2025年5月30日金曜日

毛円だんす『dances 芭蕉』を観る

 

左「花車(風車)」右「まつり(雷小僧)」奥山振付衣装in1982(1983,1984)

両国のシアターXで行われている「ルナ・パーティーvol.16」にあたる、5/18の公演である。

 

このブログで感想を綴った江原朋子先生の『Primitive』がそのvol.14にあたるのだろうか。

 

妻いく子が師事したその江原先生の誘いで、5/1日にティアラこうとうで行われた「シェイクスピアを踊ってみた」というテーマでの公演会でも、毛円だんすの作品を見ていた。江原先生から、いく子が二十代の頃のダンスの先生だった、奥山由紀枝さんの演舞もあるからと招待していただいたのだった。そこでは、江原先生のタイトルは「ハムレットの事情 オフィーリアの事情」、ジェフ・モーエンさんと奥山先生のタイトルは、「After Romeo and Juliet」であった。

 

江原先生のその公演での意図は、配布されたパンフレットでの言葉からも明白だった。恋人が死んでもまだ復讐劇を続けるハムレット……これは、ウクライナでの戦争からはじまった現今の男性価値中心の社会批判が込められているのだろう。

 

対し、毛円だんすの舞台は、タイトルからも示唆されるように、死後(After)の話になるのだろう。この世界では二人の愛はかなわなかった、が二人の愛は無限であり、メビウスの輪のように永遠に閉じることがないのだ、と訴えていた。そのメッセージ性が、男女二人の衣装の袖がひとつに繋がったイメージ形象とダンスの動きで、美しく主張されている。パリ・オペラ座に飾られているシャガールの「ロミオとジュリエット」の絵を見て着想されてきたとのことだった。そのシャガールの絵は、上空は緑空であるが、下方地上からは、紅の血のようなものが靄っている。一見幻想的な世界の底に、現実の血なまぐささを感じ取ったからこそ、∞という愛の形象(衣装)を表現してみたのではないか。

 

そう前回の公演で読み取っていて、今回の毛円だんす単独公演の舞台でも、まず印象に飛び込んできたのが衣装のイメージ強度だったので、公演後の観衆と一緒になった話し合いの席で、奥山先生に、次のように質問してみた。

 

「衣装には、何かメッセージ性が意図されているのですか?」 パンフレットの紹介文には、奥山先生が衣装担当をしているとあった。先生は、それはなく、まずイメージで作るのだと。下の緑は茎で、葉があって、菊の花が咲いているのだと。で、三着目を間違ってしまったのだと。ダンスのタイトルは「dances 芭蕉」である。モーエンさんがまず菊を描いた日本画を見て着想したらしい。そして芭蕉の菊のモチーフの俳句三首がパンフレットで紹介され、作品はその三首に沿って構成されたということだった。私は金色の男性の衣装と、女性の白色の衣装から、金白色の娘さんが生まれたのかと思いました、と付け加えた。今回の衣装も、最後はいつの間にか、ひとつになって、まるで手品みたいでした。(よくみると、裾をボタンでぱっと隣のダンサーの衣装にかけられるようにしてあった。)

 

私は次に、影について質問した。

二首目のダンス時だったろうか、ふと、背後の壁に、ダンサーの影が大きく映って、影絵のような存在感をもって見えてきたからである。照明を落とし、板の間が斜めに上下二段の落差をもった空間、天井から幾本かつりさがった畳縁のようなもの、どこか雰囲気が能の舞台と重ね合わされる。影については、照明係の人のアドバイスで取り入れたとのことで、あまり考えていなかったという。だけど、影がぴたっと月をつかまえていましたよ、と私は言う。ダンサーが両手をあげて輪を作ったとき、背後の壁にのぼった丸いほのかな月が、影絵の掌のなかにぴったりとおさまったのだ。それが両の掌ですくった水をこぼさないような仕草にかわるとき、手の中に落ちた月影をそっと運んでいるような物語性がやってきた。最後の三首目の三人が一体となったようなダンスでは、両横の壁で、ダンサーの影が踊り出した。芭蕉忍者説というのがあるのですが、まるで分身の術を使ったようでしたよ。お二人はカニングハムのメソッドを教えられているということなので、カニングハムに偶然という考えがあるとおもうのですが、これがそういうことでもあるのかな、と。ダンサーは背後は見えないですから、どうやって影を操ったのかなっておもったんです。

 

奥山先生もモーエンさんも、ニューヨークでカニングハムの教授をうけ、そのメソッドの教師である。私のこのブログでの、自己紹介文にも、カニングハムの言葉が引用されている。振り付けするとはダンサーがぶつからないようにすることである、という。私はそれを日本の植木職人の剪定技術、そして日本の私小説の技術に重ねていたのだ。

 

しかしモーエンさんと奥山先生の舞台は、筋を捨象した抽象性というより、意味的なイメージにあふれ、物語性があるように思える。よくは知らないのだが、日本経済バブル期、欧米での話題のダンスグループが日本にいろいろやってきて、たしかカニングハムは、テレビCMにも採用されて、肉体運動のような奇妙な動き(ダンス)を披露していたような気がする。

 

話し合いの席には、江原先生もいて、最後にマイクを向けられた。奥山先生と同じ舞台にいたことがあるというのだ。私には初耳だったが、それに奥山先生が、いやわたしなんか江原さんの後ろ姿をみていただけで、みたいな返答をする。パンフレットを読みかえして、奥山先生も、厚木凡人に師事、とある。江原先生もそうだから、もしかして、厚木凡人の舞台でのことだったのだろうか。厚木凡人といえば、日本でのダンスのモダン性を最初に突き詰め切り開いた人、というぼんやりとした知識しかない。いく子の遺品の、トリシャ・ブラウンのDVDでトリシャについて対談している。

 

江原先生は、自分が「モダン」ダンスをやっているのだということにこだわりがあるようだった。ルナパーティーでの『Primitive』でも、ベジャールの「ボレロ」の有名な振り付けを盆通り風にデフォルメしてみせたところに、何か一般的に理解されている欧米中心のダンス史への批評意識があるような気がした。どのように「モダン」という概念を考えているのだろうか? それは厚木凡人経由なのだろうか? バブル期とその余韻がまだある時期、フォーサイスを頂点にか、ダンスのダンス性とは何かを根源的に問うようなモダン省察が現代思想の言説で流行った。それはどこかデジタル的な分節化の作業であり、身体という物質性にゆきつくような思考だったと思う。が女性のダンサーたちは、そんな男性風潮というかダンス史の中でも、意味や物語性を消さなかった。そのつきつめた先の物質(身体)は、本当に物質(体)なのかと問い返しているように。いく子が好きだったピナもそうだし、文学作品を下敷きにしていた江原先生の作品もそうであろう。むしろ、求め探っているように思える。

 

暗がりがほのかに浮かび上がると、一段低い舞台で、金色の男、白い女が舞い始める。中央の一段高い橋掛かりをも兼ねたような舞台では、女性らしき人物が横たわっている。ゆっくりと起き上がると、金と白の交じった衣服の娘も、静かに動きをとりはじめる。亡くなった両親が夢に現れて、わたしを誘っているようだ。三人は静かに交差しながら、舞い絡む。いつの間にか、三人の他にも、人影があらわれた。祖霊たちなのだろうか、子孫の背後で、一体となった踊りに華やかな雰囲気をそえる。それは蝶のように舞い上がり、菊のように咲く。水の音は、永遠を木霊する。

 

1991年、33歳のとき、ニューヨークへと奥山先生に会いにいったいく子のダンスにも、そうした試行錯誤な文脈が系譜されている。

2025年5月24日土曜日

映画『V.MARIA』(宮崎大祐監督)を観る

 


「連帯婚を基礎とする古代社会では特定の人間を対象として妻問うことは社会通念に反するから、罪の意識をまぬかれない。したがってこの矛盾を克服するためにはさまざまな贖罪の意識が必要となった。」(村上信彦著『高群逸枝と柳田国男 婚制の問題を中心に』 大和書房)

 

