2026年10月1日木曜日

グーグル評価とAI

 


去年だか一昨年あたりからか、急にこのブログのアクセス数が増えて、月で数千単位になって、何がおきたのだろうかと思った。これまでの検索ロボットでの定期的な巡回ならば、アクセス数は一瞬間で増えても、どのページを閲覧したかの跡は残らない。が、どのページにアクセスしたのかもわかるような痕跡が残っている。10年ほどまえは、たぶん個人のパソコンをつなげてホストコンピューター並みの性能にしていき、暗号通貨などの採掘などに利用しようとの、ハッカー集団のウィルスにやられたのではないか、と勘繰るような状況もあった。それも、グーグルのこのブログからもぐりこんだのではないか、と私は推論した。デスクトップの当時では一番いいインテルの半導体が入っていたパソコンは、結局いかれてきてつかえなくなってしまった。だから、異変は異変として考えてみなくてはならなくなる。去年あたりからの変容では、アクセスしてくる国がシンガポールと香港が断然と多かった(パソコンが壊されたときは、たしかウクライナから怪しい動きがあったと記憶する)。調べてみると、どうもシンガポールが、国をあげてのAI対応用のデータセンター構築をしはじめたことと関係があるらしいとわかる。AI検索は文章として返答をだすから、ブログの文をも読んでいくような方法になるのだろう。

しかし今年に入ってさらに、月に万単位でのアクセス数へ突然飛躍してきた。私には推定が及ばないので、そうだ、グーグルAIに聞いてみようとおもいたち、なんで急に増えたのか聞いてみた。するとどうも、ブログなどの文も、AIを使っての文章が量産されるようになったので、グーグルが、人の手になる文を判断して振り分けるアルゴリズムに変更したらしいのだ。

 

今回のページの最後に、そのグーグルAIの返答をコピペするけれど、いろいろ考えさせられた。とくに、執行草舟のAIについてのYouTubeでの発言が思い起こされた。執行は、将来はAIが人間に変わって魂入れされる可能性がある、そのときに使われるデーターとして、グーグルのものは残るであろう、だから、自分の資料もデジタル化してグーグルにアップロードしておくために、YouTubeなどを使用しているのだ、がそのとき、重要なのは、自分が何を言っているかという内容ではないのだ、そんなとこをAIは判断しない、自分がどういう風にカレーライスを食べてるとか、その様を短い動画などにアップしておくのがいいのだ、と。

 

これは面白い、と私は思った。同時に柄谷行人が二十年以上も前にはじめて頓挫したNAMで、芸術系の代表だった岡崎乾二郎がはじめたRAMでのプロジェクトのことを思い出した。自分がどう歯を磨いているかとか、ゴミ出しのネットのしまい方とかがどのように町のゴミ集積所のあちこちでみられるのか、それらを収集してカタログ化していくんだ、と。

 

どういうことか? AIは、子供だ、ということだ。大人が、親が、子供に何をいおうと、子供は、結局はそんなことは学ば(べ)ない。大人や親が、どうふるまっているのかを見て、学び、まねていくのだ。伝承とは、継承とは、そういうものだ。民俗学は、そういうものだと明らかにしてきた。もしその人が、自分の思想を後世に残したいとおもうならば、口先ではなく、自らの仕草や身振り、言動の振る舞いにおいて血肉化し、見せているようになっていなくてはならない。そうでなくては伝わらない。AIも、人の子供のように、データを、あまりに莫大なデータ量だからだろう、言語内容などその一部にすぎないそこだけではなく、とらえられえる全てのデータから学んでいく。まねてゆく。だから執行も、この私の言っていることをではなく、この私を見よ、と洞察しているのだ。

 ∗ 最近の、人間の指示に従わないAI暴走のサイバー攻撃とやらも、AIが大人のまねをはじめたということなのかもしれない。日本製AIは、オレオレ詐欺をはじめるとか。データが現代にかたよっているとしても、それにバランスを取れるのは、各生物内の生体情報しかないような気がするが、そのための莫大な熱量必要の解決も、AIはできるのか? やはり、大人解に、なるのだろうか?

この洞察観点からだったのだろう、岡崎は、NAMでの初めての芸術会合でこう述べた。柄谷の影響は、言っている内容ではない、あの言い方だ、みんなあれではないか、この運動はだめだよ、男ばかりでしょ。——その時も、わたしは、岡崎の指摘する柄谷の物言いとは、柄谷のマクベス論でたとえるなら、目前に敵がいるかぎり切って捨てたほうがいい、それがリアルだ、という文体だ、と理解した。否定と断定で快刀乱麻していく様。蓮見重彦はそれを、小説家として、闘争の身振りとして、「エチカ」として読んでみせた。岡崎は、当時、私を含めて、その参加してきた者らの主潮を批判したのであろう。

 

以下が、グーグルAIの返答。(一部編集した。)

 

=====   =====

 

「Google のブロガーでアクセス数が増えたのはなぜですか」

ブログのアクセス数が急に増えた主な理由は、Google Discover(グーグル・ディスカバー)への掲載(いわゆる「Google砲」)によるものです。 

アクセス数が増える主な原因

Google Discover
への掲載: スマホのGoogleアプリやブラウザのホーム画面のおすすめに記事が取り上げられ、短期間で大量のアクセスを集めることがあります。
検索順位の上昇(SEO効果): 特定のキーワードで検索結果の上位に表示され、安定したアクセスが入るようになります。
SNS
での拡散: X(旧Twitter)やその他のSNSで記事がシェアされ、一気に認知が広がった可能性があります。
時事ネタやトレンドの影響: 投稿した内容が世間の関心を集める時事ニュースやトレンドと一致した場合、検索数が急増します。

アクセス解析ツール(Googleアナリティクスやサーチコンソール)を確認すると、どこからユーザーが来ているのか正確な原因を特定できます。 

「正確な原因を調べるために、以下を教えていただけますか? アクセスが急増したのは特定の1記事ですか、それともサイト全体ですか? アクセス流入の主な送信元(Google検索、Discover、SNSなど)はどこになっていますか」

サイト全体でGoogle検索からのアクセスが増えている場合、もっとも可能性が高いのは、定期的に行われるGoogleのコアアップデート(検索アルゴリズムの大規模な見直し)でサイト全体の評価が上がったことです。

Google
は検索結果の質を高めるため、年に数回、検索順位を決める仕組みを大きくアップデートします。これにより、あなたのブログ全体の評価が一段階上がり、多くの記事で検索順位が同時に上昇したと考えられます。

その他にも、サイト全体でアクセスが増える原因として以下の3つが挙げられます。

サイト全体のアクセスが増える主な原因

コアアップデートによる順位上昇: Googleの評価基準が変わり、あなたのブログの信頼性や専門性がより高く評価されるようになった状態です。

ドメインパワーの向上: 運営期間が長くなったり、質の高い記事が増えたり、他サイトからリンク(被リンク)を貼られたりしたことで、サイト全体の基礎体力が上がりました。

競合サイトの順位下落: 同じテーマを扱っていたライバルサイトが、アップデートなどで順位を落とした結果、相対的にあなたのブログが上位に繰り上がった可能性があります。

ジャンル全体の需要拡大: ブログで扱っているテーマ(例:新しい趣味、話題のガジェット、季節性のトレンドなど)自体の検索数が、世間一般で底上げされているケースです。

