2017年4月28日金曜日

「戦闘」をめぐって(4)

「私が若し開戦の決定に対して「ベトー」(拒否権行使)したとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証出来ない[後略]。
 
 内乱が起きて、側近のみならず、自分も殺されるような事態が起きたかもしれないと、天皇自身が回想している。このような空間が、四一年八月、九月にできてしまっている。天皇は、一九三六年の二・二六事件を、まさにつぶさに目撃し、青年将校や、それに呼応しようとした軍部のトップの姿を見てしまっていたわけです。二・二六事件では、当時の内大臣だった佐藤実、大蔵大臣だった高橋是清、陸軍の教育総監だった渡辺錠太郎などが、蹶起将校らによって殺害されていました。まさに天皇が「信頼する側近」が殺された事件が四年前に起きていました。」(加藤陽子著『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』 朝日出版社)

ゴールデンウィーク中の少年サッカー大会、3年生の部は2戦が不戦敗となる。連休中なのだから、そんなものだ。しかし私が「そんなものだ」と自己納得できるようになるには、それなりの時間が必要だった。私の子どもの頃、父親が監督をしていた少年野球クラブは、お盆三日と正月の三箇日にしか休みはなかった。だから、私と息子がサッカー・クラブにお世話になりはじめた7年前当時、ゴールデンウィーク中であっても、練習に通い詰めるのが普通というか、癖が抜けないような状態だった。案の定というべきか、開始5分前になっても、私と息子しか校庭にはいない。「こんなものなのだな」と普通ということをなんとか了解しようと、子どもとボールを蹴っていた。

休みを家族で過ごす、それは普通なことかもしれない。が、サッカー・クラブを通してその家族・親子関係をみるにつけ、そして晩婚だった私よりひと回り若い世代になるのだが、この普通のあり方が気がかりになってきた。

統計的にはどうだか知らないが、今は団体競技よりも、個人競技のほうに親は子供を参加させたがる傾向があるのではないだろうか? 水泳が一番多い気がするが、体操なども多い。要は、自分の子どもだけの健全さに関心を集中できる種目形式である。体育的なことにも、だから母親が主導的だ。仲間との一体的な感動を味あわせたい、喜びを他人と共有することを体験させてあげたい男親は、ゆえに体育館ジムとグランドを掛け持ちすることになる。グランドの方の競技には、関心を示さない母親もでてくる。むろん、父母会やその連絡網には参加しない。参加している母親たちからは不公平だというような不満もでてくる。その声を背景に、コーチをしているから父母会への選出から免れているわけではないのだから、女房を説き伏せて父母会に参加させるかコーチを控えろ、それが公平だ、と揚げ足をとろうとするコーチ陣もでてくる。

こうした様が、私には、現政権の安倍首相への高支持率とつながっているような気がするのだ。森友学園の事件をめぐって、まるで北朝鮮の「将軍様」を連呼するような映像が放映されても、支持率はあがっていく。その北朝鮮をめぐって紛争でも起きれば、おそらくもっと支持率はあがるのだろう。なぜなら、集団(国家)的なことは、それに興味を持つ人、そしてその持ち方が強烈な人ほど任せられる、自分はタッチしなくていい、という話になるので、状況がひどくなればなるほど、自分には好都合、ということになるからである。あの人に任せていて大丈夫なのかどうか、という判断は必要ない。政治への関心を排除させられればそれだけ自分のこと、自分の子どものことに関心を集中できるので、一方的に強権的なほうが都合よくなるのだ。

もちろん、どこまでそんな非現実的なことが持ちこたえられるかは疑問である。他人事のままで済んだのなら、単に運がよかっただけの話だろう。

2017年4月6日木曜日

「戦闘」をめぐって(3)――『シン・コジラ』を観る

「こうした大本教が思想的な軸としたミロク信仰については、従来いくつかの研究成果があるが、ミロクが下生する時に、その世界はユートピアとなる。しかし、破壊と混乱の中で救世主を迎えるという期待が民衆の間に薄いのであり、つきつめた「終わりの日」という認識が少ないのである。これは一つに東洋の時間認識によるところが大きい。日本人にとっての時間は、あくまで現在=今が中心であり、現在に向かって未来のイメージがつくられるといった表象でとらえられるのである。キリスト教的終末論に対比される東洋的神学としてのミロク信仰の特徴が、アジアに共有の時間認識から生じたのだとすると、何故そのような認識論が優位を占めるようになったのかを問うて行く必要があるだろう。
 このことと対比して、たとえば現代アメリカの終末論を検討した荒木美智雄は、日本からは想像もできないような、激しい終末的緊張が、アメリカの社会・文化にみなぎっていることを指摘している。」(宮田登著『終末観の民俗学』 弘文堂)

今週末で、ようやく子どもより長い春休みが終わる。やっと休みに慣れてきてこれからだ、という時なので、名残惜しい気もするが、これ以上の休みは、休みというより失業に近いだろう、という気もするのだが、ちょっと昔は、みな職人さんはそうだったはずだ。ただ、それでも意義深く生きていけた共同体がもはや見える形ではあるわけではないので、やはり私にも不安はある。そういう不安が底流するなかで、暇なので、レンタル・ビデオがはじまったという映画『シン・ゴジラ』を借りて来て観た。