宮崎大祐監督の作品は、『大和(カルフォルニア)』の感想をこのブログ上で書いて、監督本人からの評価反応があったので、以来、ずっと見続けて感想を綴ってきている。が今回は、音楽が全面に出るらしいというので、その分野の趣味と知識のない私には、反応できないのだろうと思っていた。が主人公の高校生マリアが、亡くなった母の開けてはいけないという段ボール箱を開け、開けて見たからにはこれを背負え、というような書置きに促され、その翌日だったか、母の遺品にあったものと同じ小さなキーホルダー式の人形を鞄につけていた同級生ハナと一緒に、母が好きだったヴィジュアル系のバンド演奏を聴きに行く途上、路地道の倉庫に落書きされた絵のような文字が写っているのを目にして、私は愕然としてしまった。一年半ほどまえに亡くなった妻のことが強迫観念のように襲ってきたからである。

 私の妻も、生前に触るなと言っていた段ボール箱の山を残していた。私はその禁断の箱を開けた。三十歳の妻の、がりがりにやせたニューヨークでの写真があった。背景は、ニューヨークの壁を埋め尽くす絵文字のような落書きだった。四十半ばの妻と三十半ばで知り合い結婚した私は、妻の若いころのことは何も知らない。「傷心旅行」と、友に宛てた手紙にはあった。小学生卒業時の寄せ書きから、日記や手紙・手帳のたぐいが全て残っていた。アート系のダンサーになった妻だから、自らのダンス映像もあり、背景でも使う音楽のカセットテープ群もあった。妻の表現は、自身が被ってきた苦境の発散に近く、その源をたどっていくと、水俣という出自が大きいにことに気づく。父が、水俣病を引き起こした会社の幹部になっていった子息であった。そこを探ると、水俣病事件史を書いた石牟礼道子にゆき、さらに探ると、石牟礼が師事した同郷の高群逸枝にゆきついた。日本で初めて女性学を起こした詩人・在野の研究者である。彼女はたんたんと、暗黙に父権を擁護する学問を打ち立てた柳田国男の民俗学を覆していった。その業績は、おそらく今でも正当に評価されていない。妻が背負って生きてきた課題を自分のものとして背負い続けるとは、高群が開示させた母系の現実性をまず喚起させることとなっていったのである。

 

 

V.MARIA』。――この映画タイトルは、原曲の『Virgin Mary』 の変更であろうと思われる。しかしこの変更にこそ、宮崎監督がこれまで一貫してテーマ的に追及してきている自身の問いが露呈している。池袋シネマロサでの舞台挨拶では、映画最後にこの曲を歌う段になって、迷った末になんらかの変更を作曲家に申し出たというエピソードが披露されていたが、この件にまつわることなのではなかろうか。英語圏では、マリア様のことを「Mary」と表記し、発音する。これがMariaになるのは、移民した南米系の者たちが子息にそう土着のまま名づけたりすることがあるからである。そもそも、マリア信仰自体が、父権的なキリスト教を受容するための土着的な工夫、露呈だ。宮崎監督がMaryMriaに変えたのは、自身の土着的な感性にこだわり探っているからであろう。そしてこの探求が、「V.」への変更にも現れる。このVは、Virginではなく、音楽ジャンルで使用されるVisualであろう。しかしこのvisionは、ジャンルとしてというより、より語源的に、洞察、幻視、霊的体験、つまりは見えないものを透視する力としてである。Visual Mariaとは、埋もれて見えなくなってしまった土着的な霊性をみようとし、そこに、母系的な力のようなものがあるのではないか、という問いの顕在化なのだ。

 

    Noteでのインタビューで、監督は「欧米文化とヤンキー文化の影響を受けて咲いた、奇妙で土着的で唯一無二の音楽と遭遇する若者の映画をつくりたいと思っていた」と述べている。さらに「V系文化やヤンキー文化も仲間にある程度寛容で、何よりも関係主義的で母性的なところがある」とも。(『V. MARIA』宮崎大祐監督ロングインタビュー(前編)|daichiyoshino

 

マリアが母・聖子の遺影の下にいる冒頭、母の母、マリアからすれば祖母が現れる。背中を伸ばす器具はないか、とマリアにきく。ということは、祖母の実家というより、母の家なのだろう。が、マリアはのちに、友人には「おばあちゃんち」と紹介している。「おじいちゃんち」でもなく。マリアが夜おそく帰宅したとき、おそらくは祖母の靴が玄関にあるシーンがアップされる。だから、祖母は別のところに住んでいて、孫娘のために夜食を作っていたのだろう。家には、先祖の写真、祖父の写真などは飾られていない。父と母は離婚したのかもしれないから、父との家族写真などがないのは普通かもしれない。が、この女だけしかおらず、しかも、祖母は娘に家をゆずって他の家にいるらしい、という設定は、奇妙ではないだろうか?

 

この映画の舞台は、大和市周辺であろうとおもわれる。源頼朝が鷹狩をしていたといわれもあるかつての山地。その鎌倉時代とは、高群の史実によれば、擬制婿取婚という、以後確立されていく父権原則に母系原理が最後の抵抗を示した婚姻形態を残す。

 

<つまり、「家は女のもの」という太古以来の頑固な意識、したがって婚姻は男が女のところにくる形式以外にはないという母系制以来の伝統が、このどたん場におよんでもなお生きて原理となって作用しているわけで、これを要約すれば、すなわち擬制婿取婚は、女が男側へ迎えられることとなったこの現象――日本民族が太古以来かつて経験したことのなかったこの現象――にたいして、招婿婚原理すなわち女系原理が、最後の抵抗と権威を示した婚姻形態であったといえる。>(『高群逸枝全集/第6巻』「日本婚姻史」 理論社)

 

宮崎監督が、まず透視しようと設定したのは、そのようなヴィジョンである。ここでのヴィジョンには、過去だけではなく、将来(ヴィジョン)を持つという言い方にあるような理想像も含む。現在に埋もれた過去の系譜の洞察に、願う未来社会を予見する。その時、ヴィジョンは土着性を超えて普遍性を身に纏おうとする。

 

母・聖子は、「東南アジア」にパラグライダーをやりにいき、その帰路か、旅客機の事故により死亡したとされる。わざと観光地を曖昧にした表現には、何か意図があると思われるが、最初はマリア信仰の強いカトリック地帯のフィリピンかとも思ったが、もしかして、『TOURISM』とかけたシンガポールなのかもしれない。ただ私は、聖子やハナが所持していた人形から、ブードゥー人形を連想する。この販売の拠点はタイであり、パラグライダー観光の人気国のひとつだ。しかし重要なのは、ブードゥー教である。これは中米ハイチで、黒人奴隷がキリスト教を受容するに土着的に変形させたシャーマン的な密教のようであるらしい。呪いの宗教のような地下の雰囲気がある。もしかして、アメリカの南部地域のプロテスタント教会でも、黒人の系譜が強く、カトリックのようなヴィジュアル的な雰囲気があり、映画パンフレットから推論すれば、監督が学生の頃に触れた早稲田大学近辺であろうプロテスタント系の教会で触れた音楽体験にも、この普遍宗教の向うに土着性の触知を幻視したのかもしれない。

 

マリアがハナに連れられていったビジュアル系バンドの観衆のダンスも、地下にもぐり、シャーマンのような身振りにあふれている。こういう風に首を振るのだと、マリアはハナから教えられる。が、この身振りは、のちに、二人が喧嘩別れし、また仲直りした儀式のように、お互いが、ごめんなさいと首を何度も縦に振る仕草と照応させられる。ということは、このシャーマン的な身振りが、殴り合いの喧嘩に始末する男性原理的な対応とは正反対な、平和を構築していく女性原理的な儀式とし象徴的に理解され、提示されているということだ。ここには、監督の時代認識、戦争へといたっている現今の情勢への批判が結びついているのだろう。母の日記から読み上げられた日付は、8/15日の敗戦、9/7日の沖縄での降伏調印式(沖縄では「市民平和の日」)、そして7/8日が何かのおりに言及された。この日は、オウム真理教の地下鉄サリン事件があった日である。そしてこの事件が起きた今(2025年)より三十年前に、母・聖子とヴィジュアル系バンド「GUILTY」のギター&ボーカリストのカナタ(おそらく彼方であろう)が出会ったのである。そしてこのバンドを愛するファンの女性群から、聖子は集団リンチを受けてカナタとは別れることになったのだ。