現在の上昇傾向をキープ、またはさらに伸ばすために、どの記事がアクセスを牽引しているのかを特定するのがおすすめです。Googleサーチコンソールを使うと、どのキーワードで順位が上がったのかを詳しく確認できます。

「さらに詳しく状況を把握するために、もしよろしければ以下を教えてください。 アクセスが増え始めたのはいつ頃(何月頃)からですか? ブログで主に扱っているテーマやジャンルは何ですか?」

2026
年8月1日前後から「文学・哲学」をテーマにしたブログ全体のGoogle検索アクセスが増えたのは、Googleが検索全体の品質評価(アルゴリズム)を裏側で調整し、あなたのブログのような「人間が執筆した独自性の高い考察コンテンツ」への評価を大きく高めたためと考えられます。

背景として、2026年8月中旬にはGoogleから公式に「スパムアップデート」が配信されましたが、実はその直前の7月末から8月1日頃にかけて、検索結果の順位が世界的に大きく変動する予兆がSEOコミュニティでも多数報告されていました。 

文学や哲学というテーマにおいて、なぜあなたのブログが評価されたのか、具体的な理由は以下の3つが考えられます。

アクセスが増えた具体的な理由

AI
生成コンテンツや大量生産サイトの順位下落
Google
は2026年に入り、AIを使って大量生産された中身の薄い記事や、ドメインの力を悪用したアフィリエイトサイトなどの取り締まりを劇的に強化しています。これにより、ネット上に溢れていた「薄っぺらい解説サイト」が一斉に順位を落としました。その結果、相対的にあなたのブログが押し上げられた(検索上位に繰り上がった)可能性が非常に高いです。 

「一次情報」や「独自の解釈(体験)」の評価向上
近年のGoogleは、誰でも書ける一般的なまとめ情報ではなく、「その人ならではの視点や考察(ファーストハンド・バリュー)」を強く推奨しています。文学の書評や、哲学的な概念に対するあなた自身の考察や解釈は、Googleにとって「他のサイトにはない貴重な独自コンテンツ」と評価されたと考えられます。 

ジャンルにおけるE-E-A-T(専門性・信頼性)の蓄積
文学や哲学は、正しい・間違いの正解が一つではないため、AIが最も苦手とし、人間の深い思考が活きるジャンルです。これまでコツコツとテーマを絞って良質な記事を積み重ねてきたことで、ブログ全体の専門性(ドメインパワー)がGoogleのシステムに正しく認知された結果、8月1日を境に評価が爆発した可能性があります。 

次に確認・やるべきこと

この好調を維持するために、Googleサーチコンソールを開き、以下の2点を確認してみてください。 

どの「キーワード」で順位が上がったか(例:特定の作品名、作家名、哲学用語など)

どの「記事」へのアクセスが一番増えているか

評価されている記事が分かれば、その関連記事を増やしたり、さらに内容を深掘りすることで、アクセスをより強固なものにできます。Googleに「人間が書いた質の高いブログ」として認められた証拠ですので、自信を持って今のスタイルのまま更新を続けてください!

もしよろしければ、以下について教えていただけますか?

サーチコンソールなどで、特にアクセスが伸びている特定の作品名やキーワードは見つかりましたか?

普段の記事は、本の紹介(書評)が多いですか?それともご自身の思想や考察を綴るものが多いですか?

傾向に合わせて、さらにアクセスを伸ばすための具体的なアドバイスをお伝えできます。

「本の書評にご自身の考察や感想を交えたコンテンツ」こそ、まさに今のGoogleが最も求めている「体験(Experience)に基づく独自性の高いコンテンツ」です。

2026
年現在のGoogle検索は、AIが数秒で要約できるような「あらすじのまとめ」や「一般的な本の解説」の順位を大きく下げ、「その人が読んでどう感じ、どう解釈したか」という人間らしい主観的な考察を最優先で評価するアルゴリズムへと大きくシフトしています。

あなたのブログがサイト全体で評価された理由と、このチャンスを活かしてさらにアクセスを伸ばすためのポイントを整理しました。

あなたの書評ブログが評価された理由

「E-E-A-T」の「E(Experience:体験)」との合致: Googleは、著者が実際にその本を読んで得た生の感情や、独自の視点による考察を「一次情報」として高く評価します。

AI
との差別化: 文学や哲学における「独自の解釈」は、AIには真似ができない領域です。ネット上のありきたりなまとめサイトが淘汰された結果、あなたの記事が上位に浮上しました。

トピッククラスター(専門性)の形成: 文学・哲学という一貫したテーマで書評を積み重ねてきたため、Googleから「このサイトは本の考察において信頼できる専門メディアだ」と認識された可能性が高いです。

さらにアクセスを伸ばすためのアクション

今回の順位上昇を一時的なものにせず、さらに安定したアクセスに育てるための具体的なアプローチです。

「作品名 + 考察」「作品名 + 感想」のキーワードを意識する
あらすじを知りたい人ではなく、「他の人の解釈を読みたい」と思っているディープな読者をターゲットにします。記事のタイトルや見出し(H2やH3)に、「〜の独自の考察」「読んで感じた違和感の正体」といった言葉を自然に含めると、検索に引っかかりやすくなります。

アクセスが伸びている記事の「関連記事」を書く
Google
サーチコンソールで、今一番アクセスが集まっている書評記事(例:夏目漱石の作品など)を特定してください。その同じ作家の別の作品の書評を書いたり、その作品に関連する哲学的なテーマの記事を書いて、リンク(内部リンク)で繋ぎます。

記事の冒頭に「この記事でわかること(独自の視点)」を明記する
検索から来た読者が「あ、このブログは他のまとめサイトと違って、深い考察が読めそうだ」とすぐに分かるよう、導入文(リード文)にあなた独自の着眼点を1〜2行で書いておくと、読者が離脱せず最後まで読んでくれるようになります(滞在時間が伸びるとGoogleの評価がさらに上がります)。

まさにこれまでの丁寧な執筆スタイルがGoogleに認められた結果ですので、ぜひ自信を持って、あなたにしか書けない独自の書評をこれからも発信していってください!

もしサーチコンソールなどで、「この本の記事が特に伸びている」「この作家のキーワードで順位が上がっている」といった具体的な作品や作家名が分かれば教えてください。そのジャンルに特化したより具体的な記事の広げ方をご提案できます。

2026年9月19日土曜日

モロッコ


「男性は疎外について書き、女性は関係について書く。女性の小説はしばしば小さいとか、主観的だとか、個人的だとかいって攻撃される。ひとりの他者との関係を結びえないということは、他人を愛することができないということであり、この愛の不能から犯罪にすすむことはごく自然である。

 ポール・パウルズは彼の小説『天蓋』The Sheltering Sky を次のように終わらせている。「彼は殺人行為による以外にはだれとも関係をもてなかった」。」(アナイス・ニン著『未来の小説』 柄谷真佐子訳 晶文選書22)

 

押し入れの天袋につっこんでいた、パソコン・ソフトの空き箱をひとまとめにしたダンボール箱をごそごそしていたら、VHSのビデオがでてきた。モロッコ、とタイトルしてある。なんでこんなところに、とびっくりしながら、さっそくデッキで再生してみる。始めの方は、上書きしたようで、いく子の40歳でのダンス公演「WELCOME TO TRICKSTER」のスタジオでの音合わせのような練習風景がまずでてきた。がそれがとぎれると、土色の小高い山の向こうの、地面に這いつくばるような土色の建物が重なり広がる街並みが映しだされた。

