2024年6月16日日曜日

劉慈欣著『三体』(早川書房)3巻を読む

 


これは、物理学ではまだ未解決な「3体問題」とは関係ないだろう。むしろ、解説でも言及しているような、宇宙人とはなんで出会えないのかを問うた「フェルミのパラドックス」の方に関わっているだろう。そして作者がだしたSF的解答は、SF的というより、あくまで中国の歴史的身体を拡張したもののようにみえる。タイトルにある「体」は、物理ではなく、歴史である。

私はこの身体性の問題を、トリシャ・ブラウンというダンサーの身体性とぶつける。妻のいく子が無意識に提出した問題文脈に従って。

がその前に、この三巻本を、その問題意識に抽出させる方向で要約する。新しく文を書くのは面倒なので、すでにラインでやりとりしたもののコピペですます。

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第Ⅰ巻「三体」 中国は文化大革命で父を殺された娘・葉文潔は、左遷された天文研究所で、恒星太陽を3つもつ惑星に住む宇宙人との極秘コンタクトに成功する。葉文潔からそのやり取りを教えられた男は、環境破壊を止められない地球人に見切りをつけ、三体星界から地球の科学文明以上の技術を入手すべく、陰謀的な組織を作り策謀する。が、三体星界自体が破滅の危機にあるため、移住しえる天体を探していたのだった。さらに、宇宙界での現実法則は、より過酷だった。その宇宙の真実に気づいた葉文潔は、教え子のルジオに、宇宙社会学を追求せよと遺言する。


第Ⅱ巻「黒暗森林」 ルジオが到達した宇宙の真理とは、果てしない宇宙では、他人に出会うという終着がないので、信用することが不可能という「猜疑連鎖」から導かれてくる論理的帰結だった。そこからは、他人の位置を知ったならば瞬時に抹殺せよ、という実践的命題が導かれる。そのように、地球の位置を知った三体星界は、地球を征服すべく艦隊を派遣していた。さらに、量子力学の応用で、智子という瞬時に情報を入手しえる粒子を地球に張り巡らせた。が、三体星人は、外に現れた情報は全て知りえるが、人の心の中は読めない、人間界なら人が良すぎるという弱点があることがわかった。そこで編み出された作戦が「面壁計画」。選ばれた数人が、心の中で策謀し、そこに全面的な支援と実行をたくしたのだ。ルジオがその一人に選ばれていた。なんで自分が選ばれたのかわからない彼は、愛する人と山に籠もり、そして三体艦隊を迎え打つ未来へと、人類が獲得した「冬眠技術」によって眠りにつく。


第Ⅲ巻「死神永世」 人類は、「面壁計画」とは別に、スパイを三体星に送り込むことも合作した。光速で飛ばすための軽さとして脳みそだけにしても、三体文明は復元できるだろう。それには、ルジオのあとを継いだ程心の男友人が選ばれていた。

 三体艦隊を迎え打つべく太陽系の縁へと派遣されていた地球艦隊もあった。が偵察機と思われた水滴型の兵器により、瞬く間に壊滅された。逃げ延びた数艦は、逃亡者として地球戦艦「万有引力」に追跡されるが、燃料の切れる太陽系の外で、彼ら自身が「猜疑連鎖」に襲われ、瞬殺した「藍色空間」だけが他艦の燃料を奪い生き延びる。「万有引力」との追跡劇も、しかし後から追尾してきた三体兵器の水滴によって、両者終わりかと思われたなか、他者は地獄であるという宇宙の公理から導きだされる、新たな定理、命題実践を手にいれる。宇宙での戦いは、3次元世界のみによって行われるのではないのだ。彼らは、宇宙戦場の跡地に残った4次元空間戦術によって水滴を無用化する。

がその間、地球は三体ロボット智子一人に征服されていた。全人類はオーストラリアに強制移住させられ、共食いして生きよ、と指示される。そこまで追い込まれたのは、ルジオのあとを継いだ程心が、三体の位置を宇宙に知らせることをためらったからだった。が、水滴を倒した「万有引力」が、地球の惨状を知り告知した。他の知性体に位置を知られた三体星界は、光一粒で破壊され、艦隊は逃亡し、智子も地球を去った。

が、ということは、地球の位置も知られたので、破壊されるのは時間の問題となった。光一粒で太陽を破壊するという攻撃をかわすには、地球を脱出し、木星の裏に隠れることだ。が、攻撃者が使用したのは、2次元攻撃だった。紙切れのようなものが果てしなく拡張し、太陽系も一筆の巻絵のようにつぶれてしまった。そうなってしまったのも、またもや心優しい程心のミス。宇宙をさまよう三体艦隊でスパイとなった友人からの暗号物語の解読ができても、それが教えた技術開発をストップさせてしまったからだった。リスクをおかしてまで木星裏の平和を壊すべきでないと。が、ルジオがひそかに、その技術、光速艇の開発を実行していた。程心は、光速艇で太陽系を脱出し、スパイとなった友人がプレゼントしてくれていた恒星へとむかい、そこで「万有引力」の乗組員と出会い、宇宙戦争の有り様を知らされる。

が、宇宙戦争はそこまでもやってきた。巻き込まれた程心と乗組員は、時空をさまよい、何億年後かの同じ惑星に着陸する。それを見込んで、スパイ友人が時間の外に脱出するカプセル宇宙と智子を過去から送っていた。二人はそこでやりすごそうとするが、宇宙から何百万もの言語でメッセージがはいる。そこには、三体語や地球語もある。宇宙の質量は一定なので、カプセル小宇宙が時の外に物資を運びだしてしまったままだと、宇宙は新たなビッグバン、新たな宇宙ができなくなり、ただ膨張して終わってしまう。だから物資を大宇宙に返して帰還せよ、カプセルには記憶だけを残せ。そうすれば、新しい宇宙で、新しい文明が、われわれの記憶を復元してくれるだろうと。

程心らは、そのメッセージに従った。カプセル宇宙で生き延びることを智子はすすめたが、地球人の優しさ、小さな世界に引きこもるのではなく、他人に開かれ、他人を信じるために、宇宙への帰還を選択したのだ。


※※※


「後書き解説では、ホラ話、とも言っていますが、ハンパない。たぶんそれは、「水滸伝」などもそうですが、中国が絶滅の歴史を繰り返してきているからなのだと思います。例えば、ウクライナやイスラエルの戦争で、民間人避難の人道回廊作ったりとやりとりしますが、日本人の感覚だと、そうやって戦争するなら権力者と軍隊だけで違うところでやれば、とか思ってしまいますし、逆に、やるからには玉砕覚悟で、となってしまう。がそれは、絶滅の怖さ悲惨さが、なお歴史文化に血肉化してない甘えなんだと思います。大陸の人たちは、その真実現実を知っているので、面倒くさい論理段階的な手続きをふむ。本当に、怖いわけです。が、その血肉化されてしまった文明の倫理に、錯誤の固定化があるのでは、と思います。三体では、記憶というのは、あくまで文字、外在化された物質やデータで、つまりは内面が忖度できない三体星人が、中国人のカリカチュアなんですね。 が、実際に宇宙人に会った人たちの最近の取材からは、宇宙人が霊であることが共有的な事実としてわかっています。漱石が影響受けたスウェデンボルグなども、他天体の霊と交信しているのです。アインシュタインまでの古典物理学でなく、量子力学からの新物理学は、霊の存在を示唆します。が「三体」は、それもまた外在的・唯物論的な古典物質に還元する。しかし、前世の記憶をもって生まれて来てしまう人が出てくるのは、見えない記憶がリサイクルされていること、それは古典物理的な物質と理解してはいけないのではないかと思います。 結婚後、私はいく子にこういったことがあります。「おまえを妹と感じる」、バカにされるのかと思ったら、「わかってる」と真面目に答えるので、こっちが面食らった。霊の原理はわかりませんが、かつての消えた物質はまた集まってくるように感じます。」

