2010年4月12日月曜日

文学から庭、そして森へのパラダイム

「小熊 おっしゃる通り、豊かな経済大国日本が貧しい従軍慰安婦を搾取しているという言い方に対して、それより俺たちプレカリアートのほうが恵まれていない、という言い方が出てきちゃったということに対しては、やっぱりマジョリティーは恵まれているから問題がないんだという形で処置してきた問題というのが、ここに来て噴き出してきてしまったというときに、今現在どういう語り方をするかというのは、非常に難しい問題になってますね。…(略)…しかも、その出方というのが、昔だったら、「貧乏で汚い朝鮮人帰れ」みたいな言い方だったかもしれないのが、現在は、「在日は日本の行政から与えられた特権を持っているから」という言い方になってきているというのは、非常に興味深いですね。つまり、われわれの側のほうが恵まれてないと。

高橋 だから、貧しい、少数派の日本人が豊かなマイノリティーを攻撃するという構図になってきたわけですね。誰もそんな立場を見たことがなかったので、絶句してしまう。

小熊 まあ、実際に豊かなのかどうかは別問題として、でも、やっぱりナチスが出てきたときってそうですからね。超インフレ下の当時のドイツで、ユダヤ人は金持ちでけしからんという言い方をしてね。…(略)…豊かさの中の精神的貧しさという言い方が、何年か前まではいちばんいい表現形態だったんでしょうけれども、もうその言い方は今現在は不適切になってしまった。ただ、単純に『蟹工船』の時代に戻ったのかということになると、貧乏だけで語られるものではないと思います。とりあえず食えることは食えているが、剥奪感が大きいということですから。」(『文学界』2010.5月号 小熊英二×高橋源一郎「1968から2010へ」)

これら研究者と作家の対談からも、私がこれまでのテーマパークで提出してきた問題が共有されていることがわかる。この現状認識から、では次にどうするか、「新しいパラダイムをどう提示していくか」、という問題提起で両者の対談は締めくくられるのだが、同月の『群像』という文芸誌でも、学者兼批評家の蓮見重彦氏と作家の阿部和重氏の対談で、認識から小説の形式(フォルム)という切り口から言及されていた。小説家とは、その認識内容(素材)の事実性以上に、それをどう扱うかの形式にこそ現実性を残余させてしまうものなのだと。つまり政治的な言い回しでは、それをそうさせていく枠組み(パラダイム)、制度の方から、という話になるだろうか? このテーマパークの前回からの言葉で言えば、個人よりもまず共同体の形成をという内田氏の提言や、その共同体運動への国連という自然史的制度の意義といった柄谷氏の言述ということになるだろう。あるいは建築界でも、最近は建築家という個人の力量よりも、地域としての建築を作っていくという、認識のシフト転換をめざす雑誌特集も組まれているようだ。では、文学あがりの植木屋さんである私は、どうだろうか? と自問してみる。

<――近ごろのお母さんお父さんは自分の子さえ良ければいいというのが増えています。運動会なんかでも自分の子だけビデオで撮ってる人が多くて。

 これは生物はみんなそうやけど、自分の子が良く育つには、いい群れの中でなければ育たないんです。まわりの子が良くならなくて自分の子だけ良く育つということはあらへん。…(略)…最近、樹木医というのがおってね、古い木を診断して、あれこれやって治す、もたせるということやって、古い木を大切にするのもええことなんやけど、あれで本当に木が丈夫になるとは私には思えない。延命治療のようなことをやっても、やはり木には寿命があるのです。どうせ古い木は枯れる。だから森林を永続させるには若木を植え育てないといけないわけですね。人間もそう。その努力が足りないんじゃないかな。子どもは大人みたいに票を持ってないし、ゲートボール場つくってくれと集団で陳情したりしないしねぇ。それは大人がしてやるべきことやと思いますよ。それもきれいなととのった公園じゃなく、広い荒地の方が子供も遊びやすいのだから。(『森の人 四出井綱英の九十年』森まゆみ著 晶文社)>

庭木の手入れにしても、その技術が、「木を切ってはならない、かつ切らなくてはならない」という自然と人間との二律背反的な現実への解法として読みえるとしても、あるいは、「にわ」という語意が、漁場や山という、自然と人間の境域に対する、日和(天気)見という切迫した空間の営みからきているとしても、その世界への切り口、考え方は、あまりにミクロ、つまり狭すぎる。四出井氏のように、造園的観点だけではなく、いやそれ以上に森林生態的観点が必要だ、というのが最近の私の考えである。どうせ勉強がだぶるのならと、仕事に必要な国土交通省の造園管理の資格よりも、ボランティアでしかいかせないような、農水省と環境省推奨の森林インストラクターの国家資格試験の勉強も開始している。植木への関心にしても、その庭木としの美醜という感性的視点からよりも、どう食えるか使えるかという、実用経済的な、そしてこれまでの山での具体的な知恵、に移行している。それはまた、経済的に豊かになったから里山(田園)で余暇と余生を、といった余裕ある態度によってではなく、土建業衰退の歴史のなかで反復させるサバイバルになってくる、はずだ。つまり将来の生活(仕事)は、ボランティアをとおってくる。そしてそれが、近代化や高度成長期で失われた「剥奪感」、心の充溢を再構築してこないだろうか? 家族や共同体とともに? ……とりあえずそうしたことが、いまの私のパラダイムへむけた実践活動である。

2010年3月10日水曜日

トヨタの合理性と人類の自然性


「韓国ドラマを観ていて、ときどき「あれっ、どこかで観た場面だな」と思うことがある。それは、現実にあった何かの現象だったり、他のドラマや映画のシーンだったりする場合もあるのだが、北朝鮮で見た映画やドラマとダブるときも少なくない。同じ民族だから、生活様式や習慣で相通じるところがあるのは当然だが、思想や理念においても、似た場面が出てくるとつい驚いてしまう。たとえば、『太王四神記』や『朱蒙』で主人公が臣下との間につくる人間関係は、北朝鮮の金日成の活動を描いた『革命映画』における指導者と部下との関係とまったく同じといってよかった。たとえば、戦争で勝つためには、兵士のなかで多少の犠牲者が出るのはやむを得ないといって無謀な戦いを挑もうとする指揮官に対し、タムドクは兵士一人ひとりの命を大切にしなければならないことを厳しく諭す。また、朱蒙は行軍途中、兵士たちの前で部下と親しげにシルム(相撲)を取って士気を高め、偶然そこにいた敵までも感動させてしまう。このように指導者がいつも部下を大切にし、苦労を共にする場面は、北朝鮮の映画やドラマ……」(蓮池薫著『私が見た、「韓国歴史ドラマ」の舞台と今』講談社)


冒頭引用のような蓮池氏の感想を、私も韓国歴史ドラマをみて思ったものである。むろん、私はそのドラマと、北朝鮮の社会とを連想比較するのではなく、自分が仕事としてやっている職人世界の社会に見られる様とを重ねてしまうのである。では、そのような社会から、トヨタのアメリカでのリコール問題に発する社長自らのアメリカ議会での公聴会に連なる模様を眺めていると、そのトヨタが従い従おうとしている合理性が、人間的に片手おちの疑わしいものに思えてくる。あのJapan as No.1のバブル時代のとき、トヨタの吹聴するカンバン方式なるものが世界的にも参照されはじめていた。郵政民営化にともなって、民間の合理性を取り入れて不合理に肥大した組織人員を矯正するのだと、トヨタの管理者が派遣されたりもした。そしてそこでは、勤務者の座る机から出入り口までの歩き方までが統制され、無駄なく最短コースでゆくのだと、床にテープをはりはじめた、とかの記事が紹介されもした。要するにこれは、アメリカでテーラーシステムとしてはじまった流れ機械化作業を、愚直なまでに下請けや末端の労働者へと推し進めたものにみえる。まったく日本人はまじめな優等生である、ということか? しかしおそらく、その公式(――外からみたら、それは学ぶべき公式にみえてしまう……)を自ら作った本場のアメリカでは、古風な職人意識や人間関係が残っていて、あるいはそんなに糞真面にやってなくて、その両者の齟齬が、公式の根拠(安全安心)は不在であるというゲーデルの数学的証明のように、今回露呈してしまったのではないか? 「いつあなたはその問題を知ったのか?」と公聴会で議員から豊田社長は問われ、「12月末ごろに、アメリカの運輸局の人が来たいう報告はあったのでしっていたが、その内容は知らなかった」と発言し、議員は「それは組織が縦割りだからなのではないのか?」と問い返した。この「縦割り」と翻訳されてきた言葉の意味がよくわからないのだが、会社組織自体が部分に分割された流れ作業、と解すれば、たしかに全体を判断する視点を欠いた官僚的な(無)責任組織、となってくる。どうして、豊田社長は、「何しにきたんだ?」と部下に質問しなかったのだろうか? 自分の所にきたのではないので、我関せず、現場(その部署、部分)に任せよう、という判断だったのだろうか? あるいは現場の当事者は、どうしてそんな重大事を、トップに知らせようとしなかったのだろう? 彼が、重大ではない、と認識することは、これぐらいの組織であるなら、そんな無能な人は出世していないだろうからありえない。政治家の秘書のように、自分が罪をふっかぶるようにボスには知らせない、というような事柄でもあるまい。あるいは自分の不埒がばれて困る、というような事柄でもないだろう、それは技術的な問題であって、管理者の一人(責任者)だけが問題とされてくるわけでもないだろうから。この事件が、日米の政治的なかけひきで、相当にでっちあげられた問題なのかもしれない(だとしたら、トヨタ管理者側にスパイがいるのだろう)。しかしだとしても、その過程で浮きあがってきたのは、流れ(分割)作業に象徴されるような官僚的な合理性の脆弱さである。つまりそれは、外から社会や産業のあり方を公式として学んだ日本人においては、民間企業においてもなおよりその公式(縦割り官僚組織)の根拠のもろさが、まるで数学の例題のごとく露見してくるのだ。公式の本場では、実際には、官僚よりも議員(政治家・人格)のほうが強いらしいのに。