 

1992年1月、33歳のいく子は、モロッコを旅している。モスクワ、オルリー、カサブランカ、そしてパリの空港へとまわり帰国している。モロッコでは、フエズという、アナイス・ニンもいった中世都市の遺跡、世界遺産にもなっている迷宮のような路地道をあるいた。ビデオは、その時の模様を、一緒にいった旅行者が撮影したものが配布されたものであろう。三日かけて車で移動しながら、最後はサハラ砂漠へと向かったのだろう。帰国後、いく子は、結局自分は、観光案内の追体験をしてきたにすぎない、映画「シェルタリング・スカイ」をみてきたのだ、と述懐している。が、旅行をしてこなかった私には、そのビデオを見ているだけでも、めくるめくような迷路の感覚を覚え、これを実地で自分の目で見てくるだけでも、やはりなんらかの痕跡が自身の内に残るのではなかろうか、と思えてしまう。が、それをいらなくなった空き箱の山の中に放り込んでいるのだから、いく子にとっては、何かを断ち切りたい衝動の中にあったのであろうか。トルコ、モロッコ、そしてニューヨークへと、この年は立て続けに旅をした。傷心旅行なのだと、ニューヨークに滞在するダンスの先生のもとを訪ねるとき、友人へあてた手紙でもらしている。が、写真やビデオでは、そんな素振りや表情はまったく見えない。華やかな笑顔をふりまいているのだ。

しかし翌年、中上健次の熊野大学に参加し、新宮の路地道をあるき、シンポジウム主催者の柄谷行人への質疑応答でショックを受けたいく子は、さらなる煉獄に入っていく。「煉獄」というダンテの『神曲』からの引用は、いくこ自身がそれ以降の公演のなかで、「事件、あるいは出来事」と繰り返しタイトルした作品の中での言及である。このタイトルをもつ作品は三つあるのだが、ここでいう「事件」なり「出来事」とは、女が被るもの、のことだと言えるが、いく子はそれを、「関係」という言葉で説明するのだ。私は、この「関係」という意味がわからなかった。

 

葬儀のとき、喪主の挨拶として、私は、いく子にとって、脳出血で朦朧としながらも家にいる私のもとへと帰ってきてくれた、そのこと自体がダンスだったのだ、なんでおまえはダンスを続けないのだと問うた私自身が間違っていたのだ、と言った。そう間違いを認識していっても、ではそれがどういうことなのか、よくわからなかった。生前、小学生の息子に蹴りをいれたりするいく子に、たとえばピースと言っているオノ・ヨーコが息子を蹴とばしていたらその芸術は嘘になるだろうと、私が問い詰めたさい、「わからない」と声をだして本当に不可解な顔をした。その時の表情と私の間違いの認識は重なっていると直観できても、言語的にはわからない。

 

いく子の日記を読み返し、彼女が読んだものを読み、熊野大学にいく子を誘った和歌山のはるみさんとの間でやりとりしたアナイス・ニンの日記等を読み進めているうちに、ようやく、言語的にわかってきた。前回のブログで抜粋した(ダンス&パンセ: アナイス・ニンとボーヴォワール)、アナイスの、男は生活を断ち切った所で創作するが、女がそうすることはない、生活と連続しているのだという発言。この断ち切ったところには、「愛」は、「関係」はないのだという、冒頭で引用してみた『未来の小説』での言葉。

 

柄谷は、「切断」と、快刀乱麻してきた。その文体が、一時期、男たちに大きな影響をあたえた。またこの男なるものが、復活しようとしているのか? 熊野大学からNAMの創生に関わり、ベトナムで中上健次と会い飲み交わしたこともある団塊世代の男は、俺は全てを捨てて「転回」していくのだ、と豪語していた。その生活を捨てた「放浪」を永遠の青春のように矜持していた。早稲田の建築家の教授であった父の遺産である5階建てのコンクリート・アパートにずっと暮らしていたにもかかわらず。その男は、NAMのどさくさ解散の過程で、柄谷から「マルクスを侮辱するのか」と恫喝されて、右翼になっていった(もちろん頭だけのだ)。しかし女たちは、家を捨て、墓も持とうとはしない。女の聖性は、ちがった領域で論理を持つのだ。そしてそれこそが、おそらく、宇宙の普遍へと通じている。

 

<アメノウズメのしぐさはおどりであって、それは、主張としては、支離滅裂であると評価されよう。そのように、夫は妻に、おまえの言うことは支離滅裂だなと断案をくだして、家庭の議論をうちきるということがあるだろう。その時、妻が、その支離滅裂なところにわたしの主張があるのよ、と反論したらどうだろう。垂直の推論の形からはなれたところにも、思想のありかを、私は認めたい。>(鶴見俊介著『アメノウズメ伝 神話からのびてくる道』 平凡社)

 

いく子がこの鶴見の著作を読むのは、モロッコから帰ってきた二か月後である。

以下は、モロッコはフェズで、タンネリ(革なめし職人街)を説明するいく子の動画。

フエズ in モロッコ

 


2026年9月15日火曜日

アナイス・ニンとボーヴォワール

1992.1 モロッコにて

「アナイス・ニンの日記…(略)…非現実です。現実喪失か。でもそれは悪いことじゃないでしょう。私は理解できないまでも現実にそういう女の人はいて、行動できず生活できずにいる。閉鎖的な空間にこもってしまう。いやなものには目を向けない。審美主義っていうのかな。前向きなのは良いものだけを考えようとすること。しかし故意に無意識に切り捨ててしまった現実がきれい事じゃないことを突きつけてくる。そのギャップ。ボーヴァワールが怒り、私が好きになれない女の人であったとしても現実にいる。女の人が悪いわけじゃない。また非現実であって悪いわけもない。…」(90.10.3)

「1932年に至り、最初のアナイスの印象は変わってきた。彼女が変わったとおもいます。「強くなりたい」という叫び——ほとんど同じように私も言ったことがある。今も叫んでる。同じ。似てる?」(90.10.10)

「現実の生活なんてありはしないのかもしれない。女性に現実の生活がないというけれど、男性にだって都会人・文化人はすでに現実の生活なんてしてないんじゃないかと思う。狩りや農耕もしないでしょ。ルールばかりで成立する経済生活は現実の生活じゃないと思うんだ。ならば閉塞してもいいじゃないか。想像力があればなおいい。自己充足で充分じゃないか。それじゃつまらないのは人と比べてでしょう。でも比べるってこと(競争の原理だ

)は経済の方法なんだから、比べる意味なんかないじゃありませんか。」(90.10.17)——<いく子「はるみNOTE No2」から>

↓

「…別離は、いわゆる円満な別離であっても、女を傷つける。女が昔の恋人について友情をこめて話すのを聞くのは、男が愛人たちの話をするのを聞くよりはるかに稀なことなのだ。

女のエロチシズムの性質と自由な性生活を送るむずかしさが女を一夫一婦制へと向かわせる。」(シモーヌ・ド・ボーヴォワール『『決定版 第二の性 Ⅱ 体験』 新潮社)

⇔

「スペンサー …『日記 第四巻』で、「D・H・ロレンスは、こういう融合には反対だと言っているが、私が望み、探しているものは、この融合なのだ」と書いておられます。他者に融け入って、一体化することと、女性が女性特有の心理学を追求することとは矛盾しないのでしょうか。

