2026年1月23日金曜日

映画『WHO?』を観る

 


「お父さんは、チッソの会社の社長をやっていたの?」と、娘さんがいく子に会いたいからと自宅にてきてくれた妻の妹さんにきく。娘さんは、私たちが結婚したばかりの身内での食事会や、妻の葬儀のときも、わたしはいく子おばさんのようになると思っていた、と発言していた。

「そう」と妹さんは言う。次の創作にあたって、文房具が必要になってきそうなので、妻の家族それぞれの用具を入れた押し入れを整理していたら、大学ノートから、ひらひらと、熊本県知事の名前の入った建築許可証のコピーが数枚落ちてきたのだった。県知事に対応するように、岳父の名前が自筆されていた。ここには会社の代表取締役名が入るのが普通だろうから、というと、と推論されてきたのである。チッソ開発会社とある。創作にあたって、妻のまた古い文献をたどっているとき、中学時代の名簿の父親職業欄には、チッソ企画課課長の肩書が読まれた。「それは、企画課が独立して起きた会社?」と、妹さんに聞いてみる。ホームページを覗くと、JNC開発会社として、水俣のあの大きな工場街の一角に今もある。その会社の年譜から、細川護熙らの署名のある建築許可証の年月にあてはまるものは、水俣の自動車教習所建築、ゴルフ場、敷地内のか工場増設のようであるらしい。「そうではない。」と妹さんは答える。教習所では所長もやっていて、他にも二十だか三十くらいの会社があり、父はそれらの社長もやっていたのだ、という。以前に発見した退職にともなう挨拶文には、サン・エレクトロニクスの会社名もあった、ということは、そこの社長退任としての報告でもあったのだ。このサン・エレクトロニクスは、2019年に撤退し、そのことの地域経済への影響が問題となった。現在は、日本の半導体会社がその跡地の開発を進めているらしい。「本体の会社では、動力部の部長が最後だったのではないかしら」と妹さんは、つけくわえた。もともと岳父は、東北大の工学部出身で、電力系の技術者だったようである。農家でで、戦時中は家族で北京におり、貧しく、飢えをしのいで帰国し、猛勉強して大学にいったそうである。

その岳父の大学ノートの一冊の表紙には、「累積国債 現状と課題 昭和59-8-29-13」「企業課題を問う」と表題がある。が記入のあった中身は破られていて、白紙のページだけが残っている。「プラ加工」のタイトルのノートのも同じだ。が表題もないノートを開くと、「農基センター」とタイトルされた、箇条書きのメモが数ページほどつづられていた。モンサント社とチッソの比較メモもあったりするが、おそらくこれは、父の夢のようなものがデッサンされているのではないかと思われる。水俣でのハウスみかん栽培の案にとどまらず、有機農法的な技術の開発センターを、中国からインドネシアやタイ、韓国で契約にもっていきたいという抱負が、人員数と数十億の予算規模で想定されていたらしい。ハンガリーとの契約合意が発効しない、との記述もある。正確な意味はわからない。

 

水俣病は、解決していない。解決しないのは、開発を進める基本的な思想(思考態度)がそのままの延長であるからだ。大きく言えば、石牟礼道子がこだわったように、近代化そのものの発想にある。それはテクノロジーの分野に限らず、裁判闘争でも露呈された、官僚分業的な各人のメンタリティーにまでおよぶ。私見でより時代範囲をしぼれば、まだ量子力学が発見された20世紀当初くらいまでは、科学精神には真理とは何かを問う遡及性があったが、その原理的理解の不明さから、応用科学へと方向性が転換されていった。このブログでも、ノーベル賞をとった、たしか東ドイツからアメリカへの移民女性科学者の発想を批判した。遺伝子装飾の試みによって、コロナのスパイクタンパク質の細胞内での増殖スピードをあげられることの発見が、mRNAワクチンの実用化への道を開いた、とされる。が真理を問う科学者ならば、なぜ自然はその実用的には緩慢なスピードなのか、と他との系との関連のなかで問う方向へと進むべきなのではないか、と。

そしてこのワクチンを、世界中の人々が体にとりいれた。日本では、2回や3回も打った人が9割近くになるとか。佐藤優とかは、ワクチン反対派は、他者を受け入れることを怖がる人々なのだ、という。ならば、ほぼパーフェクトに体内化した日本人とは、さぞ他者に寛容な社会であったのだろう。未知のウィルスに対する相対的には過剰な反応が、目先の人工物へととびつかせる。ならば、未知の現実に対する対応として、戦争をも素直に受け容れるのではないかと思ってしまう。

 

