2013年1月4日金曜日

初夢をみれないクリーンな喧騒

「……ところが既存のシステムの中では脱原発指向の受け皿がないから、都市中産階層の、より安全でより快適な生活を手に入れたいという指向性が新自由主義的国家主義に吸収されようとしている。会社で働いている夫たちは旧体制、子供の生育環境を心配している妻たちは新自由主義的な方という分裂になっている。でも、両方とも構図としては、非常に自己中心的な日本内部のものに過ぎないのではないでしょうか。」「別の視点から言うと、なぜ北朝鮮は自力で核開発をすることにこれほど固執するのか。ロシア、中国、日本、そして米軍がみな核を持っている。それらに包囲されている北朝鮮が核を持とうとすると周囲の全員が持つなと圧力を加える。私は、軍事用か「平和利用」かを問わず、誰であれ核をもつべきではないと考えますが、この地域の核をなくすための論理は、このような包囲と圧力の論理ではないと思う。これは戦争の論理であり、日本政府がやっていることも潜在的な戦争の一環なのです。東アジアにおける脱原子力は、地域の諸民族が連帯共助して行う反戦運動として行われなければ成功を望むことはできません。その際に、日本国民に問われていることは、自国が行っている潜在的戦争に反対することができるかどうか、です。」(徐京植インタビュー「「以後」にあらわれる「以前」――フクシマと東アジア――」『批評研究 vol.1』 論創社)

コンプレッサがなければ釘うちができない大工さんがでてきているように、ブローがなければ掃除ができない植木屋さんがでてきているかもしれない。と、若い者たちをみていておもう。どちらの機械も、ガソリンや電気で空気を圧縮し、人力とは別の均一なエネルギーを出力させていくものだ。そこにあるのは、手っ取り早く、つまりは効率的に、均一均質なクリーンな空間を出現させる、という発想をもつ。もちろん自然は、つまり木が生え土のある現場は、そんな機械調節の風で隅々まで処理できない。株立ちの刈り込みものの根っこ近辺にはさまった枯葉は、やはり植え込みに体をかがめて小箒などで掃きかかねばとれず、そんな億劫と手間を省くために、人工風で吹かれた落ち葉はエアコンの室外機の裏などに隠される。きれいになればいいだろう、みえなければいいだろう……と書くと、なんだかそんな最近の植木屋さんの掃除も、原発問題にみえてくる。というか、事故後の言論が露呈させてきたことのひとつの典型が、そんな近代的な発想であり、その世俗版の効率主義である。
しかし、元来、植木職人が引き継いできた<庭掃き>とは、きれいになればいいだろう、といった外在的なものではなく、清める、という内在的行為をはらんでいる。むろん、庭を清めるのは、そこが神という世俗を超えた世界へと通じていく場所だからである。<にわ>という古語自体に、そうした神道的意味が受け継がれている。庭掃除とは、だからクリーンな思想によるのではない。その管理方式は、ダスキンとは相容れない思想性を継承しているのである。そんな価値の話、感覚は、若い世代には抜け落ちる。それはとりあえずどうしようもないことだが、それが「しょうがない」ですむ問題かどうかは、何度も問われなくてはならない歴史の反復作業だろうとおもう。

ヨーロッパでの魔法使いが、箒にのって空を飛ぶのは、その問いが、日本にかぎらない、洋の東西を問わないことを示しているだろう。やればいいだろう、というような世俗の価値とは違う、それを超えた価値とつながっていなければ人間の生はもちこたえられない……そのことは新興宗教に走ってしまう個々人の問題だけではなくて、その目先の効率性や清潔さのために、つまりクリーンな考えのために、人類の文明は滅んだことがあるのではないか、エジプトが砂漠になったのも……とこう書くと、まさに若い世代がはまった終末神話と類比的になってしまうのだが、ブローを嫌い、性懲りもなく棕櫚箒で庭土をみがいている、土俵を作っているような掃除をしながら、この手の動きに、リズムに、文明を守っていく反省と知恵の何万年まえからの模倣を透視しているような気になってくる。

きれいはきたない、きたないはきれい、というシェークスピアのマクベスを引用して、赤軍派の内ゲバ闘争を暗に批判しながら人間が抱え込む形式的現実を洞察提示したのは柄谷氏だったが、その今では経験実証的にも理論的にも自明的なそんな正解が、世の中ではまったく無視されて動いていくものだなあ、と周りを見回しておもう。それは、衆院選後の嘉田氏と小沢氏をめぐる内輪もめから女房との夫婦喧嘩まで、まったく人間の、人類の英知が受け継がれていない。クリーンという世俗のイメージに負けた嘉田氏は原発的なクリーン思想をまったく卒業していないことが明白なように(ある種の左翼的グループの抱擁限界、きたなくなれないこと――)、目前の不安にかられて漢字だローマ字だと性急に子供に詰め込む教育に便乗しさわいで、独りで静かに集中するという形式、それさえ体得していればどんな内容でも代入可能になるだろうような身体と脳のあり方を無視していく母親たち。

そんな世俗の喧騒に巻き込まれてか、今年はおぞましき初夢さえみることがなかった。われわれの狂気は、どこに住処をみだすことができるのだろうか?

