2026年8月14日金曜日

宮台真司・奥野克巳著『宮台式人類学――前提を遡る思考』(ちくま新書)を読む


 一般教養を確認してみようと、この厚い新書を読んでみる。引用される社会学者関係の人物は、名前も知らない人もいるけれど、自身の既存教養で消化できる。着眼点は重なるが、そこからの認識実践へもっていくところで、私と意見は違うだろう。

 

要は、宮台は、懐かしい昔へ帰れといっているわけだろう。遺伝的にフィードバックもされた「原生自然」に近い生き方・価値を回復せよ、と。その180万年の人類の歴史は、人為的に変えられるものではないのだと。しかし、それに嫌でも気づいて転回するには加速主義的にゆくところまでいくしかない、と。ここは、私も、そうなってゆくのだろうと思う。が、その転回は、昔に帰ることはありえない、と私は思っている。宮台は、シュタイナーも自身の範疇で理解しているけれど、シュタイナーは、群れ(仲間)の回復ではなく、あくまで、個人主義的に成りゆくのが宇宙法則(自然の進化的傾向)と言っているのではないだろうか?

 

ただこの個人主義は、柄谷行人的「単独者」というより、吉本隆明的「非知」に近い。柄谷は、吉本の「非知」に「ボケ」とルビをふるべきだと、自身の理解するヘーゲル哲学にすぎない(マルクスでない)と吉本批判していた。が、シュタイナー的宇宙法則(輪廻)にたてば、インテリこそが知性的でないとなるのだ。彼らは往生できない。だから、そういう人が多いと、いつまでも昇華しえない魂が残存していて、人類は地球段階の次にはいけない、そしてその次段階はシュタイナーにも見えない、と言っていると、私には思えた。その私のシュタイナー理解(まだ主なものしか読んでないが——)からは、宮台がテック資本主義活動からみてとる「カスタマイズ」は、個々人の嗜好にすぎず問題とされない。地球段階自体が、人類のカスタマイズであり、宇宙人は、このカスタマイズされた宇宙の外(隣)からやってきていると観察されているからである。青森の有機りんご農家の木村さんの見聞も、そう証言しているように聞こえる)。

 

宮台は、ドゥルーズ的な「分裂病」などは近代に寄りかかった一時的なもの、と認識する(p454)。私は違うと思う。高群逸枝は、当時まだ熊本に残っていた夜ばいなどの群れ的性慣習を気味わるがって、そこから一対一の男女関係を志向し、それでも群れを認めた(森崎和江や石牟礼道子も然り。それは、宮台の発言でいえば、ダウン症が一定の割合ででてくるということは人類がそれを必要としているからだ、というように、分裂病的な人物も、類として必要な割合(生態)なのだと私は認識する。そしてそれが、シャーマンや預言者の位置だ、と。そうした人物の言動に感化されるように、人類は11人が解脱し、最終的に、煮えたった釜の水が一泡一泡になって蒸発し気化し釜(地球魂)が空になっていくように、そうなって、人類は次の惑星段階に魂の物質塊として進化していくのだ、とシュタイナーは言っているように思う。

 

ジジェクは、そんな予定調和的な自然はなく、量子論的に自然は根源的に「崩壊」しているのだと言う(『性と頓挫する絶対』)。が、波動から物質への移行を「崩壊(collapse)」とするジジェクの解釈こそが、ヒューマニズム近代によりかかっている。宮台は「崩壊」ではなく、たしか当初の、ボーアの提案を受けたハイゼンベルクの用語の「収縮(reduction)」をこの書では使用している。私もそれが妥当だと思う。そして、宮台が、「原生自然」に「凹凸」をみる、つまり、陰陽的な男女(+-)を確保しているのも、私と同認識だ。ジジェクのひき出す空(無)からの質量発生にも、物質でのプラスマイナスと、反物質でのプラスマイナスという対が関わるのだ。(と、量子論を私は理解しているのだが、まだブルーバックス程度の一般書で確認中。)それを「崩壊」として受け止めるのは、人間からすれば、の話だ。

 

ジジェクは、バイオテクノロジーが、「原生自然」(遺伝子生態)をも破壊変更していく、と考える。このテクノロジー理解の点は、宮台は、曖昧だと思う。AIに関してははっきりしているが、バイオに関しては、どうなのだろうか? もし現テクノロジーの進展が「原生自然」を破壊できるまでに可能であるなら、宮台理論は成り立たない。ジジェクは、昔を懐かしがらない。人間ではなくなるのだ、と認識しているのだろう。その肯定方向からしか進展はないと。シュタイナーは、たぶん、そうなると人類は終わる、と提示しているのだと思う。あるいはそこからの推論で、宇宙意志は人類を見放して、鉱物に魂入れする、とかの話がでてきているように思う。その場合、人間から、シュタイナーが一番の根底にすえる解脱のための「思考」というものは人類から消えるので(分裂病・預言者・シャーマンも、芸術も消える)、議論・問題自体がもう発生しない。

 

宮台は、「内から湧く力」(ニーチェ的なもの)の回復をのぞむ。これはかつて、柄谷行人が「ファシズム」だと批判していたものだ。この早とちりは、柄谷がはじめたNAMの芸術会合で、岡崎乾二郎が、柄谷がファシストになる者として否定した宮沢賢治を擁護し、最初の読書文献にロドリゴの『贈与の謎』をとりあげたりして批判していた。いまは柄谷は、贈与を擁護しているが、かつてはそれは「共同体」的だと否定されていたのである。だから、そいういう日本批評史上の文脈において、斎藤幸平が『大洪水の前に』で、疎外論をマルクス的唯物論につなげたことを、私はこのブログでも評価したわけだ。が、新作の『人新生の黙示録』では、その線が希薄になって、世界を変える話になっているわけだ。東浩紀は、それではクーデター起こすという話にならないのか、と批判していたが。東の『平和と愚かさ』はまだ読んではいないが、私は東がとらない終末論を、宮台のように受け入れる。そして宮台のように、終わりを防ぐのは科学ではない。川や大気が汚れているのは、見れば、臭いをかげばわかる。CO2の量なんかじゃない。いまの気候変動が、人為的なものが一番の原因なのかはわかりゃしないのだ。が、科学的にどうであれ、身体的・感性(美)的に判断しうる。それは、樹木一本の伐採でもかわいそうだからだめ、とはならない。アイヌ人が熊に感謝するのは、知恵あるライバルとして尊敬するから(スポーツマンシップみたいなものだ)、殺していただくのだ。そうした感性において、乱獲はありえなくなる。環境は見た目でも汚くなる。(中上健次の「ユンボで掘った土と手で掘った土はちがう」――手掘りの方が無駄な土もでず仕上がりきれいで、時間もかかるので、破壊からの地力回復もある。)

 

ジジェクの予想なように、この身体感覚、宮台のいう「原生自然」までもが破壊(崩壊)される(する)なら、終わりの意識もなくなるだろう。哲学的に目的論ではなくなるのは頭がよくなることなのだ、単に出来事は偶然と受け入れられる感性こそが先取的だ、と唯物インテリの厳格主義は評価してきたのだけど、量子論的に全てがつながっている、もつれあっているならば、違う系と系による衝突(偶然)なんてものはありえない。シュタイナーが観察するように、この地球宇宙系では、すべての出来事に意味(必然性)がある。私達は、その意味を確定できないし、他の系からくる宇宙人とは衝突できないとしても。

 

となるのかな?

