2016年1月12日火曜日

手相

「勘助は、両親兄姉妹の家庭に囲まれて成長したと思われる。いつ発病したのか不明であるが、青年期の働き盛りを迎えて悪化したのであろう。このとき、父は亡くなり、十五歳年長の兄が当主となり、母を助けて一家を切り盛りしていたのであろう。家族、親類が相談のうえであったのであろう。勘助は心願の旅に出ることになった。勘助を思う旧来からの友情か、行動を共にしたいという大野村の宇左衛門が同行することになったのも、旅立ちには好都合であったのかもしれない。菩提寺で、寺請をお願いしてある時宗安養寺に往来一札の発行を申し出た。弘化四年二月三日往来一札は発行された。勘助二十六歳のときである。出立にあたり家族縁者は路銀その他として相当額の金を勘助に持たせた。勘助が死亡時、宿に預けてあった金が一両二分もあり、連れの宇左衛門出立までの入湯費用、草津までの路銀を勘定に入れると、相当額の金を持参していたことが推測される。この事実は、長浜村の困窮というにはかなり経済的に豊かなこと、また勘助を死出の旅に送るにさいしての家族、縁者の慈悲の愛を物語っている。」(高橋敏著『家族と子供の江戸時代 躾と消費からみる』 朝日新聞社)

帰省して初詣にいったさい、神社の露店として出ていた手相占い師にみてもらった。占いをやってもらうなどとは初めてのことだが、50歳にもなろうとするものが、今さら運勢でもないので、子供といっしょに、その手相の比較、類似と差異点などの話を聞かせてもらえたらと思ったのである。親子ともども、私たちは世間では珍しいという両手マスカケなのである。大人2千円、子供ならその半額でいいですよという話だったが、二人の手相を見比べながらはできないらしい。そこで私から見てもらった。男は左手、ときいていたが、そうではなく、30歳までが左手、それ以上が右手の相に現れるのだそうだということで、両の掌をだして広げてみせる。……あなたは頑固ですが、運命線の下の二重線は、自分の持ち場をしっかりする責任感が強いことを表しています。社長になりますよ。技術系の仕事ですね。職人ですか。九死に一生の事故にあってますね。だけど、運命線自体が二重線になっているところもあるので、生命力つよく、長生きしますね。とくに、今年は、運勢がいいです。そうですね、6月、誕生日ですね、いいことありますよ。ただ頑固者なので、もっと奥さんとコミュニケーションをとったほうがいいですね。……みたいなことを、よく聞き取れない、くぐもった声で独り言のように語る。オデコがだいぶはげてきているが、50代だろうか、どこか副島隆彦氏に似ている。自分が職人系なのは、私の日に焼けた顔と掌のタコを目にすれば推察できるだろうが、「九死に一生」を得ていると言ったのには、びっくりした。女房ともっと話さないとだめだ、というのも説得力があって笑ってしまった。

で、次に、息子。……あなたも長生きして、社長になりますよ。…なにか丸みのおびた道具を使う運動をしていますね。みんなを盛り立てていくような、他の人を華やかにさせるような、クラスでの人気者のような感じですかね。(「お笑い系ですか?」と私がきくと、)ああ、それでもいいですね。だから仲間を大切にしてください。あとトイレ掃除、玄関でみんなの脱いだ靴をそろえるとか、そういうことをするといいですね。責任感がありますね。社長になりますよ。

息子が球技をしているのは、なんとなくの体系と、ズボンの穴ふさぎの継あてに、FIFAの審判マークのワッペンをしているのを見れば推察もできようが、クラスの人気者でお笑い系だという見立ては、同じマスカケでも私と違う意見なので、なんでそう言えるのだろうと思った。子供の方が話が短かったのは、やはり手相が、未来を予測するというよりも、経験原則、統計的なデータの集積からきている知識だからだろうか。息子への語らいのほうが、自信がなさそうだった。ただ、どちらも「社長」になる、とはっきり言うのにはおそれいった。両手マスカケの人は300人から500人に一人の割合だとその占い師が言ったのを私は記憶していたが、息子によれば800人と言ったという。聞き違いが激しいので、息子がネットで調べてると、1000人に一人とある。その確率だとだいぶ珍しいが、その同じ形の中にも、微妙な差異があるのだろう。

で、去年はサッカー試合で忙しく、一度もいけなかった旅行、今年は草津温泉へ一泊してくる。湯の花畑の脇にある神社にお参りすると、そこは「遅咲き」を願うのを主とする神社なのだそうだ。一希も奥手だろうと私はおもっているので、お守りを一つ買ってやったつもりだったのだが、この「遅咲」、50歳以後からの願掛けにいいという説明が掲示してあるのに気付く。「え、俺のほうのことか?」と一瞬おどおどして、「50すぎたらもう余生の準備でいいよ、そんな歳になってから忙しくなるのはいやだなあ」とおもってしまうので、このお守り、息子にはなおさら渡せなくなってしまった。しょうがないので、サッカーコーチ用の私物をいれる手提げ袋につけることにした。一希6年最後のサッカー大会がはじまる。まだ、地元小地域以外でのタイトルがない。というか、一度も勝利したことがない。社長になるよりも一勝を。この最後こそ、と、遅咲になる健闘を願って。

2016年1月10日日曜日

普遍論争――世界での戦い方(3)

「議会制デモクラシーに代表される西欧近代起源の「普遍的価値」に対抗する「実体としてのアジア」を評価する柄谷らの姿勢は、欧米的「普遍的価値」に対して「社会主義的核心的価値」をいう現代中国の党=国家戦略を評価するのと、結局は同じことを意味してしまう。こうした事態の根底に横たわっているものこそ、近代日本から現代へと脈々と続いている「脱近代」への絶え間ない誘惑なのである。」(石井和章編『現代中国のリベラリズム思潮――1920年代から2015年まで』 藤原書店)

日本に固有のサッカーを作っていかなくては世界で戦っていけなくなるだろう、という前回ブログでの私の主張は、逆に言えば、普遍的サッカーというものがあるのか、という問いを暗黙に含んでいる。というか、「ヨーロッパ」のサッカーを理念型として「追い付き追いこせ」という話を受け入れた上での主張なのだから、それをイデアルな「普遍」として捉えていることになるのは当然になろう。が一方で、その「普遍」に対抗しがたいのは、それが理念やイデオロギーとしてだけでなく、事実の上にあるからだ、という付記的な発言からも知られるように、一般的な文脈、問いかけをずらしている。私としては、「普遍」は実在するのか、そんなものはなく、個物(特殊)だけが存在するのか、と言った問いは問いつづけてもしょうがないので、その事実が多くの人に強度をもって信仰せられているのであるならば、それを「普遍」として仮構しておいてもいいだろう、という程度の態度である。だから、これぞサッカーだ、という普遍性=理念は存在すると言ってもいいだろう、世界の多くの人々が、そう信じ流通させているのだから。つまりサッカーとは、一般名詞であるだけでなく、それが各個人に折り返し了解させられて固有の愛着を生じさせている、固有名なのである。そして柄谷氏の『探究』によれば、固有名こそが「普遍」に結びつけられている。これぞサッカーと人々がおもうとき、そこには「この」サッカーが好きだ、称えている、というサッカーとの固有関係もが内在されているだろう。

