2014年2月26日水曜日

サッカー<プレイヤーズ・ファースト>の自由

「ゲームで勝つことは簡単ではありません。集団の凝集性はチームの結果と循環すると考えられています。勝つとチームがまとまり、まとまるとチームの成績が上がるといった好循環を生みます。集団での練習が多いサッカーではチームの成績が、個々のやる気にも大きな影響を与えます。育成の指導者は「育てること」と「勝つこと」に真摯に向き合っていくしかありません。」 (中山雅雄著 「JFA news No.350」 2013.6月号)

「子供たちが決めたことですから」と、息子の一希にとって四年生最後の大会になる最後の試合で、あるコーチがいう。先発メンバーとその布陣のことだ。とりあえずは、暗黙の了解である3・4年担当のヘッドコーチである私は、前日の土曜日は仕事で試合はみることができなかった。11対0での勝利だったのだが、そうなることはやる前からわかっていた。だから、もう予選リーグでの突破はなくなり、次は勝利というよりチーム全体の底上げや、もう少しで動きがわかってきそうな子をどう起用するかといった育成中心の采配をしよう。強豪に勝っていくには、できる子ではなく、まだわかっていない子の水準をあげていくしかない。そして私が不在でもチーム力が維持されるように、ここは試合をみるのを休んで仕事にで、他のコーチにまかせようと考えたのだった。ところが、様子が変だ。大差で勝った試合でも、一希は喜んでいない。自身でも2点決めたという。話をきいていると、自分以外の4年生はみなディフェンスで、試合が決まった後半においてもそのままの選手起用だったという。3年生は本年度の3年大会で準優勝の経験もあり、図抜けた選手が4人いる。
<プレイヤーズ・ファースト>とかいうことが少年サッカーではうたわれることなので、そう3年担当のパパコーチからいわれると、いったんは黙らざるをえなくなる。しかし、様子をみていて、むしろ状況が正反対だということがわかりだした。そのコーチは、3年生の番長格の選手を利用して、自分のやりたいことをしているのである。おとなしい4年生はそのまま押し黙って、一希だけが「ちがう!」といって反抗していたのである。実際、サイドバックを任された4年生は私にこっそりといってきた。「俺はトップをやったことがないからやってみたい。」
そこで私は介入し、「子供たちの案」ではなく、前もって用意していたコーチの案を述べ立てた。「相手は3年生チームです。だから、まず3年生を全員前にだします。一希はキーパーをして他4年の中心選手がバックをする。布陣は、3年の〇〇君の役割の難易度を高くしてワンボランチにはいってもらい、4-1-3-2とします。トップ下は、まだ△君が未経験なのでそこにはいり、昨日トップをやった◇君はサイドハーフ、点取り屋の役目なのに昨日とっていない××君にはトップ、ハナコちゃんもトップにはいって点をとりにいくよ。」3年担当のコーチは面食らう。一希が前線にいないと、負ける可能性を心配しているのだ。しかし3年大会もみてきて今日やる相手とのやっとこさ勝ちの原因もわかっている私は、こう言ってやる。「前半で片が付きます。今日顔をだした4年の%君にはセンターバックを任せられるようにしたいので、前後半そのままでいきます。」……結果は、前半を6対0での勝ち差で折り返してくる。
が、問題はそれだけではないのだった。試合前アップの時から、子どもたちがやけにハイテンションで、騒ぎモードなのだ。昨日大差で勝ったことで、浮かれているのか? 私はベンチに入る前に、その心の準備のことを指摘し、静かに沈思する時間を作らせる。が、ゲームがはじまっても、どこかおかしい、まるで学級崩壊のようだ。点差が開いてくるから、なおさらだ。「きのうも、こんな感じだったのですか?」「そうです」と3年担当コーチがいい、「この状態で、強いチームを相手に戦いたかったのですけどね。」と2年担当コーチがいう。私は唖然としてしまった。彼らよりベンチ経験が1・2年多い私は、子どもが浮かれた状態でゲームにはいればどうなるかが目に見えていたし、そのことは、先輩コーチとも確認してきたことだった。しかし、この<池上方式>を信望する2年担当コーチは、一見古風なおっかなコーチを演じている私を暗黙に批判しているのである。私は、区連盟の理事をもしているチーム全体の監督が、その実践の可笑しさを感ずいていることに気付いていた。しかし、「子供優先」といわれると、この変な感じをどう訴えればいいのか、困ってしまう。日本のサッカー連盟自体が、理論的に<プレイヤーズ・ファースト>なるものを捉えられていないのである。

サッカーにとって、「自由」とは何か? 3年生の子供に自由に決めさせて、園庭のような状態を作ることなのか? そんなサッカーなら、20年以上まえの日本サッカーがそうだったではないか。教えてくれるコーチもろくにいないのだから、ボールを持てばゴールめがけてドリブル……ブラジル帰りのカズは、そんな日本サッカーチームのなかで、サイドから攻撃することの重要性を理解させようとしたが、困難だったという。そして今でも、バルサやレアルなどの少年指導のコーチが日本にスカウティングにきて、「サッカーは賢くやるもんだよ」と教えていく。そして日本の小学生年代をみていうには、「足元のボールコントロールなどの技術はいい。しかし、戦術的理解がない」……<コーチの指示作戦を理解すること>と<プレイヤーズ・ファースト>とは矛盾ではないのか? もちろん、このことは、<個>と<集団>の矛盾と、よくプロ選手の迷いどころとして紹介されもすることだろう。しかし、なんで子ども相手でもそんなことが、そんな矛盾が問題となるのか? それは、サッカーにとって、「自由」とは「矛盾」のことだからである。それが原理だからだ。
ならばサッカーにとって、「矛盾」とは何か? それは、「スペース」のことだ。スペースを空けて攻撃しなくてはならない、しかし同時に、そのスペースを埋めて守らなければならない。スペースを空けなくてはならない、埋めなくてはならない、攻めなくてはならない、守らなくてはならない――この二律背反的な矛盾を解決する仕方が、コーチによって異なり、その解き方にこそ独自性や創造性、個性や発想の自由があるのである。それは、数学的問題をとくのに、その解き方にその人の個性や独特性がうかがえてくるのと同じなのである。哲学では、それを弁証法という。

