴り声。で、試合に出れる好機を逃してしまったのだった。あのときさっと着替えて何食わぬ顔をしていれば……しかしあのピンポン球のようになった硬式ボールに、私はバットを当てることさえできなかっただろう。いや打席にはいることさえが、別世界に入っていくことのように思えたことだろう。が、自主トレ中心の軟弱そうに見える進学校の先輩たちは、関東大会に進出しては横浜高校をやぶり、決勝では1-0と破れはしたけれど、その渡辺投手率いる前工に再度挑戦していったのだった。

2008年11月7日金曜日

息子の性と教育



「恋に上る階段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私のところへ動いてきたのです」(夏目漱石「こころ」)


外苑のサイクリングコースへ日曜日ごとに通って三回目、一希もようやく自転車に乗れるようになった。初回目はボランティアの方々がやっている乗り方教室に参加、二回目は朝九時半にいっても定員オーバーで駄目ということだったから、無料自転車を借りて父―子で特訓。外苑まわりを二周目の最後5メートルで、そっと押さえていた首根っこを離してみたら、そのまま乗ってる。褒めてやると、自信をもったのか、今度はどれくらい乗れるかな、と楽しみになったようだ。しかし三回目の貸し出し所に向う途中では、二輪車に乗れるようになった他の男の子とすれちがうたびに不安になってきて、「抱っこ」をねだってくる。五歳で抱っこというのは特別な類に入るようにみえるが、それを甘えとみるのは洞察力の欠如に私には見えるので、しばらく抱っこして運んでやる。そして会場に近づくと「よし走るぞ」とおろして、二人でダッシュし14号の小さいのを借りてくる。首根っこをもってスタートとおもいきや、「離して」と手を振り払い、なんとそのままこぎはじめた。おかげでこちらは1周約1km近くあるだろうコースをかなりのスピードで三周も走るはめになってしまった。こんなにまともに走っている父親は他にいない。そもそも連れてきているのはほとんど母親だ。こちらの母親は、親ばかというより単なるバカかとおもうのだが、わが息子は才能ですぐに乗れるものとおもっているらしく、でてこない。「パパっ子ですね」と野球仲間の若い衆に言われたことがあるが、ママの無知怠慢に引きずり出されてきているだけのような……。

「男のほうが好きみたいね」とは、一希が赤ん坊の頃よくいわれたことである。4歳も半ばくらいになってくると、自分のおちんちんや、女性(母親)にそれがないことへと興味がわくのとどう関係しているのかわからないが、いわゆる「お姉さん」に関心がでてきた。まさにクレヨンしんちゃんみたいに。ヒーローものの女役のイメージというか、どこか金属的な美の理念形、理想的な容姿にといおうか。「ホモかとおもって心配してたけど、だいじょうぶね」とも言われるようになる。私が買ってきた週刊誌の表紙グラビアの女性をみて、「どこでこれ買ってきたの?」と、こっそりそこを鋏で切り取って、秘密の入れ物に隠していたりする。本屋にいくと、立ち読みする私の傍らで、ヌード写真をみている。私が気づくと、「いっちゃんにはぜんぜんわかりません」と隠すようにページを閉じる。が五歳になったこのごろ、「いっちゃんはもう女嫌いになったよ」としみじみいうようになった。仕事が雨で休みの日、ちょうど公開幼稚園だったので園内を見学してみると、ママゴトする女の子グループ、活発に遊ぶ男の子グループとおおまかにわかれている。そんな役割分担には男性/女性の情緒の違いもまとわりつくだろうから、自分が大きな積み木で作りあげた動物園をみせようと、隣の年少組みの園児たちを呼び連れてくる一希には、その領域区分が感情的にも障害になるのだろう。むろんその一希の困惑自体が男の子のグループとして動くゆえに発生する、ということになるわけだが。だからいいかえれば、幼児が当初どおり男女区別なく遊んでいれば障害はないが、女の子たちがママゴトのように自らを区別しはじめたとき、「女嫌い」という自らを男として区別する社会性が準じてくる、ということだろう。そしていわゆる「異性愛」とがこの後天的な錯誤を自然視(忘却)してしまうことによるとしても、初期条件の<ホモ>と「お姉さん」への憧憬(理念)と「社会」との関連の在り方はどうなっているのだろう? 一希のような子供の頃の思い出は私にもあるが、その私は結婚して一希を生むまで、外人からも日本人からも「ホモ」と揶揄批判されてきた。私は「女好き」という者こそ男とつるむことが好きな同性愛者と見えていたから気にしなかったけれど、そんな見かけの様態ではなく、「こころ」の複雑さはやはり難解で洞察できることではなかった。