このように、一般的な問題設定を受け入れた上で、それをずらしていくことでよりリアルな実体に迫ろうとする態度変更は、アメリカのヘゲモニーの揺らぎが顕著になっている政治の世界でこそ火急な課題なのかもしれない。次に世界を支配するのは中国だと召されている。その中国でも、今目指している立場を正当化するためのイデオロギー的探究が盛んであるらしい。そして日本の中国研究者の間では、冒頭引用にもあるように、柄谷氏の近著『帝国の構造』などが現支配体制の専制政治を支援してしまうものになると批判的である。もしかしたら、柄谷氏は、自身の説く「帝国の原理」が、そのように機能してしまうことにあらかじめ自覚的であったかもしれない、その誤読・無理解を。少なくとも、その理論的な作業だけを読んでいるだけなら、たとえば最近の氏の発言などは理解不能になるだろう。

<柄谷 …(略)…ただし、僕は中国がアメリカの次の覇権国家になれるとは思わないんですよ。覇権国家になるには、前の覇権国家の承認がいるんですね。イギリスはドイツとなら徹底的に争うが、アメリカならいいかという感じがあった。同様に、次の覇権国家が中国かインドかという状況になったときには、アメリカはインドにつくと思う。しかし、そもそも、その時期まで資本主義経済が無事に続くかどうか不明です。もうひとつは、中国とロシアには再び革命が起こる可能性がある。中国の場合共産党が残っているし。>(『ふらんす』特別編集「パリ同時テロ事件を考える」 白水社)

理論著作では実際、現中国の帝国的実際を肯定するような言辞は見て取れる。が、その時点でさえ、中国はヘゲモニー国家にはなれないと見切っていた。今回インドというのは初耳な気がするが、少なくとも、インドはノーベル平和賞という現世界的枠組みを継承する姿勢をみせているが、中国現体制は、受賞者を獄中へ送ったままだ。これでは、普遍的な「事実」が強固になっていかないだろう。が、そうしたことはともかく、柄谷氏の理論上に限っても、それを文字通り読まなければ、つまりは冒頭著作の論者たちが柄谷氏は「理念」と「現実」との齟齬を見ずゆえに実際上の「機微に触れることはできない」とする評価はしようがないだろう。なぜなら、柄谷氏の提示する「帝国の原理」とは、まずもって構造、数学的な抽象モデル(型)でしかないのだからら。モデルとは、あるいは数学的思考とは、世界の複雑さをそのままで理解するのは困難だから、0から9までの10文字の数字に置き換えてみよう、モデル(型)として類型化し単純化してみよう、そうして頭の中を整理して、わかることと、なおわかりえないものとを区別してみよう、という試みではなかったか。そして「帝国」とは、交換という人の営みに着目した場合に4つのタイプに分かれるとされるうちの、一つの形態に照応している。たしかに、その「高次」とされる交換形態は、理念型ではある。が、あくまでそれが数学的な抽象モデルにすぎないこと、その基礎的理解を握持しているならば、氏の理論が「現実」を無視しているとか、具体性がないとか言っても、当てはまりようがないのである。私がいた「NAM]の原理もそうだったではないか、あとは、各個人の「創意工夫」に任せる、「原理」(NAM)は何もしない、と説かれたのである。柄谷氏の理論を批判する中国学者の意見の在り様を見ていると、当時のNAM会員の一部の人たちを想起する。

日本のサッカーが「普遍性」を獲得するときは、これぞ日本のサッカーと、各人が固有の理解でそれを愛着し、称えられることが、多くの人によって認められ、それが事実として固有の強度をもったときであろう。そしてその実践は、「ヨーロッパ」にあるというよりは、すでに日本のなかにあるだろう、それぐらいの探究と試行錯誤を私たちはしてきているのではないか、だから、いままで同様、、子供たちとの緊張関係を失わず、自己誇大におちいらず、その探究心を持ち続けて創意工夫していくことが近道、と育成の末端にいるパパコーチはおもうのだ。

2015年12月26日土曜日

世界での戦い方(2)

以下は、最近、指導している小学生のサッカークラブでの、小学1年生の子供とともにパパコーチとして加入してきたコーチの質問メールへの、応答である。

*****     *****     *****

2年生大会ごくろうさまです。
低学年にいくほど、運動能力の高い子が多いチーム、つまりはサッカーを意志的に選択した、そう親が意欲した子供たちが集まるすでに強いチームが勝つ傾向になるのは、いかんともしがたいのではないか、という気がします。いま6年の一希世代から、中野区の〇桜小から落〇S.C.にいく子がでてきたわけですが、我が家の場合、その理由は〇〇君と同じユアサS.C.で公園サッカーを学んでいたからということもありますが、当初は「安かったから」だと女房は言っていましたが。ただそうやって運動能力高い子が下の学年にいくほど集まってきているようなので、コーチの方が探究心と冷静さを失わず辛抱強く子供についていけば、結果がでてくるとおもいます。ただいまの練習・試合経験習得の速さだと、チーム として全員底上げされて強くなれるのには、6年夏までかかってしまう感じです。つまり、そこらへんでおそらく脳みそが進化するので、それまでバラバラの理解だったことが、急に統合的になって、サッカーらしい試合になってくる。しかしこの自然成長性は、コーチングによって、落〇の環境でも、1年は早めることはできると感じています。
たとえば、スクールなどに通って、足もとのボールコントロールなどすでに 秀でていた☆君でも、本年度の全日本予選中、サッカーをまだはじめていませんでしたね。センター バックをやらせて、キックオフでもどされたボールを受けて、前に3人いてもドリブル突破を試み、奪われて失点。しかもつづけざま。2分で2失点です。すぐにサイドバックにいた6年の★君とポジション交代しましたが、他のメンバーとの当時の最適解として、☆君を3-1-2-1のアンカーの部分でフリーマン的にやらせたのも、☆君がなおサッカーの理解で動くよりも、自分のやりたいことを優先させるだろうと、その怖さがつきまとっていたからですね。 いま新宿代表にいって、サッカーらしい話のもとに訓練されている最中でしょう。しかしそれでも、全日本がリーグ戦になったので、新5年は来年の1年で、相当いける経験をつませられるはずです。ただ、5年主体で勝ちなどCリーグでものぞめないし、意味もないとおもいます。サッカーを理解させるように、考えさせるように経験を豊富化していけば、勝手にぎゅっと成長するときは一気にいくとおもいます。それが、落〇にとっては、はじめての実験になるとおもいます。まあ、低学年時の ボールコントロールの技術の差が歴然とあるので、Aリーグの上位チームとの差を埋められるようになるには、中学・高校と続けられていけるよう、サッカーが本当に好きになったかどうか、ということになるのだとおもいます。