端的に、歩き方まで管理するのは卑しいことである。有能な職人は、自然そうなり、そうするけれども、他人になど強制しない。馬鹿は馬鹿でいることが、むしろ組織としては多様な適応力をもってくると、全体的な認識判断を、自ら行なう部分作業において意識化できる、生活の連綿さを生きてきているからである。ゆえに職人集団が実践するのは、分割作業ではなく、人それぞれの能力に応じた分担作業である。しかしそれはそのように平等(親切)的ではあるが、近代的な意味では、平等ではない。普通の人には登れない木に登り枝を下ろす、危険作業を引き受ける職人や、人心を掌握して判断が的確な頭(かしら)はまわりから尊敬されるだろう。「後片付けはわたしたちがやるから」と、木の下で枝処理をしている手元の人たちは、無事生還できたことにほっとしている職人にいってくれるだろう。しかしもしそれが、まだ勤務時間中だからおまえも片付けを手伝えと、労働者としては平等(当たり前)のようなことを言われたら、その人の尊厳は傷つけられるだろう。しかしまた、俺は偉いんだ、と謙虚さがないと知られれば、周りの人たちは手伝わなくなるだろう。縄文時代ぐらいまでの狩猟民の世界では、そうして人心を失った狩猟者は、それでも自らの尊厳と名誉を守るために、一人で敵にむかい殺されていったのだそうだ。だから、インディアンをはじめ、その世界の髪型は、取られた首が持ちやすいようにと上で編んであるのだという。武士のチョンマゲもその名残だろうといわれている。私が「韓国歴史ドラマ」に覚える共感には、そんな古くからの人間社会の倫理が反映されている、ということになるのかもしれない。……「狩人としての始祖王の表象は、実に古代日本に限られていない。ことに注目すべきは、高句麗、百済両国の始祖である朱蒙はすぐれた狩人であり、かつ朱蒙という名自体が「善射者」を意味していた。そして興味深いことに、朱蒙の後裔たる高句麗、百済の王たちは、しばしば狩猟をおこなったのに反し、朱蒙系ではない新羅の王たちが、狩猟したことは、ほとんど記録されていないのである。ここで日本の場合も、『日本書紀』によると、天皇の狩猟は、ことにいわゆる応神王朝の天皇たち(応神、履中、允恭、雄略)に集中していることが注目される。これは、いわゆる応神王朝と、高句麗、百済系の王権との関連を示唆するものかも知れない。また、これら王者の狩猟活動に、後にはたんなる娯楽になってしまったであろうが、元来は、狩人としての始祖王の行為の儀礼的反復という性格をもっていたのであろう。」(「日本の狩猟・漁撈の系統」『狩猟と漁労 日本文化の源流をさぐる』所収 雄山閣出版)

この倫理、というか古代の人間観の巻き返しは、世俗的には、郵政改革をめぐってみえてきたドタバタ劇のようなものとして、表象されるのかもしれない。そこでは、近代的な個人・合理主義を貫徹させようとする小泉グループと、それに反対を唱えたことでいったんは下野したが、政権交代によって返り咲いた反動的な人たち、という往還運動として立ち現れた。しかしこの反復現象は、たとえば佐藤優氏が、「復古」として呼称するような、歴史的な時間軸によって捉えられるだけではない、というのが、ポストモダンと称される思想を通した昨今の基調的な考え方であろうか? つまり、その反復を、むしろ空間的な、普遍的な構造として把握してみ、それを現在から未来への指針として考察していく、という考え方である。新しい人類学を提唱する中沢新一氏の言い方でいえば……「しかし、洞窟的実践の背後には、男性結社性が隠されています。そこは戦争機械の温床でもあるからです。それが政治権力を掌握していくとき、日常生活者の世界は根底から破壊されていくことになります。…(略)…私たちの思考のあらゆる領域に、「洞窟的=映画的」なものと「テラス的=テレビ的」なものとの、緊張をはらんだ関係は潜在しています。それを生み出すおおもとが、ホモサピエンスである私たちの「心」のトポロジー構造の中に実在しているからです。私たちに求められているのは、この二つの構造の間に、今日のテクノロジーとそれがもたらしつつある社会形態にふさわしい、真に新しい絶妙なバランスを再構築することではないでしょうか。」(中沢新一著『狩猟と編み籠 対称性人類学Ⅱ』講談社)――そして、この反復劇を、「心」の問題(位相)ではなく、あくまで唯物論的な装置(制度)の問題として捉えてみせるのが、柄谷行人氏の「世界共和国へ」という提言になるだろうか? ……「各地のさまざまな運動は自然発生的にグローバルなつながりをもつようになっている。しかし、それはいつも諸国家によって分断される恐れがある。だからといって、「インターナショナル」のような組織を形成することはできないし、そうする意味はまったくない。つまり、国連と別の国際組織を創る必要はない。そのような組織ができても、国家を抑える力をもたない。われわれがなすべきなのは、世界各地のさまざまな運動を、国連を軸にして結合することである。国連はたんなる人間の思いつきではない。人間的自然(人間性)がもたらした遺産である。」(「atプラス」03号太田出版)――で、この雑誌の特集「生きるためのアート」冒頭には、内田樹氏へのインタビューがあり、氏の作る「麻雀連盟」という共同体の話がでてくる。そして、「資本主義についてマルクスが告げたのは「資本主義を倒せ」ではなく、「共同体を作れ」なんです。」との発言で締めくくられている。資本主義的な自由の蹂躙から、国家権力支配への反動という世俗的情勢に対し、いかにそれらとは別個の「結社(共同体)」をつくっていくべきか、が実践的な問題として集約されてきているのだ。ならば、これらの思潮から導きだされる結論の例とは、「麻雀連盟」のような同好会も国家につぶされないために、国連に参加し、その後ろ盾をもらって連帯の力をつけるべし! ということなのだろうか?

