2021年10月1日金曜日

<単独ー普遍>――量子論と中動態論から


 このブログで、量子論をめぐる試行錯誤的なメモをだいぶ積み重ねてきた。もともと、その関連の書籍を読み始めたのは、河中郁男氏の中上論における「観点」という概念が、量子力学からきているのかな、と推察し、その方面に全く不案内だったので、確認してみようということだった。が、読んでいるうちに、現今の科学、社会的領域にまで、いろいろ考えさせられてきた。とくには、若い頃、人間の基礎学を、柄谷行人経由で学んできたものには、その量子論をめぐる問題は、柄谷氏の『探究Ⅰ・Ⅱ』で宙づりにされたままであった、哲学的な課題を想起させてきた。今回のメモは、そこでの、単独と普遍との関係をめぐる考察へのメモである。

 上のような私の連想が、そう突拍子なものではないことは、他の人の記述からも確認できる。

 <柄谷自身も述べているように、もちろん「固有名を確定記述に置き換えると可能世界で背理が生じるということは、固有名がすでに可能世界をはらむ現実性にかかわるということは、固有名がすでに可能世界をはらむ現実性にかかわるということを意味する」以上、あらゆる固有名の存立構造(を支えている現実世界の枠組み)は、可能世界を経由することで遡行的に成り立っているとも言えよう。しかし、そのような固有名の単独性をめぐる形而上学思弁とは無関係に、この現実世界の唯一無二性は、柄谷の論旨とは別の角度からなお問い返すことができるように思われる。たとえば、赤間啓之は「彼(柄谷―引用者註)にはもともと固有名の「他ならぬこれ」を、歴史が実現されたもの以外ではありえなかったという単純明快な必然史観と結び付ける傾向がある」と述べており(『ラン・ウィズ・ア・《ベルクソン》――あるいは「可能的なもの」と「潜在的なもの」』(『現代思想』第二二巻一一号、一九九四・九)、固有名(=超越論的歴史)が基礎づけられる現実世界/可能世界の階梯秩序は、存在論的なレベルでのさらなる議論を誘発しうるはずである。言うまでもなく、これは『存在論的。郵便的――ジャック・デリダについて』(新曜社、一九九八・一○)以来の東自身による哲学構想とも密接に関わる問題系であり、…(略)>(加藤夢三「偶然性・平行世界・この私」『現代思想』二○二○二月号「量子コンピュータ」)

 より通俗的にいえば、柄谷が単独性を定義的に言い換えてきた「他ならぬこの」とは、量子論でいう、「波(他なるもの=潜在性・可能性・普遍構造)」と「物質(この=現実・単独性」との同時存在的関連性、と言えるのではないか、ということだ。この柄谷の物言いを、小林秀雄的に歴史の必然性として理解することは、その歴史観を柄谷が批判してきたのだから、間違いになろう。だから、この論点を把握するのに、「傾向」という用語を、上引用記述者らは導入しているわけだ。しかし、「傾向」とは、暗に批判してみせているだけで、その用語選択自体が、論点をずらして他の記述をしはじめる口実なのではないかと予感させる。むしろ、私には、かつて大澤真幸氏が、柄谷との対談で、その単独―普遍との関係づけが、唐突すぎてわからない、と発言していたときがあったとおもうが、そう不明と批判しておいたほうが誠実なのではないかとおもう。たしかに、論理的には、詰めがない、ということなのかな、と私自身、宙づりのまま数十年が過ぎていったわけだ。が、本能的には、唐突的に関連しているのではないか、単独者であることは、そのまま、普遍的ではないのか、という思いが抜けきらないのである。私は、東浩紀氏の論考を追ってきたわけではないのでよく知らないのだが、最近になって、とくには量子関連の書籍を読み進めるうちに、東の問題領域と重なってきているらしいことが知れてきた。一昨日買ってきた最近作の『ゲンロン12』でも、「訂正可能性の哲学」なる論を発表している。まだ読んでいないが、エマニュエル・トッドなどを挿入しているようである。私は、このブログでも、トッドをめぐって、またトッドと柄谷の世界史の構造をめぐる図解などを提示してきた。がおそらく、引用導入の意図は違うのではないかという気がする。東はたぶん、単独―普遍の関連において、家族というような媒介項、中間的なものを導入するための布石として、トッドを導いてきているのではないかな、と。だいぶ以前に、『クォンタム・ファミリーズ』を読んだが、やはり、私には、そこでの平行世界を重視していくような姿勢には、違和感を抱いたものである。「中動態」をめぐっての理解でも、私は東のものより、國分氏の方に近い気がする。

 で、その國分功一郎の中動態をめぐる著作から、この問題にかかわる箇所を抜粋してみる。

 <中世のスコラ哲学に「ハエッケイタス(haecceitas)」という概念があります。文字どおりには、「これ(haec)」であることを意味します。英語ではthis-nessと言うので、ここでは「<この>性」と翻訳したいと思いますが、個別具体的に特別な意味をもつものとして対象が現れてくるとき、その対象には<この>性があると言うんですね。言い換えれば、ほかならぬこの個体、取り替えがきかないこれとしてこの物やこの人を見るとき、そこには<この>性が見出されていると考えるわけです。…(略)…こう考えてくると、<この>性が固有名と結びついていることがわかります。固有名によって名指される個体には<この>性があるわけです。…(略)…

 ドナルド君(自閉症者――引用者註)はそのときの状況を正確に記憶しており、それを「あなたの靴を引っ張って」という言葉に対応させている。言い換えれば、ドナルド君はこの表現を使うたびにその具体的な状況をいわば追体験しているわけです。その具体的状況から言葉を引きはがさない。

 ドナルド君は経験した出来事のクオリアを別の言葉に還元することを拒絶していると言えます。言い換えれば、固有名として捉えられるべき出来事を確定記述に還元することを拒絶しているわけです。一語文が二語文、三語文より貧しいわけではありません。むしろ逆で、二語文、三語文を使えるようになるということは、目の前で起こった新しい出来事を手持ちの言葉の組み合わせに還元してしまうということです。つまり現実を抽象化し、一般化し、貧しいものにしている。

 それに対し、ドナルド君は出来事を経験したときの驚きと喜びを何度も追体験しているわけです。ドナルド君はすべての言葉を<この>性をもつものとして経験していると言ってもいいでしょう。言葉を一回きりの文脈から引きはがして貧しくすることがない。>

 果たして、ドナルド君は、自閉症者と診断される者たちの一「傾向」は、歴史的必然観として理解されえるものなのだろうか? ドストエフスキーの『白痴』におけるムイシュキンとは、このドナルド君のような存在だった。私は、その「傾向」を抽出してモデル化した作品として、鹿島田真希著作の『ゼロの王国』を論じた。

 ところで、私の問いは、単独―普遍という回路が、本当に不明であり、論理的詰めを欠いているもの、なのだろうか、というものだった。言い換えれば、それらが、直接的な関係であることはありえないのか、早とちりな思い込みにしかならないのか、というものだった。が、量子論関連の書を読み進めているうちに、そうでもない論理が、数学上にあるらしいことが示唆されている、ということを知った。このブログは、そのメモが本意である。

 <ここまで、量子確率論あるいは非可換確率論のような量子論の数学的構造が、量子現象のみならず、人間レベルの現象のモデル化においても役立つことを述べてきた。繰り返しになるが、ここでは決して人間レベルの現象の核心が量子現象に還元できるといった強い主張をしたいのではないし、もちろん「電子も人間と同じように自由を感じている」といった擬人観的な主張をしたいわけではない。むしろ、量子レベルの現象と人間レベルの現象が異なっていることを踏まえた上で、その間の「本質的な同じさ」の核心を捉えようとしているのである。なぜなら、量子現象も人間現象も同じ「現実」の出来事であり、そうである以上、その双方を記述できる普遍的な仕方があるはずだからである。(でなければわれわれは古い物心二元論を暗黙のうちに前提し続けることになるだろう。)

 その核心とは、数学的には量子確率論あるいは非可換確率論によってはじめてモデル化できるような、「あらかじめ選択肢の集合や重みが与えられている」という仮定では成り立たないタイプの非決定性、すなわち「不定元としての現実」ということである。われわれが常に、そして時々刻々と新しく直面し続けるこの現実は、量子場のレベルから人間のレベルに至るまで、「問いがなければ答えがない」という構造=出来事に貫かれているということである。たしかに決定論的モデルは、現実のある側面を理解する上で役立つ。しかし、それはきわめて限定的な状況に限られるのであり、一般的には確率論的なモデルによらなければならない。それどころか、通常の確率論をも超えた「量子確率論」や「非可換確率論」すら必要になることがあり、しかもそれは何も原子以下のレベルにおける特例ですらないのである。>(『<現実>とは何か 数学・哲学から始まる世界像の転換』 西郷甲矢人・田口茂著) 筑摩書房)

 そこから、私と他者、単独と普遍との関連で、何が言えるというのか?