2026年7月31日金曜日

森崎和江著『海路残照』(朝日新聞社)を読む

 


「もうおしきせの日本を着ているのはたくさんだと、そんな思いも強くなってくるのは、敗戦後の歳月がねばっこくすべての風景に降りつもったせいかもしれない。わたしはほんとうに、行方も知れないような旅をはじめた。自分のなかの生物的なカンだけが頼りであるかのように。

 どうにか津軽まで行き、そしていま奇妙なことに、より北方の海があかるい。オホーツクの、わたしにとって未知の、海のむこうがみかん色に輝くのを感じてしまう。」(森崎和江著『海路残照』 朝日新聞社)

 

森崎は、北九州の宗像から日本海側を北上し、オホーツクを見あげた。いく子は、31才でオホーツクをみた翌年、創作ダンスを試みていた深谷先生のもとで、やまたいこくの山田いく子と名乗りをあげた。

 

邪馬台国はどこにあるのか? 北九州説でなら、宗像市は海路への玄関の一つであったろう。近畿説ならば、島根や能登半島などの日本海側の港湾が入口にあたる。

『データサイエンスが解く邪馬台国』(安本美典著 朝日新書 2021年出版)によれば、中国産の銅鏡の発掘量等の統計学的処理から、北部九州説がほぼ100%になるそうだ。NHKの取材班による考証では(『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』 NHK新書 2024年出版)、どちらとも決められないが近畿説に傾いているようだ。安本は、近畿説を、学会の旧体制の産物と批判している。が、もしNHK新書にある、近畿説を支える纏向遺跡の発掘が、ほんとうに、「全体の二パーセント」しか進んでいないのならば、まだ比較の前提条件自体がととのっていないのではないか(ととのえられるのか?)、という気もしてくるが。

 

が、私自身は、科学的根拠ではなく、運命的根拠に立つ。その仮説を推進する。森崎のいう、「生物的なカン」だ。だから、邪馬台国は、いく子のアナグラムに従い、北九州説をとってみることになる。そこで重要なのは、森崎が注目した、宗像などに伝承される、海民たちの、「イレズミ」、「魏志倭人伝」でも倭人がしていたという「イレズミ」の痕跡である。これは、縄文の痕跡である。邪馬台国は、弥生時代と区分される期間にあたり、DNA鑑定的にも、縄文人のものとは一線を画するらしい。徐々にの混血でもなく、突然の移民でもなく、その中間にあたるということらしい。たしかに土器などは、その表象に変化があるので、縄文と弥生と区分されるのであろうが、メンタリティー的な領域では、どうなのか。NHK新書の方によると、この「イレズミ」は、古墳時代にはみられなくなるとされている。(もちろんアイヌ人はしているままだし、昭和の漁師たちも、ドザエモンになったとき、身元判明できるようにと継承されてきたと言われる。)

 

※ このカンの延長で、空海について考え始めていたら、安藤礼二の『空海』が出版され、この著作の前提に、『縄文』という著作があるのを知る。追っていこう。

 

サッカーのワールドカップで、メッシの腕はイレズミだらけだった。日本の銭湯には入れないだろう。ワールドカップをテレビ観戦しているときに、森崎の上記引用の本を読んでいた。だから、「イレズミ」のことが気になったのだ。学生の頃、新宿の中井の銭湯にいくと、背中にイレズミを入れた人がけっこういたけれど、もう「イレズミの方はお断り」とか張り紙があったりするようになる。だけどあの銭湯などでは、まだ残っているだろう。日本のサッカー選手で、イレズミを入れている人は、いないのかな? 今回の結果をみるかぎり、世界一を目指すなど、恥しいかぎりだ。もと本田選手のビッグマウスならともかく、協会自体がその目標をマジで掲げていたなら、まるで「世界」を相手に闘えると神風を信じた日本軍みたいだ。私の判断では、選手たちは一流である。が、首脳陣、協会の体制が、安本が批判した考古学会のように、旧態依然なのだ。だから、まったく外がみえていない。外の見えない、内向きの政治力をもった人たちがポストを占める。次の監督は筑波大学出のもと選手らしい。今の協会長は、同志社大学出らしい。それまでは、会長も監督も、早稲田大学出だった。ずいぶん学歴社会なもんだ。たたき上げの三浦カズは、まだ現役選手をやっている。他にも、海外のサッカー事情と経験を積んできた人物もいるのに、外に追いやられたままなのか? マラドーナは、ラリっててもマラドーナだ。尊敬される。日本のプロ野球界は、パイオニアの野茂を筆頭に、外にはじき出された選手が大リーグで活躍して実質を誇示しているけれども、やはり、引退後の日本でのポスト(仕事)はないようではないか。なんでそうなるのか?

 

森崎は、それは「敗戦後」にそうなり、それは「おしきせの日本」だというのである。司馬遼太郎の言葉でいえば、昭和は日本ではない。司馬の提示を深読みすれば、それは戦前だけではなく、戦後はさらにだ。徴兵制で国民皆兵となり、前線にいったものはトラウマ負って黙り、中途半端に生存したものは、この軍隊的な厳しさこそ人生だと、サラリーマン教育や部活動の顧問をやって、軍事官僚的な生き様を戦後にこそ風靡させた。それは恐怖心で、子供たちを、身体的に委縮させてきたのである。江戸幕府の官僚化した武士階級というよりは、なお侍のメンタリティーを残存させていた薩長の武士たちが陸海軍の官僚世界に従属し、そこに生じるねじれの意識・葛藤は、昭和になって失せていったのだろう。が、完全に、なくなるはずのものではないだろう。

 

