2022年9月23日金曜日

杉田俊介著『橋川文三とその浪曼』(河出書房新社)を読む


千葉へ移住前の中野区の本屋でこの本をみかけたのは数か月前になろう。

私も、去年、電子出版本の試作として、初めて値をつけてみた『人を喰う話』(摂津正さんとの共著)に、「瀰漫する日本浪曼派――シン・エヴァンゲリオン批判」なる予備考で、橋川文三の『日本浪曼派批判序説』を使用していた。ので、そのタイトルが気になり、手にとってみたのだ。が、その時は購入にはいたらなかった。

 

著者の杉田俊介という名前をみて、この人はフリーター問題に関して、何か実践をやっていた人ではなかったろうか、という想起がよぎったからである。たしかその件の著作に関し、私はこのブログだったかその前のHPかで、肯定的に感想を綴ったことがある。だから、その後の杉田氏の活動のことはまったく知らなかったので、文学論との関連が結びつかず、ためらったのだ。分厚いし、高いし。

 が、スマホで色々読んでいたある時、中島一夫氏の文芸批評ブログで、杉田氏のこの作品について週刊読書人で書評を書いた、とあった。ということは、杉田氏は、もともと文学畑が専門の人なんだなと合点し、もうすぐ引っ越しで図書館に行く暇もなくなるだろうからと、購入することにした。そして自分の問題を整理するためにも、その感想をメモしておこうと考えた。

 

*****

 

私自身は、橋川文三の作品は、『-序説』しか読んでいない。シン・エヴァンゲリオンを映画館でみて、これは無邪気に薄められた日本浪曼派的な心情なのではないかと思い、そこで橋川文三にそれを批判する本があったな、読んでみよう、という気になり、柄谷経由のより一般的なロマン派理解で理解できるところでこの映画は切れてしまうじゃないか、と即席的な例解として書いてみたものだ。

 そもそも、私は、日本浪曼派の親玉だという保田與重郎の作品を理解できたことがなかった。これのどこに、日本的なロマンの問題(心情)があるのかわからない。私にとって、日本近代文学上、日本的ロマンとして共感しうるのは、太宰や安吾といった無頼派系の人の作品=文体からである。私は群馬=上州育ちだから、萩原朔太郎の「帰郷」という詩にある、「まだ上州の山は見えずや」に感応する。そして帰省時に、故郷の山並みの風景姿をみて(いや山に限らず海でもいいと思うが)、なにかほっとする感情を抱くのは、私だけでもないだろう。しかしそれは、もう故郷に心情的には帰れない、無理してまた居住でもしたら頭がおかしくなってしまう、もう自分はそこから切れてしまっている、という感情の方が強いからだ。つまり、一匹狼的な無頼である。そこから、高倉健が出てくるような、任侠映画にある、大衆受けした浪人のロマンがでてくる。私にとっての日本的浪曼とは、そういう文脈理解である。保田じゃない。彼の作品に感応し特攻していったという青年たちとは、やはりインテリの優等生だろう。

 そしてその日本浪曼的な大衆心情は、じっと我慢の子であるが、ついには、黙ってらりゃあいい気になりやがって、てめえら人間じゃあねえ、叩き切ったる、と真珠湾的な奇襲攻撃をしかけ、みなが拍手喝采、溜飲をさげる、ような状態にもなる、と想像するのだ。そしてSNSを通じて大勢になる日本的なポリコレ的揚げ足取りは、そんな大衆になりきれないエリート優等生の裏返されたロマン的心情であり、言行不一致をあげつらう裏返された言霊信仰、物事が文字どおりでないと気のすまない左翼みせかけの右翼、天皇なき天皇制心情である、と私には見える。

 

私は新宿区の職人街、かつては歌舞伎町などにも鉄砲玉となるような人たちを供給していたような地域の人たちと付き合ってきた。草野球仲間でも、街宣カーで出動する、赤尾敏の愛国党系の右翼団体の家系の親分もいて、そこに関わる若い人たちのことも、深くではないが、肌感覚でわかる。イデオロギーだの、そんな話ではない。

 杉田氏の三島由紀夫をめぐる論考を読むと、私には、三島がやはりバカに見えてきてしまう。たとえていえば、甲子園に出場する高校球児たちの感動的な姿をみて、純粋にそういう若人たちがいると本気で思ってしまうようなアホ臭さ。そんな糞真面目な奴いるわけねえだろう。おそらく、三島が実際に徴兵されて軍隊生活を送っていたら、目が覚めたろう。が、純粋ではなく、不真面目であるからといって、真剣さがないわけではないのだ。ブログだかHPだかでも綴ったが、敗戦の通知を受けても降伏せず、小舟を漕いで切り込んでいった末端の若い兵士たちもいたそうだが、私には、ジャングルに潜みながら、もはや上官も死んでただ先輩―後輩関係だけがあるようなグループのなかで、どんな会話がなされたのか、聞こえてくるようだ。俺たちはバカだろう、やるしかねえよな、いやそこまでやらなくても、いやだって、おかしいだろう? わかったよ、と泣く泣く突撃するのだ。彼らは、「天皇陛下万歳!」を叫んで突っ込んでいったのかもしれない、が、そんなのは、他に言うことがないからの口パクの合言葉だ。おそらく大概の若者はそんな言葉は叫ばないだろうが、叫ぶものも、やけっぱちな気合入れだろう。ただ、ヤンキーの、下っ端で生きてきた者の意地があるのだ。

 

宮台真司が、クリントイーストウッドの映画に出てくる主人公は、平凡でどこにもいる人なんだけど、それがそのままで英雄的な行為をみせる、その逆転の現実を描いているんだ、と講釈していたと思うが、そうした理解に近い。

 が、だからといって、三島を非難するわけにもいかない。なぜなら、まさに戦争中が、一番多感な青春時だったからだ。おそらく、その時期に戦争という狂気に呑み込まれたものは、もう、もどれない。いや、もどれなくても、とにかく平和時になって、頭を冷やす時期があった。橋川文三は、あるいは吉本隆明も、頭を冷やしたわけだろう。

 

私は、中学時代まで、「純粋」に野球をやっていた。そこは、軍隊のようだった。が旧制中学からの進学高校に入って、そこで、戦後民主主義のような洗礼を受けた。自主練が中心だった。私の頭は混乱した。今からおもえば、燃え尽き症候群という症状だ。これは、私が息子と一緒に少年サッカーを教えていたときでも、そう陥る子供もいることを確認した。代表チームに選ばれて、仲間と団結した厳しい練習を卒業し、いざ生ぬるい中学部活動や、あるいは技術偏重のテクニカルなクラブ・チームにいくと、不適応になって引きこもり、そのまま学校へも行けなくなる。一身にして二世を経る、という福沢諭吉の認識経験が、そうしたところでも反復されているのだ。

 吉本は、こんな夢を見た、と言ってなかったか。突撃の命令があったので突撃したら、突撃しているのは自分だけだった、と。私も、似た経験をした。純粋だったのだ。が、頭を冷やした。アルバイトでの外国人と一緒に仕事をすることや、東京の職人たちの世界に触れていくことが、そんな純粋さを再考・熟考させた。

 

*****

 

中島一夫氏の文芸ブログ、「文学は故郷を失ったことなどない」や「アンチ・オイディプスはまだ早い」は、杉田氏の作品への応答などではないかと推察される。書評での紹介をこえて、杉田氏の作品が露呈させてきた問題を引き継いで綴ったような論考である。

 

杉田氏の問い、<共和制=真の一般意志のために、天皇制なき民主主義を見出すことができるか>――中島氏によれば、三島は、文学がその実践にならない、なれないことを理解していた、と。ベンヤミンの仕事を参照して言えるように、演劇という実践だけが、その回路をもつ。<三島の死とは、いわば演劇実践によって文学の「外」に出ることだった。「死なないですむ」芸道=文学=仮構の「外」にしか、「現実の権力と仮構の権力(純粋芸道)との真の対決闘争もな」いのである。>

 私には、理論的な話をこえて、中島氏の話はリアルに感ずる。それは、早稲田二文にいた私の、数すくない、付き合いあった友人たちは、みな演劇科だったからだ。文学系は、「純粋」かもしれないが大人しい。演劇系は、活動的で、面白い。ひとり、脚本家としてそれなりに著名となった者もいる。要は、文学は活動的ではない、それを目指している人たち自身が。