2024年6月3日月曜日

「徒然に」――山田いく子リバイバル(18)



 

*いく子は、熊本の方の中・高一貫校で、文芸サークルに所属していたことがあったようである(まだ未確定)。それが、こうした編集業務へのアイデアや参加につながっているのだろうか。しかし、秋号における詩は、前号の散文以上に、おどろくべきものだ。その落差が。まだ二十歳の彼女は、何を抱え込んでいたのだろう? この二つの号に(どうもこの二号で終わったようなのだが)、のちにダンスで表現していくことになる問題意識、NAMへの参加への思想的必然性のようなものが、すでにうかがわれる。

が、何よりも私を驚かせたのは、そのきれいでしっかりした文字である。新聞は、手書きが反映される印刷物である。いく子は、小学2年生には、ほぼ初段級なみな書道書体を身につけていた。知り合ってからの丸文字しか知らない私には、その完璧な形に瞠目したが、その字体は、まだ二十歳には発揮されていたのだ。が、年賀状書きなどでは、丸文字に近い。その二重性、二重人格的なものを、いく子は抱え込んだ。しかし私は、息子が二十歳になったとき、いく子がそこから解放されてゆくきっかけをつかんだ、と洞察している。

 

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季刊サークル・ニュース‘78秋の号(中大スポーツ芸術サークル)  9月24日発行

 

徒然に      山田いく子

 

美しいといえばそれは美しくなくなる。

悲しいといえばそれは悲しくなくなる。

言葉の総称性と事象の刹那的なものが

かみあわなくなったことなのでしょう。

言葉にできないときのその気持ちを言葉に行為に

表現に変えるには、なんらかのものとの比較によって

生じるのだから経験や思考は必要とします。

そして別にある日突然にわかる時のために

そのもやもやを心にとめておくべきで、無理に表現

してはならない。

また表現できずにあるとき、人は狂人となるんじゃないか。

できない時は、できないままでもよいはず。

しかしある日、言葉にしたのを真理だと思ったら、その時

その刹那は確かに正しいが、それを定義づけ胸に常に

持ち出す時は、その真理は醜いものとかわり始める。

言葉に出たときそれは一つの性格が加えられる。

その時本来のものと離れ始めたのではないか。

人は自身を他人を空間を定義づけたがる。

それは刹那には正しいが言葉に出された性格は、

徐々に醜く変わってゆく。

正義は流動的であり、もしくは刹那に動めくものの上に

動的平衡をとるもの――いえいえ正義だけでなく

美も真理も言葉も。

決めつけたときに物は人は醜く変わってゆく。

その意味で私は人を真理をいみ憎む。

 

 

待つ   パンダ(いく子の高校時のあだ名)

 

tel tel tel

雨ふり坊主

Telぼうず

 

 

祈祷

 

神様  私を殺さないで下さい、

神様  私を殺さないで下さい、

神様  私を殺さないで下さい、

神様  私を殺さないで下さい、

 

 

幻想  (註; 鉛筆で、―忘却― と付け足されている、あるいは、変更したいのか)

 

―こよいの月夜

 金木犀へさそわれつつに― 

白き光りに

白き衣が舞い病む中を

竹姫の御殿に

夕鶴が飛びたったそうな。

飛びたったそうな。


※月夜、金木犀の匂にさそわれて、病んだ私が外へとでるなか、かぐや姫のいる月へと、羽を使い果たした夕鶴が、かぐや姫のもとへと飛び立っていった、おそらく、精魂尽き果たした私も月のもとへと帰りたい、ということだろう。最期、私の中上論を読んだとき、いく子は、自分の二十歳の詩を思い出せただろうか?)

「自由と法学について」――山田いく子リバイバル(17)

 


いく子の、20歳からの、いく子宛の手紙を読み始めた。その一枚目が、中央大通信教育のサークルの紙新聞だった。発行責任者から送られており、編集責任者は、いく子だった。

ひと月前の週刊誌で、松田聖子が中大通教の法学部を卒業し、卒業するのは難しいのだと記事にあった。いく子はたぶん、卒業はしなかっただろう。が、クラスの華だったのではないかと思う。ちょうどNHKの朝ドラ「虎に翼」をやっているが、その主人公の女性のように、はっきりものを言う華やかな女性だったのだろう。次は、秋号から抜粋する。

 

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季刊 サークル・ニュース’78夏の号(中大通教スポーツ芸術サークル)

昭和53年6月25日発行

 

自由と法学について     山田いく子

 

 自由と法学この対称的とされたもの、若ものとして限りなく自由を求めながら、かつ法学を志した今、そこで感じ始めた矛盾というより初心として思うことを書き綴りたい。何故ならば、漠然とさせておくままなら、私は既成の法学に甘んじてしまうことになるのだから。

 秩序とか規則は(狭義における法)共同体の利益を先行させ、個人に義務を押しつける。その意味で個人の自由をうばう。憲法には自由の保障があり、法体系には諸々の権利を認めながら、法についてそんなものを感じる。法に対する意識が弱い。それは何故なのか?

 立法化された法以外に私たちを規制してくるもの(規則)はさらに多い。今まで中・高校において規則というものにどんなイメージをいだいてきたか。学校差にもよるでしょうが、かつての校則を読みなおしてみるとよい。校風として、自由・博愛をときながら、校則には罰則と禁止だけ、さらに明文化されていないものすらあったことを思いだせるだろう。もちろん現在中・高校は諸々の問題をかかえており、一概におかしいとも言えない。法が私たちを守ってくれるというよりも、生活をきつくしめあげていた。私たちは幼いころから、法に対する不信をもって生活してきたのではないか。

 憲法と一般法との関係を聞いたことがない人でも、道徳と法を対にした言葉を耳にしたことがあるでしょう。法を破っても仁義をつくすことを美徳化したものを見たことがあろう。私たちは法以前の問題として道徳を思わされる。しかし道徳教育の主眼は忠臣教育・家族制の尊重それから押しつけがましい善教育であった。今なお残骸が残り、因習の範を出ないものが往来する。そしてそこに権利の意識はない。また道徳には各人の自由がない。自分より他人を優先させ、自己に忍耐を強いる意味において。

 特にアメリカを例をとってみる。「ここは自由の国だ」ラジオ・映画等で誰もが聞いている言葉であろう。そして彼らは、その自由の由来・歴史を知り、それを守るために法が制定されている。もちろん奔放な自由による諸害…犯罪の多発・人種偏見、また孤独を含み決して、アメリカを崇拝するわけではないが、しかし彼らには守るべきものがある。それから生活が生まれ行動が起こり連体を持つ。法以前の問題としてそこにある。

 ある人が言っていたことに犯罪をおかさない理由として、本人の回りの環境・とりまく集団…親・兄弟・知人…それらに抑制されることで犯罪をおかさないと聞いた。しかしこれは逆の場合にも適用される。自由を求め現在から新しいことに向かうのを何かを求めてラジカルに動こうとするのを前の集団は抑制しようともつとめる。自由を抑制するのだ。

