2016年10月16日日曜日

教養雑感

「現下の歴史的転換は、経済に関する転換である前に、その基盤において家族、人口、宗教、教育に関する転換です。大学の優先的課題の一つは、大学が提示する課題、資金を投入する研究の中に、人類の人類学的要素、宗教、教育、芸術などの変容の内部に経済史を組みこむような経済史へのアプローチを再導入することであろうと思われます。審美主義でこんなことを言うのではありません。われわれ人類に起こることの多次元的な性質を知ることが切迫した必要となってきているから言うのです。」(エマニュエル・トッド著/堀茂樹訳 『問題は英国ではない、EUなのだ』 文春新書)

蓮實 一方で、今おっしゃったように、大学に学部というものが存在するのは世界的にかなり特殊なことなのです。もちろん、ドイツには学部が残っていますが、フランスには学部は存在しないし、そもそもアメリカの大学には、学部など存在していない。ハーバード大に唯一あるのはArt & Sciences の学部だけです。つまり、リベラルアーツ教育が大学の主流であるのですが、それが日本では受け入れられておらず、「あの子、法学部受かったんですって」みたいなことがまかり通っている。十八、十九のガキが自分は法学部に入ったなどと思うなと、私は言いたい。たんなる学校秀才でしかない若い男女が真のエリートへと変貌するには、数年間の知的な放蕩生活が必要なのです。本来専門分野は大学に入ってから選択するものでしょう。…(略)…
渡部 その場合、やはりアメリカ式で四年間リベラルアーツをみっちりやらせて、その後二年間ぐらい専門をやるというビジョンですか。
蓮實 そうです。社会に出るまでにそのくらいの年齢的な余裕があるべきでしょう。日本のように二十一、二歳で就職するなんていう国は他にありません。しかも、就職にあたって大学の学部教育に対する信頼は企業の方にまったくありませんから、三年が終わったぐらいの段階で採ってしまう。すると何が起こるか。途方もないミスマッチです。だから何年か経って会社を辞める人の数がずいぶん増えている。大学を卒業してすぐ入った会社で、「自分の未来はこれだ」と思ったとしたら、そいつはバカでしょう。自分の未来はもっともっと先で決めなければいけないはずなのに。それで良い人も半分ぐらいはいるかもしれないけれども、残り半分はそんなことでやっていけるわけがない。
渡部 将来をもっとゆっくり決めるというのは理想的だと思うんですが、社会がどうしてもそれを受け入れる方向に行かない。そこはどうしたらいいんでしょうか。
蓮實 それは社会が悪い、大学も悪いし、やはり日本はつぶれると思ったらいいんじゃないでしょうか。」(「「文学部不要論」の凡庸さについてお話しさせて頂きます」『文学界』2016/9月号)

トッド氏の考察に注目したのは、今から十年以上まえ、ちょう柄谷氏がはじめたNAMが解散を決めたころだったようにおもう。アート系のプロジェクトの会合だか飲み会で、ディドロを研究していた仏文学者の、今年『脱原発の哲学』を上梓することになる田口君に、この人の思考は面白い、と紹及したことがある。統計的な実証的・経験的方法は信用がおけない、というのがそのときの返答だった。それはそうなのだとしても、トッド氏の思考は、近経的なアプローチというよりも、やはり演繹抽象的なマルクスの発想に近いように思えるのである。しかし、トッド氏は、経験・実証的にわかるところ、目に見えるところで抑えて論じる、という節度を維持している。家族関係が原理的にすべてを動かしていると言っているのではなく、経済や宗教、国家といったものが別原理で関わりながら世界を動かしているだろう、ということは経験的に明白なので、その明白さの限りにおいて関わりを述べるだけだ。だから冒頭引用箇所の次では、氏は、自分の「知的姿勢」は「体系的ではないにせよ」と解説している。柄谷氏の「世界史の構造」は、家族(互酬)、経済(商品・資本)、国家(収奪・再配分)との関連は体系的に演繹(仮説)されているのが前提(原理)である。またそこから、両者の決定的な相違、柄谷氏のいう「高次元」を認めるか否か、理念するかいなか、つまりは経験からの飛躍を志向するかいなか、の思想的な個人的態度の有無が生じてくるだろう。トッド氏はおそらく学問態度的には、それを認めない。

ところで、その柄谷氏が『世界史の構造』を出版したとき、私は、それをトッド氏の論考に引きつけて論じている。( http://www.geocities.jp/si_garden/kansekaiko.html

トッド氏にとって「教育」とは、家族関係の進展に影響を及ぼす関数的な「変数」ということになろう。家族の骨格は変わらなく進んでいくとしても、その進行度合いや一時的な歪曲などが、とくには「高等教育」の普及度合いによって知れてくる、とされる。とくには、女性の識字率や進学率の高騰と、逆に男のそれの低下、または、中産階級者の「自殺率」などだ。

そうした統計的変数は、まったくひとごとではないな、とおもわざるをえない。
私の父は大学出だが、母はそうでない。おそらく、女房のほうもそうなのではないだろうか? そして、女房自身は高卒である(妹は進学しているが)。そして今のところ、イツキが大学まで勉強したいと思えるような雰囲気はない。これは階級的には、低落になろう。社会的には、活力の減退を意味してくるかもしれない。蓮實氏と渡部氏の「文学界」での対談は、そんな減衰を追認しているような話になるのかもしれない。が、自殺への衝迫を鬱として抱えこみはじめている世の空気のなかにあって、蓮實氏の久しぶりに聞いた辛辣な饒舌は、何か活力を奮起させてくれる叱咤激励として機能していくところがあるのかもしれない。私には、鬱屈のなかでも必死に読書していた学生の頃の自分が、ふと我に返ったような感じになった。

2016年9月20日火曜日

中学生の自殺(3)――教育と育成


<○○さんが伝えてくれた、「文学界」(2016.10)での柄谷VS高澤対談を、石原VS斉藤環対談とともに、昨日読んできました。
中上健次をめぐる柄谷対談から改めて確認したのは、なお私の「母殺し」の主題が続行している、ということですね。私の父も、最終的には父の審級から降りて、その降格過程で、本当の敵とは母だと気付いていくわけですが、その殺しの機会=歴史を、私一代ではつかめず、後退戦を選び、いま(というか数年前から)、一希とともに共同戦線を闘いはじめた、という感じですね。女房=母親と闘うことを通して、認知症と化した父を庇護しながらその自由を奪うグレート・マザーを、どうやったら仕留められるのか、ということを、最近の母系論議が再燃した天皇退位問題をにらみながら、身体的に実験している、という感じです。私(父)と息子と妻の間には、やはりエディプス・コンプレックス的な問題もあります。が、現代のいじめ問題を考察した『友だち地獄――「空気を読む」世代のサバイバル』(土井隆義著・ちくま新書)の作者の指摘にもあるように、今風の両親は、親というよりも友達に近く親しくなっているので、第三者的な仲介者としての相談相手になりえず(友達に迷惑をかけたくないと)、ゆえに悩みを内に抱えてしまう傾向があるのだと。私も、ある意味、父というよりは一希の友人に近い。はじめから、父になることを放棄しているところがある。が、一方、母(女房)が息子をなぐるとき、「子供もをなぐるなら俺がおまえをぶんなぐる」とその間に立ちはだかったこともあるように(今は戦略を変えていますが)、「父」であることの必要性を人為的に、知的に立ち上げている。そうしない と、母系的な母ー子の癒着に子が飲み込まれてしまうと認識しているからですね。他の家庭では、そういうことはありません。まったくの双系制よろしく、父親は黙って女房の尻にしかれるか、見て見ぬ振りですね。しかし、私が体を張って子を守ることで、息子は人間的には私の方を信用しています。が、自分の腹を痛めて産まれてきた子が母にとっては分身でもあるように、子にとって母は、やはり依存に吸い込まれやすい相手なのです。同時に、思春期にはいると、母が女として、その女をものしている相手の男として、対抗者としても父を見始めます。ゆえに、息子は、友人のように信頼できる父がライバルとしての男でもあるというエディプス的なダブルバインドに入ってきます。インテリとしての私がそこで模索する実践とは、母子癒着を断ち切る父としての審級=振舞いが、本当に必要なことなのか(文化的にも、人間的にも、あるいはどちらか一方においてなのか、両方ともになのか――)どうかを見極めること、そしてその癒着を断ち切るのは、父としての審級以外にはないのか、と探ること(あるいは逆に、太宰的なダメ父として逃走論的に振る舞うことに本当に実効性はあるのか?)、友人として女(=母)を奪うことをみせつけ、漱石「こころ」の先生のように、息子(K)を自殺に追い込む可能性は本当にあるのか、あるとしたらどれくらいの確率か、それとも必然的か、それともそんなことはないのか、――息子を、我が子を、どうやったらそのダブルバインドから解放させ、真に自由な存在として羽ばたかせていかせられるのか? そのことで、私は人間としての強さ、成人(カント的な啓蒙的意味での?)になれるのか? 私達は、天皇に依存することなく、真の自由主体としてどうやったら屹立できるのか? 権威(天皇)と権力(政治)を区別しておくというのは(象徴であれなんであれそれが天皇制ということだ――)本当に人類の智慧なのか? なおそれが有効なのか? 嘘っぱちなのか? 現憲法1条を憲法から削除することは(天皇家は否定しない)、本当に日本の国体を混乱に陥れるのか?