面白かったが、前向きな作品ではないな、とおもった。総監督を務めた庵野氏の「エヴァンゲリオン」も引用編集な作品だったというが、この作品も、既存作品・テキストの引用というだけでなく、実際世界の映像の引用、編集で満ちている。避難所での段ボールで仕切られた生活風景や、官邸での動きの有様なども、私たちは近過去を既視・追体験させられるようにできている。リアリズムであると同時にパロディーであり、希望的なスタンスを見せて終わるところで劇画的である。だから、いいのだろう。ゴジラの漢字表記「呉爾羅」をクローズアップさせたり、その退治作戦名で古事記を連想させるところなど(参照WEB「続 島の先々」)、おそらく、形式的には、日本人の民俗的学的な学説をなぞるように意識して文脈づけられているのだろう。が、本当に意識していたら、私はこうした一般受けする劇画調にはなりえないのでは、とおもった。私は、東京の高層ビル・文明都市社会が見事に破壊されていく様を唖然とした痛快さで追いながら、その破壊者ゴジラに新幹線や山手線などが特攻していったときは、なぜかおもわず笑い出し喝采したくなる自分を発見した。電車は無人運転であったとしても、そこに、私たちは自分の魂、神風で散った遠くない先祖を戦後の文明が無駄にしているわけではない日本人としての魂を乗せて、突っっ込んでいった気になってくる。弁解と鎮魂、そんな虚偽で複雑になった苦渋した感情が、ゴジラの足元で大破するのではなく竜のように空を駆け登っていったとき、一瞬、昇華されたような気にもなるのではないだろうか? 私はならなかったが、しかしそれは、その手前で、戦後の電車が竜になったとき、考えがやってきてしまったからである。

この映画を観る前日まで、前回ブログでも引用した、白井氏と内田氏の『日本戦後史論』を読んでいた。そのなかで、白井氏が佐藤建志氏の『震災ゴジラ』での意見、ゴジラの日本破壊は日本人がそれを待望し、破壊欲望をもっているから、というものを賛同紹介したのに内田氏が呼応し、<ゴジラは日本人の罪責感と自己処罰の欲動を形象化したものですね。><反近代・反中央・反都市・反文明というさまざまな「反」がゴジラという形象をまとって近代日本を破壊するために登場してくる。>(――となると、この『シン・ゴジラ』は、近代の日本という特殊的な傍流から生まれたオタク的延長からその近代を肯定してみせる論理をイメージ化してみせた、ということで「シン」、新しい、ということになる。というか、「ハン・ゴジラ」ということだ)――そしてどうも、内田氏は、そんなゴジラ観に内蔵させるように、現総理の「戦後レジームからの脱却」思想を捉えているようなのだ。

<安倍さんの「戦後レジームからの脱却」がある種の人々の暗い情念に点火するのは、その自己破壊衝動に共感している日本人が多いからでしょう。「こんな国、一度壊れてしまえばいいんだ」という自棄的な気分は右左を問わず、多くの日本人に共有されていると感じます。>

私には、この内田氏の発言はよくわからず、眉唾物なのではないかとおもっていたが、なぜか、この『シン・ゴジラ』を見ている自分の心の動きに出くわして、もしかしたら氏の洞察は当たっているのではないか、とわかってしまったのである。シン・ゴジラとは、アベクンだったのか! 私はそれを面白いと見た、そういうふうに、今の政治風景を見ようとしている、ということではないか? 破局を期待しながら……

しかしそれはまだ、「忖度の構造(天皇制の本質)」(白井氏)の内における破局観である。『シン・ゴジラ』でも、最後は、この破局の中から日本は再生してきたのだ、という歴史的教訓からくる希望(観測)に焦点化させるように結末させている。が、今回ブログの冒頭引用での民俗学からの指摘にもあるように、<つきつめた「終わりの日」という認識が少ない>のだ。それはアメリカでの<激しい終末的緊張>とは違う。彼らの政治的脅迫、政治のリアルが、この<終末>から来ているとしたらどうだろう? 破局と終局の違い。私たちは、破壊のあとに再生がありえるとおもいこんでいる、が、彼らは、終わりなのだ。そこには、楽観の入り込む余地はない。この『シン・ゴジラ』は、そうした他者性に直面して描かれたといえるだろうか? アメリカの政治的脅迫を、破局へ向けてのいちエピソードとして挿入・消化してみただけだろう。他者はイメージ化できない。そのできないことをしようとする努力を映画製作の中で試みようとしたら、まともな形式ではできなくなるだろう。もちろん、私はそれをこの映画に求めているということではなくて、この映画から考えさせられてしまった、ということである。

しかし私は、文化が内面化している時間意識の違い、みたいな比較をしているのではない。破局にしろ、終局にしろ、どっちにしても幻想である。アメリカの他者性は、そんなところにあるのではない。そして日本人の他者性、現実も、そんなところにあるのではない。「忖度の構造」が日本人の現実などではない。それは文化という幻想にすぎない。そうではなくて、たとえば、もし、本当に、アベクン(シン・ゴジラ)の破局が映画ではなく、本当に訪れたら、笑ってはいられない、ぞっとする一瞬がある、その一瞬にだけ、私たちは現実を見れるのであって、またすぐ見えなくなるだろう。が、その一瞬を理念的に握持していないかぎり、まともな現実政策など思考しえないのだ。終局に緊張したアメリカの恫喝も、当人にとっては幻想にすぎない。むしろ、私たち日本人のほうが、その現実表象を経験している。アメリカの歴史では、やっと9・11で、ということかもしれない。ビルいくつかの倒壊でヒステリーを起こしているのだから、彼らの政治的リアルに飲まれているほうがばかばかしい。こっちがしてきた経験知からしても、相手にならないだろう。私たちの破局幻想のほうが、ずっと腹がすわっているに違いないのだ。何を恐れるのだ? もうやられてるのだから、またやってみろ、核爆弾落としてみろ、とすでに挿入されている私たちの民俗学的事実をつきつけてみればいいだけの話ではないか?……とこう、すでに私の思考自体にニヒリズムが入っている。それでも、無意識の願望が本当に実現したとき、私はぞっとするだろう。そんな破局願望は、一瞬にして、吹き飛ぶだろう。

が、政治的リアル、というものを考えた時、私たちのニヒリズムは、現実的に有効なのではないか? それを使ってみるということが、真にリアルなものを踏まえた本当の現実政策に近づくのではないか?