 「法は支配者階級による体制擁護だ」ということも聞いたことがある。そしてこれは特に日本で強いのではなかろうか。日本社会の弊害として何度も繰り返されているように私たちは社会管理を上層部にあずけている。道徳も忠臣教育化され、道という響きにさえ嫌悪を覚える人が少なくないはずだ。日本における共同体の比重は重い。共同体は静的状態を維持したがる。その静的状態を保護するため各人を規則でしばる…。

 法治国家という言葉に甘えてはいけない。私たちは何を守るために法を制定したのか。それを知らなければ、支配者階級・官僚による勝手な法解釈が行なわれ、そしていつかまた戦争ファシズムへとつながって行くかもしれないのだから。法を定義づけるのは私たちなのだ。自由と平等とそして平和のために…。

 

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恋歌三題     パンダ(註;いく子の千葉の高校でのあだ名)

 

挽歌

髪に優しく触れたとて それは愛とは言わぬ

涙をためてむせびたとて それは愛とは言わぬ

 

  哀歌

右にいきゃ  あの人にあえる

右にいきゃ  あの人にあえる

右にいきゃ  あの人にあえる

右にいきゃ  あの人にあえる

………………

右にいきゃ あの人にあえた

 

  初歌

雨ふり窓から 風が吹く

雨の数だけ 思い出す

たくさんのたくさんの 貴方様

2024年5月13日月曜日

映画『悪は存在しない』と『PERFECT DAYS』


 千葉劇場で、上記の映画を立て続けに見ることになった。

はじめに見ていたのは、『悪は存在しない』(濱口竜介)の方。でどちらの映画も冒頭、樹木の枝の重なりを、下から見上げるように写し、モノクロで提示しているところに、まず比較が動き始めた。が『悪は―』の樹木はアカマツやカラマツの林、『PERFECT-』の方は、常緑樹、という違いがある。そしてどちらも、孤独な男が主人公である。


 浅田彰が、濱口の前作『ドライブマイカー』を評して、いわば「広島」を使う凡庸さ、口の聞けない主人公の取り扱い方の平凡さを、批判していた。私は、浅田が引用参照してみせたより過激な映画のことを知らないが、この浅田の切り口自体が凡庸であると感じた。結局浅田は、PC的観点を批判してきながら、自身も「前衛」という理想差異の基準仮説から、平準的に受容されえる人々を裁いているのだ。世間的には右翼的なメディアに発言の隙間を見出したりしても、やはりジジェクのいう「今日の「左派」」なのだろう。(「大規模な社会的連帯を目指す代わりに、将来味方になりそうな者さえ偽りの道徳に基づく厳格な基準によってふるい落とし、あらゆる場所に性差別や人種差別を見出すことで、新たな敵を作り続けている人々」(『戦時から目覚めよ』NHK出版新書)

 

ヴェンダースの『PERHECT-』も、リベラル的なインテリ階層から、PC的観点によって批判されていた。車に乗って高速で行く清掃員はいないはずだし貧しくない、結局はきれいに東京を撮影しただけだ、と。この差異無限というか、無間地獄というか、悪循環というか……。現場で生活してきた私は見知っているが、工事現場などのガードマンで、仕事をしなくても生活できていける相当なお金持ちの高齢者がいたりするのだ。頭を下げ、怒らない。そうした彼に何があったのか知らないが、それはまさに、『PERFECT-』の主人公のようだろう。

 

濱口の『悪は存在しない』からはじめよう。前作『ドライブ-』で撮った広島は、たそがれの中の広島であり、原爆ドームだった。それは、もう広島という象徴が終わることを意味、暗示していた。私たちはその後、核先制攻撃も辞さないというプーチンの戦争に直面した。この悪の世界の中を、人間は生き延びられるのか、そこで生きるとはどういうことか? 濱口は、まずはその問い自体の前提を、もう一度自然に返してみることで相対化しようとした。『悪は―』の冒頭での、枯れ枝が目立つ山林のモノクロ風景は、そのことを暗喩している。その見上げられた森林のシルエットは、荒廃的である。そもそも、アカマツの林とは、すでに人間が開拓し、荒れ地になっていることの証左なのだ。そして自然の推移でも、日が当たらなくなった下枝は枯れてゆき、ゆえに、上に大きく、横に広がろうとして、木は成長する。そして各枝も、日が当たるように求めて伸びるので、原則的には、各枝は他の枝の邪魔をしない、が自然でも、時折はそうした他を邪魔してくる枝は発生する。が時間がたてば、邪魔された方の枝や樹木は枯れてなくなるので、一つの樹木の中だけでなく、森全体が安定的な共存状態になる。

が、庭などの狭い空間で木を維持するとなれば、本来10メートルや20メートルになる木を、3・4メートルの高さに反復・維持しなくては、という無理な必要が生じる。だから枝を剪定するわけだが、枝を切れば、木は生き延びようと反発し、自然的とは言えない無秩序的な枝の出方をするようになる。

日本の植木職人の技術とは、日が差さない枝は枯れる、という自然の法則的な現実(公理)を、先回り的に踏襲していくことなのだ。マニュアル的に、切除する枝には、名前がついている。交差枝、絡み枝、立枝、徒長枝、など。その機能的に名付けられた枝は、どれも他の枝を邪魔し、将来的には、下枝を枯らしてしまう枝である。木を大きくするならば、そのままでいい。が、小さいままで自然形を維持したいのなら、下枝(低い位置にある枝)が枯れてしまうのは、その実現が妨げられることになるので、自然の公理を仮説的に受け入れ、つまり枯れる枝と見切りをつけて、でかくさせていく枝を前もって剪定していくのである。下手に手入れすればするほど、切除すべき枝がたくさん生えてくる、となる。だから、素人あとの手入れは、ばさばさ切る必要がでてくるが、上手な人のあとだと、必要な枝だけで構成されているので、どこに手を入れていいのか、判断に悩み、考える時間が多くなるのだ。

 

濱口は、人間悪を、自然悪の中において、まず相対化してみようとした、ように見える。人の悪は、そんなにも悪いのか、と。枯れる、ということが悪であるならば、自然にも悪はあるではないか、と。が、現在を動かしている資本は、すでに昔開発され荒れ地となった山を自然なものと勘違いし、そこをレクリエーションな享楽的な場所として再開発しようとする。その山に住んでいる住民も、実は地元の人などというものではなく、都会からの移住民である。だから、その対立は、開発対再開発の対立にしかならず、自然に見えた移住民は、そのことの自覚を持つゆえ、あらたな悪への全面対決する根拠をもつことができない。地域で便利屋を営む男の孤独、妻になんらかの理由で先立たれてしまった男の孤独には、個人的な心理次元をこえた、社会的な苦悩、人々の影がつきまとう。

 

凡庸な、平凡に見える普通の人々の暮らしの中に、その心奥に、現実の複雑さがあるのだ、と静かに提示してみせる手腕は、『ドライブ・マイ・カー』を継承している。

 

ヴェンダースの『PERFECT-』となれば、都会のど真ん中の自然である。東京は渋谷の公園の樹木だ。ここでは、自然は自然だが、自然そのものではないことは、自明的になろう。が、ヴェンダースは、そこにこそ、自然の発芽を認めたのだ。これも理由は定かではないが、お金持ちの出自からドロップアウトし、都会のトイレを清掃して回る孤独な男は、公園の片隅で発芽したモミジの若木を採集して、盆栽のように育てている。それは、アカマツやカラマツで占められる、自然遷移途中の山林の、荒廃したシルエットよりも、常緑樹の樹冠で覆われた公園のシルエットの方がずっと人の感性に良い、善である、という提示の仕方と比例している。主人公は、そのシルエットを、アナログのカメラで、白黒で撮影するのが趣味である。さらに、現像された写真は、どれもがいい、というわけでもなく、感性的にそぐわないのは破り捨てられ、良い、と思われたものだけが、年月をシールされたステンレス製の缶の中に整理・保存される。この孤独な都会の人の営みにこそ、自然があるのではないか? 樹木も、年輪を刻むではないか? ヴェンダースが、都会の中の、センスの良いトイレをロケ地に選択したのにも、同じような洞察があるだろう。