昨夜は、サッカー・クラブのコーチ会だったのですが、少子化を見込んで、この地区のいくつかの小学校の上級生5・6年生をひとつにまとめ、子供の因数を増やし、そこでレギュラー組と控え組を作って競争させればモチベーションもあがってチームが強くなって勝っていけるはず、頑張れない子はやめていくはず、とエリート優生主義=ナチスみたいな話にまとまっていきました。同じ団地に住み一希と同級生のいたコーチ(なお娘が5年にいる)と私だけがその話にのらなかったのですが(他5人は賛同)、それでやりたければやれば、というのがこちら側の態度。絵描き連中がいくら集まってもすぐ来季に今年以上に悲惨になってつぶれていくだろうから、こちらとしては理念の共有がはっきり区別できてすっきりして好都合。4年生までの中学年までで十分、そのうちそんなチームに進級したがる子は少なくな ってくるだろうから、いやもう再来年でも進級を望まなかったモチベーションが低いとされた余りものとされた子供たちで十分戦え勝つことができるようになるだろう。……と、石原くんの優生思想、相模原事件を起こした青年はDNA的にオカシイのではないかと、自身がその青年みたいなことを言う石原君の主張、またそれがいまの市民の空気なのかと、再確認されてきたのでした。小学校を合併して人数増やせば競争できて成績あがると合作する日本官僚人政策と同じですね。>

*こう友人にメール返答した三日後、試験勉強をめぐる口論中、イツキ突然と椅子に座っていた女房へ向かって走り出しタックルする。女房後ろにそっくり返って危うく後頭部打ちそうになる。パソコンに向かっていた私は無意識のうちに反射して、イツキを追う。イツキはベランダに逃げる。そのぐるぐる追いかけっこから逃げ場を失ったイツキのベランダから飛び降りる姿が思い浮かぶ。「なぐるんじゃないんだから、座りな」と、立てこもり犯人を説得する刑事になったよう。頭をなでながら、イツキの言い分をきき、文句を言いながらも好きなことだけママはしているのではなくその間もご飯をつくってたでしょ、とか、なんで勉強をするのかとかの話をしながら、息子の高ぶった気持ちを落ち着かせる。台所の食卓椅子に座り直しただろう女房は、反省しただろうか? ちょうど、身内間による殺人事件報道がつづいていた。ササイナコトからオトウトをコロシテしまってイタイにコマリバラバラニシタ、とか。子供も女房も、そうした事件が他人事ではないと自覚しただろうか?

*そんな事件の間、サッカー・コーチ間では、上位チームを作るとかいった案が、ヨイショしていたコーチの腰砕けによって中座するような、かけた梯子をはずしてしまうようなメールのやりとりがなされていた。チームを実質的に支えている私たち2名が参加しないと表明し、口先で操ることできないとわかったからだろう。そこで、以下のような論考を、コーチ間メールに投げかける。

     *****     *****     *****     *****

<鈴木です。(長くなります)
会議の件、私の理解では、少子化に向かうなかで一つのチームでは存立できなくなってくるので、その受け皿として○○地区での単体・独立チームを目指して、まず○五・六小のみで、そしてまずは来季その両5・6年生合同チームで(多人数になっても)やってみよう、ということだったとおもいます(○五・六各単体は4学年までのチームとして存続する)。ただそれへ向けてのチーム方針や理念的なところで、私や△△さんが違和感をもち、コーチ間でばらつきがある、というような体制だったと認識しています。その受け皿自体の立ち上げと、来季からやってみること自体には私は反対していません。むしろ、☆☆コーチが来る前に、「民主的にではなく、俺がやるぞ!」という軸となる人がいないと無理ですよと私は言っていました が、☆☆さんがまさにその意気込みを見せられたので、ならばやってもいいのではないか、やったほうがいいのではないか、と思い直し、それ自体への疑義は発しなかったと思います。また、大勢として、来季はそのFC○○の線で行こう!、という感じになって散会したようにおもったのですが…。ただ、あせることではないとおもいます。<


その帰り道、◇◇コーチと話したことは、ゆえに統合FC○○を認めた上での、それを超えたより一般的なサッカー・チーム方針や理念をめぐってのことでした。以下、その時言い足りなかったことを付け加えて、その私の説の論証とします。

(1)人数が増えて競争が発生し、選手のモチベーションがあがるということはない。――今年のユーロでも活躍したウェールズの人口は千葉県民ぐらい、北アイルランドにいたっては新宿区レベルです。それでもああした結果がでてくることは、その質、サッカーの理解度にあることを証明しているのではないか? 一希世代の多人数の内藤新宿、当初は競争的な切磋琢磨があったのですが、のちに先発Aチームと予備チームとにヒエラルキー的に安定し(しかも、ゲームへの自発的なモチベーションをあげるために子供・選手自体に先発メンバーを選ばせるというやり方自体がそれを誘発させた――)、それではいけないと中○コーチは都大会直前になってもその階層を崩そうと、大会当日にフォワードのキャプテンやサイドの子を下げ、結果いきなり先発した選手との間での連携ミスの失点から1回戦敗退、ということになったと私は分析しています。つまり、人数の多少とは関係なく、単にモチベーションをあげていくコーチの手腕が問われるだけです。多くなれば自動的に競争が発生し、それが良い結果に連なっていくことにはならないのは、私は人間的な現実だとおもっています。むしろそうした競争は、子どもたちの間に深刻な事態を引き起こすのです。

(2)オランダでは、1960年対後半、そうした制度から、いじめ問題が深刻化しました。オランダ人は、その原因を、近代国家によって導入された一斉集団授業という形式に問題があると原因特定しました。それゆえ、学校創立に自由を与え、生徒が一定数集まって場所もあると証明できれば、私立でも公立と同じく予算をだし、先生の給与全額を国が負担するという政策をとったのです。結果、ドイツはナチス政権下で弾圧されていた新しい教育理論を採用する人たちがあらわれ、一つの地区に色々な方針を実践する小学校が現れた。要約的にいえば、授業から「学習」という形態に移行し、それは近代以前の日本の寺小屋に近いです。教壇はもうなく、1から3年までが一緒の部屋 で勉強し、先生は個人の発達レベルにあわせた課題を与えて、定期的に、4人ぐらいのグループを作った机の間を見回ったり、床にすわっています。宿題を終えた子は廊下にでてもっと好きな勉強を一人ではじめたり、先生がレベルの高い自習問題をあたえます。そしてこの風潮は、なお数量的には主流にはならないとはいえ、EUを離脱したイギリスを除いて、ヨーロッパの理念的なメインストリームになっているといっていいとおもいます(最近の難民問題で次の課題に直面しはじめていますが)。なんで私がそんなことを知っているかというと、サッカーのクラブ活動だけで、トータルフットボールなどという、全員が一丸となって休まず走り通すモチベーションを育成することなどできないな、もっと子供が時間をすごす小学校に問題があるのではないかと、中野区の図書館程度でですが、調べたからです。しかし、一月前のTVフットブレインで、本田選手が、安倍総理に、サッカークラブだけ変えても日本代表は強くならない、学校の制度を変えていかなくては、と直談判したそうですね。私の勘では、まずオランダのチームへの移籍からはじめた本田選手は、そんな小学校の現状を当地で見たのだとおもいます。本田選手は、おそらく廃校間際の学校法人を買い取って、本田学園でもはじめるつもりなのでしょう。