私の考えでは、このおかしな総合的な結論は、理論的には正当だが、実際的には諸理論の位相を混同している、ということになる。たしかに、たとえば戦陣中などでは、草野球でさえ国家の統制下におかれたことを考えれば、麻雀同好会もどうなるかわからない緊急事態は考えられるし、そうしたことも柄谷氏の論理には包容されていると思う。が、では本当に具体的な実際として想定してみると、奇妙なおかしさが伴うのは、やはりあくまで氏のいう「われわれ」が、中沢氏のいう「男性結社」的なエリート(秘境)の位相に傾いているからだろう。たしか内田氏自身は、柄谷氏を全面否定する言表をしていたとおもう。つまりあくまで、念頭にあるのが、メジャーな運動なのだ。しかしたとえば部落団体にせよ、女性団体にせよ、在日を中心とした外国人の団体にせよ、それらは「人権」という問題に収斂したうえで、国連にすでに参加し協同で取り組みにあたっているところもあるとおもう。それは、私が参加しているイミグレーションネットワークのMLからも想像できる。ならば、柄谷氏の提言など、いわずもがなな話だろう。まして、氏は自分が言っていることは既定の運動を新しく意味づけなおしていることなのだ、という発言もしているが、当事者たちの「意味」、つまり自分を支えてくれている意味とは、世界史的な意義などという、エリート意識なたいそれたものではないだろう。そんな意味づけは、大きなお世話にしかならないだろう。柄谷氏の構造分析(『世界史の構造』とかと題される本を準備中だそうだが……)は、あくまで念頭においておくだけで、実践的には忘れてしまってかまわない位相、つまり理念的な統制性の話しなのだ。庶民がまともに受けても意味がない。たとえば、派遣切りにあって、秋葉原にレンタカーで突っ込んでいくような青年が、自分を支えるためにアキバ同好会なる「結社(共同体)」をつくったとしよう。それは社会運動的には、部落や女性や外国人といったマイナー問題としてはメジャーな運動でもないので、国連が相手にするまでもない大衆運動にすぎない、と目されるだろう。が、その気味の悪さのためなのか、実際に町内会からは排除されていくし、より大きな弾圧も想定しえないわけではない。そうしたときは、世界的に普及しているアニメ趣味などから、国際的な連携と、それを「労働」問題というより大きな枠組みで収斂させて、国連にも通じていく文脈が形成されるかもしれない。つまりそういうふうには、柄谷氏の理論は論理の道筋を提示してはいるのだ。が、問題なのは、中沢氏の照射するような、「心」の位相ではないのだろうか? 秋葉原に突っ込んでいった若者がみせるのはまずそのレベルの“意味”のことだ。たとえそれが低レベルの話だとしても、類としての人間は、その自然のなかで生きているのである。私はやはり、最期まで馬鹿者たちへ愛着を注いだ中上建次氏の言葉のほうを重用する。――「……謂わばわたしはその間、猛烈な勢いで全力疾走して古代と現代と、神人と人間と、熊野と大和・京都、縄文と弥生、アイヌ文化と古朝鮮を経巡ったのである。元気はいや増しに増さざるを得ない。」(『君は弥生人か縄文人か』梅原猛+中上建次著 朝日出版社)しかし、今また改めて似たような問題が反復されてきているときに、中上氏のいう「元気」が増すことができるのだろうか? というか、それがありうるということ、あったということが、念頭においておくべき統制的な「理念」となりうるのである。

2010年2月12日金曜日

土建業と犯罪事件から


「すなわち、沖縄本島側の文化は九州の縄文につながるが、先島諸島の下田原式土器(約三○○○年前)は南方起源のものと考えられている。両地域のつながりが強くなるのは歴史時代になってからだといわれている。もっとも、大陸側をまわれば沖縄と先島はつながらないわけではない。しかし、山立て航海の障壁は縄文時代には歴然と存在したのである。」(小山修三著『縄文学への道』 日本放送出版会)

仕事と遊びの区別をつけない、だったか、区別がつかない、だったかは忘れたけれど、人類学者の中沢新一氏が、「仕事術」とかいうどこかの新聞特集記事で、日本人の特性としてそう述べていた。その区別のないところに、日本人の古代文化からの習性の残存がうかがえるのだというような。それは、「労働条件(時間)」のことなど意に介せず、仕事中毒と呼ばれてしまうくらい熱心に仕事をする人の在り方を念頭において、それへの近代的な批判評価を反転させていく、積極的な介入の見方、だったかもしれない。だとすれば彼ら労働者は、その区別「を」つけない意識的な人たち、ということかもしれない。がそのへん、私が土建業という仕事柄、常に念頭においてしまうのは、その区別「が」つかない、遊び熱心なほうの、いわば無意識的な人たちである。たまに解体現場などで、迷彩服のような作業着で、ケラケラ笑いながらやっている若い衆たちがいる。どこかの右翼団体系列の下っ端なんだろうか? 街路樹の剪定作業現場でも、ダンプの荷台に仲良く三人が並んで腰掛けて、足をぶらぶらさせながら談笑し、そのまま大通りを移動していくのをみかけたことがある。「あれでとおるんだ、いいなあ」とは、わが社の馬鹿者だが、「あんなんになってほしくねえな」とは、その仕事してるんだか遊んでるんだかわからない現場の若者たちをみて、私が入りたてのころ、親方がもらした言葉であるのだけど。現場監督や責任者がそんなんだと大変になる。平然と、夕刻の5時直前に大仕事をやろうといいだす。その時刻まで、段取りがあわず仕事が暇なようにぶらぶらさせていたのにである。ならばなんではじめから今日それをこなすような段取りをつけててきぱきこなしていかせなかったのか?「おもしろくなくちゃ、仕事なんかやってられねえだろ?」こっちはだからこそ、さっさとやって帰りたいんだが……。が、要領を考えない、いやそれが遊ぶほうへ逆転している馬鹿者たちには、そんなダラダラした残業時間が貴重な仲間との時間なようなのだ。そしてほんとうに、そういう価値に無意識に生きている者たちは、そんな「仲間」のために人生や命をもさしだすのだ。そういう世界というか社会に今もって生きているのである。
一昨日だかのニュースでも、宮城県の石巻市で、18歳の若者が、年下の仲間を連れて、元恋人の家に押し入り彼女の家族や友人を殺す、という事件がおきている。テレビのニュースで、その若者の携帯ブログが映されていたが、そこには天皇マークの中に「大和魂」という文字の入ったロゴがトップに貼り付けられていた。現場へ向う途中のダンプのなかで、その事件を切り出してみると、運転していた団塊世代の職人さんが、被害者の苗字と同じ知り合いが石巻市にいるという。「親類だったら、土建屋だとおもうよ。」と言う。実際今日の新聞をみてみると、首謀者は「解体工」、被害者の若者は「建設作業員」とある。とはいえ、私がこの事件のことを切り出したのは、助手席側に座る二十歳の若者とその仲間たちが、似たような情念と人間関係の世界にいるような気がしたので、反応を確かめようとおもったからなのだった。つい先日も、その若者は、自分の友人と知り合いの女性を結びつけるための仲介者となり、表裏を使い分ける巧みな口さばきをみせていた。でその石巻市の事件から男女のもつれ話になり、口達者という確認のあとで、オレオレ詐欺の新種の手口のことをその若者が切り出し、「おまえやってたろう?」と私が突っ込むと、「いや、ちょっと……」と口をすべらしたのだった。

『沖縄の未来』(芙蓉書房出版)という大田昌秀氏との討論のなかで、佐藤優氏はこの土建業ということに関連し、こう述べている。――「……ところがエリートというのは別の陣営にもいるんです。今日の新聞にも書きましたけれども、土建エリート、建設業、これは実際に金を持ってきて、それを配分して人々の胃袋を満たすことができるわけです。ところがこの構造が続かないというのは十数年前から明らかになっているんです。小泉改革が出てきたのも土建政治と決別しないとならないと、この構造的な要請なんです。」「ですから土建政治、基地依存型の政治から抜け出すことを、これは人が考えてくれないです。自分たちで考えない。そのために今、大田さんが言っていることをどうやって保守陣営の中に仲間をつくって、どうやって土建屋に仲間つくって、沖縄の利権構造をつくるかということです。」「この土建業の転換というのは現実的に考えると土建業者を基盤とする政治家からやっていくことしかできないんです。」……「農業」へと転換できないかと示唆する大田氏は、沖縄(琉球民族)を日本(大和民族)から分離してみるアメリカの見方、「北緯30度の境界線」という見方が、言語学的、生物学的にも指摘されていることをふまえた上で、次のように軍事的観点を強調する。――「……すなわち、日本人の中には朝鮮半島が三十八度線を境に二分されてしまって可哀想だ。しかるに日本は、ドイツや朝鮮半島のように二つの異なった国に分断されずにすんで、幸いだったという人たちがいる。しかし、彼にいわせると、朝鮮半島を南北に二分する線引きをなしたのは、当の日本人に他ならない、というのです。要するに、この三十八度戦自体、戦時中に日本軍部が配下部隊の防衛範囲を定めるために区分したもので、それが、戦後に日本軍を武装解除するために連合軍が「暫定的な境界線」と定めて、三十八度線以北は共産主義の朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)と、以南は民主主義の大韓民国(南朝鮮)に分割して、今日に至っているというわけです。
 そこで私は朝鮮半島の事例にならい、軍事的側面から北緯三十度線についてチェックしてみました。すると、何とさる太平洋戦争では、北緯三十度線以北は「天皇のおわします日本固有の皇土」で、以南はそうではない新付の領域と位置付けられていることが分かりました。すなわち北緯三十度線以北の皇土防衛の担当部隊は「本土防衛軍」と称されていたのに対し、それ以南の防衛部隊は、「南西諸島守備軍」、すなわち「沖縄守備軍」として明確に区分されていたことが判明したのです。
 このような背景もあって、沖縄を占領した歴代の米軍司令官らは、しばしば、「沖縄人は、日本人ではない」と公言するしまつでした。……」