 

公園も、主人公の住むアパートも、神社の近くにあるか、その敷地にある。毎朝、竹ぼうきで道を履く人のその箒の音が、目覚まし時計のようである。男は、昼食の、いつもと同じサンドイッチと牛乳を、神社の境内でとる。鳥居をくぐったところで、頭をさげる。同じようにベンチに座ってサンドイッチを食べるOLと、目があってどぎまぎする。そんな毎日の、同じような繰り返しの中に、人々の暮らしの中に、現実の複雑さが濃縮されている。

 

影は、重なると、濃くなるんですかね? と、孤独な男が静かに想いをよせていたスナックの女性の元夫と、会話をする。なりますよ、と孤独な男が答える。影が重なるのに、濃くならないわけがない、変わらないなんてことが、あるわけがない! 男は激高したように言い、同意してみせた元夫と、影踏みの遊びで、たわむれもする。

 

常緑樹の樹冠ではいっそうはっきりするのだが、一本の木の枝がそうであるように、木と木もぶつからない。だから、お互い住み分けたような輪郭を作る。だから、葉と葉、枝と枝、木と木の間に隙間ができて、そこから日が差すようになっている。ヴェンダースは、この「木漏れ日」に注目した。そういう表現のある日本語に注目した。若木や陰樹の低木が育つのは、この木漏れ日による。舞踏家の田中泯のホームレスとしての起用も、彼の経歴存在に、木漏れ日としての希望を見たからではないか?

 

人々の影の重なりは、濃くなる、そうなって変わるはずである。人々の重なりである社会も、変われるずである。言い換えれば、悪の重なりは、さらなる悪(再開発)は、善を再生させることもあるのではないか? 隙間から漏れる日差しいう善が、悪と共存するように生まれているのではないか、ということだろう。もはや私たちは、悪から逃れられない。みなが「チッソは私である」であり、アイヒマンなのだ。そこに、自然という絶対的差異としての理想基準をもってくるのは、無自覚な偽善にすぎない。再開発しかないのだが、それでも、木漏れ日のような善が私たちを射し、悪を改善し共生しうる道が、技術があるのではないか? (日本の植木職人の手入れ技術のような? 庭という人為世界を認めた上で、自然の公理をふまえた定理を導き出す実践。)「悪は存在する」からこそ「PERFECT」な日々になるのではないか?

 

少なくともヴェンダースは、その影の中の、それを通した光、絶望(孤独)の中の希望、悪の中の善を、この日本のど真ん中に見つけだせる、と提示してみせたかったのだろう。それが、真実であるかどうかは、わからない。私がわかるのは、私もまた、都会を走る車の中での、あの必死に泣くのをこらえて微笑もうとする男と同じ現実を生きている、ということだ。

 

2024年5月4日土曜日

『チッソは私であった 水俣病の思想』(緒方正人著 河出文庫)

 


「父、植民地のお代官だったのだ、水俣でしか通用しない知性だ」(2006.9.11

「父の友達は皆体を悪くしている、それが水俣だ、みんな自分に向かったからだ、うちの父だけが外にむけて、発散させた。(私が被害をうけた、と)」(2006.10.5)

 「一九五九年に「漁民一揆」でチッソに押しかけたときでも、自転車やバイクを排水溝に放り込んだり窓ガラスを叩き割ったりしただけです。命に関わる一番大事なところでは、いつも殺されても殺さなかった。これは事実です。

 なぜそういうことができたのか考えさせられますが、それはこういうことじゃないかと思います。魚を毎日たくさん獲って、それで自分たちが生き長らえる。魚によって養われ、海によって養われている。一年に二、三遍は鶏も絞めて食って、あるいは何年かに一遍は山兎でも捕まえて食っている。そういう、生き物を殺して食べて生きている。生かされているという暮らしの中で、殺生の罪深さを知っていたんじゃないかと思います。このことがなによりも加害者たちと違うところです。…(略)…

 では、なぜ闘いが必要だったのかということですが、おそらく、そのような水俣の漁民や被害者たちの精神世界からの呼びかけこそ、闘いの最も肝心なところではなかったのか。つまり、命の尊さ、命の連なる世界に一緒に生きていこうという呼びかけが、水俣病事件の問いの核心ではないのかと思っています。その問いは決して加害者たちだけに向けられたものではなくて、それこそあらゆる方向に発せられていると思います。」

 

「小さいときに親父を殺されて、チッソをダイナマイトで爆破してやりたいと思っていた自分が、今、チッソに対してほとんど恨みを持っていません。そして私は、チッソや行政の人たち、あるいは水俣被害者が拡がっていく当時、特にチッソ擁護に加担したといわれる人たちを含めて、ともに救われたいと思います。

 私は、今、水俣病患者として水俣病を語っているわけでもなくて、水俣病患者として生きているわけでもありません。私の願いは、人として生きたい、一人の「個」に帰りたいというこの一点だけです。水俣病事件の四十年、戦後五十年、私たちを支配し、まるで奴隷下に置くかのようなこの「システム社会」が肥大化してきて、自分の命の源がどこにあって、どういうふうに生きていくのか、もうわからん如なってしもうたそのときに、生まれ育った不知火の海と、そこに連なる山々や天草の島々、その連なる世界の中に、自分ひとり連なって生かされているという実感をともなって感じたとき、本当に生きているという気がするわけです。」

 

「私は一九九五年にアウシュヴィッツに行って来ましたが、以前からドイツとポーランドを訪れたいと思っていました。それは、自分がもしドイツにその時いたとしたら同じことをしたじゃなかろうかという気持ちがあったからです。自分がヒットラーの親衛隊の一員であったりドイツ軍だったり、或いは一般市民であったりしても同じことをしたんじゃないか。水俣病のことを考えても、チッソの中にもし自分がいたとしたら同じことをしたんじゃないか。…(略)…

 私は以前は、戦争と水俣病とは別の問題だと思っていたし、長崎や沖縄の問題とも別の問題だと思っていたんです。ところがどうもそうじゃないと思うようになったんですね。実は私も決してまともな男じゃなく、昔家出したこともあるし、右翼に拾われて熊本に二年ばかしおったこともあるし、患者の運動に参加し、そこで逮捕されたりいろんなこともありましたけども、そうやっていく中で、やっぱり本当の自分というのはなんだろうかと思うようになったんです。それまでは、そんなこと考えないでおったんです。ところがその問いが始まってから、今まで持ちあわせとったのがボロボロ崩れ落ちていく。恐くはありましたけども、命を懸けてでもそのことを知りたいと思ったんですね。ですから水俣病の事から、実は戦争の問題を考えるようになり、沖縄や広島・長崎の問題も少しわかるようになり、様々な社会事件や薬害事件や、日本国内だけじゃなくて、あちこちで起きる民族同士の対立の問題や宗教戦争や、いろんなことを考えるようになりました。ですから、水俣病事件というのはチッソを問うていたという言い方もありますけども、おのれが問われていた気がします。このことが水俣病に遭遇した自分の体験の中で一番気付かされたことだと思います。ですから、たしかに私の小さいころの親父は、非常に苦しんで目の前で狂って死んでいきましたけども、そのことが少し自分の中で意味をもってきたという気がしているわけです。」