2012年12月16日日曜日

高速道トンネル天井落下事故から

高度成長期に建てられてから40年ほどがたち、劣化してきたのだろう、このトンネルの型が古かった、とかを事故原因としてきいていると、マークⅠという旧式欠陥のまま運転してきたことが大惨事のもととなった福島第一原発事故のことをおもいおこしてしまう。というか、その経済成長期の発想で作られてきた制度から現物までもが、ガラガラと音をたてて崩れ始めた、しかも日常生活のすぐ隣で、という進行事態の象徴なのではないかと感じてしまう。この崩壊過程のなかで、今日東京都知事と衆院の選挙があるという。そして、「取り戻そう、日本」を標語にする自民党の単独勝利が予想されている。あの元気だった成長期への懐かしい思いからなのか? 復古など、不可能であると誰もが感ずいているはずだというのに。何を期待して、というのだろう?

この瓦解しはじめた古い本体を、修復するにしろ解体するにしろ、それにはとりあえず金がかかる。金がかかるとはどういうことだろうか?
たとえば、定期点検の検査でさえ、この予算で入札すれば、すぐに何人手間で何日かかる作業かが自動計算される。赤字にならないために、打音検査などはしょれるところははしょる。いやこれは国民の生命のかかった必要不可欠な大事な作業なのだ、省くな、となれば、その負荷を担うのは、単に末端の労働者である。サービス残業でやるのか? やらなきゃ首だと脅されながら? 原発の労働者のことを考えてみればいい。そんな強制などとてもできることではない。私の仕事の公園管理などもうだ。手入れの行き届かない高木は、そろそろ大枝を枯らしはじめている。しかし予算が片手間なら、作業も片手間のことしかできないのである。県道ひとつ隔てて東京都と埼玉県にまたがる森林公園の、埼玉県側の樹上をみあげてみると、人の胴体ほどの太さの枝が中折れてぶらさがり、山桜の立ち枯れの森となっていたりする。その下を、ジョキングや犬の散歩に人々がゆきかっている。現場のことを知っている人は、自分の子供をこんな公園で遊ばせはしないだろう。北風が吹けば、落ちてくる。サービスでできることでもなければ、素人でできることでもない。景気のいいときに乱開発された高層ビルの解体理論はあるだろう。が、金がなければ、その理論は机上のものだ。高速道路にしても、そのうちあちこちで寿命をむかえてくるので、とても予算と人手がまにあわなくなるのでは、と専門家がテレビで発言していた。さもありなん事態である。火事や津波で破壊されることを前提に建てられていた昔の発想のほうが、どれだけ利巧であったことだろう。

しかし、全体では片手間になるといっても、その予算のなかでも、やることはやらねばならない。そうでなければ、単に税金泥棒だ。ところが如何せん、そんな末端作業をやる人たちのなかには、真面目でないものも多い。むろん、ここでいう真面目とは、資本主義的な時間制約のもとで、という意味になるけれども、それさえ誤魔化すのなら、詐欺のようなものになる。私の職場でも、二日酔い、遅刻、さぼり、が多い30代の者が親方から首を宣告されている。「人を減らすぶん、仕事も減らせばいい。また若いものを育てていこう」と、親方は苦渋の選択、腹をくくったようだ。私としては、今さらわかったのか、という感じなのだが、私がノロウィルスにやられて仕事を休んでいるときの成り行きで、カンネンしたらしい。もちろん、首を切るとは、そのものが失業すること、貧困に陥ることである。現在世論では、自由競争的に人を救済しない論と、自由競争自体のシステムを修正して貧困の深刻化にセフティーネットを張ろう、という理論が拮抗しているのかもしれない。その酔っ払いとの仕事で危うく命を落としそうになった自分は、どちらということになるのだろう? 彼は、もともと気の弱い彼は独身ゆえになおさら精神をもちこたえられずに自暴自棄になり、なおさらひどくなっている。私は、身の危険を感じながら、毎日仕事をしなくてはならない。私の本能は、こいつから逃げろ、こんな奴がいる職場から逃げろ、と言っている。しかしここにきて、そいつといつもペアで仕事をすることになる私に、親方のほうから首にしたいと相談してきた。「何かおこされるまえに、きっておきたいんだ」と本能と社会が結びついている親方は言う。私はそれを首肯した。最近も仕事帰りにタクシーに後から突っ込んでいって事故を起こしたのを示談でもみ消している、とちくりながら。首にしたらしたで、私は警戒していなくてはならない。弱い奴は、見かけの暴力的なものにはむかわず、やさしそうなところ、さらにその弱いところをねらってくる。彼は、そんな古典的な犯罪者性格だ。一昔まえなら、下町の長屋倫理で、「酒さえ飲まなければいい人なのに」と庇護されたことだろうに。しかし私は女房にいわねばならない。「子どもが殺されるばあいもあるから、一人のときはぜったいにドアをあけさせるな。チェーンをかけておく癖をつけさせておけ。」と。彼を救うことは、私の身の危険、身内の殺人をも覚悟想定しなくてならないこと。私にとって、私の現場にとって、貧困対策とは、そういうことだ。

そういう現場が、現場の人たちが、日本の天井と地下を支えているのである。支えてきたのである。その支えが、ガラガラと音をたてて崩れ始める。いや崩れているのは構造物だけで、支柱となってきた現場の人間は、その崩壊とも無縁なところに実はいるのかもしれない。私が、そのガラガラという音をきくのも、私が中流階級の意識で育てられてきたインテリ大衆であるからかもしれない。