 三島の、死への演劇の「最後の五秒」、三島は、若い森田必勝に「むりやり」遂行に追い込まれたのではないか、と中島氏は理論的に推察している。杉田氏の作品では、<三島は今際のきわに「森田お前はやめろ」と叫んだという>話が紹介されている。私には、森田が、ヤンキーの意地で、言葉だけの文学を突き上げたのではないか、と思えてくる。

 しかし、ヤンキーがやけっぱちにせよ「天皇!」と叫ぶとき、それは現場の声であって、「一般意志」ではない。天皇なき民主主義が、本当に必要な「一般意志」であらねばならないのなら、その声以前の心情的なものに、別の言葉を与えなくてはならない。ということは、そうするメタレベルな、超越的な思考立場が必要だ、ということだ。三島は、それがわかっていた、と。だから若者から突き上げられて、むりやりでもその拳を食って、「みやびじゃ」と、演劇を遂行した。……純粋貫徹、言霊一致である。が、いいとは思わない。三島個人はしょうがなかっただろう。戦中派で、もう、もどれない心情破壊を抱え込んでいたのかもしれないから。が、若者を巻き込むべきでなかった。

 

演劇は、そういうものなのか? みんなを巻き込んで、場を創造していく。上(天皇)からではなく、下からそこを、真のネーション、共同性を形成していく装置として。一人ひとりがバラバラで虚しくならないように。…が本当に、そんなものがいいのか? 必要なのか? ……三島のその劇的な死にざまは、磔にされた神、という転倒の衝撃と私にはだぶってくる。だから、もし本当に、天皇(日本人の一般意志を収奪しているとされる)が、日本人という枠をこえて、普遍的な神としての超越性を得たいならば、その必要があるというならば、イエスや三島をこえた、よりわけのわからない死に方、「俺だって人間だぞ!」と叫びながら、「人間よ、人間よ、なんで私を見捨てるのか」と独り言ちるような、劇的な結末を迎えなくてはならないのだろう。と、論理図式でなるとおもうのだが、それが、いいのか?

 

*****

 

柄谷行人がNAMをはじめた頃、日本語の表記体系の漢字かな交じり文を、双系性という人類学的な分析概念で解こうとする議論があったが(共同討議「「日本精神分析」再論」(『批評空間』2002Ⅲ―3))、結局のところ、それは日本が「島国」だから、という地理的な要因に収れんしてしまう。だから、と決断=実践として、NAMがはじまった、はじめた、と。そして柄谷は、「大和魂」という言葉を喚起させて、それで実践していくことを肯う対談もどこかで行っていた。

 たしかに、柄谷の講演は、演劇的だった。はじめて早稲田大の文化祭でその模様を見て、度肝を抜かれたのを覚えている。お行儀が悪い。

 がその解散後、もう一度柳田国男などを再考したりして、日本的現実=自然を、より世界史的な、普遍性の水準で理解しようとする理論営みに入ったわけだ。

 私自身は、このブログでも繰り返してきたように、NAMの終わりごろに知ったエマニュエル・トッドで解析してきた。こっちのほうが、よりもともこうもなくなるだろう。要は、日本は、核家族的な、猿から人へに近い始原の家族形態が多分に残っている周辺的な場所なんだと。その理論を敷衍すれば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』も、文明的な共同体家族と、ロシアにおける核家族の残存との闘争、葛藤とみえてくる。シンデレラにせよ、三匹の子豚にせよ、エルダー兄弟にせよ、三人兄弟のうち長男ではなく末っ子が救世主的な位置に立つのは、核家族の名残としての想像力であり、文明への抵抗なのだ。『罪と罰』とかなら、グノーシス的な思想や、分離派といった異端宗教の挿入が、それにあたるだろう。

 

ここでようやく、杉田氏の、最後の章の言葉を引用できる。

 

<三島もまた現人神への愛憎の先で、天皇制を踏み抜いて誰もが神になるための道を行動的に示そうとした。しかし橋川の場合、三島とは目線が微妙に違う。日本を郷土の寄せ集めとして「くに」=島国として見つめ、それがアジアへと、世界史へと普遍的に開かれていくのを見つめるからだ。そのとき戦死者たちもまた、日本国家のための神ではなく、この地球のため、人類のための神々の一員となる。>

 

理論的には曖昧な、杉田氏のロマン心情の吐露のような言葉だが、私は共感できる。「アジア」というのは私にはわからないが、中上健次は、日本人の一億総玉砕という思想は、カンボジアはポルポト派の大虐殺と連なっているのだ、と発言していたのを思い出す。現今のウクライナでは、マリウポリ製鉄所をめぐる戦闘などは、硫黄島での戦いを想起させるが、アゾフ大隊の司令官は、SNSで助けてくれと呼びかけて、玉砕はしなかった。これも、すでに他民族からの虐殺経験を幾度も経ざるを得なかった大陸系の倫理感なのだろうと、私は推論する。

 

橋川は、島国日本という周辺のさらなる周辺の「対馬」という故郷をより緻密にみようとしはじめていたわけだ。その視線の先に夢見られる「くに」では、誰もが神になりえ、地球のため、人類のための一員として生きているだろう。……しかし、夢であってはならないだろう。いまや、テニスの大坂なおみだって日本人だし、100メートル走のサニブラウンだってバスケの八村塁だって、見かけだけでなく、いわゆる日本育ちの心情とは異なっているのではないか。彼らを、いわゆる「在日」の憂き目につぶしてしまうことを繰り返してはならない。それは、夢ではなく、必要な具体性として目に見える。そこを見ないで、あくまで日本育ちの、私なら上州人気質の内在的批判という文脈だけにこだわるならば、雑多なものを文化的に抱擁するだけの「神々の微笑」に頽落してしまうだろう。

2022年9月19日月曜日

「土中環境」を通る


台風が、また日本を荒らしている。いや、神風が、日本に怒っているのかもしれない。

 そんな中で、今日は幸いにも、無事千葉県は鴨川市までいって、「小さな地球」主催の高田宏臣氏による新著出版記念レクチャーに参加することができた。通り雨がきたくらいで、むしろ好天気のなかでの実習にもなった。

 高田氏の具体的な哲学や実践は、WEB上でも概要は知れるので、そちらにまかせよう。率先して手が動いていくような高田さんは職人肌だ。しかし町場の植木職人を30年ほどやってきた私とは、知識体系がまるで違う。むしろ正反対と言えるだろう。

 大正時代からのブルジョワ勃興によって定職化した都市部の植木職人のもっている経験知は、私の見立てでは、8割以上は間違い。盆栽に近い剪定の技術の本質的なところを推定して応用できて、はじめて残り2割の正しさが実践できるにすぎないだろう、と私は判断している。つまり、あくまで町場の植木職人の技術とは、近代文化が成立したそこをどうメンテナンスするかに集約されてしまうので、自然との関係において錯誤を抱え込みやすいのだ。

 たとえば、今日の実習でも、車止め兼用の土留めになる玉石の据え方の実践があった。その作法や考え方は、町場の技術からは考慮する必要がすでになくなってしまったものになろう。庭園を持つ屋敷の中で、マンションの敷地の中で、地下水の流れや水の浸透を考慮した柔らかい据え方など、町場職人はしないだろう。据える石の地面を、石の形に似せて柔らかくしてから、つまり石の座りをよくしてから地面に埋めて、バールか何かで突き固める、いわば土決め。が、やはり仕事では、そのほかに、石と石の間にできる隙間にモルタルを詰めて、植栽地から庭への水の流出を防ぐように施行する。周りの木や草による自然な決めでは時間もかかるから、その場での完結を志向する。

 私が高田氏の講習をみてみたいと思ったのは、その私が持っているが疑ってもいる技術体系を差異化してもらう契機をはっきりさせたいからだ。

 しかしもともとは、そうした植木職人としての文脈において、高田氏の仕事が関心の領域に入ってきたわけではない。

 このブログでも何度か言及したように、中上健次論三巻本を上梓した河中郁男氏のその評論の中での「観点」という用語が、量子論からきているのではないか、と推論し、そこから、量子力学のおさらい読書、そしてそこから派生したDNAらせん構造の発見延長によるRNAウィルス(細胞核はRNAウィルスの巣が進化したものではないかとも推定されている)、微生物(大腸内も含む)、そしてそこから、ハンス・ヨーナスやレヴィナスの他者論からまた量子論的現実に帰ってきたという円環のうちで、高田氏の実践にもっと近づいてみようとおもったのである。つまりは、文学の文脈からである。