今回の世界的な金融危機の中で、その株価の暴落率は、日本とロシアが突出していた。まずは欧米での出来事なのに、不可解なことには傍系的な場所でのほうがパニック的だったのだ。その原因を、両国の食料自給率の低さにある国民の根底的な不安に求める意見も新聞で目にしたが、私はより精神的な面が強いのではないかとおもう。まずは両者にとって、金融市場なる土俵が他人のものであること。そのルールの内在的論理はいつまでたっても腑に落ちないものなのではなかろうか。ゆえに、疑心暗鬼になりやすい。これはいいかえれば、他人を信頼する、という訓練(社会性)が軟弱だということだ。サブプライムローン問題後の対処にしても、日本の銀行はそれ以前からすでに貸し渋り状態だったのであり、その融資判断を引き受けていたのは外資系であり、そこがつぶれたから困る企業や組織(地方の役所もふくむようだが……)がでてきたのであり、つまりは本来の銀行業務、リスクを負って他人を信用し金を貸してやること、という仕事を日本の銀行が放棄していたからなのだ、という。これはどこか、サッカーの日本代表チームにいわれることに似ている。先月のワールドカップ予選ウズベキスタン戦にしても、わかりきった安全安心なパス回しばかりで、ゴールを目指すサッカーというより、平安時代の蹴鞠に見える。一度しかけて失敗して体制が崩れたときこそチャンスかもしれないのに、すぐにボールを後ろにまわして体制を建て直し、ゆえに相手も立て直す時間がとれるので、にっちもさっちもいかない。この均衡を破ろうと目論見仕掛けたのは、海外でプレーしている中村や長谷部だった。この他人(敵・目的)を欠いた自足の状態に中田英寿は苛立ち嫌気をさしてやめていったようにみえる。が、その後の自分探しの旅は、イラクで惨殺された香田証生氏に似て、世界の人からみたらやはり不可解なことなのではないだろうか? そしてだからこそ、同質性(ホモ)に飽き足らない彼らの「こころ」の動き、理想をくすぶらせて社会を横断する旅が、自明視された社会の錯誤を「謎」として浮き彫りにしてくる、ということではないのだろうか? オバマ氏のアメリカ大統領当選の現実さえ、「目的物がないから動くのです。あれば落ちつけるだろうと思って動きたくなるのです」という漱石『こころ』の言葉が呼応してくるように見えるのだ。

私はスパルタ式や英才教育は拒否するけれど、隙あらば世間の教育課程とは別体系の教育を息子の一希にしていかなくては、と思っている。「あいうえお」のひらがなはほぼ読めるようになってきたので、もう来年からは英語もだいじょうぶだろうと、10月の五歳の誕生日にはABCの音声教材がプレゼントだった。小学校の2・3年生になる頃には、スペイン語と世界(現代)史を説いていくことになるのではないかとおもう。あくまで、無理やりにではなくナチュラルに。機会もなく教えても、忘れるだけだから。しかし、機会がないなんてことがありうるだろうか? いまや、世界戦争の最中にいるようなものではないか。15歳までには、この世界を洞察し、社会で生き抜いていける思考=精神力の基礎情報をインプットしてやらなくてはいけないのではないか、という気がするのだ。そうでなければ、不安なだけである。何かがおこっている、それは洞察できる、だけでは、何がどうしておこってこれからどうなるのか、それが組み立てられなくては、生きていけることにならない。そして生きていける、ということの自信の根底には、性的なもの、という「こころ」を偽らない本来的な術が挿入されていなくてはならないのだろう。

2008年10月13日月曜日

フリーターと職人とマネーゲーム


「かれらは実際の生活のくるしさ(それはすでに何年もたえて来た者が多い)にたえかねたのでなく、時代の気分の動きに抗しきれなかった。時代の気分の動きに流されぬだけの自分の実感の上にたつことができなかったのである。おなじ時代に、生活綴り方運動は、自分たちの生活条件にゆるされた範囲の目立たぬ抵抗をつづけた。」(久野収・鶴見俊輔著『現代日本の思想―その五つの渦―』岩波新書)

