2009年12月18日金曜日

ハコからヒトへ、その正当性と危険性

「要するに、死ぬとはいうことは、有機体が複雑になったがゆえに生じた不完全さの結果であるというわけである。生物の中で最高の複雑さを身に付け、最も自然の摂理とかけ離れてしまった人間は、生死を超える完全な統合を、如来の力に頼るしかないのかもしれない。如来とは、真如から来たものという梵語で、真如とは、万物一切の本質で、不変の真理のことである。如来の力に頼るしかないということは、法然や親鸞に言わせれば、南無不可思議光と頼み参らすしかないということになってしまう。しかし、現代人に宗教を説き、信を求める時、この不可思議光が万物一切の本質であり、宇宙の真理であることを、どのように納得させ得るかが、問題なのである。」(青木新門著『納棺夫日記』文春文庫)

「ハコからヒトへ」をモットーのひとつに、民主党の行政刷新会議なるものが公開実演された。鳩山総理が、この国家官僚の公開さらし首のような、あくまで日本的な優しい革命的な事態を、どう受理していくかはわからないが、土建業にいることになるのかもしれない私としては、たとえ会議を運営した議員らの個別判断に、事後的には間違いが散見されることがわかってきたとしても、その熱意と趣旨には共感しうる。このモットーを正確に言い直すなら、ハコを作ってきたヒトから一生懸命なる社会的弱者に税金を使う、ということになろう。いわば、ヤクザもん的な連中よりは本当になぐられて立ち直れない被害者に、ともいえよう。ここには、偏見があると同時に真実がある、というよりむしろ、その偏見の中に真実があるのではないか、と私はおもう。自分でも、仕事は仲良く楽しくなどとほざいて苦労して覚えようともせず口先だけは達者な職人まがいのチンピラ作業員には、民主党路線を説きたくなる。ヒトや世の中を甘く見るなよ、おまえが先輩に楯突き口先でどうごまかそうと、客や第三者がカーテン越しにちゃんと見ている、「あんな人に庭の手入れをやって欲しくなかった。みんなあなたにしてもらいたかった」、「あれもこれもやっているあなたに言うのはなんだけど、あんな人に税金つぎ込んで公共事業やるよりも、五体不満足でも一生懸命生きようとしている障害者の福祉にお金を使うべきじゃないですか?」……馬鹿にそんな事実発言を突きつけて説法しても酒のつまみとして未消化排泄されるだけである。ほんとに仕事中、なんかいウンチをしにいけばいいのだ? しかしこうしたぐうたら作業員、体を使うことを嫌う現場の浮浪者のような者への説教の内には、暗黙的に、資本主義社会での生存競争が前提とされてくる。もしその浮浪者の抱く夢、仕事は業者の垣根を越えて仲良く楽しくと、物事に真剣ではなくテキトーな取り組みですませるというユートピアが前提であるのなら、彼のような者こそ人間的、他人おもいな心優しき人、という話になるだろう(――むろん、ここでは、競争社会などとは関係なく、真面目に取り組んでくれる人のほうこそを世間は評価(選択)する傾向がある、というような人間的事態は省く。また、そうした怠業者こそ、金と権力に巻かれやすい、という言行不一致な一般的な事態も省く)。そして実際、この怠け者の浮浪者には、その個人の人格を超えて、どうも国家(権力)以前的な非資本(金)主義社会的な遺伝子が家系されてきているのかもしれないのである。私がそう想像したくなるのは、彼のあまりな「言行不一致」、身体と頭の酩酊的な分裂、乖離、癒着…は、不可思議だからなのである。文字通り現社会のイデオロギーを、長いものに巻かれろ式に脳髄が従おうとしていても、体は言うことをきかずに未熟な不器用さにあがき、その頭と身体の分裂の苦痛は自棄酒をあおらせ、文字通りな酔っ払いの千鳥足となり、かと思うと次ぎには気持ちよく饒舌となった口先だけはその不恰好さを自身で裏切っているイデオロギーで自己正当化するに達者で、つまりは、言行不一致な乖離はユーフォリックな癒着に帰結する。この苦痛を快楽に変換してしまうマゾヒスティックな魔術は、目に見えているものだけではわからない、その一世代個人を超えた昔の残響や深層なりで補って理解したくなるのである。それがいつまでも未熟な足取りなのは、昔の伝統に足を絡め取られているからなのではないか、と。ではどれほどの昔なのか?

いまの私はそれを、縄文時代、と答えたくなるのだ。いわば、国家権力が統一された弥生時代以前の、氏族社会の精神構造。その時系列が家という空間において残影されているのではないか、と。それが東国からあがった武士の精神や、トムクルーズが『ラストサムライ』でアメリカインディアンと照応させた、武士の最後としての薩摩藩士の意気に連綿としてゆく。いまはそれが、土建業のチンピラ作業員に家系されている、と。(――ちなみに、私の念頭にある私の後輩は、白川郷のさらに裏にある、古民家部落としての観光地にもなっている地域が両親の実家だ。東京に出てきた父親は染物職人、母親は行商をやっていて若くして亡くなっている。)そしてこの世界では、いまだに親分―子分の関係が葛藤され、若者への酒や女を通じた通過儀礼が強請され、性と暴力の放埓があり、むしろその仲間内の現実が、現今世代の空虚さへの不適応(不器用)を惹起させているのだ。いや日本のあちこちの地域で、中上建次の故郷新宮の「火祭り」のような、形式的な残存だけでは危険すぎてありえない、男の活力と連係が実質継承されていなくては担ぎあげられない祭り(御輿)が、神が生きている。

<もう少し厳密にいうならば、縄文人はおたまじゃくしを信仰の対象にしているのではない。おたまじゃくしのお腹には「月の子」が入っている。月の子こそ人間のいのち・魂なのであり、おたまじゃくしは月から月の子をこの世に運ぶために使わされたいわば「使者」。縄文人の信仰の対象は月なのである。…(略)…月が人間にも蝦蟇にも等しくいのち・魂をもたらし、生と死を司る地母神として考えられていることがわかる。…>(宮坂静生著『季語の誕生』岩波新書)

教養のない彼らが歌うのは月並みな歌謡曲かもしれない。が、教養としての季語に空疎化されない生き生きした生と死の世界になお隣接している。ならば、民主党の路線がつぶそうとし、救おうとしているのはどんな世界ということになるのだろうか? 空虚を読めない野暮な土建業のチンピラ作業員と、空虚を読めてしまう粋な製造業中心の真面目派遣労働者(コンベアー流れ作業は真面目でないと勤まらない)。お金ではなく、生き生きとしたものこそ回復しなければ人は生きていけないということが空虚(バブル)の最中にわかってきたことなのに、果たして民主党が救おうとしている後者から、何かが生まれてくるのだろうか?

<このことは、今日ではもはや経験は存在しないということを意味しているわけではない。しかし、それらの経験は、いまでは人間の外で遂行されている。しかも、奇妙なことに、人間はそれらの経験を安堵の念とともに眺めようとしているのだ。博物館や観光名所への訪問が、この観点からは、とりわけ示唆的である。この地上における最も偉大な驚異(たとえば、アルハンブラ宮殿にある「獅子の中庭」)を眼前にして、今日、人類の圧倒的多数はそれを〔じかに自分の目で〕経験することを拒絶している。〔自分の目で経験するのではなくて〕写真機がそれを経験してくれることのほうを好むのである。いうまでもなく、ここでは、この現実を嘆こうというのではない。ただ、心にとめておこうというにすぎない。なぜなら、おそらく、この外見のかぎりでは狂気じみてみえる拒絶の根底には、知恵のちいさな種が隠されているのではないかとかんがえられるからである。そして、その知恵の種のうちに、わたしたちは未来の経験のいまはまだ冬眠中の芽が胚胎しているのを占うことができるのである。>(『幼児期と歴史』ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳 岩波書店)

ユダヤ人のアウシュヴィッツでの経験を突き詰めていくことになるアガンベンは上の初期論文で、ナチスの追っ手に逃げ切れぬと自殺したベンヤミンの「来るべき哲学」の遺産を受け継ぐとして、いわば「空虚(非経験)」さを選択している今日的な人たちの知恵のほうにこそ、「未来」が胚胎しているのだと言う。言うならば、派遣社員(フリーター)に軍配をあげている。しかしそれは、弱者救済的な民主党的な路線というよりは、その方針に覗える偏見、チンピラに対する偏見を抉り出すことにおいてである。――<それゆえ、幼児も、生者の世界と死者の世界、通時態と共時態とが不連続であることの触知しうる証拠として、あらゆる瞬間に反対物に転化しうる不安定な指示記号として、中和されなければならない脅威であると同時に、一方の領域から他方の領域へと、両者のあいだの指示記号的差異を廃止することなく移行していくのを可能にしてくれる方便でもあるわけである。そして、亡霊の機能に幼児の機能が対応しているように、葬送儀礼には通過儀礼が対応しているのであって、通過儀礼もこれらの不安定な指示記号を安定した指示記号に変形するためにこそ執り行われるのである。>(前掲書)……アガンベンがこうして記号論的に構造化してみせたのは、チンピラ世界に覗える普遍(不変)的な有り様である。「空気(虚)=時代」を読めてしまった派遣社員に失われたのは、この不変なのだから、修復へとめざされるべきなのは、土建世界の風紀になるのである。しかしそれが普遍的な真実だとしても、もはやそんなものを経験(信仰)する気にならない、俺はいやだと逃げる新人類の知恵にこそ未来があり……これは、言葉遊びな、単なる堂々巡りな論理にすぎないのだろうか?

私は、そうではないのだと思う。信仰しえるような、新しき「葬送儀礼」や「通過儀礼」が世界システムとして実現されうる、その下地となってしまうような世界的な悲惨をわれわれ人類は経験する段階にはいってしまった、アウシュヴィッツの、広島や長崎の原爆の……むろん、沖縄での戦争体験もそのひとつだ。われわれはもう、そんな歴史(儀礼=反復)を経験したくない。ゆえに、私は、民主党の意図に即してかはわからないが、普天間基地移設問題の延期や、在日外国人とされるものへの参政権の付与政策を、支持する。宜野湾市の市長らが明白にしているように、アメリカ合衆国はすでに海兵隊のグアムへの移転計画を実施しているのに、もらえる金はもらっとくためにと騒ぎをおこし、みえみえの嘘をついている(http://www.city.ginowan.okinawa.jp/index.html)。こんな他人を馬鹿(差別)にした話はない。しかし、そうしたアメリカへの追随に利得がある勢力からのやらせなのか、それに呼応しているかのように、右翼まがいの団体が在日の朝鮮人学校を急襲している(http://corea-k.net/date/000.wmv)。このビデオをみてみると、彼らが自分の未熟練な不器用さを、自身では適応できないその社会通念の言葉で自己正当化し、ユーフォリックな癒着に陥っているようにみえる。それは幼児じみているが、人間のよちよち歩きとは似て非なるものの、チンピラ作業員の酔っ払いの千鳥足と同類である(実際映像には、ヘルメットを被った作業員らしきものが出てくる)。

小沢一郎氏は、地方からの陳情を受けて、国民の要望だとして、ガソリン等の暫定税率の維持を要請したようだ。「ハコ(コンクリート)からヒトへ」に逆行すること事態に、その反動の正当性と危険性もが胚胎されてくるのである。

2009年11月13日金曜日

金魚すくいと義

「副島 私は生活レベルで国民が生き残ることが何よりも大事だと思っています。アメリカ発の金融恐慌の下でも私たちは何としても生き延びなければならない。
佐藤 私もそこがいちばん大事で、国家に依存しないで生きる思想を国民それぞれが抱くことが必要だと思います。序章で副島さんがアメリカのリバータリアンについて述べた、「自分の生活は銃を持って自分で担保する」という話のように、われわれ日本人は銃を持たない形でそれをやっていく。極力、政府に依存しないという姿勢が大事ではないかと思います。だから、仲間を大切にする、仲間の中での掟を大切にするという方向を考えたほうがよく、あまり政治に期待しても意味がないと思います。」(『暴走する国家恐慌化する世界』副島隆彦×佐藤優著 日本文芸社)


祭りのときの金魚すくいで、息子の一希がとってくる金魚を、ようやくのこと、2週間以上生き延びさせることができるようになった。知り合いからもらったメダカをふくめ、五六回はすぐに死なせてしまった。そのたびに、死因をめぐって女房と言い合った。「この安物のブクブクが不良品なんじゃないのかな? ほんとに実験してから売ってるのか?」「そうじゃないわよ、水をかえるのがいけないのよ!」「金魚が弱ってきたからかえたんだろ、おまえがそんなこといってるからおそすぎなんだよ」「ちゃんとカルビ抜きいれてないんじゃないの? すぐにいれかえちゃだめなのよ!」「むしろカルビ抜きの液自体が不良品なんじゃないのか?」……で、いい加減女房のいうことをきくのはやめて、ブクブクの電源を外し、水草を新しくし、カルビ抜きもいれないで、バケツにいれた水道水を何日か置いておいたものを、2週間を越さないのをめどに、半分ずつ入れ替えていくことにした。そして、もう、二ヶ月近く、生きている。俺の観察したとおりだ、と思うと同時に、十月にはいって寒くなってきたので、金魚の活動が休眠期に近づいたせいもあるな、とおもう。その間、子供は興味がよそにうつっている。親のほうが、忘れていた、というか、思い出せない生き物への感動を、もう一度この歳になってとりかえそうとしている。生物だけではない、子供が適当に植木鉢に埋めた、ビワやイチョウなどの木の実が芽をだした植物にせっせと水をやってよくめでているのはこちらのほうだ。子供がいなかったら、この生き生きとした感覚がなんだったのか、私は思い出そうと努めることもなかったろう。

<司馬遷(紀元前一世紀ごろの人)の『史記』の中に「刺客列伝(しかくれつでん)」の巻がある。あの思想です。刺客になってよその国の王様の命を狙う、歴史上の男たちのことを書いている。ここに現れるのは、自分はつまらない人間だけれども、このつまらない人間である自分を、きちんとした立派な人物として扱ってくれたあなた様に、自分は、死ぬほどの恩義がある、と考えた人々だ。だから、自分は、あなたからの恩義に報いるために、たとえ、自分はどんな酷い殺され方をしてもかまわないから、隣の国の総理大臣や王様を殺しに行きます。これが、「義」なんです。今でいえば、暴力団員が、親分のために人殺しにいく思想ですね。このことを中国人は、今でもわかっています。…(略)…このことを日本人のほうが分かっていない。日本人の方が「義の思想」をわからなくなってしまっている。沖縄とか、東北の田舎に行けば、まだ、義の思想が、生き残っているかもしれない。義の思想というのは、それは、「恩義に報いる」という思想です。

 実は、私たち日本人の魂の土台のところに、義の思想ははっきりと残っています。…(略)…だから、私たち日本人は、「済みません、済みません」と使っている。朝から晩まで、すみません、すみません、申し訳ありません、の国民だ。何が、「済まない」のかといえば、それは、やはり、あなた様(眼の前の相手)から受けた恩義にたいして、十分お返しすることが、自分には出来ない、だから、済みません、であり、申し訳ありません、なのだ。ここまで来ると、日本人も、実は、中国人と共通の土台に立って「義の思想」を理解できて、かつ、それは、私たちの体の中を太く貫いている中心の思考、行動の原理である。これで、なんとか、私は、義の思想が分かった。…(略)…

なぜ日本人に義の思想が、消えてなくなったかというと、戦後に占領軍としてやってきたアメリカ軍(進駐軍)が、日本人のこの精神を、徹底的に嫌って、撲滅せよ、と判断したからです。戦争中の、神風(カミカゼ)特攻隊のように、死ぬ覚悟で向かってこられたら…(略)…それで、義の思想が、日本から消えてしまった。私は、その復活を志(こころざ)している、奇矯(ききょう)な人間です。日本一の知識人だと自分で思っています。>(副島隆彦の学問道場「1076」 「三国志の「義(ぎ)」の思想 から考える 日本人の思想」という私へのインタヴュー記事

