2015年12月26日土曜日

世界での戦い方(2)

以下は、最近、指導している小学生のサッカークラブでの、小学1年生の子供とともにパパコーチとして加入してきたコーチの質問メールへの、応答である。

*****     *****     *****

2年生大会ごくろうさまです。
低学年にいくほど、運動能力の高い子が多いチーム、つまりはサッカーを意志的に選択した、そう親が意欲した子供たちが集まるすでに強いチームが勝つ傾向になるのは、いかんともしがたいのではないか、という気がします。いま6年の一希世代から、中野区の〇桜小から落〇S.C.にいく子がでてきたわけですが、我が家の場合、その理由は〇〇君と同じユアサS.C.で公園サッカーを学んでいたからということもありますが、当初は「安かったから」だと女房は言っていましたが。ただそうやって運動能力高い子が下の学年にいくほど集まってきているようなので、コーチの方が探究心と冷静さを失わず辛抱強く子供についていけば、結果がでてくるとおもいます。ただいまの練習・試合経験習得の速さだと、チーム として全員底上げされて強くなれるのには、6年夏までかかってしまう感じです。つまり、そこらへんでおそらく脳みそが進化するので、それまでバラバラの理解だったことが、急に統合的になって、サッカーらしい試合になってくる。しかしこの自然成長性は、コーチングによって、落〇の環境でも、1年は早めることはできると感じています。
たとえば、スクールなどに通って、足もとのボールコントロールなどすでに 秀でていた☆君でも、本年度の全日本予選中、サッカーをまだはじめていませんでしたね。センター バックをやらせて、キックオフでもどされたボールを受けて、前に3人いてもドリブル突破を試み、奪われて失点。しかもつづけざま。2分で2失点です。すぐにサイドバックにいた6年の★君とポジション交代しましたが、他のメンバーとの当時の最適解として、☆君を3-1-2-1のアンカーの部分でフリーマン的にやらせたのも、☆君がなおサッカーの理解で動くよりも、自分のやりたいことを優先させるだろうと、その怖さがつきまとっていたからですね。 いま新宿代表にいって、サッカーらしい話のもとに訓練されている最中でしょう。しかしそれでも、全日本がリーグ戦になったので、新5年は来年の1年で、相当いける経験をつませられるはずです。ただ、5年主体で勝ちなどCリーグでものぞめないし、意味もないとおもいます。サッカーを理解させるように、考えさせるように経験を豊富化していけば、勝手にぎゅっと成長するときは一気にいくとおもいます。それが、落〇にとっては、はじめての実験になるとおもいます。まあ、低学年時の ボールコントロールの技術の差が歴然とあるので、Aリーグの上位チームとの差を埋められるようになるには、中学・高校と続けられていけるよう、サッカーが本当に好きになったかどうか、ということになるのだとおもいます。

というのが、オフサイドやポジショニングといった個別理解と、サッカー全体の理解との、子供の成長の中での関連です。6年ぐらいに、一気にわかる、という感じです。それまでは、なんとなくです。「集散」もよく言ってきましたが、6年ぐらいの実際の試合になると、相手チームの闘い方に特徴もでてきますので、もっと個別ケースで指導というより、戦術的な話として、選手に距離感を伝えていくことになってきました。相手がボールを保持しているときも、連携でプレスをかけないと奪えなくなってくるので。「羊飼いの犬」の例で伝えてましたが。

*ただ、とりあえず息子がもうじき落〇S.Cを卒業する今は、もっとサッカーを大枠で整理してみたくなります。サッカー界も、 ヨーロッパに追い付き追い越せとやってきた明治期以降の日本の思想史の型を反復しています。先週のTV「フットブレイン」で、手倉森監督が、「ジュニアユースでは勝ちをめざすのはよくないとする風潮があるけど、それでいいのか」と問うていましたね。岡田監督も、子供優先の「プレイヤーズ・ファースト」には批判的です。なぜなら、それはJリーグ発足以前の日本のサッカーにもどってしまうからですね。そこで、もっとサッカーも本腰をいれてと、ヨーロッパの監督を呼んで、サッカーを勉強し、集団的・組織的になったから、アジアの優等生として勝てるようになった――とそこまでは、1930年ぐらいまでの日本の歴史の反復ですね。かつて日本はそこで誤解し、世界でも戦えると玉砕した。今 回全日本予選 がヨーロッパのサッカー文化として、トーナメント(当たって砕けろ) からリーグ戦になったのも、サッカー協会の人が、敗戦から学ぼうとしている人達の考えを継承しているところがあるからだとおもいます。ただ、サッカー界で、その世界大戦での敗北が起きるのは、これからですね。現世代がワールドカップにいけなかったら、もう10年は最低でもいけないのではないか。しかも、そこからきちんと分析し、自分たちのサッカーを作っていかないと、ずっと駄目でしょう。テニスみたいに個人競技なら時折天才でても、集団スポーツではありえないでしょう。しかし、スペインでも、前回の勝者ドイツでも、勝てなくなった時期を深刻に受け止め、原因分析し、そこでの方針を信じて育成年代から立て直したからですね。シャビや、ゲッチェなどは、その第一世代といわれている 。だから方向性は、サッカーでのエリート教育を受け入れなくてはならない。が、そのとき、後発国の日本は、暗記主義的な勉強を反復しがち。また、ヨーロッパのサッカー界では、12歳以下の、国籍、地方を違えての選手移籍は禁止してますが、それは犬などのペットも3か月は母犬と一緒にさせておかないと大人になっても躾けができない、という科学的事実をふまえているからで、決して子供優先だからではないとおもいますが、それでも、人(子供)はホームシックになってしまうという事実から対策をねる。イスラム国が、いくら「ヨーロッパに追いつけ追い越せ」という世界枠自体を破壊しようとも、西洋の民主主義が、ある種の科学的事実性に依拠しているので、テロでは無理なんですね。その枠を 受け入れたうえで、じゃあ自分たちをどう守るか、戦うか……と、岡田監督は、四国で実験している、その問題設定自体は、正当であるとおもいます。私としては、サムライの理想美は、カンフーやドンパチではなく、居合い抜き、相手が先に手をだしたら防戦的に、相手より早く一気に仕留める。が、これだと、世界ではつまらないと、日本の柔道も、自分からしかけないと警告をもらうとルール修正されていますね。だけど、私としては、このつまらなさに居直るべきだとおもっています。そういう意味で、広州を破ったサンフレッチェ広島の闘い方、および、戦後70年の原爆からの 復興をアピールした監督の采配に共感しますね。