映画のパンフレットから撮った写真を冒頭で示したように、公的な発表データからも、新ワクチンとその後の死亡数といった人口動態には関連がうかがえる。が体内の因果関係など、わかりようがない。とくには細胞内のことなど、宇宙の果てと同じで未知の世界だ。が状況証拠的には、何かあるだろうと思わざるを得ない。水俣病も当初は、工場の因果関係は科学的に不明とされて、発覚後10年ほど、マスコミも含めて訴えを無視してきた。当時チッソを潰してしまうことは、プラスチックの原材料を自国で調達できないことになり高度成長を頓挫させることになるので、次の石油製品開発までの10年の見込み中は、隠蔽することが国策になったからである。排水溝の近海では、魚が死んで浮かんでおり、漁師たちには、自明な因果にみえていた。

 

現在の、次の開発製品とは、AIを支える半導体や医療でのバイオテクノロジーになるのだろう。原発の再稼働も、AI使用にこれまで以上の電力が必用になってくるからだそうだ。

 

いく子の中学時代の名簿をみていると、仲の良い友達は、水俣の対岸にあたる牛深漁港の網元や、漁船会社の娘たちもいたことがわかる。暑中見舞いのハガキでは、牛深の海は、まだ青く澄んでいるよ、と微妙な言い回しも勘繰られ、泳ぎにおいでよ、などとやりとりされている。私が天草から向かう途中で寄った御所浦島からの友達もいたと、今になって知れる。支援団体相思社発行の聞き取り冊子を読んでいくと、牛深や御所浦でもだいぶ被害者がでているとわかる。

 

まだ、終っていない。いく子が亡くなって2か月後の年末、水俣病被害者の厚生省での訴え中、官僚的態度の実行としてマイク切った事件が起きた。支援者らの抗議と要望に、国は応えると言いながら、お茶をにごしているだけだ。数億円もかけて水俣病資料館を建設し、まるで被害者が悲劇のヒーローであるかのような等身大以上の写真パネルをかかげている。が一番親身に寄り添っている団体の考証館には、一銭もださない。雨漏り等がしているのでクラウドファンディングするかもとかの日経の新聞記事を読んで、私が水俣をみてきたあと、相応な寄付をおこなった。もともと岳父がチッソで稼いだ金でもあるだろう。

 

WHO? 世界組織が問われるというより、わたしたちは、誰なのか? と問われてくる。この地球上で、この地球をいじくりまわしているおまえは誰なのか、と問われてくる。

2026年1月11日日曜日

福嶋亮大著『世界文学のアーキテクチャ』(PLANETS)を読む

 




この批評家の著作は、まずだいぶ以前に、仮面ライダーやウルトラマンだったか、の大衆文化的なものを素材にしたのを読んだが、それで次のものを読みたいとは思わなかったので、だいぶ疎遠になっていた。数年前に、自身で中上健次をめぐるものをノートとして綴りまとめるのに、中上がどうも最期的に突き当たっていたのは中国の問題(エクリチュール的現実)ではないかとおもい、そこらへんを意識化してくれる言葉はないものかと探していて、福嶋亮大の著作に再度出会ったのだった。

このブログでも、彼の何かの作品から、冒頭エピグラフに引用した覚えがある。私のひと昔前世代の教養としては、要は福嶋は、柄谷行人の継承的批判者なのだろうと思えた。彼の武田泰淳論(こんどのこの作品でも、その「絶滅」に関する見解に反映されているだろう)、あるいは短歌(詩を歌う)は天皇制だという柄谷の見解を、中国の歴史を知らない短絡的な見方切り口だと、名指しはしないが言いたいのだろうと思えた。そしてそれは、説得的に聞こえた。

昭和天皇が亡くなったとき、どこかの文芸誌で、柄谷は浅田彰と、中上はたしか岡野弘彦と対談をしていたとおもう。学生中だった私は、その対談の相違、立場の違いの浮き彫りを、その印象感を今でも覚えている。

福嶋の『世界文学のアーキテクチャ』は、私の当時の違和感を、より鮮明にしてくれる光を差し込む。

 

まず福島は、当時(私が学生だったころ)日本の文芸批評界が提起していた問題、「小説の小説性」とは何か、という問題、その言い方自体も引用継承することからはじめる。小説を物語への闘争だと宣言した一人の蓮見重彦からは、作品構造への分析的手法を踏襲しているように見える。たしか蓮見は、小説の小説性の符丁に、物語進行に抗う分析と描写という技術を抽出提示してみせた。しかし福嶋が提示したのは、技術的な構造要因ではなく、あくまで、思想主題的なテーマである。蓮見にとって作品のテーマとは、作家がからめとられる時代的な物語言説というネガティブな要因にすぎなかっただろう。が福嶋は、作家のほぼ意図的なテーマ群にこそ、ポジティブな構造的仕掛けを見出す。それを七つの「思考のテーマ」と呼んでいる。この方法論は、あとがきでも示唆されているように、柄谷の『日本近代文学の起源』における、「内面の発見」等の――こちらは作家がほぼ無意識に陥ってしまう歴史的焦点――内容的な着眼点から跳躍したものであろう。