*ホームページより最新アップ『パパ、せんそうって、わかる?』

2012年12月2日日曜日

戦争を準備する

「一九四一年九月六日の御前会議の際、天皇を説得するときに、軍令部総長がいった言葉を思い出してください(略)。しばしの間の平和の後、手も足も出なくなるよりは、七割から八割は勝利の可能性のある緒戦の大勝に賭けたほうがよいと軍令部総長は述べていました。緒戦というのは、最初の戦い、速戦即決の最初の部分の戦いという意味です。今から考えれば日米の国力差からして非合理的に見えるこの考え方に、どうして当時の政府の政策決定にあたっていた人々は、すっかり囚われてしまったのでしょうか。/ この点を考えるには、軍部が、三七年七月から始まっていた日中戦争の長い戦いの期間を利用して、こっそりと太平洋戦争、つまり、英米を相手とする戦争のためにしっかりと資金を貯め、軍需品を確保していた実態を見なければなりません。同年九月、近衛内閣は帝国議会に、特別会計で「臨時軍事費」を計上します。特別会計というのは、戦争が始まりました、と政府が認定してから(これを開戦日といいます)戦争が終るまで(これは普通、講和条約の締結日で区切ります)を一会計年度とする会計制度です。」(加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 朝日出版社)

上引用にもあるように、戦争とは、そう突発的に起きるものではないらしい。何年もかけて、準備しておく。勝てる、という見込みがたったときに、しかけるもののようだ。それゆえ、冷戦期にソ連を仮想敵として準備していた日本は、中国相手にはしてきてないので、すぐにの開戦にはならないはずだ、という意見も最近の情勢下でいわれてもいる。中東方面では、なにかと突発じみた戦争が起きているようにおもえるけれども、それは仮想敵が持続しているからだろう。どれもみな隣人どうしでだ。というか、考えてれば、常に戦争は隣人同士でおこなわれてきたのではないだろうか? 大陸間弾道ミサイルが開発・所持されないかぎり、遠隔疎遠な地域との戦争は物理的に無理である。そして、内面的にも無理があるのではないだろか? 庶民にとって、なおさらなんで戦争なんかするのか、その動機付けの維持が難しくなる。……と、考えてみれば、戦争を忌避する庶民にとって、戦争を準備する、ということが、いわゆる軍資金や装備を補充する、という物理的な話ではないことが想定できてくるのではないだろうか?
なんで戦争はいやなのだろうか? 古代からある時期までの戦争にあって、まだ自分の名前を敵前で名乗り、自らの名誉と自尊心、そして人間の尊厳的価値を再生産させていくような儀式制度としての面が濃厚であったような時代にあっては、死は、戦争をいやがる理由ではなかっただろう。明治時代はなお西郷さんの戦争までは、生き延びてきた息子に母親が自害を迫る、という気風があったそうだ。しかし無名戦士が普通となった近代戦争下では、表向きは徴兵されていく息子を万歳で見送っても、内面は空々しくぼろぼろだっただろう。だからなおさら戦後、その死を無意味とさせたくない、と取り返しの衝動を維持しなくてはならなくなる。すでにその意味がその時点で充実しているならば、それは私的に抱懐され伝えられることで安定を保つはずである。個人の尊厳が蹂躙されてきた無名の戦争であるがゆえに、その意味の回復=補充が絶えず必要とされることなのだろう。ということは、実はわれわれはなお、古代の精神的構造を形をかえたままひきずっている、ということだろう。つまり、戦争の形はかわっても、その内実にあるものは、変わらない。戦争には、変わらないものがある、ということだ。ということは、戦争をいやだ、という感覚もまた、古代からあった、変わらないものに属しているのではないだろうか? そして、それが「死」ではないとしたら?
戦争を回避するために、戦争を準備していなくてはならない、と私は前回ブログで言った。その準備とは、むろん軍備ということではない。むしろ、ではいま自衛隊もなく、それで戦争が起こりそうだ、さあ戦争に備えなくては、となったら、私たちはにわか軍備にいそしむだろうか? 今からそんなことは無理なのだから、他の対処を考えないだろうか? 考えること、準備することとは、そういうことだ。政府レベルと、個人レベルでは、その具体的対処は違うだろう。何も持っていない者が、戦争を回避するために準備することとは? 一人では実際上の回避にはならないだろうが、それが回避に(論理的に)通じた準備であるかぎり、一人一人が増えてくれば、人間関係(構造)上戦争が不可避であったとしても、その表現が回避され違った表現として現れてくるだろう、ということは、また論理的に言いえることである。
私はその論理を、ラカン経由のフロイト―カントの系譜線に見ていることになるのだが、その人間仮説は、あくまで仮説で、それを保証してくれるものがあるわけはなく、その理論への信仰、つまりその論理がリアルである、とする私の信仰は、単に私の生活実感からくるほかはないものなのだ。

*このブログに関連して、現在WEB絵本『パパ、せんそうって、わかる?』を創作中。

2012年11月2日金曜日

論理と外交と人間と

「イギリスがインド帝国を征服したとき、これはイギリス本国とインドとの対等合併である、インドはイギリスの植民地でなく、イギリス本国とインド人との間には、全く差別はないなんていうことは言わない。言うわけがない。アメリカの白人が、黒人奴隷に対して、われわれは対等である、何の差別もないなんていうことは絶対に言わない。/ そんなこと、あり得るはずがない。だから、そうは言わないのだ。もし、かくのごとく言うことがあるとすれば、それは実現する決意のあるときだけである。ゆえにそれは、植民地なり奴隷なりの解放宣言になる。/ 論理的にはこのとおりであるが、論理音痴の日本人には、どうにも見えてこない。一方においては解放宣言を発しておきながら、他方においては、平然として解放宣言を無視している。ともかくも論理が身についている彼らにとっては何とも腹立たしいかぎりである。/ ここに気づかず、日本人は何回でも論理無視、論理蹂躙を繰り返す。そして、それが善意だと思い込んでいる。これでは、不信は累積されるばかりではないか。その結果、欧米植民帝国主義諸国におけるよりも、はるかに小さい差別でさえも、この不信あるゆえに、拡大鏡にかけられ、途方もなく大きなものに見えてくる。論理を知らないことによる日本人の損失が量り知れないことをお分かりいただけたであろう。」(小室直樹著『数学嫌いな人のための数学』 東洋経済)