先月の給料日、アメリカの大手証券会社がつぶれたという報道を横目に、その現金の入った封筒を女房にわたしながら、「今月は預金しなくといい。」というと、「どうして?」と女房さっそく食ってかかってくる。「いつどうなるかわからないだろう?」と返答すると、「銀行がつぶれるなんて、そんな民間信仰を信じているの?」と啖呵を切ってくる。私はあきれかえる。ローン組んでマンション買おうなどと言っているおまえのほうこそが世のシステムを呑気に信じている輩なのではないか? 私の財布には多いときでも2・3万円しかはいっていない。これじゃ地震災害のときでもさもしすぎることになろう。「こんなの小遣いの額だろが!」と声をあらげると、「日本はすでに金融危機を経験しているからアメリカがバブル期を追随しているだけだ、焦げ付きとは預金が保証されないということではなくて……」と、中高校生程度の優等生的回答をぐだぐだと言い始める。「ヤクザもんはな、」と私は話を打ち切る。「所持金みんなポケットにいれて裸現金で持ちあるいているもんだ。それはシステムなど信じてねえからだ、そっちのほうが利巧だろが!」「泥棒がはいったらどうするのよ!」と女房。「銀行にあずけとくより泥棒にとられたほうがマシだろが!」と私。……そして今月にはいって、株価が8000円台をつけ、またまた日本の生保までつぶれてくるのをみると、やっと女房は大人しくなるのだった。おそらく、親からゆずってもらった株の価値の下落幅に、現実感をもったのかもしれない。私自身は、世界恐慌にでも本当になったら、いまでさえ昼飯時など銀行は混雑するのに、預金を引き出すのにも行列ができるようになって並ぶのが面倒くさくなるだろうな、と考えただけなのだが。

10年以上も前だったら、たとえば、浅田彰氏のような論者でも、今ではサミットなどの世界会議で世界的な協調政策がとられるから世界恐慌をおこさない制度的な枠組みができている、と発言していたりして、カタストロフィーを期待してしまう民間信仰はむしろ抑制されていただろう。がいまその同氏が、同じ発言を繰り返すかどうかはわからないだろう、と私は思う。そういう徴候というより発症として、リーマン・ブラザーズのような証券会社の破綻があるようにみえた。徴候としては、日本のlivedoorの証券商品を、おそらくフリーターと自称するような者までもが購入していた、というところにも現れていたように、株とうの金融商品と関わる必要もない末端的庶民までもが投資世界に参加している、サブプライムローンとやらも、普通なら家など購入できない下層階級者が借入できるようになったことから発している、むろんどちらも、アメリカの新自由政策によって法制度が改定され後押しされて出てきた動きなのだが。要は、社会的信用など持ちようのない人々までもが借金という信用(架空)資金を膨張させて、もはや諸国家が統制できる資金量を超えてしまっているのではないか、とおもえたのだ。先週のNHKの特集番組では、「兆」を越えて「京」とかいう単位にたっする世界の資金量データを提示していたが。それと私がおもったのは、もはや各国の思惑に統制がつくともおもわれない、ということ。各々がサバイバルのために手の内あかさず隙あらば抜け駆けして、と考えはじめているのではないか? 北京オリンピック中におきたグルジア紛争の顛末などは、その症候だ。今回の金融危機のために設けたG7の会議でも、本当に真剣なのかどうかわからないと私はおもっている。今日のニュースをみると、週明けの株価は上昇したということだが、資本主義の世界システム自体が問題(標的)になってきたことが明るみにだされてきたわけだから、もはや延命策にもならないだろう。かつてのソ連を中心とした社会主義圏という資本世界の歯止めがなくなってしまっている今日では、資本主義各国が公的資金を導入して社会主義的政策をとるはめにもなるわけだが、各国首脳は、自分の利害を念頭にその矛盾を利用しようとしているのではないか? アメリカの下層階級の借金というウィールスが世界中にばらまかれてその上層階級のシステム自体を破綻させてしまっているとは、歴史の皮肉ではあるだろうが、それを救う(復原する)、という建前のもとに、またまた税金という庶民の現金を世界中にばらまこうというのは、負け組み庶民の間に普及させた資本信仰をより絶望的に深めてしまうことになるのではないか? 架空に分割された100円株を買っていたフリーターや、借金で買った家をピストルで脅されて出て行かされた移民たちも、自分をなぐさめるように世界システムの安定に安心する。それはちょうど、負けが込み始めた賭け事で、その場を仕切るカジノがつぶれるより、手元に残ったチップが少しでも現金に戻されることにほっとするゲーム者のように。そういえば、ソウルへ旅行したときのカジノでも、他の職人さんは損をみると、これ以上損失をかかえないようにと現金にもどしてやめていくのだった。私は遊びにきているのだからと、つぎ込んだ額がなくなるまでやっていた。生活費にかかわる予算まで、賭け事にまわすわけにははじめからいかないので、割り切って考えることができる。私はそれが堅実だと考えるので、損失がこわくて萎縮する多くの人たちと、それを前提に作られる世の仕組みは、だからはじめから堅実を放棄しているようにみえるのだが、しかし実際は、投資世界に参加して利益(子)を増やそうともしないものは不合理なバカだという自由な風潮があったわけなのだった……ならば、なんでこの資本主義の荒波をサーフィンのように愉しまないのだろう?

