2019年8月15日木曜日

三島由紀夫をめぐって

私は三島賞候補になった倉数茂氏の『名もなき王国』を論じて、ゼロなどあるのか、すでに一があるのではないか、といった。そして三島賞をとった鹿島田真希氏の『ゼロの王国』を論じて、主人公(吉田青年=ムイシュキン)はこの女ではなく、あの女を追い求めているのだ、といった。しかもあの女とは前提的な理想像(イデア)ではなく、この女の経験の向こうに洞察されてくるのだと。
大澤真幸氏の『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)は、上のふたつの指摘を論理化しているかもしれない。

<「一だけがある」という主張は、「何もない」(つまり「0」)という命題と同じことに帰着する。「一」だけしかなければ、「一」をまさに「一」として構成する「他」が存在しないからである。
 だから「一がある」とは言えない。しかし、「一がない」とも言えないのだ。どうしてか。われわれは確かに「一」を――自らに対して立ち現れる包括的な世界を「一」として――経験するのだが、そのように経験することが可能なのは、「一」が常に、「これには尽きない」という向こう側を、つまり「他」を含意するからだ。だからと言って、その「他」は「一」から独立の実体として存在しているわけでもない。それゆえ、「(「他」から区別された)一がある」と断定することもできない。…(略)…それは、決して積極的には現前しない(現前したときには「こちら側」の要素にすでに転じてしまっている)。つまり、向こう側はつまり「一」に対する「他」は不可能なものとして存在しているのである。>

あの女は、あくまでこの女の現象によって在る。あるいは、現象によってしかない。大澤氏の解析では、三島がそう感触していたのは、『金閣寺』での美女の名前が「有為子」とされることに示唆されているという。無為(ゼロ)ではなく、あくまで「美のイデアは現象(有為)」なのであると。逆に言えば、そのないものがあるとされるには、強引な行動によってこそその存在が確信される、という論理も発生させる。世の覆い(ヴェール)が在るからこそ、その向こう側のないものが在ることになるのだから、そのヴェールを押し続ける、極端には破壊する、という行為が、そのないものへの信仰の証明にもなるからだ。『金閣寺』の放火とはそのようなものであり、三島の割腹もそのような論理であった、というのが大澤氏の見立てである。そして燃やす対象はどんな建物でもよいのではなく、切り裂かれる肉体も、貧弱なものではよくない、という話にもなる、とされてくる。
大澤氏は、この三島の結末、最期作『豊穣の海』での主人公をないものとする虚無、それゆえにこその自身自らの破壊行為は、三島にとっては、抑圧されたものの回帰とそれへの反動だ、とみている。いわば、有為子となざした感触は、無意識的な筆記で、忘却されるべきものだった。しかし、「ない」と言ったのは、女自身からではなかったか。男が、そう認識したのではない。つまりそれは、男の論理体系にあるわけではない。たとえ、そう男の作家が書きつけたとしても、である。そういう立論によるのが、橋本治氏の、『「三島由紀夫」とは何だったのか』(新潮文庫)であろう。

橋本治氏の立論からすれば、大澤氏の論理は、女からの論理の拒絶=断絶を、もう一度男の論理の体系へ解消していく試み、として映るだろう。橋本氏は、あくまで現象の側だけ、にとどまる。真実(イデア)が向こう側にあろうがなかろうが、関係がないのだ。ニーチェがいうように、女は真実を欲していない。『豊饒の海』の結末で、聡子が清顕のことなど知らない、そんな人いなかったのでは、というのは、そんな事実など、自分には関係ないということであり、それも清顕が結局は女として自分を相手にしなかったからで、そんな過去は、女当人には存在していないに等しいのであり、そんなセリフ(関係)は、「現実にいくらでもあることなのだ」、と橋本氏は言うのである。

<「物語の中」に入り込んでしまった三島由紀夫の胸の中から、その「敗北の記憶」「挫折の記憶」は、いつまでたっても消え去らない。その「屈辱の記憶」を晴らすため、復讐さえも考える。…(略)…三島由紀夫には、それをする必要があった。しかし、「園子=恭子=聡子」として三島由紀夫の中で生かされた「女」は、それをされて喜ぶだろうか? 一方的な復讐と、一方的な贖罪。喜ぶ以前に、そんなことをされる必然を感じるだろうか? よく考えれば分かるはずである。だから、三島由紀夫はよく考えた。そして、それをしたことに対する「園子」の答えも考えられた――「私の記憶にあなたはいない」である。それをして、それはもう無意味だった――かくして三島由紀夫は、女の復讐によって死ぬのである。それが「考えられる唯一の答え」だと悟って、三島由紀夫の一切は崩壊する。>

