2026年2月6日金曜日

津島佑子著『女という経験』(平凡社)を読む

 


瀬戸内晴美(寂聴)は、高群逸枝がアナーキストとして論陣をはっているころの、夫以外の男性との関係を追求した「日月ふたり」という作品を、昭和48年頃から『文芸展望』という雑誌に書いていた。瀬戸内の話によれば、高群亡きあとにあたる夫橋本憲三を取材するにあたって、その男の対応に嫌気がさしてきて書くのを中断した、ということになる。

が、高群に関するものを読んでいくにつれ、要は瀬戸内の発想が低俗すぎるので、取材を受けるほうが嫌になったのだろうな、と私には推測されてきた。それは、瀬戸内の他の小説や読書感想などを目にしていけばより知れてくる。瀬戸内は、人を心理的にしかみようとしていない、というか、見れていない。だから、心理的な揚げ足取りに終始しているようなものになる。高群本人からならば、世間がもっと「低級」でないことをのぞむ、と拒否されるような態度になるだろう。

 

たとえば、『源氏物語』の読解をみてみればいい。瀬戸内は、そこに女性心理のパターンを読み、いまの女性にもあてはめて類型化していこうとする。それを面白く世間知として参考にしていく人もいるのだろうが、真実的には疑わしい。本当に考えていく作家であるなら、まず自分のそんな発想を疑うだろう。

 

津島佑子は、『女という経験』を書くにあたり、自分が心理ではなくむしろ神話を参照にしていくことなどに、次のような断り書きを「はじめに」として付記する必要を感じた。

 

<人間の肉体としては、女も男も昔からほとんどなにも変わってはいないのだろうが、それぞれの性に与えられてきた社会的な意識は、その時代によっていくらでも変化している部分があるにちがいない。

 だとすれば、当然、それぞれの人間たちが抱えていた悩みもちがってくる。時代が変わってしまえば、そのちがいを具体的に正確に知ることはほとんど絶望的に不可能なことなのかもしれない。そんなことも思う。

 古典というものを読むとき、今の時代に共通した要素を、私たちは読み取ることができる。でもこわいのは、そうして理解できる要素だけを取りあげて、満足してしまう結果になってはいないかということで、とくに、「性」と宗教については私は臆病にならずにいられない。

 女と男が出会い、惹かれ合い、交わる。男は射精し、女は妊娠する。この成り行きだけはいつの時代も同じだったとしても、そのとき、男と女がどのように惹かれ合い、性欲を感じ、それぞれの射精と妊娠にどんな意味を感じ取っていたのか、それがよくわからない。

 現代は、コンドームやピルなどの手段で、妊娠を自分たちで調整できるようになっている。まちがいがまま起こるとしても、基本的にはバース・コントロールが私たちの常識になっている時代なのだ。これは性の常識をすっかり塗り替えた、人間という種にとって大きすぎるほど大きな変化だったろう。>

 

 高群は、『源氏物語』から、個人心理ではなく、招婿婚という婚姻形態の痕跡を洞察した。津島も、自分を含めた現在の女性心理から、「女系意識の強かった社会」の系譜を洞察していく。

 

<そんな世の中が開国でどのように変わったのか。古き良き、巫女の力に支えられる日本の神々の世界が呼び起こされるのかも、という庶民の期待を裏切って、日本社会はキリスト教文化を背景に持つ男女の社会的役割分担を積極的に受け入れるようになる。

 現在の私たちはこれを「封建制度からの女の解放」という文脈のなかで教えられてきたのだが、庶民層にとっては、むしろ「男は強きもの、女は弱きもの」という、理解しがたい思想が津波のように襲ってきたようなものだったのかもしれない。

「女」の解放どころか、実際は、キリスト教に根ざした男性の圧倒的優位の概念のもとに、「女」は家庭の天使になれ、慈しみ深い母になれ、「男」のために尽くす存在となれ、とそれがあたかも「福音」であるかのように、新しい「道徳」として女たちに押しつけられた。

 それは庶民層の女たちにとっては、屈辱的な「男」への隷属を意味していたと考えられる。それまでは武士階級の女ですら、自立した自分の地位を約束されていたのではなかったか。

 当時の宣教師や思想家などが説いていたことはべつにして、その時代、空気として社会に流れはじめた概念の変化は庶民の男たちを、女に対して一方的に尊大な、優越感を持つ存在に塗り替えてしまった。>

 

 津島は、平塚雷鳥の『青鞜』の言葉も、人権化という近代意識へ向けてではなく、その反対として読み込む。それは自分を含めたいまの女性意識からそう読めるからだ。そこから見れば、つまり強い女性観点からみるならば、男たちはこうつる。


<それにしても、男とはもしかしたら、その本性として、女の食い物になりたがっている生きものなのだろうか。それで男の母親たちは、自分の息子を必死になって「女」から守ろうとして、「女」のこわさについて教訓をくり返し語り聞かせるのだろうか。…(略)…

 けれども、何度も今まで書いてきたように、才能もなく、美貌にも富にも縁がないごくふつうの女たちは、男たちの作った社会ハンディだけを一方的に背負わされることになり、それはかなりつらい状態なのにちがいない。そして、多くの女たちがこの立場に甘んじているのが、現実というものなのではないだろうか。

 また、たまたま才能や美貌に恵まれた女が出現したとして、その女たちは「悪女」か「魔女」か、と男たちから敬遠されることになる。もちろん、そんな障害を突き抜けてしまえば、例外的な「女」として心からの敬意を表されるのだろうが、そこまでにいたる道にはかなりの孤独がともない、人並みではない努力も求められるだろう。

 男の対処法をしっかりわきまえているたぐいの女たちは男たちを安心させつつ、手玉に取ることもでき、そうした女たちこそが本当はいちばん男たちにとっては危険なのかもしれないのに、女の側から見ると、やすやすと男たちがだまされつづけている。>

 

 しかし以上の認識は、だからこそ、とまた反転する。女性の強さを「霊力」(出口なお等)や「処女」(ジャンヌ・ダルク等)や「母性」として神話的に称揚し利用する「男社会」を警戒しなくてはならなくなる。それは性交を神秘化して女を内的に所有していこうとする男の通俗感への告発にもなる。

 

<現代の多くの女性たちは、「処女」のままでいようが、男と性交しようが、妊娠さえしなければ、なにも自分の人生も精神生活も変わらないことを経験的に知っている。女は最初に性交した男性を忘れられないものだ、という「神話」もあるが、これも私がまわりの知り合いの女たちに聞いてみたかぎりでは真赤なウソで、性交そのものはすぐに忘れてしまうもの、だから救われているんじゃないかしら、と述べる人もいた。私自身もそのように思っている。ふつうの人間の女たちにとって、「処女」にしても、男との性交にしても、その体に流れる時間の外に浮かぶ蜃気楼のようなものなのかもしれない。>

 

 男社会による女性の「神話」化、その衝迫性はなお有効になっている。そしてその「低級」な通俗性を、そのまま受け入れて自己保存してしまう女性たちも多くいる、ということは、現在の女性総理の「暴走」からはじまった選挙状況を鑑みても、当てはまる事態なのだろう。

 

<女というものは感情的なので、いったん暴走しはじめると、並みの犯罪者よりも恐ろしい殺戮者になる、などという一方的な言い分を、もちろん、ここで引き寄せるつもりはない。

現実の出来事でどのような結果は報告されるにせよ、私がここで(引用者註―中国文化革命や日本連合赤軍などの事例)感じるのは、「女」なるものに「革命」の預言者になって欲しい、なるべきなのだという、一般の期待の強さなのだ。

なにかが起ころうとするとき、ひとびとは「女」の預言者性、巫女性を思い出し、そこにすがりついて、自分たちの行動を正当化しようとするものらしい。そうした「女」をめぐる運動が「革命」のとき、自動的に引き起こされる場合が多いのではないか。

あのフランスの愛国者ジャンヌ・ダルクにしても、同類の事情が働いていたのかもしれない。だからこそ、ことが収まったのちは、火あぶりにされる運命にあった。>

 

 

    瀬戸内が指摘した、高群の男性経験等に関しては、私は夫の橋本憲三の想いの方をとる。彼の晩年、このもちあがった件で、苦悶のうちに亡くなっていったという堀場清子の指摘(『わが高群逸枝』朝日新聞社)がある。また、高群の全集刊行を世田谷の「森の家」で住み込み(同棲)で手伝っていた石牟礼道子と橋本との関係も疑われている。(藤原書店の高群逸枝特集での山下悦子、そして神戸大の中山修一の読み込みでは、石牟礼は憲三の妹公認の「後妻」になったのだと推察している。『三つの巴――高群逸枝・橋本憲三・石牟礼道子』-中山修一著作集18)しかしそこに「男女関係」なる通俗をみようとすること自体がおかしな話になってくるのだ、と私は帰納する。高群の男女恋愛の「一体化」の思想と直観は、このブログでも引用したシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』においても、心理事象の向こうに洞察される。(石牟礼の作品『最後の人:高群逸枝』における「最後の人」とは、高群ではなく、橋本憲三のことだ、というのが中山の指摘でもあるが、このブログでもすでに言及したように、作品の大半は橋本をめぐる考察なのだ。奇妙な話だが、それを奇妙だと受け止めること自体が、読む側の俗情との結託を証してしまうのである。彼ら彼女たちがやった、提出した仕事を前にしたら、そう自省されてくる。)