 今日の講習でも、この「小さな地球」にかかわる東工大の建築家の塚本氏が、人の体内にある微生物との話と結び付けて発言した。それに、高田氏が、土中でも腸内でも、微生物の種類とは10万兆くらいあると言われているのだから、それを科学的に分類していたら、何年かかるかわからない、つまり、無限といっていいのだから、そんなやり方では無理なんではないか、と暗示するような発言もしていた。直接目に観察しえる微生物はこれとこれと名のある物質が作用してとか言うけど、その見えない背後で、多様な微生物の作用があるのだから、と。

 量子論の世界も、結局は、他者論にゆく。それは、なにもSF的にこの目に見える人間の現象世界とは違う他の現象世界が並列しているとか想像する以前に、この体の中の微生物の世界、それは人には観察できない世界作用をもっているが、その世界の変化を、私たちの体がたとえば危険信号と読み取って、もう気持ち悪くて食えない、やめよう、となっているのかもしれない。ということは、他の世界と、並列している、ということだろう。

 DNAがらせん構造に見えるのも、可視光線レベルでの抽象化にすぎず、おそらく本当は、つまり自然は、幾重にも重なった世界の広がりを持っているはずである。

 そこから、ゆえに、私たち人間はどう生きるのか、と考えなくてはならない。

*****

 それにしても、鴨川は久しぶりである。NAMで知り合った、二代目代表になった田中さんの棚田の活動に、幼稚園児頃の息子と一緒に参加して以来だろう。だから、十年以上は経つ。

講習がおわって、古民家で開いているカフェ・レストランで、カレーライスを食べていると、質疑応答で発言した女性と一緒になって、話がはずんだ。私とではなく、女房とである。当初は、台風だから行かないと言っていたのだが、朝の晴れ間をみて、ついてきた。その女性は、鴨川の山を崩した台地にメガソーラーを建設しようとしている開発に反対運動をしている団体の代表だった。二人は、千葉出身の椎名誠の話でもりあがっていた。その話のなかで、「田中さん」の名前ができてきた。加藤登紀子と同様なようにその名を知っているのが当然のごとく自然に会話にはさんできたので、それがNAMで知り合った田中さんと同じ人物なのか確認しそびれたが、たぶん、そうなのだろう。

 なんだが、女性同志のことだから、飛び火しそうである。

※ 「鴨川の山と川と海を守る会」勝又國江さん | Solar Sympo (megasolarsympo.wixsite.com)

2022年9月18日日曜日

とんとんとか…


 とんとんとかとんとん、とんとんとんとんとかとんとん、とんとんとんとんとんとんとんとん……慎吾は、頭をぶるっとふるわした。向かい側の並びの席は、真ん中辺りがぽかりと空いているだけで、ほぼ埋まっていた。吊り革につかまっている人も何人かいる。その吊り下がった体が、一瞬きょろっと動かした視線をさえぎってくる。だけど、どこかまばら、という感じがして、少しほっとして、また視線をドア側の隅の席に腰着けた自分の足元に落とした。普段なら、勤め帰りの人たちの時間帯と重なりそうだから、もっと混雑しているのかもしれない。今日は土曜日だから、まだ遊びにでかけた人が帰宅する時刻にはなお早いかもしれないから、それほど圧迫されないですんでいるのかもしれない。電車に乗ること自体が久しぶりで、しかも東京の地下鉄となれば、30年ぶりくらいかもしれず、自身がそこに入っていけるのかが心配だった。乗り方を覚えているだろうか、ということだけではなかった。とくには、乗車というよりかはホームの上で、身に迫る恐怖が湧きおこってきて、そのまま身体が凍り付き、身動きできなくなってしまうのではないか、と想像されたのだ。細長い舞台のようなホームに立ち並んだ人々の間から、一段低い線路が見えてくる。その二本の線は、す~っと伸びて、落とし穴のようにぽんと空いた白い光の中へ消えていく。すると、押し入れの隅に押し込まれていたような記憶が机の引き出しのようにすっと引き出されて、使い忘れて捨てられたような消しゴムみたく存在感を増してくる。これは、おまえのだろ? 先が丸くなって小さくなりかけた消しゴムは訴えかけてくる。俺がわるいんじゃないよ、俺だって、君を一生懸命救ってあげたかったんだ、だけど、もう、手に取る理由が、生きる理由が、わからなくなってしまったんだ、見つからなくなってしまったんだ、俺を、そんなに責めないでくれよ、俺は……あの時、慎吾は、ホームに入ってきた電車に飛び込もうとしたのだった。「俺を死なせてくれ!」体を自分につけるようにして横を歩いていた父親が、ぎゅっと腕をつかんできた。身を振りほどこうともがく自分を、必死になって押さえつける力が伝わってきた。前を歩いていた弟の正岐が、もどり近づいてくる気配がした。「俺を死なせてくれよ! もう、だめなんだ!」もう一度、叫んだ気がする。「ばか言うな!」父親が自分を抑え込む力と、自分の膝が折れてホームに倒れ込み力が抜けていく感覚とが、一緒だった気もする。泣きそうな、悲痛な父の叫びだった。その激しい悲しさが、頭の中で木魂していた。そのあとのことはわからない。家の前で、タクシーを降りた。車が、高速で走っていくような感覚と、頭の中の、時間が滑っていくような感覚が一緒になって、ぐるぐると回転し、窓から見える風景もぐるぐるだった。そのぐるぐるの中で、両脇に密着した父親と弟の温もりが伝わっていた。そうだ、俺は、まだあの暖かい温もりを覚えているじゃないか……。

慎吾はほっとしたが、いつの間にか隣に座っていた中年男の肩が自分の肩に接しているのに気付くと、我が返ったように思い返した。なんだって俺は、とんとんとんとん考えていたんだろう? そう思いつくと、また頭の中に、とんとんという音のような言葉が渦巻くのだった。

これはあれだろう? (と、渦中のなかで意識が飛び出してきた。)太宰の短編小説の、タイトルのやつで、幻のようにどこからともなく聞こえてくるってやつじゃないか……何かやろうとすると、聞こえてきて、やる気が失せていくんだ……戦争後遺症ってやつだな、一種のうつ病なんだろうな。俺だって、敗残者として故郷に帰ってきたんだ、幻聴のひとつやふたつも聞くだろうさ。それを甘えてるっていわれてもな。直希のやつは(と三男の弟のことが思い出されてきた)、なんだってああもうるさいんだろうな。介護士をやってるっていうんなら、もっと病者への理解があってもいいじゃないか。それをあいつは呑気な患者と間違えてやがる。苦しいからこそ、怠け者になっちまってるってことがわからない。いや、そもそも俺は怠けてなんかいないじゃないか。毎日英語の授業を欠かさない。ABCもできるかどうかわからん中卒のあいつに、何が理解できるっていうんだ? それともあれか、「大いなる文学のために死んでください。自分も死にます、この戦争のために」!と太宰に書き送って散華した戦中の青年みたく、深い大義があいつにあるっていうことなのか? あいつの俺にたいする日々の嫌みは、俺の野心を超えていく高尚な思慮からやってくるとでもいうのか? たしかに、あいつは、よくわからんやつさ、何を考えていることやら。真面目なのか不真面目なのか、真っすぐなのか曲がってんのか。しかしあいつだって、どこかおかしかった時が、いっとき、行方不明になってた時があるっていうじゃないか! ならあいつだって、故郷に錦を飾れないで出戻りしてきた敗残者じゃないのか? むざむざ生き残って、あいつにだって、とんとん聞こえてきたって、おかしくないじゃないか! それを、規則正しい生活してれば、俺の苦しみは消えていく、なんて、ふざけやがって! 眠くたって、眠れないんだぞ。睡眠薬をいっぱい飲んでも、眠気に襲われながら、かっと目覚めている。夜が、真昼のように、炎天と俺の頭の中を照らすのだ。言葉の嵐が、渦を巻いて俺をメールストロムの底へと引きずり込んでゆく。何をつかんだら渦巻の中から浮上できるものやら、俺にはわからない。いつの間にか、髪は真っ白なはずだけど、坊主頭にしてるからな、俺は幼くみえるらしい。時が、歳がとまっちまったのかもしれないな……。