2017年4月5日水曜日

「戦闘」をめぐって(2)


<ところで鳩山首相がやめた原因が、北朝鮮の核だったのではないかとPART1で書きましたが、これはあてずっぽうで言ったわけではありません。実は細川護熙首相が辞任した理由が「北朝鮮の核」だったことが、非常に有名な関係者の証言によってあきらかになっているのです。その証言者とは、小池百合子・元防衛大臣です。…(略)…
 文字通りの盟友だった武村長官を切ることに悩みぬいた細川首相は、ついに内閣改造を決意したものの、社会党の連立離脱をちらつかせた反対にあって断念。4月8日、辞任することになります。最初に小池議員に電話をしたときから、わずか2か月後のことでした。マスコミは突然の辞任の理由として、国民福祉税の導入失敗や、佐川急便に関するスキャンダルをあげていましたが、側近として苦楽を共にしてきた小池議員は「私の見方はまったく違う。ずばり、北朝鮮問題だ」と断言しています。それは辞任前に本人の口から、こう聞いたからだというのです。
「北朝鮮が暴発すれば、今の体制では何もできない。ここは私が身を捨てる〔辞任する〕ことで、社会党を斬らなければダメなんです。それで地殻変動を起こすしかないんです」

細川内閣で官房副長官をつとめた石原信雄氏は、この1994年2月の日米首脳会談の「相当な部分が北朝鮮問題だった」とのべています。(『内訟録――細川護熙総理大臣日記』)そして北朝鮮に対して海上封鎖を行うつもりだったアメリカから、その場合、北朝鮮は機雷を流してくるだろうから、それを日本が除去してほしいと頼まれたが、内閣法制局の判断でダメだったということも証言しています。「北朝鮮が暴発すれば、今の体制では何もできない」とは、おそらくそういうことを言っているのでしょう。

社会党に反対されて武村官房長官を更迭できず、機雷の除去にも応じられない。核を持つ北朝鮮が、いつ「暴発」するかわからないのに、アメリカからの要望にこたえられず、うまく協力関係が築けなくなって辞任に追い込まれてしまった。これは鳩山首相が辺野古案に回帰することになったときと、ほとんど同じ状況です。
 このときアメリカ側のだれか、または日本側のだれかが、意図的に細川首相を辞任へ追い込んでいったかどうかはわかりません。細川首相の独自の安全保障構想が警戒されたという話が本当かどうかもわかりません。
 ただ言えるのは、安全保障面でアメリカと距離をおこうとする日本の首相があらわれたとき、いつでもその動きを封じこむことのできる究極の脅し文句を、このとき「彼ら」が発見したのはたしかだということです。それは「言い方や表現」は別にして、「北朝鮮が暴発して核攻撃の可能性が生じたとき、両政府間の信頼関係が損なわれていれば、アメリカは「核の傘」を提供できなくなります。それでもいいのですか(=北朝鮮の核をぶちこまれたいのか)」という内容だと断言して、まずまちがいないでしょう。>(矢部宏冶著『本土の人間は知らないが沖縄の人はみんな知っていること』 書籍情報社 2011年発行)

日本がアメリカから独自的な判断で動こうとすると、テポドンが飛ぶ、とか言われていたことがあった。北のナンバー2は、アメリカのスパイだとか。上の話をきくと、言うこと聞かないと北の核をぶち込ませるぞ、という脅迫現実が本当にある、ということなのだろう。それを身近に見知ってきた小池都知事は、ではそれをどう教訓とするのだろう? 相手の手の内はわかってきたからもっと逆をついて独立スタンスを作っていこう、とするのか、自分の地位を維持するためにも以前の首相たちよりもっとうまくやらないと、と思うのか……。もしかして、すでにこうした件で、安倍と話しがついて共闘体制に入っているか、あるいはさらに、現総理を飛び越して、アメリカ側からのコンタクト(要望)に応えようとしているのかもしれない。週刊誌の見出しによると、佐藤優氏は、アメリカの金正恩暗殺計画に協力するしかない、ような立場らしいが、庶民はいったい、そんな政治のリアルを、どう受け止めればいいのか? 協力しないと、逆に、北の核をぶち込ませるぞ、となるのだろうか? それはあくまで脅迫だが(アメリカ軍隊を撤退させたフィリピンでは持ち得ない被爆経験者の恐怖だろう…)、それを本当にそうなるかもなこととして腹をくくって、それが陰謀であるとすることに依拠しない(証明など不可能なのだから)、誰とも共有しうるより誠実な論理を紡いでいくことは、あんまり難しくないのではないだろうか? みな戦争はきらいだし、仲良くしようよ、という話が前提なのだから。そこに、個々の具体的な文脈を流し込んでいけばいいだけの話だ。そのバカみたいな話を、大胆に言える勇気があるかないか、の話だろう。脅迫に負けてずるずると悲惨さを味わう生き地獄のほうが、大変なのではないだろうか?

