2016年2月26日金曜日

方針の今後

「大塚監督の練習メニューにはメッセージがある。最初に練習の意図を選手に伝えられなくても、あとになってみるとハッと気付くものがある。選手たち自身が「気付く」ために種をまくような練習方法と言ってもいい。/ 例えば、30m走。4.6秒で30mを走るメニューを部員全員で100本行う。最初の20本は監督の悪口から始まる。「なぜこんなことさせるんだ」「バカじゃねえの? 意味ないじゃないか。」そんな声が1年生から聞こえ始める。/ 50本くらいになると次第に4.6秒に入らない選手を罵倒する者が現れる。「お前が入らないから本数が減らないんだ」。選手同士のぶつかり合い。しかし、80本くらいから終わりに近づいてくると今度は励ますようになる。不思議なもので「おい、もっと頑張ろうぜ! 負けんなよ! 入ろうぜ!」と後押しするような声をかけられるようになるという。最後には速いやつが仲間の背中を押すようになり、だいたい100本を達成する頃には選手同士が助け合っているのだ。」(『監督たちの高校サッカー』 青柳愛・笠井さやか著 東洋館出版社)

本年度の最後のサッカー大会になる、新宿区ライオンズ杯2部(4年生)準々決勝は、私もコーチのひとりとして参加する学校単位のクラブチームと、Jリーグプロ経験者が指揮する強豪クラブとの対決になった。結果は、0対0の引き分け、PK戦のすえ、わがチームが勝利をつかむ。

見どころは、はじめからはっきりしていた。ポゼッションサッカーとしてのマニュアル的戦術を叩き込まれたエリート集団に、特別には何も教えられていない子供たちの生き生きサッカーが、4年生段階で、どれくらい通用するのか、あるいは、もうこれから差が開く一方になるのか、その方針の差異からくる子供たちの伸びしろ可能性の見当材料、だ。いわば、小学生年代への育成コーチングの在り方の是非が、問われてくるだろう、と。相手チームのベンチに入った4年担当コーチは、東京トレセン代表チームのベンチにも入っているコーチである。去年の対バルサの国際大会でも、ベンチにはいっていた。

私たちクラブでは、校庭も狭いので、4~6年までが、上級生枠として一緒に練習している。本年度までは私がメインに見ていたが、来季以降のコーチ引き継ぎ体制を作っていくためにも、私は2部のベンチには入らない。(私が一希と一緒にこのクラブへ参加したときは、試合までみにきてくれるコーチは一人もいなかった。)その学年のパパコーチに任せて、私は副審判にはいった。

「この子たちがどこまで頑張れるのか?」……少なくとも、ほぼ全員がリレー選手で、足が速い。しかし、まだサッカーらしいことは教えていない。一希が内藤新宿代表を卒業してこちらのクラブにもどってきてからの練習は、スポーツの練習というより、「とんねるず」かなにかのお笑いスポーツ番組のような状態になる。遊んでいるのだか真剣なんだかわからない。相手は、左右に揺さぶりながら縦パスを入れてくるのがメイン戦術とわかっているので、こちらは4-4-2の形で対応を考えたようだが、子供たちがいきなりその意味を理解できるのかもわからない。が、形は大きく崩れることも、崩されることもなかった。たしかに、2人以上の連携となると、相手のほうが上手だった。が、1対1では、必ずボールを先にさわり、かわすアイデアも豊富だった。一瞬先に触ってかわす、が、サポートがないので、また捕られる、がすぐに次の者がさわってかわす、また捕られる、そして短いパス回しをされる。が、逆サイドへの大きな展開は、またすぐに近くのものがボールに触るので、相手の思うような試合運びをさせる暇をあたえなかった。そのうち、相手コーチからの指示が飛ぶようになる、「小さくつないでてもダメなのわからない? ボールをとめるな! ダイレクトで大きく蹴ろ!」……ポゼッションの方針を放棄するような声が上がった時点で、「これは勝つな、勝ったも同然だ、こちらの子供たちは生き生きしていて、見ていて面白い。何をするかわからない。ワクワクする……」――相手ベンチ前をフラッグをもって行ったり来たりしていると、コーチの独り言が聞こえてくる。「なんでレフリーはこちらには厳しいのに、あっちには甘いんだ……」

その翌日にあった、上級生最後の試合まえ、私が子供たちのモチベーションをあげるためにいった言葉(「シナリオ」)は、こんなことだ。――「……相手ベンチのコーチからは、審判が公平でないと文句が聞こえるようになった。副審していた私も、そうおもいました。しかし、ではなんでそうなったか、わかるかい? 主審は、新宿FCの、理事にも入っている〇〇さんだよ。それはね、前の週の1部の試合で、君たちが、強豪相手たちにもひるまず、みんなで声をだしあって、生き生きしたサッカーを貫いたからだ。メンバーもそろわない、弱々しいクラブと思われていたのに、君たちが、そんなことにも負けずに、最後まで戦う姿勢を見せていたからだ、そして、それこそを後輩たちが引き継いでいるのがわかってきた、それが、主審もする理事の心を動かしたんだよ。最後挨拶にいったとき、理事たちの君たちをみる目が変わったのを、気付いてないかい? 審判もロボットがやるんじゃない。人間なんだ。今日、準決勝進出を決めた4年生たちが応援にくる。負けることを恐れるな。結果じゃない。人の心を動かす、そのサッカーをつづければいいんだ。……」

