2022年9月14日水曜日

『文學界』10月号を読む


文芸誌の『文學界』で、東京大は駒場でおこなわれたらしい柄谷行人を招聘した講演が収録されており、また岡崎乾二郎への対談も掲載されていたので、購読してみた。

そして、柄谷行人のNAMをめぐる回想発言に関して、ひとこと言っておきたくなった。その後の柄谷氏の仕事からすれば、以下あげるひと指摘は、揚げ足とりにしかならないが、より若い人たちの実践にとっては、参考に知っているのも悪くはないだろうと。

柄谷は、NAMも交換A、贈与を志向した実践だった、と発言する。が、思い違いだ。たしかに、理論的には、潜在的にはあったであろう可能性だが、意識水準では、NAMは、村社会(贈与交換社会)から出る「単独者」を志向する集まりだとされ、柄谷自身が最後は、レーニン的な前衛エリート組織になって大衆を排除し、少数先鋭な組織存続を提唱したのである。

基調的には、そういう志向集団だったので、だから、岡崎氏は、芸術系のプロジェクトの初会合で、文献としてゴドリエの『贈与の謎』(法政大学出版局)を読んで来いといい、ウィリアム・モリスの洞察した、「ハウ」でいんだよ! と語調を強めて講義していたのである。私は参加しながら、これは柄谷批判なんだろうな、とその時感得していた。

柄谷はより若い頃、「なんで正月にお年玉あげるの?」とかそうした慣習を唾棄すべきこととして発言していたはずだ。そして私は、いまでもそうである。少なくとも、儀礼的な贈与交換などに、「ハウ(負い目)」など感じない。だから、引っ越し祝いだの、開業祝いだの、くれるというなら、じゃあもらっとくよ、となる。が、もらいっぱなしだ。お返しなどする気はおきない。それが、単に儀礼・形式的な対応ならば。本当にそこに心があると感じたときだけ、やはり私の心も動くだろう。交換様式から強いられた交換など、糞くらえである。

だから、私はあくまで、「単独」的な方向から、贈与互酬交換を考える。

この『文學界』で、岡崎氏も、「霊」(スピリッツ)を持ち出している。あるいは、漱石をもちあげる。となれば、柄谷が交換Dとは「自然」だというとき、柄谷の初期漱石論「意識と自然」なども連想される。が、二人の思考がどこかで重なるとしても、より広範な問題意識において把握しなおされなければ意味がない。

柄谷が、『探究』を単行本で出したとき、大澤真幸氏が、「単独ー普遍」という回路のつながりが論理的にまったく提示されていないのでは、と指摘していたが、その柄谷にむけた批判を、現在大澤氏は「世界史の哲学」として継承しているのだろう。

そうした以上の指摘で私が若い人に言いたいのは、早まって判断するな、ということである。そんなのは、「解釈」にすぎない。実践にはならない。

*岡崎氏は脳梗塞だったとか。私は知らなかったが、というと、コロナ前期に偶然トヨタ美術館で会ったあとのその年に、倒れた、ということなのだろう。私を美術館のキュレーターたちに紹介するにあたって、柄谷とそのNAMのことに触れざるを得なくなったが、その時の表情から、柄谷の「か」の字も口にしたくないのが本心なのでは、と感じた。後遺症だ。著名人の間でも、色々実生活に関わることがあったときく。柄谷本人も後遺症を抱え込んでいると推察されるが、一番ふてえ人なので、健全なる忘却によって、前を向いて歩いているのだろう。

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