2017年4月4日火曜日

「戦闘」をめぐって

「白井 現場のプロは冷静ですね。全然現場を知らないような連中に限って、タカ派的な言動をする。基本的には安倍晋三もそういう気質だと思うんです。最近やっていた『NHK特集』の自衛隊についての番組を非常に興味深く見ましたけれども、やっぱり自衛隊の現場と「積極的平和主義」のような政治のスローガンとは、まったく乖離していると感じました。ここ一〇年、二〇年ぐらい自衛隊がやってきたPKO活動というのは、国際的にも結構高い評価を得ている、と。そういう実績を積み重ねてきたところで、安倍さんの路線は「ますます活躍してもらいますよ」というのだけれど、自衛隊の現場からすれば「それは全然違う話じゃねえか」と思っているのが伝わってくる。もちろん彼らは政治的発言を規制されていますから、ストレートには言わないんですけれども、間違いなくそれが本音だろうと思うんですよね。そこら辺はどうですか。防衛研究所なんかで話されていて、今の政権が取っているような方向性と現場のトップとかの温度差について知りたいですね。
内田 僕を講演に呼ぶというわけだから、バランス感覚はいいですよね。クールな人たちです。できるだけ広い範囲で情報を取ろうとしている。情報を解釈する文脈もできるだけ多様であった方がいい。憲法集会で護憲の発言をするというので、後援を拒否した神戸市に比べると防衛庁の方がはるかにオープンマインドです。それだけ自分たちの職務に本気だということです。
白井 そう。だから、「積極的平和主義」なんて、現場からすればもういい加減にしてくれ、という話だと思うのです。」(内田樹・白井聡著『日本戦後史論』 徳間書店)

南スーダンでのPKO活動に参加するために派遣された自衛隊の、「戦闘」と記述された
日報の隠ぺい問題。とりあえず、防衛大臣からの指示調査ということで、宙づりにされたままなようだ。現場仕事をする職人としてこの件の記事に目を通していきながら、これは現場の人間が、基幹方針・設計をする会社=政府を告発するために仕組んだリーク事件なんだろうな、と感じた。昨日、冒頭で引用している、2年ほど前に出版された内田・白井対談の中で、私がそう感じたことがすでに言及されていたので、次期遅れだが改めてブログで書き留めておこうとおもった。

おそらく、現場の意図には、次の3点があったろう。
(1)事実を知ってくれ。
(2)事実を捻じ曲げたところで成立する政策・方針のもとでは、仕事をする態度が決まらない。これでは俺たちはやってられないぞ。
(3)誰か助けてくれ。

日報を隠ぺいしたのは、防衛省側ということになっているが、実体はそうではないだろう。もちろん、省内や自衛隊幹部の中にも、政権よりに動いていく役割を引き受けた人もいるだろうから、そういう人が、リークが確認されたあとで、削除という忖度行為に出たのかもしれない。追求の追っ手は、自民党内部から、あるいはこの件では共闘できる野党の一部との協力ではじまったように伺える。が、結局は、問題を喚起しただけで、権力側追求の手はひっこめたようにみえる。もちろん、まったく逆の見方もできる。隊員が単に意図なく書いた日報を読んで、法の根幹に触れる恐れがあると気付いた幹部の一部が削除し、その早まった処置を知った政権側が、それを出汁に、より強固・全面的に自衛隊を統制し牛耳っていく手段にした、とか。現政権よりよっぽど文民的な軍隊を、より軍隊の名にふさわしいものとするために。内田・白井両氏も、上のような指摘をしながらも、冷戦後にアメリカを仮想敵国の一つとして政策立案する必要性を説いた自衛隊幹部候補生は、除隊を迫られた例がある、とも報告している。とにかく、アメリカの真の友人となるために、自衛隊員に血を流すことを求める勢力の方が声高のようだ。といっても、おそらく自衛隊のメンタル的実情を知っている総理大臣自身は、なおそこまでの覚悟はできていないので、撤退の決断にしたのかもしれない。もちろん、まったく逆の見方もできる。この隠ぺい問題から、何を事前に処理しておかなくてはならないかも見えてきたので、次にはより巧妙に大胆なことができるだろう、それをするために、今回は撤退を世論に見せておく、とか。

前線の隊員たちは、私たちのメンタル的な実情を露わにしてみせてくれているけれども、そこにいない私たちには、なお自分たちのことがわかっておらず、勇ましい言葉に流されている。私たちが強くない、というよりも、そういうふうに、強くあること自体が本心は疑問なのだ。サッカー界で、清武選手や山口選手が、なんでヨーロッパでないと駄目なのかな、と考え直して、日本に舞い戻ってきたのに似ている。そのまま無理してたら、戦争後遺症になってしまうかもしれない。この内向きな態度を、(若手研究者にも多くなっているのだそうだが)、各々個人の人生の是非を超えて、考えてみなくてはならない。

いま、<忖度>という言葉が国会でも議論になっている。これは、小池都知事が、日本の体制的あり方を批判する根拠として引用した<空気>という概念同様、私たちの構造的な心性、敗戦の原因として原理論的に考察されてきたものだ。それが国会で、政治家に、ギャグにされている。<忖度>・<空気>があると<忖度>する<空気>があるだけじゃないか、と。政治のリアルは、そんなものじゃないよ、と。

おそらく、その通りなのだろう。私たちの内的な構造(心性)など考慮してくれない世界=政治のリアルがある。そこでは、<忖度>ではなく具体的な強迫が、<空気>ではなく具体的な強圧があるだろう。豊洲問題、地下水と建造物は構造的には別なので基準値以上の毒素が検出されても科学的には安全だ、というのだから、もはやなんで検査が必要なんだかもわからないくらい、つまりは事実が問題なのではなく、豊洲か築地かという空気・世論風潮をどう操作して決定していくか、という内的な政治談議になっている。しかしおそらく、そんな内向きな関心を超えて、横やり的に、外圧が入るのだろう。そして私たちは、自分たちの関心から物事を決定していく道筋を提出してくれている政治勢力をほぼ失っており、ただ、外圧と真の友人となろうとする勢力が、実質は少数派なのに、現場を仕切っているのだ。前線に触れず自分のことにも気付いていない私たちは、その勇ましい人たちをなお支持している。本土空襲まで戦争の実際を気づけずにいたかつての庶民のように。だから、気づいて、率先して戦おうというのか?

