2008年11月16日日曜日

祝 Nヤンキース4連覇 <教育と伝統、あるいは個人と永遠>


「……世界で通用するサッカー選手になるためには、若い時からこの「言語技術」を学ばせることが大切なのではないか、と。…(略)…サッカーとは、論理的に思考することで、別の新しい可能性が開かれてくるスポーツです。
 1本のパスについて考えても、答えはひとつではありません。パスをするたびに、その都度、判断を変えていかなければなりません。全体の状況、相手との関係、自分の力量、得点差など、さまざまなデータをふまえたうえで、自分は何をするのか、という「論理」の流れを、的確につかんでいかなければならないのです。
「論理」に基づいた判断力とひらめきを養っていくためには、論理教育を実践することが大切です。こうした能力は、ピッチの外の場所で学んでいかなければならない、重要な基礎的能力なのだと私は考えました。(『「言語技術」が日本のサッカーを変える』田嶋幸三著 光文社新書)

4連覇で、とあるナイターリーグ優勝を果たした新宿の草野球チーム、ヤンキース。創立24年。人が足りないからと私が呼ばれてからも14年ほどになるだろうか。万年2位を脱却して初優勝したときもうれしかったが、今年はまた格別に記憶に残るシーズンになった。監督は白血病でたおれ、若手とベテランとの喧嘩内紛あり、それでもいがみあい話し合いのなかから、今までにない質の高いチームワークを発揮し、優勝決定戦となる最終試合、3-2とさよなら勝利をおさめたのだった。実力的には、野球経験者が多い他チームのほうが上手なのだが、それでもなぜか負けない。というか、草野球チームを持続しているところは、やはり色々な世代がまざってくるものなので、その時々の引き継ぎ、バトンタッチ(選手入れ替え)がうまくいかず、試合中にも歯車あわず自滅し、勝機を失って負け癖の悪循環にはまっていったのだった。我々はそのいく節かの編成時期を、野球経験のない監督および首脳陣の、ヤンキーな若者たちへの思いやりというか、言いたいことは言え、という方針、生き様によってうまくのりきってきたのだった。

<若手の思い切りの良さと、ベテランのしぶとさ。西武が日本一を引き寄せた8回の逆転劇には、二段構えの攻めがあった。>(朝日新聞夕刊2008/11/10)

上の記者評は、われわれにも当てはまるかもしれない。たしかにジャイアンツの原監督は、若手をうまく育てたようだが、ライオンズの渡辺監督ひきいる首脳陣の下で育ったチームより、生きの良さ、ノリ=底力がないようにみえる。私にはやはり、原監督率いる巨人軍が、なお古い野球観、年上には問答無用との緊張感を選手にあたえているのではないかとおもう。そしてその体質が、試合での戦術にも継承されているのではないか? 日本シリーズで巨人軍のブレーキになったのは、李承燁だが、ペナントレースの後半から見ていて疑問におもったのは、首脳陣がこの強打者にやたらとバントのサインをだしていたことだ。7回ワンアウト、ランナー一・三塁、ストライクのセフティースクイズ、失敗。解説者はまさかサインではないとおもいますが、といっていたが、その後の試合で、ランナー一塁での送りバントのサインを何回もだしていたから、そのときも、一石二鳥をねらってはいるが実際には虻蜂取らず、意図の不明瞭な戦術をしかけたのだろう。日本シリーズ最終戦で、西武が意図明白な気迫で盗塁、バント、打った瞬間にホームへゴーと足を使ってきた逆転劇の戦術とは似て非なる野球。ランナーが一塁にでたら機械的に送りバント、では、守備側も恐くはないだろう。が、それが「勝つ野球だ」、という信念じみた考えが日本にはなお支配的なのである。今年の高校野球でも、たとえば横浜高校はそうだった。まあ、松坂世代とかと比べられてしまう伝統校では、今年のチームは粒が小さいからと、ベテラン監督がやってしまうのかもしれない。が、この「高校野球」の代名詞のような<犠牲バント>、日本の<野球道>を象徴させているようなもの、は、本当に、勝利へのこだわりなのだろうか?

野球とは、ベースボールとは、スポーツである。人はなぜスポーツをするのだろうか? そこに、身体的な快楽があるからだ。ならば野球ではそれはなんだろう? バッティングセンターが商売にもなるように、あのバットでカキーンと打つ快楽こそが本命なのではないだろうか? ならばその快楽を否定する犠牲バントとは、スポーツの否定であり、人間性の否定であるだろう。その作戦は、ボディーブロー的に、じわじわとその人のモチベーションを蝕んでいくにちがいない。そうやって、日本シリーズがはじまったときには、勝負強さで有名な李選手は気力の箍をはずされてしまったのだ、というのが私の考えである。というか、そのバント作戦や、初球から打っていく積極性の問題をめぐって、わがヤンキースでも試合後の飲み会で議論があり、私のスポーツ論は否認されたのだった。ただそれを間に受けたのは私だけで、以後ほかの若手選手は積極性に転じ、モチベーションをくじかれた私はあと一本のヒットが最後まで打てず、首位打者とMVPを逃してしまったのだった。

勝つことに直接的、即効的に役に立たないようにみえても、コミュニケーションをとる、というまわりくどい手続きは、持続的に勝つことには必要な前提条件であると私はおもう。草野球ヤンキースでは支離滅裂な自己主張が多いが、論理的な訓練(独学)をしてきた私が言葉の整理役、新監督からは「テクニカルアドバイザー」を要請されている。上下関係の厳しい典型的な野球部からの落ちこぼれ者も多いから、野球経験者の多い他チームとは違って雰囲気が明るいのだった。よそからは、前科者が集まる犯罪者チームと呼ばれたりもするのだが。しかし問答無用とばかりの、封建的、軍事的な指示系統の直截さ、目先の勝利への執着は、多様な情報や状況の変化といった現場にいあわす個々人の判断力を蝕むから、実践的には無謀な負け戦への習性を植えつけていることにしかならないのだ――ということを、野球バカだった私は、野球を卒業してからの独学で自己否定的に探求していったのである。冒頭で引用した田嶋幸三氏の著作は、日本のサッカー界の首脳陣がそのことに気づき、実践的な試みを制度化しようとしていることを報告している。私もその理念には賛成だ。この日本にあった前提的などうしようもなさに、まったく気づいていないのではないか、と勘ぐらせる相変わらずの野球界のほうが、致命的に遅れているだろう。国技国民スポーツとして偉そうにふんぞりかえっている(た)習性が抜けない限り、その身体化した癖・偏見を自己変革していかないかぎり、本当の強さは身につけようがないだろう。が、いかんせん、多様な文化間で勝負をするサッカーとちがって、世間の狭いベースボールはそれが検証しがたいのだった。が、台湾で選手兼指導者としての経歴もある渡辺監督のような内側からの改革者、人間性を否定しないところでチームを組み立てようとする世代の台頭が、日本の<野球道>をまっとうな道に変えていくにちがいない。もちろん、そのチームワークとは、仲良しクラブとはちがって、議論の上にのった均衡という緊張=バランスにおいて成立するものだから、反復するのは難しい。そして昨夜の納会では驚いたことに、入院先の病床から、前監督はそれを持続的な制度にしようと、キャプテンを通して指示していたのだった。