2026年2月1日日曜日

民法と徴兵制


大学へ進学しなかったいく子は、かわりのように中央大学通信教育部に通った。そこで沼先生という方を師事していて、その講義中のカセット録音テープも残っている。その先生の名字だけを検索してもひっかからず、当時の同級生女子(「沼先生のファン」だったと手紙にある)、中上健次の熊野大学にも一緒に同行した和歌山の方に年賀状ついでに尋ねても、私は会ったことがないのだ、という返事だった。だが、次創作準備に入り遺品を再整理再検討していると、中大通信教育部発行の冊子がでてきた。そこに、沼正也、という名前でエセーを寄せている。再検索をかけると、民法専門の中央大の名誉教授だとわかる。

 

私は、「白門」というその冊子の、「民法を成立せしめているテーゼ群」というのを読んでみた。(あちこちにいく子が線をひっぱっている。)

 

読んでいて、現日本総理の高市早苗の台湾有事での存立危機事態成立云々の発言をめぐっての、苫米地英人のYouTubeでの解説中の、よく腑に落ちなかった部分が、わかってくるような気がしてきた。つまりこういう法前提的な理解があって、しかも、もし高市らが憲法9条を変更しても、それをなお日本国憲法において無効にしえる法的根拠、あるいはそこを思考する示唆があるのではないか、と思えてきた。

 

事実上の“宣戦布告”!? 高市総理「存立危機事態」発言が国際情勢を揺らす(苫米地英人)

 

苫米地は、日常言語としてではなく、存立危機事態という法的用語を説明しながら、自衛隊をめぐる9条問題にも言及する。隊員の離職者が多いのだから、有事で戦争といっても、なおやめていったら実行維持できない。現今の自衛隊の法的位置づけは、警察権の行使なのであり、外国の侵略も泥棒にあたる。それに対処するのは(国家)公務員であって、ゆえに、その職業をやめる自由がある。が、憲法9条に、自衛隊は軍隊であると明記したらどうなるのか? 今でも実質そうなのだから実際にも何も変わらない、という話(現実)にはならない。憲法に明記されるとは、それが国家を縛ることになる、つまり、軍隊を維持するのが国家の義務になるのである。自然権の一部なりを国に信託すれば金がかかるのだから税金として納めるようになる、ただでやってもらうわけにはいかなくなるのと同じだ、つまり、国民の権利が義務として跳ね返ってくるのである。防衛の問題も同じになる。徴兵されることが、国民の義務になってくるのだ。9条2項で排除されている交戦権も認めれば、自衛隊はもはや自国領土・領海内での警察権行使としての存在ではなく、国境をこえた他の国への支援、集団安全保障の実行も明確に可能になる。

 

私は以上でいう、国民の権利と義務の転換の話が、よく腑に落ちなかった。職業選択の自由があるのだから、徴兵は、たとえ憲法改正がなされても、無理なんではないか、と。それが国民投票もいらず、与党の閣議や国会議論上で法的に成立しても、個人(市民)の権利として抵抗すれば、つまりその職業を選ばされることを拒否すればいいのだから、強権的な無理な実行をともなわざるをえないのだから、実際運用は成立しないのではないか、と。なのに、どうしてこの転換が、機械的に変わるのか、なんで原理が変わりうるのだろう、と。

 

が、沼先生の講釈によれば、なお近代法成立の過程において、その両義性が内包されているのだと。国民と市民が、この矛盾が、解決解消されていないまま残っているのだと。が、日本国憲法は違う、と。第九七条の「最高法規」の規定が、「『国民の権利および義務』中のそれとは次元を異に」させているのだ。むしろこの国家を超えた「最高法規」規定が、憲法9条の戦争放棄の定立を「演算的帰結」たらしめているのだ、と。

 

私は、法的知識、理解はまったくないけれど、これは、現選挙後の世界(国内外ふくめて)において、有効な視点、戦争を防いでいく、若者を戦争で人殺しさせずされない法的根拠を、提示してみせてくれているのではないだろうか?

 

以下、その箇所を抜粋引用。

 

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『市民社会』は、ほんらい理念態であるから、その発想の端緒においてはこの世に現実に存在するものではありえなかった。その実在化は封建社会の崩壊と表裏を同じくするが、封建社会の倒壊を腕力的に早めたのがフランス革命であった。フランス革命の成功は、フランス国家の滅亡を意味するものではなかった。フランス国民が引き続いてフランス国民であることにおいては、変わりがなかった。アンシャン・レジームのフランス国家の領土は、引き続いてフランス国家の領土たることを止めたのではなかった。政権の交替が起こったまでのことであった。ブルジョワジーが、新政権をほしいままにした。新政権は、フランス国家の領土内に独立・平等・自由の理念的属性を帯有する市民から成る『市民社会』を営むことを宣言した。ことの本質において……(『人権宣言』)。

 そのとき、フランス国民は、『国民』という資格のほか、『市民』というもう一つの別個の新たな資格をもつこととなったのである。惜しむらくは、フランス新政権は、新生フランス国家の目的を市民社会の樹立一つに絞ることをしなかった。国家は、あい変わらず雑多な対外的・対内的な目的を背負って(封建的人間関係の許容さえもが、形を変えて……)愚昧な道をたどることに結果したのだった(後年マルクスでさえもが、プロレタリアによる政権奪取に成る社会主義国家は共産社会の樹立のみが唯一の国家目的であることの強調を遺忘した)。それにしても、市民社会が国家権力のバックアップをうけ、封建社会の現実的崩壊の後釜としてじわじわと座り込むというアウトロー的存在から転じ、表面きって呱々の声を上げたのであった。

 市民社会は人間のあらゆる自然的属性の法的受容の拒絶態であるから、人種・民族の差別にも自然発生的な言語にも背を向け、一個の全人類社会の規模においてみずからを完成するという演算関係にある。国家は、みずからの領土内に細切れの市民社会を運営しうるばかりである。市民社会の高度化とともに国家はみずからの生命を死滅せしめざるをえないという宿命はここにあるが、それへの一里塚としては国家はこんにちなお市民社会の樹立について現代的役割をはたしている。死処よろしきをえることが、将来における最大肝要事なのである。

 啓蒙論者たちは、独立・平等・自由の演算数値に思い思い幻想的な観念論の外被をまとわせた。自然状態において人間は、独立・平等・自由であったなどと……。独立・平等・自由われにありという市民の権利の総称が基本的人権と名づけられているものであるが、これを目して天賦の権利などと性格づけるのも、同断であった。二〇世紀が近代自然法思想という浴槽を洗い流したとき、赤子までをも流しはしなかった。独立・平等・自由は演算的所産であったのだから、神や形而上学から切り離されてもなお健在であり続けているのである。奇妙なことにこの国日本では、健在であるものが健在でなく、洗い流されてしまったものがなお健在であるかの観を呈している。基本的人権を天賦のあるいは人間生来の権利であって国家といえども奪うことのできない権利だとか、独立から派生した語である個人の尊厳を生まれながらにして尊いことなどという理解がそれである。基本的人権は、独立・平等・自由を主張することのできる資格の総和であり、個人の尊厳はイコール独立すなわち他者から切り離されていること・差し金をうけないことという形而上学的外被を脱いだ演算成果の意味においてのみ解せられるべきものである。

 アメリカ占領軍当局は、日本国憲法に『最高法規』と題する第一〇章をこっそりとおいた。その冒頭第九七条に規定する基本的人権の宣言は、第三章『国民の権利及び義務』中のそれとは次元を異にして、新生日本の国家目的を日本国領土内に市民社会を運営するということにのみ絞る世界の国々に二つとはない寓意を与えた。それは、第九条第二項と結合して戦争放棄の第九条の定立を演算的帰結たらしめた。(沼正也著「民法を成立せしめているテーゼ群」『白門』12 1中央大学通信教育部 1978121日発行)

2026年1月23日金曜日

映画『WHO?』を観る

 


「お父さんは、チッソの会社の社長をやっていたの?」と、娘さんがいく子に会いたいからと自宅にてきてくれた妻の妹さんにきく。娘さんは、私たちが結婚したばかりの身内での食事会や、妻の葬儀のときも、わたしはいく子おばさんのようになると思っていた、と発言していた。

「そう」と妹さんは言う。次の創作にあたって、文房具が必要になってきそうなので、妻の家族それぞれの用具を入れた押し入れを整理していたら、大学ノートから、ひらひらと、熊本県知事の名前の入った建築許可証のコピーが数枚落ちてきたのだった。県知事に対応するように、岳父の名前が自筆されていた。ここには会社の代表取締役名が入るのが普通だろうから、というと、と推論されてきたのである。チッソ開発会社とある。創作にあたって、妻のまた古い文献をたどっているとき、中学時代の名簿の父親職業欄には、チッソ企画課課長の肩書が読まれた。「それは、企画課が独立して起きた会社?」と、妹さんに聞いてみる。ホームページを覗くと、JNC開発会社として、水俣のあの大きな工場街の一角に今もある。その会社の年譜から、細川護熙らの署名のある建築許可証の年月にあてはまるものは、水俣の自動車教習所建築、ゴルフ場、敷地内のか工場増設のようであるらしい。「そうではない。」と妹さんは答える。教習所では所長もやっていて、他にも二十だか三十くらいの会社があり、父はそれらの社長もやっていたのだ、という。以前に発見した退職にともなう挨拶文には、サン・エレクトロニクスの会社名もあった、ということは、そこの社長退任としての報告でもあったのだ。このサン・エレクトロニクスは、2019年に撤退し、そのことの地域経済への影響が問題となった。現在は、日本の半導体会社がその跡地の開発を進めているらしい。「本体の会社では、動力部の部長が最後だったのではないかしら」と妹さんは、つけくわえた。もともと岳父は、東北大の工学部出身で、電力系の技術者だったようである。農家でで、戦時中は家族で北京におり、貧しく、飢えをしのいで帰国し、猛勉強して大学にいったそうである。