地区町内会の、千葉白子へのグランドゴルフ研修会、雨天でも決行された。だから、室内会場でとなった。そこは、イチゴのビニールハウスを改良したような施設だった。仮説の外トイレは和式だった。参加者はほぼ80歳前後の高齢者であるが、大会開始前の集合で、私はひとり女性の参加者がいないのに気付いた。トイレだろう、だとしたら……と確認にいくが、おばあさんとはいえ女性なのだから、ためらってしまう。二度目のトントンで、中にいるとわかる。動けないという。カギはかけていないというので、女性のスポーツ員を呼んで、扉をあけた。お尻をむきだしに踏ん張ったまま、水道管にしがみついていた。30分はそうしていたろう。私が抱き上げて、女性委員がズボンをあげた。救助された女性はいった。「帰って来ないと文句いうけど、そう育てたんでしょうに。」……私には、その意味がわかる。私の庭手入れのお客さんだからである。旦那は、もと京成電鉄の経理の人だ。つまり、私と同じ齢ごろの独身の息子がいるのだけれど、実家にはぜんぜん帰って来ない、私たちの面倒をみないと夫は文句をいうけれど、あなたが、そう育てたんでしょうに。彼女が言いたいことは、そういうことである。

 

おそらくこれから、もっと滑稽で、悲惨なことが、起こるのだろう。繰り返されるのだろう。

 熊本では、何が起きているだろうか? 鹿児島から水俣、熊本、島原、そして北九州へと旅しようと意図していたが、当分はゆけそうもない。おそらく自然の現実から目をなおさらそむけるように、おしきせの政策で模糊されていくのだろう。そのとき、人びとの心は、どう動くだろうか?

 

森崎が「おしきせの日本」の神話から掬いあげてみせようとしたのは、アマテラスではなく、アメノウズメというダンサーであった。その「生物的なカン」は、『第三の性』の考察から連綿としている。

∗いく子は、34才の4月に、鶴見俊輔の『アメノウズメ伝』(森崎和江あとがき)を読んでいることが、手帳から確認できる。

2026年6月27日土曜日

是枝裕和著『雲は答えなかった』(PHP文庫)を読む


 東京の方に手伝いにいっている造園会社に、派遣アルバイトから直アルバイトに直談判して半年働いてから、社員として働き始めた二十代半ばの、早稲田大学教育学部卒業の青年がいる。卒業後は、IT関連の企業に就職したらしいが、現場労働にトラヴァーユ、ということになろうか。話していると、現代思想的なジャーナリズムなどの状況に関心もあるらしく、一服の時など、私もいま若い世代がどんな思想関心をもっているのかとか、よく話す。私は量子論にからめた現状認識を話すことが多かったのだが、せんだって、NOTEというブログ・メディアに、宮台の記事がのっていて、その話に似ているという。ぜひそのページを読んでもらいたいと言うので、ラインでリンクを送ってもらって、その「量子論と神秘体験」という対談の要約記事を読んだ。

 

量子論と神秘体験 宮台真司+阪田晃一|界隈塾

 

たしかに、私がこのブログで触れてきた大枠と重なる。基礎学問がない私は、勝手に連想を働かしてきただけなので(しかも量子論への興味は、河中郁男中上健次論から、たぶん誤読からである)、とんでもなくずれていたわけではないのだな、と安心もする。が、神秘体験が自明的にあってそれを前提としうる宮台と違って、私にはそんな霊感はないのだから、半信半疑的に追求せざるをえない。妻が亡くなってから、不思議体験と覚えるものがとんとんと続いているような気もするが、自分が欲して抱く物語化なのかもしれないと疑いながら進めている。霊がみえるのではなく、あくまで現象の解釈になるのだから。妻の妹さんからは「妄想」の一言で片付けられていたが、だんだんと、妹さんも、なんだかこの不思議に、リアリティーを感じはじめてきてしまっているような気もするが。

このブログ上で、時折こぼしてきた体験だけではなく、まだいくつかある。いま一番変なのは、妻の一周忌を前に、妻とそっくりかもしれない女性が現われて来ていることだ。身長は同じくらい、マスクをしているので本当のところはわからないが、容姿が、妻が三十代初めの、ショートヘアに変えた当時の趣と似ている。拒食症になっていた頃だ。がなんといっても、声のトーン、そこから伺える性格が80%くらいでそっくりなのだ。息子が1000CCのオートバイを自宅にもってきて保管したのを知ると、「みせて!」と声を張り上げたのだが、既視感に襲われた。そして三回忌をむかえた去年、毎週仕事でやってくる彼女が、映画『ほどなく、お別れです』が面白かったと語りはじめる。私も見にいってみると、妻を亡くし葬儀会社へトラヴァーユした若い夫が、霊が見える新人の女性と不思議体験をしていくという物語なのだった。さらに、また妻似の女性は、『鬼の花嫁』が面白いという。私も見に行ってみると、姉妹の話で、この人間世界を仕切るあやかし界ナンバー2の稲荷の御曹司と妹の方が結婚し、長女のお姉さんはおろおろして家族から孤立排除され、歩道橋から飛び降り自殺しようとしたところを、あやかし界ナンバー1ですでに家督を継いでいる鬼の御曹司に助けられ、嫁になっていくという物語なのだった。「実は、妻とそっくりに見えるんですけど」と、妻のニューヨークでの落書きを前にした写真や、芸能人のような写真を見せると、「ほんと、でもわたしはもっと頬がこけてしまって」という。えっ、さらなる拒食症? とびっくりしながら、2代目御曹司と結婚することになった妹さんの媒酌人は、のちに総理大臣になっていくあやかし界の者で、長女の妻はおろおろして、ともらすと、「自殺!」と彼女が一番にだした反応の言葉にさらに驚かされるのだった。私と年齢が近い彼女自身が姉妹弟での長女で、妹は京都にいるのだそうだ。彼女は、いったい何者なのだろう?

 

明日は、いくつかの町会員を連れて千葉の白子へグランドゴルフ研修旅行の引率だ。台風でもやるのかと中止を提案したスポーツ委員の意見をとらず、雨天決行と案内したからにはキャンセルせずやる、本心は私も中止にしたいのだが皆さんの気合で台風を吹き飛ばしましょう! と東大出身銀行あがりのスポ振興会長は通知をだす。「雨天決行」の雨天には線状降水帯や台風といった災害状況が入るのか? まるで本当は戦争に反対だったと東京裁判でもらし神風信仰で国民に犠牲を強いた組織官僚を想起させる、と私は返信する。台風は運よく明日には抜けていきそうだが、まるで特攻隊員だ。最初は、自分のところの町会員と話して欠席しようかとおもったが(特攻隊も、現場の隊長が上官・組織官僚に抵抗したところは飛びたっていない)、近所の他の町会のお年寄りとも庭手入れなどで親しくもあるし、その老人たちは義理で来るだろう、だから、私は行く覚悟を決める。ちょうど、是枝祐和著『雲は答えなかった』(PHP文庫)を読んでいた。水俣病行政と患者の現実との間で悩み自殺してしまった厚生省(環境庁)高級官僚のドキュメンタリーである。是枝氏はこの事件を追いながら、官僚は悪だという前提をくつがえされた。この位相では、たしかに、「悪は存在しない」だろう。私は、地区連など、ボランティア自治職をいくつも兼任させられている年長者と対立的な構えで固定するつもりはない。しかし、ずるずるいくと、もう末端レベルでも、かつての町内会の前科のように、何がおこるかわからない。用心して、布石(歯止め)の処置を打っていく必要はあるだろう。面倒な労力だ。