それは、30番という背番号を、次の監督が引き継いでくれ、ということだった。別段草野球なので、その番号を監督が背負う、とい規定はないので、新監督はいまのヤンキースを育てたのは前監督あってこそだったのだから、それを永久欠番として残したい、そして皆の意見も、その人情を支持したものだった。私も当初、背番号になどこだわる必要もないだろうから、新監督が気持ちを整理できないのなら(死別の話でもあるのだ)、監督だからといって30に、という形式にこだわる必要もないだろう、と考えていた。が、議論をよくきいていると、キャプテンと前監督の考えは、もっと深かったのだ。つまり、今年のようにして、世代ギャップを越えたチームワークで優勝したその実質を、伝統として作っていきたい、ということなのだ。別段その実質さえ継承されていけば背番号はどうでもいいのだが、危うい均衡の上で成立しているチーム内の関係をうまく来年も反復させていくには、30番という自分の背負った背番号を次の監督にも引き継いでもらう、それが一つの大きな方法だ、と思索したのである。いやそれは、野球経験もなく、人から疎んじられてきたような落伍者の男だったからこそ搾り出てきた知恵なのだ。それは人情を切断する厳しい選択を、実は各メンバーに強いるものなのである。個人の生命を超えて、<ヤンキース魂>という精神=実質が永遠であってほしい、そういう遺言なのである。勝つためには野球経験者をそろえて前面にだす、というかつての巨人軍路線のような考えではなく、全員で野球をする楽しさで勝つ、その一見矛盾した困難な実現を世代間という教育過程を通して反復=創造していくために、次の監督もその哲学を引き受けてくれ、俺の30番を背負ってくれ、という願いでもあるのだ。この覚悟=思想を、本当の意味で理解するのは難しい。「テクニカルアドバイザー」の私はそう新監督に解説したけれど、その個人間の情けを越えた言葉の真の意味、つまり真実性という真剣さはまさに前監督への想いゆえに、曇らされ、伝わらなかったことだろう。

されど野球、草野球である。町場のほんの小さな集団にも、教育と伝統、個人と永遠とも言いえる思想的な営みが、いまも繰り広げられているのである。

*ところで、ちなみに、私は高校の野球部にはいったばかりのころ、前橋工業高にいた現西武監督渡辺氏のピッチングを、バットボーイをしながら目の前でみたことがある。そして度肝を抜かれてカルチャーショックを受けたのだった。ちょうどその練習試合、遊撃手の先輩が怪我をして、なんと監督は私に交替を命じたのだった。私の白いユニホームと先輩の高名入りユニホームをおどおどしながら取り替え着替えていたら、「まだ終わってないのか!」と監督の怒鳴り声。で、試合に出れる好機を逃してしまったのだった。あのときさっと着替えて何食わぬ顔をしていれば……しかしあのピンポン球のようになった硬式ボールに、私はバットを当てることさえできなかっただろう。いや打席にはいることさえが、別世界に入っていくことのように思えたことだろう。が、自主トレ中心の軟弱そうに見える進学校の先輩たちは、関東大会に進出しては横浜高校をやぶり、決勝では1-0と破れはしたけれど、その渡辺投手率いる前工に再度挑戦していったのだった。

2008年11月7日金曜日

息子の性と教育



「恋に上る階段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私のところへ動いてきたのです」(夏目漱石「こころ」)


外苑のサイクリングコースへ日曜日ごとに通って三回目、一希もようやく自転車に乗れるようになった。初回目はボランティアの方々がやっている乗り方教室に参加、二回目は朝九時半にいっても定員オーバーで駄目ということだったから、無料自転車を借りて父―子で特訓。外苑まわりを二周目の最後5メートルで、そっと押さえていた首根っこを離してみたら、そのまま乗ってる。褒めてやると、自信をもったのか、今度はどれくらい乗れるかな、と楽しみになったようだ。しかし三回目の貸し出し所に向う途中では、二輪車に乗れるようになった他の男の子とすれちがうたびに不安になってきて、「抱っこ」をねだってくる。五歳で抱っこというのは特別な類に入るようにみえるが、それを甘えとみるのは洞察力の欠如に私には見えるので、しばらく抱っこして運んでやる。そして会場に近づくと「よし走るぞ」とおろして、二人でダッシュし14号の小さいのを借りてくる。首根っこをもってスタートとおもいきや、「離して」と手を振り払い、なんとそのままこぎはじめた。おかげでこちらは1周約1km近くあるだろうコースをかなりのスピードで三周も走るはめになってしまった。こんなにまともに走っている父親は他にいない。そもそも連れてきているのはほとんど母親だ。こちらの母親は、親ばかというより単なるバカかとおもうのだが、わが息子は才能ですぐに乗れるものとおもっているらしく、でてこない。「パパっ子ですね」と野球仲間の若い衆に言われたことがあるが、ママの無知怠慢に引きずり出されてきているだけのような……。

「男のほうが好きみたいね」とは、一希が赤ん坊の頃よくいわれたことである。4歳も半ばくらいになってくると、自分のおちんちんや、女性(母親)にそれがないことへと興味がわくのとどう関係しているのかわからないが、いわゆる「お姉さん」に関心がでてきた。まさにクレヨンしんちゃんみたいに。ヒーローものの女役のイメージというか、どこか金属的な美の理念形、理想的な容姿にといおうか。「ホモかとおもって心配してたけど、だいじょうぶね」とも言われるようになる。私が買ってきた週刊誌の表紙グラビアの女性をみて、「どこでこれ買ってきたの?」と、こっそりそこを鋏で切り取って、秘密の入れ物に隠していたりする。本屋にいくと、立ち読みする私の傍らで、ヌード写真をみている。私が気づくと、「いっちゃんにはぜんぜんわかりません」と隠すようにページを閉じる。が五歳になったこのごろ、「いっちゃんはもう女嫌いになったよ」としみじみいうようになった。仕事が雨で休みの日、ちょうど公開幼稚園だったので園内を見学してみると、ママゴトする女の子グループ、活発に遊ぶ男の子グループとおおまかにわかれている。そんな役割分担には男性/女性の情緒の違いもまとわりつくだろうから、自分が大きな積み木で作りあげた動物園をみせようと、隣の年少組みの園児たちを呼び連れてくる一希には、その領域区分が感情的にも障害になるのだろう。むろんその一希の困惑自体が男の子のグループとして動くゆえに発生する、ということになるわけだが。だからいいかえれば、幼児が当初どおり男女区別なく遊んでいれば障害はないが、女の子たちがママゴトのように自らを区別しはじめたとき、「女嫌い」という自らを男として区別する社会性が準じてくる、ということだろう。そしていわゆる「異性愛」とがこの後天的な錯誤を自然視(忘却)してしまうことによるとしても、初期条件の<ホモ>と「お姉さん」への憧憬(理念)と「社会」との関連の在り方はどうなっているのだろう? 一希のような子供の頃の思い出は私にもあるが、その私は結婚して一希を生むまで、外人からも日本人からも「ホモ」と揶揄批判されてきた。私は「女好き」という者こそ男とつるむことが好きな同性愛者と見えていたから気にしなかったけれど、そんな見かけの様態ではなく、「こころ」の複雑さはやはり難解で洞察できることではなかった。

今回の世界的な金融危機の中で、その株価の暴落率は、日本とロシアが突出していた。まずは欧米での出来事なのに、不可解なことには傍系的な場所でのほうがパニック的だったのだ。その原因を、両国の食料自給率の低さにある国民の根底的な不安に求める意見も新聞で目にしたが、私はより精神的な面が強いのではないかとおもう。まずは両者にとって、金融市場なる土俵が他人のものであること。そのルールの内在的論理はいつまでたっても腑に落ちないものなのではなかろうか。ゆえに、疑心暗鬼になりやすい。これはいいかえれば、他人を信頼する、という訓練(社会性)が軟弱だということだ。サブプライムローン問題後の対処にしても、日本の銀行はそれ以前からすでに貸し渋り状態だったのであり、その融資判断を引き受けていたのは外資系であり、そこがつぶれたから困る企業や組織(地方の役所もふくむようだが……)がでてきたのであり、つまりは本来の銀行業務、リスクを負って他人を信用し金を貸してやること、という仕事を日本の銀行が放棄していたからなのだ、という。これはどこか、サッカーの日本代表チームにいわれることに似ている。先月のワールドカップ予選ウズベキスタン戦にしても、わかりきった安全安心なパス回しばかりで、ゴールを目指すサッカーというより、平安時代の蹴鞠に見える。一度しかけて失敗して体制が崩れたときこそチャンスかもしれないのに、すぐにボールを後ろにまわして体制を建て直し、ゆえに相手も立て直す時間がとれるので、にっちもさっちもいかない。この均衡を破ろうと目論見仕掛けたのは、海外でプレーしている中村や長谷部だった。この他人(敵・目的)を欠いた自足の状態に中田英寿は苛立ち嫌気をさしてやめていったようにみえる。が、その後の自分探しの旅は、イラクで惨殺された香田証生氏に似て、世界の人からみたらやはり不可解なことなのではないだろうか? そしてだからこそ、同質性(ホモ)に飽き足らない彼らの「こころ」の動き、理想をくすぶらせて社会を横断する旅が、自明視された社会の錯誤を「謎」として浮き彫りにしてくる、ということではないのだろうか? オバマ氏のアメリカ大統領当選の現実さえ、「目的物がないから動くのです。あれば落ちつけるだろうと思って動きたくなるのです」という漱石『こころ』の言葉が呼応してくるように見えるのだ。