 

※ 映画「ピアノ・レッスン」を受けて、その背景となる暴力の反復構造と、私たち身内のことに思いをはせていたとき、アートのパンフレットだとおもっていたものが、カレンダー形式の一日一行日記であると気づいた。息子が、三歳、四歳の時のものである。

2024年4月9日火曜日

山田いく子リバイバル――(16)


Youtubeにアップしていた、仮タイトル「チムチムニー」の全体データがみつかったので、いく子のダンスを連続で上げてきたアカウントの方へ、「森のクマさん」と仮タイトルして、アップロードした。前のものは途中までで、音響も壊れてすさまじくなってしまっている。逆にそれが、それなりのアクセス数になったような気もするが。

 

山田いく子「森のクマさん」(仮タイトル)…2008頃 (youtube.com)

 

息子のイツキの体格からすると、まだ幼稚園児くらいの頃であろう。正確な年月はわからない。私は会場にはいなかったようだ。六さんのダンスパスでの、私的な交流公演なのだろう。

 いく子はここで、またどこか私的な奔流に呑まれたようなダンスをしている。やはり何か、トラウマのようなものがせり上がってくるのだろう。

 いま、映画で、1993年公開で、カンヌでパルムドール賞をとった、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』が、4kになってリバイバル上映されている。いく子は当時、この映画の感想をノートに書きつけていたので、タイトルだけは記憶にあるがこれを私は見ていなかったので、観賞してみた。以下は、その感想を、妹さんへのライン宛てに書いたものである。このいく子のダンスの出所は、そういうものであると、私は思っている。

 

===   ===  ===

 

「ピアノ・レッスン(原題は、The Piano)」の出だしで、女性主人公の設定が、6歳から唖になってしまったとあって、すぐに了解。最後のテロップで、監督が女性で、設定場所がニュージーランドということで、もしかして、いく子のダンス「エンジェル アット マイ テーブル」のタイトルとなる映画を作った監督と同じなのでは、と推論。スマホで調べたら、やはりそうでした。

 

女性の自立みたいな解説をみたりしていたのでそうかな、と思っていたら、逆で、それが不可能である、という内的現実の在り処を示そうとするものです。描いたのは、女性というより、アーティストといっていた方がわかりやすい。

 

ピアノは、自分の意志ではどうにもならない、抑えられない力、を意味します。オシになった彼女は、再婚のためにスコットランドから植民者の白人のもとへゆくのですが、愛することはできない。彼とマウリ族の間で通訳者をする現地化した男を愛するようになってしまった。その男との交際中にしゃべるのですが、通訳者にはきこえなかったその言葉を、覗き見していた植民者には、制御できない意志の力が自分でも恐ろしいのだ、と彼女がささやいたと聞こえた。彼女の指を切り落としてしまった植民者は、彼にそう伝え、二人が一緒になって現地から去ることを許す。

 

この、抑えられない力は、いく子のテーマです。映画でも、6歳から、ということで、なにかトラウマを負ったのかもしれませんが、とにかくそれに突き動かされる。それは、性と結びついている。最後は通訳者との幸せな結婚のように見えますが、現実には、ピアノは海の底(無意識)に沈んでいるだけです。それが爆発するのではなく、なんとか手懐けられるよう、彼女は発声練習したりして、通訳という境界にいた男との関係で、リハビリをしているのです。そして話すのが恥ずかしいので、今度は目隠しをしているのです。

 

「エンジェル アット マイ テーブル」は、まだビデオ化もされておらず私は見てませんが、精神病院に入っていた女性の話です。

 

当初このテーマは、画家のアンリ・ミショーの言う「噴出するもの」、後期では、ウィトゲンシュタインの「語り得ぬものは黙らなくてはならない」、との言葉として、いく子が自身のノートに引用していたものです。「ガーベラは・と言った」の「・」も、語り得ぬ力、を意味しています。

 

私はたしかに、この通訳者の位置に重なるかもしれません。いく子の短編小説では、女のアパートに何かを買ってきてと呼ばれた男はシャワーを浴びたあと、「おまえは用を頼む以外はしゃべらないんだな」と捨てゼリフを吐いて出ていくのですが、その筋の合間に1行、やることはやったし、と挿入されていてなんのことかと思うのですが、セックスでしょう。いく子はクリステヴァという女性哲学者の「サムライたち」という赤裸々の自伝を読んで、「女は感じるのだろうか?」と問うています。読めば、感じまくってる作品なんですが、いく子にはそれでも、女は感じないのではないか、と思わざるを得なかったんですね。

 


いく子が最後の方の入院中、自分で買って読んでいた本は、荻尾望都と竹宮惠子という少女マンガ家の自伝です。彼女たちは、男女ではなく、少年同性愛を描いた作家です。彼女たちの漫画を読んできた1960年前後に生まれた女たちを、民俗社会学的には、荻尾のタイトルからとって、「イグアナの娘たち世代」と呼ばれているようです。いく子が直面していた問題は、他の女性とも共有共感的になる、歴史的な問題でもあるのです。


 ※ 現地部族にとけ込んだ通訳者には聞こえず、白人植民者には彼女の声ならぬ声が聞こえた、という設定はおかしく感じるかもしれません。が、7歳くらいの娘とニュージーランドに嫁いで行った彼女の最初の夫にも、テレパシー(という言い方はしていないが)が通じたので結婚できたが、その関係が怖くなって夫は逃げていったと娘に手話で言い聞かせています。いく子が、最後に関心をもったダンサーは、アメリカのトリシャ・ブラウンで、まだ封を開けていなかったDVDをみると、トリシャは、デビュー時コラボした男性アーティストに、あの当時のテレパシー現象をどう思うか聞いているんですね。男は黙って答えずはぐらかし、トリシャが困惑するシーンがあります。また彼女は、子供を産んで創造力が湧き上がってきたと言っている。これは、竹宮惠子のSF漫画「地球(テラ)へ」もそうで、そこが男のSF漫画からすると異色になり、もっと突っ込んで考えていく余地があると思います。 

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※ この映画の語りは、7歳ころであった娘、なのかもしれない。そしてその彼女も、オシになってしまって、このナレーションは心の声だ、と言っているのかもしれない。となると、娘が口がきけなくなってしまったのは、新しい父が母の指をオノで切り落とすのを目の当たりにしたショックからとなる。となれば、母も六歳のとき(娘も6歳という設定を暗示しているのか?)、両親の暴力を目の当たりにして、その現実が反復されている、となる。むろんこの暴力性は、植民地主義と結びつけられている。白人の男の賢さ・ずるさを、現地の人や主人公は、受け入れられないのだ。それはまた、この映画の女性監督が、故郷ニュージーラーンドで認識したことなのだろう。

ピアノ

 