(3)メンタル(モチベーション)だけが問題なのではない。――会議中、清水代表がスクール的なクラブチーム立ち上げ風潮の中で実質的に解散し、がいまの各年代表チームの成績不振を受けて 、そこに携わったコーチたちの話をきくインタビュー集などが刊行されはじめていると報告しました。高校部活動の名物コーチの言い分は、そんなプロあがりのスクール・コーチの態度はサラリーマンみたいなもので、自分たちはサッカーを知らなくても、家族を犠牲にするくらいまでの情熱で子供と向き合ってきた、その感化が清水に関わって来た子供たちを何人も日本代表へ送り出すということにつながっていったので、いまは逆に、テクニックはうまくなってもメンタル的に十分でない選手が育成されている、だからうまい選手が増えて一定のところまで昇っても、そこで突き当たって停滞するのは当初からわかっていたことだ、という事のようだと紹介しました。私は、そうした名物コーチの認識は正しいのだとおもっています。しかし、もうもどることはできない。そしてこの不可逆は、日本のサッカーの進展だと認識しています。ト○ボの◆◆コーチが新宿代表監督をやめて自らのチームを立ち上げたのも、いきなり6年から巧い子が集まってきても、サッカーとしてはどうにもならない、もっと低学年の時からめざすサッカーに向けて体系的に構築していく必要があると、たぶん、他の地区の進展に接して危機感をもったからでしょう。つまり、運動能力任せで伸び伸び任せなスポーツとしてサッカーがあるのではなく、集団スポーツとして、仲間との連携を作っていく知的作業としてあるのがサッカーの本質だということですね。素人ながら、日本はまだこのサッカー理解度、識字率のレベルが十分ではないのだとおもいます。メンタル云々以前です。◇◇さんとも野球を例にあげて話しましたが、野球では、6年生までに原則的な判断事項(法則)は、すべて教えますね。ワン・アウトでランナー1・3塁の場面、守備者は何を考えなくてはならないか? まず試合の流れからチーム方針を決める、前進守備で1点もやらないのか、中間守備で情況によってはゲッツーも取れるようにしておくのか、1点をあげても確実なワンアウトかゲッツー狙いで深い守備を内野手はとるのか、それに連動して外野手はタッチアップを確実にとれるように浅目なのか、2失点以上の失点は確実に防ぐことをメインに深めに守るのか。ランナーはその守備位置をみて、どういう打球ではゴーするのか、用心するのかの態度準備しておく。中学生以上 レベルなら、その守備位置から打者はピッチャーの配給を読む、プロレベルなら、わざとそう守備位置から読ませておいて逆をついて仕留めていくサインプレーを導入する。が、原則はすべて小学生時代に訓練させられるし、できることです。日本の代表レベルのサッカーをみていると、要は中継・連携プレーがなっていないので、外野を抜けたらみなホームランみたいな、カウンターでまず失点になってしまっている。プロだったらやってはいけないこと、ヨーロッパではありえないことが、まだ代表レベルでも平然と起きているのだ、というのが、スペインなどに育成チームに飛び込んで、向こうの生の情報をとってきている若いコーチたちが指摘していることです。おそらく、小学生の育生年代で、長友や内田選手でさえ、教わってこなかったのだと。一月前のNHK特集で、今治で試行錯誤する岡田元監督が発言していました。「日本では子供のときは自由にやらせて、中学・高校になってから教えていけばいいという風潮があるけど、逆だよ。小学生のとききちんと教えて、じゃあそれで自由にやってごらん、と中学・高校でやっていく、それが普通だよ。」◇◇さんも自分の経験を思い出したように、そういえば中学生になって野球を教わったことはないな、もう応用があるだけ、と。いまは野球も少子化で、体験的にやってローカル大会だけに出るチームと、昔ながらの方針でやっていくクラブチームとに二分されているようですが、サッカーもおそらくはそうなっていくでしょう。が、子供のサッカー(野球)と大人のサッカー(野球)があるわけではない。単に、サッカーや野球があるだけです。そして誰でもできるスポーツにすぎないので、実はそんな難易度は高くない。むしろ、スポーツの面白さは、そうした知的なところにあると思います。オシムじゃないけど、単に走って気持ちいい、のではなく、「考えて走れ」と。

(4)坪井健太郎著『サッカー新しい守備の教科書』(KANZEN)からの引用――<結論としては、育成年代で守備の練習時間が足りていません。日本サッカーの特徴とも言える、圧倒的なテクニックの反復練習と最近では攻撃戦術がレベルアップしてきましたが、守備の戦術とテクニックレベルのための練習がまだまだヨーロッパのレベルには追いついていません。特に小学生の低年代では、未だボール扱いのトレーニングばかりが行われています。まるでサッカーはボールを扱うことが目的で、ボール扱いさえよければ試合に勝てる、ボール扱いが優れている選手が素晴らしい選手である、といったサッカーの本質からはかけ離れた価値観があるようにも見て取れます。低年代で守備を教える必要はなく、それ は年齢が上がった時にやればよいと考えられているのかもしれません。>このスペイン育成にもたずさわる坪井氏は、『ジュニアサッカーを応援しよう 12歳までに身につけたい守備の基本』(VOL.41・2016)で、 相手キーパーの足元・手元にボールが 収まっている時の守備戦術を例としてあげ、結局キーパーにサイドへパントをあげさせてマイボールにしていく弱小チームの守備戦術を紹介し、 スペイン少年サッカーのレベルの高さを指摘し ているのですが、これは去年のFC○○でも実践できていたことです。新宿代表戦や最後ライオンズ杯の対○K戦 を見ていた人は、ビルドアップ時のパスコースをふさぐ組織的な守備連携で(マークではないですよ。マンツーマン・マークは強いチームにはすぐにはがされます――)何度もキーパーやセンターバックを困らせボールが直接タッチラインをわり、マイボールになっていったことに気づいたはずです。まず■■君にはほぼ年間毎試合、トップのプレスのかけ方を確認させ、その動きと間合いに他選手 が連動できるくらいの習性がついていたのです。坪井氏は、スペインでは結局バルサをどう抑えるかでまず弱小チームの戦術が進化していくのだ、それにどう対応するのかで動いていくのだと指摘していますが、こちらも、どうト○ボと張り合えるかのまずはコーチの中での緊張感で戦術思考が密になり、そうしたお互いのチーム間の切磋琢磨で、シ○スや戸○もレベルアップしていったと私は認識しています。そういう意味でも、やはり内藤代表をやめ(ある意味つぶし)、背水の陣の覚悟で自分のチームを立ち上げた◆◆コーチは、相当新宿サッカー界のレベルアップに貢献していると、私は認識しています。

(5)コーチライセンス取得者に配布される「Technical news vol/73」からの引用――

森山(U-16代表監督) ただ、今のサッカーに限らず若い世代の課題として、コーチに言われないとできないとか、やれと言われたことはできるけれども、そうではないことはできないなどがありますが、そういう部分はすごく物足りなく感じます。特に下の年代になればなるほど色濃くあるように思います。」
内山(U-19代表監督) リーグ戦もトレセンも携わってきた中で、懸念していることが一つあります。各チームがスタイルを持っているけれど、どこも結果重視ですね。(イビチャ・)オシムさんが「今日の結果を求めたら、明日の日本はなくなるぞ」と言っていました。リーグ戦をやっていくことはいいけれど、もう少しそれを司る全体観が必要だと思います。余裕を持った環境に整えてあげないと、たぶん良い選手は生まれません。毎週毎週戦って、選手のことに関わり、ましてや選手は18歳。サッカー以外の問題もあるし、プロとメンタルもまた異なる。そういうものを抱えて、「世界を勉強しろ」なんて言うのはなかなか難しい。結果を求められてくる雰囲気がすごく強い。この環境を解いてあげな いと難しいと思います。」 
手倉森(U-23代表監督) 今言われたように、本当に勝つことだけに行きがちかなと思っています。もちろん、プロのJリーグだから勝たなければいけないのですが、勝つための工夫ということに対して、少し幅が足りないのかなというふうに、客観的に今は見ています。…(略)…自分の中では勝つこともあるけれど育てなければいけないというのもあります。思い切ってこの選手を使ってみようというのがうまくいって、育てながら勝つことが究極だと思います。そういう幅のある指導者というのがなかなか出てこないですね。」/「自分であれば、勝つために育てなければいけない、育てれば勝てるという、このフレーズがあった方がいいのではないかと思います。今の社会では、監督だったらもう勝たな ければ駄目。勝っていればいい。けれど、あの監督、あの指導者は良い選手を育てるとか、こういう選手を育てるとか、そういうことが以前は多かったと思います。自分はそっちの方が格好良いと思いますね。」