しかし、古代文化的、その精神的価値側面からみると、冒頭引用の小山修三氏の『縄文学への道』から示唆されるように、そう区分できるものでもない、ということになる。このテーマパークの「金魚すくいと義」で紹介した副島隆彦氏も、「沖縄とか、東北の田舎に行けば、まだ、義の思想が、生き残っているかもしれない。」と述べてもいる。いわば、それはあの仕事と遊びの区別がつかない、近代的な見方からすれば、わけのわからないいい加減な世界というか社会の価値である。そしてそれが、オレオレ詐欺のような事件をおこす文化的な伏線にもなっているのかもしれないのである。ならば、たとえば建設業から農業への転換とは、どういうことだろうか? 農作業というものが、コンベアーの流れ作業とは違うが、勤勉でないとできない、というイメージがある。私は実際に農作業をやったことがないのでわからないが、農業に伴う灌漑工事という、土木事業自体が、中央集権的な権力の統制なくして成立しないものでもあるのだから、両者に親近性があるともいえるのかもしれない。が、その権力規制の末端において、それを裏切る犯罪的な価値が社会や世界観としてなお残存しているようなのである。おそらく、こうした価値継承の潜在構造をもみすえないかぎり、世のいわゆる経済的な構造転換なるものも、うまくいかないのではないか、と推論される。

2010年1月17日日曜日

初夢


「真の歴史的連続性は、不連続性の指示記号をおもちゃの国や亡霊の博物館(それらは今日では多くの場合、大学制度という単一の場所が引き受けている)に閉じこめておくことによってその影響から解き放たれることができると信じているような連続性ではなくて、それらと「駆け引き」をすることによって、それらを引き受けることを受諾し、こうして、それらを過去に戻してやるとともに未来へ伝達していくことができるようにするような連続性なのだ。さもないと、文字どおり死者をつくりだしては自分たちのファンタスマを幼児にゆだねようとしており、また幼児を自分たちのファンタスマにゆだねようとしている一部の大人たちの前には、過去の亡霊たちが生き返ってきて幼児たちをむさぼり食ってしまうか、それとも、幼児たちのほうが過去の指示記号どもを破壊してしまうことだろう。」(『幼児期と歴史』ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳 岩波書店)

夢に起こされて、夜半の布団の中で、さかのぼって思い出せたのは……私は、一希(イツキ)をだっこしながら、ガラス戸ごしに外をみている。実家の二階の、私の子供部屋からの光景だ。外は嵐のような雲と雨で、強い風が吹いている。その天気の下、家のまえの道路むこうの、地が一段と高い畑では、農家の人、母と娘らしき人が、黄金色に稔った稲の刈りいれをしている。二人のうちのどちらか、娘さんのほうだろうか、耕運機のような手押しの稲刈り機を押しながら歩いて刈っている。その横顔は、仕事で植木管理に入っている、中学校の主事さん、三十歳なかばすぎくらいの女性に似ている。刈られた稲穂は、こちらに背を向けて座って乗った母親のリアカーの上に積んでいくようだ。彼女たちの頭上の雨雲では、誰かの大きな目が開いて、じっと私をみていた。突然、激しい突風が吹いて、リアカーに積んであった稲の一束が、真横にまっすぐ飛ばされて、娘さんの上を過ぎていった。二人はこの雨じゃ作業は無理だとでも感じたように、娘さんがリアカーを引いて向こう奥の家のほうへ引っ込んでいった。雨雲に覗えたあの目もみえなくなった。私も、これはもう水が家の中に入り込んでくるのではないかと思い、一希を抱きながら階下へ降りた。玄関があけっぱなしになっていて、框のところまで浸水してきていた。水の入り込んだ土間には、錦鯉がたくさんいて、そのいく匹かは口先を框にのりあげて餌を求めるように、口をぱくぱくしている。庭先では、この二階家に改築まえの、幼少の頃のままの門扉があって、その鉄製の重い扉をガラガラとひくためのレールを敷いたコンクリートの盛り上がりを超えて、今にも水がどっとあふれて流れ込んできそうだった。ふと、玄関脇にある、格子風になった目隠しの壁の、その天井へんから、やせ細った腕のような、足のようなものが二本、紐に結ばれてぶらさがっているのに気づいた。日焼けのない白い肌は毛深かった。私は、兄が自殺したんだな、と思った。私は、奥の部屋にいる母を呼び出し、「テルアキ(…私の弟)にはみせないほうがいいから、二階につれていって」と、階段のところで遊んでいると感じられる一希のほうをみていった。玄関どなりの、襖の向こうの日本間に、兄の死体があるような気がした。――そして、目が覚めた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

子供の頃からか、思春期になってからか、洪水や竜巻や熊から逃げる、という夢を周期的にか、たびたびみることになる。これもそのテーマの変奏だろう。ただ、以前はその襲ってくるものに巻き込まれて苦しみもがくか、あるいは本当に呑み込まれ寸前までいくのだったが(……おそらく、完全に併呑されてしまったときとは、発狂しているときだろう)、今回は、冷静に対処している。こんな自分ははじめてなのではないか? 夢の中では父親が不在なようだが、それは自分が父の役割になっているからで、それは子供の頃、私が弟(テルアキ)の父代わりなように遊んでいた、という<事実/記憶>感情と対応している。つまりいま実際の父親として、子供に接している感情が、子供の頃の弟に接していたときの感情と類比的なのだろう。そして雨(水)とは、あるいは自分を呑み込もうと襲ってくるものどもとは、無意識を、母親からの影響の強いそれを暗喩しているのだろう。つまり幼少の頃の家族関係に規定された枠組みのなかで、現在もが受容されている。この感受性の型は変わらず、身につけられるのは、その変奏だけなのだろうか? この正月に帰省したおり、兄の病状の悪化と、弟の労働条件を心配することがあった。母親は、こっちのことはかまうな、おまえは勝手に生き延びろ、のようなことをいってきたのだが、孫が生まれて、感情も変わってきているだろう。しかし田舎に帰るとは、私を呑み込もうとするあの無意識の世界へ退行していく、ということでもあるのである。私はそこから一希(テルアキ)を守りたい、ということはそれは、そこから逃げる、帰らない、ということなのだろうか? しかし……まず素材に取り上げられた稲刈りとは、最近、退屈を紛らす受動的な遊び場所の多い都会の同質社会に溶け込み始めた息子の一希を、自然という異質な世界に接っしさせてあげるために、知り合いの農作業に参加してみるのはどうかな、と考えはじめているからではないだろうか? つまり、田舎に帰るということ、その退行を対抗に変換できるのか、私は見極めようとしているのか? 女房は東京からでたくないというか、私の実家を嫌がっている、だから、その女房(母)に子供をあずけ避難させ(二階にいかせ)、私ひとりで狂気に立ち向かう、という無意識な覚悟=習性なのか?