 

しかし、こうした日常のもろもろが、妻のいく子を通して仕向けられている勤めかもしれないのである。

 

<この秋、知子にとってうれしい出来事がひとつあった。自治会の委員長から推薦を受け、この12月から地区の民生委員を務めることになったのである。民生委員には生活保護世帯と福祉事務所の橋渡しや、70歳以上の老人達へ、市や都からの奨励金を届けるといった仕事が任される。

「福祉の末端の末端ですけど……三回忌を迎える時に、こうやって、あの人が最後までこだわっていた福祉の現場に自分がかかわることになって……私に残っている力で何かできることがあればと思って引き受けたんですけど……。主人が書いたものを参考にしながら取り組んでいこうと思っています」

 一語一語かみしめるように語った知子は、

「何か、できすぎた話でしょ……」

と言って、うれしそうに笑った。>(是枝裕和著『雲は答えなかった』)

2026年6月15日月曜日

田口ランディ著『水俣 天地への祈り』(河出書房新社)


「中上の熊野、ここ、そんなリアリズム(単純にいいきれるものではないとしても)を、好きではない。中上の、俺は、ここに、いる、この文句だけで読みをすすめている。千葉が嫌いと思ってた。風光明媚ではないし、何だか実体もないし。ここではないところに行きたかったんだ。これが否定されるにしろ、ないにしろ、向き合わざるをえない、私に克服しなきゃならない病があって、それがエクリチュールでいやされるのかどうか(は別にして)、つきつけられ、痛い。」(いく子「はるみNOTE3」’93.8.30.

「結局、今の世の中に希望がもてなくなって、絶望感のなかで狂いに狂っていた一九八五年の秋。そのときに必死に世界を探そうとするわけですよ。自分の本当の世界が必ずあるはずだと思って、四苦八苦しながら、七転八倒というか、とんでもない大どんでん返しのなかで狂ってるわけですよ。そのとき初めて、不知火海の女島という小さな漁村に生まれて育って生きてきた、生かされてきたということが、実は私の命の物語そのものだったという。その「物語に従う」というか、そこからシステム社会のほうに行かないで、どっちかちゅうと俺は、帰ってきたんだと思う。」(「水俣の祈り」 語り手・緒方正人 『水俣 天地への祈り』田口ランディ著 河出書房新社)

 

田口ランディさんにこのような作品があると知り、読んでみて驚く。ちょうど妻の妹さんから、戦争は止まず自民党は国旗だ武器輸出だ男のみ皇位継承だと時代錯誤、AI革命が社会を破壊する力持つらしいぞと、さくらんぼが届くというライン通知で言ってきたので、ランディさんの著作を紹介した。

狩猟採集時代は「遊動」していた、というが、その言語化には、ロマン(近代)が忍び入っている。中上が「放浪」として受容されるように。本当は、世界自体がひとつとして観念され、なお文化的な差異などないのだから、一つの宇宙内を移動しているような感覚なのではなかろうか。アフリカの象だって、そうとう広い範囲を、季節ごとに移動する。いま生きる日本猿でも、アルプスのてっぺんまで季節がくればのぼってゆく。「ここ」、とが、一つの故郷だったのであり、いく子が「流氷」を見たいという衝動に襲われたのも、氷河に覆われ一つになっていた大陸の、ヒトの始原の痕跡(断片)に帰りたいと、郷愁にかられたからではないだろうか? その歴史性が、狂気のなかで蘇る。私はこの千葉の家から、一歩もでたくない。

文を改めるのは面倒なので、返信のコピー。

 

=====     =====

 

ありがとうございます!
明日は、近所の、食べに行ったお寿司やさんのお宅の手入れです。

現政権は、消費税を一時解除したあとで、9条ふくめた憲法改正に進みそうな。お金で問答を抑えたすきに。そうなると、自動的に徴兵制。憲法は国家をしばるので、軍隊を保持するのが納税と同じ義務に。だけど、マッチョ丸出し化した世界で、女々しい勇気を持つのは大変でしょうけど、現総理は、女のはずなんだが。
明日、たのしみにしています。

 さくらんぼ、とどきました。

とりあえず、真向いアパートの〇〇さんから、春にイチゴをたくさんいただいたので、先ほどお返しにおすそ分けいたしました。お子さん3人の、旦那は土工ですね。奥さんの実家が、四街道のほうのイチゴ農家だそうです。◇◇さんと△△さんにも、少量になるかもしれませんが、もっていこうかなと。明日は、小倉台のお宅の手入れで帰宅は5時ぎりぎりか。

というか、今日、私の59才の誕生日だったのですね。トランプが明後日誕生日というニュースをみて気づきました。ケーキを買って来て、チョコレートが好きだったようないく子に、フジヤのケーキですが供えて。

65歳までは、まだ長いなあ。それまでに、いく子文献を使った共著を仕上げたい。

いま、1959年東京生まれの、田口ランディという作家の、「水俣 天地への祈り」という5年前の作品を読んでいるのですが、これは入門としては一番よさそうです。無知で「バカ」と呼ばれて自称もしてきたバブル経験のフリーターあがりの女性が、どうこの事件に関わり直面してきたのか綴られています。当事者から引き出してきた言葉(対談)もすごい。彼女は最後に、「縄文の思想」を感じ取りますが、いく子も、そうなんですよ。ダンスの芸名に、「やまたいこくの山田いく子」とか、「Nobody」(ジム・ジャームッシュの映画「デッドマン」のインディアンからとった。)とかつける感性に、そこが現われる。つまり、天安門事件直前の中国旅行から帰ってすぐに、「流氷」がみたいと言いだしてるのですが、その二年後にオホーツク海に友達といって、アイヌ少女のお土産を買ってくる衝動。縄文時代、北海道から沖縄までみな同じ思想で生きていたのは、アフリカから放浪しはじめた人類の一番古い感性が、氷河期消えて、孤立島国になったために、この日本列島周辺に残存したままだったからだそう。遺伝子的にも(だからアイヌ人はヨーロッパ人種的)言語的にも(出アフリカ言語の半数は日本近辺に残る。)。そして、東北だけでなく、九州とくには鹿児島近辺には方言としても残っている。(「武蔵野」のムサシもアイヌ語です。)石牟礼や高群逸枝・森崎和江ら九州の「おなご」の思想を言語化した人たちも、弱者によりそっただけでなく、そこにまだあったサルからヒトへの狩猟採集民の倫理(日本の武士道はそのエキスとも言われています。柄谷の交換様式Dも柳田國男の山人(縄文人)の反復の提唱です。)の再発見をしたということです。そしてそこに、AIの進化も関わってくる可能性もあります。本当に量子コンピューター化されると、心理を超えた霊的な繋がりが可視化されるかもと。それは、北海道から沖縄まで、なんでみんなひとつの価値(クマに感謝するような世界)であったのか、その不可思議さに近接してしまう。近代のヒューマニズムは終わる(が、個人が終わり動物化するのか、人間(個人・魂)として進化するのか、と意見が分かれる)。武士道(生きる)とは死ぬこととみつけたり、と水俣患者が到達した倫理が普遍化されてくる。
だけど、島国だから通じるので、人口増えた大陸の交通(戦争)激しい世界で、その倫理が通用するのかな、と、最近の情勢から思わずにいられませんが。

2026年6月4日木曜日

『アイヌと縄文――もうひとつの日本の歴史』(瀬川拓郎著 ちくま新書)を読む


「オホーツクの青は マリンブルー? ウルトラマリンブルー?