というのが、オフサイドやポジショニングといった個別理解と、サッカー全体の理解との、子供の成長の中での関連です。6年ぐらいに、一気にわかる、という感じです。それまでは、なんとなくです。「集散」もよく言ってきましたが、6年ぐらいの実際の試合になると、相手チームの闘い方に特徴もでてきますので、もっと個別ケースで指導というより、戦術的な話として、選手に距離感を伝えていくことになってきました。相手がボールを保持しているときも、連携でプレスをかけないと奪えなくなってくるので。「羊飼いの犬」の例で伝えてましたが。

*ただ、とりあえず息子がもうじき落〇S.Cを卒業する今は、もっとサッカーを大枠で整理してみたくなります。サッカー界も、 ヨーロッパに追い付き追い越せとやってきた明治期以降の日本の思想史の型を反復しています。先週のTV「フットブレイン」で、手倉森監督が、「ジュニアユースでは勝ちをめざすのはよくないとする風潮があるけど、それでいいのか」と問うていましたね。岡田監督も、子供優先の「プレイヤーズ・ファースト」には批判的です。なぜなら、それはJリーグ発足以前の日本のサッカーにもどってしまうからですね。そこで、もっとサッカーも本腰をいれてと、ヨーロッパの監督を呼んで、サッカーを勉強し、集団的・組織的になったから、アジアの優等生として勝てるようになった――とそこまでは、1930年ぐらいまでの日本の歴史の反復ですね。かつて日本はそこで誤解し、世界でも戦えると玉砕した。今 回全日本予選 がヨーロッパのサッカー文化として、トーナメント(当たって砕けろ) からリーグ戦になったのも、サッカー協会の人が、敗戦から学ぼうとしている人達の考えを継承しているところがあるからだとおもいます。ただ、サッカー界で、その世界大戦での敗北が起きるのは、これからですね。現世代がワールドカップにいけなかったら、もう10年は最低でもいけないのではないか。しかも、そこからきちんと分析し、自分たちのサッカーを作っていかないと、ずっと駄目でしょう。テニスみたいに個人競技なら時折天才でても、集団スポーツではありえないでしょう。しかし、スペインでも、前回の勝者ドイツでも、勝てなくなった時期を深刻に受け止め、原因分析し、そこでの方針を信じて育成年代から立て直したからですね。シャビや、ゲッチェなどは、その第一世代といわれている 。だから方向性は、サッカーでのエリート教育を受け入れなくてはならない。が、そのとき、後発国の日本は、暗記主義的な勉強を反復しがち。また、ヨーロッパのサッカー界では、12歳以下の、国籍、地方を違えての選手移籍は禁止してますが、それは犬などのペットも3か月は母犬と一緒にさせておかないと大人になっても躾けができない、という科学的事実をふまえているからで、決して子供優先だからではないとおもいますが、それでも、人(子供)はホームシックになってしまうという事実から対策をねる。イスラム国が、いくら「ヨーロッパに追いつけ追い越せ」という世界枠自体を破壊しようとも、西洋の民主主義が、ある種の科学的事実性に依拠しているので、テロでは無理なんですね。その枠を 受け入れたうえで、じゃあ自分たちをどう守るか、戦うか……と、岡田監督は、四国で実験している、その問題設定自体は、正当であるとおもいます。私としては、サムライの理想美は、カンフーやドンパチではなく、居合い抜き、相手が先に手をだしたら防戦的に、相手より早く一気に仕留める。が、これだと、世界ではつまらないと、日本の柔道も、自分からしかけないと警告をもらうとルール修正されていますね。だけど、私としては、このつまらなさに居直るべきだとおもっています。そういう意味で、広州を破ったサンフレッチェ広島の闘い方、および、戦後70年の原爆からの 復興をアピールした監督の采配に共感しますね。

長くなりました。

――――― 上は次のメールへの応答―――――

〇〇コーチ
ほかみなさま


 低学年はじめての8人制ブロック大会、、とりあえず試合が成立、大過な
く終了してほっとしておりますが、やはり、大敗はいやだなぁ、と日に日に
悔しさが募ってきました・・・というのは冗談ですが、あんまり大敗が続くと、
子供も嫌になってしまわないか、そこはまじめに心配しています。
(落合地域最強と思われる落△ですら、ビトーリアAには大敗なのもちょっと
 ほっとしたようなビックりしたような感じですね)

 次回、年度内にもう一回試合のチャンスがあるなら、年単位の目標と
次回大会の個別具体的目標のイメージを持っておきたいと思いました。

 かといって、何をどこまで、どの段階で教えたり、ヒントを提供したりする
か、については、正直言って経験則以外のなにもありません。

 しかし、私自身小学生の時は、監督に怒られないようにするのに必死で、
当時は、監督の怖さ(とそれを回避したい子供の必死さ)で試合に勝てる
時代でした。万が一、この経験を落〇にあてはめるとなると、私も怖くなれ、
ってことになりかねません(笑)
 他方で、現在の自分のサッカー観は、大学生の時に形になったものが
多いので、常々、小学生に伝える言葉にするのは難しいなと思っていた
りもしています。
(余談ですが同じ7BのトラストのHPでたまたま大学の一つ先輩の
 書き込みを見つけましたが、やはり私の考えもかなり近いです。)
http://kawakami-office.jp/?page_id=181 

 今後必要そうなことを思いつくままにあげてみようとおもいますが、
この辺って、現在の高学年の子たちって、いつごろ通過してますか?
また、通過すればよかったとお考えですか?