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ちょうど一希のサッカー大会が終わったのと重なるように、私の仕事も暇になって、こんなブログを、平日の天気だというのに書いている。さきほど、冒頭で引用した著作のほかに、『静学スタイル 独創力を引き出す情熱的サッカー指導』(出田勝通著 KANZEN)、高校部活サッカーの監督の話を読み終わったところだ。私も、高校まで野球部を経験しているので、冒頭にあるようなノウハウはわかる。エリート集団のユースチームの育成実情などは、まだ情報少なくわからないのだが、U-23以下の日本代表の様子をメディア観戦しているだけでも、技術・知識偏重の問題点は浮彫りになってくる。おそらく、だからこそ、また高校部活での実際を検討していく著作が刊行されはじめているのだろう。が、たとえば冒頭引用のようなランニング練習法は、たしかに仲間の結束とチーム力をあげてはいくけれど、それはその閉じた関係のなかで完結しやすく、一歩外にでると、別の倫理感で選手が動くようになりやすい。一希が厳しい新宿代表チームから所属チームに戻ってきて、ハメを外すようになるのは、その一例だ。私は、そうして鍛えられた選手が、社会人としても立派になっていくといった見解は、疑わしいとおもっている。薬物でつかまった清原選手は、行き過ぎであっても例外ではないだろう。しかも、この部活倫理復活のような動きは、現政治政権の、イデオロギーとも結びついている。事実、著作で引用された監督が、内閣官房に入る官僚と手をたずさえて、次の現実を動かす体制と方針を決めるに関与するのだ。たしかに、曲がった棒はなおさねばならない。が、どう曲がっているのか、右か左かという単純なものではない、斜めなのか、ねじれているのか、まっすぐなおすとは、ではどんな方向でなのか……が、実はなおよくわかっていない。敗戦後、日本の思想界は、そこを言語化するよう死にもの狂いで究めてきた。私も、それらの著作を読んで、わかったような気になっていたかもしれない。が、こうして子供のサッカーに付き合い、その実情に触れてみると、なおまだ不明瞭で、わからないことがたくさん出てくるのだ。子供のサッカーが終わっても、私はその不明瞭さを意識化していくよう生きることになるのだろう。

2016年2月25日木曜日

4戦全敗



一希最後の大会、全敗で終わる。

チームとしては、とりあえず、ここまでだっただろう。試合だけは、集中してよく頑張った。籤運よければ、決勝トーナメントにいける実力は見せていただろう。一希個人としても、真剣に頑張っていた。いや、3試合目は、フィールドで散歩をはじめた。最終試合は、ボランチにいれて、中学年くらいまで見せていた、ボールを散らせるセンスと、ドリブルでの切り込み、ゴールへの意欲を回復させようと賭けにでようとしたが、本人が、センターバックを希望。コーチとして、父親としては残念だが、すでに自分の道を模索し悩み始めていることは見えてきている。

以下は、その大会途上での、コーチ間でのメールのやりとりの中で、私が送信したもの。

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今日の結果です。対新宿FC 1対5、負け。得点マヒロ。

中心2選手を欠いた10人での試合でしたが、前半こぼれ球からのカウンターで2失点はしたものの、ゲームは優勢に進めてたため、後半は対SKでは出場しなくてすんでいた、ケガでベンチスタートだったエースがでてきた時点で、ゲームを決められてしまいました。それでも最後、リョータのクロスにマヒロのダイレクトボレーという、素晴らしい粘りはみせました。少なくとも、この学年は、この最後の大会に照準をあわせて育成するしかなかったので、ベストメンバーに足らずとも、あきらめずに結果をねらっていきます。そのことで、強いだの弱いだの、が意味のないことを、子供たちに目に見える形で証明できたらとおもいます。

2/14(日)

1)対早稲田、0対2、負け。

2)対落一、0対2、負け。

2試合とも、後半途中まで、一進一退の攻防続くも、Ckから1失点、点をとりにいったところでのダメ押し、でした。シュート数自体はこちらが断然上でしたが、そのぶん、こちらの問題点が浮き彫りになった形です。

以下は、終了後のミーティングで、いったことです。

君たちは頑張ったかもしれない。が、二度、同じ試合が繰り返されたということは、君たちの内に問題があるということだ。何が考えられるか? 「決定力」「決定力とは何?君たちは大会前の練習で、何を注意されていたか?集中と真剣さがともなっていないと、再三いわれてきた。おそらく、どちらのチームも、君たちより真剣に練習にとりくんでいる。それが、シビアな試合になればなるほど、力の差としてでてきている。ちょっとの点差でも、この差を埋めるには、半年、一年、君たちが真剣に練習に取り組んではじめて埋めらる大差です。途中、君たちは我慢できなくなって、ただ蹴っ飛ばす芸のないサッカーになっていった。最後に戦うSKは、早稲田に2対0、新宿に6対0と、負けている。しかし、どんな状況でも、自分たちのサッカー、考え方、スタイルを貫いていくチームです。次は、勝ち負けよりも、サッカーの勉強をするつもりでのぞんでください。」

2/16

現場仕事で、夜は8時には寝てるので、返信遅くなります。

女房の発言にしろ、内藤とう進学問題にしろ、実際には、社会的な不安からきているので、説明機会をもうけることが、その不安を払拭することになるとはおもえません。女房もイツキ4年のとき、落五六のコーチ体制をみかぎって、他のクラブへの移籍と息巻いていたことがあります。事実、三人やめて、三人新しく入って今の六年人数です。子供のたま遊びに自棄になること、書道とかではなく、目先の計算に思考を特化、硬化させようとすることに、私が暴力的に反対したから、イツキも残ったわけです。内藤に子供を送った落一の母とも話したことですが、そんな風潮は、母親が安心感をえたいだけのブランド志向だよね、私は子供が刑務所に入ってもそこから這い上がっていける「エネルギー」をつけさせるために、内藤終わってからも朝練に参加させていると。私の女房はこんな度胸座っていないので、ぎゃあすか騒ぎ、母権制の名残強い日本では、父親は黙っているわけです。が、以上もふくめて、この間の帰り道で〇〇コーチとも確認したように、そんな風潮は、「勝ち組、負け組」という通説に代表されるような、アメリカが一人勝ちしたと幻想されたことからくる新自由主義的な思想の末端での現象にすぎません。が、もうそのうち金融破綻でアメリカのヘゲモニー構造は終わります。道連れにされた日本では、子供のサッカーに金をだす親もいなくなり、外資は引き上げます。だから、目先の風潮に左右されない、地道につづけられる考えでいったほうがいいね、と。

形式的には、上級生の応援や内藤説明会をもうけてみることに反対しませんが、問題の解決にはならないということには、自覚的であるべきです。

2/18

お疲れさまです。

フォーメーションは、荒川区招待大会後に合流してくる新内藤の疲労度、コタロの指骨折と足首の具合、ヒイロの腿筋肉の炎症の具合など(二人はスクールなどで休みがないので、やり過ぎだとおもいます。)、色々あるので、何通りか考えていきますが、コタロのキーパーがなくなった時点で、ベスト布陣はなくなっていますね。