 慎吾は、鍵盤からはずれた小指と薬指が折れるように曲がって拳のようになると、そのまま叩きつけた。悲鳴のような音が割れて、誰もいない閉めきった居間に響いていって、消えた。グランドピアノの黒光が、なおさら部屋を暗くした照明のように閉ざす。ぼんやりと、消えていった音響が木霊をかえしてくるように、家具の輪郭や置物のたぐいが慎吾の視界に浮き上がってきた。空になった、天井まである備えつけの本棚、そこには箱に入った日本文学や世界の文学全集、思想全集が並べられていた。母に言われるままに、直希が市の清掃局へと持ち運んで処分したら、なんで捨ててしまったの、せっかく読もうとしていたのに、と直希は小言を言われていた。空いた棚のところどころには、その代わりに、お土産で買ったりもらったりした人形が飾られている。上の段には、三人の子供が小さいころに、野球やテニスで獲得したトロフィーが溶けたような金属色でくすんでいる。このピアノも、引き取ってもらう手配ができているとのことだった。箱型のピアノから大きなグランドピアノへと取り換えるさいは、防音設備の整った部屋の庭へ通じたガラス戸の方から入れられることができたけれど、もう庭の木も大きくなって、戸の前をふさいでいる。ふたを開けると竪琴のように大きな羽を広げるピアノは、ピアノ教室のための部屋には入りきらなかったので、居間の真ん中へと据えられたのだった。

 慎吾は、大学生の頃に、独学でやり直し始めたのだ。小学生のころ、母から教わってはいたけれど、ブルグミュラー教科書の最後の、エリーゼのためにが弾けた程度だった。それ以来、やってはいなかった。いまやってみたくなったのは、たたまれた黒い羽の羽ばたきをもう一度目にしたかったからだろうか? 自宅に帰ってくるたびに、ひたすら練習した。ショパンの革命を弾けるようになった。その有名な曲の、下流から上流へとさかのぼる魚群の奔流のような指の動きが上達するにつれ、自分も天へと舞い上がっていくような気がしてきた。高揚した気分そのままなように、文学部だったけれど、バブル真っ最中の銀行へと就職した。地方の銀行だった。それで満足したわけではなかった。もっと俺は上昇できる、現金の最終確認で俺の窓口から十円盗んで揚げ足を取りいじめてくる奴らを見返してやれる。そうして、外資系の会社の経理部長としてトラヴァーユした。それでも奴らは、そのアメリカの大会社と手を組んで俺を追い落とそうとした。尾行し、盗聴をしかけ、悪い噂をながさせる。あいつはバナナだ、中を白く見せたがっている黄色いバナナだ、英語と日本語で、俺の耳に飛び込んできた。鍵盤の音に変わって、声が、洞窟の中の残響のように俺の脳みその中で渦巻いた。妄想なんかじゃない、幻聴じゃない、あれは、ほんとうの話で、ほんとうの声だったんだ!

 母と、弟の直希は、母の実家のあった宮城の方に行っていた。留守宅にひとりでいた慎吾は、久しぶりにピアノを弾いてみたのだ。統合失調症と診断された病気以来、もう弾いてみたことはなかった。ピアノを処分するからね、と直希から確認されていたので、ならばこの誰もいなくなった居間で思う存分弾いてみようという望みのようなものが湧きあがった。が、もう指が動かない。もともと、小さな手だった。その手を思い切り開いて思い切り素早く動かさなければ、鍵盤を渡っていけなかった。まるで自分の人生のように、指は折れた。「音大にいったらどうなの?」学生時代、女友達に言われたそんな言葉が、よみがえってきた。あれは、どんな意味だったろう?

 慎吾は、スプリングのような原理で伸び縮みする椅子から立ち上がった。子供の頃は、丸くて、くるくる回すと高くなったり低くなったりする紫色の椅子だったな、と思い出されてきた。小用をたそうと、居間から洗面所へと通じるドアの方へ向かい、取っ手をつかむ。金属質の冷っとした感覚が、外に目をやらせた。花模様の絵柄の彫られた曇りガラス製の玄関から、日の光が曇り空のように広がってくる。まだ夕刻にはなっていないはずだが、晴れなのか、曇りなのか、わからない。カーテンは、閉め切っていた。雨戸は、その開け閉めは自分の役割として言われていたので、まだ暗いうちの早朝にすませていた。朝食は、近所のコンビニへいって、お結びを買ってくる。そしてすぐに、英語の勉強がてらもあって、映画の『ゴッド・ファザー』のビデオを見る。もう何十度、何百回と見ていることになる。ほぼ毎日、見ている。あきないのかい、と母に言われても、新しい番組は緊張してしまって、見ることはできない。俺は、病気なんだ、それでも一日一日を頑張って生きている、それなのに、なんででできないああしろこうしろって言われなければならないんだ?

 慎吾は廊下にでると、南側をふさぐ半開きのままの襖から、母の寝起きする部屋をのぞいてみた。掛布団がめくれたままの、ベッドが見える。もともとその部屋は、床の間のある客間だったのだが、いつの間にか、炬燵もおかれ、母が過ごす部屋に変わったのだ。西側にある、食卓の置かれた台所の北側の、奥まった部屋を父とともに使っていたのに、そこから表へと出てきたのだ。あの日の当たらない薄暗い部屋に、両扉で開く鏡台があり、子供のころは、内職していたタイピングの機械などもあったはずだ。お父さんは、居間の備え付き本棚が延びている北側の窓のところに机を置いて書斎がわりとしていた。お父さんがいなくなって、まるで岩戸の奥に隠れていたようなお母さんがでてきて、口うるさくなった。父がいない、いつの間にか、お父さんはいなくなった、いや俺は、なんでお父さんがいなくなったのか、知っているじゃないか、抑圧するな! いやそれも俺の幻なのか?……あいつが、ほんとうに、やったというのか? わからない、わからなくなっちまった……俺の病気の、妄想なのか?

 便器の内側には、まるでそんな妄想の破片のように、茶褐色の塊が飛び散って、こびりついている。朝方した、自分の大便の飛沫なのだろうと、慎吾はわかっていた。何度も、母から、そして直希からも、小言を言われていたからだ。当初は俺じゃない、と言い張っていたが、その汚れが、自分の薬の副作用で、便が下痢気味になることからくる汚れであると認めざるをえなくなった。それらは、その散らばった断片は、俺のばらまく現実なのだ。慎吾は小便で、その断片を洗い流そうとする。落ちるものもあれば、落ちないものもある。これも薬の副作用なのか、のどが渇いて、水が欲しくなるのだ。ペットボトルに水をいれて、いつも手元においていなければならない。俺は、何に渇いているっていうんだろう?

 トイレの汚れはそのままにして、慎吾は自分の部屋にむかった。ピアノの脇を通り過ぎて、階段をのぼってゆく。のぼり切った左側の、開け放したままだった引き戸をくぐって、すぐ右わきのベッドの上へと、仰向けに体をあずけた。ベッドのクッションが軽く反発して体を浮かせると、そのまま天井の木目の渦へと、自分が吸い込まれていきそうな感覚になった。

 この子供部屋は、慎吾が大学に通うため上京したあとは、すぐ下の弟の正岐の部屋になっていた。また慎吾がもどってきたときには、誰も使っていなかった、いや正岐の使ったままの跡が残っていた。退院して久しぶりに自分のベッドに横たわったとき、どこか違う感じがした。ベッドの置かれた場所が、違っている、移動していることに気づいた。そう気づけることが、ふと、はじめて自分を安心させて、いままで、自分はやっぱり病気だったんだな、と納得させてきた。入院のあいだ、自分がどこにいるのかさえ、わからなかった。殺風景な部屋の鍵はかけられていた。いや、紐か何かで拘束されていて、身動きもできなかった記憶がかすかにある。何かわめいていたのだろうか? 注射で、大人しくさせていたんだろう。俺は、大人しくなった。病院を移された。お父さんが、入院していたところだとあとで知った。自分がいたところは、一度はいったら出てこられなくなると有名な病院だったそうだ。だけど、俺は出てきた。そして、お父さんが狂って入っていた家から近い病院に俺も入ったんだ。ならば、そのときまでは、お父さんは、生きていたってことになるんだが……そこで、殺されたのだろうか? 遺書があったと、直希が言っていたような気がする。ならば、ほんとうは、自殺だったのか? いや……そうやって、そう見せつけて、あいつらが、そうやったということか? 俺は……とにかく、ベッドを、まえ俺が寝ていた場所に移動した。北側の窓のところから、隣の子供部屋とを仕切る襖の手前のこの場所に、いつもいた場所に……だけど、そこに、もうお父さんは、いなかったんだ……。