長くなりました。

――――― 上は次のメールへの応答―――――

〇〇コーチ
ほかみなさま


 低学年はじめての8人制ブロック大会、、とりあえず試合が成立、大過な
く終了してほっとしておりますが、やはり、大敗はいやだなぁ、と日に日に
悔しさが募ってきました・・・というのは冗談ですが、あんまり大敗が続くと、
子供も嫌になってしまわないか、そこはまじめに心配しています。
(落合地域最強と思われる落△ですら、ビトーリアAには大敗なのもちょっと
 ほっとしたようなビックりしたような感じですね)

 次回、年度内にもう一回試合のチャンスがあるなら、年単位の目標と
次回大会の個別具体的目標のイメージを持っておきたいと思いました。

 かといって、何をどこまで、どの段階で教えたり、ヒントを提供したりする
か、については、正直言って経験則以外のなにもありません。

 しかし、私自身小学生の時は、監督に怒られないようにするのに必死で、
当時は、監督の怖さ(とそれを回避したい子供の必死さ)で試合に勝てる
時代でした。万が一、この経験を落〇にあてはめるとなると、私も怖くなれ、
ってことになりかねません(笑)
 他方で、現在の自分のサッカー観は、大学生の時に形になったものが
多いので、常々、小学生に伝える言葉にするのは難しいなと思っていた
りもしています。
(余談ですが同じ7BのトラストのHPでたまたま大学の一つ先輩の
 書き込みを見つけましたが、やはり私の考えもかなり近いです。)
http://kawakami-office.jp/?page_id=181 

 今後必要そうなことを思いつくままにあげてみようとおもいますが、
この辺って、現在の高学年の子たちって、いつごろ通過してますか?
また、通過すればよかったとお考えですか?

・オフサイドを理解する
・ポジションが何となくきまる
・ディフェンスの基本のポジショニングを理解する
・複数人でのディフェンス(カバリング)を理解する

・ドリブルで行きたい方向にいける
・ドリブルが得意な子でも大ゲームだとあまり抜けなかったり、少々抜いた
 ところで点には必ずしも直結しにくい現実を知る
・パスを狙った味方に出せる
・味方が走った先にパスを出せる
・ダイレクトパスを選択肢に持つ
・ドリブルと比較したパスの利点(速い飛ぶ疲れない)を理解する

・サッカーは相手より一点多く点を取る種目であると理解する
・集散(攻めはワイドに深く、守備の網は絞る)を理解する
・自分、チームの長所、短所を自覚する
・プレー時に常に複数の選択肢を持ってチョイスする
・相手選手と駆け引きする(自分のしたいことだけしてても通じなくなる)

2015年12月6日日曜日

世界での戦い方

「このイメージなるものは、恐らく、シュルレアリスムから継承した遺産なものと見なしておりますが、それにはただちに若干の修正を施さねばならず、私はその修正に必要不可欠なものと見なしておりました。つまり、私は唯一の正しい想像作用から生まれた、正しいイメージこそが問題なのだということをはっきりと主張したのでした。…(略)…私はある時点まで、この観念を強固にするためにのみひたすら努力を重ねてまいりました。そしてその時点とはすなわち、メンデレーエフの驚くべき才能の賜物である元素の周期表が、それまで私に欠けていたひとつの鍵をもたらしてくれた時のことであり、ついに、この周期表が、詩にはその本来の性質として、可能性や客観性のみならず、また必然性もあるのだという主張の根拠を私に与えてくれたのでした。私の確信――単純にして逆説的な――は、次のような事実に基づいたものでした。すなわち、世界を公正している様々な要素は、ひとつひとつ数えあげることが可能であり、それらの構造は緊密で、不連続ではあるが回帰性をもち、構造の型(パターン)は少ない。従って、現に存在しているか、あるいは可能と考えられるそれらの組み合わせは、たとえそれが既知のものであろうと、想像によるものであろうと、あるいは演繹に基づくものであろうと、必然的に繰り返し現われるはずである。つまり結果的にみれば、様々な事物や観念やイメージの世界がもつ、原則として際限のない多様性にもかかわらず、もろもろの反映や幻影、反響や反射、贅言などがつくる必然の網の目が歴史や風土、生活様式や文化とともに変化しながらも、詩の素材、生地そのものを構成するに違いない、ということなのでした。」(『斜線』ロジェ・カイヨワ著 中原好文訳 講談社学術文庫)

イスラム国への対処をめぐるプーチン・ロシアとトルコとの駆け引き。事件化された時点では、ただ領空に侵入していただけのロシア機をトルコ側が撃ち落としたのだから、最初にしかけたのはトルコの方、な感じになっているが、そのロシア戦闘機の攻撃対象たるシリア領土内のイスラム国側には、トルコが同胞として支援しているトルクメン人が共闘していたわけだから、すでにしかけていたのはトルコ側だったともいえる。パラシュートで脱出降下している最中のロシア兵を地上から銃撃するという国際規約を無視し、救助にむかったヘリを撃墜したのも、トルクメン人だったという。そしてそのヘリ爆撃に使われた重火器は、イスラム国を暗黙に支援していたアメリカのアメリカ製のものだったという。(田中宇の国際ニュース解説
プーチンは、日本の柔道の「引き分け」という考え方のユニークさを喚起するような発言をどこかでおこなっていたが、こうした小競り合いをみていると、それはあくまでオリンピック競技での柔道、お互いがしかけあわないと警告を受けるという規則が付加された――で、むしろ戦わないで「引き分け」ることを理想としたような、日本本来の柔道の精神=原理とは、別物であるように感じる。そしてむろん別物なのだろうが、それはヨーロッパの原理からもずれた位置にあるだろうロシアが、そのヨーロッパの精神を嫌でも自覚的に取り入れながら、なんとか「引き分け」にもっていこうと必死になって防戦している姿にもみえる。