朝日新聞によると(10月21朝刊)、すべての役職から引退するつもりであった中国の胡総書記が、軍事委主席の続投を決めたのは、ウロジオ・ストクでのAPEC会場で、野田総理との立ち話に応じて「日本による『島の購入』に断乎反対する。誤った決定をすべきでない」と迫った翌日に野田政権が国有化を決めたからであるという。「絶対に許さない」と。私はこの記事を読んだとき、愕然とした。おそらく野田総理および外務官僚などは、本当に東京都(石原)が島を購入するよりも国が管理したほうが騒ぎも大きくならず他人(中国)のためにもなるだろう、と、善意の心をもって対応したのであろう。自分たちが、いわゆる日本人の習性で――冒頭引用の小室氏の指摘にもあるように――実際を無視した独りよがりな思い込みに陥ってしまったのはしょうがない。が、野田氏は、こちらの善意が相手にはどうも全く通じないらしいぞ、ということは胡総書記の顔を見てわかったはずである。いや気づきもしなかったのか、ということ、あるいは、気づいてもそこで踏みとどまらず官僚の政策にのってながされてしまったということ、そのことに致命的な人間関係(外交)の欠如・欠落を見せつけられるのである。こんなロボットのような人が総理に居座っていることの恐ろしさ。もしそこで野田氏が、官僚の計画を一時停止させ、あとから電話でもいいから、なんで人騒がせで挑発的な都(石原)よりも、冷静的に対処しようとしている国(野田)が管理することのほうは問題なのか、その論理と心情の解明を求める質問でもしていたなら、胡総書記は、野田氏を盟友に値するかもしれない人間であると認めたのではないか? 少なくとも、日本が段どった立ち話に応じてやったことは、自分が組織の一員としてというよりも一人の人間として降りてきた礼儀を示している。しかし野田は、裏切ったのだ。「絶対に許さない」とは、一国の頭首としての怒りというよりは、一個人として、一人の人間としての怒りである。そして、よくいわれるように、中国は「ほう」という人間関係が大切である。小室氏の言葉をまた引用しよう。……<これが、中国人と深い人間関係を結ぶコツ。人間関係の深さに応じて、相手はこちらの要求をきいてくれるようになっていく。深い人間関係には大きな要求。浅い人間関係には小さな要求。人間関係がなければ、要求は少しも通らない。ここのところを理解していないから、日本企業が、「賄賂をタダ取りされた」などと大騒ぎする事件が頻発するのである。/ これが中国における型だから、いくらお金を贈ったからとて、それによって必要な人間関係が樹立されなければ、そのお金は触媒として機能しなかったことにならざるを得ない。つまり、無駄なのである。人間関係が形成されていないから、いくら要求しても少しも通らない。>(『小室直樹の中国原論』 徳間書店)

都知事を辞任した石原氏は、作家から政治家にデビューするまえ、文芸批評家の小林秀雄との対談で、「政治にでる」と表明すると、小林氏から次のように質問されている。――「あなたのために命をさしだしてくれる人を何人もっていますか?」と。石原氏は、3・4人いる、と答えていたとおもう。それに小林氏は、「ならやりなさい。」と。私は、石原氏が、本当にそうした<人間関係>を知っているか、そこにいたことがあるか、は疑わしいとおもっている。それは単純に、初期の『太陽の季節』や『処刑の部屋』などの作品からの印象でもある。おそらく、そうありたいというキザな思い込みであろう。小林氏は、その作品から政治家としての資質に懐疑的であったので問いただす意味でそういう質問がでてきたのではないか、と今さらにおもう。しかし、小林氏の洞察や、石原氏が願望している人間関係にこそ外交の根幹がある、人間関係の原型がある、と基本認識するのは現代でもなお確かなのだ、と私はおもう。いやむしろ、暴力団に対する取締りといやがらせがせり出してきているご時世の向こうには、「命」をやりとりできる根源的な人間関係が問われる局面があちこちにでてくるのではないか、と私は予想している。

2012年9月30日日曜日

「安全神話」と「平和神話」

「第一に、日清戦争のころの中国は、もともと大国である上に、アヘン戦争以後の軍近代化を経て、日本には大変な脅威でした。つぎに、日清戦争の直接の原因は、朝鮮王朝における、日本側に立って開国しよとする派と、清朝側にたって鎖国を維持する派の対立です。つぎに、台湾は、日清戦争のあと、清朝が賠償として日本に与えたものです。それらに加えて、この時期、ハワイ王国を滅ぼし、太平洋を越えて東アジアに登場した米国を見落としてはなりません。米国は日本と手を結んでいました。たとえば、日露戦争後には、日本が朝鮮を領有し米国がフィリピンを領有するという秘密協定がなされたのです。/ 以上の点で、現在の東アジアの地政学構造が反復的であることは明らかです。われわれは今、東アジアにおいて、日清戦争の前夜に近い状況にあります。日本では、中国、北朝鮮、韓国との対立を煽り立てるメディアの風潮が強いですが、現在の状況が明治二〇年代に類似することを知っておくべきです。それは、日米が対立し、中国が植民地化され分裂していた第二次大戦前の状況とはまるで違います。…」(柄谷行人著「秋幸または幸徳秋水」『文学界』10月号)