・オフサイドを理解する
・ポジションが何となくきまる
・ディフェンスの基本のポジショニングを理解する
・複数人でのディフェンス(カバリング)を理解する

・ドリブルで行きたい方向にいける
・ドリブルが得意な子でも大ゲームだとあまり抜けなかったり、少々抜いた
 ところで点には必ずしも直結しにくい現実を知る
・パスを狙った味方に出せる
・味方が走った先にパスを出せる
・ダイレクトパスを選択肢に持つ
・ドリブルと比較したパスの利点(速い飛ぶ疲れない)を理解する

・サッカーは相手より一点多く点を取る種目であると理解する
・集散(攻めはワイドに深く、守備の網は絞る)を理解する
・自分、チームの長所、短所を自覚する
・プレー時に常に複数の選択肢を持ってチョイスする
・相手選手と駆け引きする(自分のしたいことだけしてても通じなくなる)

2015年12月6日日曜日

世界での戦い方

「このイメージなるものは、恐らく、シュルレアリスムから継承した遺産なものと見なしておりますが、それにはただちに若干の修正を施さねばならず、私はその修正に必要不可欠なものと見なしておりました。つまり、私は唯一の正しい想像作用から生まれた、正しいイメージこそが問題なのだということをはっきりと主張したのでした。…(略)…私はある時点まで、この観念を強固にするためにのみひたすら努力を重ねてまいりました。そしてその時点とはすなわち、メンデレーエフの驚くべき才能の賜物である元素の周期表が、それまで私に欠けていたひとつの鍵をもたらしてくれた時のことであり、ついに、この周期表が、詩にはその本来の性質として、可能性や客観性のみならず、また必然性もあるのだという主張の根拠を私に与えてくれたのでした。私の確信――単純にして逆説的な――は、次のような事実に基づいたものでした。すなわち、世界を公正している様々な要素は、ひとつひとつ数えあげることが可能であり、それらの構造は緊密で、不連続ではあるが回帰性をもち、構造の型(パターン)は少ない。従って、現に存在しているか、あるいは可能と考えられるそれらの組み合わせは、たとえそれが既知のものであろうと、想像によるものであろうと、あるいは演繹に基づくものであろうと、必然的に繰り返し現われるはずである。つまり結果的にみれば、様々な事物や観念やイメージの世界がもつ、原則として際限のない多様性にもかかわらず、もろもろの反映や幻影、反響や反射、贅言などがつくる必然の網の目が歴史や風土、生活様式や文化とともに変化しながらも、詩の素材、生地そのものを構成するに違いない、ということなのでした。」(『斜線』ロジェ・カイヨワ著 中原好文訳 講談社学術文庫)

イスラム国への対処をめぐるプーチン・ロシアとトルコとの駆け引き。事件化された時点では、ただ領空に侵入していただけのロシア機をトルコ側が撃ち落としたのだから、最初にしかけたのはトルコの方、な感じになっているが、そのロシア戦闘機の攻撃対象たるシリア領土内のイスラム国側には、トルコが同胞として支援しているトルクメン人が共闘していたわけだから、すでにしかけていたのはトルコ側だったともいえる。パラシュートで脱出降下している最中のロシア兵を地上から銃撃するという国際規約を無視し、救助にむかったヘリを撃墜したのも、トルクメン人だったという。そしてそのヘリ爆撃に使われた重火器は、イスラム国を暗黙に支援していたアメリカのアメリカ製のものだったという。(田中宇の国際ニュース解説
プーチンは、日本の柔道の「引き分け」という考え方のユニークさを喚起するような発言をどこかでおこなっていたが、こうした小競り合いをみていると、それはあくまでオリンピック競技での柔道、お互いがしかけあわないと警告を受けるという規則が付加された――で、むしろ戦わないで「引き分け」ることを理想としたような、日本本来の柔道の精神=原理とは、別物であるように感じる。そしてむろん別物なのだろうが、それはヨーロッパの原理からもずれた位置にあるだろうロシアが、そのヨーロッパの精神を嫌でも自覚的に取り入れながら、なんとか「引き分け」にもっていこうと必死になって防戦している姿にもみえる。

NHK特集の「奇蹟のレッスン 最強コーチが教える、飛躍の言葉」をテレビでみていて、こんな疑問を感じた。「なんで、近代において<子供の発見>をしなくてはならなかったヨーロッパにおいて、こんな子供への洞察と愛情に満ちた指導法が実践しえるのだろうか?>……その第一回目は、フットサルの日本代表監督をも勤めるスペイン人、ミゲル・ロドリゲス氏が、東京のとある少年サッカーチームを指導しにいくといったもの。第二回目は、テニス界でトップ選手をたくさん輩出しているスペインのテニス協会から、その育成の総責任者が、横浜のテニス・スクールに教えにくるというもの。サッカーでは、書店にいけばはっきりするが、もうだいぶヨーロッパからの育成ノウハウが過剰なくらい入り込み、でまわっている。ヨーロッパ・クラブの下部組織へ単身乗り込んでその指導法を体験し、日本に伝道していこうとする若い人たちも多くなってきている。テニスでは、まだそこまでいっていないのだろう。子供たちを教えるそのやり方に、日本のスクール・コーチは驚いていた。まずは、子供たちを楽しくさせながら技術を身に付けさせていくその練習メニュー。「私の練習は、反復動作ばかりで、子供たちはつまらなかったでしょうね。」と、そのつまらなさに耐えていくのを基本とするような、いわゆる日本的作法の延長での実践だったのだろう。テニスのことを知らない私がみても、こんな練習がありうるのか、ほんとに大人がおもいついたのか、子供たちを勝手にテニスボールとラケットで遊ばせていて、そこにあったアイデアを大人が盗んで方法化したのではないか、というような感想をもった。サッカーでは、すでにそうした楽しくさせながら覚えさせる方法は、マニュアル化されている。そして、スペイン育成責任者の、子供と向かい合う真摯な毅然とした態度。投げやりになるような子供には、日本だと、「やる気のない奴はでていけ!」という方向にいきがちだが、なぜその子がそんな態度をとるのか、それをまず探るように、子供の目をみつめ問いかけて行く、あわてない、落ち着いた探究心と対話。そのやりとりから、子供に練習や試合へ集中していかせる言葉を導き出し後押ししていくやさしさ。私にも、とても真似できそうもない指導実践だった。だからなおさら、なんでヨーロッパの歴史から、このような実践が生まれているのか、不思議だったのである。日本の場合は、わかりやすい。子供優先といって園庭状態になるか、逆に理不尽な暴力主義になるか、その両極端をぶれ動く。ヨーロッパ宣教師が驚いたぐらいの子供優先の江戸時代と、明治以降の即席的なエリート養成教育とその延長での戦後の軍人官僚系譜のスパルタ教育の普及、その二系列の原理=精神の混在。それが一人の指導者の中でも混然となっている。
サッカーの育成上の理論レベルでは、以上の混在が、つぎのような論理過程を踏んでいるだろう。――<子供に甘い>(江戸倫理)⇒<子供優先>⇒<プレイヤーズ・ファースト>(欧米原理)。つまり、日本の精神原理が、翻訳的な介在を通ることによって不分明、混然的となり、ゆえにそれが、先進的なヨーロッパの原理なのだと勘違いされて普及促進の指針となっている。いわば、実は間違った、誤認した自己満足、自己確認でしかないのだが、戦時・戦後とスパルタ的な教育がひどかったので、元の地がヨーロッパの衣装に変えて回帰しているような状態。が、おそらく、ヨーロッパの育成原理は、日本の現状とは似て非なるものであろう。また、それを目指すというとき、本当は、何を意味してしまうのか、捉えておく必要もある。

<レディー・ファースト>、と置き換えて考えてみればいい。これは本当に、女性尊重なのか? ヨーロッパの生活慣習を身近な経験として知っているわけでもない私には、なんとも判断できない。たしかに、女性の人権を認めようという民主主義的な動きは向こうからでてきた。日本はまだそのレベルにも、認識にも達していない、という意見が正当性をもつ一面もあるだろう。ヨーロッパのサッカー協約では、12歳以下の子供の地域外・他国からのクラブ移籍が認められていないそうだ。しかし、これは本当に、子供のことを思ってなのか? ペットの犬でも、生まれて3か月は母犬と一緒にすごさせないと、躾けの聞くペットに育たない、ということから、それ以前に売りにだしてはいけない、とされているようだ。そしてこれも、犬やペット、動物のことをおもってなのか?