<マンションやマイホームなどというものは、カネがある人間がキャッシュで買うものだ。そのカネがない人間は、賃貸暮らしで十分なのである。新興住宅地の小綺麗な建て売り住宅か何かに暮らすことが理想などというのは、かつて国やら住宅産業やらがしかけたキャンペーンにすぎない。/そんな幻想をいまだに追い求めて、あげくにローンを組んでいる場合ではない。毎日二時間ばかり会社まで電車に揺られ、さて老後になって、何のために一生懸命働いたのかと考えたとき、「結局、家のローンを返すためでした」というのでは、あまりにも哀しい。…(略)…一寸先は闇である。人生設計など描くだけ野暮なのだ。プランに従って生きても、面白くとも何ともない。先のことが分からないからこそ、人生は楽しいのである。(宮崎学著『地下経済』青春出版社)>

自分でもドル預金して為替のリスクを抱えていれば、少しは経済の勉強をするだろうと、預金の半分くらいをcitybankにドルで預けたのはもう10数年もまえだ。円高のときだったので、数年かけての円安傾向は、結局20万円くらい差益をだし、その分を円に換金した。いまも同様円高なのだが、ドルを売って円にもどそうとしている人が逆におおい、だからますます円高になるわけだが。株だって、安い今が買いどきなのに、とにかく売って現金を所持しようと大半の人があせっている。私ははじめからマネーゲーム、経済の勉強とわりきったところからはじめているから、セオリーどおり、いまは円高だから、もうけたときに両替した円でまたドルを購入して預金しておこう、と考える。Citybankが身売りなり倒産して預金がもどってこなくとも、それが社会勉強だ。自分の体を使って考える、実験する、私には、それしかできない。というか、やる気が起きない。私小説家、というのが私の立場なのだろう。フリーターになって、職人になって……次に何になろうか、というよりも、やはり世界のビジョンが欲しい、と窒息しそうなのは、マネーゲームに飽きてきた世の通念的意向なのか、私小説家としての身体的渇望なのだろうか?

2008年9月18日木曜日

スポーツと政治と真剣さ


「今日の決定力不足の原因はここにある。/10番がもてはやされる背景には、誤解も多分に含まれていた。10番を攻撃的MF、あるいは司令塔という「日本語」で括ったことにある。そこから連想するイメージは、「決める」ではなく「作る」となる。」「決定力不足を、フォワードの決定力不足や能力不足、人材不足のせいにしている限り、決定力は解消されない。この問題は、フォワードが育まれにくい性質を抱えた日本サッカー界が、永遠に背負っていかなければならない十字架だと割り切らなければ、改善は不可能である。/ゴール前で、決定力のないフォワードに、難易度の低いシュートをいかにしたらきめさせることができるか、そこに英知を傾ける必要がある。発想の始点を自軍ゴールではなく、相手ゴールに求め、そこからフィードバックする形でゴール攻略の図案を描く勇気が持てるか。それに伴うリスクを容認することができるか。その割り切りが決定力不足解消のカギになる。」(『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』杉山茂樹著 光文社新書)