夢のなかで、以前よりは強くなったような自分らしいが、目覚めたときに、「(無意識に呑み込まれないで)勝ったぞ、強くなったぞ」というような爽快感はなかった。しんとしている夜だけが、私を静かに冷たくしていくようだった。私は起き上がり、この夢を書き留めておくことでその夜に対処した。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

追記(1/18)……農作業という素材が、子供に異質な時間を出会わせたいという私の願望から呼び起こされてきたものだとしても、それをしているのがどうして<母―娘>であり、その娘が学校の主事さんなのか? と考えているところで、ふと思い起こした。私はその子供に希望する体験を、別に木登りする植木の仕事でもいいのだが、幼児には危険だから駄目だな、と思ってもいたのだった。そして夢をみていたときの気分では、その農作業は、植木屋の作業でもあったのだ、だから、学校で植木屋まがいの作業(葉っぱの掃除や低木の剪定)をする主事さんが、代用されてきたのだ。そしてそれが女性(娘)であるのは、私が幼少のころ、男三人兄弟のなかで、女の子がわりに母親の買い物への付き添いや食事の手伝いをしてきたこと、つまり私が娘であることの隠蔽としての変形(転移)なのだ。その娘(私)が、普段雨天なら中止する農(植木)作業をやっている、子供を抱いた私は感心してみていると同時に、自分がそれほどまでに強くなったような気がしている。そこに、横殴りの突風が現れる。私ははっと気づいたように、階下へといそぐ。……となれば、この行動のパターンが、階下でも繰り返されたことになる。庭先から玄関の中まで浸水していたのに、私はおろおろするどころか、そこに餌を求めるような何匹もの錦鯉を認めている。私は子供と一緒に、幾度も東京の庭園めぐりをしていて、そこの池に集う鯉を心たのしく眺めたりして、子供も餌をやったりしたものだ。そんな積極的な感情が、あの浸水状況のなかであったのである。「鯉だよ!」と子供を呼ぼうとしたのと、子供が階段で遊んでいると感じているのは、おそらく同時・同列的な事態なのだ。が、それは突然、天井からぶらさがった死体の一部への連想で断ち切られる。そして私は、はっとするように、隣の日本間で兄が死んでいることに感づくのだ。

つまり私の現在の幸福が、過去の亡霊によって待ったをかけられるのだ。私が、現在に負い目を感じているということだろうか? しかし、過去の亡霊とはなんだろう? 自殺しそうな兄の状況は、現在なのである。死んでもらったほうが私の楽になる、という願望が無意識にある、ということだろうか? ならば私は、夢で願望が充足されて、満足を覚えて目覚めるはずではないか? 目覚めたあとの感覚は、むしろ逆のことを暗示している。子供にはみせないほうがいいと母に指示する私は、いったいぜんたい、何に直面し、何を抑圧しようとしているのか? 私を目覚めさせた、まだ見ぬ兄の死体とは、なんなのだろうか? やはりそれは現在のもの、というより、それにかこつけた、思い出すことのできない過去の亡霊のような気がするのである。

子を抱くのが母であるのなら、農(植木)作業をやる(見る)娘(私)は母であるということになる。そしてその母が、弟を父親代わりとして世話する父(私)でもあるのだ。つまり私は、母の役割と、父の感情をもって、実家に現れてきている、ということになる。「鯉だよ!」と子供を呼びそうになったときの私の役割と感情は、おそらくすでにその子が腕から離れひとりで遊んでいると感じていることからして、母ではなく、父親的なものだろう。ゆえに、「子供にはみせるな」と母(女房)を呼び出して指示するのだ。となると、これは近親相姦の匂いがする。母の愛を、他の兄弟をどけて私が獲得したことになる。実際、私は女の子がわりをすることによって、母の愛をひそかに受けていた記憶がある。お菓子などをこっそりひとりでもらったのだ。しかしそれは、あとから、のことだと想定する。次男として生まれた私は、長男とも末っ子ともちがう、親からの愛情を、面倒で省かれた孤独感を、記憶にはない幼少の頃、身にしみて育ったと推測する。その孤独感が、女になる、という戦略をあみだしたのではないか? そしてそれは結果的に、遅れてでも結婚し子供をもうけ(他の兄弟は独身のまま)、孫のできた(母)親を喜ばせてまた愛を取り戻す、と現在の人生でも繰り返えされている、ということになる。つまりこのあまりにフロイト的な原罪意識、勝ったものの負い目が、私を責めさいなみ目覚めさせるというのだろうか?

どうもこの推論は、心にしっくりこない。襖むこうに兄の死体があると感じた感覚が、兄の自殺(に暗喩される家庭のことども)を心配する目覚めているときの感情と、あまりに近いからである。だからそこから私が推測するのは、喚起された過去の亡霊に直面して私は目覚めたのではなく、過去の亡霊を裁ききれていない自分の現在に、夢の中で、正確には夢の最後にその現在が登場して、私はそのまま現(うつつ)の世界へと移行したのだ。実際、寝ても覚めても、私が育った過去と、私を育てている現在の問題に頭を悩まされているのだ。おそらく、解決への糸口は(以上のように)見えていると推測されても、実践のとっかかりはまだまだなのだ。それは端的には、女房という他人(現在)を、どううまく実家(過去)に接合するかの腕前にかかってくる、ということなのだ。そしてその現在(女房)にも、やっかいなことには、過去があるのである。――「またママとおばあちゃんは喧嘩するの?」と、正月休み後の週末三連休に、長女である女房の実家に着くや一希は祖母に問いただす。そんな子供の先制攻撃にか、<母―娘>のすさまじい喧嘩は正月早々はおきず、無事東京に戻れたことに女房はご機嫌になったようだ。しかし年末は……仕事納めで飲んで酔っ払って遅く帰り、布団に入ろうとする私に開口一番、「(あなたの)両親が(子供の入学祝いに)もうランドセル買ってるっていうのならばそっちには帰らない!」と、脈絡もなく言い出したのだった。なんでこんな時にそんな妄想を吐き出すんだとぶちきれた私は、真夜中にもかかわらずドアを蹴飛ばし隣近所にも聞こえただろう大声でわめきだし、わき腹にいっぱつ食らわせたような気がする。翌日から、女房がげえげえ吐いて寝込むので、俺のパンチのせいかとおもって「更年期障害か?」ときくと、「食いすぎだ」という。なんとこちらが納会で飲んでいるあいだの夜食に、牛肉を生のままたくさん食って、食あたりを起こしたというのである!

2009年12月18日金曜日

ハコからヒトへ、その正当性と危険性

「要するに、死ぬとはいうことは、有機体が複雑になったがゆえに生じた不完全さの結果であるというわけである。生物の中で最高の複雑さを身に付け、最も自然の摂理とかけ離れてしまった人間は、生死を超える完全な統合を、如来の力に頼るしかないのかもしれない。如来とは、真如から来たものという梵語で、真如とは、万物一切の本質で、不変の真理のことである。如来の力に頼るしかないということは、法然や親鸞に言わせれば、南無不可思議光と頼み参らすしかないということになってしまう。しかし、現代人に宗教を説き、信を求める時、この不可思議光が万物一切の本質であり、宇宙の真理であることを、どのように納得させ得るかが、問題なのである。」(青木新門著『納棺夫日記』文春文庫)

「ハコからヒトへ」をモットーのひとつに、民主党の行政刷新会議なるものが公開実演された。鳩山総理が、この国家官僚の公開さらし首のような、あくまで日本的な優しい革命的な事態を、どう受理していくかはわからないが、土建業にいることになるのかもしれない私としては、たとえ会議を運営した議員らの個別判断に、事後的には間違いが散見されることがわかってきたとしても、その熱意と趣旨には共感しうる。このモットーを正確に言い直すなら、ハコを作ってきたヒトから一生懸命なる社会的弱者に税金を使う、ということになろう。いわば、ヤクザもん的な連中よりは本当になぐられて立ち直れない被害者に、ともいえよう。ここには、偏見があると同時に真実がある、というよりむしろ、その偏見の中に真実があるのではないか、と私はおもう。自分でも、仕事は仲良く楽しくなどとほざいて苦労して覚えようともせず口先だけは達者な職人まがいのチンピラ作業員には、民主党路線を説きたくなる。ヒトや世の中を甘く見るなよ、おまえが先輩に楯突き口先でどうごまかそうと、客や第三者がカーテン越しにちゃんと見ている、「あんな人に庭の手入れをやって欲しくなかった。みんなあなたにしてもらいたかった」、「あれもこれもやっているあなたに言うのはなんだけど、あんな人に税金つぎ込んで公共事業やるよりも、五体不満足でも一生懸命生きようとしている障害者の福祉にお金を使うべきじゃないですか?」……馬鹿にそんな事実発言を突きつけて説法しても酒のつまみとして未消化排泄されるだけである。ほんとに仕事中、なんかいウンチをしにいけばいいのだ? しかしこうしたぐうたら作業員、体を使うことを嫌う現場の浮浪者のような者への説教の内には、暗黙的に、資本主義社会での生存競争が前提とされてくる。もしその浮浪者の抱く夢、仕事は業者の垣根を越えて仲良く楽しくと、物事に真剣ではなくテキトーな取り組みですませるというユートピアが前提であるのなら、彼のような者こそ人間的、他人おもいな心優しき人、という話になるだろう(――むろん、ここでは、競争社会などとは関係なく、真面目に取り組んでくれる人のほうこそを世間は評価(選択)する傾向がある、というような人間的事態は省く。また、そうした怠業者こそ、金と権力に巻かれやすい、という言行不一致な一般的な事態も省く)。そして実際、この怠け者の浮浪者には、その個人の人格を超えて、どうも国家(権力)以前的な非資本(金)主義社会的な遺伝子が家系されてきているのかもしれないのである。私がそう想像したくなるのは、彼のあまりな「言行不一致」、身体と頭の酩酊的な分裂、乖離、癒着…は、不可思議だからなのである。文字通り現社会のイデオロギーを、長いものに巻かれろ式に脳髄が従おうとしていても、体は言うことをきかずに未熟な不器用さにあがき、その頭と身体の分裂の苦痛は自棄酒をあおらせ、文字通りな酔っ払いの千鳥足となり、かと思うと次ぎには気持ちよく饒舌となった口先だけはその不恰好さを自身で裏切っているイデオロギーで自己正当化するに達者で、つまりは、言行不一致な乖離はユーフォリックな癒着に帰結する。この苦痛を快楽に変換してしまうマゾヒスティックな魔術は、目に見えているものだけではわからない、その一世代個人を超えた昔の残響や深層なりで補って理解したくなるのである。それがいつまでも未熟な足取りなのは、昔の伝統に足を絡め取られているからなのではないか、と。ではどれほどの昔なのか?