おそらくプーチンは、こうした善悪判断もつきかねるヨーロッパの原理を受け入れながら、それを逆手にとって防戦することで、その原理へ違和を表明している。レディー・ファーストなり、プレイヤーズ・ファーストなり、その民主主義的な原理が手ごわいのは、それがより根源的な人間の事実性、科学的な法則性に依拠しているからだろう。明白な原理的対立を謳うイスラム国でも、その法則性を無視して世界に君臨することは難しいだろう。

さてでは、われわれは? 日本人は? たしかワールドカップ・ブラジル大会での結果を受けてこのブログでも発言したとおもうが、ゴール(ゴッド)を、勝ちを目指さないのが日本の文化的なメンタリティーである。サムライ・ブルーというなら、その侍の理想は、刀を抜かないこと、相手がしかけてきたときだけ、後出しになりながらも相手より素早く刀を抜き去って一撃でしとめる、その居合い抜きの技術が美の極地でなかったか? お互いが強者というか賢者なら、お互いが隙をみせず、睨み合いのまま時がすぎ、そのまま引き分け、というのが究極の闘い、ということではなかったか? 私は、サッカー日本代表選手は、その侍の原理化した本来理想なメンタリティーの在り方を学ぶために、柔道を体験させたほうがいのではないかとおもう。もちろん、オリンピック競技としての柔道ではなく、日本の柔道である。そんな戦いは、つまらないかもしれない。居合い抜きより、カンフーだろう、世界は。しかし、そのつまらなさに居直れない限り、日本がこの善悪判断つきかねる世界で、生き延びていくのは、サッカーの試合、そのランク付け世界だけでなく、困難になってくるように思われる。

2015年11月15日日曜日

覚悟について

「とはいえ、私の場合には、白状してしまえば、地獄の消滅は明晰と公正というただそれだけの道を通して実現された方がなおよかったと思う。そしてとりわけその際私が望みたかったのは、虚勢からにせよ、くやしまぎれにせよ、あるいはまた絶望からにせよ、昔から存在し、近寄ることのできない死者たちの逗留地の代わりに、身近にあって、是認すべき、折衷的な代替物を考え出す想像力というものが、このようにして錯乱したり、なかば自己放棄したりし、その結果、恐るべき、そして脅威を孕んだ反対物としての姿を取って出現することがないようにということだった。ところで、消滅した地獄の代替物は、今度は挑発者としての相貌をおび、かつてのようにこの世の不正の埋め合わせをするものであることをやめてしまったのである。たとえそれが、想像力というこの野蛮でもあり、豊穣でもある力、恐らくもしそれが一定の方向に導かれさえすれば豊穣なものとなり、それが自らの暴虐性に委ねられれば、世界を荒廃へと導くことになるであろう力、私にしてみれば、なんらの刺激も必要としないとさえ言えるようなこの激しい力に平衡を保たせることを目的としたはずみ車のような具合にでしかないにせよ、もはやこの地獄の代替物はこの世で犯された不正に対する補正力を失ってしまったのである。」(ロジェ・カイヨワ著/中原好文訳『斜線 方法としての対角線の科学』「地獄の変容」 講談社学術文庫)

木の上から落ちて、命拾いて以来、久しぶりに、高木の枝おろしを2・3日つづけた。一日だけの作業なら、あったかもしれない。が、3日となると、しかも太枝はロープでの吊るし切りになるケヤキの剪定をやったのは、たぶん、4年ぶりくらいだろう。幹自体はそれほど太くはなかったので、腕はまわる、枝はつかめなくとも、抱き着いてのぼれる、体力が心配だけど、試してみるよ、と元請けの会社にOKしたのだった。で、結果は、真向いのアパートの電灯のプラスチックカバーを破損、裏のお寺の塀の瓦一枚を破損。一現場で二つもものを壊したのは、はじめてのことだったろう。一日めの、一本目は無事終了させたが、二日目となると、すぐに疲労を感じ始める。神経的な体力の目減りを感ずる。20メートル以上もあるてっぺんで、親指より幾分太いが、長さは4・5メートルはある枝をおろすのに、真下にしかない植え込み地の隙間を狙って投げようか、と最初考えたが、やはり大事をとろうと、ロープで吊るしておろすと判断。が、地面にもう少しで届く、というところで、棒のような枝にはロープの輪っか部分にひっかかりがないものだから、すっとはずれる。枝先が地面に当たって弾んで、枝元が剣道の竹刀のように、ゴミ袋で一応は養生してあった電灯へコツン、ひび割れた。そして同じ木、二日目、もう一つのてっぺんの枝を、吊って失敗したのなら、やはり投げれるものは空き地めがけて投げおろそうとほうると、途中、幹にあたって方向かわり、養生していた毛布の脇へ斜めに突き刺さり、瓦の端がかける。手元をしていた団塊世代の職人さんは、木上でショックをあたえないために、私が作業を終えるまで黙っていてくれたが、さすがに二回目の破損となると、精神的ショックを受ける。以前だったら、私が自費で修理するか、下請けのこちらもちだったろう。が、もうこういう作業を頼める人もいず、私も死にぞこないのようなものだと元請け社長もわかっているから、「物損でよかったよ。人だったら大変だからね。」と慰めるだけ。というか、年明けには、またクレーン車入れない場所での、人力ケヤキ伐採があるので、逃げられても困る、との計算もあったかもしれない。

もはや、木上では、余裕がなかった。以前ならできた、まわりの景色をめでることもない。途中、気を抜くと、そのまま足がすくみ、体が萎縮してしまって、身動き不能、へなへなとなりそうな気がした。幹に足を巻き付けながら、頭上の枝をつかみ、自分の体重を懸垂の要領でもちあげていくときには、気合をいれて吠えないと、恐怖心におしつぶされそうになる。下見で予想していたよりも、よじ登る個所が多かった。しかし一番おそれていたのは、のぼっている途中で、ぎっくり腰になること。二日目終了時には、やはり腰がぴりぴりしてきたので、ここ二年ほど通っている近所の整体師のところでマッサージを頼もうとしたのだが、予約できなかった。少なくとも、そこに通ってからは、年に一度はなっていたぎっくり腰からは解放されていた。二か所破損させたとはいえ、無事な体で生還できたのが、何よりだった。