「たとえばだよ、試合中、〇〇くんのスパイクの中に、石がはいっちゃったとしよう。もう痛くて走れない。さいわい、ボールは相手陣地深くにまでいって、バックをやっている自分にはなんとか靴をひっくり返す時間はありそうだ。しかし、またすぐにカウンターがくるかな。10秒以内には結びなおさないと。こんなとき、もし君が結べばいんだろ、と勝手な結び方でスパイクを履いていたらどうなる? すぐにほどけるかい? いや、ほどくことはできたけど、またすぐに結ばなくちゃならないとき、勝手な結び方で紐の長さの調整がすぐにできるかな? 君はあるタイムリミットのなかで、ほどかなくてはならない、結ばなくてはならない、この矛盾を解決する方法を考えださなくてはならなくなる。そう考えてみると、このリボン結びというものを発明した人は、すごくないかい。個人の発明を超えて、みんなに使われているのだからね。それは決して、勝手気ままな解決方法ではないよね。サッカーも、自由にやっていいよ、といわれるとき、それは決して勝手気ままにやっていいということではないんだよ。まず、矛盾がなんなのか、それを把握し、その矛盾に即した解決方法として、君の自由な発想を使わなくてはならない、ということなんだ。そしてそれは、社会においても同じだよ。日本人の方針を決めるおおもとのルールには、言論の自由、というものがある。しかしそれは、好き勝手なことを言っていい、という自由ではないよ。むしろ、その矛盾を解決するためには沈思黙考しなくてはならない、その沈黙の自由、生きていくに困難に直面する人間の条件が前提になっているんだよ。」

というわけで、日本のコーチ陣に、このサッカーの自由を理解させるのは、カズさん同様、困難なことであるだろう。それは結局、一神教的な、キリスト教的な原理性に関わる問題になってき、それを受容するかしないかには、政治的な問題もがかかわってくるのである。


2014年2月14日金曜日

詩情と個人 --映画・「ある精肉店の話」をみて

「彼らは『奥の細道』を記すために旅をしたわけではない。このときの旅の目的は、もちろん「物見遊山」ではなく、普通のサラリーマンの旅と同じなのである。しかも「藍のセールス」という、そのときどきの出来・不出来(現代とは違うから、その年の天候や施肥、藍玉製造の巧拙によって非常にばらつきがあった)、その年の景気に基づく需給、先方の信用度、先方の支払い能力に対応した延払いと自己の資金力との関係、それらを総合した形での価格の決定、そのための駆引等々は実に複雑なものであったらしい。それはある意味において、「そのときどきの状態に対応する感覚」すなわち「流行」を要請される。だが同時に彼は、これとは全く別の世界、それがどう変転しようと、それとは関係なき「一貫している詩の心」をもっていた。それは彼が十七歳のときの、埼玉と長野の間の小さな世界の中でのことではあっても、この態度が青年時代にすでに確立していたことは、日本全体の大転換に際しても、変転する世界情勢に対しても、常に同じ態度をとり得たことを示すであろう。われわれは将来に対処するため、近代化の犠牲として失ったこのことの重大さをもう一度考え、あらゆる方法でそれを回復せねばなるまい。もちろんそのことは栄一と同じ内容の「不易」へもどれということではない。栄一の「不易」の内容は芭蕉の「不易」の内容と同じではないように同じでなくていい。言いかえれば記すのが「漢詩」ではなく「英詩」でもよい。いわば「自分の詩的世界をつくり自らその中に居る能力」こそ人間のみが持つ「不易」なるものであろう。それは確かに人を「不倒」にしうるし、それがあれば変転する「流行」に対応しうる。」(山本七平著『渋沢栄一の思想と行動「近代の創造」』 PHP研究所)

東中野ポレポレ座で纐纈あや監督の映画『ある精肉店の話』をみた。この監督の前作で原発地開発をめぐる、瀬戸内海の小島の漁村民を撮ったものも見た記憶があるが、今回も「部落差別」という社会問題的な素材という捉え方を超えた、より普遍的、というよりはより「普通的」な領域へと鑑賞者を誘うので爽快だ。前作では漁師たちやその村の生活、住民という集団的な様相に隠れてよくみえなかった個人の顔が全面に出てきていて面白い。いや私はこの肉屋の精肉職人の顔にとても共感したのだった。年齢は私よりひとまわり上といえど、なんか眼鏡をかけた私の顔に似ている。太鼓作りの職人に様変わりしようとしている彼の弟の顔も実にいい。いいというか、いわば親近感を抱くのだ。いやどこかで見たような……と思い返してみると当たり前で、私のまわりの年上の職人たちは、みんなあんな感じの面構えをしているのだ。じゃあなんで、あのどこか目の座ったというか、腰が据わったというのか、肩肘の力が抜けたというのか、シニックじみた落ち着きをみせても生き生きした感じが抜けないところが、大阪の生野区の肉屋から東京の新宿区の植木屋の界隈にきても似てくるのか、と考えれば、おそらく、死の意識だろうと私は思う。植木屋さんが危ないときといえば、それは木の上にいるとき、と答えは明快だろうが、肉屋さんは、牛を屠場へ連れていくとき、そして屠場で一撃を加えて牛の頭を割る瞬間なのだそうだ。そう映画で知らされ、奥さんたちがその間は気がきでなくなる、牛があばれたら命がない、と聞けば、なるほどな、とおもえてくる。植木屋がシルキーや剪定ばさみで指を切ったりするのがよくあることなのだから、肉屋が包丁で牛をさばいているときに時折ははやるのだろうな、とかもかんぐってみたりする。
 死を無理やり意識させられて生活させられていると、いやでも肝がすわってくる。私は最近胃もたれがひどく、寝ている間も胃液が口腔にあふれてきて、子どもから臭いといわれたりもしたのだが、それは歳のせいで胃腸がよわってきたのだろうとおもっていたが、よくよく内省してみると、高所恐怖心をコントロールしているところからくるストレスなのだと気が付いた。小食にして摂食し胃の負担を減らしていく生活を心がけていたのに、なんでここ数日になっておかしくなったのだと、普段とかわっていたところはと考えれば、高木作業をしていて、たしかにその木上での体の中の感覚と、この胃もたれの感覚が続いている感じなのに気が付くのだ。もちろん、若いころはそんなことはなかったけれど、もう抑えが効かないのだろう。この映画でも、牛を屠場へと連れ歩く弟のほうが、「ふう、ふう」と大きく頬を膨らませて息をし、疲労と恐怖をその息のリズムで制御しようと内心の懸命さでもがいていて、「もう歳ですわ」ともらしたのだった。