(6)はらだみずき著作の、「サッカー・ボーイズ」五巻シリーズはご存知でしょうか? 半年前、サッカーの本なら読めるかと一希のために借りてきたのにやっぱり読まないので、自身で読んでみて面白いので一気に読んだのですが。これは、今の日本のサッカー界育成年代でどういう問題が発生し、その中で子供たちをふくめ大人たちもどう悩み実践しているか、よく取材をして書かれた思春期小説です。まずは小学生年代、運動部根性主義の古典的なコーチと、その同級生の池上理論を実践していくようなコーチとの対立を背景にしながら、どう子供たちがサッカーを作っていくかが描かれます(最初KANZENから出版されているので、池上理論に呼応して書かれたとおもいます)。とりあえず、一巻目は 、池上側に軍配があがります。が、中学生になって、部活動とクラブチームとの2項対立を背景にしながら、ほとんどが部活動チームにはいった主人公たちのもとに、先生コーチにかわって、さらなる筋金入りの、トレセンにも顔がきく名物鬼コーチが赴任してきます。同時に、転勤していく先生の薦めで池上理論コーチが、自分の息子とともに、中学の部活動にもたずさわってきます。モチベーションが様々な子供たちの雑居する部活動チームが、どう強豪クラブチームにはりあっていくのか、そのチーム作りの方針をめぐる子供たちを巻き込んだ展開をおっていくと、鬼コーチにすごい洞察と人生的な深さと理論があって、池上理論の正当性が一概にはいえなくなって、すごく複雑な現実の中で読者は考えさせられ るよう設定されています。もう10年以上もまえの作品なんですが、いわば新宿区界隈では、そうした現状が今遅れてやってきて、私たちがこの小説の主人公たちのように考えさせられるはめになっているわけです。新宿内藤の説明会開催の必要性にしろ、これまでそんな問題はなかったのです。ト○マ君、テ○、○っちゃんの3人しか6年になる子がない状況のなかでは、私的にト○マ君に声かけるだけで十分で、○っちゃんのまえで代表とは、と説明しても、どこか可笑しな事態になるだけです。学校単位の地域活動のクラブなのだから、サッカーというよりは単に体を丈夫にするために参加をはじめた親御さんだって多かったというか、それが説明するまでもない前提ですんでいた。が、この近辺でもスクールができてくると、自然そんなクラブチームも競争させられる。パパコーチも、いやでもプロあがりのスクールコーチと競争させらてくるわけです。そういう状況下でのセールスポイントは、私はこれまでの方針を押さえることだとおもっています。そして私個人は、サッカーの話に関連した他の領域の雑談で、子どもたちの関心をひく、というのも意識的にとっている態度です。これまでも、子どもが喧嘩し「なんで俺だけせめる」といえば 戦争の話をし、サッカーのスペースといえばコンピュータのDSのデジタル原理の話をします。グループ戦術を教えたいのだったら、君たちは祖先のおじいさんがマンモスと闘って勝って生き残ってきたその子孫なんだ、どうやって仕留めたかわかるか、とかの話から始めるでしょうね。学校の授業でも、印象に残るのは、先生の雑談だとおもいますので。そうやって、私は子供たちの視野を広げたい。>

中学生の自殺(2)

 
太宰の作品は、高校から大学に入ってくらいまで、よく読んでいたので、その『晩年』に入っていたという 「魚服記」も読んでいたのでしょうが、全く記憶になかったようです。今回読んでみて、何かを考えさせられていますね。ブログの「中学生の自殺」と結びついていくことなのかなおわかりませんが。一月前だかに、全国からの怪奇伝承を集めたのや(「山怪」)、3.11後の東北での霊事象を収集した大学院生の研究本(「霊性の震災学」)なども読んでいて、それをまず連想しました。「天狗の大木を伐り倒す音がめりめりと聞えたり」との太宰の報告は、いまでも山では聞こえてくるそうです。チェンソーの音でなんだそうですが、誰も作業していないのに。ただ、柳田の「遠野物語」の方からたどると、太宰の作品から始動しはじめた思考は、遠ざかっていくような。『晩年』という処女作を読み返したくなりましたね。
私が中学生のころは、むしろ三島由紀夫をよく読んだんですね。難しそうな漢字が多いのがよかったというのもあるのですが、今でも謎です。「豊穣の海」とかは学生か卒業後に読んだのだとおもうのですが、今でもその読んでるときの感じを思い起こすと、蓮實や浅田的にばっさり切リ捨てられない変な感じを呼び起せるんですね。逆に、太宰にはない。もしかして、太宰の方が知的に構成されているからなのかもしれません。この「魚服記」も、(1)風景紹介(遠)(2)場面導入(近)(3)主人公導入(4)蛇への変身譚民話挿入から、(5)「おめえ、なにしに生きでるば」という突然の変調と、そこからの幻想譚まじえての短い場面展開のつなぎには、やはり文学的・物語的なコードでは読み切れない不可解な論理がありますね。(5)の質問など、一希でも突然言いそうな怖い突っ込みですよ。そういう意味で、中学年代思春期に出てくるリアルさを掬い取ってる作品なんでしょうね。それが、性的な大人の生態的現実に触れて、知って、ここでの女の子は取り乱して”飛び込んで”、だけど明るく泳ぎ、しかしそこで、また淵へと「吸いこまれ」ていく選択をした。青森の女子中学生も電車への飛び込みですね。私がブログで書いたのもベランダからの飛び込みで。たしか漱石の「こころ」のK先生の自殺も飛び込みだったろう、と文字ずら分析したのがスガ氏やワタナベ氏だったような。
太宰のこの思春期にみられる垂直的なリアルさが、性(人生)的な次元においてだけでなく、もっと雑な事象でも分析・敷衍されるとき、ユニークなパースペクティブを開いてくれるでしょうか? もしかして、なんとなくブログで冒頭引用したSEALDsについての認識も、そこら辺に感応していたのかもしれません。


----- Original Message -----
From: ○○
To: SUZUKI
Date: 2016/9/8, Thu 22:56
Subject: 夏の終わりに


昨晩は菅原さんのブログの更新を拝読しながら、太宰治の「魚服記」を、坂口安吾が最も讃えた太宰作品を連想して帰り、自宅で朝刊『文學界』の広告を見てから寝て、今晩は19:40に会社を出て、三省堂に入り、20:00閉店までに最新号掲載の柄谷行人と高澤秀次氏による「中上健次と津島佑子」をめぐる対談を読み、高澤氏からの飛騨五郎氏への言及も目にしました。その他、ブログと対談との内容の重なり合う部分には今更、特に驚きもありません。
「魚服記」は『中上健次全集』や『坂口安吾全集』を読んだ大学すなわちNAMのころ以来の記憶かと思いますが、ページを開くとまさに13歳の少女の話です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1563_9723.htm
この「中学生の自殺」から考えれば、三島由紀夫の腹切りなどはもちろん、ひたすら醜悪ですが、他方、太宰自身の入水は、むしろその系譜で美しくもありうるのではないか、という気が私にはしてきます。が、柄谷は決してそうは言わないでしょう。菅原さんと柄谷との違いが、<そこ>を語るか、でもあるでしょう。

2016年9月7日水曜日

中学生の自殺

「若いSEALDsがそれまでの左派リベラルの因習を知っていたとは思えず、したがって彼らは「国民」という言葉をそのままなんの抵抗もなく使っただけなのではないかと思う。しかしそれはSEALDsが、これまで堂々と「国民」を名乗ることのできなかった中途半端な「市民」、つまり「国民」であることを拒否した人々ではなく、サッカーの国際試合で熱狂して日の丸を振る多くの普通の国民に近い存在であることを示している。すでにSEALDsはあざらしと違って「何者でもない人々」ですらないのであった。」(野間易通「国民なめんな」/『3.11後の叛乱』 笠井潔・野間易通著 集英社新書)

夏休みももうじき終わるという頃になって、中学生の自殺の報道がつづいた。2学期目の開始をひかえたこの時期に多くなるのは、一般的だそうだ。
息子の一希と女房の、勉強をめぐるバトルも過激さを増してくる。塾に行って専門家に見てもらうようになれば女房も引くのかと期待したが、塾の批判をしはじめるようになって、検閲・監視はやまない。一希が消しゴムか何かを投げ、女房がひっぱたき返し、ベランダに逃げるイツキを追いかけ、2LDKの狭い中をぐるぐると回りはじめ、とイツキが裸足で外の廊下にでていく。「ふざけたことやってると、そのままベランダから飛び降りるよ。ここは、6階だからな」と、畳部屋で寝ころんで本を読んでいた私は、二人に何度となく跨がれ越されていたが、女房が一人取り残されたところで低くつぶやく。私には、まだ真剣さと遊びの区別が曖昧な息子の死骸が目に見えてくるようだった。「殺すぞ!」とドスをきかした女房の声が聞こえてくることもある。3.11以降、いまだこんなことで子供に挑んでいく親がいることが信じられない。しかも、その時代的な出来事を受けての、市民活動に参加していることがひとつの矜持にもなっているらしいのに。いったい、どう後悔するというのか? ばかばかしくも本当のことが起きてしまったら……。(サッカー部の他の家庭でも、宿題を終わらせていない子供と母親との間で、似たようなドタバタはあったようだ。)

夏休みの生活の感想書と印鑑証明の仕事が、そんなてんやわんやで、私の所へまわってきた。畳に寝ころびながら、さて何を先生に向けて書こうかなと考える。…

<・サッカー部活動の合宿には、父母共に、応援へ行ってきました。ゴール・キーパーからの掛け声のなかに、どう生きていくかの思想的な価値が出ているのには驚きました。
 ・勉強や宿題は、いつも母親と口論しながらやっています。その流れで、この感想も私―父親の所へまわってきたようです。そんな身近な難題を、平和的に解決していけるよう、勉強してもらえればと思います。そのためにも、もう少し文字に慣れて、読書してもらえたらなとおもいます。自身で選んで借りてきた、中学生の”家出戦争”の話は、面白かったようです。>