 

<その際、乗り越えるべき壁としてあったのが、ジェルジ・ルカーチと柄谷行人の小説論である。近代小説の発生に画期性を認めた彼らは、共同体から個人を分離する「冒険」や「内面」を――つまり主体の形成を――小説の根幹に据えた。ただ、ルカーチや柄谷の強調した「近代」の主体性のモデルは、産業資本主義やナショナリズムが伸長した十九世紀ヨーロッパの特殊な時代環境に依然として縛られているように私には思えた。そのような狭い枠組みで考える限り、小説が世界性を獲得した理由を十分に説明できないし、ヨーロッパの外で栄えた中国や日本の近世小説も無視されてしまうだろう。/本書で示したように、小説の勃興にはナショナリズム以前からあったグローバルリズムが関係している。標語的に言えば、近代小説はネーションの文学ではなく《世界文学》として始まった。内面的な主体の形成は、あくまで世界との接近遭遇の後に来るものである。ならば、近代文学を分析するには、本来は世界文学を前提にしなければならない。世界文学は任意に選ばれた研究テーマではなく、それ自体が近代性の本質に関わるテーマなのである。》

 

私の文学教養は、戦後の世界文学にあたる、南米の作家たちまでで終わっている。学生途中からか卒業してしばらくしてからか忘れたが、小説みたいなものはほぼ読めないでいた。もっと直接的な意識化をしなければ、メンタル的な生存も危うそうだったからである(がだんだんと読めるようになってきた。福嶋がちょっと言及した『三体』も読んで同じ感想をもった。)福嶋がここで引用してゆく分析対象も、以上までの古典に、SF作家たちが加わっているくらいまでであろう。が、それ以降も、たとえば、ノーベル賞はつづいてゆく。私は新聞記事評判程度はのぞいて、受賞作を読んでみようかな、と思うときがあっても、結局まだおそらく一冊も読んだことがない。だから、何も知らない。

福嶋は、その創作側への問題提起になるような指摘として、これまでの世界文学の成り行きはいま、<単一のグローバルな世界市場(世界文学)という地盤に、多文化(各国文学)が分立するというモデルに支配されている。>と認識し(たしかに、ノーベル賞付与儀式自体が、そんな分立的良識に支配されているかのようである)、それに対する、フォークナーにみられる「《多時間性》の文学の富はまだ十分に汲み尽くせていない>と実践を示唆する。

ただ私がこの点で言いたいのは、福嶋の世界文学の読みに、つまり世界の市場(空間化)を把握するのに、量子力学の見方と比喩が根底に据えられて転回されていくのは、なんだかよりわかりずらくなっているのではないか、ということだ。バフチンのポリフォニーを「量子的重なり」に、あと何かを「量子もつれ」の事態と同等的に提示してみせたが、読んでいる側の頭がねじれてきてしまいそうで、逆にイメージとしてわかりにくくなる。ほんとうに近代文学は、量子的だったのだろうか? 量子をまず実在として考えてみようとしている私の段階では、文字媒体(エクリチュール)をそう見てみること自体に熟考を要する。

※ ともかく、ジャーナリズム界のことはまったく知らないが、中上健次を「再開発」というテーマから、九州の女性作家作品を「思想」書として読むという宣言めいたものを断り書きする渡邊絵里にしても、より若い世代には、何か決意のようなものが感じられる。部外者からのなんとなくの印象では、小説の闘争性が説かれた以降、蓮見的な、テクスト論枠組み的な技術論、いわばおたく的視点・こだわりで作品を読む、ということのほうが流行していったように見受けられる。そうした風潮へ、大衆文化を難しく分析してみせることではなく、あくまでもう読まれなくなってしまったかもしれない古典・近代文学をとりあげて、一石を投じる、そんな試みが実践されはじめているのかもしれない。

2026年1月5日月曜日

上野千鶴子著『アンチ・アンチエイジングの思想』(みすず書房)を読む

 