しかし、三島が女の非論理に直面するのは、彼が実際には大奥のように主人が女である「女の世界」で生きてき、そこから出たからである。その決別を、橋本氏は『サド侯爵夫人』に読み、「≪嘘の中で生きるのは何でもないんだ」と言う女(『恋の帆影』第三幕のますみ)を捨てて、≪それを壊すのはいつも男だ≫(同前)と言われる「男」の世界の住人になった三島由紀夫は、「思想的な色彩」を強くする。」と、跡付けられる。しかし、そうして回帰していったはずの男たち、「友」は、「もう死んで」いた。「その世界の主と争うことの無意味を知」らされていた間、つまりは<女の平和>=戦後の「欺瞞」にいた間に、男たちは死んでいたのだ。敗戦当初、「戦後」を肯定していた三島だったが、その肯定のうちに、回帰すべく世界はなし崩しにされていたのだ。「『豊饒の海』の冒頭に置かれる「死者」の写真は、それを物語るのだ」と橋本氏は締めくくる。この読解の中では、無(女)と有(男)は、論理矛盾が解消されるよう体系化されるのでなく、断絶したままほうっておかれているだろう。で、それでいいのか?
おそらく、橋本氏の解答は、論理体系を前提にするものではないので、今の経験(時代)上ではわからない、というものだろう。三島の問題は、近代の問題であり、男の問題であり(漱石遺作の『明暗』なども、女から復讐される男の物語であるだろう…)、それが崩壊してきているのが事実だとしても、崩壊しきっているわけではない。そんな中で、世に出た女たちのスキャンダルな事件を受けて、とくには政治家になった女たちにいう、「少しは「全体のこと」を考えようよ。」と(『父権性の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』朝日新書)。……経験的な範疇、世俗現象にとどまるのが立論だとしても、「全体」という男の体系をいきなりもちだしていいのか? というか、そういう曖昧な態度の許容は、今ある、提示された事実の無考慮や誤認からくるのでないか、というのが私の意見、指摘である。同じ経験的な立場、演繹論理ではなく、帰納的な歴史実証を基礎にして思考を提示する立場として、ここで私はエマニュエル・トッドを介在させたい。

橋本氏は、江戸時代の識字率の高さを持ち上げたりし、それが、「日本」のイメージ、クールジャパンとかの政治的なキャンペーンとも重なってくる認識を前提しているが、トッドによれば、当時でさえ、スウェーデンやドイツでより高い地域があったと例示している(トッド・ノート(7)他)。というか、序列に意味があるわけではなく、封建制的なところ、父権性が伝播してきたがなお双系的な地盤が根強いところでは、母の影響力が強く、識字率もあがる、というところに歴史的な意味がでてくる、というのだ。そして歴史以前の、双系的現実が強いところ、文明伝播(父権性)が行き届いていない地域では、核家族的な原則、いわば民主主義的な自由と平等の傾向が強く残存していることになる。つまり、橋本氏が「近代」として認める原則、個人の台頭や女権の拡張、父権性の崩壊といった現象は、むしろ、文明の一時的停滞、伝播の頓挫過程、とも言えてくるのである。歴史が不可逆だとしても、構造的な循環、ここでは、文明の逆襲もが想定されるのだ。現今の、アメリカが退潮し、中国、ロシア等と、その非民主的な帝国的価値が勢力を復興してきているのは、その表れなのかもしれないのである。

