2019年7月4日木曜日

『進撃の巨人』をめぐる、父と子の対話

「トンビが飛んでるね。」草原を疾走する調査兵団の騎馬隊の頭上、空を裂く鳴き声とともに、羽を広げた鳥が舞っている。「ということは?」私が付け足すと、「海が近い。」と高1の息子が即答する。「いい反応だね。」
 騎馬隊は、そして初めて海に触れた。いつもと違う、エンディングの音楽とシーンが流れた。
「この終わり方はいいと思うな。」父はつづけた。その間、食卓に座った息子は、スマホをいじりはじめて下を見ている。「エヴァンゲリオンの作者はシン・ゴジラで、日本は世界とこう向き合った方がいいと一つの態度を示したけど、これは、みんなと一緒に考えてみよう、みなさんも考えてください、という提示の仕方だね。パパも、それがいいとおもうよ」おそらく、息子はまた父親の小難しい講釈がはじまるのだろうと、体を一瞬こわばらせるのがわかる。が、いまはそんな父の講釈に食ってかかる進撃の女房はいない。私と息子は、家に二人きりで、食卓をはさんで座っている。息子の萎縮は、幼い頃からの、夫婦喧嘩によるトラウマ的な防衛なのだ。しかし今は、その防衛反応をする必要はない、という状況を息子は一瞬で確認し、父の話をうざったく思いながらも、実は耳を傾けはじめていることを、父の私は感じ取っている。私は息子の無意識に向けて、つまりは、今ではなく将来へ向けてのおもいで、言葉を打ち込んでゆく。
「おまえがいう原爆のイメージがでてきてから、このアニメは日本と世界のことを喚起しようとしているね。壁の中の民とは、島国の日本ということでもあるだろう。そして日本は、かつて島の向こうの大陸と、世界と戦争した。たしかに新しく成りあがってきた日本を、世界はいじめるようなこともした。その世界にこの野郎と思うのは、当然だろう、それはいい、しかしその挑発にのって、世界を敵にまわして戦争することは、いいことだろうか? 原爆を落とされ、東京も焼け野原にされてしまった。海に囲われた日本は、そもそも世界を知っているのだろうか? サッカーでも、日本代表はまだ世界を知らないとか、いうだろう? 日本では、わからないんだよ。フィリピンとか、貧しい国の子供とか、戦争にあっている子供たちは、自分が見て、経験して勉強できる。しかし平和になっている日本では、そのままでは、勉強できないんだよ。壁の中の人類がその王の不戦の誓いによって島に閉じこもったように、武力放棄の憲法によって世界の紛争を他人事のようの過ごすことがパパたちはできたんだから。だから、経験できないことを、学校で、しっかり勉強する必要がある、ということだ。エレンたちが、父の残した三冊の本から勉強したようにね。エレンは最後、海の向こうの大陸の人たちは「敵」だといった。ということは、また戦争するということかい? それじゃあ、解決にならない、ということだろう。この間も、北朝鮮のジョンウンとトランプがあったよね。日本も、これから壁の向こうに出て、大陸とやりあわなくてはならないんだよ。どうしたらいいんだ? まだ人類は、その答えをもっていない。『進撃の巨人』の終わり方は、いいな。」

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今日の仕事が雨休みなので、セリフ確認のために録画をみていた。NHKでは、第四期が来年秋に放映準備、だそうだ。途中、家事をやめて進撃の女房が、食卓の向こうに座ってきて、一緒に見ることになる。昨日からほぼ確実な雨予報だったため、女房は朝寝坊、子供もつられて起きてこず、朝飯は用意できず、何も食わずに学校へ忙しく出ていった。私だけがいつもの二度寝もせず、さっそうと起きてトーストを食べ、このブログの準備をはじめたのだった。戸を開けての息子との視聴時は、外の騒音でよく聞こえなかったが、エレンの、海の向こうをみつめてのセリフは卓一だった。「海の向こうには、敵がいる。父の記憶で見たのとまったく同じだ。敵を全部殺せば、自由になれるのか?」…というような。それと、再生そのままでは読みとれなかった解説文を、一時停止させて読んでみた。これもすごい。私の読解は、見当はずれなひとりよがりなものではないことが確認できて、ほっとした。しかしこの若い作者は、本当に、その後に想像力をのばしてみるのか? ファンタジーに終わることなく、リアルさを保持したままやるのは大変だとおもう。その挑戦がえらい!――

<現在公開可能な情報
我々は世界全体が憎む「悪魔の民族」であるとわかった。彼ら、世界の人々は我々「ユミルの民」の根絶を願っている。だが、ただ座してそれを待つ理由などない。生ある限り、私たちは生き続ける義務がある。抵抗する努力をやめてはならない。しかし。しかしだ。果たしてその手段とは、世界に対し力を示し、恐怖を与えることだけなのだろうか?巨人の力、彼らのいう悪魔の力を振るう以外に、本当に別の道はないのだろうか?同じテーブルにつき、お互いの心を語り合う未来を考えることは夢想だろうか?世界中の人々がお互いを尊重し、話し合うことは本当にできないのだろうか?今、それが空虚な理想論に思えたとしても、私は考えたい。考えることから逃げたくない。それが私の負うべき、責務と信じるからだ。>

2019年6月24日月曜日

切腹といいね!