いまの私はそれを、縄文時代、と答えたくなるのだ。いわば、国家権力が統一された弥生時代以前の、氏族社会の精神構造。その時系列が家という空間において残影されているのではないか、と。それが東国からあがった武士の精神や、トムクルーズが『ラストサムライ』でアメリカインディアンと照応させた、武士の最後としての薩摩藩士の意気に連綿としてゆく。いまはそれが、土建業のチンピラ作業員に家系されている、と。(――ちなみに、私の念頭にある私の後輩は、白川郷のさらに裏にある、古民家部落としての観光地にもなっている地域が両親の実家だ。東京に出てきた父親は染物職人、母親は行商をやっていて若くして亡くなっている。)そしてこの世界では、いまだに親分―子分の関係が葛藤され、若者への酒や女を通じた通過儀礼が強請され、性と暴力の放埓があり、むしろその仲間内の現実が、現今世代の空虚さへの不適応(不器用)を惹起させているのだ。いや日本のあちこちの地域で、中上建次の故郷新宮の「火祭り」のような、形式的な残存だけでは危険すぎてありえない、男の活力と連係が実質継承されていなくては担ぎあげられない祭り(御輿)が、神が生きている。

<もう少し厳密にいうならば、縄文人はおたまじゃくしを信仰の対象にしているのではない。おたまじゃくしのお腹には「月の子」が入っている。月の子こそ人間のいのち・魂なのであり、おたまじゃくしは月から月の子をこの世に運ぶために使わされたいわば「使者」。縄文人の信仰の対象は月なのである。…(略)…月が人間にも蝦蟇にも等しくいのち・魂をもたらし、生と死を司る地母神として考えられていることがわかる。…>(宮坂静生著『季語の誕生』岩波新書)

教養のない彼らが歌うのは月並みな歌謡曲かもしれない。が、教養としての季語に空疎化されない生き生きした生と死の世界になお隣接している。ならば、民主党の路線がつぶそうとし、救おうとしているのはどんな世界ということになるのだろうか? 空虚を読めない野暮な土建業のチンピラ作業員と、空虚を読めてしまう粋な製造業中心の真面目派遣労働者(コンベアー流れ作業は真面目でないと勤まらない)。お金ではなく、生き生きとしたものこそ回復しなければ人は生きていけないということが空虚(バブル)の最中にわかってきたことなのに、果たして民主党が救おうとしている後者から、何かが生まれてくるのだろうか?

<このことは、今日ではもはや経験は存在しないということを意味しているわけではない。しかし、それらの経験は、いまでは人間の外で遂行されている。しかも、奇妙なことに、人間はそれらの経験を安堵の念とともに眺めようとしているのだ。博物館や観光名所への訪問が、この観点からは、とりわけ示唆的である。この地上における最も偉大な驚異(たとえば、アルハンブラ宮殿にある「獅子の中庭」)を眼前にして、今日、人類の圧倒的多数はそれを〔じかに自分の目で〕経験することを拒絶している。〔自分の目で経験するのではなくて〕写真機がそれを経験してくれることのほうを好むのである。いうまでもなく、ここでは、この現実を嘆こうというのではない。ただ、心にとめておこうというにすぎない。なぜなら、おそらく、この外見のかぎりでは狂気じみてみえる拒絶の根底には、知恵のちいさな種が隠されているのではないかとかんがえられるからである。そして、その知恵の種のうちに、わたしたちは未来の経験のいまはまだ冬眠中の芽が胚胎しているのを占うことができるのである。>(『幼児期と歴史』ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳 岩波書店)

ユダヤ人のアウシュヴィッツでの経験を突き詰めていくことになるアガンベンは上の初期論文で、ナチスの追っ手に逃げ切れぬと自殺したベンヤミンの「来るべき哲学」の遺産を受け継ぐとして、いわば「空虚(非経験)」さを選択している今日的な人たちの知恵のほうにこそ、「未来」が胚胎しているのだと言う。言うならば、派遣社員(フリーター)に軍配をあげている。しかしそれは、弱者救済的な民主党的な路線というよりは、その方針に覗える偏見、チンピラに対する偏見を抉り出すことにおいてである。――<それゆえ、幼児も、生者の世界と死者の世界、通時態と共時態とが不連続であることの触知しうる証拠として、あらゆる瞬間に反対物に転化しうる不安定な指示記号として、中和されなければならない脅威であると同時に、一方の領域から他方の領域へと、両者のあいだの指示記号的差異を廃止することなく移行していくのを可能にしてくれる方便でもあるわけである。そして、亡霊の機能に幼児の機能が対応しているように、葬送儀礼には通過儀礼が対応しているのであって、通過儀礼もこれらの不安定な指示記号を安定した指示記号に変形するためにこそ執り行われるのである。>(前掲書)……アガンベンがこうして記号論的に構造化してみせたのは、チンピラ世界に覗える普遍(不変)的な有り様である。「空気(虚)=時代」を読めてしまった派遣社員に失われたのは、この不変なのだから、修復へとめざされるべきなのは、土建世界の風紀になるのである。しかしそれが普遍的な真実だとしても、もはやそんなものを経験(信仰)する気にならない、俺はいやだと逃げる新人類の知恵にこそ未来があり……これは、言葉遊びな、単なる堂々巡りな論理にすぎないのだろうか?

私は、そうではないのだと思う。信仰しえるような、新しき「葬送儀礼」や「通過儀礼」が世界システムとして実現されうる、その下地となってしまうような世界的な悲惨をわれわれ人類は経験する段階にはいってしまった、アウシュヴィッツの、広島や長崎の原爆の……むろん、沖縄での戦争体験もそのひとつだ。われわれはもう、そんな歴史(儀礼=反復)を経験したくない。ゆえに、私は、民主党の意図に即してかはわからないが、普天間基地移設問題の延期や、在日外国人とされるものへの参政権の付与政策を、支持する。宜野湾市の市長らが明白にしているように、アメリカ合衆国はすでに海兵隊のグアムへの移転計画を実施しているのに、もらえる金はもらっとくためにと騒ぎをおこし、みえみえの嘘をついている(http://www.city.ginowan.okinawa.jp/index.html)。こんな他人を馬鹿(差別)にした話はない。しかし、そうしたアメリカへの追随に利得がある勢力からのやらせなのか、それに呼応しているかのように、右翼まがいの団体が在日の朝鮮人学校を急襲している(http://corea-k.net/date/000.wmv)。このビデオをみてみると、彼らが自分の未熟練な不器用さを、自身では適応できないその社会通念の言葉で自己正当化し、ユーフォリックな癒着に陥っているようにみえる。それは幼児じみているが、人間のよちよち歩きとは似て非なるものの、チンピラ作業員の酔っ払いの千鳥足と同類である(実際映像には、ヘルメットを被った作業員らしきものが出てくる)。

小沢一郎氏は、地方からの陳情を受けて、国民の要望だとして、ガソリン等の暫定税率の維持を要請したようだ。「ハコ(コンクリート)からヒトへ」に逆行すること事態に、その反動の正当性と危険性もが胚胎されてくるのである。