ボーヴォワールの『第二の性』を読んだところで、上野千鶴子の「ボーヴォワール『老い』を読む」『アンチ・アンチエイジングの思想』が出ていると知って、読んでみた。もちろん、私自身が「老い」に突入していることもある。とくに、肉体労働で生きていると、加齢とともに衰えてくる自身に敏感になり、対処せざるをえなくなる年齢がアスリートなみに若くなる。そこまでのプロでなくとも、三十半ばをすぎたらやばくなり、それを自覚して用心してないと、だいぶな職人が木から落ちる(私も落ちた)。仕事とは別に筋力トレーニングをやっていないとだめだ。私が間接的に知っていた植木屋親方は三人、六十歳すぎて、脚立や木から落ちて亡くなっている。相当な確率になるだろう。

 

このボーヴォワールの『老い』も、『第二の性』と同じ構成で、第一部は歴史的な確認、第二部で老人たち自身の意識された言葉を収集網羅していったものらしい。それは容赦ない記述で、暗鬱になってくるほどだそうだ。

 

彼女とサルトルたちインテリとの人間(男女)関係がどういうものかもよくは知っていなかったので、これは「神の死」のあとでは、つまり神がいなければなんでもありになってしまうような、ある意味下劣丸出し模様になるのだな、と私などは思わずにはいられない。しかしだからこそ、ボーヴォワールの深い洞察が得られるのかもしれない。

 

しかしそれは本当に、必要な意識洞察なのだろうか?

 

<超高齢社会では、わたしたちは生命体として与えられた寿命を生き切る「幸運」を与えられている。くりかえすが、長寿は栄養水準、衛生水準、医療水準、介護水準の高さがもたらした賜である。それが文明社会の、中産階級の、都市生活者の、特権であることは論を俟たない。この四つの条件がそろっていない地域では、ひとはもっとあっけなく死んでいく。長寿を呪うひとびとは、そんな苛酷な生活環境に行ってみるとよい。>

 

おおよそには日本全体が中産階級的な「幸運」な老い環境にいることになるだろうが、私はやはり、ここでも、階級的な視点にこだわらざるを得ない。

 

上野は、講演のあとで、老人会の会長をしたりして「町内のお世話やボランティアをなど日々前向きに過ごし」、「社会に貢献しているのがモットーです」という、「100%男性である」者たちの発言を紹介している。上野はそれに、「人間、役にたたなきゃ、生きてちゃ、いかんか」と答えるという。私が最近、そうした男性たちへなした返事はこうである。「あんたの言葉でいえば年金も払わず飲んでしまう<下層階級>の人たちは、親の面倒をみるよ。金がないから施設に親を送れないからだけではない。感情的にそうしない。2Kのアパートに二世代で住んで、寝たきりの母親を夫婦と娘で看取っていく人が新宿区にだっているんだよ。しかしエリート層の息子らがおまえらの面倒をみるか? 見てくれないだろうなと怖がっている植木のお客さんはこの辺りにたくさんいるよ。エリート層の現実政策がそうやって共同体的なものをぶちこわしてきたのに、それがまだ感情的に残っている下層階級にボランタリーを都合よく押しつけるのか?」

 

地区の忘年会でも、結局こう吠えなくてはならなくなったのだった。私の真向いにいたスポーツ委員の八十半ばの男性は、千葉高野球部の監督を37年間やって関東大会でも優勝経験をもつ人で、長嶋茂雄も間近で見ていたという。その話の成り行きで、私の中学野球部時の先輩、自身も甲子園に出て地元では名物監督として名をはせ、いまは高校の校長をやっているけれど、退職すれば高野連の会長になるだろう、その先輩は現役監督時代、まだ10年くらい前のことだけど、サイン見逃したバッター選手のところにゆくとビンタ、生徒がのけぞるのをおってホームから一塁ベースまでビンタをしていったそうですよ、と私事的な例をネガティブな意味でだしたのだった。がそれに、育成会会長の男性が、「そうだ、それくらいやらないと駄目ですよね。」と相槌を打つのである。私はぶったまげた。「私はそんな考えはしていない。マッカーサーは、町内会を解散させたんですからね!」

 

上野は、成田悠輔の、「高齢者は集団自決すべし」という発言をとりあげ批判している。私は、高齢者とひとくくりはしないけれど、まったく敗戦の自覚もなく相変わらずの権力にしがみついてふりまわす高齢男性たちに、「ぜんいん腹を切れ!」と言いたくなる。しかも、実は、本当は、そこにいる男らも、「もうやめたいんだ、やりたくないんだ、」ともらしていると、私はお客さん(女性たち)から聞いている。しかし、形式(官僚)的な話しかできない。だから、まさに以前の敗戦どおり、ずるずるべったりゆきそうなのだ。そしてなおさらゆえに、なのか、吠えれば吠えるほど、あなたが老人会会長を、町会長を、今の事務局長を首にするから理事になって市の理事会にでてくれ、という話になっていくのだ。「俺は年金も退職金もない死ぬまで働く日雇いだからね!」と、また吠えなくてはならなくなるのである。

 

しかも、もう男性といえど、バブルはじけて、日本的経営のすばらしさだと豪語してきた終身雇用は放棄され、むしろ、生涯人材活用政策とかで、死ぬまで働かなくてはならないサラリーマン世代は増えていくだろう。老後のボランタリーなど成り立たない。おそらく寿命も、また短くなっていくのである、と私は予想する。実際、厚生省の統計でも、コロナ禍直前からコロナ禍をすぎて、男女とも平均寿命はさがっているということである。

 

幸運な、ぜいたくな意識はいつまでもつだろうか? いやそもそも、「神の死」が、無神論の実存が、人々を存立させえるのか?