屈斜路湖は コバルトブルー? シマンブルー?

ブルーの名前がわからなくて、色の手帖をみても やっぱり わからなくて 私たちの議論は議論にならない。」(いく子の日記「はるみNOTE No2」‘89.8.10)

 

妻の遺品ででてきたアイヌのお土産、少女のシルエットの彫刻が、どのような経緯でここにあるのだろうと思っていた。亡くなってからの1年の間に、狂うことに耐えながら読んだ手紙類に、北海道へと旅した記述があったような気もしたが、不確かだった。が、書き写しはじめた日記の記述のなかで、やはり友達何人かと網走のほうへ行ったようだと知れる。友から来た手紙を再読していけば、もう少し詳しいことも知れるだろう。いく子が、流氷を見たいと和歌山の友達のはるみさんに申し出たのは、中国へと一人旅した直後の手紙(日記にコピー)でだった。‘89年の5月始め、すでに天安門は、人々でごったがえしていた。彼女が日本にもどってきたとき、事件が勃発する。そしていく子は、流氷をみにゆこうと提案した。はるみさんとはいかなかったようだが、おそらく、高校時代の友達と、北海道へ移住した高校の友達の案内のもと、網走の方へ行ったものとおもわれる。そこで、そのアイヌのお土産を買ったのだろう。

 

それは、津島佑子が、幼い息子をつれて、オホーツク流氷館にちかい資料館ジャッカ・ドフニを訪れてから四年後の夏にあたる。いく子が、アイヌのことを思考した痕跡はいまのところない。が、私は彼女の古い気質、火の国(九州)の「おなご」たちと通称されるかもしれない精神の向うに、縄文時代と総称される「心の文明」(『アイヌと縄文』ちくま新書 瀬川拓郎著)の流路を感じるのだ。両親も、ともに東北出身だ。いつだったか、私の地元の縄文遺跡の多い群馬の博物館を見学したさい、そこの当時の生活を模した人形の姿が、妻に似ていると思ったことがあった。「縄文人は歯が爪切りの刃のように噛みあい、彫が深く、鼻が高い」「ヨーロッパ人」の形質類型をもつ。家族が移住した水俣も鹿児島に近く、そこには、アイヌの言葉が方言として残っているともいう。(ちなみに「武蔵野」のムサシは、アイヌ語だそうである。)

 

瀬川の『アイヌと縄文』によれば、というか最近までの考古学的な成果によれば、アフリカから移動しはじめた現生人類の古層がアイヌ人に残っていること、「形質的な特異性が大規模な遺伝子分析によって確認された」のだ。言語学的にもそうで、「出アフリカ古層A型」という古いタイプの言語は、バスク語を含め世界に九つ「孤立言語」としてあるが、「その約半数が日本列島の周辺に集中して」いるそうである。つまり、サルからヒトへの移動経路は、ヨーロッパからユーラシアそして日本列島へと到達したが、縄文時代の半ばで氷河期が崩れ、大陸から孤立した離島と化したために、古いままの身体的形質と言語的特性が、この日本に残存している、ということだ。その間、大陸では戦争を含めた交通に覆われたので、古層は改変更新された。旧石器時代的な遺跡はほとんど遺されていない。日本では終戦後、群馬で岩宿遺跡が発見される。おそらく、こうしたことから、右派の主張、日本が世界文明の発祥地であり、それが中国やメソポタミア、エジプトへと伝播していったのだ、という牽強付会な説が出てくるのだろう。さらにそれらの説には、戦争の痕跡が縄文遺跡からみられないことから、そこに平和思想を読み込むものもある。

 

アイヌと縄文の時代を考察してきた瀬川も、こう示唆してしめくくる。

 

<イレズミと抜歯という縄文伝統をとどめていた本州の漂海民は、自分たちの補った魚などが銭で買われることを好まず、陸上の知人に贈り物として与え、その返礼として祭事に招待をしてくれることをよしとし、そうした関係を「親戚」とよんでいました。/この「親戚」は、漂海民にとっての「疑似親族」「中立地帯」であり、かれらはこの「親戚」をとおして外部の商品経済との関係を保とうとしていた、といえそうです。/アイヌが守りをとおそうとした縄文思想とは、人びとを「親戚」としてむすびつけるこのような連帯が原理であり、かれらが商品交換を忌避したのは、それが人びとを不平等化し、差別化していく対極の原理だったからにちがいありません。/私たちは、商品交換という禁断の木の実を口にした存在です。その原罪は、日本列島のなかに「外部」が成立した弥生時代以降、列島の人びとを取りこんできました。そしてそれは、本州社会で戦争を常態化させ、王を誕生させ、国家を成立させてきました。商品交換が産みだす社会の非対称化はさらに、程度の差こそあれアイヌや琉球の人びともとりこんでいくことになったのです。/私たちが縄文の思想を知る意味とは、非対称化していく歴史のなかで、源郷の思想である連帯と平等をかたくなに守りとおそうとしてきた人びとが今なお私たちの目のまえにいること、さらには漂海民のようについ最近まで私たち自身のなかにもいたことをとおして、その意義に今一度おもいをめぐらせてみることにある、といえるのではないでしょうか。>

 

ならば、問いはこうならないか。

交通(戦争)の激しい大陸の間で、その孤島に残った平和的とされる縄文の思想は、成立する現実条件がなおあるのか、可能性は残存しているのか? 通用するのか? 通用しなくてもやるべきという理想=憧れ、想いのなかに、現実的な可能性を夢見てもいいのか? 反復は可能を持つのか?

 

※ 瀬川が要約してみせた「心の文明」・「縄文イデオロギー」「縄文思想」の背景として、山と祖先の信仰形態の遺跡考察がある。七世紀後半以降の奈良平安時代と平行するアイヌ文化を「擦文文化」と呼ぶそうだが、この時代、本州もふくめ、墓がみつからないのだという。風葬や遺棄葬がおこなわれていたようだという。(だから、家で遺体を保管した。)私(たち)も、もう「墓」をどうしていいのかわからない。妻を、葬ることができないでいる。その想いのなかに、縄文思想の現実的条件、将来への可能性をさぐる糸口が見つかるのだろうか?