が、私たちが本当に戦えるメンタルを付けるには、清武選手の決断の方向からによって、と私は考える。もちろん、個人の人生問題ならば、ヨーロッパでチャレンジしていく若者が出てくることは奨励すべきことだ。が、私たちの気分、こんな「戦闘」やってられねえぞ、そこに正直に帰って立て直すことからしか、負けない持続的なメンタリティーを構築していくことはできないだろう、と、弱者の少年サッカー・クラブに関わる現場職人さんは思うのだ。

2017年3月25日土曜日

夢のつづき(2)


「古代人は脳の内部から発光するこの光のイメージのことを、よく知っていたようです。トゥカノ族をはじめとするアマゾン河流域のインディアンたちが、幻覚性植物を服用することで体験し、家の壁やさまざまな装飾品の上に描いたのとまったく同じ図形を、考古学者たちは早くも旧石器時代の遺跡から発見してきました。そればかりではありません。このパターンは世界中に見出すことができるのです。…(略)…これは人間が自分の脳の内部から出現してくる光のイメージを、幾何学的なパターンとして表現したものなのです。自分の内部からわきあがってくるこのようなパターンについて、人類はずいぶん古いころから豊かな体験と知識をもっていたようです。…(略)…眼球の中に出現する同じような光のパターン発生の現象は、ハッシシやメスカリンなどを吸引した時ばかりではなく、高熱を出した時にも、白昼夢を見ている最中にも、あらわれることがわかってきました。」(中沢新一著『カイエ・ソバージュ』「第四部 神の発明」「第一章 脳の森の朝」/講談社)

このブログでも取り上げた東浩紀氏編集の『ゲンロン 4』の対談において、東氏が、まず情報量の多さにおいて、柄谷氏より中沢氏のほうが圧倒していてそれだけでも勉強になる、という趣旨の発言をしていたので、私もその著作は未読だったので、読んでみた。内容の表面上においては、やはり柄谷氏と中沢氏の思考は似ている。が、たとえば一神教においてモーゼの評価をどうするかで、二人が決定的な差異をみせていることからも伺えるように、やはり、似て非なるもの、なのだろう。が、それはあとで考えよう。

今日は、中沢氏がその著作で論じていた、「内部視覚」とか、「内部閃光」と呼ばれるものについて、私も今年の「初夢」に続いた「夢のつづき」と言うブログでどうもそういう類いの現象に触れていたのかもしれないので、さらに書き留めておきたくなった。

私は、そんな現象がすでに研究されていることは知らなかった。ただ、何かすでにあるだろうとおもっていた。中沢氏の話が、真実かどうか、私にはわからない。が、私の「眼球の中に出現する同じような光のパターン」について、関心が向かうのだ。

最近、寝ざめの朝に、こんな経験をした。
夢をみていて、これが夢だな、と気づいたので、寝る前にやっている訓練のように、目を開けるのではなく、目を閉じたまま眼球だけをあけて、あげてみた。すると、夢の映像がボロボロと崩れていきながら、緑色の輝きの中に、上の図のような模様が現れてきたのだ。中沢氏の著作の中での引用紹介では、p502にあるトゥカノ族の「基本パターン」8に似ている。中沢氏の著作を読んで気になり始めたから、ストーリ性ある夢のつづきとして、そのような模様の夢を見たのかもしれない。が、それは異様に輝いていた。それがおそらくは一月近くまえ。

次に、1週間ほどまえ、次の図、ヨットのような絵文字をみた。やはり、夢だな、と気づいて、その夢が崩れて、浮き上がって来たのが、やけに白く輝いた背景の中での絵文字群だった。群というのは、もっとたくさんあったからで、それが日本語の縦列とか、英語の横文字とかの秩序よく並んでいたのではなく、バラバラな向きで散らばっていたのだ。私は、これは記号というより、文字なのではないか、と夢の中でおもった。目前に広がっているので、ひとつひとつの形ははっきりしない。そこで、中央付近にあったヨットのような形の文字に目を凝らした。下のほうが、2線であったか、□であったか見取れなかった、というより、目覚めてすぐに書き留めなかったので、そのとき、2線か□と記憶したのか、今はおもいだせなくなってしまっている。ただ、ヨットの帆が、斜めになっていたのだけははっきりしている。

寝入る前に広がる紫色のまだら模様を目を凝らしてみれば、格子模様や、指紋のような波だったり、色々あるようだが、よく見取れない。

こうした内部視覚が伺える領域は、夢の映像をみる脳の領域とは違っていると私は推察している。それは、「眼球の中に出現する」ような感じで、ゆえに「視覚」的だ。夢は、脳裏に、という感じで、脳みその中だ。しかしその2領域は連動している。私の見た印象では、荒い視覚模様が下地で、それが夢の複雑な映像を連想構築していく感じだ。基本的には、印象画の点描の原理に似ている。が、その点から画像への移行のどこかで、処理する領域が変わる。スイッチが入れ替わる。