 アーメン! と慎吾は渦を巻いた天井に叫んだ。あわれみの神、来れたまえ! 慎吾は怒鳴るように、聖歌を歌う。声を張り上げて、天に、誰かに、聞いてもらいたかった。学生中のころ通い始めたプロテスタントの教会では、賛美歌と呼んでいた。いつくしみ深き友なるイエスは、われらの弱さを知れて憐れむ……もうどちらの歌を歌っているのかわからなくなった。張り上げた大声は、隣近所をもふるわして、苦情が来るからよしなさいと母から言われても、胸が張り裂けてくる。だって、その隣近所の子供たちだって、苦しんでるじゃないか! すぐ東となりの父母世代からみれば孫にあたる娘さんも、市役所に勤めていたのにいまは家に引きこもってでてこないみたいだというし、その隣のお宅の直希より三つ年下の末っ子も、家にこもりきりになって、去年だったか、家の中で暴力沙汰でもおこしたのか、パトカーが来て警察官がきて、通りを逃げるその末っ子を猛然と追いかけていったのをお母さんは見たという。南側の畑の先にあるお宅では、小学校は違ったからとくに仲がよかったわけでもない自分よりひとつ年下の長男も、十年近くまえだから50歳をすぎてから自殺したと近所に伝わっていた。ときおり朝早く、まるで髪を長くしたイエス・キリストみたく、まだ暗い道を歩いて、コンビニで食べ物を買って帰ってくるみたいだとお母さんは言っていた。なんだかあっちにもこっちにも、俺みたいのが家に隠れているじゃないか。老齢化したこの地方の住宅地で、あっちにもこっちにも、世の中で挫折したまま立ち直れなくなったものたちがうじゃうじゃしているじゃないか。俺は、黙ってなんかいられない! だから俺は……俺はもう、活動なんてできないけれど、訴えることはできる、歌ってわめいて、戦ってやる! 花も蕾の若桜、五尺の命をひっさげて、国の大事に殉ずるは、我ら学徒の面目ぞ、ああ紅の血は燃ゆる、ああ紅の血は燃ゆる!

 慎吾の歌は、いつの間にか、軍歌に変わっていった。そしてそれがいつものように、テレサ・テンの歌に変わってゆく……愛をつぐなえば別れになるけど、こんな女でも忘れないでね、優しすぎたのあなた、子供みたいなあなた、あすは他人同志になるけれど……あれは、どんな意味だったんだろうなあ? と、慎吾はまた思い返した。

 おなじテニス部だった。そのサークル活動とは別に、文学の趣味も共有できた。好きな作家は違っていた。慎吾は、川端康成や三島由紀夫のある種の作品が好きだった。彼女の方は、出版されたばかりの村上春樹の『ノルウェーの森』を読んで、好むようになったと言っていた。慎吾は現代文学には疎かったけれど、彼女が読むのだからと、読んでみた。鼠だの羊だのが、なんで出てくるのかわからない。100%の恋愛小説を歌った作品も、慎吾は石坂洋二郎の作品も好きでよく読んでいるのだったが、比べたら、その物語のどこが純愛なのだかわからない。女の子は、病気じゃないか、と思った。結核とか体の病ではなくて、精神病になっていく心の病をとりあげたのが新しいということなのだろうか? だけど男の方は、蜘蛛みたくみえる。中学くらいのクラスの中に、一人はこういう男子がいるものだという気がした。クラスの華である一番手や二番手の女の子にあこがれるのはあきらめて、四番手以下の、あまりぱっとしない普通のような女の子がよってくるのを待っている。わざと軟弱な擬態をして、声かけすいような大人しさでじっとして、細いけどねばねばした網を張り巡らせて、ひっかかってくるのを待ち構えている。かかってきたら、雨に濡れた体を羽織ってやるように粘つく網をからませて、食べきるまでは放さない。それから次の獲物。思春期まえのあこがれの男子は、あんまり女子に興味がいかないで、スポーツなんかに精出している。華ある女子も、なんだか見えを張っているだけのように見える。だから、奥手を捨てて、一番すすんでいくのはそんな普通かそれ以下のような男の子や女の子たち。普通とされる劣等感が、コアな動きを伏流させて、不良とレッテル張られた男女はもう、目に見える塊で底に沈殿していく。本能のようなカーストが、こっそりと、世の中の下地をつくってゆく。大学生ともなれば、そのヒエラルキーは自然体となっている。理想を体現するセレブな男女、普通の壁、落ちこぼれ……彼女は、俺を憐れんで、体を開いてくれたんだろうか? 「音大にいったら?」というのも、世俗の階層に不適応な俺の一途な想いを揶揄しただけだったのだろうか? 俺は……証明してやりたかった、俺だって、二枚目でもないぶきっちょな俺だって、世俗の中で生きていける、だから、二流の大学から銀行に行き、他のエリートと張り合う外資系の企業にいき……俺が、俺自身が病の男の子になっちまった。もう、昭和でなく、平成だったんだなあ。大手会社から内定もらえる基準も、外見を気にする、異性とのコミュニケーション能力がある、ユーモアを解する、友だちが多い、みたいな美的判断が成績以上に重視されるようになったっていうじゃないか。下の階級からの這い上がりは、生まれつきの顔や育ちの振る舞いで選別されてしまうって。セレブ同士の結婚、アスリート同士の結婚、遺伝子なんだか環境なんだかわからない。カネと地位を得ても、顔がよくなければ生理的な本能で疎んじられてしまう。いつの間にか令和になって、俺に近い年頃の男が天皇になって、技術的な能力なんてAIで代用できるんだから、これからはなおさら人間的な魅力ですって……俺は、だめなやつなのか? 一生懸命やってきたのに、それがだめだっていうのか? 遺伝環境的に、はじめから見込みがなかったっていうのか? 父親が狂ったから、俺も狂うっていうのか? ……それがわかってるから、俺は、お父さんをやっちまったのだろうか? いやそうじゃない。俺は、殺せなかった……いやそうじゃない、そんな遺伝のために、俺はあいつらといっしょに活動したわけじゃない……。

 日が沈みかけているようだった。閉めたカーテンから漏れる光に、暗闇がまぎれこんでいる。雨戸を閉めにいかなくちゃな、と慎吾は思った。そう思えるなら、自分はまだ狂ってなどいないのではないか、と思えてきた。しかし、ベッドから起き上がることはできなかった。薄暗さの中へ沈んでいった木目の渦をまた逆巻かせるように、瞬きを繰り返した。それでも、あいつは、やったんだ……慎吾は考えつづけた。「君はもっと表にでる必要がある」なんて、俺と同じようにあいつらにそそのかされたにせよ、総理大臣を撃ち殺してしまったんだ。父親を通り越して……なんで、お父さんじゃなかったのだろう? お母さんを苦しめたのは、総理以前に、親父じゃないのか? 母親たちが大挙して新参の宗教に入っていったのは、家に居座っていた父親のせいじゃないのか? 2世問題とかなんとか言う前に、なんで女たちは、狂ってたんだ? なんで病の女の子たちが、蜘蛛の巣の網に引っかかっていったんだ? ねばねばの網に絡まれて食われるほうが、気楽になれるのだろうか?