という観点に立った場合、橋本氏の立論は、有効だろうか? 世俗的な現実性として、橋本氏の洞察は驚愕にあたいする。世界の無だと、男たちが大仰にとらえたところを、女がおまえのことなど知らない、忘れた、といっているだけだ、というのだから。倉数氏の『名もなき…』には、インテリを軽蔑していた風俗女が、インテリの命をかけた行為を目の当たりにして、理解を改めて男によりそう、というエピソードがあるが、もしかして、軽蔑された男はそのまま軽蔑され続ける方が「よくある話」なのかもしれない。三島由紀夫はそう悟ったのだ、と橋本氏は言う。そして、だから「美しい」のだと。――<自分の人生の無意味を無意味として明確に摘出するその行為が美しくなかったら、人は「美しい」という言葉を捨てなければならない。>この「美」の感性は、橋本氏が、三島は「空に北極星があるように「美という概念」が不動の形で存在している」と認識しているのだと、イデアの一般的理解を提示しているときの「美」とは違う。正直な姿は美しい、とでも言おうか。むろん、大澤氏の矛盾止揚した論理の「美」とも違う。近いのは、おそらく、村上春樹氏の、『納屋を焼く』、だ。
三島は、「金閣寺」を焼いた。切腹する肉体は、鍛え抜かれた美しいものでなければならなかった。ありふれた、貧弱な姿ではいけないのだ、というのが、大澤氏も受け入れている「美」(イデア)の前提である。これを、「崇高」と置き換えてもいい。ナショナリズムの人員動員に匹敵する、対抗しうる人心掌握が、政治的に志向=思考されているからだ。が、村上氏は、いわばそれに否、というより、嫌みをみせつけているのだ。大仰に考えるなよ、と。が、大見えを切る立場、目立つのはいやなので、控えめをよそおい、ひそかな指摘だけをしている。柄谷行人氏は、それこそが「ロマンティッシュ・イロニー」であり、日本浪漫派なのであり、その思想は、三島よりも川端康成にこそ代表されるものなのだと指摘したわけだ。しかしその立場は逆に、エリートな、エスタブリッシュメントな立場ではなく、庶民の立場の代弁という趣向をもつ。村上氏が、オウム真理教の幹部エリートたる加害者ではなく、被害者のほうにこそ共感をよせる文章をつづるのも、その表れだ。そして村上氏が、一貫して標的としてきたのが、どうも三島であるらしいのは、色々指摘されてきた。おそらく、『納屋を焼く』も、『金閣寺』のパロディーなのだ。卑しき姿にだって、燃やす価値のある「美」はあり、人々はそこに魅せられる病を抱え込んでいる、抱え込んでしまっている。そしてそこにフォークナーが介在されるので、つまり、敗戦(南北戦争の南軍=日本軍)を、自分が、そして父たちが、いわば庶民的な民衆が、本当はどう受け止めて心情しているのか、その真実を、屈折した病を摘出し告発したいのである。庶民を真に理解しているのは三島じゃない、俺だ、ということだ。上から目線でものをいうのはよせ、と。しかし、「二度とあやまちはくりかえしませぬから」とおもうとき、私たちは、被害者から考えるのか、加害者から考えたほうがいいのか? というか、歴史的教訓は、被害者(民衆)もが加害者だった、ということにあり、それが実証されてきたことだ。被害者の側からでは、関係なかったのに、というウソにしかならない。つまりは、戦後の、ウソでもいい女の平和を肯定することにしかならない。「記憶にございません」、「ウソだろ」、と女を問い詰めてはいけないのか?(もちろん正解は、真実(有)を抱え込んだウソ(無)という在り方にこそあるので、そう女を問い詰めることこそが真実から遠ざかる、野暮になる。) 女として相手にされなかったから、きちんと戦争に参加できなかったから、ないことにする……黙って揶揄することが、有効な言説になる、とでもいうのか? 嫌みという、女の非論理な論理をとおしていればいい、ということになるのか?

<世間というか、その汚れと無縁に生きることが可能であったエリート作家の悲劇ともいえる。建前と本音を、器用に使いわける、現代の日本人を、あまりにも知らなすぎた。
 いや、知らなかったわけではない。見聞きする処世術の巧みさに苛立っていたことだろう。だが、それすら肌にしみこませたものではなく、あくまで思考するなかでのことだったのだ。>(小室直樹著『三島由紀夫が復活する』 毎日ワンズ)

エリート三島の愚行とされるものは、公爵ムイシュキンが『白痴』と呼ばれるものと形式的には同等だ。この人のなかに、あの人を追い求めていったのだから。違うのは、三島が面食い、あくまできれいな表象を通すのに、ドストエフスキーは、むしろ不幸せな表象を通すことだろう。だから三島は卑しき天皇、人間宣言を認めず、ドストエフスキーやキルケゴールは、むしろ卑しき人間が神であったことに、恐れおののくのである。(村上春樹氏には、卑しき姿から超越的なものをみようとする感覚こそがないだろう。)その人間関係(経験)からあの表象(イデア)を見ようとする志向=思考は、エリートや、男たちの論理として片づけていいものなのだろうか? 鹿島田氏の作品は、男の論理を身につけた女の産物だとすませられるのだろうか?
もともと、私がこうした論考を、今年の問題意識の延長でつづるようになった最初には、東京の植木職人の朴石による庭の考察から、富士講という江戸時代一番栄えた庶民信仰のことに思いが及び始めたからである。