私が、そう見える、そう感じる夢を見ているのかもしれないのだとしても。

2017年3月18日土曜日

サッカーIQテスト10問

本年度、新宿区の最後の11人制サッカー大会で、プロあがりの監督率いる強豪クラブ・チームを延長・PK戦の末破り優勝する。15年振り、不良ヤンキーたちで優勝した初大会25年前を含め3度目となる。昔と違い、単に活発な子どもたちが集まればなんとかなる時代ではなくなっている。逆に言えば、運動能力のそれほどない子どもたちの集まりでも、サッカーの知識・理解度が深まれば、強豪チームに張り合えるようになることが証明されたといっていいだろう。新宿界隈の上手な子どもたちがみな集まってくるような相手チームなので、判官びいきからか、応援はみな私たちに集まっていた。しかし、来年度からは、関わる小学校の生徒数、入部している子どもたちの減少を見越して、新体制でのぞむことになる。私は引退した監督に代わって、連盟理事に派遣される。そうした立場から、今後どう常勝チーム、いや負けないチーム体制に固めていくのかが、作業になる。



*****

(1) 弱い奴が強い相手を倒すことを、相撲では金星という。では、サッカーではなんという?

(2) ジャイアント・キリングとは、サッカーだけの話ではありませんね。たとえば、君たちのおじいさんをたどっていくと、巨大なマンモスを追いかけて日本列島にやってきたおじいさんに出会います。そしてもしそのおじいさんがマンモスにやられていたら、君たちはここにいませんね。では、おじいさんたちは、どうやってマンモスを倒してきたのでしょうか?


(3) サッカーでも、マンモスをみんなといっしょに落とし穴や崖に誘導して突き落とし、身動きを封じてから仕留めるように、ボールを持った強い相手をまずはワナの方へ誘導します。では、サッカーでは普通、そのワナはどこといわれる場所にしかけるでしょうか?


(4) サッカーは狩猟民、狩りをすることで食料をとっていたヨーロッパ人の間で生まれたものなので、田んぼや畑で食料を栽培していた農耕民の日本人にはなかなかゴールを仕留める決定力がない、とか世の中では言われています。しかし、お米を食べられるようになる2千年前よりもっと前までは、もちろん日本人も何万年と狩りをしていたので、その習性はもう君たちの遺伝子に本能として眠っていると考えられます。では、その狩りの本能は、相手がボールを持っている守備の時と、自分たちがボールを持っている攻撃の時と、どっちの時がよく発揮されると考えられますか?


(5) 攻撃の時とは、相手から奪ったボールをゴールへと運んでいる間のことですね。その間とは、ゴールという一つの目標を達成していくための筋道、と言えるでしょう。では、守備が本能によるとしたら、攻撃とは、人間のどんな能力が発揮されやすい、あるいは目標達成のためにどんな能力が必要とされる、ということになるのでしょう? その能力を表す言葉を知っていますか?


(6) 理屈、理性、筋道をつけていく論理力とは、問題を解決していく能力のことです。真実は一つ、と名推理力を発揮していく名探偵コナン君の得意なスポーツが、一つのゴールへと突き進んでいくサッカーであるのは、どちらもが事件、問題を解決していこうとする考え方として共通しているところがあるからですね。では、サッカーにおいて、その問題とはなんですか?


(7) 目標達成の邪魔をする相手がいるので、その邪魔をどかそうと工夫して選手は動かなくてはなりませんね。つまりそうやって、サッカーの動きは生まれていく、生まれてくると考えられます。サッカーでは、その動きのことを、○○○○を作る動き、とも呼んでいますね。つまりは、そのサッカーの動きを産み出すおおもと、原動力と考えられるそのカタカナ四文字のサッカー用語とはなんですか?


(8) スペースを空けて、埋める――その二つの動きがサッカーの基本原理に見えるのは、電気を流す、止める、という0と1、オンとオフという二つの基本言語だけで複雑な現象を産み出しているコンピューターの世界に似ています。そしてゴールは中央にあるので、それを守ろうと真ん中ほど邪魔する相手選手がたくさんいるのがその世界の筋になりますね。つまり、そこにはいかせるスペースを作りにくい。それゆえ、攻撃もまず人があまりいないサイドから侵入し、中央に密集した相手選手の間隔をあけようとするのが普通になります。が、守備のチームも相手をサイドへと誘導し、攻撃のチームもサイドへと相手を誘導する、これは矛盾ではないですか? いわゆる、このサイドの攻防の問題は、あらかじめ想定されるケモノ道のような筋道ですね。そのため、サッカーの監督は、発生する矛盾をあらかじめ目に見えるよう想定して問題解決のためのイメージを選手が持ちやすいよう、試合前に選手たちへと提示しておく設計図を描きます。この設計図のことを、サッカーではなんと呼んでいますか?


(9) システム、フォーメーション、単純には、形と呼ばれるもの。なんで人間の営みには、それが重要なのですか?