 <倫理をめぐって「置き換え」ということを言うと、「置き換え不可能な個人、あるいは人格をおろそかにするのか?」という疑念や懸念があるかもしれない。たとえば「労働者が置き換え可能な歯車として扱われる」といった文脈では、「置き換え」ということがしばしばネガティブに語られるからである。

 しかし、ここで言う「置き換え」は、多数の項(将棋のコマや碁石のようなもの)を上空から眺めて、それらを互いに入れ替えるようなことではない。むしろ倫理において、私と他人を上空から眺める視点はない。完全に第三者的な神のような視点が確保されるなら、そこで行われるのはもはや倫理的な決断ではなく、計算・衡量による判断である。いまここでどうすべきかの決断を迫られるとき、倫理の問題が浮かび上がってくる。そこでは、ある意味では、置き換えのきかない仕方で私の自由な決断が要請されている。しかしその置き換えのきかなさは、恣意的な決定を意味しているのではない。私の自由な決断が要請されているからといって、私がなんでも勝手に決めてよいということではない。私はまさに、ある普遍的な「置き換え可能性」のなかへ自らを投げ入れるのである。そこでは、自由で個性的な決定そのものが、ある普遍的な置き換え可能性の創造でもある。「置き換え可能性」とは、この意味で「置き換え不可能性」、かけがえのなさそのものの「置き換え可能性」を意味しているのである。

 これはまさに、「私」という語についてわれわれが述べた構造とまったく同じである。「私の視点からしか一切を見ることはできない」という置き換え不可能性(個体性)そのものが置き換え可能であるということを理解することが、「私」という語を使えるようになるということであるだろう。レヴィナスが言うように、「私である」ということは「他人の身代わりである」ということである。「身代わり」とはsubstitutionのことであり、これは「置き換え」とも解釈できる。「私である」ということは、かけがえがないのであるが、このかけがえのないあり方そのものが、「他人のための身代わり」として置かれているのである。みずからが置き換え不可能であるということそれ自体の置き換え可能性を理解したとき、われわれは自己の存在の根本的な倫理性に気づくはずである。>(同上)

 この共著では、私と他者との回路を、「回転扉」という比喩で述べてもいる。それは、中間項の媒介の余地があるとするより、より直接的な関係に近いものであろう。数学での圏論からそう論理づけられてくるらしいのだが、私には、正確にはわからない。しかし想起するのは、柄谷は、中間団体の必要性を説きもした。東は、アニメや漫画などでの「世界系」とされる作品を批判するに、そこに家族や組織のような中間的な媒介がはしょられ描写されない非現実性をとりあげた。イエスは、「その者の敵は家の者となる」と言った。私の「傾向」における問いとしては、たぶん、こうなる。<単独(私)と普遍(他なるもの)との回転扉的な直接的な関係において、家(族)や組織(仲間)といった中間的なるものは、どのように関与することができるのか? その在り方と是非を、どのように私は、あるいは人は、判断したらよいのか?>……自衛隊員になる、といった息子に、私は、関与できるのか? どのようにしたらよいのか? ということである。

 おそらく、これらの問題系を、少なくも意識化してみようと、諌山創氏のコミック漫画『進撃の巨人』を、『人を喰う話2』として、考察してみることになるだろう。この若い想像力によって描かれた世界系の作品は、これまでの乗り物系の系譜を踏まえながらも、明白に、「エヴァンゲリオン」で顕著になった大人たちの世界観を告発している。それは、量子論的な現実を踏まえることによってなされている。

2021年9月3日金曜日

小百合さんとの会話


 まあちゃんはいくつになったら年金をもらうの、と吉永小百合似の奥さん、ずっとひとり親方の主人について草取りや掃除をいっしょにやってきている小柄の、手伝いということなのに自分たちの仕事では生活できないから年中はいっている造園屋からは巨人のように大きな主人とあわせて大さん小さんと呼ばれている彼女がきいてきた。いつまで仕事やるかによるとおもうけどもらえたとしても光熱費にもたりない額だからなと答えると、そうぜんぜんたりない死ぬまで働かなくちゃならなねぇのかよってオッサンもぼやいてるのよ、と今はいっちゃんと他の庭の手入れにいかされている主人の話をだして、一間半の脚立の上の方で背は低いけれど古木の風格のある椎の木の手入れをしているその下で一面の地面を覆ったドクダミを鎌でひっかきながら、だからもう社員と同じなんだから社員にしてくれといっても年金よぶんに払うことになるのがいやでさせてくれなかったのこっちの仕事は日曜日にやってくれと言ってきながらねと顔を上向けて、まあちゃんは厚生年金にははいってないの? と声をあげてくる。親方の奥さんからは入るなら計算してあげるわよと若いとき言われたけど日雇いの稼ぎが減ってくのもなんだからはいらなかったよと答えると、あらもったいない国民年金だけじゃどうにもなんないけどもらえるときにもらっとかないともらえなくなったらいやだから六十すぎたらもう払わなくてもいいから楽だけどもらっておこうかオッサンと話してるのよ、と立ち上がり、緑色のプラスチック製の熊手で搔き集めた草をオレンジ色のプラスチック製の手箕で受けて、もう車はないのだろう駐車場のコンクリート土間においてあるナイロン製の枝葉専門の緑色の四角い袋のところまで行って詰めこんでまたもどってくる。上の方の整枝はおわってきたので一段脚立の足場を降りて、いっちゃんは植木屋さんになるまで中学卒業してからプレス工で十年以上働いていたから厚生年金8万くらいもらってるんですよとつけ加えると、あらいいじゃないと答えるので、だけど国民年金払ってなくて厚生年金があるのも知らないでいてお金のことはぜんぜん考えてなかったんですね飲むのに使わなければ家のローンだって払い終わるぐらいなんだけれどとしゃべりながら剪定鋏をいれ、これまで枝をきちんと抜いたかどうかもはっきりしない小透かしで仕上げられて密になった枝の重なりに野透かしの手加減をどれくらいにしようかと考え、帝王切開で700グラムのあかちゃんが産まれたというつい一昨日だったかきいたいっちゃんの次女の話を思い出し、お祝いにあげたのし袋にちゃんと2万円はいっていたかなと心配になる。いっちゃんの次女はたぶん駆け落ちみたいに茨城の田舎のほうへ嫁いでいったんだとおもうよいっちゃんのアパートは四畳半の2LDKだから長男が婿にいっても夫婦娘二人では寝るところもままならないだろうからと女房に話してみたとき、だけど帝王切開で700グラムというのは大変よたぶんその子は障害が残るかもしれないねだけど3万円は多いわよと言われたので、いっちゃんはたぶんお金に困っているとおもうんだよね1万じゃなければ3万になるんだろ奇数じゃないど駄目だとかと返答すると、いまはもう偶数でも関係なくなったのよという話に落ち着き、薄い墨汁液の筆ペンで書いていた住所と名前に20000と金額欄の四角い空白にいれて、カンマはどこにいれるのだかよくわからなくなってこのままでいいや0は四つでいんだよなと不安になったのだった。おめでとうございます、と、炎天下のアスファルトの地べたに座りこんでそれぞれの缶ジュースを飲んでいた午後三時の一服時、役所仕事の清掃局の敷地にあるヒマラヤ杉にのぼっていると下で低木を切っていたいっちゃんの受けたスマホの対応からもれ伝わってきた言葉から推論してきいてみるとそうだというので、小さんがすぐに応じたのだった。じゃあまなぶちゃんとおなじだね、と小さんは清掃局の裏の路地の向かい側の家の奥さんが差し入れてくれたオレンジの手作りシャーベットをプラスチックのスプーンですくって、産道を通らないから頭がまん丸になってくるのよと言って食べたのに、小さくてまん丸だとほんとにパンダの赤ちゃんみたいですねと上野動物園で産まれた双子パンダのニュース映像とだぶってつけ加えて言った言葉が、すでにのし袋に入れてあった3万円の中から1万円だけ抜いてあとはそのまま手をつけなかったよなと振り返ってみようとする脳裏によみがえる。手伝いにいっている造園屋の職人のまなぶちゃんの赤ちゃんの写真は脚立にのぼるまえにスマホの画面でみせてもらっていて、横浜ベイスターズのユニホームを赤ちゃんが着ていたのは、警察官になりたいといって今月その公務員試験を受ける予定でもある息子が急に横浜の大学を受けたいというのでなんでかなと考えてみたら夕食時いつものようにベイスターズの試合を生中継でみせられていたからもしかして野球がみたいからなんじゃないかと言った反応で小さんが開いてみせたのがベイスターズの公式ホームページのコマーシャルなのだった。まなぶちゃんの奥さんはサントリーの広告会社に勤めてるから広告に応募してみたら採用されたんだって可愛いわよね、と言い、このあいだサントリーの職域接種でお台場にいってモデルナ打ってきたら異物がはいってた番号のやつで、いっしょに受けたまなぶちゃんもえ~っとなったけどまだなんともないからだいじょうぶだろうって話しててと言いたしたので、注射針をワクチンの瓶に斜めに指すとゴムの破片がまざってそれは粒大きいからだいじょうぶって話になってるけどだいじょうぶなやつで二人も若い人が亡くなったらそっちのほうが問題なんじゃない? と答えたのに、そうだよねえ、と彼女は応じたのだった。