 慎吾は慣れないスマホの操作で、テロ決行者を検索してみて読んだツイッターの文というのを思い越した。家族への連絡ようにと持たされた携帯電話の時もそうだったが、慎吾は普段、電源を切っていた。高校の同窓生や施設仲間との間で、フェイスブックやツイッターなどに参加し、たまには自分の意見を投稿してみるくらいにはなっていた。けれど、投稿してすぐに電源を切った。世間にいつも繋がっていることは、そう思うだけで恐ろしいことだった。常に迫害されているような、強迫観念がとりついた。自分から発信したら、引きこもる。断続的というよりは、非接続でなければ、身が持たない気がした。承認されることには、あとから身をすくませる恐ろしさがやってくる。

検索の中で、中年にあたるのだろうその男は、DNAの多様性を認めるように、軟弱な男子も救われるべき、その遺伝子も保存されるべきことを説いていた。これまでの事実として、男女関係はインフラとして機能している。男に女を配給する世界共通の事態として、貧乏子沢山の苦痛が現実だった。その現実の中で、女も生まれてきた。それを一定の豊かさを得た後の世代が無視して、女性こそがどのDNAを残すかの選択肢を持っていると思い込むのは権力的である、そう権力的に振る舞うことで、軟弱な遺伝子を殺しているのだ、世界を貧弱にしているのだ。女性問題が全てではない。憎むべき対象は、男女関係をもインフラの一部として取り込んでいるこの社会全てに対してである。この俺の思想を卑小化するな!

慎吾は、自分が事実、軟弱の部類に入ってしまうということを、認めざるをえなかった。DNAという言い方はよくわからないけれど、自分の子供を世に残すことができないで終わってしまうのは、淋しい気もする。子供の頃は、父親とマンツーマンで、テレビ漫画の『巨人の星』でのように、思い込んだら命がけの特訓を受けていた。少年野球では、ストライクが入らず、ファーボールをだすと、お父さんはタイムをとって俺をベンチに呼んで、気を付けをさせ、ビンタが飛んだ。俺はまだ、あの痛さを覚えている。次男の正岐は黙って交代させられただけだった、三男の直希ともなれば、なんにもなしだ。なんで俺だけ……男子進学高の部活では天文部に入り、大学では、やはり女子のヒラヒラしたスカート姿にあこがれて、テニスのサークルに入った。その選択自体が、俺の育ちに対する反抗であり、だからそのまま、軟弱の道への選択になっていったのだろうか? テニスは上手なほうだったけど、俺は、やはりさえない奴だったのだろう、今現に、こうした病人生活をしているのだから。障害者認定の階級を審査で落とされたら、俺の老後なんてありはしない。いやそもそも、この病気になったものは、六十を過ぎて亡くなっていくのが平均寿命みたいだ。もうこんな弱者の毎日が、三十年! 俺の子孫なんて、俺には残しちゃ悪いような気がしてくる。……だけど、彼は、あいつは認めない……それは、まだ若いからか? 血気さんかな余力があるから、おだてにのってもと総理の暗殺を企てられたのか? お父さんでなく……いや、そういえば、あのメンバーのお父さんも自殺していたんだっけ? エリート土建業の世界で、気がふれて、自殺に追い込まれていった、ならば、俺と同じじゃないか? あいつがお父さんを通り越していったのも、父親を翻弄させたこの世界そのものを変革させていこうと試みたからか? そして俺には、そこまでできなかった……俺は、軟弱そのままだったんだ……

焦点の定まらない慎吾の視線が、部屋をさまよった。壁に備え付けの戸棚つきの本棚にも、机の上にも、床にも一面、この三十年読んできた本が積み重なっていた。部屋を視察に来た施設の担当者によれば、整頓されている方だという。本は、専門的なものではなく、自己啓発や実用的な書籍が多かった。小説の類は、同じものを繰り返し読んだ。淡い、恋の話のもの以外は、受け付けなかった。西日の濃さを滲ませた微光が、本の表紙を照り返させる。厚手のカーテンの隙間から部屋を斜めに区切った光の線は、昼と夜とをぼんやりと区別しているようだった。それは、生と死の堺も、ぼんやりと重ね合わせていることを暗示しているように思えた。実際、慎吾には自殺の衝迫が時おり、昼の明るさの真っ最中にやってきた。一度起こると、数日その衝動は続いて、また昼の光のどこかに消えていった。昼の中に夜があり、そして夜は、睡眠薬の助けがなければ、眠ることはできなかった。ということは、真実の世界は、昼の背後にぼんやり隠れている夜ということなのだろうか?

その夜の壁際が、西日の反射の中で、少し動いたような気がした。目が動いて見て、ぎくりとした。部屋の角には蜘蛛の巣があるようだった。その透明な反射の中で、姿の見えない小さな目が慎吾を発見し、じっと見つめているような気がした。がそうわかると、なんだかほっとするような気もしてくる。このままあの蜘蛛に食べられてしまっても、気楽で、気持ちよいような気がしてくる。「人はむしゃむしゃ食べられることを望んでいるのではないか?」焼き鳥屋で、時枝が言った言葉が思い返されてくる。たしかに、その蜘蛛が雌だったら、なおのこといいに違いない! 軟弱な俺なんか、雌どもの栄養にでもなったほうがましさ! ……でも、餌食にもなれないってことか? いや、そもそも……もしかして、彼女は俺を、つまみ食いしただけなのか?

慎吾は、頭が混乱してきた。もう眠れない夜が、やってきたのだろうか? 雨戸を閉めにいかなくちゃ……いや、あいつらの話は、もっとすっ飛んでいたぞ。人間の性差も、ニモと同じだって。クマノミは、一番大きな体をしたものが雌になる。他はみな雄だ。その雌が死ねば、二番目に大きなものが、雌になる。性の決定は、DNAじゃない。しかし、ならばどうやって二番目に体の大きな雄は、俺が二番だって、わかるんだ? 俺が二番目だから今度は俺が女王だ! って無理やり体重増やして自己主張しその地位を獲得するわけじゃあるまい。この現実は、蟻や蜂の生態でも同じだと。戦闘蟻をのぞいてしまっても、働き蟻の中からまた同じ割合の戦闘蟻がでてくる。そいつらは、主体的に志願したのだろうか? そうでないとしたら、どうやって選択されるんだ? コミュニケーションがあるのか? 俺が雌になるよ、今度は俺が戦ってくるよ、って? そうじゃあない、男女の性差とは両極の磁力であって、人はこの間を生態環境的に揺れ動く、どんな人間もこの両極の磁力の影響のもとにある、LGBTとはその力の差配のことであって、それは絶えず振動している。生きるに必要なのは自己の同一性を確立することではなく、その振動のエネルギーに身を任せることで世界に参加していく意志と、その技術を身につけることである! ……じゃあなんで、王殺しが必要だったんだっけ? あいつは、そそのかし、あいつは、島原は、なんで親父をやる必要があったんだ? それは、主体的な実践ではないのか? 世の中騒がせて、何をたくらんでいるんだ? 男たちの間で、なんで騒いでいるんだ? ……焼き鳥屋での乱痴気騒ぎが思い返されてきた。時枝や島原の議論に弟の正岐が巻き込まれているなか、がらっと開いた店のドアから、がたいのいい男たちがどやどやと入ってきたのだった。