慎吾はふと落ちた自分のそんな想念に、身をすくめた。体を実際に縮ませたために、隣の人との接触がなくなった意識に目覚めて、ぷいと横を向いた。もう、そこには誰もいなかった。前の列の席にも、空席が目立っていた。いつのまに降りたのだろう? そして、自分はやはり取り残されている、そんな淋しさが身を包んできた。実家にもどり、子供部屋に引きこもり、軍歌をきいた。同じメロディーを何度も頭に刻み付けていくなかで、いつのまにか持たされていた携帯電話がスマートフォンというのに変わって、最近はそこに映る動画で賛美歌をきいたり、テレサ・テンの歌を繰り返し再生させた。いやそれが朝の日課になっていた。不眠症に襲われていても、それは規則正しい生活にちがいなかった。井の中に取り残された蛙だとしても、蛙はケロケロとしか鳴かないではないか、井の外に出ていった蛙たちだって、ケロケロ鳴くことしかできないではないか、ならば、なんで俺がいつも同じ古の曲で心を落ち着かせてわるいことがあろう! 自分は、外の世界の現実を知らないかもしれない。しかしそれでも、外の人間たちと同じように、ケロケロと鳴く世界とつながっているとしたら! ……ならば、俺は、淋しくないというのか? ひとりではないというのか? 生涯のうちに自分の職場と家とをつなぐ生活圏を離れることもできず、離れようともしないで、どんな支配にたいしても無関心に無自覚にゆれるように生活し、死ね! 死んでいくことこそが、どんな政治人よりも重く存在している大衆の思想であり、自立の基盤なのだ! ならば……なんで、俺は苦しんでいる? 考えて、考えて、その言葉が渦を巻き、眠られぬ夜で朝を迎える。たしかに俺は、それでも食い意地だけは張っているようだ。もうそれしか、楽しみがないかのようだ。けど、苦しんで、考えている、食うこと以外にも、考えている、考えている……なんでそれが、ばかなことだろう! ばかで、あるもんか!

慎吾はばっと席を立つと、開いた扉をさっそうとくぐっていった。急に、腹立たしくなってきた。人をばかにしやがって……そうだ、あの頃も、そう思って、俺は、あいつらと……と慎吾は突然、またぶるっと体をふるわした。あいつめ……あいつら、また人殺しを……首相を狙うなんて、どこまで本気なんだ? エスカレーターに乗り、地上へと出た。自転車道をも交えた広い歩道の向こうの大きな道路の向こうに、マクドナルドの大きな黄色いMがみえる。その真向いの少し狭めの道路の向こうには、バーミヤンというファミレスの看板がみえる。そうだ、俺は、ここで落ち合うのでいいんだ、今度こそ、あいつと、あいつらと、決着をつけてやる……慎吾は、青になった横断歩道を渡った。

2022年9月14日水曜日

『文學界』10月号を読む


文芸誌の『文學界』で、東京大は駒場でおこなわれたらしい柄谷行人を招聘した講演が収録されており、また岡崎乾二郎への対談も掲載されていたので、購読してみた。

そして、柄谷行人のNAMをめぐる回想発言に関して、ひとこと言っておきたくなった。その後の柄谷氏の仕事からすれば、以下あげるひと指摘は、揚げ足とりにしかならないが、より若い人たちの実践にとっては、参考に知っているのも悪くはないだろうと。

柄谷は、NAMも交換A、贈与を志向した実践だった、と発言する。が、思い違いだ。たしかに、理論的には、潜在的にはあったであろう可能性だが、意識水準では、NAMは、村社会(贈与交換社会)から出る「単独者」を志向する集まりだとされ、柄谷自身が最後は、レーニン的な前衛エリート組織になって大衆を排除し、少数先鋭な組織存続を提唱したのである。

基調的には、そういう志向集団だったので、だから、岡崎氏は、芸術系のプロジェクトの初会合で、文献としてゴドリエの『贈与の謎』(法政大学出版局)を読んで来いといい、ウィリアム・モリスの洞察した、「ハウ」でいんだよ! と語調を強めて講義していたのである。私は参加しながら、これは柄谷批判なんだろうな、とその時感得していた。

柄谷はより若い頃、「なんで正月にお年玉あげるの?」とかそうした慣習を唾棄すべきこととして発言していたはずだ。そして私は、いまでもそうである。少なくとも、儀礼的な贈与交換などに、「ハウ(負い目)」など感じない。だから、引っ越し祝いだの、開業祝いだの、くれるというなら、じゃあもらっとくよ、となる。が、もらいっぱなしだ。お返しなどする気はおきない。それが、単に儀礼・形式的な対応ならば。本当にそこに心があると感じたときだけ、やはり私の心も動くだろう。交換様式から強いられた交換など、糞くらえである。

だから、私はあくまで、「単独」的な方向から、贈与互酬交換を考える。

この『文學界』で、岡崎氏も、「霊」(スピリッツ)を持ち出している。あるいは、漱石をもちあげる。となれば、柄谷が交換Dとは「自然」だというとき、柄谷の初期漱石論「意識と自然」なども連想される。が、二人の思考がどこかで重なるとしても、より広範な問題意識において把握しなおされなければ意味がない。

柄谷が、『探究』を単行本で出したとき、大澤真幸氏が、「単独ー普遍」という回路のつながりが論理的にまったく提示されていないのでは、と指摘していたが、その柄谷にむけた批判を、現在大澤氏は「世界史の哲学」として継承しているのだろう。

そうした以上の指摘で私が若い人に言いたいのは、早まって判断するな、ということである。そんなのは、「解釈」にすぎない。実践にはならない。

*岡崎氏は脳梗塞だったとか。私は知らなかったが、というと、コロナ前期に偶然トヨタ美術館で会ったあとのその年に、倒れた、ということなのだろう。私を美術館のキュレーターたちに紹介するにあたって、柄谷とそのNAMのことに触れざるを得なくなったが、その時の表情から、柄谷の「か」の字も口にしたくないのが本心なのでは、と感じた。後遺症だ。著名人の間でも、色々実生活に関わることがあったときく。柄谷本人も後遺症を抱え込んでいると推察されるが、一番ふてえ人なので、健全なる忘却によって、前を向いて歩いているのだろう。

2022年9月10日土曜日

開業準備

 植木屋独立へ向けて、新しいブログも追加。

庭木手入れ すずき (niwakiteire-suzuki.blogspot.com)

2022年9月9日金曜日

釜底現状を見る引用三つ

 


「私たちは自分より強い人間たちに囲まれている。彼らは一〇〇〇の方法で私たちに害をなすことができ、そうやって害をなしても、四回のうち三回は罰されない。このような人間たちの心の中にも、私たちのために戦い、私たちをその攻撃から守ってくれる精神的な原理があることを知るのは、どんなに心がほっとすることだろう。

 さもなければ、私たちは絶えざる恐怖の中で生きなければならないだろう。ライオンの前を通るように人間の前を通るようになり、自分の財産、名誉、生命について一瞬も安心できなくなるだろう。」(『ペルシア人の手紙』モンテスキュー著・田口卓臣訳 講談社学術文庫)

 

 「ウクライナから安価で良質な労働力を吸い寄せてきた西欧諸国にも重い責任があります。ウクライナは独立以来、人口の一五%を失いました。まさに「破綻国家」と呼べる状態です。しかも高等教育を受けた労働人口が流出しました。本来は国家建設を担うべき優秀な若者が、よりよい人生を求めて国外に出ることを選んだのです。現在、大量の難民が発生していますが、ウクライナからの人口流出は、実は以前から起きていたのです。」(『エマニュエル・トッド「日本核武装のすすめ」『文藝春秋』2022年五月特別号』

↓↑

 「いまの時点では、現地の状況はあまりかんばしくありません。ウクライナでは二〇一九年に新大統領のウォロディミル・ゼレンスキーが選出されました。新議会の議員は七〇%がそれまで政界で働いたことのない人で、その多くが若者です。旧い政治エリートを一掃したかのように思われました。けれども二〇二〇年に明らかになったのですが、ウクライナの新興財閥は権力をほとんど保ったままで、引きつづき舞台裏で政策を形成しています。