私はスパルタ式や英才教育は拒否するけれど、隙あらば世間の教育課程とは別体系の教育を息子の一希にしていかなくては、と思っている。「あいうえお」のひらがなはほぼ読めるようになってきたので、もう来年からは英語もだいじょうぶだろうと、10月の五歳の誕生日にはABCの音声教材がプレゼントだった。小学校の2・3年生になる頃には、スペイン語と世界(現代)史を説いていくことになるのではないかとおもう。あくまで、無理やりにではなくナチュラルに。機会もなく教えても、忘れるだけだから。しかし、機会がないなんてことがありうるだろうか? いまや、世界戦争の最中にいるようなものではないか。15歳までには、この世界を洞察し、社会で生き抜いていける思考=精神力の基礎情報をインプットしてやらなくてはいけないのではないか、という気がするのだ。そうでなければ、不安なだけである。何かがおこっている、それは洞察できる、だけでは、何がどうしておこってこれからどうなるのか、それが組み立てられなくては、生きていけることにならない。そして生きていける、ということの自信の根底には、性的なもの、という「こころ」を偽らない本来的な術が挿入されていなくてはならないのだろう。

2008年10月13日月曜日

フリーターと職人とマネーゲーム


「かれらは実際の生活のくるしさ(それはすでに何年もたえて来た者が多い)にたえかねたのでなく、時代の気分の動きに抗しきれなかった。時代の気分の動きに流されぬだけの自分の実感の上にたつことができなかったのである。おなじ時代に、生活綴り方運動は、自分たちの生活条件にゆるされた範囲の目立たぬ抵抗をつづけた。」(久野収・鶴見俊輔著『現代日本の思想―その五つの渦―』岩波新書)

先月の給料日、アメリカの大手証券会社がつぶれたという報道を横目に、その現金の入った封筒を女房にわたしながら、「今月は預金しなくといい。」というと、「どうして?」と女房さっそく食ってかかってくる。「いつどうなるかわからないだろう?」と返答すると、「銀行がつぶれるなんて、そんな民間信仰を信じているの?」と啖呵を切ってくる。私はあきれかえる。ローン組んでマンション買おうなどと言っているおまえのほうこそが世のシステムを呑気に信じている輩なのではないか? 私の財布には多いときでも2・3万円しかはいっていない。これじゃ地震災害のときでもさもしすぎることになろう。「こんなの小遣いの額だろが!」と声をあらげると、「日本はすでに金融危機を経験しているからアメリカがバブル期を追随しているだけだ、焦げ付きとは預金が保証されないということではなくて……」と、中高校生程度の優等生的回答をぐだぐだと言い始める。「ヤクザもんはな、」と私は話を打ち切る。「所持金みんなポケットにいれて裸現金で持ちあるいているもんだ。それはシステムなど信じてねえからだ、そっちのほうが利巧だろが!」「泥棒がはいったらどうするのよ!」と女房。「銀行にあずけとくより泥棒にとられたほうがマシだろが!」と私。……そして今月にはいって、株価が8000円台をつけ、またまた日本の生保までつぶれてくるのをみると、やっと女房は大人しくなるのだった。おそらく、親からゆずってもらった株の価値の下落幅に、現実感をもったのかもしれない。私自身は、世界恐慌にでも本当になったら、いまでさえ昼飯時など銀行は混雑するのに、預金を引き出すのにも行列ができるようになって並ぶのが面倒くさくなるだろうな、と考えただけなのだが。

10年以上も前だったら、たとえば、浅田彰氏のような論者でも、今ではサミットなどの世界会議で世界的な協調政策がとられるから世界恐慌をおこさない制度的な枠組みができている、と発言していたりして、カタストロフィーを期待してしまう民間信仰はむしろ抑制されていただろう。がいまその同氏が、同じ発言を繰り返すかどうかはわからないだろう、と私は思う。そういう徴候というより発症として、リーマン・ブラザーズのような証券会社の破綻があるようにみえた。徴候としては、日本のlivedoorの証券商品を、おそらくフリーターと自称するような者までもが購入していた、というところにも現れていたように、株とうの金融商品と関わる必要もない末端的庶民までもが投資世界に参加している、サブプライムローンとやらも、普通なら家など購入できない下層階級者が借入できるようになったことから発している、むろんどちらも、アメリカの新自由政策によって法制度が改定され後押しされて出てきた動きなのだが。要は、社会的信用など持ちようのない人々までもが借金という信用(架空)資金を膨張させて、もはや諸国家が統制できる資金量を超えてしまっているのではないか、とおもえたのだ。先週のNHKの特集番組では、「兆」を越えて「京」とかいう単位にたっする世界の資金量データを提示していたが。それと私がおもったのは、もはや各国の思惑に統制がつくともおもわれない、ということ。各々がサバイバルのために手の内あかさず隙あらば抜け駆けして、と考えはじめているのではないか? 北京オリンピック中におきたグルジア紛争の顛末などは、その症候だ。今回の金融危機のために設けたG7の会議でも、本当に真剣なのかどうかわからないと私はおもっている。今日のニュースをみると、週明けの株価は上昇したということだが、資本主義の世界システム自体が問題(標的)になってきたことが明るみにだされてきたわけだから、もはや延命策にもならないだろう。かつてのソ連を中心とした社会主義圏という資本世界の歯止めがなくなってしまっている今日では、資本主義各国が公的資金を導入して社会主義的政策をとるはめにもなるわけだが、各国首脳は、自分の利害を念頭にその矛盾を利用しようとしているのではないか? アメリカの下層階級の借金というウィールスが世界中にばらまかれてその上層階級のシステム自体を破綻させてしまっているとは、歴史の皮肉ではあるだろうが、それを救う(復原する)、という建前のもとに、またまた税金という庶民の現金を世界中にばらまこうというのは、負け組み庶民の間に普及させた資本信仰をより絶望的に深めてしまうことになるのではないか? 架空に分割された100円株を買っていたフリーターや、借金で買った家をピストルで脅されて出て行かされた移民たちも、自分をなぐさめるように世界システムの安定に安心する。それはちょうど、負けが込み始めた賭け事で、その場を仕切るカジノがつぶれるより、手元に残ったチップが少しでも現金に戻されることにほっとするゲーム者のように。そういえば、ソウルへ旅行したときのカジノでも、他の職人さんは損をみると、これ以上損失をかかえないようにと現金にもどしてやめていくのだった。私は遊びにきているのだからと、つぎ込んだ額がなくなるまでやっていた。生活費にかかわる予算まで、賭け事にまわすわけにははじめからいかないので、割り切って考えることができる。私はそれが堅実だと考えるので、損失がこわくて萎縮する多くの人たちと、それを前提に作られる世の仕組みは、だからはじめから堅実を放棄しているようにみえるのだが、しかし実際は、投資世界に参加して利益(子)を増やそうともしないものは不合理なバカだという自由な風潮があったわけなのだった……ならば、なんでこの資本主義の荒波をサーフィンのように愉しまないのだろう?