「ねえ、トーツキイさん、話によると、日本じゃ恥辱を受けた者が恥辱を与えた者のところへ行って『きさまはおれに恥をかかした、だからおれはきさまの眼の前で腹を切ってみせる』と言うそうじゃありませんか。そして、ほんとに相手の眼の前で自分の腹を切って、それで実際に仇討(あだう)ちができたような気分になって、すっかり満足するらしいですがね。世の中には奇妙な性質もあるもんですねえ、トーツキイさん!」(ドストエフスキー『白痴』)
「恥辱だけが生きのびるような気がした。」(カフカ『審判』)

夕飯どき、高1になった息子に、中学時代に同級生だった友人の家まで届け物をしてこいと女房が言う。届け物は、私が仕事中にとった梅の実らしい。初めてその要件を頼まれたわけではなく、息子はとにかく理屈を言って拒否していた。私には、その友達を含めたサッカー部活のお別れ会で、息子が拒否する理由は推察できていた。今はいかない、雨が降っている、検索すると1.8kmと遠い、とか物理的な理由を言う息子に対し、そうやってぐたぐたする、スマホばかりする、勉強もしない、と、とにかく自分の思う女づきあい(欲望)を貫徹しようと次から次へと関係ない理屈を並べてまくしたてる女房。「自分で行けばいいだろ」「場所知らないでしょ」「沼袋のライフの前のラーマン屋の三階だよ」「沼袋じゃなくて新井のライフでしょ。なら近いでしょ」「店の名前なんか知らないよ。沼袋駅の近くにあるんだよ」「新井でしょ。近くなんだから行きなさい!」「沼袋だよ!」とどうでもいいことにエキサイトしてくる。ちょうど兄との電話の最中だったのだが、うるさくて実家の話はよくきこえず、それを察した兄が電話を切り、食卓に座っていた私は固定電話の子機を持ったまま、息子に言う。「いっちゃん、ここは我慢してママの言うこときいてやったほうがいんじゃないの?」テレビの下に寝転がりスマホをいじっていた息子は、たちあがりざま、「じゃあいっしょに行くか」と女房へすごむ。「じゃあ行くよ」と女房。「もし沼袋だったらぶんなぐるからな!」と息子は食卓の椅子を女房の足元にたたき投げ、ドアを思いきりガシャンと閉めて外にでてゆく。ごそごそと用事をこなしてから女房はその後を追うが、1・2分の間合いのために、次にどんな展開がやってくるか、私には想像がついた。30分もたたないうちに息子がもどり、しばらくして女房がもどってくる。「なんであそこでもどるの! わからないでしょ!」「あとはまっすぐ行けばいいって言っただろ!」「届けに行きなさい!」「行きたくないんだよ!」「そんなの関係ない。行きなさい!」「なんで行くんだよ!」どうも梅の実の入った袋を壁にたたきつけたのか、ぐしゃっ、という音がする。「もうこんなの食えねえよ!」「持っていきなさい!」「なんでだよ? 俺は、あいつが嫌いなんだよ! いつもいじめみたいにしやがって。行きたくねんだよ! なんでそんなやつのところへ行かなくちゃいけねんだ!」そんな奴とは、二枚目な優等生だった。副キャプテンだ。お別れ会では、彼がキャプテンを支えたから、チームがなんとか分解されずにすんだ、というのが顧問の認識だった。私はほとんど全く部活の応援には行かなかったが、最後の紅白試合や納会を見れば、状況は一目瞭然だった。チームメイトに一番の影響力があるのは、息子だろう、がそれは、口先達者な調子者だからで、そこに、熱心な信者みたいな友達数人がついているが、少数派だ。実力もあり、真面目に取り組もうとするキャプテン以下の者たちに、後輩たちもついて、こちらが多数派だ。小学生でのクラブチームも一緒だったキャプテンは、息子には頭があがらず、うまくチームをまとめきれていないのを、成績も学年でトップに近い副キャプテンが、その軋轢を制するために、息子には「いじめ」ととれる正当な反論を展開していたのだろう。親馬鹿の女房には、息子は人気者なのでチームをまとめているとおもっている。が内面的な人間関係の構造はちがう。私にはそれが見えていたけれど、あくまで推察にしかなりえないことなので、口にはできなかった。言っても、事実として生起しているわけではないので、女房はとりあわず自分の思い込みに突き進むだけだ。が、いまはっきりと、息子は「あいつが嫌いだ」と言った。女房は、息子を「八方美人」だと形容していた。「相手も、イツキのことをうさんくさがってるんだから、なんでわざわざこんなことで来るの、にしかならないよ。」母親同士のことはわからない。たしか、彼は母子家庭だったかもしれない。ラーメン屋の三階に暮らしている、というのだから、そうだったかもしれない。子供の、いや男の自尊心を、女の欲望づきあいが、うまく補正できるのだろうか?

ただ私はうんざりしていた。ばかばかしい。女・子供の喧嘩の傍らで、自分が腹を切る空想をしていた。横に切り、縦に切り、内臓をこぼす……ばかばかしいとは、恥ずかしいということだ。言っても通じないばかばかしさとは、説得させることのできない自分の不甲斐なさを恥ずかしいとおもうことでもある。真実は、そんなところにねえよ、しかし、俺はそれを言い聞かせることができない、女房は、女連中は、薄々はそう感づいているが、それを見たくないから、子供や動物の動画を見ては可愛い、「いいね!」することで自分が善人である、悪いことから遠いところにいると自身を慰める、怖いものを、真実などみたくない、錯誤のまま自分が良きひとであることを確認・承認させておいてくれ……ハラワタを露わにした私は、ニタニタしている。女は、真理を欲していない、とニーチェは言った。おまえには、これでもわからないだろう。おまえらには、わからないだろう。恥ずかしい。私が恥ずかしい。そして私は、この恥が、日本の文化を超えて、人類的に根源的な欲望であると知っているけれど、それがゆえに正しい、気概で生きることが正しい方向へと私たちを導いてくれるのか、くれるものなのかは、知らない。そして、苦痛に笑う男たちをアホらしくみる女たちの欲望が、その関係が、真実から遠い生存の原理が、本当に良きものであること、私たちをより良く導いてくれるものだとは、疑わしい。

FaceBookが、暗号資産と呼称されたもの、ネット通貨を発行する計画だそうだ。不特定多数というよりは、特定的多数が市場とされるなかで、神の見えざる手は、働くだろうか?