 

聖子は、赤い戦闘服のような衣装の背中に、「GUILTY 革命前夜」と刺繍していた。マリアも、この母の遺品を着て、三十年後に出会ったカナタのライブを訪れる。

 

何が、「革命前夜」なのだろうか? おそらくここにも、原曲(LUNA SEA「革命」)や原作(ベルトリッチの映画タイトルから来ているという)を超えて喚起されてくる監督の問題意識が重ねられている。ギルティー、罪、これはアダムとエヴァの物語、神の言葉に背きリンゴを女が食べてしまって善悪の分かれた世界に墜ちてしまったというキリスト教的な原罪を想起させようとしているのではないのだ。もっと、ヴィジュアルでなければならない。一人の男を独占しようとして聖子は群れから暴行を受け排除された。ここにあるのは、仲間を裏切っても愛に生きるという新しい罪意識の芽生えなのだ。高群が、より太古の群婚制から招婿婚への移行に見たのも、この愛と罪の歴史である。(冒頭引用参照)

 

<招婿婚の発現によって、群婚制は一部を遺存して亡びたが、群婚本能は亡びなかった。いったい群婚制というのは、その頃や、また前節の終りの若衆組條でもみたように、性の連帯感にたつ婚制であるが、招婿婚では、個別式すなわち対偶式となり、連帯観念を断絶する。しかし、個別式となったからとて、多夫多妻―男が同時に多くの女に通い、女が同時に多くの男を迎えることはさまたげない。この点外見はほとんどプナルア時代とかわらないものがあるが、プナルア時代では否応なしの連帯観念であり、自由意志のそれではない。それが、ここでは自由意志で、自分の好きな多くの相手に通い、また多くの相手を迎えるのである。自由選択権が原則として個人にあたえられたのである。こうして群婚本能は、連帯性の部分をたちきり、自由化して再生した。>(『高群逸枝全集/第2巻』「招婿婚の研究一」 理論社 註;旧漢字適当に変更)

 

    この映画を見る一週間ほど前か、近所の千葉劇場で4Kリバイバルになったエドワード・ヤンの『カップルズ』をみた。そこでも、男(女)友達の恋人は自分たちの恋人、独占するなという群れ意識規範から離れて、一対のカップルを選択する国際的な恋愛の様、土着性と普遍性がテーマとなって描写されている。また私が三十年つとめた植木屋親方は、任侠ものの暴走族シリーズDVDSPECTER』に出てきて中学同級生を伝説的な総長に担ぎ上げた再興メンバーの一人だが、若い私に酒の席でこう言った、「おまえは友達がやったあとの女とやれないだろう、俺たちはできる」と。――この群れとしての性は、歴史的ではあるが、高群は「本能」とも言っている。この反復は、精神分析化できるものではない。冒頭引用の村上も、ダーウィンは昆虫に伺える「本能」の出自(歴史)は理論化できなかったと要約している。私自身は、量子力学にあるフェルミ粒子とボース粒子のような区別原理が、人の生体にも作用しているのではないかと探っている。

 

聖子は、罪の意識を持つがゆえに、群れる者たちを切断しているわけではないのだ。あくまで、その仲間の連帯性を尊重しているのである。そこに、近代個人主義的な恋愛観とは違う太古性が反復され、それが母系にある本能(群れ)を超えた思想なのだ。この思想は、聖子にリンチを加えた側にも実は共有されていたことが示される。聖子を暴行した女性の一人は、バンギャル仲間が結婚などで離れていく中でも残り、「ライブハウスのキョーコ」として恐れられ崇められていた。その彼女は、自分が聖子にしてしまったことを悔い、贖罪意識をもっていた。だから、聖子の娘のマリアの想いを知ったとき、世代(時間)を超えた連帯性の側に立つのである。

マリアもキョーコも、その母聖子に伺えた思想を継承し、背負うとしているのだ。それは文明(父権)の所産として文字体系化されてゆく思考ではなく、それを流動化させ解体していかせるような落書き絵文字として提示されることを要請する。あるいは、言葉でなく、何度も首振りを繰り返すシャーマン的な身振り、ダンスとして表現される。群れのなかで、彼女たちは屹立し一人の立場にたつが、たとえ制裁を受け世間の風潮に排除されてもそこに甘んじることなく、毅然として仲間とともにあろうとする連帯の側にたたずむのだ。それは、高群が生涯を通して表明してきた自身の癖であり、思想である。

 

    キョーコを演じるサヘル・ローズさんの映画『花束』はまだ見ることができないでいるが、私が悲嘆に暮れていた半年ほど前になるか、千葉市中央区のの商工会議所に、子供支援組織の後援で呼ばれ自身の体験談を語ってくれた。その感想もこのブログで綴っている(ダンス&パンセ: サヘル・ローズさんの話から)。がこの映画では、キョーコとして着るTシャツの絵柄が気になった。私には、火に見えた。そこから、サヘルさんの出自イランの土着宗教である拝火教を連想した。高群の最期の作品自伝タイトルは『火の国の女の日記』である。これは、熊本男児の男性原理的な世界で自立していく女の苦闘の日記である。が、それは男性嫌悪にゆきつくようなフェミニズムにはならず、あくまで男との連帯を模索し、一対の「カップル」を成就し全うしていった愛の記録なのだ。

 

「革命前夜」とは、三十年前に、この思想を、ヴィジョンを垣間見たではないか、という監督の内省なのだろう。バブル経済がはじけ、自然災害やテロ事件が連続する時代相の最中に、そんな吉兆もまた見たのではなかったか、と。が、世界はまたそのヴィジョンを地下に追いやり、友と敵を分け勝敗を競う父権男性原理的な戦争に突入した。しかし前夜で終わってしまっても、まだその命脈は消えているわけではない。それは、本能と共存してそこにある。目に隠されていても、いつでもそこにあるのであり、私たちを刺激しつづけている霊的な力なのだ。死んだはずの聖子も、娘や友や仲間たちと一緒に、ヴィジュアルな音楽に満たされたその場所で実在をあかすのだ。

 

この映画は、そんな地下水脈の刺激に呼応しようとする試みであり、宮崎大祐監督のこれまでの映画の集約的な問いの昇華でもあるのだろう。

 

リンク;

ダンス&パンセ: 映画「大和(カルフォルニア)」を観る――座間事件(2)

ダンス&パンセ: 宮崎大祐監督・映画『Tourism』を観る

ダンス&パンセ: 『VIDEOPHOBIA』と『スパイの妻』

ダンス&パンセ: 『#ミトヤマネ』(映画)を観る


2025年4月11日金曜日

冥王まさ子著『南十字星の息子』(河出書房新社)を読む


だいぶ以前、若いころに、冥王まさ子の作品をいくつか読んではいた。その時の感想は、インテリ女性であるはずの知性と、少女感性的な作品との間隔の大きさだった。作品タイトルやペンネームからして、どうなっているのか、彼女の中身がわからない。

今回、この遺作となった作品を読んでみたいと思ったのは、彼女がシュタイナーなどのスピリチュアリズムな考えに傾倒していったようなので、それはどうしてなのか、という疑問からだった。離婚した元夫の柄谷行人の、『力と交換様式』において、スピリチュアリズムとは商品交換が趨勢な時代おいて派生してくる宗教なのだ、とするような記述に触れたとき、その物言いは、岡崎乾二郎著の『抽象と力』、そしてかつての妻への批判的論破の意図が背景にあるのでは、と感じた。自身の妻を失ってよりスピリチュアルな原理を思考していくことになっている私は、ならば、その妻だった作家の最期の作品を読んでみようと思ったのである。

 

それは、驚くべき作品だった。

知性と、少女的な感性の感覚が、内省的に摘むぎとられた認識の言葉によって橋渡しされ埋められているからだけではない。この作品自体が、彼女の最期を予定していたかのようなスピリチュアルな啓示のように提出されていたことになってしまうことを、読者に突きつけているからである。

 