NHK特集の「奇蹟のレッスン 最強コーチが教える、飛躍の言葉」をテレビでみていて、こんな疑問を感じた。「なんで、近代において<子供の発見>をしなくてはならなかったヨーロッパにおいて、こんな子供への洞察と愛情に満ちた指導法が実践しえるのだろうか?>……その第一回目は、フットサルの日本代表監督をも勤めるスペイン人、ミゲル・ロドリゲス氏が、東京のとある少年サッカーチームを指導しにいくといったもの。第二回目は、テニス界でトップ選手をたくさん輩出しているスペインのテニス協会から、その育成の総責任者が、横浜のテニス・スクールに教えにくるというもの。サッカーでは、書店にいけばはっきりするが、もうだいぶヨーロッパからの育成ノウハウが過剰なくらい入り込み、でまわっている。ヨーロッパ・クラブの下部組織へ単身乗り込んでその指導法を体験し、日本に伝道していこうとする若い人たちも多くなってきている。テニスでは、まだそこまでいっていないのだろう。子供たちを教えるそのやり方に、日本のスクール・コーチは驚いていた。まずは、子供たちを楽しくさせながら技術を身に付けさせていくその練習メニュー。「私の練習は、反復動作ばかりで、子供たちはつまらなかったでしょうね。」と、そのつまらなさに耐えていくのを基本とするような、いわゆる日本的作法の延長での実践だったのだろう。テニスのことを知らない私がみても、こんな練習がありうるのか、ほんとに大人がおもいついたのか、子供たちを勝手にテニスボールとラケットで遊ばせていて、そこにあったアイデアを大人が盗んで方法化したのではないか、というような感想をもった。サッカーでは、すでにそうした楽しくさせながら覚えさせる方法は、マニュアル化されている。そして、スペイン育成責任者の、子供と向かい合う真摯な毅然とした態度。投げやりになるような子供には、日本だと、「やる気のない奴はでていけ!」という方向にいきがちだが、なぜその子がそんな態度をとるのか、それをまず探るように、子供の目をみつめ問いかけて行く、あわてない、落ち着いた探究心と対話。そのやりとりから、子供に練習や試合へ集中していかせる言葉を導き出し後押ししていくやさしさ。私にも、とても真似できそうもない指導実践だった。だからなおさら、なんでヨーロッパの歴史から、このような実践が生まれているのか、不思議だったのである。日本の場合は、わかりやすい。子供優先といって園庭状態になるか、逆に理不尽な暴力主義になるか、その両極端をぶれ動く。ヨーロッパ宣教師が驚いたぐらいの子供優先の江戸時代と、明治以降の即席的なエリート養成教育とその延長での戦後の軍人官僚系譜のスパルタ教育の普及、その二系列の原理=精神の混在。それが一人の指導者の中でも混然となっている。
サッカーの育成上の理論レベルでは、以上の混在が、つぎのような論理過程を踏んでいるだろう。――<子供に甘い>(江戸倫理)⇒<子供優先>⇒<プレイヤーズ・ファースト>(欧米原理)。つまり、日本の精神原理が、翻訳的な介在を通ることによって不分明、混然的となり、ゆえにそれが、先進的なヨーロッパの原理なのだと勘違いされて普及促進の指針となっている。いわば、実は間違った、誤認した自己満足、自己確認でしかないのだが、戦時・戦後とスパルタ的な教育がひどかったので、元の地がヨーロッパの衣装に変えて回帰しているような状態。が、おそらく、ヨーロッパの育成原理は、日本の現状とは似て非なるものであろう。また、それを目指すというとき、本当は、何を意味してしまうのか、捉えておく必要もある。

<レディー・ファースト>、と置き換えて考えてみればいい。これは本当に、女性尊重なのか? ヨーロッパの生活慣習を身近な経験として知っているわけでもない私には、なんとも判断できない。たしかに、女性の人権を認めようという民主主義的な動きは向こうからでてきた。日本はまだそのレベルにも、認識にも達していない、という意見が正当性をもつ一面もあるだろう。ヨーロッパのサッカー協約では、12歳以下の子供の地域外・他国からのクラブ移籍が認められていないそうだ。しかし、これは本当に、子供のことを思ってなのか? ペットの犬でも、生まれて3か月は母犬と一緒にすごさせないと、躾けの聞くペットに育たない、ということから、それ以前に売りにだしてはいけない、とされているようだ。そしてこれも、犬やペット、動物のことをおもってなのか?

おそらくプーチンは、こうした善悪判断もつきかねるヨーロッパの原理を受け入れながら、それを逆手にとって防戦することで、その原理へ違和を表明している。レディー・ファーストなり、プレイヤーズ・ファーストなり、その民主主義的な原理が手ごわいのは、それがより根源的な人間の事実性、科学的な法則性に依拠しているからだろう。明白な原理的対立を謳うイスラム国でも、その法則性を無視して世界に君臨することは難しいだろう。

さてでは、われわれは? 日本人は? たしかワールドカップ・ブラジル大会での結果を受けてこのブログでも発言したとおもうが、ゴール(ゴッド)を、勝ちを目指さないのが日本の文化的なメンタリティーである。サムライ・ブルーというなら、その侍の理想は、刀を抜かないこと、相手がしかけてきたときだけ、後出しになりながらも相手より素早く刀を抜き去って一撃でしとめる、その居合い抜きの技術が美の極地でなかったか? お互いが強者というか賢者なら、お互いが隙をみせず、睨み合いのまま時がすぎ、そのまま引き分け、というのが究極の闘い、ということではなかったか? 私は、サッカー日本代表選手は、その侍の原理化した本来理想なメンタリティーの在り方を学ぶために、柔道を体験させたほうがいのではないかとおもう。もちろん、オリンピック競技としての柔道ではなく、日本の柔道である。そんな戦いは、つまらないかもしれない。居合い抜きより、カンフーだろう、世界は。しかし、そのつまらなさに居直れない限り、日本がこの善悪判断つきかねる世界で、生き延びていくのは、サッカーの試合、そのランク付け世界だけでなく、困難になってくるように思われる。

2015年11月15日日曜日

覚悟について

「とはいえ、私の場合には、白状してしまえば、地獄の消滅は明晰と公正というただそれだけの道を通して実現された方がなおよかったと思う。そしてとりわけその際私が望みたかったのは、虚勢からにせよ、くやしまぎれにせよ、あるいはまた絶望からにせよ、昔から存在し、近寄ることのできない死者たちの逗留地の代わりに、身近にあって、是認すべき、折衷的な代替物を考え出す想像力というものが、このようにして錯乱したり、なかば自己放棄したりし、その結果、恐るべき、そして脅威を孕んだ反対物としての姿を取って出現することがないようにということだった。ところで、消滅した地獄の代替物は、今度は挑発者としての相貌をおび、かつてのようにこの世の不正の埋め合わせをするものであることをやめてしまったのである。たとえそれが、想像力というこの野蛮でもあり、豊穣でもある力、恐らくもしそれが一定の方向に導かれさえすれば豊穣なものとなり、それが自らの暴虐性に委ねられれば、世界を荒廃へと導くことになるであろう力、私にしてみれば、なんらの刺激も必要としないとさえ言えるようなこの激しい力に平衡を保たせることを目的としたはずみ車のような具合にでしかないにせよ、もはやこの地獄の代替物はこの世で犯された不正に対する補正力を失ってしまったのである。」(ロジェ・カイヨワ著/中原好文訳『斜線 方法としての対角線の科学』「地獄の変容」 講談社学術文庫)