<マンションやマイホームなどというものは、カネがある人間がキャッシュで買うものだ。そのカネがない人間は、賃貸暮らしで十分なのである。新興住宅地の小綺麗な建て売り住宅か何かに暮らすことが理想などというのは、かつて国やら住宅産業やらがしかけたキャンペーンにすぎない。/そんな幻想をいまだに追い求めて、あげくにローンを組んでいる場合ではない。毎日二時間ばかり会社まで電車に揺られ、さて老後になって、何のために一生懸命働いたのかと考えたとき、「結局、家のローンを返すためでした」というのでは、あまりにも哀しい。…(略)…一寸先は闇である。人生設計など描くだけ野暮なのだ。プランに従って生きても、面白くとも何ともない。先のことが分からないからこそ、人生は楽しいのである。(宮崎学著『地下経済』青春出版社)>

自分でもドル預金して為替のリスクを抱えていれば、少しは経済の勉強をするだろうと、預金の半分くらいをcitybankにドルで預けたのはもう10数年もまえだ。円高のときだったので、数年かけての円安傾向は、結局20万円くらい差益をだし、その分を円に換金した。いまも同様円高なのだが、ドルを売って円にもどそうとしている人が逆におおい、だからますます円高になるわけだが。株だって、安い今が買いどきなのに、とにかく売って現金を所持しようと大半の人があせっている。私ははじめからマネーゲーム、経済の勉強とわりきったところからはじめているから、セオリーどおり、いまは円高だから、もうけたときに両替した円でまたドルを購入して預金しておこう、と考える。Citybankが身売りなり倒産して預金がもどってこなくとも、それが社会勉強だ。自分の体を使って考える、実験する、私には、それしかできない。というか、やる気が起きない。私小説家、というのが私の立場なのだろう。フリーターになって、職人になって……次に何になろうか、というよりも、やはり世界のビジョンが欲しい、と窒息しそうなのは、マネーゲームに飽きてきた世の通念的意向なのか、私小説家としての身体的渇望なのだろうか?

2008年9月18日木曜日

スポーツと政治と真剣さ


「今日の決定力不足の原因はここにある。/10番がもてはやされる背景には、誤解も多分に含まれていた。10番を攻撃的MF、あるいは司令塔という「日本語」で括ったことにある。そこから連想するイメージは、「決める」ではなく「作る」となる。」「決定力不足を、フォワードの決定力不足や能力不足、人材不足のせいにしている限り、決定力は解消されない。この問題は、フォワードが育まれにくい性質を抱えた日本サッカー界が、永遠に背負っていかなければならない十字架だと割り切らなければ、改善は不可能である。/ゴール前で、決定力のないフォワードに、難易度の低いシュートをいかにしたらきめさせることができるか、そこに英知を傾ける必要がある。発想の始点を自軍ゴールではなく、相手ゴールに求め、そこからフィードバックする形でゴール攻略の図案を描く勇気が持てるか。それに伴うリスクを容認することができるか。その割り切りが決定力不足解消のカギになる。」(『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』杉山茂樹著 光文社新書)

植木職人としてその世界で働きはじめてまだ2・3年でしかない頃、仕事が終わった後の酒の席で、こんな議論をしたことがあった。「おまえはまだお客さんだ」と親方が呼ぶこの私が、ではどこまで親方や年上の職人の言うことをきくのか、というのである。私はそんな質問自体をなんでするのか怪訝におもいながら、自分では常識とおもう返答を繰り返していた。が、それが通じない、というか噛みあわない。端から聞いていた大工職人が私の話しを解説するように助太刀する。「だから言う事はきくけど、おまえ死ねとか、そんな極端なことには従わない、ということだよ。」と。私が当たり前のようにうなずくと、「えっ、そうなの?」と親方はびっくりしたように聞き返す。私はびっくりされたことに唖然とする。他に、答えがあるのか? 死ねと言われて死ぬ奴がいるのか? ……さらに、そんな議論を平然と聞いていた周りの人たちの様子、というかこの世界の落ち着きは、いまなお不思議なバリアとなって私を「客人」として問いかけてくる。
もちろん一般論的には、親方(社長)の「運命共同体」的な価値=イデオロギー性の欺瞞を指摘するのは容易である。社員を死ぬまで終身面倒をみるという日本的経営思想は、単に不景気ともなればいとも簡単に捨てられて、いまやヤクザ組織でさえパート的な人員ですましていつでも首を切れるように個人をして仕向けているという。死んでもついてくるような侠気=忠義を持つ者など迷惑千万な話になるだろう。しかし、学者の丸山真男が官僚社会と封建社会にみられる忠誠の在り方に区別をしてみせたように、私の目前に落ちた職人的世界の雰囲気には、そうしたジャーナリズム的な一般論では割り切れない説得力が残存しているように思えるのである。つまりそこには、一つの真剣さが、文字通りの<真剣>という語義に迫ってくるような力が伝承されている、ということである。

私は潜在してしまっているかもしれないこの<力>を現実として認める。要は、官僚的なシステム主体、うわべの取り繕いで責任=死を回避して持ちまわっているような形式主義よりはずっとましだと。しかしそれゆえに、やはりその<真剣>さの在り方のもろさ弱さを思わずにはいられない。日本のサッカー界でもいわれる<決定力不足>も、この<真剣>さが孕む両義性に遠因しているようにおもえる。上に引用した杉山氏も、これを日本の伝統的なあり方と結びつけて把握している(『戦う国家』文芸春秋)。サッカーのことはわからないので野球を例にとると、よく内野手で、腰を落として捕れ、とコーチされる。確かにその構えは、ボールを後ろにそらす確率をひくくする。しかしその形だけでは、実はトンネルを押さえることはできないのだ。少年野球などでは、ボールが通り過ぎてからしゃがみこむ姿がみられるかもしれない。日本の場合、子ども相手だったならば、それでも腰を落とすという基本を実践したので叱られない場合が多いだろう。前にでてエラーしたのだからいいのだ、とかも。子どもはコーチから叱られないようにとその形だけを反復する。その結果、捕球率というアベレージはあがるだろう。しかし中学・高校ともなれば、そんな形を保持しても、こんな状況でエラーする奴があるか、と突然結果重視になるだろう。野球でもサッカーでも、日本の子どもの世界ランクは高い。平均的な技術力は高いのだ。しかし大人になると弱くなる。試合を決めるのが技術力というよりは判断力になってくるからだ。この「技術力(うまさ)」と「判断力(強さ)」との乖離を、杉山氏もサッカー界での識者の意見を紹介しながら指摘している。――「角を削って小さな丸にする傾向が指導者には強い。角を生かしながら大きな丸を形成していくべきですが、ストライカーに必要な尖った部分は育成段階で削られている。打って、外して、怒られる。指導者がアラ探しをすることで、子供たちは責任を他人に委ねるプレーに走る。指導者には誉めるゆとりが必要です。」「身体が大きくて足が速い。子供の頃、得点王になるのは大抵そんな子供ですが、それがユース年代に入って壁に当たると、直ぐにDFに転向させてしまう。勝利を目指すには、その方が手っ取り早いですからね。」(「日本スポーツ界にはびこる勝利至上主義」前掲書)。……ここには、子供の時は「過程」が大事、と教えておきながら、大人になると「結果」が大事、となってしまう非論理的な移行=断絶がある。子供はこのああいえばこういうような態度にとまどい、自分で判断することがばかばかしくなってやめることになるのだ。ならば、この「断絶」を架橋していくものはなんなのか? 論理レベルでは、「過程」が大事、と言い続けることだ。つまり、「誉め」つづけることである。がもっと重要なのは、<形>ではなく、<真剣さ>を導入することである。内野手でいう「腰をひくくしてとる」ということの実質的な意味は、ボールを下から見る癖をつけることにある。下から見れてなかったならば、腰をおとしても地面に(下から)バウンドしてくるボールの動きを見る眼に死角ができやすいため、一瞬見失う場合があるのだ。そして下からみれていれば、腰など高くとも捕球はより確実になり、むしろ尻をついてないだけイレギュラーにも反応できるようになる。が、下から見る、とは形の問題ではなく、意志の問題である。その癖をつけるには、一球一球を<真剣>に取り組むしかないのだ。文芸批評家の柄谷行人氏は、数学上の基礎公式の不在を証明したゲーデル問題にかこつけて、スポーツ選手は「形式主義者の悲哀」をしっているはずだ、と言っていたが、その悲哀を乗り越えていかせるのは<真剣さ>である。アメリカのマイナーリーグが日本のプロの2軍とちがって、練習よりも試合をこなすことに重きが置かれているのも、この実質=真剣さと関係しているとおもう。そして勝負強さ(決定力)とは、真剣さの度合いに他ならない。