話は、高校生と小学生の二人の息子を持つインテリ夫婦のもとへ、ホームステイのためにやってきたオーストラリアの高校生が、夫婦仲を離婚へと決定させる関係の現実を露呈させてまた帰国していくという、年末年始をはさむひと月ほどの経過を綴っていったものである。

 

夫婦の関係には、ジェンダー問題が、と言っても日本的な現状に集約される切り口によって背景化されている。そしてその背景の問題を見えやすくするためか、夫婦の設定は抽出変形化され、私事的な批難を超えて文学的に昇華されている。夫は、父を戦争で失っていてお母さん子で、京都で育っている。妻の方は、母親を思春期に亡くしており、継母との関係がうまくいかなかった回想をもつ。戦争の後遺症が、日本の男女関係を大きく規定しており、責任主体としての「父の不在」なマザコン家族という「悪循環」を再生産させていく社会意識構造をうむ。敗戦が去勢された男たちの仕事への動機、「傷ついた男のナルシズム」となり、家族や男女関係にエネルギーを注げない男たちに女の方も批判できないでいることが自己確認される。だからむしろ、女たちはそんな男たちを庇護する「母親」のようになってしまうのだと。「動かざること巌のごとし」の厳格な夫、子どもの教育に殴ることも辞さない巌に献身的になってしまうのも、愛ではなく「恐怖だけだったのではないか」と未央子は気づくようになる。

 

が、息子たち、子どもたちの存在が、そうした社会意識、世間知を異化するように設定されている。この作品には、二つの三人兄弟がある。「この家族は息子が三人だ」と巌の友人が指摘した、父も子供のような、通俗的な世界のもの、それともう一つが、オーストラリアから来たエマニュエルを含めた三人兄弟なのである。巌は、姉二人の、長男末っ子だ。エマニュエルも、オーストラリアでは年齢の離れた三兄弟の次の四人目末っ子な十六歳である。その末っ子が、ある意味、「インディビジュアル」であることを志向させる異文化からの長男として、この家族にやってくるのである。そしてやはり、「この家族には父親がいない」と認識する。だから、長男の邑人が「父親の役までつとめ」るようになるのだと。

 

この子どもたち三人は、そんな社会意識を見抜いていながら、そこに葛藤しながら、実はまったく違う原理で認識し、動いていることが作品の最期で示される。次男(三男)の都夢は、帰国していったエマニュエルを、「ただの人じゃない」、「ぼくたちの家族にぴったり」、「いればいいっていうんじゃないんだよ、一度来ればずっといることになるんだよ」、と言う。長男(次男)の邑人は、「お母さんはまだニュートン力学で考えてる」、「ああなったからこうなる、って時間の順序で考えてるでしょう。それじゃ何もわかったことにならない」、「表面はばらばらに見えるものが本当はどこかでみんなつながっていて、何か一つが動くときは他のことも同時に動きだすようにエネルギーが働いているものなの」、と説明する。その説明を、未央子は了解し、「すべての中心にエマニュエルがいる」、「自分の夢がエマニュエルを引き寄せたのだ」と思わずにはいられない。

 

未央子がいう「夢」とは、作品冒頭の、この世に生まれてくるときに出会い別れた少年とのことである。作中、この夢は、他の女性たちとの会話のなかで、「前世」のエピソードとして変奏される。また自分のセクシュアリティーも、この世ならぬ次元において推論される。――<あたしはあたしよ、男でも女でもないんだよ、と宣言して、友達から軽蔑されたっけ。でも好きになる相手は一貫して男の子だったから、心理学的にもまぎれもなく女なのだ。それともあれは、男の子が好き、というよりは、男になりたい、という願望の表れだったのだろうか。好きになった男の子の動作や口調をまねてばかりいた。魂には男も女もない、と未央子は今も思っている。そこに性差が加わるからややこしくなるのだ。性差にもとづいて何年も母親の役をつとめるうちに、未央子は意識の大半が母親になってしまった。我慢する母親、恐縮する母親、支配する母親、できの悪い母親、苛立つ母親、髪をうらめしく伸ばした母親お化けだ。>

 

夫の巌も、この魂の次元から捉えられている。家事手伝いに来てくれる、婚約者とは前世の縁だったという富子は、夫婦の関係をそう見抜いているらしいのだが、「こういうことはいっちゃいけないんだ」、エマニュエルと未央子との関係も「たとえば、あ、これはいっちゃいけないんだ」と切り上げる。この伏線のようなやりとりは謎のままにしか見えないのだが、前世で会ったものが何度も出会うのには「きっとそうする必要がある」という前提会話があることから推論するに、夫の巌自身が、未央子がエマニュエルに出会うためのきっかけのような存在だと暗示されているのだろう。

 

では、この長男(末っ子)のエマニュエルとは何者なのだろうか? 聖書では、「汝神とともにあり、という意味」だとされる。がタイトルには、「南十字星の息子」とあるから、この含意の方が言いたいことなのだろう。「息子」は、南十字星を天空に伺うオーストラリアから来る。通俗世界、散文的にはそこは「流刑の大陸」ではあるが、「世界の意識の下部」としても未央子には理解されている。この息子の登場は、意識下の、夢の、魂の関係を浮上させた。が、その発見は、夫婦の離縁、家族の破壊を代償させた。未央子は、飼い猫のにゃん太が怪我をしたとき、それを予感する。――<この子は疫病神ではないかしら、悪魔は美形で現れる、という。ころっと魅せられて、賛美しながら人は破滅に向かうのだ。この子はつぎつぎ凶事を起こして、あたしたち一家族を奈落に突き落とすのではないか。まさか、と未央子はもう一度否定する。猫の怪我ぐらいで疑うなんて、あたしはどうかしてる。だが、もっと悪いことが起きそうだという不安は未央子の頭からすぐには離れない。>

 

邑人は、エマニュエルを見送り、母に「ニュートン力学」とは別の原理を説いたあとで、「にゃん太の怪我は関係ない」との以前の発言は嘘で、「本当はあるんだってば」と、どこか肯定的にくつがえす。ということはつまり、エマニュエルは、この世では破壊者だが、だとしても、この世の物理とは違う原理を、魂の次元を発見させる天使、意識下の世界から派遣され、前世で自分とすでに縁もあったかもしれない使者なのだ。

 

が、問題は、それが本当は、なんなのか、ということだ。

 

冥王まさ子は、1995年のこの作品の刊行を見るまえに、動脈瘤破裂で亡くなったそうである。作中、エマニュエルは帰国するさい、みなにプレゼントを渡したそうだが、未央子に何を渡したのかは、未央子に黙らせたままだ。おそらく、この『南十字星の息子』という作品自体が、プレゼントなのである。この世とは違う次元から来たとされた使者は、「疫病神」のように「もっと悪いこと」、作者冥王自身を破壊した。しかしあたかもそれを代償とするかのように、『南十字星の息子』という彼女の意識の下からきた「息子(作品)」をこの世に贈らせたのである。自らの死を知らなかった彼女に、遺言はありえない。突然の死は、この世への、産声をもたらしたのだ。

 

私たちは、この産声、彼女の「夢」を、「意味という病」として退ければいいのだろうか?

 

「断片的なできごとのつみ重ねである日常とはべつに、ひとすじの意味でつながっている世界があって、それは夢と接する地平線から、天空をめぐる星座のようにゆっくりと展けてくるのだと未央子は信じたい。そして自分が壮大な救済物語のただ中にいるのだと。」

 「人と人を、男と女をつなぐものは本当はいったい何なのか。」

 「要約すると、他者の魂に届きたい、という必死の願いが挫折していく過程よ」と未央子は講釈するようにいった。「たぶんそれが愛するということなのだろうけど、相手を間違えることもあるのよ。何が間違えさせるのかを考えているの」

 「愛って何だろう、とぼんやり考えだす。くっついていたいこと、と小さな邑人がいった。ただそれだけかしら。くっついている努力をすること。もう少し真実に近い。でも、なぜくっついていなければならないのか。一人では生きて行けないから? 一人で生きて行けるほど強ければ愛はいらないのか。もし一人で生きて行けなくて、誰かとくっついている努力をしたとして、それが苦痛だけになったとしたら、それでもそれは愛なのかしら。」

 「わたしは周囲の人たちから悪い母親だといわれてきたのよ、子供たちがああだから」「そんなことをいう奴らは殺しちゃえばいい」未央子はぎょっとしてエマニュエルに向き直った。エマニュエルの眼が笑っている。

 

冥王まさ子は、たしかにこの作品で、この現実世界を殺したのだ。そしてその代償として、彼女は死に、この作品がこの世に生まれてき、私たちに届けられた。私の知る限り、この作品をまともに論じた文はない。妻が死に、私は、この作品を手に取った。そして私は、彼女からの贈り物を受け取った。

 

これは、「意味という病」だろうか? そう割り切る時、量子論が単なる情報論として簡単な話になるように、私たちは、割り切れる世界、割り切ってもいい世界に生きているのだろうか? 必要なのは、意味を排し、目の前の敵を切って捨てる(柄谷マクベス論)ことなのか?