リーマンショックを当てた人として、佐藤優氏につづくようにジャーナリズム界の表に現れてきた、と門外漢には覗える、副島隆彦氏が上のように発言していたのを知ることは以外な気がした。より普遍(外=世界)的な趨勢に積極的に臨んでいく姿勢が、保守右翼的な立場を表明する佐藤氏との違いに私には見えていたわけだが、どうもそういうことでもないらしい。マルクス主義者を自称する柄谷氏が、佐藤氏の立場に近い宮崎学氏に対して、「(自分と)言わんとしていることは同じだが目的が違う」と解説していたが、ということはこの両者、というかジャーナリズムに強い影響で存在しているかもしれぬこれら四者には、その思想の根幹において共通的な立ち位置があった、ということだろうか? 柄谷氏が封建制を評価的にとらえ返し、その精神思想をより古代文明論的に遡及追考し、「しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。」という『経済学批判』のマルクスの言葉を引き合いにだしながら、<マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。…(略)…エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。>(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)――と敷衍し「未来のアソシエーション」を提起するのと、ヤクザ社会の歴史を価値転倒的に評価した宮崎氏が、土建業社に顕著だった<親方―子方>制度の人間的結びつきに基づいた「談合文化」を、この将来の日本人に創意反復すべき自治社会の範例なのだと喚起させるのは(『談合文化論 何がこの「社会」を支えるのか』祥伝社)、直視している現実との接点において同じ態度なのだ。つまりでは、何が失われ、何を回復したいというのか? それが、子供以上に親が熱中する、生き物に対する感覚、もはや実感として思い出すことはできないが、それが在った、と知的に追想しえる生き生きとした感覚なのである。副島氏が言う「義」も、人間的、というより人類学的な概念で敷衍すれば、「贈与」という問題系のことになろう。親が子に与える無償の愛に、子が恩義を感じるというのではない。むしろ子供は親のこと、親の勝手など知らないだろう。しかしむしろ、その勝手さ、子供の存在自体が人(親・大人・人間)に恩義を与えてくれ、そのことに返す代償さえありえないと感じるが、ありがとうと返礼の期待もなく感謝したくなる気持ち、子供のためなら自ら死ねるような真剣さ……それが、私(親)の憂鬱や絶望や空虚さを解消させてくれるわけでもない。がそんな心情的な躁鬱の循環とは別の、実感的には抑圧されてしまった生き生きとした感覚、それを反復させたいという知的な意欲(営み)が私の生を保たせるのだ。

平和な日常の空虚さに耐えかねて、生きる実感欲しさにあがくのは青春時に一般的な事象なのかもしれない。その空虚さを、子を持つ結婚生活で紛らせられてきたのは歴史的な特権で、現在の若者たちは、子を持つ結婚はおろか、その日暮らしのための職を持つことさえできないではないか、というのはゆえに人の根底に関わる深刻な問題だ。ただし、何が一般的な事柄かは、まさに時代とともにころころ変わる。景気がよくなれば、その具体的なという問題は解決されるのでもなく消滅する。が、親が子に贈与される恩義の問題は、不変=普遍的な事柄だ。ここを根拠にしなくては、生は生き生きとよみがえらない。青春(空虚)は一般的に繰り返されてしまう。ならば私は、どうして親を捨てるように家を出てきたのだろう? それを可能にさせた社会的条件とが、資本主義の自由(フリーター)という行使だったとしても、それが不可能な条件下であったとしても潜在的な可能性として既に常にあったはずのものだろう。親になっても、子であった私が忘れてならないのはそのことだ。<親―子>の、どんな関係が嫌だったのだろう? 一希も、言うことをきかない。

だから、私は「目的」において、「(談合)文化」を目指すものではない。運動部でで、職人の世界にいる私は、その卑小さの面のどうしょうもなさを身にしみている。それで、世界戦争に勝てるともおもわないし、日本が以前の大戦で敗北したのも、宮崎氏が評価する面が重なってくるものだと実感する。高倉健や寅さんでは駄目なのだ。人間(日本人)を変えようとする私の努力が、個人のあがきとして現実離れしてこようと、それでいいのだ。しかし繰り返すが、立ち位置は、仁義である。だから、急いた変革など期待しない。むしろ保守になるのだろう。ただそれを志向するというわけではない、ということだ。そこから、はじまるのだ、未来の個人とその共同体のほうへ、少しづつ。

2009年9月23日水曜日

環境と共同体

「差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手を劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。
 時の権力は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ、差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。
 他方、差別される側は、差別の理由を求めてさまよう。その理由をなくせば差別されなくなると考えるからだ。しかし、差別するための「理由」は、いくらでも付け足される。結果、自らの努力ではどうにもならない状況が作り出され、多くは無力感を植え付けられていく。」(『差別と日本人』 野中広務・辛淑玉著 角川書店)


民主党主鳩山氏が首相になって、まず提示された政策は、温室効果ガス25%削減という、グローバルとされる問題実践。そしてひきつづき、新型インフルエンザの輸入ワクチンに関し副作用被害を国が肩代わりするという検討の提出。厚生省や国土交通省の新大臣になった党員が選挙時マニュフェストに沿った実行をすでに提起していたけれど、アメリカ行きまえに突如として声明されたこの2つの国際(対外)的な政策は、私を不安にさせてくる。「核の密約」問題を話題としてクリントン国務長官へ持っていった外務大臣の行動とともに。私は、ちょうど選挙投票日、友人へと送った以下のような自分のメール中の疑いを強くした。

<…朝日ジャーナルの特集で、たしか浅田彰が右から左に変わった女性運動家(名前失念してしまいましたが…)のことを、「コース(真実)」を追求していくスタンスではなく、アイデンティティーが問題になっているから、機会原因としてころころ変わっていくのが当然となってしまう、というようなことを言っていました。最近の言論情況では、貧困・労働現実運動に対する異議は相当抑圧されている趣があるので、以前だったら正当だった批判が声を小さくして言われているような現状だとおもいます。

だから、民主党が勝てば、記者クラブなどをつぶし既成の権力基盤が崩されることを既得権力メディア側も予測しているでしょうから、社内の左派的な言論に自由さをよりもたせてやることに舵をきって、既得権益を新しい政権下でも延命させようとするでしょう。つまり、より「真実」追究の正当的批判は抑圧されてくる可能性もあるとおもいます。現政権とアメリカとの密約問題をめぐる「真実」追求の鳩山代表の姿勢が、末端の「真実」隠蔽の動きと両立されてくるのだとおもいますが>

要は、大きな問題解決のために、小さな問題が隠蔽されていくという国家主義的な路線が前面に出てきたわけだ。アメリカのオバマ政権下では、すでにワシントンDC前での民衆の反乱に関する報道は国家権力をおもんぱかって自粛されているという(田中宇の国際ニュース解説)。選挙選択的な意味では、これ(国家主義)はしょうがないこととはいえ(…その党人を選んだのはわれわれだし、またとりあえず悪いことではない)、やはり個人として警戒感をもってしまう。ネットで軽く検索したみたところ、大概は「鳩山イニシアチブ」への肯定的な感覚で、この動きに疑義を感じている一般知識人は多くないらしい(目に触れたブログは《夜明けへの助走》「戦略性を欠いた環境政策は日本を追い込むだけ」)。

鳩山氏というより、小沢氏率いる民主党を支持してきた副島隆彦氏とその研究グループは、その『エコロジーという洗脳』(成甲書房)で、排出権取引(デリバティヴ)を伴う欧米の戦略に遅れてやってきた日本の猿真似官僚が、そのバブル破綻にもかかわらず環境税という人が息をすること(CO2)に税金をかけることを合作しているが、「この動きは、日本にも出来るべきである民主党政権の樹立を目指す政治家(国会議員)たちの動きとは別個独立のものである。」と書き付けていたわけだが、政権をとった鳩山民主党のこの出だしをどう評価しているのかは公開的なところではまだわからない。欧米の政財界側が喜びそうな手土産を高く掲げることで、向こうの気勢をくじいてから本題をはじめていくような戦略性ならまだよいのだが、もし文字通りなら……「日本政府は、自分ではお仲間だと思っていたヨーロッパ官僚たちに騙されて、たったひとり取り残された面子もあって、どうしてもこのあと、この排出権の取引相手の国を見つけなければならない。だから、おそらくブラジル、アルゼンチン、チリなどの南米諸国あるいは、東南アジアのどこかの小国に裏金の開発援助を払って、密かに根回しして、なんとか、「サザビーのオークション」のような国際的な公開の取引市場を作って、そこで、排出権のイカサマ的な売買をコソコソと、自由市場での公正な取引の振りをしてやるしかない。そういう状況に追い込まれているのである。愚かきわまりない、としか言いようがない。」(『エコロジーという洗脳』)――そんな可能性が現実味を帯びてきたのではないだろうか? さっそく財務省だかの官僚は、そんな政府の数値目標達成には「国民の負担」を強いることになる、と喜びの布石を打つ発言をしたのではなかったか?

いや、副島氏が区別するように、確かに官僚の思惑と政治家の政策は違うとしてみよう。しかし私が思い出したのは、ある「持続可能な社会」や「世界」を目指す実践を趣旨として運営されていたフェアトレードのカフェでの催しのことだ。私はそこにいなかったのだが、その平和を願うような会には、民主党系の議員もいたらしい。で、参加した私の友人はそこから帰ってきたあとで、こう憤慨していたのだ。「あんな奴らが政権とったら、俺がぶっつぶしてやる!(言葉は正確ではないかもしれないが…)」…私は何事があったのかとびっくりしたが、要は偉そうにふんぞり返って鼻持ちならない、ということだろう。そして私は、この東京大学でのNAM党員の感性のほうが正しいのだろうと思ったのである。あるいは、おそらくは幼児の遊び場と小学校の統廃合の反対運動で知り合った民主党区議を通してであろう、女房がアメリカ民主党議員アル・ゴアの『不都合な真実』の上映会とそのビデオ鑑賞を、私に熱心に勧めていたのである(私は結局見ないでいるのだが…)。つまりそうした草の根というか、なお現勢体にはなっていない運動、まさにゴアというアメリカ要人からの洗脳にも関わるような、政権がどっちに転んでもいいように上層階級から仕組まれた市民運動が、裏(下)で着々として進められていた、ということになるのではないか? と私は今さらのように思いおこし、勘ぐるのだ。つまり、そういうアメリカ(の世界戦略)側からの、これまでは目に見えなかった文脈に沿って、現政権が動き出したのではないか?

環境が問題なのは、どうしてだろうか? 温暖化とそれに伴う北極氷海の溶解やさんご礁の消滅など、が科学的真実というよりは政治的なプロパガンダだったということが科学的には明確になってきている、と言われるようになってきている。が、枢要なのは“科学”なのだろうか? 自分が育ってきた場所が喪失されていくことは客体的になりうるだろうか? 私は、「路地の消滅」にこだわった作家中上健次氏の視点で、北極海やさんご礁で暮らしてきた人々の実存を思うべきであるとおもう。科学医療で延命される客観(他人事

)的生命というより、尊厳死を導くかもしれない実存的な生命である。「滅びよ、」とゆえに中上氏は発言した。そして新しく創造したほうがいい、こんな共同体(世界)は、と。その尊厳と、共同体が根底から破壊されてゆくパレスチナへの連帯表明は併存する。そこはしかし、まさに人間が尊厳であることがもろに露呈されてくるような差別の場所なのだ。この世界的な経済危機のなかで、南米からきていた私の友人たちのほとんどが母国かそこに近い外国へと帰っていった。彼らの日本人社会(共同体)への恨みが、「誤解」であると私は認識している。がそれは、あくまで(統制的な)理念の高みからしかやってこないものかもしれない。つまり希望にすぎないかもしれない。ならば現実的な問いとは、文化という、人が世界で生きていく知恵のネットワーク(共同体)と差別とは、つまりこの両者の生活連関とは、区別できないものなのだろうか? ということだろう。それは、互恵や不可避の付随として存在するものなのだろうか? 環境の問題とを、私はそのように考えはじめる。

2009年8月31日月曜日

昆虫と平和、選挙から。


「自然の花、自然の森に対する人間の本能的美意識は、昆虫や動物より劣っているので、その人間のもつ美学は文化的に形成されるほかはないこととなる。いわゆるそれに足る教養を身につけて、はじめて理解でき、観賞できるものである。」(中尾佐助著『花と木の文化史』岩波新書)


いつもは8時を過ぎれば子供と一緒に寝かしつけられるのだが、明日は台風で仕事が休みなのも確実なので、9時過ぎまで選挙特集のテレビ番組をころころチャンネルを変えながらみていた。どこか私の普段とは違う様子に息子も感づいたのか、「早くママと寝なさい、昨日の絵本のつづきはママに読んでもらって」というと、素直に女房と寝床についていった。いつもは駄々をこねるのだが…。まあ、今日は以前のアパートで隣室だった知り合いの老夫婦と生き物のバーゲン(?)に連れていってもらって、アトラスオオカブトなどという大そうな昆虫を買ってもらったことを諭されて、まいってしまったということもあるかもしれない。「外国のカブトムシは買ってはいけない、といったよね?」と雨の夜の中を迎えにいった帰り道の自動車の中で、私は息子に言ったのだ。一希もそれを了解して子供たちの間で吹聴していたのだった。「外国のジャングルからカブトムシがいなくなったら、それを食べている生き物が暮らせなくなって、その世界が壊れちゃうんだよね。」「うん、バランスがね」と一希が相槌をうち、そんな言葉をなんで知っているんだと驚きながら、「(ジャングル大帝)レオはそんな人間と戦ったんだよね。いっちゃんが外国のカブトムシを買ったら、泥棒はまたカブトムシを盗んでくる、だけど買わなかったら、売れなくてお金をもらえないから、もう泥棒をしなくなるんだよ。平和が守られるんだよ。コナン君に叱られたルパン三世も、最後には冠を王女さまに返したよね?(とつい最近一希がTUTAYAから借りた「コナンvsルパン三世」のアニメのことを思い出す。)いっちゃんは戦争に反対なんでしょ? 自分が欲しいからって、カブトムシをゲットして平和を壊していいの?」気まずそうに一希はうつむきはじめる。「戦争に反対するのは難しいんだよ。まずは、自分との戦いに勝たなくちゃだめだよ。」「じゃあ、」と一希は質問する。「このカブトムシはどうするの? 外国に返すの?」「それはせっかく、オータンとバータンが買ってくれたんだから、大事に飼いなさい。昆虫を捕まえて飼うことは悪いことじゃない。そうやって、平和を学んでいくんだから。だけどこんどからは、オータンとバータンはもう歳とってパワーがなくなってるんだから、いっちゃんがもう外国のカブトムシはいらない、ぼくは自分で日本のカブトムシをゲットしてくるよ、っていわなくちゃだめだよ」……しかし、私も子どものころ、カブトやクワガタなどの昆虫を追いかけてすごした時期があるが、もうその頃の生き生きとした感覚がわからない。自分は、そこから何を学んできたのだろうか?

帰宅後、テレビをつけると、早々と民主党の300議席を超える圧勝が出口調査で予測されている。東京は中野区にいる私は、民主党のながつま氏が当選確実なのは明白だったので、小選挙区は無記名、比例で社民党にいれ、裁判官4人に×をいれてきた。前日投票者数が前回の1.5倍、午前10時での投票率は前回より低い、と速報されていたので、自公が票を確実にしようと前日投票作戦にで、で投票率がひくいとなれば互角にもっていかれるのか、とも思いもしたが、結局は投票率も過去最高の70%近くになったようだ。私は民主党の小沢氏がどのような表情、言動をするのかな、と見てみたかったのでテレビをつけっぱなしにしていたのだが、堂々と質問者(マスコミ)を批判している。そんなレベルで政治を語るな、と。なんだか日本サッカー代表試合後の中田英寿氏へのインタビューみたいだな、とおもった。つまり、つきあいで濁すのではなく、本質的なのだ。田中角栄の系譜を踏むものとして日本という共同体を保守的に引き受けながら、そのずるずるべったりの共同体的心性を切断してみせる個人主義的な筋が、この場(選挙に負けてたら負け犬の遠吠えにしかならない…)に及んでこそ発揮されたのだろう。この個人によって、既得権益圏がどこまで崩されるのか、民主党に投票した国民の大半は、自戒=自壊の念をもって支援しなくてはならない、というのが投票責任だ、と私はおもう。いわば、欧米の要人との人脈(後ろ盾)から庶民の国益を損なわせてきた政治経済的構造とは、外国のカブトムシをゲット(購入)していばっている子どもたちを巻き込んだ資本主義構造と同様で、ならば、自分個人で日本のカブトムシをゲットしたよ! と言える強さがなくてはならない、ということだ。小沢氏自身は、これから外国のカブトムシ(要人)を後釜に控えていた日本のカブトムシ(官僚等)をいくつもゲットしていくことになるだろう。で、私は?

何はともあれ、国政選挙とは国家主義を前提、基づいたものである。それは、庶民個人には直接には関係ない。そんなもの当てに出来ない、というのが生活の現実である。むろん、だからといって選挙(代表)政治にシニシズム(皮肉)になるのは無謀怠慢だ。政権が変わるだけで、身の危険が遠ざかるのかもしれないのだから。そしてもともと庶民とは、物事を一義的に受けとめない適当さと賢さで現実を乗り越えていく、その実践だけで生き残ってきたものなのだ、とおもう。で、私はどのように?