それよりも、大会自体の決着が着いたあとで、どうやって子供のモチベーションをあげるかが問題です。しかも、後輩が皆見に来るということなので、イツキなど、「えっ、マジかよ!」という感じです。勝者のメンタルを味わったことのない学年なので、不安でしょうがないでしょう。そのまま戦ったら、大差で負けます。今回は前審判は〇〇コーチにたのめたので、逆転のシナリオは準備できます。全日本予選も後審判が多かったので助かったのですが、私は相手のチーム情報だけでなく、どんな言葉なら子供が食いついてきて燃えてくるか、組み合わせが決まった時点から、材料を集めて、シナリオを書いていきます。それを、前試合のハーフタイムでのグランド練習からメンバーチェックが終わった、試合十五分前の十分間で、子供の目をみて、どのシナリオ、材料を使えばいいか、取捨選択するようにしています。今回は、「今日君たちは、皆のまえで恥をかきにきた!」ということから始めることになるでしょう。

また、来季SKにいくヒイロがだいぶ迷いためらっているようなので、こちらにもモチベーションを転換するためのシナリオを用意しなくてはと考えています。たぶん、土曜日は怪我ではなく、母親からとめられていけなかったのを、日曜日は強引に自分の意志で出てきたのだとおもいます。ヒイロには、専門的なコーチからのコツ的なワンポイントアドバイスをたくさん受けて個人技を研いたほうがいいとおもうので、私自身がそちらにすすめたかもしれないので、ヒイロの不安を脱ぐってやる必要があると思っています。内藤新宿は、足下技術まだ未熟な選手たちでも、それでも代表として結果をだしていかないといけない圧力の中にあるので、チーム的な戦術やメンタル面で強くなりますね。ヒイロだととまどうでしょう。

2/18

△△コーチのおっしゃることはわかりますが、まず大人のほうが、子供の無意識な不安を言語化して安心させてやることからはじめないと、逆効果になります。後輩のまえで、恥ずかしくないよう頑張れ、ではいけない。全日本予選もそうしてきてます。そうするのは、私には苦い経験があるからです。トーマ君三年生のとき、コーチいなかったので、私がはじめてベンチコーチした、対早稲田戦、大差で負けることはわかっていたが、頑張れと送り出し、18対0で負けたときの、なっちゃんの悲劇的な表情。私はそれ以来、正直な分析から入ることにしています。そこから、モチベーションを高めていくシナリオを考えるようになったということです。ヒイロの件も、すでに敢えて皆の前で来季移籍することを公表してますが、それも同じです。皆の不安を払拭して、事実から建て直していくためです。これまでの経験上、それにネガティブな感情を抱く子供はいません。

2/21

今日はたくさんの父兄、選手たちに応援にきていただいて、ありがとうございました。結果は4対0と残念でしたが、子供たちは、自分たちも大会で優勝していくようなチームとも戦えるのだ、と手応えは感じてくれたとおもいます。とくに、SKのビルドアップを、あそこまで困らせたチームは見たことがなかったです。相手にひるまず、3フォワード同士での撃ち合いを狙いましたが、バイタルエリアからのドリブル個人技で切り裂かれた4失点でした。

上級生の大会は終わりましたが、その生き生きしたサッカーを引き継いで、四年生が準決勝へと駒を進めて頑張っています。よりいっそうの健闘を、上級生も応援していきたいとおもいます。

ご協力ありがとうございました。>>

2016年2月1日月曜日

性的なもの――手相(2)

「そして、<存在の一義性>は、最も普遍的なものとしての<存在>を中心問題とするものでありながら、最も普遍的ではないもの、最も個別的なものとしての個体をめぐる問題としての「このもの性」、つまり個体性と密接に連関するものですから、ここに普遍の問題との関連が当然あるわけです。もっとも、誤解されないように付け加えておくと、普遍の問題は<存在の一義性>が問題圏域にするものと重なるものではありません。なぜなら、<存在>は最も普遍的なものでありながら、普遍ではないのですから。普遍論争の圏域は、実はカテゴリーに収まる範囲と同じです。存在の一義性は、その圏域を越えて登場するものです。アナロギアの場合でも同じです。そこには、<存在>概念に潜んでいるねじれのようなものがあって、そのねじれが実は普遍の問題と、<見えるもの>と<見えざるもの>の問題を重ならないようにしているように思われるのです。私が普遍論争が中世哲学における最大の問題ではないと考えるのも、このような事情があるからなのです。私には、普遍の問題とする圏域を越えたところ、カテゴリーを越えたところにある問題群の方がより大きな問題と思えるのです。」(山内志朗著『普遍論争 近代の源流としての』 哲学書房)

子供にサッカーを教えていて、不思議におもったことがある。
まだ低学年の男の子なのに、参加している女の子を前にすると、人が変わったように肩の力が抜けて、でれでれするというか、ほのぼのしてくるというか、なれなれしくなるというか、奇妙に優しくなるのである。おそらく、ここ4年ほどで、100人近くの子供たちに接しているとおもうが、そういう男の子が、二人いた。割合としては少ないが、その不思議さの印象が強いのである。最近では、13人に一人の割合ぐらいで、見かけの性別と実際的な性向が違う人がいると騒がれたが、となると、だいぶ低い確率である。が、ならば、おかしな話だ。男性が女性に魅かれるのが本能的な多数であるとするなら、あまりにこの本来的であるはずな現象はまれすぎる。というか、低学年の頃など、平気で銭湯や温泉で、父(母)親と一緒に自分の性とは違う風呂場に連れていかれても平気なように、異性への関心など目立たない。そういう傾向が目に見えてくるようになるには、小学の高学年でもませているような感じで、ならば、性愛とは、本能というよりも後天的な、生得的だといったほうが正しいのではないか、と思えてくる。

息子の一希は、赤ん坊から幼少のころ、お世話になるじいさん・ばあさんから、同性愛者ではないかと言われたりもした。なぜか、男性のほうに反応が強く、一緒に行動したがる傾向が見えたからである。が今は、そんなことはない。が、それだからこそ、後天的、生得的な現象に見えてしまう。

とすれば、そういうあとから見えてくる成長とは違い、まさに先天的なともいえる、あの女の子をまえに変貌した二人の現実はなんなのか? 大多数とは違うのだから、先天的ではあっても、本能的ともいえまい。もちろん、私の知らないところで、精神分析的なトラウマがすでに刻印されていたから、と考えてみることもできる。一人は長男で、もう一人は上に歳の離れた姉がいたりで共通点もなく、特別に着目するような家族関係があるようにみえない。だいたい、普段二人が異常で、高学年になってもっと変わった、ということもない。おそらく、相変わらず、普通の男子よりも異性好きである。というか、その接した方が、もうプレイボーイ的だ。急に猫なで声になったりして。いまは低学年のころの突然変貌な強烈さはみせないけれど、やはり私には奇妙なのである。というか、すでにその初めての衝撃のとき、私はこうおもったのだ。「とり憑かれてるみたいだ、……」