まだ幼児の頃は、異界がすぐ隣に存在してつきまとってくるような、強烈なおぞましさが死の意識としてあった。が、小学生も高学年になり、中学生にもなると、その死とともにある感覚が変わってくる。遠くなるのだが、逆に異界というより、リアルな感じになってくる。幼児は、存在自体が異界=死のようだが、少年となると、親とは別の人格として疎ましくなりながら、死を現実問題として突きつけてくる、といおうか。だから、具体的に、自らの意志で、どう死ぬかまでがイメージされてくるのだ。幼児なら事故死や誘拐への怯えだが、もう少年自らの主体で訴えこちらを身構えさせる怖さ。もし自ら死を選んだとしても、それはなお子供で死への恐怖が薄いとか、命の大切さに気付いていず軽んじているからだ、ということではない。ないのではないのか、と息子を見ていておもうのだ。むしろそうしてしまったら、”切腹”に近い。過ちを殿様にお詫びする、という儀礼のものではなく、自分の潔白を証明するために、自分を陥れた犯人の前で自らの内臓を広げてみせる、そんな本能的な論理としての行動である。命を軽んじているどころか、命をかけて、母親から逃げ回り、家出していくような。論理とは、有言実行のことだと数学者でもある小室直樹氏はいったが、まだ言葉では論理化できないので、不言実行してしまう果敢さ、無邪気さ……。

青森県で、いじめを苦にか自殺していった女の子の遺書は、どこか明るい。相手をうらんではいない、ただ自分の命をかけた行動によって、考え直してもらいたいと静かに訴えている。この子だけではなく、この年頃の子供たちには、そんな人間への純粋な願いを行動で示す筋道があるようである。

2016年8月19日金曜日

トータルフットボール、教育制度と戦術(3)

「それと、これはバクスターが話していたことですが、現代の日本人にそのまま当てはまるかどうかは別として、『日本人には腹切りの文化がある』と言うんです。ミスをしたときに腹を切ってお詫びする。そういう個人で背負ってしまう精神が日本人には根付いていると。だから、個人の責任、という重荷から解放されるために、みんなで寄ってたかって集団的に連動して守れるという感覚が前提にあれば、個々がリラックスしてプレーできるはずで、守備時においてもクリエイティブな発想も出てくる、それがまさにゾーンディフェンスの考え方の根底にあるものだと言うんです。」
 寄ってたかって集団的に連動して守る。一つのボールに対して密集して群がってボールを絡めとってしまう。それがマツダが描くゾーンディフェンスのイメージである。
「水族館でイワシの群がワッといっせいに動くでしょう? あの動きが理想なんですよ。その中心にあるのがボールです。」(『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』 松田浩/鈴木廣浩著 KANZEN)

日本人が文化本性的に、集団性が強いかどうかには疑問がある。むしろ、個人的な勝手ばらばら観が強いために、集団的なイデオロギーが強くなって、その近代化過程での政策制度の習性的な残滓として、なおそれが機能しているところがある、とみておいた方がよいのではないかという気もする。内山節氏も指摘していたことだが、「徒然草」に顕れるような遁世にも連なる個人性が強くあって、ゆえにそれは死生観や虚無感に連なって目だつ意識ではなくなりがち、と。いまやっているオリンピック競技の、これまでの大会のメダル獲得種目を調べれば明瞭なのだが、それは個人競技で多く、集団競技ではほとんどメダルをとれていない。サッカーでも、イワシの群れのように動けるのは、ブラジルの方である。相手がミスを犯したとみるやの瞬間の攻守の切り替えの全体での速さなど、テレパシーのごとくである。だいぶ前のブログでも指摘したことだが、その言語以前のコミュニケーションが頑としてあるのは、なおブラジルに古典的な共同体が生きているからで、それは日本でも、年配の長屋住まい経験の職人世界では見受けられる素早さ、ためらいのない動きとして身体化されている、と。

対柏レイソル・ジュニアユース戦、キーパーを任されていた一希から、こんな叫び声があがる。「いまのは気にするな! みんな俺のせいにして切り替えろ!」、また点をとられて仲間同士でこそこそ嫌味をいいあっていると、「そんな言葉はいらねんだよ! バカなんて言ってるな! いる言葉を話せ!」……お盆休みにあった大会には、中学部活動チームで出場していたのは、一希の通う中学だけだったかもしれない。かといって、その中学が部活に熱心、というわけでもない。2週間以上の夏休みの間に、その大会だけに突如参加するので、まずすぐに疲れて走れない。U-14での出場だが、部員数少ないので、半分は13才の1年生。1試合目は20点近くとられたか? しかし2試合目の柏戦は、先生にはっぱをかけられたからというよりも、その試合で先発キーパーになった一希の体を張ったファインセーブが開始早々から発揮される場面が出てきたからだろう、それが感染し、みなが必死に走るようになって、競り合う場面がでてくるようになった。敵陣へもそれなりの頻度で攻め込んだ。最後、オフサイドになって立ち消えた幻のゴールも。1試合目のケガで出場できなくなったフォワードがいたら、その1点をもぎ取る場面もみられたかもしれない。もし、まさに冒頭の書籍にあるような、こちら4-4-2の守備法則のイロハをチームが知っていたら、1対4ぐらいまでつめられるな、と私は感じた。結局は、その形にある弱点をつかれる現象が発生してくるのだけど、それを防ぐためのケア、動きの鉄則に関して無知であることが、失点に直結しているのである。

が、ここで取り上げたいのは、一希の感動的な言葉だ。そのイントネーションは、その内容が思想的な価値として肉付けされていることを示していた。自己犠牲による集団性の喚起、その掛け声は、そういうことだろう。「え、そんな……」と、一希が「みなおれのせいにしろ」と叫んだとき、父兄の一人が声をふるわせた。私もその真剣さにびっくりしたが、私が、親が、そんなことを教えたろうか? 私たち夫婦の関係が、そんな価値観を伝染させているのだろうか? むしろ、二人で怒鳴り合って喧嘩してたのが多かったろうから、喚起されてくるのは個人の勝手、ということではないだろうか? 反動形成だろうか? それとも、学校の教育現場の影響だろうか? 集団スポーツをやってきたからだろうか? いやそういうことではなく、その価値は、一希が戦争や殺人事件の発生のことを理解できない、理解したがらない子どものままの感性と結びついているような気がする。私が、戦争の裏にある人間の現実、その事件の裏にある世俗的な思惑のようなものを指摘するとき、一希は、人間にはそんなことがあってはならないような表情をする。私の洞察では、すでに息子自身がそんな裏を作っていけるぐらい充分大人の智慧を働かせているのだから、自分を内省せずに気づけないだけなように認識できるのだけど、本当にそういう不純なものを嫌悪しているのがわかるので、深入りして教えるのは控えることになる。人間として自分でもやってしまうことを、あってはならないものとして否認してみせる……「やってしまうこと」をリアル・ポリティクスとして居直るとき、右思想となり、それを否認してみせるとき、左思想となり、「やってしまうこと」を否認せず直視し、なんとかしようとすることが、知的実践となる、ということだろうか?

とにかくも、一希の価値の出どころは判然としない。
以下は、そうしたことの一助となるかもしれない、引用文章。

     *****     *****     *****     *****

「しかしこのことは、学級が分業制から逸脱したことを意味する。パッケージとしての「学級」が担う機能は、分業制の下では制限され、教師の活動にもまた制約が課されるはずである。しかし、このような自覚がないままに、多様な活動が「学級」内に導入された。それはいうまでもなく、当時の人々が機能限定的な集団の意味を理解しえなかったことを物語っている。
 換言すればこのことは、「学級」が、あらゆる生活機能を包含した村落共同体の論理によって解釈されたことを示している。村落共同体が、生産機能、生活機能、政治機能、祭祀機能をすべて包含す…(略)…機能集団としての「学級」とは、子どもの生活の一部にすぎない。しかし、「学級」が生活共同体化すると、それが子どもの生活のすべてとなる。放課後も、帰宅しても、そしてまた夏休み中も、電話やメールで同級生とのつながりがそのまま継続するという現代の風景の出発点が、このようにして作られた。」(『<学級>の歴史』 柳治男著 講談社選書)

「一七世紀後半の綱吉政権の頃までは、城下町に徘徊する野犬などを捕えて食べる風習があったし、地方各地での鉄砲所持数も増加し続けていたが、このことは、農作物を荒らす鳥獣を捕え、その一部を食べていたことを示している。この頃に、犬などの愛護を内容とした「生類憐みの令」が出されたが、これは、中央政権(幕府)が人間の中での弱者(浮浪者、捨子)の保護や酒類の統制から、馬・犬・鳥獣対策までをも、多少の政策のゆれを伴いつつも、統一して規制してゆこうとする意図の象徴である。一七世紀後半の農民は、従来の大家族的な地方有力者の支配から小家族を単位に自立しようとしつつあった(「小農自立」)。このことは、こういう農民層の動向の前に動揺していた社会情勢への、中央政権の新たな対応・再建策であった。各藩も大体この時代に前後して、同様の政策をとりはじめていた。…(略)…文明開化期の肉食嫌悪の感情はよく知られているが、これら動物愛護の感情は、江戸初期からというよりは、綱吉政権の頃に一画期があり、幕末までにしだいに強化されてきた感情なのである。…(略)…
 なお、こういう共感の感情がもっとも生じやすいのは、人間そのものに対してであることは言うまでもない。したがって、これから考察するような、この時代の人々の有する使用人や子どもを殴りつけることを忌む感情は、「生類憐み」の感情ときわめて近接しているのである。」(『体罰の社会史』 江森一郎著 新曜社)