友人の美術家と建築家の立ち上げているウェブサイトで、こんな幼児教育(子育て)の動画をアップ(リンク)してくれた。それは、どこかの民法テレビで放映されたものがYou-tubeに投稿されたものらしいが、プロゴルファーの横峰さくら氏の伯父が経営する、鹿児島県に実在する幼稚園の模様である。「全ての子どもは天才」、とサブタイトルだったかにあるように、逆立ち歩きから読み書きそろばん、絶対音感による楽譜なしの演奏、とまで、自発的に全ての子どもたちができるようになってしまうという現実(本能)。横峰氏によれば、子どもに「やる気」さえおこさせればこうなってしまう当たり前のことだ、という。スパルタでやっているのではない、と。私も自分の子どもをみていてそう思う。私は将棋の勝負ですでに三回負けたといっていい。子どもが女房の言うことを聞かず虐待しだすのは、端的に遊び足りないからなのだ。その幼稚園でも、登園してまずやることは20分間の徒競走。それで満足(映像では「疲れ」と言っていたが…)し、次の書き取りの自習で、3歳児でも黙々と勉強できるのだそうだ。まったくうらやましい限りである。逆にいえば、そこまでして一緒に遊んでやらなければ、子供は満足せず暴力的に不満をぶちまけるのだ。(少子化で兄弟がいなければ、だからどうなることか? ということだ。)つまりその「やる気」が、大人のものと一致しているときにはじめて、子供の天才を持続させることができる、ということにもなる。それは、どんな社会だろうか? 私が連想するのは、自爆テロ要員に養育されていくという子供たちのことである。あるいは子供兵士は、射撃がうまいかもしれない…。6歳にして能力の頂点に立つ現実とは、親子世襲制の、あるいはかつての社会主義の英才教育――たぶん横峰氏の指摘するような他の子供と競わせ褒め(認め)ていく政策がとられたはずだ――のようなものになるのが大人社会の実際で、その天才(本能)が真実であるとしても善であるかはわからないのではないか?

私は、子供のころの、虫けらをみてのあの生き生きとした感覚を忘れてしまった。私の天才は、回復できないだろう。それは、大人として当然であると同時に、病人ということでもあり、かといって、健全(天才)になれる社会とが、いいものであるものかも想像しがたい。

《 おとなはふたたび子供になることはできず、もしできるとすれば子供じみるくらいがおちである。しかし子供の無邪気さはかれを喜ばさないであろうか、そして自分の真実さをもう一度つくっていくために、もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。…(中略)…ギリシャ人は正常な子供であった。彼らの芸術がわれわれにたいしてもつ魅力は、その芸術が生い育った未発展な社会段階と矛盾するものではない。魅力は、むしろ、こういう社会段階の結果なのである、それは、むしろ、芸術がそのもとで成立し、そのもとでだけ成立することのできた未熟な社会的諸条件が、ふたたびかえることは絶対にありえないということと、かたくむすびついていて、きりはなせないのである。(『経済学批判』武田隆夫他訳、岩波文庫p.328’ 傍点柄谷)

 ある意味で晩年のマルクスは、ギリシアがわれわれにとって「模範」である秘密を見出したといえる。国家を形成することが文明としての成熟であり、そこに達していない状態が「子供」であるとしよう。そのような子供は「到達できない模範としての意義」をもつ。…(中略)…マルクスは、未来の社会についても、氏族社会の原理が高次のレベルで回復されるというヴィジョンを見出した。エンゲルスの「未来のアソシエーション」に関する、以下の断片的手稿は、マルクスの考えでもあるといってよい。…(略)…

エンゲルスは、ギリシア・ローマのポリスも、ゲルマンの封建制も、氏族社会(戦士=農民共同体)の「追想や伝統や模範から生じた」というのである。さらに、ギリシアがわれわれの「模範」になるとすれば、同じ理由からである。一方、ロシアであれ、中世ヨーロッパであれ、農業共同体を模範として回復する思想は、同時に被支配性・従属性を回復するものである。それは、いかに資本主義や国家に対して敵対的であろうと、結局、国家=資本を支えるイデオロギーとなるほかない。》(柄谷行人著「『世界共和国へ』に関するノート(8)」 『at』12号 太田出版)

と、なぜかまた柄谷氏の論考をここで思い出してしまった。私は、もっと生きてみよう。

2009年6月24日水曜日

サッカー日本代表の発言と思想ジャーナリズムの言説


『「止めて、蹴る」
当たり前のことだけど、それができない人はプロにも多い。
俺は、中学の時、この練習を徹底的にやらされた。当時は、「なんで、今さら」って思っていたし、基本なんてイヤでイヤで仕方がなかったけど、今、思えばそれが自分の技術の軸になっている。…(略)…基本は、上のレベルに行くほど忘れられがちだ。でも、上のレベルに行けば行くほど大事になる。相手のプレッシャーが速くなればなるほど、「止めて、蹴る」は、より一層難しくなるからね。』(遠藤保仁著『自然体』)

「好きな選手は誰になるんですか?」と、部活サッカー経験のある若い職人にきかれて、「加地とか遠藤になるかな」と、私が答えると、「そりゃずいぶん日本人的な選択ですね」といわれたことがある。なるほど、地味な彼らの名をだすことが「日本人」として形容受容される思考が、別に知識人でもない一般のサポーターにあるのだな、とその返答でおもった。別に好き嫌いというより、自分ではどんな選手になりそうか、自分にあった好みでは、と考えて答えたわけだけど、たしかにヨーロッパのクラブチームに高額で取引されるヒーロータイプの選手には本当は興味がもてないな、と再確認させられる。むしろ私は、そうしたエリートチームを、どうやっていびって嫌な試合をしててこずらせるか、勝ちにもっていくか、を考えていくゲリラ的趣向のほうが好きなのだろう。自分がしていた高校野球も、推薦ではいれた野球エリート高校よりも、進学普通高を選んだのには、そんな性向が働いたのを覚えている。となると、「日本人」とは、『太平記』で一番ポピュラーな人気者であった楠正成のような性向で、その文化的な趣味判断がなおサッカーサポーター世界の中でも生きている、ということだろうか? 遠藤選手などは、「職人」とも横断幕がはられたりしているようだ。そして実際、彼の意表をついた浮き球のスルーパスや、世界屈指のキーパーを食ったようなコロコロペナルティーキックなど、日本酒のような味がある、といおうか。弱いものが強い者をぎゃふんといわせてすっきりする、いわば判官びいきのような嗜好が背後にあるのだ。
その遠藤選手が、「今の代表は『すごくまとまりあがって確実に強くなっている』と前掲書で述べている。今回のワールドカップ出場を決めたカタール戦直後のインタビューでも、キャプテンの中沢選手が、「誰がキャプテンになってもおかしくない、突出した個人がいないことがいい方向にまとまっている、それがいまのチームのよさになっている」、というような発言をしている。私には、前回のジーコ路線、そして中田英寿選手のような個人がいた代表チーム時代との比較的発言、とおもわれてしまうが、サッカージャーナリズムの世界でも、岡田ジャパンがやはり組織的サッカーというチームワークを日本流ととらえ返して、前オシム監督のサッカーとも一線をかした鍛錬で戦っている、と宣伝しているところからも、やはり監督選手はじめ、自覚的な方法意識なのだろう、とおもう。そしてたしかに、日本サッカーのレベルは、前よりもは「確実に強く」なっているのだろう。しかし、遠藤選手が先の引用でつづけて、「しかし、W杯本番では、まとまっているチームが勝てるのかと言えば、そうではない。バラバラでも個々の能力が高ければ勝ててしまうのが、サッカーの面白いところだ」と付け加え、中沢選手の返答も、「強い個人がいないのがいいこと、というのではなくて、今のチームではそれがいいように機能している」と付言してもいたように、世界のレベルからみたら、「強い」とは正直いえないだろう。いわば進歩はしている、しかし強くはなっていない。だいたい、そんな素早く数十年の開きを埋めて強くなれるわけがない。ただW杯は予選リーグ戦を抜ければトーナメントだ。一発勝負は何が起こるかわからない。リーグ戦で十中八九負ける実力差があっても、勝てる確率を最初にだす集中力があれば、勝ちぬけていくチャンスはある。去年だったか、甲子園で普通高の佐賀商がエリート強敵チームを凌いで優勝したように、本人たちが掲げたW杯ベスト4は可能なのだとおもう。というか、それを目指すこと自体に空々しさを感じさせない、「伝統」というのが培われてきているのだ。野次馬評論家のように、欧米のチームと比較し、ないものねだりで日本を批判否定してみせるのは簡単であると同時に、何もみていず何も育てていないことになると私はおもう。私は、初出場したW杯で、足を骨折していた中山選手の倒れこむようなゴールを覚えている。あの一点が、アルファでありオメガであるくらい重要だったのだ。あそこで一点もとれないで日本に帰ってきていたら、負け癖のようなものがついてしまって、その現状からそうは簡単に脱出できなくなっていただろう。私が子どものころ、創立したばかりの少年野球クラブは、私が高学年になったときには地域でも一番上手な選手がそろっているチームになっていたけれど、なぜかいつも予選の決勝で負けて県大会に出場できなかった。が、その同じメンバーが中学にはいると、なぜかもう負ける気がしない。そして実際、予選負けなど決してしないし、県大会でも決勝へと自然なように進んでしまう。その野球部は、県でも一番の優勝数と大会出場数を誇るところだった。メンバーはほとんと小学校時代と同じなのにどうしてこうも気分が違うのか、それは不思議なことだった。が、それが「伝統」というものなのだ、と今にしておもう。中山選手の必死な一本が、世界で闘う伝統の一歩になったのだとおもう。

ところで日本の思想ジャーナリズム界でも、サッカー界の個人から集団へ、という重心の移行が表明顕著になってきている。それは政治経済的には、自己責任の小泉構造改革路線から、その新自由主義的なゆきすぎが日本の共同体を破壊してしまった、それではいけない、という反動路線が前面になってきているのと平行している。ちょうど日本サッカー代表がジーコにひきいられていたとき、「単独者」の連帯を説いた日本思想界のドンともいわれた人の最近のインタビューでは、こう言明されている。

柄谷 単独者というのは、共同体に背を向けて内部に閉じこもった個人という意味ではないですよ。しかし、そのように受けとられたように思います。文学にはそういうイメージがあるのです。それは必ずしも悪いことではないですよ。共同体のなかにべったりと生きている個人は単独者ではありえないから。共同体から一度離れた個人でなければ、他者と連帯できない。だから、そのような孤立の面を強調する傾向があったと思います。
 ただ、そういう考え方がだんだん通用しなくなった。それに気づいたのは、一九九○年代ですね。というのは、この時期に、それまであったさまざまな共同体、中間団体のようなものが一斉に解体されるか、牙を抜かれてしまったからです。総評から、創価学会、部落解放同盟にいたるまで。企業ももはや終身雇用の共同体ではなくなった。共同体は、各所で消滅していた。
 では、個人はどうなったか。共同体の消滅とともに、共同体に対して自立するような個人もいなくなる。まったく私的であるか、アトム(原子)化した個人だけが残った。こういう個人は、公共的な場には出てこない。もちろん、彼らは選挙に投票するでしょうし、2チャンネルに意見を書き込むでしょう。しかし、たとえば、街頭でのデモで意見を表明するようなことはしない。欧米だけでなく、隣の韓国でも、デモは多い。日本にはありません。イラク戦争の時でも、沖縄をのぞいて、デモはほとんどなかった。
 そこで、いろいろ考えたのですが、個人というものは、一定の集団の中で形成されるのだ、という、ある意味では当たり前の事柄に想定したのです。ただ、それがどういう集団であるかが大事です。……(略)……前にもいいましたが、一九九○年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。これに抵抗することは難しかった。実際、大学教授会は古くさい。国鉄はサービスがひどい。解放同盟は糾弾闘争で悪名高い。たしかに批判されるべき面がある。これを擁護するのは、難しいのです。
 しかし、中間勢力とは一般にこういうものだというべきです。たとえば、モンテスキューは、民主主義を保障する中間勢力を、貴族と教会に見出したわけですが、両方ともひどいものです。だから、フランス革命で、このような勢力がつぶされたのも当然です。こうした中間勢力を擁護するには難しい。だから、一斉に非難されると、つぶされてしまう。その結果、専制に抵抗する集団がなくなってしまう。……(略)……だから、アソシエーションを創ること。それがとくに日本では大事なんだと思います。個人(単独者)はその中で鍛えられるのです。日本ではもう共同体がないのだから、もうそれを恐れる必要がない。自発的に創ればよいわけです。多くの国ではそうはいかないですよ。部族が強いし、宗派も強い。エスニック組織も強い。それらが国家よりも強くなっている。ネーションができないほどです。逆に、日本では、もっと「社会」を強くする必要がありますね。そして、それは不可能ではない、と思います。(『柄谷行人 政治を語る』図書新聞)

ムラ社会を批判してきた柄谷氏は、もう日本にはムラ(共同体)はないのだから新しく作ればよい、という。ゆえに「伝統」とは言わない、それが生起するのは、「自然の狡知」であって、「抑圧されたものの回帰」という精神性をもった人間にとっては必要的な反復構造なんだ、と説くだろう。ムラの伝統と理解するのが右翼で、ムラの生起を自然現象とみるのが左翼で、そして後者には、そのムラ(人)の連帯を自然発生的とみなすアナーキズム(大衆路線)と、意志組織的に形成していこうとするマルクス主義(知識エリート路線)とに大別されるのかもしれない。「あなたはどちらが好きですか?」ときかれたら、私はエリートではなく、それをいじめるほうが性に合うだろうけど、右なのだか左なのだかはよくわからない。しかし、欧米の先進民主主義国と比較していうのならば、遠藤選手や中沢選手が留保したように、「社会(チーム)」を強くしていく、現状的には、「バラバラでも」勝ちにいく局面を打開していくのは「個人」であろうとおもう。そして、オシム前監督は、現岡田監督の戦術に、朝日新聞のインタビューで、こう付言していたとおもう――フォワードに背の小さな選手をもってくるのは無謀だ、ヨーロッパのバックの身長は2メートル以上ある、それは戦車にオートバイで闘っていくようなもので、無理なものは無理なんだ、と。サムライジャパンというのか、大和魂というのかは知らないが、かつての無謀な日本の軍隊のように、強迫反復的な作戦で一丸となって世界と戦う、というのはやめにする、ということは日本人として肝に命じていなければならないことだと思う。私の印象では、昨今の日本のサッカーおよび思想ジャーナリズムの世界には、現場で闘っている選手やオシム前監督のような冷静な分析力が欠けていて、現状にワンタッチでパス交換してしまうような安易な反応があるようにみえる。しかし遠藤選手や、これまた中沢選手もW杯決定後に発言していたことだが、「止めて、蹴る」という基本的な動作を守ることが大切だ。植木職人でならば、高木の上でも緊張にびびらず、低木を切っているのと同じ所作を繰り返すことができなければならない。思想でいえば、それはイデオロギー批判ということになる。プレッシャーの強い現場に出会うと、人は普段はきちんと植木に日の光を当てて育てているのに、そこでは日の光という言葉をあびせることでやりすごしてしまいがちなのだ。小さな問題ではそうはしないのに、大きな問題になると、言葉でごまかし、ごまかされてしまうということだ。知識人が共同体を壊せだの、創れだの、どこか得たいの知れない場所で言っていようと、それがきちんと言葉にすぎないものとして対処すること、……そういう認識を現在の日本サッカー代表選手が獲得していることは、評論家が日本の悪口をなんといおうと、列記としてわれわれが手に入れた確実さなのだ。

*関連エセーを、another worldの「広場」に投稿しました。

2009年6月6日土曜日

覚悟とゲーム、子育てから


「重要なのは、北朝鮮問題ではなく、そこのところの覚悟なんですね。私たちが核を持った新しい帝国主義の時代に入った場合の覚悟を持てるかどうかです。そのとき私たちも、世界全体を破滅させる能力を持つことになります。その責任に耐える覚悟を持たなくてはなりません。
そういう「究極のカード」を持つなかで、人類はどうやって生き残っていくか――これを考えるのが、私たちに課せられた使命だと思います。だからこそ、核の帝国主義時代を迎えるまえに、国家情報戦略の重要性がいっそう声高に叫ばれなければならないのです。」(『国家情報戦略』佐藤優・高永喆著 講談社α新書)