そんなふうに、以前よりは、勇気がなくなっているようなのに、変な落ち着きがあるのに気付く。木から落ちた時、仕事を替えようか、というような気も生じたのに、今はむしろ、そういう仕事をしているのだから仕方ない、という諦めというよりは、静かな了解だ。あのとき、父は言っていたと兄は報告していた、「そんな仕事をしているのだから当たり前だ」と。それを伝え聞いたとき、私はイラっとした。大学まで出ているのに事務仕事をやらず、ひねくれてそんな仕事をしているからだという、いわば差別の表現と思ったからである。が、いまは受け止め方がちがっている。父親は、百姓でだ、子供の頃、ヤギの乳しぼりをよくしてたと、孫の一希のまえで、牛の乳しぼりを実演してみせもする。私の思い出のなかでは、河川敷のグランドの草を、繁みにしゃがみながら、ひたすら鎌を振るう父親の姿の印象が焼き付いている。たぶん、父は、そうした人たちの生活を知っていて、だからむしろ、それを肯定して発言していたのだ、「当たり前」とは差別ではなく、否が応でもそうあってしまう覚悟のことだったのだろうと。

私は以前、出自が違うインテリでの私は、どんなにその職業をやって技術を身に付けたことになろうと、自分が職人になることはありえないのだ、という、中野重治的な、階級無意識的な思想を自覚として書いていた。職人とは技術の所持如何ではなく、その社会で生きていた技術の総体、つまり生活の態度に在るのだと。が、いまは、訂正しなくてはならない。私でも、なってしまうもののようだ、と。私がどんなに本を読み、頭に思想を膨らまそうと、身体の思考がそう動かなくなりはじめている。物事の判断、日常的な対処、そして世間、世界を騒がせる事件に対して、まず私の体からにじみ出るような判断、想い、処理が発生してくるようだ。幼少期や青春時代に刻まれた骨格的な判断ではなく、大人になってから身についていった体臭のような判断。それは決して消極的なものではないようだ。しかし、積極的なものなのかどうか、わからない。骨に滲みていくようなものなのかもわからない。それは、死を恐れているかもしれない。勇気が若いときよりよりなくなっているかもしれない。しかし、死を受け入れているような判断。死とともに生きているような静かな感じ。こんなんでいいのか、私にはわからない覚悟のようなもの。

2015年11月10日火曜日

杭打ち問題

「ミレニアム・ブリッジの騒動は二〇〇〇六年一〇日、その開通日に起きました。この橋の建設は新世紀の幕開けを記念するプロジェクトの一つでしたので、当日はエリザベス女王のテープカットでオープンしました。ところが、橋を渡る群衆が数百人に達したところで、橋は明らかに揺れはじめました。初日は約九万人押しかけ、常時二〇〇〇人くらいの歩行者があったそうですから、橋は揺れ続けていたことでしょう。…(略)…強い力が橋を周期的に揺さぶり、それが橋の固有振動、つまり橋が最も敏感に反応する周期の振動と共鳴することで大きな揺れが生じたというだけなら、話は簡単です。それは、東日本大震災の揺れが首都圏の高層ビルの固有振動と共鳴して、それを大きく揺るがしたのと原理は同じです。…(略)…しかし、ミレニアム・ブリッジ事件の本質は別のところにあります。そもそも、橋と共鳴するような大きな力がなぜ生じたかということこそが問題なのです。…(略)…歩く人を振動子と見なすのは、かなり荒っぽい見方かもしれません。しかし、同期現象の面白さは、モノを選ばず、リズミックにふるまうものなら何にでも出現するというところにあります。人の歩行には意識の介入が大きく影響するのではないかと思われるかもしれません。しかし、ミレニアム・ブリッジの上で、歩行者は他人の足の動きや全体状況を眺めてそれらに影響されたわけではないでしょう。メトロノームの振り子がその場その場での台の揺れを「感じ」ながら機械的にそれに反応したように、歩行者はただ足元の揺れに機械的に反応して、バランスを保つため体勢を取ったに過ぎないのでしょう。」(蔵元由紀著『非線形科学 同期する世界』 集英社新書)

ビル建築の基礎・杭工事におけるデータ偽装とかいう問題は、施工者の旭化成建材だけではなく、他の業者でもそうした偽装があるのではないか、と調査するような方向がでてきている。

この事件での当初の私の反応は、もともと杭を地中深くまで垂直に掘っていくなんて、そもそも可能なことなのかが、疑問だった。むろん、今のテクノロジー段階で、そこだけを純粋にみるのならば、可能ではあるだろう。が、私が考慮するのは、それを支える現社会体制化において、ということである。たとえば、ボーリング調査といったって、杭打ち工事をする全ての個所をやってみて、地下の岩盤地層の深さを知っていこうとするわけではないだろう。金をかければ、今ならボーリングではなく、エコー調査のようなやり方もあるかもしれない。また、いざ工事中、ドリルの刃がすり減ってしまっていて、ちょっと固くなってきた地盤をこれ以上掘り下げることはできなくなってしまった、という場合だってあるかもしれない。がそんなとき、せっかく何段とつなげた鉄杭を抜いて、新しい刃に取り換えよう、なんてことをしえるのだろうか? とおもう。植木屋でも、木を植えたさい支柱をするが、役所の仕様では、何センチの杭のうち、何十センチを地中に埋める、とか決まっているが、とてもまともに掘れたものではない。コンクリのゴミや石は埋まってるし、水道や排管にもぶつかったりする。そういう場合は、上を切るか、一度取り出して下を切って、よくついておくか、になる。一般の民間家庭での植栽の場合は、マニュアル的にやるというよりは要は倒れなければいいので、はじめからそんな強迫はない。まあこれでだいじょうぶだろう、と経験的に判断するだけだ。もちろん、建物の基礎工事は、そんなのではすまないだろうが、程度の違いはあれ、最後はそうなってしまうのではないか、と予測していた。

テレビの取材で、現場の基礎杭工事をやっているというオペレーター(機械操作者)が、こうインタビューに答えていた。「実際に、設計書が雨でぬれたり汚れたりで読めない、提出できる代物ではなくなるとか、風でとばされるとかはあることです。設計どおりの深さに固い地盤がでてこない場合だってあります。だけどそれでも、建物は倒れないものだとおもっていました。」と。