新宿代表の新チームの朝練に参加する息子についていったところ、男子にまじって一人女子でも頑張っていた選手の父兄と、――今の子たちは中学受験のために学校休んじゃうんだね、試験日だけじゃなくてずっともう来ないんだよ、学校って、休んでよかったんだっけ? これじゃ小学校はバカにされて荒れてくるよ。俺なんか、俺自身が荒れてたから、中学には行けないで、山の寺小屋に隔離されてたんだけどな、と会話をしだす。それで八戸から津軽へと行かされたんだ、というので、「イタコのところですか?」と私が冗談で応じると、はっとしたように、「そう」という。俺のばあちゃん、イタコだったんだよ。そのなかでも序列があるみたいで、上のほう。俺もばあちゃんも嫌われ者だったから、ばあちゃんに可愛がられたんだ。〇〇クラグのコーチのなかで、見えちゃう人がいるんだよ。その人と最初あったとき、これ以上近づかないでくれ、っていうんだ。なんで? ってきくと、俺の後ろにすごいのが憑いてるっていうんだよ。それ以上近づくと、自分のが食われちゃうから、やめてくれ、と。……そんなふうなぐあいで、雪が降ってきそうな寒い早朝、奇妙な話がつづいた。そこで私も、今年初詣にいって、はじめて手相をみてもらったこと、そしてその占い師に、あなたにはたくさん守護霊がついてる、と言われたことを話したのだった。占い師は、ノートにいくつかの〇を円になるように描きながら、「そのなかに、著名な人がいますね」ともらす。「身に覚えはありませんが…」私が返答すると、「いや、いますね。」……

私には、人が言う性は後天的、生得的なもの、本当の性は、憑依的なものにみえる。

2016年1月12日火曜日

手相

「勘助は、両親兄姉妹の家庭に囲まれて成長したと思われる。いつ発病したのか不明であるが、青年期の働き盛りを迎えて悪化したのであろう。このとき、父は亡くなり、十五歳年長の兄が当主となり、母を助けて一家を切り盛りしていたのであろう。家族、親類が相談のうえであったのであろう。勘助は心願の旅に出ることになった。勘助を思う旧来からの友情か、行動を共にしたいという大野村の宇左衛門が同行することになったのも、旅立ちには好都合であったのかもしれない。菩提寺で、寺請をお願いしてある時宗安養寺に往来一札の発行を申し出た。弘化四年二月三日往来一札は発行された。勘助二十六歳のときである。出立にあたり家族縁者は路銀その他として相当額の金を勘助に持たせた。勘助が死亡時、宿に預けてあった金が一両二分もあり、連れの宇左衛門出立までの入湯費用、草津までの路銀を勘定に入れると、相当額の金を持参していたことが推測される。この事実は、長浜村の困窮というにはかなり経済的に豊かなこと、また勘助を死出の旅に送るにさいしての家族、縁者の慈悲の愛を物語っている。」(高橋敏著『家族と子供の江戸時代 躾と消費からみる』 朝日新聞社)

帰省して初詣にいったさい、神社の露店として出ていた手相占い師にみてもらった。占いをやってもらうなどとは初めてのことだが、50歳にもなろうとするものが、今さら運勢でもないので、子供といっしょに、その手相の比較、類似と差異点などの話を聞かせてもらえたらと思ったのである。親子ともども、私たちは世間では珍しいという両手マスカケなのである。大人2千円、子供ならその半額でいいですよという話だったが、二人の手相を見比べながらはできないらしい。そこで私から見てもらった。男は左手、ときいていたが、そうではなく、30歳までが左手、それ以上が右手の相に現れるのだそうだということで、両の掌をだして広げてみせる。……あなたは頑固ですが、運命線の下の二重線は、自分の持ち場をしっかりする責任感が強いことを表しています。社長になりますよ。技術系の仕事ですね。職人ですか。九死に一生の事故にあってますね。だけど、運命線自体が二重線になっているところもあるので、生命力つよく、長生きしますね。とくに、今年は、運勢がいいです。そうですね、6月、誕生日ですね、いいことありますよ。ただ頑固者なので、もっと奥さんとコミュニケーションをとったほうがいいですね。……みたいなことを、よく聞き取れない、くぐもった声で独り言のように語る。オデコがだいぶはげてきているが、50代だろうか、どこか副島隆彦氏に似ている。自分が職人系なのは、私の日に焼けた顔と掌のタコを目にすれば推察できるだろうが、「九死に一生」を得ていると言ったのには、びっくりした。女房ともっと話さないとだめだ、というのも説得力があって笑ってしまった。

で、次に、息子。……あなたも長生きして、社長になりますよ。…なにか丸みのおびた道具を使う運動をしていますね。みんなを盛り立てていくような、他の人を華やかにさせるような、クラスでの人気者のような感じですかね。(「お笑い系ですか?」と私がきくと、)ああ、それでもいいですね。だから仲間を大切にしてください。あとトイレ掃除、玄関でみんなの脱いだ靴をそろえるとか、そういうことをするといいですね。責任感がありますね。社長になりますよ。

息子が球技をしているのは、なんとなくの体系と、ズボンの穴ふさぎの継あてに、FIFAの審判マークのワッペンをしているのを見れば推察もできようが、クラスの人気者でお笑い系だという見立ては、同じマスカケでも私と違う意見なので、なんでそう言えるのだろうと思った。子供の方が話が短かったのは、やはり手相が、未来を予測するというよりも、経験原則、統計的なデータの集積からきている知識だからだろうか。息子への語らいのほうが、自信がなさそうだった。ただ、どちらも「社長」になる、とはっきり言うのにはおそれいった。両手マスカケの人は300人から500人に一人の割合だとその占い師が言ったのを私は記憶していたが、息子によれば800人と言ったという。聞き違いが激しいので、息子がネットで調べてると、1000人に一人とある。その確率だとだいぶ珍しいが、その同じ形の中にも、微妙な差異があるのだろう。