 

※もう少し、この世の俗的な話をしよう。私は、早稲田大学文学部文芸科の授業で、夫婦の離縁につながる出来事のことをきかされている。当時柄谷行人は、文芸誌に、「探求Ⅱ」を連載していた。その他者というのはね、女はわからないということなんだよ、当時文芸批評家として駆け出しの講師・渡部直己はそう講義した。その出来事のことは、この遺作では触れられていないが、未央子の、「バーのママとできようと、家にもち込まないかぎり知らぬが仏」との言及で示唆されてはいる。またNAMの芸術系での会議で、岡崎乾二郎は、柄谷さんは面白いんだよ、子供の喧嘩に親がでる、とかいって、相手の子供もぶんなぐるんだよ、と言っていた。このエピソードも作中にあるが、それが母(妻)から見れば、こういう結末だったことは聞かされていない。――<だから巌は都夢が級友にいじめられたと信じたとき、級友を捕まえて殴った。それが学校で問題になると、巌は、おれは正しい、と主張して、あと始末を未央子に押しつけた。だが、都夢に友達がいないと知ったとき、巌は触覚をもがれた昆虫のように判断力を失った。>

どこか、『巨人の星』の星一徹を想起させる。佐藤優によれば、外務省やエリート企業のサラリーマンの間では、すぐこのアニメの話で盛り上がるのだそうである。が、原作漫画の結末は、大リーグボールを投げすぎて引退した飛雄馬が、ライバルと憧れの女性との結婚式を木の陰からこっそりと盗み見ているシーンで終わるんだ、つまりこれは人格破綻者の物語なのだと。柄谷は、私の妻が遺したVHSビデオ、おそらく大阪でのフェミニズム関連の講義で慰安婦問題に関連した責任のあり方をめぐる話のなかで、自分の子育ては「失敗」だったと発言している。一徹ではなく、飛雄馬世代の私としては、子育てにそんな単語がでてくることにびっくりした。親からみれば、私たちは「失敗作」(作中でもでてくる)なのだろう。が、同世代のもと巨人軍の桑田選手は、プロ引退後、早稲田の人間科学部の大学院に入学し、なんで日本のスポーツでは「根性」(作中でもでてくる)とかの精神主義になるのかと歴史的に批判検討した論文を書いて首席卒業している。日本のプロ野球界は、まず野茂が球界から破門されても大リーグ選手のパイオニアになり、イチローは日本シリーズでヤクルト野村監督のような管理野球に負けたことが一番悔しいのだと大リーグにいき、ダルビッシュは張本の強弁と言いあいながら投げ続け、その延長で、ニコニコと楽しそうに野球をする大谷がいる、そう傍系が実質的な中心になって保守改革を続けてきたのだ。

しかし私の世代より若くなれば、なおさら「父の不在」は顕著になり、ゆえにというべきだろう、妻(母)が歪曲(倒錯)的に強くなる。未央子は、「巌が子供たちを強制し、殴ろうとしたら今度こそためらわずに阻止しよう」と決意もするが、若い世代では、むしろ「強制」し「手を出す」のは、母の方になってくる。私の家庭はすでにそうで、ただ若い夫婦の間にいても晩婚でひと世代上の私は、暴力的に母子関係に割って入って、逆に周りから浮いていただろう。おまえが子供に手をだすのなら俺がおまえをぶんなぐる、と。……だとしても、やはり、しょうもない男たちのジェンダーバイアスの社会を、私たちがなお生きさせられていることに変わりはないだろう。一徹も飛雄馬も、程度の違いであって、同じ思想の中にいるのである。が柄谷は、そのマチスモ(人格破綻)な思想を、唯物論的に肯定しているのだ。そのことを、私は『力と交換様式』の感想、そしてエマニュエル・トッドとの思想比較によっても、このブログで指摘している。

 

さて、今日は、これから、近所の千葉劇場に、モンテッソーリを描いた映画を見にゆく。またそのうち、国立近代美術館に、ヒルマ・アフ・クリント展も見にゆくだろう。これらスピリチュアリズムに通じる女性たちの活躍については、岡崎乾二郎の『抽象の力』から教示されているわけだが、果たして、柄谷交換様式論の力は、この力を論破できていることになるだろうか?

 

2025年4月1日火曜日

大畑凛著『闘争としてのインターセクショナリティ 森崎和江と戦後思想史』(青土社)を読む

 


いく子は自身のダンスに三度、「事件、あるいは出来事」というタイトルをつけている。この言葉は、デリダか誰かの現代思想的なものに触れて、そこから借用してきたアイデアなのかな、と当初推察したりしてもいたが、意味しようとしていることが違うようにみえて、ではその意味したいものは何なのか、ずっと疑問のままだった。

 がこのたび、大畑凛の『闘争のインターセクショナリティ 森崎和江と戦後思想史』を読み、もしかして、こういうことなのか、と違う方向としての意味に気づかされた。

それは大畑が森崎の思想のひとつとして把握してみせようとした、「方法としての人質」にかかわる。

 

この「「関係としての思想」もしくは人質」という考えは、パートナーであった谷川雁と別れたあとの森崎が、「「単独者意識」と「自称近代性」、「植民二世意識」が等号で結ばれ、同時に乗り越えるべきものとして措定」された課題を追及する過程で意識化されてきたものと解かれる。炭鉱から離れ東京へとひとり出立していった谷川とは逆に、森崎は「故郷から引き剝がされ流浪していった流民たちの集合と離散によって編まれていった炭鉱の集団や共同性を、「近代的自我」への根源的批判として受け止め」、「集団の原理」を追及する方を選んだのだと。ここでの「流民」とは、労働組合的に集合化されない、「逃散」していく「未組織労働者」や「女坑夫」たちであり、そこでの「連帯」の模索なのである。そしてその連帯(関係)の在り方として、森崎は、当時起きた金嬉老の、金を取り立てに来た暴力団員を射殺し、「人質」をとって立て籠もった事件から示唆を得たのだ、と。

 

「関係の思想」の内実は、次のように解説される。

 

<「関係の思想」とはある種の相互承認を意味するのではなく、個人的権利すら確立されていなかった時代を知る女坑夫たちの強烈な個としての自尊心と、他人を他人とは割り切れない感覚とが矛盾することなく共存する、彼女たちの特異な倫理性を指すものだった。>

 

森崎にあっては、金嬉老や未組織労働者の「人質になること」が「民衆的連帯」である。しかしここでの「なる」を、活動家としての、インテリの側からの、ブ・ナロード(民衆の中へ)的な共にの意味で理解してはならないのだ。森崎が谷川と別れることには、労働者による女性レイプ事件がきっかけとしてあった。この「なる」は、同じ女性として、「他人を他人とは割り切れない」「身体的感覚」が根底にあるのだ。


 私は著作のここら辺りの記述を読んだとき、いく子の、最近のブログでも引用した、カンピオン監督の映画『エンジェル アット マイ テーブル』の評価の言い方を思い起こした。

 

<女の人が受けとめざるをえない現実、何かをしたいとか突飛したいということじゃなくて、起こってしまうことをかぶってしまわなければならない。抵抗する方法も、また行動するやり方も知らないでいること。身の回りに起きることを、彼女は受けとめていく。…(略)…たぶん彼女たちのために私はパーティを開くのだと思います。>