 指導者養成プログラムを後援し、民主的な政府がいかに働くのか、彼らがいかに政策改革を実現する手助けができるのかを多くのウクライナの若い人たちに教えることで、変化をもたらすことができるというのがわたしの考えです。より大きな政治情勢がどうあれ、ウクライナを訪れると楽観的になって帰ってきます。そうした指導者養成プログラムで教えているのですが、そこには多くの若いウクライナ人が参加します。三〇代や四〇代の比較的若い人がたくさんいるのです。ソ連のもとでは育っていない人たちで、ウクライナがヨーロッパの一国であってほしいと強く望む人たちです。」(『「歴史の終わり」の後で』フランシス・フクヤマ/マチルデ・ファスティング編・山田文訳 中央公論社)

2022年8月9日火曜日

焼き鳥屋とんちゃん


 ピロティに区画された団地の駐輪場から自転車をだすと、まだ西に高い陽の光が矢継ぎ早に降り注いで、シャワーを浴びたばかりの肌に、射るような痛みを覚えさせる。日向に剥き出た両腕は、二度目の真夏日になめられて黒光りしている。梅雨が宣言されるや雨がやみ、35度を超えていく猛暑日が続いたのだった。さっそくこれまでで一番早い梅雨明けが宣言され、追い打ちをかけるような本格的な夏がやってきたのだ。

二又路に挟まれた交番から駅へと向かう坂道に入ると、正岐は陽炎の揺れる坂の底へと潜っていった。風のように身を切る空気は熱い。沸騰するように、汗が噴き出てくる。製鉄所の地下のシェルターに身を潜めて、釜の底で煮られていくような人々の姿が、ふと連想されてきた。その戦争の地で、大統領は冬のことを心配していた。暖房の途絶えた厳冬期は乗り切れない、それまでには終結させたい……。

陽の淀みからそのまま真っすぐ駆け上がっていけば、戦前はプロレタリア通りと呼ばれもした駅前の銀座通りにでる。正岐は左斜めへの路地をにさらに降りて、火葬場へと向かう道の方を進んだ。どん底になったような左手に、生垣に仕切られた火葬場が見えると、車道にかぶさった枝を元のほうから切断したばかりの桜並木に入り、そこから、今度は駆け上っていく。途中右側、だいぶ以前、もう20年以上も前まで植木手入れにはいっていた民家がある。そこのお宅の庭にも古木となった桜があった。えっちゃんが、チェンソーでそれを小さくした。「いい形になったわよね。上手なものでしょ?」と、家の奥さんが、まだ植木職人の見習いになったばかりで、地に落ちた枝をさばくだけの正岐に聞いてきた。その後しばらくして、奥さんは老人ホームにはいっていった。そのお宅は、今はこじんまりしたアパートに建て替わっている。

坂を上りきると、車が行き交う早稲田通りへと出る。そのまま東に曲がってゆくと、もっと大きな四車線の山手通りへと交差するのだった。正岐がえっちゃんに告げた飲み屋、草野球仲間がやっている焼き鳥屋さんは、その交差点のすぐ近くにあった。セブンイレブンと、マクドナルドと、バーミヤンと地下鉄へと降りる出入口が交差点の四隅を陣取っている。もともとこの高台のような交差点は、古墳であって、そこに富士信仰に伴う富士塚が築かれ、浅間神社があった。環状6号線を構築し、道路を真っすぐに通すために、その築山を取り除いたのだそうだ。浅間神社は、この地区の地主の一人のマンションの敷地、マクドナルドの裏手へと引きこもった。山を象った溶岩石の朴石や仏像は、交差点を下っていった先に江戸中期からはあったお寺に引き取られた。そのお寺の庭を、正岐やえっちゃんが手入れしていた。が二人とも、えっちゃんはすでに、正岐ももうすぐ、この界隈の町場の植木屋を退こうとしているのだった。

正岐は歩道の中央にある分離帯、自転車と歩行者を分ける植樹帯の脇に、自転車をとめた。トレパン地の黒い半ズボンのポケットから、使い捨ての白いマスクをとりだして着け、簾ふうの暖簾をかき分けて、店のドアを開けた。

「とんちゃん、だいじょうぶかい?」 正岐はまず顔だけをのぞかせて、中をうかがった。カウンターの一番奥の席に、男がひとり座っていて、その向こうで、眼鏡をかけた坊主頭のとんちゃんの姿がみえた。

「待ってましたよ! そこのテーブルをとってますから。」と四人掛けのテーブルが三つあるうちの、壁際の奥の方の席を手招きした。マスクを外して席に向かうと、店を手伝っている奥さんが消毒液をもってやってきた。「いつもすいませんねえ」と言いながら、手を出した正岐の両手にスプレーを吹きかけた。席に着けば、カウンターの男をテーブル向こうに伺うことになる。白いTシャツに、なにやら流行りの漫画かアニメの絵が描かれているのがちらと見えた。

「もう一杯もらえっかい?」男は、正岐より幾分年上にみえる男は、調理場にもどろうとしていた奥さんににジョッキをあずけた。そのさい、チラと、こちらを斜の眼付で覗き込むような眼の動きをみせた。正岐はどこかで、この雰囲気の暗い男と、出会ったことがあるような気がした。

「しろちゃん、ひさしぶりなのに、ピッチはやいねえ!」カウンター向こうの調理場でお通しを準備しているのだろう、とんちゃんが応じた。

「ぼくにも、ナマくださいよ。もう我慢できないや。先に飲んじゃおう。」おしぼりとお通しをテーブルに置いた奥さんが、すぐにまたもどっていった。おしぼりで手をぬぐっているあいだ、奥さんがサーバーからジョッキへとビールを注ぐ。

「お客さんはどうなの?」 正岐はおしぼりを畳んでテーブルの隅に置く。

「いやまた流行りだした、ってニュースになったでしょ。もうその日からぱたっと来なくなっちゃったよ。これなら、時間制限して援助してもらったほうがいいくらいだよ。」ととんちゃんは言う。コロナ第七波がやってきているのでは、と騒がれ始めていた。

「そんなもんかねえ」とカウンターの男が、奥さんからジョッキを受け取って、間に入るようにつぶやいた。

「そういうもんですよ。」ととんちゃんは笑いながら応じた。「しろちゃんは、仕事してないから、世の中に疎くなっちゃったんじゃないの?」

 奥さんが生ビールを正岐のテーブルに置いていった。てっぺんの白い泡を口に含んだところで、開けたドアをつかんだままのえっちゃんが、顔をのぞかせた。

「まあちゃん、遅かったかな?」とテーブルに歩み寄ると、顔の半分くらいは覆っているマスクの中で、もごもごした声をだした。

「いま口につけちゃったところですよ。奥さん、生ビールもうひとつ。あと冷ややっこ二つと枝豆ひとつください。」 奥さんはテーブル脇に立ったえっちゃんの手のひらにも消毒スプレーをかけて、調理場のほうへもどった。えっちゃんが席についてマスクを外すと、日に焼けた真っ黒な笑顔があらわれた。日本の昔話や能の世界にでてくる、翁のようだなと、いつも思わされる。

「市川さんは、ここははじめてですよね?」 とんちゃんがカウンターから身を乗り出すようにしてきいてきた。透明なアクリル板が調理場とカウンターの敷居を仕切っているから、声を少し張り上げるような感じになる。「まあさんからは、よく話をきいてますよ。たくさん飲むほうなんでしょ。遠慮しないでくださいよ!」

 とんちゃんは、正岐のことをまあちゃんではなく、まあさんと呼ぶ。この新宿の下町のような職人仲間の若い衆は、年上にちゃんではまずいからと、さんと言い換えて呼んでいるが、それに倣っているわけではないだろう。とんちゃんのほうが正岐より年上だ。が、野球が正岐のほうが経験者で、上手と認めているからなのだろう。