で、去年はサッカー試合で忙しく、一度もいけなかった旅行、今年は草津温泉へ一泊してくる。湯の花畑の脇にある神社にお参りすると、そこは「遅咲き」を願うのを主とする神社なのだそうだ。一希も奥手だろうと私はおもっているので、お守りを一つ買ってやったつもりだったのだが、この「遅咲」、50歳以後からの願掛けにいいという説明が掲示してあるのに気付く。「え、俺のほうのことか?」と一瞬おどおどして、「50すぎたらもう余生の準備でいいよ、そんな歳になってから忙しくなるのはいやだなあ」とおもってしまうので、このお守り、息子にはなおさら渡せなくなってしまった。しょうがないので、サッカーコーチ用の私物をいれる手提げ袋につけることにした。一希6年最後のサッカー大会がはじまる。まだ、地元小地域以外でのタイトルがない。というか、一度も勝利したことがない。社長になるよりも一勝を。この最後こそ、と、遅咲になる健闘を願って。

2016年1月10日日曜日

普遍論争――世界での戦い方(3)

「議会制デモクラシーに代表される西欧近代起源の「普遍的価値」に対抗する「実体としてのアジア」を評価する柄谷らの姿勢は、欧米的「普遍的価値」に対して「社会主義的核心的価値」をいう現代中国の党=国家戦略を評価するのと、結局は同じことを意味してしまう。こうした事態の根底に横たわっているものこそ、近代日本から現代へと脈々と続いている「脱近代」への絶え間ない誘惑なのである。」(石井和章編『現代中国のリベラリズム思潮――1920年代から2015年まで』 藤原書店)

日本に固有のサッカーを作っていかなくては世界で戦っていけなくなるだろう、という前回ブログでの私の主張は、逆に言えば、普遍的サッカーというものがあるのか、という問いを暗黙に含んでいる。というか、「ヨーロッパ」のサッカーを理念型として「追い付き追いこせ」という話を受け入れた上での主張なのだから、それをイデアルな「普遍」として捉えていることになるのは当然になろう。が一方で、その「普遍」に対抗しがたいのは、それが理念やイデオロギーとしてだけでなく、事実の上にあるからだ、という付記的な発言からも知られるように、一般的な文脈、問いかけをずらしている。私としては、「普遍」は実在するのか、そんなものはなく、個物(特殊)だけが存在するのか、と言った問いは問いつづけてもしょうがないので、その事実が多くの人に強度をもって信仰せられているのであるならば、それを「普遍」として仮構しておいてもいいだろう、という程度の態度である。だから、これぞサッカーだ、という普遍性=理念は存在すると言ってもいいだろう、世界の多くの人々が、そう信じ流通させているのだから。つまりサッカーとは、一般名詞であるだけでなく、それが各個人に折り返し了解させられて固有の愛着を生じさせている、固有名なのである。そして柄谷氏の『探究』によれば、固有名こそが「普遍」に結びつけられている。これぞサッカーと人々がおもうとき、そこには「この」サッカーが好きだ、称えている、というサッカーとの固有関係もが内在されているだろう。

このように、一般的な問題設定を受け入れた上で、それをずらしていくことでよりリアルな実体に迫ろうとする態度変更は、アメリカのヘゲモニーの揺らぎが顕著になっている政治の世界でこそ火急な課題なのかもしれない。次に世界を支配するのは中国だと召されている。その中国でも、今目指している立場を正当化するためのイデオロギー的探究が盛んであるらしい。そして日本の中国研究者の間では、冒頭引用にもあるように、柄谷氏の近著『帝国の構造』などが現支配体制の専制政治を支援してしまうものになると批判的である。もしかしたら、柄谷氏は、自身の説く「帝国の原理」が、そのように機能してしまうことにあらかじめ自覚的であったかもしれない、その誤読・無理解を。少なくとも、その理論的な作業だけを読んでいるだけなら、たとえば最近の氏の発言などは理解不能になるだろう。

<柄谷 …(略)…ただし、僕は中国がアメリカの次の覇権国家になれるとは思わないんですよ。覇権国家になるには、前の覇権国家の承認がいるんですね。イギリスはドイツとなら徹底的に争うが、アメリカならいいかという感じがあった。同様に、次の覇権国家が中国かインドかという状況になったときには、アメリカはインドにつくと思う。しかし、そもそも、その時期まで資本主義経済が無事に続くかどうか不明です。もうひとつは、中国とロシアには再び革命が起こる可能性がある。中国の場合共産党が残っているし。>(『ふらんす』特別編集「パリ同時テロ事件を考える」 白水社)

理論著作では実際、現中国の帝国的実際を肯定するような言辞は見て取れる。が、その時点でさえ、中国はヘゲモニー国家にはなれないと見切っていた。今回インドというのは初耳な気がするが、少なくとも、インドはノーベル平和賞という現世界的枠組みを継承する姿勢をみせているが、中国現体制は、受賞者を獄中へ送ったままだ。これでは、普遍的な「事実」が強固になっていかないだろう。が、そうしたことはともかく、柄谷氏の理論上に限っても、それを文字通り読まなければ、つまりは冒頭著作の論者たちが柄谷氏は「理念」と「現実」との齟齬を見ずゆえに実際上の「機微に触れることはできない」とする評価はしようがないだろう。なぜなら、柄谷氏の提示する「帝国の原理」とは、まずもって構造、数学的な抽象モデル(型)でしかないのだからら。モデルとは、あるいは数学的思考とは、世界の複雑さをそのままで理解するのは困難だから、0から9までの10文字の数字に置き換えてみよう、モデル(型)として類型化し単純化してみよう、そうして頭の中を整理して、わかることと、なおわかりえないものとを区別してみよう、という試みではなかったか。そして「帝国」とは、交換という人の営みに着目した場合に4つのタイプに分かれるとされるうちの、一つの形態に照応している。たしかに、その「高次」とされる交換形態は、理念型ではある。が、あくまでそれが数学的な抽象モデルにすぎないこと、その基礎的理解を握持しているならば、氏の理論が「現実」を無視しているとか、具体性がないとか言っても、当てはまりようがないのである。私がいた「NAM]の原理もそうだったではないか、あとは、各個人の「創意工夫」に任せる、「原理」(NAM)は何もしない、と説かれたのである。柄谷氏の理論を批判する中国学者の意見の在り様を見ていると、当時のNAM会員の一部の人たちを想起する。