私は、この<真剣さ>が日本の職人世界に残存していると認めている。が問題なのは、勝負ごとには、何を戦うのか、という目的(相手)がいるということである。練習を真剣にやる、とはほむべき事だが、語義矛盾である。相手がいて、はじめて真剣による勝負が成立するのだから。だから職人世界に真剣さがあるとするならば、そこに相手がいるからだ。それはむろん、師弟関係ということである。日本ではいちおう、封建的な野球部のほうが民主的なサッカー部よりも勝負強いのは、そうした上下関係がはっきりしているからだ、というのが私の意見でもある。しかし子分がおっかない親分を相手に真剣にならなくてはしょうがないとしても、ならば、親分の相手は誰(何)なのだ? 親分は、真剣なのだろうか? 職人がああやるとこういって屈服させているだけなら、それはマルクスが権力関係で指摘していう「放恣の反動」にしかならないだろう。そして私の見聞では、やはりそれ以上でも以下でもない、というところにおいて弱くなる。冒頭引用の杉山氏の著作を読むと、ヨーロッパのサッカーの監督がいかに理想をもった哲学者であるかがわかる。そして私が「やはり」、というのは、このような指摘は、たとえば俗に日本人にはビジョンがない、とかで、よく言われていることでもあるからだ。しかし私は「アラさがし」がしたいのではない。日本人にも<真剣さ>がある、と誉め続けたい、ということである。そしてそれゆえに、次期自民党総裁と思される麻生とうがいう「道州制」議論に、ほんとうに<真剣さ>があるのか怪訝におもう、ということだ。

<米海兵隊のグアム移転や自衛隊の共同使用、嘉手納以南の返還など、在沖米軍基地のありようが激変する要素を盛り込んだ米軍再編。その実施時期が、地方に「自己責任」を強いる道州制の導入や、税制面などの「沖縄特例」が消える過渡期と重なったことは沖縄にとって大きな意味をもつ。>(沖縄タイムス「特集・連載『アメとムチ』の構図~普天間移設の内幕~」)
<さらに医療費や介護費、福祉費や教育費、農漁業費、中小企業の振興費などをつぎつぎに削減してきて、いよいよ市町村もつぶして経費削減をするが、それで借金払いをするものではない。それ以上に、アメリカのグローバル化戦略と、同じアメリカが要求する有事法法制化のたくらみと切り離して考えることはできない。戦争をやるということは財政をともなうことであり、戦時財政の準備をしているとみるほかはない。湾岸戦争でアメリカの戦費を負担したが、いまやろうとしている戦争はアメリカの戦争の下請をやるというものであり、その戦争の戦費調達を考えているといえる。>(長周新聞「戦時国家作りの市町村合併」)

私は、日本に残存している<真剣さ>が封建的なるものと結びついているらしいことから、それは鎌倉幕府に集約されていったような地域性と関連しているとおもう。それは、東国的なものの理念、もののふの道、武士道、といったものと重なってくるのかもしれない。最近では、新渡戸稲造が説いたような「武士道」とは近代的なきれいごと(ロマンス)の見方であって、ほんとうの武士道とは勝つためにはなんでもありというような結果主義、血なまぐさいものだったのだ、と反論されるようである。私としては、こんな現今の日本のスポーツ界のようなエセ「勝利至上主義」の、いいかえれば勝ち組負け組みの新自由主義的な考えをもっともらしく受け入れてしまうからこそ、いつまでたっても「強く」ならないのだと考える。あくまで、いかに勝つか、と考え意志する「過程(論理・思想)」が重要なのだ。しかしアメリカとの「運命共同体」発言の中曽根からはじまって小泉、そして麻生へとゆくかもしれない勝利の方程式は、自分が親分だったらどうするのか、ということを思考しているとは思えない。それでは、勝つのはアメリカだ、と誓っているようなものである。官僚をぶっこわす、というよりは、官僚的なシステム遊戯、形式論で責任=死を回避し逃げ回っているようにしかうつらない。麻生の口調は、小泉同様、じっさいふざけていないだろうか? そのどこに、<真剣さ>がうかがえるのだろうか?

2008年8月26日火曜日

日本プロ野球と中国オリンピック


「封建的」と「アジア的」という対概念をなすこれらの言葉は、マルクス主義の歴史理論において世界認識を左右してしまうほどのきわめて大きな意味合いを持っているにもかかわらず、そのような問題意識はいまだに一般的なものとなってはいない。ここで「封建制」=前近代とされる図式は、いうまでもなくスターリンによる史的唯物論のいわゆる「五段階発展説」からアジア的生産様式が排除されたことに由来しており、いいかえればその悪しきスターリニズムの影響力は、今日の世界でもなお深く影を落としているといわざるを得ない。本来的にはこの「封建制」こそが、商業ギルドや職人団体などの独立した「政治的市民共同体」を自由都市において育み、その結果としてトータルな西欧近代市民社会を開花させることとなったにもかかわらず、正統派マルクス主義はそれとはまったく逆に、「封建制」を前近代と見なし、例えば本来「アジア的」社会であるはずのロシアも中国も、この「封建制」のカテゴリーで理解してきたのである。この問題性についての最近の論考としては、柄谷行人の「革命と反復:第三章 封建的とアジア的と」……(石井知章著『K・Aウィットフォーゲルの東洋的社会論』社会評論者)

中国でのオリンピックで惨敗してきた日本代表の主将宮本選手は、韓国戦での最後の球を韓国人右翼手が倒れるようにして捕球した様をみて、「思い」の強さが違った、と涙まじりに告白していた。技術的に日本の選手が劣るということはないのだから、精神面が反省の対象とされてくる、のだろう。というか、私は要は、やる気がおきなかっただろうとおもう。無理やりモチベーションをあげようとしたが、どうも無理だった、ということだ。そしてそれは、プロとして、あるいは人並みなプロとして、当たり前なのではなかろうか? アメリカでのメジャー選手がこないのはむろん、そこに仕事をしにいっている日本選手も同様、仕事を休んでまでお国のために時間を犠牲にすることが、どれだけ自分をして失業の憂き目を惹起させてくるのか……いまや日本のプロ野球選手はそうした世界市場的な競争の中に放り込まれているのだ。サッカーのワールドカップでさえ、もはや国別対抗の大会には意義が薄れ、選手も乗り気にならなくなっているというのに。当初は辞退していたジダンはどうしてもとフランスに呼ばれ、あげくフィールド上でおまえのアルジェリアの姉ちゃんは売春婦だろうとか言われて退場のはめになる。なんで、自分の仲間(移民)たちを抑圧排除しようとする国家のために働かなくてはならないのだろう? 韓国人選手は、オリンピックで金メダルをとれば徴兵制が免除されるから動機の強さが違うのだというが、そもそも、オリンピックに誘致されること自体が徴兵制なのだ。それは、自分の仕事を台無しにする、そういう現実的な情勢の中に各個人が放り投げられているのが歴史の先端なのだ。いつから、いやどうしてアマチュアの大会に日本のプロ野球選手が全面的に協力させられるようになったのだろう? おそらくは、官僚的になった2流の元選手たちが暗躍しはじめたのだろう。東京にオリンピックをもう一度などと、先端の切っ先が見えないお偉いご老人方が線香花火を打ち上げようとする政治的動きと連動して。私は、オリンピック帰りの野球選手には、負けを恥に変えようとする国民世論に対し、もっと常識的に憤ってほしいとおもう。泣いているほうが恥である(「世間に申し訳ない」、ということか?)。自分が仕えているのは誰=何なのか、はっきりとした自覚をもっていれば、こんな転倒した事態は生じない。公共工事だからといって、素直に赤字を引き受けて受注する会社があるだろうか? そのことが会社の体力を奪ってしまうとわかっているのに。……しかしオリンピックの成功に必死な中国ではどうだろう? (近代)国家としてのまとまりの実現を証してみせなくてはならなかった中国では? 韓国が朴政権下、ソウルから釜山までの高速道路を建設したときには、国のためにとやらされたいくつもの企業が倒産したそうだ。