しかし私がいいたいのは、そんな死の意識の話ではない。誰でもそうなるそこからたちあがる「個人」の顔のことである。この兄弟は、部落という地区で生まれたこと、またこの仕事にまつわる差別のために、単なる生活人ではすまなかった。解放運動に参加し、社会活動にも精力を注いだ。しかし弟が、ため置いた牛の皮で太鼓をつくる、その技術を残したいと小学校でボランティアの体験講習会を開いたのは、一般的な運動では解消しきれない強いおもい、個人的な特異性があったからだろう。兄のほうも、弟のように、何かを伝えたい、という。唯一残っていた近所の屠場がなくなり、この地区の肉屋も近代産業化の煽りをうけ先の見通しは暗いであろう。そんな時代が変転する中で、「もちろん肉屋はつづけますよ、だけどそれ以外にね」、と。その伝えたい何か、その思いを言葉にするのは容易なことではないだろう。しかし彼を支えてきたのは、むしろ「肉屋」以外の何か、言葉の核と化してきた「詩情」のようなものであろうと私は推察する。弟が、太鼓という楽器作りに、この生活を超越した音の伴う伝承に惹き付けられているのには道理がある。「はったりの世界」を生きている父親の後姿をみて、「俺はこの仕事を継がなあかんのやろ」と納得したその若い時から、打たれて強くなる鋼のように次第に固く鬱積していった心の髄。それが、人間の骨だ。魂の背骨なのだと私はおもう。そこから、手が生え足が生えるように言葉が生えるのだ。むろん、それを他人に通用するよう論理然と述べるには別の訓練が必要だろうが。

しかし、この心の骨なくしてどんな個人もない。船乗りが堂々とロシア皇帝に謁見し、漁師が変転する世界の中を自己主張し渉猟する。なんでかつてそんな個人を輩出していた日本が世界と戦争をはじめそれに負けたのか、その屈辱を考察した山本七平氏の冒頭引用の言葉には、その言葉以前の言葉の核(「詩情」)を、われわれ現代の日本人はもっているのだろうか、いつからどうしてなくなったのか、と問いかけている。つまり、無名世界のなかに、庶民生活者のなかに、個人はいるのか、と。

この映画は、ここにいるよ、と教えてくれる。

2014年1月6日月曜日

夢からの指針

宮台 重要な部分だけを繰り返させて頂きます。グローバル化の中で日本ないし日本国民たちが生き残るのに必要なエートスがあります。このエートスは、共同体ないし中間集団で育ち上がることで身につく心の習慣です。ただし心のクセという意味ではなく、何に価値コミットメントを抱くのかという共同体的な徳を中核にします。/ 日本の国民共同体が存続するために必要な徳、すなわち内から湧き上がる力は、恐らく代々継承されてきたものだけでは足りない。強度も種類も足りない。場合によって一部を取り替える必要もある。その場合、僕たちはどうしたら良いのか。…(略)…
関口 宮台先生から中間集団を育てるというお話がありました。私はそれに関連して、地方の政治を育てていく可能性、地方の政治を変えていかなければならないと考えております。/ 地方の政治が特に県会議員であったり、市議会議員であったり、結局国会議員の選挙の手足になってしまっております。やはりこういう状況でありますと、いつまでたっても本当に、地方分権だと、権限よこせと言っても、日本は変わらないなと私は思っております。/ そこで、ささやかですが、私は春の統一地方選挙に向けて、自分自身が立候補するわけじゃないんですが、政治文化を変えるために、言葉の力を信じて、戦っていこうと思っています。言葉の力を信じるというのは、私自身が小室先生の本の言葉に感銘を受けて突き動かされたというところから出発しています。ですから、先ほど、伝えるだけではだめだというお話がありましたけれども、その伝えたその先に人を動かしていけるようなその言葉を自分自身もしっかり言っていけるように、それに足る力を付けていきたいなと思っております。」(『小室直樹の世界 社会科学の復興をめざして』 橋爪大三郎編)