今回の尖閣諸島をめぐるニュースをみていて、以前の前原外相時、中国の漁船長を逮捕したときの様子とはちょっと違うな、このまま紛争・戦争になってしまうのかな、と心配になってきたのは少数者ではないだろう。一般メディアをみていると、つけあがらせるなやっちまえ、というような風潮だが、私には、大多数の本心は、戦争だけはやめてくれよ、なのではないかと想像する。千隻の漁船団や反日デモを統制できている中国政府らしいが、すぐさま首席が中国発の空母の除幕式だかに登壇したり、正常化40周年式典のキャンセルの陰で招待していた政治家や財界人を成田空港で待機させていたのは「天津上空での軍事演習」のためと説明してきている等の記事(毎日・9/27・夕)をみていると、俺たちがやるとしたら素人集団をだしにしてではなく、戦闘機を使ってやるぞ、とメッセージを伝えてきているのかとも勘ぐってしまう。他の人はどう考えているのかな、とネットで閲覧してみた。

おおまかには、これまでの慣習をやぶってしかけたのは日本の方からだ、ということになるようだ。前原外相のときもそうだったが、アメリカに陰でそそのかされて強気になり、「粛々と」相手の手の内で踊らされている。田中宇氏や、植草一秀氏がそういう前提だ。田中氏によれば、国境近辺の領土帰属の件を敢えて曖昧にしておくことで、事あるごとにそこで問題を起こし介入する・調停する、そのことで権益保持を図っておく、というのは国際協定上よくあるしかけで、アメリカとの同盟にそういう仕掛けがすでに内臓されていたのだとなる。佐藤優氏の外交文書調査によると、「中国漁船を取り締まることができない」日中の協定もあるという(毎日・9/26・朝)。9/25日の毎日・朝刊では、台湾の漁業組合理事長が、接続水域での操業支障はないという台日協議(口約束)を日本は破って追い出しわれわれはだまされた、と訴えている。……

しかし、そうした政治状況を発生させている世界史的構造が反復されているのだと説くのが、冒頭引用の柄谷氏の認識である。その認識自体は最近になって主張されはじめたわけではないが、8月始めの中上健次氏をめぐる講演での上の再説は事前的にタイムリーになっているのでびっくりする。その文章をふまえて、文芸評論家として柄谷氏から認めれデビューした山崎行太郎氏は、ゆえに(構造的に)、戦争は不可避なのだから、日本は核武装も辞さず戦争の準備をし、そのことで戦争を回避するよう意志をもつべきだ、と発言している((9/19のブログ等)。私は、日本が核を、つまりはウラン燃料の原子力発電所をそのまま所持しつづけるのならば、現今のイランのようにあらぬ疑いをかけられて国際社会から孤立してしまう道にはいるのではないか、という田中宇氏の意見に傾くが、不可避な戦争に準備せよ、という山崎氏の態度には賛成である。その準備がないと、その発生を最小限にとどめえない。まさかまた「想定外」でした、などという、「安全神話」ならぬ「平和神話」に安住しないために。もはや、私たちにはそんな態度は許されないのではないだろうか?
では、どうするというのだ? そういう具体的な点で、副島氏は自分の対策を呈示している(重たい掲示板N.1089・ 9/19)。実際の政治でそこまで相手にゆずる、というのは難しそうだが、戦争を回避するとはこういうことだ、という見通しを素人目にもわかるようみせてくれている。

柄谷氏は、先の講演で、――<一般に、戦争状態において、国家は革命運動に対して過敏になります。実際、日本軍がロシアに革命を起こるのを期待し、そのために革命運動を支援する工作をしたことは有名です。しかし、それは、逆にいえば、日本のなかで革命運動が起こるのを極度に恐れることになる。たとえば、幸徳秋水のように戦争中に非戦論を唱えるようなことは、危険な利敵行為になるわけです。>と述べている。柄谷氏は、かつて、すでに都知事であった石原慎太郎氏との対談で、自衛権は憲法(9条)を超えた国際法的な自然権なのだ、と発言していた。それに「そうだ」と相槌をうっていた石原氏の方策で火に油を注がれた今回の国境問題……私たちが、戦後の「平和神話」をこえてゆくような行動を組み立てられるだろうか?

2012年9月16日日曜日

一緒くたの最中から

「教育の基本は民族教育にあり。/ この原則を徹底させているのが、アメリカである。/ そもそもアメリカは移民の国家である。そこに暮らす人たちのルーツも違えば、肌の色も違う。さらに自由競争を国是としているから、貧富の差はあまりにも大きい。ビル・ゲイツのような超大金持ちもいれば、日本人の感覚からすれば、信じられないようなあばら屋や壊れかけたトレーラー・ハウス(車輪付きの移動住宅)に暮らしている人もいる。/そのような国家において、民族教育を怠ればどうなるか。/ 言うまでもない。アメリカ合衆国はたちまちに解体してしまうであろう。…(略)…したがって、アメリカの学校では徹底的に民族教育を施す。/ ことに初等教育においては、この大目的がすべてに優先する。/ アメリカの大学の教科名を見て、日本人が仰天するのは大学に英語の初級コースがあるということ。大学に入っても英語、つまり母国語がきちんと読み書きできないなんて!…(略)…まあ、最近では学力低下で日本でもそういう状況になりつつあるが、アメリカは昔からこれが当たり前。/ なぜ、こんなことが起きるのか。/ その最大の理由は、学校教育が「アメリカ人になること」を最優先にしているからである。この目的を達成するためには、読み書きソロバンなんてできなくなっても大したことじゃない。そう確信しているから平気の平左なのだ。/ では、いったい小学校時代に何を教えているのか。/ まずアメリカの小学校で優先されるのは、他人とのコミュニケーションのトレーニングである。自分と違った意見を持った人たちを理解し、自分の意見を相手に伝える。そのためのコミュニケート能力や討論能力を養う。/ これは、もちろんアメリカという国が異文化、異民族の寄せ集め国家であるからに他ならない。/ このような社会においては、他人を理解し、自分を理解してもらう努力をしなければ、国そのものが成り立ち得ない。また個人においても、この努力がなければ、一人前のアメリカ人になり得ない。社会に適合できない。」(小室直樹著『日本国憲法の問題点』 集英社インターナショナル)

