2023年8月23日水曜日

王寺賢太著『消え去る立法者』(名古屋大学出版会)を読む


この著作を手に取ったのは、作者の王寺氏とは、面識があったからである。が「フランス啓蒙における政治と歴史」と副題されたこの大著を、私がいったい読めるのだろうかと、不安だった。素材となっているモンテスキューやルソー、ディドロといった哲学者の主要な作品を読んではいるけれど、「啓蒙」当時のことや歴史的文脈といった学問的な約束事はまるきり知らないのだから、学術書として提出されているだろう作品を、まがりなりにも正当的に受け取れるだろうかといぶかしがったのだ。それでも読んでみたのは、同じ社会運動に参加していた、という同志的な友愛の感情にうながされてだ。

 

そして実際、読み進めていくうちに、これは、その社会運動NAMをはじめた柄谷行人著の『原理』への、批判的継承、のように見えてきた。しかもその射程は、世界大戦へと突入していく観の在る現今の世界情勢下での、柄谷の交換論へのより具体詳細な文脈での問題提起、と見えた。

 

王寺氏はここで、柄谷の『原理』で説かれた、「単独者」による連帯という社会的試みの失敗から目を背けてはいない。その前提が無謀でロマンチックな過ちだったと退けるのではなく、むしろ引き受け、いかに可能であるかを啓蒙思想の歴史と思想系譜の中で追求しているのだ。それは、ルソーの問い、<自由と独立だけを求めるオタネスのような「独立人」が参加しうる政治体だけが正統なものでありうる>と前提するならば、そんな<自分自身が社会契約に参加しうる政治体はいかなるものかを自問し続けている>――そんなルソーの自問を自身の問いとして重ねあわせることでもあったろう。

 

もしこの問いが、理念を引き受けた左翼教条主義的な枠の中でのものならば、すでに答えが理念として提示されているのだから、それを引き受ければいいという話にしかならない。あとはその理念(答え)と照らし合わせた自己葛藤があるだけになる。しかしそうした教養の根幹への疑義を呼び込む系譜的視点として、王寺氏は、ルソーの手前、モンテスキューのゲルマン人の「習俗」を重視する観点、その「復讐」行為としての「決闘」を是とした一事を引き出してくる。この思想的延長として、中間団体における「名誉」に重きを置くことから「専制の原理」とは違う「穏和な政体」の可能性、そこから「平和金」という技術の派生にも言及していきながら、ゆえに「善」という倫理的な領域にではなく、名誉不名誉といった他人からの承認をともなう「快」や「美」といた趣味判断の位相においてこそ、政治体の正統性が系譜されてきているのだという、一般教養からは転倒した評価が導かれる。

 

この考えは、NAM解散以降、柄谷が封建制を再評価しはじめ、民主主義は封建制から生まれたのだ、と言うようになった経緯と重なりもするだろう。が、柄谷は現在、氏族性からくる封建的な名誉不名誉の領域を交換A(贈与)とし、国家の制度枠の話を交換Bとして、別の原理(力)によるのだと区別した。

 

王寺氏は、この区別をしていない、あるいは留保している、と言えるだろう。王寺氏は交換Bの領域を「交換」という一言ですますのではなく、それをあくまで制度の問題として引き受け、その領域の中においても、贈与交換や交換C(商売)による実践が「穏和」にからまってくる事態を摘出し、評価しようとしているのだ。

 

そもそも王寺氏は、交換Bが契約として成立しているのか否か、という根本に議論があることを指摘する。柄谷は、ホッブズの戦争状態における契約、収奪と再分配も交換であることを自明視することから論を展開するが、ルソーはそこに「契約の詐欺性」を見て訴えた。ルソーのその見解には、法的にも根拠があるのだとする現代の議論が紹介されている。そしてルソーは、その上で、「<契約>の詐欺性とその歴史的必然性」を説いたのだと。

 

ここで言われる「歴史的必然性」が、いま「われわれ」が生きている世界と重ね合わされている。「第0次世界大戦」ともいうべき啓蒙期と、第三次世界大戦前夜のようなポスト・モダニズムな社会。極限的な不平等社会と専制的な政治に逆戻りするかのような統治。それがあくまで「回顧的錯覚」であると学術的な論証で提出されたとしても、「われわれ」がそこから逃れられているわけではない。おそらく、その情勢の中での具体実践をより詳細に見ていくために、次作は『両インド史』を書き、エカチェリーナ二世と対立することになっていったディドロについての考察を突き進めたい、ということなのかもしれない。

 

このエカチェリーナ二世は、むろん現在の文脈では、東洋的専制君主の再来のような、プーチンと置き換えることができる。そしてプーチンもまた、実は、ルソー自身と同じ、「独立人」として考えられる、ということがこの作品の示唆していることである。そんな「独立人」を、戦争という武力ではなく、どんな言葉と論理で説得できるのか、その言語遂行的な試みが、暗黙には、この著作が目指していることだろう。

 

「あとがき」で、フランス留学まえ、柄谷行人から、「死ぬ気でやれ」と励まされたエピソードが紹介されている。柄谷はNAMを、「大和魂」で実践するのだ、と発言していたのを思い起こすが、こうした付言からも、「独立人」(単独者)として社会を創起すべき「われわれ各人」の「各人」が、どんなメンタリティーを系譜・仮設しているのかを、うかがうことができる。

追記;

もう一点、指摘しておくべき気になった点として、沈黙する人民の在り方をルソーの著作から抽出してきていることだ。――「だがそのためにはまず、既存の一切の政治秩序、至るところに偏在する「鉄鎖」そのものの下に、人民の主権が潜在し続けていることを承認することから始めなければならない。たしかに、法律に従順に服従し、政府の命令に唯々諾々と従う、その暗黙の主権者の姿は、人民集会に集い、公事について激論を戦わせる活動的な市民たちの集団とは似ても似つかない。しかしそんな物静かな人民こそが政治体そのものを成立させ、法律を法律として、政府の命令を命令として存在させているのであり、だからこそ、その物言わぬ人民においてこそ、政府に対して反乱を起こし、法律を破棄しうる、来るべき人民の姿を認めなければならないのである。」

こうした記述には、NAMでの著名人と黙った一般メンバーとの関係を超えて、「国民は黙って処した」という小林秀雄のような認識を想起させてくるのが、日本での思想的文脈であるだろう。日本人は社会契約(市民)以前だろうというリベラル・インテリ側からの批判点は、封建制から民主主義が生まれたという柄谷認識以上に、エマニュエル・トッドの家族人類学的知見、サルからヒトへと連なる「核家族」がより始原であり(つまり直系家族的な封建社会もそこから生まれたと言いうる)、そこでの「習俗」の普遍的潜在性を前提とするならば、より再検討・吟味すべき主題を浮上させている。トッドが想定する「自由」とはあくまで家族から子供たちが独立していくという「自由」であるが、その習俗的振る舞いが、価値として社会延長されていくのは仮説しうる。しかも、サルからヒトへの継承でもあるかもしれないというのだから、遺伝的水準も考慮の対象になるだろうから、トッドの仮説は統計的・経験的な帰納法にとどまるものでなく、演繹的な前提にも変換しえるものだ。ならば、日本人はムラビトのままだ、愚民だ、とのリベラル批判は、早すぎた結論、見切りにすぎない。おそらく王寺氏のルソーからのこの読解は、かつてそう日本人を批判してNAMをはじめた柄谷への批判的検討でもあり、NAM解散時のごたごたをめぐる考察からも来ているのかもしれない。


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