木の上から落ちて、命拾いて以来、久しぶりに、高木の枝おろしを2・3日つづけた。一日だけの作業なら、あったかもしれない。が、3日となると、しかも太枝はロープでの吊るし切りになるケヤキの剪定をやったのは、たぶん、4年ぶりくらいだろう。幹自体はそれほど太くはなかったので、腕はまわる、枝はつかめなくとも、抱き着いてのぼれる、体力が心配だけど、試してみるよ、と元請けの会社にOKしたのだった。で、結果は、真向いのアパートの電灯のプラスチックカバーを破損、裏のお寺の塀の瓦一枚を破損。一現場で二つもものを壊したのは、はじめてのことだったろう。一日めの、一本目は無事終了させたが、二日目となると、すぐに疲労を感じ始める。神経的な体力の目減りを感ずる。20メートル以上もあるてっぺんで、親指より幾分太いが、長さは4・5メートルはある枝をおろすのに、真下にしかない植え込み地の隙間を狙って投げようか、と最初考えたが、やはり大事をとろうと、ロープで吊るしておろすと判断。が、地面にもう少しで届く、というところで、棒のような枝にはロープの輪っか部分にひっかかりがないものだから、すっとはずれる。枝先が地面に当たって弾んで、枝元が剣道の竹刀のように、ゴミ袋で一応は養生してあった電灯へコツン、ひび割れた。そして同じ木、二日目、もう一つのてっぺんの枝を、吊って失敗したのなら、やはり投げれるものは空き地めがけて投げおろそうとほうると、途中、幹にあたって方向かわり、養生していた毛布の脇へ斜めに突き刺さり、瓦の端がかける。手元をしていた団塊世代の職人さんは、木上でショックをあたえないために、私が作業を終えるまで黙っていてくれたが、さすがに二回目の破損となると、精神的ショックを受ける。以前だったら、私が自費で修理するか、下請けのこちらもちだったろう。が、もうこういう作業を頼める人もいず、私も死にぞこないのようなものだと元請け社長もわかっているから、「物損でよかったよ。人だったら大変だからね。」と慰めるだけ。というか、年明けには、またクレーン車入れない場所での、人力ケヤキ伐採があるので、逃げられても困る、との計算もあったかもしれない。

もはや、木上では、余裕がなかった。以前ならできた、まわりの景色をめでることもない。途中、気を抜くと、そのまま足がすくみ、体が萎縮してしまって、身動き不能、へなへなとなりそうな気がした。幹に足を巻き付けながら、頭上の枝をつかみ、自分の体重を懸垂の要領でもちあげていくときには、気合をいれて吠えないと、恐怖心におしつぶされそうになる。下見で予想していたよりも、よじ登る個所が多かった。しかし一番おそれていたのは、のぼっている途中で、ぎっくり腰になること。二日目終了時には、やはり腰がぴりぴりしてきたので、ここ二年ほど通っている近所の整体師のところでマッサージを頼もうとしたのだが、予約できなかった。少なくとも、そこに通ってからは、年に一度はなっていたぎっくり腰からは解放されていた。二か所破損させたとはいえ、無事な体で生還できたのが、何よりだった。

そんなふうに、以前よりは、勇気がなくなっているようなのに、変な落ち着きがあるのに気付く。木から落ちた時、仕事を替えようか、というような気も生じたのに、今はむしろ、そういう仕事をしているのだから仕方ない、という諦めというよりは、静かな了解だ。あのとき、父は言っていたと兄は報告していた、「そんな仕事をしているのだから当たり前だ」と。それを伝え聞いたとき、私はイラっとした。大学まで出ているのに事務仕事をやらず、ひねくれてそんな仕事をしているからだという、いわば差別の表現と思ったからである。が、いまは受け止め方がちがっている。父親は、百姓でだ、子供の頃、ヤギの乳しぼりをよくしてたと、孫の一希のまえで、牛の乳しぼりを実演してみせもする。私の思い出のなかでは、河川敷のグランドの草を、繁みにしゃがみながら、ひたすら鎌を振るう父親の姿の印象が焼き付いている。たぶん、父は、そうした人たちの生活を知っていて、だからむしろ、それを肯定して発言していたのだ、「当たり前」とは差別ではなく、否が応でもそうあってしまう覚悟のことだったのだろうと。

私は以前、出自が違うインテリでの私は、どんなにその職業をやって技術を身に付けたことになろうと、自分が職人になることはありえないのだ、という、中野重治的な、階級無意識的な思想を自覚として書いていた。職人とは技術の所持如何ではなく、その社会で生きていた技術の総体、つまり生活の態度に在るのだと。が、いまは、訂正しなくてはならない。私でも、なってしまうもののようだ、と。私がどんなに本を読み、頭に思想を膨らまそうと、身体の思考がそう動かなくなりはじめている。物事の判断、日常的な対処、そして世間、世界を騒がせる事件に対して、まず私の体からにじみ出るような判断、想い、処理が発生してくるようだ。幼少期や青春時代に刻まれた骨格的な判断ではなく、大人になってから身についていった体臭のような判断。それは決して消極的なものではないようだ。しかし、積極的なものなのかどうか、わからない。骨に滲みていくようなものなのかもわからない。それは、死を恐れているかもしれない。勇気が若いときよりよりなくなっているかもしれない。しかし、死を受け入れているような判断。死とともに生きているような静かな感じ。こんなんでいいのか、私にはわからない覚悟のようなもの。

2015年11月10日火曜日

杭打ち問題

「ミレニアム・ブリッジの騒動は二〇〇〇六年一〇日、その開通日に起きました。この橋の建設は新世紀の幕開けを記念するプロジェクトの一つでしたので、当日はエリザベス女王のテープカットでオープンしました。ところが、橋を渡る群衆が数百人に達したところで、橋は明らかに揺れはじめました。初日は約九万人押しかけ、常時二〇〇〇人くらいの歩行者があったそうですから、橋は揺れ続けていたことでしょう。…(略)…強い力が橋を周期的に揺さぶり、それが橋の固有振動、つまり橋が最も敏感に反応する周期の振動と共鳴することで大きな揺れが生じたというだけなら、話は簡単です。それは、東日本大震災の揺れが首都圏の高層ビルの固有振動と共鳴して、それを大きく揺るがしたのと原理は同じです。…(略)…しかし、ミレニアム・ブリッジ事件の本質は別のところにあります。そもそも、橋と共鳴するような大きな力がなぜ生じたかということこそが問題なのです。…(略)…歩く人を振動子と見なすのは、かなり荒っぽい見方かもしれません。しかし、同期現象の面白さは、モノを選ばず、リズミックにふるまうものなら何にでも出現するというところにあります。人の歩行には意識の介入が大きく影響するのではないかと思われるかもしれません。しかし、ミレニアム・ブリッジの上で、歩行者は他人の足の動きや全体状況を眺めてそれらに影響されたわけではないでしょう。メトロノームの振り子がその場その場での台の揺れを「感じ」ながら機械的にそれに反応したように、歩行者はただ足元の揺れに機械的に反応して、バランスを保つため体勢を取ったに過ぎないのでしょう。」(蔵元由紀著『非線形科学 同期する世界』 集英社新書)