息子の一希がはじめての家出を敢行する。夕ご飯まえにおもちゃを片付けて、と母親からいわれていざこざになり、なおそのまま遊びつつけるので「もうイヤだから出てって」と叱られてこらえ涙を溢れだした。食卓に座ってビールを飲んでいた私は「こりゃでていくな」と思ったらほんとに立ち上がってドアを開けていった。「さがすのは無理だろうな」とおもっていると、しばらくして心配になった女房が探しにいくが、みつからない。おそらく行き先は、3キロほど都心にむかった知り合いの老夫婦のアパートだろう。外は雨だ。私は、最近補助車をはずしてあげたばかりの自転車でいっていないかと心配だった。まだよろよろしていて、坂道で転ぶのだ。近所はメイン道路へでる自動車の抜け道になっている。二回さがしにいってもみつからないので女房もその老夫婦のところへ電話をかける。と、ちょうどいまピンポンがなって到着したと。一度やったことは、二度も三度もでてくるだろうな、と私は思いながらも、腰の重かった自分のことを反省した。ただ、ひたすら座ってビールを飲んでいる間、苛立ちはつのるばかりだった。子供が積み木やそのほかのガラクタで作ったピタゴラスイッチ(ビー球を転がせる坂道装置)を、夕食を作っているときは褒めていたのに、飯ができあがると片付けてと叱り始めるのは不可解な論理展開ではないだろうか? そこには、飛躍があるのだから、説明もせずに叱るのは、子供をなお情緒的な反抗に慣習づけるだけだ。これじゃ論理力などいくら意識的に教育しても、まず無意識の生活としてご破産になるから無理だろう。しかしならば、父親は、母と子の感情的ないがみ合いに、どこでどう介入すべきなのか? とりあえず、二人の喧嘩を無視する、と重い腰をあげなかったのだが、二度それをつづけてはできないだろう。一希は無事着いたろうか? 親ライオンは子供を崖から突き落とすというが、ライオンが偉いのは、はいあがってこれなかった子供はそのまま死んでもかまわないと覚悟していることだ。子供は死を想像しにくいから、大人の言うことを間に受けてあっちの世界へ越境しやすいだろう。女房にそんな覚悟ができているわけもなく、もちろん自分の腰が重いのも、動物的な倫理からしたことではなく、知的判断不足と、ニヒリズムと、怠け癖からきていることだろう。とりあえず、子供の自転車には鍵をつけておこう。……
老夫婦のところへ歩いて(走って)行ったとわかったならば、今度は私が迎えにいかなくてはならない。外は雨だから、自動車でいくことになる。女房は精神的にまいって隣の部屋で寝込んでいる。腹が減った。このまま老夫婦のところへお邪魔すると、自分も子供といっしょに夕ご飯をご馳走になって帰ってくる、ということになりかねない。私が黙ったまま相変わらずビールを飲んでいると、やおら女房起き出して、夕飯を並べ始めた。
いざ老夫婦のアパートの前に立って、では息子とどう対応したらよいかと考える。叱るべきなのかなだめるべきなのか……子供の目をみてから決めることにする。一希は、老父の膝のなかに腰掛けている。向こうも、私の出方や本意をさぐっている目の表情だ。ゆえにお互いがさぐりあいになっているので、なんだか儀礼的なやりとりにはじまる。まあこれはいきなり叱ってはだめだろう……私は、核実験を再開した北朝鮮と世界との駆け引きのやり様を連想した。自分の子供と、カードゲームなどという駆け引きならぬ賭けごとなどできるものじゃない。本当に死んでしまったらどうなるのだ? 冗談が、本気になるのだ。北朝鮮も、本当にやることに追い込まれたら? 冗談(ゲーム)ではすまない。ならば、どうしたらいいのだろうか? 一希は、老父から、隣に座った私のところへ擦り寄ってくる。それを迎え入れながら叱りながら、という両義的な対応になってくる。しかしこれは、その場でのしのぎにしかならないだろう。……そんなことがあった日から数日後、一希は幼稚園から小鳥の図鑑を借りてきた。そして僕もインコを飼いたい、という。あっ、これだな、と私はおもう。兄弟がいないから、対等な逃げ口、相談になる相手がいないのだ。ペットを飼うことは、孤立から逃れる技術的な方策かもしれない。じゃあさっそく買いにいこうかな、と私がのると、女房が待ったをかける。いやだ、と。じゃあ今日は見に行くだけで、いっちゃんの誕生日のプレゼントにしよう、と仲介案をだすが、一希がいやだ、いますぐ、とごね出す。……なんともまあ、難しい外交である。

2009年5月28日木曜日

責任と個人の狭間

「「参加はするが指揮は受けない」という議論に関連し、一つだけのべておきたい。イラクに派遣された自衛官は、本当に見殺しにされかねなかった。自衛官の人たちをどうやって法的に保護するのか、そのことを全然議論していなかった。…(略)…そういう状況下での自衛隊派遣であった。国連平和維持軍に参加する場合は、指揮権を国連にゆだねるので、国連の外交特権を得られる。ところが、イラクでは、国連平和維持軍ではなく有志連合軍である。さらに、「参加はするが、その指揮下には入らない」という小泉首相の当時の国会での答弁。現場から何千キロも離れた東京から防衛庁長官が指揮をするという。自衛隊は、法的な観点からも、指揮権の観点からも、ゲリラ部隊だった。
だから、自衛隊の人たちは殻に閉じこもったのである。事件を起こさないように、イラクの人びとを殺さないように。現場で、みずからが置かれた現実を即座に明確に判断したのは彼らである。」(伊勢崎賢治著『自衛隊の国際貢献は憲法九条で 国連平和維持軍を統括した男の結論』かもがわ出版)


私が団塊世代の職人さんにかわって、学校や福祉作業所などの公共施設関連への植木剪定作業にいかされはじめた頃は、ほとんど一人きりでの現場だった。直請けとしての民間の仕事が入れば、そちらを優先し、年間の公共管理仕事などは本来の仕事がないときに職人をその場しのぎにおくってやれるために保持しておくための現場で、ゆえにできるだけ一年かかるように引き伸ばしてやる、という経営上の計算からの処置だったろう。そして徒弟的には、職人肌でもない馬鹿な大学でにそうした半端仕事をひとりでやらしておけばいい、あんな仕事でもないものしか普段やっていない奴はいつでも軽蔑できる、そう言いくるめられるという職人としの立場上の優位を保持してみせるためでもあったろう。それゆえ私は、20メートルかそれ以上もあるケヤキやサクラの木にひとりしがみつき、木の下が家などの場合のロープを使っての吊るし切りなどのときには、なにせ地面まで降ろした枝に縛ってあるロープをほどいてくれる手元もいないわけだから、ロープ三・四本を体に巻きつけて、まるでシルベスタローン演じるランボーよろしく、鉄砲玉が数珠繋ぎのベルトになっているのを巻きつけているようにして機関銃ではなくチェンソーを樹上でふるっていたのだった。「あんなの一人でできるよな」と親方は冷たく言い放って送り出し、元請けの社長も、一人できたことに渋い顔をみせながら、「できないとはいわせません」と言い置いて現場から消えていくのだった。が、いまはどうだろう? 民間の仕事も減ってきたので、年間管理的な公共工事で細々と食いつないでいくのが主な仕事になってしまう。民間のように単価が競争的に値下げされるわけでもないし、普通の屋敷にはない巨木をこなせればむしろ一本あたりの儲けはでかいので、そうした作業を支障なくやってのける作業員がいれば一年の経費は稼いでいける。そこでかつて自分が他人にしてきたことをまったく忘れてしまったように、丁重な人扱いになってくるのだ。よくやってくれるからとビール券をもらい、先月は元請けの職人たちと寿司をご馳走になった。

「もう松の手入れの手伝いが終わったんなら引き上げてきていいんだぞ」と、樹齢何百年だかの名木指定になっている山寺のでかい松の大透かし剪定が終わってもなお手伝いを引き継いでいることを知った親方は携帯で指示をだしてくる。とりあえず日当がもらえればどちらでもいいとしても、本当にそんな喧嘩腰の段取りを元請けにぶつける覚悟ができているのかもわからないし、まあそちらの仕事がなくなってもよそ者の私があぶれるだけだからかまわないのかもしれないが、「いま二人怪我して人手がたりなくて忙しいみたいですけど」と元請けとの仲介の言葉をさしこむ。手間手伝いではなく請け負いの公共管理仕事は予定どおりの日取りからはじめられると念を押しながら。ところが今度は、その予定の日取りの一日前になって、すでに元請けが作業を開始していた小学校の管理のほうで、夏には耐震工事がはいって足場を組むからと、校舎まえのでかいケヤキの剪定をやってくれと予定外の陳情仕事がはいる。現場を任されている元請けの三代目の息子からは、クレーン車が直ってくれば自分たちでできるからと、小さいケヤキのほうからやってくれてかまわないとの話だったのだが、いざやる当日となって、元請けの職人たちが自分たちではできないと尻込みをはじめたのだろう。私が請け負いの現場に入ったと朝の電話連絡を社長にすると、深刻そうな渋い表情の声で応対し、翌日の連絡では電話を受けない。おそらく、元請けの職人たちではできないだろうと現場にいておまえはわかっているはずなのだから、自分でおまえのところの親方に話をつけてこっちに手伝い来れるよう予定の段取り変更を含めてうまくまとめろ、なんでそこまでやらなかったんだ、と暗黙の圧力を私にかけているのだろう。あるいは、やっと職人会社としての名誉がかかる寺社の作業がおわったとおもったらまた難題がでてきたので、精神的にまいってしまったのかもしれない。道理としては単に機械的に順番を踏んだ私にあり、現場の意気込みとしては三代目の息子に正当性があるとおもうけれど、それに応える職人を育てていない、その情けなさは社長本人にも身にしみてくるから、その感情は憎悪へと反転し、なおさらのとばっちりがあとで私にくるかもしれない。それが下請けの生殺与奪を握る元請け会社の権力の恣意性であり、その気まぐれ勝手さを逆に利用して、つまり仕事のなくなったときは元請けとの関係をつないいでいる職人個人のせいと建て前をつくろって本人をやすませることのできる下請けの親方の知恵になるだろう。それもこれも、職人との法的位置がグレーゾーンにあり、形式的には一人親方、法的には建築現場の日雇い人夫と同等、実質的には単なる被雇用者、という曖昧な存在だからである。ゆえに職人のなかには、実質的には雇用しているのに建て前としては一人親方扱いして年金も負担せず、との会社への不満から、個人的に仕事が入ったときは会社の仕事を休んで自分の仕事を優先させる者もでてくるのだが、アパートやマンション暮らしの個人では道具置き場もトラックもないから、勤め先の会社や知り合いの会社から道具をただで貸してもらって作業することになる。しかしそれもどこか道理のない変な話で、かといってならばきっちり独立してやれ、というのも庶民事情を無視した冷酷論理な話になってしまう気がする。だから立場の弱い職人が筋を通してできることは、現場にでて手を抜く、ということだろう。いくらビール券や寿司をご馳走になっても、こっちは命がかかっているのだからつりあわない。とはいえ、せこい会社は職人を急がせるだけでご馳走代などだしはしないから、こちらを気にかけてくれる社長にはやってやるか、という気にもなってくるのが人情だけれども。

さて日本の政権争いでは、民主党の小沢氏が情勢を見極めて代表を辞任した。まだ秘書への疑い段階で、当人たちはそれを否認しているのだから、責任をとってというわけではない。マスコミを巻き込んだ現政権がわの国策操作に対抗して、という作術なのだろう。そしてここでの代表選挙パフォーマンスで、民主党への追い風がまた吹き始めたようだから、うまくいったことになるのかもしれない。小沢氏が法務大臣になるかも、という説もでてくるくらいだから、法務官僚を中心とした国家官僚は、小心翼翼状態かもしれない。私も気分的には民主党を支持したくなるが、もう時期を失ってしまったのではないか、という気がしてくる。ここでいう時期とは、鍛錬の期間のことだ。だいぶ小沢氏のもとでたくましくなったといえども、もう世界情勢は平和時ではない。個人が失敗から学んでいく、なんて悠長な暇がないのではないか? 昨日5/27日の朝日新聞の朝刊で、北朝鮮の核実験に対する自民党の元防衛相石破氏と、民主党「次の内閣」防衛相浅尾氏へのインタビューが並列されている。これも、大本営発表とか揶揄されるマスコミの操作された一記事なのかどうか知らないが、読むと、民主党がアホにみえる。精神年齢が二十歳大学生ぐらいの者の勉強の成果、という感じだ。――<確実なのは先にたたくということ。例えばオーストラリアが導入を計画している巡航ミサイルのトマホークのようなものを持つのも、一つの選択肢として考える。もちろん、そう結論づけるのは早い。だが、こうした議論を通じて、日本も本気だということが他国に伝われば、中国などの北朝鮮に対する対応も変わってくることもあり得る。(浅尾氏)>……そんなことは、あり得ないだろう。核であれミサイルであれ、それを持っているかどうか、が問題(現実)なのではない。それを本当に「使う」という本気さが現実(問題)なのだ。この本気さがない、頭だけの駆け引きなど、連戦練磨の外交現場で通じるわけがない。人間関係への洞察の欠如した優等生の「カード」ゲームなど、手練手管の政治家にふりまわされるのが落ちだろう。北朝鮮の態度が恐いのは、それがパフォーマンスではなく、本気だからだ。あるいは、本気にみえるからだ。どこまで本気であるかを知るには相当内通したインテリジェンス活動が必要なのかもしれない。が少なくとも、国際世論の言説において、イラクに戦争をしかけたアメリカはもちろん、北朝鮮もやることが本気だという迫力を所持してきているようにみえる。しかし日本には、そんな手順や功績もないだろう。見透かされて裏をかかれるのでは? ヨーロッパのサッカー界で日本人選手の道を切り開いた中田氏は、みせかけのフェイントは通用しない、自分でもほんとにこっちから相手を抜くと思っていて、突然やっぱりやめた、とまた本気で切り返すときにそれは成功する、という話をしている。民主党の人気若手と思える政治家たちは、この世界(外と)の現実が肌でわかっていないお坊ちゃんが多いのではないだろうか?

自己改革などできはしないのだ。官僚に支配された社会構造を変えてみせるという青写真はいいとしも、その意気込みのうちにそんな冷静さがなかったら、日本の社会は機能不全に陥ってしまうだろう。官僚のいない国家などはありえない。外との衝撃においてだけ、官僚社会の変革は内発的になりうる。人間は、受苦的存在である。ゆえに、まず内政ありき、ではない。諸外国との関係の持ちようが最初なのだ。その前線的な関係において、現場にだされる個人にできることは、できることとできないことをはっきりさせること。宮大工の田中文男氏も言うように、それがわかるのが一人前の職人である。わからないから、不必要な人工をかけ、無駄な人員を戦地へと送ることになる。「こんなことは、責任もってやれませんよ」と、立場の弱い現場の人間ができることは、まずそこを明確にさせたうえで、サボタージュすることぐらいだ。

2009年5月9日土曜日

デモとアパートと神


「うん。外国にはバルコニーのないマンションがたくさんあるが、日本にはバルコニーのないマンションはまずない、といっていい。じっさいかんがえてもみたまえ。バルコニーがなく、したがって床まであくガラス戸もなく、部屋には壁と高い窓しかないとしたら、日本人は部屋のなかを狭く暗く感じて、そんな家にはとうていすめないだろう。ガラス戸があり、バルコニーがあり、さらに戸外という自然がありみんなつながっている、という感触があってこそ日本のすまいなのだ」
「なるほど戸外の自然か。それが<神さま>か。その<神さま>がバルコニーからガラス戸をとおって家のなかにやってくる、というわけか?」(上田篤著『庭と日本人』新潮新書)


アメリカでは、豚インフルエンザに乗じたメキシコ移民への排斥圧力が増長することを牽制する、移民自身によるデモンストレーションが起きているという。日本では、現在国会で1947年以来の外国人登録制度という在留管理制度が全面的に改変される審議がなされていて、それに抗議するデモが近々おこなわれる予定である。暴行や拷問が歴然としてあるようなところからきている外国人たちは、日本のやさしいおまわりさんなど馬鹿にしているけれど、日常的についてまわる日本人の監視の目の厳しさへの怯え=誤解から、今回の人権グループや支援団体が組織するデモに、当事者自身らが大勢参加するとは思えないけれど、だからといって、彼らが日本で抗議の声をあげることはない、ということにはならないだろう。というか、声のあげ方が変わってきてしまうのではないか? メーデーに参加することになったイラン人は、デモをするというのならば「ピストルはどこにあるんだ?」と聞いてきたというし、逆に南米からの労働者はデモにでようといわれると、反政府活動者は拉致されて消されてしまうという歴史があるからか、泣いて嫌がるのだそうだ。日本でもバブルがはじけた頃、就職差別に抗議する女子大生たちのデモが自発的に組織されたし、最近では後期高齢者医療制度に反対する老人たちのデモというのもあった。もちろん、アイヌ人たちや中国残留孤児たちの権利や生活の充実を求めるデモもあった。しかし人権というのが多くの日本人には勉強しないとよくわからないように、デモというのも勉強しないと知りえない。これは、おかしなことなのだろうか? 民主的なデモでなくとも、たとえば、新宿の歌舞伎町界隈では、ブラジル人の少年たちが何色だかのチームを作って何色だかの日本の不良少年たちと小競り合いをしたこともあったし、暴走族で一番恐れられていたのは残留孤児たちの子供たちのドラゴンとかいうグループだった、というのもある。そしてこうした声のあげ方は、国境を越えた世界資本主義の趨勢として派生してきもするから、研究者が指摘するような一般的な事象でもあるだろう。