その岳父の大学ノートの一冊の表紙には、「累積国債 現状と課題 昭和59-8-29-13」「企業課題を問う」と表題がある。が記入のあった中身は破られていて、白紙のページだけが残っている。「プラ加工」のタイトルのノートのも同じだ。が表題もないノートを開くと、「農基センター」とタイトルされた、箇条書きのメモが数ページほどつづられていた。モンサント社とチッソの比較メモもあったりするが、おそらくこれは、父の夢のようなものがデッサンされているのではないかと思われる。水俣でのハウスみかん栽培の案にとどまらず、有機農法的な技術の開発センターを、中国からインドネシアやタイ、韓国で契約にもっていきたいという抱負が、人員数と数十億の予算規模で想定されていたらしい。ハンガリーとの契約合意が発効しない、との記述もある。正確な意味はわからない。

 

水俣病は、解決していない。解決しないのは、開発を進める基本的な思想(思考態度)がそのままの延長であるからだ。大きく言えば、石牟礼道子がこだわったように、近代化そのものの発想にある。それはテクノロジーの分野に限らず、裁判闘争でも露呈された、官僚分業的な各人のメンタリティーにまでおよぶ。私見でより時代範囲をしぼれば、まだ量子力学が発見された20世紀当初くらいまでは、科学精神には真理とは何かを問う遡及性があったが、その原理的理解の不明さから、応用科学へと方向性が転換されていった。このブログでも、ノーベル賞をとった、たしか東ドイツからアメリカへの移民女性科学者の発想を批判した。遺伝子装飾の試みによって、コロナのスパイクタンパク質の細胞内での増殖スピードをあげられることの発見が、mRNAワクチンの実用化への道を開いた、とされる。が真理を問う科学者ならば、なぜ自然はその実用的には緩慢なスピードなのか、と他との系との関連のなかで問う方向へと進むべきなのではないか、と。

そしてこのワクチンを、世界中の人々が体にとりいれた。日本では、2回や3回も打った人が9割近くになるとか。佐藤優とかは、ワクチン反対派は、他者を受け入れることを怖がる人々なのだ、という。ならば、ほぼパーフェクトに体内化した日本人とは、さぞ他者に寛容な社会であったのだろう。未知のウィルスに対する相対的には過剰な反応が、目先の人工物へととびつかせる。ならば、未知の現実に対する対応として、戦争をも素直に受け容れるのではないかと思ってしまう。

 

映画のパンフレットから撮った写真を冒頭で示したように、公的な発表データからも、新ワクチンとその後の死亡数といった人口動態には関連がうかがえる。が体内の因果関係など、わかりようがない。とくには細胞内のことなど、宇宙の果てと同じで未知の世界だ。が状況証拠的には、何かあるだろうと思わざるを得ない。水俣病も当初は、工場の因果関係は科学的に不明とされて、発覚後10年ほど、マスコミも含めて訴えを無視してきた。当時チッソを潰してしまうことは、プラスチックの原材料を自国で調達できないことになり高度成長を頓挫させることになるので、次の石油製品開発までの10年の見込み中は、隠蔽することが国策になったからである。排水溝の近海では、魚が死んで浮かんでおり、漁師たちには、自明な因果にみえていた。

 

現在の、次の開発製品とは、AIを支える半導体や医療でのバイオテクノロジーになるのだろう。原発の再稼働も、AI使用にこれまで以上の電力が必用になってくるからだそうだ。

 

いく子の中学時代の名簿をみていると、仲の良い友達は、水俣の対岸にあたる牛深漁港の網元や、漁船会社の娘たちもいたことがわかる。暑中見舞いのハガキでは、牛深の海は、まだ青く澄んでいるよ、と微妙な言い回しも勘繰られ、泳ぎにおいでよ、などとやりとりされている。私が天草から向かう途中で寄った御所浦島からの友達もいたと、今になって知れる。支援団体相思社発行の聞き取り冊子を読んでいくと、牛深や御所浦でもだいぶ被害者がでているとわかる。

 

まだ、終っていない。いく子が亡くなって2か月後の年末、水俣病被害者の厚生省での訴え中、官僚的態度の実行としてマイク切った事件が起きた。支援者らの抗議と要望に、国は応えると言いながら、お茶をにごしているだけだ。数億円もかけて水俣病資料館を建設し、まるで被害者が悲劇のヒーローであるかのような等身大以上の写真パネルをかかげている。が一番親身に寄り添っている団体の考証館には、一銭もださない。雨漏り等がしているのでクラウドファンディングするかもとかの日経の新聞記事を読んで、私が水俣をみてきたあと、相応な寄付をおこなった。もともと岳父がチッソで稼いだ金でもあるだろう。

 

WHO? 世界組織が問われるというより、わたしたちは、誰なのか? と問われてくる。この地球上で、この地球をいじくりまわしているおまえは誰なのか、と問われてくる。

2026年1月11日日曜日

福嶋亮大著『世界文学のアーキテクチャ』(PLANETS)を読む

 




この批評家の著作は、まずだいぶ以前に、仮面ライダーやウルトラマンだったか、の大衆文化的なものを素材にしたのを読んだが、それで次のものを読みたいとは思わなかったので、だいぶ疎遠になっていた。数年前に、自身で中上健次をめぐるものをノートとして綴りまとめるのに、中上がどうも最期的に突き当たっていたのは中国の問題(エクリチュール的現実)ではないかとおもい、そこらへんを意識化してくれる言葉はないものかと探していて、福嶋亮大の著作に再度出会ったのだった。

このブログでも、彼の何かの作品から、冒頭エピグラフに引用した覚えがある。私のひと昔前世代の教養としては、要は福嶋は、柄谷行人の継承的批判者なのだろうと思えた。彼の武田泰淳論(こんどのこの作品でも、その「絶滅」に関する見解に反映されているだろう)、あるいは短歌(詩を歌う)は天皇制だという柄谷の見解を、中国の歴史を知らない短絡的な見方切り口だと、名指しはしないが言いたいのだろうと思えた。そしてそれは、説得的に聞こえた。

昭和天皇が亡くなったとき、どこかの文芸誌で、柄谷は浅田彰と、中上はたしか岡野弘彦と対談をしていたとおもう。学生中だった私は、その対談の相違、立場の違いの浮き彫りを、その印象感を今でも覚えている。

福嶋の『世界文学のアーキテクチャ』は、私の当時の違和感を、より鮮明にしてくれる光を差し込む。

 

まず福島は、当時(私が学生だったころ)日本の文芸批評界が提起していた問題、「小説の小説性」とは何か、という問題、その言い方自体も引用継承することからはじめる。小説を物語への闘争だと宣言した一人の蓮見重彦からは、作品構造への分析的手法を踏襲しているように見える。たしか蓮見は、小説の小説性の符丁に、物語進行に抗う分析と描写という技術を抽出提示してみせた。しかし福嶋が提示したのは、技術的な構造要因ではなく、あくまで、思想主題的なテーマである。蓮見にとって作品のテーマとは、作家がからめとられる時代的な物語言説というネガティブな要因にすぎなかっただろう。が福嶋は、作家のほぼ意図的なテーマ群にこそ、ポジティブな構造的仕掛けを見出す。それを七つの「思考のテーマ」と呼んでいる。この方法論は、あとがきでも示唆されているように、柄谷の『日本近代文学の起源』における、「内面の発見」等の――こちらは作家がほぼ無意識に陥ってしまう歴史的焦点――内容的な着眼点から跳躍したものであろう。

 

<その際、乗り越えるべき壁としてあったのが、ジェルジ・ルカーチと柄谷行人の小説論である。近代小説の発生に画期性を認めた彼らは、共同体から個人を分離する「冒険」や「内面」を――つまり主体の形成を――小説の根幹に据えた。ただ、ルカーチや柄谷の強調した「近代」の主体性のモデルは、産業資本主義やナショナリズムが伸長した十九世紀ヨーロッパの特殊な時代環境に依然として縛られているように私には思えた。そのような狭い枠組みで考える限り、小説が世界性を獲得した理由を十分に説明できないし、ヨーロッパの外で栄えた中国や日本の近世小説も無視されてしまうだろう。/本書で示したように、小説の勃興にはナショナリズム以前からあったグローバルリズムが関係している。標語的に言えば、近代小説はネーションの文学ではなく《世界文学》として始まった。内面的な主体の形成は、あくまで世界との接近遭遇の後に来るものである。ならば、近代文学を分析するには、本来は世界文学を前提にしなければならない。世界文学は任意に選ばれた研究テーマではなく、それ自体が近代性の本質に関わるテーマなのである。》

 