2019年6月15日土曜日

NHKの受信料をめぐって




「嘉永四年七月には、大蜘蛛百鬼夜行絵の番付けである「化物評判記」が、神田鍛冶町二丁目の太田屋伝吉の板元で発売されたが、手入れ取り上げとなった。…(略)…この化物は以下のようなはんじ物であった。
「実と見へる虚の化物 忠と見せる不忠の化物 善と見へる悪の化もの 倹約と見へる驕奢の化物 金持ちと見へる乏人の化物 貧客と見せる金持ちの化物 利口と見せる馬鹿の化物 としまと見せる娘の化もの 新造と見せる年増の化物 医者と見へる坊主の化物 女房と見せる妾の化もの 革と見せる紙煙草入の化物、親父と見せる息子の化物、米と見せるさつま芋の化物、若く見せる親父の化もの おしゃうと見せる摺子木の化物 冬瓜と見せる白瓜の化物 鉄瓶と見せて土瓶の化物 取と見せて年玉の化物 山谷と見せる色男の化物 ふとんと見せるふんどしの化物 大蛇と見せる麦わらの化物 鴨と見せるあひるの化物 鮒と見せるこんぶ巻きの化物 鰻と見せるあなごの化物 武士と見せる神道者(の)化物 物識と見せる生聞の化物 銀と見へる鉛の化物 血汐と見せる赤綿の化物 佐兵衛と見せる猿の化物 お為ごかしに見せる蕨の化物 不思議に見せる道化の化もの」
 この化物の群れは、まさに実と虚とが不明確ないし逆転している幕末の世相をしめしたものであろう。封建社会の倫理・道徳などが音をたてて崩れおちていく状況を活写したものと言うことができる。(『江戸の情報屋 幕末庶民史の側面』吉原健一郎著 日本放送出版協会)

「原子爆弾のきのこ雲みたいだね。」と高1の息子が言い、「おっ、それいいね。」と私が反応すると、「どうせそれをイメージしているんでしょ。」と付け足してくる。ずいぶん覚めているんだなあ、と思ったが口にださず、私はNHKで深夜に放映されているアニメ『進撃の巨人』の録画を見続けながら、息子の指摘から考えた。あの超巨大巨人が爆風とともに出現するとき、前期の描写では、そんなイメージは引用されていなかったはずだ、このイメージには意図がないのか? それとも製作者側に変化があったのか? 後期続編が放映されはじめて、王国の偽物の王様だの真のお姫様だの、という話になってきて興ざめていたところに、原爆というリアルな表象が提示されてきたので、再び注目しはじめる感じになる。そして次回では、死を覚悟・前提した作戦で巨人の群れに騎馬隊が突撃していく。野球のピッチャー・モーションで岩を投げつけてその隊列を残滅させる獣の巨人は、「特攻か、あいかわらずそんな発想しているからおまえらダメなんだ!」と、とどめの一撃を投げつける。となれば、あきらかにこの構図は、アメリカ(原爆=巨人兵器)と「海」をあこがれる「壁」の中の人類の一部(島国日本)の日本現代史をなぞっている。「特攻に意味などない。しかし戦死者に意味をもたせるのは、今生きている俺たちの行動だ」と新米兵士たちを鼓舞する隊長は、しかし、特攻の裏で勝てる秘策を冷徹に敢行していたという現実政策があった、というところに、昭和史とこのアニメ場面での相違が新しさとしてある、提示されている、と言える。しかしならば、それは「エヴァンゲリオン」の作者が「シンゴジラ」で提示した方向性と類比的になる。ロボット系列から巨人生体操作という「エヴァンゲリオン」へのアニメ系譜と、オタク系の弱い意志の男の子と強気な女の子、という設定の踏襲(引用)だけでなく、オタクたちがリアル・ポリティクスな活躍をみせるというシンゴジラでの活劇的転換の思想性をも共有していることになる、これまでのところは。

ところで、そうやってNHKを見ている私たち一家は、受信料を払っていない。私が結婚する30歳半ばまでテレビをもっていなかった延長、ということもあるが、女房もNHK側が催促に来ても「帰ってください」の一点張りか居留守を使って拒否している。私も一度戸を開けて対応したが、その際は相手の話をきいてから、「考え中なんです」と返答したら、「ああそうですか、わかりました。」と引き下がっていった。

そのNHKの受信料支払い率が、今回統計の発表で、はじめて80%を超えたそうだ。NHK支払い率が一番高いのが秋田県の98%、一番低いのが沖縄県で、はじめて50%超えたところだそうだ。たしかに去年は、次から次へと委託された取り立て会社員がやってきたから、未払いで済ますのは容易ではなかったろう。そんな新聞記事とともに、県別の年収の統計結果の記事にもであった。年収の一番低いとされるのも秋田県で、一番の東京470万円に対し290万円くらいとなる。たしか、秋田県は、小・中高生の全国学力テストでは、ほぼ毎年1位クラスの成績結果だったはずだ。そして、自殺率が一番高いのも、秋田県だった。私は、そうした統計の符合をみて、不気味にならざるをえない。子供のころから一番勉強し、働いてNHK受信料を真面目に払い、それでも収入ひくく自殺していく人も多く出る……そうなさせている日本社会が、その方向性が、本当にいいのか? 「あなたどうおもいます?」と、こんど来たらNHKの委託社員に私は問うだろう。「たとえば、100%になったら、ほんとにそれって、みんなが同調するみたいなことが、いいことなんですか? 私には、不条理にみえますが。見ての通り(と、私の日に焼けた黒い顔と、玄関土間に脱ぎ捨ててある地下足袋を指さし)、私は日雇いですから、支払いにはシビアでなくてはなりません。無暗に稼いだお金をだすわけにはいかない。難しい問題です。考え中です。日本国憲法でも、個人の思想と信条の自由は保障されている、ということはそれらを獲得していくための過程としての考える自由が認められていることになるのだとおもいます。結論は出ていません。申し訳ありませんが、お仕事大変でしょうが、そういうわけで、今はお引き取りできないでしょうか?」と言って、私は玄関を閉めるだろう。

しかし、「進撃の巨人」の展開が気になる。

2019年6月10日月曜日

父をめぐって

「その「忘れる」という言葉には、どんな意味がこめられているのだろう。夫は妻の名前を忘れた。結婚記念日も、三人の娘をいっしょに育てたこともどうやら忘れた。二十数年前に二人が初めて買い、それ以来暮らし続けている家の住所も、それが自分の家であることも忘れた。妻、という言葉も、家族、という言葉も忘れてしまった。
 それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不愉快なことがあれば、目で訴えてくる。何が変わってしまったというのだろう。言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あるときはさほど強くもなかったかもしれないけれども、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ。」(『長いお別れ』中島京子著 文芸春秋)