「『地教行法』のメリットの一つは、教育委員会の主張が弱くなって教育システムが効率化され、全国に同水準の教育を普及させやすくなったことだろう。昭和三○年頃の状況では、意味のあることであった。…(略)…『地教行法』は、「決められた教科書で、集団授業をやっていればいい」という安定世界を作った。ある枠の中でなら、学校は教員天国だったのである。積極的な教員たちは授業研究へと向かい、授業に磨きをかけた。
『地教行法』は、学校に五○年間の無風状態を作ったと思う。江戸時代に似ている。江戸幕府は権力ピラミッドを作り、対立をすべて押さえ込んだのである。たぶん、江戸時代が、現在となってみればそれなりの評価を受けるように、後世となると、『地教行法』も、独特の日本教育ができる下地となったと評価されるのではないかと思う。その日本独特の教育はまだ生まれていないものであるが。」(『変えよう! 日本の学校システム 教育に競争はいらない』 古山明男著 平凡社)

「まとめると、組織的には「学級」を単位にし、カリキュラム的には「全国一律」に学習指導要領をベースとする、日本型の平等主義的な教育制度がつくられていく、その起点となったのが一九五八年であった。
 次項で詳述するように、教育における五八年体制は長年にわたって日本の教育の基本であり続けたが、バブル崩壊が起きた一九九○年ごろに見直しが図られる。その基軸は「学力観の見直し」であり、これを政策ベースに落とし込んだのが「ゆとり教育」であった。しかし「ゆとり教育」の実現はうまくゆかず、教育における「失われた一○年」ともいうべき混迷状態に陥って現在に至っている。…(略)…
 そのエッセンスは、労働市場がフレキシブルになっていくことに対応した、「自己責任」・「自己選択」・「多様化」・「個性化」ということだ。総じていって、みんなで一つの方向を向いて競争することはあまりしないようにしよう、という流れである。…(略)…しかしながら、政治における五五年体制の崩壊がそうであったのと同様、教育における五八年体制の崩壊も、それに替わる新たなシステムの構築には至っていない。九○年代が、「失われた一○年」と言われるゆえんである。」(『学力幻想』 小玉重夫著 ちくま新書)

「1980年代以降、「マジ」や「ガチ」は長く冷笑されてきた。しかし、ポストモダニズムの懐疑論を引用して、「消費社会の時代」に影響力を強め、「引きこもりの時代」を通じていたるところに瀰漫した冷笑主義は過去のものといわざるをえない。「マジ」や「ガチ」を冷笑する態度こそ「ダサイ」というのは、最近の若者がしばしば口にするところだ。…(略)…過去20年代にわたる「デフレ不況の時代」の社会的・文化表象として注目されてきた引きこもりだが、いまや存在それ自体が危機に瀕している。引きこもるための個室が与えられているから、人は引きこもることができた。その個室とは引きこもり第一世代の場合、団塊世代の親が建てたマイホームの子供部屋だった。…(略)…
 SEALDsがリア充だとしても、「デフレ不況の時代」にオタクに対置されたリア充、しばしばヤンキーや意識高い系の属性として語られたそれとは次元が異なる。電気代が支払えなければ電気は停まる。電気が停まればパソコンは動かないし、二次元の世界に耽溺することもできない。たとえていえば、これがポスト「引きこもりの時代」のリア充だ。」(『3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs』 笠井潔/野間易通著 集英社新書)

「かく言う私も、自分の子供が、ものを頬張っている姿を直視することができなかった。この世に残していく我が子への情がまとわりついて、一瞬でも自分の覚悟を邪魔するのではないかという恐怖感があったからだ。
 しかし、その時がきたときに情が覚悟を邪魔することは一切なかった。
 だから、情が大きくなることを恐れる必要はない。…(略)…だから、平素から押し殺したり、ねじ伏せたり、目を背けなければならないというものなどはない。自分の心の奥深くにある本能を信じ、淡々と技を磨き、身体を錬え、心を整え、その時に備えておくだけでいい。
 私は、現在の日本に不満があるし、不甲斐なさも感じている。
 しかし、「あなたは日本に危機が訪れたらこの国を守りますか?」と聞かれれば、「守ります」と即答するし、なぜ守りたいのかと聞かれれば、「生まれた国だからです」「群れを守りたくなる本能が植えつけられているようなのです」と答えるだろう。
 ただし、だ。
 せっかく、一度しかない人生を捨ててまで守るのなら、守る対象にその価値があってほしいし、自分の納得のいく理念を追求する国家であってほしい。
 それは、満腹でもなお貪欲に食らい続けるような国家ではなく、肌の色や宗教と言わず、人と言わず、命あるものと言わず、森羅万象すべてのものと共存を目指し、自然の摂理を重んじる国家であってほしい。
 たった今も、生きていたいという本能と、この世に残していく者への情に悩み、技を磨き、身体を鍛錬し、心を整えている者がいる。
 本能がそうさせることではあるが、彼らが、自分の命を捧げるに値する、崇高な理想を目指す国家であってほしい。
 それは、この特異な本能を持って生まれてきてしまった者たちの、深く強い願いであり、尽きることのない祈りである。」(『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』 伊藤祐靖著 文春新書)

2016年8月11日木曜日

トータルフットボール、教育制度と戦術(2)――都知事選結果・相模原事件を受けて

「オランダの小学校の光景です。

小学校の教室では、子どもたちはたいてい五~六人ずつのグループを作って勉強しています。もちろん授業中に先生が子どもたち全員に説明をする時間がありますが、授業時間全体の中に占める割合はそれほど多くありません。一人ひとりの子どもがそれぞれ違う課題をこなしている光景がよく見られます。いつもグループの席に座っているばかりではなく、教室の隅のコンピューターに向かっている子どももいれば、廊下に設けられた机で勉強している子どもももいます。先生は、黒板の前の教壇に立っているというよりも、グループごとの席に座って勉強している子どもたちの間を静かにゆっくりと回りながら、必要に応じて小声でアドバイスをしています。時々、子どもたちが自由に席を立って先生のところにやってきて質問をしたり、やり終えた課題を見せに来たりします。先生は、子どもの質問に答えたり、子どもが持ってきた課題の答えを点検しながら、よくわかっていない子どもには、教室の壁に備えられた棚に並ぶ様々な教材の中から、その子どもの学習情況に合ったものを取り出して、子どもたちが自分の力で理解するように助力しています。
 オランダの学校では子どもたちを椅子に縛りつけることがあまりありません。ほかの子どもの邪魔にならない限り、また、取り組んでいる学習のためである限り、子どもたちは自由に席を立ち、教室の各隅に用意された読書コーナー、コンピューターコーナー、ゲームコーナー、資料棚、などに行って課題をこなしています。
 課題を終えた子どもは、たとえば、教室の外の廊下やホールの明るい窓のそばなどで、その間の教科以外の追加学習に取り組んだリ、パズルやゲーム感覚でできるもっと挑戦的な課題に取り組んだリします。そのための、色彩豊かで、見ていて楽しくなるような教材が学校の備品としてふんだんに用意されています。
 子どもたちの身体の動きには、不必要な制限がありません。普通は、先生が説明をしている時以外はトイレに立っていくことも制限されていません。かといって何もせずにボーッとしていたり、おしゃべりに夢中になっている子どもがいるのではなく、どの子も授業の時間中一生懸命勉強しています。」(『オランダの個別教育はなぜ成功したのか』リヒテルズ直子著 平凡社)

サッカー番組フットブレインによると、本田選手は直々に安倍総理との会談を申し込んで、サッカーの育成の在り方だけでなく、日本の教育自体を変革する必要を訴えたそうだ。小手先ではなく、もっと根底から変えていかないと、日本のサッカーは世界で勝てない、通用しない、ということを、オランダの教育事情を見て認識したらしいのである。どんな内容を話したのかは明らかではないが、まずオランダのリーグからヨーロッパ遍歴をはじめた本田選手が、いくらメンタル的な強さを全面に出す発言が多いからといって、全体主義的な体制強化を直訴したわけではあるまいと、私は予測する。おそらく、とても無邪気に、安倍のナショナリズム思想を逆なでするような、自由思想の拷問的な実行を説いたのではないか? 私も、小学生の子どもたちの育成現場に関わり、トータルフットボールと表現されるようになったサッカー=ヨーロッパの現実への抵抗は、とてもサッカーの指導現場だけで対処できうるものではないと感じ始めていた。生まれたてでは同じはずなのに、なんでこうも違うサッカーが発生し、その差を埋めるのが困難なのか? 子どもたちが多くの時間をすごす、小学校の在り方がちがうのではないか? と、息子が中学にあがり、そこの運動会でいまだに集団行動なる競技が選択されている様を知って、向こうヨーロッパの教育事情を調べ始めてみたのである。そういうこの頃、本田選手が上のような動きをしたことを知って、論理的に物事を追いつめていけばたどり着く一端が一流選手にも共有されているということなので、独断ではないのだな、と心強くおもった。本田選手は、廃校化した学校法人を買い取って、本田学園でも作ろうというのだろう。が、やはり、強者のイメージ強い本田選手が、では弱者に対し、どうスタンスをとるのか、やはり心配になってくる。本人は、自身が弱いまま成りあがっていったことは自覚しているけれど、世のイメージからは憂慮もでる。安倍と話せる、と判断したのにも、安倍自身に、権力を動かせる強者を認識したからだろう。