  脚立の上から、庭に面した一階の部屋の様子をちらとのぞいてみる。カーテンが大きく開いているので、一人暮らしの奥さんがもう覗いてくるようなことはないだろう。手入れにはいってしばらくして、部屋掃除を請け負う業者の男性が一人、軽ワゴン車で訪れてきていた。仕事まえの造園屋での打ち合わせでは、その家の奥さんは変わっていて、カーテンの端を少しだけ開いてこっそりとずっと作業を覗いているのだと説明があった。顔をあわせた挨拶では、はっきりとした口調で話す奥さんだった。椎の木の隣にある赤松の葉はほぼみな赤茶けていて、もう次期枯れてしまうだろうと思われた。人の背丈より少しだけ高い程度だとはいえ、古びた幹は地を這うようにしてから立ち上がり、鎌首をあげた蛇のようにもみえる。ところどころに、太い枝の切り口がみえた。この夏の暑さつづきのためというより、剪定に堪えてきた庭木としては寿命に近くなったのだろう。表門から玄関への通路を挟むようにして植えられた枝垂れ紅葉も、大きくはないが古びていた。私の母親もそうだが、家に取り残された年老いた奥さんが、木が大きくなったからもっと切ってくれ、と急に言い出すことがある。いつもと変わらないのに、なんでそう言い始めるのだろうと考えてみると、腰が曲がり、背が縮んだせいで、木が大きくみえてくるのではないかと思われた。そうして木は小さくなり、必要な枝葉をなくし、弱っていくのだ。

  古びた椎の木と松の木の間で、吉永小百合似の小さんが、鎌で草を刈る。

2021年8月18日水曜日

ワクチン接種をめぐる

 


ワクチン接種の模様が変わってきたようだ。

親戚関係的な身の回りでは早い時期にすでにすましていたが、最近は職場・仕事関係でも受けに行く人が多くなった。ゼネコンなどの現場に入っていると、打たざるをえなくなってくるそうである。営業づきあいでも、打ってなければ話し合い現場に参入しにくい、とかもあるようだ。

 私の勤め先でも、若社長や団塊世代職人さんが接種したのは知っているが、親方や奥さんのほうはどうか知らない。マスクをつけるのも普段意識していないから、私自身がなお接種していないことに、プレッシャーは感じない。そもそも、コロナは、話題にもならない。が、手伝いにいっている造園屋では、みな仕事まえの打ち合わせや、お客さんまえではマスクをつけるように言われるし、ワクチンもみな受けはじめ、一回目は終えている。ここでは、圧力はないが、気兼ねみたいのがでてくる。私は原則的に受ける気がない、とゆえに表明もしている。

 が家では、お昼のワイドショーばかりみている女房が、陽性者・重傷者が増加している状況が怖くなってきたのか、「なんであなたは受けないの?」と聞いてきた。「あなたがかかって世話するようになるのは私なんだからね。まわりに迷惑がかかるのよ」とか、「イツキがかかって帰ってきそうだわよね」とか言ってくる。手術後の以前までは、もう体をいじられるのが嫌な感じだったし、子どもには受けさせないほうがいい、という意見だったように伺えたが、変わってきたらしい。コロナにかかるかかからないか、ワクチン接種するかしないかは私にはどうでもいいので、つまりそんな健康だのなんだのはなんでもいいので、女房が怖がってパニックになるようなら、一緒に受けてみるか、という気にもなってきた。(持病ありでいい歳をしている女房は受けてもかまわないというか、受けたほうがいいのではとおもっているのだが、一人では受ける勇気がでない、ということなのだろう。)

 

が、ごく最近では、テレビでも、接種率の7割を超えているようなアメリカの州でも、「ブレークスルー感染」がでてきているだの、3回目が必須だのと騒がれてくるようになったので、また女房の判断はぶれてきているようだ。「ワクチン受けてなくて、かかって死んだり重症になるのはその本人だろ。受けてた人はそうならないというのなら、それでいいじゃないか。病気になって医者はじめ周りが世話するようになるのは当たり前だ。爺さんや障碍者たちにだって、人に迷惑をかけていいのです、それを気にしない世の中が素晴らしいと世間でも言われてきたじゃないか。木に登って落ちて死ぬのは植木屋本人だ、安全帯つけろヘルメットつけろと杓子定規にものをいって、いざそういう事件がおきたら安全対策を怠っていたからと金だそうとしない役人対処と同じだな。木から落ちたくて落ちるやつなんているわけないんだぜ。人間を信用しないことが前提になっている発想じゃないか」、というようなことを女房にいって、また屁理屈をいう、とか言われていたが、もうそう反旗を翻す気がお互いなくなってくるような感じだ。

 インドからのデルタ株だけでなく、ペルーからのラムダ株とかいうのも、日本女性が感染していたというのが羽田空港で検出されたというニュースもあった。デルタはまだインド=ヨーロッパ語族経由だが、ラムダは、マンモス追いかけてベーリング海峡から北米、南米へと降りていったモンゴル系のインディオたちの間で変異していったものかもしれない。ならば、東アジアではなぜか流行を抑えていた、ファクターXというのも、効かなくなる可能性もあるのかな、と思いながら、ころころ変わるニュースのバカらしさを超えて、なんだか面白くなってきたような自分を感じる。帰省もせず、ほぼこのお盆休みは東京の家にいて、こんなブログを書いているのだが、実験する勇気がわいてくるような。こっちにおいでよ、デルちゃん、ラムちゃん、俺の体をたたき台にして、お話してみないか?(このウィルスは女形なのだろう。)

 ※     がこの下書きを書き終えたところで実家の兄から電話がき、母の認知症が高じたのか、隣家と雨どいの件で大喧嘩になっていると連絡がはいる。お盆休みまえも聞かされていたので、現場職人の私が見に行くことに。お昼にでかけ、原因を三つみつけて二点修復し、残り一点は隣家の方での手直しになるので、その現場写真とやり方を弟に教えて、夕方帰ってくる。入用至急だ。

 ※

私が、いまのコロナ状況とワクチン技術に抱いている疑問点の主要なものは、以下のことになるかもしれない。

 ①大阪大学関係の研究所の発見で、ワクチン設計にあたり標的としたコロナの突起部分の遺伝子情報でも、実際の生体との反応で、中和抗体という善玉の抗体だけでなく、ADE(抗体依存性増強現象…中和抗体がきれるとより感染悪化が発生しやすくなる、とされる。ノーベル賞受賞者の医学者も警告を発していたが、河野大臣は陰謀として否定している)を引き起こすような悪玉の抗体もが形成されていることを突き止めた件があったわけだが、これは、作成される善玉の方が多く悪玉の方が少ないから大丈夫という実用性をこえて、前提となっていた仮説が根本から崩されたことを意味しないのか?

 ②私は、日本ではなお感染状況がひどくなくても、世界ではひどいらしいままなのだから、医療体制を拡充する準備をしておくべきだと言ってきたが、そういう意見を述べるネット上のコメントなどで、そんなことはできないのはもうはっきりしているのだ、素人にやれるほど医療現場はやさしくはない、というものをだいぶ散見した。本当か? 手術するわけでもないのだから、医大生でも、ベテランをサポートしながらマニュアル技術を学んでいくことはできるだろう。交代でおこなう名簿や数人のチーム形成や、訓練の期間も、半年以上はあったことになる。他の国がコロナ専門の野戦病院のようなものを作れたのに、日本ではできません、というのは、国家の無能を表明していることになるのではないか? この点は、前回の日本サッカー界問題とも、通底してくるだろう。この決断を遂行していく主体の脆弱さの体制のことを、ジャーナリズム界では、「未完のファシズム」とも表現しているのかもしれない。以前は単に「天皇制」という用語が、広義で使用されていたわけだが。だからここに、前々回の「中動態」をめぐる議論が重なってくる。狭義の天皇制は変革しなくてはならないことが明白であっても、広義の天皇制には、掬い取らなくてはならない意義が、世界(主体)文脈上みえてきている、ということになるからだ。たとえば、近代法的に、昭和天皇が裁かれ、その首が敗戦後、飛んでいたとしよう。ならば、近代主体的には、もうその子には責任はない、と免罪されるだろう。が、人間にとって、それは本当であり、それですまされることなのだろうか? 自然現実では、すんでいない(「すみません」)のではないだろうか? ある意味、昭和天皇の首が飛ばず、「免責」されてしまったがゆえに、次なる平成・令和の天皇は、近代法を超えて、新しくどんな責任の取り方が自分たちにありうるのか「引責」し、模索してきたのではないかという印象もでるのだ(実際的には、昭和天皇の責任問題が曖昧なままにされてきただけなので、つまり責任のあるなしがあやふやなまま来たので、免責も引責もありえない中途半端状態が続いている、ということだろう)。狭義の天皇制からなら、そんな真面目な子どもたちだけではなく、ヘソだしダンス以上のとんでもない子息がでてきて、それが日本国民の象徴です、となりうるわけだから、変革は必要になる。が、それだけの思考範囲だと、人間の自然性を裏切った近代解決で終わりです、という話であり、世界の戦後の問題は、むしろそこからどうしたらいいのか、ということであったろう。たとえば、鳩山由紀夫元総理が主体的に動こうとしたら、すぐにもつぶされたという一件があった。八月革命で民主が主権をとったというなら、そんなことはありえない。実際には、天皇の首は落とされたのではなく、そこに首輪がつけられて手綱はアメリカ(連合国)が握っている、というのが、国連憲章でも記述された体制であったろう。これが日本国民の象徴的な姿なのだから、よく見ておけ、ということが、見せしめ的にも繰り返されてもきたわけだ。が、だからといって、首輪をつけられた象徴と戦って主権回復したぞ、とナショナリズムな文脈だけで遂行されれば、最近アフガンを奪還したタリバンみたくなる。いやタリバンには、イスラム教という、一国家をこえた大義文脈があるわけだ。だからそれと同様、世界的に開かれた文脈をもって、内政=内省的な問題もが解決されなければ、となる。その大義(文脈)のひとつが、主体を問う、ということであるだろう、ということだ。(そしてもう一つが、「世界資本下の労働」問題になろう、ということだ。)

 ③遺伝子操作ワクチン技術は、わからないことを、わかっていることに還元して考えていく思想の技術である。麻薬は、自分がわからなくなっていくことに肯定(快楽)していく思想であるとしたら、この技術の思想は、わからないことを否認して安心していこうという思想である。比喩的にいえば、わかることは、見えることは、X染色体とY染色体の組み合わせたる、男と女という二対である。わからない範囲も、そのどちらかに振り分けて理解していこうとする。が、RNAレベルで、性差にかかわる遺伝子は、おそらくそれなりの数であるであろうことが予想されるのではないだろうか? だとしたら、その組み合わせは、かなりの数で、二組どころではない。おそらく、LGDを自称する人々などは、それを身体内で感じているのであろう。まさに、レインボーの旗のように、性差はグラデーションみたくなる。ということが、ジャーナリズム世界でも明るみにでてきたということは、この遺伝子操作ワクチンが前提としているような技術水準の身体内世界が、人の現象としても現れるようになってきた、ということであろう。ならば、思想的に、いまのワクチン接種推奨の発想は、LGD問題に象徴されるような、未知なる多へと開かれた思想に、逆行していることになるのではないだろうか? それは、技術水準をこえて、イデオロギー対立をはらんだ階層間の対立でもあるのだろうか?