結局、仕事も暇で長い夏休みだったにもかかわらず、旅行などそれらしい過ごしかたもしなかったので、三連休になる昨夜、Jリーグは横浜マリノスvs浦和レッズを日産スタジアムまでみにいってきた。その日中、宿題の漢字ドリルを息子がやるさい、女房と息子とのヒステリー・バトルがはじまる。漢字の書き順や線が出るのでないのと、まさに蹴りあい叩きあい押しくりあいをした怒鳴りあい合戦になる。宿題をおえてやってきた近所の子が、そのやりとりにちょっかいをだす。子どもの宿題など一人でやらせとけばそのうち集中ということを覚えて学習していくだろうに、目先の監視で人間を小さくさせていったら本末転倒だろう、と思うのだが、もうこっちは女房に懲りて、一希の反発・言い返し能力の訓練だとおもいなおしている。があまりにうるさいので、「静にしろ!」と、同じ食卓の端の席に座って本を読みながら、こちらも参入するはめになる。そしてそのまま午前がすぎて昼食時になると、冷やし中華をみて、「こんなの食べない。ごちそさま!」と麺の上のキュウリをちょいとつまんで一希はふてくされる。「食べるものがあるだけいんだよ。食べないと、サッカー見にいけないよ。」と、漢字の書き順よりこっちのほうがよっぽど重要な教育だろ、と思いながらも、飯を食わない食べ残すというわがままだけには子どもを許さずぶんなぐった、という大工の親方の言葉を振り返り、自分はそこまで自信を持って言えないな、ほんとにうまくないしな、と口を濁らした物言いになる。が、一希は「こんちきしょう」とばかりに食いついて食べ始める。それだけ試合を見て見たい、ということかもしれず、また、まわりの子どもたちやその親から一目は置かれるようになってきたサッカー・コーチの発言であるからかもしれない。……「サッカーの経験あるなしは関係ないんですよ。はっきりしてないと、子どもが不安になるんですね。あなたはやったほうがいいですよ。」と、社会人チームでもサッカーを続けている父兄コーチからそう言われている。夏休みのバーベキュー大会でも、べつに教えているわけでもない上級生の親からも、「うちの子はスズキ・コーチを崇拝しているんですよ」とか、下級生の親からも、「いいコーチにめぐりあえてよかった」とかも声をかけられる。たしかに、一希世代の3年生は結果がではじめている。がそれよりも、練習や普段では穏やかな私の、試合中でのエキサインティングな采配、ミーティングでの子どもを説得していく言葉を聞いてそう言うのだろう。だが私の内心は、これは私の教養というよりも、まだ父親と一対一で野球をやっていた自身の子供の頃の習性がでてしまっている傾向が強く、もっと違うようになりたい、と思うのだった。ならば、どんなふうに? 何をめざして?

浦和レッズの応援は面白い。通念イメージ的には滅茶苦茶だ。日の丸とチェ・ゲバラが同列に掲げられている。どちらも”赤”だからか? 旧海軍だかの朝日の出イメージの旗もある、ナチスをイメージさせる横断幕もある。が確か、アメリカのイラク侵攻には反対だと、率先して政治声明をだしたこともあったような。……
しかし私が、日の丸とゲバラの一緒くたに連想したのは、反原発デモと領土問題で喚起されてきつつあるナショナリズムとの一体化だ。最初は辺境の領土問題になど、原発反対者は無関心で結合などありえないのではないのかな、と思ったのだが、通う床屋の奥さんが、一緒くたに反発しているので、これはありえることなのか、と思いなおした。サヨク運動家に近いものたちは、その二つの区別を、教条主義的に、記号的に理解するだろうが、「反」なのか「脱」なのかのためにデモをしているフツーの人たちには、デモ(ゲバラ)と領土(日の丸)が同居することに、なんら葛藤を覚えない、知らないのかもしれない。ならば、やはりスガ氏が指摘しているような、ナショナリズムな、排他的な平和運動という、戦後サヨクの潮流(習性)の繰り返し、という傾向が強くなる、ということだろうか?

日本政府は、「2030年代」での原発ゼロの方針を示したという。といことは、40年まで、ということでもあり、さらに、野田総理は、未来のことは確定的に言えないのだから明確には言わない含みをもたして、と断り書きを述べている。しかし今、問題として突きつけられているのは、未来のことではなく、今、われわれがどんな意志をもつか、ということではかったか。そんな一見冷静もっともな「大局」的観点の話ではない。要するにその態度は、機会主義、これからも都合よくころころ変えていきます、自分の習性を変えないために、ということだ。領土問題で中国、日本という両国家がお互いに呼びかけている「大局」「冷静」とは、<居直り>、といっているだけだ。政府は、外国への核技術の輸出、施工着手した原発の肯定、と現状容認を宣言している。その間に、甲状腺の検査を受けた子どもたち3万8千人のうちの35.8%の1万3千人あまりに嚢胞やしこりがみられたという。医者にいってそんなものが発見されたのなら今後も定期検査で注意していきましょう、という話になるのだが、政府は、それが異常かどうかは事故影響のない地域の健全な子どもたちの診察統計をとらないと比較できないので、結論(態度)は先延ばし、だという。いったい誰が自分の子をそんな検査にボランティアで連れていくというのか? ゆえに結果などいつまでもでない。さらに、そう検査結果が出たということは、異常の潜在・潜伏性が本当にあったとわかってしまったということなので、子どもたちには結婚とうの差別が現実的につきまとうことになる、というのが人文科学的な見解だろう。この科学に、現日本政府は立ち向かっていく意志をもたない。