オリンピック騒ぎあとの雨つづきで仕事を休み、中国関連の映画を二つみてみた。『天安門、恋人たち』と、『いま、ここにある風景』。どちらも相当解釈的な邦題らしく、原題は『頤和園』、『Edward Burtynsky; Manufactured Landscapes』。中国での民主化の動き、と産業化の生態、とでもいおうか。そしておそらく、原題が上のように意訳されていること自体が、根本的なところでわからないから、鑑賞者の日本人にはわからないだろう、と忖度されたからではなかろうか? 前者の映画をみて、いったいなんで「天安門(民主化)」がおき、おこした(参加した)若者たちが何を望んでいたのかは不明のままであるだろう。それは、始め(動機)も終わり(結末)もないような断片の提示であり、断片的な時間(流れ)の羅列である。後者をみて、なんでそこまで大規模的な開発がおこなわれ、世界の(リサイクル)ゴミが山というより山脈として積まれているのかわからない。まさに、「いまここにある」ものとして、理由もなく圧倒されるだけだ。しかし最近、「アジア」観点にかかわるものを読んでいた私には、わかるかも、という期待=読解が想念されてきた。たとえば、前作で、ベルリンにいった天安門参加者の中国の女性は、なんで民主的な友(欧米人との交流)の目前で、突然屋上から飛び降り自殺したのだろう?(そしてこの問いは、どうして中国にとどまった主人公の女性がセックスを安易に繰り返すのだろう、という疑問とパラレルになる。)映画監督自身、あの事件後を生きるあの世代の精神の混乱を描きたかった、というくらいだから、映画自体からは、その動機を推し量ることはできない。そこにあるものとして投げ出されているだけだ。が、そこで私に見えてきたのは、民主的なデモが繰り広げられるベルリンという都市の中で、あの中国の女学生を死へと追いやったものとは、自身に流れる民主の時間と、ヨーロッパに流れる民主の時間との差異のせり上がり、だったのではないか、ということである。ヨーロッパ近代文学的な、といおうか、男との三角関係、などではない、ということは、映画からもはっきり推し量られる。セックスは、個人の自由=欲望を発現させてくれるものではないのだ。同様、中国にとどまった主人公も、個の実現、としてセックスを実践しているわけではない、そのようには全くみえない。ゆえに、全裸のセックス描写が中国では初だとされても、チャタレイ婦人のようなスキャンダラスにはなれない。この映画が中国権力側から問題視され、監督が5年の活動禁止を受けたのは、まさに「天安門」という民主化の題材に触れているからであり、それが、中国の現今の不安定をリアリズム的に露呈させてしまう可能性があるからだろう。そしてそのように、この主人公=女が描写されている、ということなのだ。つまり、本来中国とは、男など何人も受け入れようが揺るがない悠久な女帝の庭=頤和園(…これは清末の西太后の避暑地の庭園のこと)であるはずなのに、もはや揺らいでいる、その帝国としてのバランスを欠いて混乱している、という表明になっているからである。(――西太后の庭園建設=奔放によって清が滅んだともいえるように、今の中国もオリンピックの開催によって云々という寓意もが成立するだろう)。そしてなお推論的にいえば、この映画がその混乱を反映することができたのも、「天安門」事件の主導者ではない一般の者を主人公に据えたからだろう。この事件のとき学生だった私が当時記事とうから受けた印象のひとつは、その指導者の男や女たちは、まるで帝王的な考え方をしているな、というものだった。たしか指導者の女性のひとりは、民主化実現のためのある段階では「血が必要だ」と言っていた(そういうドキュメンタリー映画があったような……)。ベルリンでの女性の自殺は、そんな女帝的強さをもてない末端の中国人女性の内にもある<「民」という観念>と、欧米社会に底流する<「民主」という制度>との葛藤に耐え切れなくなったからではないか、という気がしたのである。

映画の最後、ベルリンで自殺した女性の言葉が紹介される。――「愛するのは自由だが、死はみなに訪れる。光を求めていれば、闇を恐がることはない」。冒頭で引用した著作の次の言葉を対応させてみよう。――「……中国の「民主」とは人民を恐れた専制統治階級が自らの専制統治を擁護するために「与えた」ものであり、こうした「民主」を実行する「開明専制」とはもともと「封建的」(=「アジア的」)意識を構成する一部であるに過ぎないと指摘している。それはウィットフォーゲルの言葉でいえば、人々が権力との闘いの中で勝ち取ったものでなく、専制的支配者から「恩恵」として与えられた「乞食の民主主義(Beggars’Democracy)であることを意味している。こうしたコンテクストでいえば、断固たる反専制の立場が依拠すべき政治的価値が、仮に「自由」であっても「民主」ではないにもかかわらず、劉は専制主義を容易に正当化し得る「民主」の論理に批判の根源的拠りどころを求めてしまったのだといえる。だが、まさにウィットフォーゲルが『東洋的専制主義』の末尾で強調したように、「結局、全体主義的敵との闘いで犠牲を甘受し、予想されるリスクを賭ける意志は、二つの単純な争点――隷属性と自由――の正しい評価にかかっているのである。」

2008年8月14日木曜日

息子とアナーキズムと上州人


「……今日の関東地方の北部の気質と関東地方南部のそれとの間に、かなりちがいがみられる。関東地方南部のそれは、主に江戸時代以降の変化をつうじてつくられたものであり、北部のものがもとの形をうけつぐものであろう。
 つまり、鎌倉武士の気風は、今日の茨城県や群馬県の北部の人びとにうけつがれているのである。関東地方には、広い平野が広がり、今日の平野部には東京を中核とする都市化がすすみつつある。
 都会風の気質をもつ人間が、しだいに古い気質の人間を関東平野から追っていくようにみえる。そして、近代化によりしだいにみられなくなった「上州人」や「水戸っぽ」といった言葉で思い浮かべる骨っぽい人間が本来の関東人なのである。」(武光誠著『県民性の日本地図』文春新書)

やっとお盆休み。休日の第一日目は、息子の一希の自転車の練習。が、補助輪なしではすぐには乗れず、ふらふらして恐いものだから、5分もたたぬうちにふてくされてやる気をなくす。座り込んで動かない。ちょうど新聞で乗れるようになるための練習とかの記事を読んだところで、そこには2・3時間程度の練習でできるようになるとあるし、知り合いの同じ年中組みの子どもなども、「練習して乗れるようになった!」と喜んでいたので、じゃあこの休み中に乗れるようにでもなれば、やたらこの辺では多い坂道を一希をのせてえいやこいやとこぐこともなくなると期待していたのだが……。情けなくて怒り心頭してくるのだが、こちらが自制していても、「おらあノハラ・シンノスケだ!」とかわけのわからぬクレヨンしんちゃんのギャクを真似して反抗するだけなので、怒り爆発するまえにとすぐに打ち切り。で、ならば他人の指導にあずけようと、午後には神宮外苑のサイクリング教室に参加させようと電車でいったのだが、今日は日曜でも祭日でもないのでやっていないのだった。しょうがないので、バッティングセンターで涼んでいると、「パパ打ってみろ」と言う。400円で20球。10球を越えてくると、もう腰がよくまわらなくなる。それでも、もう少しでホームラン、というあたりを3発ははじきだす。ああ疲れた、と休んでいると、「また打ってみて」というので、じゃあこんどは120kmぐらいのスピードにあげて打ってみよ、とやってみたのだが、もう体が動かないのだった。少し休んでから球場を出たところで、今度は自分がやってみたい、と言い出した。せっかく自分からやる気をだしたのだからと、また引き返してチケットを買って、いざ打席に立ってみると、「やらない」と言い出す。恐くなったのだろう。「自分でやるといったことは、やるんだ」と語気を強めても、やだといって外にでていく。しょうがないので自分が打つと、もう腕がまわらないのだった。まわりでは一希の運動能力をほめてくれる人も多いが、初めてのことを率先してやる冒険心と勇気がないから運動部タイプではないだろう、慣れるまでやるには好き嫌いが移り気すぎだし。セミプロぐらいまでの技術を身につけたいなら、もうひたすらボールで遊んでいなくてはならない年齢だ。一番手というより、他人がやっているのをみてからやる二番手、補佐タイプだろう。サッカーでも、フォワードにはなれない、よくて司令塔的なミッドフィルダー。知恵は発達している。幼稚園でも、年長クラスの2階に侵入するのに、のろまの友達を選んで一緒にいって、みつかれば自分はすぐに逃げて他の子がおこられるように仕組むのだそうだ。「かしこい」、ともよく言われるが。……言語能力をふくめて、子どもが先天的に技術を獲得習得していく能力を備えている、といっても、社会で生きるとは、好きな選択だけができるわけではあるまい。自発的にこれをやる、という本能(子ども)的な選択のうちに、何を教えるかが既定された既成の社会を塗り替えていくような批判性(新しい社会)が含まれているとしても、自転車が乗れないのでは、字が読めないのでは、と基礎(義務)的な条件の欠如が生きることを困難(障害)にさせないだろうか? まあ、自転車に乗ることぐらいは、もう少し背が大きくなって力がつけば、いやでも乗れるようになるだろうけど。