 えっちゃんは奥さんから直接受け取ったジョッキをそのまま前に差し出すと、「乾杯!」と音頭をとった。

「とんちゃん、ネギマのタレ二本と、タン塩も二本おねがいね!」 正岐は注文を付け足した。

「えっちゃんは今日は、シルバーだったんですか?」 正岐もビールで喉を潤しながら、話しかけた。

「そうだよ。ハーちゃんところは、四日間で、金・土ってシルバーをやってるんだ。」とえっちゃん。

「フルで働いているんですね。僕より忙しそうですよ。だいじょうぶなんですか?」去年いっぱいで会社をやめて、シルバー人材に登録して、体力的につづけられる仕事をしようという話だった。いっときコロナが収まったころ、懇意な隣の地区の親方も呼んで、慰労をこめた「お疲れ様会」を、えっちゃんの家族が暮らすアパートの近くの飲み屋でやったのだった。会社では、そうした席を設けることはしにくくなっていた。去年の仕事納めの酒を飲む席で、親方はえっちゃんに、俺もあと数年で引退だからそれまでもう少し頑張っていっしょにできないか、というような話をほのめかせた。がそれに親方よりいくらか年上のえっちゃんは、いやもう無理です生活保護でも…と、答えたのだった。がえっちゃんは、親方の誘いに気付いて断ったのかはわからない。親方はそう思ったろうが、『鉄道員(ぽっぽや)』の高倉健のような律儀な仕事人のえっちゃんに、そうした拒否ができるように正岐には思われなかった。たぶん、体力的に無理になった自分は退いて若いものに道を譲るべきだ、みたいな男気を思いつめて、もうそれしか頭に入らなくなっていたのではないか、が親方からすれば、自分とやるのがもう嫌なのかと思われただろう。それから、えっちゃんを送った飲み会から二カ月もたたずして、今度はえっちゃんから飲もうよ、と言ってきた。その間えっちゃんは、若社長のハーちゃんの方から手伝いに引き出されていた。正岐は、えっちゃんがいなくなったぶん、ひとりでか、親方といっしょに庭の手入れにおもむくことが多くなっていた。朝、会社の倉庫まえでえっちゃんと顔をあわせるときもあったが、役所仕事の多い親方の息子の若社長とは別の段取りだったので、そっちのことの方はよく知らなかった。

「いや最初、電話受けた時は、若いのがやめてるなんて知らなかったんだよ。ちょうどシルバーでも仕事がなくなってきていた時期だったから、手伝いみたいな感じならいいかって行ったら、オレひとりしかいねんだもん。」

「手伝いというより、前線になっちゃいますよね。」

 えっちゃんは、う~んという感じでうなずき、ビールを飲む。

「それでさあ、」と喉を鳴らしてから、顔をあげる。「計画表ってのをみせられたんだよ。このお宅はこれまで二人工で一日とか二日とか……で、えりちゃんといっしょにやるらしいんだよ。」

「えっ?」と正岐は口につけていたジョッキをテーブルにおいて、えっちゃんを見返した。えりちゃんとは、ハーちゃんのお姉さんだ。よそに嫁いでいったが、これまで人手がたりなくなったときなど、自身の介護の仕事を休んだりして、手伝いに来ることはあった。子供が三人いて、長男は今年大学生になったらしい。

「この間、山下親方と飲んでだときは、ハーちゃんは、お寺も神社も民家も、親方の仕事は引き継がない、ぜったいやらない、と言ってたって話でしたけど……。まあ、ひとりじゃ役所仕事なんてできないでしょうけど。だけどそれ、僕とえっちゃんでやってたことを、そのままえりちゃんと二人でやって、ってことですか?」

「そうなんだよ。」とえっちゃんはまた、ビールを飲む。「この間も榎山荘でさ、去年はここ二日で終わってますから、ってハーちゃん現場からいなくなるんだけど、そういう言い方されたら、おわらせなくちゃならなくなるじゃないか。若い奴らがやってたのに。こっちは昼休みもなくしてさ。」とえっちゃんは下をむいた。えっちゃんが弱気をみせるのは、珍しい。はじめて目にすることかもしれない。やはり歳を取り、体力的にこたえてくるので、精神的にもまいってくるのかもしれない。しかも、この暑さのなかだ。

「同じようにやれるわけがないなんて、体つかってれば、わかることですよね。それで勤まるのなら、プロいらないし。」ちょっとビールを口につけてから、「計画表作ってそのまま計画どおりやれるなんて、頭でっかちだなあ。」とつぶやく。

正岐はだいぶ以前、まだハーちゃんが現場を仕切り始めて間もなくの頃、植木仕事をやりはじめたばかりのいなせな若者が、居残りなように事務机に座っているのを目にしたことがあった。「何してるんだ?」ときいてみると、今日の反省文を書かせられているのだという。改善点を提出するのだとか。若者は、戸惑った表情の内にも、何か冷ややかな感情を目の奥にみせていた。

「ハーちゃん、この間ここに飲みにきてくれてたんですよ。」 とんちゃんが、ぼそっと言ったのが聞こえた。焼き鳥を皿にのせて、奥さんがもってくる。正岐は少し間をおいてから、ネギマの方をとって、口にもっていく。

「何か、仕事のことで、言ってた?」 カウンターの方へ顔をあげて、こちらに背中をむけたしろちゃんと呼ばれた男ごしに聞く。

「俺にも、悪いところがあるんだよね、って言ってましたよ。」すると、えっちゃんが口にしていたジョッキをテーブルに置いて、声を張り上げた。

「悪いのはわかってても、何が悪いかがわかってないんだよ! だから、繰り返すんだよ!」

 正岐はびっくりした。とんちゃんも、あとずさりするような驚いた表情をした。えっちゃんは、空になったジョッキを、調理場への入り口に立っていた奥さんの方へ差し出した。

「まあ、はじめてなことではないですからね。もう、何人もやめていったわけだから。」 正岐は、取り繕うように付け足した。えっちゃんは、だいぶ弱っているのだろうか。今年にはいってから、えっちゃんよりひとまわり若い奥さんは、糖尿病がひどくなって、人工透析になっていた。

「そういや、もうすぐ土用の丑の日だよね。」少し緊張した空気をやわらげるように、とんちゃんに声をかけた。「うなぎ、できるの?」ときく。できますよ、というとんちゃんに、テーブルに置いてあるメニューをながめながら、「肝焼きってのは、にがいの?」

「にがいけど、おいしいよ。俺は好きだな。」とえっちゃんが答える。

「じゃあ、ふたつ焼いてよ。」ととんちゃんに言ってから、「えっちゃん、お代は僕も払いますからね、だいじょうぶですよ。」と、新しいビールを飲み始めたえっちゃんに言う。前回の飲み会のときは、正岐と山下親方で支払ったので、今回は自分の方から誘ったのだからと、えっちゃんが支払うと言っていたのだった。がうなぎは、少し高めだ。

「いいって、いいって。」とえっちゃんは身振りを交えてさえぎった。

 店内は、こげ茶の板張りで囲われている。通りに面したビルの一階にある店への入り口以外に、外の光がはいる場所はなかったが、西向きに面した明かり窓が、夕日を目いっぱい採り入れているので、明るかった。奥隣の倉庫やトイレへとぬける、ちょっとした廊下のような空間の壁には、カレンダーやポスターが貼ってある。「ツギコメ」と大きな文字の目立つポスターもあるから、もしかしてとんちゃんは、公明党員なのかもしれない。それとも、お客にたのまれて、若者につぎ込んでいこうという政策を掲げたそのポスターがはってあるのかもしれない。美術の専門学校に通っていたがやめたという娘さんの、お化けの絵がその上にかかげられている。近くのマンションで暮らす落語の師匠が、その絵を褒めてくれたと言っていた。テレビの「笑点」のレギュラーにもなっているその落語家のサインも、天井近くに飾ってある。師匠はこの店に通う草野球仲間のために、いや胸に自分のネームが大きく入った特注のユニホームを着たいためか、自分の名を冠したカップ杯を設けたが、去年は雨、今年も雨で中止になったのだった。代わりの飲み会では、ドアから顔をだしては、小降りとなってきた空模様を見上げながら、「これならできるんじゃない?」とうらめしそうに言っていたそうだ。がその日中からの酒の席で、野球仲間たちが、子供への指導方針をめぐって熱くなった議論をはじめると、耳にうるさくなったように、店を後にしていったそうだ。

 正岐はそんな議論があったという話を思い出しながら、カウンター席にうずくまったままの男の真上に飾られた写真を見あげて、顎で指すようにして、えっちゃんをうながした。

「ほらっ、この柔道の写真。」 額に入った、柔道着姿の男たちが整列するそれには、Budapest World Cupと、大きく印字されてある。

「とんちゃんは、柔道やってて、先輩にはオリンピック選手もいるんですよ。」と説明する。

 とんちゃんが、うれしそうに笑う。

「締め技で、いつも首しめられてたんだって。」と正岐が付け足す。

「ええ、いじめられてばかりでねえ。」と立ち昇る白い煙に渋い目つきになりながらも、とんちゃんは笑顔を増す。

「へえ~、柔道やってたんだ、すごいなあ。」とえっちゃんが、感心するというより、どこか気後れするような小さな声でうなずいた。えっちゃんの若い頃は、まだ部活動なんてなかったのかもしれない。えっちゃんは中卒でプレス工になった。当時の新宿闘争と呼ばれた争乱のなかにいて、石を投げてたと言っていたが、どんなつもりでそこにいたのか、今の姿からはわからない。