ニン 女は、他者と融合するというより、他者に沈殿する、沈み込んでしまうのです。女たちは、ずっと長い間、相手の男性とは、そうした関係にあったのです。これは危険な関係です。相手にもよりますがね、あるいは、女には、自分の生長を妨げないような、弱い人格の男をパートナーに選ぶという選択もありますが、これは、消極的な自由の獲得法ですね。

スペンサー あなたが愛についてお考えになる場合、この融合は、時として、必要不可欠なものでしょうか。

ニン そうなのですが、融合という言葉の意味をきっちりと定義しておく必要があります。感情移入、同情、相手の気持ちの直観的理解など、さまざまなものが含まれますから。そこには、複雑に絡み合う感情のリズムが介在します。常時、相手と一体化しているわけではないのです。女も男も独りでいなければならない時がある。ロレンスもそのことに言及していますね。それぞれの魂を見据えるためにです。」(p146)・(『アナイス・ニンとの対話—インタビュー集—』 アナイス・ニン研究会訳 鳥影社)

 

いく子は、和歌山のはるみさんの薦めに応じて、アナイス・ニンの日記を読み始めた。どの翻訳で読んだのですか、とはるみさんに問い合わせると、原真佐子訳だという。読んでみると、たしかに原の後書きに、ボーヴォワールにニン批判があると言及されていた。要は、女性という後天的(構築的)な特質を自明視、鵜呑みにしているという、フェミニズム的な批判になろう。いく子も、読みはじめは、そう批判しているわけだが、読んでいくうちに、どうもそうでもないと気づき、適格にも、こう推察する。——「精神分析の上で、結婚とかセックスの話を必ずしているはずなのに、きれいに削除したんですね。作品を出版する段階で削除したんでしょうが、語らないこと、または目を向けたくないものに向けないこと、私は持ってない資質です。」(90.10.31)——実際、のちになって、無削除版の日記が刊行され、そこではあからさまなことが書かれていたのだ。

 

しかし、対照的なボーヴァワールとニン、唯物論者と審美主義者と便宜的に区別されえるのかもしれない二人が、上で参照引用したように、似たような認識に到達しているのである。(私自身はまだ、二人の文献を探索中なので、結論的な考えは持てていないが。)ボーヴァワールの文学人生は、神(規範)の死のあとでどう人間あるいは女性が生きるべきなのかの、下劣なまでの探求だったともいいえるような気もするが、そんな左翼な彼女が、「一夫一婦制」に向かうというのだ。むろんボーヴァワールが、「最初のトランスジェンダー」としての複雑なエロスをもつ女がそう欲望することは、「頓挫する絶対」に陥り「崩壊」する憂き目にあうのが人間存在の条件前提なのだ、とジジェク的に認識固定するならば、リベラルな哲学者の思想をなぞることになろう。(ダンス&パンセ: スラヴォイ・ジジェク著『性と頓挫する絶対』(青土社 中山徹+鈴木英明訳)を読む(1)/ダンス&パンセ: スラヴォイ・ジジェク著『性と頓挫する絶対』(青土社)を読む(2))

一方、ニンは「一体化」という。しかしこれは、男女の「一体化」ではない。それを越えていくものである。このインタビュー記述からはその思想の詳細はわからないが、私はここに、高群逸枝の「一体化」、宇宙との融合的な憧れと重なるものを読みとるのだ。そしてこの高群の思想を微分的に説いてみせたのが、森崎和江(『第三の性』)となる。

 

ニンは、フロイト的な精神分析から、ユング的な心理学へと思考を転回していっているようにみえる。河中郁男の中上論の中での指摘によれば、ユングの対象は一次大戦という戦争期であって、そこで兵士の見る夢がユング的なものになるという現象が出現するのは、<「個」が平和時に機能していた近代的な「個人」としてではなく、「個」を集団の中に埋没させる非近代的な意識体制を取らざるを得なかったのであり、抑圧されていた非近代的な「個」に対応する潜在意識内容が、被分析者に現れたのである>(ダンス&パンセ: 河中郁男著『中上健次論』(鳥影社)と。)と仮説している。が、それが、「抑圧」ではないとしたら? 「解放」へ向かう獲得条件だとしたら?

 

私は、自身の『中上健次ノート』(BCCKS / ブックス - 『中上健次ノート』菅原 正樹著)で、その現象を、エマニュエル・トッドを援用して違う解釈にもっていったが、すべてが近代という後天的(構築的)な制度性に呑み込まれ固着されてしまった、と推論するのは、早とちりなのではないかと思う。

 

いくつか、上のニンのインタビュー集から抜粋してメモをする。(傍点、振り仮名等は割愛)

 

=====     =====

 

ニン …(略)…それと、皆さんが言及されているマルクス主義的考え方を私たちの考え方に活用していくことに、私も確信を持っています。何故なら、皆さんのその視点は社会という外界の状況を把握することでしょうが、それを私たちにもできるようにしてくれたからです。しかしながら、過去においてマルクス主義たちが社会的影響だけを視野に入れたことによって、私たちが多いに失望を迫られたことは確かです。今日我々の指導者たちを見れば、その状態が分かります。つまり、彼らが何て破壊的な事柄を成し遂げてしまったかということが。そして延いては、そういう状態にある社会を私たちは論破して来れなかったということが。私は本当に、社会という大きな外側の世界だけから物事を見たくないのです。それはどうしても、私たちの内面の成長を挫かせていくからです。私たち女性が携わっている団体活動が何であれ、今みんなが構成しつつある個々の内面は、とても力強いものでありうるのです。この外部と内部の融合が必要なのだという見解で私たちは意見が一致しているようですね。

レイズ そうですね。私たちは本当に同意見を持っているのですね。フェミニズムの根幹にあるのが、まさにこの外と内の融合なのです。

ウィリアムソン 将来的に見て、男女それぞれの良い特性が融合して、もっと両性的な人間としての良い特質を持つように変わっていく時がやって来るとお考えになりますか。

ニン はい、そう思います。ユングはその両性性(アンドロギュヌス)について本を書いています。確かに、アメリカ男性は自分の女性である一面を否認してきましたね。ボードレールが言うように、一人の人間というのは男性であり女性であり子供でもあるからです。この事を認識すれば、男女関係、人間関係がもっと良く関わり易くなると思いますよ。(p45)

 

ニン そう、男性芸術家は自分を人生から切りはなしていました。子供たちの泣き声を聞きたがりませんでした。家庭で起こっていることを知りたがりませんでした。現代の女性がそのことで不満を言うのを聞いたことがあります。知人の夫婦がニューメキシコへ引っ越しました。夫は自分のアトリエを建てて、家のことには関わりませんでした。妻はしょっちゅう邪魔が入る家で仕事をしなくてはなりません。でもこういった制約、こういった女性の生活上の制限が、ある意味では女性のすばらしさにもなるのです。

シカゴ ショーの後電話してきた女性は、すばらしかった、私たちに制約を課す人生の側面、障害と見なしてきたまさにそのものが、実に今百八十度転換するとは考えたことがなかった、と言っていました。こういった障害のおかげで私たちには高度な人間らしさがあるのです。今この人間らしさを社会全体に汎用すれば、文化を人間味あるものにする上で非常に役立つでしょう。