 ※

 女子医大に通う女房の話によると、病院の入り口に置かれた消毒液、手洗いをするもののところに、お子さんはつけないでください、というような案内が貼られるようになったらしい。消毒液をつけた手指を口にもっていって体内にとりいれたら、腸内細菌が減って回復せず、色々な病気にかかりやすくなることが指摘されてきたからだ。皮膚表面でも、自分を守ってくれる細菌や微生物も多いのだとか。以前なら、そんなことをいうと、陰暴論だ、と言われていたはずである。もしかして、そのうち、お子さんにはマスクをつけさせないでください、となるかもしれないが、これは、張り紙をつける箇所もない外での話になるから、無理ではあろう。が、育ち盛りの子が、マスクをつけて充分な酸素を脳みそに吸収させえないと、微妙な脳障害をおこすようになってくるというのは、本当の話なのではないかと思っている。

 ※     <…ニューヨーク大学の微生物学教授で、ヒト・マイクロバイオーム研究の第一人者であるマーティン・J・ブレイザーは、『失われてゆく、我々の内なる細菌』(2015年)において、肥満、若年性糖尿病、喘息、花粉症、食物アレルギー、胃食道逆流症、がん、セリアック病、クローン病や潰瘍性大腸炎、自閉症、湿疹などの「現代の疫病」は、抗生物質の乱用や帝王切開、消毒液の使用などによって、免疫系や病気への抵抗性に重要な役割を果たしているマイクロバイオータ(常在細菌)が消失しつつあることと関係が深いと指摘する。>(小塩海平著『花粉症と人類』岩波新書)

 が、新型変異ウィルスが、本当に猛威をふるってきたら、マスクでもワクチンでも、実存的な選択を迫られる。マスクをつけて病気になりますか、つけないで病気になりますか、ワクチン打って病気になりますか、打たないで病気になりますか、というような。クマに崖までおいつめられて、崖から飛び降りるか、クマに向かって立ち向かうか、というような選択。どちらの選択をしても、もう碌なことはないという。接種後に死亡したとされる数は、さきほど厚生省のHPをのぞいたら、ファイザーとモデルナでの合計で、830人を超えるくらいであるらしい。韓国では、若い軍人が接種後になくなって、因果関係を政府が認めた。670人ぐらいが接種後死亡者数らしい。同じ人種でも、韓国の方が率が高いということは、韓国のデータの取得が正しいと予想し、その率で日本に当てはめれば、死亡者推定数は、もっと倍増するのかもしれない。が、いまのところは、接種してもたいしたことがない人が大半、接種しなくても無事な人が大半なわけである。いや、打っていたら重症化しなくなるんだ、という記事やニュースが、ちょっと前までだいぶあったのに、打った人の間で広がるブレークスルー感染やら、ビデオドットコムニュースでの神保さんも、打ったら重症化が防げるというのが医学的にもはっきりしておらず、ただ治療技術があがったのが理由なのかもしれないと言われてきている、と報告している。

 ころころ変わる世情につきあっていても、きりがないだろう。

 <そういうわけで、私の個人的な感懐としては、スギ花粉症は、日本という国が、私たち庶民やその周囲の環境を置き去りにして経済成長を追い求めたことに対する警告であると思われて仕方がない。荒唐無稽な思いつきに思われるかもしれないが、本書で縷々述べてきたように、花粉症という疾患は、単なる健康問題ではなく、現代人のわがままな振る舞いによって環境生態系との間にねじれが生じ、そのきしみやゆがみが私たちの身体反応に変化をもたらし、結果として花粉症という歴史的産物として表出したものと考えるほかない。したがって花粉症対策を講じるにあたっては、地球生態系との関係修復を視野に入れた人類史的なタイムスパンが必要となる。>(小塩海平著『花粉症と人類』 岩波新書)

 ※     環境問題に関して付言すると、私は、CO2の削減のために環境を守ろうとなる科学には依拠しない。それならば、氷河に向かう地球のサイクルや、太陽の活動の周期など、もっと大きな系によって、地球の大気圏内温度が、人間の活動などものともせず、変化に影響をあたえるとするのも、やはり科学であるのだから、科学が、根拠になるとは思っていない。来年はその大きな系によって温度が下がったら、そらみろこっちが科学だ、という話の、やりあいにしかならないからである。私には、ただ、自分の記憶にある風景が凌辱されるのを見るのは心が痛む、その実存的な一点からの批判が基礎になる。中上健次は、ユンボで掘る土とスコップで掘った土は違う、といった。その発言の真意は、テクノロジー(道具)一般には還元できない、人間(自然)としての列記とした差異があるということだ。中上の路地の消滅と、アマゾンの森の消滅は、そうした心の痛みにおいて、人間やその内に棲息する常在細菌を含めた他の生態系らの保全と回復を要求してくるのだと思っている。

2021年8月17日火曜日

オリンピック、サッカー日本代表戦から


オリンピックでの、サッカー日本代表戦を振り返って、総括されていわれることに、監督の采配批判というものがある。試合後、大会後に、監督が批判されるのは、常套的な儀式みたいなものになろうから、それ自体は、なんでもない。

が、その批判が、同じ選手をずっと使っていたのでフィールド選手が疲れてしまっていたから、というのであったら、どうだろう? アホみたいな話であろう。が、そういう元プロ選手やサッカー評論家や外人記者からの指摘が、おそらく一番正しいのである。そしてこのことは、サッカーではなく、二次大戦中の日本軍のあり様を知っていれば、行き着く先がそこであり、そこを突き破れるのかどうか、という話になり、日本サッカー協会が気づいていない、あるいは気づいていてもそれ以上は変革のやる気がないのならば、世界で戦うなんていう大看板は、早くおろしたほうがいいだろう、ということになる。野球は日本とアメリカという島国でメインにおこなわれているローカルなものなので、問題が露呈しにくいが、世界中の人々との間での競技にさらされるサッカーでは、その国の文化や思考形態が、如実になってくるのであろう。

 

私の目にとまったものは、まず、イギリス人記者の話。

・森保監督は「失敗した」

それから、サッカー評論家の杉山茂樹の解説。

・「U―24日本代表がメダルを逃した3つの理由。そのほとんどは指揮官の采配に由来した」

 

この英国人記者の指摘は、そのまま少年サッカーチームでのあり様とも重なる。そのことを、私は、息子のチームのパパコーチになりながら、同時進行的に、このブログでも再三とりあげ考察してきた。一応、子どもへ教えるためのD級ライセンスなどの講義で、プレイヤーズ・ファーストだの、勝敗を超えた選手育成を理念として提出していながら、それでは世界では勝てないと、それは草の根のスポーツとして別個な活動枠にして、実際の大会に直接する、ホーム&アウェーのユニホームも用意できるクラブチームのエリート選手育成の徹底へと舵を切ったのだ。その結果どうなるか? 選手のテクニックはうまくなっていくだろう。が監督は? サッカーをはじめてやりにくる子どもたちの能力は多彩である。ひとりひとりが違う。その子たち全員を使って試合に勝て、というのが命題だったならば、監督はピッチ上のチーム力をキープしていくためにも、様々な組み合わせを試験し鍛え上げていかなくてはならない。が、はじめから、運動能力の高いような子、監督の指示に理解力のあるような子だけを相手にしていればいいのなら、頭の使い方も単線的になる。

 

本田圭佑は、オリンピック総括として、選手育成にではなく、指導育成に問題があることが露呈した、と指摘している。

・「選手たちのレベルがあがっている」一方で、課題に挙げたのは「指導者の力量」

 