私は、認識の型では、新しい教科書を作る会に親近していくのかもしれない、冒頭引用の小室氏に賛成である。が、その中身において、私は、うなずくことができない。それはたとえば、私が教育したいのは、戦前の理想像、二宮金次郎ではあるまい、ということである。が、私は何を意志するのか、そのイメージは、父親としてはなさけないながらも、いまだはっきりしないのである。しかしそのイメージは、ゆえに、日の丸とゲバラが同列に置かれる一般大衆の近傍から出てくるのではないか、と予想される。ナショナリズムに回収しきれないものを、綱渡りしながら抽出してくる、生きてみせてみる、ということかもしれない。いや小室氏がその著作で、日本国憲法で一番重要だといった13条にいう「生命」という概念それ自体のうちに、私には釈然としないものがありそうだ。国家主義者のいう生命と、過激サヨクのういう生命とは、どうも出自がちがうような気がしてならない。その生命の腑分け作業が開始だということだろうか? となれば、むろん、いわゆるサヨクが嫌う憲法改正などは前提的である。しかし、そうした原理自体の書き換えこそが、今私たちに問いつけられていることなのではないだろうか?

2012年8月13日月曜日

生態と胆(共同体と個人)――柄谷行人と渡辺京二


「なぜなら前五世紀の前半を通じて「思想家」たちが生まれ生きたのは、アテナイではなく他の都市だったからである。この新しい人間タイプができあがったのはアテナイ以外の都市においてなのだ。この新しいタイプの人間と、彼が住んでいた都市とのあいだの関係はどのようなものであったのか、われわれにはとんと思い浮かばない。ただ、前四世紀以来「思想家」とアテナイとの関係が示しているものとはまったく別のものではないかと疑わせるだけのわずかな根拠はある。われわれが手にしているのはきわめてわずかな情報だが、その大部分が、こちらの都市からあちらの都市へと移動したり、あるいは政治闘争に介入している思想家の姿を描いているという事実は、それ以外には解釈できないのである。このことは、前四〇〇年以後、哲学者たちが圧倒的にアテナイに定住したことと対照的である。/ つまりわれわれは、まさに「思想家」の社会的な姿が形成された六〇年間に関して、何も知らないのだ。こうした無知は、ただ一つの情報の光に浴した都市であるアテナイが、こと「思想」に関するかぎりギリシア世界の周辺より遅れた都市であったという事実に帰せられる。思想がその教説の糸を織りはじめてから一世紀半が経過したが、アテナイの人々は「思想家」の経験をいまだに持っていなかったのである。そのためには、前四六〇年ごろ、すべての善き貴族が持つ善良なる俗物根性に動かされて、ペリクレスがアナクサゴラスをアテナイに呼び寄せる必要があった。それから少し後の前四四〇ねんごろには、事態はすでにじゅうぶんはっきりしてきて、われわれの前に思想家が社会的姿をまとって、つまり人民(demos)が見、認める新しいタイプの人間として登場してくる。しかしだからと言って、彼らの見方が適切なものだったというわけではない。そんなことはありえない。/ ところでそうした体験は、アテナイの人々のように根っから反動的で、伝統的信念にしがみついている「人民」がくぐり抜けるには、実に不快な体験であった。」(『哲学の起源』 ホセ・オルテガ・イ・ガセット著 佐々木孝訳 法政大学出版局)