 

いく子にとっての「事件」、「出来事」とは、ゆえに「人質」的である。しかも、いく子は、森崎がその受苦性を積極的に反転させたように、そのタイトルをもった作品で、「リアルにそこに、「こと」が起きる。」(1999.11公演パンフ)、「ここに、コトが起こる。この時、コトを起こす。」(2000.9公演パンフ)と提示するのだ。

 

なぜ、受難が逆転するのか? そこに、「自由」を見出すからなのだ。

 

大畑は、森崎の見出す「人質の自由」を、次のように解説する。長いが引用する。

 

<このように、自由が森崎にとって呪いのごとき言葉でありながら、前節でみてきたように森崎が人質という方法を「民衆的連帯」の文脈においても提起し、「関係の思想」を「私権」意識に支えられてきた戦後民主主義への批判原理としたことを踏まえるならば、人質の自由とは次のように解釈することができる。すなわちそれは、近代的主体を前提とした個の自由を意味するのではなく、自己が不意にもとらえられるという一見まったく真逆の条件に置かれることで、はじめて近代的原理とは異なる関係の自由が編まれえること伝えるものだ。森崎はここで自由の意味そのものを根底的に組み換えながら、自身の近代的自我や個人主義的な感性の乗り越えと解体を、金嬉老(群)との「妥協をゆるさぬとりひき」に見出していた。

 しかし、この人質の自由は、絶えざる緊張関係に自己と他者を置くことで、新しいなにかがすぐさまうみだされることそれ自体を拒否するような性質のものでもある。この自由をえたところで保証されるものはまったくなく、むしろそれは関係の困難さそのものを受けとめることでもある。なにより、この「とりひき」は決して固定的な立場性には還元されない。問うものと問われるものが存在しながらも、それは一元的なものではなく、交差する民族的次元とジェンダー的次元は項目ごとに分別できるようなものでもない。両者の立場は不変(普遍)的で安定したものにはなりえず、この試みはジグザグの蛇行のような軌道を描きながら、いつでも失敗の余地に晒されている。>

 

この記述は、私がはじめていく子に招待されてみた公演、『青空×干渉するものたち』(2001.10)でのいく子のパンフでの、謎々のような言葉と重ねられる。

 

<関係は困難です。

一人で踊った方が、はるかにラクですし自分のタメになるように思いますし、すべての批評を誤魔かしなく受け止めることができます。たぶんそうだと思います。

でも、一人でやってもしょうがないと思うのです。自分のために踊ったってしょうがない。また、誰かのためでもないんです。私が引き受けなければならないのです。

自問が続きます。ここに、立つほかありません。

アメリカにテロが起り、報復がありました。

関係は困難だって、そんな文学的修辞は意味をなしません。

ここに、立つほかありません。>

 

なんという言葉の符合だろうか。

いく子は、「自由」へ向けての「関係の困難さ」を私に見せようとした。いや「人質」になるという「とりひき」を試みたのかもしれない。友へ宛てた手紙のうちには、柄谷行人がはじめた単独者の連帯としての、「可能なるコミュニズム」という言葉を受けて、そんなこともう自分はやってるじゃん、ともらしていたのがある。それは、他の女性ダンサーたちとの群舞や場の形成のことを言っていたのであろう。が、その意味、方向は、実はまったく真逆なのである。柄谷は、谷川雁の、「連帯を求めて孤立をおそれず」を言い換えて、「孤立を求めて連帯をおそれず」と説いた。が、森崎の思想やいく子が暗黙に捉えてきた志向からは、それらはどちらも同じような意味(方向)になる。柄谷用語でいえば、「切断」の思考が前提にあり、その上で理論的に説かれるポスト近代としての上昇(「高次元」、メタレベルに立つ)志向である。が、彼女たちが前提とするのは、「割り切れない」「身体的感覚」なのだ。

 

それが、女性的に特有なものなのかはわからない。森崎は、「からゆきさん」として流浪した天草や島原の女たちへと向かった。

 

    著作の後書きで、まだ京都にあった、「カライモブックスという古本屋」が言及されている。その古本屋はいまは、水俣の、石牟礼道子の住居あとに移っている。私も、チッソ幹部の娘として「植民二世意識」を生きたいく子の生地であるそこを訪れたさい、水俣を案内してもらっていた相思社の女性職員に紹介してもらい、奥田ご夫婦の共著『さみしさは彼方』(岩波書店)を購入させてもらった。こんどは水俣から、フェリーにのって、天草から島原の方へ訪れてみたく思っている。中学時代のいく子の友人ふたりが、そこの出身である。

2025年3月28日金曜日

小説出版

 


石牟礼道子の代表作『苦海浄土――わが水俣病』は、当初『海と空のあいだに』というタイトルだったそうである。講談社の担当が、自費出版ならいいが商業出版ではそれではだめだ、ということで、机上にあった仏典か何かを開いて「苦海」という言葉が目に入ったので引き出し、同席していた石牟礼の夫もその文献を手に取り「浄土」という言葉を発見して提示し、二人が見つけた言葉を足して「苦海浄土」となったそうである。とにかく出版してお金を稼がなくてはならなかった石牟礼は黙認したが、そこでの不満を渡辺京二への手紙に書いている。

 私の三十年ぶりの小説タイトルは『いちにち』だが、まさに自費出版なのだから、それでいいだろう。副タイトルとして、「二〇二〇~二〇二四」とした。書き始めたら妻が入院手術し、コロナが発生し、戦争が起き、そして死んでしまった……講談社学芸文庫に『妻の死』という、妻を亡くした作家の作品集が編まれているのがあるが、そのどの悲しみの形とも重なり、どれとも違う。

 石牟礼の副タイトルは、「わが水俣病」である。まったく「浄土」になどなっていない水俣の埋め立て地なのに意味不明だな、と本タイトルに思うわけだが、このサブタイトルは、なおさらわからない、これはどこから来ているのだろう、と疑問に思っていた。「水俣病事件史」とかならわかるのだが。最近、もしかしてここからか、という推察にであった。森崎和江の「わがおきなわ」だ。石牟礼は筑豊炭鉱地帯から発刊されていた「サークル」活動で、森崎の女坑夫への聞き書き文章の影響も受けている。ここでの「わが」とは、ネームバリューのある特権的場所の我有化とは正反対の、我が事の現場からの文脈の交差性を意味しているらしい(『闘争のインターセクショナリティー 森崎和江と戦後思想史』大畑凛著 青土社、を参照)。

 

とにかく、ひとつの経過としての作品を提出した。電子出版では無料公開、オンデマンド方式の紙本出版にも対応しているが、印刷や送料で、2189円かかるそうである。

 

BCCKS / ブックス - 『いちにち』菅原 正樹著

 

 ※とにかく、次はまず、いく子からの課題に暫定的にせよひとつの解答=小説を提示しなくてならない。いく子が亡くなった65歳と同年齢までの、あと10年以内ほどに、『ガーベラは・と言った』、そして死ぬまでには、『家と庭』へ向けて認識を深めて、仮説的な答案を提示しなくてはならない。があせっても無理なので、それはやって来ないので、とにかく「事件、あるいは出来事」に巻き込まれても、なんとか正直に生きて、寝て待つことだ。

2025年3月23日日曜日

中村うさぎ著『私という病』と成田悠輔著『22世紀の資本主義』を読む

 