ここのとこ例年、年初めのブログは初夢を記述していたようにおもう。が今年は、そう書きたくなるような実存的な雰囲気のある夢をみなかった。精神が安定しているのだろう。今朝みた夢も、その雰囲気には、おぞましさはなかった。……場所はおそらく、小学生時代の通学路だ。暗い頭上の空に、UFOが現れて、白い光を射してくる。それに当たったものが、選ばれた者として、地球を脱出し、新しい星の世界へと運ばれていくようだ。どうも地球はもう終末が近いようだ。高校までの友達、皆から疎んじられていたが有名私立大学へ進学しいまは旅客機の機長になっているという友人が空に運ばれていった。選ばれた者は、白い光を呼び込む装置をもっているらしい。私はたまたまその装置を手にした。そして、白い光によってUFOの内部へと連れていかれた。そこで、中年の白人女性がなにか声をかけてきた。私は、「選ばれた者ではないのですが」と言った。しかしそれでもいいらしい。私はほっとして、UFOというより、すでに乗り合いバスのようになっている車内の広い窓から、外をみた。雪景色のなかの道路を、バスが走って行った。私の座る前には、息子の一希がいる。二人でこれから新しい星の世界へ向かうということに、私は冷静だった。故郷を去っていく感じと、故郷にいるという感じが同居していたようにおもう。だから、落ち着いていたのだな、と今おもう。バスからみる雪景色とは、正月に実家の群馬へと帰っていった伊香保温泉への鉄道・バス旅行の影響だろう。そして、UFOと選ばれた者たち、という主題は、私の今の読書傾向が反映されている。

つまり、神秘主義と現実政治、この二つの相反した読書興味がどう生成してきたのか、このブログを読み返してみないと私にはもうわからなくなってしまったが、きっかけはやはり、木から落ちて命拾いし、同時に、3.11からの大災害があったからだろう。そして、もし「現実政治」方向での関心を要約してみるのならば、冒頭引用での宮台氏のような問題意識になる。バブル期に青春を迎えた私世代の、経済的な豊かさが豪語されていたなかでの心の空虚さ、その状況をまずは整理し頭を落ち着かせていかせるための読書探究、整理できてから解決へむけての実践活動……その試みは、私にとっては柄谷行人氏のNAMへの参加ということだった。だから、最近になって小室直樹氏のような学術者を知り、柄谷氏の思考の原型がすでにそこにあるのを知って、おそらく立場は国家主義的なものへの容認の強度において実践的レベルで違いが明瞭になってくるだろうけれど、私にはその右寄りとされる小室氏の思想は受容しやすいものだった。どちらも、数学から経済、そして哲学・思想領域へと移動してきているところからしても、その両者の思考態度に原理的な親近性があるのは伺える。またもし、私が戦後のすごい思索者、私がおもうすごい思想家をあげるとするならば、もうひとり、渡辺京二氏となるだろう。渡辺氏への着眼は、近代主義者を実践的には志向することになるだろう柄谷(小室)氏に対するアンチテーゼ的な位置といおうか。前近代的なモチベーションの現実性を、NAM失敗後の私にしっかりと気づかせてくれたのは氏の論考である。(柄谷氏もNAM後、前近代的な封建精神を民主主義の核、最近の言葉で置き換えるなら、遊動民的な倫理としてクローズアップしてくるのだが…)

そんな私にとって、結婚とがNAMプロジェクトの延長だった。共同体をつくること。個的にバラバラバにされ、心理的にもスポイルされてきた私(たち)にとって、もはや性的動機は空虚だった。空々しく、関心はながつづきしない、読書のほうがいい…それはルソーの『エミール』によれば、そうやって童貞を人為的に世間風潮にあらがって延長(差延・教育)させていくことがヒューマニズム、隣人愛を涵養させていく方法なのだったが、おそらく実験的にはその結果、女性とまともに話もできない頭でっかちの男たちができあがってしまったのである。NAMでもその運動への批判的視点として、恋人や女友達がいないインテリの集まり、落ちこぼれの集まりではないかという内側からの指摘があったりした。つまり私(たち)は、それほどまでに落ちぶれてしまった、しかし、そこから、人間のはじまりからやりなおさねばならなかった、少なくとも私は、その墜落した地点から一からつくっていこうとおもい企てたのである。解散後、結婚していった私の友人たちも多い。彼らが果たして、それをNAMプロジェクトの延長として意識し考えているかどうかはわからない。子供がうまれる。どうなにを教育、養育していくのか? 教科書はなんだ? それら自体、作っていかなくてはならない……と考えさせられるだけでまさにNAMの延長になってくる。私(たち)の親から受けた教育上の価値は、反面教師としての消極的な道具にしかならない。積極的につくっていくためには?

しかし、親の意識や時の風潮がどうであれ、身体的に躾けられるのは、そんな戦後教育やその価値ではない。私の世渡りをへたくそにさせる義理堅さ、頑固さ、従う価値への筋へのこだわり、といった体=心の強度は、どうも群馬上州の環境的な要因に思えてならない。もちろん、群馬のエリート高校へ入学し、そのエリート予備軍の頭のいい立ち回りにショックと嫌悪を覚えたのだから、一概に地方ゆずりとはいえない。おそらく父親の子供への体罰的な反応、いわば義理人情に厚いという地方気質の極端さが、私の行動規範の一つになっていったのだろう。そして、私が意識的に何を子どもに教えようと、やはり、私の子への身体的反応が、一番に息子に感染していくように感じられる。

冒頭の宮台氏の言葉に応じた関口慶太氏は、私と同じその群馬の高々出で、また私と同じく藤岡市出身だそうだ。まあ、東大の法学部卒業なのだが。彼が小室氏を師事し、地元を意識する政治実践へと駆り立てているのも、その地方に涵養され残存している「エートス(内発的な力)」なのかもしれない。

2013年12月29日日曜日

少年サッカークラブの育成から

「人間は成人期に達するまで、変化する状態の中に、したがって「霊たちの世界」にいるが、そののちその霊魂(アニマ)の方面では、天界か地獄のどれかにいる。なぜならそのとき人間の心は一定の状態になり、めったに変化しないからである。」「他生に入って来たばかりの霊たちも可変的な状態、つまり「霊たちの世界」にいる。彼らの状態に応じて、ほんの短期間だけそこに留まる者もいれば、非常に長期間留まる者もいる。」(『霊界日記』エマヌエル・スェーデンボルグ著 高橋和夫訳 角川文庫ソフィア