私の文学教養は、戦後の世界文学にあたる、南米の作家たちまでで終わっている。学生途中からか卒業してしばらくしてからか忘れたが、小説みたいなものはほぼ読めないでいた。もっと直接的な意識化をしなければ、メンタル的な生存も危うそうだったからである(がだんだんと読めるようになってきた。福嶋がちょっと言及した『三体』も読んで同じ感想をもった。)福嶋がここで引用してゆく分析対象も、以上までの古典に、SF作家たちが加わっているくらいまでであろう。が、それ以降も、たとえば、ノーベル賞はつづいてゆく。私は新聞記事評判程度はのぞいて、受賞作を読んでみようかな、と思うときがあっても、結局まだおそらく一冊も読んだことがない。だから、何も知らない。

福嶋は、その創作側への問題提起になるような指摘として、これまでの世界文学の成り行きはいま、<単一のグローバルな世界市場(世界文学)という地盤に、多文化(各国文学)が分立するというモデルに支配されている。>と認識し(たしかに、ノーベル賞付与儀式自体が、そんな分立的良識に支配されているかのようである)、それに対する、フォークナーにみられる「《多時間性》の文学の富はまだ十分に汲み尽くせていない>と実践を示唆する。

ただ私がこの点で言いたいのは、福嶋の世界文学の読みに、つまり世界の市場(空間化)を把握するのに、量子力学の見方と比喩が根底に据えられて転回されていくのは、なんだかよりわかりずらくなっているのではないか、ということだ。バフチンのポリフォニーを「量子的重なり」に、あと何かを「量子もつれ」の事態と同等的に提示してみせたが、読んでいる側の頭がねじれてきてしまいそうで、逆にイメージとしてわかりにくくなる。ほんとうに近代文学は、量子的だったのだろうか? 量子をまず実在として考えてみようとしている私の段階では、文字媒体(エクリチュール)をそう見てみること自体に熟考を要する。

※ ともかく、ジャーナリズム界のことはまったく知らないが、中上健次を「再開発」というテーマから、九州の女性作家作品を「思想」書として読むという宣言めいたものを断り書きする渡邊絵里にしても、より若い世代には、何か決意のようなものが感じられる。部外者からのなんとなくの印象では、小説の闘争性が説かれた以降、蓮見的な、テクスト論枠組み的な技術論、いわばおたく的視点・こだわりで作品を読む、ということのほうが流行していったように見受けられる。そうした風潮へ、大衆文化を難しく分析してみせることではなく、あくまでもう読まれなくなってしまったかもしれない古典・近代文学をとりあげて、一石を投じる、そんな試みが実践されはじめているのかもしれない。

2026年1月5日月曜日

上野千鶴子著『アンチ・アンチエイジングの思想』(みすず書房)を読む

 


ボーヴォワールの『第二の性』を読んだところで、上野千鶴子の「ボーヴォワール『老い』を読む」『アンチ・アンチエイジングの思想』が出ていると知って、読んでみた。もちろん、私自身が「老い」に突入していることもある。とくに、肉体労働で生きていると、加齢とともに衰えてくる自身に敏感になり、対処せざるをえなくなる年齢がアスリートなみに若くなる。そこまでのプロでなくとも、三十半ばをすぎたらやばくなり、それを自覚して用心してないと、だいぶな職人が木から落ちる(私も落ちた)。仕事とは別に筋力トレーニングをやっていないとだめだ。私が間接的に知っていた植木屋親方は三人、六十歳すぎて、脚立や木から落ちて亡くなっている。相当な確率になるだろう。

 

このボーヴォワールの『老い』も、『第二の性』と同じ構成で、第一部は歴史的な確認、第二部で老人たち自身の意識された言葉を収集網羅していったものらしい。それは容赦ない記述で、暗鬱になってくるほどだそうだ。

 

彼女とサルトルたちインテリとの人間(男女)関係がどういうものかもよくは知っていなかったので、これは「神の死」のあとでは、つまり神がいなければなんでもありになってしまうような、ある意味下劣丸出し模様になるのだな、と私などは思わずにはいられない。しかしだからこそ、ボーヴォワールの深い洞察が得られるのかもしれない。

 

しかしそれは本当に、必要な意識洞察なのだろうか?

 

<超高齢社会では、わたしたちは生命体として与えられた寿命を生き切る「幸運」を与えられている。くりかえすが、長寿は栄養水準、衛生水準、医療水準、介護水準の高さがもたらした賜である。それが文明社会の、中産階級の、都市生活者の、特権であることは論を俟たない。この四つの条件がそろっていない地域では、ひとはもっとあっけなく死んでいく。長寿を呪うひとびとは、そんな苛酷な生活環境に行ってみるとよい。>

 

おおよそには日本全体が中産階級的な「幸運」な老い環境にいることになるだろうが、私はやはり、ここでも、階級的な視点にこだわらざるを得ない。

 

上野は、講演のあとで、老人会の会長をしたりして「町内のお世話やボランティアをなど日々前向きに過ごし」、「社会に貢献しているのがモットーです」という、「100%男性である」者たちの発言を紹介している。上野はそれに、「人間、役にたたなきゃ、生きてちゃ、いかんか」と答えるという。私が最近、そうした男性たちへなした返事はこうである。「あんたの言葉でいえば年金も払わず飲んでしまう<下層階級>の人たちは、親の面倒をみるよ。金がないから施設に親を送れないからだけではない。感情的にそうしない。2Kのアパートに二世代で住んで、寝たきりの母親を夫婦と娘で看取っていく人が新宿区にだっているんだよ。しかしエリート層の息子らがおまえらの面倒をみるか? 見てくれないだろうなと怖がっている植木のお客さんはこの辺りにたくさんいるよ。エリート層の現実政策がそうやって共同体的なものをぶちこわしてきたのに、それがまだ感情的に残っている下層階級にボランタリーを都合よく押しつけるのか?」

 

地区の忘年会でも、結局こう吠えなくてはならなくなったのだった。私の真向いにいたスポーツ委員の八十半ばの男性は、千葉高野球部の監督を37年間やって関東大会でも優勝経験をもつ人で、長嶋茂雄も間近で見ていたという。その話の成り行きで、私の中学野球部時の先輩、自身も甲子園に出て地元では名物監督として名をはせ、いまは高校の校長をやっているけれど、退職すれば高野連の会長になるだろう、その先輩は現役監督時代、まだ10年くらい前のことだけど、サイン見逃したバッター選手のところにゆくとビンタ、生徒がのけぞるのをおってホームから一塁ベースまでビンタをしていったそうですよ、と私事的な例をネガティブな意味でだしたのだった。がそれに、育成会会長の男性が、「そうだ、それくらいやらないと駄目ですよね。」と相槌を打つのである。私はぶったまげた。「私はそんな考えはしていない。マッカーサーは、町内会を解散させたんですからね!」

 

上野は、成田悠輔の、「高齢者は集団自決すべし」という発言をとりあげ批判している。私は、高齢者とひとくくりはしないけれど、まったく敗戦の自覚もなく相変わらずの権力にしがみついてふりまわす高齢男性たちに、「ぜんいん腹を切れ!」と言いたくなる。しかも、実は、本当は、そこにいる男らも、「もうやめたいんだ、やりたくないんだ、」ともらしていると、私はお客さん(女性たち)から聞いている。しかし、形式(官僚)的な話しかできない。だから、まさに以前の敗戦どおり、ずるずるべったりゆきそうなのだ。そしてなおさらゆえに、なのか、吠えれば吠えるほど、あなたが老人会会長を、町会長を、今の事務局長を首にするから理事になって市の理事会にでてくれ、という話になっていくのだ。「俺は年金も退職金もない死ぬまで働く日雇いだからね!」と、また吠えなくてはならなくなるのである。

 

しかも、もう男性といえど、バブルはじけて、日本的経営のすばらしさだと豪語してきた終身雇用は放棄され、むしろ、生涯人材活用政策とかで、死ぬまで働かなくてはならないサラリーマン世代は増えていくだろう。老後のボランタリーなど成り立たない。おそらく寿命も、また短くなっていくのである、と私は予想する。実際、厚生省の統計でも、コロナ禍直前からコロナ禍をすぎて、男女とも平均寿命はさがっているということである。

 

幸運な、ぜいたくな意識はいつまでもつだろうか? いやそもそも、「神の死」が、無神論の実存が、人々を存立させえるのか?