おそらく本田選手の指導者に期待するものは私とは違うだろうが、今の日本のサッカーが突き当たっている壁が、そこにあるという指摘は同じであろう。そして本田が言うように、たとえば、ベンチに呼んだ選手を全て使って、リーグ戦からトーナメントへと試合を続けていくことが前提されたら、監督の戦術面での思考方もが変わってこざるをえない。が、これまでの、日本人代表監督のあり様はどうであったか? いつも同じうまいとされる選手がフルで出場しておわる部活動そのものだ。それしか考えられないのか? と、私は少年サッカーでも、他のコーチのことを思っていた。「昔の野球だってそうだったでしょ? なんでサッカーではそうしちゃだめなんです」と、問い詰められたこともある。その時は、そうだったっけかな? と考え込んだが、たしかに、中学時代、地元県では一番の優勝回数を誇る名門で、いまの高野連会長や、おそらく次期会長も出していくだろう中学校の部活ではそうだった。同学年部員が30名総数100名ぐらいの部員がいても、試合はおろか、練習でバッティングに参加してボールにさわれるのは、10名ぐらいだった。しかし小学生の育成時代、空き地や草っぱらでのボール遊びからはじまった少年野球チームに集まるパパコーチたちが、まず考えていたのは、道徳的なことだったろう。だから、野球はキャッチボールができないと、スリーアウトがとれず終わらない試合になってしまうので、誰もが途中交代とはいかないけれども、それでも、最終回には、ベンチにいた選手は代打で出されたものだ。そういう、みんなでやろうぜという雰囲気というか、教えがあった。うまくても、「天狗になるな」と妖怪話がだされたであろう。しかしそんな文化作法は、たしかにまだ少年野球では残っているが、学歴の高い親御さんの子どもたちが多いように見受けられるサッカー界では、なくなってきているというより、伝統にはならなかったのかもしれない。しかしそれでも、世界で戦えた選手は部活あがりであり、クラブチームがメインになっていた以降の若い選手たちは、テクニックこそ秀でているものの、部活出の先陣を超えていないどころか、下がってきているのではないだろうか? ‘68年オリンピックの釜本が一番すごくて、カズ・中田ときて本田ぐらいまで、あとは、個人という感じがしない。ビッグマウスとか、そんな話ではない。本田は下手くそなのに、決定的なところでは奇跡的な上手さをみせゴールを仕留めた。今回オリンピックでの、久保の右サイドから中央バイタルエリアへのドリブル侵入が何度もあったが、ごり押しで優雅さや説得力を感じさせず、無理しているがゆえの個人技、という評価にとどまっている。日本の指導体制が、本当に、選手を強化してきた、と言えるのか? さらに、代表の監督になっている者が、そこまできた選手を鍛えられる采配をしているのか? その采配の基礎になる、集団性を志向してきた昔において個人がで、個人を志向した現在において集団性(の体たらく)がでてきていることの認識のうちに、自分たちを変えていく思考の力量を広げていこうという気があるのか?

 

ブラジルから来た闘莉王も、疑問を呈している。

・「なぜもっと早く…」闘莉王が“采配”を一刀両断

 

私は、区の少年サッカー連盟の理事にもなっていた。Jリーグ創設にもかかわったという80歳にはなるかという引退した重鎮がいて、ゴットファザー的な存在であり、サングラスをかけたらまさにそのものだが、もう胡散臭がられていた。理事会を仕切るのは、パパコーチあがりなのだろうが、国家官僚や民間でも大企業の人たちだ。だから、ボスは何かというと、「あの官僚どもが」「やり方が官僚だ」「官僚はだめだ」と口から出てくる。しかしスポンサー相手や複雑になった日程を組んでいくには、そうした事務能力がなければこなせない。もう鶴の一声ではすまされない。ボスと話しができるようになるのに数年かかると噂されていたが、現場あがりの私には親近感がわくのか、向こうから話かけてきたりした。

 

日本サッカー協会はどうだ? 早稲田派閥か? 少なくとも、日本人の代表監督は、岡田―西野―森保という早稲田出身者だ。というか、協会長もそうか? 東大サッカー部出身のパパコーチの話から類推すると、そこをサポートするように、東大人脈みたいのもあるのかもしれない。静岡出身の高卒の監督や、海外選手の経験もあるJリーグ監督もいるが、代表監督への道筋は開かれているのだろうか? なにか、つまらない閉鎖性があるような気がする。そういうものどもを改革して、次にいける覚悟があるか? 軍人つきあいで、先輩―後輩派閥で、人事も、本当の戦争の戦術も決まってしまった旧日本軍と、同じあり様になっているのではないだろうか? その結果、勝てる曲面を失い、若い者たちが無駄に死んでいった。疲れ果てて…。

 

しかし私は、このブログで、これまで少年サッカーを通して言ってきた以上のことを繰り返したいわけではない。

 

・ダンス&パンセ「世界システム論で読む少年サッカー界」

 

私は、むしろ、オリンピックの決勝戦、スペイン対ブラジル戦での確認のほうがしたかった。まだ見ていない。しかし、確認というのは、日本の成れの果ては上のようだが、世界の成れの果ては…、という予感。ブラジルは、ヨーロッパの合理精神に管理された戦術サッカーを通り抜け、本来の創発的な、縦横無尽な自由奔放な集団同期なアートを、若いブラジル青年たちが描いてくれたろうか? ネイマールが出てきたとき、ブラジルはブラジルのサッカーを捨てようとしていたと言われた。4-2-2-2というおおざっぱな伝統的布陣から、4-2-3-1というような緻密な組織サッカーを導入することを迫られていた。その後、路地裏での子どもたちのサッカー環境もなくなっていき、少年の頃から青田買いがはじまり、まだブラジルらしいサッカーを体得するまえに、ヨーロッパの世界へと買われていく選手たちが多くなった、と指摘されてきた。その後、どうなっていったのだろうか? オリンピックでは優勝したみたいだが、その勝ち方というより、ピッチのあり様は、どうだったのだろうか?

 

大枠が変わっていないのだろうから、変わるわけもないが、変わりうる可能性が蠢いていないか、それを確認したかったのである。

 

とりあえず、世界での憂慮とは、次のようなものだ。

 

<サッカーは、それにかかわる権力者や受益者たちにとって、いまや莫大な利益をあげるためのビジネスであり搾取システムにほかならない。そしてそれが商品として成立する絶対条件は、自チームの勝利である。現代サッカーにおける勝利至上主義は、単純に言えばこの条件によって不動のものとなった。…(略)

 しかも選手たちは、経済原理の犠牲となっただけでなく、いまやテクノロジーの奴隷でもある。ブラジル大会からゴールラインテクノロジー(GLT)がワールドカップにも導入され、七台のハイスピードカメラがゴール周辺を撮影しながらボールの軌跡を電脳の鷹の目で捕捉しつづけた。この「ホーク・アイ」などとも呼ばれるテクノロジーが、もともとミサイル追尾システムの応用によって生まれたシステムであることを意識する人は少ないかもしれない。サッカーのデジタルな公正性といわれるものが、実は軍事技術を遂行するための軍事テクノロジーによって支えられているという事実を知ったとき、私たちはサッカーの判定の公正性がデジタル装置の導入によって保たれたといって真に喜ぶ事ができるだろうか?

 さらにいまや選手たちはスタッツ(統計)と呼ばれるデータの奴隷でもある。選手とボールの動きを捕捉する監視カメラと、スパイクに埋めこまれたデジタルセンサーと、身体機能を瞬時にモニターするデジタルブラジャーによって、選手たちのパフォーマンスは即時にデータ化され、数値化されて、戦術構築のための素材として管理されていく。即興と偶然性とノイズによって、思いがけない運動性と奇跡的なゴールの瞬間的顕現としてあるべきフチボルのリアリティが、合理的に勝利をめざす精緻なデジタルデータのアルゴリズム体系へと変貌させられているのが、いまのサッカーなのである。ドイツ・サッカーがいかに強かろうと、私は、このチームの背後に、人間の可塑性にみちた身体の自然編制への動きを感じることができない。そこにあるのは、徹底的に合理的に調教され、詳細なデータから組み立てられたアルゴリズムに則ってその戦術を忠実に行使する、デジタルアバターのようなプレーヤーたちの群像である。>(今福龍太著『サッカー批評原論 ブラジルのホモ・ルーデンス』 コトニ社>

 

しかし上は、サッカー選手だけの話ではないだろう。

私たちは、人工的に設計された遺伝子ワクチンを打つ。この体内に組み入れられていく自然まがいの薬品は、マラドーナが服用した、身体の未知の細部を未知なる全体性へと解放していく麻薬とは真逆なものだ。それは、人間にわかっている範囲での効用だけをみ、他の系と結びついた全体なるものへの目配りには目隠ししながら、ただ結果としてでてくる統計数値だけで、なおもわかったこととして処理しえると高をくくったような産物である。麻薬は、わからない世界へと開く。新型ワクチンは、わかっているとされる世界へと閉じようとする。

 

次回は、ワクチン接種の問題になるだろう。

2021年8月16日月曜日

息子の進路――資本下の労働


 近所で植木手入れをしていた昼休みに、家にもどって弁当を食べてから、食卓の下にもぐって昼寝していると、テレビをみていた女房が、「航空自衛隊ならまだ許せるんだよ」とつぶやく。ニュースかコマーシャルの何かに反応したのであろう。頭の上から落ちてきた言葉に、私は一瞬、緊張した。それは、陸軍はだめでも海軍はいい、といっていたような戦前の言葉みたいではないか。