少年サッカークラブの忘年会、父兄たちの間で、勝つことにこだわるチームにするのか、楽しむサッカーにするのか、その方向性が話題になる。私自身は、勝つことを目指すが、こだわらない、というもの。負けてもいいという前提から入るなら、子供の態度はなんでもありになってしまうし、目標を実現するためにどう個々人やチームが考え実践していくのか、その過程の方が大事だろう、と私には思えるからである。とくにサッカーでは、その過程に論理の力、という思考力が重要になってくるので、目的を持つことをはずせない、あくまで結果あっての過程になる。「楽しむ」という考えは私にはない。それは、何をもって「楽しい」とするかは人によりけりで、子どもをみてても、ふざけあってることが楽しむ主流になっている子もいれば、自分が試合にでていなくとも親友が活躍してチームが勝っていくことに一体感的な充実を楽しんでいる子もいる。
さらに、サッカーというゲームの本質上、あるいはリーグ戦という形式上、試合数をこなしていく中・上級生クラスともなれば、どういう試合展開になるかがやる前からほぼ読めてしまう。勝てないことがわかっているのに、勝つことにこだわるとは、単なる精神論になりかねない。こういう状態になるから、この子の成長にはこういう起用法がいいだろうと考える。うまい子、というよりも、どういう持ち味をもった子なのかを把握しておくことが重要になる。サッカーにも、野球のポジションとは違うが、相応に役割の違いがでてくるようだ。密集を気にしないタイプなのか、人ごみが嫌いでスペースに逃げたくなるタイプなのか、中央に寄って行く癖があるのか、後ろからの視界の確保でマイペースをつくっていくのか、自分の見たいものを本能的に見ていく・見分けていくタイプなのか、最前列でも最終ラインでもなく2列目や1.5列目付近からの視界確保や飛び出しのほうが力が発揮されるのか、サイドで張っていてぴんときたときだけいきなり動き始めるようなのか、右側が好きか左側がやりやすいのか、体の開き方やその向きにどんな癖があるか、判断は細かいのかおおざっぱなのか、状況におうじて行くのか好き嫌いで行くのか……コーチとしてチェックしてしまう部分はきりがない。相手事情や試合の重なりによって、どう子供たちの性向をポジショニングとして組み合わせていくか、かつその試合ではその性向を生け捕り的に生かそうとするのか、癖を修正させようとするのか、そのために結果へのリスクが予想されたらどうリスク管理を作っておくのか……と、また考えだすときりがない。試合をつくっていく、という前提だけでもこのような複雑さをはらんでくるのだから、上級生ともなれば勝ちにこだわっていくべきだという父兄の考えは、具体的にどういうやり方でということなのかよくわからなくなるし、逆に勝つことにこだわらず子供優先のプレーヤーズファーストでという方でも、いろいろなプレーヤー、相反する態度のプレーヤーをまとめる具体的処方箋をいだいているのか、考えていくレベルで発言しているのかが疑問になる。

とくに、子ども優先、というヨーロッパの思想には注意が必要だと私は考えている。大人は指図しないで子供に自由な発想でやらせようとすることと、幼少の頃からすでに専門的なポジションで育成しスカウティングや競争の激しいクラブチームの現状は、どう整合性がもたれているのか、日本にはいってきている主な情報だけでは理解できない。確かにたとえば、日本での野球だったなら、もう小学生にもなればピッチャーがやりたいとかキャッチャーがいいとか、どこのポジションについている誰のような選手になりたいとかと言える野球好きな子もいる。そうなれば、専門的にのびのび育てる、ということも見えてくる。野球のうまい子、といっても意味をもたない。ピッチャーとキャッチャーを比べてもしょうがない。同様に、サッカーのうまい子とが、ボールコントロールの秀でた子を意味するわけではなくなるだろう。前線の選手とボランチで育成されている選手とは比較できない。この場合、比較しない・できないとは、競争がなくみな平等的に扱われているということを意味してこない。すでにサッカーを知っているかどうか、その延長上でサッカーをやりたいのかどうかですでに子供たちが振り分けられていることを意味している。これは勉強でも同じだろう。ヨーロッパの多くの国では進学テストはないという。ならば楽か、というとそうでない。そんなことをしなくとも、すでに先生はその子の学力やモチベーションをしっているわけだから、進学して勉強するのか、職業学校に行くべきなのか、を振り分けていく、ということだ。もちろん、学力も動機も不十分でも、進学を希望するのは子供本人優先である。が、学校に入れても、授業についていけなければ進級も卒業もできない。そうした元での振り分けがなされた競争を前提にしている。だから、いい加減な動機の子が平等に扱われることはありえないのだ。しかし、この厳しさを、日本で真似しようとしても無理があるだろう。元での階級的な差別はなくても、尾のほうでの学歴差別や社会的評価の問題がでてくるからである。だから、親たちは勉強などしたくない子でも大学にまでいれなくてはならなくなる、そういうバイアスがかかってしまう。

と認識しているので、私はなんでサッカー部にいるのかよくわからない動機の子、あるいはまだその成長や自覚が不十分な子でも、注意はするが、深追いしない、そのきっかけが小学生では訪れず、中学や高校になってから、ということもあるかもしれない、と時間軸を大きくとる。大人になっても自覚できないかもしれない。そういう大人もいる、という情報は子供にあたえ、自分はどういう大人になりたいのか、と問うてみることだけができるだけ、と考えている。ゆえに、なおさら、日本の少年サッカークラブが、勝ちにこだわってはいけない、と結論するのだ。そしてそれで、世界で、勝てるわけがない。しかしその長いスパンでの自己認識だけが、自然成長的に、勝ちを目指しているその結果を呼び込んで来るのだと思っている。これは、逆説だろうか?