2026年1月2日金曜日

ゾーン=レーテル著『精神労働と肉体労働』(寺田光雄・水田洋訳 合同出版)を読む

 


泡が消えるまえに帰らないとだめなのと師走の夢にいう妻を初日の兆しにさぐる静けさ

 

☆☆☆

 

高群逸枝は、「筋肉労働」を事務・知識的な労働と分け、前者をすくい上げそこにあるものに着眼した。山間の僻村の小学校へと追いやられていった校長である父等から、白文までを読む力を素養されてはいても、自身女工として働いたり、飢餓をさまよったり、貧乏を生きた。この着眼点は、彼女の宇宙論的な詩的直観と結びついている。ドイツに生まれナチスに追われ、イギリスに定住して研究活動を続けたゾーン=レーテルのこの著作も、現代の根本的な問題をこの区別(差別)の発生にあると認識し、その克服は量子力学上の現実認識の在り方が示唆しているのではないかと推察した。

私がゾーン=レーテルの考察に注目したのは、文芸批評家の中島一夫のブログからの示唆による。中島によれば、ジジェクの性(セクシュアリティー)の論点とゾーン=レーテルの労働の論点には、重なってくる関連があるという。が、両者が、古典物理学ではなく、量子力学(新物理学)の発見、宇宙的な存在の在り方(生成構造)を念頭にしているという指摘・射程はなかったのではないかと思う。

 

私が追求しているのは高群だが、彼女の思考が潜在させているものを意識化するために、以下ゾーン=レーテルの著作からメモっておきたい。

 

=====     =====

 

「すべての社会は、多数の人々の行為から成るかれらの生活連関である。人々の社会連関にとって、彼らの行いが、第一義的なものであり、彼らの考えは、第二義的なものである。彼らの活動が社会の一部をなすには、相互にかかわりをもたねばならず、そしてこのかかわりは、最低限の統一性を示さねばねらない。それによって、社会は機能能力ある生活連関を具現することができる。行為相互のかかわりは、自覚的でも無自覚でもよい。しかしそのかかわりが欠如することは許されない。そうでなければ、社会は機能能力をなくすだろうし、人々はその相互依存性において崩壊する。もっとも一般的な方法で定式化すれば、これがあらゆる種類の社会の存続条件であり、私が社会総合という名称のもとにとらえている事柄である。こうしてこの概念は、社会構成というマルクスの概念における特別な構成要素以外の何ものでもない。すなわち、私の長年にわたる歴史的思考諸形態への没頭のなかで、その社会制約を理解するのに本質的なものとして浮かんできた、特に構造的な構成要素である。この概念の助けによって私は、基本認識を定式化できる。すなわち、一つの時代の社会的に必然的な思考諸構造は、この時代の社会的総合の諸形態ともっとも緊密な形態的連関に立っている、と。人間が自然と交換する生産活動や消費活動であるのか、あるいは、商品交換という相互形態を取っているものの、そうした自然との交換の背後で進行し搾取の性格をもっている、人間相互の取得行為であるのか、というように――その行為の相互連関が人間の生活連関を担うところの――行為の種類が変化するとき、社会総合の根本的変化が現われる。社会的総合の概念が自己の正当性、その方法論的必要によってはじめて証明するように、この区別は、以下の研究で、われわれの関心を引くだろう。」(p34)

 

「カントは、それらが前もって形成されるということを知っていたが、彼は、前もって形成される過程を、時間的ならびに場所的に局限しえない魔術的な《先験的総合》という意識へ転じた。実際においては、抽象的カテゴリーによる前もっての総合は、一つの歴史的過程であり、かつ一定の明確に定義しうる諸社会構成に属するにすぎない。貨幣には、より厳密に言えばその社会的―総合的機能には、われわれがこう言うのを許されるなら、《先験的主観》との間違えようのない肖像類似の特徴がくっつていいる。とりわけ、貨幣が、種類の異なったすべての通貨をとおして機能的には普遍的にただ一つでありうるという形態性格がそうである。《純粋悟性》というこの社会的産物をいったん与えられた人間は、《彼の》知性でもって普遍的な精神労働を、そして肉体でもって個人的な手労働を、両者の関連が彼には絶対にみえないやり方で行うところの、二分された非資本として存在する。事実《人間》は、確かにまた知識人と労働者に分解する。知性が、社会がその歴史的歩みにおいて征服しなければならない。自然に関する対象認識の器官として、(とくにガリレイによって)方法論的に形成される程度に応じて、知識人は社会に関して盲目になる。彼の哲学は、彼の科学的自然認識の客観的妥当性に関係なく、劇的なあり方で必然的に虚偽意識になる。」(p36)

 

「《ア・プリオリな総合判断》に関するカントの問題設定は、生産の模範型として間に合うが手労働からは独立している、自然認識がいかにして可能でありうるかということの正当な意味を、ブルジョワ哲学の全脈絡の外にでてさえ、保持している。頭脳と手との分離は、社会の階級分裂と全く緊密に合致している。生産技術の源が労働者のもとにあるならば、資本主義的生産様式は不可能な事柄であろう。それは、手労働とは違った源からの自然認識を前提している。そこでカントのあの問いは、資本の価値増殖過程としての生産がいかに可能であるか、つまり生産が生産それ自体のではなく交換の、しかもその交換は交換それ自体のではなく剰余生産取得の内容をもったそういう交換の、法則にしたがっていかにして可能であるかということの、マルクス研究と並んで、自明なことに属する。」(p38)

 

「私の研究は、意識解明に役立つ社会的存在分析を行うことよりも、むしろ逆に、意識形成の問題を深められた存在関係の問題へ転じることをねらいとしている。意識における確固とした基本的な形態の問題は、社会的存在変化の重心へと移されるべきである。そのことは、とりわけ、伝統的尺度にしたがって認識論の主要関心を形づくってきた意識諸現象に関して、つまり、数学的客観認識の可能性が依拠する社会的に必然的な思考諸形態に関して、いえる。社会的存在からそのような必須の思考諸形態を演繹することに成功しないなら、この存在についてのわれわれの理解には、何か不統一ないし不完全なものがあるにちがいないという、史的唯物論的命題にしたがって、社会の存在理解のために、この思考諸形態の的確な演繹が方法論的に重要であろう。《資本主義についての経済学的分析が、この基準に適合しないなら、それはまたどこかで、社会の存在変化に適合しないだろう。それは、歴史理解において、社会的存在のなかに不透明な部分を残すであろう。両者は相互に制約しあっている。》それゆえ私は、ここで努力した分析が、マルクスの商品分析の補完ならびに継続として理解されるよう強調する。」(p41)

 

「――この際、《純粋》という言葉は、カントの《純粋自然科学》概念の土台をなしていたものと同じ基準にしたがっている。われわれの研究の出発点は、したがって、いかにして純粋の社会関係化が可能であるかという内容の問いが存在するという命題を、内包している。この命題は、純粋自然科学の可能性についてのカントの問いに対する、空間時間的返答の鍵を内包している。カントによって観念論的に考えられたこの問題は、マルクス主義的に翻訳すると、確かな自然認識は手労働とは異なった源からいかにして可能であると、という内容になる。この形にもたらされた問題設定は、資本主義的生産様式の社会的必要条件である精神労働と肉体労働の分離の噴出点にねらいをつけている。」(p67)

 

「確かにカントにおいては、手労働と《労働諸身分》に関して、その社会的役割の不可欠性が無論決して疑われていないが、きわめてまれにしか語られていない。しかもこの役割は、精密な自然認識の可能性まで全く及んでいない。《純粋数学》と《純粋自然科学》についての理論は、そこで肉体労働に何らの言及もされていないということを、ほこりとしている。《純粋数学》と《純粋自然科学》は、純粋に精神的な基盤に立つ認識であるが、まさにこうしたものがいかにして可能であるのかが、それらについての理論の説明課題なのである。ヒュームの経験論的見方は、カントにとって、立腹に種であった。というのは、そこでは、純粋悟性諸概念の必然的な判断特性がゆすぶられているからであり、そしてこの特性のみが、ア・プリオリな認識諸原理とア・ポステリオリな認識諸原理との区別、つまり、肉体と感覚の性状からは引き出しえないわれわれの本質の一部分――それは同時に、理論的自然認識の可能性によって、精神的人格の自律性を基礎づける――の分離を、正当化するからである。この自律性にしたがうと、社会秩序の確保には、一方で外的諸特権が、他方で《成年》に対する人為的抑制が、不必要である。《理性の公的使用》が、人間に妨げなく許されれば許されるほど、それはしゃかいてき必用に、すなわち道徳、法、および精神的進歩に、役立つ。それは、われわれの精神能力そのものの本性に根づいた、したがって規範にかなった、唯一の道であり、社会にふさわしい秩序が、社会に与えられうるところの、唯一の道である。この秩序が、労働諸身分に対する階級区別を内包していることを、カントは、ブルジョワ啓蒙主義の他の哲学者と同様、隠していた。マルクスはカントの哲学を《フランス革命の哲学》と呼んだが、それは、少なくともこの欺瞞のゆえにではない。しかし、《教養諸身分》と《労働諸身分》の区別というのは、経済学がブルジョワ的思考を支配している西欧における、資本と労働という概念とは異なった概念で、経済学的に未発達なドイツにおいて、ブルジョワ社会が姿を先取りする概念であった。」(p75)

 

「カントの認識論の諸前提は、実際に精密諸科学が、生産の場において手労働から全く分離しかつ独立して行われる、精神労働の課題であるかぎり、全く正しい。それについては、すでに先に言及した。頭脳労働と手労働との区別、しかもとりわけ自然科学とテクノロジーへの関連におけるその区別は、ブルジョワ的階級支配にとっては、生産手段の私的所有に似た、不可欠の重要性をもっている。今日の多くの社会主義諸国の発展に、資本主義的所有を廃絶しえても階級対立からまだ免れていない、という真理を読み取ることができる。一方における資本と労働との階級対立と、他方における頭脳労働と手労働との区別とには、深く根づいた関連がある。だがその関連は、純粋に因果的で歴史的な関連である。概念的には、両者は全く一致しえない。すなわち、全体的にであれ個別的にであれ、両者の間には、一方から他方を推論することを許す横の連結が欠けている。だかた、こうしてまた、認識論批判は、経済学批判とは完全な体系的独立のもとに企てられねばならない。」(p76)

 