2009年11月13日金曜日

金魚すくいと義

「副島 私は生活レベルで国民が生き残ることが何よりも大事だと思っています。アメリカ発の金融恐慌の下でも私たちは何としても生き延びなければならない。
佐藤 私もそこがいちばん大事で、国家に依存しないで生きる思想を国民それぞれが抱くことが必要だと思います。序章で副島さんがアメリカのリバータリアンについて述べた、「自分の生活は銃を持って自分で担保する」という話のように、われわれ日本人は銃を持たない形でそれをやっていく。極力、政府に依存しないという姿勢が大事ではないかと思います。だから、仲間を大切にする、仲間の中での掟を大切にするという方向を考えたほうがよく、あまり政治に期待しても意味がないと思います。」(『暴走する国家恐慌化する世界』副島隆彦×佐藤優著 日本文芸社)


祭りのときの金魚すくいで、息子の一希がとってくる金魚を、ようやくのこと、2週間以上生き延びさせることができるようになった。知り合いからもらったメダカをふくめ、五六回はすぐに死なせてしまった。そのたびに、死因をめぐって女房と言い合った。「この安物のブクブクが不良品なんじゃないのかな? ほんとに実験してから売ってるのか?」「そうじゃないわよ、水をかえるのがいけないのよ!」「金魚が弱ってきたからかえたんだろ、おまえがそんなこといってるからおそすぎなんだよ」「ちゃんとカルビ抜きいれてないんじゃないの? すぐにいれかえちゃだめなのよ!」「むしろカルビ抜きの液自体が不良品なんじゃないのか?」……で、いい加減女房のいうことをきくのはやめて、ブクブクの電源を外し、水草を新しくし、カルビ抜きもいれないで、バケツにいれた水道水を何日か置いておいたものを、2週間を越さないのをめどに、半分ずつ入れ替えていくことにした。そして、もう、二ヶ月近く、生きている。俺の観察したとおりだ、と思うと同時に、十月にはいって寒くなってきたので、金魚の活動が休眠期に近づいたせいもあるな、とおもう。その間、子供は興味がよそにうつっている。親のほうが、忘れていた、というか、思い出せない生き物への感動を、もう一度この歳になってとりかえそうとしている。生物だけではない、子供が適当に植木鉢に埋めた、ビワやイチョウなどの木の実が芽をだした植物にせっせと水をやってよくめでているのはこちらのほうだ。子供がいなかったら、この生き生きとした感覚がなんだったのか、私は思い出そうと努めることもなかったろう。

<司馬遷(紀元前一世紀ごろの人)の『史記』の中に「刺客列伝(しかくれつでん)」の巻がある。あの思想です。刺客になってよその国の王様の命を狙う、歴史上の男たちのことを書いている。ここに現れるのは、自分はつまらない人間だけれども、このつまらない人間である自分を、きちんとした立派な人物として扱ってくれたあなた様に、自分は、死ぬほどの恩義がある、と考えた人々だ。だから、自分は、あなたからの恩義に報いるために、たとえ、自分はどんな酷い殺され方をしてもかまわないから、隣の国の総理大臣や王様を殺しに行きます。これが、「義」なんです。今でいえば、暴力団員が、親分のために人殺しにいく思想ですね。このことを中国人は、今でもわかっています。…(略)…このことを日本人のほうが分かっていない。日本人の方が「義の思想」をわからなくなってしまっている。沖縄とか、東北の田舎に行けば、まだ、義の思想が、生き残っているかもしれない。義の思想というのは、それは、「恩義に報いる」という思想です。

 実は、私たち日本人の魂の土台のところに、義の思想ははっきりと残っています。…(略)…だから、私たち日本人は、「済みません、済みません」と使っている。朝から晩まで、すみません、すみません、申し訳ありません、の国民だ。何が、「済まない」のかといえば、それは、やはり、あなた様(眼の前の相手)から受けた恩義にたいして、十分お返しすることが、自分には出来ない、だから、済みません、であり、申し訳ありません、なのだ。ここまで来ると、日本人も、実は、中国人と共通の土台に立って「義の思想」を理解できて、かつ、それは、私たちの体の中を太く貫いている中心の思考、行動の原理である。これで、なんとか、私は、義の思想が分かった。…(略)…

なぜ日本人に義の思想が、消えてなくなったかというと、戦後に占領軍としてやってきたアメリカ軍(進駐軍)が、日本人のこの精神を、徹底的に嫌って、撲滅せよ、と判断したからです。戦争中の、神風(カミカゼ)特攻隊のように、死ぬ覚悟で向かってこられたら…(略)…それで、義の思想が、日本から消えてしまった。私は、その復活を志(こころざ)している、奇矯(ききょう)な人間です。日本一の知識人だと自分で思っています。>(副島隆彦の学問道場「1076」 「三国志の「義(ぎ)」の思想 から考える 日本人の思想」という私へのインタヴュー記事

リーマンショックを当てた人として、佐藤優氏につづくようにジャーナリズム界の表に現れてきた、と門外漢には覗える、副島隆彦氏が上のように発言していたのを知ることは以外な気がした。より普遍(外=世界)的な趨勢に積極的に臨んでいく姿勢が、保守右翼的な立場を表明する佐藤氏との違いに私には見えていたわけだが、どうもそういうことでもないらしい。マルクス主義者を自称する柄谷氏が、佐藤氏の立場に近い宮崎学氏に対して、「(自分と)言わんとしていることは同じだが目的が違う」と解説していたが、ということはこの両者、というかジャーナリズムに強い影響で存在しているかもしれぬこれら四者には、その思想の根幹において共通的な立ち位置があった、ということだろうか? 柄谷氏が封建制を評価的にとらえ返し、その精神思想をより古代文明論的に遡及追考し、「しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。」という『経済学批判』のマルクスの言葉を引き合いにだしながら、<マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。…(略)…エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。>(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)――と敷衍し「未来のアソシエーション」を提起するのと、ヤクザ社会の歴史を価値転倒的に評価した宮崎氏が、土建業社に顕著だった<親方―子方>制度の人間的結びつきに基づいた「談合文化」を、この将来の日本人に創意反復すべき自治社会の範例なのだと喚起させるのは(『談合文化論 何がこの「社会」を支えるのか』祥伝社)、直視している現実との接点において同じ態度なのだ。つまりでは、何が失われ、何を回復したいというのか? それが、子供以上に親が熱中する、生き物に対する感覚、もはや実感として思い出すことはできないが、それが在った、と知的に追想しえる生き生きとした感覚なのである。副島氏が言う「義」も、人間的、というより人類学的な概念で敷衍すれば、「贈与」という問題系のことになろう。親が子に与える無償の愛に、子が恩義を感じるというのではない。むしろ子供は親のこと、親の勝手など知らないだろう。しかしむしろ、その勝手さ、子供の存在自体が人(親・大人・人間)に恩義を与えてくれ、そのことに返す代償さえありえないと感じるが、ありがとうと返礼の期待もなく感謝したくなる気持ち、子供のためなら自ら死ねるような真剣さ……それが、私(親)の憂鬱や絶望や空虚さを解消させてくれるわけでもない。がそんな心情的な躁鬱の循環とは別の、実感的には抑圧されてしまった生き生きとした感覚、それを反復させたいという知的な意欲(営み)が私の生を保たせるのだ。

平和な日常の空虚さに耐えかねて、生きる実感欲しさにあがくのは青春時に一般的な事象なのかもしれない。その空虚さを、子を持つ結婚生活で紛らせられてきたのは歴史的な特権で、現在の若者たちは、子を持つ結婚はおろか、その日暮らしのための職を持つことさえできないではないか、というのはゆえに人の根底に関わる深刻な問題だ。ただし、何が一般的な事柄かは、まさに時代とともにころころ変わる。景気がよくなれば、その具体的なという問題は解決されるのでもなく消滅する。が、親が子に贈与される恩義の問題は、不変=普遍的な事柄だ。ここを根拠にしなくては、生は生き生きとよみがえらない。青春(空虚)は一般的に繰り返されてしまう。ならば私は、どうして親を捨てるように家を出てきたのだろう? それを可能にさせた社会的条件とが、資本主義の自由(フリーター)という行使だったとしても、それが不可能な条件下であったとしても潜在的な可能性として既に常にあったはずのものだろう。親になっても、子であった私が忘れてならないのはそのことだ。<親―子>の、どんな関係が嫌だったのだろう? 一希も、言うことをきかない。