<つまり、こうした団地で暮らす日本人は、すでに何らかの経済的・社会的困難を抱えている、あるいは抱えていないにしろ、そのリスクを抱えた人たち――「住環境の悪化」にもかかわらず、「転出できない」層――が多い。そう考えると、外国人が集中する居住空間における問題は、日本人住民と外国人住民のあいだの「文化的差異」としてだけでなく、「社会的至近性」にも目を配って考える必要がある。>(森千香子著「郊外団地と「不可能なコミュニティー」」『現代思想』2007.6月号)

<スミスは、フランス郊外やアメリカ・ゲットーで脱工業化の進んだ一九七○年代以降に、地域コミュニティーの解体がさらに地域を荒廃させたことに注目し、「意味と感情の詰まった安定した共同体としての『場』から、脱出すべき『空間』への変化と捉えた。ここで言われる「場」を人間同士のつながりによって形成されるエリアスの「相互依存の編み合わせ」と考えるなら、場から空間への移行は、人間が自己統制を失い、暴力化する「脱文明化」の過程につながる。貧困層や福祉対象者の集中を加速させる公営団地での「場」の維持とは、このような問題を孕んでいる。>(森千香子著「「施設化」する公営団地」『現代思想』2006.12月号」)

そしてまた逆に、デモという他人との関心の共有など発生するわけもないくらい、個人主義的なアトム化が進行してしまっている、ということもあるだろう。

<要約するに、日本近代から現代にいたるアパートの発展過程は、初期のアパートにあっては個室の外部にあり共用で使われていた玄関や下駄箱、トイレ、台所、洗面室、浴室などが、少しずつ各個室内に取り込まれていった過程そのものである。現代のマンションの端緒である《理念性》のアパートを代表し、東洋一と謳われた『同潤会江戸川アパート』においてさえ、浴室、トイレ、炊事場などは各個室の外部に設置された共用設備であった。しかしアパートやマンションはその後の発展過程において、これらの諸機能をひとつずつ個々の住戸内に収容していったのである。現在のマンションでは、生活に必要な機能や設備のほとんどすべてが各住戸に納められる。マンション全体ではなく、その部屋に住む家族の構成員のみが使う専用設備である。同じようにワンルーム・マンションやアパートにあっては、住人ただ一人だけが使う専用設備となった。もちろんそれらは生活環境改善の流れであり、空間性の質を追求してきた結果である。トイレひとつとっても、共用と専用では雲泥の差があることは言うまでもない。だがすでに見たように、戦後の木造賃貸アパートはその空間設備的な居住性の絶対的な貧しさにより外部へと開かざるを得ず、それゆえ懐かしい《家郷性》を孕むに至ったのではなかったか。しかしコイン・ランドリーなどを僅かな例外として必要な設備のほとんどを内部に納めるようになったワンルーム・マンションやアパートは、ある意味徹底的に自己完結的な空間であり、《家郷性》が孕まれる余地など寸分も見当たらないように見える。共同住宅とも呼ばれるアパートやマンションであるが、ワンルームはまさに、非・共同住宅とでも呼びたくなるような存在ではないか。>(近藤祐著『物語としのアパート』彩流社)

しかしそれでも、冒頭引用した上田篤氏の示唆するように、そのもはや長押もないようなワンルームのガラス戸は、床をなで神に開かれて、あるいは招き入れてしまっているのではないだろうか? それを、芥川龍之介のように、「神々の笑み」としてイロニカルに嫌悪=批判することもできるけれど、実践的には敗北ということではないのか? ボードレールの屋根裏は、交感の現場だった。日本の作家たちのウサギ小屋も、実は「因幡の白兎」を助けたオオクニヌシに通じていたのかもしれない。憑いてまわるストーカーを警察に訴えるのは民主的なことかもしれないが、警察(公)にちくることを村八分的に許容しない民の共同心性こそデモンストレーションではないのだろうか? そして渡来民(外国移民)こそがまた、国家にちくることをしないものではないのだろうか? 入国管理局は、メールでのちくり制度を設けてとりしまっているけれど、それは卑怯なことではないのか?

2009年5月1日金曜日

安全管理(保障)と全体主義


「東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はつきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちよこんと出てゐて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。しかも左のはうに、肩が傾いて心細く、船尾のはうからだんだん沈没しかけてゆく軍艦の姿に似てゐる。三年まへの冬、私は或る人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立つて、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のはうにちよつと傾いて、あの富士を忘れない。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはつきり見えるぢやねえか、めつぽふ寒いや、など呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思ひは、二度と繰りかへしたくない。 昭和十三年の初秋、思ひをあらたにする覚悟で、私は、かばんひとつさげて旅に出た。」(太宰治 『富嶽百景』)

「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しと為す。 」(弘法大師)


「職長・安全衛生責任者教育」講習会というものに出席するはめになった。ゼネコン的にいくつもの業者が入る現場で必要になってくる資格(教育)なので、私のような下働きの者には関係ないのだが、元請けとの付き合い上参加するということなのだろう。その元請けと仕事をやっている親方の息子がハネムーンなので、私が2日間仕事を休んで顔をだしてくる。「安全のことなど頭から忘れてください。」「昔の職人のように品質と工程そして原価の管理が顧客と相対してできるのならば、安全管理なんて当然そこにはいってくるのです。」「ゼネコンは口を開けば安全第一とかいっている。それじゃ身動きできませんね。」と本末転倒した現状を批判することから始めた講師によると、しかしこの教育を受講しないと、新たに設けられた「基幹技能者」とやらになるための、これまた資格講習の資格自体がとれないことになるのだという。おそらく1級管理および監理技能士の資格者数が多くなってきたので、また別に作って人員を搾りはじめたのかもしれないが、実際にはお金を搾り取っていることにしかならないだろう。北海道で開かれた洞爺湖サミットの工事では、発注者(おそらく国家になるのだろうが……)は施工者には「基幹技能士」を採用するようにとの注文をつけてきたのだそうで、となると北海道にはまだそんな資格保持者はひとりもおらず、それでは本州からの会社に仕事をもっていかれてしまうからと、急遽講習会を開いて80人ほどの基幹技能者をそろえたのだそうだ。「テキスト読んでるだけじゃだめなんだよ」と、どうも現場あがりから国家官僚の公益法人的な組織に取り入れられた現状批判的な講師の話はもっともだけど、しかしそれゆえに言っていることとやっていることの論理があっていないので、話が腑に落ちてこず、説得力がない。安全と仕事とは関係がない、と言いながら、ゼネコンが安全第一にこだわるのは事故が起きたら入札に呼ばれなくなるからだ、と言うことは、関係がある、ということではないのか? 民間が形式ばることに走り、国家がその実質を正そうとしている、という講義の構図は通念とは逆の現象におもうが、なんでそんなねじれたことが起きているのか、その知りたくなる肝心な論理と筋道がみえてこない。おそらく精力的な講師の個人的理由なのかな、とも思うのだが…。

最近発表された、アメリカのピューリッツァー賞は、ラスベガスの建築現場での労働災害事情(死亡率の増加)を追求した記事に与えられたようだ。ネットで検索して読んでみると、「職長」さんが死亡している。この記事を受けて当選前のオバマ氏やクリントン氏が議会で問題にして、建築会社のほうが安全対策をとったら、死亡者がゼロになったというのだから、ハード(設備)レベルでの対策が相当手抜きされていたのだろう。会社側の調査分析は事故増加の原因は不明なのだそうだが、現場の労働者はスピードが要求され同時にいくつもの現場が重なっていることをあげているようだ。日本では一応、高度成長期の後半期に安全衛生法とかなんとかが、国際労働機関の催促もあって制定され、ハードレベルでの対策を厳格にするようになったからか、一定の水準までさがって平衡状態になっている。といっても、その事故の内でも死亡の割合自体は以前とそう変わらないのだそうだ。つまり、それでも常に事故るときは死、と危険なのである。だからちょっと設備に手を抜けば、いいかえれば政治的な監視の目がゆるまると、ラスベガスの現場でのように歴然と死亡率があがってくるのだろう。もともと恐さ知らずというか、やせ我慢をひけらかす男気の世界の現場では、「えい、やっちまえ」という技術的確信ではなく見切りでやってしまう人たちのほうが多いだろう。いま私がやっている高所作業車を使っている松の手入れには、キャタピラ式のものを導入しているので運転専門のオペレーターをつけてもらっているのだが、「そんな人いらないですよ。金がもったいないですよ」とペアを組んで作業している職人は元請けの社長に言う。俺が運転できるから、と。私は唖然としてしまう。週に数日は二日酔いできて管を巻いているジジイの言うことを間に受ける社長がいるのか? しかも、車両式の操作簡単なゴンドラを枝の間に挟んで身動き不能にし、危険ランプと危険信号を鳴り響かせもしたのに。私は木に飛び移って脱出しようかと思ったくらいだったのだが、本人はもう仕出かしたことを忘れているのだ。そればかりか、最初に来たオペレーターは新人で、いまやってもらっている人がベテランだというのは一目瞭然なのだが、上手いのは若い方のだ、と頓珍漢なことを平気で言ってのける。一緒にゴンドラに乗ってみれば、経験のあるものはすぐにわかるのだ。若い奴は不安で迷っていた、最初に念頭に入れておくべき初期値(想定ごと、危険予知)が少なすぎるのだ、だからどこかぼけっとしている、緊張感と落ち着きが足りない、がベテランと乗ると、すぐに波長があってくる、だからこちらも無駄なことを考えずに剪定に専心できるのだ。が若造には、小手先でハンドルをくるくるさばいている運転を上手なものと思い込んで調子付くように、そう阿呆な判断しかできないのだろ。バカにつける薬はない。それ程危険でない仕事しかやっていないのにすでに入院通院の事故をおこしているのだが、それを単なる偶然不可避の事として未だに他人事のように認識している。酔いがまわると、「俺に掃除ばかりさせて木を切らせないからまだできないんだ。誰でもできる仕事なんだから俺にもやらせろ」と、実はやらせようとすると尻込みして逃げるくせに、本当にやらせたら8割の確率で死ぬか障害者になるだろう。その時は、現場の「職長・安全衛生責任者」として、私が会社経営者と同様に刑事責任を負うことになるのだろうか? そして、日本の「安全衛生教育」がやろうとしていることは、実はこうしたバカにどうにかして事故を起こさせないようにし事故率をより低くしていこう、というソフトレベルでの話しなのである、というか、はずなのである。それはもちろん、2日のテキスト講習で始末がつく問題ではない。競争率のある仕事なら、バカは単に淘汰されていくのだろうが、行くところのないものが来るような現場では、そうにはならない。私としては、徒弟的な教育をもう一度、とも思うのだが、しかしそれでもああなままなのだから、死んでも仕方がないか、確率(割合)だからな、と考えてしまうのである。しかし私は、そんなバカと一緒に死んだり、そのバカのおかげで刑務所に入るのが本望なのだろうか?

ソマリア沖の海賊対策として、自衛隊員が遠方の海域へと送られた。国際的なというか、世界的なヘゲモニー争いの社会での協調姿勢を示すことが、日本の経済生活の現状を保守維持させることはもちろん、対外的な安全保障への布石として位置づけられるがゆえの政治的選択なのだろう。これまで憲法9条的な原理性で行動してきたのならともかく、そうではないのだから、拒否することは困難だろう。が、問題なのは、その参加がゆえになんら原理的戦略性に裏付けられていない潮流への迎合(対応、後手策)にしかならないことだ。あくまで原理原則は9条で、それを守るために世界へ働きかける政治的な意思のとりあえずの戦略的妥協、と意識すらされることもないだろう。そしてそのなんだかはっきりしない対応のなかで、自衛隊員はより体を張った、命をかけさせられる任務を引き受けることになる。チョムスキーはベトナム戦争時よりも、生活上やむえず志願に追い込まれてイラクへと派遣される兵士のほうが気の毒だと言ったが、職業選択の自由としてその仕事に就いた自衛隊員も同じように気の毒だと私は思う。自由に選んだ自己責任ゆえに、身内以外の第三者の誰もその死に関心(責任)を感じないだろう。見殺しにされようとしているのだ。自ら民間の殺人組織に入って戦場へと行く人ならまだしも、その地域で行き場(就職先)のなかったような若者たちが入隊しているのではないだろうか? あのイラク戦争時、「自衛隊員を見殺しにするな!」と竹竿に旗を立ててデモ行進したことが私にはあったけれど、その情勢はより現実味を増しているように思える。しかし、行きどころもなく自衛隊に就いた人たちは現場に吹きだまってくる男らと同じくバカ者なんだろうか? あるいは派遣労働者としてさまよいはじめた若者たちとはどこか違うのだろうか? 「日本にはデモがない、そんなのは民主主義ではない、これでは世界からとりのこされてしまう」というような意見をいまだ日本のインテリたちは抱いているようだが、それはソマリアへ自衛隊を派遣しなくてはおいてけぼりにされる、と怯え憂える政治家・官僚の態度とパラレルだと私には思える。ないもの(理念)からあるもの(現状)を批判(否定)して反応する後手の態度。しかし実践的とは、あるもの(現状)からないもの(理念)へ向うにはどうすべきか、と考えることではないのだろうか? 古物商の長嶋氏が言ったように、それはある、共通するものは後退してもなくならない前提だ、その肯定の姿勢からはじめるべきではないのだろうか? ならばしかし、……やはり私はバカたちとともにやりはじめるというのが本筋なのだろうか?

「ほんとにくだらないよNPOなんて。」と、去年までは耐震偽造をチェックするNPOの理事長をやっていて、福田総理から内閣総理大臣賞をも授与されたそうな「職長・安全衛生責任者教育」講習会の講師は言う。この俺が言うんだから本当さ。その9割はくだらない、というか、圧力団体だよ、寄生虫みたいなさ。そして引きこもりを支援する団体批判から派遣村への批判へと飛ぶ。「ぜんぜん深刻そうにみえないね。」当人は茨城から下駄はいて東京にでてきたのだそうだ。「あれはパフォーマンスでしょ」とも。たしかに私が驚いたのは、支援されるほうよりも、支援するボランティアの人たちのほうがより多く集まった、ということだった。おそらく、既成の運動団体に所属するでもなくやってきた人は、自らもが半失業的な派遣者的立場の人だったのではあるまいか、だけれども、生活が貧窮しているというわけでもないので、支援される側ではなく支援する方の側から参加することで、なにかしらのメンタリティー的な支えを得ようとしたのではないだろうか? そういう意味ではやはり被支援者なのだが、自らが生活必要的にデモンストレーションしたのではない、それは言い換えれば、当事者になる勇気がない、バカになることができない、ということではないだろうか? 戦前から日本の社会運動に関して指摘されていることに、それが指導者の運動で、肝心な当事者がいない、というのが大半だ、ということである。私が現在参加している移民ネットワークでも、時折そういう現状認識が提示されたりする。分析的に換言すれば、他人に親切になりたいという思いによって、自分自身を受け入れることをしない、それを回避するための優等生的な自己回避になっているのではないだろうか? それはむろん、ないもの(他人)によってあるもの(自分)を批判(否認)しようとする日本のインテリゲンチャの思考と同型である。いつからこんなことになったのだろう? 私はつまびらかでないが、デモがないのならそのないことがあることから、それを対他(対外)的なコミュニケーション(安全保障)上しないのがバカだというのなら、バカの現状と現場からどうするかを考えるのが、ソフトレベル段階での「職長・安全衛生責任者」(インテリ指導層)の実践ということではないのか? またそれが、国家に対抗しえる現勢体(中間団体・仲間)の実質(当事者)を首肯している、ということではないのか? ……となると、私はやはりまわりのバカたちと一緒にやるということなのだろうか?