「たくちゃんの息子さんはどうなの? もう準決勝、いった?」 正岐は草野球仲間の間でも評判になってきた、入学したばかりでレギュラーの座を奪って大会に出ている高校生のことに話をふった。チームメイトの父親は野球部出身ではなかったけれど、この地区の草野球をやりはじめた縁で、息子の方は小さい頃から大人とまじって野球をやりはじめた。中学の部活動ではなくクラブチームに所属し、高校は春の選抜甲子園に出場していた文武両道をうたう私立の進学校へと、野球推薦で入学したのだ。そこですぐに甲子園にでていた三年生の先輩から遊撃手のポジションを奪うと、この夏の西東京予選で先発選手として出場していた。

「いやまだエイトですね。この間コールド勝ちしてましたよ。そこで三塁打打ったから、たくちゃんも大喜びで、ラインがいっぱい入ってきて大変になったって言ってましたよ。」

「甲子園にいっちゃうじゃん。」と正岐がはやしたてると、

「いやあ、無理でしょ。」ととんちゃんは真剣な面持ちになって言う。「やっぱりねえ、夏は進学校には無理なんですよ。練習時間も夕方6時半までとか決まってるでしょ。ばてちゃんですよね。」

「まあ、そうかもね。わかるよ。」正岐はうなずく。えっちゃんがまた空になったジョッキをあげて、奥さんにナマを頼んだ。

「いつも甲子園めざしてるようなチームは、夏の練習でほんとうに人が死ぬからね。毎年ひとりふたり、熱中症だかボールが頭に当たったとかで、死んだって話が流れてきたからね。だけどそれが普通で、死ぬ気でやるのが当たり前のような雰囲気があってさ…」とそこまで言うと、

「そうそう。」ととんちゃんが相槌を打つ。「締め技されてさあ、ほんとに死んじまうんじゃないかってとこまでやるんだからな!」

 奥さんがうなぎの肝焼きを運んできた。店の手伝いをはじめて、まだそんな月日がたっていなかったかもしれない。コロナになってから、他の仕事が暇になって、手伝うようになったのだったか。とんちゃんは、時おり、まだ自身からは不手際に見える奥さんを叱りつけた。声が厳しいのは、やはり柔道家の訓練を受けているからだろうか。

 えっちゃんは、肝焼きの串を手にして、頬張っている。とんちゃんや正岐より一回り以上年上のえっちゃんは、むしろ死ぬ気でやるというのが体質的な言葉に、身体的な価値になっているかもしれなかった。肩を入れた瞬間に脳天がいかれていくような重い植木を天秤担ぎに運んだり、剪定したあとの枝の束をひたすら担いでトラックに積み込んだり、棘だらけの枝を腕のなかに抱えたり、前身が発疹だらけになって痒くなったり刺されると電気のように痺れたりする毛虫だらけの樹にもぐったり、体力の限度や苦痛の最中を弱音ひとつもらさないのが生き様であるかのようだった。が、加齢による肉体自身の衰えのなか、なおそれを続けていくという生活は、心と体を分裂させていく。もう統一されない。えっちゃんが若い衆がいない、というとき、それは我慢という統一を自身に矛盾なく維持させてくれる補佐がいない、ということを意味していて、価値自体には変更がないのかもしれなかった。そしてそれは、えっちゃんの態度ばかりではなかった。職人の世界に入りたてのころ、正岐は仕事終わりによく酒の席につきあわされた。何の話であったか、正岐が、言うことを聞けと言ったって死ねと言われて死ぬまでするということではないでしょ、と答えたのに、親方は、「へえ~、そうなの」と、あたかもそんな常識は軽蔑するというような口調と眼差しを向けてきたのだった。

「高倉健じゃさあ、だめなんだよ。」 突然、カウンター席の男が言った。

「しろちゃん、なんだいいきなり。まさか、またはじまったんじゃんないだろうね。」 とんちゃんが一瞬とまどったあとで、ニヤニヤしながら受け継いだ。

「へっ、たしかにさ、健さんは最後は中国に息子をさがしにいって、あの朴訥とした態度があっちの庶民たちから共感されたよ。今でもスターで、人気者かもしれないな。しかしだからって、井の中の蛙が、島国の世間知らずの価値が、普遍的だとおもうな。」 男は、俯いたままだったしろちゃんは、顔をあげて、ビールをぐいっと飲みほした。「もう一杯!」

 奥さんがその勢いにおされて、あわてたようにジョッキを受け取った。

「死ねって言われて、死ぬだって? 言われなくたって、死ぬんだよ!」 しろちゃんは、テーブルに座る正岐の方に振り返り、背を向けていることになるえっちゃんの頭越しに吠えたてた。「居候させてもらっただけで、流れのもんがそこの親分のために命を投げる、だって? 終身雇用は時代遅れですって、転職アプリで片足だけかけてる浮気もんが、結局は井戸に生き埋めされる蛙じゃねえか!」

「ひゃあ~」と、とんちゃんが頓狂な叫び声で応じた。「しろちゃん、まだ酒乱ははやくねえ?」

 しろちゃんは、今度はカウンター向こうのとんちゃんの方を振り返った。「あいつがさ、先生さまが、おそいんだよ。待ちくたびれる、まったく!」またテーブルの方に振り返り、指さすようにジョッキを正岐の方へ傾けた。

「じゃあ聞くがさあ、植木屋さん。なんでマリウポリの製鉄所の地下に追いやられて閉じ込められたウクライナ人たちは、玉砕しなかったんだ? 正義なんだろ? 命かけなくていいのか?」身を乗り出すようにして、じろりと正岐をにらんだ。

 正岐は一瞬たじろいだが、

「沖縄戦みたく、住民に手りゅう弾わたして死ね、っていうよりは、正義なんじゃないですか?」としろちゃんを見上げた。

「ほう~、情けねえとおもわねえわけか。」しろちゃんはビールを一口飲みほした。「住民を置いては逃げない。住民を楯にしてもな。それでスマホをかけて世界に助けを呼びかける。すげえなあ、なんてふてえ野郎どもだ。そうでもやって生き延びていくのが大陸の正義か? 正義は、死んでも明かすものじゃないのか?」

「生きて捕囚の辱めを受けず、のほうが、正義だということですか?」 正岐が言い返すと、一瞬、間ができた。二人はしばらく黙ったまま視線を交わした。

 しろちゃんはその視線をはずすと、自分に言い聞かせるように答える。

「それが島国だって、言いてんだよ。捕虜になって、終わりか? 降伏して、終わりか? 嘘だったじゃねえか。俺たちはこうして、ビールを飲んでいる。」そして、ビールを飲んだ。

「だけど、本当かい?」 ジョッキから口を放すと、そのまま量の減ったビールをみつめた。少しの間のあとで、またいきなりなように、

「おまえの親方は、亡霊だったな?」視線をビールに落としたまま、聞いてきた。

「亡霊?」 正岐は繰り返す。「いや、まだ生きてますよ。もう引退はするみたいですけど…ねえ、」とえっちゃんをうながした。うむ、と苦笑を返したえっちゃんも、ビールを飲みながらうなずいた。

「ちぇっ、」としろちゃんは下を鳴らした。「ちがうよ。暴走族の名前だよ。ここらへんじゃ有名だろ。高度成長期、一世を風靡した族の番長だって。」

「ああ、スペクターのことですね?」正岐が聞き返すと、「番長はタイゾウさんだよ。親方は一緒にはじめた同級生だよ。」とえっちゃんが説明する。ちぇっ、とまた舌を鳴らすと、しろちゃんはつづけた。

「その亡霊の親方が、歳とって、最期まで自分を貫き通せるものなのか? 子分の面倒を、最後まで面倒みれるっていうのか? 途中で放棄すりゃあ、資本の都合のいい論理とおなじだぜ。使い捨てだ。生き様でも、倫理なんかでもありゃしねえ。そもそも、人が歳をとり、体が言うことをきかなくなる条件で、さらには体の言うこともわからなくなる認知症の現実で、そんなことが人に押し付けられる価値になりえるのか?」問いつめるように、正岐をみつめた。しかし…と、その目の奥で怒っているような瞳に惹きつけられるように、正岐は考えはじめた。むしろ、すでに価値に殉じていても、おかしくないのではないだろうか? 親方は、もう厄年をむかえたころから、気力がひとつ抜けて、体力も落ちて、にもかかわらず自分がやってきたお寺の庭木などにヘルメットもかぶらずのぼり、脚立にあがり、何度も落ちている。死んでても、おかしくない。そしてそれは正岐もいっちゃんも同じだ。二人とも、ちょうど厄年をむかえた四十二歳のとき、大木から落下し、一命をとりとめた。お互い、そのときの身体的な後遺症をひきずっている。自然を、時間の条件を、どこで区切るのか? 春か、夏か、秋か、冬なのか…。人は老いる、冬をむかえる、しかしそれは、生において、知識でしかないのではないか?