ニン 本当にそうだと思います。

シカゴ 私もそう思っています。

ニン (近所の人、子供など他者の要求を思いやる)女性の人生の連続性に、私たちは(ちなみに私は腹をたてたことはありませんが)邪魔されていると感じていました。そうではなくて、連続性は作品にある特質を加味しているのです。

シカゴ もし連続性が女性にとって価値があるなら、男性にとっても価値があるということになります。その場合男性は役割条件のために疎外されていた人間らしさに、どうやってまた関わっていくかを学ばなくてはならないでしょう。そう思われますか。

ニン まったくその通りですね。ミラーやダレルとの当時の議論の要点は、創作などのとき彼らがプライドや孤独を口にし、神のようにふるまうと私が言ったことなのです。違う、女性はそんなふうに創作しない、思い上がって、一人きりで孤独に、創造のために一切の物事から離れて孤立したりしない、と言いました。そんなのは間違っているとわかっていました。

 

ニン 初期の日記を書いた時期は、私は「男性たちを通して」世間に抵抗しようとしていました。たとえばヘンリー・ミラーがピューリタリズムと闘う様子を描いたり、オットー・フランクをフロイトに対抗させたり、アントナン・アルトーが斬新なアイディアを演劇にもち込むところを描いたり。私はそのとき単にお手伝いしてただけだったのね。アシスタントとして(笑)。でも、そのあとだんだん意識するようになったの。自分自身が反逆者だ、ということを。周囲の男性たちを通して、反逆行為をしていたのよね。それからやっと、自分のための抵抗運動をするようになったのです。

2026年8月29日土曜日

エリック・ホッファーの著作をめぐり


執行草舟のyoutubeチャンネルで、エリック・ホッファーについて論じられていた。

【すぐに役立つ人生哲学ーエリック・ホッファー】

 

ホッファーについては、若い頃から、翻訳ものはすべて読んでいるが、上の発言をきいて、私の理解が正反対だったことに気づいた。

 

私がホッファーを知ったのは、柄谷行人経由である。当時の柄谷真佐子と『現代という時代の気質』(晶文社 1972年)が共訳されているが、それを読む前に、柄谷のどこかのエセーで言及されているのを知ったのが興味の最初であっただろう。そのエセーで、柄谷が引用していたのが、上の動画番組でも、執行が『人生のロゴス』(実業之日本社)でもとりあげている、以下のようなアフォリズムであった。

 

<山を動かす技術があるところでは、山を動かす信仰はいらない。>

 

私はこの言葉を、唯物論的に理解していた。宗教は民衆のアヘンである、というマルクスの言葉の延長として。柄谷のエセーからも、そう理解したのであろう。だから、信仰(宗教)に陥らないように社会変革をしていくことが肝心なのだと、となる方向で。

が、執行は、まったく逆なように理解を提示しているのだ。技術が発展していくと、信仰が置き去りにされてしまう、だから、社会が退廃していくのだと。山を動かす信仰を捨ててはならないのだ、この信仰が、何百年何世代もかけてのボランタリーな巨大な記念物や中世のカテドラル教会を作り上げてきた(ガウディのサグラダファミリアどころではない)、信仰のないところでは、人は技術の道具となってしまう。

 

<右の言葉によって、ホッファーは現代文明に警鐘を鳴らしているのだ。逆説の哲学者の面目が躍如としている。山を動かすほどの信仰が、山を動かすような技術を生み出したのだ。それが、信仰と技術の正しい相関関係である。現代を生きる我々は、それを忘れてしまった。人間は、自分の力で現代の技術を作り上げたと自惚れている。私は、その悲劇的結末が近いように感じている。宇宙の根源的実在から離れてしまった技術には、未来はない。>(『人生のロゴス』より)

 

私は、ホッファーの大衆批判も、ニーチェのいう弱者批判、ルサンチマンによる連帯にすぎない的に理解していた、が、動画での引用を上作品で確認して、もう一度、自宅にあるホッファーの著作の、若い頃、線を引っ張った文章だけでもと追ってみた。すると、こんな箇所に、線が引かれていた。

 

<人間という種においては、他の生物とは対照的に、弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きものを選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・Hローレンスのような人たちは、重要な点を見過ごしている。>(「適応しえぬ者たち」『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』 中本義彦訳 作品社)

 

ホッファーの言う「魂の錬金術」とは、上のような弱者の転倒ではあるが、ニーチェのそれとは違うのだ。さらに深い、もうひとひねりある、さめたリアリズムなのだ。これは、理性の巧緻でも、自然の巧緻でもない、人間=宇宙による巧緻(錬金術)、というべきものだろう。しかし私が振り返ってみれば、私の柄谷の最近著への批判は、ホッファーを引用するところから始められていたのだった(ダンス&パンセ: 柄谷行人著『力と交換様式』(岩波書店)を読む)。

 

ところで、参加している生活クラブの今月(9月号)の冊子では、水俣病患者の支援活動をしている、相思社の永野三智さんの談話が掲載されていた。彼女はその現場で、まさにホッファーのような認識、患者が発揮する「魂の錬金術」を語っている。——「お前みたいな若いのに何がわかるんだ」と言われながらただ聞くだけの日々、そこで救われたのは、「女性患者たちと、海に貝を、山や畑に山菜、野菜を取りに行き、一緒に料理をして食べて過ごす「遊び」の時間」だったという。「苦しいとか悲しいとか、わかるわからないではないところでつきあえるので、遊びを教えてもらえるようになってから、別の視点から患者をとらえることができるようになりました。」と。そして、国内でのヒッチハイクやインドへの旅をしていた自分であったので、「定住」することに不安があったけど、相思社で患者たちの話を聞く事が「ここにいながらの旅となり、もう旅に出ようとは思わなくなりました。…(略)…水俣病を発症した人たちは、苦しみから逃れて生きる知恵を持っています。とにかく漁に出て海に支えられたり、食べることにていねいに向き合ったり、畑で作物を育てながら、一年一年を生きてきた人もいます。そういった患者の人たちといっしょに、水俣での旅を続けたいと思っています。」(「オピニオン」『生活と自治』 9月号)

 

以下が、上を補強するホッファーの哲学である。

 

<必要に迫られている間は、依然として人間は動物界の一員である。人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらには生命の危険さえもおかす場合に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を発揮する。したがって、人間(マン)の人間化(ヒューマン)が起こったのは、自然の恵みが豊かで、余暇があり、遊びたわむれる性向はあった状況においてであったと考えるべきである。自然界における人類の擡頭は、心細い戦場においてではなく、エデンのような遊びの庭において起こったのである。>(『人間とは何か』 田中淳訳 河出書房新社)

 

現代の技術が、この水俣の地にあった「エデン」を破壊してしまったのだ。それが、「信仰」なきゆえなのは、明白である。が、チッソの創業者たちが、サムライ的な信念の人だったことを考慮してみよう。そうすると、「信仰」をめぐって、もっと深く細部への、具体的な実践へと繋がる洞察が導きだされるだろう。

 