(10)たとえば、ここに棒が落ちていたとして、君はそれをどうしますか? 漢字の一のような形のものを手に、どう使おうとするでしょうか? この形のもので、サッカーはできますか? 丸いボールのような形のものでなければ、難しいですね。つまりそれは、この棒という形の弱点かもしれません。では、強味はなんでしょう? 君は、これを使って、何ができますか? 他の人をたたく? たしかに武器の剣になりますね。それから? 地面に絵を描く。できますね。地面を突っつけば、穴を掘ることもできますね。木の幹や、他のものを叩いて色々な音をたててみたらどうでしょう? 音楽もかなでられますよ。つまり、できない、やりにくいというその形が持っている限定、弱点が、今度は様々な想像力、そして創造力を産み出してくれます。不自由を受け入れることが、人間に自由を与えるのです。自由にやってごらん、そういわれるほど、人はどうしていいかわからなくなるものです。そして人間という形自体が、一つの限定、不自由ですね。四足の獣たちより足は遅いし安定していません。脳みそがたくさんなので頭が大きく、それを細い首で支えるだけで、肩こりや腰痛にもなってしまいます。しかし、その獣たちになかった大きな脳みそゆえに、私たちはあらかじめイメージし、問題を想定し、矛盾を解決していくことができたのです。そしてそうやって、君たちはいま、ゴールの前に迫っている。囲碁のようにスペースを陣取りながら、将棋のように王手をしている。記憶の大きさと計算の早さが進歩した今の科学技術では、もう囲碁も将棋も、人間はコンピューターにかなわなくなっています。けれども、コンピューターにできることは、王手までなんですね。論理的に詰みの筋道を開発していくまで、です。将棋なら王手で終わりですが、サッカーでは、ゴール前まできてフリーでシュートをしても、本当に入るかどうかわかりません。王手しても、本当に王様が取れるかどうかは、やってみるまでわからないのです。そこに、人間とコンピューターとの違いがあるのかもしれません。君たちはでは、この違いに、どんな意味を認めますか? そもそも意味があるとおもいますか? コンピューター・ロボットの鉄腕アトムは、自分が人間として認められなかったことを悲しみ、人類を救うために空のかなたへと消えてゆきました。サッカーをする君たちは、そのサッカーという人の営みを通して、どんなことを考えていけるでしょうか? イメージできるでしょうか? 


<Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...>


僕らの上には空だけ
想像してよ、
すべてのみんなが今日を生きている……
(ジョン・レノン「イマジン」)


*その後の情勢については、2019.2.10「世界システム論で読む少年サッカー界」

2017年2月24日金曜日

ジュビちゃん

「山極 遺伝的有効個体数というのがありますが、実は最近のゲノム研究で衝撃的な発見がなされました。狩猟採集生活から農耕へ移ったとき、世界の人口は八00万人くらいいただろうと言われています。そのときでも、人類の遺伝的有効個体数は一万人にすぎなかったというのです。それはチンパンジーの約一0分の一です。今チンパンジーは世界に――といってもアフリカだけですが――三0万頭くらいしかいません。ゴリラはおそらく六万~一0万頭だろうと思います。しかし彼らの有効個体数は人間の一0倍あるのです。つまり、遺伝的に非常に多様なわけです。これから人類の一0倍くらい個体数を増やしても遺伝的に劣性にならないのです。人間は今七0億人いるわけですが、それが有効個体数一万人であるということは、遺伝的にいかに均質な、危ない状態にあるかということになります。それを今共存させているのは、まさに文化的多様性なのです。それがあるからこそ、ここまで増えたと言っても過言ではありません。それを意識しなくてはいけないのではないでしょうか。
中沢 それはとても「有効」ですね。文化的多様性をどう実現するか。今はそれがとても乱暴なやり方で、反グローバリゼーションなどのかたちを取りながら出てきています。それは時代遅れと言って否定するようなものではなく、人類が現代の事態に古くからのやり方でもなんとか対応しようとしているのだろうとも思います。しかし、それを超えていくものが必要です。「人類の自然」というテーマはそこにつながっていくとき、初めて意味を持つでしょう。
山極 世界にはものすごく多様な自然がある。そしてそれぞれの自然に寄り添いながら、いろいろな儀礼が昔から行われてきた。日本も南北に長い島で、かつ二000くらいの島がありますから、そういうところでいろいろな祭礼や冠婚葬祭がそれぞれの伝統に沿って行われています。その多様性が日本をつくっている。世界規模で言えばもっとそうで、日本はその縮図のようなものです。そういうものをきちんと見直す必要があるのかもしれません。
中沢 食の多様性なんてのもありますよ。全国の魚彼岸や市場を歩いてみると、あまりの多様性に驚かされます。そういう多様性はものすごく重要になってくると思います。」(「人類の自然」中沢新一+山極寿一 『現代思想』3月臨時増刊号 青土社)

常用で手入れに入っている新宿のお寺に、今時季になると、渡り鳥のジュビタキがやってくる。公園とかの人の出入りが頻繁にあるところに飛んで来るのは雌の方で、雄は林の中にいがちなのだそう。山手通り沿いにあるこの寺に顔をだすのも雌の方で、鶯色の体に尾だけがオレンジと目立つ色立ち。メジロよりひと回り大きい。雄の方は羽が濃い青のもっと派手な小鳥らしいのだが、見たことはない。

飛んで来て顔を出すと言っても、警戒心は普段から見かけるヒヨドリやムクドリ、あるいはメジロやシジュウガラ、セキレイなんかよりも用心深い。ウグイスほどではない。が、一月も同じところに居座って、移植のための穴掘りや、グランドカバーのタマリュウを植えつけていれば、用心が薄れるのか、ふと気づくとすぐそこ、2メートルほど離れた庭石や垣根の柱に止まってこちらを見ていたりする。虫を食べるというから、土を掘り返しているこちらの隙をうかがっているのかもしれない。とはいえ、同じく地中の芋虫の類を狙っているムクドリ、ヒヨドリなどは、人がいる間は近づいてこないのが普通だ。そう比べてみれば、人懐こいと言えるし、また事実、なんだか心の通う交流がはじまってきそうな感じになるのである。鳴き声に慣れてくると、すぐに近づいてきたのがわかる。
「ジュビちゃん、きたね?」
名前のジュビタキとは、火焚き、ということだそうで、シュ、シュ、という短く切る音が、火打石をこする音に似ていることからくるそうだ。朝の9時ころにちょこっとだけ挨拶するように姿をみせてどこかへいき、午後の3時ごろにまた現れて、お寺のあちこちを飛び回って餌をさがしているふう。1時間を超えるくらいは、私たちのまわりをうろちょろしているのではないだろうか?