「俺が言っているのはよう、」としろちゃんは、こちらの考えを遮るように続ける。「今なんだよ。この瞬間的な時間においてだ、人は、それをのぞんでいるのか? いや、その死ぬまでの価値を、のぞんでいいものなのか?」 また問い詰めてくるように、しろちゃんは迫った。

 正岐が答えあぐねていると、癖なように、ちぇっ、とまた舌打ちをした。

「子供のことを考えてみろよ。(しろちゃんは拳で威嚇するようにジョッキを傾けた。)経験が記憶されて意識されるでもない子供に、季節の知識もあるとおもうか? 厳しい野球の練習に耐えていくことを、前提にできるのか? 冬を乗り切れば春が来る、それを、根拠にできるのか? いやなら、やめるだけだろ。 あきたら、よそをむくだけだろ。それが、前提じゃねえか!」

「まあ、わかりますけど、」と正岐はためらいがちに、受け継いだ。「サッカーでもテニスでも、欧米のコーチは、子供をあきさせないメニューを開発していくのが仕事みたいなものですからね。」

「ああそうだ。(しろちゃんはおもむろに言う。)いやならやめることもできない、痛いならわめくこともできない、そんな価値は浅はかな強制以外のなにものでもない。やめたら終わり、負けたら終わりのトーナンメント方式など、リアルでもなんでもありゃしない。やめずに我慢して上達した雨蛙を青田買いに囲い込んでレールにのせる。ペットの犬猫でも、生まれたばかりは可愛くて高く売れるとしても、売買は禁止になってるのにな。それでもできのいい選ばれた雨蛙を自由に引きずりまわしてるのは、井の中の島民だけだ。親元を幼い頃引き離されたガキ蛙はホームシックにきゃんきゃん鳴いてもう躾けられない。自分たちで、自分の住処を、井戸を、ホームを壊していることにも気づかない。何が近代化だ? 壊れるにまかせて、新しいガキをコンベアーにのせてすり潰していく。なんで島民代表は、子供のころは世界大会でも強いのに、大人になると弱いんだ? うまいのに、弱いんだ? 謎でもなんでもありゃしない。バカなだけだよ。じゃあなら、あきないようおだてられた井の外の蛙どもが優れてるってのか? 捕虜になっても降伏しても次ありますからって人生のリーグ戦が真実だというのか? ……まあ、そうだろうぜ。命令で死ぬのではなく、自発的に死んでいくんだからな! 面白くなってチャレンジする、失敗はよくやったとほめられる、うれしくなって、本気で体当たりしていくようになる。言われねえことやるからヘマするんだなんて大人たちから怒られやしない。だから生き生きと育ち、死んでいく! マスクなんて糞くらえってな! 我慢ならんのがなんでわりい! 息苦しかったら外せばいいだろが! それが本場の民主主義だとさ。そいつらのお友達になりてんだとさ、この同調ガエルどもめ! ゲロゲロいつまで合唱してる? ゲロゲロ、ゲロゲロ、ゲロゲロ!」ビールの泡を噴き出しでもするように声をあげて、傾けていたジョッキを高くかかげた。「いっぱん庶民を、ぶっこわ~す!」

 しろちゃんは、最近のN政党党首がみせるような、片手をアッパーカットで持ち上げるガッツポーズを真似てみせて、もう片方の、ジョッキを握っていた手を勢いよく口元にもっていき、残っていたビールを一気に飲み干した。「もう一杯!」

 とんちゃんはあきれたように、「待って待って」と笑い声をあげながらも、困った表情を態度で示すように、腰に手をあてた。

「でも、」と、正岐は遮るように短く言った。「死ななかったんでしょ? マリウポリの人々は。(正岐はしろちゃんを見返した。)たしかに、自発的に死をおそれなかった。しかし、硫黄島の戦いみたく、玉砕もしなかった。」

「ハッハー!」としろちゃんは上向いて、爆発的な笑い声をあげた。「そこだよ、そこ!(意を得たり、とでも言うように、ぱちんと手を合わせて叩いた。)そこが、井の外の蛙たちなんだろうな! だってその野っぱらには、蛇も蜥蜴もいるからな。上空には鳥の目も光ってるぜ! つまりは、自分の価値なんて背後から食われちまうってわけさ。虐殺の大陸史だ。天下統一たって、次の瞬間にはどことも知れぬところから大群がやってきて、天下の同族を皆殺しに破壊していく。そんな野っぱらで、どうやって生きていくんだ? 死が、全滅が前提としてあるのに、どう生きたらいいの?なんてノウハウなんて小賢しい。そこで、蛇や蜥蜴と一緒に暮らすしかねえじゃねえか。それは優劣の価値問題じゃない。降参も玉砕も同じにさせられる、ニヒルで、ユーモラスな現実なんだよ。人道回廊で救出された奴らは死ななかったじゃないかって? すでに、亡霊なんだよ。生も、死も、同じになる。ペットの犬猫と一緒に育ったライオンはペットを食いはしないぜ。しかしそれは、食っちまうこととおなじだろ、ライオンは、ライオンなんだから。そのライオンの鼻先で、ペットのワンちゃんがペロっとなめられるのか、パクっと食われるのかに違いなんてない。ユーチューブの動画でまあ可愛い仲良しさんねえなんて喜んでた次の瞬間、パクッて子猫が食われちまう現実がなくなったとでもいうのか? それが、ライオンだろう、ライオンが、それだろう……いや、待てよ、まだ…まだそれは、来てねえかも知れねえけどな。」

 しろちゃんは、突然瞳を内に凝らしたように押し黙った。「そう、まだ来ていない……おせえなあ…」独り言のようにつぶやいて、また黙った。正岐も、その沈黙に引きずりこまれた。話しかけるのがはばかられるような間ができた。がまたふいと顔をあげると、正岐の顔をまじまじとみつめた。陰気に返ったその表情をみて、やはり、どこかで会ったことがある、と正岐には思えてきた。

 しろちゃんと呼ばれた男は、正岐をみつめながらも、どこか上の空なようにつぶやいた。「なんせ議員の七割が新人になったって言うからな。プーチン君にすれば、素人に現実を教えてやるよ、野っぱらの現実を思い知らせてやるよ、くらいなものかもしれねえな。啓蒙のつもりなんだろ。がだとしたら、本当のそれが来るのは、これからだぜ。こんなのは、悪魔を呼ぶための儀式にすぎないんだろ。だけど、それは、来るんだぜ(と顔をよせてきた。)何億匹の、悪魔を連れてな……」

 そう言ったとき、店のドアの開く音がした。

 暖簾をくぐって、キャップ帽をかぶり、マスクをした男があらわれた。ステッキをついていた。いつのまにか、日が沈んでいて、店内の蛍光灯が男の背景を黒く浮き出させるためか、背が高いように見えた。淡い色の反射で光る長袖のシャツに、黒のスラックスのようなものを穿いている。目が、据わっていた。それは、すぐにカウンター席のしろちゃんを見つめて、動かなかった。

 しろちゃんは、内に向いた瞳を外に引きずり出されるようにして、敷居に立つ男へ振り向いた。不遜な笑いが目元に現れると、口が開いた。「それが、やっとお出ましかい。」いちど言葉を区切ると、刺すような口調の言葉を男に投げた。「おまえだよな、ヨシキ。あいつに、もと総理の暗殺をそそのかしたのは。」

 正岐は、思い出した。島原史郎と時枝兆輝。もう20年ほどまえか、兄の慎吾につきそっていってみた、ある新しい社会運動と称した組織の人たちだった。