「認識論は、所与の認識諸概念の真理価値にたずさわっている。カントの理論の観念論、すなわち有名な《コペルニクス的転換》は、純粋悟性概念の《客観的実在性と必然的普遍妥当性》を、《主観内》でのそれらの起源を前提して説明する必要から生長する。社会的存在のもとでのそれらの起源――アドルノの《第二のコペルニクス的転換》――が、これらの概念の真理価値を難なく説明する。これらの概念は、社会的商品諸運動を客観的実在としてもっているのであって、これらの概念は、それらを描写しているのである(その経験的意味でのすべての痕跡を抹消してではあるが)。そしてそれらは、社会的商品連関の全正員に対する同一性によって、必然的な普遍妥当性をもっている。もちろんこれらの概念の適用は、具体的自然の抽象的自然への還元可能性についての、より厳密に言えば、特殊な諸現象の特殊な数学的運動諸仮説への還元可能性についての、実験的確証なしには、科学的妥当性を獲得しない。伝統的認識論ではその概念物神崇拝によってたんなる外見上の解決しか知らない課題を、マルクスの形態把握に基礎づけられた史的唯物論が、実際に解決できるということは、右に述べたことから示されよう。認識問題の取り扱いが、特殊かつ孤立した部門の事柄であることをやめ、唯物論的な歴史理解の関連一般のなかで立てられる。」(p107)

 

「文化というこの上層部総体は、《直接的な支配―隷属関係》としてある、第一次剰余生産物に対する一方的取得に、基礎をおいている。そして、文書や書法、記帳や算術、つまり、切り離された精神労働の象徴諸形態と実践が発明され完成されるのは、この取得の働きや取得遂行の過程においてである。すなわち、切り離された精神労働は、われわれの見解にしたがえば、非労働者による労働生産物取得の手段として、発生する。それは、生産の補助手段として発生するのではない。あるいは、ともかく本源的にはそういうものとして発生しない。それは、引渡しの勘定に、ファラオの神殿当局や役人と義務を負った者との間の交通における信用供与や返還についての記帳に、収奪した生産物の貯蔵や数量計算に、貯蔵品の容積・収入・支出の記載に、そして似かよった諸作業に、役立つのである。」(p150)

 

「十五、頭脳と手の社会的統一と《新しい論理学》

 

 今やここで、この第二の独立変数に関して、われわれは、先に操業上の尺度統一という呼び名を与えたものに内包されている、以前に触れた仮説、つまり、現代テクノロジーが前提としているところの、手による生産活動と純粋な科学的頭脳労働の統一という仮説に、向かおう。われわれは、現代の連続的労働工程における両者の尺度統一が、操業上の形態原理であることを、それゆえ、たとえばたんなる思考の論理法則としてではなく、空間時間的実在として、つまり、現代的あり方での社会的存在の形態原理として、有効なものであるということを、たえず強調してきた。したがって、肉体活動についての時間計測の諸形態と共通項をもたず、かつそこへ概念的に翻訳しえない論理にしたがった理論諸科学を、社会の生産計画にはめこむことは、不可能であろう。逆に、両者、つまり手労働と理論的自然科学に、共通に妥当する論理が存在することが、社会の計画を可能にする条件を形づくる。しかも、カントの表現方法では《先験的》と呼ばれる種類の可能的条件を。この仮定は、われわれの第一篇での結論から予想されるものに、相応している。というのは、思考の根本諸形態は、その都度の支配的な交通様式の社会的―総合的諸機能によって規定されるということが、そこにおいて明らかになったからである。そこでは、この交通様式は、商品交換であった。そして、決定された思考形態は、手労働とは、調停しがたく分離していた。これに対し今やわれわれは、連続的労働工程の潜勢的な社会的―総合的機能に、すなわち、われわれが、この工程における手による諸事象と技術による諸事象との操業上の尺度統一と定義したところの機能にかかわる。その結果われわれは、古典的自然諸科学の論理学と異なった、かつ社会の生産計画を可能ならしめる諸条件を満たすところの、論理学が存在するにちがいないと推論できよう。これがどのような論理学であるかは、わたしの知識を越えているが、少なくともそれについて推量を働かせないというのは、全く不自然であろう。この推論に関して、わたしは、これが誰かを納得させるものであるとは期待していない。ただわたしは、より能力ある人がそれらの根本を究明してくれることを期待して、それらを吟味したい。わたしの推量は、バートランド・ラッセルがアルフレッド・N・ホワイトヘッドと協力して行った、論理学についての基礎的な仕事に、関係している。わたしはここに、バートランド・ラッセルの『西洋哲学史』の最後の数ページに見られる若干の重要な文言のみを引用したい。

《純粋数学ばかりではなく、物理学も論理分析の哲学に材料を提供してきている。その提供が行われたのは、とくに相対性理論と量子力学とを通じてである。/相対性理論において哲学者達にとって重要なことは、空間と時間とが空間―時間によって置き換えられたことである。常識によれば、物理的世界はさまざまな<物>からできていて、それらの物はある時間の間だけ存在しつづけ、また空間の中を運動するものであると考える。哲学と物理学とは、<物>という概念を<物質(マテリエレ・ズプタンツ)>という概念にまで発達させ、<物質>をさまざまな粒子――きわめて小さく、そのおのおのがあらゆる時間を通じて存在しつづける――から成るものと考えたのである。しかしアインシュタインは、粒子を出来事でもって置き換えてしまった。…(略)…すべてこれらのことから、粒子ではなく出来事が、物理学の<素材>でなければならない、という結論が出てくるように思われる。…(略)…しかしながら、量子論にふさわしいような哲学は、まだ十分には発展させられていない。わたしは、量子論が、そのために、伝統的な空間論や時間論からの脱却を、相対性理論の場合よりもなお徹底的に要求するだろうと考えている》。

 しかし、今、ラッセルとホワイトヘッドの新しい論理学が、将来の社会生産様式の論理学として確証されようがされまいが、次のことは明らかである。すなわち、たとえ、人間的生産機能と技術的生産機能との操業上の尺度統一の論理学が、どのようなものになろうと、自然諸科学は、その論理学に包摂されねばならないし、そのような包摂をそれ自身の方で論理的に許さねばならなず、そのことによって、社会の総生産計画を意図する第二の独立変数がとらえられうる、ということである。この要請の充足によって、現代の自然科学とテクノロジーの本質が、今日の状態に比し、変更されるだろうことは、明らかである。今日の状態とは、テクノクラシーとテクノクラシー的思考様式の状態である。テクノクラシー的思考様式は、われわれの拡大された賞品分析によって、すなわち、自然科学的思考形態の社会的―総合的起源の立証によって、土台からくつがえされる。諸物の真実の歴史的連関は、今日の自然諸科学そのものについて、それらが、それら自身の論理を通して、社会過程へ洞察をもってかかわりえねばならないことを示している。資本主義に特有な、それゆえ今日もまだ存続している、自然科学と経済学の乖離は、全人類を《無限の分裂》に駆りたてるか、歴史的解消にいたらねばならないか、どちらかであるとマルクーゼが考える時、そのことは全く正しい。この解消のなかに、一般に自然諸科学が、自己の自由を阻害することなしに、自ら生産過程の一部になり、こうして生産や直接的生産者に対するそれの関係が、終局的には今日の関係に比べて全面的に転換される、ということが包含されよう。」(p231~234)

2025年12月27日土曜日

『決定版 第二の性 Ⅱ 体験』シモーヌ・ド・ボーヴォワール著(新潮社)引用メモ

 


高群逸枝や森崎和江を読んでいると、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』を読んでおかなくてはならなくなる。私はおそらくそのタイトルは知っているけれど読んではいないだろうので、翻訳決定版というのを読んでみた。

びっくりしながら読んだ。第Ⅰ部の「事実と神話」はともかく、第Ⅱ部「体験」では、いわば女性がおちいる心理的表象を、網羅的に記述しているのだ。妻のいく子もこれか、と思わせられる記述もあり、男の私が勝手に推察しているよりも、正確であるに違いない。たとえ日本と西洋的な文化での差異があったとしても、高群の「一体化」を願望する恋愛観なども、その発生過程を参照しうる。森崎の『第三の性』は、ボーヴォワールのこの『第二の性』への批判的継承であろう(ボーヴォワールの仕事のなかでは、更年期後の性が「第三の性」であると俗称されているという説明もあるが)。

しかしボーヴォワールは、方法的に、「生物学と心理学の中間」としての「精神分析」範疇に限定して女性「体験」を分析している。まだかけだしのラカンへの参照もあるらしいが、要は彼女は、女とは最初のトランスジェンダーなのだという、ラカンを過激に読んだジジェクの考察を先取りしているのだ。男は単一だが、「一つの事実を女の子が受け入れるのに多様なやり方をとりうる」のだと。

 しかし、高群も森崎も、精神分析範疇を超えていった。しかしそのまえに、人(女性)の心のあり様をおさえておく必要がある。以下は、そのためのメモ、引用銘記である。

 