2026年1月2日金曜日

ゾーン=レーテル著『精神労働と肉体労働』(寺田光雄・水田洋訳 合同出版)を読む

 


泡が消えるまえに帰らないとだめなのと師走の夢にいう妻を初日の兆しにさぐる静けさ

 

☆☆☆

 

高群逸枝は、「筋肉労働」を事務・知識的な労働と分け、前者をすくい上げそこにあるものに着眼した。山間の僻村の小学校へと追いやられていった校長である父等から、白文までを読む力を素養されてはいても、自身女工として働いたり、飢餓をさまよったり、貧乏を生きた。この着眼点は、彼女の宇宙論的な詩的直観と結びついている。ドイツに生まれナチスに追われ、イギリスに定住して研究活動を続けたゾーン=レーテルのこの著作も、現代の根本的な問題をこの区別(差別)の発生にあると認識し、その克服は量子力学上の現実認識の在り方が示唆しているのではないかと推察した。

私がゾーン=レーテルの考察に注目したのは、文芸批評家の中島一夫のブログからの示唆による。中島によれば、ジジェクの性(セクシュアリティー)の論点とゾーン=レーテルの労働の論点には、重なってくる関連があるという。が、両者が、古典物理学ではなく、量子力学(新物理学)の発見、宇宙的な存在の在り方(生成構造)を念頭にしているという指摘・射程はなかったのではないかと思う。

 

私が追求しているのは高群だが、彼女の思考が潜在させているものを意識化するために、以下ゾーン=レーテルの著作からメモっておきたい。

 

=====     =====

 

「すべての社会は、多数の人々の行為から成るかれらの生活連関である。人々の社会連関にとって、彼らの行いが、第一義的なものであり、彼らの考えは、第二義的なものである。彼らの活動が社会の一部をなすには、相互にかかわりをもたねばならず、そしてこのかかわりは、最低限の統一性を示さねばねらない。それによって、社会は機能能力ある生活連関を具現することができる。行為相互のかかわりは、自覚的でも無自覚でもよい。しかしそのかかわりが欠如することは許されない。そうでなければ、社会は機能能力をなくすだろうし、人々はその相互依存性において崩壊する。もっとも一般的な方法で定式化すれば、これがあらゆる種類の社会の存続条件であり、私が社会総合という名称のもとにとらえている事柄である。こうしてこの概念は、社会構成というマルクスの概念における特別な構成要素以外の何ものでもない。すなわち、私の長年にわたる歴史的思考諸形態への没頭のなかで、その社会制約を理解するのに本質的なものとして浮かんできた、特に構造的な構成要素である。この概念の助けによって私は、基本認識を定式化できる。すなわち、一つの時代の社会的に必然的な思考諸構造は、この時代の社会的総合の諸形態ともっとも緊密な形態的連関に立っている、と。人間が自然と交換する生産活動や消費活動であるのか、あるいは、商品交換という相互形態を取っているものの、そうした自然との交換の背後で進行し搾取の性格をもっている、人間相互の取得行為であるのか、というように――その行為の相互連関が人間の生活連関を担うところの――行為の種類が変化するとき、社会総合の根本的変化が現われる。社会的総合の概念が自己の正当性、その方法論的必要によってはじめて証明するように、この区別は、以下の研究で、われわれの関心を引くだろう。」(p34)

 