ビル建築の基礎・杭工事におけるデータ偽装とかいう問題は、施工者の旭化成建材だけではなく、他の業者でもそうした偽装があるのではないか、と調査するような方向がでてきている。

この事件での当初の私の反応は、もともと杭を地中深くまで垂直に掘っていくなんて、そもそも可能なことなのかが、疑問だった。むろん、今のテクノロジー段階で、そこだけを純粋にみるのならば、可能ではあるだろう。が、私が考慮するのは、それを支える現社会体制化において、ということである。たとえば、ボーリング調査といったって、杭打ち工事をする全ての個所をやってみて、地下の岩盤地層の深さを知っていこうとするわけではないだろう。金をかければ、今ならボーリングではなく、エコー調査のようなやり方もあるかもしれない。また、いざ工事中、ドリルの刃がすり減ってしまっていて、ちょっと固くなってきた地盤をこれ以上掘り下げることはできなくなってしまった、という場合だってあるかもしれない。がそんなとき、せっかく何段とつなげた鉄杭を抜いて、新しい刃に取り換えよう、なんてことをしえるのだろうか? とおもう。植木屋でも、木を植えたさい支柱をするが、役所の仕様では、何センチの杭のうち、何十センチを地中に埋める、とか決まっているが、とてもまともに掘れたものではない。コンクリのゴミや石は埋まってるし、水道や排管にもぶつかったりする。そういう場合は、上を切るか、一度取り出して下を切って、よくついておくか、になる。一般の民間家庭での植栽の場合は、マニュアル的にやるというよりは要は倒れなければいいので、はじめからそんな強迫はない。まあこれでだいじょうぶだろう、と経験的に判断するだけだ。もちろん、建物の基礎工事は、そんなのではすまないだろうが、程度の違いはあれ、最後はそうなってしまうのではないか、と予測していた。

テレビの取材で、現場の基礎杭工事をやっているというオペレーター(機械操作者)が、こうインタビューに答えていた。「実際に、設計書が雨でぬれたり汚れたりで読めない、提出できる代物ではなくなるとか、風でとばされるとかはあることです。設計どおりの深さに固い地盤がでてこない場合だってあります。だけどそれでも、建物は倒れないものだとおもっていました。」と。

私は、それが正直な現場の話なのではないかとおもう。技術的には可能であっても、社会体制的に、それを可能にさせてくれるようになっていない。ドリルの刃を替えてくれ、その分工期遅らせてくれ、とは、たとえ言える人がいたとしても、そうにはならないだろう。

いや、杭を打つだけではない、抜くほうはどうなんだ? 植木の支柱取り換えでも、新しく打つよりも、古いのを抜くほうが大変な場合も多い。たまに公園工事で土を掘り返していると、以前の建物の布基礎の塊が、そのまま残っているのにでくわす。コンクリートも腐食するから、そのままでは、陥没の危険がでてくるだろう。高層建築物の建て替えなどのときは、本当に、地中何十メートルだか打ち込まれた鉄筋コンクリートの杭を、きちんと抜いて、きちんと転圧しながら埋め戻しているのだろうか? それも、私には怪しい。

しかし、私たちは、そうした怪しさを前提にした社会に住んでいる。欠陥とされる高額な商品を購入してしまって、その直接的な施工・管理会社を訴えたくなる住民の気持ちはわかるような気もするが、自分には、縁もない階層の話だから、もし自分が宝くじにでもあたってマンション買って、そういう破目になっても、「別に倒れないなんだろ? 住めるじゃん。家賃や月賦をだいぶ下げてもらったりでいいんじゃないか」、という反応になるのではないだろうか?

しかし、現場の人間も、購入者も、そんな開き直りをするわけにはいかない。せせこましく社会に適応しようと、バランスをとる。あくまで、人間の常識とか知恵とかに従うのではなく、今の利害計算、収支のバランスシートで動かされる。そうして、意識しない同期が、社会を揺さぶってゆく。揺さぶる大きな力になってゆく。むろんその力は社会をマシな方向へ変えるものではなくて、それを維持するように働くことで、我々と社会との橋梁を壊してゆくものになるのであろう。

2015年11月2日月曜日

代表戦をめぐって

「……世界では数え切れないほどの戦争が繰り返し起きている。それをいま、私たちはテレビやインターネットを通してどこにいても見ることができる時代に生きているわけだが、こと「日本の戦争」に関しては言えば、70年前にさかのぼることになる。そのため、私たち日本人が「戦争」というテーマで何かしら議論しようとするときには、つい「モノクロ写真の戦争イメージ」をもとに考えてはいないだろうか。…(略)…残念ながら、私たちの生活を豊かにしている最先端技術の活用によって、軍事兵器は想像をはるかに超えるスピードで進化を遂げている。ロボットや無人機など新型兵器の登場により、既存の「戦争のルール」も急速につくり変えられているのである。ニューズウィーク日本版(2013年4月9日号)では、「未来の戦争」と題してその脅威を特集した。主なトピックは、「無人機」と「サイバー攻撃」である。…(略)…私たちが「戦争」のことを語るときも、そのイメージを常に最新版に「アップデート」しておかなくてはならない。」(伊藤剛著『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか ピースコミュニケーションという試み』 光文社新書)

あす、都大会がはじまる。一希の所属する新宿の代表チームも、なんとか第七ブロックで4位にはいって、その出場を果たした。1位、2位は、どちらも地元を超えたクラブチーム。3位は、小中高と一貫のサッカーでは名門の私立小学校のクラブだ。こちらも確かにいくつかの地元クラブから優秀な選手が集まっているとはいえ、時代の流れのなかでは、分が悪いどころか、存在意義さえが危うくなっている。おそらく、日本でも最後の代表形式をもつ少年クラブなのではないか? Jリーグができて、サッカーのレベルの底上げが、小学校単位のクラブから地元をこえた専門スクール系のクラブを中心になされるようになってからは、そこへ代表をおくるクラブチーム数自体が減少してきたのだ。かつては、運動能力の高い子がゴールめがけてドリブルをしかけ、駄目ならパス、その偶然の数珠つなぎのようなやり方でも勝てたものが、いまは能力がそれほどではなくても、低学年より一貫した方針と体系でサッカーを学んだきた者の集団のほうが強くなり、ゆえに運動・身体能力の高い子どもたちがよりいっそうそうしたチームに集まってきて、成績上位はそんなチームが独占することになる。私立小学校のチームが強いのも、もともとが専門クラブと類型的だったからだろう。きくところによると、成績が校内50番以内でないと、サッカーをさしてもらえないそうだ。運動力任せではなく、賢くやるサッカーが日本でも普及してきて、ゆえに、親やコーチの話をよく聞ける優等生チームのほうが成績も上位になっていく。