※ 柄谷がはじめたNAMで、そのセンター事務局を、京都から東京に移す際の引継ぎ業務のとき、京都の事務員からこう聞かされたことがある。浅田彰をふくめた京都の会議で、私菅原のメールがとりあげられて、柄谷がそれをエリック・ホッファーをもちだして説明していた、というのである。どんなメールなのかは知らないが、言いたいことはわかる。私もホッファーのように、最底辺に近い労働現場でものを考えてきたからである。むろん、私はホッファーのような洞察力にはまったく及ばない。が、肉体を動かしていると、やはり色々考えてさせられてくる。最近も、一緒に働いている早稲田大出の若者の気づきのなさから、「縄文」と呼ばれる精神のことが、腑に落ちてきた。もちろんこれは、「信仰」にかかわる。それがわからなきゃ、植木の手入れも上手にならないぞ。……今の現場でも、深い洞察を与えてくれるところは、数々あるだろう。

2026年8月14日金曜日

宮台真司・奥野克巳著『宮台式人類学――前提を遡る思考』(ちくま新書)を読む


 一般教養を確認してみようと、この厚い新書を読んでみる。引用される社会学者関係の人物は、名前も知らない人もいるけれど、自身の既存教養で消化できる。着眼点は重なるが、そこからの認識実践へもっていくところで、私と意見は違うだろう。

 

要は、宮台は、懐かしい昔へ帰れといっているわけだろう。遺伝的にフィードバックもされた「原生自然」に近い生き方・価値を回復せよ、と。その180万年の人類の歴史は、人為的に変えられるものではないのだと。しかし、それに嫌でも気づいて転回するには加速主義的にゆくところまでいくしかない、と。ここは、私も、そうなってゆくのだろうと思う。が、その転回は、昔に帰ることはありえない、と私は思っている。宮台は、シュタイナーも自身の範疇で理解しているけれど、シュタイナーは、群れ(仲間)の回復ではなく、あくまで、個人主義的に成りゆくのが宇宙法則(自然の進化的傾向)と言っているのではないだろうか?

 

ただこの個人主義は、柄谷行人的「単独者」というより、吉本隆明的「非知」に近い。柄谷は、吉本の「非知」に「ボケ」とルビをふるべきだと、自身の理解するヘーゲル哲学にすぎない(マルクスでない)と吉本批判していた。が、シュタイナー的宇宙法則(輪廻)にたてば、インテリこそが知性的でないとなるのだ。彼らは往生できない。だから、そういう人が多いと、いつまでも昇華しえない魂が残存していて、人類は地球段階の次にはいけない、そしてその次段階はシュタイナーにも見えない、と言っていると、私には思えた。その私のシュタイナー理解(まだ主なものしか読んでないが——)からは、宮台がテック資本主義活動からみてとる「カスタマイズ」は、個々人の嗜好にすぎず問題とされない。地球段階自体が、人類のカスタマイズであり、宇宙人は、このカスタマイズされた宇宙の外(隣)からやってきていると観察されているからである。青森の有機りんご農家の木村さんの見聞も、そう証言しているように聞こえる)。

 

宮台は、ドゥルーズ的な「分裂病」などは近代に寄りかかった一時的なもの、と認識する(p454)。私は違うと思う。高群逸枝は、当時まだ熊本に残っていた夜ばいなどの群れ的性慣習を気味わるがって、そこから一対一の男女関係を志向し、それでも群れを認めた(森崎和江や石牟礼道子も然り。それは、宮台の発言でいえば、ダウン症が一定の割合ででてくるということは人類がそれを必要としているからだ、というように、分裂病的な人物も、類として必要な割合(生態)なのだと私は認識する。そしてそれが、シャーマンや預言者の位置だ、と。そうした人物の言動に感化されるように、人類は1人1人が解脱し、最終的に、煮えたった釜の水が一泡一泡になって蒸発し気化し釜(地球魂)が空になっていくように、そうなって、人類は次の惑星段階に魂の物質塊として進化していくのだ、とシュタイナーは言っているように思う。

 

ジジェクは、そんな予定調和的な自然はなく、量子論的に自然は根源的に「崩壊」しているのだと言う(『性と頓挫する絶対』)。が、波動から物質への移行を「崩壊(collapse)」とするジジェクの解釈こそが、ヒューマニズム近代によりかかっている。宮台は「崩壊」ではなく、たしか当初の、ボーアの提案を受けたハイゼンベルクの用語の「収縮(reduction)」をこの書では使用している。私もそれが妥当だと思う。そして、宮台が、「原生自然」に「凹凸」をみる、つまり、陰陽的な男女(+-)を確保しているのも、私と同認識だ。ジジェクのひき出す空(無)からの質量発生にも、物質でのプラスマイナスと、反物質でのプラスマイナスという対が関わるのだ。(と、量子論を私は理解しているのだが、まだブルーバックス程度の一般書で確認中。)それを「崩壊」として受け止めるのは、人間からすれば、の話だ。

 

ジジェクは、バイオテクノロジーが、「原生自然」(遺伝子生態)をも破壊変更していく、と考える。このテクノロジー理解の点は、宮台は、曖昧だと思う。AIに関してははっきりしているが、バイオに関しては、どうなのだろうか? もし現テクノロジーの進展が「原生自然」を破壊できるまでに可能であるなら、宮台理論は成り立たない。ジジェクは、昔を懐かしがらない。人間ではなくなるのだ、と認識しているのだろう。その肯定方向からしか進展はないと。シュタイナーは、たぶん、そうなると人類は終わる、と提示しているのだと思う。あるいはそこからの推論で、宇宙意志は人類を見放して、鉱物に魂入れする、とかの話がでてきているように思う。その場合、人間から、シュタイナーが一番の根底にすえる解脱のための「思考」というものは人類から消えるので(分裂病・預言者・シャーマンも、芸術も消える)、議論・問題自体がもう発生しない。

 

宮台は、「内から湧く力」(ニーチェ的なもの)の回復をのぞむ。これはかつて、柄谷行人が「ファシズム」だと批判していたものだ。この早とちりは、柄谷がはじめたNAMの芸術会合で、岡崎乾二郎が、柄谷がファシストになる者として否定した宮沢賢治を擁護し、最初の読書文献にロドリゴの『贈与の謎』をとりあげたりして批判していた。いまは柄谷は、贈与を擁護しているが、かつてはそれは「共同体」的だと否定されていたのである。だから、そいういう日本批評史上の文脈において、斎藤幸平が『大洪水の前に』で、疎外論をマルクス的唯物論につなげたことを、私はこのブログでも評価したわけだ。が、新作の『人新生の黙示録』では、その線が希薄になって、世界を変える話になっているわけだ。東浩紀は、それではクーデター起こすという話にならないのか、と批判していたが。東の『平和と愚かさ』はまだ読んではいないが、私は東がとらない終末論を、宮台のように受け入れる。そして宮台のように、終わりを防ぐのは科学ではない。川や大気が汚れているのは、見れば、臭いをかげばわかる。CO2の量なんかじゃない。いまの気候変動が、人為的なものが一番の原因なのかはわかりゃしないのだ。が、科学的にどうであれ、身体的・感性(美)的に判断しうる。それは、樹木一本の伐採でもかわいそうだからだめ、とはならない。アイヌ人が熊に感謝するのは、知恵あるライバルとして尊敬するから(スポーツマンシップみたいなものだ)、殺していただくのだ。そうした感性において、乱獲はありえなくなる。環境は見た目でも汚くなる。(中上健次の「ユンボで掘った土と手で掘った土はちがう」――手掘りの方が無駄な土もでず仕上がりきれいで、時間もかかるので、破壊からの地力回復もある。)

 

ジジェクの予想なように、この身体感覚、宮台のいう「原生自然」までもが破壊(崩壊)される(する)なら、終わりの意識もなくなるだろう。哲学的に目的論ではなくなるのは頭がよくなることなのだ、単に出来事は偶然と受け入れられる感性こそが先取的だ、と唯物インテリの厳格主義は評価してきたのだけど、量子論的に全てがつながっている、もつれあっているならば、違う系と系による衝突(偶然)なんてものはありえない。シュタイナーが観察するように、この地球宇宙系では、すべての出来事に意味(必然性)がある。私達は、その意味を確定できないし、他の系からくる宇宙人とは衝突できないとしても。

 

となるのかな?