しかし私は想像するのだ、いわゆるファシズム体制が現前化してくるのならば、佐藤優氏のように方便的にか国家あるいは共同体を擁護する姿勢(思想)は具体的な局面・現場において空虚になってくるのではないか、と。いわゆる顔をみるのが嫌になるほどのバカたちが権力を握って、人々の目前で強気なバカをほざき、自分と対面してくるようになるのではないだろうか? そのときは、形式的にも国家を保持するなどとは言う気がなくなるだろう。ボナパルティズム下のランボー、そして戦時中の無頼派のように、思想的な後退になるとしても個人の高貴さに引きこもって沸々と春を準備する、植物の休眠や熊の冬眠という能動的なニヒリズムを生きることが貴重で基調な姿勢にならざるをえなくなってくるのではないだろうか? そう思い込む時期は早々だとしても、政権交代ひとつとして先手を打てなかった日本の安全管理(保障)上の世界環境(情勢)を見渡すと、雲行きがあやしいように見えるのである。

2009年4月19日日曜日

神さまと親心


「ある時イエスは、ある村に来てマルタという女の家に招かれました。彼女のほかにマリアという妹がいました。マリアは救い主の足もとに腰をおろして、彼のことばを一心に聞いていました。マルタはそれとは反対に、お客のもてなしのためにあれこれと忙しくしていました。マリアが何もしていないでいるのをマルタは怒り、イエスに、マリアも家事を手伝うように言ってくださいとお願いしました。しかしイエスはマルタに甘いことはおっしゃらずに、「あなたはたくさんのことに気を遣っている。だが必要なことは少ししかないのだよ。マリアはよいほうを選んだのだ」と言いました。(『聖書物語』絵F.ホフマン/文P.エーリスマン 日本基督教団出版局)


一希がどういうわけか、“神さま”に興味をもちはじめた。東京MXテレビで再放送していた『鉄腕アトム』で、ウランちゃんが「神さまってなあに?」と追い求める物語があって、それに影響をされたのかもと思うのだが、それだけではないらしい。そういう年頃、ということかもあるのだろうが、しつこくきくのが、なんで「十字架に貼り付けにされたの?」ということだから、そのキリストのイメージに、なにか強烈な印象を持ったらしい。ウルトラマンでも、ウルトラの兄弟たちが貼り付けにされるシーンが引用されるが、子供が見た順序はウルトラマンのほうが先なのに、それを「ほらこれも十字架」と、イエスの方が先でそれが後の借用であることが理解されるほどに、その人間が貼り付けにされる、ということが不思議でならないらしいのだ。

そこで図書館から、キリスト教関係の絵本と、日本の『古事記』の子供向けの物語を借りて、読んでやることにした。まずは創世記のアダムとイブの物語からはいるのだが、まずそこからにして、不可思議な世界、おそらくはウルトラマンのような架空の物語としてではなく、人間としてリアルであるが不可解なイメージに面食らうようだ。夜の寝床で読み聞かせるのだが、目の玉を大きく見開きはじめて、眠くて頭をかきむしりながらも眠れなくなるらしい。男と女が裸であることに恥ずかしくなって神から追い出されて、男は仕事に女は子供を産むのに苦しむようになる、と。さらに兄弟殺しのカインとアベル、その子孫繁栄したノアの箱舟時の人類絶滅や、アブラハムの子供を生贄にする話になると、なんでと聞くのでその各々の場合の殺した理由を説明してやるのだが、おそらく人がなんで人を憎くなるのかが腑に落ちないのだろう。一希も喧嘩をするだろうというと頷きはするのだが。そしてそこまでの人間の前提状態というか、背景を見せてから、やっと新約の物語にはいっていく。ここでは、キリストが死人を蘇らせる奇跡=信仰と、その背景状況下にあっての、どう人が選択すべきかのイエスのたとえ話が中心となってくる。「隣人」とは誰か、という問い……見知らぬけが人を見て通り過ぎた味方と手当てをしてやった敵ではどちらの態度がいいのか? 悪いことをした人となんで付き合うのかと権力者側から詰問されてイエスが述べる、九十九匹と一匹の迷える羊の話……パパやママからとことこ離れて行って勝手に遊んでいる悪い子をそのままおいてけぼりにして、いい子についてきた兄弟だけを連れて家に帰ってしまうパパとママはいいと思うかい? 神殿で泥棒をしないでいる自分であることに感謝する神父に比し、収税人がそこで「目を上へあげることはできない」でいるのはどうして?……貧しい人からお金を取り立てる仕事をしている人は自分が悪いことをしていると知っているから顔向けできないんじゃないの? だけどその人が集めたお金はみんな神父さんがもらうのに、その神父さんが平気でいるのはいいことなの? そして、冒頭で引用したマリアの話。「なんで神さまはお手伝いしないの?」と息子はきいてくる。そんな質問があるのだな、と私はびっくりする。台所でママの手伝いをするとほめられるのだから当然か。「神さまは、食べることよりも大切なことがあるという考えなんだよ。だから、その話をきいているだけでお手伝いしない妹のほうに神の子は悪口を言わないのさ。じゃあ、いっちゃんには、アイスクリームより大切なものってあるかい?」と私は聞いてみる。一希はちょっと考えてから「カブトムシ!」と声をあげる。これも意外だが当然な返答なので面食らいながら、「この神様の子供が言っているのは、目に見えないもののことを言っているんだよ。アイスもカブトも目に見えるだろ?」と付け足してみると、またちょっと考えてから、「ともだち!」と言ってくる。なるほど、それは正解か、と思いながらも、「そうだね。だけどこの神の子は、人間と友達になるよりも、神さまと友達になるほうがもっと大切なことなんだ、と教えているんだよ。」

そこまで子供に読み聞かせながら、自分でもわけがわからなくなってくる。次ぎの絵は、マリアがひざまずき、香油を使って自らの髪の毛でイエスの足を洗ってやっているシーンだ。その一見してのイメージの不可解な強烈さに、眩暈がしてくる。「何しているとおもう?」と一希にきいても、わからない、と言う。「まわりの生徒たちは、この女の人に、そんな高い油を買うお金があるなら、その金を貧乏な人に配ってあげればいい、と言って女を責めるんだけど、いっちゃんはそれがいいとおもうかい?」と文を読んであげたあとできいてみる。そうおもう、と一希は答える。「だけど神さまの子はね、もうすぐ自分が殺されてしまうことを知っているんだ。もうみんなとバイバイしちゃうんだよ。だから、女の人が足を洗ってくれることを喜んで、みんなにこれでいいんだ、と言っているんだ。自分はもうすぐ死ぬんだよって。」……今年にはいって、草野球仲間の一人が自殺した。不動産屋の社長だ。まだ40代後半だ。二十歳ぐらいの長男を先頭に、最近板前見習いとかと結婚して九州のほうへ嫁いでいった長女、そしてなお幼い子供がいる。借金があったそうだ。心筋梗塞の病気を持っていたとはいえ、周りの人には突然の死とうつった。死ぬ前に、家族でラスベガスにいっている。社員への給料未払いの件もあったから、800万どこかから借り、支払い残りで賭けにでたのだろうと。それは、その人らしい決断だ。2・3年前から、高額の生命保険にはいっていたので、計画的だろう、と言われている。奥さんや子供たちは、そのことを知っていたのだろうか? 特に奥さんはどうだろう? 冗談だと思うのではなかろうか? 死を前提(計画)に生きていられることを。遺書はなかったと聞いているし、文を書くより直接行動で、つまり話してきかすほうの人だ。四十九日の法要にあたってお返しの手紙が奥さんから送付されてくる。……「故人の遺志により、賜りましたご供物料の一部を地域の精神障害者の支援施設である地域活動支援センター○に社会福祉基金として寄付させていただきました。」

誰とでも仲良くしようとする一希をみていて、親としては心配になってしまうことがある。公園や地域の集まりで他の子と遊んでいるとき、いや遊ぼうとするとき、よその子からピンタされたりするのだが、反抗するでもなく、またニコニコと懲りもせずに遊ぼうと誘い続けるのだ。私はそのとき、右の頬をぶたれたなら左の頬をさしだせ、というイエスの選択を思い出した。そして、自分と似ている、と。私は幼稚園の頃はガキ大将ではないけれど、いじめていた方だし、一希も多分にそうで、そこを親類からは活発なきかん子、と指摘されて、いい子にしてないと世の中わたっていけないぞ、みたいなことを言われているのだが、私の見方は正反対だ。引っ込み思案で、晩生(おくて)だ。昨日も、小学生の子供と交じってのサッカー教室での様子を、仕事の昼休みに弁当を食べながら見ていたけれど、その遠慮気味な動きが気がかりになる。私はある意味、自分の性格(子供らしさ)を、思春期の葛藤を通して、大人になってからもう一度選びなおした、あるいは獲得しようと努力している、ということを倫理・思想的な態度としている、と言えるかもしれない。それはそれでいいとしても、その私は、世の中を渡っているのかどうか、心もとないからだ。息子には、たくましく育って欲しい、とおもうのが親心である。クレーン車は危ない、と前回のブログで書くと、自分がここ数週間、高所作業車に乗っての手入れ仕事に借り出され、となるやすぐ新宿でクレーン車がひっくり返ってみせる。私には死を想像することは恐怖で、とても計画的になど生きられそうもないし、この書くことと事実(事件)との符号的な連鎖を運命的に意義づけようとする、「意味という病」に犯されたいともおもわない。しかし、親と子の類似、連続、伝承されていくもの、その無意識的な選択が自分たちを動かしている、いや取り付いているのではないか、つまり神はいるのか、と、人の親として気がかりになってくるのだ。「神はいるとおもうかい?」と一希にきくと、ちょっと考えてから、「いるとおもう」と答えてくる。

2009年3月28日土曜日

草の根の意地と、安全管理


「「我々ロックフェラー財団がウーマンリブ運動に資金を提供したんだよ。我々が新聞やテレビで大いにこの運動を盛り上げたんだよ。その大きな理由は2つある。1つ目は女性が外に勤めに出ると所得税が取れるので税収が増える」後述しますが、連邦所得税の全額はロックフェラー家を始めとする国際金融資本家の懐に入るようになっています。ニコラスはそこまでは言っていませんが、所得税収が増えると彼らの懐が温かくなるという筋書きなのです。「2つ目は家庭が崩壊するので、子供の教育が母親から学校やテレビに移っていく。我々が子供をコントロールしやすくなる」とニコラスは、ロックフェラーが女性の権利向上を積極的に支援した理由を、アーロンに説明したのでした。」(菊川征司著『闇の世界金融の超不都合な真実』徳間書店)


WEC決勝戦で、決勝打を放ったイチローは、「無の境地でいきたかったんですけど」と断りながら、もし自分がこの延長戦ツーアウト2・3塁の場面でヒットを打ったら「俺もってるじゃん」との雑念を抱いていたという。そう色々なことを考えてしまう場合は打てないもんなんですが、と付け加えながら。そしてのちのインタビューでは、「神が降りてきましたね」と解説していたようだ。イチローが「持っている」もの、とは、新聞でのカッコつきで推察挿入された「運」という確率(数学)的な用語というより、まさに<憑き物>、先のブログで引用した芸術家の文章で紹介されるところの荻生徂徠のいう「鬼神」、つまりより宗教的な意味合いに近いものだろう。そんな超越論的な感覚が、技術(=理論)を磨いて(=統制して)いるのだ。神は光とともにあったと信じたアイシュタインが、自ら作った理論が神の居場所をなくしてしまったら、自分は間違っているかもしれないとまた新たに理論を練り直し始めるように。その厳格さだけが、確率をまぐれ(運)ではなく、必然=格律として人々を説得(=信じ)させるのだ。でそのイチローはまた、「日本のために勝った」とも言う。イチローの神は、国家的、あるいはわが同族=共同体的なものなのだろうか?

*原監督が優勝後のインタビューで、まさに「正々堂々」「潔く」という日本男児的な言葉使いをしていた、のには驚いた。ただそのイデオロギー的機能は逆説的に働いたようで、勝ちの意識に緊張しているよりは負けてもともと、みたいな余裕ある兄貴分の態度が、選手たちに安定感と自由な意識を与えた、ということになったのかもしれない。

「向こう30年、日本に手をだせないような勝ち方をしたい」と韓国戦に際し豪語するところからはじまった、一昨年のイチローのWBC参戦への決意は、なおさら韓国選手およびその同国ファンを奮い立たせる結果になったのだが、その驕りはオリンピックのメダル数を競うような、国別対抗的な意識、それを保証する経済進歩的な国力への後釜を無意識にもひきずって発言してしまったものなのだろうか? 野村監督のような管理野球を嫌い、日本シリーズで優勝できなかった一番の悔しさを「あんな野球に負けたくなかった」ともらす彼が、国家体制的な態度を引き受けているとは考えにくい。むしろ、前者の驕りと後者の嫌悪は地続きで、イチローは韓国のような国策(管理)的な野球体制では勝てないもの、を日本の野球文化にみてきた、ということではないのだろうか? かつて日本人にとって野球とは、そのベースボールの日本語訳どおり、貧しい子供たちが野原や空地で時間を忘れる、ブラジルでのサッカーのような社会的位置にあったのではないだろうか? 少年野球から甲子園そしてプロ野球への組織化といえども、そのリゾーム的な草の根の思いとネットワークが下地になっているのである。大リーグへと闘争=逃走した選手たちが、その文化形成での悪い面を批判してゆくけれど、この厚みをもった地層から自分たちが育ってきていることを自覚している。それが、自然的な熟成を飛び越えて、社会主義国のオリンピックでのメダル確保を目指させているような国策的な速度でおいつこうとしても、それは基本・原理的な態度として無理なのだ、俺たちに勝てるわけがないのだ、似て非なるものなのだ、……そうイチローは言いたかったのではないだろうか? いや、日本の選手たちが、韓国に勝ったからといって、日の丸をマウンドに立てる仕草をするとはおもわれない。優勝したイチローは日の丸を背中に羽織って駆け回るようなやんちゃさをみせるけれども、彼のいう日本とは、国家(=管理)とは亀裂を走らせるものだろう。私には、WBCの最後にみせたあの<センター返し>の一打は、「草の根の意地」に見えたのである。

しかしこの自然な歩みの厳密さと厳格さを合理化して(はしょって)、わかりやすい神がかりで人を操作=支配しようとするのが国家である。すでにオバマに政権が移ったアメリカでは、国民をなだめ動員する大掛かりな物語操作(イデオロギー)が発動されているようだ。いまだその後塵を拝している日本では、まさかイチローの言葉にあやかって「神風」の神話がでてくるともおもわれないが、しかしいまだ真剣み切実さの足りない能天気さに、「遅れたものが先になるだろう」ような両義的な可能性が残存している、ということなのかもしれない。イチローは資本家(企業)に管理されてWBCに出場できない大リーガー選手のことを「かわいそう」と思うという。アメリカの選手は、サッカー界と同様、お国(ボランタリー)のためというより個人(プロ)のため、という社会的位置にいる。イチローの発言はプロチーム(個人主義)としては後発国としての遅れを露呈させてくると同時に、そうは時代の流れに操作はされきれていない共同体的な心性を明かしているのだ。つまりここにも、草の根が残っている。国家官僚をはじめ、冒頭引用した国際的な金融資本家も、インテリ的な小手先の制度的操作で人々が管理できると信じているらしい。しかし女性が社会に進出し、子供がテレビを見るのは、そんな陰謀の結果ではないだろう。彼らのイスラエル建国がパレスチナの住民を思い通りに操作しきれずに終わってきているように、社会に進出した女性や子供が今後どう動くかは、地震のメカニズムに似た「スランプ(自然の巻き返し)」のしのぎ方によるだろう。ニーチェは、そこを「ロシア的泥酔」として、冬眠する熊のようにひたすら眠ってやり過ごすことを説いたのだが……。もちろん、それは何もしない平和ボケ的な昨今の日本人の態度とは似て非なるものだ。安全カラーコーンと安全バーで囲ってあるその外ならば、そこで何が起きているかも気にかけずに談笑して通り過ぎ、あるいはその現場の真下でクレーン車をものめずらしそうに親子で見学している人々のような態度とは。それならば、韓国での工事現場でのように、外見的な安全対策がなにも講じてないような町の人々のほうがニーチェの哲学に近いだろう。何もなければ、自分の目で、それがどんな危険をもった場所なのかが見えてきてしまうだろう、ならばそこは足早に駆け抜けたり近寄らないようにするだろう。実際、日本での安全管理など、事故が起こったときの言い訳作りのようなもので、それを信じて安心している通行人をみると、現場の人間はアホかと思ってしまうのである。動物的な本能が、つまり自然力が退化している……。「昨日撮ってもらった写真なんですけど」と現場代理人をやりはじめた親方の息子が事務デスクから携帯をかけてくる。「ノーヘルの人いるんですよ。それ使えませんから。」と役所への提出書類の不備を指摘してくる。それは私が年上の職人に、肥料まきの作業なんだから、タオルを頭に巻いた今の姿のままでいい、いちいち現場写真だからってヘルメットとりにいかなくていいですよ、と断って撮ったものだった。被写体が作業員ふうな若造ならともかく、面構えだけで職人とわかる人にそんな形式の強要は礼儀知らずだというのが私の意見である。そして実際、役人でもそんな常識や教養は持っていて、機械的な所作をするものは下っ端なのだけど。しかしともあれ、どんなレベルであっても、ロックフェラーのような資本家や国家官僚に負けないようにするとは、そうした形式化を排して動物的な本能を失わないと意志することがまず第一なのだ。この自然に近い厳密さ厳格さだけが、スランプを素早く脱出させるのである。王貞治はスランプのときの対処として、「ボール球を振らないよう気をつける」ことをあげていた。じたばたせず、じっとしていることに集中するのだ。それが冬の厳しさに準備した熊の冬眠であり、「ロシア的泥酔」というニヒリズムを脱する方策なのである。WBC中、試合の流れを止めてしまうような状態だったイチローは、こうもインタビューに答えていた。「普段と変わらない自分でいることが僕の支え。この支えを崩すと、タフな試合の中では、自分を支えきれなくなってしまう」と。不調の中でもイチローが動じずじっとしていなかったら、おそらく日本代表は優勝までいけなかっただろう。それは何もしないで待つ日本的諦念感とは似て非なるものであり、むしろそれが、リーダーシップという実践的態度につながっているのだ。

でははたして、この世界的な危機のなかで、日本の政治家や官僚はどう行動しているだろうか? テポドンひとつにじたばたしはじめて、これから起こることのための言い訳作りのために、機械的な手続きをふんでいるだけなのではないだろうか? やたら動いているが、実はなにもしていない。北朝鮮が、人工衛星を運ぶロケットの破壊は「宣戦布告」とみなすと明白に挑発しているのに、なんでその挑発にのって動いてしまうのか? ほんとうに、戦争で答える覚悟があるというのか? それを受け入れさせる説得力=信仰を国民にみせているのか? むしろ、こんなあっけらかんとした挑発の裏には、なにかあるのではないかと勘ぐるのが普通ではないのだろうか? 北朝鮮の政府が、「正々堂々」と「潔く」戦いをのぞんでくるとは思われない。ほんとうは、誰が戦争をしたがっているのか? 本当に挑発(=結託)しているものが他にいるのではないか……われわれの本能は、厳しい冬を眠ってしのぐ熊のように目覚めているだろうか?