<入定という言葉は知っていたが、現実にそれにあうのは初めての人が多かった。案山禅師のように入定と云っても、実は凍死に近い死に方であったならば、そこに当然の批判が出る。入定とは断食による宗教的自殺行為である。食を断ち水だけで何日間持つか、又、その苦痛に本人がどれだけ耐えられるかは興味深い問題であった。
 身禄が入定を予告し、七合五勺の岩小屋に籠った瞬間、多くの人の眼は七合五勺の岩小屋に向けられた。>(新田次郎著『富士に死す』 文藝春秋)

小室氏によれば、富士山には、死の世界に旅立った三島を受け止めている不二山人が住んでいるという。江戸時代、その富士山で入定した食行身禄は、エリートではない。その自決を、江戸庶民は愚行や白痴とはみなかった。それは、時代遅れではなかったからで、三島のそれは、そうだったからか?
私には、人は、橋本氏やトッドのように歴史、時間的な存在としてだけではなく、やはり、大澤氏がみるような、空間的、論理形式的にも生存しているようにみえる。帝国の逆襲の向こう側に、時代に流されるだけではなく、違った世界を見てしまうのは、インテリ男特有の、夢想原理なのだろうか?

2019年8月11日日曜日

鹿島田真希著『ゼロの王国』から(2)

ドストエフスキーは、なぜ『白痴』という作品において、日本人の「切腹」という文化に言及したのだろうか? つまりは、現代のイエスとして造形されたムイシュキンという主人公と「切腹」とが、どんな関連にあるというのだろうか?

その中心的主題ともいうべき点を熟考するに、私は、日本の文化を解析してみせた、ルイス・ヴェネディクトの『菊と刀』における、日本人の「恩」と「恥」という表裏一体となった感覚についての記述が、有効ではないかと指摘する。その箇所は、鹿島田氏の『ゼロの王国』を論じた前回ブログ冒頭で引用した部分である。とくには、「並々ならぬ恩恵をほどこされて恥辱を感じる、なぜなら自分はそのようなことをしてもらうに値しないから。」――このように人間関係を要約する記述は、鹿島田氏が「白痴」から抽出してきた純粋な人間関係の原理性と重なる。ムイシュキン(吉田青年)と対面しだす者たちはみな、彼と対等に関係するには値しないと感じてしまう。とくに女性は、自分は彼にはふさわしくない、と思い詰めるようになる。恋人という特定の関係の枠でお互いがフェアであろうとするには、彼との関係で自分の不甲斐なさ、不完全性さが露呈してくるようになるからである。同性愛志向をもつでもない男同士でなら、そこまで思いつめるところまではいかない。それどころか、彼は、女をめぐる闘争から、自ら降りてしまう男であるので、競争相手にならない。ムイシュキンも吉田青年も、一度は女を他の男から奪うということになりながら、可笑しな関係に逆戻りする。彼とは対等になれない女の方は、私と同じように怒ってくれ、ののしるようになってくれ、そうすればお互いが不完全な存在同士としてフェアになれるのに、両青年は天然的にそうできないのだ。鹿島田氏は、その天然を、「自尊心から無縁な人物」「喜んで相手の奴隷となる人物」と言語化する。いいかえればそれは、奴隷となっても「恥」を感じないということ、自己愛的な自分がいない、ということだ。しかしそれは、彼らが逆に他人をして「恩」を与えつづける人物であり、「恥」をかかせつづける人物だということになる。奴隷のように自らを差し出して生きる人物。