植木職人としてその世界で働きはじめてまだ2・3年でしかない頃、仕事が終わった後の酒の席で、こんな議論をしたことがあった。「おまえはまだお客さんだ」と親方が呼ぶこの私が、ではどこまで親方や年上の職人の言うことをきくのか、というのである。私はそんな質問自体をなんでするのか怪訝におもいながら、自分では常識とおもう返答を繰り返していた。が、それが通じない、というか噛みあわない。端から聞いていた大工職人が私の話しを解説するように助太刀する。「だから言う事はきくけど、おまえ死ねとか、そんな極端なことには従わない、ということだよ。」と。私が当たり前のようにうなずくと、「えっ、そうなの?」と親方はびっくりしたように聞き返す。私はびっくりされたことに唖然とする。他に、答えがあるのか? 死ねと言われて死ぬ奴がいるのか? ……さらに、そんな議論を平然と聞いていた周りの人たちの様子、というかこの世界の落ち着きは、いまなお不思議なバリアとなって私を「客人」として問いかけてくる。
もちろん一般論的には、親方(社長)の「運命共同体」的な価値=イデオロギー性の欺瞞を指摘するのは容易である。社員を死ぬまで終身面倒をみるという日本的経営思想は、単に不景気ともなればいとも簡単に捨てられて、いまやヤクザ組織でさえパート的な人員ですましていつでも首を切れるように個人をして仕向けているという。死んでもついてくるような侠気=忠義を持つ者など迷惑千万な話になるだろう。しかし、学者の丸山真男が官僚社会と封建社会にみられる忠誠の在り方に区別をしてみせたように、私の目前に落ちた職人的世界の雰囲気には、そうしたジャーナリズム的な一般論では割り切れない説得力が残存しているように思えるのである。つまりそこには、一つの真剣さが、文字通りの<真剣>という語義に迫ってくるような力が伝承されている、ということである。

私は潜在してしまっているかもしれないこの<力>を現実として認める。要は、官僚的なシステム主体、うわべの取り繕いで責任=死を回避して持ちまわっているような形式主義よりはずっとましだと。しかしそれゆえに、やはりその<真剣>さの在り方のもろさ弱さを思わずにはいられない。日本のサッカー界でもいわれる<決定力不足>も、この<真剣>さが孕む両義性に遠因しているようにおもえる。上に引用した杉山氏も、これを日本の伝統的なあり方と結びつけて把握している(『戦う国家』文芸春秋)。サッカーのことはわからないので野球を例にとると、よく内野手で、腰を落として捕れ、とコーチされる。確かにその構えは、ボールを後ろにそらす確率をひくくする。しかしその形だけでは、実はトンネルを押さえることはできないのだ。少年野球などでは、ボールが通り過ぎてからしゃがみこむ姿がみられるかもしれない。日本の場合、子ども相手だったならば、それでも腰を落とすという基本を実践したので叱られない場合が多いだろう。前にでてエラーしたのだからいいのだ、とかも。子どもはコーチから叱られないようにとその形だけを反復する。その結果、捕球率というアベレージはあがるだろう。しかし中学・高校ともなれば、そんな形を保持しても、こんな状況でエラーする奴があるか、と突然結果重視になるだろう。野球でもサッカーでも、日本の子どもの世界ランクは高い。平均的な技術力は高いのだ。しかし大人になると弱くなる。試合を決めるのが技術力というよりは判断力になってくるからだ。この「技術力(うまさ)」と「判断力(強さ)」との乖離を、杉山氏もサッカー界での識者の意見を紹介しながら指摘している。――「角を削って小さな丸にする傾向が指導者には強い。角を生かしながら大きな丸を形成していくべきですが、ストライカーに必要な尖った部分は育成段階で削られている。打って、外して、怒られる。指導者がアラ探しをすることで、子供たちは責任を他人に委ねるプレーに走る。指導者には誉めるゆとりが必要です。」「身体が大きくて足が速い。子供の頃、得点王になるのは大抵そんな子供ですが、それがユース年代に入って壁に当たると、直ぐにDFに転向させてしまう。勝利を目指すには、その方が手っ取り早いですからね。」(「日本スポーツ界にはびこる勝利至上主義」前掲書)。……ここには、子供の時は「過程」が大事、と教えておきながら、大人になると「結果」が大事、となってしまう非論理的な移行=断絶がある。子供はこのああいえばこういうような態度にとまどい、自分で判断することがばかばかしくなってやめることになるのだ。ならば、この「断絶」を架橋していくものはなんなのか? 論理レベルでは、「過程」が大事、と言い続けることだ。つまり、「誉め」つづけることである。がもっと重要なのは、<形>ではなく、<真剣さ>を導入することである。内野手でいう「腰をひくくしてとる」ということの実質的な意味は、ボールを下から見る癖をつけることにある。下から見れてなかったならば、腰をおとしても地面に(下から)バウンドしてくるボールの動きを見る眼に死角ができやすいため、一瞬見失う場合があるのだ。そして下からみれていれば、腰など高くとも捕球はより確実になり、むしろ尻をついてないだけイレギュラーにも反応できるようになる。が、下から見る、とは形の問題ではなく、意志の問題である。その癖をつけるには、一球一球を<真剣>に取り組むしかないのだ。文芸批評家の柄谷行人氏は、数学上の基礎公式の不在を証明したゲーデル問題にかこつけて、スポーツ選手は「形式主義者の悲哀」をしっているはずだ、と言っていたが、その悲哀を乗り越えていかせるのは<真剣さ>である。アメリカのマイナーリーグが日本のプロの2軍とちがって、練習よりも試合をこなすことに重きが置かれているのも、この実質=真剣さと関係しているとおもう。そして勝負強さ(決定力)とは、真剣さの度合いに他ならない。