「カントは、それらが前もって形成されるということを知っていたが、彼は、前もって形成される過程を、時間的ならびに場所的に局限しえない魔術的な《先験的総合》という意識へ転じた。実際においては、抽象的カテゴリーによる前もっての総合は、一つの歴史的過程であり、かつ一定の明確に定義しうる諸社会構成に属するにすぎない。貨幣には、より厳密に言えばその社会的―総合的機能には、われわれがこう言うのを許されるなら、《先験的主観》との間違えようのない肖像類似の特徴がくっつていいる。とりわけ、貨幣が、種類の異なったすべての通貨をとおして機能的には普遍的にただ一つでありうるという形態性格がそうである。《純粋悟性》というこの社会的産物をいったん与えられた人間は、《彼の》知性でもって普遍的な精神労働を、そして肉体でもって個人的な手労働を、両者の関連が彼には絶対にみえないやり方で行うところの、二分された非資本として存在する。事実《人間》は、確かにまた知識人と労働者に分解する。知性が、社会がその歴史的歩みにおいて征服しなければならない。自然に関する対象認識の器官として、(とくにガリレイによって)方法論的に形成される程度に応じて、知識人は社会に関して盲目になる。彼の哲学は、彼の科学的自然認識の客観的妥当性に関係なく、劇的なあり方で必然的に虚偽意識になる。」(p36)

 

「《ア・プリオリな総合判断》に関するカントの問題設定は、生産の模範型として間に合うが手労働からは独立している、自然認識がいかにして可能でありうるかということの正当な意味を、ブルジョワ哲学の全脈絡の外にでてさえ、保持している。頭脳と手との分離は、社会の階級分裂と全く緊密に合致している。生産技術の源が労働者のもとにあるならば、資本主義的生産様式は不可能な事柄であろう。それは、手労働とは違った源からの自然認識を前提している。そこでカントのあの問いは、資本の価値増殖過程としての生産がいかに可能であるか、つまり生産が生産それ自体のではなく交換の、しかもその交換は交換それ自体のではなく剰余生産取得の内容をもったそういう交換の、法則にしたがっていかにして可能であるかということの、マルクス研究と並んで、自明なことに属する。」(p38)

 

「私の研究は、意識解明に役立つ社会的存在分析を行うことよりも、むしろ逆に、意識形成の問題を深められた存在関係の問題へ転じることをねらいとしている。意識における確固とした基本的な形態の問題は、社会的存在変化の重心へと移されるべきである。そのことは、とりわけ、伝統的尺度にしたがって認識論の主要関心を形づくってきた意識諸現象に関して、つまり、数学的客観認識の可能性が依拠する社会的に必然的な思考諸形態に関して、いえる。社会的存在からそのような必須の思考諸形態を演繹することに成功しないなら、この存在についてのわれわれの理解には、何か不統一ないし不完全なものがあるにちがいないという、史的唯物論的命題にしたがって、社会の存在理解のために、この思考諸形態の的確な演繹が方法論的に重要であろう。《資本主義についての経済学的分析が、この基準に適合しないなら、それはまたどこかで、社会の存在変化に適合しないだろう。それは、歴史理解において、社会的存在のなかに不透明な部分を残すであろう。両者は相互に制約しあっている。》それゆえ私は、ここで努力した分析が、マルクスの商品分析の補完ならびに継続として理解されるよう強調する。」(p41)

 

「――この際、《純粋》という言葉は、カントの《純粋自然科学》概念の土台をなしていたものと同じ基準にしたがっている。われわれの研究の出発点は、したがって、いかにして純粋の社会関係化が可能であるかという内容の問いが存在するという命題を、内包している。この命題は、純粋自然科学の可能性についてのカントの問いに対する、空間時間的返答の鍵を内包している。カントによって観念論的に考えられたこの問題は、マルクス主義的に翻訳すると、確かな自然認識は手労働とは異なった源からいかにして可能であると、という内容になる。この形にもたらされた問題設定は、資本主義的生産様式の社会的必要条件である精神労働と肉体労働の分離の噴出点にねらいをつけている。」(p67)

 

「確かにカントにおいては、手労働と《労働諸身分》に関して、その社会的役割の不可欠性が無論決して疑われていないが、きわめてまれにしか語られていない。しかもこの役割は、精密な自然認識の可能性まで全く及んでいない。《純粋数学》と《純粋自然科学》についての理論は、そこで肉体労働に何らの言及もされていないということを、ほこりとしている。《純粋数学》と《純粋自然科学》は、純粋に精神的な基盤に立つ認識であるが、まさにこうしたものがいかにして可能であるのかが、それらについての理論の説明課題なのである。ヒュームの経験論的見方は、カントにとって、立腹に種であった。というのは、そこでは、純粋悟性諸概念の必然的な判断特性がゆすぶられているからであり、そしてこの特性のみが、ア・プリオリな認識諸原理とア・ポステリオリな認識諸原理との区別、つまり、肉体と感覚の性状からは引き出しえないわれわれの本質の一部分――それは同時に、理論的自然認識の可能性によって、精神的人格の自律性を基礎づける――の分離を、正当化するからである。この自律性にしたがうと、社会秩序の確保には、一方で外的諸特権が、他方で《成年》に対する人為的抑制が、不必要である。《理性の公的使用》が、人間に妨げなく許されれば許されるほど、それはしゃかいてき必用に、すなわち道徳、法、および精神的進歩に、役立つ。それは、われわれの精神能力そのものの本性に根づいた、したがって規範にかなった、唯一の道であり、社会にふさわしい秩序が、社会に与えられうるところの、唯一の道である。この秩序が、労働諸身分に対する階級区別を内包していることを、カントは、ブルジョワ啓蒙主義の他の哲学者と同様、隠していた。マルクスはカントの哲学を《フランス革命の哲学》と呼んだが、それは、少なくともこの欺瞞のゆえにではない。しかし、《教養諸身分》と《労働諸身分》の区別というのは、経済学がブルジョワ的思考を支配している西欧における、資本と労働という概念とは異なった概念で、経済学的に未発達なドイツにおいて、ブルジョワ社会が姿を先取りする概念であった。」(p75)