佐渡の朱鷺も、農作業をしている地元の人の間には降りて来て田んぼの餌をついばむそうだが、観光客の前には現れない、と聞いたことがある。ジュビちゃんも、私だとわかって、安心して活動をはじめているふう。メジロなどもよく私たちの近くにあるウメやツバキの花のミツを吸いにくるけれども、こちらに関心があるようにはみえない。ハトのなかには人なれしているのもいて、脇を平然と通り過ぎていったりもするけれど、自分の欲求のことしか考えていないようで、お互いの心が通える、という感じにはならない。それはカラスと同じだろう。

が、私たち、と言っても、一緒に仕事をしている職人さん、自分の作業に夢中なのか、あまりジュビちゃんには関心がない様子。ハトの卵やカラスの赤ちゃんにさえ人道的な思いやりを見せる団塊世代の人物なのだが、ここ数年は急に老化が目立ってきて、落ちてきた仕事量を作業時間で補おうとするかのように、ひたすら与えられた仕事に没頭する。60歳を過ぎたころに腰痛手術を受けていったんはこの植木屋を退職したが、結局その間、シルバー人材で植木仕事をやっているのだからと、親方が呼び戻した。実際は、後を継いでいる自分の息子に愛想つかして若い人材がみなやめて人手不足になったからだろうが、そんな人聞きの悪い話を受け入れる職人さんではない。娘さんによると、またここで、というよりも私と一緒に仕事をするのが嬉しくてしょうがないらしく、朝からニコニコして出勤していくようになったという。けれども、若いときには過激に飲み歩いた人だ、体にガタがきている。腰痛手術のための検査で心臓が悪いとわかり、不整脈がなくなるまで手術が延期にもなったりしたようだ。昼食時に飲む薬を忘れると、顔に浮腫みがではじめ、ほんとうに妖怪のような風貌になる。そんな事情も知らずに、夕方が近づくにつれどこか顔が崩れていく印象を受け、帰りの5時の時には両目がコブでふさがれた状態で現れたときには肝がつぶれた。仕事が忙しくて病院に行く暇もなく薬切れ状態なのだという。もちろん、仕事はもやは忙しいどころか暇でしょうがない。親方とのマンツーマンでやっていたときの強迫観念から抜け出せないので、自分から病院で休むとは言えないのだ。今もこのお寺で親方ともいっしょにやっているとき、一服の缶コーヒーを飲み終えるやさっそくと作業をはじめる。5分も休まないだろう。煙草に火をつけたばかりの親方は一瞬驚いたような嫌な顔をするが、もう何もいわない。親方よりか5歳以上は年上だろう70歳に近いその職人さんの後姿は、今を生きているのか、過去を生きているのかわからない。物忘れが2・3か月ごとに進化していく、という気がする。自分でも気づいたのか、「認知症かなあ」と漏らしたこともある。そしてそうふと自覚する時のなかで、おそらく職人さんは、この毎日が最後になるかもしれない、と噛みしめただろう。そうしてまた、過去の習性に忘我してゆく。その一つ作業に埋没してじっとしている姿には、しかしだから、今日を生きている喜びが刻まれている。その刻印の微かな威光が、親方を黙らせるのだ。

シー、シー、と灯篭の傍らにうずくまってタマリュウを植えこんでいた私の近くで、静かな鳴き声がする。
「うん? ジュビちゃん?」 私は顔をあげて目をきょろっとする。園路を仕切る割竹の囲いにとまったその姿が写った。
「あれっ、鳴き声を変えたの?」 発情期を迎えた時の鳴き声だろうか?
すると、背後で黒松の手入れをしていた職人さんが応答した。
「ああ、じゃあ、さっきからいたんだね。わからなかったよ。」
私は作業着の胸ポケットから携帯電話を取り出して、カメラモードにした。
「ジュビちゃ~ん、動かないでね。」 何枚か、シャッターを切った。その音にも、ジュビちゃんは驚かないで、ずっとこちらを見ていた。松の手入れを終えられる目どがついたのだろう、だから職人さんは、周りの気配にも気付いたのだろうか。北風はなお強く、ジャンパーのフードを被った職人さんのうつむいた表情は見えなかった。ジュビちゃんは声もたてずにじっとしている。

私自身、小鳥たちのさえずりに耳をそばたてはじめられたのは、ここ数年になってからだろう。公共工事を息子に任せ、親方と私たちは昔なじみの仕事に引きこもってからだ。ある意味、のんびりとした時間を過ごしている。その急かされない時間の中で、50歳を迎える今年がやってきて、はじめて私はジュビタキと仲良くなった。何年も前から気になって野鳥図鑑なども買って調べていたけれど、ジュビキタスなどと間違って覚えたままだった。もう違う。しかしこの違いは、私が毎日を噛みしめ始める歳に入って来た、ということなのだ。だからおそらく、忙しく働いていても、そのふとした時間の緩みの中で、私は小鳥たちのさえずりに耳を澄ますことだろう。

ジュビちゃんは、それを知らせるためにやってきたのかい? 今日の風変わりな不思議な呼びかけは、そういうことなんだね? 自分がまだ、それを受け入れる喜びからはほど遠いことはわかってるよ。だから、そんな神妙な目を向けたまま、じ~っと見つめないでおくれよ。

*ジュビタキではなく、正しくは、ジョウビタキ。野鳥図鑑見ながら書いての読み間違え。下は、オス。新宿消防署の手入れしている時、署長の社宅の庭で。