2009年3月21日土曜日

資本主義論理下の、フリーターと移民労働者


「「小さな差異」が単一の普遍世界の中に併存するポストモダンの精神に慣れてしまった日本の政治エリートには、新自由主義と保守主義の路線の違いが「小さな差異」にしか見えず、「大きな物語」をめぐる闘争であることに気づかなかったのだ。」(佐藤優著『テロリズムの罠 左巻』角川書店)




夕食時になると、今年6歳になる息子の一希は、「ご飯がこわいよう」と言って、食べることをボイコットするときがしばしばある。まだ口にしたときのないもの、新しいものに挑戦する意欲が弱いのは性格的なものがあるとしても、やはりお菓子やチョコレート、そしてアイスクリームを食べることに慣れているからそう駄々をこね始めるらしい。「もうお菓子をあげませんからね!」と女房にどなられても、私が帰宅し、パンツいっちょで食卓につき、風呂の湯がたまるあいだ、空腹しのぎにとコンビニで買ってきた一口ケーキやアイスのたぐいを食べていると、ものほしそうに近寄ってき、「ママにみつかったらどうなる?」というと、ネズミのようにさっとそれを手に取って食卓の下にもぐりこんで食べ始めるのだった。私としては、過度にご飯ぎらいになってしまうのは問題だけど、そうでないならおいしいとおもうものを精一杯食べさせてあげたいと思うのだ。それはテレビのニュースで、いわゆる幼児を虐殺された父親が、「もっとアイスクリームを食べたい時にたべさせてあげればよかった」と後悔している手紙を葬儀の時に読み上げているのをきいて、私のニヒリズムがそう反応させているのかもしれない。……「チョコレートやお菓子だけじゃなくて、ご飯も食べれない子どもたちが世界にはいっぱいいるんだよ」「もしパパが怪我や病気で仕事ができなくなって貧乏になったらどうするの?」そんな話を、一希は想像するのを拒否するように考えないふりをして逃げる。しかしこれは、一般的にいって、日本の文化進度からして、もどることのできない趣味や欲望になっているのではないだろうか? そして、それが知識=歴史物語にもなってしまっているのではないだろうか?

佐藤優氏は、派遣村に象徴されてきたような若者の現状を、国家保守的立場から批判的に擁護=理解している。――「現下日本で生じているニ○○万円以下の給与生活者が一○○○万人を超えるなどという事態は異常だ。この状態では、労働者が家庭をもって、子どもを産み、教育を授けることが、経済的理由から不可能になる。世代交代を視野に入れた場合、労働力の再生産ができなくなるということだ。これでは日本の資本主義システムが崩壊する」(『テロリズムの罠 右巻』)……しかし、それでも再生産できる人々がいる、あるいは日本に呼び込まれ、なお呼び込まれようとしているのではないだろうか? そしてそれが、資本主義の論理矛盾した力学なのではないだろうか? たとえば、私の知り合いの日系を中心とした南米からの人たちは、日本の若者なら結婚し出産などしないだろうという条件下で、しかもこの外国で、結婚し、子どもを産み育てている。むろん、六畳間に、3人、2DKだとしても、その2部屋に5・6人で暮らしながら。この日本で出会ったお互いが外国人どうしでも。それができるのも、つまりそんな相互扶助ができるのも、彼らの出自的な文化的進度が、その趣味的な感性が、その生活を可能にさせているのだ。そして資本主義とは、このそれぞれの「文化的進度」という時差を労働力として活用=消尽してしまうほどのものなのではないだろうか? それは論理的には「再生産」を可能にさせておかなくては存立できないとしても(日本での若者たちとの関係でのように――)、外国人(移民)にはそんなヒューマンな論理一貫性など求める必要もない(=使い捨てればよい)ほどの生産の稼動をめざしてしまうものなのではないだろうか? そしてそのことを、佐藤氏が引用している箇所でマルクスが示唆していることではないのか?……<他方において、いわゆる必要なる欲望の範囲は、その充足の仕方と同じく、それ自身歴史的な産物であって、したがって、大部分は一国の文化段階に依存している。なかんずく、また根本的に、自由なる労働者の階級が、いかなる条件の下に、したがたって、いかなる習慣と生活要求をもって構成されてきているかということに依存している。したがって、他の商品と反対に、労働力の価値規定は、一つの歴史的な、そして道徳的な要素を含んでいる。だが、一定の国にとって、一定の時代には、必要なる生活手段の平均範囲が与えられている。>(マルクス『資本論』・前掲書より孫引き引用)

日本国民を救っているのは、日本人なのだろうか? これまで、工場生産を、南米からの日系を中心とした人々が担ってきた。これから、福祉などの分野では、また人間的な再生産を考慮せずともよい移民労働者が導入されてくるのだろう(言い換えれば、そんな心配せずとも再生産してしまう、それができる、ゆえにもっと搾取しえる他の文化だ、ということだ)。またそれが、経済界からの要請だ。いや、日本の「文化的進度」(=「文化段階」)からの要請だ。そしてそこに、「道徳的な要素」がはらんでくる。息子の一希は、この「道徳」を、受肉化することができるだろうか? 具体的には、六畳一間で3人の相互扶助的生活がもはやできないかもしれない感性(慣習文化)下において、倫理的にふるまえるだろうか? 教育とが、まさにそこでこそ反復されなくてはならないのに、私はそれを、教えることはできるのだろうか?

*私がかつてJapan as No.1下にフリーターとして働いていた頃の拙文『「労働時間」をめぐって』は、その頃の労働運動の標語が当然の「賃上げ」から不況時の「職の確保」に変わってしまったが、その「運動」が<単に文化的な「限度」を受容しただけの、いわばその価値規定の確認におわっているのではないかという疑義>は、いまでも有効なのではないかと思える。

日本人がどこまでアトム化されてしまったかはわからない。国内にいる移民労働者のような助け合いや贈与の精神が希薄になって生活力が弱体化してしまったのは確かなようだし、またかつてこの「ダンス&パンセ」でも紹介した古物商長嶋氏の発言にもあるように、共通したものとは後退してもなくならない前提なのだ、というのも真実である気がする。かつて、「相対的な他者との関係の絶対性」という起点から、「単独(者)―普遍」という外部への回路を説いた思想があった。そしてアソシエートとは、この単独者たちの連合だと。その思想はある意味、外国人とかというより身近な隣人との関係への注視により、生活上的には日常的にすぐ隣で出会ってしまう日本人同志との自己批判的なつるみあいいがみあいに終結した。国家のことなど普段考慮にもない生活者と同じようにあまりに当たり前な様態として。それはその思想が、当たり前なことを重視したのだから、当たり前な話であった。ならば、いまなら、いやいまでも、ポストモダニズムと整理されるだろうこの思想の起点は、もはや無効になったということなのだろうか? しかし、ナイーブな日本人の私を、危ない外国人から外国の友人たちが守ってくれていたのは、まさに私がナイーブな誠実さを保っていたからで、それが彼らの相互扶助と贈与の精神に交感したからではないだろうか? そして世界に無知な私が、そんな世界に入っていったのは、国家路線を捨てたフリーターであったからで、私が香田証生氏のように、あの歌舞伎町の店でもみたアラブの刀で首を落とされていてもおかしくはない……いやさらに、私が昔気質の残る職人世界に残ってこれたのも、私が非国民的な日本人的ナイーブさを保持していたからではないか? 私は、そこからはじめなくてはならないのではないだろうか? やはりつまりは、あくまではじきだされた、非国民の、時代遅れな、錯誤した、個人として…<進め、進軍! ああ駄目だ俺は、時間がとまってしまった>とボナパルティズム下を片足で生きた、フランスの詩人ランボーのように…。

2009年3月14日土曜日

WBCアジア予選から、その世間事情


「…こうして予想外の要素の混入がなければ新しい技術の発見もありえないわけです。ここで徂徠は技術という技術は破綻することが宿命づけられているといっているのでしょうか。いや、その反対に徂徠は、このようにけっして一義的に絞り込めず予測もしえない事象の生起、因果の偶発性を、にもかかわらずけっして偶発的なものではないとみなす――信じる――こと、そうした「理論的信」こそが技術者の行動を正常に制御し技術の向上を促す原理となりうると述べているのです。不可能で制御しがたい偶発性(そう受容してしまう知覚の錯乱性)を、にもかかわらず必然として繋ぎ止めるために要請される存在それが鬼神です。つまりここでもわれわれは、それ(その因果性)を経験的には知覚しえないが、しかし、それがたしかに在ることを知っているという、パラドキシカルな認識に出会うことになる。」(岡崎乾二郎著「確率の技術/技術の格律」)


WBC、アジア予選、その決勝、韓国vs日本。以前にもこのテーマパークで言及した、原監督の日本野球道の戦術にがっくりした。むろん私が言っているのは、8回裏にセンターへヒット出塁したイチローを、二番の中嶋にバントで送らせる、というその典型的な作法についてである。見ているほうすら、スポーツの高揚感が萎縮させられる。

あの場面、ピッチャーをはじめとした野手は、相当な緊張感をもって守備体制に望むことになる。足の速いイチロー、その日2本の安打を放っている中嶋、つづくクリーンアップ、一点差。盗塁、エンドラン、バント、それらをいつやるか、相手方のだす徴候を斜視で推測しながら、一球一球心構えの割合整理をおこない守備位置を微妙にずらしたりもするだろう。遊撃手だったなら、まずはゲッツーに備えて二塁ベースよりに移動する定位置が基本となるが、それが盗塁と予測するならほぼそのままの位置でエンドランに備えながら重心を二塁側へ移しきらないように気を配り、エンドランとして予測するなら守備位置を少し深めにとって一塁走者が走るみかけの牽制だけではなく、ほんとうに走ってくるのか、バッターは本気で振ってくるのか、それを早く判断できるよう、ほぼ90度の視界を全的に把握すべく集中していなくてはならない、バントでくるならば、その打球が一塁側か三塁側かで次に走り出す方向が逆になる。要するには、心を分割する構えの複雑さに、隙やぶれ、迷いがでやすくなるので、エラーの確率もぐっとますのである。

が、バッターはなんと、はじめからバントの構えを見せて打席に立った。高校野球レベルでも、これは信じがたい話である。原監督は中嶋が打席に入る前、なにか耳元でいい、それをテレビ解説者は、おそらくイチローの走塁を気にすることなく自由に打て、そしてイチローも相手の隙をみて自由に単独スチールを狙わせていく作戦だろう、と発言した。それが、勝負事として、オーソドックスな推論である。がなんと、原監督が選んだのは、少年野球レベルの作戦で、バントはバントとして的確に成功させるために、つまりやりやすいように始めからその構えをとってやれ、という指示だったのだ。これは勝負事としては、はじめから相手に手の内をみせて、そして歩兵の自分は自己犠牲で殉死し次の大物に体制を整えてやり、やおらおでましになったこの大将が正々堂々と勝負をのぞむ……この背後にあるのは、負けてもよいとする潔さの美学である。私には、戦艦大和の玉砕作戦か、とおもえる。つまり、勝つ気がないのだ。韓国側は、まず信じがたかったのではなかろうか? これはダミーか? それともバスターでのヒットエンドランか? しかしあの速球投手にバスターなど成功させるのは困難である。一球目バント失敗。そしてまたなんと、バントの構え。ピッチャーは安心し、単にバントをやらせ(成功させ)てあげればいい、と開きなおれるだろう。0対0ならまだしも緊張はつづくが、1点差あるのだ。このバッターでは気分転換的にリラックスし、次のバッターでの勝負に集中力を組み立てていくだろう。案の定、次の3番バッターには、解説者でもホームランを警戒して投げないだろうといわれた配球、内角へのストレートで凡ゴロにし止める。……二次大戦中、日本軍のいつも同じの突撃攻撃に、信じがたいおもいをこえて「気味の悪さ」を感じたという、諸外国の将校の発言を私は思い出す。




原監督、あるいは彼をWBC日本代表の監督に選んだ野球界のお偉い人たちが理解できないのは、この相変わらずの頭の固さが、どれほどの迷惑(失望)を選手(兵士)やファン(人民)に与えているのか、ということだ。それは、数学的な緊張、確率の世界の現実、厳しさにこそ、スポーツをするものや見るものの快楽もが約束されている、という人間的な事態である。イチローでさえ、たとえ最初のうちにヒットを連続できたとしても、最終的には3割の確率に落ち着くのだ。それはサイコロをふればふるほど1の出る目の確立が6分の1になってくるのと同じだ。しかしこの一定の現実のなかで、なぜこの場面でヒットがでるのか、その驚きと快感は奇跡的な事実なのだ。そうやってこの緊張の中で打撃不振だったイチローがセンターへはじき返したのに、その緊張をとぎらせるように、様式化された典型的な方法が脈絡もなく導入される。まるで監督やそのお偉い人たちが部外者なように。が、その人たちが世間を支配しているのだ。私は桑田真澄氏の言葉を思い起こす。「たとえプロ野球の監督になって日本一になっても、なにも変わらないし、変えることはできないんですね。だから僕はもっと上を目指す。」……たしかに、WBCに見られる事態は、野球界をこえて心配すべき世間事情を予測させる。

2009年2月20日金曜日

現状認識と実践、ビジョンに向けて――高校野球部同期会から


「競争が短期的に混乱をもたらすことは、第一部でもふれたが、談合がこのような状況で何かの役割を果たしうるとしたら、それなりに存在意義がある。仕事が少ないときに、首を切るよりも少ない仕事を分け合うのは、短期的な混乱を避けるためには有効な方法であろう。しかし、このような役割を果たすためには、現在の談合の仕組みは問題がある。「荒天に弱い」談合は、第三者の介入を招き、構造的な汚職を生み出すばかりで、必要な調整機能を十分には果たさない。また、談合は、「共存共栄」という言葉がしばしば使われるように、「現状維持」を目標とする傾向にある。短期的に摩擦を避けるのならばともかく、そうした状況でも中・長期的にみて必要な構造的調整への橋渡しが果たせなければ、市場での競争に対比できる調整の仕組みとしては不完全である。」(武田晴人著『談合の経済学』集英社)

高校時代の野球部同期生で会おうということになって、伊香保温泉にいってくる。ちょうど街路樹の剪定作業で、水を吸いあげていない固い小枝に鋏をいれていたものだから、右手が相当しびれてきている。冬場はもういつもこうだ。夜は痛みで寝付かれない。この職業病には湯治もいいかもしれんと、温泉につかった後はあんまさんに指圧もしてもらった。