日本のサッカーが「普遍性」を獲得するときは、これぞ日本のサッカーと、各人が固有の理解でそれを愛着し、称えられることが、多くの人によって認められ、それが事実として固有の強度をもったときであろう。そしてその実践は、「ヨーロッパ」にあるというよりは、すでに日本のなかにあるだろう、それぐらいの探究と試行錯誤を私たちはしてきているのではないか、だから、いままで同様、、子供たちとの緊張関係を失わず、自己誇大におちいらず、その探究心を持ち続けて創意工夫していくことが近道、と育成の末端にいるパパコーチはおもうのだ。

2015年12月26日土曜日

世界での戦い方(2)

以下は、最近、指導している小学生のサッカークラブでの、小学1年生の子供とともにパパコーチとして加入してきたコーチの質問メールへの、応答である。

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2年生大会ごくろうさまです。
低学年にいくほど、運動能力の高い子が多いチーム、つまりはサッカーを意志的に選択した、そう親が意欲した子供たちが集まるすでに強いチームが勝つ傾向になるのは、いかんともしがたいのではないか、という気がします。いま6年の一希世代から、中野区の〇桜小から落〇S.C.にいく子がでてきたわけですが、我が家の場合、その理由は〇〇君と同じユアサS.C.で公園サッカーを学んでいたからということもありますが、当初は「安かったから」だと女房は言っていましたが。ただそうやって運動能力高い子が下の学年にいくほど集まってきているようなので、コーチの方が探究心と冷静さを失わず辛抱強く子供についていけば、結果がでてくるとおもいます。ただいまの練習・試合経験習得の速さだと、チーム として全員底上げされて強くなれるのには、6年夏までかかってしまう感じです。つまり、そこらへんでおそらく脳みそが進化するので、それまでバラバラの理解だったことが、急に統合的になって、サッカーらしい試合になってくる。しかしこの自然成長性は、コーチングによって、落〇の環境でも、1年は早めることはできると感じています。
たとえば、スクールなどに通って、足もとのボールコントロールなどすでに 秀でていた☆君でも、本年度の全日本予選中、サッカーをまだはじめていませんでしたね。センター バックをやらせて、キックオフでもどされたボールを受けて、前に3人いてもドリブル突破を試み、奪われて失点。しかもつづけざま。2分で2失点です。すぐにサイドバックにいた6年の★君とポジション交代しましたが、他のメンバーとの当時の最適解として、☆君を3-1-2-1のアンカーの部分でフリーマン的にやらせたのも、☆君がなおサッカーの理解で動くよりも、自分のやりたいことを優先させるだろうと、その怖さがつきまとっていたからですね。 いま新宿代表にいって、サッカーらしい話のもとに訓練されている最中でしょう。しかしそれでも、全日本がリーグ戦になったので、新5年は来年の1年で、相当いける経験をつませられるはずです。ただ、5年主体で勝ちなどCリーグでものぞめないし、意味もないとおもいます。サッカーを理解させるように、考えさせるように経験を豊富化していけば、勝手にぎゅっと成長するときは一気にいくとおもいます。それが、落〇にとっては、はじめての実験になるとおもいます。まあ、低学年時の ボールコントロールの技術の差が歴然とあるので、Aリーグの上位チームとの差を埋められるようになるには、中学・高校と続けられていけるよう、サッカーが本当に好きになったかどうか、ということになるのだとおもいます。

というのが、オフサイドやポジショニングといった個別理解と、サッカー全体の理解との、子供の成長の中での関連です。6年ぐらいに、一気にわかる、という感じです。それまでは、なんとなくです。「集散」もよく言ってきましたが、6年ぐらいの実際の試合になると、相手チームの闘い方に特徴もでてきますので、もっと個別ケースで指導というより、戦術的な話として、選手に距離感を伝えていくことになってきました。相手がボールを保持しているときも、連携でプレスをかけないと奪えなくなってくるので。「羊飼いの犬」の例で伝えてましたが。

*ただ、とりあえず息子がもうじき落〇S.Cを卒業する今は、もっとサッカーを大枠で整理してみたくなります。サッカー界も、 ヨーロッパに追い付き追い越せとやってきた明治期以降の日本の思想史の型を反復しています。先週のTV「フットブレイン」で、手倉森監督が、「ジュニアユースでは勝ちをめざすのはよくないとする風潮があるけど、それでいいのか」と問うていましたね。岡田監督も、子供優先の「プレイヤーズ・ファースト」には批判的です。なぜなら、それはJリーグ発足以前の日本のサッカーにもどってしまうからですね。そこで、もっとサッカーも本腰をいれてと、ヨーロッパの監督を呼んで、サッカーを勉強し、集団的・組織的になったから、アジアの優等生として勝てるようになった――とそこまでは、1930年ぐらいまでの日本の歴史の反復ですね。かつて日本はそこで誤解し、世界でも戦えると玉砕した。今 回全日本予選 がヨーロッパのサッカー文化として、トーナメント(当たって砕けろ) からリーグ戦になったのも、サッカー協会の人が、敗戦から学ぼうとしている人達の考えを継承しているところがあるからだとおもいます。ただ、サッカー界で、その世界大戦での敗北が起きるのは、これからですね。現世代がワールドカップにいけなかったら、もう10年は最低でもいけないのではないか。しかも、そこからきちんと分析し、自分たちのサッカーを作っていかないと、ずっと駄目でしょう。テニスみたいに個人競技なら時折天才でても、集団スポーツではありえないでしょう。しかし、スペインでも、前回の勝者ドイツでも、勝てなくなった時期を深刻に受け止め、原因分析し、そこでの方針を信じて育成年代から立て直したからですね。シャビや、ゲッチェなどは、その第一世代といわれている 。だから方向性は、サッカーでのエリート教育を受け入れなくてはならない。が、そのとき、後発国の日本は、暗記主義的な勉強を反復しがち。また、ヨーロッパのサッカー界では、12歳以下の、国籍、地方を違えての選手移籍は禁止してますが、それは犬などのペットも3か月は母犬と一緒にさせておかないと大人になっても躾けができない、という科学的事実をふまえているからで、決して子供優先だからではないとおもいますが、それでも、人(子供)はホームシックになってしまうという事実から対策をねる。イスラム国が、いくら「ヨーロッパに追いつけ追い越せ」という世界枠自体を破壊しようとも、西洋の民主主義が、ある種の科学的事実性に依拠しているので、テロでは無理なんですね。その枠を 受け入れたうえで、じゃあ自分たちをどう守るか、戦うか……と、岡田監督は、四国で実験している、その問題設定自体は、正当であるとおもいます。私としては、サムライの理想美は、カンフーやドンパチではなく、居合い抜き、相手が先に手をだしたら防戦的に、相手より早く一気に仕留める。が、これだと、世界ではつまらないと、日本の柔道も、自分からしかけないと警告をもらうとルール修正されていますね。だけど、私としては、このつまらなさに居直るべきだとおもっています。そういう意味で、広州を破ったサンフレッチェ広島の闘い方、および、戦後70年の原爆からの 復興をアピールした監督の采配に共感しますね。