=====     =====

「しかし、いままで見てきたように、実際は、解剖学的宿命が女の子のとる態度を定めているのではない。女の子と男の子を区別する相違は、一つの事実を女の子が受け入れるのに多様なやり方をとりうるという点である。ペニスは確かに特権であるが、子どもがその排泄機能に関心を失い、社会生活に適応するようになると、その価値は自然に下がる。もし八歳から九歳を過ぎても、彼らの目にペニスが特権を保ち続けるとしたら、それはペニスが社会的に価値を認められた男らしさの象徴となったからである。実際、ここでは教育と周囲の人々の影響は計り知れないほど大きい。子どもたちはみな、離乳による分離を気を引いたり媚びることで補おうとする。男の子はこの段階を乗り越えるよう義務づけられる。彼はそのナルシシズムを自分のペニスに集中させることで、ナルシシズムから解放される。一方、女の子の方はすべての子どもに共通する、自分を客体化する傾向のなかに留めおかれる。人形はこの傾向を助長するが、決定的な役割を果たすわけではない。男の子もまた熊のぬいぐるみや道化人形を可愛がり、そこに自分を投影することもある。ペニス、人形などのそれぞれの要因が重要性をもつのは、子どもたちの生活が全体としてどのような形態をとっているかによるのだ。」(p24)

 

「多くの場合、彼女が実際に近づくのは社会的または知的威信はあるが、その肉体は性的なうずきをかきたてないような男である。少し変わり者の老教授などだ。このような年齢の男たちは思春期の娘が閉じ込められている世界の外で注目を集めているので、彼女は秘かに彼らのようになりたいと思い、神に身を捧げるつもりで彼らに献身できる。このような献身には屈辱的なところがまったくなく、肉欲において彼らを欲しているのではないから、気がねなくできる。小説じみた恋をする女は、意中の人が風采の上がらない、醜い、少々滑稽な男でもえてして受け入れる。より安心できるからだ。彼女は自分と彼を隔てる障害を嘆くふりをする。だが本当は、彼に現実的な関係を求めるのは不可能であるので、だからこそ彼を選んだのである。このようにすれば、恋愛を抽象的で純粋に主観的にできるし、それが彼女の純潔を脅かすこともない。胸は高鳴り、彼女は不在の苦しみ、そばにいる苦痛、悔しさ、希望、恨み、熱狂を味わう。だが、現実には何もなかった。彼女自身は何もしなかった。選ばれる偶像は遠くにいればいるほど輝くというのは面白い事実である。毎日会っているピアノの教授が変わり者で醜いというのは好都合だ。だが、手の届かない世界で生きている外国人を好きになるならば、ハンサムで男らしい方がよい。重要なのは、どちらの場合にも性的問題は起こらないということである。このような頭のなかでの恋愛は、<他者>が現実には存在せずに、性愛が本人の内在においてのみ現れるようなナルシシスト的な態度を持続させ、堅固にする。思春期の娘はそこに具体的な経験をうまく避けられる口実を見出すから、しばしば並外れて強烈な想像上の生活を繰り広げるのである。」(p108)

 

「受け身の役割には多少とも正確に適応するにしても、女は能動的な個人としてはいつも満たされない。女が男をうらやむのは彼の所有する器官のためでなく、彼の獲物のためである。男がやさしく、愛情のある、柔らかな感覚的世界、女性的な世界で生きているのに、女は困難で厳しい男性的な世界で生きるというのは、奇妙な逆説である。女の手は柔らかな肉体、溶けそうな果肉、若者、女、花々、毛皮、子どもを抱きしめたい欲望をもちつづけている。自分自身の一部を自分の意のままにできるし、男にゆだねる宝とおなじ宝を自分ももちたいと思う。多くの女に多少とも潜在的にではあるが同性愛の傾向があるのは、これで説明がつく。複雑な原因が合わさって、この傾向がとくに強く現れる女もいる。女たちがみな、社会が唯一公認する昔ながらの解決策をそのまま受け入れて、自分の性の問題を解決しているわけではない。批難される道を選んだ女たちのことも、私たちは考察しなければならない。」(p177)

 

「同性愛は女にとって、彼女の総体的条件、とくに官能性にかかわる状況によって課される問題を解決するための数ある手段の一つなのである。あらゆる人間の行為と同じような同性愛も、それが欺瞞、怠惰、非本来性のなかで生きられるか、それとも、明晰さ、寛容さ、自由のなかで生きられるかに応じて、悶着、不均衡、挫折、嘘をともなうことにもなり、また逆に、豊かな経験の源泉ともなるのだ。」(p203)

 

「自然は倫理的な選択を命じることはけっしてできないだろう。倫理的な選択は世界への参加(アンガージュマン)を前提としている。子どもを産むこと、それは参加を選ぶことである。産んだあと母親がそこから逃げるとすれば、彼女は一人の人間的実存、一つの自由に対して過ちを犯しているのだ。しかし、誰も彼女にそれを強要はできない。親子の関係は夫婦の関係と同じように、自分から望むものでなければならない。そして、子どもは女にとって特権的な自己実現だというのも正しくはない。ひとは、女について、あの女は「子どもがいないから」男に媚びる、浮気だ、同性愛者だ、野心家だと、とかく言いがちである。女が追及している性生活、目的、価値は子どもの代用品というわけだ。実際には、こうした言い方にはもともとのあいまいさがある。なぜなら、女が子どもを欲しいと思うのは愛情の対象がないから、やることがないから、同性愛の傾向を満足させられないからと言うこともまたできるからである。似非(えせ)・自然主義の下に隠されているのは社会的・人為的なモラルである。子どもは女の最高の目的であるというのは、まさに宣伝用スローガンの価値をもつ確信なのだ。」(p364

 

「男たちは自分たちの世界であるこの世界でお互いに出会う。ところが、女たちは自分たちに固有の領域を定め、推し量り、検討しなければならない。女がとくに伝えあうのは美容のアドヴァイスや料理や編み物のやり方であり、女たちはお互いに意見を求めるのである。彼女たちのおしゃべり好きやみせびらかし好きをとおして、時には本当の苦悩がやっとわかったように感じる。女は男の規範が自分たちのものではないことを知っているし、男の規範が公然と弾劾している中絶や姦通、過失、裏切り、嘘に女が追いやられるのは男の規範のせいなのだから、女がそれを守ることなど男でさえ期待していないのを女は知っている。だから女は、女たちに協力を求めて、一種の「仲間の規範」、女に固有の道徳の掟を定めるのである。女たちが女友だちの行動をあれこれと論評したり、批判したりするのは単に悪意だからではない。女は、それらを判断し、自分自身で行動するために、男よりずっと多くの道徳規範を考え出す必要があるのだ。」(p388

 

「男たちは自分の人生のある時期には情熱的な恋人であったかもしれない。しかし、「恋にすべてを捧げる男」と言える男など一人もいない。最も激しく熱中する場合にも、彼らは自分を完全に捨て去りはしない。愛人の足元にひれ伏したとしても、彼らのつねに変わらぬ望みは、彼女を所有し、独り占めすることである。人生のさなかに彼らは絶対的主体にとどまる。恋人は他の諸価値のなかの一つの価値にすぎない。男は女が自分の存在に同化してほしいと思う。女のなかに自分の存在が完全に飲み込まれるのは望まないのだ。反対に、女にとって、愛は主人のために全面的に自己放棄することである。」(p512

 

「とはいえ、遠くからの恋は幻想にすぎず、現実の経験ではない。恋への欲望が実際に情熱的な恋になるのは、それが肉体的に確認されたときである。逆に、恋が肉体的抱擁から生まれる場合もある。性的に支配された女が、初めはどうとも思わなかった男を賞賛するようになるのだ。しかし、女が知り合った男たちの誰一人として神に変えられない場合もしばしばある。恋は一般的に主張されているほどには女の人生に場所を占めない。夫、子ども、家庭、楽しみ、社交界の生活、虚栄、性生活、職業の方がずっと重要である。女たちのほとんどすべてはかつて「大恋愛」を夢見た。が、彼女たちが経験したのはその代用品である。彼女たちはそれに近づいただけなのだ。偽り、不完全、惨め、災い、中途半端といったかたちで、それは女たちを見舞った。けれども、それに自分の存在を本当に捧げた女はごくわずかだった。」(p514

 

「すでに見たように、性行為は女に完全な自己疎外を要求する。女は受け身のせつなさのなかに沈んでいる。目を閉じ、匿名になって、自分を消し去った女は波にもち上げられ、嵐のなかを転がされ、夜の闇、肉欲の、子宮の、墓場の闇に埋められたように感じる。自分を無にした女は<全体>と一体となり、自我は消える。だが、男が女から身を離すと、女は大地に、ベッドの上に、光のなかに投げ出されている自分を見出す。女は名前を、顔を取り戻す。女は敗北者、獲物、モノだ。愛が女に必用となるのはこのときである。離乳後の子どもが両親の安心しなさいという眼差しを探し求めると同じように、自分をうっとり見つめる恋人の眼差しをとおして、女にとって自分の肉体がつらい思いで離れた<全体>にふたたび戻ったと感じることが必要なのだ。女が完全に満足するのは稀である。女は快楽の鎮静を知ったとしても、肉欲の魅力から完全には解放されない。官能のうずきは感覚のなかに残っている。女に快感を惜しみなく与えて、男は女を自分につなぎとめ、自由にさせない。しかしながら、男は女にはもはや欲望を感じない。女がこの一時的無関心を許せるのは、男が彼女に絶対的で永遠の感情を捧げたときである。そうなると、瞬間の内在は乗り越えられる。灼熱の思い出はもう後悔ではなく宝物となる。快感は消えるが、それは希望と約束となる。快楽は正当化されたのだ。女は自分の性欲を超越したのだから、それを誇りをもって受け入れられる。官能のうずき、快楽、欲望は一つの状態ではなく、贈物だ。自分の肉体はもうモノではない。それは一つの賛歌、一つの炎である。そうなって、女は性愛の魔術に情熱的に自分を委ねることができる。夜は昼に変わる。恋する女は目を開け、彼女を愛してくれ、彼女を称える眼差しをした男をじっと見つめることができる。彼によって、無は存在の横溢となり、存在は価値に変貌する。彼女は暗闇の海にもう沈んではいない。翼に乗って大空へと舞い上がり、高められる。自己放棄は聖なる恍惚となる。愛する男を受け入れるとき、女は聖母マリアが精霊によって、信者が聖体パンによってそうなるように、それを宿し、訪れを受けるのである。」(p520)