*オホーツクのブルーをみて、以後もその青の意味あいに、いく子はこだわっている。それが二年後の、「ニーチェはブルーが好きだったか」という創作ダンスに繋がっていったと思われる。このビデオはあったらしいが、残ってはいない。

 

 

2026年5月21日木曜日

執行草舟著『永遠の三島由紀夫』(実業之日本社)を読む


シュタイナーに関して、スマホで調べているうちに、ヒットしてきた人物。こんな人がいた、いるのか、という驚きだ。

三島由紀夫が割腹する四年ほどまえの16才の頃から、数十回にわたり話し込んできて、遺言をたくされていたのだ、と自覚するのに五十年かかったのだ、というのは本当のことなのだろう。サヴァン症候群的な記憶再現能力をもった、幼少の頃からの大読書家であり、菌酵素食品を販売・研究している会社を経営している。心肺停止状態から蘇った小1の時、父の書棚にあり母に全ての漢字に振り仮名をふってもらい読んだ初めての本が『葉隠』であり、その心酔が、三島と共振したらしい。目白に住む裕福な育ちで、小林秀雄はじめ著名人との家族付き合いがあったそうだ。この著作は、三島論などではなく、霊媒からのメッセージのようなものであろう。三島の決行も、政治的な行動ではなく、文学行為としてであり、それは自ら『古事記』のスサノオ神話に刻まれている神話の真実性・純粋性を反復・創生することで、人類に霊性文明を再生させることなのだ、と。

 

YouTubeで、富岡幸一郎とのこの著作をめぐる対談がアップされている。

【特別対談】生誕100年・三島由紀夫が予言した日本の危機(執行草舟先生×富岡幸一郎先生)前編

【特別対談】三島由紀夫の文学と魂〜世間で誤解されている三島の真の姿とは?(執行草舟先生×富岡幸一郎先生)後編

 

本著作に関しては、上の動画参照でいいだろう。

このブログでは、執行草舟の言動を参照することで、より明確になってきた私の観点をメモする。キーワードは、武士道、縄文、胎児性水俣病患者、となろう。

 

最近本屋にいって、『魂の翻訳は可能か 苦海のエチカ』(横地徳広著 勁草書房)にであった。水俣病の胎児性患者をめぐり考察しているらしい。まだちょっと読みはじめただけでは、何をいわんとしているのか不可解だが、ともかく、この著作冒頭は、次の一文ではじまる。

 

<中学二年の少女が「ウソをついてごめんね」「もういじめないでね」などという遺書を残して、自殺した。>

 

私も、そういう遺書を残していった事件のことを覚えている。いっけん、これから死んでゆくものが「もうしないで」というのは、奇妙なことであろう。この世からいなくなってしまえば、いじめようもなくなるのだから。ということは、いなくなるために死んだのではないのだ。生きてゆく、その地続きの意識で死んだのである。『葉隠』が説く「武士道とは死ぬこととみつけたり」、とは、そのような心境で生きる覚悟のことである。三島もそうだった。野次怒号の中で死んでいった。私は、以前、橋本治の三島論を読んだ感想を書いたさい、三島は少ししか腹を切り裂けなかったそうだ、と書いた。が、執行によると、切腹の礼儀作法を超えて、腸が飛び出てくるくらい深く切り裂いたのだそうである。だから、前のめりになった。だから、介添え役は一気に首を落とせる体勢ではなくなってしまったのだと。この深く切るとは、怨念を表わすときにおこなうやり方なのだそうである。とにかく三島は、「俺をいじめてもしょうがないんだぞ」、とこの世から超越した思いを抱え込んでいたにちがいない。「もういじめないで」と自殺した少女が、「私」をいじめないで、と言ったのではなく、(人が、人間が)いじめをしないでね、と想いを託していったのであろうように。

 

母の胎内にいるときから有機水銀に侵されて生まれてきた胎児性水俣病患者は、生まれてすでにして、生きる(武士道)とは死ぬこととみつけたり、という心境に立たされたのではないだろうか。妻のいく子より二歳上の坂本しのぶさんの生き様をおもうと、それは純粋な「体当たり」の人生だ。「体当たり」とは、執行が説く「葉隠」の精神である。水俣病をひき越した会社の社長経験者を父に持つ私の妻の人生も、その表象は坂本しのぶさんとは正反対だけれども、最期まで「純粋」を志向した「体当たり」の人生だった。私はそこに、「おなご」と呼ばれた九州の女たちの、反武士道の精神を読む。ここでの「反」とは、プラスの陽子に反粒子としてのマイナスの陽子が、マイナスの電子に対し反粒子としてのプラスの電子が生成してくるという、量子力学的な意味での「反」である。

 

執行の発信する動画によれば、量子コンピューターが、霊性文明を自明化させるだろう、という。しかし、もし人類が霊性に目覚めることができないならば(三島の遺言を引き受けないならば)、もはや宇宙意志からの魂入れを亡くし、動物と同じになり(つまり選ばれた人間ではなくなって)、鉱物に魂入れが行なわれることになるだろうと。シュタイナーもそうだが、あの世としての霊や魂ということではなく、あくまで物質的な物理条件・現象として霊界を把握する。

 

「いじめ」問題にもどろう。

私はここで、柄谷の「力と交換様式」に言及するにあたり引用した、エリック・ホッファーの洞察を想起する。(ダンス&パンセ: 柄谷行人著『力と交換様式』(岩波書店)を読む

 

<人間という種がもつ驚異と独自性は、弱者の生き残りに由来する。病人を看護するという習慣がなければ、人類一般における不具者と弱者が文化と文明の高みに達することはできなかったであろう。部族の男たちが戦場におもむくとき、背後にとどまらざるをえなかった傷病者が、おそらく最初の語り部、教師、(武器や玩具を作る)職人になったのであろう。宗教、詩、英知の草創期の発展は、不適応者の生き残りに多くを負っている。狂気に陥った呪医、癲癇症の予言者、盲目の吟遊詩人、才知に長けたせむしや小人が、そうした人びとである。最後に、病人は医術と料理の発展に貢献したに違いない。>(『魂の錬金術』エリック・ホッファー著・中本義彦訳 作品社)

 

執行も、エリック・ホッファーの著作を読書推薦したりしている。彼の文脈でいえば、それは、「縄文」という霊性的生き方に重ねられるようだ。

「縄文」というと、最近中島岳志が、『縄文 革命とナショナリズム』(太田出版)を著し、この言葉のイデオロギー性を列挙したりしているが、文芸誌『群像』の今月6月号での富岡幸一郎との対談、「保守の「正統」はどこにあるか」を読めば、問題の要点は、一神教だから戦争になり多神教的な縄文文化の方がすぐれているのだとするようなイデオロギー批判に収斂されていくもの、という理解前提にあることが知れる。