 高3になる息子が、進路問題をひかえ、来月の公務員試験を受けるのは知っていた。警察官になりたいというのが、とりあえずの息子の意見であるらしい。3年生になった春先だったろうか、息子の部屋の勉強机の上に、警察官の募集要項やら公務員試験の問題集があるのに気づき、女房に問いただしてみたのだった。学校側が勧めているという。子どもの教育に私が口をだすと、狂ったようになるので、女房の病気を高じさせないために、関与しないというか、用心しながら気を張っていた。高校への進学の時には、教科書をびりびりに引き裂きながら、躍起になっていて、私は児童相談所に虐待の件で相談しようかと迷っている、息子は学校で異常がないかそちらの息子に尋ねてくれないか、とか、少年サッカーで一緒にパパコーチをしていた同級生の父親に、相談したりもしていたのである。私は、近所の誰でも入れる工業高校でもいいじゃないか、と口にしていたが、本人もそれはいやだという。どうにか大学への進学が期待される私立高校へともぐりこみ、女房はご機嫌だった。問題は解消されていくのか、繰り越されていくのか、そこを見極めていかなくてならないのだろう、とその時私は思ったものだった。

「自衛隊にも入るのか?」 寝言のように、片手枕で、私は女房にきいてみた。
「なんで大学へいくいのか曖昧な生徒には、片っ端からすすめているのよ。大学はいってももう就職できるともかぎらないと言ってるから、アメリカのあれと同じよ。息子の他にも、幾人かいるわ。おだてられるからその気になって、ほめられたことないから、うれしくなるんだわ」
 私は、少し間をおいてから、付け足した。
「…つまり、それが意味することは、ほめられたことがないから劣等感があった、ということだよね」
 女房は、私が言いたいことを察すると、躍起になって言い返してきた。
「だからほめろっていうの。あんたそうやって、自分の子どもだけをひいきしてきたから、こんなんになったんじゃない。」
「俺がサッカーの監督から最初に言われたことは、もし息子に手をだしたら、コーチにさせないからね、ということだったんだよ。パパコーチでも、教師の父親でも、自分の息子には厳しくなりすぎて、他の子どもとおなじようにあつかえない。だから、子どもがぐれたり暴力的になっていく。それを訓練していくのは大変なんだ。だけど俺がみたチームは、コーチから馬鹿にされてたへたくそな子でもゴールを決めてヒーローになり、弱くても強かったから、お母さん方もこのチームでならと喜んで、残ってくれたんでしょ。なのに、俺が抜けたら、またうまい子優先になって、子どもも母親もばかばかしくなってやめていった。」
「すぐまた自分の自慢話になる」
「事実の認識だよ」と呟いて、また寝ることにした。何度も繰り返してきたやり取りだ。女房もだまり、やがて立ち上がり、食卓をあとにしていった。女房も、実際には、中学までの自分のしてきたことを振り返って訂正してきていることを、私は気づいていた。たまに噴出するが、息子に丸くなっていた。が、もうその教育的な事柄に関し、息子は聞く耳をもたなかった。というか、だから、方針を変えて丸くなっていったのかもしれない。普通なら、ぐれていてもよさそうなものなのに、息子のメンタルはしぶとい。友人づきあいなどの件では、よく女房と会話をする。そんな振り分けは、私にはできないことだ。

 公務員試験勉強を教える無料塾から、息子が帰ってきた。食卓につき、買ってきたのだろう何かを食べ始めた。たぶん、昨日の昼食時に、そばは食いたくないカレーのナンがいいあるんだから食べろなら食べないと女房と口論になっていたから、近所のネパール人の店から、ナンとカレーを買ってきたのだろう。
 スマホのアラームが鳴り、私は食卓下から起き出した。
「試験は来月なのか?」
「そうだよ」と息子はナンを口にしながら答える。
「自衛隊を受けるのかい?」私は質問する。
「いやそこまでは考えてないよ」と息子は言う。
「うん。おまえの一番仲のいい○○君のお母さんは、中国人だよね。○○くんのお母さんは、敵かい? 違うだろう。よく考えてな。」
 私は地下足袋をはいて、仕事へと向かった。

 息子がおまわりさんになりたがっていると言うと、知り合いの職人さんや草野球仲間の大人たちも、「いや、それはいいじゃないか」、とうらやましがられる。自衛隊員を目指しているといっても、心配はするが、そこに価値判断は発生しないだろう。自分からそんな厳しい世界に飛び込んでいける稀な人材に、感心してしまうところがあるのだろう。私と女房が息子の抱く進路に違和感を抱くのは、私たちがブルジョワ出身だからである。

 しかしそこでも、女房と私はちがう。警察官なんて一生日陰者として生きるようになるんだよ、とか、自衛隊に入れば再就職がいいたってリクルートっていうんでしょ、リクルートなんて大した会社じゃないってことがわかってないのよ、陸上自衛隊ではなく航空隊なら……こうした発想には、ブルジョワの貴族趣味みたいなのが隠見している。そしてそんなプラクティカルな、世俗的な話で息子を説得しようとしても、通じない。高校の頃の私も、母から防衛大学は再就職がいいだのと聞かされていた記憶があるが、私には気色悪い話だった。一般的にいっても、年ごろの若者たちは、純粋に真面目に考えている。何を考えているのかはっきりしてなくとも、動機がまっすぐなものだ。だからこちらも、偽善にはならない、それでいて目安になる正しさをイメージできる言葉を提出しなくてはならない。暴力を独占している機関に、自分からすすんで入ることは、いいことではない。おそらく息子は、幼児をつれた母親との間に入ってパントマイムをして子どもを笑わせたり、私と女房との間に割って入って夫婦喧嘩を仲裁してきたように、警察官を夢見ているのだろう。

「あたしの妹の旦那の兄貴も、警察官になったんだよ。試験には受かったんだけど、研修が厳しくて、あわないって、つづけられなかった」とは、吉永小百合似の、ときおり手伝いにいっている造園屋にきているひとり親方の奥さんだ。本人も、旦那と一緒に仕事をしている。私が警察官になろうとする息子を心配するのも、その点だ。徹底的ないびりとしごきの研修。この夏の街路樹の剪定に手伝いにきていた就職探し中の学生によると、なお民間会社でも、そういうのが続いているらしい。たとえば、700人採用して、ふるいにかけ、残りが数十人とかに減っていく。だから、また大量採用できる。そんな軍隊様式みたいのが、民間でも公務でも、まかりとおっているのが日本の職場なのである。が、息子は、中学の部活でも、高校の部活でも、そうした体育会系の方式に従わず、顧問から目の敵にされてきた性格の者なのだ。「わがままだ」とは、中学顧問が、終わりの会で息子に手向けた言葉である。高校まで野球部を経て、少年サッカーで息子を教えてきた私には、その顧問の気持ちは推定できる。だから、警察組織にはいって、やられるんではないか、というのが、私の心配事になる。

「俺はやめないから」というのが、女房との口論のなかで、出てきた言葉でもあった。「俺が大学選んだって、どうせそんなへんな大学なんかだめだっていうんでしょ。俺はいい大学にいったって、警察官になるよ。小学生のときから、みんなにそう言っていたんだから」
 その時に、私は仲にはいって言ったような気がする。「仕事先を心配することはないよ。近所でも、結構ある」と私は、スマホをだして、塗装屋のHPをだしてみた。「小さくても、しっかりしているところはあるよ。(息子は植木屋よりかは、左官系の方が似合うようにみえていた。図画や絵心のある知り合いからも、絵のセンスが言いといわれたりしていた。)飲みはさせても、給料をださない親方もいるから注意がいるけど、職場にいってトラックの台数やきれいさをみれば、すぐにわかるよ」二人は、私のスマホをのぞきこんできただろう。

 しかし「土方系」(息子の使った言葉)は、学校でも紹介できるところがあるようなのだが、おそらくは友達とのみてくれから、気の進むものではないのだろう。私のように、一匹狼ではない。進学していく友達が、たくさんいる。野球がやってみたいというので、私の所属する草野球チームの練習試合に参加してみることになったとき、友達は何人呼べるのだ、ときくと、いくらでも呼べるという。息子がサッカー部をやめて、以後ぞろぞろと同級生がやめていったらしいから、そうした帰宅部になった高校生がたくさん仲間として残っているのだろう。進学を目指しているそういう子たちの間では、肉体労働は蔑視されているかもしれない。

※ 


「息子のことで、相談があるんです」とは、草野球仲間のひとり、親方の長女の旦那だ。野球がおわったあと、焼き鳥屋をやっているメンバーの店にいって、もちろんコロナだから店は閉めたままだが、仲間内だけで生ビールを飲んでいる。
「植木屋になるかどうか、迷っているんですよ」と切り出してくる。
 私は少々びっくりして、聞き返す。
「迷うって、他に選択肢があるの?」彼の息子、つまりは親方の孫は、農芸高の造園科にいっている。私の息子と同じ高校三年生だ。去年ぐらいから、街路樹などをやるとき、手伝いのバイトになっている。この梅雨時期にも、来た。迷う必要が、あるのか?
「いや、やろうとおもって、農芸高にいったんだとおもうんですよね。だけど…」と口をにごらせる。その曇った表情から、私にはわかった。その息子が中学を卒業するとき、そのまま植木職場にはいろうかどうかと、やはりこの焼き鳥屋で、たまたま出会った奥さんの方、つまりは親方の長女から話をもちかけられたときがあった。彼女の弟、つまりは今は社長としての肩書きを持っている親方の息子が、中卒でも立派にやっているように見えたからであろう。お金もかからなくてすむ。私は、植木屋はいつでもなれるんだから、高校にいって余裕をもたしたほうがいいとおもうよ、と言ったと思う。しかし、生活費を稼ぐために、トラックの運転のできる彼女自身が、父親や弟の現場にアルバイトとして働いてみて、おそらく、弟のところで息子を働かせていくことに不安が生じてきたのだ。「ああわたしも、あいつのところでなく、まあちゃん(私のこと)といっちゃん(団塊世代職人)の方で仕事したいな。オヤジに言ってみようかな」社長になった息子との関係で、職人が根付いていかないことに親方は怒り、実質的に会社を分けたのだ。サンダルでご家庭にいったり現場でオートバイを乗り回したりで仕事どころではない中卒あがりの彼を、私と年上の職人が暖かく見守ってきたから今があるということなど忘れて、忘れるどころか最近までは、見下していたであろう。が、私たちが若社長経由の会社に手伝いにいくと、その会社の年上社長たちが一目おくのに気付いて、「単なる職人(若社長の言葉)」でも偉い感じにはなるんだな、と意識が少し高まったのだ。ちょうど大塚家具での親子騒動があった頃で、おそらく酒の席などでその話題がでたりで、若社長も意識しはじめていることに私は気づいている。