私は、それが正直な現場の話なのではないかとおもう。技術的には可能であっても、社会体制的に、それを可能にさせてくれるようになっていない。ドリルの刃を替えてくれ、その分工期遅らせてくれ、とは、たとえ言える人がいたとしても、そうにはならないだろう。

いや、杭を打つだけではない、抜くほうはどうなんだ? 植木の支柱取り換えでも、新しく打つよりも、古いのを抜くほうが大変な場合も多い。たまに公園工事で土を掘り返していると、以前の建物の布基礎の塊が、そのまま残っているのにでくわす。コンクリートも腐食するから、そのままでは、陥没の危険がでてくるだろう。高層建築物の建て替えなどのときは、本当に、地中何十メートルだか打ち込まれた鉄筋コンクリートの杭を、きちんと抜いて、きちんと転圧しながら埋め戻しているのだろうか? それも、私には怪しい。

しかし、私たちは、そうした怪しさを前提にした社会に住んでいる。欠陥とされる高額な商品を購入してしまって、その直接的な施工・管理会社を訴えたくなる住民の気持ちはわかるような気もするが、自分には、縁もない階層の話だから、もし自分が宝くじにでもあたってマンション買って、そういう破目になっても、「別に倒れないなんだろ? 住めるじゃん。家賃や月賦をだいぶ下げてもらったりでいいんじゃないか」、という反応になるのではないだろうか?

しかし、現場の人間も、購入者も、そんな開き直りをするわけにはいかない。せせこましく社会に適応しようと、バランスをとる。あくまで、人間の常識とか知恵とかに従うのではなく、今の利害計算、収支のバランスシートで動かされる。そうして、意識しない同期が、社会を揺さぶってゆく。揺さぶる大きな力になってゆく。むろんその力は社会をマシな方向へ変えるものではなくて、それを維持するように働くことで、我々と社会との橋梁を壊してゆくものになるのであろう。

2015年11月2日月曜日

代表戦をめぐって

「……世界では数え切れないほどの戦争が繰り返し起きている。それをいま、私たちはテレビやインターネットを通してどこにいても見ることができる時代に生きているわけだが、こと「日本の戦争」に関しては言えば、70年前にさかのぼることになる。そのため、私たち日本人が「戦争」というテーマで何かしら議論しようとするときには、つい「モノクロ写真の戦争イメージ」をもとに考えてはいないだろうか。…(略)…残念ながら、私たちの生活を豊かにしている最先端技術の活用によって、軍事兵器は想像をはるかに超えるスピードで進化を遂げている。ロボットや無人機など新型兵器の登場により、既存の「戦争のルール」も急速につくり変えられているのである。ニューズウィーク日本版(2013年4月9日号)では、「未来の戦争」と題してその脅威を特集した。主なトピックは、「無人機」と「サイバー攻撃」である。…(略)…私たちが「戦争」のことを語るときも、そのイメージを常に最新版に「アップデート」しておかなくてはならない。」(伊藤剛著『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか ピースコミュニケーションという試み』 光文社新書)

あす、都大会がはじまる。一希の所属する新宿の代表チームも、なんとか第七ブロックで4位にはいって、その出場を果たした。1位、2位は、どちらも地元を超えたクラブチーム。3位は、小中高と一貫のサッカーでは名門の私立小学校のクラブだ。こちらも確かにいくつかの地元クラブから優秀な選手が集まっているとはいえ、時代の流れのなかでは、分が悪いどころか、存在意義さえが危うくなっている。おそらく、日本でも最後の代表形式をもつ少年クラブなのではないか? Jリーグができて、サッカーのレベルの底上げが、小学校単位のクラブから地元をこえた専門スクール系のクラブを中心になされるようになってからは、そこへ代表をおくるクラブチーム数自体が減少してきたのだ。かつては、運動能力の高い子がゴールめがけてドリブルをしかけ、駄目ならパス、その偶然の数珠つなぎのようなやり方でも勝てたものが、いまは能力がそれほどではなくても、低学年より一貫した方針と体系でサッカーを学んだきた者の集団のほうが強くなり、ゆえに運動・身体能力の高い子どもたちがよりいっそうそうしたチームに集まってきて、成績上位はそんなチームが独占することになる。私立小学校のチームが強いのも、もともとが専門クラブと類型的だったからだろう。きくところによると、成績が校内50番以内でないと、サッカーをさしてもらえないそうだ。運動力任せではなく、賢くやるサッカーが日本でも普及してきて、ゆえに、親やコーチの話をよく聞ける優等生チームのほうが成績も上位になっていく。

日本代表でもそうだが、代表チームとは即席的な寄せ集めだ。そこに子供を送るチームは、パパコーチやその出自のチームがほとんどで、おそらく、練習メニュー自体が古い。単純に、ボールタッチ、ボールコントロールを低学年時に習得させるノウハウを確立・保持していない。だからむしろ、運動能力任せの古風な選手たちが集まってくる、といえるかもしれない。そして体系的に教わってきてないとは、思考や態度もエスタブリッシュメント、体制的になっていない、やんちゃなまま選ばれてくる。代表コーチは、そんな6年時にあつまってくる子供たちを短期的にまとめあげていかねばならないのだから大変だ。ボールコントロールの基礎的な練習から、道具の整理整頓などメンタル的なことまで、一から練り上げていくようなものだ。チームとしてのサッカーなど、なかなか機能しない。それでもここまでこれたのは、代表という枠が暗黙に強いてくる結束力のようなもののおかげかもしれない。ゆえに、重圧がすごい。都大会出場を決める決勝リーグ戦など、足がガチガチ、震えていただろう。最低限のノルマが都大会出場と、かつてだったならばまだ通用していたといえる前提を背負わされたまま、挑戦者とわりきってやってきたチームの猛攻を、なんとか0点におさえて引き分け、獲得した出場権だった。予選リーグでは、私が率いたチームが、はじめて新宿代表と0対0のまま後半に突入したチームだったが、そのときも、同じ新宿区のチームに負けるわけにはいかないと、1点をとるまでは相当追いつめられていた。このままあと何分かいけば、あの子たちは折れてしまうのではないか、と対戦コーチの私が心配しはじめた。息子の一希はその日、頭が痛いと、風邪で欠席。朝グランドで、代表コーチにそのことを告げた際のコーチの顔の表情から、「ああ切られたな」とおもった。予選リーグで、相手は代表に4選手を送り込んでいる格下のチームとはいえ、どちらも無敗できて激突する、リーグ優勝をかけた大事な試合だ。そこに、いない、しかも、自分の所属しているチームが相手なのに。一つだけ駒として不足しているとみえる左サイドバックを、それまでは3人で補っているような感じだった。まずは守備のしっかりしている選手からはいり、後半、様子をみながら、ドリブルで駆け上がれる一希か、ミドルパスが持ち味のもう一人か、と見極めながら、選手起用をしていたきらいがあったけど、一希欠場となってからは、その3人一組の線が消えて、フォワードから2人をもってきて、対処するようになった。