 

「カントの認識論の諸前提は、実際に精密諸科学が、生産の場において手労働から全く分離しかつ独立して行われる、精神労働の課題であるかぎり、全く正しい。それについては、すでに先に言及した。頭脳労働と手労働との区別、しかもとりわけ自然科学とテクノロジーへの関連におけるその区別は、ブルジョワ的階級支配にとっては、生産手段の私的所有に似た、不可欠の重要性をもっている。今日の多くの社会主義諸国の発展に、資本主義的所有を廃絶しえても階級対立からまだ免れていない、という真理を読み取ることができる。一方における資本と労働との階級対立と、他方における頭脳労働と手労働との区別とには、深く根づいた関連がある。だがその関連は、純粋に因果的で歴史的な関連である。概念的には、両者は全く一致しえない。すなわち、全体的にであれ個別的にであれ、両者の間には、一方から他方を推論することを許す横の連結が欠けている。だかた、こうしてまた、認識論批判は、経済学批判とは完全な体系的独立のもとに企てられねばならない。」(p76)

 

「認識論は、所与の認識諸概念の真理価値にたずさわっている。カントの理論の観念論、すなわち有名な《コペルニクス的転換》は、純粋悟性概念の《客観的実在性と必然的普遍妥当性》を、《主観内》でのそれらの起源を前提して説明する必要から生長する。社会的存在のもとでのそれらの起源――アドルノの《第二のコペルニクス的転換》――が、これらの概念の真理価値を難なく説明する。これらの概念は、社会的商品諸運動を客観的実在としてもっているのであって、これらの概念は、それらを描写しているのである(その経験的意味でのすべての痕跡を抹消してではあるが)。そしてそれらは、社会的商品連関の全正員に対する同一性によって、必然的な普遍妥当性をもっている。もちろんこれらの概念の適用は、具体的自然の抽象的自然への還元可能性についての、より厳密に言えば、特殊な諸現象の特殊な数学的運動諸仮説への還元可能性についての、実験的確証なしには、科学的妥当性を獲得しない。伝統的認識論ではその概念物神崇拝によってたんなる外見上の解決しか知らない課題を、マルクスの形態把握に基礎づけられた史的唯物論が、実際に解決できるということは、右に述べたことから示されよう。認識問題の取り扱いが、特殊かつ孤立した部門の事柄であることをやめ、唯物論的な歴史理解の関連一般のなかで立てられる。」(p107)

 

「文化というこの上層部総体は、《直接的な支配―隷属関係》としてある、第一次剰余生産物に対する一方的取得に、基礎をおいている。そして、文書や書法、記帳や算術、つまり、切り離された精神労働の象徴諸形態と実践が発明され完成されるのは、この取得の働きや取得遂行の過程においてである。すなわち、切り離された精神労働は、われわれの見解にしたがえば、非労働者による労働生産物取得の手段として、発生する。それは、生産の補助手段として発生するのではない。あるいは、ともかく本源的にはそういうものとして発生しない。それは、引渡しの勘定に、ファラオの神殿当局や役人と義務を負った者との間の交通における信用供与や返還についての記帳に、収奪した生産物の貯蔵や数量計算に、貯蔵品の容積・収入・支出の記載に、そして似かよった諸作業に、役立つのである。」(p150)

 

「十五、頭脳と手の社会的統一と《新しい論理学》

 