U-17日本代表監督の吉武氏の、ワールドカップ決勝トーナメント初戦でのスエェーデン戦敗退後の発言はおもしろい。見事なポゼッションサッカーが目標なのではない、それだけでは世界で勝てないかもしれない、しかし、10年に一人の天才があらわれたとき、そのサッカーはその天才を受け入れ生かすサッカーになるのではないのか、と言うのだ。実際、そのU-17の試合をテレビでみていておもったのは、バルセロナばりのサッカーをしていても、メッシがいない、ということだ。おそらくそこらへんが、メディアで決定力不足という日本の課題をこの世代は繰り返した、と評価された理由だろう。が、吉武氏は、あえて、そうしたメッシまがいの個の強い選手を選考から外して、凡庸に徹したのである。しかもそれは、将来のメッシを日本サッカーが受け入れられる土台を作っていくためなのである。なんと西洋的な論理、ロゴスに合致した発想だろう! と私は感心した。これはもうメシア願望(最後の審判)の下に自己の態度を構築していくキリスト教論理の受肉化である。中学の数学教師だったという吉武氏は、その数学の本質性をよく理解している人物なのだろう。論理(数学)とが、単なる辻褄合わせではなく、信仰なのだ、不合理な力なのだ、ということを理解しているのである。それをサッカーの原理性として根底にすえ実践してみせること。ここには、世界で生き抜いていく日本の子供たちの成長の鍵が秘められているとおもう。日本は凡庸でも、天才=普遍的な存在を受け入れる寛容さを準備する、教育する……昨今の総理大臣にこそ教えたくなるような方針である。

2013年11月25日月曜日

宇宙人とサッカー

<彼らに口はありません。彼らとの会話はいつも意思が頭に直接響くように伝わる感じです。…(略)…
「地球で発見されている元素は120くらいですが、実際に使われているのは30くらいでしょう。しかし我々は256ある元素をすべて使っているのです」
「地球人は頭が悪い」といわんばかりの話でしたが、彼らが乗っているUFOと同じものを造る技術がないのは間違いありません。
 反論する気も起きず、黙って聞いていると、彼らは元素のほかにも、時間の感覚がまったく違うことを教えてくれました。
「地球の時間で1000年かけないと移動できない距離も、我々は『そこに行く』と思った瞬間に移動できます」
 こうもいっていました。
「我々は時間と時間のなかを歩いて移動しているのです」…(略)…
 UFOの内部はいったいどこまであるのかよくわからないほど天井が高いのですが、その上のほうまで届く、巨大な1枚の紙のようなものがボーンと存在していて、1、2、3、4、5といったアラビア数字ではなく、ローマ数字のようなものがいくつも並んでいました。
「あれはなんですか?」
 声を出して訊ねると、彼らは教えてくれました。
「あれは地球のカレンダーです」
「地球のカレンダー? じゃあ、最後の数字の先はないのですか?」
「ご覧のとおり、最後の数字で終わりになります」
 彼らにカレンダーの見方を教えてもらい、最後の数字を確認しました。果たしてそれは、幻想のなかでソクラテスに似た人に告げられた、地球のカレンダーが終わる年号と同じ数字だったのです。
 もしそれが本当なら……。年号はソクラテス似の人にいわれた通り、だれにも話せませんが、気が遠くなるほど遠い未来の話ではありません。いえるのは、時間がないということです。
 奇妙な数字の一致は、わたしがいま必死に働いている大きな原動力になっています。>(木村秋則著『すべては宇宙の采配』 東邦出版)

テレビアニメの「イナズマイレブン」では、日本チームが宇宙人たちとサッカーの試合をしている。が上引用にある木村氏、無農薬りんごを成功させたことで有名となった方の体験談によれば、果たして宇宙人がサッカーをやるのかどうかが疑問におもえてくる。それは、思った場所に瞬時に移動できてしまうのなら、ゴールに入ってしまう苦労がない、試合にならない、という能力事実的な問題というよりも、そもそも宇宙人が、遊びという余分なことをする趣味があるのかどうか、そういう脳みそというか存在を抱えているのかどうか怪しいとおもえてくるからだ。巷で騒がれるUFOの形にしても、実に機能的て、装飾性がないようにおもえる。ゴチック様式のUFOなどは目撃されず、円だの楕円だの、やけに抽象的な形象だ。そもそも、瞬時に移動できるのなら、乗り物など必要なのか? UFOは、もしかして乗り物ではないのではないのか? それ自体が趣味的で余分な産物なのだろうか? 木村氏のもとを訪れてきたとある外国人の打ち明け話には、家の前に現れた宇宙人はペットをつれていたというのもあるから、実は芸術家肌のものたちなのか? だからサッカーなどという自分たちの能力とは反するものを敢えてやってみるという物好きな態度がでてくるのだろうか?

木村氏が見聞したというものは、宇宙人だけではない。マンダラや龍、幽霊といった神秘的な物事である。しかし、これらのものが実はすべて同じモノだとしたら? だいいち、木村氏のまえに現れた宇宙人らしき存在は、自らを宇宙人と名乗り出たものではないらしい。木村氏が、なぜかそう理解してしまったようである。うどん屋を仲間とでたら龍が空を昇っているのにでくわして、写真もとってみたがどれにも白い筋のようなものが写っていた、というエピソードがあるが、本当は、全てがそんなモノなのかもしれない、としたら? 我々はそれを、自分たちが理解できる表象(素材)に置き換えて見させられているとしたら? ということである。ちょうど、夢の原理は誰にとっても同じだが、人それぞれ見る夢はちがうように。違った文化圏や教養の差異によって、見るモノ、見えてしまうモノが違ってしまう、ということである。

ならば、その原理とはなんだろう? 作家の鈴木光司氏の『エッジ』を参照すれば、夢が我々の意識とは別世界の実在のように、それらの位相が、パラレル的にこの宇宙に存在しているとすれば? 宇宙人は、我々が夜空を見上げている世界からやってくるのではなくて(そこには、我々しか存在していない―ー)、幽霊があの世として我々この世界の隣に存在しているのではと仮想されているように、この世の隣人のごとく存在しているのではないだろうか? <龍>と仮生されてくるものも、そんなこの世の隣人の一つの何かなのだ、としたら? ……そう見たほうが、論理的に辻褄があわせられる、気がする。

つまり、だとたら、やはりこの世も、この世の生も夢の原理に似たものによって仮生される世界の一つ、ということになりそうだ。……と考えてみたことが、その仮生の私にとって、どんな意味をもってくるというのだろうか? もたせようというのだろうか?