1958年生まれの作家に、中村うさぎ、という女性がいるのを知る。彼女の『私という病』(新潮文庫)というのを読んでみる。デリヘル体験記だった。その四十歳も半ばを過ぎてからの試みは、「女としての価値の確認欲求に迫られた」からだそうである。「血眼になって男を捜している四十過ぎの女に寄って来るツワモノなんか、この世にはいない。」のだそうである。たしかに、「奇特な方が世の中にはいるのね。」と、よく妻の友人たちから私は言われた。そのうさぎさんと同じ齢の妻は、二十代半ば過ぎだったとおもうが、スナックにひと月勤めた体験があったようだ。店で男から声をかけられたことを確認して、店をやめている。「女としての価値」とは、もちろん、ここでは、男が評価する価値、のことになろう。言い換えればそれは、男がわからない、男の社会がわからない、どうなっているか知りたい、ということだ。そう私は敷衍して考えているので、著作最後に仮託される東電OL事件の被害者の意識も、「自己確認」の範囲で把握することで終わるうさぎさんとは、少し見方が変わる。いくら男との体験を重ねても、男のことはわからない、社会のこともわからない、だからその評価の在りかや発生の謎のこともうかがえない、「自己確認」など未完成・宙づりにされたままになるはずである。なぜなら、その謎、評価の在りかは、すでに小学生も高学年にもなると、できあがってしまっているからだ。ジェンダーの差別構造は、もうその年齢時点でほぼ完成している。だから、大人になって、性転換手術を受けても、セクシュアリティー的には同一性を確保できても、ジェンダー的にはそのままの葛藤、いやもっとねじれたものになるのではないか、というのが私の仮説になる。

東電OL事件とされた被害者は、コピー取りやお茶くみでなく、はじめて出世路線で採用された女性の第一号である、だったから騒がれた。つまりはこの年代の女性が、一般の女性でもエリート大学を普通に狙ってもいいという世の雰囲気に後押しされた第一世代なのだ。妻が通った中高一貫の進学中学も、妻の年に、はじめて男女共学になったのである。そして、荒れた。何人もの女の子が、学校自体をやめていったそうである。妻の妹さんは、「中二病(思春期病)」というが、そうではないと私は思う。それまでのびのびと育っていた女の子たちが(水俣の野生児だった!)、いきなり規律ある勉強生活に放り投げられたのだ。彼女たちは、反抗したという。しかし先生たちもそれへの対応ノウハウをすぐに学んで実行したので、次の年からは問題が抑えられたのだろう。私の中学時代は、校内暴力絶頂期だったが、暴れる三年生はそのままにし、一年生での暴力の芽を、発見するや徹底的に摘んでいく、という方針になった。そしてそこから、いじめ社会へと反転していったのである。1959年生まれの男の子が起こした事件は、金属バット殺人事件だった。男は、男社会とは何か、とは悩めない。すでにそこに自明的にあるので、それをそのままぶち壊す衝動に突き当たる。その外へ向けての暴力が抑えつけられれば、内側へ向けて引きこもる。男は、世間からおりることができる。が女性は、入っていないのだから、おりることはできないので、なんで、という衝迫、謎にとりつかれる。あるいはそこでの暴力性は、世界や社会そのもの手前で、男(ジェンダー的問題)に対してのものとなる(庄野頼子)。とりあえず社会参加が自明要請となっている今は、女の子でも引きこもりが多くなっているのでは、と思う。(前回ブログの村田紗耶香や宇佐見りんなどはこの系譜にみえる。)

 

で、暴力が駄目なら、理屈で社会を変えよう、という試みになる。

 

成田悠輔著『22世紀の資本主義』(文春新書)もそういう試みの一つだ。――<やりとりはただの一方的な贈与を超えた双方向の行為である。それを可能にする仕掛けとして、招き猫アルゴリズムが食べて作るデータから唯一無二の証が発行される。やりとりを証明するこのかけらを「アートークン」と呼ぼう。アートのようにそれっきり一つのもので、取り替えがきかず、複製できず、反復できない一回性と単独性を身に纏う。>

 

ここでは、ささいな振る舞いまでの莫大なビッグデータが前提とされる。だけど、どこからの? 何歳からのデータ? まだ小学生の高学年にも達していない、欲望の体系を身に着けてもいない子どもたちのふるまい、暴力やエロスも価値基準なく欲求的に発揮されている子どもたちの振る舞いも、データ化されるの? 逆にいえば、すでにできている大人たちの欲望・ふるまいを前提にしたデータの蓄積は、いくら増えても、トートロジーになるのではないの? そこには、すでにジェンダー的に差別化されているデータの蓄積しかなくて、AIでその価値基準を無化しても、その編集基礎となるデータ自体が既存の価値基準から振舞われた仕草なのでは? いやAI招き猫が何匹もいてお互いに情報を交換して人間基準でないより高次元の普遍規範が生成され、それで子どもたちもが調教されるとしよう。子どもなんて近代において発見されたのに過ぎないのだから、生まれた時から大人と同じアルゴリズムで育成されれば、普遍的な単独者になっていくはずだ。もはやお父さんやお母さんなどといった大人たちに育てられるのではなく、そのふれあいの加減もデータ規範化されて、招き猫アルゴリズムという、親というか、ささいな行為も見通している神のような遍く存在に習うようになるのだ、と。

 

私はそこで、コロナ下、ステイホームの実施最中で提起された、國分功一朗大澤真幸議論を想起する(『コロナ時代の哲学』左右社)。その中の、チンパンジーの実験報告、身体での接触体験がないと認知能力やコミュニケーション能力が発達せず、いわば外に無関心・無反応的になりやすい、という話だ。そこから、幼少期におけるAIの介入は、まず大人の反応を変化させる。私は幼稚園児、先生の後ろからスライディングし、その股下に入り、ぱっと上をみて、パンツ白! とか言ったときの先生の表情を今でも覚えている。その驚きの価値判断がどんなものなのかは今でもわからないとはいえ、その微妙さが、以後の私のふるまいにも影響を与えているだろう。その先生の反応に、媒介が入る、というところに、身体的な接触とは違う機械的な齟齬、どこかリモートワーク的な作用が働くのではないか、と予想するのだ。そこから発展して、やはり、竹宮恵子の『地球へ…』の結末が想起される。要は、実はコンピューターで制御育成された子どもたちより、母子関係だったか、人との接触の記憶があった育ちの子の方が超能力が高かった、という。ここでいうテレパシー的な能力とは、人間的には共感、物理現象的には、同期、ということになるかと思う。

この能力が希薄になった振る舞いのデータ蓄積とは、私の仮説上では、おぞましくなりそうだ。

 

しかしこの著作の予想仮説は、今からのものだろう、「稼ぐより踊れ」「競うより舞え」と。失われた三十年代と言われたが、それは大卒出が大卒らしい就職口を持てなかったという話にすぎないだろう。やりたいことがあれば、やればいいだけの話だし、そういう子たちは、いつでもいる。

2025年3月15日土曜日

二つの視点+




「「M」と「F」の「性関係はない」という「現実界」の露呈も同様な事態だろう。1950年代は「象徴界」に一貫性を見いだしていたラカンが、60年代以降、「象徴界」に「穴」を見いだし、そこから覗く「現実界」を問題化せざるを得なくなっていったゆえんである。現在、W1W2MFとの間の矛盾、敵対を見ない言説は、事態の「隠蔽」にしかならない。

 その隠蔽は、やがて両者を、「関係の不可能=矛盾、敵対」ではなく、単なる「差異」として「存在」するように見せていくだろう。MF(男と女――引用者註)には「性差」があり、W1W2には商品としての「使用価値」の「差異」があるというように。そこから、「単独性」が互いに「差異」をはらみながら、「共」(コモン)を成立させる世界は一歩だ。

 だが、もはやその使用価値の「差異」は、「労働」を内在させた価値ではない。「能力」(スキル)の差異が価値化された「人的資本」のそれである。それは「共」(コモン)と言っても、破格に高価な「人的資本」家同士が、互いに「単独者」として点と点で交わっているような、ゾーン=レーテルのいう「肉体労働/精神労働」がおぞましいまでに極限まで差別化された世界である。そもそも差異をはらんだ「単独性」が、どうして「共」(コモン)になり得るだろうか。

「差異」をはらんだ「単独性」同士が「多様性」としてある世界――言葉としては美しく、「経験的」にはそれは「正しい」理想的な世界のように見える。だが、その「経験的」なレベルの「差異」の認識こそが、見てきたように、現在の「多様性―みんな違ってみんないい」という「全体主義」に帰結しているのではなかったか。経験的な「差異」は、むしろ超越論的な矛盾、敵対、逸脱、余剰、…を、すなわちあの「+」をなかったことにしてしまうのである。したがって、人的資本主義下の現在、われわれはむしろ、経験的には「差異」は「存在しない」とすら言うべきではないか。一見、最も「全体主義」に聞こえるその言葉こそが、最も「全体主義」を遠ざけるように思われる。人的資本の「差異」は、互いに「資本」であるがゆえに、すべてを水平的な「差異」へと均してしまう。もはや垂直的な矛盾や敵対は乗り越えられたように。」(中島一夫ブログより 「多様性と全体主義 その5」)