 

が執行は、日本の神道も一神教であって、アニミズム的にまつられる樹木や岩はあくまで媒体であって、実際はその向うに一なる宇宙意志(こういう言葉を使ってはいないと思うが——)をみようとしているのだ、という意見を採用している。執行の、縄文に帰れ、みたいな意見は、あくまで、「葉隠」理解の延長にある。縄文精神のエッセンスが、武士道なのだとも言う。(「葉隠」以外のほとんどの武士道は、朱子学的な道徳であり、文学にすぎない、と指摘している。)

 

が、私はやはり、その執行の意見のイデオロギー性を憂慮せずにはいられない。封建(武士道)の真髄(愛と自由)を抽出して説いても、その世の中での実際表象・機能を考慮すると、やはり、マッチョな男性性に偏る。執行は、シュタイナーの考え(観察)を受けてか、プラスがあったらマイナスがでてくるよう自然は動くのだ、と陰陽(易経)や量子論の世界にも言及しながら、そのバランス性質の現実を喚起させるが、世界宗教が失効しているのと同様、男性(スサノオ)ヴィジョンも、誤って機能するしかないのではないかと、私は推察するのだ。

 

だから、九州男児に対抗した高群逸枝であり、弱者に寄り添いながらも島原の乱を素材にした最後の小説で、乱後幕府に切腹の抗議をして果てたとされる鈴木重成(病死が本当だと検証されているが)への鎮魂を刻んだ石牟礼道子であり、「葉隠」を導入した鈴木大拙の『日本的霊性』をくり返し読んでいるという森崎和江、といった、九州の「おなご」たちの言葉を私は掬い取りたいのだ。彼女たちは、武士道だが、“反”武士道のヴィジョンを提示しているのだ。

 

そして武士道、「葉隠」は、シュタイナー同様、徹底的に個人主義的である。そこをめぐる執行のユニークな動画も、アップされている。

 

【個人の力は無限 影響力について~歴史は大勢では作れない】

2026年4月26日日曜日

「『共同幻想論』に挑む 家族人類学的考察」(鹿島茂著 筑摩書房)をめぐって


高群逸枝の詩的直観、想像の宇宙世界へと読み入っていくにつけて、吉本隆明は『共同幻想論』において、何か高群について述べているのではないかと、学生時代に教養的には読んでいたそれを読みかえしてみてはいた。が、やはりよくわからない。そんなおり、鹿島茂著の「『共同幻想論』に挑む 家族人類学的考察」というのに書店で出会い、買って読んでみた。

読解に導入しているエマニュエル・トッドの考察は、このブログでも言及してきたとおり、私にはなじみ深いものだったので、一読して、なるほど、吉本はこう読めるのか、と驚くとともに考察が進んだ。

段階的に実証されてゆくこの著作を短く要約するのは無理なので、結論的な提示と、自身の思考との交差点に関してメモしておこう。

 

鹿島によれば、吉本はまず、いわゆる日本の近代文学が扱ってきた「家」の問題前提が階級的なものであることの批判からはじめるという。それら文学は、すでに父権制社会が成立した上流階級で生じる父と子の葛藤にすぎないので、その階層的現実がなお希薄な庶民の「家」の内実が抜け落ちている。しかし、そこを考察の射程に入れなければ、自分を戦争に没入させた天皇制のイデオローグを、国家という幻想を打つことはできないのだと。ゆえに吉本は、父権成立以前、その成立過程を考察するためのものとして、『古事記』や『遠野物語』という想像的世界を孕ませている材料を取り扱う。人間にとって、観念(想像・幻想)は現実に先行するのだ。というか、動物的な自然的セックスが心的に疎外されて、「対幻想」が獲得されたとき、家族という共同性が動物とは違った水準で生起してくるのだ。しかし、「対幻想」(家族)は、排他的に作用してくるのだから、「共同幻想」としての空間的広がりを持つのは困難である。ならば、その「逆立ち」が「同致」に転換されるのはいかなる過程によってなのか?

 

<① 縄文前期

生産様式:狩猟採集。

対幻想(家族形態):一時的双処居住(母方居住、父方居住)を伴う核家族。

時間性:昨日と明日しかない時間性。

対幻想と共同幻想の関係:共同幻想の未成立。

②縄文中期から後期

生産様式:イモ栽培などの初期農業。

対幻想(家族形態):核家族が排除された強い母系。

時間性:イモ栽培から類推した霊の循環思想から来る循環的時間性。

対幻想と共同幻想の関係:対幻想と共同幻想の同致。穀母神的祭儀。

③弥生期

生産様式:穀物栽培などの本格農業に移行しているが、アワ・ヒエ・イモなどの初期農業を残す。

対幻想(家族形態):圧倒的に数の多い被支配民である縄文人特有の強い母系が残存し、そこに弥生人の一時的父方居住を伴う核家族が入り込んだサザエさん型の母方居住。

時間性:穀物栽培の時間性とは異なるものと理解された、セックス・妊娠・出産・子育て・成人という対幻想のリニアーな時間性が主流となるが、依然として霊の循環からくる循環的時間性も強く残存する。

対幻想と共同幻想の関係:対幻想と共同幻想は同致しなくなる。農耕的祭儀は穀母神的祭儀の影響を残す。

④古墳期からヤマト王権期

生産様式:水耕栽培などの本格的農業。

対幻想(家族形態):母系を残存させながら父系に移行中。ただし、父方居住の直径家族には至らず。妻問い婚型を取る。

時間性:セックスと妊娠・出産の関係が正しく理解されたことから生まれたリニアな時間性。

対幻想と共同幻想の関係:対幻想と共同幻想の不一致。農耕祭儀はセックスを取り入れながら抽象的なものに変化。>(P513)

 

ここまでの過程で、フェロモン誘導によるセックス(乱交)を禁忌(近親姦の禁止)させてゆくような脳内へのイメージ・フィードバック機構の確立化からくる「単一婚」への移行、農業革命期における家族経営力(直系化への移行)の優劣から貧富格差の発生=貧困層での末子相続的核家族の残存、ユーラシアからの辺境としての遠野地区での母系制の残存、といった現象をはらむが、まだ父権的な共同幻想へと対幻想は同致されない。つまり国家は生まれていない。そもそも、「人類はすべて例外なく母系制をどこかの段階で経てきたという吉本が前提とした仮説は正しいのか」。

 

<姉弟と兄妹の対幻想を用意したのがイモ栽培を中心として初期的な農耕だったように、生産様式が遊牧であるような場合には、母・娘の女性セクターの比重が増えることはなく、むしろ牧畜を担当する父・息子の男性セクターがメインとなりますから、共同体の対幻想が兄弟の組み合わせとなる可能性は強いのです。トッドのいう共同体家族は、この兄弟の対幻想から生まれてきたと思われます。

 このように考えると、吉本の母系制を核とした対幻想—共同幻想の構造は世界規模では破綻しているように見えますが、しかし、規模を日本に限定するなら整合性を保っているといえます。というのも、吉本は『共同幻想論』において分析対象を「日本」に絞った上で、対幻想と共同幻想の関係の法則を取り出すのを当面の目標としていて、その先は想定していないからです。>(P483)

 

ならば、排他的に集中する血縁的家族形態から、いかにして空間的に拡大する地縁的な関係が支配的になるのか。吉本の、アマテラスとスサノオの神話分析は、氏族(前氏族)社会までには拡大されえるが、国家の共同幻想までにはいきえない。<共同体が「家族形態と親族形態の地平を離脱」するにはある種のジャンプが必要>なのだ。それは何か?