日本代表でもそうだが、代表チームとは即席的な寄せ集めだ。そこに子供を送るチームは、パパコーチやその出自のチームがほとんどで、おそらく、練習メニュー自体が古い。単純に、ボールタッチ、ボールコントロールを低学年時に習得させるノウハウを確立・保持していない。だからむしろ、運動能力任せの古風な選手たちが集まってくる、といえるかもしれない。そして体系的に教わってきてないとは、思考や態度もエスタブリッシュメント、体制的になっていない、やんちゃなまま選ばれてくる。代表コーチは、そんな6年時にあつまってくる子供たちを短期的にまとめあげていかねばならないのだから大変だ。ボールコントロールの基礎的な練習から、道具の整理整頓などメンタル的なことまで、一から練り上げていくようなものだ。チームとしてのサッカーなど、なかなか機能しない。それでもここまでこれたのは、代表という枠が暗黙に強いてくる結束力のようなもののおかげかもしれない。ゆえに、重圧がすごい。都大会出場を決める決勝リーグ戦など、足がガチガチ、震えていただろう。最低限のノルマが都大会出場と、かつてだったならばまだ通用していたといえる前提を背負わされたまま、挑戦者とわりきってやってきたチームの猛攻を、なんとか0点におさえて引き分け、獲得した出場権だった。予選リーグでは、私が率いたチームが、はじめて新宿代表と0対0のまま後半に突入したチームだったが、そのときも、同じ新宿区のチームに負けるわけにはいかないと、1点をとるまでは相当追いつめられていた。このままあと何分かいけば、あの子たちは折れてしまうのではないか、と対戦コーチの私が心配しはじめた。息子の一希はその日、頭が痛いと、風邪で欠席。朝グランドで、代表コーチにそのことを告げた際のコーチの顔の表情から、「ああ切られたな」とおもった。予選リーグで、相手は代表に4選手を送り込んでいる格下のチームとはいえ、どちらも無敗できて激突する、リーグ優勝をかけた大事な試合だ。そこに、いない、しかも、自分の所属しているチームが相手なのに。一つだけ駒として不足しているとみえる左サイドバックを、それまでは3人で補っているような感じだった。まずは守備のしっかりしている選手からはいり、後半、様子をみながら、ドリブルで駆け上がれる一希か、ミドルパスが持ち味のもう一人か、と見極めながら、選手起用をしていたきらいがあったけど、一希欠場となってからは、その3人一組の線が消えて、フォワードから2人をもってきて、対処するようになった。

もともと一希は、なお一線級の相手チームで通用するような運動能力や脳みそ・メンタルの成長をしていない。私が監督でも、怖くて使えないだろう。だからといって、チーム戦力にはいっていない、ということではないから、いつでも準備しておけよ、とアドバイスしている。「おまえの出番は、2対0で負けていて、残り5分のとき。それを逆転しようとするときだぞ」と。ベンチでは、交代選手に水筒をもっていって声をかけるなど、いい働きをしている。皆からも、ムードメーカーとして信頼された、中心選手の一人なのだ。サッカーの技術的・戦術的な理解力の成長は、続けていけば解決されていくだろう。言われたことを疑問を抱かないまま素直に実行するよりも、自分の頭の力で理解してから進んでゆく、「遅れた者が先にゆく、ようになるんだよ」とも言っている。が、女房がそうはさせないのだった。「能力がないのだから、サッカーなんか選んでいるのがおかしい。立ってるだけなのは、あんたがフォワードやらしてまえに立ってろと言ってたときのクセが抜けないからだ。だからディフェンスができないんだ。あなたのためにサッカーをやっている!」……女房だけではないのだが、おそらく、母親は、自分の腹を痛めて産んできたからだろう、だから我が子に過保護になるのは仕方がない。しかしそのなんでもかんでもな過干渉、癒着を断ち切る文化・制度が機能しなくなっている。フェミニズム的観点を日本に普及させた上野千鶴子氏は、そこにある問題を、江藤淳、あるいは江藤氏が参照引用した小島信夫などで女を排除した「<母ー子>問題として論じてみせたけど、私には、そうした社会学的枠組みよりも、より人間と自然との根源的な関係性が問われているような気がしてならない。もう一度、文化の発生現場にもどって、それがなんで人間に必要であるのか、理解しなおす状況にあると。参照対象として想起するならば、ヘミングウェイ、あるいは、三島由紀夫かもしれない。もちろん、マッチョな志向ではないのだが…。

「夢をあきらめないでください。誰でも、僕のようになれます。」とは、イチローや本田選手とう、プロになった選手がいうことだ。村上龍、北野武など、はこうしたきれいごとは子供に迷惑がかかるだけと批判し、もっと現実をみつめたアドバイスを、と説くが、私は、イチローや本田選手のほうが、科学的事実にもとづいた信念だとおもっている。人間にとって、能力差など、大した差ではないのだ。「自分は、バロテリやカカといった選手の運動・身体能力を超えることはできませんよ、それは絶対的な差ですよ、でも同じ人間なんで、大差ない、自分の他の能力や持ち味で対抗してレギュラーを奪うことはできるんです。」というような発言は、ホッブズが説いた、「人間は狼である」・「万人による万人の闘争」といった、代表選出で政治体制を築けるといった民主主義の基調にある原理認識と同等だ。人間には、羊と狼がいるのではなく、みなが狼なんだ、だから、弱い狼でも、2・3匹でよってたかって強いやつを退治することは可能だ、そんな程度の差だ、だからまた、一匹一匹が他の一匹を妬むことができるような差でもあり、他人との競争が発生するんだ、お互いが疑心暗鬼になって闘争が常に潜在している、それが自然状態であり、ゆえに人間にとって自然は戦争状態なのだ。これを回避するには、自分が自然として持っている妬み闘争する能力を自然権(自由)として捉え返して、多数意見的に合議された体制にその各人の能力=自然権(自由)を譲りわたしたほうがよい……。私がイチローや本田選手のようなプロ選手になれる能力を持つのは事実だが、そこまでその一事をやっていくほど好きではない、闘争をつづけることには疲れてしまう、平和が欲しい、ゆえに、私はその自分の能力をプロ選手として集められた代表制度にあずけて観戦に身を引くので、もうイチローや本田選手を妬むことはない。むしろ、その一事を、闘争を続行している人間として、彼らを尊敬するだろう。