もともと一希は、なお一線級の相手チームで通用するような運動能力や脳みそ・メンタルの成長をしていない。私が監督でも、怖くて使えないだろう。だからといって、チーム戦力にはいっていない、ということではないから、いつでも準備しておけよ、とアドバイスしている。「おまえの出番は、2対0で負けていて、残り5分のとき。それを逆転しようとするときだぞ」と。ベンチでは、交代選手に水筒をもっていって声をかけるなど、いい働きをしている。皆からも、ムードメーカーとして信頼された、中心選手の一人なのだ。サッカーの技術的・戦術的な理解力の成長は、続けていけば解決されていくだろう。言われたことを疑問を抱かないまま素直に実行するよりも、自分の頭の力で理解してから進んでゆく、「遅れた者が先にゆく、ようになるんだよ」とも言っている。が、女房がそうはさせないのだった。「能力がないのだから、サッカーなんか選んでいるのがおかしい。立ってるだけなのは、あんたがフォワードやらしてまえに立ってろと言ってたときのクセが抜けないからだ。だからディフェンスができないんだ。あなたのためにサッカーをやっている!」……女房だけではないのだが、おそらく、母親は、自分の腹を痛めて産んできたからだろう、だから我が子に過保護になるのは仕方がない。しかしそのなんでもかんでもな過干渉、癒着を断ち切る文化・制度が機能しなくなっている。フェミニズム的観点を日本に普及させた上野千鶴子氏は、そこにある問題を、江藤淳、あるいは江藤氏が参照引用した小島信夫などで女を排除した「<母ー子>問題として論じてみせたけど、私には、そうした社会学的枠組みよりも、より人間と自然との根源的な関係性が問われているような気がしてならない。もう一度、文化の発生現場にもどって、それがなんで人間に必要であるのか、理解しなおす状況にあると。参照対象として想起するならば、ヘミングウェイ、あるいは、三島由紀夫かもしれない。もちろん、マッチョな志向ではないのだが…。

「夢をあきらめないでください。誰でも、僕のようになれます。」とは、イチローや本田選手とう、プロになった選手がいうことだ。村上龍、北野武など、はこうしたきれいごとは子供に迷惑がかかるだけと批判し、もっと現実をみつめたアドバイスを、と説くが、私は、イチローや本田選手のほうが、科学的事実にもとづいた信念だとおもっている。人間にとって、能力差など、大した差ではないのだ。「自分は、バロテリやカカといった選手の運動・身体能力を超えることはできませんよ、それは絶対的な差ですよ、でも同じ人間なんで、大差ない、自分の他の能力や持ち味で対抗してレギュラーを奪うことはできるんです。」というような発言は、ホッブズが説いた、「人間は狼である」・「万人による万人の闘争」といった、代表選出で政治体制を築けるといった民主主義の基調にある原理認識と同等だ。人間には、羊と狼がいるのではなく、みなが狼なんだ、だから、弱い狼でも、2・3匹でよってたかって強いやつを退治することは可能だ、そんな程度の差だ、だからまた、一匹一匹が他の一匹を妬むことができるような差でもあり、他人との競争が発生するんだ、お互いが疑心暗鬼になって闘争が常に潜在している、それが自然状態であり、ゆえに人間にとって自然は戦争状態なのだ。これを回避するには、自分が自然として持っている妬み闘争する能力を自然権(自由)として捉え返して、多数意見的に合議された体制にその各人の能力=自然権(自由)を譲りわたしたほうがよい……。私がイチローや本田選手のようなプロ選手になれる能力を持つのは事実だが、そこまでその一事をやっていくほど好きではない、闘争をつづけることには疲れてしまう、平和が欲しい、ゆえに、私はその自分の能力をプロ選手として集められた代表制度にあずけて観戦に身を引くので、もうイチローや本田選手を妬むことはない。むしろ、その一事を、闘争を続行している人間として、彼らを尊敬するだろう。

子離れができず、なお我が子と一心同体と勘違いして、子供の競争がそのまま親同士の闘争となって、妬みうずまく自然状態。自意識=他人意識が未熟な子供たちは、実はレギュラーからはずれても、あんまり気にしていず、チームと一体となっている感覚、遊び感覚のほうを楽しんでいたりする。子離れ=親離れ、つまり自立とは、発達した自分の妬み競争能力を、超越的な主体、制度に譲り渡すこと、自身の内部においては、自分をコントロールしえる超越論的な主体、自我をもつことであるだろう。が、もうその必要性が、母親にして感じられない。あるいはその主体が、これまでの目に見えない文化制度、慣習だったものが、ブランド幼稚園から大学まで、就職先までと、目に見える世俗の表象にすがりつくようになっているのだ。その世俗にもまれている父親たちは、そのブランドの体たらくを知っているし、もうどうしょもないともわかっているが、それに代わりうる価値ある文化、制度を知っているわけではない。だから、女房に強い文句もいえず、影で、おやじの会などの飲み会で、ぶつぶつぼやいているだけだ。親子(母子)の癒着が断ち切れないことからくる犯罪が、このところ多くみえるのも、気がかりだ。かといって、代表戦(国家間戦争)も、時代錯誤になって、機能していない。だから、その機能不全の論理構造がそのまま延命して、以下のような、新しい戦争の表象に更新されるのだろうか?

<「自衛隊無人偵察機、南シナ海沖で国籍不明の無人機と交戦」
 ああ、またかと思う。最近では、毎月のように自衛隊と海外軍隊の交戦が報じられる。さすがに数年前、自衛隊が創設以来初の交戦をしたというニュースが流れた時は、日本中が大騒ぎになった。ついに「戦争」が始まった、と。…(略)…だけど、その戦争は人々が恐れた「戦争」とはまるで違うものであることがわかった。はるか南シナ海で、数機の戦闘機が交戦するだけ。結局、宣戦布告も終結宣言もなく、数日で「戦争」は終わった。
 当初、交戦による犠牲者は自衛隊員だと発表されていたが、それは自衛隊が委託した民間軍事会社の社員であることがわかった。彼もまた日本人だったが、自衛隊員ではない民間人を靖国神社に合祀するのかといった議論が一部では盛り上がった。
 それから、時々こういった「交戦」のニュースを聞くようになった。だけどもう誰も「戦争」とは呼ばない。特に最近は無人機の配備が増えて、各国の兵士たちが命を落としたというニュースも聞かない。「交戦」はすっかり、自然現象の一つのようになっていた。…(略)…しかし、僕たちの毎日の生活の何かが変わったわけではない。>(古市憲寿著『誰も戦争を教えられない』 講談社+α文庫)