「まあ、たしかに、親方と息子は違うよ。そうだな、おととしだか、NHKの大河ドラマで、真田丸とかやってたの知ってる? 有名になったのは息子の幸村だけど、偉いのは父ちゃんのほうなんだ。徳川と豊臣との最後の戦いで、真田が大阪城にはいったときいたとき、家康は、度肝をぬかれて、父親のほうか、息子のほうか、聞き返したというんだね。父親の方は、何を仕出かすか、手が読めないんだよ。親方は、洞察力あるから、長いものに巻かれながらも抵抗の仕方を知っている。それがなかったら、練馬の会社が談合ばれてつぶれたとき、一緒につぶれているよ。そういう会社は、たくさんあったんだからね。そういう意味では、息子のほうは純真だね。だから、そこが読めなくて、新宿の会社と共倒れになる可能性はあるよ。もう営業仕切ってるあすこだって、女の子の監督ばかり雇って経営力が落ちているのは明白だ。そのままおだてられて巻き込まれてもね。だけど、もう息子の考えでやっていくしかない。親方のほうの仕事は、もうお寺しかないようなものだからね。選択肢がないのは、わるいことではない。態度がはっきりして、いいことなんじゃない?」
 また、高校にもいっていない若社長は、官僚的なシステムで頭が固まっていない。その分、古典的なマッチョな親分にはまるのだろうが、人間味を失っていないぶん、変化していく可能性があり、遅々ではあるが、新しく認識を得ては変わっては来ていると私は感じてもいた。
 店にいた者たち、私より少し年長で、やはり年ごろの子どもたちをもつ店長や、私よりひとまわり年下の大工の一人親方などは、ふだん大人しい私が口にだす言葉が、酒飲みの話からすっ飛んでいくのは知っていた。が親方の長女の旦那とは、あまり話したことがなかった。彼の女房すなわち親方の長女は、彼女が女子高生の頃など、まるでアニメにでてくるような感じで、エヴァンゲリオンのキャラクタ―で言えば、容姿も性格もアスカに似ていた。

「ぜんぜん、職人の話す話じゃないんですね。いや、きいてよかった」と私よりひとまわり年下の、やさ男ふうの彼は言う。が私は一方で、去年彼の息子と同じく農芸高の夜学部を出たフィリピン人、私の息子と仲の良い友達のことを思った。すでに近所の神社の低木の手入れなどを好き勝手にやっていて、宮司からも可愛がられて、その社内に畑を作り、様々な野菜や果物などを栽培していた。卒業とともに、私の職場へ入れることも可能だったろうが、私は、ためらっていた。この地元意識の残る東京山の手の職人街は、身内とよそ者への区別が明確だった。若社長が自分の身内や町内会を通した若い衆をとりこもうとしているとき、フィリピン人の母を持つ彼は、浮いてしまって差別に会うのでは、と思えてくるのだ。幼少のころからそうだったのだから。卒業した今は、共産党系の元区議員の世話を受けながら、ファミレスでアルバイトをしていた。ぶらぶらできるのならば、違うチャンスを模索したほうがいい。コロナでなければ、例年春先に設けている、百円寿司での会食を、息子や女房とともにしているはずだった。

 親方の長女の旦那は、その後たぶん、息子とも進路をめぐって話したのだろう。祖父母の会社に遊びにきた息子が、事務所というか居間のデスクに座ってスマホをいじっているのに、仕事終わりの挨拶のときに出くわすことがあるが、目が、生き生きとしてきた。梅雨時の街路樹の手伝いを母と二人でやってきたときには、本人自身が何やら悩んでいるようにみえたのである。

 私の息子は、悩んでいるようにみえないが、やはり悩んでいるだろう。なんとか息子は警察官になるならば、「長いものに巻かれるのではなく、弱いもの、困った人を助けるおまわりさんになれよ」と、送りだすことだろう。研修でつぶれれば、だから言ったこっちゃないという態度が予測される女房を制して、受け入れる体制を用意していなくてはならないだろう。しかし先だっては、中国人を母に持つ中学時代からの仲のよい友達のところへいって、世界史のゲームをやってきて、家に帰るや「勉強するぞ!」と自室に入っていった。その仲の良い友達は、中学時代にすでにサッカー部をやめていたが、e-スポーツが得意で、三国志や何やかのゲームをやっているうちに世界史も相当できてしまうようになり、今はそれなりのクラスの大学進学を目指しているのだった。息子は、そんな仲間との間で、どんどん変わっていくのだろう。

 そして私が、私の方が悩むというか、模索することになるのは、当然である。ブルジョワから、労働者の庶民の世界へと入っていったのだから。私が、おそらく父親の職を継ぐように、学校の教師の道を選んでいたならば、今頃は地元で、それなりの実質権力をもった教育官僚になっていただろう。女房がなおブルジョワの夢をみているとしても、しかしそれは、私によって、私が従事してきた労働によるメンタリティーによって、崩されているのである。だから、家庭の価値が揺らいでいるのは致し方ない。女房は、なお実際にある親戚関係から、自分の幼少の頃に身につけた夢を追っているのかもしれない。今年のゴールデンウィークには、妹の息子、つまりは私たちの甥っ子の、コロナで一年のびた結婚式が紀尾井町のホテルであったが、式終了後に女たちが着物を着換えている待ち合いの間、やはり暇をもてあましていたような爺さんと、環境問題や山林の技術やら、日本の三代目問題やらを気さくに話すようになったが、後日聞かされると、その六十歳過ぎの男は、衆議院議員で、自民党政権がつづけば大臣になる可能性もあるようだった。新婦の母の兄だという。何も知らない私は、じゃあまたという感じで、まるで寅さんになってしまうように、後にしてきたのだった。その二世にあたる議員の近くには、学生上がりぐらいの青年がいた。彼の、息子だったろう。私のいる植木屋と、三代目にあたる甥っ子の会社が、うまくいけばいいですけどね、と言う私の発言を、神妙になって聞いていた。次第に私に近づいてきていた青年の顔には、迷いがあった。

 しかし、迷う必要もない、そこで悩む必要もないような、習俗的に頑としてあったような労働者の家庭の価値もが揺らいでいる。身体的な趣味判断もが揺らいでいるとは、これが自分は好きなのに駄目なの? とより本源的なところでズレてきているということである。インテリの自意識的な悩みよりかは深いところで、底辺の価値が揺らいでいるということなのだ。この底辺という意味は、下層ということだけではすまされない。ヒエラルキーの三角形を支えている、私たちの土台でもあるはずだからだ。

 資本下の労働は、肉体を使うということの蔑視という差別感情を、精神的な原始的蓄積として隠している。労働は、その本源的な搾取にのっかって、ホワイトカラーやブルーカラーという中間色でなだめられてきた。が、少数の勝ち組だけが明白化していくような資本主義の進行は、中間色を機械化やAI化によって払拭し、先端のエリートと末端の肉体労働者とを白日の下にさらけだした。子どもたちは、その資本の光をあびた、世間での価値をみる。末端で生活していたものは、まさに自分が末端でしかないことが、ばれてしまう。しかもそこには、そう簡単には変えられない、身体化された趣味判断、価値判断があるのである。おそらくこの光をあびつづけたら、彼彼女たちは、身を焦がしていくような自己破壊に陥るだろう。そこが破壊されるとは、三角形の山が崩れるということである。エリート層がそれを意図的にやっているととらえるなら、それがいま問題にもなる陰暴論ということになるのだろう。

 次回は、そうやって世界で進行する事態を、一つのモデルとして可視化してくれる、サッカーという競技をめぐって書いていこう。オリンピックでの日本戦を中心に、論じていくことになるのでは、とおもう。

2021年8月14日土曜日

アスリートの責任とは――中動態ということ


オリンピックがはじまり、テレビで選手たちが競技するのを目にするようになって、私は、なんだかすまないような感じになってきた。とくに、サッカーでの日本代表対南アフリカ戦まえ、コロナ陽性者がでて試合開催が危ぶまれるなかで、南アフリカ代表の監督が、「私たちはギロチン台にたたされているようなものだ」とインタビューに答えているのをきいて、とてもいたたまれない気持ちになってきた。実現した試合など、とても見る気になれなかった。

そこで私は、ちょうどフェイスブック上で、アフリカ系であろう、1905年生まれというウマールさんという方からの友達リクエストを承認したら、次々と、ナイジェリアとかイスラム教徒であろう方々からの申請がきて数十人のフェイスブック・フレンズが膨れ上がったところだったので、何かメッセージをださねば、という感じになってきた。