2026年7月31日金曜日

森崎和江著『海路残照』(朝日新聞社)を読む

 


「もうおしきせの日本を着ているのはたくさんだと、そんな思いも強くなってくるのは、敗戦後の歳月がねばっこくすべての風景に降りつもったせいかもしれない。わたしはほんとうに、行方も知れないような旅をはじめた。自分のなかの生物的なカンだけが頼りであるかのように。

 どうにか津軽まで行き、そしていま奇妙なことに、より北方の海があかるい。オホーツクの、わたしにとって未知の、海のむこうがみかん色に輝くのを感じてしまう。」(森崎和江著『海路残照』 朝日新聞社)

 

森崎は、北九州の宗像から日本海側を北上し、オホーツクを見あげた。いく子は、31才でオホーツクをみた翌年、創作ダンスを試みていた深谷先生のもとで、やまたいこくの山田いく子と名乗りをあげた。

 

邪馬台国はどこにあるのか? 北九州説でなら、宗像市は海路への玄関の一つであったろう。近畿説ならば、島根や能登半島などの日本海側の港湾が入口にあたる。

『データサイエンスが解く邪馬台国』(安本美典著 朝日新書 2021年出版)によれば、中国産の銅鏡の発掘量等の統計学的処理から、北部九州説がほぼ100%になるそうだ。NHKの取材班による考証では(『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』 NHK新書 2024年出版)、どちらとも決められないが近畿説に傾いているようだ。安本は、近畿説を、学会の旧体制の産物と批判している。が、もしNHK新書にある、近畿説を支える纏向遺跡の発掘が、ほんとうに、「全体の二パーセント」しか進んでいないのならば、まだ比較の前提条件自体がととのっていないのではないか(ととのえられるのか?)、という気もしてくるが。

 

が、私自身は、科学的根拠ではなく、運命的根拠に立つ。その仮説を推進する。森崎のいう、「生物的なカン」だ。だから、邪馬台国は、いく子のアナグラムに従い、北九州説をとってみることになる。そこで重要なのは、森崎が注目した、宗像などに伝承される、海民たちの、「イレズミ」、「魏志倭人伝」でも倭人がしていたという「イレズミ」の痕跡である。これは、縄文の痕跡である。邪馬台国は、弥生時代と区分される期間にあたり、DNA鑑定的にも、縄文人のものとは一線を画するらしい。徐々にの混血でもなく、突然の移民でもなく、その中間にあたるということらしい。たしかに土器などは、その表象に変化があるので、縄文と弥生と区分されるのであろうが、メンタリティー的な領域では、どうなのか。NHK新書の方によると、この「イレズミ」は、古墳時代にはみられなくなるとされている。(もちろんアイヌ人はしているままだし、昭和の漁師たちも、ドザエモンになったとき、身元判明できるようにと継承されてきたと言われる。)

 

※ このカンの延長で、空海について考え始めていたら、安藤礼二の『空海』が出版され、この著作の前提に、『縄文』という著作があるのを知る。追っていこう。

 

サッカーのワールドカップで、メッシの腕はイレズミだらけだった。日本の銭湯には入れないだろう。ワールドカップをテレビ観戦しているときに、森崎の上記引用の本を読んでいた。だから、「イレズミ」のことが気になったのだ。学生の頃、新宿の中井の銭湯にいくと、背中にイレズミを入れた人がけっこういたけれど、もう「イレズミの方はお断り」とか張り紙があったりするようになる。だけどあの銭湯などでは、まだ残っているだろう。日本のサッカー選手で、イレズミを入れている人は、いないのかな? 今回の結果をみるかぎり、世界一を目指すなど、恥しいかぎりだ。もと本田選手のビッグマウスならともかく、協会自体がその目標をマジで掲げていたなら、まるで「世界」を相手に闘えると神風を信じた日本軍みたいだ。私の判断では、選手たちは一流である。が、首脳陣、協会の体制が、安本が批判した考古学会のように、旧態依然なのだ。だから、まったく外がみえていない。外の見えない、内向きの政治力をもった人たちがポストを占める。次の監督は筑波大学出のもと選手らしい。今の協会長は、同志社大学出らしい。それまでは、会長も監督も、早稲田大学出だった。ずいぶん学歴社会なもんだ。たたき上げの三浦カズは、まだ現役選手をやっている。他にも、海外のサッカー事情と経験を積んできた人物もいるのに、外に追いやられたままなのか? マラドーナは、ラリっててもマラドーナだ。尊敬される。日本のプロ野球界は、パイオニアの野茂を筆頭に、外にはじき出された選手が大リーグで活躍して実質を誇示しているけれども、やはり、引退後の日本でのポスト(仕事)はないようではないか。なんでそうなるのか?

 

森崎は、それは「敗戦後」にそうなり、それは「おしきせの日本」だというのである。司馬遼太郎の言葉でいえば、昭和は日本ではない。司馬の提示を深読みすれば、それは戦前だけではなく、戦後はさらにだ。徴兵制で国民皆兵となり、前線にいったものはトラウマ負って黙り、中途半端に生存したものは、この軍隊的な厳しさこそ人生だと、サラリーマン教育や部活動の顧問をやって、軍事官僚的な生き様を戦後にこそ風靡させた。それは恐怖心で、子供たちを、身体的に委縮させてきたのである。江戸幕府の官僚化した武士階級というよりは、なお侍のメンタリティーを残存させていた薩長の武士たちが陸海軍の官僚世界に従属し、そこに生じるねじれの意識・葛藤は、昭和になって失せていったのだろう。が、完全に、なくなるはずのものではないだろう。

 

地区町内会の、千葉白子へのグランドゴルフ研修会、雨天でも決行された。だから、室内会場でとなった。そこは、イチゴのビニールハウスを改良したような施設だった。仮説の外トイレは和式だった。参加者はほぼ80歳前後の高齢者であるが、大会開始前の集合で、私はひとり女性の参加者がいないのに気付いた。トイレだろう、だとしたら……と確認にいくが、おばあさんとはいえ女性なのだから、ためらってしまう。二度目のトントンで、中にいるとわかる。動けないという。カギはかけていないというので、女性のスポーツ員を呼んで、扉をあけた。お尻をむきだしに踏ん張ったまま、水道管にしがみついていた。30分はそうしていたろう。私が抱き上げて、女性委員がズボンをあげた。救助された女性はいった。「帰って来ないと文句いうけど、そう育てたんでしょうに。」……私には、その意味がわかる。私の庭手入れのお客さんだからである。旦那は、もと京成電鉄の経理の人だ。つまり、私と同じ齢ごろの独身の息子がいるのだけれど、実家にはぜんぜん帰って来ない、私たちの面倒をみないと夫は文句をいうけれど、あなたが、そう育てたんでしょうに。彼女が言いたいことは、そういうことである。

 

おそらくこれから、もっと滑稽で、悲惨なことが、起こるのだろう。繰り返されるのだろう。

 熊本では、何が起きているだろうか? 鹿児島から水俣、熊本、島原、そして北九州へと旅しようと意図していたが、当分はゆけそうもない。おそらく自然の現実から目をなおさらそむけるように、おしきせの政策で模糊されていくのだろう。そのとき、人びとの心は、どう動くだろうか?