<だが最もナイーブな次元のアナーキズム、つまり悪い制度を駆除しさえすれば、組織的な努力なくして善なる人間の性が自動的に民主主義的な社会を創って行くだろうという想定への批判にはなっている。/わたしにとって現代におけるその例はノーム・チョムスキーです。彼にとっては先天的な言語構造の認識が、そのまま彼のアナーキズムを形成しています。つまり先天的、生得的な人間の性がアナーキスト社会を形成していくという考え方です。だから必要なことは、ただ悪い抑圧的制度を廃棄するのみである。わたしはチョムスキーの合衆国分析には、まったく賛成しています。だが、彼の思考にはオルタナティブな組織構築の必要性についての認識が欠落しています。>(「マイケル・ハート「コモン」の革命論に向けて」『VOL 03』以文社)

北海道は洞爺湖で開かれたサミット、先進国家の長たちの会合に反対・抵抗する運動(家)等の理論的支柱ともいえる哲学・思想家のひとりは、その運動紹介の特集雑誌のインタビューで、上のように述べている。私が参加していたNAMという左翼団体も、無組織的なアナーキズムへのマルクス・レーニン主義的な組織的批判、という面(文脈)をもっていたが、その運動の中で目立っていたものの中には、むしろアナーキスト的な面の強い人もおおかったとおもう。しかし思想的にはともかく、私はこの反サミットにつらなる運動を傍観するにつけて、やはりなにかわからなさ、違和感をもつのだった。それは、欧米の運動家たちのそれは、なにか習慣伝統的であるのにたいし、日本のそれは、やはりインテリ的な無理=技巧があるな、という感覚である。サッカーのサポーターにみられる、アウエーというもののあるなし、の違いといおうか。知識教養的にも、向こうの知識人の亡命とは、日本の国内旅行のような地理感覚というし、要はこの地域でやばくなったヤクザ者が他の地域のヤクザ組織に囲われて難を逃れて時をすごす、ようなものだったのではないか、と思えるのである。そうした地域対立と横断のきいた範疇(伝統)の延長上に、現今のアナーキズムな対抗運動ものっかっているような気がするのである。だから、日本でその伝統に落ち着いた運動家形態となると、私にはかつて「大陸浪人」と呼ばれて、アジアの地域を運動的に渡り歩いた人物群=ネットワークに思えるのである。日本にもきた魯迅や孫文といった中国の革命の志士と往来していたような、思想的には右翼系の在り方である。日本ではもうその系譜が具体的に残っているのかしらないが、欧米ではある、ということなのではないかとおもえるのだ。また日本の左翼運動が浮いているようにみえるのもそのためだ、と。ならば、のっかる文脈を大陸浪人のような系譜に移さないかぎり、特集雑誌でも志向提起されたような、より庶民大衆を巻き込んだものにはならず、ただ一部のインテリの嗜好をでないだろう、とおもえるのである。思想内容的だけでみるならば、それでかまわん、ということでいいのかもしれないが。

が、その特殊(文化・地域)的文脈をのぞいても、やはり私にはインタビューを受けた『マルチチュード』の作者の展開には違和感を持つのだった。つまり、「ナイーブ」は、よくないのだろうか? と。私は気質的には、率先しての行動派というよりは風見鶏的であり、単独個人派というよりは組織集団的である。アナーキズムよりマルクシズム、ということになろう。が、むしろそれゆえに、というか、実際アナーキスト的な運動参加者たちをみてきて、むしろその「ナイーブ」さに、右翼系列の権力手先になるようなチンピラ・職人にも相似的にある「白痴」性に、なにか積極的なものを認めるのである(以前のテーマパークでもこの感想にはふれた)。この感覚は経験的な推論であり、直感であって、論理展開されたものではない。最近、サヴァンとかいう、知的障害・自閉性障害とされるものの驚くべき能力のことがクローズアップされたりしているが、その不思議さへの感覚と似ているかもしれない。まわり(社会)のことがみえない遅れたものの純粋さに覗える得体の知れないもの、である。精神障害者の右翼系の私の兄と、左翼系の運動参加者との表情は、薬でぼってりしてきたからか、むろんサヴァン的な特殊能力はないけれど、似ている。ダウン症の人たちの顔がみな似てくるように? かつての学生運動のことについて、博徒系職人が言っていた、「純粋じゃなかったら、説得力ないよ。東大でのやつが打算を抜きでやってるからいんじゃないのか」という第三者的な認識が、私の思考の中では交差する。社会の進歩とは、豊かさ=創造性=多様性のことではないだろうか? 逆に言えば、多様なものを生み出す条件が社会の理念ではないのだろうか? ならば、そこにむけて、どう「彼ら」とつきあう、共存したらいいのだろうか?

……と、そう直観的には思えても、いざ息子の一希と一緒にいると、やはり怒り心頭であり、本当にそんな直感、先天まかせでいいのか、という気がしてくる。そしてこの短気さは、ある面、「上州」という地域性の影響(伝統)を受けているかもしれない。東京から地元に帰って同期会にでもでれば、その言葉が荒いのに気づく。常に喧嘩してるみたいだ。これは関東特有のローム層(赤土)は米作に適していない環境だったので、「誠実で根気づよく義理人情にあつい生活態度が求められ」たからだとされる。――「群馬弁は荒っぽい。それに対応するように群馬県民の気質も荒いが、その素朴さがまわりの者に安心感を与え、人をひきつける。『県民性の日本地図』)」……自然も、社会も厳しい。おそらくは、これからますます。「短気」は一希にも受け継がれているようだが、この継承は、吉とでるのか凶とでるのか?

2008年7月15日火曜日

野球から見る対抗運動の実際

「群馬県は明治以降の殖産興業の発達により、製糸工場など女子の仕事場が多く、女性が一生懸命に働くことで男性的(家庭内でも夫のような)意識を持つようになっていったという歴史がある。それが「しっかりしている」という意味も含めて「カカア天下」となるのだろう。女性が一生懸命に働いてくれると、元来怠け者である男は享楽の道へ走りたくなる。あるいは、一発大稼ぎをしたいという男の勝負欲、ギャンブル欲が刺激されてくるのだ。その結果として、伊勢崎オートや桐生オート、前橋競輪に高崎競馬(ニ○○五年で閉鎖)などの公営ギャンブルが栄えた。/こうした、ギャンブルが発達すると、当然のことながら周囲に歓楽街ができ、娯楽が発達していく。群馬県の男性は、家庭は女房がきっちり守ってくれるし、それでいて男を立ててくれるので、外ではカッコつけて遊ぶことができる。それが、傍らから見ていると気っ風の良さや侠気のようにも映るのだ。国定忠治の大親分も、案外そんなところだったのかもしれない。つまり、女房の手のひらの中で上手に遊ばされているのだが、それを知ってか知らずか、男は粋がっているのである。そして結果として男は自分のやりたいことができるということにつながる。」(手束仁著『「野球」県民性』 祥伝社新書)