山の方の施設から、家から近い老人ホームへと移ってきた父のところへ、さっそく母は歩いて行く。2kmもない距離だが、それでもリウマチか何かで足をひきずっている母には、30分ほどかかるという。梅雨入りした土砂降りの中を、午前中にでかけて、夕方に帰ってきて、そのまま寝込んでしまったと兄は言う。久しぶりに参加しようとした草野球をキャンセルして、私は車で行った。出迎えた母は、まあ元気そうだった。「帰ろうとすると、だめだ、とかみついてくるのよ。だけど夕ご飯の知らせに、一番で走っていって、今帰っても大丈夫ですよって施設の人に言われて、帰れたの。」その父は、前の施設でもそうなように、6畳よりは広い小綺麗な個室のベッドで寝転んでいた。「お父さん、来たよ、マサキ。マサキだよ、わかる?」父はきょとんとしている。前の施設とはちがって、部屋への扉の向こうが介護さんの居る広間へと開かれているわけではなく、どこか部屋に閉じ込められている間取りになり、トイレも各個室の中に設えられているので、父が用をたそうとしたときは、自分たちで始末しなくてはいけないような感じになる。母がズボンとオムツを下ろし、私が介助する。オシッコは、下の床へと落ちてゆく。座ってさせたほうが、と二回目は便座に座らせてみたが、立ち上がってから小便をし、下ろしたオムツの中へとやってしまう。お尻拭きで汚れた床をふきながら、これも一緒に水に流していいのだろうか、と考える。

村上春樹氏が「猫を棄てる」と題して、父について語っている(『文藝春秋』6月号)。父の期待に応えず、自分の趣味的なものへと没頭的に生きたことで「絶縁」に近くなったが、90歳を迎える父が亡くなる少し前、入院先で会話を交わし、「和解のようなことをおこなった」そうだ。私も父との、いや家との関係は、「二十年以上まったく顔を合せなかったし、よほどの用件がなければほとんど口もきかない、連絡もとらないという状態が続いた」ようなものだったろう。しかし、「和解」が必要なほど関係が「屈折」していたという意識がない。「結婚式をあげさせろ」と、おそらくは親戚関係の手前上父は、女房の両親の方へ迫ったそうだが、私自身にそんな気がないと知って、すぐに降りたようだ、という話からすると、父自身には「屈折」感があったのかもしれない。が次男坊の私に、その「屈折」を押し出すほどの主張を敢えてする感じには、なれなかったのかもしれない。が、そんなことどもを、まだ生きている父と、もはや話すことはできないのだ。今おもえば父は、私と一緒に酒を飲み交わしたかっただろう。アルコールには強くても好きでない私は、つれなかった、と、実家に息子を連れ帰っていたその時の私の稚拙な態度を、息子が高校生にまで大きくなって、はじめて気づくのだ。何をかはわからないのだが、父となった私に、酒でも飲みながら息子とつっこんだ話をしてみたい必要が感じられてきたのである。それは、家族の関係が、母によって先導されていくことへの修正と修復が洞察されてきていることからくるようだ。あるいは、違う時代を生きていることの齟齬を、父と息子との言葉によって明確化していきたいという欲望である。息子よ、おまえは何を考えている?

しかし少なくとも、私と父との間では、もはやそんな話は不可能なのだ。

そして、日本の文学・思想界にあっても、それは「不可能」な歴史として変遷されてきた、というのが教養だろう。江藤淳の「父の喪失」だったか崩壊だったか…。橋本治氏も、最後にはそんな弱くなっていく父という立場(関係)のことを言い残していったようだ。本当に、明治の父は強かった、というようなものだったのかは知らない。が、自ら戦場に行き敗戦を体験した村上氏の父が言葉少なく、まだ戦争の頃は子供時代で、むしろ戦後の高度成長を担っていった私の父親も、はっきりした主張は言えない寡黙さを抱えていることは、意識できた。おそらく、敗戦のトラウマなのだろうと私はおもう。負けた奴が、身につけている価値思想を、肉付けされている自己主張を、どうしてできるだろう? 東京で職人になって、戦争にいった父親世代の話を酒の席で聞かされた。中国人を何人殺した、とか、尻の穴に爆薬を詰めて爆発させたとか、すぐ自慢するのだと、戦後生まれの村上氏世代の職人は話す。「本当に悪い奴らなんだよ。日本人は、悪いんだよ。同級生でも、人を殺したくてうずうずしている奴が、自衛隊にはいっていくんだ。」話す内容がインテリ層と反対でどぎつくても、酒の席で、年下に密やかに話すことしかできないということは、沈黙に「屈折」しているということで、同じ態度を生きている。家では、たとえ若い頃はとくに暴力的であっても、女房(母親)には、頭があがらない。敗戦の「屈折」が、近代以前のより古層の地盤と癒着してしまったような感じなのだろう。そこではなおさら、問題の本質を明確化して把握することが困難になるだろう。村上氏は、自身の家関係を、「偶然」という思想性で抽象(普遍)化させているけれど、私にはその態度はジジェクのいう「早すぎる普遍化」であって、問題の回避にしかならない、と認識している。また、「偶然」ということに関しては、大澤真幸氏に、「必然」の感想があってはじめて「偶然」が存在するというような、鋭い洞察を形式化している論考があるし、山城むつみ氏の3.11からのドストエフスキー論(確率論批判)も、生きていく態度として強いとおもう。村上氏の認識は、私からすれば、子供の感想文の類いだ。

私は、父として、息子と、話すことができるだろうか?