2013年10月26日土曜日

なぜ勉強するのか? していることになるのか?

「けれども、勉強の本質は知識それ自体の獲得ではなく、理解力・想像力・表現力という三つの訓練だということは忘れてほしくありません。/ では、三つの力は何のために身につけるのでしょうか。身につけると、どんないいことがあるのでしょうか。/ 一つ言えるのは、世界の仕組みに対する理解度が増してくるということです。これは、少なくともぼくのような小説家の仕事をしている人間にとってはすごく大事なことです。」(鈴木光司著『なぜ勉強するのか?』 ソフトバンク新書)

なんで勉強をしなくちゃいけないのか、その子育て中の子どもからの問いに、「世界の仕組みを知ること」と解いて『エッジ』(角川ホラー文庫)というSF推理小説を書いた、という鈴木光司氏の新聞でのインタビュー記事に出会い、興味を持ち、当の二著作を読んでみた。この宇宙の自然法則自体が崩れて世界の仕組みの自明性が消失していく『エッジ』の発想は、木から落ちてケガをしてから顕著になったというべき私の最近の神秘主義的なと表現される宇宙理解を刺激してきた。その推理小説の読後、私は桐野夏生氏の新作『だから荒野』を読んでみた。こちらは、46歳の誕生日に、「身勝手な夫や息子たちと決別し」、「1200キロの旅路へ」と出る主婦の物語である。これら自然神秘と通俗世界、この二つに興味をひかせた私の思考回路とは次のようなものだったろう。「勉強しろ!」とうるさいママゴンに息子の一希は「早よ、死ね!」と中学生くらいには言い返し反抗的になっていくことが予想される家庭現状に、夫が自覚もなす術もなく成り行きまかせにまかせていかせるとどうなるか、現役の優秀な作家の想像力ではどうなるのかな、方向性を変えていかせる情報なり認識が得られるかな、と期待した、ということだろう。

で、それらの読後は? ……時間つぶし的には面白かったのだが、私は退屈してしまった、というか、結局は素朴な疑問が残ったままだなあ、問題(現実)解決のヒントはえられなかったようだなあ、いやそう反措定的に考えられるようになっていることが、読んでよかったということなのかなあ、という感想である。

「なんで勉強するのか?」――「世界の仕組みを知るために」。または鈴木氏は、日本人にとっての「論理」力の必要性ということも強調しておられる。私も賛同なのだが、いざ自分の息子への伝達となると、思考=試行がストップしてしまう。このブログでも何度も言及してきたことだが、息子がやっているサッカーもまた、「世界(フィールド)の仕組み」を論理的――ロジスティックに、戦術的に――に解明し、打開していく実践能力をつけさせたいがためである。が、とても小学4年生で国語の理解力もよくない息子にはチンプンカンらしい。自分では選手カードを使っていろいろフォーメーション組んで監督よろしく遊んでいるが。「なんでこんな宿題するの?!」と聞かれて、私は、「コナン君みたいになれたらいいとおもわない?」と答えるのが精一杯な状態だ。しかし推理するのは好きなのか、テレビドラマの「相棒」を面白くみている。

「女房は家出するのか?」「子供は引きこもって反抗的になるのか?」「夫は男尊的でバカなままなのか?」――女房が家出することは、今の時点から、そうなっても自業自得だぞ、戦後のフェミニストたちが批判してきた日本の母親の縮小再生産な反復になっているだけなんだぞ、と言い聞かせている。桐野氏的な認識では、そんな世界認識を説く夫たる私自身が「身勝手」ということになるだろうか? しかし私の認識では、この作品はやはりサラリーマン、会社組織に従属する核家族物語だな、その土壌に問題がある前提だな、という気がしてしまう。雨天中止、というか仕事をさぼれる植木屋さんの私などは、今月はゴールデンウィークなみの休暇=さぼりが、もう今日の台風で三回になる。腰痛も激しいので、家でじっとしている。女房はここぞとばかりに出かけてかえってこない、そんな息抜きプチ家出はしょっちゅうだ。子どもは雨で外ではあそべないので家にいると、サラリーマン家庭の子どもたちがぞろぞろ2DKの我が家に遊びにくる、というか、避難しにくるのだろう。自分の家では騒げないし部屋をちらかせないし。そんな子供たちが私のパソコンでお笑い動画をみてたり、DSをやってたり、漫画本を読んでたりする間で、私は図書館から借りた本を読んでいる。考えてみると、奇妙な光景だ。「おまえのお父さん、なんでいつも家にいるんだ?」という疑問も私が雨天中止の植木屋だということを知っているのでもはや発生せず、私も子供のひとりなように、その間にまぎれこんでいる。

どうも問題は、ちがう風にやってくるのではなかろうか?