だから、私は「目的」において、「(談合)文化」を目指すものではない。運動部でで、職人の世界にいる私は、その卑小さの面のどうしょうもなさを身にしみている。それで、世界戦争に勝てるともおもわないし、日本が以前の大戦で敗北したのも、宮崎氏が評価する面が重なってくるものだと実感する。高倉健や寅さんでは駄目なのだ。人間(日本人)を変えようとする私の努力が、個人のあがきとして現実離れしてこようと、それでいいのだ。しかし繰り返すが、立ち位置は、仁義である。だから、急いた変革など期待しない。むしろ保守になるのだろう。ただそれを志向するというわけではない、ということだ。そこから、はじまるのだ、未来の個人とその共同体のほうへ、少しづつ。

2009年9月23日水曜日

環境と共同体

「差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手を劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。
 時の権力は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ、差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。
 他方、差別される側は、差別の理由を求めてさまよう。その理由をなくせば差別されなくなると考えるからだ。しかし、差別するための「理由」は、いくらでも付け足される。結果、自らの努力ではどうにもならない状況が作り出され、多くは無力感を植え付けられていく。」(『差別と日本人』 野中広務・辛淑玉著 角川書店)


民主党主鳩山氏が首相になって、まず提示された政策は、温室効果ガス25%削減という、グローバルとされる問題実践。そしてひきつづき、新型インフルエンザの輸入ワクチンに関し副作用被害を国が肩代わりするという検討の提出。厚生省や国土交通省の新大臣になった党員が選挙時マニュフェストに沿った実行をすでに提起していたけれど、アメリカ行きまえに突如として声明されたこの2つの国際(対外)的な政策は、私を不安にさせてくる。「核の密約」問題を話題としてクリントン国務長官へ持っていった外務大臣の行動とともに。私は、ちょうど選挙投票日、友人へと送った以下のような自分のメール中の疑いを強くした。

<…朝日ジャーナルの特集で、たしか浅田彰が右から左に変わった女性運動家(名前失念してしまいましたが…)のことを、「コース(真実)」を追求していくスタンスではなく、アイデンティティーが問題になっているから、機会原因としてころころ変わっていくのが当然となってしまう、というようなことを言っていました。最近の言論情況では、貧困・労働現実運動に対する異議は相当抑圧されている趣があるので、以前だったら正当だった批判が声を小さくして言われているような現状だとおもいます。

だから、民主党が勝てば、記者クラブなどをつぶし既成の権力基盤が崩されることを既得権力メディア側も予測しているでしょうから、社内の左派的な言論に自由さをよりもたせてやることに舵をきって、既得権益を新しい政権下でも延命させようとするでしょう。つまり、より「真実」追究の正当的批判は抑圧されてくる可能性もあるとおもいます。現政権とアメリカとの密約問題をめぐる「真実」追求の鳩山代表の姿勢が、末端の「真実」隠蔽の動きと両立されてくるのだとおもいますが>

要は、大きな問題解決のために、小さな問題が隠蔽されていくという国家主義的な路線が前面に出てきたわけだ。アメリカのオバマ政権下では、すでにワシントンDC前での民衆の反乱に関する報道は国家権力をおもんぱかって自粛されているという(田中宇の国際ニュース解説)。選挙選択的な意味では、これ(国家主義)はしょうがないこととはいえ(…その党人を選んだのはわれわれだし、またとりあえず悪いことではない)、やはり個人として警戒感をもってしまう。ネットで軽く検索したみたところ、大概は「鳩山イニシアチブ」への肯定的な感覚で、この動きに疑義を感じている一般知識人は多くないらしい(目に触れたブログは《夜明けへの助走》「戦略性を欠いた環境政策は日本を追い込むだけ」)。

鳩山氏というより、小沢氏率いる民主党を支持してきた副島隆彦氏とその研究グループは、その『エコロジーという洗脳』(成甲書房)で、排出権取引(デリバティヴ)を伴う欧米の戦略に遅れてやってきた日本の猿真似官僚が、そのバブル破綻にもかかわらず環境税という人が息をすること(CO2)に税金をかけることを合作しているが、「この動きは、日本にも出来るべきである民主党政権の樹立を目指す政治家(国会議員)たちの動きとは別個独立のものである。」と書き付けていたわけだが、政権をとった鳩山民主党のこの出だしをどう評価しているのかは公開的なところではまだわからない。欧米の政財界側が喜びそうな手土産を高く掲げることで、向こうの気勢をくじいてから本題をはじめていくような戦略性ならまだよいのだが、もし文字通りなら……「日本政府は、自分ではお仲間だと思っていたヨーロッパ官僚たちに騙されて、たったひとり取り残された面子もあって、どうしてもこのあと、この排出権の取引相手の国を見つけなければならない。だから、おそらくブラジル、アルゼンチン、チリなどの南米諸国あるいは、東南アジアのどこかの小国に裏金の開発援助を払って、密かに根回しして、なんとか、「サザビーのオークション」のような国際的な公開の取引市場を作って、そこで、排出権のイカサマ的な売買をコソコソと、自由市場での公正な取引の振りをしてやるしかない。そういう状況に追い込まれているのである。愚かきわまりない、としか言いようがない。」(『エコロジーという洗脳』)――そんな可能性が現実味を帯びてきたのではないだろうか? さっそく財務省だかの官僚は、そんな政府の数値目標達成には「国民の負担」を強いることになる、と喜びの布石を打つ発言をしたのではなかったか?

いや、副島氏が区別するように、確かに官僚の思惑と政治家の政策は違うとしてみよう。しかし私が思い出したのは、ある「持続可能な社会」や「世界」を目指す実践を趣旨として運営されていたフェアトレードのカフェでの催しのことだ。私はそこにいなかったのだが、その平和を願うような会には、民主党系の議員もいたらしい。で、参加した私の友人はそこから帰ってきたあとで、こう憤慨していたのだ。「あんな奴らが政権とったら、俺がぶっつぶしてやる!(言葉は正確ではないかもしれないが…)」…私は何事があったのかとびっくりしたが、要は偉そうにふんぞり返って鼻持ちならない、ということだろう。そして私は、この東京大学でのNAM党員の感性のほうが正しいのだろうと思ったのである。あるいは、おそらくは幼児の遊び場と小学校の統廃合の反対運動で知り合った民主党区議を通してであろう、女房がアメリカ民主党議員アル・ゴアの『不都合な真実』の上映会とそのビデオ鑑賞を、私に熱心に勧めていたのである(私は結局見ないでいるのだが…)。つまりそうした草の根というか、なお現勢体にはなっていない運動、まさにゴアというアメリカ要人からの洗脳にも関わるような、政権がどっちに転んでもいいように上層階級から仕組まれた市民運動が、裏(下)で着々として進められていた、ということになるのではないか? と私は今さらのように思いおこし、勘ぐるのだ。つまり、そういうアメリカ(の世界戦略)側からの、これまでは目に見えなかった文脈に沿って、現政権が動き出したのではないか?

環境が問題なのは、どうしてだろうか? 温暖化とそれに伴う北極氷海の溶解やさんご礁の消滅など、が科学的真実というよりは政治的なプロパガンダだったということが科学的には明確になってきている、と言われるようになってきている。が、枢要なのは“科学”なのだろうか? 自分が育ってきた場所が喪失されていくことは客体的になりうるだろうか? 私は、「路地の消滅」にこだわった作家中上健次氏の視点で、北極海やさんご礁で暮らしてきた人々の実存を思うべきであるとおもう。科学医療で延命される客観(他人事

)的生命というより、尊厳死を導くかもしれない実存的な生命である。「滅びよ、」とゆえに中上氏は発言した。そして新しく創造したほうがいい、こんな共同体(世界)は、と。その尊厳と、共同体が根底から破壊されてゆくパレスチナへの連帯表明は併存する。そこはしかし、まさに人間が尊厳であることがもろに露呈されてくるような差別の場所なのだ。この世界的な経済危機のなかで、南米からきていた私の友人たちのほとんどが母国かそこに近い外国へと帰っていった。彼らの日本人社会(共同体)への恨みが、「誤解」であると私は認識している。がそれは、あくまで(統制的な)理念の高みからしかやってこないものかもしれない。つまり希望にすぎないかもしれない。ならば現実的な問いとは、文化という、人が世界で生きていく知恵のネットワーク(共同体)と差別とは、つまりこの両者の生活連関とは、区別できないものなのだろうか? ということだろう。それは、互恵や不可避の付随として存在するものなのだろうか? 環境の問題とを、私はそのように考えはじめる。