*参照ブログ「中学生の自殺(3)――教育と育成

2019年5月6日月曜日

屑屋再考案3――トッド・ノート(7)

「魔女裁判は、したがって縦型の家族イメージと関連があるとともに、精神分析の古典的なアプローチが要求している父と息子との対立は二次的にしか浮かび上がってこないのである。母親と息子との関係の清算の問題が主要な対立としてあるのであり、それが悪魔のイデオロギーによって変容され、村のなかで選ばれた善良な老齢の女性に降りかかるのである。この母の象徴的殺害(しかし正真正銘の殺人を引き起こす)は、女性の権威が強いことによって、無意識な異議申し立てがなされる人類学的システムの特徴なのである。そこでは女性の地位が高いために、子供たちの躾と教育はきわめて徹底したかたちで行われるのである。ところで母の権力だけが子供たちの躾を深いところで保障することができるのである。そして権威を尊重する心理的なメカニズムの再生産を担っているのは父ではなく母なのである。」(『世界の多様性――家族構造と近代性』エマニュエル・トッド著・萩野文雄訳 藤原書店)

ゴールデンウィーク中の作業によって、ようやく穴掘り他の外構作業のだいたいが終わる(ツルハシとネコ車を導入して、ほぼ一日で荒堀終える)。物置の裏側をくり抜いて戸をつけ素通りできるようにする。とりあえずあとは、裏庭出入り口、門替わりの車止めやチェーン等の設置だけだ。コニファーの間にサツキを植え、東側の砕石の小山にはメッシュフェンスを信玄堤のように張り、ジャスミンを絡ませて土留め用に植える。西側の小山には、ツルニチニチソウを植えてみる。畑の中には、野菜ではなく果物ということで、母のリクエストのブルーベリーを植える(あと何本かを何にするか思案中)。サツキもブルーベリーも、酸性好みの植物だ。測定器で計ったら、PHは6だった。土壌は粘土質に砂交じりなようだが、なんだかよくわからない。黒色まじりの山砂のような黄緑色、といおうか。保湿はよさそう。かつてはここは利根川の支流の川底だ。1km先の土手が決壊でもすれば、こっちに流れてくるだろう。最近は大雨の異常気象があるから、少しは対処法をとりこんだが、このままではあまり役にたたないだろう。そんな作業をやっていると、母が、納戸になっている寝室は、西日が強くて雨戸を閉めきったままになっている。なんとかならないか、ともらしてくる。洞窟に隠れた天照大神を誘い出す古事記の神話が連想されてくる。女房は、「母親の尻にしかれる兄弟」と怨恨交じりに言って私を送り出したが(その拘りによって「母」という構造を反復しているのだが)、そんな私事の話じゃねえよ、と素人を正そうとしてもしょうがない。と、高1の息子のゴールデンウィーク中の宿題に、大澤真幸氏の『思考術』の読解が出されている。――<人間はなんでもかんでも考えなきゃいけないということはないけれども、考えることで何かを成し遂げようとした場合には、やはり十代ぐらいから少しずつ組み立てられていく、できればメリハリのきいた、一生考えなきゃいけないテーマがはっきりあるということが重要である。それがあると、それとの関係でいろんな問いが網に引っかかるように絡まって、出てくる。それに応じて、短期で処理したり年単位で処理したりという問題を設定し、それに答えるという作業を重ねていくと、結果的にライフワーク的な仕事のための道具がひとつひとつ整っていくことになる。>個別の事柄から普遍を、ここという特殊を出汁にして(大澤氏の言葉では「託して」)、一般というあちらのことを考える、という振り子訓練。息子はいまだ宿題をやっていないが。
で、私の「ライフワーク的な仕事」かもしれない実家の裏庭に「託して」、まだ読んでいなかった冒頭引用のトッドの著作から抜粋していく。

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「核家族はその二つの変種とともに、双系制システムに属しており、父系親族と母系親族に同等の価値を付与するものとなっている。女性も遺産の分割に関与する(外婚制共同体家族の場合は女性は一般的に相続からは除外される)。これは当然のことである。なぜなら核家族というのは、ひとりの男と女の単純な結びつきであり、その在り方によって一定の度合いの平等をもたらす自立的な対話のなかに位置づけられているからである。しかし逆説的なことに、対称性に関心を持たない絶対核家族の方が、「平等主義」家族よりも両性間の平等をより深く実践しているのである。兄弟間の対称性原理は、男性の連帯をア・プリオリに前提とするものなのだ。それがすべての社会で自然なものとなっている両性間の不平等をさらに強化するのである。」(同上)

「暴力性が少なく社会的な共同作業を優遇する絶対核家族は、文化的にもまた平等主義核家族より活性力がある。なぜならばこの家族構造では、実際上の女性の権威が認められているために、子供のきめ細かな躾やより速い教育的な進歩が可能となるからだ。この点では、母親の権力を認めている権威主義家族と対比することができる。
 しかし平等主義核家族と権威主義家族とに共通する構造的なひとつの特徴が、これらを他の構造から区別するものとなっている。女性の地位の曖昧性がそれである。
 権威主義家族は家系の男性継承を理想とするが、実際上は強い女性の権威を容認している。平等主義核家族は夫婦の連帯と両性の不平等とを同時に追求する。この二つのケースでは緊張が集中するところは同じではない。平等主義核家族の場合は男性とその妻との間に緊張が集中し、権威主義システムでは男性とその母親との間に凝縮する。
 核家族モデルは家族の縦の関係を弱めるものであるために、権威主義モデルや外婚制共同体モデルよりも不安を引き起こす要因は総体的に少ない。自殺率は常に低い水準にとどまっており、母親の権威が弱い平等主義核家族の場合は、自己破壊の頻度は最低の水準にある。夫婦の関係の曖昧さがこの人類学的類型に生み出す緊張は、縦型の家族システムから派生した図式のなかに閉じ込められている精神分析的図式には適合しにくいものである。」(同上)

「双系制で縦型、女性主義的で権威主義的なタイプ4は、もっとも強い母親の権威と対応している。女性の高い地位と強い親の権力が組み合わさったものである。その養育の力は最大である。このタイプは、例えば、ドイツ、スウェーデン、日本などの家族システムに対応している。」

「このシステムの起源はア・プリオリに特定できないとしても、権威主義家族構造の家系的理想と女性の高い地位との間には機能的な関係があることは認めざるを得ない。物質的あれ精神的であれ、資本をそっくりそのまま後の世代へと受け継がせていくことを何もまして優先させるこの家族システムは、男性継承者が不在のときにも、その存続の危険に対処できるものでなければならない。このように女系による相続か消滅かのいずれかの選択迫られるとき、このシステムは女系相続を選ぶのである。」(同上)




