2026年7月31日金曜日

森崎和江著『海路残照』(朝日新聞社)を読む

 


「もうおしきせの日本を着ているのはたくさんだと、そんな思いも強くなってくるのは、敗戦後の歳月がねばっこくすべての風景に降りつもったせいかもしれない。わたしはほんとうに、行方も知れないような旅をはじめた。自分のなかの生物的なカンだけが頼りであるかのように。

 どうにか津軽まで行き、そしていま奇妙なことに、より北方の海があかるい。オホーツクの、わたしにとって未知の、海のむこうがみかん色に輝くのを感じてしまう。」(森崎和江著『海路残照』 朝日新聞社)

 

森崎は、北九州の宗像から日本海側を北上し、オホーツクを見あげた。いく子は、31才でオホーツクをみた翌年、創作ダンスを試みていた深谷先生のもとで、やまたいこくの山田いく子と名乗りをあげた。

 

邪馬台国はどこにあるのか? 北九州説でなら、宗像市は海路への玄関の一つであったろう。近畿説ならば、島根や能登半島などの日本海側の港湾が入口にあたる。

『データサイエンスが解く邪馬台国』(安本美典著 朝日新書 2021年出版)によれば、中国産の銅鏡の発掘量等の統計学的処理から、北部九州説がほぼ100%になるそうだ。NHKの取材班による考証では(『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』 NHK新書 2024年出版)、どちらとも決められないが近畿説に傾いているようだ。安本は、近畿説を、学会の旧体制の産物と批判している。が、もしNHK新書にある、近畿説を支える纏向遺跡の発掘が、ほんとうに、「全体の二パーセント」しか進んでいないのならば、まだ比較の前提条件自体がととのっていないのではないか(ととのえられるのか?)、という気もしてくるが。

 

が、私自身は、科学的根拠ではなく、運命的根拠に立つ。その仮説を推進する。森崎のいう、「生物的なカン」だ。だから、邪馬台国は、いく子のアナグラムに従い、北九州説をとってみることになる。そこで重要なのは、森崎が注目した、宗像などに伝承される、海民たちの、「イレズミ」、「魏志倭人伝」でも倭人がしていたという「イレズミ」の痕跡である。これは、縄文の痕跡である。邪馬台国は、弥生時代と区分される期間にあたり、DNA鑑定的にも、縄文人のものとは一線を画するらしい。徐々にの混血でもなく、突然の移民でもなく、その中間にあたるということらしい。たしかに土器などは、その表象に変化があるので、縄文と弥生と区分されるのであろうが、メンタリティー的な領域では、どうなのか。NHK新書の方によると、この「イレズミ」は、古墳時代にはみられなくなるとされている。(もちろんアイヌ人はしているままだし、昭和の漁師たちも、ドザエモンになったとき、身元判明できるようにと継承されてきたと言われる。)

 

※ このカンの延長で、空海について考え始めていたら、安藤礼二の『空海』が出版され、この著作の前提に、『縄文』という著作があるのを知る。追っていこう。

 

サッカーのワールドカップで、メッシの腕はイレズミだらけだった。日本の銭湯には入れないだろう。ワールドカップをテレビ観戦しているときに、森崎の上記引用の本を読んでいた。だから、「イレズミ」のことが気になったのだ。学生の頃、新宿の中井の銭湯にいくと、背中にイレズミを入れた人がけっこういたけれど、もう「イレズミの方はお断り」とか張り紙があったりするようになる。だけどあの銭湯などでは、まだ残っているだろう。日本のサッカー選手で、イレズミを入れている人は、いないのかな? 今回の結果をみるかぎり、世界一を目指すなど、恥しいかぎりだ。もと本田選手のビッグマウスならともかく、協会自体がその目標をマジで掲げていたなら、まるで「世界」を相手に闘えると神風を信じた日本軍みたいだ。私の判断では、選手たちは一流である。が、首脳陣、協会の体制が、安本が批判した考古学会のように、旧態依然なのだ。だから、まったく外がみえていない。外の見えない、内向きの政治力をもった人たちがポストを占める。次の監督は筑波大学出のもと選手らしい。今の協会長は、同志社大学出らしい。それまでは、会長も監督も、早稲田大学出だった。ずいぶん学歴社会なもんだ。たたき上げの三浦カズは、まだ現役選手をやっている。他にも、海外のサッカー事情と経験を積んできた人物もいるのに、外に追いやられたままなのか? マラドーナは、ラリっててもマラドーナだ。尊敬される。日本のプロ野球界は、パイオニアの野茂を筆頭に、外にはじき出された選手が大リーグで活躍して実質を誇示しているけれども、やはり、引退後の日本でのポスト(仕事)はないようではないか。なんでそうなるのか?

 

森崎は、それは「敗戦後」にそうなり、それは「おしきせの日本」だというのである。司馬遼太郎の言葉でいえば、昭和は日本ではない。司馬の提示を深読みすれば、それは戦前だけではなく、戦後はさらにだ。徴兵制で国民皆兵となり、前線にいったものはトラウマ負って黙り、中途半端に生存したものは、この軍隊的な厳しさこそ人生だと、サラリーマン教育や部活動の顧問をやって、軍事官僚的な生き様を戦後にこそ風靡させた。それは恐怖心で、子供たちを、身体的に委縮させてきたのである。江戸幕府の官僚化した武士階級というよりは、なお侍のメンタリティーを残存させていた薩長の武士たちが陸海軍の官僚世界に従属し、そこに生じるねじれの意識・葛藤は、昭和になって失せていったのだろう。が、完全に、なくなるはずのものではないだろう。

 

地区町内会の、千葉白子へのグランドゴルフ研修会、雨天でも決行された。だから、室内会場でとなった。そこは、イチゴのビニールハウスを改良したような施設だった。仮説の外トイレは和式だった。参加者はほぼ80歳前後の高齢者であるが、大会開始前の集合で、私はひとり女性の参加者がいないのに気付いた。トイレだろう、だとしたら……と確認にいくが、おばあさんとはいえ女性なのだから、ためらってしまう。二度目のトントンで、中にいるとわかる。動けないという。カギはかけていないというので、女性のスポーツ員を呼んで、扉をあけた。お尻をむきだしに踏ん張ったまま、水道管にしがみついていた。30分はそうしていたろう。私が抱き上げて、女性委員がズボンをあげた。救助された女性はいった。「帰って来ないと文句いうけど、そう育てたんでしょうに。」……私には、その意味がわかる。私の庭手入れのお客さんだからである。旦那は、もと京成電鉄の経理の人だ。つまり、私と同じ齢ごろの独身の息子がいるのだけれど、実家にはぜんぜん帰って来ない、私たちの面倒をみないと夫は文句をいうけれど、あなたが、そう育てたんでしょうに。彼女が言いたいことは、そういうことである。

 

おそらくこれから、もっと滑稽で、悲惨なことが、起こるのだろう。繰り返されるのだろう。

 熊本では、何が起きているだろうか? 鹿児島から水俣、熊本、島原、そして北九州へと旅しようと意図していたが、当分はゆけそうもない。おそらく自然の現実から目をなおさらそむけるように、おしきせの政策で模糊されていくのだろう。そのとき、人びとの心は、どう動くだろうか?

 

森崎が「おしきせの日本」の神話から掬いあげてみせようとしたのは、アマテラスではなく、アメノウズメというダンサーであった。その「生物的なカン」は、『第三の性』の考察から連綿としている。

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