データとして過去の記憶が並列されて、いつでも取り出しできるようになっている今では、子どもはネットのYou Tube やレンタルショップのTUTAYAなどから、時系列に関係なく好き勝手な配列で気に入ったものをいつでも見ることができる。だから私の子どものころはじまった戦隊シリーズの「ゴレンジャー」と今の「ゴーオンジャー」を見比べるように見ることになる。またテレビでもリバイバルがさかんなようだから、野球漫画なら、NHKで放映されている現今の「メジャー」と、東京テレビで再放送されている「巨人の星」と「ドカベン」を一緒に見てしまうことになる。一徹が飛馬をビンタしてちゃぶ台をひっくり返していると、「なんでぶってるの?」と子どもはきいてき、殿馬を見ては「これが一番好きだよ」とか言ってくる。「メジャー」は筋として見せる場面が多いからか、まだよく受容できないようでもある。が私は当初、まあ今時ならこんなアメリカ舞台を志向する漫画になるのだろうな、とか思っていたのだが、並列的に見せられていることにより、実はこの作品が日本の正当的な野球漫画の系譜を形作っていることに気づかされたのだった。またそれゆえに、前2作に連なる代表作的な位置を獲得しうる人気漫画になることができているのだろう。
ひとことでこの3作の基本となる共通点をいえば、野球に秀でた主人公が、自ら素人の集団の中へ自己を埋没させたところから、エリート官僚的にシステム化された体制へと反逆的になりあがっていく、ということである。これをサッカー漫画の「キャプテン翼」と比べてみると、後者があまりに素直にサッカーエリートとして、すぐにも泥臭くもないヒーローになりきってしまうのが顕著だ、ということがわかる。むろん、前者といえど、物語的な型としては、勧善懲悪であり、貴種流離譚でもある、とより一般化することはできるだろう。が、そうどこの文化歴史からも取り出してこれる一般的なコードとは別に、そうは典型化しえない特殊文化的な趣味があるゆえに、なお庶民共同体的な人気を博している、ということなのではなかろうか?
たとえば「メジャー」の主人公ゴローは、共同体(日本)からははじきだされてしまう個人主義的な志向が強く、自らそのしがらみ世界を切断して世界へと飛びたつ。が、彼がその世界で演じるのは、勝つことだけ、個人の出世だけが全てではない、という遅れた共同体の価値で押し切ることであるかのようだ。彼はアメリカでも、メジャーリーグというエリート組織へは仮病を使って素直には上らず、万年マイナーな選手たちとともに、まずそこで戦いつづけることを選択している。直球勝負しかないアメリカでの彼は、まるで日本刀という価値を振り回しているようにみえる。逆にそこから、日本で浮いてしまったのが、実はあまりに古典的な共同体の価値にこだわり、それを他人におしつけようとしていたからではないか、とあぶりだされてくる。というか、すでに子どもたちの間で、野球をすることがださい、汗臭い根性は流行らない、と思われている通念世界が舞台に選ばれていたのだった。要はゴローという主人公は、民主主義的というより封建的な、どこか古臭い日本人の美学なるものを体現しているのである。
私は、そこから北野武監督の映画群を思い出す。とくにはその「座頭市」。そこでの悪玉の親分は、実は平身低頭している飲み屋の主人だった、という落ちがある。座頭市自身からしてそうだが、ヒーロー(ボス)は隠れたまんまなのだ。「必殺仕事人」のように。戦うときだけ表にでる。そしてえばらないだけではなく、卑屈な姿のままにとどまるのだ。なにが彼を王(キング)にさせないのか? あるいは死後復活のキリストのような英雄にさせないのか? 出る杭はなぜかくも執拗に打たれていることを選ぶのか? それも陰影礼賛ということなのか? 「腰が低くていんだ」とは、職人を評価する言葉として、世にあるもののようである。

子どもの頃から、日本での野球を続けてきたいまは一児の父親であるものとして、私は子どもに野球をやってほしくない、と思っている。それは端的に、奴隷根性を身につけてほしくないからだ。幼稚園も年長クラスになればグローブをはめてピッチング練習をはじめ、小学三年生にもなれば朝5時半には起床して3キロのランニングに、野球などやったこともない父親が投手のバッティング練習にノックをこなす。「誰でも自分のようになれる、夢を捨てるな」とはイチローの言葉だが、運動神経も突出しているわけでもない自分がそれなりにいけたのは、「習うより慣れろ」ということわざにあるように、野球に必要な条件反射が幼少の頃から徹底されてきたからだろう。イチローの脳みそを科学的に調査してみても、それが生来の天分ではなく、のちに獲得された努力の産物であることがわかるそうだ。しかし問題なのは、その何かを成し遂げるために必要な鍛錬と成し遂げていくことからくる自信(自己了解=安心)を培っていくことの厳しさではなく、そこにまといつく暗黙の文化的な価値なのだ。野球部という伝統組織にある封建的な上下関係の厳格さは、ものも言えない卑屈さを身体化させる。たとえそれを継承して実践(宣伝)していく者たちがレギュラーにもなれない二流の選手たちであるとしても(野球に熱心な正選手は後輩になど興味がない―)、そうした虚偽の構造にこそ歴史(持続)の秘訣のようなものがあるようなのだ。「個を捨てて集団(チームプレー)に徹しろ」とか明確な発言になるものだけでなく、暗黙に強制されてくる保守体制のようなもの、そしてその価値宣伝者は努力も怠る能力主義者で、実は恣意的(いい加減)な個人主義者たちである。つまり、最近事件化されて露呈した教育界の官僚的連中のような。レギュラーになる一流選手は、実は出ても打たれない個の強さをもっている。要は価値と実際が逆転しているイデオロギー事態があるということだ。もちろんこれは、サッカー界にも違った見掛けで発生することだろう。野球部は厳しいから民主的なサッカー部にはいった、という監督が、日本代表チームの決定力のなさを嘆くのは、やはり論理的にはおかしなことではないだろうか? むしろ私はだからこそ、息子にはまだサッカー部のほうを選んで欲しくもあるのだ。試合になど負けてもいいから、個人として卑屈さを身につけるな、毅然とした強さを持って欲しいのである。(野茂をはじめとして、メジャーにいった日本の一流選手たちは、実は野球<部>の封建遺制に負けることのなかった相当な個我の強さの持ち主であり、ゆえに決定(反発)力を知っているのだ。)

『資本論』のマルクスの問題意識のひとつに、個人の伝統的共同体からの「切断」と、現実的な運動実践のためには既存諸関係(共同体)からはじめるという漸進的「持続」、というものがあると思う。この「切断」と「持続」という矛盾が、実際どのように関連されてくるのかを私は知らない。たとえば、職人世界では、親方が直接見れる範囲としての5・6人ほどしか人を雇わない、それ以上会社を大きくしないことが意識化されている。それは資本主義と対応した、人員数の多い官僚組織と対立的である。日本が二次大戦に敗北したのはこの大人数の組織化(責任体制)で失敗したからであり、同時にあれだけしぶとく敗戦を続行できたのも、ゲリラ的に活動しうる少人数世界の伝統的堅固さが保持されていたのがひとつの理由だろう。となればこの両者は対立的ではなく、実際にはつながっている。もともと封建遺制的な個人の卑屈さがあるゆえに、責任をひとつひとつ明確にしていく組織体制の形成ができないのだから。実際現場の職人が親方の言うことを文字通り聞くのは、自分で考えて失敗しておこられるのが恐いからなのである。そして状況の変化(現場)に対応しないで文字通り行おうとして失敗するので、やはり怒られてなおさら萎縮していくのだが、ある意味それが手下としてとどめておく支配の手段なのである。これは俗に言い換えれば、自分の手の内でしか動くことを許さないような母―子の関係的であり、一人立ちできていない子どもの集団である。たしかに、そこにある集団的価値は、たとえば「植木屋革命」とか称して、いわばダスキン方式で仕事を拡げようとしていく資本主義的な路線とは対抗的である。が実際には、対抗にもならない弱者の集団なのだ。

私は父親として、息子にこんな弱者にはなって欲しくないのだ。一度その身に染み付いた価値を払拭するのに、どれだけの年月がかかるか……ほとんど、一生を棒に振るような試練になってしまうのだ。