 そこで、以下の英文メッセージを、かつて住んでいた団地から東京の高層ビル群を撮った初日の出の写真とともに、だしてみた。

 <Tokyo Zombiecs 2020 is open! I feel bad for athletes. They are fighting. But…Who with? What for? By whom?>

 英語の単語やフレーズが、実際にどういう含蓄で伝わるのかがわからない私は、この「すまない」という感じを、どう英語で表現したらいいのかを考えあぐねた。スマホでだが色々例文などを調べて、どうもこの一番の慣用表現、I feel bad for…が近いのかな、という気がしたので、それを使うことにした。なんで考えあぐねたかというと、「すまない」と感じるのが「私」なのかどうか、判然と感じられてこないからである。そしてこの慣用表現を選んだのも、もしかして、確かに文法的には<I>という主語がはいっているけれども、それは慣用的な無意識に沈んでしまっていて、英語をネイティブで受け取る方々は、無定的な共同性で感受するのでは、と想像されてきたからである。

かつて文芸批評家の柄谷行人は、志賀直哉の私小説を翻訳するに、I feel とするのは正確ではなくて、It feels in me…とすべきなのだ、と話していたことがある。日本語でなら、主語なしで「感じた」と書きえるが、英文では難しい。早稲田大の文芸科の授業で、渡部直己が、フランス語でなら、なんとか表現できるようになるんだけどどうやって? という質問があって、仏文にいったらどうなんだとフランス語の先生からいわれてもいた私が返答しなくてはという感じになって、「On(人々)」とか答えたら、「正解でよかったね」と言われたことなども思い出す。

 この「すみません」という感じは、ベネディクト・アンダーソンが、日米戦にあたり、「菊と刀」で、日本人の特殊性のように分析してみせた問題であるが、戦後の哲学のなかで、それにとどまらない問題なのではないか、と指摘されてきたことである。ホロコーストで生き残ってしまった人が、悪いことなどしたわけでもないのに、理由もなく罪悪感に襲われる。歳をとってから、突然自殺してしまう人などもいるのだという。レヴィナスなどによって考察されてきた。そして逆に、この災害的な事態において発生してくる人々の無定の連帯的な有り様を、「災害ユートピア」として把握するソルニットなどがあらわれてきた。私は、そのように、推定というか、感じている。そしてつけ加えれば、最近ふと、なのだが、同世代が特攻などで死んでいった三島由紀夫も、生き残って「すみません(すんでいない、終わっていない)」という罪悪感におそわれて、そこに発生する連帯感に、「天皇」という言葉をあてはめようとしたのではないか、と思えてきた。だとしたら、私には、なんでそこで「天皇」なのかがわからない。同じ世代でも、日本人のことだけで、それに殺されていった他の国の人々のことまでもが念頭にあがらなかったのか、というのが、「災害ユートビア」的視点からの疑問になる。そして、戦場に出て、生き残ってしまって帰ってきた日本人は、「沈黙」した。私は、村上春樹がだした「父」をめぐるエセーを通じても、その問題にふれた。「沈黙」するのは、罪を感じているからだ。が、それを引き起こしたのが「私」であると感じられていないとしたら? 近代法的に罰をあたえても、本人には自覚ができない状態での出来事なので、また繰り返してしまう現実性が滞留している。ラスコーリニコフは、法的に裁かれたが、殺人の反省などできなかった。しかし省察はしていただだろう。そして時間のたつなかで、理由もなく改悛したみたいになる。これは、志賀直哉が、意味もない気分で父と「和解」したのに似ている。この事態が、いいわけではない。が、近代的な主体性の思考範囲では、そこにある問題を解決できないどころか悪化させてしまうことが症状として露呈してきた世界の中で、もう一度人間の自然性を直視してみよう、という視点の一つとして、最近は「中動態」という用語が再燃しているわけだ(私は「量子論」の再燃も、その曲がった棒を逆にもどす一環であろうと考えている)。

 <國分 …先ほどの放火のお話をお聞きになられて、「いやちょっと放火はまずいだろう」と思う人はみなさんのなかにも当然いらっしゃるでしょう。しかしじつはこの方の問題行動は放火だけじゃないんです。家じゅうの大事なものを片っ端からぶち壊すなど、さまざまな問題を抱えていた。

 けれども不思議なことに、一度それらの行為を外在化し、自然現象のようにして捉える、すなわち免責すると、外在化された現象のメカニズムが次第に解明され、その結果、自分のしたことの責任を引き受けられるようになってくるのです。このことが、当事者研究によってわかってきた。とても不思議なことですが、一度免責することによって、最終的にきちんと引責できるようになるのです。

 逆に、最初からこれはおまえがやったんだろうと責めるのでは、引責にも解明にもつながらない。そうしていると結局また同じことをしてしまうのです。そもそも本人もなぜ自分はこんなことをしてしまうのかと思っていて、自分を責めているのです。その気持ちが解明を妨げているのかもしれません。だからいったん免責をすることによって、自分はいったい何をしたのか、そのとき自分はいったいどんな感じであったのかを研究してみる。それが責任への道を拓く。>(『<責任>の生成――中動態と当事者研究』國分功一郎・熊谷普一郎 新曜社)

 日本国民の大半はおそらく、オリンピックが開催されるとは思ってもいなかっただろう。たしか開催の判断が迫られる数か月まえ、リベラル系のユーチューブなどで、電通の社員やオリンピック関係者が漏らしてきたとされる話を受けて、中止は決まっているが建前上公表できないだけだ、だから早めに明確に公表して損害を減らしていくべきだ、それから、IOCは中止にしたいが日本側がごねている、それから、いやIOCはこれで食っているのだからやめるわけもなく日本が引きずられているんだ、とか意見が飛び交うなかで、陽性者数が増加しはじめ、また緊急事態宣言だ、理由はどうあれいくらなんでもこれではできないんじゃないの、という世論的な成り行きのなかで、えっ、やんのかい、と強行されていった、ように私にはうかがえた。私も、やるとは思ってなかった。無茶苦茶な話になるので。が、決行され、すると、戦争突入と同じだ、無条件降伏だ、みたいな意見がでてき、閉会し、敗戦した、とかも言われる。これまでで一番のメダル数だったとのマスメディアの報道も、すぐに消え、コロナ重症者数も激増になり、パレードなど開催できるわけもないだろうから、たしかに、ムードは敗戦だ。

としたら、オリンピックに参戦したアスリートは、前大戦に召集された兵士と同じような立場という話であり、戦場にいき、生き残って帰還してきたことになる。そして、「沈黙(戦争後遺症)」に陥る。わけのわからない罪悪感におそわれながらも、それを処理できない。戦場の兵士やアスリートが、その罪の意識を事前に解消しようと、つまり加害者立場を回避しようと、ボイコットなどできない。できないのは、実際的にできないというよりも、論理上できない。自分が実際的に逃げられても、裏切ってしまった、自分だけ生き残ってしまった、という無定の連帯感が論理の前提になっているからである。もちろん、これは仮説である。

だから、当事者ではない私たちが、なおその災害から距離のある人々が、戦争を回避させなければならないのだ。ブラジルでのオリンピックが決まったとき、その国民の大半が反対デモに押し寄せた、という報道があった。そんな金持ちのために金を使うなら、自分たちのために使え、と。日本では、コロナ以前に、オリンピックに反対の考えを持つ人々自体が少数であろう。いやもう、うすうすはいらない、と感じているが、それを意識にのぼらせてはいない。これは、私たちの問題であり、アスリートの問題ではない。いまアスリートは、違った形で、ラスコーリニコフのように、沈黙の中で考えさせられているだろう。もちろん実際には、次から次へと資本の競技に追い立てられて、その暇もなく鬱屈を堆積させていくのだろうが。その後遺症を他人事と排除するのか、我が事として考えてみるのか。私たちと一緒に考えてくれ、当事者として考えなおしてくれ、と連帯的な言葉をだせるのかどうか。糾弾するのがいいのか?

 私は、イラク戦争が起きた時、「自衛隊員を見殺しにするな!」という幟を自作して、それを息子をのせたバギーにつけて反戦デモに参加した。女房は、それでは、戦争に反対なんだか賛成なんだかわからないじゃない、と口にした。集合場所でであった主催者の活動家たちも、その幟をみて、目を見張った。その息子は、来月、公務員試験を受ける。それは、自衛官も含まれる採用試験である。いまなら、女房にも、その反戦の意味は明白であろう。「息子を見殺しにするな!」ということなのだから。

 次回は、「息子の進路」と題して、そこらへんの考察を付記するだろう。

2021年8月9日月曜日

コロンピックを詠む

 


テレビにてオリンピックが過ぎてゆく夏の暑さとウィルスを残して


金も増え菌も増えてと来し方の金もなくなりご臨の終かな


五輪来て台風が来て不況が来るだろう大強行の大恐慌の


スポーツの意義と設けられた祝日に不要不急なステイホーム


見栄張ってつづける嘘の塗り壁に吊り下げられるはメダルという首


紐付きの首輪をもらいに表彰台ソーリートチジとバッハ奏でる


しゃしゃりでる犬畜生の厚化粧人間様へとなりたいばかりに


また今年も帰省に悩む民草の先祖返りの道は混まぬに


次選挙、民の意向はすがすがしかな首の皮ひとつががしがしいって


世界とは5つの輪っかに入ることか? ケンケン足を罠にかけられ


はめられてもはめられても雑草のごとく歯を食いしばり生い茂る老い茂る