文芸誌誌上で連載していた柄谷行人氏の「哲学の起源」という論考が、上引用のオルテガの問題提起を受け継ぐように書かれているのは、その同名のタイトルからして推し量られる。その哲学史の古典的な本道を刷新するような批評を書くこと事態になんらかの学問的野心があったとしても、その実際的文脈を、われわれは推論的になぞってみることができる。単独者という構えに傾きすぎたきらいのあったは氏は、NAM失敗後、むしろ共同体(封建)的な在り方を再考することに重点をおきはじめたが、最近になって、また単独者(個人)の方をもやはり握持しておかなくてはならない、とおもいなおしたかのようだ。と、朝日新聞などの書評等を読むと、推論したくなる。震災後の状況(相互扶助ユートピア)から、原発事故後の成り行き(アナーキックな、個人自然発生的な大衆運動としてのデモ)が、極左主義者や芸術家といった活動的「思想家」の評価への態度へと変転していったと。以前はそうした活動家を馬鹿にしていたわけだから、状況への対応によって自身の言説が再編成される、といったインテリ的態度に、私はあまり興味がない。どういうことかというと……
たとえば、学生の頃、文芸批評家の渡辺直己の授業で、美人批判というものがあった。美人がおとしめられている、というのである。私はいったいどこの話のことなのかとおもった。まわりの男の間で、そんなことはまったくない。やはりおとしめられているのはブスである。なのに、なんで美人を批判する論を批判する構えというのが成立するのか? 要は、左翼運動失墜後、そういう平等的な正義を背景にしたような言説がジャーナリズム界で支配的な前提になっていて、それに対してなのだ。つまり、あくまで美人をもちあげている世の中そのものに対峙しているわけではないのである。柄谷氏の『日本近代文学の起源』なども、そのような言説世界に対するインテリ的対応である。そのように、一部の言葉世界を操作することによって自身のポジションを定立しようと試みるインテリ世界とは別の次元で言葉を発してきた渡辺京二氏は、どのような対応を、たとえばこの震災・原発事故にみせただろうか? 近世社会の生態をみつめ、水俣病患者と長年共闘してきた氏には、強いて言うこともなく、むしろジャーナリズム世界の言説にはうんざりしているようだ。
渡辺氏のポストモダン批判の言葉を読むと、柄谷氏の、外国人固有名と引用だらけの文体を徹底的に嫌悪している様がみてとれる。が、氏の文章のなかで、私の知る限り一度、柄谷氏の「日本近代文学の起源」を肯定的に引用している箇所がある。その文を読む限り、渡辺氏は、柄谷氏の知性に一目おいていることが見て取れる。私の感性では、両氏の洞察の仕方に、どこか類似性があるのである。それは、実は身近な日常的な場所から普遍的な考察がはじめられていることだ。柄谷氏の引用だらけの文章のなかで、一番面白いのは、そのわかりやすいアフォリズム的な比喩である。イエスの麦種のたとえ話のような。それと、両者の思考の根幹にあるのが、人間(自己)を突き放したところにある、ユーモアある生態的な構造的見方だ。柄谷氏は自身の「構造」を数学的な厳密さと重ねあわせたりもしているが、私には、そうはなっていないとおもう。
たとえば現進行している反原発デモについて、柄谷氏は「ゴキブリ」の比喩をもちだして発言している。一匹いるということは、見えないところ(デモにでてこないところ)に千匹いるのだ、というような。渡辺氏が大衆と知識人の区別を、生態的な構造に起因するとしているのは、以前のブログで引用したとおりだ。率先的な個人と潜在的な個人予備軍としての大衆、という生態的な関係? 自助と相互扶助との、単独者と共同体との自然構造的な関係? そんな図式的な理解でおさまる事態ではないとおもうが、そう比喩的にとらえてみるとして、その実体の、内実の在り方は具体的にどいうことだろうか?

木から落ちての骨折がなおり復帰した仕事で、自分の住む団地の欅を切ることになったことは以前に言った。この団地の管理をずっと請け負ってきた会社の親方が、その半年後の街路樹剪定で、木から落ちて亡くなったことも。その70歳近くになる親方を知る年上の職人や、長いつきあいだという団地の緑化委員の者たちは、その原因を、若い職人にめぐまれなかったから、育たなかったから、といっている。安全帯をつけてなかったのかどうか、などと調査しはじめる官僚とはまったく違う見方だ。私は、当初その会社が団地の欅を剪定する作業を請け負っているさい、その大木にハシゴをかけ、木の下で円陣を組んでいる姿を思い出す。車椅子の私は、6階のベランダから、いったいこの欅を彼らはどうやって切るのかな、と見下ろしていた。円陣の真ん中では、社長らしき人物が、若い職人たちを前に話し込んでいる。30分以上そうしていて、とうとう作業ははじまらなかった。できなかったのだろう。それゆえ、その仕事は再見積もりで私のいる会社にまわってきたのだった。他の業者の職人がさっさとやってのけたことに、その親方はどうおもっただろう? 社長の昔の気質を知る緑化委員によれば、若いものに怒って、いざ大きめな街路樹の剪定をするさいに、若者に気概を教えるために、自らの体を奮い起こしてのぼっていったのだろうという。素人の委員がそう見立てられるのであれば、談合とうで地域仕事を仕切っている業者のボス会社にもわかっていたはずだ。原因は、徒弟制的な技術伝承を疎外する役所の仕事形態にあるのである。そんな奴らが、安全帯を二つつけさせて作業させようなどととんちんかんな官僚手続きを提案するのなら、なんでどやしつけにいかないのか? 結局、親分会社といっても、利害関係しかないのだろう。人は歩けばつまづく。どんなに注意しても、その確率からのがれられない生態的、自然関係の中で生きている。一昔まえのような、建築現場で安全帯をつける手すりも足場につけておらず、ヘルメットもかぶらず男気を強制されるような現場ではない。役人がそうした安全対策の手抜きを監視するのは無論だが、それが完璧だったとしても、ある一定の確率で人がつまづくように事故が起きるのは自然的現実なのだ。そこにおいてできることは、事故を隠さず、きちんと人を保障することだ。しかしこの保障とは、金銭関係的な近代システムのことをいっているのではない。われわれがこの自然のなかで、胆をすえているか、腹をすえているか、つまり、自然から人為的に逃避せず、それを受け入れたところで思考しているか、ということなのだ。
この心臓からは、たとえ自身がデモに参加する少数の率先的なインテリに当っていたとしても、まさにそれは偶然当っている、自然構造から割り振りられているだけで、そこに人間の気概や尊厳があるのではない、と受けとめる図太さやユーモアがにじみでるだろう。それは、参加していない人と同等な、自然的な構造としてあるのである。そう自己を突き放したとろこにしか、人間の気概や尊厳は発生しない、と私は考える。つまり、個人と共同体との関係も、役人的にびびった反応としてのシステムにではなく、それが逃れられない自然の受苦として胆をすえるとき、目に見える世界をこえた、見えない連帯としての信頼が出来してくるのである。
私には、柄谷氏も渡辺氏も、思想的な立場はちがっても、この胆の据え方において同型のものがあるようにみえる。