 今やここで、この第二の独立変数に関して、われわれは、先に操業上の尺度統一という呼び名を与えたものに内包されている、以前に触れた仮説、つまり、現代テクノロジーが前提としているところの、手による生産活動と純粋な科学的頭脳労働の統一という仮説に、向かおう。われわれは、現代の連続的労働工程における両者の尺度統一が、操業上の形態原理であることを、それゆえ、たとえばたんなる思考の論理法則としてではなく、空間時間的実在として、つまり、現代的あり方での社会的存在の形態原理として、有効なものであるということを、たえず強調してきた。したがって、肉体活動についての時間計測の諸形態と共通項をもたず、かつそこへ概念的に翻訳しえない論理にしたがった理論諸科学を、社会の生産計画にはめこむことは、不可能であろう。逆に、両者、つまり手労働と理論的自然科学に、共通に妥当する論理が存在することが、社会の計画を可能にする条件を形づくる。しかも、カントの表現方法では《先験的》と呼ばれる種類の可能的条件を。この仮定は、われわれの第一篇での結論から予想されるものに、相応している。というのは、思考の根本諸形態は、その都度の支配的な交通様式の社会的―総合的諸機能によって規定されるということが、そこにおいて明らかになったからである。そこでは、この交通様式は、商品交換であった。そして、決定された思考形態は、手労働とは、調停しがたく分離していた。これに対し今やわれわれは、連続的労働工程の潜勢的な社会的―総合的機能に、すなわち、われわれが、この工程における手による諸事象と技術による諸事象との操業上の尺度統一と定義したところの機能にかかわる。その結果われわれは、古典的自然諸科学の論理学と異なった、かつ社会の生産計画を可能ならしめる諸条件を満たすところの、論理学が存在するにちがいないと推論できよう。これがどのような論理学であるかは、わたしの知識を越えているが、少なくともそれについて推量を働かせないというのは、全く不自然であろう。この推論に関して、わたしは、これが誰かを納得させるものであるとは期待していない。ただわたしは、より能力ある人がそれらの根本を究明してくれることを期待して、それらを吟味したい。わたしの推量は、バートランド・ラッセルがアルフレッド・N・ホワイトヘッドと協力して行った、論理学についての基礎的な仕事に、関係している。わたしはここに、バートランド・ラッセルの『西洋哲学史』の最後の数ページに見られる若干の重要な文言のみを引用したい。

《純粋数学ばかりではなく、物理学も論理分析の哲学に材料を提供してきている。その提供が行われたのは、とくに相対性理論と量子力学とを通じてである。/相対性理論において哲学者達にとって重要なことは、空間と時間とが空間―時間によって置き換えられたことである。常識によれば、物理的世界はさまざまな<物>からできていて、それらの物はある時間の間だけ存在しつづけ、また空間の中を運動するものであると考える。哲学と物理学とは、<物>という概念を<物質(マテリエレ・ズプタンツ)>という概念にまで発達させ、<物質>をさまざまな粒子――きわめて小さく、そのおのおのがあらゆる時間を通じて存在しつづける――から成るものと考えたのである。しかしアインシュタインは、粒子を出来事でもって置き換えてしまった。…(略)…すべてこれらのことから、粒子ではなく出来事が、物理学の<素材>でなければならない、という結論が出てくるように思われる。…(略)…しかしながら、量子論にふさわしいような哲学は、まだ十分には発展させられていない。わたしは、量子論が、そのために、伝統的な空間論や時間論からの脱却を、相対性理論の場合よりもなお徹底的に要求するだろうと考えている》。

 しかし、今、ラッセルとホワイトヘッドの新しい論理学が、将来の社会生産様式の論理学として確証されようがされまいが、次のことは明らかである。すなわち、たとえ、人間的生産機能と技術的生産機能との操業上の尺度統一の論理学が、どのようなものになろうと、自然諸科学は、その論理学に包摂されねばならないし、そのような包摂をそれ自身の方で論理的に許さねばならなず、そのことによって、社会の総生産計画を意図する第二の独立変数がとらえられうる、ということである。この要請の充足によって、現代の自然科学とテクノロジーの本質が、今日の状態に比し、変更されるだろうことは、明らかである。今日の状態とは、テクノクラシーとテクノクラシー的思考様式の状態である。テクノクラシー的思考様式は、われわれの拡大された賞品分析によって、すなわち、自然科学的思考形態の社会的―総合的起源の立証によって、土台からくつがえされる。諸物の真実の歴史的連関は、今日の自然諸科学そのものについて、それらが、それら自身の論理を通して、社会過程へ洞察をもってかかわりえねばならないことを示している。資本主義に特有な、それゆえ今日もまだ存続している、自然科学と経済学の乖離は、全人類を《無限の分裂》に駆りたてるか、歴史的解消にいたらねばならないか、どちらかであるとマルクーゼが考える時、そのことは全く正しい。この解消のなかに、一般に自然諸科学が、自己の自由を阻害することなしに、自ら生産過程の一部になり、こうして生産や直接的生産者に対するそれの関係が、終局的には今日の関係に比べて全面的に転換される、ということが包含されよう。」(p231~234)