子離れができず、なお我が子と一心同体と勘違いして、子供の競争がそのまま親同士の闘争となって、妬みうずまく自然状態。自意識=他人意識が未熟な子供たちは、実はレギュラーからはずれても、あんまり気にしていず、チームと一体となっている感覚、遊び感覚のほうを楽しんでいたりする。子離れ=親離れ、つまり自立とは、発達した自分の妬み競争能力を、超越的な主体、制度に譲り渡すこと、自身の内部においては、自分をコントロールしえる超越論的な主体、自我をもつことであるだろう。が、もうその必要性が、母親にして感じられない。あるいはその主体が、これまでの目に見えない文化制度、慣習だったものが、ブランド幼稚園から大学まで、就職先までと、目に見える世俗の表象にすがりつくようになっているのだ。その世俗にもまれている父親たちは、そのブランドの体たらくを知っているし、もうどうしょもないともわかっているが、それに代わりうる価値ある文化、制度を知っているわけではない。だから、女房に強い文句もいえず、影で、おやじの会などの飲み会で、ぶつぶつぼやいているだけだ。親子(母子)の癒着が断ち切れないことからくる犯罪が、このところ多くみえるのも、気がかりだ。かといって、代表戦(国家間戦争)も、時代錯誤になって、機能していない。だから、その機能不全の論理構造がそのまま延命して、以下のような、新しい戦争の表象に更新されるのだろうか?

<「自衛隊無人偵察機、南シナ海沖で国籍不明の無人機と交戦」
 ああ、またかと思う。最近では、毎月のように自衛隊と海外軍隊の交戦が報じられる。さすがに数年前、自衛隊が創設以来初の交戦をしたというニュースが流れた時は、日本中が大騒ぎになった。ついに「戦争」が始まった、と。…(略)…だけど、その戦争は人々が恐れた「戦争」とはまるで違うものであることがわかった。はるか南シナ海で、数機の戦闘機が交戦するだけ。結局、宣戦布告も終結宣言もなく、数日で「戦争」は終わった。
 当初、交戦による犠牲者は自衛隊員だと発表されていたが、それは自衛隊が委託した民間軍事会社の社員であることがわかった。彼もまた日本人だったが、自衛隊員ではない民間人を靖国神社に合祀するのかといった議論が一部では盛り上がった。
 それから、時々こういった「交戦」のニュースを聞くようになった。だけどもう誰も「戦争」とは呼ばない。特に最近は無人機の配備が増えて、各国の兵士たちが命を落としたというニュースも聞かない。「交戦」はすっかり、自然現象の一つのようになっていた。…(略)…しかし、僕たちの毎日の生活の何かが変わったわけではない。>(古市憲寿著『誰も戦争を教えられない』 講談社+α文庫)

2015年10月12日月曜日

今の気分

「それに<戦争>は人間の知性がよく制御できるものではないようです。先ほども言ったように、原初の人間にとって日々の生存が闘いであって以来、人間は<戦争>をやめたことはないのです。いやむしろ戦争の歴史のなかから現在の<人間>が形成されてきたのかもしれません。そして戦争は概念規定できる、つまり知性によって把握できるとなると、そのように手なずけられたはずの「戦争」は、きっと次の戦争によって反故にされてしまうでしょう。だから戦争をまともに考えようとするなら、自分が戦争から超越していると、つまり自分が<戦争>を免れていると思わないほうがよいのです。戦争はもちろん人間が火付け役になりますが、そしてひとは平和の秩序のなかでは戦争をひとつの考察の対象にすることもできるし、戦争を企てることもできますが、いざ戦争が起こると、ひとはいつも「こんなはずではなかったのに」と思いながら、すでに<戦争>のさなかにいてしまうのです。」(西谷修著『夜の鼓動にふれる 戦争論講義』 ちくま学芸文庫)

夢のなかでも、戦争をみるようになってしまった。……日本に越境してきたロシアの軍用輸送機のようなジャンボ機を、日本が撃ち落としてしまって、これからロシアが復讐攻撃にでてくるのではないかとなった。総理大臣は逃亡し、責任を主体する代表者がいなくなってしまった。誰もなりたがらない。その状態に乗じて、ゲリラ人民とみなされてしまう日本元国民は虐殺されてもおかしくない、そう戦争をしかけてくるのではないか、とみながおびえはじめた……そんな情勢を、まるで映画のように自分は見ている。そしてもちろん、自分も人民の一人としておびえていて、目が覚める。

山場にさしかかった子供のサッカー大会で忙しく、神経もそちらですり減らしているというのに、9.11以降から、腹の底に居座ったような気持ち悪さが、やはり抜けきらない。自分の個人的な鬱とは別に、時代的な鬱、どこか無力・脱力感を誘う気持ち悪さ。だからまた個人的な鬱とは別に、つまり自分の子供の頃のことが原因であろう病とは別に、自分の子供のためにも、頑張らねば、鬱に負けてはいけない、と元気をだそうとする。そしてそれ、その気持ちが今度は一般化した方向へと知性化されて、若い者に任せるみたいな態度はよくないな、中年の自分がまずしっかりしなくちゃな、という意識を昇らせてくる。一希がもう来年は中学生だからだろうか、若者の働き口の社会問題も他人事ではなくなってきて、なおさらそんな意識が強くなるのだろう。青春期が戦争状態で奪われる、なんて事態にならないでほしい、と願わずにはいられなくなる。が、今度はそこまで思いがいくと、そこに個人的な鬱が重なってくる。自分もまた、すでに、戦争を生きてきていて、というか、死ねなかった生き残りの感覚で今まで在ったではないか、という思いにさいなまれるのだ。三島由紀夫や大江健三郎のような、戦争を子供のころに体験して、遅れてきたと実感できる世代だけではなく、高度成長期に生まれたのちの世代でも、やはり校内暴力や引きこもり、いじめなどで、その戦争体験が挿入されている、その個人の人生で受けた鬱、それ以降の生とは、上引用の西谷氏の言う「死ぬことのできない」世界の生存、3.11の大災害を生き延びた人々も、それはもはや単なる自然災害で納得できない複雑さ、気持ち悪さを心の底に抱え込んで生きて行かねばならないだろう。

「<アウシュヴィッツ>と<ヒロシマ>のところで、そこに露呈した生存の状況が、人間が「死ねない」ということの<現実>なのだという話をしました。昔から人は死を恐れてきたわけですが、ここでは人は死ぬことができず、それが無限の<災厄>なのだ、と。そしてそれが<災厄>だったのは戦争のためですが、「死ぬことができない」人間が<死>を見失うという状況は、<世界戦争>以後<人間>の基本的な生存状況になりました。」(上同)