 

森崎が「おしきせの日本」の神話から掬いあげてみせようとしたのは、アマテラスではなく、アメノウズメというダンサーであった。その「生物的なカン」は、『第三の性』の考察から連綿としている。

∗いく子は、34才の4月に、鶴見俊輔の『アメノウズメ伝』(森崎和江あとがき)を読んでいることが、手帳から確認できる。

2026年6月27日土曜日

是枝裕和著『雲は答えなかった』(PHP文庫)を読む


 東京の方に手伝いにいっている造園会社に、派遣アルバイトから直アルバイトに直談判して半年働いてから、社員として働き始めた二十代半ばの、早稲田大学教育学部卒業の青年がいる。卒業後は、IT関連の企業に就職したらしいが、現場労働にトラヴァーユ、ということになろうか。話していると、現代思想的なジャーナリズムなどの状況に関心もあるらしく、一服の時など、私もいま若い世代がどんな思想関心をもっているのかとか、よく話す。私は量子論にからめた現状認識を話すことが多かったのだが、せんだって、NOTEというブログ・メディアに、宮台の記事がのっていて、その話に似ているという。ぜひそのページを読んでもらいたいと言うので、ラインでリンクを送ってもらって、その「量子論と神秘体験」という対談の要約記事を読んだ。

 

量子論と神秘体験 宮台真司+阪田晃一|界隈塾

 

たしかに、私がこのブログで触れてきた大枠と重なる。基礎学問がない私は、勝手に連想を働かしてきただけなので(しかも量子論への興味は、河中郁男の『中上健次論』から、たぶん誤読からである)、とんでもなくずれていたわけではないのだな、と安心もする。が、神秘体験が自明的にあってそれを前提としうる宮台と違って、私にはそんな霊感はないのだから、半信半疑的に追求せざるをえない。妻が亡くなってから、不思議体験と覚えるものがとんとんと続いているような気もするが、自分が欲して抱く物語化なのかもしれないと疑いながら進めている。霊がみえるのではなく、あくまで現象の解釈になるのだから。妻の妹さんからは「妄想」の一言で片付けられていたが、だんだんと、妹さんも、なんだかこの不思議に、リアリティーを感じはじめてきてしまっているような気もするが。

このブログ上で、時折こぼしてきた体験だけではなく、まだいくつかある。いま一番変なのは、妻の一周忌を前に、妻とそっくりかもしれない女性が現われて来ていることだ。身長は同じくらい、マスクをしているので本当のところはわからないが、容姿が、妻が三十代初めの、ショートヘアに変えた当時の趣と似ている。拒食症になっていた頃だ。がなんといっても、声のトーン、そこから伺える性格が80%くらいでそっくりなのだ。息子が1000CCのオートバイを自宅にもってきて保管したのを知ると、「みせて!」と声を張り上げたのだが、既視感に襲われた。そして三回忌をむかえた去年、毎週仕事でやってくる彼女が、映画『ほどなく、お別れです』が面白かったと語りはじめる。私も見にいってみると、妻を亡くし葬儀会社へトラヴァーユした若い夫が、霊が見える新人の女性と不思議体験をしていくという物語なのだった。さらに、また妻似の女性は、『鬼の花嫁』が面白いという。私も見に行ってみると、姉妹の話で、この人間世界を仕切るあやかし界ナンバー2の稲荷の御曹司と妹の方が結婚し、長女のお姉さんはおろおろして家族から孤立排除され、歩道橋から飛び降り自殺しようとしたところを、あやかし界ナンバー1ですでに家督を継いでいる鬼の御曹司に助けられ、嫁になっていくという物語なのだった。「実は、妻とそっくりに見えるんですけど」と、妻のニューヨークでの落書きを前にした写真や、芸能人のような写真を見せると、「ほんと、でもわたしはもっと頬がこけてしまって」という。えっ、さらなる拒食症? とびっくりしながら、2代目御曹司と結婚することになった妹さんの媒酌人は、のちに総理大臣になっていくあやかし界の者で、長女の妻はおろおろして、ともらすと、「自殺!」と彼女が一番にだした反応の言葉にさらに驚かされるのだった。私と年齢が近い彼女自身が姉妹弟での長女で、妹は京都にいるのだそうだ。彼女は、いったい何者なのだろう?

 

明日は、いくつかの町会員を連れて千葉の白子へグランドゴルフ研修旅行の引率だ。台風でもやるのかと中止を提案したスポーツ委員の意見をとらず、雨天決行と案内したからにはキャンセルせずやる、本心は私も中止にしたいのだが皆さんの気合で台風を吹き飛ばしましょう! と東大出身銀行あがりのスポ振興会長は通知をだす。「雨天決行」の雨天には線状降水帯や台風といった災害状況が入るのか? まるで本当は戦争に反対だったと東京裁判でもらし神風信仰で国民に犠牲を強いた組織官僚を想起させる、と私は返信する。台風は運よく明日には抜けていきそうだが、まるで特攻隊員だ。最初は、自分のところの町会員と話して欠席しようかとおもったが(特攻隊も、現場の隊長が上官・組織官僚に抵抗したところは飛びたっていない)、近所の他の町会のお年寄りとも庭手入れなどで親しくもあるし、その老人たちは義理で来るだろう、だから、私は行く覚悟を決める。ちょうど、是枝祐和著『雲は答えなかった』(PHP文庫)を読んでいた。水俣病行政と患者の現実との間で悩み自殺してしまった厚生省(環境庁)高級官僚のドキュメンタリーである。是枝氏はこの事件を追いながら、官僚は悪だという前提をくつがえされた。この位相では、たしかに、「悪は存在しない」だろう。私は、地区連など、ボランティア自治職をいくつも兼任させられている年長者と対立的な構えで固定するつもりはない。しかし、ずるずるいくと、もう末端レベルでも、かつての町内会の前科のように、何がおこるかわからない。用心して、布石(歯止め)の処置を打っていく必要はあるだろう。面倒な労力だ。

 

しかし、こうした日常のもろもろが、妻のいく子を通して仕向けられている勤めかもしれないのである。

 

<この秋、知子にとってうれしい出来事がひとつあった。自治会の委員長から推薦を受け、この12月から地区の民生委員を務めることになったのである。民生委員には生活保護世帯と福祉事務所の橋渡しや、70歳以上の老人達へ、市や都からの奨励金を届けるといった仕事が任される。

「福祉の末端の末端ですけど……三回忌を迎える時に、こうやって、あの人が最後までこだわっていた福祉の現場に自分がかかわることになって……私に残っている力で何かできることがあればと思って引き受けたんですけど……。主人が書いたものを参考にしながら取り組んでいこうと思っています」

 一語一語かみしめるように語った知子は、

「何か、できすぎた話でしょ……」

と言って、うれしそうに笑った。>(是枝裕和著『雲は答えなかった』)