 

「さて、恋する女は単に自我に自分を疎外するナルシストではない。彼女はまた自分自身の限界を超え、無限の実在に到達する一人の他者を介して、自分も無限になりたいという激しい欲望を抱く。彼女はまず自分を救うために恋に身を委ねる。しかし、偶像崇拝的愛の矛盾は、自己を救うために、ついには自己の完全否認にいたることである。彼女の感情は神秘的な次元を見せる。彼女は神に対してもはや自分を賛美するように、自分を認めるように求めない。神のうちに自分を合体したい、神の腕のなかでわれを忘れたいと願う。「私はできることなら恋の聖女でありたかった」(と、ダグー夫人は書いている)。高揚と熱狂的禁欲の瞬間には殉教者をうらやみました」。これらの言葉に表われているのは、最愛の人と自分を隔てる境界をなくし、自分自身を完全に解体してしまいたいという欲望である。それはマゾヒズムではなく、忘我的結合への夢である。」(p521

 

「女が与えるもの、それを男は受け取る気はまったくないからである。男は自分が要求する無条件の献身も、自分の虚栄心を満足させる偶像崇拝的愛も必要としない。男は、逆にそれらの行為に含まれる要求に応じないという条件でのみそれらを受け入れるのである。男は与えるように女を説教する。そして、女が与えるものは男をうんざりさせる。女は自分の贈物が無用であるのに非常に困惑し、自分の存在がむだであるのにすっかり途方に暮れる。弱さのうちにではなく強さのうちに、自分から逃げるためではなく自分を見出すために、自分を放棄するためでなく自分を確立するために、女が恋愛することができるようになったとき、そのときは、恋愛は男にとっても女にとっても生命の源泉となり、死にいたるような危険ではなくなるだろう。さしあたっては、恋愛は、最も悲壮なかたちで示される、女の世界に閉じ込められた女、自立できない、手足を奪われた女に重くのしかかる矛盾の縮図である。恋愛の数知れない殉教者たちは、女たちに不毛の地獄を最後の救いとして指し示す運命の不公平に抗して、証言したのである。(p544

 

「女が男と女を隔てていた距離の大部分を乗り越えたのは労働によってである。労働だけが実質的自由を女に保証してくれる。寄生的な生き方をやめたときから、依存することで成り立っていたシステムは崩れ、女と世界のあいだに男の仲介はもはや必要ではなくなる。従属者としての女につきまとう不運は、何もしないでいることしか許されないことだ。そうなると、女はナルシシズムや恋愛や宗教をとおして実現不可能な存在の追及にしがみつく。一方、生産的で活動的な女は超越を獲得する。彼女たちは自らの投企(プロジェ)を通じて自分を主体として確立する。自分の追及する目的に対して、また、自分が手にする金銭と権利に対して責任を感じる。多くの女たちはこの利点を自覚している。最もつましい仕事についている女でさえそうだ。私は日雇いの女がホテルのホールのタイル磨きをしながらこう言ってるのを聞いた。「私はなにひとつ人にせがんだりしたことはないよ。これまでたった一人でやってきたのさ」。彼女は自活しているという点ではロックフェラー〔アメリカの富豪〕と同じくらい誇りをもっているのだ。」(p561

 

「快楽を期待して、その場かぎりの情事しか考えていないと女が言うとき、女が本当に嘘偽りない気持ちで言っていることはめったにない。というのは、快楽は女を解放するどころか、彼女を縛りつけるものだからだ。別離は、いわゆる円満な別離であっても、女を傷つける。女が昔の恋人について友情をこめて話すのを聞くのは、男が愛人たちの話をするのを聞くよりはるかに稀なことなのだ。/女のエロチシズムの性質と自由な性生活を送るむずかしさが女を一夫一婦制へと向かわせる。しかし、愛人関係や結婚と職業の道とを両立させるのは、女にとっては男よりもはるかに困難である。」(p577

 

「芸術、文学、哲学は、人間の自由、創造者の自由の上に新しく世界を構築しようとする試みである。こうした意欲を育てるためには、まず、自分を明確に一つの自由として定めなくてはならない。教育や習慣が女に押しつける制約が、世界に働きかける女の手がかりを制限している。この世界のなかで地位を占めるための闘いがあまりに厳しいとしても、そこから自分を引き離すことは問題になりえない。したがって、この世界をふたたび捉え直したいと思うなら、まず、絶対的な孤独のなかでそこから浮かび上がらなければならない。女にまず最初に欠けているのは、苦悩や自尊心のなかにあって、見捨てられ独りになった孤独と超越の修練を積むことである。」(p597

 

「問題は、ある本源的な呪いによって男女は決裂するように運命づけられているのか、それともこの対立は人類の歴史における一つの過渡期を示すものでしかないのかを知ることである。/すでに見たように、これまで言い伝えられてきたこととは違って、どんな生理的運命も、<雄>と<雌>をそれだけで永遠の敵対関係にあるように定めてはいない。あの有名なカマキリの雌も、他に食べ物がないときにだけ、ただひたすら種を守ろうとして、雄を食べるのだ。下等動物から高等動物にいたるまで動物の個はすべてこの種というものに従属している。ところが、人類は種とは別のものである。それは歴史的生成である。人類は自然の事実性をどう引き受けるかで決まっていくのだ。実際、どんなに悪意があっても、人間の雄と雌のあいだに、文字通り生理的なレベルで対立関係があることを示すのは不可能である。それなら男女の敵対関係を生物学と心理学の中間ぐらいの領域においてみたらどうか。つまり精神分析という領域である。」(p603

 

「今日では闘いは別のかたちを取り始めている。女は、もう男を監獄に閉じ込めようとはしないで、自分自身がそこから脱け出そうとしている。男を内在性の領域に引きずり込むのではなく、自分が超越性の光のなかへ浮かび上がろうとしている。こうなると今度は男たちが新しい軋轢を生み出すような態度をとる。男は、いやいやながら女に「暇を出す」。男は、至高の主体、絶対的優越者、本質的な存在のままでいることが気に入っている。自分の伴侶である女を具体的に対等と見なすことはしない。女は男のこうした不信行為に対して攻撃的な態度で応えようとする。こうなると戦争はそれぞれが自分の勢力範囲に閉じこもった個々人のあいだで起こることではなくなってくる。自分たちの権利を要求する一つのカーストが猛攻撃をしかけ、特権をもつもう一つのカーストによって妨害されるということになる。闘っているのは、二つの超越である。それぞれの自由が、互いに相手を認めるのではなく、相手を支配しようとするのだ。」(p605

 

「男女がお互いに同類だと認め合おうとしないなら、つまり、女らしさをそのまま永続させてしまうなら、こうした闘争はいつまでも終わらないだろう。女らしさを維持するのに熱心なのは、男と女のどちらなのだろうか。…(略)…しかし、対立する両者が純粋な自由のなかで向かい合うなら、和解は楽にできるはずである。それにこの闘争は誰の得にもならない。といっても、この問題全体にわたる複雑さは、それぞれの陣営が敵の共謀者でもあることからきている。女は責任放棄の夢を見続け、男は自己疎外の夢を見続ける。非本来的な生き方では何も得られはしない。それぞれが、安易さの誘惑に負けてみずから招いた不幸を相手のせいにする。男も女も、相手の嫌なところを見ているものは、実は他ならない自分自身の自己欺瞞や臆病さによる明白な失敗なのだ。/歴史の起源になぜ男たちが女たちを従属させたかについてはすでに見た。女であることの価値低下は人類の変遷の必要な段階だったのである。しかし、人類の変遷は男女の協力を生み出すこともできたはずだ。」(p607

 

「ふつう男は社会の正員だから、彼にとって時間は金、名声、快楽になる積極的な富なのである。これに対し、ひまで退屈している女にとって時間はどうにかしてつぶさないといけない重荷である。うまく時間をつぶせれば、彼女は得をしたことになる。男の存在は、だから、まったくの純益なのだ。たいていの場合、女との関係で男が何よりも関心をもつのは、そこから引き出す性的な利益である。つきつめれば、彼は愛の行為をするのに必要な時間だけ女と過ごせればいいと思っている。それに対し――例外を除いて――女は、何をしていいかわからない、あり余る時間を「流して」しまいたいと思っている。そこで――カブを「買う」のでなければ、ジャガイモは売らないという八百屋と同じで――、女は男がおしゃべりと外出の時間というおまけを「つけて」くれないと、体を任せたりはしない。男にとって引き当てる商品全体の値段がそれほど高くなければ、釣り合いは、当然、彼の欲望の強さと彼が犠牲にする活動が彼にどれほどの重要性をもって映るかにかかっているということだ。しかし、もし女があまりに多くの時間を要求する――提供する――なら、彼女は、氾濫した川のように、迷惑そのものになってしまう。男は、こうなれば、もちすぎるより、何も持たない方を選ぶだろう。」(p611)