2019年4月26日金曜日

『名もなき王国』(倉数茂著・ポプラ社)を読む


新聞を読んでいて、倉数さんの作品が三島賞の候補作にあがっていることを知り、その著作のタイトル『名もなき王国』(ポプラ社)から、私は、「令和」という元号を連想し、読んでみたくなった。名もなき王=苗字のない天皇の大和国、すなわち、ゼロの、零和、というわけだ。そして本当に、倉数氏の作品が、元号(天皇制)に迎合するしかない今の時代に抗って書き込まれているものならば、すごいな、と期待したからだ。そして期待通りだった、と言える。むろん、倉数さんが作品を発表したのは元号公表以前でもあるから、著者の意図とは違ったところを、私は読んだのだろう。

実際、目次を読み、読み始めて、すぐに私が訝ったのは、前々回ブログでも論じた、中谷さんの『未来のコミューン』との構造的符号であった。家からはじまり庭でおわる、という。私が両者の著作を手に取ったのは、まだお互いが30歳代ころの、知り合いだからでもあるが、この符号は、どんな偶然によるのだろうか、と思ったのだ。建築専門と、文学専門と、庭専門の符号、と書かれた内容を超えたリアルな人物同士の符号にもなるだろう。それが単なるフィクションの世界での話なら、「近接の原理」という、文芸創作科でテクニカルにマニュアル化されて教えられもするだろう小説の技法の話にすぎなくなる。東海大で創作を教えているそうな倉数さんのこの作品は、その技法の熟練した腕前の産物だ。私は早稲田の文芸科で、最近パワ・セクハラで辞任した渡部直己からよく聞かされていたものだ(私が一番弟子にあたるのだろう)。しかしそれが現実に本当に読みうるという事態は、倉数さんのこの物語のテーマ(素材)の一つでもある、現実(私)と虚構(言葉)をめぐるそんな小説談義や技術と同類なことなのだろうか? おそらく、私が出版業でもなく、研究者でもなく、現場で働いていくことを選んできたのには、議論するまでもない本能で、現実に生きることを選んでしまうからだ、と今思えるのである。

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この著作の、漢字へのルビの振り方、そのあるやなしの法則性、小さなひらがなの出現の様は、どこか身体を変調させてしまうような違和が感じられる、というのが、まずもっての文学(形式)的な読解の感想だった。なんでこんな簡単な漢字にルビが振ってあるのだ? 人の名前には、必ずつけているようだ。毛沢東はいいとしても、高橋、にまで。ほかにどんな読み方があるのだ? ポプラ社が、子供向けの作品がメインで、倉数さんのデヴュー作品が、識字率のまだない少年向けだから、そうした読者を想定しているからか? しかし、「抽斗」、という漢字にはない(普通は、「引き出し」だろう)。また、「納戸」、にもない。そして、植木屋の私にも読めない「夏茱萸(なつぐみ)」という庭木が最後に出てくる。

文学教養が豊かであるのなら、様々な引用・下敷き作品が連想されてくるのだろうが、読み進めてすぐに私が連想した作家は、三島由紀夫だった。私も作中の「私」同様、中学から高校はじめぐらいに、好きで読んだことあって以来、ほぼまったく読まなくなってしまった類いの作家だ。学生のころ、教養として、『豊饒の海』とかは読んだろう。子供(少年)の扱い、同性愛者の男の性質、「伯母」という漢字をとりまく貴族風な雰囲気、つまりはロマネスクな趣味の装いが三島作品をなぞっている。が私が当時好んだのは、三島の漢字の扱い方というか、得体の知れない漢字のリズムと豊穣さだった。そして、倉数氏のルビの振り方は、この三島の文学、ひいては現実(私)と虚構(肉体)をとりまく三島的な思想へのアンチとして意図されているように、私には思えてきたのである。むろん、その三島的思想には、虚弱としての自分をボディブルで鍛え上げた肉体の人工的虚構性、という態度のことだけでなく、天皇という現人神という虚構性を堅持している日本という問題規制もが孕まれる。NAM解散いこう、倉数氏が実際にどんな人生を経験していったのかは私は知らないが、私小説風ともとれるこの『名もなき王国』は、暗い。つまり、氏が描写した「令和=零話」は暗いのだ。これで三島賞とれるのだろうか、と心配になるぐらいだ。しかしそれは、本当の話ではないか? 何を元号で浮かれ騒いでいる? そんな現実を、足場を、われわれは持っているのか?

50歳を過ぎた私にとって、いま、一番評価したくなる日本作家は、三島由紀夫である。なぜなら、腹を切って死んだからだ。千葉徳爾という民俗学者は、三島の切った腹がちょこっとだけだった、敗戦で切腹した看護婦や快楽マニアでももっとたくさん切れてる、と実質批判したが、もはやなんのモチベーションもない平和な時代に、自分を突き放した罵声のあとで、なおも計画通り、腹を切ろうとした。そのちょっとしかなかった傷跡こそが、むしろ三島という私、凡庸な人間、いや人間という凡庸を証している。普通の人が、腹を切ったのだ。虚構の肉体は、切り裂かれはしなかった。だから、リアルなのだ。私たちは、このリアルを、笑えるか? シニックに、なれるか?

<津波のような解放感と喪失感が押し寄せてきた。私はもう何者でもない。空っぽ、無、rien、ゼロ。家族も蓄えも大切な人間もいない。>

『名もなき王国』の「私」は言う。この主題は、三島から中上健次へ、そしてペダンティックには村上春樹などにも継承されている日本文学の問題である。もはやその「ゼロ」を、渡来人が世界先端と哲学的にもてはやしもしなければ、日本文学自体でもまともには主題化できない。それは作品のテーマでなく素材として次元を落としてエピソード的に挿入されるだけだ。この作品も、そうした照れによって、現在の言葉の付置に迎合し、リアリティーを、場違いのなさを担保している。それは、以前のように、まともに天皇制(批判)ができなくなっている現状とパラレルであろう。あくまで現人神を望んだ三島が、退位を表明した天皇の凡庸さ、人間らしさにふれたら、どう思うのだろう? しかしそれは、三島が自身の肉体を切り裂くことができなかったのと同じである。疲れる、痛い、そういうことだ。ならばそこに、「ゼロ」などあるのか?