しかし、彼らをめぐる関係がこじれてくるのは、そこからなのだ。なぜなら彼らは、この目前の女や男に卑屈になり、謙遜しているわけではないからである。ムイシュキンは、うらぶれたナスターシャは本当はこんな人ではないと、むしろ「あの」人を追い求めていく。彼女は一瞬その洞察にたじろぎ理解者を得たと恋するようになるが、そのことに耐えられなくなる。自分は彼が見てくれているあの自分に成れることはもうない、反復は不可能なのだと思い知らされて。吉田青年のエリやユキを見る見方にも、この人を超えたあの人があり、彼女たちは理解と拒絶という二律背反に葛藤することになる。「あの」とは完全性であり理想像であるが、それは仮説的・演繹的・理念的に前提としてあるとされているのではない。それならば、人間はそうあるべきだ、というイデオロギーと同様なものになるだろう。そうではなく、彼らは、まさにこの経験の表象から、とくには不幸な姿から、むしろ帰納的に「あの」存在性を洞察してくるのである。ニーチェは、イエスのことを、「洞察力をもった白痴」と呼んだ。彼らの無垢も、知性の産物なのだ。この不純さの中に、あの純粋な原石が宿っていると見抜くことが生きることなのである。

ということは、彼らにあっては、経験が時間的に経験化、蓄積されていなかない、ということだ。洞察といっても、それは不純物の継起、歴史的な考察によっているというよりは、一瞬芸的に見抜く力なのである。この力の前では、過去は堆積されていくのではなく、更新されてしまう。つまりは、彼らはキルケゴール的な意味での反復を生きてしまう者なのである。いつも新しく、だから、白痴なのだ。『ゼロの王国』が、ユキと別れた吉田青年の、次なる恋愛関係の更新へといきそうな暗示で結末されていくのは、それゆえだ。が、ドストエフスキーによれば、そう更新できるのも、27歳ぐらいまで、ということになる。吉田青年は、その歳になるまでには、まだ数年ある。私は、この27歳という循環(経験知)を、カントの啓蒙思想から読んだ。自然(生理)の成長とはズレのある人間には、もう一循環の人為的な経験、職人が技術を習得するには10年かかると言われるように、文化的な社会人となるためには、もうひとサイクルな一節が必要になるのだと。この一節とは、三島由紀夫が『午後の曳航』で問題化したように、13年である。自然的には、そこで成人となり、儀礼がある。近代法でも、その自然性が反映されている。しかし形式的に大人社会に参加しえたとしても、市民として一人前になるには、もう一節が人間には必要なのだ。幼児のように記憶が更新されてしまう吉田青年が世間に適応できる限度は、精神病院に戻っていったムイシュキンが下地であるなら、それゆえ27歳になるだろう、ということだ。

そうした彼ら――イエス、ムイシュキン、吉田青年――が、「切腹」に関わるとしたら、どこにおいてであろうか? むろん、「恥(恩)」を与える、という関係においてだ。より一般的にいえば、「贈与」ということになろう。マルセル・モースは、この関係に在るものを、他の部族社会の事例からとって「マナ」や「ハウ」と呼んだわけだ。わけはよくわからないが、負い目(恩義)を発生させてしまうので、そのモノを、霊的な力、とみたわけだ。そしてもともと、切腹は、この目に見えぬ霊的な力を、真実を白日の下にさらす、さらしたい、という狩猟民的な衝動からきている、と考察されている(千葉徳爾の民俗学など)。ヴェネディクトの指摘にあるように、「恥は身を切られるような感覚をともなう」「日本」がいまだ原始的であるといえるとしても、その原始性を人類は抱え込んでいるのだ。アウシュビッツや自然災害で生き延びた者が感じてしまう「恥辱」(レヴィナスやレベッカ・ソルニット)というのも指摘・考察されている。ドストエフスキーが、恥辱を与えた者の前で腹を切って見せるという日本人の仕草を引き出したのは、実はそれが特異ではなく、普遍的であると洞察したからである。極論的にいってみれば、生きることは、他人の間にあることであり、それだけで恥ずかしいことなのであり、死にたくもなることなのだ。この根源的な困難に、私たちは、どう立ち向かおうというのか?

しかしもちろん、神は切腹しない。ムイシュキンや吉田青年が切腹から遠い、恥を感じない人物として造形されているのは、逆に人間がどういう原理的な関係性に在るかをより明快にするためである。歴史を忘れ、大国(アメリカ)に隷属しても恥を感じていない(ふりをしている、ということにしかならない)民衆の政治性をあからさまにするためではない。いや、ドストエフスキーには、ロシアの政治性を分析しようとているコードは、作品に挿入されているかもしれない。私はそれを読めていないが、ポリフォニーという世俗的な形式性が、そう推論させるだろう。逆に、鹿島田氏の語り形式は、より端的に、以上の問題を焦点的に考察するに有効となっているだろう。