吉本の「祭儀論」でその可能性が示唆され、「南島論」で肯定的に論じられているのが、他民族征服説になる。<母系制社会の上に征服者である騎馬民族の父系性社会が乗って、社会が二重の構造をなすようになったとき、初めて国家的な共同幻想が生まれるという考え方>だ。そして実は、この考え方を最初に唱えたのはフランツ・オッペンハイマーというユダヤ系ドイツ人の社会学者で、一九〇七年に出た『国家』という著作においてである。オッペンハイマーはマルクス主義的な経済論的観点を退け、「勝利者集団による敗北者集団の暴力的制圧が階級分化と国家の成立を導いたとする政治的観点の導入を主張」した。しかも「勝利者集団である遊牧民も敗北者集団である農耕民も、征服以前には、いずれもが国家形成には至っていなかった」のであり、「国家形成は、遊牧民と農耕民との暴力的接触を媒介にして始まり、前者が後者を非支配民として抑圧するその抑圧装置の発達によって完成に向かうという考え方」である。「遊牧民の項目に農耕民、農耕民の項目に狩猟採集民を代置することも可能です。換言すれば、国家は内発的に興るのではなく、食料獲得形態を異にする二つの民族集団の接触により興るという説なのです。」(P606)

 

では、血縁的原理と、地縁的原理が、排他的にではなく、内包されて国家という空間的に拡大される幻想と結びつくその関連はいかなるものになるのか。吉本以前に、この問題を深く考えていた一人が、ロバート・H・ローウィの『国家の起源』である。ローウィによれば、血縁と地縁の絆の絡み合いの説明には、「結社(アソシエーション)」を分析するしかないと主張し、その典型なものが、「男団体と女団体という性の二分法に基づく」ものだ。家庭に父親が常在して核家族が成立してくると、共同体への求心力ではなく、遠心力(離反力)が強まってゆくが、そのタイミングで、結社が登場する。血縁に関係なく、全ての男性、全ての女性という集団形成が、地域的な絆をうちたてる。が、ローウィは、「性別結社そのものが共同体を国家へと向かわせる駆動力になる」とするには不十分と留保する。理由の一つが、「血族の論理そのものである国王の存在もまた国家形成の要素の一つである」と結論せざるをえないからだ。となれば、それは、結社というよりは、「二重権力」そのものの状態が、国家を成立せしめる「力」になるのではないだろうか。

そう推論し、鹿島は著作をしめくくる。

 

<意外かもしれませんが、母系の霊能者に代わって祭儀行為を執行するようになった父系の権力者である国王が呪術的な血縁共同体の継承者として神話的権力を担当する一方で、ポロ結社の大王のような実力者が政治的権力を握っているという二重権力状態の中にこそ、むしろ原始共同体を国家へと変容せしめた直接の原動力を見出せるのではないかと思えてくるのです。

つまり、思い切って要約すると、アマテラスとスサノオ、天皇と将軍(執権)という、いかにも日本的な権力の分掌体制はじつはいささかも日本特殊的なものではなく、むしろ国家を成立せしめるための普遍的なものではなかったのかという結論に達するのです。

この意味では、『古事記』をもとにして、神話権力と政治権力の分掌体制の分析に最大の力を注いだ『共同幻想論』は思っているよりもはるかに普遍性をもった国家論であるといえるのです。>(P621)

 

ここで、読書としては吉本よりも、私世代的にはなじみ深いだろう、柄谷行人の『遊動論』から引用する。(参照;ダンス&パンセ: エマニュエル・トッド著『家族システムの起源』ノート(3)――柄谷行人著『遊動論』と

 

<双系制は、家の血のつながりから独立させる。このことは、柳田がいう固有信仰の特性とも関連する。固有信仰では、父系と母系は区別されず、いずれも先祖と見なされる。しかも、このことはたんに、両方を先祖にいれるにとどまらない。むしろ、先祖を血縁と無関係に考えることになる。たとえば、血のつながりがなくても、何らかの「縁」あるいは「愛」があれば、先祖とみなされる。逆にいうと、養子制度が一般に承認されたのも、このような先祖観があったからである。日本では「遠い親戚より近い他人」という考えが一般的である。それは、祖霊に関してもあてはまる。「近い他人」が先祖となりうるのだ。>(柄谷行人著『遊動論』 文春新書)

 

上には、実証性は、まるでないのではなかろうか。抽象というよりは、想像が、あるいは願望があるのだ。このユートピアは、あるいは柳田が前提とする家・先祖・固有信仰は、高次元で反復されるべく「交換D」とも想定されてゆくが、それも、父権制がある程度導入されている上での二重権力的な状況から想像されてくるものになる。双系制がそのままで血縁関係から人を独立させるものではないことは、トッド参照した鹿島の吉本分析から、その歴史の複雑な成り行きからわかりうる。血縁が切れても関係を結べる「養子縁組」という寛容性は、遊動(山人)が想定される縄文時代にはない。そもそも、まずは父系であれ母系であれ、血縁(親族)しかない小集団だ。

私は、柄谷が始めたNAMという結社を、「男性」集団だと批判した岡崎乾二郎の芸術会合での発言を参照して読解した(ダンス&パンセ: 『NAM総括』(吉永剛志著 航思社)を読む(2))。核家族(双系制)が、個人を共同体から「離反(遠心力)」させてゆく傾向が強くなったとき、そうした古代的なアソシエーションが構想(反復)されたのである。私はこの抽象的な願望と、高群等の願望(母権性主張の歴史的偽造を指摘されたりもしたが、トッドを参照すれば相当な妥当性をもつ)とを対置させてゆくだろうが、まだまだ詰めていかねばならない作業がたくさんある。

 

「縁」とは、「愛」とは、なんだ?

吉本が言うように、人間は現実よりも観念が先行するなら(右派的には、これを「魂入れ」という)、トッド的な実証性よりも、想像界の力の方が大切なのだ。