<チカではなく、私が死ぬ。空っぽの自分に、無をかけあわせる。それはごく自然な算法であるように思えた。ゼロ×ゼロ=ゼロ。小学生だって納得する式である。>

3.11以降の天災は、人に、日本人に、日常の平凡さの大切さを教えた、ということになっている。今の思想言説、風潮も、そういうことだ。戦争のない平和(平成)のころは、「日常を生きろ」とか、逆に、若者は戦争を望んでいる、という談義が起きては消えた。しかし9.11が先行的に、今は議論する余裕もなく、何も起こらないでくれ、と願望だけをはびこらせているようにみえる。ということは、「家族も蓄えも大切な人間もいない」、というか破壊・喪失してきたのがこれまでの軌跡だった、と無意識には目の当たりに気づいてしまった、ということだ。私たちは、本当は、「ゼロ」(文無し)なんではないか、とおびえている。倉数氏のこの作品の暗さは、一見の浮かれ騒ぎの過程・時代の背後を、正直に露呈させてしまった、ということだろう。どんな選考員が三島賞にいるのか知らないが、私が心配になったのは、それゆえ、希望のなさを提示してしまっていると受け止められかねないと憂慮したからだ。しかし、再び問う、ゼロなんてあるのか? それは、たんに、構造的な問題なのではないか? その虚構に囚われているから、ゼロ×ゼロ=ゼロ、と想定し、おびえるのではないか? そのおびえを、新元号で、新しい記号でごまかそうと、まだ(戦争と天災のあとの本音では、「もう」だが)何も起こらないでくれ、とその構造を延命しようとしている、ということではないのか?

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ゼロなんてあるのか? 零話なんてあるのか、というのは私の実感である。もうイチ、一、がある。私たちは破壊し、喪失した。しかし、そうして廃墟になったとしても、その瓦礫が、あるのだ。それが、一、だ。

たとえば、昨日、弟から、こんなメールが届いた。兄が、母を殴った。殺される、と母が言っている、と。私は、兄が、納戸と化した母の寝室へのプロジェクトについて書いた前回ブログなどを読んでいることを知っている。この「知っている」とは、最後の小林秀雄がベルグゾンや本居宣長等を使って伝えようとした、「感じる」と同じ意味でだ、という教示に近い。推論でも、認識でもない。心が、痛いのだ。私は、テレビのリモコンを投げつけられてタンコブを作った母がひとり、誰もいない居間でうずくまっている様子も感じている。兄は、私のブログを読んで、実行に移した。私の物語が、そそのかしてしまい、そそのかされた兄の行為を、感じている。そしてこうブログに書いている私を、雨で仕事が休みで書いている私を、先月から実質仕事もなくほぼ家で読み書きしている私を、女房がどう感じているかも、こちらはなお推論に近い形で、身近に感じている。女房も倉数さんのことを見知っており、私がいま彼の作品を読み終え書き始めたのだろうと知っている。この知と感じに、ゼロが入り込む余地がない。私の現実認識が虚構となり、その虚構が現実となって私の心を痛めてくる。この循環構造とも見えるものは、構造なのか? からくりは感じられても、ゼロという空虚さがない。そんな実感こそが虚構である、という哲学・文学談義じたいが空々しくなる、という生きる方向性以外、私は本能的に、とれないのだろう。その現場作業からみれば、庭から納戸への道筋を作ろうとしている植木屋からみれば、廃墟はゼロではなく、一であり、更地でさえ、疲れと痛みのような一歩を感じることができる。もちろんたぶん、この現場感覚=本能を反復するのは、意識的には、今の私には無理であろう。「この夢が覚めるまで、少しだけ眠ろう。そう思って、瞼を閉じた。」――『名もなき王国』という虚構はこう締めくくられる。「私」には、意識的には無理だからだ。三島のように、虚構=夢をまっとうさせようとする決意=意識は、凡人にはできはしない。しかし三島のように、その決然たる実行が、凡庸さを反復させるのだ。やったが、むりだった、象徴になろうとしたけど疲れた、腹切ったけど、痛かった。首を落としたのは私ではない。退位させるのは、天皇ではない。私を夢から、虚構の制度から目覚めさせるのは、他人なのか? そのからくり自体に、三島は抗わなかった。気づいていても、信じようとしたのか、自らそこに身を投げた。倉数氏は、それを、虚構のからくりを、いやがる。「少しだけ」、だ。「少しだけ眠」るのだ。勇ましく夢から覚めるためでも、ずるずると夢を見続けるためでもなく、それが夢=装置であることを確認するためなように、である。それが小説というジャンルの中でなら、文学という制度を確認するために、となる。だから、凡人が二度寝したがるような逆説的なこのささやかなる処方は、漢字かな交じり文に、さらなる小さなひらがなを付け足す、平易な漢字に振り仮名をつける、という控えめな過剰さと重なる。三島は、ルビなどつけようとしなかっただろう。しかし倉数氏は、ロマネスクな統一性を、虚構の現実性が乱されることも厭わずに、「少しだけ」、付け足していくのだ。
ならば氏の作品は、暗く終わっているのではない。この<令和>という虚構装置の向こうに、「少しだけ」、誰でもできる、何かしらの真っ当な対応が残っていることを暗示しているのだ。ゼロではない、一があるのだ、と。

2019年4月8日月曜日

屑屋再考案2

前回ブログで、納戸と化した母の部屋(家)に言及したことで、以下のプロジェクトを考案したことがあったのを思い出した。

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――反戦リフォームプロジェクト――
屑屋再考案


<――昨夜は三浦軍曹の夢を見ました。ぼんやりした夢ですが、眼を覚ましたとき、ことによると彼は生きて還っているのではないかという気がしました。大工の棟梁だったという軍曹のことですが……。>(『軍旗はためく下に』結城 昌治著 中公文庫)