私は、この<真剣さ>が日本の職人世界に残存していると認めている。が問題なのは、勝負ごとには、何を戦うのか、という目的(相手)がいるということである。練習を真剣にやる、とはほむべき事だが、語義矛盾である。相手がいて、はじめて真剣による勝負が成立するのだから。だから職人世界に真剣さがあるとするならば、そこに相手がいるからだ。それはむろん、師弟関係ということである。日本ではいちおう、封建的な野球部のほうが民主的なサッカー部よりも勝負強いのは、そうした上下関係がはっきりしているからだ、というのが私の意見でもある。しかし子分がおっかない親分を相手に真剣にならなくてはしょうがないとしても、ならば、親分の相手は誰(何)なのだ? 親分は、真剣なのだろうか? 職人がああやるとこういって屈服させているだけなら、それはマルクスが権力関係で指摘していう「放恣の反動」にしかならないだろう。そして私の見聞では、やはりそれ以上でも以下でもない、というところにおいて弱くなる。冒頭引用の杉山氏の著作を読むと、ヨーロッパのサッカーの監督がいかに理想をもった哲学者であるかがわかる。そして私が「やはり」、というのは、このような指摘は、たとえば俗に日本人にはビジョンがない、とかで、よく言われていることでもあるからだ。しかし私は「アラさがし」がしたいのではない。日本人にも<真剣さ>がある、と誉め続けたい、ということである。そしてそれゆえに、次期自民党総裁と思される麻生とうがいう「道州制」議論に、ほんとうに<真剣さ>があるのか怪訝におもう、ということだ。

<米海兵隊のグアム移転や自衛隊の共同使用、嘉手納以南の返還など、在沖米軍基地のありようが激変する要素を盛り込んだ米軍再編。その実施時期が、地方に「自己責任」を強いる道州制の導入や、税制面などの「沖縄特例」が消える過渡期と重なったことは沖縄にとって大きな意味をもつ。>(沖縄タイムス「特集・連載『アメとムチ』の構図~普天間移設の内幕~」)
<さらに医療費や介護費、福祉費や教育費、農漁業費、中小企業の振興費などをつぎつぎに削減してきて、いよいよ市町村もつぶして経費削減をするが、それで借金払いをするものではない。それ以上に、アメリカのグローバル化戦略と、同じアメリカが要求する有事法法制化のたくらみと切り離して考えることはできない。戦争をやるということは財政をともなうことであり、戦時財政の準備をしているとみるほかはない。湾岸戦争でアメリカの戦費を負担したが、いまやろうとしている戦争はアメリカの戦争の下請をやるというものであり、その戦争の戦費調達を考えているといえる。>(長周新聞「戦時国家作りの市町村合併」)

私は、日本に残存している<真剣さ>が封建的なるものと結びついているらしいことから、それは鎌倉幕府に集約されていったような地域性と関連しているとおもう。それは、東国的なものの理念、もののふの道、武士道、といったものと重なってくるのかもしれない。最近では、新渡戸稲造が説いたような「武士道」とは近代的なきれいごと(ロマンス)の見方であって、ほんとうの武士道とは勝つためにはなんでもありというような結果主義、血なまぐさいものだったのだ、と反論されるようである。私としては、こんな現今の日本のスポーツ界のようなエセ「勝利至上主義」の、いいかえれば勝ち組負け組みの新自由主義的な考えをもっともらしく受け入れてしまうからこそ、いつまでたっても「強く」ならないのだと考える。あくまで、いかに勝つか、と考え意志する「過程(論理・思想)」が重要なのだ。しかしアメリカとの「運命共同体」発言の中曽根からはじまって小泉、そして麻生へとゆくかもしれない勝利の方程式は、自分が親分だったらどうするのか、ということを思考しているとは思えない。それでは、勝つのはアメリカだ、と誓っているようなものである。官僚をぶっこわす、というよりは、官僚的なシステム遊戯、形式論で責任=死を回避し逃げ回っているようにしかうつらない。麻生の口調は、小泉同様、じっさいふざけていないだろうか? そのどこに、<真剣さ>がうかがえるのだろうか?