野球の思い出話や他愛のない話をはじめながらも、やはりというか、運動部あがりといえど群馬のエリート校出の皆だから、私ぐらいの年齢だと、すでに会社でも重要なポジションについていたり、経営者にもなったりしているものもいるから、今回の金融危機をめぐる話が中心になった。…ラグビー部にいた○○は、リーマンつぶれて無職になったけど、数十億円の個人資産を持ってるぜ。最近オーナーになってる競走馬がG1で優勝したそうだよ。AIGに勤めているライトの守備についていたものは、政府の管轄下にはいったそんな会社と今どき取引する客もないから、暇だという。いま転職のオファーがいくつかきているけど、どこに身売りされるか見守ってから考えることになるな。地銀に勤務しているキャプテンは、他領域の取引拡大のために新しく派遣されてきた支店長のいびりに耐えかね、この俺でさえドクターストップがかかって2週間も休むことになったんだぜ。弱者の気持ちがわかるようになった点ではいい機会だったけど、そんなときにこんな事態がおきて、リストラされるかとおもったよ。そして市役所に勤めているピッチャーのものに、公務員はいいよな、となるのだった。

しかしやはり、一番危機的に大変なのは、サードを守っていた製造業の社長なようだった。ちょうど消費量が統計的に増大する、12月のクリスマス商戦にあわせて5月から生産してきたものをこれから船で出荷、というときに起きたのだった。100人いた従業員を50人に減らした。コンデンサという部品だが、一定的にはBRICS向けの生産だけど、たとえばブラジルとかの携帯電話じゃ機能がしゃべるだけに限られてるから、部品数が少なくて利益がでないんだ。そして派遣は駄目とかになると、外国との競争に勝てない。東南アジアの労働者は未熟だとかいうけど、そんなのは嘘だよ。これまでは家電と自動車工場との繁忙期のずれが、派遣労働者の移動を可能にしたセフティーネットになっていたけど、同時につぶれた。だけど派遣が悪いんじゃない、たしかに経理上彼らは人件費じゃなくて消耗品の項目で処理されるけど、問題はそんなんじゃないんだ。中間の搾取者がわるいんだ。あいつらはむかしのヤクザでもしないピンはね率でもうけてベンツ乗り回している。その分を保険とかのセフティーネットに貯蓄していればいいのに。郵政の民営化だって、やりっぱなしで、それからのことを考えてなかったじゃないか? 縦につぶしたものをこんどはどう横につなげるのかも考えていなくてはいけない。大臣は任期がきてすぐやめるから、党でそういうことを持続的に考えてもらいたい。選挙では地方の利害がらみの得票活動になっても、実際には国策的にやらないともたないよ。いったい構造改革ってなんだったんだ? 派遣村の村長はしっかりしてるみたいだから、俺は連合をつぶすぐらいのことをしてもらいたいよ。正社員の既得権が問題になるんだから。農業だって、いまは工場で農産物ができるし、山でフグも作れる。しかしいまの制度では外国のプランテーションに対抗できないから商売にならない。JAをつぶすぐらいのことをしなくちゃだめだ。地方の問題にしても、群馬は北関東州の州庁になるかもしれないのに、高崎と前橋で利害争いして議論中断して、じゃんけんで決めればいんじゃないか?……と、一度官僚をふくめた既得権益世界(閨閥)を切るために、政権が自民党から民主党に移行し、のちに政策的に結合した新しい政党が出来ていくことが、ほぼみなの望む方向のようらしかった。

で、私は何を望むだろう? いい高校いい大学をでていい企業にはいっていくという国家官僚路線からドロップアウトした私は? たしかにいま、土建業という利権の世界に住んでいるとしても。フリーターの自己責任? 正社員より時給がいいから派遣社員を選んで、寮を追い出されたときの所持金が数百円、そんな奴らを基準に社会福祉を考えていいのか? と野球部同期会でも議論された。しかし、Japan as No.1のバブル期に、これが世界一の暮らしかと馬鹿ばかしく自ら椅子とりゲームから降りたホームレスな競争回避な行為に、国家的なビジョンの萌芽がないのだろうか? 実際、そんな世界に散ったフリーター世代から、NGOや職人たちの無名的な活動が芽をだしはじめているようにもおもう。国家は、まずそんな自らの戦後が生んだ個人を支援すべきところに教育や予算を含めた方向性を定めるべきだ。日本政府は結果論的に、イラクで斬首された香田証生氏とアフガンで銃殺されたペシャワール会の伊藤和也氏を区別した。しかし彼らと、ワールド・サッカーの現役競争から辞退した中田英寿氏をもその国家的なビジョン=論理を明確に手にするためにも区別すべきでない。それが、やるときはささいなこと(利害対立や思想上の差異)にこだわらない、<実践的>ということではないだろうか? つまり、何をという目的(内容・結果)というより、どんな立場(論理・過程・文脈・態度)でやるのか? 幸い、日本はそれをラディカルに支援する憲法9条を保持している。それは、国家(官僚)がだめならば自ら銃を持って引きずり下ろすことを保証したアメリカの開拓精神=憲法と同様、積極的な市民の力なのではなかろうか?

2009年1月28日水曜日

韓流と民衆


「民主主義は、それ自身の活動の不変性にのみ依存する。思考の権威を行使することに慣れている人々にとっては、ここには恐怖を引き起こす原因が、したがって憎悪を引き起こす原因がある。しかし、知性の平等な力を<とるに足らない人々>と共有することのできる人々においては、逆に、勇気を、したがって喜びを引き起こすことができる。」(『民主主義への憎悪』ジャック・ランシエール著/松葉祥一訳 インスクリプト刊)

去年4月、職人仲間で韓国はソウルへいくというので、その予備知識のためにもと、韓国の歴史ドラマをみはじめてからおよそ一年。周2本のDVD観賞をこなすことで、ようやく3本の作品を見終えることができた。子供が寝静まった夜半に起きるのは大変でもあったが、私も韓流にはまったのだろう。『朱蒙』『薯童謡』『商道』の3ドラマ……といえば、どれもイ・ビョンフン氏が演出や監督に関わった作品である。他にも歴史ものの第一回目とうをみたものもあったのだが、俳優同じでも演技やセリフが臭く、なぜか結局この演劇界出身で大手テレビ局に所属していたというベテラン監督のものに見入ることになったのだった。
何故私は面白く見ることになったのだろう? 子供のころ、よく親といっしょにNHKの大河ドラマを見ていたが(最近は見ていない―)、面白く感じるそこになにか違いがあるような気がする。記憶にある印象だけで敢えて言ってみれば、日本のドラマが人間心理劇的な展開であるのに、韓国のそれらは神話原型的な反復であるということだ。ぺ・ヨンジュン出演の『太王四神記』の高句麗王はやたらと哲学的な物思いにふけはじめるが、それも近代的な心理劇を超えている。つまり個人の話にはならないのだ。イ・ビョンフン氏は平田オリザ氏との共同演劇の試みの際に、「韓国側が書いた台詞の中にドラマチックで詩的な表現が多かったんですね。反対に日本の場面を見ると、言葉も少なく、内容も詩的ではなく、ひじょうにリアルで日常的な内容が多かった。」と発言しているが(日韓交流通信)、この「詩」と「日常」という言葉の対比にも、私が感じる違いが重なっているのかもしれない。だとしたら、なぜ近代の個人(日常)心理を捨象した、そんな時代錯誤な前提、神話的に定型化された詩的誇張のほうこそが説得的な迫力をもって私を捉えたのだろう?



これらドラマの人間の価値判断の下敷きにあるのは、いわば封建的な主従(位階)の役割である。『薯童謡』ではこの役割と戦っていく男女の恋愛劇がストーリに設定されているけれども、革命(破壊)的なものではない(その点他のドラマの男女間と同様)、体制の筋を守りながらの闘争が前提である。「私には王子のいうことは理解できないが、王子に従っていく」という『朱蒙』の忠臣たち。「自分が王になったら何をするかばかり考えていた王子は無能な怠け者にみえた。そして自分は、どうしたら王になれるかばかり考えていた。」とその世襲(正統)の現実に圧しつぶされていく『薯童謡』での百済の暴君。より近代に近い『商道』の世界は、下克上の隙もないほどの官僚社会に覆われているが、役人としての公務をも兼務することになった商人の苦境を救うのは、王との直接的な主従関係からくる信頼である。そしてその彼が信条として手放さないのは、「商売とは金ではなく人を残すことだ」という師匠の言葉であり、ゆえに利益主義的に価値を目的化させた商い組織ではなく、官僚(目的)組織下では無能だと解雇されそうな、酒好き女好きの「とるに足りない人々」を再編し再起していくのだ。このような封建主従的なドラマの下地は、職人世界にいる私をして親近感を抱かせ、確かに私はこんな世界の中でこういう人物たちと一緒に仕事をしているなあと思わせるのだった。とすれば、封建主従的な人間関係と、人間を越えた神話的な定型世界との、どのような折り合いが私の心を揺さぶるのか? そしてもしこの感動が私の属する時代遅れな特殊性(職人世界)に限定されるわけでもなく、韓流としての<われわれ>をも考慮可能な一般性を孕んでいるとするのなら、私<たち>を動かしているものの正体とはどのようなものなのだろうか?

<われわれの見るところでは、一九六八年を頂点に一九八九年まで続いた世界革命は、集団としての社会心理を不可逆的に変容させてゆくプロセスであった。この革命は近代化の夢との訣別を決定的にした。すなわち、人間の解放と平等を求める近代の目標追及を終わらせたのではなく、資本主義世界経済を構成する国家がそうした目標の達成に向って着実に前進することを容易にし、保証する存在であるとは、もはや見なされなくなったということなのである。>(『転移す時代』I・ウォーラスティン編/丸山勝訳 藤原書店)
<現在でも、共産主義やマルチチュードの民主主義の希望を支えているのは、このヴィジョンである。それによれば、ますます非物質的になってきている資本主義的生産の形態、コミュニケーションの世界への集中化によって、今後新しいタイプの「生産者」の遊牧民(ノマド)が形成されることになる。またそれによって、帝国の障壁を爆砕するのに適した集団的知性、集団的思考力、感情、身体運動が形づくられることになる。〔しかし〕民主主義が意味するところを理解することは、このような信念を諦めることである。>(『民主主義への憎悪』 ランシーエル)

国家の能力に対する「市民の信認は消滅してしまっている」ような状況下では、「他の集団、他の共同社会(ゲイマインシャシュト)が示す優先順位が説得力を増してくるのは当然である」とウォーラスティンは認識している。革命的ではない<私>たちが新しき「他の集団」(マルチチュード)ではないだろうから、ならば、実質的な強度をもった制度としては破壊喪失されてしまったけれども、その形骸として痕跡する封建遺制(=ゲマインシャフト)へのノスタルジアに衝き動かされているのだろうか? おそらくポピュリズム(流行)として半分はそんな反動なのだろう。日本人にしてみれば、韓流の堰を切った『冬のソナタ』は懐かしくも神話風な学園物語だし、そして韓国人にしてみれば、歴史ドラマの主たる舞台は失われた風土、今の北朝鮮なのだから。韓国人には、自分たちが長いものに巻かれて捨ててきてしまった朝鮮人としての精神をなお固持している北側への負い目があると指摘されたりもする。つまりそのような自己(国家)への揺らぎが、日本人/韓国人両者の違いを超えて、より確からしい歴史体制(過去)を召還=償還しようとしているのかもしれない。しかしならば、この保守安定への希求には、反動といってすますわけにはいかない、人の営みとして正当な償いが潜在している、いやつきまとっているのではないだろうか?

ランシエールは、「民衆(「とるに足りない人々」・「分け前なき人々」)」という概念は、「構造的な意味において理解されなければなりません」と述べる。――<この語が意味するのは、労働に明け暮れ苦しみにあえぐ住民のことではありません。今日、除外された者と呼ばれている人々のことではありません。「分け前なき人々」とは、一般に、統治する資格をもたない人々によって形づくられる潜在的な全体を指します>と。いわば「民衆」というのは、表(ちまた)に現れる現象意識的なものではなく、目に見えない無意識的な構造として働くものなのだ、ということだ。この保守反動を批判するランシエールの著作『民主主義への憎悪』を去年の推薦3作品にあげた柄谷行人氏は、「平等主義」とは「各人の嫉妬」や「復古主義的な願望」ではなく、精神分析的な「抑圧されたものの回帰」なのだという。(『at14号』「権力論」)ゆえにこの強迫反復は、<人を強いる「力」、倫理的な至上命令として出てくるのだ>と。私には、この仮説の是非を判断することはできない。ただ韓流の歴史ものを三つばかり見た私の感想には、ノスタルジー(復古)には回収されない、もっと生き生きとした、「とるに足りない人々」と喜びを分かち合える生活観が介抱されてあるような気がするのである。それは、私に元気を与える。

2009年1月5日月曜日

世界のあとさき


「このように隠然とした資本の理論に沿って考えると、世界が多極化に向かうことは、これまで高度成長の対象から外れていた中国やロシア、インド、ブラジルなど、大国だが先進国ではない諸国にとって、経済成長のチャンスがもたらされることになる。逆に、ロシアや中国、インドなどが「社会主義陣営」の中に組み込まれ、欧米資本が入りにくかった冷戦時代と同じ状態が続く限り、これらの大国には経済成長の機会も少ないということになる。
ビルダーバーグ会議に象徴される欧米資本家たちが世界の多極化を目指しているとしたら、それはアメリカだけが世界の経済成長を牽引する従来の経済体制から脱却し、他の大国が経済成長できる素地を作るためだろう。資本の理論が秘密主義にならざるを得ないので、世界システムに関する分析は仮説の連続になってしまうのだが、私はそのように考えている。」(田中宇著『非米同盟』文春新書)


元朝参り、田舎の神社に賽銭投げて、願い事は何だと息子の一希にきくと、「戦争がおきませんように」と答える。年末のテレビ番組の「ドラえもん」を二人で見ていても、その番組企画、スペースシャトルにのる若田光一さんに手紙を送ってお星様に願い事をとどけてもらおう、というのをきくと、自分も送りたい、と言い出す。どんなお願いをお星様にするのだ、ときくと、「世界のみんなに事件がおきないように。」と答える。私が新聞やテレビをみながら、外国の紛争や国内の幼児が巻き込まれる殺人事件について口にしているのを耳にすると、聞くのもいやなように逃げていくのが普段の一希なのだけど。「なんでママが子どもを殺すの?」「なんで戦争はおこるの?」と聞かれて、理由というよりもそれが起こったさいに記事としてわかっている事情を話してやるにしても、まったく腑に落ちてこないようだった。少なくとも、家庭に恵まれている子どもにとって、その両親からの愛情が考えていくための基礎公式になるからか、悟性的な計算(推論)では理解できない事態なのだろう。ただ子供たちにとって、嫌な事件だということが、なにか身を持って理解できてしまうことなのかもしれない。チェチェンでの戦争に際し、両親をロシア兵に殺された子どもは、その兵士もまた大統領の子供のような存在なのだから、悪いことをたくらんだ大統領だけを山に幽閉しておくだけでいいじゃない、と言っていた。自分のように子供が悲しむのだから、それ以上の悲しみを増したくはないと解決策を説くのである。

年初からして、経済危機を越えて、というよりそれを巻き込んで政治的にきなくさい臭いが立ち上がり始めた。私は、パレスチナの現実の複雑さを知らない。ただ子供と過ごす時間が、明日にはなくなるかもしれぬ貴重な時間のように思えてくる。そしてそれに溺れることが、国内の、身近に生起してくるもろもろの出来事によって批判されてくるのを感じる。「派遣切り!」と若者が包丁を振り回して捕まった事件の起きる少しまえ、女房と私と一希はその六本木ヒルズの森ビルにいたのだった。今年高校受験を迎えるはずのペルーの友人の息子は、日本の中学卒業と同時にペルーにもどることになるという。大手町の弁当屋に勤める彼の奥さんは、今年になって派遣会社が変更になって、時給が900円から800円になった、正月休みというのも一日もない、と言う。

しかし、日本という外国で生きる彼・彼女たちには、そんな中でも後ろ向きになるのではない前をみつめる姿勢=術が、生きる習性として身についているようにも感じる。子供の教育に対しても、ごく自然なように、姉がいるアメリカ、友人のいるフランスの高校へ、と選択肢を拡げて視野に入れてくる。私が彼らとつきあってためになるのは、暗さに甘えない元気と他の思考へのきっかけをもらえることだ。

つまり、さて世界はどうなるか、ではなく、さて私は世界をどうしようか、ということである。