「けれどももし核戦争が起こって全世界が破壊され、人類が一挙に死滅してしまうなら、そんな簡単なことはありません。数十分のうちに地上から人間がひとりもいなくなってしまうとしたら、万事解決です。人間がいなくなれば、地球の荒廃を嘆く者はだれもいないし、人類の滅亡に涙する者もいないでしょう。それに、それまで人間が苦しみながら解決できなかったあらゆる問題は、いっきに解消されます。人間がもういないのだから問題もありません。だから核戦争で人類がほんとうに滅亡するとしたらもって瞑すべし、こんな気楽なことはありません。ところがそうはいかない。そんなことでは人間は死ねないのです。」(上同)

しかし、気持ち悪いとばかりもいってられない。この4月からはじまった全日本予選はリーグ戦なので、まだ終わらず、長い闘い。大人の自分でもモチベーションを維持するのが大変で、神経がへとへとになっている。その体調の悪さと、時代的な気持ち悪さとが合い重なって、仕事も鬱と戦いながらやっているような状況で、毎日が、ほんとに生き延びている、いや死ねないでいる、といった感覚。テレビのニュースをみても、暗いものばかり。日本ラグビーが勝っても、喜ぶ気力もおきない。それは、自分だけの気分だろうか?

2015年9月20日日曜日

芸術家的応答――侯考賢監督『黒衣の刺客』をみる

「ただでさえ山賊などの多い鈴鹿の山を、飼いならした馬に銀の鞍を置いてお乗りになったのでは、かえって道中の邪魔になろうというので、御馬は宿の亭主に与えられ、座主は裾を引いた長絹の法衣に、檳樃創りの裏なしの草履をはかれ、経超僧都は衵のうえに黒衣をまとい、水晶の珠数を手に持たれたが、もう足も進まないそのありさまを見ては、誰しもこれは落人だなと思わない者があろうはずもなかった。それでも日吉山王権現の御加護によるのだろうか、路上に出会う木樵や草刈などが御手を引き御腰を押して、宮はことなく鈴鹿の山を越えられたのであった。」(「太平記」 『日本の古典15』河出書房新社)

雨つづきの日、ホウ・シャオシェン監督の映画『黒衣の刺客』を見に行く。
上映時間までまだ余裕があったので、紀伊国屋書店に立ち寄る。哲学関連コーナーは、「戦争」にまつわる本が集積されている。もうすぐ戦争が起きるぞ、といわんばかりに。立ち読みで同感した意見は、佐藤優氏の、「もう世界大戦ははじまっているのかもしれません。」というもの。ならばすでに時機を逸しているのかもしれないが、この「戦争」にまつわる特集をのぞいていると私の頭も混乱してきて、三冊ほど買うはめになる。古市憲寿著『誰も戦争を教えられない』(講談社α文庫)、小熊英二著『生きて帰ってきた男』(岩波新書)、西谷修著『夜の鼓動にふれて』(ちくま学芸文庫)。

そうして、映画を観た。
新聞の紹介などでは、物語性は希薄で、映像美でみせる趣向、という論調が目立ったが、私には、これは明確に政治的なメッセージだろう、とおもわれた。現今の、とくには東アジア情勢に対する、いち芸術家の応答だ。それは、単純に、ストーリーをおってみればわかる。
中国は唐の時代。辺境に接する地方では、中央から派遣された節度使(県知事のようなものだろう…)が独立的な動き、勢力をもち始めている(現今の中国も、そうであろう)。中央と地方の平和維持のため、独立的な節度使を暗殺する動きがでてくる。その節度使と従妹であり婚約者でもあった女刺客は、なかなか殺せない。節度使である夫を操ることで権力を維持しようとする正妻は、懐妊した側室を参謀の西洋人らしき男を使って暗殺しようとするが失敗し、影であやつる参謀は殺される。その正妻―西洋人参謀は、辺境に左遷されてゆく女刺客の養父の暗殺も企てていたが、その危うい現場で、遣唐使としてきていた日本人青年の果敢な介入もあって失敗する。女刺客は、節度使を暗殺する密命を辞退し、その現場で出会った日本人青年を、新羅まで送る仕事に同行する。その最後の出発シーンで、はじめて刺客は笑みをみせる。

映画おわって、幕に出演者のリストが流れるさいのバック音楽には、映画中、独立的なシーンとして挿入・演奏されていた、唐の踊りと日本の舞い、いわば唐の楽と雅楽とが融合された音楽がながれていた。ということは、この映画の主張、願いもまた、そういうことだろう。中国、朝鮮、そして日本と、仲良くやれ、いい関係はできるはずだ、われわれはすでに、そうした歴史文脈をもっているではないか、ということだ。

こうした政治的メッセージ性を、映画の物語背後に感じたのは、2003年に日本公開された、張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『HERO(英雄)』以来だ。あれは、中国の天安門事件に対する応答だった。興味深いのは、どちらの著名監督も、「刺客」(テロリスト)をとりあげていることだ。ここには、司馬遷の「史記」以来の、なにか中国の伝統的な文脈があるのだろう。そしてその刺客の視点を通して、現権力を、暴力的・暴言的に批判するのではなく、自分たちの正統的な歴史的振舞いを喚起することで、戒める、権力の方向性を誘導修正させていかせる意図をもつような、どこか冷静・沈着した姿勢を感じさせる。

雨のなか、同じ新宿の通りでは、安全保障関連法をめぐる、反対デモ行進があったようだ。少なくとも、今の私は、とても今の反戦デモみたいなものに参加しようという気が起きない。理由はよくわからないが、気分がおきない。すでに、世界大戦ははじまっているよ。現憲法護持下でも。そしてならば、戦争にはしっかりと参加しなくてはならない。個々人の意志と考えで、参加しなくてはならない。シリアからの難民を受け入れる体制を表明したらどうか、という意見が出ているが、そうした意識が、参戦態度というものだろう。戦争に参加すること、おそらくはどうも、それだけが、人類を反戦させる経験意識を高じさせるのだから。反戦している自分は、戦争には無関与な正当性を握っているという意識で国民の大半がやり過ごすなら、また日本は世界から取り残され、遅れた意識のまま孤立するしかなくなるだろう。というか、そういう、敗戦ではなく、終戦被害者意識が、そのカラクリが、いまのデモに結びついているような気がする。それは、かつての世界大戦でさえ、ひとりひとりが、しっかりと参戦できてこなかったことを意味しているだろう。

われわれは、またその過ちを、繰り返すのだろうか?

関連 ダンス&パンセ2004 11/11