そして、その安倍の流布させているイメージ、言説=思想のイメージを文字通り実践してしまうと、相模原の知的障碍者施設での19人以上の殺傷事件に行き着いてしまう、ということだ。『脱原発の哲学』を著した友人のブログにも、<国家の本音を忖度し、日本社会の差別的な心性を圧縮した「代行」としての犯罪であった>との認識があるが、私も同感である。が、その認識までで、だから対象を批判しうる「論理」を得たと、取って返すいわゆる左翼的な知的転回には反対である。差別される側、出自の者たちはそれで充分かもしれない。が、あくまで体制側の人間として育成されてきた私には、そんな程度の認識では不十分である。もっと突っ込んで認識したくなる。そうでなければ、私自身が見えない。
小池の当選は、その出馬表明をしたその在り方からも確実であった。私は友人へのメールでも、投票率が60%超えたら独走になるでしょうね、と書いていた。一緒に仕事をしてる団塊世代職人、消防団の団長さんなどは、舛添が辞任した時点で、小池さんが出たら圧勝だね、ともらしていた。この防衛大臣もした女性の当選を受けて、いわゆる左翼的な考えを自称する人たちは「絶望」したのだそうだが、こんな簡単自明なことに「絶望」してしまう人は、本当に「絶望」することはないのだろうと思わざるを得ない。私は選挙にいかなかった。鳥越氏など、まったく当てにならない、というのがその顔を見ての私の判断だった。心情的には、小池支持だった。しかしそれは、いわゆる左翼的批判でこの「心情」を射抜くことなど到底できないほど、歴史的に根深いものだと私にはわかっていた折込済みのものにすぎない。都知事など、舛添のままでよかったのだ。が、その弱者の追放に加担した者たちが、「弱者」として戦いを挑む小池の姿勢に共感し、そういう情勢・あり方を作ってしまった石原都議連に対し嫌悪を表明した。この選挙民の一見相反する立場の動きは、同じ心理のものであろう。経済学者の浜矩子氏は、「判官びいき」ということであって、庶民が何を基準に判断したのかは明確になった、そのことの結果はともかく、引き受けて考えていかなくてはならないことだ、とたまたま見たTVの討論番組で述べていた。私の立場もそういうことで、まさに、「判官びいき」という用語が念頭に浮かんだのも同じである。

「判官びいき」とは、不遇な人や弱者に対しひいきすることだが、そのとき、たとえ弱者側に非があったと論理・事実が明白であっても、まあまあそれはそうですけど…とその理屈是非を問わず容認してやることを孕んでいる。今風に言えば、反知性主義、とかになるだろう。

相模原の施設は、交通機関とも疎遠な、人里離れたところにある。私の弟も、以前、群馬の山奥にある知的障碍者施設に勤めていた。「あれは、子どもの捨て場だよ」というのが、弟が言っていたことである。まったく面会にこない親も多いという。拘束を嫌う者は夜半に脱走し、職員みなでの山狩りも珍しくない。もちろん、そんな施設に子どもをあずけられるのは、お金持ちだけだろう。普通の人は、自分がいつ殺人者になってもおかしくない緊張した生活の中を生きていかねばらないだろう。高齢となった自身との親との間でもそうなる。そして寝たきりの老人相手よりも、コミュニケーションが成立する障害者のほうがまだいい、というのが弟の経験らしい。
弱者を切り捨てておいて、それに同情すること。「判官びいき」とは、それゆえ自作自演ということになるが、問題がやっかいなのは、そうしたバランスとり、心理的な安定への必要が、自身が殺してしまうかもしれない、という庶民的実情、切迫さから由来している、ということだ。だから心理的な事実としては、自分では切り捨てられない弱者を切り捨てる決断を下すことのできた為政者に対する、アンビヴァレントな動き、ということだ。老人や子ども、障害者を施設に預けられる層は、単になお自民党なり、組織票として動けただろう。が、その数は、もはや多くなく、浮動層の増加とは、心理的バランスを人為的にとらないとやっていけない不安定層の増加、ということでもあるだろう。

物語論的には、「判官びいき」とは、貴種流離譚というストーリー元型の一つと結びついている。王ではなく、その王子、追い出された弱者のイメージをもつ皇太子への同情である。現天皇は、勇ましい歴史記憶をもつ昭和天皇の王子というイメージ、そして現皇太子などは、女房がマスコミに叩かれているイメージが強いので、なおさら世間から離されているというイメージが付きまとっているようにおもう。ならば、浮動層の心理的不安定は、天皇を主人公にすえたストーリーによって、より祭りごと=政治として自作自演=バランスを要求する可能性もある。それは、結果としては、どう転ぶかもわからない。私たちは、その歴史的な内実を把握する理論を、持てていない。相模原事件から現勢力の「代行」をみた田口氏は、アーレントの「全体主義の起源」を引用してくるけれど、それは外からの知的批判が精一杯で、庶民の心情を動かせる実践知に連なっていく態度とは思われない。むろん、心情とは遊離した知識は、それを共有する外との連帯にはなるだろう。が、沖縄の人たちが、こちらを支援するなら、本土人がまず真の独立を勝ち取るれるよう自身でやってみよ、それがそのままでこちらの気概と連帯した動きになるだろう、と冒頭引用著作者の一人は言われた、と言及していたが、そういうものだろうと私もおもう。

秋葉原事件、川崎事件、老人放り投げ事件、そして今回の相模原事件と(今度のは唖然としたけれど…)、私には他人事的に批判などできない。それは被害者の側ではなく、加害者の側として、ということだ。そしてこの加害者の動き=論理=アンビヴァレントが理解できなくて、どんな実践も空回りするか、独善的・強権的にやっていくほかないだろう。

2016年8月10日水曜日

クーデタ、「生前退位」報道の(2)

木村 だから本当にいま、安倍政権の暴走を防ぐ大きな存在として浮上しているのが、オバマ大統領も含むアメリカのリベラル勢力。あるいは内閣法制局や創価学会などの存在も指摘されています。そして一番、暴走を止める力があるのが天皇だという声が護憲反戦平和勢力の中から出ています。それはあまりにも他力本願であり、天皇の政治利用であるという批判もありますが、僕はそれがいまの安倍政権を止める一番大きな力であるならば、天皇の真意を一般国民にわかってもらうということはいま一番重要なことではないかなと考えています。」

白井 ここ最近の天皇皇后両陛下が出しているメッセージというのは、ほとんど僕は不穏ですらあると思っています。例えば山本太郎さんがいわゆる直訴状事件を起こしましたが、あのあとに両陛下が何をやったかというと、栃木県に私的旅行に出かけてらっしゃった。僕はニュースで、たまたまそれを知ったのですが、私的旅行で栃木県。何だろうと思って調べてみたら、足利市にある歴史資料館に行って、田中正造の直訴状を見ているのです。それを見るために出かけて行って、常設展示されているものではなく、わざわざ出してもらって見たらしいのですが、これはすごいことです。
 田中正造の直訴事件といいますが、正確には直訴未遂で取り押さえられて手紙は天皇に届いていないのです。ですから、両陛下は、田中正造が届けようとして届けられなかった手紙を一〇〇年ぐらいの時間を隔てて、わざわざ受け取りに行ったということなのです。…(略)…明らかにこれは原発問題に対するメッセージだと思います。要するに原発をこれ以上やるなどということは、いわば日本の民族の未来や日本の国土に対する裏切りである。そのようなことをしてはいけないということを言っていると僕は思います。
 さらに言えば、田中正造の直訴状を書いたのは幸徳秋水ですよ。幸徳秋水は大逆の男であって、明治レジームが不倶戴天の敵として抹殺した相手です。つまりこれは、ほとんど近代日本の体制を根本的に変革せよというメッセージだというふうに、本来、勤皇家であれば受け取るべきなのです。
鳩山 戦後レジームの脱却をおっしゃっているのは天皇陛下であるということですね。
白井 戦後レジームどころではないです。明治以来の近代日本レジームなのです。」(『誰がこの国を動かしているのか』鳩山友紀夫 白井聡 木村朗著/ 詩想社新書)