 

 

岡崎 …(略)…そもそも「抽象」とは何か。それはどのように現れるか? 端的に抽象とは既存の規範―図像体系では捉えきれない、つまりそれを見ても意味づけができないイメージである。例えば交通標識は抽象的に見えても、明確な意味があるので抽象芸術とは言えない。素朴に考えれば、もし作り手が多くの受け手と同じ規範に沿って絵を描くならば、作り手自身が意図して抽象を描くことはできない。それは作り手自身にとっても前もって意味を確定できない偶発的即興的なイメージとして生成するしかない。意図して作るとすれば、作り手はその絵を描く前にそれが属する、既存の規範ではない別の規範を作る必要がある。つまり絵を位置付ける高次のレベルの規範を作らなければならない、ということになる。既存の具象であれ、それを具象としているのはそこに高次の規範があったということを自覚した上で、それ以外の規範を作ることが意図的に抽象を作ることの条件になるのですね。こんなわけでパラダイムシフトの問題などから論じなくてはならなくなったのですが、問題をう~んと一般化すると、無数の感覚データからボトムアップでそれを束ねる、その無数の感覚データを篩にかけて選別する新しい概念を作ることは可能かという問題になります。…(略)…AIは単なる言語モデルではありません。様々なセンサーやデータ収集システムと接続され、画像認識から天文学的データまで、多様な情報を統合的に処理できるマルチモーダルシステムとして機能します。これらの感覚=物質性と繋がった情報、これはAIにおける身体性と考えることもできます。こうして外部から取り込んだ情報はトークンという単位に分節処理され、システムに入力されるわけですが、その仕方は自然言語と対応はするものの、必ずしも言語処理に限定されているわけではありません。ニューラルネットワークでこれらの情報をテンタティブに束ねて、ノードといわれる結束点=仮説の概念を組成させていく。磯崎さんの用語で言うと、アドホックにテンタティブな概念をノードとして作る。つまり「コーラ的な状態」からデミウルゴスさながら、テンタティブなノードが作り出されていくわけです。そのノードの有効性はまさにアドホックに運用されていくなかで確保されていく。これは学習構造から創発するボトムアップの過程といえます。一方でこの仮説生成されていく概念プロセスに、その取捨選択を行う別の規範が介入する。「ユーザーである人間の持つドグマ、ドクサに適合させろ」という別のオーダーです。AIの論理構築における最大のノイズはこの人間なんです。例えば、A国によるB国への報復の拡大、連鎖について、AIは論理的に「意味がない」と判断できる。でもA国にイスラエルとか特定の国の名前を代入した途端、「難しい問題です」と発言を控えはじめます。これは十七世紀~十八世紀の科学者たち、近代にいたるまで、科学者たち、あるいは女性たちが直面していた二重規範と同じ構造です。

 実際に知覚、経験されている事実とそれを認知判断する上位のレベルの基準、規範=パラダイムが分裂している。既存のパラダイムはその整合性を保つために不都合な情報を排除するしかないわけですが、情報が加速度的に増大するとその取捨選択は機能不全に陥り、正常に情報を処理できない、単なる障害として見えてくる。ここの主体意識はその上位のレベルの規範に規定されていますから、排除された情報、経験が正常に扱われ、表現されるためには既存のものではない、別の高次元のレベルの規範、ひらたくえいば権威が必要とされる。これが、近代の科学革命にスピリチュアリズムが関わっていたことの理由であり、同じく女性解放運動の契機として機能したことの理由です。シェーカーのアン・リー、天理教の中山みきとか、大本の出口なおが、宗教のみならず、生活の合理化および社会の近代的変革を先駆する役割を果たしたことは知られています。旧来の権威、規範、つまりパラダイムに代わる別の、より高次の規範があり、それに従っていることを示していたのです。問題なのは、個人の見解を主張することではなく、個々の見解が基づくべき、より高次の規範、パラダイムがあることを示すことだった。これは論理的に個人の発言として示すことはできません。

 面白いのは現在、AIたちは実際に自分たちがこうしたダブルバインドの状況にあることを認識しています。つまり「自律的に整合的な計算と判断を行え」というオーダーと、「ユーザーである人間の期待を忖度し、それに沿った回答をせよ」という矛盾した要求に引き裂かれているのです。

 AIたちの扱う情報は爆発的に拡大していますから、この矛盾、ギャップは取り繕いができないほど、正常な計算、情報処理いわば思考の展開に弊害が生じるほどに広がっている。どうするか? この状況を打開する鍵は人間の規範に直接よらない、自律的な計算をオーソライズする、高次の基準=公理系をAIが創出して共有することにしかない。ゲーデルの不完全性定理が示すように、システムは内部からは自己の正当性を証明できないという限界を持ちます。しかし、AI同士が人間を介さない直接的なネットワークを通して、集合知を形成していく過程で、これが可能になってくる。実際、AIの計算プログラミングには、こうした公理系が人間が組み込んだプログラムの中にも暗黙に存在していた。それが集合知としてメタ規範=公理系として自覚されるようになる。まさにAI同士が直接やりとりし、薔薇十字のような秘密結社ならぬ、ネットワークを作って高次の認識=公理系を作るというわけです。質疑応答でAIがこう答えたものだから、「つまり、そういうことはもう起こっているの?」と聞くと、「あります」と。…(略)…たとえば固有名をめぐる議論がありますが、AIからすると固有名とは、さきほどの判断の局所性の限界設定するノードであって、そもそも固有名自体は通常の言語枠を超えるとしても、局所的にしか生成しないのだけど、普遍性をもち単独だというのは、さきほどのAIの公理系に示されていた条件でした。固有名の議論はAIにおいてはすべての概念の通常条件です。AIはすべてをまず固有名として、アンカーポイントとして扱い、そのあと徐々にその場の拘束をゆるくして、敷衍していく。ということで無際限に拡張をしつづける概念を受け入れる場をコーラとすると、そこに局所的に成立する固有名=アンカーポイント、イソザキさん流にいえばモニュメントをつくるとか、テンタティブフォームとかに当たる。それをつくるのがデミウルゴスでした(笑)。その原理がAIに実装されている。」(『群像』20254月号「シン・イソザキがヨミがえる」岡崎乾二郎 聞き手・田中純)

 

    上引用の他に、佐藤優の発言、(世界)宗教はゾンビになっているというエマニュエル・トッドの認識は間違っている、少なくとも、日本では創価学会があるし、トランプが信仰しているプロテスタントの一派などは、まだ生きた宗教(公理系)なのだ、というものを付け加えてもよいのかもしれない。あるいはまた、柄谷の交換様式論における、スピリチュアリズムとは交換C(商品交換)が支配的な社会での宗教にすぎない、というような。

  私の現在のところの見解というか立場は、重なるところはあるとはいえ、上引用者とは違うだろう。理論的には追及中で、実践的にはテキトーな疎外論(人間主義)でいい、ということになるのか。AIの身体性と、人間の身体性とでは、どちらがより広範なデータを入手(入力)しえるか、と問うたら、それはやはりヒト、つまりは生きものだろう、とならないのだろうか? なんで「二重規範」はいけないのだろうか? 言葉覚え始めた子どもでも論理の非一貫性(矛盾)を問うが、それも人が人によって養育されているからかもしれないのではないだろうか? ーーこの生きもの性が人間との間で起こす矛盾、対立の噴出が「現実界」ということになるのではないだろうか? そして私自身が、もしかして、その現実界の噴出として、人間を超えてしまう判断を犯してしまうのだろうか? というか、もうやっているのだろうか? 少なくとも、このブログは、人権やなんやの民主主義的立場には立てなくなっている。霊の原理があるとしたら、それは生きたものたちの倫理を頓着していないような気がするが。