「仁義なき闘い」の映画監督深作欣二氏の作品に、上記に引用した小説を映画化したものがある。それは、「敵前逃亡」により処刑されたとされるため、「戦没者遺族援護法」の施行にあたって遺族年金がおりなかった妻が、その南太平洋の戦場で、実際に夫に何があったのかの事実を、残存兵を探し歩きながら聞き出してゆく物語である。彼女は、ようやくのこと重い口を開いた生き残り帰還兵から、戦場で生起していた壮絶悲惨な現実を知ってゆくことになる。テレビで見ただけのこの映画が、私の脳裏に深く刻み付けられているのは、その最後のシーンによってである。いったい戦争が終わってどのくらい時がたっているのか、その寡黙で夢遊病者のような生き残り兵が、いま何をやって生き延びているのか、定かではなかった。が、とつとつとあの戦争の光景を語りはじめた彼をカメラが少しずつズームをさげて写し出していくとき、鑑賞中気がかりになってくるそんな疑問が一望の下に明白となるのだ。彼は都会のゴミを収集していた屑屋であり、そのオンボロの崩れ落ちそうな小屋の向こうに、新宿の高層ビルの群れが蜃気楼のように浮かびあがるのである。
私にはどうしても、このテーマパークでも言及した、実家の裏に小屋を構えて屑屋をしていた元軍人の男のことを思わずにはいられなかった。彼は二度目の世界大戦に出兵した軍曹である。戦争後は、肉親とは縁を切ったようにこの自力で立ち上げたトタン屋根の家に引きこもったのだ。軍人年金は支給されていたので、その病死が明らかになると、12人の遺族がその土地を含めた遺産相続に名乗りをあげたという。
両親や近隣住民は、不衛生だからと役所に苦情を申し出て、撤去してもらおうと考えているようだ。役人が見に来て、山と積まれた冷蔵庫などの廃棄に100万円くらいかかるだろうと洩らしていったという。それゆえ、何も手をつけられないままだ。そこで、私は考えはじめた。国家がアホな強権を発動させて、自衛隊員を中東の砂漠へと派遣し、人民を男気な妄想に仕えさそうとしているこの時勢の最中で、靖国には回収されない一人の人間の軋みを残すことはできないだろうか? 私は、その衛生的に消されようとしてる霊の声に応答し、廃墟に木霊してみようとするべく、反戦プロジェクトを立ち上げることにした



(実)家には、三日居続けるのは難しい。女房など、里帰りしてもすぐに親と喧嘩して引き返してくることになる。(母-娘関係は特別か?)そこには、なにか重苦しくなるような、<不気味なもの=親しいもの>という精神分析上指摘されてきているような、見えない空間が成立しているのだ。
母親は、隣家の屑屋を気味悪がっている。元軍曹を、「聖人」とも呼ぶのだが。実家にそのまま連結するのは、あまりにこの世俗感情を逆なでしてしまって、時期早々ということになるだろう。しかし、この廃墟との関連がうまくなければ、本当の不気味さは隠蔽されるだけで、逆に凶暴な荒廃を精神にもたらすだろう。うまく幽霊をこの世に召還させてつきあっておく必要があるのだ。
以下は、とりえずのメモであり、現在の作業は、よりイメージ化するためのデッサンや模型作り。弟が、法務省からこの土地の登記簿をコピーしてくれる。


<アイデア雑記 >
1)トイレに基礎堀および駐車場床掘りで出た土をいれ、ネムノキの植栽。肥やしに転換。
2)リヤカーを、記念館入り口への、にじり口に。その取っ手の勾配線が、屋根の勾配に。
3)旧玄関を家内側からあけると、坪庭になっている。
4)残存ゴミをつかって、メモリアル彫刻を作る。ベンチも。看板も。(公募する?)
5)新築屋根資材は、空き缶の?葺き風。
6)宿泊施設にもなるようにする。(周りは管理放棄された農業地。真向かいは農協が住宅地に法的転換したが売れずに草ぼうぼう。)
7)メインな機能は、書斎。
8)幽霊がでればいい。(まわりが怖がるので、実家とは接続しない。)
2005.5.22

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上の案は、結局は東京に行ったきりのような次男坊の私に対する母の警戒、信頼がないために挫折した。が、今回、雑草予防のために敷かれたジャリ空き地に、お隣の息子二人の駐車を許可したのだが、ゴミや吸い殻は平気で捨てるやで、出て行ってもらいたい、ということになった。が、息子たちは窃盗の前科もあるチンピラなので、弟もそんなこと言うと自分の車のタイヤをパンクさせられるのでは、と動けない。ので、チンピラどころかヤクザ者と一緒に仕事していた私の出番となる。私としては、電機工の長男や自動車整備士の次男らとうまくコミュニケートとっていたほうがよくなると思うが、とりあえず、メンタル的に弱くなっている母の気持ちを安定させなくてはならない。ので、畑が欲しいという母の要望に応えるため、とにかくも、穴を掘ることにした。
とりあえず、屑屋さんの跡地の変遷を、写真でたどる。

まず更地にしてジャリに有刺鉄線

母がブルーなんとかというコーンを植え、でかくなる。私が車入り
やすいよう、コンクリ平板等を使って、出入り口を付け足した。

作業開始。車で踏まれた砕石層は硬い。しかも、30㎝ぐらい深さがある。
というか、他の現場で余った砕石か、見積もりどおりの大量の石ころを、
地面の上に撒き転圧しただけだから、地盤が高い。掘り取った石ころの
量がすごく高くなる。人力では無理かとあきらめようかと一瞬おもう。
隣地側は踏圧弱いとわかり、そこから崩すことに。納戸と化した母の部屋
へのもぐら道のよう。

日に3時間ほど掘る。それ以上は、50過ぎの体にはきついようだ。鋤も壊れたが、
三日ほどでこの位。あとその調子で、三日ほどやれば、10平米くらいの土が現れ
るだろう。がここまでやって、弟が重労働だと業者に頼もうとする。もともと、
門扉やフェンスを作ろうと計画があったが、親の介護費とうで金を余分に使うの
はもったいない。しかも、ユンボでやって黒土放り込むだけだから、いい畑にな
らず、修正のほうに時間がかかるだろう。景観もよくならない。黒土は火山灰土
で肥沃ではない。そうした土の実験観察もしたい。ジャリも捨てるのではなく、
洪水予防の緑の土手に変換しようとおもっている。一気にジャリとりしたら、除草
のメンテナンスの方が大変になる。母には、もうそんなことはできないと弟も了解
し、私の穴掘りが続行することに。隣の息子たちは、路駐することに。そうした
田舎の人間関係の解法も、なお容易には見だせないだろう。