昨夜、お笑い番組の動画ばかりみている息子に、いまはグーグルの地図で世界中の風景が見聞できたりするのだから、そういうのみたりしたらどうなんだ? と私がいうと、「うん、こんどから少しはそうしてみるよ」と、やけに素直に返事してくる。なんか最近は私にたいし、とくにそう素直で少々気味が悪い。サッカーコーチを超えて子供に大声で指示をだす女房がベンチコーチから怒られ、私自身が奥さんをなんとかしてくれと相談持ち掛けられたりしたので、そのことで私が「性懲りもなく繰り返すな! そうやっておまえは子供をだめにしているんだぞ! 自分の子どもならしょうがない。が、ほかの子どもたちを素人の思い込みで口をだしてつぶすな!」と怒鳴りちらして以来なような気もする。一希は、何かを理解したのか、それともひきさがって、大人しくなったのだろうか? しかし、いまだに女房とは宿題バトルし、同時に母親から逃れられない二律背反な感情に囚われているようだけど。

しかし私が鈴木氏と桐野氏の二小説に退屈したのは、両氏は「小説の仕組み」は疑っていないのかな、とおもったからであったろう。その提示してある「小説の仕組み」じたいが、私にはもう読めない。読みやすすぎて、退屈する。同時に、そのように読みやすくないと、私には読めない、今は「小説の仕組み」自体を疑いつつ書いていく小説らしい小説を読む気が起きない、が、それを欲しているという気分の矛盾。今は直接的に明快な批評解説文よりも、比喩的で不明瞭な小説的作品に私の現状を解析していく鍵があるのではないかという認識。……上記のような雑文思考が持てただけでも、小説的な作品を読んでみてよかったということになるのかもしれない。

というか、なんで私はこんなふうに勉強しているのか? していることになるのか?

2013年9月16日月曜日

明日はどっちだ?(夏風邪と甲状腺がん)

「日本の近代化をめざす琵琶湖疏水とともに生まれた小川治兵衛の庭は、山県有朋によって日本の近代化をはじめて表現した無鄰菴庭園としてその姿を現し、幅広い世界をつくり上げていった。そして山県がつくり上げた大日本帝国が五〇年を経て崩壊してゆくに際して、岩崎小彌太が財閥解体を目前にして鳥居坂本邸に籠りながら眺め、近衛文麿が末期の目で見つめたのもまた、小川治兵衛の庭であった。/ 小川治兵衛は、日清戦争の勝利にはじまり太平洋戦争の敗戦に終わる、すなわち山県有朋にはじまり西園寺公望をへて近衛文麿に終わる日本の近代化のプロセス、そのプロセスを担った山県・西園寺・近衛という大三角形をまるごと包み込む庭園をつくり上げたのであった。」(鈴木博之著『庭師 小川治兵衛とその時代』 東京大学出版会)

季節の変わり目には風邪をひきやすい。当たり前として伝承されていることだとおもう。寝入るときは暑くても、夜半には開け放した窓から夜気が忍び込み、寝ている最中にとりまかれとりつかれてしまう。自然(身体)とのバランスを崩して邪気にやられてしまったならば、暑くてもその熱を追い出すために、蒲団をかぶって寝る。汗を出す。我慢する。それが文化というものだ。おそらく何万年と人類が暮らしてきたなかで体得し伝承してきた。子供が蒲団を蹴とばしてはいだなら、我慢強くまたかけてやる、それが親の受け継がれた作法だったはずだ。ところがわが女房、毎年その作法を性懲りもなく無視し子供に風邪をひかせ発熱させている。低級な身体の快・不快に左右されて卑小なエゴに居直り、自分の脂肪太りのためか女の性質なためか、暑さにも我慢しようともせず、クーラーだの扇風機をかけまわす。そして「反原発」だの「子供を草っぱらで遊ばせよう会」だの「うちの子も甲状腺癌が心配だの」とほざいている。わが子の夏風邪ひとつ防げもしないのに。こんな秋への移行期の暑さなど、虫の鳴き声や空気が皮膚をなぜてゆくその流れに集中してさえいれば、いつしか気持ちが涼しくなって寝入ってくる。そんな単純な自己コントロール、自然との調和の術も忘れた者が、放射能だとぎゃあすか騒ぐ。原発推進派も反対派も、近代下の卑小な自己に依拠しているところで同じ穴のムジナである、という好例だ。しかしおかげでこっちは腹が立ち、寝入れずにこんなブログを夜半に書き込むはめになる。今夜は台風が直撃するというのに、窓を開け放ち、扇風機をまわし、咳をし38度近くまで熱をだしている息子は熱いといって蒲団をはいでのたうちまわっても、暑いからそうなるのだからとなんの対策もとらず、女房ひとりで鼾をかきはじめて寝入っている。なんともいい気なものである。

台風雨で家に閉じ込められた昨日日中は、前の晩に借りたDVDをみていた。息子が、『明日のジョー』がみたいというので、テレビシリーズのものをいくつか借りてきていた。映像としての記憶はないのに、見ているうちに、次にどうなるかのストーリーの細部が、断片的なシーンを脳髄のどこからか掘り起こしながら思い出されてきて、記憶というもののあり方に不思議になる。その漫画のなかで、ジョーが、慈善活動をする金持ちのお嬢さんを、その活動のエゴイストな偽善を囚人衆の前で告発し笑い飛ばすシーンがある。自己弁解のためにやっているだけじゃないか、それが、俺たちのためになっているのか? ……その場しのぎの快を欲する囚人たちは美しいお嬢さんを支持し、ジョーは独り暴力にたかぶっていく。これは、いまもって「連続する問題」だ。というか、今の社会活動なるものは、このジョーの批判を忘れたというよりも、自己満足やエゴなのは当たり前だからとそこを肯定して素通りし、実践的にマシな改善がなされるのだからいいのだ、と居直っているようにおもわれる。しかしほんとうに、そんな程度で、マシになるのか? 配膳されたホームレスはその日をしのげるだろう、が、ジョーの怒りや暴力を発生させているものは収まらないどころか、むしろその慈善=偽善=居直りによって、なおさら深く激しく潜伏してきた、そしてなだめられ抑えつけられたところとはちがった場所から噴火しようとしているのではないのか?

夏風邪と甲状腺がん、あなたは子供のどちらを心配しますか? 明日は、どっちですか? あなたは、どっちの明日を選びますか?