第二の玉音放送と、宮内庁番記者から喩えられていたという天皇陛下の「お気持ち」が表明された。すでに不意打ちではないはずなのだが、今回も宮内庁はそのビデオ・メッセージの件を前もっては了解せずという形式を保ち、NHKのスクープという私的流通のような形式を通して、予告された。「お気持ち」の公表あとでは、なぜ宮内庁が「否定」してきたかの経緯をにおわせる弁解が記事になっている(毎日新聞朝刊8/9)。それによれば、「内閣官房」とも「協議をしながら準備を進めた」とされている。私が忖度するに、宮内庁自らが音頭をとって陛下に協力しているとなると、まさに天皇の政治的利用という解釈が現実性をもってきてしまうので、侍従職側からの「関係者」というより私的な場所からのリーク、という形式を保持する必要があったのだろう。そういうことを、内閣官房がアドバイスしたとかあるのかもしれない。

天皇自らの「お気持ち」は、玉音放送が「人間宣言」を顕著な内容として提出されたとするなら、今回のそれも、天皇といえど歳をとり、老体となり、病気にもなり、疲れ、大変なんだ、と訴えているのだから、まさに第二の「人間宣言」と言える。庶民感情としては、だからかわいそう、楽してあげよう、そうなれば解決、とその場を思い過せばいいのだろうが、ちょっと「お気持ち」に考えをおよぼすだけで、そもそも身体を持った「人間」に、抽象化された「象徴」的な行為など可能なのか、と、天皇が人間を超えた悩みを抱え、それこそを国民に訴えていることがわかる。みなさん、私の身になって考えてくれ! と。私には、そうとう痛ましい「お気持ち」として受け止められた。また逆に、「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」と、天皇を神として信じようとした三島由紀夫がこのビデオをみたら、どう反応するのだろうか、と想像する。

が、私が今問題としたいのは、その内容ではない。あくまで、今回の件を発生させることに協力した、暗躍した人たちの世界のことである。それこそが、歴史を動かそうと企む現権力の縮図ともなろうから、いったいこの一連の動きはどういうカラクリでわれわれに仕掛けられているのか? NHKの会長は安倍自身が任命してるのだから、現総理の了解があったとしても、どこまで関与しているのか? 冒頭引用の著作者らによると、NHKは天皇には厳しいという。ならば、最後には「厳しい」仕打ちになっていくものとして、今回のスタートが利用されているのか? 佐藤優氏は、安倍側というよりも、女性天皇も容認する小泉側(皇后ー雅子ー元外務次官―外務省―侍従長)からの仕掛けと読んでいるようだが、ならば、なんで安倍ーNHK路線は、男系を支持し、原発=核を肯定する自分らと反する路線の動きを容認するのか? 小泉側からアメリカの重要人物が絡んできていて、黙認する以外なかったのか? 

私には謎のままである。
この件に関してやりとりした、友人とのメールの一つを引用しておく。

<確かに、天皇が認知症や身体病気で死に体になったときなどは、政治的利用は発生しやすいでしょうね。が、それは暗黙になされるほかはなく、現役でなお動けるときのそれ、誰の目にも明白な形でのそれとは、趣が変わってくるのではないでしょうか? 藤原や平家、江戸徳川やマッカーサー・アメリカの権威利用と、吉野南朝に連なるような天皇の主体性と関わる動きとは、同じ政治的利用でも、日本史の表裏で、もう別歴史になりますね。今回、もし天皇自らが意識的に現政治への抵抗性として言動を仕組んだとするなら、これは南朝的で、柄谷のいうような江戸=9条体制を自ら破棄してもっと打って出る、ということにならないでしょうか? どっちの日本史が表と裏で「おぞましい」のかは、まさに趣味によりますね。私は、なんともいえない。バサラな後醍醐天皇の可能性みたいなのも、浪漫的すぎて、本当はどうかあやしい。江戸的なものが「いやしい」とするなら、やはり「おぞましい」のは天 皇が主体的に動くときですね。アブジェクションが露呈してくるような。


が、佐藤優の分析によると、それは皇后ー雅子ー元外務次官の父ー外務省の方策、となるわけですね。が、アメリカ体制、安倍はそれを口先では嫌米で日本独立みたいな強気なこと言いながら実は従順になるというマッカーサー・徳川体制の強化ですから、もちろんそれも実質的には外務省が主導だったこれまでの歴史の延長なわけですから、矛盾してますね。今度の天皇側のリークを、「外務省のやりそうなことです」と佐藤は言うのだけれど、で、何をやりたいのでしょうか? 天皇が生前退位することとマッカーサー徳川体制が補完的により強く結びつく、という論理があるのでしょうか? 「外務省」と言うときは、単に、娘・息子かわいさから、という私情を超えて、なにか政治的意図、あるいは思想的意味合いがあるわけですね。女権になってもいいから、今の皇太子側の人選になることで、権力側がよりアメリカの言いなりになりやすい特典があるのでしょうか? まあ、小泉路線はそうで すね。ということは、脱原発も、アメリカの利益になっていく、原発推進派の安倍に好き勝手なことはさせない、日本に核武装などさせない、ということか? まあトランプが大統領になると、もっと日本を放任させていくことになりそうだけど、それは一時だけだ、というのが副島の見立てで、誰が大統領になっても歴史の勢い、戦争へ向けては変わらないと。でその場合の戦争では、日本は核なくして中国と闘え、ということでしょうが。で、漁夫の利ねらいということで。


私の今の感じでは、天皇の発言がなんであれ、それはやばい形式の夜明け、パンドラの箱を開けてしまうことになりかねない、という佐藤の危機感を共有しますね。柄谷も、もし天皇自身が、9条を実行します! と発言されてしまう事態を、自身の理論として肯定するのでしょうか? 1条と9条はセットな論理である、がそれは別だからセットなので、字義通り一人の人格によって実装されてしまうとき、もはやセットではなく、一体ですね。ライオンやトラのなかに動物という存在が露出されて実現されてしまう、つまり、金(きん)が金(かね)になるときとが、恐慌の現実性が構造的になったことの証しですね。今回の天皇の動きがそういうものなら、その良き意図を超えて、別次元のカテゴリーが発動されてしまう気がしますね。江戸体制で天皇が自ら動いたら、まさに動乱期の幕開けですね。柄谷理論の実現=自爆です。


----- Original Message -----
From:○○
To: SUZUKI MASAKI
Date: 2016/8/6, Sat 20:42
Subject: 政治利用を拒む政治意識


「天皇の政治利用」は、今後に現天皇が退位せずに寝たきりや認知症で公務ができない状態になったときは、おぞましくも必ずになされるに決まっています。昭和の終わりに、「自粛」ムードの中で朝日新聞神戸支局が赤報隊に襲撃され、本島等長崎市長が銃撃されたのと同様の事件が、不景気の「平成の終わり」ならもっと大々的に、むしろ国家が主導してなされ、学校教師を始め、私などがインターネットで僅かに天皇制批判を書くだけでも、天皇の名の下に殺されか拷問されるかする蓋然性は、小さくはないでしょう。学校への日の丸・君が代の強制も、昭和天皇が病床にあるときに始まったのですよ。物が言える状態ならば、天皇自身が「不快感」を表明したであろうに。靖国神社へのA級戦 犯合祀への「不快感」と同じく。我々は、「明治の終わりに」中上健次の故郷で起きた大逆事件が反復される危険をも恐れねばならないでしょう。父らのように「政治利用」されたくはないという「政治意識」ならば、それを天皇が持つことは、むしろ近代的でしょう。むろん、退位表明に伴う別な危険があるにせよ、退位しないままの危険、おぞましさはほぼ100%のものです。戦後憲法下で即位した最初の天皇に対し、ずっと欲求不満であったにちがいない右翼政治家たちにとって、物が言えない天皇ほど都合のよいものはありません。もう目に見えています。


私は、上記のことを今回都知事選挙とつながることとして考えてもいます。中学校の春の自分の卒業式の君が代斉唱を誰にも指導されず、相談せず拒んだ年の高校1年夏、細川護煕が首相になりました。新聞の選挙広報の最初の枠が確か日本新党で、細川護煕を上に飾って妙にソフトにのっぺりした顔写真が並んでいたのを見ました。小池百合子もそこに写っていたはずですが、その他お笑いみたいな新党が集まっている紙面にゲラゲラ笑った覚えがあります。その細川護煕が、大人達の熱狂の中、政治改革という名の下、小選挙区制を導入した時、政治家やメディア、熱狂する国民は頭がおかしいのだなと思いました。本当に意味がわかりませんでした。が、後から考えるに、昭和を生きて来た大人 達は、昭和天皇に代わる無責任人間をこの国の元首にしたいのだな、と理解しました。現天皇よりも、細川護煕、その後の小泉純一郎、安倍晋三の方が、昭和天皇とよく似ています、細川や安倍のあの何かを煮染めたごとき「昭和顔」からしても。小池百合子はその意味で細川や小泉の正統な後継者です。石破茂はやはり内閣を去りましたが。無責任の体系は「平成」が始まってすぐ、皇室とは別に形成されており、細川が首相となったその1993年の初めにはさらに、あかつき丸がフランスから東海村にプルトニウムを入港しても来たのでした。放射能は「千代に八千代に」続くのだから、仮に皇室がなくなっても、原発を「護る」ための無責任の体系は、ずっと続くでしょうか。