長くなりました。

――――― 上は次のメールへの応答―――――

〇〇コーチ
ほかみなさま


 低学年はじめての8人制ブロック大会、、とりあえず試合が成立、大過な
く終了してほっとしておりますが、やはり、大敗はいやだなぁ、と日に日に
悔しさが募ってきました・・・というのは冗談ですが、あんまり大敗が続くと、
子供も嫌になってしまわないか、そこはまじめに心配しています。
(落合地域最強と思われる落△ですら、ビトーリアAには大敗なのもちょっと
 ほっとしたようなビックりしたような感じですね)

 次回、年度内にもう一回試合のチャンスがあるなら、年単位の目標と
次回大会の個別具体的目標のイメージを持っておきたいと思いました。

 かといって、何をどこまで、どの段階で教えたり、ヒントを提供したりする
か、については、正直言って経験則以外のなにもありません。

 しかし、私自身小学生の時は、監督に怒られないようにするのに必死で、
当時は、監督の怖さ(とそれを回避したい子供の必死さ)で試合に勝てる
時代でした。万が一、この経験を落〇にあてはめるとなると、私も怖くなれ、
ってことになりかねません(笑)
 他方で、現在の自分のサッカー観は、大学生の時に形になったものが
多いので、常々、小学生に伝える言葉にするのは難しいなと思っていた
りもしています。
(余談ですが同じ7BのトラストのHPでたまたま大学の一つ先輩の
 書き込みを見つけましたが、やはり私の考えもかなり近いです。)
http://kawakami-office.jp/?page_id=181 

 今後必要そうなことを思いつくままにあげてみようとおもいますが、
この辺って、現在の高学年の子たちって、いつごろ通過してますか?
また、通過すればよかったとお考えですか?

・オフサイドを理解する
・ポジションが何となくきまる
・ディフェンスの基本のポジショニングを理解する
・複数人でのディフェンス(カバリング)を理解する

・ドリブルで行きたい方向にいける
・ドリブルが得意な子でも大ゲームだとあまり抜けなかったり、少々抜いた
 ところで点には必ずしも直結しにくい現実を知る
・パスを狙った味方に出せる
・味方が走った先にパスを出せる
・ダイレクトパスを選択肢に持つ
・ドリブルと比較したパスの利点(速い飛ぶ疲れない)を理解する

・サッカーは相手より一点多く点を取る種目であると理解する
・集散(攻めはワイドに深く、守備の網は絞る)を理解する
・自分、チームの長所、短所を自覚する
・プレー時に常に複数の選択肢を持ってチョイスする
・相手選手と駆け引きする(自分のしたいことだけしてても通じなくなる)

2015年12月6日日曜日

世界での戦い方

「このイメージなるものは、恐らく、シュルレアリスムから継承した遺産なものと見なしておりますが、それにはただちに若干の修正を施さねばならず、私はその修正に必要不可欠なものと見なしておりました。つまり、私は唯一の正しい想像作用から生まれた、正しいイメージこそが問題なのだということをはっきりと主張したのでした。…(略)…私はある時点まで、この観念を強固にするためにのみひたすら努力を重ねてまいりました。そしてその時点とはすなわち、メンデレーエフの驚くべき才能の賜物である元素の周期表が、それまで私に欠けていたひとつの鍵をもたらしてくれた時のことであり、ついに、この周期表が、詩にはその本来の性質として、可能性や客観性のみならず、また必然性もあるのだという主張の根拠を私に与えてくれたのでした。私の確信――単純にして逆説的な――は、次のような事実に基づいたものでした。すなわち、世界を公正している様々な要素は、ひとつひとつ数えあげることが可能であり、それらの構造は緊密で、不連続ではあるが回帰性をもち、構造の型(パターン)は少ない。従って、現に存在しているか、あるいは可能と考えられるそれらの組み合わせは、たとえそれが既知のものであろうと、想像によるものであろうと、あるいは演繹に基づくものであろうと、必然的に繰り返し現われるはずである。つまり結果的にみれば、様々な事物や観念やイメージの世界がもつ、原則として際限のない多様性にもかかわらず、もろもろの反映や幻影、反響や反射、贅言などがつくる必然の網の目が歴史や風土、生活様式や文化とともに変化しながらも、詩の素材、生地そのものを構成するに違いない、ということなのでした。」(『斜線』ロジェ・カイヨワ著 中原好文訳 講談社学術文庫)

イスラム国への対処をめぐるプーチン・ロシアとトルコとの駆け引き。事件化された時点では、ただ領空に侵入していただけのロシア機をトルコ側が撃ち落としたのだから、最初にしかけたのはトルコの方、な感じになっているが、そのロシア戦闘機の攻撃対象たるシリア領土内のイスラム国側には、トルコが同胞として支援しているトルクメン人が共闘していたわけだから、すでにしかけていたのはトルコ側だったともいえる。パラシュートで脱出降下している最中のロシア兵を地上から銃撃するという国際規約を無視し、救助にむかったヘリを撃墜したのも、トルクメン人だったという。そしてそのヘリ爆撃に使われた重火器は、イスラム国を暗黙に支援していたアメリカのアメリカ製のものだったという。(田中宇の国際ニュース解説
プーチンは、日本の柔道の「引き分け」という考え方のユニークさを喚起するような発言をどこかでおこなっていたが、こうした小競り合いをみていると、それはあくまでオリンピック競技での柔道、お互いがしかけあわないと警告を受けるという規則が付加された――で、むしろ戦わないで「引き分け」ることを理想としたような、日本本来の柔道の精神=原理とは、別物であるように感じる。そしてむろん別物なのだろうが、それはヨーロッパの原理からもずれた位置にあるだろうロシアが、そのヨーロッパの精神を嫌でも自覚的に取り入れながら、なんとか「引き分け」にもっていこうと必死になって防戦している姿にもみえる。

NHK特集の「奇蹟のレッスン 最強コーチが教える、飛躍の言葉」をテレビでみていて、こんな疑問を感じた。「なんで、近代において<子供の発見>をしなくてはならなかったヨーロッパにおいて、こんな子供への洞察と愛情に満ちた指導法が実践しえるのだろうか?>……その第一回目は、フットサルの日本代表監督をも勤めるスペイン人、ミゲル・ロドリゲス氏が、東京のとある少年サッカーチームを指導しにいくといったもの。第二回目は、テニス界でトップ選手をたくさん輩出しているスペインのテニス協会から、その育成の総責任者が、横浜のテニス・スクールに教えにくるというもの。サッカーでは、書店にいけばはっきりするが、もうだいぶヨーロッパからの育成ノウハウが過剰なくらい入り込み、でまわっている。ヨーロッパ・クラブの下部組織へ単身乗り込んでその指導法を体験し、日本に伝道していこうとする若い人たちも多くなってきている。テニスでは、まだそこまでいっていないのだろう。子供たちを教えるそのやり方に、日本のスクール・コーチは驚いていた。まずは、子供たちを楽しくさせながら技術を身に付けさせていくその練習メニュー。「私の練習は、反復動作ばかりで、子供たちはつまらなかったでしょうね。」と、そのつまらなさに耐えていくのを基本とするような、いわゆる日本的作法の延長での実践だったのだろう。テニスのことを知らない私がみても、こんな練習がありうるのか、ほんとに大人がおもいついたのか、子供たちを勝手にテニスボールとラケットで遊ばせていて、そこにあったアイデアを大人が盗んで方法化したのではないか、というような感想をもった。サッカーでは、すでにそうした楽しくさせながら覚えさせる方法は、マニュアル化されている。そして、スペイン育成責任者の、子供と向かい合う真摯な毅然とした態度。投げやりになるような子供には、日本だと、「やる気のない奴はでていけ!」という方向にいきがちだが、なぜその子がそんな態度をとるのか、それをまず探るように、子供の目をみつめ問いかけて行く、あわてない、落ち着いた探究心と対話。そのやりとりから、子供に練習や試合へ集中していかせる言葉を導き出し後押ししていくやさしさ。私にも、とても真似できそうもない指導実践だった。だからなおさら、なんでヨーロッパの歴史から、このような実践が生まれているのか、不思議だったのである。日本の場合は、わかりやすい。子供優先といって園庭状態になるか、逆に理不尽な暴力主義になるか、その両極端をぶれ動く。ヨーロッパ宣教師が驚いたぐらいの子供優先の江戸時代と、明治以降の即席的なエリート養成教育とその延長での戦後の軍人官僚系譜のスパルタ教育の普及、その二系列の原理=精神の混在。それが一人の指導者の中でも混然となっている。
サッカーの育成上の理論レベルでは、以上の混在が、つぎのような論理過程を踏んでいるだろう。――<子供に甘い>(江戸倫理)⇒<子供優先>⇒<プレイヤーズ・ファースト>(欧米原理)。つまり、日本の精神原理が、翻訳的な介在を通ることによって不分明、混然的となり、ゆえにそれが、先進的なヨーロッパの原理なのだと勘違いされて普及促進の指針となっている。いわば、実は間違った、誤認した自己満足、自己確認でしかないのだが、戦時・戦後とスパルタ的な教育がひどかったので、元の地がヨーロッパの衣装に変えて回帰しているような状態。が、おそらく、ヨーロッパの育成原理は、日本の現状とは似て非なるものであろう。また、それを目指すというとき、本当は、何を意味してしまうのか、捉えておく必要もある。

<レディー・ファースト>、と置き換えて考えてみればいい。これは本当に、女性尊重なのか? ヨーロッパの生活慣習を身近な経験として知っているわけでもない私には、なんとも判断できない。たしかに、女性の人権を認めようという民主主義的な動きは向こうからでてきた。日本はまだそのレベルにも、認識にも達していない、という意見が正当性をもつ一面もあるだろう。ヨーロッパのサッカー協約では、12歳以下の子供の地域外・他国からのクラブ移籍が認められていないそうだ。しかし、これは本当に、子供のことを思ってなのか? ペットの犬でも、生まれて3か月は母犬と一緒にすごさせないと、躾けの聞くペットに育たない、ということから、それ以前に売りにだしてはいけない、とされているようだ。そしてこれも、犬やペット、動物のことをおもってなのか?

おそらくプーチンは、こうした善悪判断もつきかねるヨーロッパの原理を受け入れながら、それを逆手にとって防戦することで、その原理へ違和を表明している。レディー・ファーストなり、プレイヤーズ・ファーストなり、その民主主義的な原理が手ごわいのは、それがより根源的な人間の事実性、科学的な法則性に依拠しているからだろう。明白な原理的対立を謳うイスラム国でも、その法則性を無視して世界に君臨することは難しいだろう。

さてでは、われわれは? 日本人は? たしかワールドカップ・ブラジル大会での結果を受けてこのブログでも発言したとおもうが、ゴール(ゴッド)を、勝ちを目指さないのが日本の文化的なメンタリティーである。サムライ・ブルーというなら、その侍の理想は、刀を抜かないこと、相手がしかけてきたときだけ、後出しになりながらも相手より素早く刀を抜き去って一撃でしとめる、その居合い抜きの技術が美の極地でなかったか? お互いが強者というか賢者なら、お互いが隙をみせず、睨み合いのまま時がすぎ、そのまま引き分け、というのが究極の闘い、ということではなかったか? 私は、サッカー日本代表選手は、その侍の原理化した本来理想なメンタリティーの在り方を学ぶために、柔道を体験させたほうがいのではないかとおもう。もちろん、オリンピック競技としての柔道ではなく、日本の柔道である。そんな戦いは、つまらないかもしれない。居合い抜きより、カンフーだろう、世界は。しかし、そのつまらなさに居直れない限り、日本がこの善悪判断つきかねる世界で、生き延びていくのは、サッカーの試合、そのランク付け世界だけでなく、困難になってくるように思われる。